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2006年06月30日

詰パラ7月号

H大で行われたセミナーから雨の中を帰宅すると、詰パラ7月号が届いていた。前月中に届くのは珍しい。

看寿賞選考経過については真っ先に目を通す。もっと票が割れたのかと思っていたのだが、受賞作が第一候補ということにはあまり意見の相違はなかったようだ。まああの内容なら、それもむべなるかな、という気がする。今回候補に挙がりながら選に漏れた方々も、いずれ受賞は間違いないと思われる面々ばかりだった。看寿賞は、もちろん作品自体があるレベルに達していなければならないが、運の要素もゼロではない。同じ年に大傑作が出ていると、普通の年なら受賞級の作品であっても賞を逃してしまうことがある(昭和60年の添川氏作「桃花源」がよい例)。私のときは、他の作家の方たちがたまたま一休みしていたに過ぎない。

今月号には、詰工房参加時に提出した曲詰も載せていただいている。詰パラに図面が載るのは1年半ぶりのことだ。これは宗看生誕300年を記念する企画出題なので入選扱いにはならないようだが、詰備会で見せたときに字形が悪いと言われたことを考えれば、入選でなくてよかったというのが正直なところである。

またリレー随筆には、バケラッタさんの文章が出ている。詰中将棋についてここまで熱っぽく語った人は、これまでのリレー随筆にはいなかったのではないか?なお彼の本名は、「詰将棋盤」というJavaアプレットの作者と同じだが、同姓同名の別人なので一応ご注意を。

2006年06月29日

古い詰パラ&中将棋レトロ

思わぬ方からメールをいただき、私が購読を始める前の詰パラを数年分譲っていただいた。ありがたい限りである。お部屋が将棋の本であふれているので少し整理されるのだとか。しかも届いた段ボールの中には、詰棋めいとや詰研会報に、朝霞チェスクラブの会報「チェックメイト」まで!これはまた時間がつぶれそうだ。

先日レトロの問題をここに出したときに、同じスタイルで中将棋レトロもできないかと少し考えてみたのだが、思った以上に難しいということが分かってきた。私としては、少ない駒数で盤面の片隅にパラッと配置され、ちょっと推理と論証を重ねればすぐ最終手が分かる、というのが理想だったのだが、Ceriani先生のように少ない駒で凝り形を構成するのが厳しいのだ。初形で歩が並んでいるのが四段目でその後ろの空間が広いうえに、一つ一つの駒も利きが多く、容易なことでは動きを縛れないのである。また、ポーンのように駒取りのときのみ利きが変化する駒がないというのも痛い。こうしてみると、チェスはレトロに適しているのだなあと改めて思わざるを得ない。

2006年06月27日

平成17年度看寿賞

平成17年度看寿賞が決定したようだ。顔ぶれと作品を一目見てなるほどと納得。選ばれるべき人、選ばれるべき作品が選ばれたという気がする。

長編賞の作品はまだ鑑賞しきれていないのでコメントできないが、短編賞と中編賞のそれぞれの作品は、発表当時に一度並べてみて、これは何か賞を取らないとおかしいなと思っていた。高坂さんの作品は、もちろん銀が一回転する大技が主題であるが、初形からはそれを微塵も感じさせないのが素晴らしい。しかも強烈な初手。これだけで作品たり得る厚みが出て、序盤から解く人に強い印象を与える。そこへ来て合駒で出現した銀がくるくる回り出すのだから、これはもう殴られるような衝撃だ。私には、こんな作品は絶対創れないだろう。

中編賞の有吉さんの作品は曲詰であるが、これも手順が曲詰であることに全く甘えていない。私は移動合というものをとても魅力的に感じるのだが、この作品は何と三度も移動合が出るのだ。それで最後に真一文字が浮かび上がるとなれば、感動しない人はいないだろう。有吉さんはこのところ大活躍で、正直なところ、短編賞や長編賞も時間の問題ではないかと感じている。

2006年06月26日

セミナー

昨日は一日中雨だったが、今日もずっとどんよりとした曇り。明日からも当分曇りか雨が続くらしい。ようやく梅雨の時期だなと実感できるようになった。

今日はまた共同研究をしている3人でセミナーをしていた。議論しながら論文の直しをしているのだが、理解していると思っていたことでも、あらためてつついてみるとよく分かっていないことに気づく。もう一回始めからその部分を計算してみて、ようやく納得がいったときにはもうかなりの時間が経過しているので、結局のところなかなか前に進めない。しかし理解が深まったのは確かなのだから、この過程は決して無駄ではない。少なくとも、自分が理解していないことを理解するというのは非常に大事なことだ。

それにしても、低標数の体上で代数多様体を考えると、どうしても細々とした計算に従事することになる。代数幾何学における基本的な定理のいくつかが正標数では成り立たないので、一般論で片付かない部分が多いのだ。しかし、こういうちまちまとした作業は嫌いではない。

2006年06月25日

寝ぼけた頭で詰将棋

休日はいつも惰眠を貪っている。今日は10時過ぎに居間に出てきたものの、テレビだけつけてすぐ横の変形ソファに倒れ込んだ。ここから頭が本当に目を覚ますまでは、あと30分はかかる。

朦朧としているところで、テレビからの音が聞こえてきた。教育テレビの将棋講座だ。「それでは、今週の詰将棋のコーナーです。駒の配置を申し上げます。玉方11香、……」瞼が重くて顔を上げる気力もないが、それでも頭の中に盤が描かれ、読み上げられた駒が置かれていく。配置の読み上げが終わったらすぐ考え始める。駒がパタパタと動き、数分で13手詰の正解にたどり着いた。さすがに谷川九段、うまくまとめるなあと感心するところまで、半分寝ていてもできるということが判明。

もっとも、自分の場合ははっきり覚醒している状態でも、こんなふうにすらすら解けることは滅多にない。今回は駒数が少なかったこと、配置が広がらずにまとまっていたこと、変化がそれほどなかったことなどが幸いしただけだ。とはいえ、やはり将棋の方がチェスより駒が頭の中で動きやすいのは確かのようである。チェスプロブレムで変化も込めて7手(将棋の数え方で13手)先を暗算で読むのは、問題にもよるが私にはまだ不可能に近い。

先月のSilent Life of Dr.Haraの記事によると、市松模様の黒白を入れ替えたチェス盤を使うと、トッププレイヤーの読みの能力が落ちてしまうのだそうだ。これは大変興味深い話だった。チェスを指せる人の頭の中にあるチェス盤は、マス目の色が完全に塗り分けられており、それが思考にも影響を与えているのだ。私は思い浮かべようとしても、各マスが白だったか黒だったか、すぐ分からなくなってしまう。"dark-squared bishop" などと言われても、それがどちらのビショップかはとっさに判断できず、実際に盤面を確認することが多い。寝ぼけた頭でも市松の盤面がクリアに見える日は、果たして来るだろうか。

2006年06月24日

次に譜読みする曲

2週間ぶりに浜松ピアノに行ってピアノを弾いてきた。今日もまたカープの試合と重なったために駐車場が大渋滞だったが、余裕を持って出ていたため、予約した時間には遅れることなく到着。

ニャターリやシューマンなど何冊か楽譜を持っていったのだが、結局カプースチンばかり弾いて終わってしまった。やはり他の曲はまだ譜読みを始めたばかりという段階で、時間貸しスタジオでその続きをするのは少々もったいないと感じてしまうのだ。次に本格的に何をやるかというのがはっきり決まっていないということもある。シューマンというつもりはあったのだが、食指を動かされるのは大曲ばかりで、とても終わりまで行けそうもないのだった。

一時期頑張ってかなりのところまでいった、アルベニスの「イベリア」の「エリターニャ」に再挑戦してみるか。はたまた、オタク路線でゴドフスキーの編曲ものを始める手もある。しかし、これらはあまりに難しくて、人前でうまく弾ける可能性がほぼゼロに近いのが問題だ。もっともそれを言ったら、どの曲だろうと一度として自分がうまく弾けたためしはないのだから、何をやっても同じという気もする。いったん始めたら当分はその曲にかかりきりになるだけに、ここが思案のしどころだ。

2006年06月23日

一昨日のレトロ問題の答え

Ceriani-LastMove1.png一昨日のレトロの解答。図を見ると、黒のPが全員生存していることに気づく。つまり黒Pのプロモーションは起きておらず、盤上のRとBは生来のものであることが分かる。

まず問題になるのが、最後に指したのはどちらだったかということである。しかしこれは簡単だ。もし最後に指したのが黒だったとすると、黒が指せたのはg6というこの1手しかない。しかしその手を戻してしまうと、白Kがh8にたどり着けなくなってしまう。一瞬e7を通ってきた可能性もあるように思えるが、d6とf6に黒Pの利きがあるので不可能である。したがって、最後に指したのは黒ではなく、白である。

最後に指された白の手には、次の可能性がある。
a) gxXf8=S b) Kg7-h8 c) Kg7xXh8 d) Kg8-h8 e) Kg8xXh8
まず a) は、f8で取られた黒の駒が何だったかが問題。黒マスBはd8にいるので、f8にいたのはBではない。QやRでは白Kにチェックがかかった状態になるので、次に戻す手でそのチェックを外さなければいけないが、この閉ざされた空間でそれは不可能である。Sならチェックはかからないが、やはり次に戻せる駒が存在しない。以上より a) はあり得ない。b) もやはり次に黒が戻せる手が存在しないからダメ。c) は a) と、d) は b) とほぼ同じ理由付けでそれぞれ却下される。よって残る可能性は e)。h8で取られた駒は、今までと同じ理由でBではなく、またRとSは戻せる場所がない。よって取られた駒はQで、白のlast moveはKg8xQh8であった。

これくらいの難しさだとちょっと考えてみようかという気になってもらえるから、こういう場に出すのはいいかもしれない。というより、これくらいでないとまず自分が解けないということもある。ともあれ、また近いうちにCeriani先生の問題を持ってくることにしよう。

2006年06月22日

浮世離れ

朝から晩まで雨。梅雨らしい天気、と言いたいところだが、こんなふうにまともな雨が降ったのは先週の木曜日以来で、つまり1週間ぶりである。その間の日はいつもぎらぎらと太陽が照りつけていた。やはりこんなのは雨季ではない。天気が悪いからではないだろうが、今日はいまいちたまっている仕事を進められなかった。あまり余裕がないのだから、だらだら過ごすことのないよう気をつけなければいけない。

同僚のHさんはどことなく浮世離れしている人で、ある意味では数学者らしい人である。テレビも全然見ないし、新聞も取っていないので、巷で騒ぎになっているようなことも驚くほど知らない。考えてみれば、知らなくても別に困らないことがほとんどなわけで、そういう生活も一つの選択肢であろう。ワールドカップのことももちろんチェックしていない。先日、お昼を食べているときに「今、世界中はワールドカップで大騒ぎしていますよ」と言ったら、
「えっ、またやってんの?ふーん。前はどこでやったんだっけ、アメリカだったっけ?」
というお答えだった。それは前の前の前の大会である。だいたい、広島にもう何年も住んでいながら、
「ふーん、サンフレッチェってチームがあるの」
と言ったこともあるくらいだから、もう少々のことではこちらも驚かなくなった。そういえばアテネオリンピックのときも、
「えっ、またオリンピックやってんの?前はアメリカだったっけ?」
と言っていたような気がする。アトランタ大会はやはり前の前の大会である。もしかしたら、とりあえず「アメリカだったっけ」と言っているだけなのかもしれない。

こういう人は数学の世界でも珍しいが、他に全くいないわけではない。聞いた話では、日本中がオウムオウムと大騒ぎだった1995年、いよいよ麻原が逮捕されるという日にみんなでテレビを食い入るように見ていたら、後ろから入ってきたある先生がしばらくテレビを眺めて、
「オウムって何?」
と言ったそうである。あの時期、どうやったらオウムを知らずに生活ができたのかという気がするが、そこに疑問を感じているようでは、一流になれない、というところだろうか。

2006年06月21日

Last Move?

Ceriani-LastMove1.pngまたLuigi Ceriani先生のレトロ問題でも。この間の問題は議論を追うのも楽ではなかったが、Cerianiの作品には、最後に指された手が何かを当てろという一連の問題群があり、これはちょっと考えればすぐ解けるやさしいものが多い。これくらいが、疲れて帰宅した頭にはちょうどいいような気がする。

図は1951年に "Sahovski Vjesnik" の 1st Prize を獲得した作品。最後に指された手は何か?かなり手が限られているので難しくないと思う。正解はまた後日。

2006年06月20日

詰将棋新聞

詰備会の席でアイディアは少したくぼんさんたちに話したのだが、詰将棋を時事ネタと絡めて新聞風に仕立てたら面白かろうと考えて、詰将棋新聞(253KB、PDFファイル)とでも言えそうなものを作ってみた。以前の悪ふざけと同じ注意書きとして、まず創作詰将棋の世界に詳しくないと全く意味不明であるということ、また書いてある内容を一切まともに受け取らないでほしいということを強調しておきたい。もっとも、面白いかどうかはともかく、まともに受け取りようがない内容ではある。

私のピアノサークルでの活動をご存じの方は、またあれかと思われたことと思うが、こういうことはピアノの演奏会に付随したお遊びとして以前やったことがあって、いわばアイディアの使い古しである。やっていることは、よく目にする社会的事件の記事を思い出して、詰将棋の話題と混ぜるだけだ。演奏会のときもそうだったが、自分としては、新聞の体裁を借りた詰将棋全国大会のチラシ代わりという意識もある。

なお、これは「朝刊太郎」なるフリーソフトを使って書いている。これを使えば誰でも新聞風のドキュメントが作れるので、興味のある方は是非。

2006年06月19日

ヘルプメイト

今月の初めにプロパラが届いたのだが、毎度のことながら遅々として進まない。解答を出し始めてからそれなりに時間が経ったのだから、もう少し素早く筋が見えてもよいのにと思うのだが、2手メイトの問題から多大な時間を使ってしまうのは毎号同じだ。特になぜか苦戦するのがヘルプメイト。分かるときは一瞬なのに、詰み形をうまく想像できないと、暗闇をあてどもなくさまようことになる。

そういえば、ヘルプメイト担当の高坂さんが「言語化できない微妙な感覚を手順として表現する事の方が、ずっと難しい」と解説に書かれていた。まさにその通りだと思うし、またそれが表現された作品こそ、真の名作たり得るのだろうと思う。詰将棋で言うと、一番明確に存在意義を言語化できるのは、例えば「○○の最長手数」「○○の理論的最短手数」といった類のものだ。もちろん、そういうものの創作はきわめて困難だし、またこれはこれで追求されていかなければいけないとも思うが、その作品が人を感心させる力を持っているかどうかは、どのような手順でそれが達成されているかによっている。そしてそれは、これこれこういう手順なら感動されるというように、容易に言葉には表せないものなのである。

2006年06月18日

梅雨

今日は床屋と買い物に行った他はずっと家にいて、ピアノを弾いたりチェスプロブレムを考えたりしてゆっくり過ごした。天気は昨日も晴れ、今日も晴れで、天気予報によれば明日も快晴とのこと。東京では梅雨らしい天気が多いようだが、ここ広島では梅雨入り宣言の日からまともに雨が降ったのは、せいぜい3日くらいではないだろうか。

前から思っていることだが、気象庁が梅雨入り宣言という、あの「宣言」とは何なのだろうか。定義としては、梅雨入りとは梅雨前線が初めてその地域にかかって雨が降り始めたときと理解しているのだが、では梅雨前線の定義は何なのかということになる。南北の高気圧に挟まれて、いかにも梅雨前線という場合はともかく、どちらとも言えないようなケースもありそうな気がする。少なくとも、こう晴れの日が多くては、今は梅雨という雨季ですと言われても、どうもピンと来ない。

思うに、日本の天気は「ここからここまでが梅雨」などと明快に切れ目を入れられるようなものではないような気がする。サバナ気候とはわけが違うのだ。とにかく曖昧に曖昧に、気がついたら少し雨の日が多いのかな、という気がしなくもないという思いを否定するものではないとご理解いただきたい、という政治家レベルのぼやけ方こそ、梅雨の本質であろう。そういう風土だからこそ、そこに住む人の文化も微妙な曖昧さを含んだものになったのではないかと思う。

2006年06月17日

シューマン没後150年

最近になって気づいたのだが、今年はモーツァルトの生誕250年であるだけでなく、シューマンの没後150年の年でもあるのだった。そんなにマイナーな作曲家ではないと思うのだが、モーツァルトがマスコミにもやたらにとりあげられるのに比して、シューマンは誰もほとんど話題にしていない。だからというわけでもないけれども、このところシューマンをよく聴いている。

ピアノを弾く人でショパンが嫌いという御仁には滅多にお目にかからないが、シューマンは結構好き嫌いがはっきり出るように思われる。学生時代に所属していたピアノサークルでも、シューマン嫌いは必ず何人かはいたものだ。気に入らないのは、おそらくその「アマチュアくささ」が原因だろう。ロマン派などと呼ばれていても、ショパンやリストは曲の構成や細部の書法、指使いに至るまですべてが計算され尽くしている。まさに職人芸、プロの仕事なのである。ところがシューマンは、素人がプロになった気で書いているような印象を受けてしまう。フロレスタンとオイゼビウスだのダヴィッド同盟だの、自分の勝手な空想の産物を曲名につけたりして憚らないし、曲の冒頭に「できるだけ速く」と指示しておきながら、あとになって「さらに速く」、「もっと速く」などと論理的に矛盾しているようなことを書いたりする(ピアノソナタ第2番第1楽章)。本人があまりピアノを弾けなかったからか、音の置き方も演奏者のことを考えておらず、やたらと弾きにくい(「夢のもつれ」という曲は、その弾きにくさから別名「指のもつれ」と呼ばれている)。ショパンやリストが、聴く人を感動させるためにこれ以上ないというほど冷静沈着に作曲しているのに対して、シューマンは自分で自分の曲に感動し、酔ってしまっているのである。

しかし、そんなアマチュアくささが逆に大きな魅力となっていることも確かだ。いったん彼の独りよがりな夢想に自分も乗ることができれば、むせかえるようなロマン派の世界を体感できる。没後150年の年でもあるし、短い曲でもちょっと譜読みしてみようか、と考え始めている。

2006年06月15日

無駄な時間

たくぼんさんのページでは、すでに私は詰四会に参加としてカウントされているようだ。かくなるうえは、当日までに絶連でもいいから何か作品を用意しておきたいところなのだが、やるべきことがいろいろと出てきて、どうしてもこういう趣味の時間は削られていってしまう。

これは詰将棋に限ったことではないが、何かオリジナリティのあるものを創り出そうとするのは、とかく時間を必要とするものである。しかし、私の場合それは必ずしも、その時間の間中ずっと詰将棋をうなって考えているというわけではない。100時間自由な時間があったとすれば、80時間は何もせずに漫然と過ごし、17時間はあまり集中しないながらも駒をもてあそび、そして残りの3時間くらいでちょっと頑張った結果、よい作品ができたりする。では必要な時間は3時間だけだったのかというと、そうではない。80時間の無駄な時間があったから、3時間が生きたのである。「自分の好きにしていい時間がたっぷりある」という精神的な余裕が、おそらく見えないところで創作に寄与しているのだ。

この例えでいくと、現状は20時間くらいしかない状況といえようか。しかしこういう仕事と何の関係のない時間を、決してゼロにはしたくないものである。

なお、今日のエントリーがこのブログ100回目である。ホームページの移転をきっかけに何となく始めてみたが、今後も気楽に続けていければと思う。

2006年06月14日

接触不良?

今日はまたトラブルが発生した。以前にも起きた現象なのだが、私が家を空けている間に突然ネットの接続が切れてしまい、このブログにも全くアクセスできなくなってしまったのである。時間はお昼少し前だったが、とにかく外出先からはつながらない以上どうしようもない。7時間くらい接続不能の状態が続くことになってしまった。こういうときは、自分しかメンテナンスできる人間がいないということが裏目に出てしまう。

帰宅してからとりあえずルータを再起動してみたものの、一向に改善しない。これは困ったと思いつつあれこれいじっていると、ルータから外界につながるケーブルをさわっていたら、突然接続が回復した。今までは何かあるとルータのせいにしてきたのだが、どうやらこの現象の原因は、ケーブルの接触不良というどうしようもなく原始的な理由である可能性が高い気がしてきた。それならば、何の脈絡もなく切れるのも納得がいく。もしケーブルを変えるだけで解決するのなら、そうであってほしい。長期出張中にこれをやられるのだけは勘弁してほしいものだ。

2006年06月13日

トリノでの事件

火曜日は非常勤講師でどうしても帰りが遅くなってしまう。今日も疲れた。

ちょっと前の話になってしまうが、トリノ・チェスオリンピアードでちょっとした事件が起きていたことを、チェスドクターの日々で知った。期間中に開かれたパーティーの席上で、酒に酔ったイギリスのGM、Danny Gormallyが、今年初めに行われたLinaresの大会で優勝したGM、Levon Aronianに殴りかかったのだそうだ。しかもその理由が、Gormallyがメール交換をしていたオーストラリアのWIM、Arianna CaoiliがAronianとダンスを踊っていたからというのだから、今どき珍しい直情径行型の人である。Timesの記事によれば、Caoiliは「チェス界のアンナ・クルニコワ」と呼ばれているらしい。クルニコワの写真と見比べてみたが、似ているのかどうかはよく分からなかった。ともかく、Gormallyはアルメニアチームの同僚から報復を受ける事態になって緊急帰国したようだが、まあきっとアルコールのせいで一瞬理性が飛んでしまったのだろう。お酒を飲むとどうなるか分からないという人は、どこの世界のどの社会にもいるのだなあ……と改めて思った次第。

2006年06月12日

地震

s-Image0012.jpg昨日はホームセンターに出かけて、家具の転倒防止伸縮棒なるものを買ってきたのだった。これを天井との間に挟んでおくことで、地震などが来ても容易に倒れないというわけだ。実家では本棚に取り付けていたので、こちらでも自室の本棚に一応取り付けておこうと思いつつ、ずっとそのままになっていたのであった。帰宅後、早速椅子によいしょとよじ登って設置。これでちょっとした地震が来ても大丈夫だろう。

それでその翌朝にあんな地震が来るのだから、私の予知能力も大したものである。まあ取り付けていなかったとしても倒れるところまではいかなかったとは思うが、久しぶりに震度4の揺れを体感した。今日はセミナーをしにH大に行ったのだが、地震の影響でエレベーターがすべて止まっていたため、I先生の部屋がある7階まで階段で上ることに。よい運動になった。

2006年06月11日

今日のイチロー

このところのイチローはすごい勢いでヒットを量産している。最近10試合の打率が.566だというから尋常ではない。今日にも今シーズン100安打目を打ちそうな勢いだ。いくら私が見ていると負の力が働くと言っても、これだけ打ちまくっているなら間違いはないのではないか。試合の始まる11時を過ぎたところでちょっとチャンネルを変えてみた。
「あっと、引っかけてしまった、イチロー、最初の打席はピッチャーゴロに倒れました」
やっぱりダメか。教育テレビの将棋対局に戻した。

しかし30分くらいしたところでふと考えた。自分が見ていると打たないというのは、言ってみれば迷信である。もう第2打席がすんだころだろうが、何せここ10試合で5割を超えているのだ。打ってないはずはないな。そう思ってチャンネルを回すと、同時にアナウンサーの声が入ってきた。
「……今日のイチローは、ここまで2打数ノーヒット……」
パチンとテレビを消す。ダメだダメだ。まあ今日は5タコか、よくて5の1というところだろう。別に昨日打ったから今日打つと決まったわけではないのだ。今日は日が悪かった。

午後は少しピアノを弾いたり、近所のホームセンターに買い物に行ったりしてのんびり過ごした。夕方になって、そういえばさっきの試合はどうなったのかなと思い出す。一応チェックしておこう。ネットで試合結果の記事を読んでみた。


イチローはピッチャーゴロ、ファーストゴロで凡退後、5回の第3打席に低めの球をうまく打ち返し、センター前ヒットを放つ。続く6回の第4打席では速球を打ち、レフト前ヒット。さらに7回の第5打席には真ん中の甘いストレートを見逃さず、今季第3号3ランをライトスタンドへ放り込んだ。9回の第6打席はファーストゴロエラーで、この日は6打数3安打3打点1本塁打。打率を3割6分7厘に上げた。

この分だと、やっぱり明日のサッカーも一切見ないことにした方がよいのかもしれない。

2006年06月10日

スタインウェイ

何となく土曜日はピアノを弾く日となりつつある。本当は週1回で練習になるはずもないのだが、平日はどうしても帰りが遅くなってしまうのでやむを得ない。

今日はヤマハではなくて浜松ピアノというところに行くことにした。1時間3,150円でスタインウェイを弾かせてもらえる。いつぞやのように意思疎通がうまくいかないということもなく、夕方の1時間分を予約。しかし、十分余裕を見て出たつもりだったのに、駐車場で大渋滞に巻き込まれてしまった。一本道の地下通路で止まってしまうと、やっぱりやめたと抜け出すこともできない。あとで分かったのだが、今日はすぐ横の市民球場でカープ戦があるのだった。野球をやる日はちゃんとチェックしておかないといけない。

予約した時間に5分ほど遅刻して浜松ピアノに駆けつける。おじさんに受付で裏の非常階段を上がっていくように言われ、行ってみるとその先に、小さな舞台上に置かれたスタインウェイがあった。これはガンガン鳴らせるなと蓋を開けて楽譜を広げたところで、後ろから様子を見に来たおじさんに「あっ、ちょっと待って」と制止される。私は共鳴板を開けてから、奥に格納されていた譜面立てを立ち上げてしまったのだが、これは順序が逆で、まず譜面立てを十分手前に引き出してから共鳴板を上げないといけないのである。もちろんピアノを弾く人間なら常識以前のことであって、私もピアノサークル所属のころにその手順を覚えていたのだが、久しぶりですっかり忘れてしまっていたのだ(先日のヤマハのときは最初からセットアップされていて、自分でやる必要がなかった)。こんなことも知らんとほんとにピアノ弾きよるんじゃろか、と思われただろうか。

それはともかく、1時間下手くそなりに音を鳴らすことができた。カプースチンもどうにかこうにか譜読みを終わらせ、そろそろ並行して他の曲にも手を着けたい気がしてきたが、さて、何にしようか。

2006年06月09日

ぞろ目の年

6月9日。また年を1つとってしまった。

子供のころは、誕生日というのは1年の中でも一大イベントであった。周りからお祝いを言ってもらったりプレゼントをもらったりして、この日はあたかも自分のために存在しているかのような幸せな錯覚に浸ることができたものだ。しかし時とともにその感覚は薄れていき、気がつけばもはや6月8日や6月10日と何の変わりもない日常を過ごしているのだった。

金曜日なので午前中は数学の演習。今日は誕生日なんだよと学生に宣言しようかともちょっと思ったが、彼らにとってはそんなことを言われても困惑するだけだろうからと、結局それはやめてしまった。午後は雑務をいくつかと、先日の中間試験の採点。人数はかなり少ないクラスだからこれくらいすぐに終わらせなければいけないのだが、どうも私は集中力が続かなくて、いちいち時間がかかってしまう。7時半頃までかかってようやく終了。

帰宅したら、この間の乱丁詰パラの代わりとして、正しく綴じられたものが届いていた。まあこれはちょっとした誕生日プレゼントだと思うことにしようか。

2006年06月08日

TeXで楽譜を書く

毎週木曜日は、1年生にUNIXの基礎を一通りやってもらう一般情報処理という演習がある。今日からは「TeXを使ってみよう」というテーマで、基本的な作業手順から、文字の大きさの変え方、簡単な表の書き方などを少しやってもらった。

数学を生業とする人ならもちろん、理系研究者ならほとんどの人がお世話になっているのがこのTeXという文書作成ツールである。「テックス」ではなく、「テフ」または「テック」と発音することになっている。一般に市販のワープロソフトは、数式を表現する能力については全くと言っていいほどダメである。ごくごく基本的な記号なら出せるようだが、それもフォントの配置などのデザインに非常に問題がある。しかしTeXは、どんなに複雑な数式や図式でも実に美しく出力してくれる。それどころか、パッケージと呼ばれる無数の追加キットを使えば、世界のどんな言語で書かれたどんな文書であろうと、ありとあらゆるものを書くことができるのだ。そしてそれらはすべてフリー、つまりただなのである。

私はコンピュータ周りにさほど強くはないが、このTeXについてははまってしまい、市販のワープロで到底出力できないような文書をいかに作成するかに力を注いでいた時期がある。中でも面白かったのがTeXで楽譜を書くという作業で、清書されていない作曲者の自筆譜とか、ピアニストの即興演奏を友人が耳で聞き取った手書き楽譜などを浄書して回っていた。例えばこれ(PDFファイル、214KB)は、当時作成した楽譜の1ページ。テキストファイルをいじるだけで、ここまでのものが書けるのである。市販の楽譜作成ソフトはいくつか出ているが、これが書けるレベルのものは数万円はすることを考えれば、TeXの素晴らしさは自ずと明らかだろう。

2006年06月07日

左右反転

2年ほど前だったが、将棋世界誌に「盤上のトリビア」というなかなか面白い記事が連載されていたことがあった。あるとき、プロ棋士の間で先手優勢であるという結論が出ている局面を用意し、左右反転してA級棋士に見せたところ、自分の知っている局面だとすぐには分からず、違う形勢判断をしかけたというような話が出ていたことがある。これは、個人的には非常に興味深かった。ごく序盤の局面で28に角があったりすれば誰でも分かるだろうが、ある程度局面が進んでいれば、居飛車をひっくり返して向かい飛車に見えるという状況は十分あり得る。実際にはよく知っているはずなのに、初めて見るような感覚を受けてしまうわけだ。

そこで思うのが、チェスの強豪はそういう左右反転の違いにどれくらい耐性があるのだろう、ということである。将棋とチェスの異なる点はいろいろあるが、その一つに初形における駒の並べ方がある。将棋は相手と自分の駒は点対称な位置にあるが、一方でチェスは線対称である。もちろんこれは盤のサイズが偶数×偶数であることも関係しているが、おそらくこの世界に慣れているチェスプレイヤーは、左右反転の相違にはより敏感に反応できるのではないだろうか。

例えば、イングリッシュ・オープニングのラインの1つにReversed Sicilianというのがある。これはつまりシシリアン・ディフェンスを白黒逆に指す形になることから来ているのだが、私などはそう言われてみても、その局面がシシリアンの左右反転になっていることをなかなか認識できない(白と黒が入れ替わっているのも問題をより難しくしている)。やはり頭がチェス仕様になっていないのだろう。

詰将棋でも、例えば左右対称の作品に対して、本質的に同等な解が2つあることを問題視する人は見たことがないが、チェスプロブレムでは、「解が2通りあるぞ」とコメントされることもあるようだ。やはり微妙な感覚の違いがあるのだろう。

2006年06月06日

中間試験

毎週火曜日は非常勤講師の日だが、今日は中間試験を実施した。普段は出席を取っているわけでもないので、受講者名簿などろくに見たことがなかったのだが、今日の試験中に来ている人をチェックしようと思って驚いた。てっきり五十音順に並んでいると思っていたのに、バラバラなのである。学生番号にも何の規則性もない。おかげで、一人チェックするのにいちいち名簿全体をにらんでは目で検索せねばならず、ずいぶん時間がかかってしまった。

あとで聞いて知ったが、個人情報保護の観点からとやらで、学生番号から所属学科などを推定できないように、同じ学年内でシャッフルしてしまい、完全にランダムに番号をつけているのだそうだ。今はどこの大学もこういう流れなのだろうか。まあ趣旨は分からないでもないが、どうしてこうすべての変化が仕事量を増やす方向に働いていくものか、という気がしてしまう。

終了後、こちらの大学に勤めている同期のTさんと夕飯。もうすっかりこれが毎週火曜の恒例行事となりつつある。それにしても、Tさんのところに質問に来る数学科の学生の多いこと。そしてそれにTさんは、これ以上はないというほど懇切丁寧に答えている。実のところ、教育活動にあれだけの熱を持ってあたっている数学の先生は、全国的にもあまり多くないのではないかと思えるほどだ。あの熱心さを評価するシステムが存在していないのは、少し残念な気がする。

2006年06月05日

トリノオリンピアード終了

トリノで昨日まで開かれていたチェス・オリンピアードが閉幕した。毎日結果をチェックしていたが、日本チームは13ラウンドを戦って150カ国中87位。何だそんな順位か、ではない。開催前のランキングで121位だったことを考えても、大健闘である。後半での追い上げが素晴らしかった。また、女子は108カ国中85位であった。

以前、凄まじい手さばきでBlitzを指している映像が刺激的だった美人GMのAlexandra Kosteniukもロシア代表として出場し、女子の部で銀メダルを獲得していた。さすがの強さである。彼女のオフィシャルサイトでは大会の様子が報告されるだけでなく、各国選手のプレイ中の写真がまとめて見られるのが面白い。その女性選手たちの写真で人気投票をさせるなどという企画まで行われていたが、被写体の女性たちに了解をとったのかどうかは微妙なところだ。額に眉を寄せて考えている瞬間を撮られた人もいる中で、Kosteniuk本人が完全なカメラ目線で決めの笑顔をつくっているのはちょっとずるい気もするが、現時点での投票数では思わぬ伏兵の登場で2位。ここでも銀メダルのようである。

2006年06月04日

弾けない和音

蒸し暑かったせいか早朝に目が覚めてしまった。今日はもうずっとだらだらしていようと決め、ピアノを弾いたりプロパラの問題を解いたり、電子ピアノの置きあとにできたカーペットのへこみにアイロンのスチームをあてたりしていた(お湯でしめらせてからスチームをあてると、へこみが取れるのである)。

ここのところずっとカプースチンのエチュードを練習していたのだが、ようやく譜読みが終わりまでたどり着いた。数分の曲をさらうのに何ヶ月もかかっているのだからあきれてしまう。もちろんこれで終わりではなく、これから指が覚えるまでにはさらに時間がかかるだろう。

Kapustin.jpgそれにしても、ロシアものの曲というのはどうしてこうも音域の広い和音を要求するのだろうか。もちろんそれがロシア音楽らしい重厚さを生み出すのに役立っているのは確かだが、13度届いたというラフマニノフは言うに及ばず、手が小さかったというスクリャービンですら、2と5の指で増7度(Aと♯Gなど)を弾かせるようなことを平気で指示してくる。そしてカプースチンもその例外ではない。例えば、左の写真は曲の終わりから2ページ目で、曲調が盛り上がってきて気持ちよく弾けるところだが、私にはこの左手の和音が弾けない(変ニ長調なのでEとDの音も♭つきである)。しかしこの曲はかっちりとしたメカニックなリズム感が大事であるから、アルペジオでタランと弾くようなことは、あまりすべきでないと思われる。一番上の♭Dかその下の♭♭Bのどちらかの音を省けば同時に押さえられるが、それもどうも癪だ。世のカプースチン弾きはどうしているのだろうか?

2006年06月03日

とうかさん

昨日書いた乱丁本の件は、編集部から正しく綴じられたものを送り直していただけることになった。これで一安心。

それはよかったのだが、昨夜は別のことでちょっと大変だった。10時50分頃だったが、突然ネットワークへの接続が切れてしまったのだ。ネットにつながらなくなる現象自体は以前からときどき起きていたのだが、いつもはルータの電源を入れ直せばすぐに復旧していた。しかし昨日は何をやってもダメ。1時間くらい経ったらまた突然つながったものの、しばらくは異常に重い状態が続いた。もしかしてサーバが攻撃を受けたのかと思い、ログを一通り調べてみたが、そういうわけでもないようだ。日付が変わるころの時間帯は、最もアクセスが増えるときである。せっかくわざわざ来てくれた人を「ページを表示できません」の一言で追い返すのは、なるべく避けたいものだ。ともあれ、直ってよかった。

今日は昨日届いた本棚を組み立てた。そこらへんに散らばっていた本や楽譜を並べてみたが、先を見越して大きめのものを買ったので、まだかなり余裕がある。当分はこれでいけるだろう。合わせて電子ピアノの置き場所も少し変えてみたので、部屋の感じがだいぶ変わった。

夕方から市街地に出かけたのだが、普段と比べてどうも道が混んでいる。やがて往来のあちらこちらに浴衣の女性が歩いているのを見て、ああ、「とうかさん」だったかと分かった。「とうかさん」はこの時期に広島で行われるお祭りだが、別名「浴衣の着始め祭り」であり、祭りの期間中は公園だろうがデパートだろうが、街中どこも浴衣だらけである。梅雨入り前に浴衣を着る習慣があるところは、全国的にもかなり珍しいだろう。広島に初めて来た一昨年はもちろんこんな祭りがあることなど知らず、なぜこんな時期にみんな浴衣を着ているんだとずいぶんびっくりしたものだ。

2006年06月02日

詰パラ乱丁号

昨日届いた詰パラ6月号を見ていたら、おかしなことに気がついた。8ページ分ほど同じページが2回印刷されているのだ。その一方で、詰将棋デパートのページがどこにもない。どうやら乱丁本に当たってしまったらしい。これが私に届いたものだけなのか、それとも全国に届いたものがそうなっているのか。今のところ他の詰キストの方のブログにそんなことは書かれていないようなので、おそらく前者なのだろう。そうであれば、せっかく拙文を載せてもらった号だから、できれば正しく綴じられた状態で持っていたいところである。

とりあえず最初の方のページは生きているので、ヨチヨチルーム・保育園・幼稚園と続けてやってみた。数年前は届いてすぐにこの3コーナーを片付けるというのが当たり前だったのだが、このところサボり気味だった。まあ何とか解けたものの、こんなに時間がかかるとは。看寿賞が聞いてあきれるわ、全く。

追記:午後11時頃から50分ほど、ルータがおかしくなって接続が切れていた。その間にアクセスしていただいた方には申し訳ない。その後も断続的に接続できなくなる状態が続いているようだ。安定するまでに少し時間がかかるかもしれない。

2006年06月01日

割れたマグカップ

学食でお昼をすませたあと、部屋に戻って一杯コーヒーを淹れるというのが日課だったのだが、マグカップを洗っていたら取り落としてものの見事に割ってしまった。一日の中でささやかな楽しみの時間だったのに、がっかりである。そのあとで学生が二人、数学の質問に来たのだが、それが終わって彼らが帰ろうとするときに「さっきマグカップを割っちゃってさ、何かブルーだよ」と言ってみたら、
「……あっ、ありがとうございました」「ありがとうございました」
とそれに関してはノーコメントで立ち去られてしまった。「それはお気の毒に」なんて社交辞令は、今の若い人は言わないか。

本棚が手狭になってきたので、数日前に新しいものを一つ注文しておいたのだが、帰宅してみるとポストに不在通知が入っていた。すぐ運送会社に電話。ずいぶんとぶっきらぼうな口調で名前と住所を確認されたあげく、「今日はもう無理」と言われてしまう。他の会社のときはすぐ持ってきてくれたのだが、どうもここはあまりサービスがよくないようだ。

不在通知とともに、詰パラの6月号も届いていた。今月号はリレー随筆のコーナーに自分の名前が印刷されていて、何とも面映ゆい。いい加減にそろそろ作品も創らなければいけないのだが、こう次から次へと時間を取る仕事が降ってくる状態では、やはりそう簡単ではなさそうだ。