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2006年11月30日

Raise Rise

最近、ネットに落ちているマジックの映像をときどき見ている。昨日はアメリカの若いマジシャンがあるマジックをクールに非常に美しい手さばきで演じている映像を見ていたのだが、これが何度見ても飽きない素晴らしいマニピュレーションなのだ。それでそれを紹介しようと途中まで書いていたのだが、思い直してやめてしまった。一度その映像を見てしまった人は何が起きるかを知ってしまうわけで、それはマジックという芸能の性質上致命的なことである。その人が将来、どこで同じネタを見ないとも限らないのだ。それに、一念発起して私が練習し出す可能性もゼロではない(絶対挫折すると思うけど)。

その代わりというわけではないけれども、Ray KosbyというマジシャンがRaise Riseというマジックを演じている映像を見つけた。全体としてはアンビシャス・カードというメジャーなルーティンのマジックなのだが、トランプの真ん中に入れた客のカードが少しずつ上にせり上がってくるという現象を、何と片手でやってみせている。これは技術的にも恐ろしく困難なようだ。こんなことができる人はさすがにあまりいないだろうから、まあ紹介してもバチは当たらないだろう。こういうのは、もうタネがどうこうと詮索するより、超絶技巧をひたすら楽しむというのが正しい姿勢のように思う。

それにしても、すごいことをしているわりには客の反応がいまいちのような気がする。映像の雰囲気からして撮影時期はだいぶ前ではないかと思うのだが、今だったらもう少しオーバーにリアクションをしそうなものだ。あと、マジック自体とは関係がないが、"Do you have a pen?" と冒頭に言うのが妙に新鮮だった。

2006年11月28日

チャンピオンの大ブランダー

KramnikBlunder.png昨日「『一手ばったり』を指さないように」と書いたら、何とも皮肉なことに、同じ日にチェスの現世界チャンピオンがとんでもない一手ばったりをやってしまった。先月に名実ともに世界チャンピオンとなったKramnikと、最新のチェスソフトDeep Fritzのマッチが現在ドイツで行われているが、その第2局でKramnikが1手詰を見逃したのだ。局面は白のDeep Fritzが34.Nxf8と黒のルークを取ったところ。このあとは34...Kg8以下、普通に指せば勝負はドローになるはずだった。しかしKramnikが指したのは……Chessbaseに詳しいレポートが出ているが、Deep Fritzの指し手を操作していた人も信じられないといった面持ちだ。この大ブランダーは、かつてのKasparov対Deep Blueの勝負のように、チェスの歴史に残りそうである。

HabuBlunder.pngトッププレイヤーの一手頓死というと、将棋ファンならすぐ羽生三冠のそれを思い出すだろう。2001年の竜王戦挑戦者決定戦第一局で、ある一カ所を除いてどこへ玉を逃げても羽生四冠(当時)の勝ちという局面。ここで羽生四冠は6四玉と唯一詰む方向に逃げ、6五飛の一手詰めを食らってしまったのだった。これは当時かなり話題になったように思う。

ただ本当に大事なのはこのあとのことだ。羽生四冠は直後の第二局・第三局に連勝して挑戦者となり、当時の藤井竜王にも4勝1敗で勝って見事に竜王位を奪取したのだった。一手頓死による精神的なショックは決して小さくなかったと思うのだが、それを引きずらずにすぐ立ち直ってみせたわけで、「強い」とはこういうことなのだなと思わずにはいられない。

Kramnik対Deep Fritzのマッチもまだ4局もあるのだから、是非立ち直っていい勝負を見せてほしいものだと思う。

2006年11月27日

アジア大会のニュース

7時のニュースを見ていたら、アジア大会がまもなく始まるとのニュースが流れた。選手村の開村式の様子、日本選手団最年少で14歳の方のインタビューに続き、チェスで参加する中川笑子選手も画面に登場。まあ制作側の意図としては、幅広い年齢層が参加しているということを印象づけたかったのだと思うが、何にしろチェスが競技種目にあるという事実が広まっていくのはよいことだろう。アジアの国は中国やインドを筆頭に強豪が多いが、参加される3名の方の試合結果はなるべくチェックしていきたいと思う。

一昨日の夜にK君が泊まったとき、彼とあれこれ話しながらすっかり夜更かししてしまったのだが、もういい加減に寝ようというときになって、なぜかそこに置いてあったチェスボードで指し始めてしまった。結局その勝負は途中で眠くなって指しかけにしてしまったのだが、彼が帰ってから残された盤面を調べたら、明らかにこちらがはっきり不利な状況に追い込まれていた。全く情けない話だ。よい手を指すということ以前に、一手ばったりとでも言うべきひどい悪手を指さないよう努力するところから始めなければならない。まだまだ基本的な考え方ができていないようだ。

2006年11月26日

不亦楽乎

昨日泊まってもらったK君を広島駅まで車で送る。別れる前に駅構内のお好み焼き屋「麗ちゃん」でお好み焼きを食べようということになっていた。店の開く11時に合わせて行ったのだが、すでに9割方の座席は埋まってしまっていた。すぐ隣のお好み焼き屋はがらがらなのに、だ。ここに来るたびにいつも思うが、実に露骨である。肝心のお好み焼きはさすがにおいしくて、K君もかなり満足してくれていたようだった。昨日の店はいまいちだっただけに、これでようやく失点を回復できたか。やはりゲストを接待するときは、自分がよく知っている店に行くべきである。

店を出たあと、新幹線の時間までしばらく改札口そばのスターバックスで時間をつぶす。お互い東京にいたころは、よくこうやってスタバや類似の喫茶店に入って詰将棋を解き合ったりしたものだった。ついこの間のことのように思えるが、あれからもう3年か4年は経っているのだと思うと驚いてしまう。何となく過ごしたああいう時間が、その後の詰将棋創作において大きな役割を果たすとは、そのときは思いもよらないことだった。

彼と別れて家に戻ったころには、雨足がだいぶ強くなってきていた。今日もジョギングはお休み。

2006年11月25日

有朋自遠方来

K君がH大で昨日と今日行われていた研究集会に参加するため来広。彼は私が東京にいたころ、試作してみた詰将棋に有益なコメントをくれた人物の一人で、現在は京都に住んでいる。メールなどでは今でもよくやりとりしているが、会うのは久しぶりだった。H大のT君も加わって、3人で元安川沿いの牡蠣料理の店へ。本当は、先日Nさんたちをお連れした店に案内したかったのだが、すでに満席で予約できなかったのだ。今日の店は初めてだったが、値段の高い割には少しボリュームが足りなかった気もする。味はまあまあだったけど、店が混雑していなかったのはそれなりに納得できる気もした。次にK君が来るときは、この間の店をちゃんと押さえられるように努力したい。

結局今夜はK君を我が家にお泊めすることになった。今日は詰将棋の話でもしながらゆっくり過ごすとしよう。明日はお昼過ぎの新幹線で帰るそうなので、駅まで送ったついでにお好み焼きでも食べる予定。

2006年11月24日

Hamelin's DVD

最近発売されたマルク・アンドレ・アムラン (Marc=André Hamelin) のDVD "It's all about the music" が届いた。ドキュメンタリー映像やリサイタルの様子、特典映像などが入っている。まだドキュメンタリーの部分だけしか見ていないが、期待に違わぬ内容。ファンが何を見たいのかを制作者側がよく分かっている。アムラン本人や関係者のインタビューに混じってアムランの演奏が挿入されるのだが、Rzewskiの "The People United Will Never Be Defeated!" に始まって、Medtnerの "Fairy Tale" Op.20-1、Chopin=Godowskyの第13番(私がC=Gの中で最も好きな曲)、アムラン自身の作曲による "After Pergolesi"、Kapustinの間奏曲、そしてAlkanの「交響曲」の第4楽章というように、かゆいところに手が届く構成になっているのだ。ケベックで行われたリサイタルの映像もあるので、これも見るのが楽しみである。

DVDと一緒に、スティーブン・ハフ (Stephen Hough) の弾くスペイン曲集のCDも到着。こちらも当分は楽しめそうだ。

2006年11月23日

チェス過疎地

ジョギングしようかと思ったら、また冷たい雨。休みの日になると天気が崩れる。

ふと思い立って、中国地方にチェスを指すコミュニティはないのかと思って少し調べてみた。しかし、やはり全然ダメだ。広島チェスサークルというのがあるのをネットで見つけたので、その代表の方と連絡を取ってみたのだが、今は活動を停止しているらしい。要するに定期的に開催できるほど人が集まらないのだそうだ。東京やその周辺にはあれほどサークルがあるというのに、これが地方の悲しき宿命か。しかし中国地方の五県が束になっても会合が開けないほど、このあたりはチェス人口が少ないわけだ。詰将棋の会合は半年に一回でもちゃんと人が集まってくることを考えれば、もはやチェス過疎地と言わざるを得ない。

もちろん今はネットがあるから、世界の誰とでも対戦したければいつでもできる。ただ、やはり駒を実際に動かす感覚は、マウスでドラッグするのとはひと味違う趣があると思う。ナイトをつまんで置いたとき、カチッというクリック音よりは、コトッとという鈍い音を指で感じたいものだ。

2006年11月22日

Sudoku

Sudoku.jpg欧米に少しでも滞在したことのある方なら、あちらでSudokuというパズルがいかに世を席巻しているかはご存じだろう。元々は日本発祥のパズル「数独」であり、縦横9列ずつと、9つの3×3の小正方形すべてに1から9までの数字が入るように空欄を埋めよという頭の体操だ。日本ではまあ、知っている人は知っているという程度だと思うが、これはどうも欧米人の心の琴線に触れるものがあったらしく、爆発的に広まった。今や毎日の新聞には必ずSudokuコーナーがあるし、街の売店はSudokuの雑誌だらけだ。9月にスウェーデンに滞在したが、右の写真は住んでいた場所の近くにあった小さい雑貨屋の雑誌コーナーの様子である。置いてある雑誌の半分がSudoku関係だ。話には聞いていたがここまで流行っているのかと驚き、こっそり写真を撮ってしまったのだった。

PlayingCards.jpg何で急にそのときのことを思い出したのかというと、先日Bicycleという銘柄のトランプを買ったら、中に数独の問題が書かれているカードが一緒に入っていたのだ。"Look for Bicycle SUDOKU at your local retail stores. Each deck contains 50 puzzles and solutions printed on pencil friendly cards" とあるので、どうも買うたびに違う問題が入っているらしい。ほとんどお菓子のおまけの世界である。ここにもSudokuが侵食してきていたか、とあらためて思いをいたした次第。

2006年11月21日

強制終了

今日はまいった。若干遅れ気味の報告集の原稿を少しでも進めようと書いていたら、何でもないコピー&ペーストの瞬間に突然エディタがハングアップして強制終了してしまった。重いワープロソフトならこちらも用心するし、バックアップも随時なされることが多いのだが、TeXの原稿をただのエディタで書いていたので完全に油断しており、セーブを全然しないままかなり書き進めてしまっていたのだ。事件発生後にすぐ、何らかの形でファイルが生き残っていないかあれこれ調べてみるも全くダメ。今日それまでやった作業が全部失われてしまった。この喪失感、一昔前はよく経験したものだが、最近はかなりご無沙汰だった。さっき打ったはずの文書をもう一度思い返す作業ほど空しいものはない。まあ、こんな日もある。

TeX(テフ)といえば、少し前に同僚のHさんから聞いた話。数学的な内容を含む文章を事務方に提出する必要があり、それについて電話でこんなやりとりがあったとのこと。
H「原稿なんですが、テフファイルで出していいですか?」
事務「あ、いいですよ、添付ファイルで」
言われてみれば、テフとてんぷは似ていなくもない。数学者向けの落語のまくらにでも使えそうだ。しかし、TeXのソースで提出していいかと聞くHさんもさすがである。

2006年11月20日

会議の書記

勤務先で月に一度行われる定例の会議があった。月例行事なのだが、今日は私が議事録をとらなければいけないことになっていたため、神経を使ってちょっと疲れてしまった。耳をそばだてていないと遠くの発言者が何を言ったのかすぐ分からなくなってしまうし、言葉自体が聞こえていてもそれがどういうフェーズで発せられているのか、集中していないと混乱してしまうことがあるのだ。「……ということなんですが」で終わった今の発言は、報告だったのか提案だったのか、それとも意見を言ったのか。言葉は同じでも意味合いが違ってくることがある。とかく日本語は難しい。

少し帰るのが遅くなった。昨日つくっておいたシチューの残りが夕飯。

2006年11月19日

雨の日曜日

昨日持って帰られた届け物を再配達してもらうべく、昨夜配達会社に電話をかけた。24時間対応の自動応答になっていて、荷物につけられた番号をプッシュしていくと、再配達の日時を指定することができる。また午前中に持ってこられると、眠りこけていて気づかないかもしれないから、「12:00~15:00」という時間指定をしておいた。これで間違いなく受け取れるな。

で、今朝は9時半にたたき起こされた。電話で配達時間を指定できるはずじゃなかったのか?S社。でもまあ、そういう時間に寝ているやつの方が悪いとも言える。ともあれ、今度はチャイムに気づいたのでよかった。

今日も引き続き、冷たい雨の降る一日だった。本当は先週から再開したジョギングにでも行って、少しでも体脂肪率の上昇を抑えるというつもりだったのだが、こういう天気の中をわざわざ走るほどの元気もない。マラソンの中継を見ているだけで十分だ。

2006年11月18日

藁人形

大人とは思えないほど寝てしまった。12時起床。このところいつもにまして就寝時間が遅くなっていたので、たまっていた寝不足の借りをようやく返した気分である。しかしどうも、寝ている間に荷物が届いていたらしい。熟睡していて全然気がつかなかった。夜になって郵便受けをチェックしたので、今日の配達は終わってしまっていた。まあいい、明日届けてもらおう。

午後はピアノを弾いたりしてだらだらと過ごす。先月あたりからラフマニノフ=ワイルドの "In the silent night" を練習しているのだが、休日に思い出したようにちょろちょろ弾くだけだから、いつになっても全然譜読みが進まない。おまけに、すぐ他の曲に浮気したくなってしまう。今日はグラナドスの "El pelele" っていい曲だったよなあと急に思い出し、楽譜を出してきて最初のページだけちょっとメロディーをなぞったりしていた。「エル・ペレレ」は「藁人形」の意。日本語で藁人形というと、どうも呪い殺すための道具という連想をしてしまいがちだが、これはゴヤによる同名の絵画を見た印象を元に書かれた曲で、女性たちが毛布の中央に置かれた等身大の人形を空中へ跳ね上げて遊ぶ様子を描写したものである。曲調はリズミカルでいたって明るく楽しい。私はどちらかというと、自分の性格を反映してか、暗くて陰湿で粘っこい曲が好みなのだが、ときどきこういうひたすら楽しい曲にも憧れを感じてしまう。アルベニスの「イベリア」もそうだが、スペインの作曲家の曲はいつも太陽がギラギラと輝いているようだ。こういう雰囲気は、ラフマニノフやスクリャービンには全く存在しないものである。

夕方、冷たい雨の中を市街地に車で出かけた。車中でグラズノフのピアノ曲集をかけていたら、「演奏会用大ワルツ」Op.41が流れて、ああそういえばこの曲もいいんだよなあと思い出してしまった。何だかまたつまみ食いの譜読みをして時間を浪費しそうな気がする。

2006年11月16日

詰将棋作家候補

数学者にも将棋好きは多い。シンポジウムなどで会ったときに、私が詰将棋創作を趣味にしていると話すと、結構興味を示してもらえることがある。まず最初の質問は「手数はどれくらい?」だ。そのあとの流れは、たいていは以前に書いた通り。つまり、「えーと、賞をいただいた作品は17手詰でした」「17手!?そりゃ無理だ、3手とか5手くらいじゃないと解けないから」「じゃ、これはどうです?私の作品じゃないですけど、解答者の半分が間違えた伝説の3手詰があるんですよ」となって、行き詰まり氏作の「新たなる殺意」を紹介するわけである。いくら何でも3手ならと、相手はかなり慎重に考えながら答えるのだが、これが必ず間違ってしまう。指将棋一本の人に、いかに詰将棋がディープで恐ろしい世界であるかを示すうえで、これほどうってつけの作品もないだろう。行き詰まり氏にはいつも感謝しながら使わせていただいている。

去年の秋に城崎でシンポジウムがあったとき、相部屋になったH君にもこんな調子で詰将棋の世界を紹介したのだったと思う。しかしここからが他の人とは違った。彼は私の1年下の後輩で現在は北海道で研究を続けているが、この1年の間に創作力を身につけていたのだ。今年の城崎シンポジウムで会ったとき、「自分も創ってみました」と2作も見せられたのには驚いてしまった。私がアドバイスできるような器でもないので、少しコメントをしてあとはとにかく投稿してみたらとお勧めした。是非近い将来、初入選の喜びを味わっていただきたいと思う。あれは経験した人間にしか分からないうれしさである。

彼とはその後もメールをやりとりしており、過去の名作や持っているべき作品集などを紹介しているのだが、彼が昨日新たに送ってきてくれた新作は、ひいき目に見ずとも十分「よい」と思える作品で、短期間にこんなに腕を上げるとはと感心してしまった。もしかしたら、私は将来の大作家を発掘してしまったのかもしれない。何だかたちまち追い抜かれそうであるが、それはそれで悪くないという気もしている。

2006年11月15日

ショパン=ゴドフスキー

今はアムランの弾くショパン=ゴドフスキーのCDを久しぶりに出してきて聴いている。学生のころは、弾けるはずのないゴドフスキーの難曲を平気で演奏会に出して毎回恥をかいたものだった。「酒・女・歌」だって「こうもり」だってやってしまったのだから、厚顔無恥もいいところである。あのころからは年をとって、弾けない曲は人前で弾かない分別はさすがについたつもりだが、そうはいってもゴドフスキーの曲には相変わらず引きつけられてしまう。これはまあ、ピアノマニアの宿命だろう。

ただでさえ難しいショパンの練習曲をさらに難しく編曲したこの作品は、真面目にピアノを愛する人から見れば、「技術偏重、内容空疎」の象徴的存在として忌み嫌われることが多い。正直なところ、そう言われても仕方のない面はあると思う。ショパンの練習曲はピアノを弾くものにとっての聖典だ。ピアノの心得が多少ともある人間なら、その素晴らしさが分からない人はまずいない。そんな曲をさらにいじくるなんて、それこそシェークスピアをちょこちょこっと書き直して共著扱いで発表するようなもの。全くもってけしからんというわけである。

そうは思いつつも、やっぱりこっそりこれらの曲を聴いてみたいという思いは、抑えることができないのである。あくまで「こっそり」だ。例えば誰かと話していて、その人がピアノ好きだと分かっても、ショパン=ゴドフスキーを認めているかどうかを確認しないうちは、正面切って愛聴しているとは言いにくい。眉をひそめられるかもしれないからである。だからこの間のように相手が同じ嗜好であると分かっているときは、何とも言えない安心感があるのだった。

ちなみに私が特に好きなのは、原曲Op.10-6を編曲した第13番。左手一本で弾かれるさざ波のような音たちが、例えようもなく美しい。

2006年11月14日

カードトリック

披露宴という場で先日危なっかしいマジックをやったのがきっかけで、子供時代のほんの一時期にハマっていたカードマジックの本を読み返したりしている。マジックの入門書というのはやたらに出ているが、書いてある手順を覚えてすぐに人前でやってみせても、たいていの場合はうまくいかないものだ。当時もあれこれ試してみたものの、ほとんどものにできなかったように思う。ただそのころに分かったことの一つは、どうやらマジックは「どうやるか」よりも「どう見せるか」が大事らしいということだった。もちろん手品である以上タネというものがあって、秘密の動作をこっそり行ったりするわけだが、それよりも視線とかしゃべりの一瞬の間とか、かなり微妙な要素が成功の鍵になる場合が多い。そういうことはその場の状況で臨機応変に対処しなければならず、そこが一番難しいのだった。

とまあそんなことを思い出していたら、昨日書いた話に出てきたスタンレー先生のページから、ちょっと面白いページにリンクが張られていた。6枚のトランプが置いてあり、1枚を選んでそれをじっと見つめ、覚えるようにと書いてある。で、魚の絵をクリックして次のページに移動すると……。中にはびっくりする人もいるかもしれない。

2006年11月13日

The Mathematical Knight

Noam D. Elkiesという数学者がいる。数学、それも代数に近い分野を専攻している研究者なら、まずその名前を知っているであろうと思われるような天才数学者である。この人は実は数学だけでなく、チェスプロブレムの世界でも第一級のプロブレミストとして知られている。彼のホームページを見ると、フレッシュマンを相手に「チェスと数学」についてのセミナーを毎年行っているらしい。ちょっと学生さんがうらやましい。

そのElkiesが、これまた大数学者のRichard P. Stanley(代数的組み合わせ論の世界的権威)と共著で書いた ''The Mathematical Knight'' というサーベイがあって、暇な時間にときどき目を通しているのだが、これがなかなか面白い。プロブレムの奥深い世界を基本的なことから説明しながら、一方でチェス盤上に存在する数学的な問題、特にナイトの動きに関する問題についていろいろ紹介している。

knight's_tour.png例えば、Knight's Tourのパズルと呼ばれる問題がある。これはナイトの動きでチェス盤の全部のマス目を一回ずつ通るルートを見つけよ、というものだ。つまり一筆書きである(ここでは特に、一回りしてスタート地点に帰ってくるようなルートのみを考える)。そのようなルートが存在することはオイラーも見つけていたらしいが、では何通りあるのだろうか。また盤のサイズを変えてm×nのサイズのチェスボードを考えたとき、一筆書きのルートの数はどう変化するだろうか? ''The Mathematical Knight'' によると、普通のチェス盤の場合、13267364410532通りであることが、1997年にB.McKayによって計算されたそうである。また、mとnがともに奇数のときは、ルートが存在しないことも知られている。

掲げた図はKnight's Tourの一例。私はこの図を、子供のときに「チェス次の一手」(東公平著)で知って、いたく感心した記憶がある。というのもこの図面の数字は、ナイトの跳ぶ順番を示しているだけでなく、全体が一つの魔法陣になっているのだ。縦と横のラインごとに数字を全部足すと、すべて260になっている。もしかして、Knight's Tourなら常に魔法陣になっているのだろうかとそのときは期待したのだが、残念ながらそういうわけではないらしい。とはいえ、不思議な気分にさせてくれる図面である。

ところで、実はElkies氏の特技はこれだけではない。何とピアノが弾けるのだ!それもとんでもなくうまいらしい。私もチェスプロブレムやらピアノやらにつまみ食い程度に手を出しているが、数学も含めすべてにおいてはるかに上を行かれているわけで、こういう人がいると己の無能さにがっくり来てしまう。まあElkies氏は、詰将棋創作には手を染めていない……と信じたい。

2006年11月12日

ジョギング再開

今日は遠出して紅葉でも見に行こうかとも思っていたのだが、早起きするのも面倒になってきて、結局終日のんびり過ごしてしまった。午後はアマゾンから最近届いた本を見ながら、チェスの基本的なオープニングを並べたりして過ごす。「くつろぐ」と言えば聞こえはいいが、何だか弛緩しているだけのような気もする。そういえば、年内に報告集の原稿を仕上げなければいけないというのに、先週はサボって全然手をつけなかったのだった。今週こそは少し進めないと。とにかく「始める」こと、それがすべてだ。

買い物をしてきたあと、夕方に半年ぶりくらいにジョギングに行く。暑いうちは封印していたのだが、これだけ気温が下がってくればもう暑さでバテることもないだろう。実際、今日はそれほど汗をかかなかったように思う。公園内の木々もだいぶ赤くなってきていたが、ピークはもう少し先という感じ。次に行ったときはまた色合いが変わっていることだろう。

この間、ベーコンがあるのに間違ってまたベーコンを買ってきてしまったせいで、現在冷蔵庫の中にはベーコンが束になっている。というわけで、夕飯は久しぶりにブロッコリーとベーコンのクリーム煮にした。まあまあかな。

2006年11月11日

加湿器

やはりゆっくり寝ていられるのはよい。先週は連休中もいろいろあってあちこち回らなければいけなかったから、ここ数日は土日がいつもにまして待ち遠しかった。7日周期で休みが入るというシステムを考えた昔の人は偉いものだ。

先月はほとんどまともに雨が降らず、空気が異常に乾燥した状態がずっと続いていたことが、喉の状態を悪くさせたのは間違いなかった。そこで、まともな加湿器を持っていた方がいいと思って一昨日ネットで注文したら、昨日の夜にもうそれが届いた。これで街中の電器店で買うより数千円安いのだから、全く世の中便利になったものである。製品自体は思っていた通りのもので問題なかったのだが、広島は昨夜から雨が降ったりやんだりで、湿度は適度なレベルに戻ってしまったようだ。間が悪いというか何というか。

2006年11月10日

Last Move?

Ceriani-LastMove4.png久しぶりにCeriani先生のレトロ解析を。今回は至極簡単な問題。この局面で最後に指された手は何か?慣れていれば数秒で分かってしまうだろう。出典はproblem 5-6 12/1951。

データベースで検索してみると、この "Last Move?" 系の問題は大量に創られていることが分かる。次から次に出てくる作品を見ていると、まるで過去を推理するという問題スタイルに合わせるために、チェスのルールが決められたかのような錯覚を覚えてしまう。それほどまでに、チェスとレトロ解析は相性がよいのだ。昨日も書いたように、持駒のある将棋ではこれはきわめて難しく、特に最終手問題などは不可能に近い。それならばと以前中将棋で考えてみたわけだが、今度は駒の種類と動き方があまりに多様すぎて、これまた簡単ではないことが分かった(もちろんこれは、単に探求が足りないだけかもしれない)。レトロ解析であって、チェスには不向きだが将棋や中将棋は適している問題形式が、何かないものだろうか。

2006年11月09日

高坂問題の答え

Kousaka.png以前ここで紹介させてもらった高坂さんのプルーフゲーム、一応解答を書いておこう。

76歩、42玉、33角生、32玉、88角成、44角、26歩、同角、75歩、44角、23飛生、66角、28飛成、75角、27歩、23玉、77歩、22飛まで。

将棋の場合、持駒というルールがゲームを何倍にも面白くしていると言えるが、同時にプルーフゲームの作図をはるかに難しくしている。とにかく自由度が高すぎるのだ。さらに、金以外の駒は敵陣でいつでも成れるわけで、これを完全に限定するのは並大抵のことではない。しかしこの作品は後手玉を最大限に利用することにより、すべての手順をきっちり決めてしまっているのだ。実にうまい。創る人が創ればこうなるのである。

チェスのPGに様々なテーマがあるように、将棋にも将棋にしか表現できないようなテーマがあって、発掘される日を待っているのかもしれない。それを探求してみたいとは思うが、私の足りない頭ではなかなか難しい。

2006年11月08日

牡蠣を食いつつピアノ談義

ピアノサークルの3年先輩だったNさんが、学会に出るために来広するというので7時に待ち合わせ。もう一人、Mさんという方も一緒に来ていらして、初めてお目にかかった。お二人を牡蠣料理の店にご案内する。かき塩辛、かき時雨煮、かき酢、殻付かき、かき土手鍋、かき雑炊、フルーツ(柿)。大変満足していただけたようで、お連れしたかいがあったというものだ。

かつてのピアノサークルのメンバーは全国に散らばっているが、関西圏に住んでいる人たちは「加古川ピアノの会」という集まりでよく演奏会を開いている。Mさんは関西の音大を出られたが、ちょっとしたきっかけで加古川ピアノの会に出入りするようになり、今ではすっかり中心メンバーの一人となってしまったとのこと。せっかく正統的な道を歩んでいたのに、あんなピアノオタクの巣窟に足を踏み入れてしまって……という気もしないではない。とはいえ、私もまあ巣窟側の人間だから、こうやって仲間が増えるのはうれしいことである。

Nさんともずいぶん久しぶりで、昔話に花が咲いた。話を聞いていると、かつての仲間は相変わらずみんな元気にピアノを弾いているなあと感心してしまう。自分は、詰将棋だのチェスだの他の趣味がどんどん増えてきてしまったこともあり、何だか取り残されてしまった気がする。Nさんたちからは、来年に演奏会をやるから是非出てくれと言われてしまった。確かにそういうモチベーションを作った方が練習に身が入るかもしれないが、果たして今から人前に出せるほどの曲をものにできるかどうか。

2006年11月07日

Luzerner Open

また羽生三冠は忙しいスケジュールの間隙をついて海外のチェス大会に参加していたらしい。相変わらずアグレッシブに行動される方だ。スイスで行われたLuzerner Openという大会で、116名参加で4位とのことである。もっともゲーム前のレートランクでまさにちょうど4位だったらしいので、優勝も十分あり得たと思うのだが、第6ラウンドで1敗してしまったのが響く形となってしまった。とはいえ、下位の相手には全く取りこぼさないところはさすがだ。

公式ページでは棋譜が出ていないが、幸いチェスドクターさんのサイトで最初の5ゲームの棋譜を見ることができる。符号を追うのは少々大変なので、ウェブ上で動かせるページを作ってみた(Javaが必要)。第1ラウンド、羽生三冠が黒番でKing's Indian Defenseをやっているのは初めて見たのだが、KIDのテキストにそのまま使えそうな見事な攻めに感心。去年はSemi-SlavでGMを倒したし、Dutch Defenseを指している写真を見たこともある。全くいつの間にそんなにマスターしてしまうのだろうか。

それにしても、この公式ページの写真はどうにかならなかったのかと思わざるを得ない。これでは3位の方があまりに気の毒である。もし羽生さんが3位でこんな風に写っていたらかなりがっかりしてしまったことだろう。

明日は来広するピアノサークル時代の先輩を牡蠣料理の店でおもてなしすることになったので、更新はやや遅くなる見込み。

11/8追記:チェスドクターさんのサイトに第6、第7ラウンドの棋譜も掲載されたので、こちらにも加えておいた。

2006年11月06日

帰宅

将棋世界の最新号をまだ手に入れていなかったので、電車に乗る前に買い、新幹線の中で読んでいた。浦野七段が詰将棋サロンの担当をおりられるとのこと。私にとっては詰将棋で何よりお世話になった方だけに残念だ。担当期間中一番の思い出として、私の看寿賞のことを書いてくださっているのには本当に恐縮。担当をされている間にまた投稿できればと思っていたが、果たせなかった。

8時過ぎに自宅にたどり着いた。3日前に大あわてで飛び出したとき、シンクの三角コーナーに生ゴミを入れっぱなしにしてしまっていて、あの中のジャガイモの皮やレタスの芯は、今頃ハエかゴキブリの餌になっているんじゃなかろうかという不安が頭の片隅にあったのだが、幸い虫もつかなければ臭いもせず、ひからびたような状態で残っていた。すぐに生ゴミ処理機に投入。処理機の蓋の閉まるパチンという音を聞いたとき、これで本当に今回のお出かけがすべて終了したような気がした。

さて、明日からは普通の日々が始まる。ちょっとまだ鼻水やら扁桃腺痛やらで本調子ではないが、何とか頑張ろう。

2006年11月05日

スピーチとマジック

今日はTさんの結婚式と披露宴である。広島から出てくるときは大変な目に遭ったので、今日はかなり意識して目を覚ました。慣れない手つきで白いネクタイを締める。これはセミウィンザー・ノットだったっけか。まあいいや、それっぽく見えればいい。10時半頃家を出た。

12時半からチャペルで結婚式。フランス人らしい神父の少し妙な節回しの日本語を聞きながら、普段のTさんなら早速この口調を真似してみせるところだろうなあと考えていたら、不謹慎ながらそれだけでおかしくなってしまった。式の最後のブーケトスでは、O先生がキャッチすると同時にバランスを崩して横の灌木に倒れかかる珍事。数学関係の参列者は大笑いだった。

さて、そのあとが問題の披露宴である。結論から言うと、スピーチはまあまあ無難にすんだ方だと思う。そのあとのマジックはやるかどうか最後まで迷っていた。同じ人に同じマジックを二度見せることは原則として許されないから、やるからには適した環境で最大限の効果を上げられる状態でやりたいと思ったからだ。しかし会場の配置を見てまあ何とかなるだろうと判断し、「インヴィジブル・デック」をやってみた。簡単なわりに現象としてはなかなか強烈なマジックなのだが、弱点はカードを引いてもらった人(今日の場合は新婦)がサクラだと思われてしまう可能性があること。そうではないということを強調してもよかったかもしれない。でもまあ、新郎新婦が不思議がってくれればそれでよいと思うことにした。

帰宅してからまた風邪の症状がひどくなってきた。今は鼻水が出て仕方がない。しかしとにかく、これで講演やらスピーチやら、ここしばらくの懸案だった一連のイベントが一段落ついたので、かなりホッとしている。明日は新幹線の中で、ゆっくり詰将棋かチェスプロブレムでも考えよう。

2006年11月04日

航空性中耳炎?

市川の実家より。

高知ではこぢんまりした研究集会があって、今日の午前中はそこで講演をしていたのだった。高知大学では毎年この時期にやるのだが、雰囲気がいつもアットホームだし、今回は講演があると言っても内容は城崎のときと同じだから、だいぶ気楽だった。しかしちょっと緊張感がなさ過ぎたかもしれないと、あとから少し反省。質問に対する答え方がいい加減すぎたような気がする。

途中で研究集会を失礼し、高知龍馬空港へ向かう。どうもまだ喉の調子が万全でないが、扁桃腺の腫れからは、痰やら鼻水やらに症状が移行しつつあるようだ。そのせいだと思うが、飛行機の中では右耳が激しく詰まってしまい、痛みを感じるほどだった。元から気圧の変化には弱い方なので、乗り物に乗るときはいつも悩まされる。

さて、明日はTさんの結婚式と披露宴に出る。出るだけでなく、スピーチもある。スピーチだけでなく、下手くそな余興もする……かもしれない。あいにく岡山での詰備会とも、高知の研究集会の最終日ともぶつかってしまったわけだが、かくなるうえはその分まで頑張って、何とかうまくやってのけたいものである。

2006年11月03日

高知にて

今朝は修羅場だった。

8時ちょうどに高知へ向かう高速バスが広島バスセンターから出る。すでに切符は購入済みだ。それに間に合うためには、7時35分に家の前のバス停を出るバスセンター行きのバスに乗ればよい。どうせ高速バスは空いているだろうから、朝食は近くのコンビニでサンドイッチでも買っていって車内で食べることにしよう。まあそれなら7時起床で十分か。いや、一応念のため6時45分に目覚ましをかけておこう。これなら十分余裕がある。

それでその時間にちゃんと起き出して居間に出てきたところまではよかった。寝ぼけ眼でテレビをつけ、横の簡易ソファに身を横たえる。テレビが7時を告げたら行動を開始しよう……という考えだった。なかなか7時にならないなあ。目をうっすら開けてテレビの画面を見る。7:27。

「あうあ」と奇声を発して飛び起きた。洗面所に駆け込んで顔を一回冷水でたたく。まだ喉に違和感はあったのだが、そんなことを言っている場合ではない。髪の毛が突っ立っていたようだったが、そんなことを気にしていられない。パジャマをかなぐり捨てるとそこにあった服を猛然と着込む。昨日のうちに荷物をほとんど作ってあって本当によかった。携帯電話の充電器とノートPCをバッグに放り込む。時計を見ると7:32。B級ハリウッド映画並のスリルだ。

まあ結果的には間に合ったのだが、バス停に走っていくとちょうどバスが発車しようとしているところで、まさに間一髪だった。あと10秒遅かったらダメだっただろうと思う。全く何をやっているんだか。こんなふうに余裕のない行動をすると、とんでもない忘れ物をするというのが私のおきまりの失敗パターンなのだが、少なくとも今のところ、何も気づいていない。我ながら不思議なくらいだ。今後「しまった、あれを忘れた……」とならないことを切に祈る。

なお、高知到着後はほぼ順調。相変わらず喉の調子は悪いが、昨日よりははっきりよくなっている。明日は午前中に講演をすませ、夜の飛行機で実家へ。更新はやや遅くなる見込み。

2006年11月02日

先生!

昨夜はいつもより早めに寝たので今朝の寝起きはよかったが、喉の調子は相変わらず。ただやはり熱が出る様子はないので、何とか活動はできそうだ。中国地方と四国・九州はこのところ極度に雨が少なくて空気が異常に乾燥しているから、おそらくはそのせいだろう。

今日は苦手なCG実験の日。実験もいよいよ佳境に入ってきた。うちの大学では、学生たちが各人でオセロのプログラムを作成し、それぞれを対戦させて優勝者を表彰するという催しを毎年やる。今日の課題は、前の学期に作ったAI部分と今回のCG部分を組み合わせ、一つのオセロクライアントプログラムを完成させよというもの。あちこちからうまくいかないという声が上がって呼び止められるのだが、人のプログラムをいきなり見せられて直せと言われるのは、正直言ってあまり楽しくない作業である。問題が微妙なところにあることも多くて、解決に時間がかかるのだ。

ようやく3コマ分の時間が終わり、喉を押さえながらこっそり出ていこうとしても、居残っている学生に「先生、ちょっと!」と捕まってしまう。
「……何?」
「このぉ、駒が変わるじゃないですか、黒から白に。今こうやってぇ、パッと色変わっちゃうじゃないですか。これをぶわってちょっと飛び跳ねるみたいにしたいんすけど、どうしたらいいすかね」
「え?……うーん、それはまあ、飛び跳ねる関数を挿入するしかないんじゃないの」
「飛び跳ねる関数すか。やっぱそうすか」
「先生!ちょっとこっちいいですか」
「……何?」
「何にもしてないのに、急に動かなくなっちゃったんです」
「……いや、何もしていないなら動くんじゃないの?やっぱり何かいじったからうまくいかなくなったんだよ」
「えっ、そうなんですか」
「そりゃそうだよ。うーん、ちょっと今さ、昨日から扁桃腺が腫れていてつらくってさ……」
「あ、そうなんですか。いや、やっぱ俺、変えてないですよ」
「本当?でもそれじゃ変える前からエラーがあったんじゃないの」
「あ、思い出した!そういやここの数値変えたわ。すんません、分かりました」
喉の痛いのを我慢してこういうのを延々と続けていると、さすがにかなり消耗する。こんなことなら熱でも出てもっと苦しそうな顔でもしていた方がよかったかもしれない。

帰宅したら詰パラの11月号が届いていた。ゆっくり見ていたいが、明日は早朝から高速バスで高知に出張である。

2006年11月01日

扁桃腺

今日は珍しくとりたてて仕事がなくて、束の間ゆっくりできるかな……と思っていたら、何だか午後から少しずつ喉に違和感を覚えてきた。どうも変だなと思いつつ、お茶で喉を湿したりしてごまかしていたのだが、夕方帰るころにははっきり扁桃腺が腫れてきてしまったと分かった。やれやれ、さすがにこのところいろいろあったから、疲れが出てきたか。しかし連休中はまた高知から東京へと動き回らないといけないので、今ダウンするわけにはいかない。幸い熱もないようだし、今日は早めに寝て体力回復に努めよう。