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ショパン=ゴドフスキー

今はアムランの弾くショパン=ゴドフスキーのCDを久しぶりに出してきて聴いている。学生のころは、弾けるはずのないゴドフスキーの難曲を平気で演奏会に出して毎回恥をかいたものだった。「酒・女・歌」だって「こうもり」だってやってしまったのだから、厚顔無恥もいいところである。あのころからは年をとって、弾けない曲は人前で弾かない分別はさすがについたつもりだが、そうはいってもゴドフスキーの曲には相変わらず引きつけられてしまう。これはまあ、ピアノマニアの宿命だろう。

ただでさえ難しいショパンの練習曲をさらに難しく編曲したこの作品は、真面目にピアノを愛する人から見れば、「技術偏重、内容空疎」の象徴的存在として忌み嫌われることが多い。正直なところ、そう言われても仕方のない面はあると思う。ショパンの練習曲はピアノを弾くものにとっての聖典だ。ピアノの心得が多少ともある人間なら、その素晴らしさが分からない人はまずいない。そんな曲をさらにいじくるなんて、それこそシェークスピアをちょこちょこっと書き直して共著扱いで発表するようなもの。全くもってけしからんというわけである。

そうは思いつつも、やっぱりこっそりこれらの曲を聴いてみたいという思いは、抑えることができないのである。あくまで「こっそり」だ。例えば誰かと話していて、その人がピアノ好きだと分かっても、ショパン=ゴドフスキーを認めているかどうかを確認しないうちは、正面切って愛聴しているとは言いにくい。眉をひそめられるかもしれないからである。だからこの間のように相手が同じ嗜好であると分かっているときは、何とも言えない安心感があるのだった。

ちなみに私が特に好きなのは、原曲Op.10-6を編曲した第13番。左手一本で弾かれるさざ波のような音たちが、例えようもなく美しい。

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