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2007年01月31日

敵の駒に成る

今日が締切の書類がたくさんあって、勤務先ではかなりバタバタしてしまった。何とか片付いてホッと一息。

Zukertort.pngシャーロック・ホームズのチェスミステリー」や"Outrageous Chess Problems" に取り上げられているのだが、「ポーンは8段目に到達するとQ,R,B,Sのうちの好きな駒に昇格することができる」というチェスのルールに対し、「味方の駒に成るとは言っていない」とうまい屁理屈をこねることで、敵の駒に昇格するという作品がある。例えばこれは19世紀のチェス界のトッププレイヤーであったJ. H. Zukertortの作品。1手詰なのだが、普通にはもちろん1手では詰まない。しかし相手の駒に昇格することもできるというルールなら、1.g8=bS#で詰みというわけだ。

まあお遊びの世界だが、詰将棋として同様のルールを考えても、一応成立はしそうである。何か面白い問題はできないだろうか。

2007年01月30日

勉強会

昨日はH大でセミナーがあり、Ho大から来たAさんによる発表を聞いた。内容は標数2の超特異K3曲面に関する話題。自分の研究にも近いので興味深く聞くことができた。さらに今日はAさんにうちの大学に来ていただき、いつもの研究メンバーであるI先生、Hさんとともにもう少し細かい話を聞かせてもらう。低標数の代数幾何学は一般的で有用な定理があまり使えず、得てして泥臭い計算を延々としなければいけないことが多いが、やはりAさんの研究においてもかなり大変なようだ。これまでのこちらの研究内容との関連も深く、いろいろ勉強になった。

終了後、Aさんをホテルまで車でお送りする。7時半少し前に帰宅。

2007年01月29日

Corus Chess Tournament 2007

オランダのWijk Aan Zeeで行われていたチェスの大会、Corus Chess Tournament 2007が昨日終了した。毎日の対局結果だけは一応だいたいチェックしていたが、今回のトップは結局3人 - Radjabov, Aronian, Topalov - が同点で並ぶ形になったようだ。個人的にはRadjabovが攻撃的なオープニングであるKing's Indian Defenseを駆使し、黒番で強敵をバタバタと討ち取っていたのが印象的だった。去年のトイレ騒動で因縁がついたTopalovとKramnikの対決は第12ラウンドに行われたが、相変わらず雰囲気が悪くて対局前の握手もなかったらしい。子供じゃあるまいしという気もするが、当人たちにとってみては簡単に矛を収められるようなことではないのだろう。

また以前ふれたCグループのNepomniachtchiは、ずっと勝ちまくっていたのできっと優勝するだろうと思っていたのだが、最後の最後で負けて2位になってしまったらしい。しかしまだ16歳とのことだから、きっとこれからあちこちの大会で名前を見かけることになるに違いない。とりあえず、「ニポンニシ」の不思議な音は当分忘れないだろう。

2007年01月28日

第2回詰四会

詰四会の第2回会合に参加。前回は9人の参加者があったのだが、今回は自分も含めて5名とちょっとさびしい集まり方だった。もっとも、地方都市での会合ではこれくらいが相場かもしれない。たくぼんさんにチェスプロブレムの本などを紹介してほしいと頼まれていたので、手持ちの本の中からAward-Winning Chess ProblemsOutrageous Chess Problemsを持っていってお見せした。この2冊、まだチェス関係の本をほとんど持っていなかった一昨年の夏に、研究集会に参加するために訪れたシアトルの本屋でたまたま目にとまって買ったものである。他の本と比べて安かったというだけの理由だったのだが、良質の問題がたくさん出ていて、なかなかよい買い物だったように思う。

5時に会合が終了したあと、詰四会の世話人であるたくぼん・くるぼんのお二人にお誘いいただき、松山港近くのファミレスで夕飯をご一緒する。プロパラの最新号も持っていたのでそれもお見せしたところ、たくぼんさんは少し購読意欲が湧いてこられていたようだった。もしかしたら、私は新たな強豪解答者の発掘に貢献できたのかもしれない。

ついつい話し込んでしまい、夜8時発の船でようやく松山をあとにする。休日の広島はバスが終わるのが早く、タクシーを使うことも覚悟していたが、うまい具合に終バスに間に合った。10時半に帰宅。やれやれ、九州と四国を股にかけるというこの土日の使命も、何とか無事に終わった。

2007年01月27日

博多出張終了

一泊二日の博多出張より帰宅。やはり昨日は更新できなかった。

セミナーの発表はあれでうまくいったと言っていいのかどうか分からないが、少なくともたまに出る質問が、こちらの説明したいポイントを突いてくる「いい質問」であることが多く、比較的やりやすかったように思う。数論の大家で、ピアノサークルの9年上の先輩でもあるTさんも来てくれていた。終了後、S先生やT君(どうもイニシャルにするとTばかりだ)たちに懇親会をしていただく。大学院生の方が2人いらしたのだが、片方は将棋好き、もう一人は音大に行くことも考えたというヴァイオリン弾きということで、それぞれとそれぞれの話題で盛り上がってしまった。趣味の話が合うと、初対面特有のぎこちなさは一気に吹き飛んでしまう。実際のところ、かなり人見知りである私は、自分の趣味にかなり助けられているような気がする。

散会したあと、T君のマンションにお邪魔させてもらう。彼は去年くらいからワインに凝っているそうで、わざわざ買っておいてくれたという高級なワインを出してきてくれた。それを飲みながら、話の流れで何となく見始めた「ロスト・イン・トランスレーション」のDVDを結局最後まで見てしまい、部屋を辞したのは日付が変わった1時半頃。遅くなることを見越してホテルをすぐそばにとっておいたのは正解だった。アルコールにはそれほど強くないので、1時間半の発表のあとにビールジョッキ2杯とワインを飲んだとあってはさすがにブログの更新もままならず、すぐに就寝。

今日は今日で会う約束をしている人がいた。高校時代、地学部の1年後輩だったTM君。今は福岡で新聞社に勤めているのだが、最後に会ってから少なくとも十年は経過している。すっかり相好が変わっていて分からなかったらどうしよう、などと自分を棚に上げて心配していたが、全くと言っていいほどあのころのままだった。ランチを食べながら、それぞれの近況や当時の思い出話に花が咲く。頭の片隅に埋もれかけていたあのころの記憶が次々とよみがえり、ただひたすらに懐かしい。地学部メンバーを中心に怪しげな有志団体を結成して高校の合唱祭にエントリーし、妙な扮装で替え歌メドレーを歌ったこと(私はピアノ伴奏だった)とか、毎月のように敢行した房総半島は鵜原という場所での徹夜の天体観測で、駅からの道中決まって吠えてくる犬に勝手に名前をつけていたこととか、部室の壊れたラジカセはある特定の湯呑みを特定の置き方をして重しに使うとちゃんとカセットが再生されるのでいつもそうやって使っていたこととか、酒臭いという評判の英語教師に近づいたら本当に酒臭くてびっくりしただとか。そういう全くどうでもいいような、取るに足らないエピソード一つ一つが、すべて当時の毎日を楽しくすることに寄与していたのだなあと今になって思う。考えてみると自分の高校生活は、自分が思っていた以上に充実していたのかもしれぬ。あのころの仲間とはもう年賀状のやりとりくらいしか交流がないが、久しぶりに会ってみてもいいという気になった。

さて、明日は今度は詰四会で松山に行く予定。昨日と今日で九州・四国を股にかける。

2007年01月25日

セミナーの準備

明日はQ大のセミナーで発表しなければならないので、今日はときどき舞い込んでくる雑用をその場その場で処理しながら、発表原稿を作ることに時間を費やした。数年前に主に調べていたFano多様体に関する話題だから、基本的には当時のノートや計算用紙を引っ張り出して再構成すればよいのだが、ちょっと離れていただけで結構忘れてしまっているものだ。あれ、何でこの定理はこれで証明できたことになるんだっけ?などとあちこちで立ち止まって考え込んでしまった。

セミナーは4時からなので、出るのはお昼頃で十分間に合う。広島から下りの新幹線に乗車するのはもしかしたら初めてかもしれない。セミナー終了後、大学院時代の後輩で現在Q大にいるT君の家を訪問させてもらえることになっているので、明日は更新できたとしても遅くなる見込み。

2007年01月24日

昨日の問題

昨日のパズルもどきだが、案の定、余詰だらけだったようだ。書いてから数時間後にはもう指摘のメールをいただいたし、その後コメント欄でさらにまた別の解答があることも教えていただいた。まあ普通の詰将棋だって検討してくれるソフトがなければまともに創れないのだから、昼休みにちょろっと考えただけでうまくいくはずがないのは当たり前だろう。

しかしそれはそれとして、こういう出題スタイルは結構便利かもしれないと思い始めた。「昨日見た将棋がすごかった」とか何とか言って断片的な情報を羅列するやり方である。詰将棋を創作していると、素晴らしいアイディアの手順がたった一カ所の余詰を除いて成立していて、しかしその余詰を解消しようとすると構図全体が崩れてしまってどうしても実現できない、ということがしばしば起こる。いくら推敲してもうまくいかなければ、泣く泣くあきらめるしかない。だが昨日のように書けば、例えば「覚えているのは『香を打てば勝ちだったのに歩を打って打歩詰になった』ってことだけだな」などという台詞を入れることで、いくつかある手順を限定してしまえるわけだ。誰かそんな感じで、面白い問題を創ってもらえないものか。一流の作家が創れば、質の高いパズルができるように思う。

2007年01月23日

二歩かつ打歩詰

年末にChessbaseクリスマスパズルという企画で出されていたような問題を、将棋でも何かできるかなと昨日の昼休みに考えていたのだが、どうもうまくいかない。

「昨日将棋センター行ったら、隣のやつがすごい将棋指しててさ」
「へえ、どんな将棋だったの?」
「いや、自分の対局に集中していたもんであんまり覚えていないんだけどね、はっきりしているのは、たったの10手で勝負がついたってこと。先手の勝ち」
「先手?10手なら後手じゃないのか」
「それがさ、後手の指した10手目が、二歩かつ打歩詰というダブルの反則手だったんだよ」
さて、どんな対局だったのだろうか?(追記参照

とまあとりあえずこんなのを思いついたが、仮に余詰がないとしても、9手目につまらない非限定があるので問題にならない。第一、手順が大して面白くないし簡単すぎる。むしろ余詰があれば、そちらの方がきっと意外性に富んだ手順だろうから、出題の文句を変えて解答をそれに限定させるべきだろう。

追記]すぐに余詰ありとのご指摘をいただいた。どだい余詰がないはずもなかろうとは思っていたが、まるで考えつかない順だった。やはりこういうのは見る人が見れば分かってしまうものである。余詰順を作意に変更するにはうまくいろいろ条件をつける必要がありそうだが、手順を完全に限定するのはかなり難しいと思われる。

2007年01月21日

ピアノの練習日

お昼近くまでぐうたら寝てしまった。床屋に行ってから夕方に市街地へ。今日は広島で都道府県対抗男子駅伝があり、その名残で中心部の道路は混雑していると思われたので、車は出さずにバスで出かけた。着くとすぐ、先週も訪れたピアノスタジオに足を向ける。持っていった楽譜はスクリャービンの練習曲集と詩曲集、それにラフマニノフ=ワイルドの「静かな夜に」、さらにスーザ=ホロヴィッツの「星条旗よ永遠なれ」。「星条旗」はただ持っていっただけだが、残りの楽譜は一応少しずつ弾いてみた。スクリャービンのエチュードはOp.2-1とOp.42-4で、知っている人にはまたそれかと言われそうだ。本当なら昔頑張ったOp.42-5やOp.8-12あたりも再挑戦したいのだが、ああいう轟音系の曲を短期間で思い出すのは難しい。「静かな夜に」の方は、つっかえながらもようやく最後まで通せるようになってきた。

電子ピアノとグランドピアノ、タッチが違うというのはもちろんだが、それ以外にも実感するのが楽譜の位置である。弾きながらチラッと譜面に送る視線の方向が、グランドピアノではかなり高くなる。ささいなことのように思えるが、これが結構バカにならない。鍵盤をほとんど見ずに弾けるのなら問題ないだろうが、パソコンのキーボードと同じようにはいかないものだ。

2007年01月20日

象と境界線

今日は早朝から暗くなるまで仕事だった。緊張感を伴うし、ずっと立ちっぱなしでさすがにくたくたになってしまったが、特にトラブルも起きず無難に終了したので一安心。

数日前に中将棋のエンドゲームについてふれたが、コメントをいただいたもずさんがこれについて深い考察を書いてくださったようだ。中将棋の終盤について、こういう観点からここまで徹底的に調べられたのは初めてではないだろうか。非常に価値があるものだと思う。これによると、「玉+金対玉」は引き分け、「玉+太対玉」は攻方の勝ち、「玉+象対玉」は勝ちか引き分けか微妙なところだという。中将棋の世界で詰むか詰まないかの境界線は、象の近くに引かれていたわけだ。象がその境界線のどちらに立っているのかは私には分からないが、「玉+金対玉」の場合と同じく、盤の広さが一つのポイントにはなっているのだと思われる。

「玉+象対玉」について少し考えてみようと思ったが、さすがに今日は疲れた。また今度。

2007年01月19日

ささくれ

昨日くらいからだが、左手の小指が痛くなってきた。と言っても、誰かに噛まれたわけではない。爪の横の部分にささくれができているのである。さわらなければ何ともないのだが、シフトキーとコントロールキーを押さえるときが困る。絶妙に痛くなる方向に押しつけられるのだ。仕方ないので指を寝かせて関節の近くで押すようにしている。昔からささくれができやすいのだが、原因はだいたい分かっていて、要するに寝不足である。身体がまだ強烈に眠ることを求めているのに無理やり起きるということを何日か繰り返すと、数日のうちにどれかの指のへりの皮が持ち上がってくるのだ。

明日は本来ならゆっくり寝ていられる日のはずなのだが、休日出勤でいつも以上に早起きせねばならない。ささくれが増えないように、今夜は早めに寝よう。

2007年01月18日

バックアップ

今週に入ってからだんだんと忙しくなってきて、帰宅時間が日に日に遅くなっている。1月から2月にかけてあわただしくなるのは、教育機関に勤めている人間の宿命だろう。

講座の学生たちも、まもなく卒論の提出締切ということで今が追い込みの時期なのだが、昨日は冷や汗をかかされた。自室で事務作業に追われていると4年生の女の子が入ってきて、「先生、私のマシン、電源がつかないんですが……」。あわてて行ってみて、電源を押してみるが確かにうんともすんとも言わない。
「最後にバックアップを取ったのはいつなの?」「いえ、全くとっていないんです」「えっ!」
別のマシンにハードディスクを移し替えたら何とか立ち上がったので事なきを得たが、もし復旧に失敗したらしゃれにならない事態になるところだった。もちろん復旧直後にバックアップをとってもらったのは言うまでもない。実はほんの数日前にも、別の学生さんのマシンが急に立ち上がらなくなったばかりなのである。普通はコンピュータなんてそうそう壊れたりしないものと思うのだが、今止まってもらっては困るという時期になると、これがもう面白いように止まるものだ。世の中そういうふうにできているのである。

まだ学生だったとき、奨学金か何かの申請書類をワープロで丁寧に仕上げたときのことを思い出す。事務からは「申請書類は替えがないから書き間違えないように」と言われていた。何度も白紙に試し刷りをして出力箇所を確認した後、「よし、行くか!」と気合いを入れて1枚しかない書類をプリンタにセット。紙の向きに間違いはないか何度もチェックしてから、意を決して「印刷」ボタンをクリックした十秒後、「ガタガタガタガタッ!ピーッ!」という激しい紙詰まりの音を聞いた瞬間の衝撃は今でも忘れない。「ちきしょう!!」と夜中に一人絶叫したものであった。まあ翌日事務に事情を説明したらすぐに代わりの紙をくれたので、最終的には何とかなったのだが。

ともかく、コンピュータというのは大事なときであればあるほど、挙動がおかしくなるものだ。やはり大事なことは、普段からのバックアップである。

2007年01月17日

中将棋のエンドゲーム

バケラッタさんからいただいた年賀状に、中将棋のエンドゲームというジャンルは開拓可能かという話が出ていた。現実の対局ではエンドゲームという名前がふさわしい局面になる前に勝負がついてしまう可能性が高いので、あくまでプロブレムとして成立するかということである。

まず一番単純なケースとして、玉対玉以外にどの駒が残っていれば勝ちなのか。チェスの場合、K+QvsKやK+RvsKは攻方の勝ちだがK+BvsKやK+SvsKではドロー、K+PvsKはPが成れるかどうかがポイントになる。K+PvsKに相当する条件として「玉+歩対玉」を考えると、これは駒枯れで引き分け。歩が成ってと金になっても、12×12の広さでは敵玉を追い込むことができないためである。詰パラ1999年2月号のリレー随筆のコーナーで飯田弘之六段が書かれていたところによると、「玉+金対玉」終盤戦で攻方が敵玉を詰ませられる限界は10×10路盤であり、それ以上ではほとんどの場合ループとなって詰ませられないとのことである。すると同様の理由により、「玉+仲対玉」や「玉+象対玉」もダメであろう(追記参照)。

Chushogi-stalemate.pngその他の駒は、中将棋の場合ほとんど強力な飛び道具に成る。となると、生角にしか成れない「玉+豹対玉」は例外として、あとは一見ほとんど攻方が勝ってしまいそうな気がする。ただ、駒によってはこんなふうにステイルメイトになったりしないだろうか(紛らわしいが、図の「駒」は白駒である)。でも中将棋では、ステイルメイトは引き分け扱いではないのかな(追記参照)。

受方も駒が残っている場合になると、これはもう全然分からない。盤が広いだけにかなり奥が深そうだ。

2007/1/18追記:もずさんからいただいたコメントによると、「玉+象対玉」、「玉+仲対玉」は四隅に追い込めるので攻方の勝ちだそうである。詳細はもずさんのコメントにあるリンク先を参照のこと。またステイルメイトもやはり攻方の勝ちのようだ。

2007年01月16日

ニポンニシ

現在、オランダはWijk aan Zeeというところで、大きなチェスの大会が行われている。毎年この時期に行われており、そのときそのときの最強プレイヤーが集結して熱戦を繰り広げる、伝統ある大会だ。

これを書いている現在もちょうど第4ラウンドが行われていて、盤面のライブ中継を観戦することができる。まあ私の頭では、当然ながら一つ一つの指し手にどういう意味があるかほとんど分からないのだが、それでも動いていく局面を眺めているのはなかなか心地よい。すでに勝負の着いた局面について、なぜそこで投了したのかを考えるというくらいが私にはちょうどよいようだ(それですら全く分からないことも珍しくないのだが)。

それにしても、チェスプレイヤーの名前はときどきどう発音すればいいのか分からないことがある。西欧出身の人物の名前ならまだ推測がつくのだが、チェスの強豪には東欧や旧ソ連の国々の人たちが多く、初めて見るような名前ばかりだ。分からなければ分からないなりに、近そうな発音でごまかしておこうと思うのだが、それすらできないこともある。例えば、今回の大会のCグループに出ている、Ian Nepomniachtchiという人。ネポンニアックッチとかネポムニャチュッキとかネポポタマスとか、もうどうやってもだめだ。仕方ないので、「おっ、ネポン☆%●#、現在トップか」といつもごまかしていたのだが、戎棋夷説によれば「ニポンニシ」が近いらしい。これは無理だ。絶対分からない。

もっとも向こうは向こうで、日本人の名前を見てきっと同じように感じるのだろう。

2007年01月15日

パーソナル検索エンジン

昨日買った靴を早速履いて行ってみたが、なかなかよい。椅子から立ち上がった直後などの危険な状況でも、全くビリッと来なかった。これは助かる。

ちょっと面白いページを発見。Funnylogo.netというのだが、こんなふうにあたかも自分専用のような検索ページを作れる。もっとも、やっていることはタイトルロゴを替えているだけだ。たくさんスタイルがあるが、結局一番それらしいのはやはりGoogleスタイルのような気がする。

2007年01月14日

グランドピアノと靴

昼食後のコーヒーをすすりながら、年賀状のお年玉くじをチェックしてみる。いつも切手シートが1枚か2枚当たる程度だったが、今年にいたっては全敗だった。が、買っておきながら結局使わずに余ってしまった賀状のうちの1枚が当たりであることがあとから分かり、どうにか1枚は確保。しかし、くじの等級が3種類しかないとは知らなかった。昔は5種類くらいあったような気がするけどなあ。少なくとも、一番下の等級の当たりが下2桁で、その一つ上がいきなり下4桁では、切手シート以外は「もしかしたら当たるかも」とこれっぽっちも思うことができないではないか。

夕方から市街地に出かけ、昨日行きそびれた楽器店に行ってみる。ピアノのレンタルルームは空いていますかと聞いたら、ほとんど全室空いていた。昨日は満室で今日は予約ゼロというのも極端な話だ。推測するに、土日はレッスンなどで仮押さえをしてあるものの、実際には生徒が休んだりして使われないですむことが多いと思われる。それはともかく、久しぶりのグランドピアノである。やっぱり電子ピアノとはまるで違うのでとまどってしまう。特にピアニッシモを出そうとして微弱なタッチを試みると、思っていたのと全く違う音量が鳴ってびっくりしたりする。一方で、フォルティッシモはずっと気持ちよく弾けた。

そのあと、デパートで靴を買ってみた。以前書いたことがあるが、私は体質からか極端に静電気がたまりやすく、冬から春にかけてはいつバチッとやられるかとビクビクしなければならない。ある種の靴を履いていれば被害はほとんど防げることにあるとき気づいたのだが、どの靴なら静電気を防げるのかは買ってみないと分からなかったのである。今日は少し詳しそうな店員がいたので話を聞いてみたが、靴底がポリウレタン製のものがよいらしい。ポリウレタンはたとえ履かないでいても経年劣化が進み、ある日突然ボロボロ崩れ出すという欠点があるが、導電性についてはある程度信頼してもよいとのこと。ただ素人には見た目では靴底の素材が分からないため、買うときにはちゃんと知識のある店員に確認するしかなさそうだ。

2007年01月13日

ジョギング初め

ピアノを弾きに市街地まで出かけようかと思っていたが、ピアノスタジオに電話をかけてみたら今日は予約で満室とのこと。あきらめて家で過ごすことにした。買い物などをすませてから、今年になって初めてのジョギングをしてくる。いつもよりペースを押さえて、その分距離を伸ばしてみた。

先月越後湯沢に行ったころを境に、体重がそれ以前から1.5キロほど増えてしまっている。最初はで食べ過ぎた日だけ数字が一時的に高くなっているのだろうと思っていたが、どうもそうではなく、高止まりしたまま安定してしまったようだ。まあ自分はどちらかといえばやせている方で、体重が増えたと言ってもむしろ適正体重に近づいたことになるから、太った太ったと気にするようなことでもないと思う。ただ少し前までなら、旅行などで少々体重が増えても、元の生活をすれば旅行以前の体重にすぐ戻ったものだった。いったん増えたら戻らない、これも年をとったということか。

2007年01月11日

ホロヴィッツのピアノ

最近まで知らなかったが、ホロヴィッツが生前ずっと愛用していたスタインウェイが、去年9月から全国を回っている。元々は彼の結婚祝いにスタインウェイ社から贈られたもので、ホロヴィッツはことのほかこの一台を愛したという。そのピアノが、来月上旬に広島の浜松ピアノ社にやってくるという情報を入手。ものは試しと思って聞いてみたら、あっさり試弾の予約が取れてしまった。東京なら競争率が激しくてまず無理だっただろう。これも地方都市の役得である。もっとも、まともに弾ける人を差し置いて私が占拠してしまっていいのかという後ろめたさを感じないでもない。

ピアノ好き、それもどちらかと言えばマニアックな視点から偏愛する人間にとって、ホロヴィッツは一度は「ハマる」対象である。ラフマニノフやルービンシュタインなど、「巨匠」と呼ばれる人たちが大活躍していた20世紀前半のピアニスト黄金時代を、最も強烈に体現していた人だろう。かくいう私も、大学入学直後に何も分からずに飛び込んだピアノサークルでホロヴィッツがいかにすごいかを説き聞かされ、半信半疑で聴いた「ホロヴィッツ・アンコール」で衝撃を受けた一人である。当時の私は楽譜を勝手に改編して弾くなんてことは思いもよらなかったから、リスト=ホロヴィッツの「ラコッツィ行進曲」やスーザ=ホロヴィッツの「星条旗よ永遠なれ」の腹に響く爆音は、もうカルチャーショックと言ってもよかった。ラコッツィの後半なんて、広島の暴走族も顔負けだ。「ピアノでこんなことしてもいいのか」という驚きは新鮮だった。

こうしてホロヴィッツの魔力にとりつかれてしまうと、若気の至り、どうしても自分でも弾いてみたくなり、ついには全く技量がないのに無理やり大学祭の演奏会で挑戦するという誤りを犯してしまうのは、決して私だけではないと思う。年をとるにつれて初めて、自分はホロヴィッツにはなれないのだという当たり前の事実に気づくのである。

とはいえ、巨匠のピアノをさわらせていただくからには、何も弾けないのでは申し訳が立たない。少し練習しておかないと。

2007年01月10日

クリスマスパズルの解答

昨日から出勤しているが、海外に出かけていた同僚も今日から復帰してきて、また前と同じ日々が始まった。やらなければいけないことがあれこれたまっていて、しばらくは忙しくなりそうだ。もっとも別に夜中まで残業しているわけでもなし、社会全体から見れば、自分の現状で「忙しい」などと言ってはいけないのだろうとも思う。単に片付けるべき懸案事項がたくさんあって、精神的な忙しさを感じるということだ。

Chessbaseクリスマスパズルのコーナー、ようやく解答が発表された。最初の3問は出題されたときに何とか解けたのだが、それから先は分からなかったなあ。もっとも6問目のヘルプメイトくらいは、もうちょっと真面目に考えればできたかもしれない。最後の色当て問題はやっぱりかなりの論証が必要だった様子で、まあこれは手を出さなくて正解だった。

2007年01月09日

Chess Curiosities

チェスやチェスプロブレムにまつわる様々な記録やエピソードが載っているTim Krabbé's Chess Curiositiesというページがあって、これがとても面白い。例えばChess Recordsのページには、最も長手数のゲームといったノーマルな記録はもちろん、最初の駒取りが最も遅かったゲームとか、敵のポーンに取られる位置に最も長く駒がとどまっていたゲームとか、珍記録が出ていて見飽きない。また、ほぼ毎週更新されるOpen Chess Diaryのページも興味をひく話題がよく出ている。例えば最新の内容は、"The worst possible move" というお題。白には動かせる手がn手あり、そのうちのn-1手で黒はメイトになるが、残った一手は逆に黒に詰められてしまうという局面を創れというものだ。そこで紹介されている記録はn=28の局面で、創ったのはあのElkiesである。

詰将棋の世界ではこのページに比肩する存在として「詰将棋おもちゃ箱」があるが、もっと広く将棋の対局に関する珍記録を集めてあるページはないのだろうか。「駒柱が最もたくさん立った対局」とか、「持ち駒枚数の最高記録」とか、勝負とはまるで関係ない記録も、それはそれで面白いのではないかと思う。

2007年01月08日

今月の詰四会

ピアノを弾いたり、チェスのオープニングを並べてみたりで一日のんびり過ごした。こういう「何もない日」の存在が自分にとっては大事だ。

たくぼんの解図日記を見て、詰四会の次回会合が今月28日であることを思い出す。前回が8月だったので、次は2月だとばかり思い込んでいた。1月下旬は今から予定が立て込んでいてかなりバタバタしそうだ。前日まではQ大のセミナーで発表するため1泊2日で博多にいるはずだし、29日はこれまたセミナーでH大に行かなければならない。後者は聴く立場だが、きわめて分野の近い方が発表されるので重要である。これらセミナーの間に挟まった日曜日もこれで埋まってしまったわけだが、ちょうどいい息抜きになるだろう。松山までの船旅は、それだけで気晴らしになる。

ただ、作品を持参していくのは今回も難しそう。何せ課題が「囲い」だからなあ……普通に考えるなら、矢倉やら美濃囲いの形をしたいわゆる実戦型の詰将棋ということになろうが、実戦型というのは今まで創ったことがないし、創れそうな気もしない。「囲い」を別の意味に取るやり方もあると思うが、これも面白いものを見つけるところまではいかないだろう。そもそもこちらは、自由課題でも創れるかどうかという現状なのである。

まあ28日は、皆さんの名作を楽しませていただく日ということにしよう。

2007年01月07日

元の生活へ

昨日は夜になってから雪が降り出し、一時は強風も加わって大荒れだった。明るいうちに帰ってこられたのは幸運だったという他はない。昨日の夕方に通った山陽自動車道は雪と路面凍結で事故が8件起きて通行止めになったというから、一日ずれていれば大変な目に遭うところだった。今朝はあらゆるものが白くなっていたが、雲がなくなって太陽に照らされると、日なたの雪はあらかた消えてしまった。ここの雪の降り方はいつもこうだ。頻度は結構多く、冬型の気圧配置になるとすぐ降り出すが、一方晴れるとたちまち溶けてしまい、何日も残ったりすることはあまりない。

お昼過ぎに親を広島駅まで送り、3時半頃自宅に戻ってくる。これでこの年末年始の休暇も事実上ほとんど終わり。明日こそ休みだが、明後日はセミナーもある。昨年末に反省した通り、だらけきったモードを切り替えてきっちり過ごすように努めたいものである。

2007年01月06日

帰宅

旅行より帰宅。今日は鞆の浦を散策したあと、岡山まで足を伸ばしてきた。広島に戻ってきたところでガソリンを入れたが、給油するごとに記録している燃費が、過去最高の17.7km/lを記録。さすがに高速道路を快走するのは効率がいい。しかし、何だかひどく疲れた。自分はあまり運転という行為に向いていないのかもしれない。

昨日のエントリに写真を追加しておいた。

2007年01月05日

鞆の浦にて

鞆の浦に来ている。予想通り、泊まったホテルはLANの設備などは全くなかった。別に一日くらいネットから隔絶されていてもどうということはないのだが、せっかく先日モバイルカードを買ったので早速試してみている。

Innoshima.jpg今日は日中は因島に立ち寄った。尾道のすぐ南、瀬戸内海に浮かぶ島である。少し風が強くて寒いときもあったが、島の北部にある白滝山という山に登ったときは青空が広がり、陽光の下で穏やかな瀬戸内海の景色をゆっくり眺めることができた。

泊まっているホテルは夕飯がバイキング形式だったのだが、半分くらい食べたところでホテル側の人間がやおら中央の壇上に上がってきて、「それでは私、お食事の時間を楽しんでいただくために、弾き語りを披露させていただきたいと思います」といきなりギターをかき鳴らし始めたのにはちょっと驚いた。「この素晴らしき世界」 に始まって、「上を向いて歩こう」や「イマジン」など5曲。自ら歌い出すだけあって歌声は悪くはなかったとは思うが、今はこういうのが求められているのだろうか。まあ何か他とは違う独創的なサービスを提供しようという心意気なのだろう。

ただ、部屋に置かれた館内案内書に大きく「非難経路」と書かれていたのは……独創的には違いないと思うけれど。

2007年01月04日

年賀状

広島に戻った。今回は、旅行をしたいという親も同伴である。年明けにこうやって訪ねられると分かっていたから、年末の大掃除は不可欠な仕事だったのだ。誰か人が訪ねてくるというのは、増大する一方だった部屋のエントロピーを再び減少させる格好のトリガーになってくれる。

自宅に着くと早速年賀状のチェック。何通かにはあわててお返事を書く。しかし、子供の写真が出ている賀状がずいぶん増えたなあ。どこのお子さんも親に似ているのが、当たり前のことなのだが何だか不思議に感じられてしまう。

勤務先には今日・明日と休暇届を出してある。明日は親の旅行につきあって鞆の浦で一泊するつもり。

2007年01月03日

新年会

夕方より新宿にて、かつてのピアノサークルのメンバーで新年会。男女5人ずつ、ちょうど10人が集まった。お互いもう若いとは言えない年になってしまったけど、時間が経ってもこれだけ集まるのだから、うちの代はまとまりがよい。7時から始めて3時間余り、それぞれの近況報告やら昔の思い出話などに花が咲いた。やっぱり気のおけない友人の存在というのはいいものだ。数年ご無沙汰になっているOB演奏会を久しぶりにやろうという話も持ち上がる。今年の秋あたりの実施を念頭に検討しようということになった。もし本当に決まったら、真面目に練習しないとなあ。

11時半頃帰宅。明日はもう広島に戻る予定。

2007年01月02日

ピアノのち秋葉原

お昼をすませたあとの時間に少しピアノに向かってみた。小学校6年生の3学期に習い始めたころから弾き続けてきたアップライトピアノなのだが、最近では電子ピアノのタッチにすっかり慣れてしまっていて、いつの間にか鍵盤が重くなったように感じてしまう。「静かな夜に」を弾いてみようとしたものの、家から楽譜を持ってくるのを忘れてしまい、前半部分しか思い出せなかった。もう少し継続して練習しないとなあ。今年は久しぶりに演奏会に出て、恥をかいてみてもいいかもしれない。そうやって自分を追い込んだ方が練習するだろう。

3時頃から秋葉原に出かけた。駅そばの大型電気量販店は新春2日も大入り。去年の夏に行ったときと何も変わっていない。どのフロアのどの売り場も人、人、また人だ。こういうむせかえるような人混みの中にやってくると、今自分は東京にいるなということを何よりも実感してしまう。今日は、先月越後湯沢で同室の友人が使っていたモバイルカードを購入。数学の研究集会はしばしば辺境の地で開かれるから、これが役に立つこともあるだろう。

2007年01月01日

謹賀新年

謹賀新年。本年もどうぞよろしく。

新年第1日は、昨日と同じく実家でのんびり過ごした。お屠蘇とおせち料理をいただき、午後は母に頼まれた年賀状の印刷をしたり。私宛の年賀状は今ではほとんど広島に届くので、ここにいる間は返事をあわてて書かないですむ……といっても、先延ばしにしているだけのことだが。

Chessbaseで先月25日から毎日出題されていたクリスマスパズル、元日の今日が最終日である。一応毎日チェックはしていたが、今日のが一番難しそうな気がする。駒の色を特定するというスタイルはRetrograde Analysisの入り口に掲げてある問題を見たのが最初だが、あれよりはちょっと骨が折れそうだ。それからもう一つ、ページを開いたときに流れ出す「美しく青きドナウ」が、ピアノマニアなら一度はあこがれるSchulz-Evler編なのも、久しぶりにマニア心をくすぐられてなかなかよかった。