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2006年08月31日

侍の刀

今まで延ばしに延ばしていた仕事があって、今日は出張前にどうしてもそれを片付けると決めていた。昨日も明日も会議などで時間をとられるので、もうここしかなかったのだ。朝から晩までかかって、ようやく目鼻のつくところまで持ってくる。それにしても、この時期にこれだけ忙しくなるとは思わなかった。

チェス関係の話題が続いているが、もう1つ。今年出たNew in ChessのYearbook 78号に羽生三冠の記事が出ているというので、ミーハー気分で買ってみた。去年指されたオープニングの最新の変化をまとめているのだが、その中に "Sword of the Samurai: Shogi star Habu strikes in the Semi-Slav" という1ページの記事とともに、昨年秋に羽生三冠がGMのP. Wellsを破った一局が紹介されている。記事の一部を引用してみる:
His brilliant effort against English grandmaster Peter Wells is not only one of the best games of the year, it also contains an important theoretical discovery that Habu impressively managed to work out over the board.
というわけで、やはりこの一局は、単にGM相手に勝ったというだけでなく、新しいオープニングの開拓という意味でもそれなりにインパクトがあったようだ。

なお記事の全訳を、福岡チェスクラブ内のブログ「チェスの玉手箱」で読むことができる。

2006年08月30日

先週の問題の解答

先日の問題について、考えてみたことをまとめてみよう。まず、取られた駒を勘定してみると、白はPが1個だけ、一方黒はSが2個、QとRとBが1個ずつなくなっている。黒のPは全員生存しているので、生き残ったRとBは生まれつきである。

以下、黒のKとRがいずれも動いていないと仮定して推理してみよう。まず重要な事実は、b2にある黒Pが、元々はa列にいたものだということである。これは白のb列のPの裏側に入り込んでいることからすぐに分かる。この事実から、現在b6にいる方の黒Pはb7から来たこと、またe列の白Pは昇格したことが分かる(なぜなら、黒による駒取りはb2で行われたから)。では白Pはどこで昇格したのだろうか。a8だとしてみよう。この場合、e列の白Pがa列に移動するには、黒の駒が4つ必要である。しかし取られた5つの黒駒のうち、1つはb4の白Pに取られたはずだし、またf8にいたBはそこから動かないまま取られたはずであるから、e列の白Pが取った黒駒は高々3つである。したがって昇格はa列で起きたのではない。同様の理由で、c列で起きたのでもないことが分かる。したがって、e列のPがc6-b7-b8と進んでQに昇格したことになる。

これで戻し方がだんだん見えてきた。白はQをb8まで持っていってPに戻し、b7からc6に戻す。黒はそれからBをc8に格納し、そしてPをb7に戻すことになる。ただ問題は、Qがb8にいる瞬間、黒にチェックがかかってしまうことである。それを防ぐためには、a6に黒のBを用意しておいて、Qができてチェックがかかった瞬間にc8に引いて受けるしかない。

Ceriani-HelpMatea.png以上より、戻し方はこうなる。まず、白はQをa7まで、黒はBをa6ないしb7まで動かす。
-1. Bc8-a6(b7) Qb8-a7
-2. Ba6-c8 b7-b8=Q+
ここで右図の状態になる。さて、ここでもし黒がKもRも動かさなかったとしよう。すると、黒はa6のBを動かすしかない。例えばこう:
-3. Bb5-a6
白が戻せる駒は、現在のところb7の白Pだけだ。この先も黒の駒を復活させながらPをe列まで退かせるしかない。しかしe2まで完全に戻すことはできない。白Bがf1に帰れなくなるからだ。つまり白が戻せる余裕があるのはe3までで、その瞬間に黒がb7-b6と戻して白を凝り形から解放してくれないと、白はレトロステイルメイトに陥ってしまうのである。だから白の余裕はあと4手だけだ(cxb7, dxc6, exd5, e3-e4)。一方黒は最短でも、b7で発生したQを2手かけてd8に格納し、Bを2手かけてc8に戻すだけで4手かかってしまう(この2つの駒を鞘に収めないとb6のPを戻せないことに注意)。つまりこれでは白に戻せる手がなくなってしまうことになる。よって図の局面で、黒はKかRを動かさざるを得ない。

とまあこんな具合。ちょっと長くなってしまった。上の証明から、黒のKかRを動かせば戻すことが可能であることも多分分かると思う。

2006年08月29日

スターバックス・マッチ

スウェーデン出張前に少し部屋の掃除や荷物作りをしておいた方がいいと思い、一応今日は休暇を取ってあったのだが、そこへSilent Life of Dr.HaraのHさんから、29日に広島に行くのでちょっと会いませんかというメールが届く。こうなれば今日の過ごし方は決定である。午前中に少し仕事をし、早めにお昼をすませると、いそいそと車で広島駅に向かった。

1時にHさんと落ち合う。落ち着ける喫茶店を探してしばらく歩き回った後、結局待ち合わせ場所すぐ近くのスタバへ。着くとすぐ、スウェーデン出張の餞別ということでシャンパンをいただいてしまった。恐縮。

Hさんからはチェスを指しましょうと事前に言われており、一応盤駒は持ってきてあったのだが、内心はかなり不安だった。普段偉そうにチェスを語っているが、何しろこちらはまともに実戦なんて指したことがないのだ。かたや相手は、すでに何度もチェスの大会に出ているのである。もう少し勉強して力をつけてから対戦するつもりでいたので、ほとんど何も準備していない今やったところで、玉砕するのは時間の問題と思われた。

Hさんはチェスクロックを持ってきていたが、最初に時間を計らずに1局指してみることになった。スタバの丸テーブルにはチェスボードのように市松模様が描かれているものがあり、ちょうどその席が空いていたので、その上に私が持ってきた駒を並べる。隣のおばちゃん2人が「何?」「チェスよチェス」と言っているのが聞こえたが、気にしない。おばちゃんを気にしているようでは、その時点で負けだ。

私の白番で、Ruy LopezからMarshall Attackに。マーシャル・アタックは、熟知していないとあっという間にたたきつぶされてしまう定跡である。手を変えて避ける案もあったが、そうしたところでそのあとどう指すかが全然分からなかったので、どうせ負けるなら正面から受けようとメインラインに乗ることにする。で、案の定、あっという間にたたきつぶされた。明らかな悪手を指してからわずか数手で投了に追い込まれる、これがマーシャルの恐さである。やはりよく知らないうちはこの流れに入るべきではなさそうだ。

2局目は、クロックを動かして対局することにする。持ち時間は20分、1手指すごとに10秒加算で、私の黒番。ラインはEnglish Openingである。困ったことに、イングリッシュは全く勉強していないのである。まいったな、冒頭からわかんねーよ、と頭の中でつぶやきながら指した手がいきなり大ポカ。両取りの位置にビショップを飛び出したため、ゲーム序盤でナイトを丸損してしまったのだ。これは情けなくて、よっぽどここで投了しようかと思ったが、気を取り直して指し続けた。

今にして思えば、1局目の負けとこのポカがいい方向に働いたと思う。どうやっても勝ちとHさんが楽観し、無意識のうちに手が緩くなったようだ。この機に乗じ、怪しい手を連発して相手を混乱に陥れ、少しずつ主導権を取る。お互いの時間がなくなってきたところで、こちらの詰めろをHさんが見逃し、メイトに持ち込んだ。奇跡の勝利である。ただ局後の感想戦で、もっと前の段階で詰みがあったことを指摘され、慨嘆。曲がりなりにも詰将棋をやっているのだから、数手の詰みを見逃しているようではダメである。今日の勝ちは一種の事故で、今から10戦しても1勝もできないに違いない。次回に備えて、少しは勉強しておきたいものだ。

Hさんと別れてからは、家に戻って当初予定していた掃除などに精を出す。シンクや風呂場など、水回りを中心にひどいことになっていたが、ようやく少しましな状態になった。

2006年08月28日

近代将棋の記事

広島に戻った。群馬に向かうときは講演の予習をしなければならなかったのであまり自由なこともできなかったが、今日は車内でゆっくりチェスか詰将棋でも考えられるぞ……と当初は目論んでいた。しかしいざ乗ってみたらたちまち眠くなってきてしまって、京都あたりまではずっとウトウトしっぱなし。今朝は特に早起きしたわけでもないのに、情けない話だ。それでも、今月のプロパラ研究室の問題は、勘違いさえしていなければ多分できたと思う。若島さんがだいぶやさしいのを出してくれたようで何とかなった。

昨日書いた近代将棋の記事だが、一カ所誤植を見つけた。P134最下段7行目に余計な句点がついている。まあこれは文章からすぐに分かるだろうが、提出した原稿のミスでないことは一応コメントしておきたい。また、記事中で使われている写真は、冒頭の全体写真以外は私が撮影したものである。たくさん撮ったわりにはいい写真がなくて困っていたのだが、こうして載ってみると、まあそれほど悪くもなかったかなと思えてきた。特に、大道詰将棋の阿部重治郎氏が11歳の男の子の挑戦を受けている写真は、我ながらなかなかいい瞬間を捉えられたなという気がしている。

2006年08月27日

新たなる殺意

群馬のセミナーハウスでの勉強会も今日で終わり、今夜は実家に一時帰省。連日、朝は7時過ぎに起きて夜は2時頃まで起きていたからさすがに疲れたが、まあ自分の発表はともかくとしても、なかなか楽しい日々だった。昨夜は将棋に興じていた学生さんがいたので、「ものすごい3手詰があるんだよ」と言って、あの行き詰まり氏作「新たなる殺意」を紹介する。大量に誤解が出たエピソードを話したら、頭を寄せ合って考え始めた。邪魔をしないようにしながらときどき観察していると、最初は例の筋にはまりかけていたものの、あれこれ議論するうちに逃れ筋に気づき、最後は見事正解に到達。詰パラ解答常連の猛者ですら間違えたこの傑作を解くとは、おぬしら、できるな。

今日は帰宅前に本屋に立ち寄り、近代将棋の10月号を購入する。に書いた詰将棋全国大会のレポートが、4ページにわたって載っているのだ。雑誌にこの手の文章を書くというのは初めてだったので、どうなっているか少し心配だったが、一読した限りでは特に問題もなさそうで一安心。

2006年08月26日

講演終了

どうにか講演も終了。いつもながらひどいできだった。現実にいい発表ができないのは仕方ないとしても、終わった後に「今日はできるだけのことはやったな」と思えないというのは、実力だけでなく努力も足りないのだろう。一度でいいから、自他共に満足する発表というものをしてみたいものだ。

発表前に少し自由時間が設けてあったので、何人かで近くの湿原を散歩した。小一時間で戻ってくるはずだったのだが、地図の通りに歩いていたらどんどん獣道のようになり、ついに藪をかきわけかきわけ進むことになる。ようやく出口を見つけたと思ったら、見覚えのある橋に突然戻ってしまったりして、青木ヶ原にでも迷い込んだ気分だった。結局、元来た道を完全に戻ることでようやく脱出。

明日で勉強会も終わり。明日の夜は実家に泊まる予定。

2006年08月24日

出張先から

出張先に到着。7時15分に家を出て午後2時30分頃に到着したから、7時間あまりの旅になる。車中では勉強をするつもりで、実際少しはしたのだが、プロブレム・パラダイスのページに出た問題をうっかり印刷して持って行ったために、それにも時間を使うことになってしまった。

着いたところは新幹線の駅から車でたっぷり40分、さらにそこから10分ほど歩いたところにある。緑の山々に囲まれた自然が豊かで、なるほど、これだけ人里離れた場所なら勉強するしかない。ネットワークにはこうやってつながることはつながるが、回線はあまり太くはないようだ。

さて、少し予習しよう。

2006年08月23日

明日から出張

もう少し早く終わることを期待していたのだが、今日の会議は延びに延び、かなり消耗させられた。明日は早朝出発なので、今日中にすませておかなければいけない買い物がある。終わるなり部屋に駆け戻り、荷物をまとめてすぐ出た。市街の中心部まで車を飛ばし、必要なものを買いに回る。こんなふうにあわただしいのはあまり好きではないのだが、他の先生方を見ていると、大学勤めなら自転車操業はある程度はやむを得ないようだ。ともあれ、切符も買ったし、これで明日は出かけるだけである……講演の準備はまだ終わっていないけれども。まあ何とかなるだろう。

明日から滞在する場所は群馬県のものすごい山奥である。ネット事情もあまりよくないようで、もしかしたら更新がしばらく滞るかもしれない。その場合は、27日に復活の予定。

2006年08月22日

「斎」藤投手

どうもこのところ、睡眠のサイクルがうまくいかない。寝坊しては大変と前夜によく自分に言い聞かせてから床に就くと、今度は寝過ごしてはいけないという意識が必要以上に頭を支配するようで、もう朝かもう朝かとすぐ時計を確認してしまう。結果的に眠りが非常に浅くなり、日中はいつにもまして眠くなってしまうのだった。

今日はその眠さに耐えながら、共同研究者のお二人と今月最後のセミナー。次にセミナーをするとしたら、それはスウェーデンでということになる。ずっと計算をチェックしていた論文もやっと今日で片がついたのはよかったが、まだ大事な課題が残っている。実は明後日から群馬県の山奥で開かれる勉強会で講演をしなければいけないことになっており、その準備が全然終わっていないのだ。というより、準備を始められないというのが現状に近い。ただでさえ会議続きなのに、その勉強会のオーガナイザーもやっていて、これが思ったより神経を使うのである。三十数名の参加者の参加日程確認や昼食や乗り合いタクシー希望のとりまとめなど、ここしばらくはその関係の仕事にもずいぶん時間をとられてしまった。ちょっとお疲れ気味だが、何とか頑張るしかない。

ところで、たった今ネットを見ていたら、某大手新聞社のページで次のような見出しの記事を発見。
「初優勝の早実、母校に凱旋 斉藤投手、メジャーにも意欲」
記事の文中では「斎藤」になっているのに、よりによって見出しで間違えるとは。新聞記者にしてこれでは、世の中の人がいかにこの2つの字を同一視しているかが分かろうというものだ。字を間違えられるということよりも、その人が「違う字を書いた」という認識を持ってくれないことこそが、私にとっての問題である。

猫田さんというお名前の方が、役所や職場などいたるところで「描田」と書かれ続け、「違います、けものへんです」と訂正すると、「同じような形の字なのに、細かい違いにこだわって……」と面倒そうな顔をされる。例えて言うなら、そんなときに感じるであろう気分に近いだろうか。実際には、形が似ているからといって、誰も「猫」と「描」を混同したりしない。私にとっては、「斎」と「斉」は「猫」と「描」くらいの差がある字なのである。

2006年08月21日

Ceriani先生のヘルプメイト

Ceriani-HelpMate.png日中ずっと会議で特筆すべきようなこともなかったので、またCeriani先生の問題を紹介してみる。出典は1964年の "Die Schwalbe"。今回は最終手を考えるといういつものスタイルではない。与えられた指示は "H#2"、つまりヘルプメイトである。詰将棋の世界では「ばか詰」などとも呼ばれるが、図の局面から両者が協力して、黒、白、黒、白と指して黒のKがメイトになる手順を求めよというものだ(黒から指し始めることに注意)。

ヘルプメイトというと、プロブレムのジャンルとしてはそれなりにメジャーな分野である。Ceriani氏も普通の作品を創っているんだな、と思うとこれが違う。これは、ヘルプメイトの問題に見せかけた、やはりレトロの問題なのである。どういうことかというと、この問題には答えが2つある。いや、正確には、2つあるように見える。すなわち、次のようなものだ。
その1……1.Bf3 Bxb6 2.Bxa8 Rxa8#
その2……1.0-0 Bxb6 2.Rxa8 Rxa8#
答えが2つあるというのは普通ならば余詰、すなわち不完全作品ということになるが、この作品は過去を推理することによって、片方が不可能であることを証明できるのである。それを考えてくれというのが真意なのだ。

私にとってはちょっと難しかったが、何とかできたように思う。

2006年08月20日

不思議な氷

昨日の反省を生かし、今日は午前中に起き出した。とはいっても、実はアマゾンに注文した本を届けに来た配達員に起こされたというのが本当のところ。おかげで、谷川九段の将棋講座も、その後の羽生三冠の対局も最初から最後まで見ることができた。

glaces.jpg午後は買い物に行ったりピアノを弾いたり。台所の蛍光灯が昨夜切れてしまったのですぐ近くのホームセンターに買いに行ったのだが、炎天下の中を行き来するだけで倒れそうになってしまった。こんな蒸し暑さの日に、延長15回まで野球をする高校生はそれだけで大したものだ。しかし、明日また再試合というのは、大丈夫なのかという気もする。

冷凍庫の氷が妙なことになっていた。水をためて凍らせた氷から、つららのような突起状のものが2カ所も突き出ているのだ。こんな現象は初めて見た。他の氷も何だか表面が波打っている。なぜこんなふうになったのかよく分からないが、凍りきる前に一度取り出したような気がするので、それがこんな奇妙な造形を作り出すのに寄与したのかもしれない。

2006年08月19日

夏眠不覚午

起きてみたら、何と正午どころか午後1時もとうに過ぎていた。いくら土曜日は惰眠を貪ることができるとはいっても、日が昇りきったときにまだ寝ているというのは、人間としてどうなのか。足の遅い台風も、さすがにしびれを切らして行ってしまったあとだった。昨日かなり夜更かししていたのが直接的な原因だが、今週はいろいろあったのでやはり疲れがたまっていたのかもしれない。

ちょっとした仕事を片付けて、夕方から街中に出かけ、ピアノスタジオでピアノを弾いてきた。すでにスタンプカードがいっぱいになっており、30分間をただで弾くことができた。これは満足。しかし最近は家で練習する時間が全くとれず、スタジオで譜読みに時間を割かざるを得なかったのは、ちょっともったいなかったように思う。

2006年08月18日

カレンダー(続)

今日も一日中会議だった。夕飯は同僚のHさんと郊外のとんかつ屋へ。動きの遅い台風がずっと居座っているせいで、ときどき雨の降りが強くなる。この分だと明日起きたときも同じ状況かもしれない。

昨日変更したカレンダー表示だが、Firefoxだとちゃんと見えないという報告をいただいた。一応こちらではIEとFirefoxでチェックはしていて、どちらも表示に問題がないことは確認したつもりだったのだが、もしかしたら環境によってはダメなのかもしれない。もう少し調べてみようと思うが、キャッシュの問題という可能性も考えられるので、もし表示のおかしい方がいらしたら、キャッシュをクリアしてみてほしい。なお私の環境では、Operaでも正しく見えることが確認できた。

2006年08月17日

カレンダー

今日は共同研究者の人たちと3人でずっとセミナーをしていた。毎度ながらのブローアップにオイラー数の計算確認だが、あまりに煩雑なので、一度通してチェックしたはずのところも、久しぶりにやってみるとまた分からなくなってしまっている。何だかそのパターンをずいぶん繰り返してきたような気がするが、今日は一応切りのいいところまで行ったように思う。次のセミナーは来週。

先ほどからふと思い立って、このブログのカレンダー表示を少し改善しようと試みていた。タイトルのすぐ下に出ている月送りのカレンダーだが、これの土日をちゃんと青と赤で表示させようというのである。しかし、どうもうまくいかない。あれこれいじってみたが、何だかフォントが前より若干大きめになっただけだった。こういうふうにページ全体のデザインに関して変更を加えるときは、ページの「再構築」という作業が必要になるのだが、すでにエントリ数が130を超えており、一回再構築を実行するだけでかなりの時間がかかるのである。数回トライしてみたが時間がかかるばかりでどうもダメなので、また今度にしよう。

追記:その後さらにいじっていたら、どうにかできたようだ。

2006年08月16日

ミケランジェリ

今日は一日中会議だった。明日は一日中セミナーで、明後日はまた一日中会議の予定。

ミケランジェリが1981年にLuganoで行ったライブのDVDを帰省中にいただいたので、帰宅後に前半を見てみた。ベートーヴェンのソナタ第11番Op.22と第12番Op.26。ベートーヴェンのソナタは中学のころにグルダの全集を何度も何度も聴いて、一時期は32曲のどこであろうと脳裏で再生できるほどになっていたが、いつしか滅多に聴かなくなっていた。11番と12番などいったいいつ以来だろうか。しかし一度聴くとまた旋律がよみがえってきた。

彫りの深いミケランジェリの顔を見ていたら、ロシア人の大物代数幾何学者でそっくりの人がいるのを思い出した。去年の夏、シアトルの研究集会でその人の講演を聴いていたとき、一緒に参加していた人に「ミケランジェリに似てない?」と耳打ちされ、なるほど確かにと膝を打ったものである。もっともミケランジェリは、周りが今ひとつよく分からない冗談を自分で言って自分で笑うということは、あまりしそうにない。

2006年08月15日

広島に帰る

広島に戻った。

今回の帰省は、昨日ちょっとした失敗を私がしてしまい、それで家族に迷惑をかけることになってしまったので、十分リラックスというわけにはいかなかった。私が悪いので仕方ないのだが、誰しもが普通にやっていることで失敗をするというのは、自分が無能であることを再確認させられるので、どうも精神的にあまりいいものではない。今日は今日で、新幹線が信号機故障とやらで岡山の手前で立ち往生。広島到着は予定より50分遅れ、身体的にもやや疲労した。

明日からはまた長い会議。すぐに返事を出さなければいけないメールもやたらにたまっている。今月下旬の講演の準備もまだ全然できていない。お盆気分は今日で終わりにして、頭を切り換えないといけない。

2006年08月13日

ジャパンリーグ

亡くなった祖母が以前住んでいた二宮の家に移動。帰省ラッシュの渋滞に巻き込まれるかと危惧していたが、すでにみんな出払ってしまった後らしく、いつも必ず大渋滞する錦糸町周辺も珍しくスムーズに通過した。

現在東京ではジャパンリーグが開かれている。今回の目玉は、全米チャンピオンのGM、中村ヒカルが来日していること。15日には同時対局も行うことになっているらしい。日本チェス協会のページを見ていたら、16日からはPal Benkoのセミナーも行われるのだそうだ。そんな大物も来ることになっているとは知らなかった。

日本はチェスにおいてはまだまだかなりの後進国と言わざるを得ないと思うが、私のような何も知らない人間までこうやってチェスの話題を書くようになったくらいだから、やはり少しずつ状況は変わってきているように思う。それもこれも、こうしてインターネットで情報に接することができるようになったためだ。森内名人か羽生三冠、あるいは現在ジャパンリーグを戦っている誰かがGMの称号を得るのも、きっとそう遠くないことだろう。

2006年08月12日

秋葉原

秋葉原に行ってきた。実家からは1時間もあれば行けるから、昔は何かにつけて出かけたものだ。あまり探検したわけではないけれども、たまに高架下の怪しげな店を見て回ると、わけの分からないものが恐ろしく狭い空間に密集して置かれていて、「ブレードランナー」に出てくる近未来に迷い込んだような気がしたものだった。しかし秋葉原も変わった。高層ビルが建ち、あの超大型電気量販店ができ、TXが走るようになって、この一帯の重力場もずいぶんと変化したような気がする。

今日はその大型電気店の中をぐるぐる回っていたのだが、昔はこういう人混みと喧噪の中を歩くのは何でもなかったのに、どうも妙に疲れてしまった。いつの間にか、身体がすっかり広島仕様になってしまっていたらしい。だいたい何が疲れるって、なぜあんなに耳をつんざく声で絶叫しなければならないのだろうか。
「ほいつはおいそしなが、よどあしあめらあきあばてんにおごしくだすまして、まおとに、やまこーとーに、ああとうざやーっす!」
どうしてあの日本語が自分に聞き取れるのか、我ながら不思議でならない。

2006年08月11日

右側の富士山

実家に帰省。新幹線の中ではチェスプロブレムを考えて過ごした。車窓の外は、広島を出た直後にすさまじい豪雨の場所を通過した以外は概ねよい天気だったが、何となく風景が淀んで見えた。富士山も全く見えず。やはり暑い時期は空気もけだるい。大気の澄み方はやはり冬が一番だ。

どこで読んだのだったか全く思い出せないが、新幹線と富士山については面白い話がある。東海道新幹線に乗って関西から東京方面に向かうとき、富士山は当然向かって左側の車窓に見える。ところが、ある狭い区間だけは、富士山が右側に見える場所があるというのだ。そんな馬鹿なと最初は思ったが、地図を眺めてみると、掛川と静岡の間、静岡駅に近いあたりでかなり進行方向が北にぶれる瞬間がある。どうもこのへんが怪しいとにらんで、いつもそのあたりを通過するときには窓ガラスに鼻を押しつけているのだが、未だに見えたためしがない。そもそも富士山が遠くからでもよく見えるような時期が少ないうえに、進行方向の右側と言ってもかなり前方なので、物理的に見るのが可能だとしても実際には相当厳しいようだ。それでも、「右側の富士山」をいつか見られることを密かに期待している。

2006年08月10日

健康診断

勤め先で健康診断があった。1年に一度の恒例行事だが、自分の結果を気にしている人はかなり多いに違いない。実際、普段はやたらに飲んでいるのに1週間前から急に断酒したり、甘党のはずが菓子断ちをしたりなどという人を私の周りで何人も知っている。幸い私は気にしていることは今のところあまりないが、まあこういうのは時間の問題だろう。

検査項目は身長・体重・視力・聴力・血圧・尿検査・胸部X線・心電図・採血・問診。食べ物を完全に消化していない状態で行くと、血液検査の結果で血糖値か何かの値が不当に高く出てしまうと考え、お昼の量は若干控えめにして、十分時間をおいてから出かけた。ところが、実は心電図と採血は35歳以上の職員のみの検査項目だったのだ。そんなことならしっかりお昼を食べておくんだった。体重については、去年より1キロ増えていたが、まあこれは誤差の範囲内だろう。現在は50キロ台半ばだが、60キロ台に突入せずにどこまで年を重ねられるだろうか。

明日から実家に帰省予定。

2006年08月08日

"Chez Lui"の閉店

現在京都にいるK君からメールがあった。この週末に東京で行われた研究集会に参加したとき、昔よくお昼を食べに行った「シェ・リュイ」という店を久しぶりに訪れたら、何と今年の4月で閉店していたのだそうだ。彼がその場で撮って送ってくれた写真を見ると、店内はテーブルなどがすべて片付けられ、変色した壁と床だけの無機的な世界になっていた。ちょっと人使いは荒いが気はよさそうなあの女主人も、妙に無愛想で逆にそれが面白かったウェイトレスも、煙のように消えてしまった。かつて所狭しとケーキが並べられていたショーウィンドウケースや、観葉植物やら雑誌やらが無造作に置かれていたガラスの棚だけが、自分たちが載せていたものを失ったままうち捨てられているのが、よりいっそう寂寥感を誘う。平泉に広がる夏草を見るような気分だ。

かつて私はK君やS君とここで、注文したカレーやハンバーグが出てくるのを待つ間、詰パラの最新号を持って3人で片っ端から詰将棋を解き合ったものだった。読む力が一番強いのがS君で、私とK君は彼が披露する読みをチェックする役割が多かったように思う。食事中も頭の中に入った3人でそれぞれ図面を追いかけ、できたと思ったら食後のコーヒーを飲みながらもう一度確認する。そんな儀式を毎日のように繰り返していたものだ。なかなか進まずにストレスばかりがたまる研究を一時忘れ、駒と戯れる楽しい時間だった。

突き詰めれば、あれをやっていたから看寿賞をもらってしまったわけで、私の詰将棋歴の原点とも言える場所が一つ消えてしまったのは、何とも残念な限りである。なくなる前にもう一度行っておきたかった。

2006年08月07日

この間の問題の解答

Ceriani-LastMove3a.png一応先日の問題の解答を。与えられた局面ではチェックがかかっているので、最後に指したのは白である。しかもこの状態では可能なのはe4-e5という開き王手だけだ。問題はこれに対して黒がどう戻すかである。というのも、どこにKを動かしてもダブルチェックがかかってしまい、それを同時に消すように戻す手が存在しないように見えるのだ。取った駒が取られた駒のあった地点以外の場所に着地するという、普通にはあり得ないことが起きない限り、矛盾が生じてしまう。ところが、たった1つだけその可能性があった。アンパッサンである。かくして、
-1. e4-e5+ Kd6xc6 -2. d5xc6++ c7-c5
と手順が定まる。

アンパッサンだと気づけばそれまでという感じもするので、今までのCeriani先生の作品とは少し違う印象を受ける小品ではある。まあ解答にアンパッサンやアンダープロモーションを入れるのは、詰将棋作家が打歩詰や中合をやろうとするのと、きっと同じような感覚なのだろう。

2006年08月06日

詰四会に参加

松山で行われた詰四会に参加してきた。バスと路面電車で宇品の広島港まで出て、そこからスーパージェット松山観光港行きに乗る。10時半に出港して11時40分前に到着、70分足らずの船旅だった。四国はもう何度も訪れていて、松山に来るのも今回が二度目だが、船で入ったのはこれが初めてだ。こんなに簡単に来られるのなら、ぶらっと遊びに行くのもいいかもしれない。

そうはいってもやはり四国はそれほど交通アクセスの便はよくないから、果たしてどれほど集まるかは主催者のたくぼんさんたちも不安だったらしいが、結果的には9人も集まり、会合の船出としては上々だったように思う。私も内心、世話人お二人と自分の3人だけだったらどうしようと少し思っていたが、杞憂だった。驚いたのは、東京詰工房のKさんや詰とうほくのNさんまで見えていたこと。この行動力には頭が下がる思いだ。頭が下がるといえば、たくぼんさんが作ってきて参加者に配布した詰四会報第1号や私家版協力詰五手詰傑作集の立派なこと!詰四会が今後ますます発展することを確信した。

今回、「"4"にちなんだ詰将棋」を作れというお題が出ていたのだが、私は結局事前に何も創ることができなかった。仕方ないので苦肉の策として、差し入れで持っていったもみじ饅頭を4種類で4個ずつにしておき、これを「課題作」ということで提出。この課題作自体は評価されたのだが、それはそれとして作品はないですか、とやはり言われてしまった。創れればそれに越したことはないのだが、現状ではどうにも難しい。まあ空いた時間ができればもう少し考えてみよう。

2006年08月05日

メランコリー

土曜日なのでまたぶらっとピアノを弾きに出かけた。と言っても今日は30分だけで、しかも空いていたのはアップライトの部屋だけだったので、充実感はさほどではなかった。現在は、昔弾いたはずの曲をもう一度思い出そうというキャンペーンを脳内で開催している。先週始めたショパンの舟歌に続き、ここ数日はプーランクの「メランコリー」の楽譜も出してきて弾いてみている。ほんの3年半前に演奏会に出したはずなのだが、ここまできれいに忘れているとは。一度やった曲をゼロまで忘れてしまうのはあまりにもったいない話だ。

それにしても、「メランコリー」はやはりいい曲だ。舟歌もそうだが、どこか物憂げな曲調が今の私には波長が合うようだ。カプースチンの三度ばかり練習していた反動かもしれない。

終了後、明日持っていくもみじ饅頭を購入。これで準備万端。

2006年08月04日

長手数の追求

ネットワークトラブルなどがあったせいで少し遅れてしまったが、今月の詰パラには特別出題として、添川公司氏の超長編「新桃花源」が出ている。多分今頃は、日本中の詰将棋マニアたちが我こそはと競って駒を並べているに違いない。マニア以外の方に説明すると、現在最も手数が長い詰将棋は、橋本孝治氏の「ミクロコスモス」1525手詰である。2位は山本昭一氏の「メタ新世界」941手詰。つまり今までは、1000手の大台を超えた作品は1つしか存在していなかった。「新桃花源」がどのくらいの手数に達したのかまだ分からないが、おそらく2つ目の千手超え作品なのではないかと思う。きっと長手数を成立させるすごい機構が展開されているのだろう。

詰将棋を長手数を追い求めながらどんどん発展していったが、チェスプロブレムの世界では手数を伸ばす興味は詰将棋ほどは強くないようだ。それはプロブレムというものに対する考え方がかなり違うからだろうが、さらに突き詰めて言えば、将棋とチェスは似ているようでいてずいぶん異なるゲームであるということに行き着くように思う。これは詰将棋とチェスプロブレムのどちらが文化として優れているなどという話ではなく、それぞれのゲームのルールが生きるように発展した結果、追い求めるものが違ってきたということだ。

517.pngでは、チェスプロブレムの世界では、詰将棋のような長手数作品は望むべくもないのだろうか。これが、そうでもないようだ。今年の5月にMarc BourzutschkyとYakov Konovalより、517手かかるというプロブレムが発表された(TalkChess.comに投稿された本人のメッセージ参照)。517手というのはチェスの手の数え方だから、将棋流に言うなら1034手詰ということになる(これは勝敗の明らかな盤面に到達するまでの手数で、実際にメイトになるにはさらにもう少しかかる)。「新桃花源」とどちらが長いのだろうか?

2006年08月03日

寝坊

いかんいかん。大寝坊をしてしまった。朝ふと時計を見たら、とんでもない時間になっている。寝ぼけた頭で一瞬、今日は土曜日で、それでこんな時間まで寝ているということかなと考えた。それから、実は最近内部通知が出て、この時間までは出勤しないことになったんだったかなとも考えた。そのどちらでもないことは、数秒で理解できた。やれやれ、やってしまった。ただでさえ就寝時間が遅くて睡眠不足なうえ、この暑さでときどき目が覚めてしまうから無理もない。

とにかく、寝汗を拭く間もなく外に飛び出した。幸い、今日の午前中は特に重要な仕事は入っていなかったので事なきを得たが、もう少し緊張感を持たないといけない。それにしても、飛び起きた時間の15分後にはもう自分の部屋の椅子に座っていたから、急げばかなり何とかなるものだ。東京にいたら、これができる人は滅多にいないだろう。

2006年08月02日

Last 4 Moves?

Ceriani-LastMove3.pngCeriani先生の膨大な問題群の中から、簡単そうなのをまた1問。図の局面で、最後に指された4手は何か?ここでの4手は将棋流の数え方である。つまり白と黒、それぞれ2手分ずつ戻すということだ。まあ慣れた人にとっては一瞬だろう。

そういえば先日の詰将棋全国大会で、見事看寿賞を受賞した高坂さんから、日本人のレトロの第一人者、橋本哲さんの作品をいくつか紹介していただいた。11問もあったのだが、当然ながらどれも一筋縄ではいかない。頑張って最初の1問だけは何とか解いたが、期待に違わず素晴らしい作品だった。2問目からはできる気がしなくて、まだ手も着けていない。高坂さんは新幹線の中で5問解いたとおっしゃっていたが、さすがに大作家、読みの力が違う。多分、ここぞというときの集中力が月とすっぽんなのだろう。私も新幹線の中で詰将棋やプロブレムを考えることはよくあるのだが、すぐ舟をこいだり、隣のおやじの飲み出したチューハイの臭いが気になったりして、まともに解けたためしがないのだった。

2006年08月01日

射撃前進月間

何ということか。今日からもう8月である。すごい勢いで時間が経っていく。

先週の土曜日に街中へ出たとき、ぶらっと本屋に立ち寄ったら、以前Silent Life of Dr.Haraで紹介されていた「ジョエル・オン・ソフトウェア」が置かれているのが目にとまり、とっさに買ってしまった。やはりまず開きたくなるページは「射撃しつつ前進」の章。英語のままならウェブ上でも読めるが、全くここに書いてあることは、もう笑い出したくなってしまうほどに共感することばかりだ。特に次の一文:
Maybe this is the key to productivity: just getting started.
(これが生産性の鍵なのかもしれない。ただ始めること。)
は肝に銘じなければいけないと思った。そう、すべきことが分かっているなら、いったん始めさえすれば、その後の進捗状況がどうであれ、少なくとも一日の終わりに時間を無駄にしたような感覚に襲われることはないのだ。しかし、これが難しい。私が研究や仕事を前に進めるときの静止摩擦係数は、動摩擦係数よりはるかに大きいのである。

というわけで、今日はかなり意識して懸案の仕事を「始めた」ために、それなりに時間を有効に使うことができたように思う。最初からそうすりゃいいのである。8月は何とか射撃前進月間にしたいと思う。