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2006年10月31日

青い山

今日はH大からまたI先生に来ていただき、いつものメンバー3人でセミナーをしていた。最近はセミナーのたびに同じ計算をしているのだが、もうずいぶん時間をかけているのになかなか終わらない。やっていることはまあ単純と言えば単純で、同業者から見れば決して難しいことをしているわけではない。ただ、どうにも煩雑なのだ。3人でチェックし合いながら進めないとすぐ間違えてしまう。

ちょっと専門的な話になってしまうが、我々の調べているものは多様体と呼ばれる数学的対象である。この多様体には特異点と呼ばれる「悪い」場所が存在していることがあり、その悪い場所をよくするために、「ブローアップ」という数学的操作を行う。つまり特異点のある場所を爆発させて、そこにごちゃごちゃ固まっていたものを吹き飛ばすのだ。代数幾何学という分野ではきわめて頻繁に登場する操作である。

ところが、現在扱っている多様体はどうも特異点が山脈のように延びており、しかもそれぞれが手強くて、ブローアップをしてもなかなか消えてくれないのである。山脈の稜線に沿ってブローアップを行い、そのあとで一帯を調べると、まだ特異点が残っている。しからばとそこでブローアップすると、またその場所には特異点の山が聳えているのである。分け入っても分け入っても、という感じだ。

結局今日もあるステップまで進めたところで時間切れになってしまった。少しずつ進んでいることは確かなのだが、いったいいつになったら終わるのやら。

2006年10月30日

高坂さんの将棋プルーフゲーム

今年看寿賞を受賞した高坂研さんは、もはや詰将棋の歴史に残る大作家と言ってもいい存在であるが、私のようなこの世界の新参者とも親しくしてくださっている。高坂さんの活躍の範囲はノーマルな詰将棋にとどまらず、フェアリーやチェスプロブレムなど多岐にわたっていることは、詰パラやプロパラを購読されている方ならよくご存じだろう。どのジャンルであれ、長い時期にわたってよい作品を創り続けることができるというのは、まさに一流作家というにふさわしい。

この夏に行われた詰将棋全国大会の懇親会席上で、高坂さんとプルーフゲームの話になったとき、「将棋のPGを昔創ったことがあるんです」とおっしゃるので、後日それをメールで送ってもらった。そのときはすぐにはできず、あとでやろうとしばらくほったらかしにしてしまっていたのだが、先日ふと再挑戦したら今度はあっけなくするするっと正解手順が出てきた。どうも私にとっては、「いっぺん時間をおく」というのが問題解決にかなり有効であるらしい。

Kousaka.pngそれはともかく、ご本人の許可もいただいたので、ここに紹介させていただこう。実はこの作品は詰パラ1998年4月号に掲載され、その年の妖精賞を受賞したとのことなので、詰将棋関係者でこのページに来ていただいているような人は、もうよくご存じなのではないかと思う。ただPGは将棋のルールさえ知っていれば誰でもトライできるわけだから、指し将棋一本という人を詰将棋の怪しい世界に誘い込むのに案外有効かもしれない。

問題:将棋で指し始めから18手(すなわち先手後手9手ずつ)指して図の局面に到達した。初手からの棋譜を求めよ。もちろん手順はただ一通りしかない。

2006年10月29日

ポカの解説

今日の将棋NHK杯戦は解説が羽生三冠ということでいつもより注目して見ていたのだが、対局者の森下九段の調子が今ひとつだったようで、中盤の勝負所と最後の最後でポカが出て勝負がついてしまった。ギリギリの攻め合いを鋭く解説するという流れにならなかったのは残念。もっとも、ポカの瞬間の羽生三冠の反応は、それはそれでちょっと面白かったのでよしとしよう。
「桂を跳ねることができればいいんですけど、跳ねたら詰んじゃいますからね……(言っているそばから森下九段が桂を跳ねる)ええーっ!?だ、大丈夫でしょうか……」
もちろん大丈夫ではなく、その3手後に投了となってしまった。

今日も午後はピアノの練習などでのんびり過ごしてしまった。休日モードは今日で終わり、明日からはまた切り替えないといけない。

2006年10月28日

授業評価アンケート

今日は出張の反動で、一日中家でダラダラしてしまった。本当は夕方から車を出して市街地まで出かけようかとも思っていたのだが、ちょうどうちのすぐ近くにあるサンフレッチェ広島のゲームが終わったところで、家の前の道路は大渋滞。何もこんなときに列に加わることはない。

昨夜ポストの中から回収した郵便物をチェックしてみると、ガスの料金通知書やらチラシやらに混じって、H大学からの封筒が届いていた。今どき何だろう?開けてみると、これが夏学期に担当した非常勤講師の授業評価アンケートの結果。毎回プリントを印刷して配ったし、丁寧に説明するよう心がけたし、そんなに悪くはないはず……と思っていたのだが、甘かった。どの質問項目も、学部平均と同じかそれより悪い点ばかりだ。平均をかろうじて上回ったのは、
「テキストやプリントなどの補助教材は授業内容を理解するのに役立ちましたか」
「ノートやメモは取りやすかったですか」
の2項目だけである。
「あなたは授業により知的な刺激を受け、さらに関連する分野を学んでみたいと思いましたか」
に至っては平均点に大きく水をあけられてしまった。まあ担当したクラスが数学と縁のないところだからこれはやむを得ないが、そうにしたってもうちょっと何とかならなかったか。それから、学生たち一人一人の感想もついている。7割方は肯定的なことを書いてくれているのだが、当然文句もある。一番多いのが、「内容が多すぎる」、「板書量が多すぎる」「進度が速すぎる」というもの。それから、「板書がきたない」、「字が小さくて読めない」も結構あった。字のサイズは相当意識して大きくしたつもりだったが、添え字などはどうしても小さくなってしまう。まあこれはこの先気をつけることにしよう。

まあこういうものは、評価が高ければ高いほどよいというものでもない。初めて学ぶことというのはそんなに簡単に理解できるはずはないわけで、もし全員が絶賛していたとしたら、それは教員側が学生に迎合している部分があると言わざるを得ないだろう……とまあそんなふうに考えて、このアンケート結果に納得するしかないのだった。

2006年10月27日

帰宅

城崎より帰宅。疲れた。

毎年行われるこのシンポジウムにはすでに何度も参加しているが、講演をすることになったのは実は初めてだった。どうもうまくいく自信がまるでなくて、城崎シンポジウム始まって以来の失態をしでかさないだろうかとあれこれ不安になっていたのだが、結果的にはまあまあ無難に終了。元からマニアックで重箱の隅をつつくような内容だから、それほど反応がないだろうということは分かっていたが、終了後に大師匠(私の師匠のK先生のその師匠)にあたるS先生がいらして、非常に分かりやすかったと言っていただいたのはうれしかった。

他の学問領域ではほとんど絶滅していると思われるが、数学ではまだまだ黒板やホワイトボードでの発表が主流である。プロジェクターでパラパラと紙芝居を見せていく今風のスタイルは、内容が頭に入らないとして、一般的には数学界ではあまりうけがよくない。これはひとえに、「書きながら考え、考えながら書く」というスタイルが数学という学問自体の特性にぴったりマッチすることが理由だと思うのだが、外の世界からは「古いやり方に固執し、時代遅れになっている」と思われてしまうこともあるようだ。そうした誤解はただしていかなければいけないと思う一方で、プロジェクターを使った最近のやり方で数学者にもある程度満足してもらえる発表も、やりようによっては何とかなるのではないかとは以前から感じていた。今回はそれを試してみたわけだが、ページめくりを意識的に遅くしたことや理解を助ける図式や絵を多用したことなどが、幸いプラスに働いてくれたように思う。

とにかく、今月の最大懸案事項だったイベントが終わってかなりホッとしている。今日はゆっくり寝よう。

2006年10月22日

明日より出張

明日より出張。城崎で行われるシンポジウムに出席する。毎年この時期に行われており、もう何十年も続いていて大変伝統のあるシンポジウムである。温泉地とはまた結構なことでと思われるかもしれないが、確かに夜には温泉に入れるとはいえ、明るいうちは大会議室に閉じこもってずっと講演を聴いているわけだし、夜は夜で偉い先生方と同じ宿に泊まって萎縮していなければいけないから、実際のところはそれほどでもない。さらに今回は講演することになってしまったので、ひたすら気が重くなってしまっている。とにかく、まだ発表原稿ができていないので、これから頑張ろう。

なお、この城崎というところはどうにもネット事情が悪くて、宿泊予定の宿では携帯電話も圏外になってしまう。PCをインターネットにつなぐにも、ダイヤルアップくらいしか方法がない。そこまでしてネットワークにつなぐこともないので、滞在中は気が向いたとき以外はこのページの更新もお休みしようと思う。金曜日には帰宅する予定である。

2006年10月21日

羽生三冠の対談番組

渋谷ではたらく社長の会食というサイトに、サイト主の社長と羽生三冠との対談が出ていた。羽生さんが30分近くしゃべるのを見られる機会はそう多くない。まだ前編ということなので、後編の公開も楽しみだ。

去年出版された本といい先日のテレビ出演といい、ここ数年で羽生三冠がメディアに登場して発言することがずいぶん増えたように思う。NHK杯トーナメントに登場するようになったころは、感想戦でも対戦相手の意見に「そうですね……」とだけつぶやくという感じだったように思うのだが、いつの間にこんな深くて面白いトークができるようになったのだろう、と対談を見ながら改めて感じ入ってしまった。

一度チェスのことばかり聞くインタビューもやってもらいたいのだが、チェス人気が国内でもっと高まらないと実現しないだろう。

2006年10月20日

マジックと詰将棋

先日の話の続き。マジックのタネというと、何か恐ろしく複雑な仕掛けがあったり、あるいは目にもとまらぬ早業で秘密の動作をこっそりしているというようなイメージがある。実際そのような難しいテクニックを必要とするマジックもあるにはあるが、たいていはもっと簡単でばかばかしいほど単純なタネであることがほとんどだ。しかし現代マジックのキーワード、「ミスディレクション」によって客の思考をあらぬ方向に誘導すれば、単純なトリックでも立派なマジックとして通用するのである。そして余計な装飾はつけず、見せたい現象だけをシンプルに見せる。見せ方がシンプルであればあるほど、不思議さだけが抽出されて印象が強烈になるのだ。

若島正氏や上田吉一氏の傑作に接して、なぜこれらの作品は見る人を感嘆させるのだろうと考えたとき、この現代マジックの理念に通じるものがあるような気がした。表現したいと思う手順を実現する、そのために必要なものだけがそこにあって、駒であれ手順であれ余計な要素は一切排除されている。存在しているのは作者がやってみせたかったこと、それだけなのである。そこまでピュアに現象を抽出して見せているからこそ、鑑賞する側に強くアピールしてくるのだと思う。

マジックにしろ詰将棋にしろ、見せたい芸をあそこまで純化するレベルに少しでも近づきたいものである。

2006年10月19日

疲労困憊

今日は午後からCG実験。先週まではテキストの内容を一通りやってみるということだったのでこちらも余裕を持って対応できたのだが、今週からは各自がそれぞれのプログラムを書き出すので、一気に難しいことになる。あちらで「先生、ちょっと」、こちらで「先生、すみません」。単純ミスならいいのだが、かなり微妙な理由でグラフィックがおかしな出力になるケースもあって、そうなると学生と二人で頭をひねりながらディスプレイをにらみつけなければならない。どうしても分からないときは、巡回しているもう一人の助手さんに助けを求めるのだが、今日はずいぶんお世話になってしまった。

1時から始めて夜7時まで、6時間ぐるぐる歩き回ってさすがにくたくただ。来週の講演の資料がまだ全然できていないのだが、残された日でちゃんと終わるのだろうか。

2006年10月18日

マジックの話

来月最初の日曜日に、知人の披露宴でスピーチをすることになっている。話はうまくないしピアノも下手くそなのに、どうも披露宴ではスピーチやピアノをやることになることが多い。ただ今回は会場にピアノはないそうだし、さらに私の出番の直前に、話のうまいIさんもスピーチされるとのこと。あの落語家顔負けの軽妙洒脱なしゃべりのあとでは、何をしゃべったところで暗いどもり男が何か言っているとしか思われないだろう。そこで自分はスピーチ自体は短めにすませ、あとは子供だましのマジックをやってごまかそうかと考え始めている。

一般にマジックといっても様々なジャンルがあるが、子供のころから一番好きだったのは、カードを使ったクロースアップマジックだ。つまりトランプを使い、客の目の前で不思議を演出する。鳩を出すとか美女が中空に浮くとか、華やかなステージマジックもそれはそれでいいものだが、あれを見た人の反応は概ね、「不思議だ。きっと何か巧妙なタネがあるんだろうけど、全然分からない」というようなものではないだろうか。自分にとっては、この「きっと何かあるんだろう」という思考の逃げ道を作らせるのがいやなのだ。「きっと何か巧妙なタネが……いやしかし、今のはタネも何も入れようがないぞ」と思わせてこそ、強烈な印象を与えられるのではないかという気がする。実はこのへんは詰将棋の創作にも通ずるものがあると思っているのだが、その話はまた後日。

そんなわけで、クロースアップマジックならまだ少しはレパートリーがあるのだが、今回は大勢の前で見せるわけだから、今までの持ち合わせも使えそうにない。とりあえず、クロースアップ系ながら多人数向けにも対応できるものを急場しのぎに一つ選んで練習してみた。しかし、今ひとつまだ手応えがない。もしこれをやるとしたら、どう見せるかという演出の部分をよく考える必要がありそうだ。

2006年10月17日

自作への短評&世紀のゲーム

毎日が記念日」で、去年の1月に掲載してもらった私の作品が出ていた。当時誌上では読めなかった短評を全部掲載してもらえるのは大変ありがたい。解答者の皆さんはやさしいので欠点には目をつぶって褒めてくれているのだが、中には「ポイントになる手が欲しい」や「メイン手がなく残念」といった、こちらが一番気にしているところをしっかり突っ込んでいる方もいた。そう、それは分かっているのである。自分で分かっていることを指摘されるというのはなかなか応えるものだ。子供のときのように「分かってるよ、そんなこと!」と口をとがらせるわけにもいかない。やはり作品の投稿は慎重に考えた方がよさそうだ。

ところで今日は、"The game of the century" と呼ばれたD.Byrne vs R.Fischer(リンク先はJava起動)の対局が指されてちょうど50年に当たるらしい。まだ13歳のフィッシャーはこの一局で世界を驚愕させ、その16年後に世界チャンピオンにまで上りつめたのだった。黒の17手目、17...Be6!!は特に有名である。言ってみれば羽生三冠の5二銀のようなものだろうか。このブログのタイトルの背景にかすかに浮かんで見えているチェスの局面も、実はこの手が指された瞬間のものである。

2006年10月16日

プレ短編コンクール

冬眠蛙さんのページでプレ短編コンクールなる企画をやっていた。最近は創るのはもちろん、解くのもままならぬ状態なので見物人を決め込んでいたのだが、昨日解答が掲載されたので眺めてみる。一通り鑑賞させていただいて、みんな元気だなあと年寄りじみた感想を漏らしてしまった。どの作品も主張が感じられる。実際のところ詰将棋というものは、作者のやりたかったことが解く人間に伝わりさえすれば、それで十分なのではないかと思う。また作品だけでなく、座談会の様子や短評をまとめてPDFファイルにしてしまう冬眠蛙さんもさすがというほかない。

手数が一桁の作品というのは、こっそり考えてみることはあっても、人前に出してみたことはない。詰将棋を知らない人からは、手数が短い方が創作は簡単だろうと思われがちだが、短ければ短いほど一手一手によほど凝縮させた深い意味を持たせなければいけないので、実際のところ創作の難度はむしろ上がるように思われる。7手詰や9手詰で賞を取るような人は、私にとっては雲の上の存在だ。

2006年10月15日

静かな夜に

昨日は夕方から市街地まで出かけたのだが、ちょうどカープ戦が広島市民球場で行われていたのと、広島フードフェスティバルなる催しが行われていたこともあって、街中はかなり混雑していた。今日は今日で、うちから徒歩数分の位置にあるサッカー場でサンフレッチェ広島の試合をやっていたようだ。出かけるとまた渋滞に巻き込まれそうなので、近くのスーパーに行った以外はずっと家で逼塞していた。

海外出張の間ピアノが弾けなかったせいで、最近新しい曲でも譜読みしようという気になっている。とはいっても、ゼロから新しい曲をやるにはもう時間も気力もなさそうなので、とりあえず学生時代に一度は弾いたはずの曲から選ぶことにした。当時一番手を出していたのはラフマニノフとスクリャービンで、この2人は今でも私にとっては大事な存在である。昨日、今日と再挑戦してみているのが、Rachmaninov=Wildの "In the silent night"。ラフマニノフがまだ若いころの歌曲をワイルドがピアノソロに編曲したものだが、ムーディーでいかにも彼らしいメロディーにあふれながら適度な演奏効果もあり、弾いていて「ラフマニノフ」を実感できる曲だ。もう一度人前で弾けるところまで持っていきたいものだが、しばらくは忙しくなりそうなので、ちょっと時間がかかるだろう。

2006年10月14日

世界チャンピオン

昨日のタイ・ブレークはクラムニクが勝ち、世界チャンピオンとなった。これで第5局をカウントするかしないかに関わらず勝利者が確定したわけで、後味の悪い結末にならなかったことはよかったと思う。最後の対局となった早指しでトパロフが「一手ばったり」のポカを指し、劇的な幕切れとなったのは、ちょっとしたドラマを見ているようだった。

今日は夕方に買い物に出かけるまでのんびり過ごした。プロパラの解答を書く作業もようやく終了。

2006年10月13日

タイ・ブレーク

Topalov対Kramnikのマッチは、12戦を終えて結局3勝3敗6引き分けで同点ということになった。同点の場合はタイ・ブレークが行われ、持ち時間の少ない早指し戦を4局やり、それでも勝負がつかなかったらブリッツ2局、さらに引き分けならアルマゲドンと呼ばれる特殊なルールで無理やり勝負をつけるらしい。日本時間の午後9時半現在、早指しの2局目が行われている。同点とはいっても、例のトイレ騒動のせいでトパロフの不戦勝になった第5局が含まれており、クラムニクはマッチ終了後にそのことで何らかの行動を起こすと言ったらしいから、どちらが勝とうともまだ一波乱あることだろう。ただ、クラムニクが勝てば少し話がすっきりするだけに、世間的にはクラムニクを応援する声が圧倒的なようだ。

マッチとなるとお互いにセコンドがついてチームを編成するというこのチェスのスタイルは、ボクシングに非常に近いものがある。実際、2つを融合したチェスボクシングなどという妙なスポーツがあるくらいだ。こういう発想は、ボードゲームをスポーツ扱いすることに慣れていない日本人にはまず浮かばないだろう。しかし、妙な言いがかりをつけたりするようなセコンドなら、将棋のように1対1の方がましかなと思ってしまう。

早指しの2局目がたった今終了。クラムニクの勝ち。

2006年10月11日

セルフメイト

プロパラの締切がまた近づいてきたので、そろそろ重い腰を上げて解答を書き始める。詰将棋にしろプロブレムにしろ、解答募集期間の間は出題された問題を考えることにエネルギーの大半が費やされ、ひとたび問題が解けたならば、その解答を書いて送るという作業は普通はおまけのようなものだ。しかし作品によっては、そのおまけ作業にもかなり神経を使わされることもある。私の場合、プロブレムの解答を書くということにはまだまだ慣れていなくて、うっかり変化を書き漏らしてしまったりするのでなかなか気を抜けない。それに、解けた問題には作品ごとに必ず一言は感想を書くようにしているので、どうしても時間がかかってしまうのだ。

今号は海外出張先や移動中の機内などで考える時間がいつもより少し多めにとれたため、ヘルプメイトは結構たくさん解けたのだが、出題文に「簡単ですよ」とわざわざ書いてあるセルフメイトがまだできていない。きっと解答を見れば、何だそんな簡単な手順かと思うに違いないが、自力ではその簡単な手順も見つけられないのだ。おそらくこのまま時間切れだろう……。

と、ここまで書いたのが10分ほど前。たった今、その懸案のセルフメイトを並べて適当に動かしていたら、あら不思議、いきなり解けてしまった。出題文の「既知の収束」とはこの詰み形のことだったか……ともあれ、締切間近に1つ解決できてちょっと得した気分。今度から、解けそうで解けない問題があったときは、このブログで「解けない」と愚痴をこぼすことにしようかしらん。

2006年10月10日

忙しい一日

今日はスウェーデンに行っていたメンバーで帰国後初のセミナーをしたのだが、午前中にちょっと手間のかかる仕事をやったり、午後のセミナー中も電話で呼び出されたり急な会議で中座したりと、何だか最後まであわただしい一日だった。セミナーをしたI先生とはスウェーデンで別れて以来だったが、ずいぶん長かった髪をばっさり切っていて、かなり印象が変わって見えた。そういえばあちらで会ったS-B先生も、トレードマークだった長髪がなくなっていてちょっと驚いたのだった。男性の数学者の知り合いで、髪を後ろに束ねるほど長くしている人はあと何人いるだろう。今すぐに思い当たるのは1人だけだ。

一昨日、昨日と観光にエネルギーをつぎ込んでしまっていただけに、さすがにちょっと疲れた。今夜は早めに寝よう。

2006年10月09日

探訪 秋芳洞・秋吉台

今日は秋芳洞と秋吉台に行ってきた。

Akiyoshi1.jpgパン、ベーコンエッグ、ブドウ、ヨーグルトに野菜ジュースでS君と朝食。準備ができたところで出発する。がらがらの中国自動車道を西進すること2時間、お昼過ぎに秋芳洞そばの駐車場に無事到着した。まずは腹ごしらえということで、このあたりの名物だという瓦そばを食べる。写真では見えにくいが、そばの乗った瓦の下では固形燃料が燃えており、焦げ目のついたそばを引きはがすようにして右のたれにつけていただく。そばの食べ方としては変わっていて、普通のそばを期待しているととまどうかもしれないが、こういう食べ物だと思えば、これはこれで悪くない。

Akiyoshi2.jpgAkiyoshi3.jpgAkiyoshi4.jpgいよいよ秋芳洞に入る。今日は好天に恵まれて外では暑いくらいだったが、中に入るとひんやりしていてまるで別世界だ。さすがに有名な鍾乳洞だけあって、スケールの大きさはかなりのものだ。奇妙な造形の石灰岩が次から次に登場し、見飽きることがない。もっとも、この内部の写真を撮るのはきわめて難しかった。フラッシュをたいたところで遠くの奇岩たちに光が届くはずもなく、普通に撮影していたのでは真っ暗で何も写らない。シャッタースピードを4分の1秒程度にまで長くして、精一杯脇をしめてみた結果、何とか最低限の成果は得られたが、この鍾乳洞の独特の雰囲気を伝えるにはほど遠い。

Akiyoshi5.jpgAkiyoshi6.jpg入り口の反対側にエレベーターがあり、それで鍾乳洞の真上の地上に出る。エレベーターの扉が開いた瞬間、目のくらむような陽光とムワッとした熱気が飛び込んできて、一気に現世に引き戻された気分だった。そこから少し歩くと秋吉台である。日本最大のカルスト台地という紹介とともによく教科書などで見た光景だが、実際に目の前で広がっているのを眺めるのはやはりひと味違う。S君と小一時間かけて草原の中を歩いた。折しも修学旅行らしい生徒たちがバラバラとやってきていて、草原のあちらこちらで歓声が上がっている。セーターやらブレザーを着ている数人が「あの山まで競争だ」などと言いながら猛然と走っていくのを見て、「歩いていても暑いのになぜあんなことができるんだ?」「まあ彼らも10年後にはつらさが分かるでしょ」などと、情けないほどに年寄り臭い会話を交わしてしまったのだった。

かなり歩いて足も疲れたところで、車に戻って秋芳町を去る。今夜は湯田温泉に泊まるS君を近くまで送り届けてから、再び中国自動車道を走って帰途に就いた。今日一日で360キロくらい走ったが、多分自分の一日の運転距離としては最長だろう。

2006年10月08日

厳島神社

午後1時過ぎに東京よりS君が来訪。H大のT君とともに広島駅で出迎えた。ちょっと遅めのお昼はお好み焼きにしようということで、知っている店にご案内したのだが、もうすぐ2時だというのに、店の前は今まで見たこともないような長い行列。仕方ないので別の店に移動し、ここでもしばらく待ってようやくお昼にありつく。今日は3連休の中日ということで、街はどこもかしこもかつてないような人の多さだった。

Miyajima1.jpgMiyajima2.jpg時間は少し遅かったが、そこから3人で宮島に行く。厳島神社はゲストが来るたびにご案内しているのでもう5回目か6回目になる。今日は天気も気温も穏やかで、ぶらぶらするにはちょうどよい。折しも干潮の時間と一致していたので、大鳥居の周りを歩き回ることができた。

6時頃宮島を後にする。私の腹づもりでは、銀山町にある牡蠣料理の専門店に行って、出回り始めたばかりの牡蠣をS君に食べてもらおうと思っていたのだが、何とその店は日曜と祝祭日はお休みだった。休日にお休みするなんて、ヨーロッパじゃあるまいし。やむを得ず紙屋町まで歩いて戻って、適当な寿司屋で夕飯とした。

明日はS君と山口県に行ってみようかと思っている。

2006年10月07日

久しぶりのピアノ

こちらへ戻って初めての土日。やはり休みの日はいい。今月末と来月頭にまた講演しなければいけないので、あまり悠長に構えている場合でもないのだが、この3連休はちょっとダラダラさせてもらおう。

お昼を食べてから、久しぶりに電子ピアノにさわってみる。結局あちらでは全くさわる機会がなかったから1ヶ月以上ご無沙汰だったが、やはりこれだけ間隔が空いてしまうともうまるでダメだ。「とりあえずいつでも弾ける曲」のはずだったフランス組曲のアルマンドからしておかしくなっている。少しリハビリする必要がありそうだ。その後は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲の楽譜を出してきて、冒頭部分の分厚い和音を弾きながら例の旋律をハミングしたり。人がいたら恥ずかしくてとてもできないが、一人ならこれはなかなかいいストレス発散になる。

大学院時代の同期で、現在は東京で金融系の会社に勤めているS君が、明日泊まりに来ることになった。遅い夏休みを取ったので、中国地方をぶらっと回るとのこと。実は彼は一昨年にも同じ時期に遊びに来たのだが、そのときは台風の来襲とぴったり重なってしまい、ほとんど何もできなかったのだ。今回はずっと好天に恵まれそうである。宮島にでもお連れしよう。

2006年10月06日

世界チャンピオン統一マッチ

昨夜はベッドに入ってまもなく眠りに落ちることができた。日中、お昼を食べたあとに眠気に襲われるのも含めて、これで出張前の状態にほぼ戻ったようだ。

スウェーデン滞在中にチェスの世界チャンピオン統一マッチが始まったので、あちらからも随時情報はチェックはしていた。チェスの世界も将棋界に負けず劣らずもめ事がある社会のようで、真の世界チャンピオンが誰なのかということが長らくはっきりしない状態が続いていたのだが、Topalov vs Kranmikという今回のマッチでそれがすっきり決まるはずだった。しかし数局指したところで、トパロフ陣営から「クラムニクが対局中にトイレに何十回も行くのは怪しい。コンピュータをこっそり使っているのではないか」とクレームがつき、そこからものすごく雰囲気が悪くなってしまった。現在もマッチは続いていて、今日の時点で4.0-4.0のタイになっているが、クレームに怒ったクラムニクがボイコットしてトパロフの不戦勝になった対局をどう扱うかという問題が残っているし、まだ騒ぎは続きそうだ。どうやら問題の発端となったクレームは相手を動揺させるための盤外戦術だったようで、せっかくの大勝負だったのに、全く興ざめなことをしてくれるものである。

トップレベルと競う強さにまでなったチェスソフトに比べれば将棋ソフトはまだまだだが、あと数年でプロ棋士に勝ったり負けたりというレベルに達するのはほぼ間違いない。そのうち将棋界でも、トイレに関するルールが細かく決められたりする日が来るのだろうか。あまり考えたくない話である。

2006年10月05日

CG実験

まだ体内時計のズレが修正されないのか、夜の眠りがまだ浅い。昨夜はいったん眠りに落ちたものの明け方に目が覚めてしまい、寝返りを打ち続けるはめになった。しかしまだ、足りない睡眠時間のツケは昼間には回ってこないですんでいる。

今日からしばらく、毎週木曜はCG実験の担当が回ってくる。3年生が対象で、CとOpenGLでグラフィックの基礎をやってみようというもの。3年目に入ってだいぶ慣れてきたとはいえ、畑違いの世界にいる自分がやっているのは学生に申し訳ないような気もする。最初はテキストに沿っての演習なのでどうにかなるのだが、再来週あたりからが問題だ。各自が勝手にプログラムを書き出すので、毎回対応に苦慮することになる。「先生、このプログラム動かないんですけど」と呼び止めるなり訴えられても困るではないか。「そうですか、そりゃ大変だ」の一言で逃げるわけにも行かず、どこを変えたら動かなくなったのか根掘り葉掘り聞いて、何とかやっている状態である。

2006年10月04日

仕事仕事

昨日時差ボケの影響が全然ないと書いたが、夜になってもなかなか寝つけないという問題はあった。しかし、その分昼間に眠くなるようなことはなかったので、出張前よりまだまともである。もっともじきに、夜も昼も眠くなる毎日がまたやってくるのだろう。今日は久しぶりに車に乗って、サイドミラーに映るゴミ捨て場とか、左側のタイヤをゴツッとすこし持ち上げるマンホールの出っ張りとか、そういった何でもないものにもちょっとした懐かしさを覚えてしまったが、これもすぐに意識しなくなるに違いない。

勤め先に着くと、早速たまっていた仕事がいろいろ降ってきた。まあ今日のところは、急ぐべきことだけ片付けて、適当な時間に退散……というのが当初の腹づもりだったが、なかなかそうはいかないものだ。夕方になってから講座の学生にコンピュータが動きませんと言われ、その対応にかなりの時間を割くことになったのが誤算だった。しかも結局その件は、本質的には今日中に解決できなかったので、後日また改めて取り組まなければならない。その後も教授から別の仕事を頼まれてしまったし、明日は明日で3年生実験の一回目がスタート、その翌日には会議もある。やれやれ、これが現実か。もっとも、これでも世の大学関係者の最近の状況に比べればかなり楽な方に違いないのだから、文句は言えない。

当初の予定よりだいぶ遅くなってから大学を出る。その足でスーパーに向かい、出張前にほとんど空っぽの状態にしていった冷蔵庫の中身を補充すべく、あれこれまとめて買い物。

2006年10月03日

1ヶ月ぶりの我が家

重いスーツケースを引きずりながら、やっと広島に帰ってきた。ポストの中は9割方がチラシの類で、大事なものと仕分けるのにも時間がかかる。詰パラなど、届いているべきものは皆発見して一安心。

相当ひどい時差ボケ症状が出るものと覚悟していたのだが、拍子抜けするほどに何ともない。妙な時間に眠くなることもなく、新幹線の車内ではゆっくりヘルプメイトを解いたりして過ごすことができた。どうもこちらでの夜更かし型生活スタイルと、あちらでの早寝早起き生活が絶妙にマッチしたようだ。ただ一つ、帰りの飛行機の機内で、窮屈な姿勢で寝ようと努めたため、どうも首から肩のあたりがやたらとこっている。金を借りたわけでもないのに、首が回らなくなってしまった。とはいえ、今朝に比べればだいぶ楽になってきているし、もう一晩寝ればすっかり治るだろう。

さて、明日からは完全にいつも通りの生活が始まる。しっかり頭を切り換えないといけない。

2006年10月02日

無事帰国

無事帰国した。帰りの飛行機は、ストックホルムからロンドンまではほぼ順調。ただヒースローで乗り換えた成田行きの飛行機が、上空が悪天候とかで搭乗後に1時間半ほど待たされるはめになった。そういえば、行きでもヒースローでだいぶ足止めを食らったのである。さらに、帰りも往路と同じくストックホルムの上空を通過したため、何だか無駄に行ったり来たりした気分だった。またスウェーデンに行くことがあるかどうか分からないが、ロンドン経由にはしない方がいいかもしれない。

帰りは同僚のHさんと同じ飛行機だったが、空港へのタクシーの中で聞いたところによると、Hさんは前の晩にあのSurströmmingにトライしたのだそうだ。曰く、「においは確かに強烈で、例えるなら生ゴミのにおい。味は言ってみれば塩辛で、それほどひどくはない」とのこと。ただ家の中で開けるのははばかられたため、外のベンチで開けたとのことだった。

時差ボケを早くに解消しようと、帰りの機内でなるべく睡眠をとろうと試みたが、なかなかうまくいかないものだ。あのエンジン音と狭い空間の中で、すぐ眠りに落ちることのできる人がうらやましい。今夜はよく寝て疲れを取ろう。明日は広島に帰る予定。

2006年10月01日

さらばスウェーデン

Sweden80.jpg滞在最終日にしてすっかり冷え込んだ。ようやくこの時期本来の気温になったようだ。この1ヶ月は、北欧の神が気候に不慣れな日本人に配慮してくれていたのかもしれない。

今はこちらの時間で夕方の5時半頃だ。何とか掃除もすませ、あとは帰るばかりとなった。明日(1日)の朝9時にタクシーが来る手はずになっている。またヒースローを経由するので面倒なことに巻き込まれないか心配だが、多分大丈夫だろう。ヨーロッパの場合、時差ボケは帰りがきつい。今夜は早めに寝て、少しでも影響を軽くしておきたい。

1ヶ月のスウェーデン滞在、自分にとってどれだけのプラスになったのか怪しいが、とりあえず何事もなく滞在期間を終えることができたことだけでも、よしとせねばなるまい。もちろん小学校で習った通り、「家に帰るまでが遠足」である。間抜けな忘れ物などしないように気をつけないといけない。帰りの旅に大きなトラブルがなければ、2日の夜には実家からまた更新できると思う。

それではしばし失礼。