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2006年03月31日

バケラッタ氏との詰将棋談義

夜、大学院時代の友人と会う。彼は私が詰将棋創作に手を染めるきっかけを与えてくれた人物で、三代伊藤宗看による中将棋の詰将棋集「中将棊作物」の未解決問題を、バケラッタのハンドルネームで次々と解いた猛者でもある(リンク先参照)。彼と、現在京都にいるK君の2人に詰将棋を見てもらっていたことが私の看寿賞受賞につながったことは、別のページにも以前書いた通りだ。

会ってじっくり話すのは何年かぶりだから、普通はお互いの近況をあれこれ報告し合うのが自然な流れというものだが、彼が相手のときはすぐ詰将棋を考え合うことになる。今月号の詰パラを主な酒の肴に、ああでもないこうでもないと言いながら解き続けること数時間。久しぶりに詰将棋を長時間まともに考え、なかなか楽しいひとときだった。先日の詰工房でなかなか解けなかったS氏の作品を試しに彼に出してみたら、5秒程度で正解を出されてしまって悔しい限り。彼我の差を痛感させられた。それにしても、本当の意味での酒の肴はあまり注文せずに「あっ、香合ですか」「さっきの角合は変別じゃないすか」などと意味不明のことをしゃべり合う二人組は、店側にとってはそんなにありがたくない客だったに違いない。

もう店を追い出されそうな時間になってから、シャンチー(中国将棋)の駒、パオを使った変則詰将棋を二人で考え始めた。プロパラに出ていた若島氏の作品である。筋をつかむところまではいったがそこで時間切れになり、別れてから一人で考える。最寄り駅に到着したところで正解に到達し、彼の携帯にメールを送ると、ほぼ同時に彼も解けたところだった。めでたしめでたし。

2006年03月30日

真鶴の海

20060330_0016.jpg20060330_0021.jpg実家の家族と真鶴半島まで行ってきた。子供のころ、夏休みや冬休みのたびに何度も訪れた地である。風が強くてやや寒かったが、初島がきれいに望めた。そしてその手前をゆっくりと船が横切っていく。こういう風景を見ると決まって頭の中に流れ出すのが、ニーノ・ロータの「太陽がいっぱい」のテーマである。もっとも今日は地中海風の暖かさが今ひとつ足りなくて、太陽は少しだった。

まあそこまではよかったが、帰りの道路は大渋滞で大変だった。広島の我が家の近くではあまり経験できない混雑ぶりだ。やはり年度末というのは人の移動も激しくなるのだろう。

2006年03月28日

エクローグ

昨日買ってきたFinziの「エクローグ」という曲がなかなかよい。静謐なピアノの響きがしっとりとしていて何とも美しいし、ときどき盛り上がる弦楽も決して落ち着きを失わない。それに、20世紀の曲でありながらわずかにバッハのテイストも感じられる。元々はピアノ協奏曲の緩徐楽章として書かれた曲らしいが、こんなふうにあまり知られていないのに実はなかなかよい曲を見つけてしまうと、ちょっと得をした気分になれる。

今日はほんの少しピアノもさわってみたが、あまりにうまく弾けないのに驚いた。普段電子ピアノで弾けた気になっていると、久しぶりにアナログなピアノに向かったときに違いにびっくりしてしまう。広島でも、たまにはピアノスタジオか何かを見つけて練習すべきなのかもしれない。

2006年03月27日

タワレコ

久しぶりに渋谷のタワレコに行ってみた。近頃はネットで何でも買い物ができるが、買いたいものが具体的に決まっていないとき、CD店や本屋をうろうろしながら掘り出し物を物色するということが残念ながら広島ではできない。もちろん店は存在するのだが、思わぬものが見つかるような規模ではないのである。こういうときには、東京に住む人をちょっとうらやましく思ってしまう。

今日はSukのピアノ作品集と、Finziの代表曲を集めた曲集の2枚を買ってみた。スークは最近楽譜を買ったので、そこに収録されている曲を聴いてみようというつもり。フィンジーは実はあまりよく知らなかったのだが、今年が没後50年ということで、何枚かがまとめて置かれたコーナーが作られていたのだ。これからゆっくり聴いてみよう。

2006年03月26日

学会

学会で発表。普通の研究集会やセミナーと違って、学会の発表は15分だからあっという間に終わってしまうが、それでも緊張感から逃れられるわけではない。そしてまた困ったことに、どんなに発表が無難にすんでも終わった解放感に浸れることはまずなくて、聴いている人々にいったいどんなふうに思われたんだろうという漠とした不安感ばかりが残るのだ。このへんは、性格的なものも多分にあるのだろう。

夕方から仲のよい数学者仲間と飲みながらあれこれ話す。昨日とほぼ同じ時間に帰宅。

2006年03月25日

詰工房参加

詰工房に参加。初めて参加したのが確か2003年の10月で、そのとき以来になる。今日は参加者が若干少なめだったのが残念だが、それでも同好の士と趣味の話ができるのはいいものだ。自分にとっての今日の懸案事項は、先日作った初めての曲詰がどう評価されるかということ。一瞬で解かれて批判されることも覚悟していたが、思っていたよりはよい評価をいただけてホッとした。

5時過ぎから近くの居酒屋で2次会。初めてお話しする方もいたが、詰将棋という共通の話題があれば、話も弾もうというものだ。バックギャモンの強豪でもあるSさんからは新作を見せられて四苦八苦。しらふでも解くのは苦手なのに、ビールが入っていてはどうしようもない。話して解いてまた話して、9時頃にようやく散会。

2006年03月24日

新幹線で移動

東京に移動。新幹線はひどい混雑だった。車内ではチェスプロブレムか詰将棋でもゆっくり考えようと思っていたのだが、すぐ脇に人が立っているとどうも落ち着いてやっていられないものだ。それに、新大阪まではトンネルだらけなので、結構揺れが激しいのである。携帯用のチェス盤を取り出して駒を並べようとしたのだが、やりにくいことこのうえない。やはりこういうものを考えるときは、静かで落ち着ける環境のもと、バッハをバックにエスプレッソでもすすりながらというのが、一番具合がいいようだ。

2006年03月23日

花束

SH530071.JPG今日はもう勤め先には休暇届を出してあったのだが、学会の原稿を仕上げるためにちょっと出かけた。むろん、休んでいることになっているから早く行く必要もない。お昼頃に着いて、さてとばかり部屋の椅子に腰を下ろしたとき、ドアがノックされ、フォーマルな格好をした男女の学生が入ってきた。知らない顔だ。
「失礼しまーす、あ、どうもありがとうございました」
そこで思わず「え、何が?」などと言わなくてよかったと思う。今日の午前中は卒業式で、彼らは在室の所属する学科の先生を訪ねては、花束をあげてまわっていたのだ。こちらが卒業式のことも全く念頭になく、しかも3分前に到着したばかりだとはとても言えなかった。それに広島に来てまだ2年、今月卒業の学年とは大したつながりもないのである。それなのにこんな花束をいただいてしまうのは、どうも申し訳ないような気がした。

明日からしばらく東京に滞在予定だが、帰ってくるころにはこの花たちはどうなっていることか。

2006年03月21日

WBC決勝

どうも不思議なことであるが、野球でもサッカーでも、「私が見ていると日本が負ける」という法則があって、これはもうニュートンの運動方程式から導かれるのではないかと思うくらいよく起きる現象である。いや、もちろん一番底では気のせいだということは分かっているのだけれど、それにしても巡り合わせが悪い。

今日のWBC決勝では、序盤は敢えて見ないようにして、回が少し進んだところでテレビをつけてみた。大きくリードしている。ところが、見始めた途端、
「平凡なショートゴロだ、あーっと川崎落とした、間に合わない1塁セーフ!上手の手から水が漏れました!」
そのまま見ていたらキューバがヒットをどんどん打ち出して点が入り始めた。このままだと追いつかれるのでチャンネルを変える。しばらくして戻すと、キューバの攻撃は終了していた。見てさえいなければこの通りである。しかし日本の攻撃は三者凡退。次のキューバの攻撃で
「あーっと、どうした川崎、またエラーだ!」「プレッシャーかかっちゃっているんでしょうねえ」
さっきのパターンで行くとまた打ちまくられる。あわててチャンネルを変えた。3分くらいしたところでおそるおそる戻すと、
「ダブルプレイ!川崎のエラーもこれで帳消しです」 「いやーこれでホッとしたんじゃないですか、川崎君も」
やれやれ危ないところだった……と思った次の瞬間、
「ボテボテの1塁ゴロだ、あーっと、どうした日本!今度はピッチャー渡辺がボールを落としてしまった!」
やはり法則は健在である。私が見ていると「あーっと」が連発されてろくなことがない。

結局、かぶりついて見ていると負の力が大きく作用するらしいという結論に達したので、音量を小さめにしたうえ、だいぶ離れたところで他の仕事をしながらときどき目をやるというスタイルにした。それでも負の力は強いらしくてどんどん追い上げられたが、9回に4点追加。まあもう大丈夫だろうとテレビに近づいた瞬間、
「あーっと、三遊間!三塁からペスタノがホームイン!1点返したキューバ!」
あわててテレビから離れた。危ないところだった。

2006年03月20日

朝のバッハ

このところ、朝はテレビを消して無伴奏ヴァイオリンソナタか無伴奏チェロ組曲のどちらかをかけていることが多くなった。どんなに好きな曲でも毎日聴いていると少し飽きてくるものだが、バッハはこうも聴き続けてやはり心地よいのである。

バッハの無伴奏ヴァイオリンや無伴奏チェロは、多くがピアノのために編曲されている。現在このブログ上部のバナーに薄く写っている楽譜は、私が好んで弾くゴドフスキー編曲の無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番のアリアだし、有名なのがブゾーニの編曲によるシャコンヌである。原曲をよく知る人にこの手のピアノ編曲を聴いてもらうと「なぜわざわざピアノに編曲するんですか」と言われることが結構あるのだが、まあこうオリジナルが素晴らしければ、そう聞かれるのも当然だなと感じてしまう。

思うに、ピアノが弾けてもヴァイオリンやチェロが弾けない人間は、自分の手でシャコンヌやサラバンドを奏でるという無上の快楽を決して味わえない不幸な運命にある。それでもどうしても我慢しきれない人たちがいて、せめてあのヴァイオリンやチェロの旋律を弾く疑似体験をしようとした結果が、あの編曲群である……と言えようか。つまり、聴く人のためよりも弾く人のために存在しているのである。まあブゾーニやゴドフスキーの編曲は音がやたらに増えていて、原曲からちょっと離れてきてしまっているものも多いのだけれども、ピアノを弾くものにとっては、重厚な和音の柱で支えられた大伽藍のようなシャコンヌも、また魅力のあるものなのである。

2006年03月19日

今月の詰工房&羽生三冠の話

プロパラの解答もどうにか投函し、昨日やりそびれたジョギングと買い物も何とかすませた。あとは26日の学会発表の準備をちゃんとしておかないと。そういえば前日の25日は詰工房があるらしい。ちょうど帰省するわけだし、久しぶりに末席を汚すことにしようか。

羽生三冠は9勝6敗を続けられる人はすごいと言いながら、自分は11勝4敗ペースで勝ち続けているという話をこの間書いたばかり(今月11日)だが、ここ1ヶ月は言動に近づけようとするかのように負けが込んでいる。棋王位失冠に続き名人挑戦権も逃してしまった。18連勝の反動が来たのだとすれば、あまり勝ち続けるのも考え物かもしれない。もっとも、名人戦の時期に対局の予定がなくなったということは、また海外遠征してGMをなぎ倒したりしないかななどと、ご本人のハードさも顧みずお気楽な期待もしてしまうのだった。

2006年03月18日

雨の一日

夕方に車を出して市街地まで買い物に行こうかと思っていたが、またすぐそこの競技場でサンフレッチェ広島の試合をやるというので、今日はあきらめた。試合の終わる時間に重なると、大渋滞に巻き込まれてしまうからだ。こういう日は先週みたいにジョギングでもするところなのだが、辺り一面が雨と濃霧に覆われていてはその気力も失せる。結局ずっと逼塞していた。

なお、サンフレッチェは今日も負け。

2006年03月17日

千手観音

プロパラの解答書きがまだ終わっていない。締め切りは20日なので、何とか今日明日中に仕上げてしまいたい。

戎棋夷説でふれられていたが、ロシアのグランドマスター、 Alexandra KosteniukがBlitzを指している映像を発見。ブリッツとは電撃戦と訳されるが、チェスの世界では持ち時間5分、切れたら負けの超早指しの勝負のことである。しかしこの千手観音のような手さばきは凄まじい。1手に1秒どころか0.5秒もかけていない。こども将棋名人戦の小学生も真っ青である。もちろん適当に動かしているわけではなく、ちゃんと読みが入った手を指しているのだ。Kosteniukは昨年の Russian Women's Championship で優勝した超強豪で、ファッションモデルもこなす異色の棋士である。

茶道や華道のような日本の伝統文化という位置づけでここまで来た将棋に対し、欧米ではチェスはスポーツという認識があるようだ。将棋に接している我々日本人としては、チェスがスポーツであるというのはどうにも違和感を覚えるものであるが、こんな映像を見るとなるほどという気もしてくる。

2006年03月15日

演奏会

知り合いからちょっとした演奏会のチケットを回していただいたので行ってみた。広島に来て丸2年だが、こちらで演奏会の類に行くのは初めてだ。ラフマニノフのパガニーニ狂詩曲とショパンのピアノ協奏曲が生で聴けて満足。ピアノを弾いたのは、この地域でピアノの先生をしている広島出身の人たちである。多少のミスタッチこそあれ、この難曲を弾きこなせるのは素晴らしいし、生で聴けるというのは何物にも代え難い。

ネガティブなコメントをするとすれば、すぐ前の客は舟をこぎ出し、すぐ後ろの客はうるさい咳を延々とやめなかったこと。居眠りは勝手にしてくれればいいが、咳はせめて1桁回数でおさめるよう調整してほしいものだ。それもラフマニノフの第18変奏が始まろうというときにゲホゲホやるのだから、たまったものではない。

もっとも、昔聴きに行ったある演奏会で、シューベルトのあえかなピアニッシモの余韻がゆっくりと立ち上ろうとするまさにその刹那、
「プッププップー」
とルパン三世のテーマがものすごく安っぽい電子音で響き渡ったということがあった。あれに比べればましか。

2006年03月14日

詰将棋作家たちの確執

こんな変なサイトがある:
http://www.grapheine.com/bombaytv/
妙に芝居がかったインド製ドラマの30秒くらいの断片が十数個置いてあって、その映像で3つの台詞が話される。言語はヒンディー語か何なのか、とにかく全く分からない。そこでそれを逆手にとり、自分で字幕を好きなようにつけて遊ぶというものだ。

先月のことになるが、ちょっとこれをやってみたことがある。登場人物たちが詰将棋作家だったら……という設定。ただし前もってお断りしておきたい。まず第一に、詰将棋を趣味としている人、それも詰パラを欠かさず愛読しているような人でないと、台詞の意味がほとんど分からないと思う。第二に、実際の詰将棋作家たちはこんな争いをしたりするような人種ではなく、いたっておとなしい人たちである。全くのフィクションなので、誤解なきよう。

http://www.grapheine.com/bombaytv/playuk.php?id=619353
詰工房(東京の詰将棋サークル)の会合の場で、長年のライバルの対立がついに大喧嘩に。

http://www.grapheine.com/bombaytv/playuk.php?id=627272
上の話の続き。完全に勝負がつくと思われたそのとき……。

http://www.grapheine.com/bombaytv/play_uk.php?id=793309
ライバルに先を越されたくないがために、一線を越えてしまった詰将棋作家。

http://www.grapheine.com/bombaytv/play_uk.php?id=794448
先陣争いに負けて自暴自棄になっていた詰将棋作家に朗報が舞い込む。

自分も作ってみたいと思った方は、是非。

2006年03月13日

雪の朝&全詰連ページ復活

気温0度の朝。午前中は雪だった。勤務先で今日一日を費やした仕事が結局終わらず、明日続きをやることになる。この疲労感はかなりのものだ。

先月の日記で、失われた全日本詰将棋連盟のページに載せてもらっていた拙文を載せたばかりだが、どうやらその全詰連のページが復活したようだ。当時のデータもしっかり残っていたようで、まずはめでたい。とりあえず、自分のページからのリンクを更新した。

2006年03月12日

プロブレムときどきピアノ

チェスプロブレムを解きながら、ときどきピアノに向かう。そろそろプロパラの解答の提出期限が迫ってきたので、今まで解けた分をまとめて書き始めた。時間がないわりには、これだけやったのだからまあ十分だろう。

難しい三度のパッセージを何度も練習していると、何回かに一度すっとうまく弾けるときがある。これが実に気持ちのいいものなのだが、それで弾けたような錯覚に陥ってしまい、気がつくとまともに弾けていないのに演奏スピードが上がっている。いつも出る悪い癖だ。これで演奏会で何度崩壊を繰り返したことか。

2006年03月11日

9勝6敗

またジョギングをしてきた。5キロを28分半弱というところ。そのあとは街中へ車を出して買い物。

常日頃よく思うこと。スポーツであれ学問であれ、何かの分野において頂点に立ったり第一線で活躍したりするというのは素晴らしいことである。ただ、それは何もしていない人間から見ればの話であって、本当はそれだけでは大したことはない。真の偉業とは頂点に立ち「続ける」こと、第一線で活躍し「続ける」ことであり、それこそが比べものにならないほど難しいことなのだ。イチローはシーズン最多安打記録という偉業を達成したが、それも毎年必ず200本ヒットを打っているから映えるのであり、羽生三冠(昨日まで四冠だったのだが棋王位を取られてしまった)の七冠達成も、16年以上もタイトルを保持し続けているという事実があるからこそ、より輝くのである。また逆に、ある時期に突発的事故のように看寿賞を一回もらっただけの人間よりも、毎年のように半期賞候補に名前が挙がるような人の方が、詰将棋作家としてはるかに素晴らしいのは間違いないだろう。

とまあそんなことを考えていたら、関西将棋会館のお気楽カフェのページで羽生三冠の言葉が紹介されていた(そのページの内容とはほとんど関係ないのだけれど)。曰く、「9勝6敗を続けられる人が凄い」。そう、これである。15戦全勝でも、次の場所に2勝13敗したらダメなのだ。さすがにトップに立ち続ける人の言葉である。

……しかしそう言っている本人は、どう考えても毎場所11勝4敗くらいしているとしか思えない(ここ1ヶ月ほどはちょっと調子が悪いようだが)。ちょっと調べてみよう。

今日の時点での羽生三冠の通算成績:936勝344敗 勝率0.73125 ≒ 0.73333…=11/15

やっぱりそうだ。それに、対戦するのはA級棋士かタイトルホルダーばかりだから、15日間大関クラスとばかり対戦してこの成績だということになる。脱帽。

2006年03月10日

新しい買い物エリア

今までずっと、買い物というとうちを出た目の前にあるこぢんまりとしたスーパーに行くのが常だったが、ほんの500メートルほど離れた場所に郊外型の大型スーパーが先週突然オープンし、買い物の選択肢が一気に広がった。毎日の通勤路とは反対方向だったので、建設しているのに直前まで気づいていなかったのだ。

さらに、スーパーの周りにサテライト的に配置された本屋・薬屋・100円ショップ・靴屋などが、今日から一斉に開店。本屋といっても実態はどうせ漫画屋だろうとたかをくくっていたが、今日偵察してきてみて、結構使えそうというのが率直な感想。もちろん神田のように何でもあるというわけにはいかないが、将棋世界も数学セミナーもカプースチンの楽譜も一応置いてある。小さくても数学書のコーナーがあるのには感心した。ちょっとした本ならここで手に入りそうだ。

2006年03月08日

スパイシーチキンに近いもの

Hさん、Iさんの共同研究者と3人でセミナー。途中で打ち合わせが入って中座せざるを得なくなったほか、このところの寝不足がたたって何だかあまり集中できなかった。今日は少し早めに寝ないと。

今日のことではないが、以前のセミナーの合間にした雑談を急に思い出した。海外での経験談をHさんが話した。何か食べようと屋台に近づいて、メニューに書いてあったスパイシーチキンというのを頼んだら、「今日はそれはない」と言われたのだそうだ。
H 「しょうがないから、『じゃあそれに近いやつ』って言ったんですよ。そうしたら、『は?近いって言われても分からない』と返されてしまって……」
I 「ああ……距離が入ってなかったんだね」
H 「ええ」
それでその話題は終わってしまったのだが、今思うと何だか妙におかしい。「距離が入っていない」というコメントもそうだが、それで会話が何の滞りもなく流れていくということが、世間的に見ればやっぱりちょっとずれているのではないか。

一応注記すると、近いとか遠いとかいうのは距離の概念で、ある空間においてそれが意味をなすには、その空間が距離空間であることの定義を満たしていなければならない。「距離が入っていない」というのは、屋台のおやじの脳裏におけるメニューの空間が、距離空間ではなかったということである。

2006年03月07日

「斉藤夏樹様」

郵便局に立ち寄って、来月号からの詰パラの購読料を振り込む。今月号の詰パラに同封されていた「誌代切れのご通知」という紙には大きく、「斉藤夏樹様」と書かれていた。「斉藤」は毎度のことで致し方ないとして、「夏樹」とはね。詰将棋メモによれば今年の看寿賞の選考も本格的に始まったようだが、つい一昨年の受賞者であっても、創り続けていなければこうして名前すら忘れ去られてしまうわけだ。

今月号の詰パラは600号記念ということで、いつもの倍くらい作品が出ている。どれもがいい作品ばかりで、もう自分の入り込む余地などないような気になってくる。先日がらにもなく曲詰を初めて創ってみたが、あの程度ではきっと誰もあまり褒めてくれないに違いない。

2006年03月05日

ジョギング

床屋に行ってからジョギングに出かけた。徒歩3分の距離にサンフレッチェ広島のホームグラウンドがあり、一帯は広域公園として整備されていて、ジョギングコースもあるのだ。今日は鹿島アントラーズとの開幕戦の日で、いつもはがらがらの駐車場も車で埋め尽くされていた。試合の模様は衛星放送でも中継していたが、カメラを引いた映像では競技場の外側の景色も少し映る。それを見てから外に出て、今テレビで見ていた山やビルが眼前にあるというのは、ちょっと不思議な気分になる。

歓声を聞きながら5キロ30分。こんなペースでもひどく息苦しくなるのは仕方ないとして、整理運動で膝がポキポキ鳴るのはどうにかならないものか。サッカーの方はサンフレッチェが負けた。

2006年03月04日

カプースチンとスーク

土日は貴重なピアノの時間だ。電子ピアノではあるけれど、ヘッドホンを使っていても鍵盤をガサガサたたく音が結構うるさいから、あまり夜遅くに弾くのはためらわれるのである。

最近はずっと、カプースチンのエチュードOp.40-7を譜読みしている。後半の3度が連続する部分になると、1小節進むのも大変だ。今日はそれに加えて、スークの「愛の歌」Op.7-1の冒頭も少し弾いてみた。中盤はかなり難しそうだが、最初の1ページは手軽に陶酔感を味わえる。先月何度かさわっていたニャターリの小曲は、今日はお休み。

夕方、買い物に出かけた。無料駐車サービスの時間が余っていたので、喫茶店に入ってプロブレムを考える。セルフメイトが1問、有力な候補手が見つかったのだが、変化を確認しているうちに時間切れになってしまった。どうも今月は解図ペースが遅くていけない。

2006年03月03日

5,000キロ

今乗っている車を買って、あと半月ほどで1年になるが、総走行距離が今日5,000キロを超えた。1年で5,000キロ。平均からするとかなり少ない方だろうが、家から職場までたった3キロなのだから無理もない。

移転前のページに「引っ越しました」と書いてこちらに誘導したいのだけど、サーバが完全に落ちてしまっていてどうしようもない。現地にいる人に再起動を頼んでも、こちらから接続しようとするとなぜかすぐダウンしてしまう。困ったものだ。

2006年03月02日

ヘルプメイトを解く

食器をシンクに並べて水を張り、一息ついたところでプロパラ(プロブレム・パラダイス)の問題をしばし考える。2月がやたらに忙しかったので、今号はいつにもまして考える時間がとれない。今日は幸い、じっと眺めていたらヘルプメイト2問がするするっと動いて解けた。こんなことは珍しい。

今のうちに言い訳しておこう。ページの右上にもっともらしくナイトの写真を掲げたりしているけど、私はチェスはほとんどまともに指せない。興味はあるので定跡書を買い込んで読んだりはしているが、2手詰めにも気づかないようなレベルである。それでもプロブレムなら、と言いたいところだが、実際にはこちらもまだビギナー以下。いずれは創作してみたいが、慣れるにはもう少し時間がかかりそうだ。

2006年03月01日

ニュースを見て

今日のニュースで、日本の高校生は他の国の高校生と比べて、成績がよくなりたいという意欲が異常に低いという調査結果が出たと紹介されていた。まあそれもむべなるかなと思う。試験の採点などをしていてもよく感じることだ。

最近はテレビを見ていると、何かある分野で成功した人が、「自分は学校の勉強は全然できなかったんだけど、○○だけは大好きで……」という類のコメントを得意気にしているシーンを、実によく見かける(そして多くの場合、この「勉強」とは特に数学を指している)。ここではもはや、「勉強ができない」ということはプラスの意味合いで発信され、そして受け止められている。以前に比べると社会全体が、「学校の成績にこだわるのは蔑むべきことである」という共通認識を持ち始めているような気がしてならない。

もちろん、ある分野において素晴らしい才能があるなら、成績が悪いことなど大したことではないだろう。別に勉強がすべてでないのは事実である。しかし、私も含めて世の中のほとんどの人間は、残念ながら何かに突出した才能なんか持っちゃいないのだ。才能がなくても努力すればいいのだろうが、「努力する才能」もないことが多いから困る。それでも何とか生きていかなくてはならない。そうして時が経ち、さて自分に何もないと気づいたとき、「学校の成績なんて気にすることはない」と言っていた人たちは、何もしてくれないのである。

必要以上に学校の成績に一喜一憂することもないが、できなくたっていいと開き直るのもまたおかしい。何事も程度問題だなと、ニュースを見ながら改めて思ったのだった。