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2006年07月31日

つながらない!

全くとんだ汗をかかされた。しばらくこの手のトラブルがなかったので安心していたのだが、災難は忘れたころにやってくる。

日曜日はお昼近くにのそのそと起き出して、パスタを食べながらイチローの試合結果でもチェックしようかとパソコンをつけたら、なぜかネットワークにつながらない。どうもまたルータから外側への接続が切れているらしい。ログを調べると午前9時半頃に切断されたようだ。電源を切ったり、再起動したり一通りのことをしてみたが、まるで改善する様子がない。これは困った。

今にして思えば、このときに前に起きたことをよく思い返してみるべきだったのだ。一応、ケーブルの接触不良かもしれないとは思って少しはいじったのだが、一向によくならないので、これはもうルータかモデムを新しくするしかないんだなと判断してしまった。結局何も分からないまま、昨日は外界と隔絶した夜を送った。たまにはこういうのも落ち着けて悪くないとは思ったが、いつ復旧できるか分からないという状況は、あまり精神衛生上よくないものだ。

うちは完全な光ファイバーにはしておらず、VDSLというちょっと時代遅れになりつつある接続方法でつながっているため、ルータの向こう側にレンタルされたモデムが挟まっている。時間が経つにつれ、こいつがいけないんじゃないかという疑念が強くなってきていた。今日はプロバイダに文句を言ってやろうとサポートに電話をかけたのだが、何度試しても「しばらくお待ちください」のテープを聞かされるだけ。これは長期戦になるなと覚悟し、あちこちの掲示板やメーリングリストに切断連絡を入れて回って過ごした。

解決はあっけなかった。帰りに立ち寄った電器店で、念のためと新しい電話線を買ったのだが、帰宅後にモジュラージャックとモデムの間をこれでつないでみたら、何のことはない、つながるではないか。全くアホらしい。ただ、この時点ではmonsieur.ddo.jpにはまだアクセスできなかったのだが、これもほどなくして、一日以上切れていたためにIPアドレスが変わっていたためと判明。かくして、ようやく元の状態に戻った。

以上が今回の大まかな顛末。一日半くらい不通の状態が続いていたことになる。まあ海外出張前に対処できてよかったと思うことにしよう。

2006年07月29日

Uの芸術

土曜日ということで、家の電子ピアノで少し指を慣らしてから、また街中へ出てグランドピアノをさわってきた。いつものようにフランス組曲のアルマンドでウォーミングアップしてから、カプースチン。それから今日は、ショパンの舟歌も久しぶりにやってみた。人前で初めて弾いたのは、大学のピアノサークルの新人演奏会だから、かれこれ13年前ということになる。だいぶ忘れてしまっていたが、何度か繰り返していたら、少しずつ指が記憶を取り戻してきた。やはりいい曲だ。

そういえば、ピアノサークルの同期だったU君が、デュオの演奏会を開くことになったようだ。普段はお役所に勤める純朴ではにかみ屋の好青年なのだが、髪を派手に赤く染めたりしていてちょっとびっくりである。同期なのに年の差を妙に感じてしまった。ともあれ、関東にお住まいの方は、行って損はないと思うので是非。

彼はサークルやその周辺においては、もはや生きた伝説となっていた。彼の演奏は、もはや「すごい」とか「素晴らしい」というありきたりの言葉では、到底表現できないようなものだった。サークルの演奏会において、U君はある時期から決まってプログラムの一番最後に配置され、聴く人は彼がどんな名演を聴かせてくれるか、そしてアンコールで何をやってくれるか、みんながわくわくしていたものである。そして彼は、常にその期待を裏切ることはなかったのだった。

彼の演奏を分かりやすく言えば、アクロバティックで人を驚愕させる超絶技巧ということになるのだろう。しかしこういうヴィルトゥオーゾの世界は、ともすれば技巧偏重・内容空疎というイメージを持たれ、最初から一段低く見られがちだ。実際、うちのピアノサークルは代々超絶的な難曲を偏愛する人間が多く、目にもとまらぬ名人芸を演奏会の度に披露していたが、その中には「見せびらかしたいだけ」と言われても仕方のないような演奏も少なくなかったのは確かである(さらには私のように、技術がないのに難曲を弾こうとする困った人も一定数いた)。しかしU君の演奏は、それよりはるか上のステージにあったと思う。彼の演奏を聴いた人は、みんなホロヴィッツやシフラを生で聴いたような気分になった。彼が私の同期であったというのは、何とも幸せなことだったと思う。

当時私はサークルの演奏会の模様をビデオ撮影で記録していたが、彼の演奏がサークルの中でだけしか知られないのはあまりにもったいないと思い、U君の演奏だけを取り出して「Uの芸術」というビデオを制作したことがある。伝え聞いた人があちこちからダビングしてほしいとメールを送ってきて、一時期はその発送作業が私の日課だった。テープが劣化しないうちにDVD化しようと思っているのだが、忙しくてまだ実現していない。しかし、これはいつかしなければいけない作業だと思っている。

2006年07月28日

四にちなんだ詰将棋

詰四会が近づいているので、凡作でもいいから何かこしらえていかないととは思っているのだが、相変わらず時間が全くと言っていいほどとれないでいる。期限までに書類書きや答案の採点をするというようなことなら、時間をかければその分だけ進むから、さっさと片付けて趣味に時間を回すということもしやすい。しかし、こと研究に関わることとなると、どこまでやれば十分という区切りがあるわけでもないし、そもそも時間をかけても状況が進展するという保証は全くない。こういう状態では、心おきなく趣味に没頭するのはなかなか難しく、どうしても一時の気晴らしというレベルになってしまう。

仕方ないので、何かネタはないかと過去に創りながら投稿していないものをあさってみる。昔創ったものは、kifファイルにして "MyTsume" というフォルダに保存してあるのだ。物色していたら、持駒桂4で4×4に収まった作品が出てきた。玉位置は41。「『四』にちなんだ詰将棋」というお題にはまさにぴったり、と言いたいところだが、さすがに内容がこれでは……。「詰む将棋」以下、それこそ素材そのものである。いくら何でも、こんなのをそのまま出すわけにはいかない。当日までに改良できればいいが、現状では難しそうだ。

やはり手ぶらで四国上陸になるかもしれない。せめてもみじまんじゅうだけでも持っていこう。

2006年07月27日

買い忘れ

ときどき、自分はもうボケ始めたんじゃないかと思いたくなることがある。昔から迂闊なところはあったが、それに加えてどうも最近は忘れっぽいと感じることが多い。何かをしようと思って居間から寝室に歩いてきたのだが、いったい何だったのか……と思案し、居間に戻ってみてはたと気づくということがしばしばある。一人で行ったり来たりしているわけで、何とも間抜けな話である。

もう一つ、忘れっぽいと実感するのが買い物だ。冷蔵庫に貼り付けてあるボードに、足りなくなったものを書き込んでいる。ミニトマト、梅干し、サラダ油、ドレッシング……買うべきものを必ず書いているわけではなく、頭の中のボードに書くだけでとどめているものもある。要するにその場の気分だ。

たいていは大学から戻るその足でスーパーに寄るので、ボードを朝見た記憶に頼ることになる。確かミニトマトと梅干しだったな、それにサラダ油、サラダ油、どこかな……桃か、いいね。1つ買っておこう。あっ、そういえばお茶買っておくんだった。それからこの間冷凍のグラタンを全部食べたような気がするから、これも補充しておいた方がいい。暑いからついでにアイスも買っておくか。さて、あと何かなかったっけ……そうだ、サラダ油を探していたんだった。あぶないあぶない。よし、今日は全部買うべきものを買ったかな。

こうやって帰宅してから、「ああ……ドレッシング忘れた」と嘆息するのである。必ず何か1つは忘れてくる。次回の買い物には真っ先にドレッシングをカゴに入れるわけだが、今度は別の何かを忘れるようにできているのである。何とかならないものか。

2006年07月25日

瞑想する小鳥&近将の原稿

Bird1.jpgBird2.jpg大学の渡り廊下を歩いていたら、片隅に小鳥がいるのを見つけた。こういう鳥はこちらが近づくそぶりを見せただけで飛んでいってしまうのが常だが、どういうわけか全く動く気配がない。しっかり2本の足で立っているから、もちろん死んでいるわけでもないのだが、何をしているのだろう。ダメだろうと思いつつ携帯電話のカメラを近づけたら、ギリギリのところまで来ても目を閉じて瞑想にふけっていた。というわけで、動物写真家でもないのにクローズアップ写真の撮影に成功。どうも用を足していらしたご様子なので、腹の調子でも悪かったんだろうと思うことにした。

近代将棋誌に送る原稿は、だいたいを書き上げた。読み返してみるとやっぱり小学生の作文みたいでどうも感心しないが、今さらどうにもならないし、細部をチェックしたらさっさと送ってしまおうと思う。書くべきことがだいたい書かれてあって、書くべきでないことをちゃんと書いていなければ、最低限の報告記事にはなるだろう。

2006年07月24日

スウェーデン

今日はいつもの共同研究者とセミナーをしていたのだが、お昼過ぎから試験監督のために中座しなければいけなくなった。基礎化学の期末試験の監督を手伝ってくれるよう頼まれていたのだ。試験時間は1時間半だったが、30分を過ぎたころから途中退出者が続出し、最後まで残ったのはたったの2人だけ。出された答案をチラッと見ると、何だか白紙の箇所がずいぶん残っている。そんな簡単にあきらめないで、もうちょっと頑張ればいいのに。もっとも数学とは違って、知らなかったら百年考えてもできない問題も多いから、仕方ない面もあるのだろう。

4時過ぎからは会議。この場で正式に承認されたことが報告されたが、9月の1ヶ月間、スウェーデンに出張することになった。北欧などもちろん行ったこともないので、果たして無事に帰ってこられるかどうか。先日、試しにスウェーデン語の入門書も買ってみたが、発音も綴りから想像するものとずいぶん違う(例えば "nation" という単語は「ナトフーン」というように読むらしい)。まあ今から付け焼き刃でやってもほとんど成果はなさそうだし、それよりは、せいぜい怪しい英会話の練習でもしていた方がまだましかもしれない。

2006年07月23日

夏野菜カレー

そういえば、最近おいしいカレーを食べていないなあとふと思った。前によく行っていたカレー屋はある日つぶれてしまい、ちょうどそのころから忙しくなってきて、家で料理らしい料理をする機会も少なくなっていた。

SummerCurry.jpgというわけで、今日は夏野菜のカレーをつくろうと思い立った。使っていた鍋の底がはげてかなりひどい状態になっていたので、この機会に新調。真新しい鍋に投じたのは、豚肉、たまねぎ、なす、ズッキーニ、トマト、三色ピーマン、にんにく。ピーマンとにんにくは切ったものが冷凍であるのでそれを使った。トマトは早い段階に入れると消滅するので、ルウを入れたあとに一番最後のステップとして加えた。写真はちょっとピンぼけだが、雰囲気は伝わると思う。

で、自分で言うのも何だが、これはかなりうまかった。何がいいって、最後に入れたトマトがいい。これなら、タレントに食べさせればお得意の決まり文句「あまーい」を言わせることもできそうだ。次回以降へのメモとしては、なすも消滅しやすいのでもう少しあとに入れること、ほうれん草やセロリなど、他の野菜も入れてみるというところだろうか。

2006年07月22日

原稿書きとピアノ

起きたらもうお昼になっていた。ちょっと疲れがたまっていたのかもしれない。パスタとアイスコーヒーで落ち着いたあと、ピアノスタジオに電話してみる。
「今日の夕方から夜なんですが、空いていますか?」
「少々お待ちください……すみません、今日はレッスンでちょっといっぱいになっていまして……」
仕方ない。今日はレポート記事を進めろということらしい。

ときどき他のことをして気分転換しながら原稿を書いていったのだが、存外筆が進まないものだ。どう書いても、あれがあった、次にこれがあったと事実を列挙する風になり、何だか遠足の感想を書いている小学生の気分になる。まあもとよりうまい文章が書けるわけでもなし、割り切ってしまうべきなのだろう。

夕方になり、買い物をしようと車を出して市街地まで出かけた。今日は花火大会が宇品であるせいか、道がやたらに混んでいる。本通を歩いているとき、ふと思い立って昼間に電話したピアノスタジオに立ち寄ってみた。今日は無理ということだったから、明日の午後が空いているかどうか聞いてみようと思ったのだ。頭の中での想定問答は、「今、ピアノ部屋空いていますか?」「すみません、もう今日は満杯で……」「そうですか、では明日は?」という流れでできあがっていた。まず「つかみ」として、知らないふりをして現在の空き状況を尋ねるというプランである。
「今、ピアノ部屋空いていますか?」
「少々お待ちください……はい、グランドピアノの部屋でしたら空いていますけど」
昼間の電話は何だったのか。結局当初の予定通り弾けたからよかったものの、これでは電話による事前の確認はあまり信用できないかもしれない。

2006年07月21日

採点作業

今日は予定通り、火曜日にH大で実施した期末試験の採点に時間を費やす。せっかくなので講義についての感想や意見も書いてもらってあったのだが、思っていたほど怒られてはいなかった。どうもありがとうございましたという無難な挨拶が一番多い。あとは、どうか単位を……という切なる願いが数枚。切実度でトップだったのはこれ:
「単位をください。私は中間試験のあと、震えて生きてきました」
別に震えなくたって。それほどの講義ではない。

夕方までに採点は終わるはずだったが、数学の質問にやってきたうちの大学の学生さんと途中から雑談を長々としてしまい、少し予定が遅れる。それでもそろそろ終わりが見えてきたなというころ、昨日約束した助教授の先生が訪ねてくる。一緒に行くことになっていたもう一人の都合が悪くなって行けなくなったので、他の諸事情も考慮して、やっぱり明日はキャンセルしたいとのこと。こちらは明日を空けるつもりで採点を頑張っていたので拍子抜けだったが、結果的に仕事は捗ったので、まあこれはこれでよかったかもしれない。それでは明日は、ピアノと近代将棋誌の原稿に時間を使おう。

2006年07月20日

土曜日の予定

今日は急に東京の先生とメールを何度もやりとりしなければいけなくなり、何だかあわただしくて疲れた。メールというものは至極便利だが、細かい打ち合わせのようなことになると、ちょっとしたことを共有し合うのにもえらく時間がかかってしまう。

昨日数え上げた仕事は、プロパラの解答作りが何とか終わっただけで、採点と近代将棋の原稿はまだ全然進んでいない。この土日に何とかという腹づもりだったが、今日の一般情報処理終了後、一緒に担当している助教授の先生から、土曜日に飲みに行きましょうと誘われる。せっかく誘ってもらった話を断る手はない。しかし、日曜日に原稿書きが果たしてどれほどできるだろうか。まあ採点については、明日頑張って進めよう。

2006年07月19日

プロパラの解答書き

昨日のペンケースだが、バッグの思わぬところに突っ込まれていたのが今日になって発掘された。やはり気が動転して、無意識のうちに違うところに入れていたようだ。書籍部であれこれ作品集を買ってしまい、荷物が多くなっていたことも原因だろう。ともあれ、なくしていなかったようでよかった。

昨日実施した期末試験の採点と、近代将棋誌の原稿に加え、もう1つ喫緊の課題となっているのが、プロパラの解答書きだ。忙しさにかまけて放っておいたら、いつの間にやら締切が明日になってしまった。まあ全国大会の席上で聞いたところでは、少しくらい締切を過ぎても大目に見てくれるらしいが、あまりそれをあてにして先延ばしにするのもよくないだろう。今号も大してできなかったが、頑張って何とか解けた(つもりの)分だけでも送ろう。

2006年07月18日

ペンケース

H大で期末試験を実施。これでとりあえず、今年度の非常勤講師の仕事も一段落だ。あとは採点をするだけ……といってもこの採点が実は大変なのだけれども。

今日になって気づいたが、いつも使っていたペンケースが見あたらない。いつ使ったか思い起こしてみると、詰将棋全国大会で「ミニ詰将棋解答選手権」という企画をやったときに、配られたペンではインクの出が悪いとあわてて取り出したように思う。そのとき以外に使った記憶はないので、してみるとそのままあの場に置いてきたのだろうか。もしそうだとすれば、相変わらず間が抜けている。

まあペンや消しゴムだけだからどうということもないが、いかにそのときに落ち着きを失っていたかがよく分かろうというものだ。この企画は1問30秒で3手詰・5手詰を解くのであるが、やはり私が看寿賞を一昨年もらってしまったのは、突発的な事故のようなものだったのだなということを再確認させられてしまった。点数は恥ずかしいので秘密にしておくが、まあここを訪れる詰キストの中で最低点だったことは間違いない。「そうは言っても私の点よりは……」と思ったそこのあなた、その点より私ははるかに低いのである。これでは缶ジュース賞だって落選確定だろう。

2006年07月17日

広島帰還

広島に戻った。近代将棋誌のレポート記事を新幹線の車内でなるべく書いてしまうつもりだったのだが、やはりなかなか予定通りにはいかないものだ。隣りに人がいてガタガタと揺れる環境では、普段の無能な頭がますます働かなくなるものらしい。途中で眠くなってうたた寝したり、昨日高坂さんにもらったチェスのレトロの問題を考えたりしていたから、結局全然終わらなかった。

昨日はいろいろな方とお話しできたが、今までと違うのは、「ブログ見ていますよ」という声を多数かけていただいたことだ。こんな愚にもつかぬページでも思った以上にたくさんの方に見てくださっているようで、ありがたいことである。もっとも、迂闊なことを書いて顰蹙を買わないように気をつけなければと改めて思いをいたした。

n.png宗看生誕300年記念企画として提出した曲詰については、これまでの経緯をご存じの方から「別に字形として問題ないと思いましたよ」と言っていただいた一方で、「斎藤さん、あの字ちょっと歪んでいませんでした?」とのコメントもいただき、やはり人によって感覚が微妙に違うのかなと思った次第。もう企画も終わったし、誌上で解答募集しているわけでもないので、この場で図面つきの言い訳をさせてもらってもいいだろう。私としては、こんなふうに「ン」の字を盤面に重ねてみて、この位置に駒を置くのがベストとしたのであった。

2006年07月16日

詰将棋全国大会

横浜で行われた第22回詰将棋全国大会に出席。久しぶりに会う方だけでなく、誌上で名前だけしか知らなかった多くの方とも初めてお話しすることができた。私は形の上では看寿賞受賞作家ということになっているが、実際のところは駆け出しも同じであり、名の通った大作家は、今でも雲の上の存在である。全国大会の場では、そういう方とも1対1で話すことができる。私にとっては大変貴重な体験をさせていただいた。

今日のことは、いずれ落ち着いたらこの場でもふれていきたいと思うが、実は大会の様子については、近代将棋誌にレポート記事を書くことになっている。例年の記事は2ページだったので、締切が近くてもその量ならばと引き受けたのだが、その後、間に入った方から「交渉して4ページにしたよ」と連絡が入り、ちょっと忙しくなってしまった。とはいえ、詰将棋の記事が増えるのはよいことであるし、まあ何とかなるだろう。明日の新幹線の車内でなるべく書けるところまで書いてしまおうと思っている。

お祝い

昨日は東京に移動したその足で人と会っていたため、帰りが遅くなってしまった。つい最近入籍をすませたばかりのTさんに、新しい奥さんを紹介してもらっていたのだ。Tさん夫妻、Iさんと私の4人で、恵比寿にあるフレンチレストランで会食。披露宴も秋に予定されているが、まずはこの場でささやかにお祝いした。どうかお幸せに。

さて、今日はこれから詰将棋全国大会である。帰ってから報告を載せたい。

2006年07月14日

プロフェッショナル

昨夜は10時から羽生三冠の出演する番組「プロフェッショナル」を見ていた。番組の中ほど、羽生三冠が普段何を持ち歩いているかを紹介してもらう場で、扇子の次に羽生三冠が取り出したものは……!
羽生三冠「……あと、こういう詰将棋の本とかは入っているんですけど……」
茂木氏と住吉アナ「『詰将棋パラダイス』!!」
羽生三冠「すみません、マニアックで……」
このやりとりには笑ってしまった。別に謝らなくてもいいと思うのだが、仮に自分が同じ状況にいたとしたら、やっぱり謝ってしまいそうな気もする。恐ろしくマニアックなものを相手に見せていることは間違いないものの、具体的にどれほどマニアックなものかは、もはや相手には伝わっていないと思った方がいいだろう。それにしても、画面いっぱいに映し出された詰パラの表紙が、NHK総合テレビで午後10時台に全国に向けて流れたというのは、何とも愉快だった。

羽生三冠のライバルとして森内名人もかなり登場していたが、この二人がチェスにおいても日本でトップを争うような位置にあり、ついこの間もフィラデルフィアでチェスの大会に出ていたこと、二人とも好成績で羽生三冠はIMノームまで取ったことなどは、もちろん全くふれられていなかった。「プロフェッショナル」という番組の趣旨からは外れるし、チェスの世界が日本ではほとんど知られていない以上、それは仕方ないことである。逆に言えば、チェスの部分を全く出さなくても十分番組になるということだ。実際、収録時の模様を綴った茂木氏のブログを見ると、トークが面白かったので今回の番組とは別にスペシャル番組を作りたいと思ったスタッフもいたらしい。これは是非実現させてほしいものだ。

明後日の詰将棋全国大会に出るため、明日は東京に移動する。今から少し気がかりなのは、会場となる横浜で当日花火大会があること。花火大会というのは行った人なら分かると思うが、もう形容しがたいような凄まじい混雑になるのである。テレビによく出てくるメッカの巡礼シーンに近い。あれに巻き込まれると相当しんどいので、懇親会の終了時刻は花火終了時間と微妙にずれてくれることを期待したい。

2006年07月13日

LaTeXの課題

今日の一般情報処理の時間は、いつも一緒に担当している助教授の先生が出張中だったため、普段アシスタント役の私とTA2人の3人だけでやることになった。もう何をやるかは決めてあった。数学の演習の時間にやってもらったたくさんの問題の中から自分で何問か選び、解答をきれいにTeX打ちしてもらおうというのである。これなら何か聞かれても一番自信を持って答えられる。

学生さんの反応はどうかなと思ったが、結構皆さん一生懸命取り組んでいたのでホッとした。あれこれ試してみて、自分の思い通りの美しい出力が得られたときのささやかな満足感。これが体感できるようになれば、どんどん面白くなってくる。TAの人の話では、講座によってはドキュメントの作成はみんなワードを使うところもあるそうだが、やはり理系なら一度はTeXに親しむべきだと思う。

完成したらPDFファイルにして、"(学生番号)+LaTeX.pdf" という名前で提出してね、と言ってあとは自由にやってもらった。しばらくしてから、どんな様子かなと見て回ったら……ソースファイルに pdf の拡張子をつけている人がやたらにいる!そうじゃないよと言ってあわてて直してもらったが、そういう勘違いが多いとは思っていなかったので少し驚いた。拡張子に対して無頓着なのは、Windowsのデフォルトで拡張子が表示されないことと無関係ではないような気がする。

2006年07月12日

眼鏡

眼鏡を忘れて出かけてしまった。1週間か2週間に一度はかけないで出勤してしまう。

眼鏡を作ったのは去年の10月だから、まだ1年も経っていない。それまではずっと裸眼だったが、講演を聴くときに黒板やOHPの文字が小さいとよく見えないことがあり、一応持っていた方がよいなと考えてのことだった。当初は、そのようなシチュエーションに限って眼鏡を取り出すというつもりでいたのだが、かけたり外したりするのもだんだん面倒になってきて、今は外ではずっとかけていることが多くなっている。講演のときであろうがなかろうが、ものが見えないよりは見えた方がいいに決まっている。

ところが、別にかけなくても特に日常生活に支障を来すほど目が悪いわけでもないものだから、すぐ忘れてしまうのである。両目とも0.6から0.7程度で、車の運転も全く問題ない。朝起きてから夜寝るまでずっとかけていればいいのかもしれないが、さすがに家の中ではわずらわしいと感じて外してしまう。寝坊したりして朝にあわてていると、忘れる確率が高くなるようだ。

そういえば、昨日H大に非常勤講師に行ったとき、教室にハンカチを忘れてきてしまったのだった。友人でH大に勤めるT君が今朝教室に行って無事回収してくれたので助かったが、どうも最近忘れ物が多いような気がする。少し疲れたりあわてたりするとたちまち注意力が散漫になるのは、いつになっても治らない。

2006年07月10日

中将棋レトロの試作品

Chushogiretro1.png2006/7/12
7/11に差し替えた図を元のものに戻した。詳しくは後ろの追記参照

昨日あれこれ考えていたら、中将棋レトロの試作品ができた。図の局面で、最後に指された手は何か?4x4にこぢんまりとまとめられたので、初めて創ったにしては満足。偶然ながら並びもちょっと面白くなった。まあ中将棋に詳しい人なら簡単だと思うが、それ以前に興味を持ってくれる人が果たして何人いることか。

なお、本来の中将棋の駒は、成った駒は赤い字で書かれているか、そうでなくても書体が違うので、成っているのかどうかは見れば判別がつく。しかしレトロというのは、生来の駒か成った駒かを推理するところにかなりの面白さがあると思うので、その楽しみが失われてしまうのはあまりにもったいない。というわけで、この図面ではその情報は提示していない。成っているのかどうかも含めて読んでいただければと思う。

そういえば、一昨日買ってきた近代将棋8月号の読者投稿欄に、中将棋のルールについて「龍と馬が成ったらどう動くのか?」という質問が出ていた。その回答として、鷲と鷹の動きが紹介されている。そこまではいいのだが、ちょっと引っかかったのはその次の一文である。


 他にも金将が飛車に成るなど、現在の将棋とは一風変わっています。(歩兵は金将→飛車→竜王→飛鷲と大出世を遂げることができます)
ちょっとこれは誤解を招くような気がする。書いた人が理解しているのかどうかは分からないが、少なくとも知らない人が読めば、歩は何度も成りを繰り返して、終盤には鷲にまで成れると受け取るのではないだろうか。歩はあくまで成れば「と金」で、そこまでだ。そして元々ある金が飛に、元々ある飛車が龍に、元々ある龍が鷲にそれぞれ成ることができるというに過ぎない。

2006/7/11、7/12追記
当初の図面では不完全との指摘をコメント欄でいただいた。確かに、太子の存在を軽く考えていたが、中将棋のルール上、太子がいれば王手を放置しても問題はなさそうだ。そこで、盤面にもう2枚追加。これで今度は完全だとよいのだが……と思っていたのだが、残念ながらこれでも不完全であるとの指摘を、もずさんよりいただいた。先手の太子の存在も否定しないといけないのだ。こうなると、安直には先手の象やら仲人やらをさらに足さねばならず、さすがにつまらなくなってしまう。太子の存在がここまでレトロに不都合とは、当初は思い至らなかった。もずさんの言うように、最初から条件をつけておいた方がよいのかもしれないが、どなたかよい案があれば、教えていただければ幸いである。なお図面については、元のものに戻しておく。

2006年07月09日

水回りの掃除&将棋世界8月号

掃除好きでない人間の場合、一念発起して清掃行為をし始めるには、それ相応の理由が必要だ。そしてその理由は、大雑把にいって次の2つのどちらかである。
(a) 近日中に誰かが家を訪ねてくる
(b) 汚れや散らかりが我慢できる限度を超えた
今まではほとんど前者だったのだが、ここしばらくは特に訪問者もなく、これ幸いとそのままにしていたため、だんだん恐ろしいことになってきていた。何せ梅雨のまっただ中のこの時期、特にひどいのが水回りである。もはや一部はB級ホラー映画の様相を呈していた。やむなく今日は理由 (b) により、シンクの黒ずみや洗面台の変色、風呂場の床のぬめりなどの除去作業を実行。一拭きすればたちまちきれいになるのは分かっているのだが、ギリギリまでサボるのは無精者の悲しき性である。

昨日は、「ゆめまぼろし百番」だけでなく、買いそびれていた将棋世界と近代将棋の8月号も合わせて購入したのだった。将棋世界の方は羽生三冠のかなり長いインタビューが出ている。現代将棋の今とこれからをいろいろな方面から語っていて面白かったが、個人的にはチェスとの比較という視点からのお話も聞いてみたかった気がする。日本において将棋とチェス両方のトップにいる人なのだから、羽生さんだけが見ている世界、羽生さんだけがつかんでいる認識がきっとあるのではないかと思う。

それからもう1つ、今号の将棋世界で外せないのが、付録の片山倫生氏短編詰将棋集。3手詰、5手詰でここまですごいものが創れるという到達点である。例の看寿賞の3手詰はもちろん、頭をかきむしらないと解けない5手詰もたくさん出ている。半期賞を取ったNo.15など、これだけの内容をこの駒数で成立させていることには、もはや脱帽のほかはない。

将棋なら少し指せるよという人と話していて、私が詰将棋を創るという話題になると、決まって「何手くらいの創るの?」と聞かれる。「17手前後が多いですね」「ああ、そりゃ無理だな。俺ができるのはね、3手詰だけ、へへっ」。会話の流れはいつもこうだ。そこで私は心の中でほくそ笑む。「ある方の作品で、何と3手詰で、183名の解答者のうち98人が間違えた作品があるんですよ」。そして片山さんの看寿賞作品をその場で並べてやってもらうのである。相手は3手詰ならできると言った以上、これで誤答したら沽券に関わるとものすごく慎重になる。そして散々確認してからおずおずと言った答えは、やっぱり間違っているのだ!自作ではないとはいえ、これだから詰将棋はやめられないと思ってしまう私は、悪人だろうか。

2006年07月08日

ゆめまぼろし

遅ればせながら、先月末に発売された駒場和男氏の詰将棋作品集「ゆめまぼろし百番」を買ってきた。出るという話を聞いてから数年、いつだろういつだろうとずっと思っていた一冊。「盤上のファンタジア」(若島正)、「極光21」(上田吉一)、「夢の華」(山田修司)などと並び、絶対に持っておかなければいけない作品集の一つである。

出版までに時間がかかったのは、ひとえに推敲と修正作業をひたすら続けておられていたからのようだ。完成までにいかに力が注がれたか、パラパラと眺めるだけでも強烈に伝わってくる。ほとんどが長編のうえに超難解作が多く、まともに鑑賞するには相当の時間が必要になりそうだ。作品解説も、作者の詰将棋に対する考え方が随所に色濃く浮き出ていて興味深い。

また、すべての作品に名前がつけられているのも大きな特徴と言えると思う。「父帰る」、「三十六人斬り」などは有名だが、「内閣支持率」、「外房九号」、「ルパン二世」など、詰将棋作品とは思えないような題名も並ぶ。今回作品集としてまとめるにあたって名付けたものもあるようだが、一方で作品の構想段階から、作品名だけは決まっていたという創作過程のものも載っている。それで本当に創ってしまうのだから、恐れ入りましたというほかない。

ところで、作者の解説を読んでいたら、友人の訃報に接し「真間川べりで慟哭した」という記述を見つけた。市川や松戸のあたりは、実はチェスの強豪がかなりお住まいだと以前書いたことがあるが、詰将棋界の巨匠もすぐ近くにいたというわけだ。案外世界は狭いものである。

2006年07月07日

イベリア

また最近聴いているCDの話でも。今かかっているのは、「イベリア」である。アルベニスの最高傑作にして、20世紀に作曲されたピアノ曲の中でも最上級の完成度を誇る名作と思っている。第1集から第4集まで、それぞれが3曲セットの計12曲からなるが、どれも甲乙つけがたい。最近出たアムランの演奏も悪くないが、この曲に関しては、やはりアリシア・デ・ラローチャの演奏が一番好きだ。1973年の旧録と1986年の新録、どちらも何十回聴いたことか。何度聴いても本当にいい曲である。

Jerez.jpg「イベリア」は曲の内容もさることながら、演奏技術の難しさという点でも一つの頂点を極めた作品である。難曲たるゆえんは、演奏を見ている人に「2匹の蜘蛛が格闘しているようだ」と言わしめるアルベニスの書法にある。両手が弾く音域が激しく重なり、とんでもなく弾きにくいのだ。いかに手が衝突しないかに常に注意を払っていなければならず、例えば左手の指が入ってくるスペースを確保するために、まさに絶妙のタイミングで右手の指を退避させたりしなければならない。右は第4巻第2曲「ヘレス」の一節だが、ここは上段も下段もト音記号であり、レガートで動く右手の和音の真ん中に、左手がスタッカートで加わることが要求されている。

こんな拷問に近い弾き方をさせておいて、聞こえてくるのは甘美で情熱あふれるスペイン音楽なのだから、不思議なものだ。掉尾を飾る第4巻第3曲「エリターニャ」には今まで何度も挑戦しているのだが、そのたびに挫折してしまっている。いつかは通して弾いてみたい曲である。

2006年07月06日

問題の解答

先日の問題。黒に戻せる手はないから、最後に指したのは白で、それもb7-b8=Qかa7xXb8=Qのどちらかの可能性しかないことはすぐに分かる。正解は前者であるが、まずそれが実現可能であることを見てみよう。

Ceriani-LastMove2.pngPをb7に戻したとき、黒が戻せるのはc7のBだけである。しかしそのまま戻したのではチェックがかかってしまうから、c7にある白の駒を取ったはず。さらにその局面ではPもKも動けないから、戻し続けるにはその駒が動いた可能性しかなく、従ってSと決まる。このSがd5やe6から飛び込んできたことになる。

さて、ここから局面を完全にほどくためには、白のKをd8からどうしても脱出させなければならない。しかしe7とd6に黒のRがいる状況では、どうしてもそれができないということが、少し考えれば分かる。この形を打開するためには、d6のPをc7に戻し、e7のRを脱出させてしまうというのが、ただ一つの可能性である。しかしここでいきなりPc7xd6と戻すわけにはいかない。d8のBが出られなくなってしまうからである。従って、黒の2つのBをBc7-d8, Ba7-b8, Bb8-c7と退避させておくことが必要だ。2つ目のBが白のKの横を通過していく際に、チェックを防ぐためにもう1つ白の駒が生まれる(これがQかSかはおそらく判別できない)。そしてそれを動かした後、やっとPc7xXd6とPを戻すことができる。以降は黒のRを動かせるので、局面は完全にほどける。

Ceriani-LastMove2a.png以上をまとめると、例えば次のように戻すことになる。
-1. Pb7-b8=Q Bb8xSc7
-2. Sd5-c7 Bc7-d8+
-3. Se3-d5 Ba7-b8
-4. Sg4-e3 Bb8xSc7
-5. Sd5-c7 Pc7xQd6+
なお、残しておいたもう一つの可能性、すなわちPa7xXb8=Qという戻し方があり得ないのはすでにもう明らかだろう。a7を塞いでしまっては、黒の2つのBを退避させるスペースがなくなってしまうからである。

私が考えたのはこのあたりまでなのだが、黒と白のPの形はかなり特徴的で、よく考えればもう少し言えることがあるような気もする。黒PがBにアンダープロモートしたという情報も、本質的には使っていないのがちょっともったいない。何か分かることがあれば、ご教示いただければ幸いである。

なお、あとになってデータベースを見ていて気づいたのだが、この作品が最初に掲載されたのは1959年ではなく、左右反転した形がすでに1950年の "Die Schwalbe" にすでに出ていたらしい。なぜ反転して9年後にもう一度登場したのか、詳しいことは分からない。

2006年07月05日

ワールドオープン終了

昨日書いたワールドオープンはその後最終ラウンドまで行われ、羽生三冠が6.0ポイント、森内名人が5.0ポイントという結果で終了したようだ。対戦結果表を見ると、お二人とも第8ラウンドで相当格上のGMと引き分け、さらに羽生三冠は最終第9ラウンドでGMに勝ってしまったようだ。さすが!トップのKamskyが7.0ポイントだったのだから、2300台のレーティングで6.0ポイントというのはかなりすごいのではないだろうか。棋譜は順次足されているようなので、いずれじっくり全部鑑賞できるだろう。

この間の問題の答えは明日にでも。もっとも、やってみた人はみんな解いてしまったようなので、むしろ私のこの答えでいいのか教えてもらうというつもりでいる。

2006年07月04日

ワールドオープン

森内名人と羽生三冠が、またまたチェスの大会に出かけているようだ。フィラデルフィアで行われているワールドオープンである。現時点では第7ラウンドまで終わったようで、森内さん・羽生さんともに4.5ポイントを獲得している。ゲームの内容は、残念ながら上位の対戦しか見られないようだが、いずれ全局掲載されることを期待している。

しかし毎度ながら、お二人のヴァイタリティと進取の気性には頭が下がる。最後のラウンドで、偶然にこの2人の対戦が組まれたりしたら面白いのだが。

2006年07月03日

冷しゃぶと花のワルツ

昨日の夕飯に冷しゃぶをつくって食べたのに、今日のお昼に学食で、何も考えずにAセットの冷しゃぶを注文してしまった。レジで支払いを済ませ、座席に着こうというところまで来て気づいた。さらに、昨日つくったものは2日分だったので、今日の夜も冷しゃぶである。冷しゃぶ、冷しゃぶ、冷しゃぶ。じめじめした季節、さっぱりしたものが食べられるなら、別に同じメニューが3回続いてもどうということはない。

食後に、空になった皿を洗いながらふと気づいた。家にいるときは、誰もいないのをいいことによくメロディーを口ずさんでいる。最近かけているCDの曲だったり、テレビでしつこく流れていたCMのBGMだったりと、口をついて何が出てくるかはその日次第だ。しかし、皿洗いをしているときには、なぜか決まってチャイコフスキーの「花のワルツ」を口ずさんでいるのである。別に最近よく聴いているわけでもないのに、どういうわけか頭に浮かんできてしまうのだ。

深層心理を自己分析してみるに、小学校時代、掃除の時間に決まって「くるみ割り人形」がかかっていたことが影響しているような気がする。小序曲の軽やかな旋律が聞こえてくると、めんどくさいなあと思いながら机を前に移動させていたし、花のワルツが流れ出すと、「清掃は終わりです」という放送委員の抑揚のないアナウンスがそこにかぶさり、ああこれで帰れるとうれしくなりながら机を元の位置に戻したものだった。だから私にとっては、花のワルツは「片付け作業はもうすぐ終わり」というステージに自分がいることを示す、テーマ曲となっているのかもしれない。

2006年07月02日

Last Move?

Ceriani-LastMove2.pngまたCeriani先生の問題でも。図の局面で、最後に指された手は何か?出典は1959年の "Die Schwalbe" である。

先日の問題と比べると、候補手の数は少ないが、正解の手が実際に実現可能であることを示すのが若干難しいかもしれない。最終手を答えるというより、この凝り形を解きほぐせという出題に近いと思う。まあ大量にあるCerianiの "Release the position!" の問題と比べれば、かなりやさしい部類に入るだろう。

私の解答が正しいかどうかは分からないが、とりあえず数日後に。

2006年07月01日

ショパンと「巨人の星」

今日はまたピアノを弾きに出かけた。今年は次から次へとしなければいけないことが降ってきて、意識して時間を作らないと、ピアノに全く接しなくなってしまいかねない。上達はもう無理でも、忘れない程度には練習していきたい。

本通商店街の端っこにある木定楽器店というところでピアノ部屋を貸してくれるという情報を入手したので行ってみたのだが、ここは当たりだった。アップライトなら30分525円、グランドでも30分840円だという。これまで行っていたところよりはるかに安い。ちょうど空いていたグランドの部屋を1時間押さえたが、この部屋は普段レッスンに使っているらしく、グランドピアノが2台並べて置いてあったので、弾き比べることもできた。3回行くと30分無料券までくれるというし、これで行きつけは決まったようなものだ。

カプースチンの他に何を練習しようか、先週から迷っていたのだが、今日は思いつきで「ショパンのソナタと『巨人の星』による交響的融合」の楽譜を持って行ってしまった。この曲、私の所属していたピアノサークルの関係者には有名だが、私の同期だったK君が面白半分に編曲したもので、ショパンのソナタ第3番のフィナーレと「巨人の星」を同時に弾くという、抱腹絶倒の傑作である。2曲が絡み合う様は見事で、何度聴いても飽きることがない。演奏難度もかなり高く、ネタ元のフィナーレが楽に弾けるくらいでないと、なかなか弾きこなすのは難しい。

彼がこれを作った当時、すっかりこの曲に惚れ込んでしまった私は、例のTeXでもってこの曲の楽譜を清書したのだった。今日持参したのもそれである。ローマ字ながら楽譜に歌詞が書き込んである部分があるので、念のためここに公表するのは控えておくが、もし弾きたい方がいらしたら、ご一報いただければ幸いである。PDFファイルですぐにお送りするので、是非挑戦してみてほしい。また、やはり私の同期であるU君(彼のピアノのすごさについてもいずれふれたい)が、この「交響的融合」のMIDIファイルを作ってくれたので、例え弾けなくともどんな曲かは体感することができる。ショパンのソナタをご存じならば、笑いとともに感動することは間違いないだろう。

なお断っておくが、私は巨人ファンでもアンチ巨人ファンでもない。もっとも、このところの負け方はちょっとお気の毒な気はしている。