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2006年05月31日

中将棋レトロの可能性

一昨日昨日とレトロの話を書いてしまったが、私が解答らしきものにたどり着いたのは姉妹問題の答えを見ていたからで、独力では多分できなかったであろうことは、今一度付記しておきたい。しかしここまで過去にさかのぼれるのはチェスならではで、将棋で同じことをやろうとするのはきわめて厳しいだろう。やはり持駒というルールは、あまりに自由度が大きい。以前ふれたプルーフゲームなら少し発展の余地はありそうだが、これも素材以上のレベルにあげるのはかなりの努力がいりそうだ。

先日バケラッタ氏と話しているときに、中将棋レトロはどこまで可能なのだろうとふと考えた。将棋でレトロを考えるのが難しいのを持駒のせいにするのなら、それがない中将棋はいろいろできるのではないか。解こうと思う人がいるのかどうかは別にして、考えてみる価値はあるかもしれない。

2006年05月30日

Ceriani問題の解答(2)

昨日の続き。方針に従って駒を戻していくわけだが、h4のRをa8に運ぶためには、黒のBを再びb8に戻して道を開けなければならず、そのために前もって白のKをd8へ、さらにそのために黒のKをf8にそれぞれ退避させなければならない。今はg7に白のBがいてそれができないが、右上の駒たちをスライディングブロックパズルのように組み替え、白のBをh8に幽閉すればそれが可能になる。これは少し試行錯誤すればできる。

Ceriani50a.pngそしてRをa8に戻した瞬間が図のようになる。ここから当初の予定通り戻せればよいのだが、どうしても問題が発生してしまう。次は黒が戻す番なのだが、できることはPh3-h2とPを戻すしかない。以下、白がPa7-a8=RとRをPに降格させ、黒はPh4-h3とさらに引き、白がPa6-a7ともう一歩戻す。これでPa7xXb6ができるようになったので、めでたく解決かと思いきや、b6に生まれた白の駒Xをどこかに退避させなければ、白のPb6-b7が戻せない。そしてこれをするためにはもう1手黒に戻す手がいるのだが、もう戻せる手がどこにもないのである。

ただ、図において次が白の戻す番なら問題は解決する。そんなふうに都合よく手番を変えられるのか?それができる駒が、右上の密集地帯の中にかくまわれている白のQである(姉妹問題の51番では、その役割を果たす駒は黒のRだった)。チェスのエンディングの基本テクニックとして、Kを盤上で三角に動かして手番を相手に渡すというのがあるが、それと同じことをQにやらせるわけだ。Ceriani先生も最初はそこから発想したのかな、などと想像している。

というわけで、いったん白と黒のKを最初の位置に戻し、右上のスライディングブロックパズルをいじくりながら、Qをh7-g8-h8-h7と三角に動かしてまた元に戻すと、あら不思議、先ほどと同じ盤面になるのに、次に戻すのは白になっているのだ。かくして問題は解けたことになる。

こうして見ていくと、プロパラでの51番の解説ほとんどそのままという感じである。あちらは手渡しの駒が黒のRだったのに対して、この50番では白のQだというだけだ。右上の入れ替えパズルについては、50番の方は昇格も絡まないし、手数も比較的短い。だからこそ、私でもこうして何とか流れをつかめたが、いきなり51番を出されたら、普通はやはり解くのは無理だろう。

なお、手順については、棋譜を並べるより動かした方が分かりやすいと思うので、別のページを用意した(Javaが起動するので注意)。姉妹問題の51番も置いておいたので、比較してみれば両者の違いも分かると思う。

2006年05月29日

Ceriani問題の解答(1)

Ceriani50.pngこの間書いたレトロ問題について、ちょっと解析してみよう。なるべく丁寧に書こうと思うが、議論にギャップがあったら失礼。記号はキング=K、クイーン=Q、ルーク=R、ビショップ=B、ナイト=S、ポーン=Pである。

盤面は現在白のKにチェックがかかっているので、最後に指したのが黒であることは明らかである。まず、お互いの取られた駒を確認してみよう。白はSが2個、Pが2個なくなっている。一方、黒はQが1個なくなっているだけである。g列に白のPが2個あることから、このg列のPが黒のQを取ったことが分かる。つまり、それ以外の白のPはすべて直進してきたわけだ。これは重要な事実である。

では、白が取られた駒はどうか。黒のPの配置を見ると、こうなるためにはb6、c6、d5、f5の4つのPがそれぞれ白の駒を取ったか、あるいはd5が2つ、b6とf5が1つずつ取ったという可能性しかない()。つまり、黒の駒取りもすべてPによってなされたということだ。さらにここで、盤上から消えている白の2個のPが、いずれも昇格したという事実も分かる。なぜなら、白Pはg列のPを除いてすべて直進したはずであり、もし昇格しなかったのなら、a列とe列で駒取りが起きていなければならないからである。

5/30追記:当初前者の可能性にしか言及していなかったが、後者の可能性もあることをコメントで指摘していただいたので、訂正した。幸い、その後の議論に影響はなさそうだ。

さて、盤面上部でガチガチに凝り固まった駒たちを解きほぐすためには、黒のPによる駒取りを戻すことで、檻の一番外側を溶かさなければならない。とりあえず現局面で戻せる形なのはb6とf5のPだ。ところが、これをすぐ戻すことはできない。なぜなら、例えばPe6xf5をすぐ実行してしまっては、e列の白のPが真っ直ぐ進んで何かに昇格したという事実と矛盾してしまう。時系列では、その昇格イベントが起きたときにはすでにe列はもう白Pの花道として開かれていたわけだから、それを逆向きに考えれば、f5のPをe列の白Pが降格するより前にe列に戻してはいけないのである。b6のPについても同様である。

つまりこれらの駒取りを戻す前に、白の駒を8段目に持っていってPに降格させ、それを引き戻しておかなければならない。そんなふうに自由に8段目に持って行ける白の駒がどこにあるかというと、h4の白のR、これしかない。持って行ける先はa列である。つまり流れとしては、
Pg2-g3とPを戻す→h4のRをa8まで持っていき、Pに降格させて引き戻す
→Pa7xXb6と黒のPを戻す→b列の白Pを引き戻す
ということになる。

うーん、やはり真面目に書き出そうとすると長くなってきてしまう。続きはまた明日書くことにしよう。

2006年05月28日

純音楽茶房ムシカ

musica.jpg昨日はバケラッタ氏と別れたあと、ふと思い立って広島駅近くの「純音楽茶房ムシカ」に行ってみた。いわゆる名曲喫茶というやつである。前から存在は聞いていたのだが、はっきりした場所が分かっていなかったのだ。車で付近の狭い道をぐるぐると巡ったあげく、ある角にひっそり建っているのをようやく発見した。

無口だが音楽には一家言ありそうなマスターに指し示されて入った部屋には、小さな舞台に大きなスピーカーが置かれ、2,3人の男性がぼうっとモーツァルトに聴き入っていた。あまり大きな音を立ててはいけない雰囲気だ。大きさはだいぶ違うが、渋谷の名曲喫茶・ライオンに一度行ってみたときのことを思い出した。部屋がこぢんまりとしている分、どうも余計に緊張してしまう。

カフェオレをすすりながら聴き入っていると、マスターが近寄ってきて
「何かリクエストはあります?」
と言われる。新参者なので、次の曲の選択権を与えられたようだ。しかし他にもお客がいるし、ゴドフスキーをなどと言ってはいけない。ここは間違いのないバッハで行こう。
「えっ……えーと、それじゃバッハの無伴奏チェロはありますか」
「……誰がいいですか」
「えーと、誰があるんでしょう」
「……ロストロポーヴィチ、カザルス、ヨー・ヨー・マ……」
「えーと……いや、それはまあお任せします」
私はそこで、マスターが「そうですか、じゃあ○○にしますね」とすぐ言ってくれるだろうから、それに調子を合わせようと思っていた。ところが案に相違して、マスターは黙っている。しまった、と私は思った。「演奏者が誰でもいいなんて、そんな思い入れのないやつにこの店で聴く資格はない!」ということに違いない。これはまずい。とにかく誰か指定しないと。
「(狼狽した口調で)あっいや、じ、じゃ、カザカザルスを」
「(こちらのせりふにかぶせるように)ではフルニエはどうですか」
「あっフルニエいいですね、フルニエで」
というわけで、フルニエの演奏で無伴奏チェロの第1番を聴かせていただいた。結局マスターが黙っていたのは、誰にするか考えていただけだったようだ。しかし、独特の緊張感を感じるところなのは間違いない。またそのうちに行ってみよう。

2006年05月27日

バケラッタ氏来広

私に詰将棋を創るきっかけを与えてくれたバケラッタさんことS君が、呉での友だちの結婚式に出席するため、お昼過ぎの新幹線で広島にやってきた。路面電車で八丁堀まで移動し、私がたまに行くお好み焼き屋で少し遅めのお昼を食べたあと、車で呉まで送る。式が始まるまでの小一時間、ホテルのロビーにある喫茶で雑談をしてから別れた。

彼は数年前、三代宗看の遺した詰中将棋作品集「中将棊作物」の未解決問題を次々に解いた。ここしばらく熱は冷めていたようだが、最近になってまた熱心に解き始めたらしい。当初の予定では、彼が今書いている詰パラのリレー随筆の原稿の話などをすることになっていたのだが、終わってみれば、結局広島駅の改札で落ち合ってから呉市内のホテルで別れるまで、ずっと詰中将棋の手順の検討作業ばかりしていた。お好み焼き屋でも、クリアファイルに挟まれた紙に印刷された図面を二人してにらみながら、こういう会話をしていたのである。
「まず、後々邪魔駒になる鯨を捨ててから、鷹で王手するんです」
「そうか、横行(おうぎょう)で取らせれば鷲の利きが消えるわけか……でも鹿か牛で合駒できるんじゃないの?」
「いや、猪は前に利いてないから、鷹をここに回れば詰みです」
「なるほどね……で玉が逃げると?」
「ここでじっと9二象と寄るのが、渋い一手!」
「おお、ここでじっと!玄人好みの好手入りました」
すぐ横で食べていた女性は、箸をつける前に目の前のお好み焼きの写真を撮っていたから、おそらく観光客だったと思われるが、隣の会話を聞いて、果たしてどう思っていただろうか。広島という土地に対して、何か間違った印象を与えてしまったのでないことを、切に願う。

それにしても、さすがは三代宗看、どの作品にも面白いトリックが仕掛けられている。原型からの邪魔駒消去、玉方不成など、作者の主張がちゃんと入っているのである。作品を通して300年前に生まれた人間とコミュニケーションをとれる。これこそ詰将棋を解く面白さだろう。

それからもう一つ、これもバケラッタ氏と意見の一致を見たことだが、自分がまだそれほど慣れ親しんでいないルールの作品を解くという行為は、それ特有の醍醐味がある。おかしい、すべての手を検討したはずなのになぜ詰まないんだ……と逡巡すること十数分、実は禁じ手を犯していたり、王手をかけていなかったりしていて、初歩の初歩で間違っていることに突然気づく。そのときの「何やってんだ俺は……」とあきれる瞬間が、実はおかしくて仕方がないのである。これはおそらく、フェアリー作品を解いた経験のある方なら、一度は経験する面白さではないだろうか。

今日は彼と別れたあとまた別の場所に行ってみたのだが、その話はまた明日。

2006年05月26日

寝坊

朝、起きてみたらとんでもない時間になっていた。1時間以上も寝坊だ。大あわてでベッドから飛び出す。このパンを焼いて、買ってきたこのベーコンと卵でベーコンエッグをつくって、野菜ジュースにブドウにヨーグルトも……と昨夜考えていた朝食計画は、結局ヨーグルトしか遂行されずに終わってしまった。朝に何も食べていかないのはきっとあまりよくないのだろうが、あと少し遅かったら数学演習の時間に間に合わなくなるところだったから、やむを得ない。

基本的に私は夜型の人間なので、夜更かししてはつらい朝を迎えるというサイクルを繰り返している。起きていても何か有意義なことをしているならいいのだが、特に何をしているわけでもないのに、気がつくと2時になっているというのは、全くどうにかならないものだろうか。こんなことを書いておいておきながらも、やっぱり今日もまたふらふらとネットの海をさまよい、いつの間にか丑三つ時になっているのだろう。

2006年05月24日

Ceriani氏のレトロ問題

Ceriani.png以前プロパラのサイトで出題されていてついに解けなかったレトロの問題は、イタリアのプロブレミスト、Luigi Ceriani氏 (1894-1969) の手によるものだった。過去に作られたレトロの問題はデータベースで検索できるが、"Ceriani" で調べると何と500題以上も引っかかる。解けなかったあの問題ももちろん含まれているが、それと極めて似たような構図の問題がもう1問あるのを見つけた。右側が先日解けなかった図で、"La Genesi delle Posizioni" という本の51番、左側が今回見つけた図で、同じ本の50番である。

それでちょっと考えてみたのだが、細かいロジックは少しずつ違うものの、大きな流れは51番と同じようだ。しかも50番の方が論理や手数も幾分浅いので、51番を知っている今となっては、それほど悩まずに解けたような気がする(もちろん、そんな気がしているだけかもしれない)。思うにCeriani先生は最初に50番の図を完成させ、その後にさらにロジックと手数を厚くする方法に気がついて、51番を創ったのではないだろうか。

私が考えた解答を書いてもよいのだが、もしかすると自分で考えたい方がいらっしゃるかもしれないので、数日伏せておくことにする。それにしても、こんなに考えさせる問題を500問以上創っているのである。世の中にはすごい人がいるものだ。

2006年05月23日

1足す1は?

火曜日なので非常勤講師をしにH大まで出かける。先週はちょっと飛ばし過ぎてしまい、学生たちに消化不良を起こさせてしまったかもしれないと反省したので、今日は比較的ゆっくりやったつもりだ。もっとも板書量を減らせば、その分あとからノートを見てもよく分からなくなるだろうし、かといって教える内容を削るわけにもいかない。このへんは難しいところだ。

昨日は共同研究者のHさん、Iさんと定期的にやっているセミナーをしていた。セミナーの合間にHさんがこんな話をしてくれた。Hさんが学生時代、同期にMさんという方がいたのだが、そのMさんが一度交通事故に遭ったことがあるのだそうだ。どういう状況だったのか、詳しいことは分からないが、とにかくMさんは道路に倒れ、ぶつかった相手があわてて駆け寄ってきた。そして、
「もしもし、大丈夫ですか!? 1足す1は?」
と聞いたのだそうだ。それに対してMさんは
「えっ、うーん、標数によりますけど……」
と答えたという(標数とは何かについてはこのエントリーの末尾参照)。

もしかしたらMさんは、たとえ数学関係以外の人が相手でも、普段からそう答える方だったのかもしれない。数学をやっている人は、得てしてそういうところがある。ただ少なくともそのときMさんは、自分がちゃんと標数のことも念頭に置いているということで、特に頭を打ったりはしていないということをアピールしようとしたのではないだろうか。もちろんそれは完全に逆効果で、相手の人は、これは相当やばいと青くなったに違いない。

なお、その話をしてくれたHさんも当初、Mさんの「標数による」という返答はきわめて自然で、何の違和感も感じなかったらしい。世間的にあまり普通でない答えであるとは、後に分かったのだそうだ。この感覚のズレ方は、さすがに数学者らしい、というところだろうか。

なお代数学では、加減乗除のルールが成立している構造を持った数学的対象を「体」(たい)と呼び、数と聞いて人が普通に思い浮かべる実数というものの集まりは、抽象的に定義された体という構造物の1つの具体例に過ぎないと考える。体は加減乗除が矛盾なく定義さえされていればよく、例えば「1をp回足したら0になる」という一見奇妙なルールが成り立つ集合でも、それで定義が成立していれば立派な体である。このときにこのpのことを標数と呼ぶ。実数は標数0の体であるが、標数が2の体では、1+1=0である。

2006年05月22日

チェス界の動向

ブルガリアのソフィアで、昨日までトッププロ6人によるチェスの大会MTel Mastersが開かれていた。一応毎日の勝敗だけはチェックしていたのだが、昨年のFIDE World Chess Championshipの覇者、Veselin Topalovが見事な逆転優勝を果たした。去年も同じ大会で、後半に勝ちまくって逆転優勝したようで、今最も旬の棋士と言えそうだ。ChessBase.comには棋譜の解説なども出ているが、個人的には会場の様子を写した写真や映像が興味深かった。

MTel Mastersと入れ替わるようにして、トリノ・チェスオリンピアードも始まった。150カ国近い国々から選手が参加するというその規模だけでもすごいが、ChessBaseの記事によれば、ゲーム以外にもチェスにまつわるありとあらゆる催しが行われているようだ。これだけの大会が、日本では全く報道されていないのが、むしろ不思議な気がしてくる。日本チームは残念ながら初戦は全敗してしまったようだが、相手のチームとはレーティングにずいぶん差があったようだから、これは仕方ない。2R以降に期待しよう。

2006年05月21日

スーパーでばったり

お昼近くまで寝てしまった。こう書くと普段はもう少し早く起きているように見えるが、実際は平日に蓄積された不足分の睡眠を、毎週土日でどうにか補っている状況だ。つまり、いつも通りである。

午後はチェスの本を見たりピアノを弾いたりしてゆっくり過ごし、夕方近くのスーパーへ買い物に出かける。ヨーグルトをカゴに入れてふと顔を上げると、学食で丼とAランチを担当している奥さんがいらしてびっくり。昨日に続き、2日連続で勤務先の方と遭遇してしまった。こういうことは、東京に住んでいればあまりないことだろう。今日はそそくさと失礼することもなく、少し立ち話をした。

本当は買ったものを家に置いてからジョギングをしようかと思っていたのだが、照りつける日射しにその気も失せた。結局、買い物以外はずっと家でダラダラしていたことになる。まあたまにはこんな日も悪くない。

2006年05月20日

ヤマハでばったり

夕方から市街地に出かけて、またヤマハに行ってみた。この間のことがあるから、今度はレンタル時間を聞かれたら指を一本突き出して「1時間」と言う、というのが事前の計画だったのだが、結果的にはその必要はなかった。「7時に閉店ですので、30分しかご利用になれませんが、よろしいですか?」家を出るのが遅すぎたせいで、もうそんな時間になってしまっていたのだった。

そういうわけで半時間がさがさと騒音を立てて、やれやれと部屋から出てきたところでびっくり。同じ学科のM先生とばったり出会ってしまった。ご家族といらしていたようだったが、こんなところで大学の人と会うとは思っていなかったのでぎょっとしてしまう。挨拶だけして、「いやあ、まずいところを見られて……」などと言いながらそそくさと失礼してしまった。考えてみれば、ピアノを弾いていたこと自体はそれほどまずいことでもないのだが、隠れてこっそりやっていたことがばれてしまったような気分だったのだ。

もっとも、今日弾いていた部屋はまともに防音されていなかったから、店内にかなり音が漏れていたはず。となると、あのへったくそなカプースチンもたっぷり聴かれていたことになる。やっぱりまずいところを見られたようだ。

2006年05月19日

カレー屋の閉店

学生の質問につきあったりしていたらちょっと帰るのが遅くなってしまったので、今日は外で夕飯をすませることにした。勤務先から家までは車で5分もあれば着いてしまうが、その中間あたりの場所にあるラーメン屋か、もう少し先のカレー屋に行くことが多い。この間ラーメン屋で食べたばかりだし、今日は久しぶりにあのカレー屋にするか。そう思った5分後、私は「閉店のお知らせ」という貼り紙の前に立っていた。半年くらい前にその向かいの回転寿司が閉店したばかりだというのに、この寂れ方はどうしたことか。

私の住んでいる一帯は、山を切り開いてマンションをこれでもかと建てまくった新興住宅地である。だから人口はそれなりにあるはずなのに、腹を満たすところは驚くほど少ない。需要はきっとあるだろうにと思っていたが、この局所的な景気の悪さを見るに、おそらくこのへんの人は、すぐ近くで外食するということがあまりないのかもしれない。ともあれ、帰りが遅くなったときの手持ちのカードが、また1枚減ってしまった。

2006年05月18日

エントリー数

ここのところずっと天気が悪い。昨日は一日中雨だったし、今日も今にも降り出しそうな曇り空が続いた。今夜から明日にかけてはまた雨足が強くなるらしい。形の崩れかかった台風が近づいてきているから、それが完全に消え去ってくれるまでは、ずっとこんな天気なのだろう。

右のカテゴリー分類に、各カテゴリーごとのエントリー数を表示させてみた。複数のカテゴリーに属しているエントリーもあるのだが、とりあえず趣味に関する話題は、数字を見る限り、現時点ではあまり偏らずに書いているらしい。他にもブログの仕様としていろいろ改善したい部分はあるのだが、追々やっていこうと思う。

2006年05月17日

スクリャービン

今かけているCDはアムランの弾くスクリャービンのソナタ全集だ。ピアノオタクの間ではアムランもスクリャービンもメジャー中のメジャーという存在になってしまっているが、世間一般から見れば、人口に膾炙しているとはまだまだ言えないだろう。

好きな曲をあげてくださいと言われるとたくさんありすぎて返答に迷うが、好きな作曲家はと聞かれれば、スクリャービンは5本の指に入ることは間違いない。学生時代に所属するサークルの演奏会には何度となく出たが、結局一番たくさん弾いた(ことになっている)のはスクリャービンとラフマニノフだったように思う。

スクリャービンの曲は、かっこよさと危険な香りを併せ持っている。麻薬のような陶酔感があり、それがまた、何が自分が背徳的な世界に足を踏み入れてしまったような感覚にさせてくれるのだ。彼の作風は大きく分けて初期・中期・後期と3つに分けられるが、自分が一番惹かれるのは初期の終わりから中期にかけて、彼が特異なスタイルを確立させ、独特の「あぶない」世界を作り出していったころである。幻想曲Op.28、ソナタ第4番Op.30、詩曲Op.32-1、練習曲Op.42-5、ソナタ第5番Op.53。最初は心地悪かったはずの増7度の響きが、今は何度聴いても背中がゾクゾクするほどに気持ちよい。一度麻薬を覚えるとなかなかやめられないものらしいが、ちょうどこんな感じに近いのかもしれない、と思ったりする。

2006年05月16日

ロルの定理

火曜日はH大への非常勤講師の日。まずこの部屋に行ってメールボックスをチェックして、それからここでマイクを借りて……と段取りはかなり慣れてきた。しかし、どうも講義の方はまだまだ改善の余地があるようだ。自分が学生のときもそうだったが、今の学生はあまり質問もしてこないし、講師が何か書き間違ったことに気づいてもなかなか指摘してくれない。だからうっかり変なことを言ったり書いたりしないよう、余計に気をつけなければいけないのだが、それでもときどきミスをしてしまう。

今日も、本質的な誤りではないもののちょっとした書き損じをしてしまったのだが、それはすぐに指摘してくれた学生さんがいて助かった。しかし、いつだったかはひどかった。「ロルの定理ってぇのは、aからbの区間で微分可能な関数f(x)があって、f(a)=f(b)のとき、f'(c)=0となるcが必ずあるっつうことですね」と口で言いながら、何を思ったかf(a)とf(b)の高さが全然違う関数の絵を描いてしまった。そして「ほら、この絵だったら、こことここが傾きが0になってますよね。必ず1カ所はそういうところがなきゃいけないってことです。まあこうやってグラフで見たら簡単ですよね!」何が簡単ですよね、だ。そのあとで平均値の定理を説明しようとして、「さっきのロルの定理はf(a)=f(b)だったけど、今度は……」と言い出した瞬間、ようやくミスに気づいたのだった。全く恥ずかしい話である。

あとになってみると、「簡単ですよね」のときにひそひそ誰かが話しているのは聞こえたのだ。だが、私語だろうと思って気にしなかったのがいけなかった。以来、「何か変だと思ったら突っ込んでくださいよ」としつこいくらいに念を押している。

2006年05月15日

KID

Silent Life of Dr. Hara3日前に紹介されていたエンドゲーム、ちょっと考えてとりあえずポーンを先に成れるところまでは確認していたのだが、そこで思考を止めてしまっていた。昨日出た解答をチェックして嘆息、そこから先こそが問題の核心なのだった。以前もレトロの問題で同じようなことがあった。オペラで言うなら、序曲のところまでしか鑑賞していないのだ。 "Always look one move deeper than seems to be necessary" という教訓をもっと意識しなければならない。

KID.pngしかし、実際にはまだまだそんなレベルではないのかもしれない。先日、キングズインディアンディフェンス (KID) の棋譜を並べていて、図のような局面が出てきた。黒が激しく攻勢に出たところで、KIDでは典型的な局面と言えるだろう。白が 18.Bg1 と守ったところだが、ここで 18...Qh4!! が妙手だと解説にある。白が 19.Nxc7 とでも指せば、19...Nh5 が、サッカーの解説風に言うなら「空いたスペースに飛び込む」一手。以後はどうやっても白陣は総崩れとなる。

そこまではまあよいのだが、18...Qh4!! の妙手に対し、白が指せる唯一の手は 19.g3 で、それも 19...fxg3 以下黒が猛攻をかけて優勢、というのが本の解説だった。しかし 19.g4 はどうするのか?Nは跳ねられなくなったし、さりとて 19...Ne8 と手を戻すのでは勢いが止まってしまう。変だな……と感じつつそのときはそれで終わってしまった。そして翌日になってやっと気づいたのだから情けない。チェスを知っている方ならもちろんお分かりだろうが、19.g4 でも当然 en passant で 19...fxg3 と取れるのである。自宅で落ち着いて本を見ていてこれだから、実戦などまだ到底覚束ない。

2006年05月14日

煙詰

近代将棋6月号の詰将棋シアターと将棋世界6月号の詰将棋サロンに解答が載っている全作品を、kifファイルにしてまとめて入力する。2003年の年頭から何となく始めたもので、3年半近く経って作品データもだいぶたまってきた。とはいえ、毎年創られる詰将棋の数からすればほんの一部分だし、どうせ詰将棋データベースがのちに出るだろうから、あまり意味はないのかもしれない。しかしここまでやってきてやめるのももったいないし、何かの事情でできなくなるまでは続けていこうと思う。

ここから先は少しマニアックな話。近代将棋には新ヶ江幸弘氏の煙詰「静寂」が出ていた。これは、盤面の周辺でもなければ都(=5五)でもないという、煙詰としては珍しい位置で小駒4枚による詰め上がりを実現した作品である。元来煙詰とは、攻方の玉を除く39枚の駒(攻方の玉も含めて40枚の場合もある)が盤上に配置され、詰め上がるとそれらが煙のように消えて3枚になってしまうというものだ。しかし煙詰には、玉が盤の中央である5五で詰む都詰と呼ばれるものがいくつかあり、この場合は駒3枚で詰みの形を作るのが不可能なため、4枚での詰め上がりがゴールとされている。新ヶ江氏の作品は、盤の周辺でない位置で小駒のみ4枚の詰め上がりを目指したものだが、都詰でこの条件を達成するべく逆算するのは不可能であることが知られているため、7四という妙な位置での詰め上がりとなったわけだ。

とまあ、この作品のオリジナリティを説明するのはかなり大変だ。解説のY氏は、主張がマニアックであり、手順も「練られているものの華麗さまでは感じない」ので、「全体を通して作者の主張はやや空回り」ではないかと書いておられた。煙るというだけでは誰も驚いてくれない昨今、まあそういう評価になるのも仕方のないところだろう。

ただ個人的には、「周辺でも都でもない詰め上がり」というのは、これはこれで煙詰の1つの形態として十分立派なものと感じている。思うに、盤の中央で詰め上がるということは、それほどこだわらなくてもいいことのような気がするのだ。少なくとも、5五からずれていることがそんなにマイナスであるとは、私はあまり思わない。要は手順が面白いかどうか、だ。

曲詰に関しても同じことを考えている。盤の中央に文字なり図形なりが現れないと、「田舎曲詰」などと呼ばれて少し低く評価されてしまうことがあるが、中央からずれた位置に図形が出るのも、デザインとしてはそれはそれで現代的で悪くない気がする。それに、「中央でない」という理由だけで未だ発掘されていない魅力的な手順が、たくさん眠っているかもしれないのだ。

2006年05月13日

グランドピアノ

いつも電子ピアノばかりなので、たまにはまともなピアノも弾いてみようと思い立ち、市街地にあるヤマハのピアノ部屋レンタルを1時間利用してみた。カプースチンの三度のエチュードを繰り返し、少し疲れたらニャターリのVaidosaで一服。完全に防音の部屋ではなかったので、店内にもとんでもない騒音がもれていたかもしれない。

ピアノもうまくなってくると、このメーカーのこのタイプでないとイメージ通りの音にならない、などということになりがちだが、私のような下手くそは、微妙なタッチの差がどうこう言えるレベルではない。基本的には、88鍵ちゃんと鳴ってくれるならそれで十分である。しかし、さすがに電子ピアノとグランドピアノになるとずいぶん違うなあと思わずにはいられない。何よりまず、音量が違う。普段は音を絞ってこっそり弾いているから、それにいつの間にか慣れてしまっていたようだ。これが本当のピアノの音量だったのだなあと再認識した。

ところで、私の声は通りが悪いようで、相手に聞き取ってもらえないことが多々ある。くぐもったしゃべり方をしているつもりはないのだが、話し出すと一度は「え?」と聞き返されてしまうことが少なくない。しかし、今日ヤマハに電話をかけたときはひどかった。
「あの、5時半からピアノ部屋を1時間お願いしたいんですけど」
「はい、かしこまりました。時間はどれくらいご利用になりますか?」
「いやあの、1時間で」
「2時間?」
「いち時間」
「……2時間で」
「イッ・チッ・じかん!!」
先方はやや騒がしいところにいたようではあったが、それにしてもそんなに「いち」が「に」に聞こえるものだろうか。あれだけゆっくり言っているのに、ここまで伝わらないとは思わなかった。あんなときは、犬になったつもりで「ワン!ワン!」と吠えるのが正解なのかもしれない。

2006年05月12日

詰四会設立

反応が一日遅れてしまったが、たくぼんさんが詰四会設立に向けて本格的に動き出した模様。私は最初「つめしかい」なのだとばかり思っていたのだが、駄洒落も込めて「つめよんかい」が正しい読み方のようだ。きっと毎回、「あんた、詰めよんかい?」が合い言葉のように飛び交う集まりになるに違いない。8月6日が第1回とのことだが、次回の詰備会は都合があって行けないことが確定してしまったので、せめてこちらにはお邪魔できないかと考え始めている。

しかしそのためには、「4」にまつわる作品を何か持参した方がよいらしい。これは難題だ。普通に思いつくようなことは、先人が極限まで磨き上げてすでに形にしてしまっているし、オリジナリティのあるものが果たしてできるかどうか。折を見て少し考えてみたいが、どうも自信はない。たくぼんさんには、手ぶらでの参加もどうかお認めいただきたく。

2006年05月11日

性格の話

確か泡坂妻夫のミステリだったと思うが、塵一つない真っ白な空間や、一つの例外もない秩序だった社会というような「完全な存在」に、ひどく不安感や嫌悪感を覚えてしまうという男が出てきたことがある。その奇妙な性癖が、やがてある犯罪事件の発生に関係してくるというような話だった。それを読んだとき、犯罪云々のレベルではないとはいえ、これは自分とちょうど正反対だなと思ったものだ。

私の場合、何というのだろうか、いろいろなものがあるべきところにあり、こうであるべきとされていることがその通りになっていてほしいという理想があって、その予定調和の状況を乱す存在に気づくと、生理的にそれを何とかしたい欲求に駆られてしまうのだ。そういう性格が、例えばより完全なものを目指すという形でよい方向に作用することもあるが、一方で些細なことがやたらに気になってイライラしてしまうこともしばしばである。本当にどうでもいいことを、「ま、いいか」とさっぱり忘れることがなかなかできないのは、我ながら損な性格だと思う。

昨日のニュースで、中学教科書に大量に誤植が見つかったということが報じられていたが、この誤植というやつも、私にとっては気になるものの1つである。こう書かれるべき漢字、こう書かれるべき単語がそうなっていない状況を目の当たりにすると、それがどんなに瑣末であっても、どうも言いようのない居心地の悪さを感じてしまう。ではそう言うあんたはその手のミスを全然犯さないのかというともちろんそんなことはなくて、疲れてくるとすぐ打ち間違うから始末に悪い。ただ、人と違うのは、打ち間違ったとあとで知ったときの悔しがり方だ。

こういう私だけの「居心地の悪さ」を少しでも軽減する手段は、最初から「こうであるべき」という理想を頭の中でなるべく決めてしまわないことである。例えば、このブログは2月下旬に書き始めたが、すぐ次の日はお休みしている。張り切って「今日から毎日必ず書く」などといったん思ってしまうと、やがて書けない日が来たときに嫌悪感を感じかねないから、最初からたがを外しておいたのである。これで「書かない日がときどき入ってもいい」ということになるわけだ。

ここまで読まれて、この人はちょっと病気なんじゃないかと思われた方も多分いるに違いない……。

2006年05月10日

チェスの全国大会

先週のことになるが、連休中に全日本チェス選手権全国大会とゴールデンオープンが東京で行われていた。私にとっては雲の上の大会である。しかしここ半年くらいの間に、何人かチェスを指される方とメールなどを通じて知己を得ることができたので、その方たちがどういう活躍をするか期待していた。

果たして結果は期待通り。Hさんはゴールデンオープンでレーティングが730点も高い相手に黒番で見事に勝利したし、大学の学科とピアノサークルの後輩にもあたるIさんは全日本選手権で3位に入賞した。お二人からは少し棋譜も見せていただいたのだが、また勝ち方がかっこよくて気持ちがよいのである。こんなふうに勝てるようになると、きっとますます楽しくなるだろう。Iさんは今月下旬から始まるトリノでのチェスオリンピアードにも参加されるようで、頑張ってほしいものだ。

ところで、私の実家は市川市である。気のせいかもしれないが、Iさんを始めとして市川や松戸あたりに結構チェスの強豪が住んでいらっしゃるように思う。もしかしたら、松戸チェスクラブがあることと関係があるのかもしれない。30年も住んでいながら、そんなチェス先進地であることに全然気づいていなかったのは、ちょっともったいなかったような気もする。

2006年05月09日

ピアノのリサイタル

ありがたいことにまたピアノのリサイタルのチケットをいただいたので、非常勤講師の仕事を終わらせてから会場に駆けつけた。大学から会場の鯉城会館までは1時間近くかかるので、開演時間に間に合うかは心配だったが、幸いセーフ。

弾いたのは知り合いのそのまた知り合いのピアノの先生。曲目は前半がハイドンの小曲とシューマンの幻想曲で、後半はプーランクのノヴェレッテに、ドビュッシーの練習曲3曲、最後に「喜びの島」。シューマンはさすがに第2楽章のアクロバティックな難所はかなり苦労されていたが、それでもこの曲が聴けるというのは何とも気持ちがいいものだ。どうやらフランスものの方が得意な方のようで、後半のプログラムの方が落ち着いて弾いているように感じられた。ともあれ、先月に引き続き生のピアノが聴けて満足。

2006年05月08日

研究者版人生ゲーム

いつものメンバーで久しぶりにセミナー。連休ですっかり怠けた頭を少しだけ数学モードに戻す。そろそろいろいろなことに本腰を入れないといけない。

知り合いから、Happy Academic Life 2006なるボードゲームの存在を教えられた。すでに新聞などでも紹介されたようだが、人工知能学会創立20周年記念事業として開発された「IT研究者のためのゲーム型キャリアデザイン学習教材」だそうで、「ゲームプレイを通じて、研究者キャリアの早期には体験できない、様々な研究関連イベントや、研究実績を蓄積することで、ポジションが変化することを疑似体験でき」るという。報道発表で配布された資料を見てみると、これがまあ何ともリアリティにあふれている。「業績卓越型」、「教育者型」、「学内政治型」などという長期的戦略におけるゴールが設定されており、人脈ポイントや資金力を蓄積し、手持ちの時間カードをどれだけ研究や教育に充てるかを決めていきながら、自分のゴールを目指すのだ。限られた時間を管理し、いかにうまく割り振るかが大事だという。

ちょっとやってみたい気もするのだが、ただでさえ「ピアノを弾く」とか「詰将棋を考える」とか「チェスの定跡を調べる」などという特異イベントに、時間を使い過ぎなのである。このうえ「人生ゲームをする」に貴重な時間を使ってしまうのは、多分現実の人生ゲームにおいてあまり得策ではなさそうだ。

2006年05月07日

ピアノの練習

お昼までに雨はやんだのでジョギングをしてきたが、蒸し暑くてしんどかった。ジョギングの季節もそろそろ終わりか。

出かける前に少しカプースチンを弾いていたが、以前弾けたと思っていたところもやり直さなければいけなくなっていて、そこを練習しているとそれだけで時間が過ぎてしまった。土日にちょこちょこ弾いているだけでは、いつまで経っても同じレベルでストップしたままだ。少しでも形になってきたかなと思えるようになった時点で、市街地のピアノスタジオにでも出かけて、非電子のピアノで弾いてみたいと思っているのだが、なかなかそこまで達することができない。

ピアノに限らず、将棋だろうが語学だろうが何だろうが、継続してやっていなければたちまち能力が衰えてしまうのは自明の理である。おそらくこういうものを継続させるためには、「継続してしまう」状態になることが大事なのだろう。ダイエットの努力を何一つしなくても全く太らない人がいるのは、体質などを別にすれば、おそらく本人が無意識のうちに太らない生活をしてしまっているからだ。しかし現状では、毎日のようにピアノに向かうことはやはり難しい。

2006年05月06日

新幹線とコンセント

広島に戻った。自由席だったので座席を取れるかどうかと思っていたのだが、小田原から名古屋までのひかりも、そこから乗り換えたのぞみも、予想していたような混雑は特になく、余裕を持って座ることができた。

今日乗った2本はいずれも300系の車両だったが、現在のぞみについて主に使われている700系は、各車両の一番前と一番後ろにコンセントが備え付けられている。4時間も乗っていると、ノートPCの画面上で詰将棋かチェスプロブレムでもいじっていたくなることがあるが、もしこのコンセントが使える最前列ないし最後列の座席を確保できると、バッテリーを気にせずゆっくりパソコンをつけていることができる。しかし実際には、そこに座れる可能性は低い。それに700系なら必ず装備されているというわけではなく、ある年以降に製造された車両に限られるので、ほとんど運試しのようなものだ。

なお来年から投入されるN700系は、各座席の列ごとにもコンセントが設置されるらしい。

2006年05月05日

リレー随筆

伊豆への小旅行から二宮の家に帰る。やはりどこも混んでいた。

帰宅後、詰パラに提出する原稿を清書する。来月号の「リレー随筆」のコーナーに載るのである。どうも私が書くと、内容が薄っぺらいわりに妙に肩に力が入った文章になっていけないが、もう締切ギリギリだから四の五の言ってはいられない。自分の次の執筆者には、大学院時代の後輩で友人であるバケラッタさんにお願いしようと思っている。

今月号の詰パラも、一通り眺めてみた。浦野七段のエッセイに私の名前が登場するのは面映ゆい限り。それから、表紙詰将棋に採用されたBさんのコメントがよかった。編集部から届いた封書を見て一度は不採用で返送されたと思いこみ、封を開けて表紙採用の知らせに奥さんと大喜びされたとのことで、採用されたうれしさが実によく伝わってくる。こういう体験は、自分自身はもとより、人の話を聞くだけでもいいものである。

2006年05月03日

ゴールデン・ウィーク

今日から連休ということで、私も民族大移動の儀式に参画すべく、関東に移動。ただし実家ではなく、祖母が昔住んでいた二宮の家だ。新幹線が激しく混雑していたのは下りだけだったようで、小田原に停車するひかりは終始がらがらだった。

この家は私が生まれたときから大学院生になるころまで、休みになると遊びに来たところだ。夏休みや冬休みにはここに滞在し、車で伊豆や箱根に行くのが年中行事になっていた。先日久しぶりに訪れた真鶴など、いったい何度行ったことか。子供のころの記憶にあったものは、今ではすっかり変わってしまった。夏になると必ず泳いだプールは駐車場になり、いつもお昼を食べていたシーフードレストランは跡形もなくなっていた。時間が経ったのだなと実感してしまう。

ずいぶんとかわいがってもらった祖母も今は亡い。

2006年05月02日

ドバイオープン終了

羽生さんのドバイオープンでの戦績は結局3勝2敗4引き分けだった。負けた2つはいずれもGMとの対戦で、やはりこのレベルに勝つのは、いかに羽生さんといえども簡単ではないようだ。

公式ページで羽生さんの対局は9局全部棋譜が見られるが、どうも入力エラーがあったりして、今ひとつ使い勝手が悪い。chessgames.comで見た方がよさそうだ。このサイトには他にも羽生さんの対局が登録されており、画面上部の "Yoshiharu Habu" をクリックするとすべて閲覧できる。ただし、強豪GMに見事な勝利を収めて昨年話題になった対Peter Wells戦は、現時点では残念ながらまだ登録されていないようだ。

2006年05月01日

ポリフェノール

私はチョコレートはビターなものが好きなのだが、先日知り合いから「これはすごくビターだから挑戦してみては」と勧められたのが、明治の「チョコレート効果」という商品。カカオの配分が72%、86%、99%の3種類出ているのだが、99%はかなり強烈だという。で、この間買ってみた。いやはや、これはすごい。ビターだのベターだのというレベルではない。甘みゼロ、感じる味はすべて苦みなのだ。なぜかカカオの芳香がただよう薬を、水を使わずに噛み砕いているというのが近いと思う。私はどちらかというと甘いものは苦手な方なのだが、何事も程度問題である。

まだそれを食べきっていないのだが、今日店頭で72%の方を見つけてうっかり買ってしまった。ああ、これが私の好きなビターな味。99%の記憶があるだけに余計においしく感じる。実はこれこそが明治の策略なのかもしれない。

こうやってカカオの多さを売りにしているのは、つまりカカオに含まれるポリフェノールが身体にいい、ということなのだが、チョコレートが身体にいいなんて、少し前までは考えられなかった話だ。この手の「○○が身体にいい」はめまぐるしく入れ替わる。10年後にポリフェノールという言葉を世間がどれだけ覚えているか、怪しいものである。