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2006年12月31日

大晦日

正月用のお飾りを玄関に貼るために外に出たのを除けば、一日中家に逼塞していた。午後やっていたのは、プロブレム・パラダイスの解答書き。今日が最新号の締め切りなのだが、今回は時間がとれなくてあまり解けなかった。やっぱりどうしても年末はあわただしくなってしまう。それでもいったん解答を出し始めた以上、簡単にはやめたくないから、できる範囲で続けていこう。

今年を振り返ってみると、もちろん反省すべき点は多々ある。具体的にあげればきりがないが、大きくまとめて言うなら「もっと集中せよ」ということだろうか。あるいは、「モードを切り替えよ」と言ってもいい。何も今年に始まったことではないのだが、とにかく何をやるについてもだらだらしすぎている。今は研究する時間、いついつまではこの書類を書き上げる時間、ここからここまでは詰将棋を考える時間、何時まではピアノを弾く時間というように、その時間時間でやることに集中すべきなのだ。ところが現実にはどうだ。ああ、あの論文、あそこまで読んでおかないといけないんだったな……とりあえずメールチェックをしてからにしよう……ちょっとウェブページも一通り見て回って……あ、詰将棋が出ている……初手はこうか?いやいや、こんなことしている場合じゃない、明日までに事務にあの書類出さなきゃいけないんだった……その前にちょっとピアノを少し弾いてからだな……とこんな具合で、結局時間が経ったわりには何も解決していない。いろんなことが延び延びになる分どんどん就寝時間が遅くなり、その結果日中に眠気が襲ってきて作業効率が下がる、という悪循環。とりわけ年の後半は、ちょっと生活時間が乱れ気味だったように思う。新年になったからといって簡単に修正はできないと思うが、少しメリハリをつけようと意識するくらいのことはしたいものである。

それでは皆様、よいお年を。

2006年12月30日

年の瀬の読み物

年賀状作成をようやく仕上げる。いつもは遅くても28日くらいまでには出していたように思うが、今年は気づいたらこんな押し詰まった時期になってしまった。

実家には数学関係でいろいろ読むものがあった。まず、今月新聞に連載されていた「数学するヒトビト」の記事。知っている方々が次々と出てくる。フィールズ賞のM先生の写真、さわやかに写っているなあ。それから、その記事の中でも紹介されていた「算法少女」(遠藤寛子・ちくま学芸文庫)。江戸時代に実際に刊行された同名の和算書を下敷きに書かれた、少年少女向けの歴史小説。さらに、飯高先生の「いいたかないけど数学者なのだ」(飯高茂・NHK出版)。飯高先生がこんな本を出されていたとは知らなかった。年末年始はあっという間に過ぎそうだ。

2006年12月29日

メキシコ料理

実家に移動。広島を出たのは昼過ぎで、ちょうどそのころまで雪が降っていた。新幹線は広島始発の臨時便に乗ったので座席には苦労しなかったが、米原周辺で大雪になっており、徐行運転したために8分ほど遅れて名古屋に到着。そこから新横浜までは、回復運転とかでいつも以上にスピードを出していたように思う。車内ではチェスの問題を考えていたのだが、トンネルに出入りするたびに激しく揺れるので新幹線酔いしそうになってしまった。少し遅れるのは構わないから、とにかく揺れない電車の開発を望みたい。

新宿はメキシコ料理の店に行く。トルティーヤチップスは一度食べ出すと手が止まらなくなるなあ。ワインとタコスを手にそれぞれの近況報告をしたりして、なかなか楽しいひとときを過ごせた。しかし3年近くも広島にいるとすっかりあちらの環境が染みついてしまい、東京に出てくるたびに人の多さにあきれてしまう。今日は日本初上陸とかいうふれこみのアメリカ発ドーナツチェーン店の前を通ったが、ものすごい長さの行列に驚いてしまった。5人や6人程度の順番待ちならともかく、冬の風に当たりながらうねうねと何十人も続く列の最後尾について、ドーナツを食べようという気には私は到底なれないのだが、それはきっと新宿では異端の考え方なのに違いない。

2006年12月28日

大掃除

大掃除の日。何せ普段は散らかし放題だからやりがいがある。たまに少し掃除でもしようかと思う瞬間はあるのだが、そのたびに「どうせもうすぐ大掃除するんだから、今やるのは『もったいない』」という、よく分からない論理が発動して、結局何もしないのである。午後から降り出した雪を見つつ、そこらに散らばっている衣類をまとめたりしてからざっと一通り掃除機をかけ、風呂場の床を磨き、シンクの黒ずみをこすって落とし、ガスレンジ一帯のギトギトをだいぶましな状態にした。まあまだまだやらなければいけないところもあるような気がするけど、とりあえずこんなところで。

明日は実家に移動。学生時代の知り合いの方たちと小さい忘年会をすることになったので、帰宅は遅くなる見込み。雪は明日まで降り続くらしいが、新幹線のダイヤに影響がないことを祈ろう。

2006年12月27日

世紀の音痴

何を血迷ったか、たった今かけているCDは、Florence Foster Jenkinsが超絶的な歌声を披露する "The Glory(????) of the Human Voice" である。天下のRCAから出ているこのCD、知っている人は知っていると思うが、音痴の最高峰とも言うべき絶唱が聴けることで有名だ。上のアマゾンのページでサンプルが聴けるので、もし知らない方がおられたら是非トラック1の "Die Zauberflöte"(「魔笛」より「夜の女王のアリア」)を聴いてみてほしい。この音程とテンポの外し方は衝撃的の一言に尽きる。サンプルは最初の1分だけだが、このあとからさらに凄まじい歌声が展開されるのである。

Wikipediaなどに詳しい説明があるが、ジェンキンス女史は自分では素晴らしい歌い手であると信じて疑わなかったようだ。多分ヨーロッパだったら、こんな録音が残されることもなかったのではないだろうか。しかしそこはアメリカ、聴衆は客席でげらげら笑いながらも演奏を絶賛するものだから、ついにはカーネギーホールでリサイタルをするまでに至ったという。太平洋戦争のまっただ中、海の向こうではこんな娯楽で楽しんでいたわけだ。

しかし、ずっと聴いていたらさすがに頭が痛くなってきた。Christina Deutekomの歌う(本当の意味での)超絶的な「夜の女王のアリア」のCDに替えてちょっと落ち着こう。

2006年12月26日

セミナー納め

勤務先で今年最後のセミナー。昨日に引き続いて連続セミナーになったのは、今年のうちに研究に一区切りをつけておきたかったからなのだが、結局あともうほんの少しというところで時間切れになってしまった。とはいえ、数学的に問題のあった箇所はだいたいクリアしたと思われるから、あとは論文の細かい体裁に関することだけである。年明け第2週に3人がそろうはずなので、その週のうちに終わらせるつもり。

大学には明日まで行くつもり。明後日は部屋の大掃除に一日使って、29日に帰省しようかと思う。

2006年12月25日

クリスマスパズル

今日はお昼過ぎからいつもの共同研究者たちとセミナーをして、4時過ぎから学科会議。顔を合わせるのはお昼を一緒に食べに行く同僚のHさんだけという日も多い中、いつもよりずいぶん会話をした人数が多かったのは、神のお導きによるものか。

ChessbaseChristmas Puzzlesという企画が始まった。今日から大晦日まで毎日、チェスを使ったパズルを出していくというもので、年末の恒例行事らしい。第1日から出題形式が面白くて、早速やらされてしまった。

2006XmasPuzzle-1.png「昨日の夜、チェスクラブですごいメイトを見ちゃってさ」
「へえ、どんな形だったの?」
「いや、自分のゲームに集中していたもんであんまり覚えていないんだけどね、はっきりしているのは、お互いのKも含めて盤上には4枚しかなかったってこと」
「覚えているのはそれだけかい?」
「あとは、白の最後の手が、ナイトがc6からd8に跳んだってことだけだな」
さて、どんな配置だったのだろうか?

しばらく考えて正解に到達。この情報で答えを1つに限定しているのはさすがだ。そういえば、今年の詰将棋全国大会の懇親会の席上で「詰将棋玉位置当てクイズ」というのをやっていたが、出題形式をちょっと工夫するだけで、まだまだいろいろ遊べるものだなあと感心。

2006年12月24日

エッシャーの魅力

昨日は野地秩嘉「エッシャーに魅せられた男たち」(光文社・知恵の森文庫)を買ってきた。元々は戎棋夷説で紹介されていたのだが、解説を羽生善治三冠が書いているのである。羽生さんがエッシャー好きとは知らなかったが、何となく分かるような気もする。

私自身がエッシャーの作品を初めて目にしたのは、忘れもしない、船橋の西武百貨店10階で行われたエッシャー展である。当時私は小学生だったのではないかと思うが、親にそのとき買ってもらった画集をすっかり気に入ってしまい、ずいぶんよく眺めていたように思う。思えば船橋西武で行われた展覧会には何度か足を運んだはずなのだが、今でもはっきり覚えているのはエッシャー展だけだ。

あのとき画集を見てまず強く印象を受けたのが、一連の「シンメトリー」の作品群だった。1種類ないし数種類の絵が、隙間なくジグソーパズルのようにはめ込まれている。「どうやったら描けるのだろう」というのが私には何より不思議だった。何とか自分でも描けないだろうかと思っていると、画集の中にペリカンらしき鳥をモチーフにした作品が出ており、その下に鉛筆か何かで下絵らしきものが残されているのを発見。これを見て、「タイルを基本にして、上下左右の凹凸が一致しているような絵をこしらえればいいのだ」ということに気づいたのだ。そこまではよかったのだが、早速方眼紙にあれこれ描いてみたものの、結局このペリカンの偽物みたいなのしかできなかったように思う。まあ才能がなかったということか。

エッシャーというと、すぐ「だまし絵」という表現が使われることが多いような気がするが、個人的にはこの言い方はあまり好きではない。響きが何か安っぽく感じられてしまうのだ。それに、だまし絵と形容されるような絵以外の作品も、非常に印象が強くて心に残るように思う。旅行先などで池の畔にたたずんで落ち葉の浮く水面を眺めたとき、水面に映る地上の何かと、水面下で泳いでいる魚が同時に目に入ると、私は今でも反射的にあの画集に載っていた「3つの世界」が脳裏に浮かんで「おっ、エッシャー」とつぶやいてしまう。

おりしも、ちょうど今Bunkamuraでスーパーエッシャー展が開催されているようだ。どうやらものすごい混雑ぶりらしい。さもありなん。

2006年12月23日

Red Book

今週初め昨日に相次いでパトカーが大挙してやってきた理由を今日マンションの管理人に尋ねてみたら、前者は駐車車両の窓ガラスが割られたからで、後者はすぐ横のスーパーの前で酔っぱらいが大声で喧嘩を始めたからだという。つまり、2件に何も関係はないらしい。しかし管理人さんの言うことが正しいとして、「駐車車両の窓ガラスが割られています」という通報で、10台もパトカーが駆けつけるものなんだな。ともあれ、強盗傷害とかそのレベルの事件でなくてホッとした。

夕方に市街地まで買い物に出かけたが、クリスマス直前だからか、街中の混雑ぶりはかなりのものだった。紀伊國屋書店にぶらっと行ってみたら、D.Mumfordの "Red Book" の日本語訳が平積みにされていて驚いてしまった。今年はHartshoneの "Algebraic Geometry" も訳本が出たし、Atiyah-MacDonaldの "Introduction to Commutative Algebra" もすでに日本語訳が出ているから、洋書を読まなくても代数幾何学の基礎は学べてしまう時代になったということか。もっとも、日本語なら簡単に理解できるという類のものではないわけで、もし自分が今学生だったとしても、やっぱり当時のように何も分からず苦労しただろうなあと思う。Red Bookの訳本はせっかくなので買っておいた。

もう1冊買った本の話は明日。

2006年12月22日

忙しい師走

年内にあらゆる仕事を片付けようとしているわけでもないのに、どういうわけか年末というものは、何かにつけあわただしくなるもののようである。おまけに慢性的な寝不足がたたって、どうもやるべき作業に今ひとつ集中できないでいる。時間を効率悪く使っているために、他の仕事がますます狭い時間枠に押し込められて忙しくなるという悪循環にはまってしまっているようだ。

今日は朝から会議があって眠い目をこすりつつ出かけたが、午後になってその反動が来たか何だか頭がぼうっとしてしまい、報告集の原稿をほとんど進められなかった。2つ抱えているとはいえ、もうずいぶん前から懸案になっているのだから早くさっさと仕上げなければ。あと、投稿論文の改訂作業もしないといけない。そういえば、そろそろ年賀状の準備にも取りかからなければいけないのだった。家の掃除をするというタスクも残っている。うーん、ちょっと考えるだけであとからあとから思いつく。やっぱり年末は忙しい。

[23:33追記]夜11時を過ぎてから、またパトカーがうちの近くに集まり始めた。先日とは交差点を挟んで反対側、今度はこちらに近い方に4台か5台は止まっている。どうも2回続くとなるとさすがにおかしい。そのうち管理人にでも聞いてみよう。

2006年12月21日

アクセスランキング

今日になるまで気づいていなかったが、詰将棋おもちゃ箱詰将棋サイト一覧のページによると、詰将棋関連サイトの先月のアクセスランキングで、うちのホームページが50位に入っていたらしい。ランクインできる資格は「詰将棋類が10以上載っていること」だというので、確かにうちのページも満たしているといることにはなるが、多分訪問者の半分くらいは詰将棋とは関係ない方と思われるので、それも数に含めて50位でございというのもちょっとずるい気もする。まあ今月分は陥落していることだろう。

考えてみると今年は、というか今年も、ほとんど詰将棋は創れなかったな。結局、夏の全国大会の企画に合わせて創った慣れない曲詰と、スウェーデン滞在中に何となく創った凡庸きわまる中編だけだ。今の状態だと、来年もバリバリ創るような状態になるとはとても思えない。まあ最低でも、1年に1作は創るようにしたい。ちょっと情けないくらいの目標だが、現状ではこれくらいが現実的だろう。

2006年12月20日

マンデルブロッコリー

最近どうも携帯電話の調子がおかしい。いつの間にか受信不能の状態になっているのだ。電源を入れ直すと一応復帰するが、元々あまり気に入っている機種でもないし、これを機にいっそのこと買い換えてしまった方がいいだろうか。

ピアノサークルOBでつくるメーリングリストで、Chou Romanesco(通称・マンデルブロッコリー)なる野菜の存在を教えてもらった。ブロッコリーとカリフラワーを掛け合わせたものらしい。自然界には島の海岸線とか木の枝とか、フラクタル図形を実際に見ることができるというが、これほどまでに分かりやすくて鮮やかなものはそうないのではないかと思う。非常に美しい。

なお、フラクタルとは、いくら拡大しても際限なく自分と同じような形が現れる図形のことだが、代表的な例としてマンデルブロー集合が知られており、これは zn+1= zn + c なる漸化式で定義される複素数列が発散しないような c の集合として定義される。マンデルブロッコリーというのはそのもじり。

2006年12月19日

冬ときどき鍋

まだ一番寒い時期はもう少し先だが、朝晩はかなり冷え込んできた。つい数ヶ月前に暑い暑いとうわごとのようにつぶやいていたのが嘘のようだ。

こう寒いときは鍋に限る、というわけで、一昨日と昨日は小さな土鍋に豚肉、白菜、豆腐、しめじなどを少しずつ適当に入れて夕飯で食べてみた。あらかじめ台所のガスコンロでぐつぐつやっておき、適当な時期を見計らってテーブルに持ってきて、すでにセットアップしてあった固形燃料に火をつける。火力は弱いが、すでに十分沸騰しているからちょうどいいくらいだ。以前近くのスーパーで、よく旅館などで使われる固形燃料用のコンロがたたき売りになっていたので買っておいたのだが、これがかなり役に立っている。

すでに鍋の中は食べ頃なので、豚肉をごまだれで、野菜をポン酢でいただいてしまう。そして汁だけになった土鍋に、すぐご飯と溶き卵を投入。このタイミングで入れると、卵が固まりきらないうちにちょうど固形燃料が燃え尽きて、ぴったり雑炊ができるのである。これでシメる。料理らしきことをする必要もないし、温まるので冬には最適だ。

ただ、一つだけ問題がある。毎日風呂上がりに体重を計測しているのだが、鍋を食べた日は明らかにかなり数字が増えているのである。もちろん何を食べようとある程度の上下はあるが、鍋の日の上昇度は統計的に有意なレベルと言ってよい。どうも知らず知らずのうちに、普段より食べる量が多くなってしまうようだ。そんなわけで、鍋はときどき思い出したように食べることにしている。

2006年12月18日

パトカー集結

昨夜、日付が変わるころになってパトカーがサイレンを鳴らしている音が聞こえてきた。窓からのぞいてみると、マンションの前の坂道を上がってきては、次々と向かいの高層ビルの下で停車している。あとからあとからやってきて、あっという間に10台くらいになった。みぞれがまだ降っていて視界が悪かったが、バラバラと警官がビルに入っていくらしいのが見える。すわ大事件かと野次馬根性丸出しでしばらく眺めていたが、何も動きがない。いつまでもそうしているわけにもいかないので、風呂に入ったり歯を磨いたり、恒例行事を済ませてからもう一度のぞくと、いつの間にか警察は撤収しているようだった。

今日になって、昨夜のことがどこかに出ていないかちょっとネットを見て回ったが、今日の広島関連のニュースといえば知事に対する辞職勧告決議案がメインで、あとの地域ニュースは「造船受注が好調 中国地方」とか「放鳥準備へナベヅル引っ越し」とか、至極平和な報道ばかりのようだ。うーむ、昨日のは何だったんだろう。ただの誤報かもね。

2006年12月17日

初雪&詰将棋的思考

久しぶりに家で過ごす休日。ずっとだらだらしていた。ジョギングをしてこようと身支度を調えて4時頃家を出たら、つい先ほどまで太陽が顔をのぞかせていたはずなのに、いつの間にか上空は厚い雲に覆われ、ポツポツと冷たい雨が落ちてきている。もちろんジョギングは中止。暗くなってからは雨が雪に変わった。またこのシーズンが来てしまったか。

先日の越後湯沢で、あるとき夕食後の空いた時間に、何となく集まった人たちで将棋を指そうということになった。もっとも、私はそこにいる人たちより強くて勝負にならないだろうと誤解されていたために、ずっと観戦役に徹することになり、結果的に化けの皮がはがれずにすんだ。詰将棋で賞をもらうと、指してもいないのに強いふりができるわけである。ただその代わりに、盤駒を提供することになった。と言っても実物ではなく、持っていったノートパソコンを使ってもらっただけだ。本当は実物を使ってやった方が気分が出るのだが、ホテルに盤を借りに行ったら「1050円です」と言われてやめたのである。消費税分まできっちり取ろうというあたり、商魂たくましい。

EchigoYuzawa.pngそのときのある対局で、局所的にこんな局面になった。普通だったらもうだいぶ前に投了していてもおかしくなかったが、正直なところ、私も含めて集まった人たちはそれほど強くはなかったので、当然ながらみんな詰まされる最後の一手まで必ず指し続ける。この状態になってもまだ両者はうなっていた。私は横で見ていて、ああこれは詰んだなと思った。もちろん口に出しては言わないが、ああしてこうしてああすれば簡単だな、と。

さてこの局面、詰ませるなら最善はもちろん、▲2二金▽同金▲3一龍▽2一合▲2二成桂まで、ということになるだろう。ところが私はそのとき、▲2二金▽同金▲同成桂▽同玉▲1一角▽同玉▲3一龍▽2一合▲2二金まで、という手順が浮かんでいたのだった。5手で詰むのに9手かけていたわけだ。一緒に観戦していたU君に指摘されるまで、5手の手順に気づかなかったのだから情けない。後者の手順を考えてしまった理由は、おそらく5手目の1一角という手である。「3三からの脱出を阻むこの角打ちがピッタリ」などと考えていたのだ。何ともおめでたいが、それもこれもこの手が詰将棋くさいからだと思う。結局、頭が詰将棋的思考をするようになってしまっているのだなと、改めて実感させられたのだった。

窓から外を見ると、現在は雪はやんでいるようだ。追加がない限り、明日はそれほど道路には残っていないだろう。

2006年12月16日

ファジル・サイのバッハ

広島に戻った。

実家を出る前に、CDを何枚か持ち出してきた。学生時代に買いためたCDはそれなりの数になったが、実際にときどき聴くのはそのうちのほんの一部分である。そこで一昨年引っ越したときに、コレクションの中からよく聴くと思われるものだけを選んで持っていった。たいていはそれで用が足りるのだが、ときどきふと置いてきたCDを聴きたいと思うことがある。それをこういうときに少しずつ持っていくわけだ。

今回のミッションは、Alicia de Larrochaの弾くグラナドス曲集を持って帰ることだった。先日ちょっと楽譜を出してきた「エル・ペレレ」が入っているのだ。他にシューマンのピアノ曲集を何枚かと、Jorge Boletの弾くフランク。今回はこれくらいかなと思ったとき、Fazil Sayの弾くバッハのCDが目にとまる。あれっ、これまだこっちにあったのかと持ち出しリストに追加した。

帰宅後、グラナドスを早速かけながら、持ってきた残りのCDを棚に並べようとして気づいた。ファジル・サイのバッハがすでに置いてあるではないか。どうもこちらに来てから、昔買ったことを忘れてまた買ってしまっていたらしい。一度読んだはずの論文を忘れてまた図書館に行くなんてことはよくあるが、CDでもやっていたとは。全く記憶はあてにならない。

2006年12月15日

実家に帰宅

越後湯沢より帰還。今日は実家に滞在。

今回の研究集会は、現代の代数幾何学のまさに最新の研究結果を一通り概観しようというもので、相当にレベルが高いものだった。私のような下っ端は、参加させてもらえただけでも光栄である。正直言って自分にはもう全然ついていけないと感じてしまう講演もあったが、それでも今何が新しいのかということにふれられるだけでも、非常に有意義だったと思う。

ホテルが全くLANの対応をしていないのは意外だったが、考えてみれば宿泊客の大半は湯治かスキーのどちらかが目的なわけで、インターネットにつながせろなんて要求はほとんど出ないのだろう。実は滞在終盤になって、駅前の観光案内所に無線LANのフリースポットがあるということが分かったのだが、ときすでに遅しであった。まあもし次回またここに来るようなことがあれば、そのときに思い出すことにしたい。

しかし、さすがに疲れた。明日は早起きしないでいいのがうれしい。昼頃までゆっくり寝よう。

2006年12月10日

越後湯沢

越後湯沢に到着した。現地は当然のように雪が降っており、さすがに寒い。

実はこれは、同室の方のPCをお借りして書いている。このご時世、ネット接続に関しては多分問題ないだろうとたかをくくっていたのだが、あにはからんや、駅前随一の大きなホテルだというのに、LANの設備は全くないのだという。やはりビジネスホテルとは客層が違うから、ネットにつなぎたいという需要がないのだろう。幸い、同室の方がPHSにつなぐモバイルカードを持っていらっしゃったので、それを使わせていただくことにした。ただ、毎日お借りするのも気が引けるので、滞在中は特に事件がない限りは更新はお休みすることになりそうだ。金曜日に実家に戻る予定である。

2006年12月09日

網棚の忘れ物

実家からの更新。新幹線の車中では、主にプロパラの問題を考えて過ごした。いや正確には、考え出してすぐ眠くなり、10分ウトウトしてからまた気を取り直して考え出す、というサイクルをずっと繰り返していたように思う。何問かはどうにか解くことができたが、どうも今号は駒数の多い問題が多くて、私にとっては手強いものばかりだった。この年末はどうにも忙しくて、今回はもう解答送付はあきらめようかとすら思っていたけれども、まあこれで何とか出せるかな。それにしても、毎回プロブレムを解いている(あるいは解こうとしている)わりには、全然解図能力が進歩していない。やっとの思いで解けた後では、何でこの手がパッと見えないのかなあと嘆くことしきりである。

そんなことを考えながら新幹線を降りたとき、うっかりヘマをやらかしてしまった。それに気づいたのは、もう実家の最寄り駅に電車が到着しようというときである。広島駅で買った牡蠣を持っていないではないか!忘れた場所は新幹線の網棚の上だ。自分のバッグと一緒にあげたはずなのに、バッグだけおろしてその紙袋はそのままにしてきてしまった。もうあとの祭りである。せっかく今日の夕飯で食べるつもりだったのに。うーん、残念。

牡蠣を買ったとき、荷物が一つ増えたという事実を「意識的に意識する」という作業を怠ったことが敗因だろう。4時間の長旅の間に、牡蠣のことが完全に頭から抜け落ちてしまったようだ。そうなってしまうと、バッグをおろすときにすぐ横の紙袋も視野に入っているはずなのに、やっぱり見えないのである。なるほど、自分の買った牡蠣も見えないのに、プロブレムの手が見えるわけがない。まあ仕方ない、牡蠣はまた今度ということで。

明日から越後湯沢に移動。滞在先の環境が分からないので、更新がない場合はそういう場所に行ったのだと思っていただきたく。

2006年12月08日

明日は移動

集中講義も最終日。何とか通い詰めた。しかしH大は遠いなあ。H大に勤める先生が、「ここはH大じゃなくて東H大なんだよ」と言っていたが、まあ場所や気候を考えればその名前の方がしっくりする気もする。

さて、実は明日は実家に移動する予定である。来週いっぱい、越後湯沢で行われる研究集会に参加するためだ。講演をするわけではないし、国内からの参加者は知った顔ばかりということで、幾分気楽ではある。出張はこれが今年最後になるだろう。

2006年12月07日

エンドゲームスタディの答え

集中講義4日目。激しい雨が一日降りしきっていた。行きでは大渋滞に巻き込まれるし、講義終了後はS先生の歓迎会に出席していたため、帰りがすっかり遅くなってしまった。なお、もちろんアルコールは飲んでいないので念のため。しかし今日はちょっと疲れた。

Centurini.pngこの間のエンドゲームの問題。白の最終目的はPを昇格させることだが、現在は黒Bの利きがあってそれができない。そこで白Bをa7からb8へと回り込ませ、黒Bを追い払いたい。しかしいざ移動しようとすると、1.Bh4 Kb5 2.Bf2 Ka6と黒Kにa7の地点を押さえられてしまう。

しかしここで、3.Bc5!という手があるのだ。適当に中途半端な場所に移動したように見えるが、そのあとの手順を見れば分かるように、ここに行く手以外はドローになってしまう。黒はBを動かすしかないが、例えば3...Bf4とすると、4.Be7 Kb5 5.Bd8 Kc6(c7の地点を守らなければいけないので黒の手は必然)のあと、6.Bg5!という決め手がある。取ればQを作られてしまうので6...Bh2と適当に逃げるしかないが、そこで7.Be3とすれば、黒Kがa7をカバーしに行く手の余裕がなくなる。以下は7...Kb5 8.Ba7 Kc6 9.Bb8 Bg1 10.Be5 Ba7 11.Bd4となって白が勝ちになる。この手順は別ページで追えるようにしておいた(Javaが起動するので注意)。

白の3手目でもし3.Bd4?などと他の場所に動かせば、3...Bd6!が妙防で白はドローにせざるを得なくなる。正解と同じように進めても、黒のKがいるために7手目で7.Bc5とできないからだ。この状態を避けるための3.Bc5!だったわけである。うまくできているものだ。

2006年12月06日

10,000キロ

集中講義は今日に限り変則的に朝8時45分からだったので、いつもより早起きして7時半頃家を出た。H大までは山陽道に入ってICを3つ分走り、さらにSバイパスと呼ばれる道をしばらく行かなければならない。こんなに朝早く来るのは初めてだったが、この道も何度となく通ってすっかり慣れた。講義の方は、主役となるMordell-Weil格子がようやく本格的に登場。明日と明後日でいろいろ面白い話が聴けるだろう。

H大からうちの大学に回る途中、もう少しで高速道路を降りるというあたりで、車の総走行距離がついに10,000キロを超えた。5,000キロを超えたのが、このブログを書き出して間もない3月のはじめ。9月の一ヶ月間は出張で不在だったから、約8ヶ月で5,000キロ走ったということになる。日常的に乗っていることを考えればきわめて遅いペースだと言えると思うが、その前の5,000キロには11ヶ月かかっていたのだから、少しはペースアップしたことになる。やはり今年に入ってH大への往復が増えたことが最大の要因だろう。

2006年12月05日

詰将棋道場

勝浦修九段著「詰将棋道場」という本を買ってみた。コーへー天国の乱!の先月の日記で、辛口の山田康平氏が珍しく手放しで褒めていたからである。なるほど、これは確かにいい。元々スポーツ新聞に掲載された作品群だから、穏やかでそれほど肩肘を張っていない手筋ものが中心なのだが、決してありきたりではなく、細部までよく考えられている。手順を追っているだけでも気分がよいのである。私は個人的な趣味として、清涼詰やモデルメイトのような、攻方の駒に「無駄がない」と感じさせてくれる詰め上がりが好きなのだが、この作品集はかなりの作品でそれが実現されていることも、波長が合った一つの理由だろう。気楽な短編はこんなふうに創ってみたいと思うが、なかなかできないものである。

そういえば将棋世界の1月号も買ってきたのだった。今号から詰将棋サロンの担当が北浜七段にバトンタッチ。後輩のH君の作品が載る日を楽しみにして待とう。

2006年12月04日

集中講義

H大でS先生の集中講義に出席してくる。聴衆のほとんどが学生さんだったので、S先生も配慮されてかなり基本的なことからゆっくり説明されていた。こういうのはありがたい。もちろん最先端の研究結果を聴くというのは、それはそれで有意義なことである。しかし基礎的な部分、知っているつもりになっている概念でも、それに対して思わぬ見方や考え方を提示されたりして、非常にためになることが多い。要は、何をもってそれを「理解している」というか、ということだ。何となく分かった気になっていることでも、自分が本当にそれを理解しているのかと今一度立ち戻って考えてみると、実は「名前は知っている」というレベルのものでしかなかった、なんてことは少なくない。せめて理解していないことは理解していなければならないと思うのだが、実はそれは結構難しいことである。

それにしても、今日も冷えた。講義が終わって駐車場に戻る道の寒いこと!まだ西日が沈む前だったのに、近くで見た気温の表示板は3度だった。広島というと、じりじりと太陽が照りつける中で行われている平和記念式典の映像が反射的に思い浮かぶからか、どうも温暖な場所であるという印象を持たれがちだ。夏暑いのは確かだが、冬は地域によってはかなり冷えるし、雪も多い。H大のある東広島はかなり寒い方に入るだろう。私の住んでいるあたりは東広島に比べればましだが、広島市の中心部に比べればやはり寒い。

全国の天気予報で表示される広島の気温が、そもそもの誤解の原因なのだと思う。あれは広島市の一番の中心部、ごくごく狭い地域の気温に過ぎない。県内全体が山だらけだから、ちょっと奥に入るだけで全く気候が変わるのだ。今度が3回目の冬だからさすがに慣れたが、最初はかなり驚いたものである。

2006年12月03日

ジョギング

今朝も寒かった。H大のあたりは氷点下まで下がったようだ。うちのあたりも0度近かっただろう。

このところ土日になると天気が崩れていたが、今日はようやく青空に恵まれた。床屋に行ったあと、久しぶりにジョギングをしてくる。ゆっくりゆっくり、5キロをちょうど30分。ちょうど今日は福岡でマラソンをやっていたが、最初の5キロの通過タイムが確か15分40秒くらいで、「かなり遅いペースです」と言っていたように思う。こちらはその遅いペースのさらに半分である。ほとんど歩いているのに近いが、それでもうくたくただ。きっと明日は両足が筋肉痛だろう。

今週はS先生の集中講義を聴講するため、明日から毎日H大に通うつもり。

2006年12月02日

詰パラ12月号

寒い一日だった。明日は隣の山口県では雪が降ると予報されているようだ。ついこの間まで暑い暑いと言っていた気がするのに、早いものである。

詰パラの12月号が届いた。今月号から誌面を刷新したとのことで、ちょっと雰囲気が違って見える。以前に比べるとゴシック体の使用度が増えたうえ、その字体も少し今風のものに変えたようだ。

今月号の目玉は何と言っても、8月号で発表された添川公司氏の超長編「新桃花源」の橋本孝治氏による解説と、それに続く記念座談会だろう。これだけでも今月号を買う価値があると思う。史上第2位、1205手詰という手数もさることながら、この作品の中核となる「1/2手馬鋸」という機構が素晴らしい。解説ではこの機構の仕組みや意義について馬鋸の歴史とともに詳しく説明されていて、すっかり読み入ってしまった。これからの長編は、「n/m手」でサイクルを増やすという方向で発展していくのだろうか?常人には及びもつかぬ世界である。

それから驚いたのが、この1205手詰を盤にもパソコンにも並べず、暗算で解いた方がいたということ。つまり図面をにらみつけながら、頭の中で一千手以上読んだということだ。機構が分かれば機械的に進められる部分もあるとはいえ、40手近くある収束も難解で、普通なら不可能だろう。世の中には本当にすごい人がいるものだ。

2006年12月01日

エンドゲームスタディ

Centurini.pngチェスのエンドゲームの問題というのは、駒数が少なくてもやたらと難しい。「基本の形」とされているようなものでも、簡素な駒配置に深いロジックが隠されていて、少なくとも私にとっては、簡単に正解にたどり着けるような問題は一つもない。しかも、大道詰将棋のように微妙な配置の差でまるで結論が変わったりするのだ。しかしあるレベル以上のプレイヤーは、きっとこういうのがみんな頭の中の引き出しに整理されていて、いつでも参照してみることができるのだろう。将棋で言うなら、おそらく手筋ものの短手数詰将棋というくらいの感覚なのだろうと思うが、その域に達するのは相当大変だ。

そのような基本形のプロブレムで、最近知って感心したものの一つがこれ。19世紀中頃の作品で、作者はLuigi Centuriniという人である(念のため、以前何度か作品を取り上げた人はLuigi Cerianiである)。白はPを昇格させたいが、現在は黒のBが見張りをしていてそれができない。実現するためには白のBをa7側から回り込ませる必要があるが、単純にやろうとしても1.Bh4 Kb5 2.Bf2 Ka6と先回りされてしまう。ではそこでどうするか、という問題。これだけの駒数なのに、全くうまくできているものである。