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2006年04月30日

詰備会に参加

半年に一度行われる詰将棋の会合、詰備会に参加するため、岡山に赴いた。この世界をご存じない方のために注釈しておくと、全国に散らばる詰将棋ファンは、それぞれの地域で定期的に集まりを開き、自分の新作を見てもらったり、過去の作品の論評をし合ったりしている。東京や大阪ではかなり頻繁に会合があるが、中国・四国地方で定期的に行われているのは、今のところ詰備会だけだ(5月1日追記:この秋までに四国での会合も発足させるとのコメントを、たくぼんさんよりいただいた)。

席上、先月の詰工房で提出した曲詰を披露することになってしまったのだが、かなり評判は悪かった。一様に出た感想が、詰め上がりがこちらが意図した字に見えないというのである。自分としては、その文字のフォントを盤に重ねたうえでそれをなぞるように駒を配置したから、これが形として最善というつもりだった。また、発表前にも友人に見てもらい、問題ないとお墨付きをもらっていたのである。これだから曲詰はこわい。自分一人で創っているものなら取り下げるところだが、連作企画だからそういうわけにもいかないだろう。

結局、意図した文字なり図形なりに見てもらうためには、それの正確な形を可能な限り再現しようとするのではなく、盤上での表現に最も適した特有のデザインにする必要があるようだ。ただ、「この並びならその字に見える」と今日提示された配置は、個人的にはやや抵抗を感じるものだった。となると、やはり私には曲詰は向いていないのかもしれない。

次回の詰備会は11月5日の予定とのことだった。おそらくその日は出張していて、参加できない公算が強い。残念。

2006年04月29日

土日の時間の使い方

今日の午前中、しばらくこのページにアクセスできない時間帯があったようだ。サーバ自体は正常に稼働し続けているのだが、悪いのはルータで、これまでもときどき接続が突然切れてしまう症状が発生していた。原因は不明。電源を入れ直せばすぐ復旧するのだが、例えばもし長期出張中にこれが起きてしまうと、帰宅するまではどうしようもなくなってしまう。困ったものだ。

午後は詰パラから依頼のあった原稿を書いたりしていた。締切がだんだん近づいてきていたので、一応だいたいまとめることができて一安心。あとは細部を手直ししてから清書すればよい。夕方からは買い物で市街へ。

それにしても、やりたいことはいろいろあるのに時間がなさ過ぎる。本業だけでも研究に加えて非常勤講師の準備などもあっていっぱいいっぱいの状態だというのに、さらに趣味の方からも、詰将棋も創りたい、キングズインディアンの棋譜並べもしたい、カプースチンのエチュードの譜読みもしたい、と次々に出てくる。しかし本業の時間を削るわけにはいかないから、どうしたって趣味の時間は後回しだ。そういう意味で土日は貴重な時間のはずなのだけれども、何となくだらだら過ごしてしまって、気がついたら一日が終わってしまっているということが往々にしてある。もっと時間は有効に使わないといけない。

2006年04月28日

アムランのライブ映像

もう8年以上前のことになるが、当時まだ日本ではほとんど知られていなかったピアニスト、Marc-André Hamelin(マルク・アンドレ・アムラン)を有志で招聘しようというプロジェクトに参加させてもらったことがある。アムラン側との交渉や演奏会場の押さえ、チケットの販促など、様々な仕事はプロジェクトのメンバーだけでほぼすべて行われたが、そのかいあって1997年12月11、14日にカザルスホールで行われたリサイタルは大成功だった。もっとも私はほんの下っ端で、まともな仕事はほとんど何もしなかったのだけれども、それでもあれは得難い経験だったと思う。

12月11日のリサイタルにはNHKのカメラが入り、演奏は後日放送されたのだが、そのときの映像がネット上で誰かにアップロードされていた。このサイトにはホロヴィッツやシフラの映像も置いてあるようだ。少し前まではマニアだけがこっそり保持していたようなものばかりである。ほんの数年前には考えられなかったことで、時代は確実に変わってきているなと改めて思わされる。

実は12月14日の方はテレビ局が入らず、私が撮影係をすることになった。ビデオカメラのファインダーを通して、私はアルカンの超絶的な難曲が鮮やかに弾かれるのを目撃したのである。アムランはあれから何度も来日しているが、やはりこのときの演奏が一番インパクトが強かったような気がする。

私が撮影したそのビデオは関係者だけにダビングされ、門外不出……ということになったはずだった。ところが、である。その映像もやはり誰かによってアップロードされているのを見つけてしまった。どこをどう巡ったのか分からないが、「いいか、おめぇだけにダビングしてやるんだ、絶対、絶対誰にもダビングしちゃだめだぞ」「ああ、しない、絶対しない。背中断ち割られて鉛の熱湯流し込まれたって、ダビングしねえと決めたらしない」という落語の台詞と同じようなやりとりが、きっと何度も繰り返されたに違いない。

アップロードした誰かによって、ご丁寧にも "I know, the video quality isn't great... " などとコメントがつけられている。そりゃそうだろう、どこにでもあるホームビデオカメラで撮影したのだから。

2006年04月27日

自宅サーバ

s-Image0053.jpg自宅サーバを立ち上げてからもう2ヶ月以上になる。それまで使っていた大学のサーバが突然不調になって使えなくなり、半ば見切り発車の形で始めたから、当初はちゃんとやっていけるかやや不安もあったが、幸いこれまでのところ問題らしい問題も起きていない。昔使っていたノートPCにVine Linux 3.2をインストールし、FAX台の中段にちょこんと載せて稼働させている。当ブログもこの小さなマシンで動いているわけで、こんなところに毎日あちこちからいろんな人が見に来ていると思うと、何とも不思議な気分だ。

自宅サーバの利点は、すべて自分のやりたいようにできるということである。プロバイダなどのサービスを利用してブログをやっていると、サーバトラブルでアクセスできなかったり、混雑して反応が異常に遅くなったりということがしばしば起こる。こんなとき、「復旧を待つ」という選択肢しかないのはどうにもストレスがたまるものだ。その点、自分の占有するサーバなら、何か起きてももう少し能動的な対処ができる。もちろんその分、全責任も自分にかかってくるわけで、セキュリティ面などで怠りがないように注意はしなければならない。

始めるにあたって少し気にしていたのは電気代だったのだが、簡易的に電気代を算出する機械を取り付けておいてみたところ、四十数日で580円くらいになった。しかもこれは、一緒につないであるルータやFAX機を含めた値段だから、サーバだけなら400円していないと思う。つまり、一月分にして300円以下。これくらいなら十分許容範囲と考えている。

2006年04月26日

Kopec system

昨夜の羽生さんはイランの若手GMと対戦だったが、残念ながら敗れてしまった。レーティングが200も違えばさすがに厳しいか。今夜以降に期待しよう。

GhaemHabu.png羽生氏が黒番だったが、白のGhaem Maghami氏が見せた変わった定跡は見たことがなかった。あとで教えていただいたが、IMのDanny Kopecが始めたオープニングで、Kopec systemというのだそうだ。本人が作成した解説DVDも出ている。一瞬注文しようかとも思ったが、正統的なSicilianもろくに分かっていない人間が見たって無駄に決まっている。

戎棋夷説松戸チェスクラブ掲示板の書き込みによると、どうやら図の局面での22...g6という手が問題だったようだ。実際Craftyにお伺いを立ててみても、この手を境に局面評価値が急に大きくなった。正着は22...Kb8だったらしいが、何か羽生さんに誤算があったのかもしれない。以後はどんどん攻め込まれて、最後は1手違いの局面を作る形作りの1手が出て投了となった。

ところでこのドバイオープンのサイト、スクロールバーが左側についているのが面白い。やはりアラビア語圏はこういうものも左右逆になるのだなとちょっと感心。ただ、インタビューのページに出ているGMのIzoria氏の写真が裏焼きになっているのはどうなのか。少なくとも、アラビア語が右から書かれることとはあまり関係がなさそうだ。

2006年04月25日

将棋PG

たくぼんの解図日記4月23日付エントリーで提起された1手詰作図問題、その場で少し考えた。最初に浮かんだのは34歩、55角、37角成、27馬としてから玉を14ないし15まで持っていき、17馬/同香とするというもの。しかしこれは37角成が王手になっているのでちょっとまずい。何かほかに手がないかと10分くらい考えたが、そのときは思いつかなかった。

翌日のエントリーで正解を知ったが、95で詰める方法は全然浮かばなかった。15に移動する案でも、コメントにある北村氏の解答のように、2筋の歩を使うのがよりスマートと言えるだろう。それにしても、細かい手順前後には目をつぶるとして、本質的に違う解答が何通りあるのかは、ちょっと興味のあるところだ。

こういう問題を見ると、やはり将棋は自由度が大き過ぎて、プルーフゲーム(指定手数で指定局面までの棋譜を求める)などで手順を完全に限定させるのは難しいだろう……と思いたくなってくる。ところが実際には、例えば橋本哲氏による20手の将棋PGがあり、手順の完全限定はもちろん、2種類の駒のルントラウフまで実現しているのだ。もしかしたら、煙詰が看寿のそれしかなかった時代と同じで、「できそうもない」という先入観がゆえに発見されていない手順や趣向が、この分野には眠っているのかもしれない。

2006年04月24日

黄砂

同僚のHさん、H大のI先生と3人で久しぶりにセミナー。年度の切り替わる時期はどうしてもあれこれ仕事が入ってしまってしばらくご無沙汰だったが、これでようやくまた定期的なセミナーができそうだ。今日は標数2の準楕円曲面を調べていて、特異点に関してささやかながら進展があったので、なかなか有意義だった。

それにしても、今日は黄砂がひどかった。いつもは青々と映えている遠くの山々が、かすんでしまってぼんやりとしか見えない。東京でも経験はしているはずだが、やはりこういつも視界の開けた風景を家や勤務先から見ていると、普段と違う眺めにより敏感になる。

一昨日買ってきた靴を履いていったのだが、帰宅して立体駐車場の操作盤に鍵を近づけた瞬間、「パン!」と火花が走った。「高い靴なら必ず大丈夫という保証はない」と書いたら、その心配が現実になってしまったようだ。結構気に入っていただけに残念。やはり車から降りた直後は危険だ。

2006年04月23日

ドバイオープン

床屋、買い物、ジョギングとゆっくり過ごした。

羽生三冠が名人戦挑戦者決定戦に敗れたとき、空いたスケジュールを利用してチェスの大会に行ったりしないか期待してしまうと以前書いたのだが、やっぱりやってくれた。ドバイオープンにエントリーしている。これからしばらく結果のチェックが楽しみだ。

それにしても、ただでさえきつい対局スケジュールなのに、その合間を縫って世界のどこだろうと出かけていくこのヴァイタリティには、心底敬服してしまう。何しろ朝日オープンの第2局が4/19、第3局が5/4なのに、4/22から5/2まで海外で行われるチェスの大会に参加してしまうのだ。森内名人・棋王も先月にブダペストのチェス大会に参加していたようだが、さすがに第一人者たちの行動力は大したものである。

羽生三冠や森内名人が将棋で活躍するところはまだまだ見てみたい気はするが、もし彼らが将棋をきっぱりやめてチェスに打ち込んだらどこまで強くなるのだろう、とも思わずにはいられない。近頃の名人戦に関する憂鬱な騒動を見ていると、それは案外それほど悪いことでもないように感じられる。

2006年04月22日

靴と静電気

雨の中を出かけて、靴を買ってきてみた。

私はいつごろからか、冬場の静電気にいつも悩まされてきた。いや、冬場というよりは「暑くない時期」という方が当たっているかもしれない。最高気温が20度を超えるような日でも、ドアノブだの欄干だのにさわるたびにビリッと来ていたのである。一度など、店頭に陳列されているサラダドレッシングにさわって感電したこともあり、ここまで来るとちょっとしたものなら充電できるんじゃないかと思ったほどだ。きっと帯電しやすい体質なのだろうとあきらめ、何かにさわる前には静電気を逃がす特殊な器具でまずふれるようにしていた。

最近になって、あるときちょっといい靴を買ってみたとき、突然その長年の悩みから解放された。静電気が起きるかどうかは体質でも着ている服でもなく、靴で決まるのだ。それまでバチッと攻撃をしてきたあらゆるものがおとなしくなった。安売りの靴屋で買っても、サイズを間違えなければ歩くうえで問題はなかったのだが、こんな落とし穴があったのだなとようやく分かったのである。もちろん、高い靴なら必ず大丈夫という保証はないけれども、以来極端に安い靴は買わないようにしている。

2006年04月21日

バーベキュー

うちの講座に所属することになった学生の歓迎会ということで、大学の敷地内でバーベキューをした。時期としてはもう遅いが、学生側が就職活動などで忙しく、今までなかなか都合がつかなかったのだ。基本的な器具は大学側が貸してくれるので、学生たちに肉や野菜や炭を買ってきてもらえばすぐ始められる。6時頃から3時間くらいやったのだが、日が落ちてからは寒いの何の。最後は足踏みして何とか身体を暖めようとしていた。ちょっとまだ外に長時間滞留できるような気候ではないようだ。

昨日のことを思い出して、学生に「何歳に見える?」と聞いてみたところ、「35……くらいですか?」との答え。そう思っても気を利かせて「30ですか」くらいにしておくのが、大人社会のマナーってもんだぞ、君たち!

2006年04月20日

おじさん

帰宅してエレベーターに乗ろうとするとき、三輪車とともに乗り込もうとしている5歳か6歳くらいの女の子2人と一緒になった。片方がこちらをじっと見つめている。近頃何かと物騒だから、子供ながらに「変な人」かどうかをチェックしているのだろう。その試験にパスしたのかどうか分からないが、小声で「何階……?」と尋ねる。「僕は6階。(まだどこのボタンも押されていないことに気づいて、その子に)何階ですか?」「2階……」「はい、2階ね」というわけで2と6のボタンを押した。

2階で一生懸命三輪車を押して降りると、2人は「ありがとうございました」と言って去っていった。学齢期前でしっかりお礼を言えるのは大したものだなあと感心しながら6階に向かう。しかし、もしあれが男の子だったら「僕、何階?」と一人称の言葉を二人称に使うところだが、女の子が相手だとそれに相当する言葉がよく分からない。「お嬢ちゃん」というのも何だか時代錯誤的な気がする。とかく日本語は難しい。

そこまで考えてふと思った。字義通りの「僕」は何と言ったらよいだろう。ああいうシチュエーションで、自分を指し示す言葉としてまだ一度も「おじさん」と言ったことがないのだが、年齢を考えるとさすがにもう「おにいさん」は図々しい気もする。見た目が若ければそれでも通るかもしれないが、この陰気な顔にM字型の生え際では厳しいのではないか。「……となるとやはりおじさんか……」と独りごちながら玄関を開けたのだった。

2006年04月19日

解けなかった問題

昨日は非常勤講師の仕事を終えたあと、一緒に一般情報処理を担当している先生のお宅にお呼ばれしてしまった。すっかりご馳走になってしまって恐縮の限り。ただ、なかなか寝つけなかったのは、食後にコーヒーやら緑茶やらをいただいてしまったからか、普段よりずっと早い時間に床に就いたからか。おそらくその両方だろう。

プロパラの研究室のコーナーで出題されていたレトロの問題、誰も解答者がいないので正解が発表されてしまった。この問題、去年の一時期ちょっと真面目に考えていたのだ。巧妙な入れ替えパズルの仕組みを解いて、これは正解も近いと思っていたら、最後の最後でどうしても1手足りない。何度確認しても、黒にもう1手の余裕が必要なのだ。これは何か根本的に考え違いをしているのかも……と始めに戻ってしまい、そのまま結局正解には到達できなかった。解答を見てがっくり。方向としては正しかったのだ。しかし、この問題の一番の肝の部分に、全く気づいていなかった。1手の余裕を生み出すために、再度入れ替えを行ってスペースを作り、黒ルークでテンポをずらすとは!完敗である。これは悔しい。

なお一応補足して説明すると、チェスプロブレムにおけるレトロ問題とは、与えられた局面がどのようにしてできたか、過去に指された手を論理的に推理するものである。今回の問題では、(将棋の手の数え方で)120手くらい前の局面がどうであったかを、論理的に特定するのが目的であった。

2006年04月17日

金の脳

一昨日T君から聞いて初めて知ったのだが、「111111111(9桁)の2乗は12345678987654321になる」という事実が、フジテレビ系の番組「トリビアの泉」で「金の脳」のトリビアに選ばれたことがあるのだそうだ。つまり、それだけ「へぇー」と感心されたということになる。私にとっては、そのトリビアが金の脳だったという事実こそがまさに「へぇー」と言いたくなるようなことなのだが、そう思うのはやはり世間では少数派なのだろうか。

それで思い出したことがある。だいぶ前のことだが、「ちょっとしたお役立ち情報」というようなスタンスで、携帯電話にこんなコンテンツが配信されたことがあった。まだ価格表示が税込みになる前のころの話だ。
「買いたい商品の消費税がいくらなのか、簡単に分かる方法を教えちゃうよ!知りたいものの値段から、右端の0を1つ取ります。そして残った数字を2で割ってみると、何と消費税の額が出ます。500円だったら、0を1つ取って50で、2で割って25だから、消費税は25円なのだ。これは便利!簡単だからやってみてね!」
語調も含めて、確かこんな感じだったと思う。このときもかなりの衝撃を受けた。これが不特定多数に配信されるほど役立つ情報であると認識されている、ということにである。自分が持っている様々な感覚や価値観は、実は思っている以上に世間一般からずれているのかもしれないという気にさせられる瞬間だった。

2006年04月16日

最も難しいピアノ曲

ほったらかしでたまっていた諸々の家事をまとめて片付けた。夕方にまた公園でジョギング。先週満開だった桜はようやく散り始めたところで、まだほとんど残っていた。今年の桜は長持ちする。

7時のニュースを見ていたら、「最も難しいピアノ曲が演奏された」という話題が紹介されたのでおやっと思う。「イギリスの作曲家が30年ほど前に作曲した、演奏するのが最も難しいとされるピアノ曲が、日本で初めて今日演奏されました」というもの。イギリスの作曲家でそういう紹介をされるということは、ソラブジかフィニッシーのどちらかだろうか……曲名("English Country-Tunes")を聞いてもすぐには分からなかったのであとで調べたら、フィニッシーの方だった。ソラブジならもう少しチェックしているのだが、フィニッシーはもはや手に負えないのでほとんど聴いていない。

フィニッシーの曲は「virtuosityの極北」などとも呼ばれ、ピアノ曲史上最も演奏困難な部類に属することは間違いない。ニュースでも演奏の様子や譜面の複雑さを紹介して、「最も難しい」という形容を補強していた。とはいえ、このレベルになると曲の難易度に差があることを実際に認識できる人は、世界でも数えるほどしかいないのではないだろうか。例えばソラブジのある曲は演奏時間5時間強で、楽譜が7段になる箇所もある。2と5の指でオクターブを弾けとか、指の関節で黒鍵を弾けなどといったアクロバティックな要求も満載だ。それとフィニッシーのどちらが難しいかと言われても、「どちらも難しい」としか言いようがないというのが、普通の人の感覚だろう。

なお、フィニッシーの譜面は楽譜の風景というサイトで見ることができる(左上の[Gallery]から入って「Finnissyの複雑怪奇な譜面」の項目。現時点ではトップページにも掲載されている)。このサイトの運営者は、大学時代のピアノサークルの先輩である。

2006年04月15日

雨の三原

前々から友人のT君と、この土日に一度花見らしいことをしようと相談していた。火曜日に会ったときの話し合いでは土曜日に行こうという話になっていたが、今朝の天気予報は「15日は一日中弱い雨で気温低し、16日は風が強いが晴れ」。普通なら十人が十人とも明日に順延する決定を下すところだ。しかし我々は、「雨で花見スポットは空いているはず。土砂降りならいざ知らず、しとしと降りなら雨に濡れる桜もまたよきかな」という見解に傾き、ややリスキーな選択をした。雨の中を出かけたのである。

まず訪れたのは、三原にある筆影山(311m)と竜王山(445m)。海に近く、瀬戸内海の島々や四国まで一望できる名所である。「空いているはず」という予測は的中し、山頂の展望台にはほとんど誰もいなかったのだが、雨は思っていたよりは強くなってしまい、肝心の景色も重い霧に遮られてほとんど見ることはできなかった。おまけにやたらと寒い。来る途中「6度」という電光掲示板の表示もあったが、山頂ではさらに気温が低かったようだ。ただ、一瞬薄くなった霧の間からぼんやり見える島影から、景色がかなり素晴らしいものであることは容易に想像できたので、桜とはまた別の時期に改めて来ようということになった。

Image0048.jpgImage0035.jpgそこから移動して向かったのが御調八幡宮(みつぎはちまんぐう)。ソメイヨシノだけでなく、しだれ桜も多いということで行ってみたのだが、ここは「当たり」だった。駐車場脇の桜もなかなか見事だったし、社を通り過ぎた先は遊歩道が整備されていて、そこに並ぶしだれ桜も趣があった。花の下で団子というわけにはいかなかったが、こういう花見も悪くないものだ。

紙屋町まで戻り、T君と買い物や夕飯をすませてから別れる。朝から晩まで活動して少し疲れたので、明日はゆっくりするとしようか。

2006年04月14日

メシアン

今度の日曜日が復活祭ということで、今はメシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし(Vingt Regards sur l'Enfant-Jésus)」のCDをかけている。ピアノはPierre-Laurent Aimard。Steven Osborneの演奏でも持っていてそちらも好きだが、どちらかといえばエマールの演奏を聴くことの方が多いように思う。

メシアンを知ったのは大学に入ってからだった。まだ1年生だった私は、所属するピアノサークルの4年生が弾く卒業演奏会を全部聴こうと心に決めていた。そう、それは「心に決める」という表現がぴったりくるくらいの、長い長い演奏会なのである。2日間にわたり、卒業の記念にとみんな気合いの入った大曲を披露するのだが、その中に「20のまなざし」の全曲演奏も入っていたのだった。当時は曲の巨大さと複雑さにとまどいつつもとにかく無我夢中で聴いたという感じだったが、こんな曲を生で聴けたのは得難い経験だったな、と今エマールの演奏を聴きながら改めて思う。ライブでピアノを聴くのはやはりいいものである。

2006年04月13日

タイピング

1年生対象の一般情報処理というUNIXの基礎を学ぶ演習があるのだが、今日はその1回目。もっとも、初回ということでパスワードの変更やウェブ上での履修登録のやり方などが中心で、本格的にあれこれいじるのは来週からだ。ただ、タイピングの練習プログラムが入っていて、演習初回には私がデモンストレーションをするのが習わしになっている。表示される英文を1分間打ち続けるのだが、モニターを通してその様子を五十数名に注視されていると思うと、意識していないつもりでも少し緊張してしまう。

今年の成績は360字弱だった。つまり1秒6文字のペース。大したことないなと思われた方は、衆人環視の状況であったことをできればお酌み取りいただきたい。誰も見ていないところでやるのとは、ずいぶん勝手が違うのである。

2006年04月12日

収束の癖

shogiboard.png空いた時間に少し詰将棋を考えてみた。適当な収束形を考え、そこから戻していく。しかしあまり発展しそうもないまま早々に行き詰まってしまった。すぐあきらめるのもよくないが、何かできるはずと拘泥するほどのきれいな収束でもない。それに、何だか以前の自作と構図が似ているような気がしてきた。

これまでに雑誌に載せていただいた13作の自作詰将棋について、詰め上がりの玉位置がどこにあるかを調べてみると、図のようになった。何と全体の半分近くが1四なのだ。攻方の駒が成れるか成れないかの境界線付近は細かいあやがつけやすいように個人的には感じていて、それでこんな結果になるのだろうが、そうにしたってあまりに芸のない話である。そして、今日考えていた収束の素材も、詰め上がりは1四なのだった。

2006年04月11日

非常勤講師

非常勤講師の仕事をしにH大学へ。高速道路を利用して車で50分くらいかかる。朝方の雨は移動するころにはもうやんでいた。

微積の講義自体は以前もやったことがあるのだが、問題は1年分の内容を半年で教えなければいけないことだ。将来的にそれほど数学を使う学部ではないから、表面的な計算方法を教えれば十分で、それなら半年でも何とかなるはず、ということなのだろう。しかしあまり上っ面だけをなぞってばかりで、大学での数学はこんなものかと学生たちに思われるのも面白くない。そこで今日だけは、数列の極限の正確な定義を敢えて紹介してみた。独りよがりにならぬよう、自分なりに丁寧に説明したつもりだが、果たしてどう受け止められたかは、来週以降の学生の人数に反映されるだろう。

終了後、偏微分方程式が専門でH大に勤める友人T君と合流して一緒に夕飯。今度の週末に花見に行こうと計画中で、行き先をどこにするか、トンカツを食べながら協議した。

2006年04月09日

ガーディアン紙のチェス記事

近くの公園で満開の桜の下をジョギング。昨日もそうだったが、遠くの山々は皆かすんでいた。おそらく黄砂だろう。夕飯はベーコンとブロッコリーのクリーム煮にしてみたが、やや煮詰まり気味で改善の余地あり。

英ガーディアン紙のチェスのページ(やはりスポーツのセクションに置かれている……先月17日のエントリー参照)に "Improve your chess with Nigel Short" という記事が連載されているのを見つけた。イギリスを代表するグランドマスター、Nigel Shortにガーディアン紙の記者Stephen Mossがマンツーマンでチェスを教わる企画。まだ最初の方しか目を通していないのだが、笑いを誘うような書き方をしていてなかなか面白い。冒頭から "My first game against N Short goes surprisingly well."などと始めておいて、実は6歳の息子Nicholasとの対戦だったとオチをつけるし、本物のShortとの指導対局では当然ながらサンドバッグのようにたたきつぶされ、あとからあれこれダメ出しをされて落ち込んでいる。ポカを指したのはワインを飲んだせいだとか、言い訳がましいのも妙におかしい。ガーディアン紙は一応高級紙の部類に入るのだろうと思うが、このくだけた感じは、日本なら「モス記者の『強くなったる!』」とかそんな名前でスポーツ新聞に載っていそうな気がした。

2006年04月08日

携帯電話の機種変更

マンションの脇の桜もようやく満開になった。勤務先の敷地に植わっている桜はさらに遅いようだが、これも週明けに行ったときは全部咲いているだろう。

今日は携帯電話を新しくしてきた。前の機種で何も不満はなかったのだが、30秒通話しただけでバッテリーが切れそうになるほど充電パックがダメになってしまっては、さすがにもう使えない。しかしメモリカードも充電用卓上ホルダーも別売とは、全くいい商売をしてやがる。携帯電話にはなるべくお金をかけないですませたいのだが、どう頑張ってもうまく金を払わされるシステムが完成しているのだった。

2006年04月07日

モーツァルトのピアノ協奏曲

こうしてパソコンに向かっているときも車の中でも、いつも何か音楽をかけている。CDは始終出し入れするのも面倒だから、数日から1週間くらいに一度のペースで交換していることが多い。今聴いているのは、家ではグラナドスのスペイン舞曲集、車内ではモーツァルトのピアノ協奏曲だ。

ブログの初回にも書いたように、世間で何かが流行っていると聞くと、もうそれには手を出したくなくなるのが私の性分である。モーツァルト生誕250年の今年、巷ではどこもモーツァルトモーツァルトとありがたがっていて、この時期に聴いているのはやや抵抗も感じるのだが、いい曲はやっぱりいいから仕方がない。まあ生誕何年だろうが、いつも聴いているのだからと自分に言い聞かせている。

モーツァルトのピアノ協奏曲で私が一番好きなのが第20番、第23番、第27番だ。20番と23番はその昔、ジャズピアニストのキース・ジャレットとチック・コリアがモーツァルトを弾くという企画で演奏されたことがあり、当時小学4年生だった私は、親がたまたま録画したその演奏会のテレビ放送のビデオを繰り返し見ていた記憶がある。そのときまではクラシック音楽を意識して聴こうとしたことはなかったから、これらは私がピアノに興味を持つきっかけになった曲たちと言っていいだろう。

これらのピアノ協奏曲に共通しているのは、どことなく「陰」を感じることだ。初期のモーツァルトのようにひたすら清冽で明るい雰囲気は影を潜め、長調の曲であっても決してはしゃぐことなく、何か悲しみを隠して気丈に振る舞おうとしているように聞こえる。そこがいいのである。

2006年04月06日

monsieur.ddo.jp

ホームページを引っ越してから気がつけばもう1ヶ月以上経ったが、ここにあれこれ他愛もないことを書くようになったせいで、以前よりはアクセスが若干増えたようだ。訪れてもらえるのはありがたいが、いろんな人の目に触れるわけだから、調子に乗ってうっかりまずいことを書かないように気をつけなければいけない。

リンク元を調べてみると、たまになじみのないページからアクセスがあることに気づく。マツダの車ユーノスのファンのページから、なぜかこちらにリンクが張られているのである。いろいろ調べてみてどうやら分かったことには、monsieur.ddo.jpというこのURLは、ユーノスファンと思われる別の方が数年前まで使っておられたようなのだった。おそらくそのページはメンテナンスされなくなったため、ddo側で登録を削除し、そのあと何も知らない私がたまたま同じ名前を登録してしまったのだろう。どうもその方は車のミニチュアのコレクションを持っていらしたらしい。不運にもリンクをたどってここに来られた方には申し訳ないが、ここにあるのはあまり意味のない駄文の羅列と、コレクションとも呼べない数の詰将棋だけである。

2006年04月05日

顎関節症?

今日は午後に大学で新入生のためのガイダンスがあった。最初に教員が一人一人自己紹介をして、そのあと新1年生にもマイクを回して一言ずつ何か言ってもらう。この手の年中行事も3回目に入り、だいぶ慣れてきた。ただ今日はそれが終わったあともいろいろあってちょっとお疲れ気味。

去年の1月頃だったか、全く不規則に左耳がズキッと痛むという妙な症状に悩まされたことがある。最初は中耳炎か何かなのかと思っていたが、しばらくしたらそうやって瞬間的に痛む場所が日によって移動するようになった。耳の後ろ側だったり、頭の左側全体だったり、という調子である。耳鼻科に行ってみたら「耳そのものはきれいで全く問題ないですね。顎関節症かもしれません」というご託宣。主に女性がかかりやすいと聞くが、考えてみると自分も噛み合わせがよくないから、あり得る話だなと納得したのだった。ここ1週間ほど、久しぶりにその症状がまた出てきているが、放っておけばやがて治まるだろう。

2006年04月04日

ルイ・ロペス

チェスのオープニングを全く知らないのもよくないと思って、最近はたまに時間ができるとRuy Lopezの一番基本的なところを並べてみたりしている。ルイ・ロペスのメインラインは、がっぷり四つに組んだ感じといい指された対局数の多さといい、ちょうど将棋の矢倉に相当するような位置にあると言えようか。してみると、Sicilianはきっと居飛車対振り飛車だろう。さらに分けるならNajdorfが四間飛車で、Dragonは中飛車か……などとほとんど意味も根拠もない対応を考えているのは、これはこれで楽しい(注:横文字はすべてチェスの定跡の名前)。

しかし、そのメインラインに入るまでの枝分かれだけでも追うのが大変だ。Berlin DefenceにExchange Variation、Open LopezにMarshall Gambit。それぞれがまた幾重にも分かれ、このラインは白が勝った、こう指したら黒が勝ったというデータが積み上げられていく。私のように指し手の意味を理解していないド素人のレベルでは、あまりこういうのにこだわっても大して意味はないのだろうが、公式戦に出るような人たちは、きっと時間とエネルギーをすべて使って一つ一つの変化を頭にたたき込んでいるに違いない。

2006年04月03日

詰パラ4月号

詰パラの4月号が届いた。爪を滑らせてパラパラとページを繰っていくと、今月号は半期賞の発表が出ているのだった。受賞作品を眺めると、どれも解答発表号でその素晴らしさに嘆息し、これは半期賞は堅いなと思ったものばかり。私が幸運にも半期賞をいただいた3年前と比べても、全体のレベルがまた一段と上がったように思えるのは、気のせいだろうか。

これでもかという傑作群を見ていると、もう自分がどう頑張ったところで、こんなとんでもない作品たちと見合うようなものが創れるわけがない、という気になってくる。実際、何であのときあれだけ評価してもらえたのか、今となっては不思議で仕方がない。しかしあまりだんまりを決め込むのもよくないし、凡作でもいいから、「看寿賞もらってこれか」と言われるのも覚悟で少しは創らないと、と思ってはいる。思ってはいるが……。

2006年04月02日

近所の桜

朝からの雨は午後にはあがった。買い物に出かけるときにマンション脇の桜を観察したが、咲いているのは十数輪といったところで、つまり目で花の数を数えられる程度だ。おそらく昨日あたりに開花したばかりなのだろう。東京ではすでに満開になって久しいことを考えれば、この一帯の気候がどんなものか知れようというものだ。東京の人に「広島は暖かくていいでしょうねえ」と言われるたびにどうやってその誤解を解いたものかと考えていたが、「桜が1週間は遅い」というのは分かりやすくていいかもしれない。

2006年04月01日

帰広

広島に戻った。今回も新幹線の自由席は相当な混雑。

日にちが日にちだから気の利いた嘘でも考えようかと思ったが、重い荷物を抱えてきてややくたびれたのと、たまっていた家の中の雑事を片付けるのに追われているので、今日はこれだけにしておこう。