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2007年02月28日

Rachmaninov's big hands

Rachmaninov3-2.jpgイギリスの女流ピアニスト、Joyce Hattoにまつわるスキャンダルはまだ続いているようだが、この事件を知ったメーリングリストで今日紹介されていた映像が面白かったので、転載させていただこう。ドイツを中心に活動する二人組、Aleksey IgudesmanとRichard Hyung-Ki Jooによる公演、Rachmaninov's big handsの様子である(映像を見るにはQuickTimeをインストールをする必要があるが、同じ映像がYouTubeにもアップされている)。ここで弾かれている曲はラフマニノフの有名な前奏曲Op.3-2。私も学生時代に弾いたことがあるが、盛り上がる箇所では楽譜が四段にまたがるほど音域が極度に広がる。ラフマニノフが巨大な手を持っていたことはよく知られている(13度まで届いたのだ!)が、さしもの彼でもこれほど重厚な和音は出せなかったことだろう。それにしても、メーリングリストでも紹介された方がおっしゃっていたが、手の小さなピアニストでも彼らの道具を使えば、ピアノ協奏曲第2番冒頭の和音をアルペジオなしで弾けそうだ。

公式サイトやYouTubeには他の映像もいくつかあって、それもかなり面白いのでお勧め。

2007年02月27日

チェスと狂気

先日、「チェスへの招待」という本を買ってきた。先月出たばかりの本である。チェスの歴史に始まり、社会や芸術とのつながりや有名なプレーヤーのエピソードなど、チェスにまつわる様々な話題が紹介されている。こういう内容が日本語で読めること自体、まだまだ珍しいと言わねばならない。

この本の中で、チェスと精神的な異常との関係についてふれたくだりがある。「たかが木で作ったキングを板の上で追いつめるために」自分の知性を注ぎ込むなんて、最初から少し気がおかしいのだというのが、世間一般がチェスプレーヤーに対して持っているイメージなのだと著者は言う。著者に言わせれば、「このチェスを冷静な狂気とする幻覚は、いまだに害を及ぼしている。実際にはこの150年間で明らかに精神病者だったプレーヤーのケースはまれである」。しかしそう言うわりには、モーフィーやシュタイニッツ、ニムゾヴィッチにアリョーヒン、さらにはフィッシャーまで出して、彼らの普通でない言動や行動を紹介している。つまり、明らかな精神病者はまれかもしれないが、神経質とか偏執狂というレベルなら珍しくないということなのかもしれない。フィッシャーの変人ぶりは一昨年の拘束騒ぎでも健在だったが、ニムゾヴィッチやアリョーヒンも結構そのきらいがあったということは、この本で初めて知った。まあ世界チャンピオンに上りつめるようなレベルに達するためには、異常なほどに自意識や征服欲が強くなくてはいけないということか。

一昨日「愛のエチュード」を見ていたときに「ビューティフル・マインド」を連想したけれども、数学もまた世の中から「変人が多い」と思われている世界であろう。そうなる理由もおそらくほとんど同じで、意味不明で何の役に立つのかも分からない記号の羅列にひたすら時間を費やすなんて、最初から少し気がおかしいに違いない、というわけだ。実際数学者の方で、社会一般から見ればだいぶ変わっていると思われる人も何人か知っているが、フィッシャーみたいに周りに対して攻撃的で常に牙をむいているようなタイプはほとんどいない。その人らしいエピソードがあっても、たいていそれは周りとのトラブルではなく、何度思い出してもくすりと笑ってしまうような、ほのぼのとした笑い話なのである。

2007年02月25日

愛のエチュード

今日は、DVDで映画「愛のエチュード」(2000年・英仏合作、原題:"The Luzhin Defence")を見ていた。

先日京都でHさんとお会いしたとき、この映画のサントラCDを貸していただいた。ナボコフの小説「ディフェンス」を映画化した作品である。原作の小説は若島正氏の訳で読んだことがあったが、映画はまだ未見だった。広島に戻ってすぐDVDを注文しておいたところ、それが今日届いたのである。

全体を通して大変映像がきれいだった。それは、抑えた感じの撮り方がいいこともあるだろうが、何より撮影地のコモ湖畔とそこに建つヴィスコンティの別荘の美しさによるところが大きい。やはりこういう場にチェスは似合う。主役となる2人、ジョン・タトゥーロとエミリー・ワトソンも、この作品のイメージに合っていたと思う(同じように精神的な問題を抱えている天才の話として「ビューティフル・マインド」を思い出すが、あのときのラッセル・クロウは直前に見た「グラディエーター」の印象が強すぎて、最初はちょっと違和感があったのだった)。物語の最後には原作にないエピソードがつけ加えられていたが、まあ確かに映画ならあの方がいい。原作のまま終わらせていたら、救いようがなくなってしまいそうだ。

肝心のチェスの場面はもちろん注目していた。なまじチェスを知っていると、こういうところでおかしな表現が出てきただけでかなり興ざめしてしまうのだが、さすがに作品全体に関わるテーマだけに、いい加減な描写はしていない。重要なシーンでの盤面も出てくるので一応並べてみたが、なるほどと納得できる局面だった。ただ、あるシーンで非常に重要な一手が指されたときにその対局者が対局時計のボタンを押さなかったので、「早く押さないと持ち時間が……」と余計なことが気になってしまった。

ここまではいいのだが、どうかと思ったのは日本語関係。まずこの「愛のエチュード」という邦題はどうだっただろう。「エチュード」という言葉は、オリジナルでは全く使われていない。もちろん言葉を替えることでより望ましいイメージが伝わるならいいと思うが、おまけ映像にあった予告編を見ると、わざわざ

“エチュード”とは---チェスで芸術的なエンドゲームのこと。
ルージンの一連の手筋は見事なエチュードでもあった。

と注釈が表示される。つまり、タイトルだけではやっぱりイメージは浮かばないということだと思う。もっとも、じゃあどんな邦題ならよかったのかと言われると、あまりいい知恵もないのだが。

タイトルはまだいい。問題は字幕だ。チェスのテクニカルな用語が出てくると、私ですらおかしいと感じてしまうような訳が出てくる。まあチェスは日本では全く浸透していないので、正確に訳そうとするとチェスの一般的なイメージとの両立が難しくなる面があるのはやむを得ないだろう。ただそうしたこととは別に、少し調べればすぐ分かるであろう誤訳もあるように思われた。どうもこういうことは気になってしまっていけない。そういえばこの字幕翻訳者、「ビューティフル・マインド」のときも、"Fields' prize" か "Fields' medal" が台詞に出てきたときに「フィールド賞」と訳していたのだった。フィールズ賞を知らないのは目をつぶるとしても、"Field's medal" なのか "Fields' medal" なのか、どうしてちょっと確認しないのだろうと当時も感心しなかった記憶がある。

と最後は違う映画の話に脱線してしまったが、ともあれよい映画を見させてもらった。これからサントラを聴こう。

2007年02月24日

ブログ開設一年

また寝不足気味の日が続いていたので、休みの日が来るとうれしい。一昨日のタイムプレッシャーの話ではないが、いつまで寝ていてもいいと言われて8時に起きるのと、絶対8時に起きなければいけない状況でその時間に起きるのとでは、気持ちの持ちようが天と地ほども違うのだ。とまあこんな例えを持ち出すと誤解されそうだが、今日は11時頃まで惰眠を貪っていた。

午後はピアノを弾いたり、このブログのメンテナンス作業をしたり。ピアノはまたシャコンヌの冒頭を中心に。最初のゆっくりした部分が終わり、左手のオクターブが疾走し始める箇所を繰り返し弾いていた。何度もやっているとたまにすっと通るときがあって、このときの爽快感は何物にも代え難い。結局のところ、ときおり訪れるこういう瞬間のためにピアノを弾いているようなものである。どだい難曲を完璧に弾くことなど自分には無理なのだから、一瞬でも弾けたイメージを味わうことを楽しむべきだろう。

アーカイブを見れば分かるように、このブログの最初のエントリを書いたのが2006年2月25日であるから、今日で丸一年が経ったことになる。今書いているこのエントリが329番目なので、だいたい1ヶ月に3日休むくらいのペースで来たわけだ。自宅サーバを立てたのを機会に試験的に始めてみたが、思っていたよりずっとたくさんの方に来ていただいたようで、ありがたいことである。"Ma vie quotidienne" という名前のブログはいくつかあるようなのだが、Googleで検索をかけるとここがトップに表示されるのには驚いてしまった。誰が見ているか分からないのだから、不用意なことを書かないように気をつけたいものだ。

2007年02月23日

チキとぐら

外が暗くなってから会議があり、いつもより帰りが遅くなった。私の所属する学部はこの4月から大規模に改編される。4つの学科が3つになり、それに伴ってスタッフもかなりシャッフルされるのだが、一方で来年度の2年生以上の学年に対しては旧体制でカリキュラムを組むので、今後数年間は新旧2つのカリキュラムが入り乱れることになるのだ。学科内で均等に配分していた仕事も、一部は新体制の枠組みで振り分けることになるので、話がややこしいことになってくる。今日の会議は旧体制での集まりだったが、来週は新学科のスタッフで会議がある。混乱しないようにしないといけない。

遅くなることが分かっていたので、今日も夕飯は大学の喫茶ですませることにした。行ってみると定食系のメニューは3つ。
○エビちゃんファミリー
○はんばーぐ王国
○チキとぐら
どうなんだろう、これ。1つ目は要するに海老フライと魚のフライの盛り合わせ定食であるが、「エビちゃん」と言いたかっただけなのではないだろうか。それから最後のは鶏肉の入ったグラタンなのだが、それを「ぐりとぐら」(だと思う)と結びつけるこの強引さがたまらない。だいたい今の学生さんは「ぐりとぐら」をどれだけ知っているのだろう?

メニューの名前を考えるこの喫茶の担当の方には、このセンスで今後も是非突っ走ってもらいたいなと期待しつつ、エビちゃんをほおばるのであった。

2007年02月22日

時間のプレッシャー

先日のチェスの話の続き。私が負けたのはもちろん棋力がないからで、それがすべてと言ってしまってよいのだが、敢えてそれ以外に原因を考えてみると、やはり「タイムプレッシャーに異常に弱い」ということがあると思う。刻々と容赦なく減っていく数字、あれほど精神を不安定にさせるものはない。ほんの一瞬考えていたつもりなのに、再び時計に目をやると3分も少なくなっていたりするのだ。大きな減少に驚くのがいやになると、今度は10秒くらいですぐ時計に目をやってしまい、まともに考えてなどいられなくなる。そして持ち時間を失いつつあるという不安定な状況から一刻も早く脱出したくなり、目についた手をさっと指してしまう。かくしてあっという間に自陣が瓦解するのだ。

時間に弱いのは、何もチェスに限ったことではない。要するに、「いついつまでにこれをせよ」という類の命題がことごとくダメ。与えられた時間が十分であるかどうかということは、あまり関係がない。いくら余裕があっても、期限があるということはそれだけで黒い影として頭の片隅に住み着いてしまうのである。もちろん事務的な単純作業であればどうということはないが、問題はいくら時間をかけてもできるかどうか分からないタスクのときだ。

例えば詰将棋創作でもそうである。ある作品は考え始めてからだいたい1ヶ月くらいで完成したが、では最初の段階で「1ヶ月以内に一作完成させよ」と言われていたとして、果たして同じものができていただろうか?まず絶対無理だろうと思う。また解く方もひどいもので、昨年夏の詰将棋全国大会で行われた早解き大会では、秒を読まれてパニックになり、どうということはない3手詰や5手詰も間違える始末だ。「いくら時間をかけてもいいし、それでできなかったらできないでもいい」という環境にあるから、初めて何とかなる(ときもある)のである。このへんは数学の研究にも通じるものがあるように思う。

しかしそんな泣き言を言っているだけでは、詰将棋だろうとチェスだろうと数学だろうとうまくやっていくことはできないのが現実である。そこを何とか克服できるかどうかで、一つ上のステージに上がれる道が開けてくるのであろう。

2007年02月21日

Hatto Hoax

Joyce Hattoという名前を聞いて誰だか分かる人は、かなりのピアノ通と言えるだろう。1928年に生まれ、昨年77歳で亡くなったイギリスの女流ピアニストである。このHattoをめぐって、今ピアノファンの世界では大変なスキャンダルで大騒ぎになっている。

Hattoはガンに冒されたために1970年代には公の場で演奏することをやめ、以後は夫がオーナーであるレーベルからCDを出し続けた。近年になり、その録音がどれもあまりに素晴らしいということが世界中に広まり、Hattoこそ最も素晴らしく偉大なピアニストだと名のある評論家がこぞって絶賛するようになったのである(一昨年書かれたHatto評参照)。ラヴェルのピアノ曲全集やショパンのマズルカ、ブラームスのピアノ協奏曲というメジャーなレパートリーはもちろん、アルベニスの「イベリア」全曲やメシアン「20のまなざし」、それにショパン=ゴドフスキーのエチュードといったディープな作品まで見事に弾ききっていたのだから、一部のピアノ愛好家にとって、彼女はもはや生ける伝説になっていたのだった。

ところが今月になって、それら大量の録音のかなりのものが、他のピアニストによる録音のコピーもしくは適当にスピードなどを編集したものだということが明らかになったのである。これはピアノオタクを自認するような人にとっては、もう大変な衝撃だった。なぜなら、彼らはコピー元となった録音ももちろん聴いてよく知っていたからだ。しかしそのコピーであることに全く気づかず、「今までのどんな録音より素晴らしい」とべた褒めしていたのだから、メンツが丸つぶれになってしまったのである。私が入っているピアノマニアのメーリングリストでも、日本有数のコレクターと言える面々が皆ショックを隠せないようだった。ほぼ同じ演奏を聴きながら、片方だけに熱狂してしまったわけだから無理もない。「受けたショックは『あるある』の比じゃない」というコメントもあった。私自身は最近はもうレアな録音を追いかける元気はなくなってしまっていたので、Hattoについても存在以上のことは知らなかったけれど、もしCDを入手して聴いていれば、きっとだまされていたに違いないと思う。

演奏家が誰であるとか楽器のメーカーがどこであるとか、また評論家にどう評価されているのかといった付帯情報に影響されることなく、ただ聞こえてくる音のみによって判断し評価するのが、正しい音楽鑑賞のあり方であるというのが、おそらく愛好家の一般的な認識だろう。しかし結局のところ、人間はどうしても本質以外の情報に影響を受けてしまうのだということを、今回の事件は教えてくれているような気がする。誰かの録音をコピーするなどという稚拙なやり方は、普通なら一発でばれてしまう。しかし、公の場に姿を見せず、実在すら疑いたくなる女流ピアニストが、闘病生活を送りながらも次々と難曲を録音してリリースする……などと語られれば、これはもうその録音が希有な名演であってほしいではないか。その無意識の願望が、幾多の猛者を引っかける巧妙なミスディレクションとなったのではないかと思う。

なお今回の一件はWikipediaにまとめられている。現在も新しい情報が入るたびに更新されているようである。

2007年02月20日

スタバまた行ってぇ

ホテルをチェックアウトすると、一昨日指導対局を受けたスタバ三条大橋店に向かった。ワークショップは10時からだから、40分くらいは滞留できそうだ。朝のコーヒーを飲みながら対局の一人反省会でもするかという腹づもりである。カフェラテとサンドイッチを載せたトレイを片手に50席くらいある地下のスペースに行ってみると、まだ誰もいない。こりゃいい、最高の環境じゃないかと内心ほくそ笑みながら、鴨川が見渡せる窓際のソファに腰を下ろした。その瞬間、茶髪の女子高生が二人入ってきたのである。嫌な予感がした。

予感は的中した。「ここでええ?」と私の結構近くに陣取ると二人は早速しゃべりだした。こうなると、他に誰もいないことがかえってマイナスに働く。音といったらその会話しか聞こえてこないからだ。基本的に片方がずっとしゃべり続けているのだが、それを聞いているのはちょっとしんどかった。
「……バイト、行ってぇ。そしたらそいつがぁ、『いたしますとございますは違う』言うてぇ。ちょーむかついてぇ。ともこもおってんけどぉ、そいついるからぁ、言えなくてぇ。ちょーうざくてぇ。何やねん、みたいな?」
関西風のイントネーションをベースに、ひたすら平坦な「てぇ。」で延々と文章をつなげていく。これに20秒に一回くらいのペースで、新型の笑い袋かと思うような「キャハハハハ!」というけたたましい笑い声が加わる。正直言ってこれは耐え難いものがあった。といってこちらが撤退するのでは、三条大橋ではチェスにも負けて女子高生にも負けたという気分になってしまう。何言ってやがる、いたしますとございますは違うに決まってんだろうが、だいたい9時過ぎに何だよ、こんなところでとぐろ巻きやがって、学校サボってんじゃねえぞ、と仕方なく心の中でぶつぶつ言いながらその時間を過ごしたのであった。もちろん一人反省会は中止である。

ワークショップの方は滞りなく終了した。O先生の最後の講演が終わったのが6時10分頃で、それからすぐ17番のバスに乗って京都駅に急いだ。新幹線に乗ったのは7時少し前。広島駅到着後の在来線とバスの接続がいずれも非常にうまくいき、9時10分頃に帰宅できた。

2007年02月19日

京都を歩く

朝食はホテルでなくて、近くの喫茶店ですませようと決めていた。すぐ近くの蛸薬師通りに、京都在住(現在は海外出張中)の友人が以前連れて行ってくれた雰囲気のいい喫茶店があると知っていたからだ。ところが行ってみたら、去年の4月に閉店したと書かれた張り紙が出ているだけだった。うーん、ここもつぶれたのか……。あてが外れてしまい、朝食はやむなく近くのドトールですませる。四条河原町から歩いてすぐの木屋町にあった名曲喫茶もいつの間にか韓国料理屋になっているし、「檸檬」で有名だった丸善京都河原町店も今はない。河原町の四条から三条にかけては、ゆっくりできる居場所がどうも昔より少なくなってきているようだ。

Tetsugaku.jpgワークショップの始まりまでにはまだ時間があったので、何とはなしにぶらぶら歩き始める。少し散歩したらバスに乗るつもりだったが、結局平安神宮から哲学の道を通って目的地の研究所まで歩いてきてしまった。今日は天気もよくて散歩にはもってこいだった。交通量が多くて騒がしい河原町から歩いてくると、自分が踏みしめる小石のジャリッという音までが聞こえる哲学の道の静けさには全く驚いてしまう。

ワークショップでは、詰将棋創作に興味を持っていたH大のH君が講演をすることになっていた。詰工房作品集「さんらん」を少し余計に持っていたので、彼の講演終了後に一部進呈する。今回の京都出張はワークショップ出席・聴講が目的だが、付帯事項として昨日のチェス指導対局とこの「さんらん」進呈があった。どちらも果たせて一応満足。

I先生と少し研究の話をして9時過ぎにホテルに戻る。明日は夜遅く広島に帰る予定。

2007年02月18日

三条大橋での三連敗

お昼過ぎの新幹線に乗って京都に移動。明日からのワークショップは午後からなので今日出る必要はないのだが、久しぶりにHさんと会ってお話ししましょうということになっていたのだった。お話しするのはいいのだが、チェスを指そうということになっていたのである。これが行く前から最大の懸案事項だった。以前一度まぐれで勝ったことはあったが、基本的にははっきり力の差があるわけで、処刑されに行くようなものである。もう少し勉強しておくんだったなと後悔しつつ、マッチ会場のスタバ京都三条大橋店に急いだ。

結果から言うと、何の番狂わせもなく、3連敗。自分としては、劣勢になるのは仕方ないとしても、ギリギリでドローに持ち込むような指し方ができないかと淡い期待を抱いていたのだが、やはりそう甘くはなかった。全体的に、中盤から終盤へさしかかるあたりの指し方が弱すぎる。中盤まで互角かやや有利という状況でも、そこからたちまち敗勢に転落してしまうのである。このあたりはちょうど持ち時間が少なくなってくるころで、それがかなり思考に悪い影響を与えているという面もあると思う。棋力と経験の差はいかんともしがたい。

もう一つ強く感じたのは、ヴァイタリティの不足ということだ。内容としては1局目が一番まともで、少なくとも終盤に入る直前までは勝負になっていた。しかし2局目の途中からやたらに疲れてくる。どうにも集中できなくなるのである。指すたびにどんどん弱くなってしまい、3局目ではもはやただ指しているだけになってしまった。なるほど、「チェスはスポーツである」と言われるのも分かるような気がする。集中力をある程度の時間にわたって保ち続けること、一局終わったらすぐ心身ともにリセットして次に臨むこと。それは頭で思っている以上に、難しいことなのだなということがよく分かった。もっとも、こういうことは実際に対局をして初めて分かることであり、それが経験できたことはよかったと思う。これが広島にいるとなかなかできないのである。やはり強い人に相手をしてもらうと勉強になる。普段の生活の中でチェスばかりにはなかなか時間を割けないが、こういう感覚を忘れない程度には接していきたいものである。

3局指したところで外が暗くなってきたのでマッチは終了。ホテル近くのおしゃれなバーで夕飯。チェスの他、数学や詰将棋の話題も出る。最後の方では中学・高校生時代に何をしていたかという話も出たが、Hさんはそのころからチェスの本(もちろん洋書)を入手して読まれていたらしい。そりゃかなうわけがないなと納得である。何しろこちらの高校時代は、徹夜の天体観測だの文化祭でのプラネタリウム上映だのに明け暮れており、チェスの「チ」の字もない毎日だったのだ。地学部の「ち」はあったけれど。

9時半頃に店の前で別れる。今日はゆっくり寝て、明日に備えよう。

2007年02月17日

音楽とチェス

朝から晩までずっと雨だった。午後はピアノを弾いたり、チェスのオープニングを並べてみたり。楽譜にしても棋譜にしても、前に弾いたり並べたりしたはずなのにまるで覚えていないのだからいやになってしまう。進歩がないね。

それにしても、ピアノにおける譜読みという行為と、チェスにおいて定跡や過去の名勝負を並べてみるという行為は、何か底辺の部分でつながっているような気がしてならない。弾けない箇所を何度も繰り返していると、さっき同じことをしていたなという感覚に、ふととらわれるのだ。そしてその感覚の正体を探ると、それは1時間前にオープニングのある部分を何度も並べていたことだと気づくのである。

考えてみれば、チェスプレーヤーには音楽に造詣の深い人が少なくない。タイマノフは「20世紀のピアニスト」シリーズに録音が収録されたほどのピアニストだし、元世界チャンピオンのスミスロフはバリトンの歌手になるかチェスをやるかで迷い、後者を選んだという経歴の持ち主である。もちろん、チェスが好きな人はみんな音楽好きだというわけでは全くないし、その逆でもない。ただある種の人たちは、脳の同じ部分でもって、チェスと音楽それぞれに接しているように思われるということだ。自分もその一人である……と言いたいところだが、そう主張するにはどちらの分野についてもあまりに無能すぎると言わざるを得ない。

2007年02月16日

Practice Makes Purr-fect

今日は予定通り午後からセミナー。この間Hさんと話した特異点に関する問題について、I先生も交えてもう一度議論する。今までずっと続けてきた研究もそろそろ一区切りつきそうなので、次にどういう方向に進むかについても少し意見を交わした。また来週の月曜と火曜に、京都で正標数の代数幾何の話題を中心としたミニ・ワークショップが開かれるようなので、ちょっと行ってきてみようと思う。

学生時代のピアノサークルのときの友人が、ピアノを弾く猫の映像があると紹介してくれた。うーん、これはかわいい。グランドピアノが2台並べてあるようだからピアノ教室のような場所だと思われるが、もしそこで飼われている猫が自然にこんな芸当を身につけたのだとしたら大したものである。「ピアノ」と「猫」でグーグルにかけると、この映像を紹介しているブログの記事が大量に引っかかる。みんな一言書かずにはいられなくなったのだろう。猫好きの方は是非ご覧あれ。

2007年02月15日

打ち上げ

今日は夜7時から、所属する講座の教員と学生で打ち上げ。本通商店街近くの飲み屋で3時間ほどわいわい言いながら飲んだ。私はそれほどアルコールが飲める方ではないので控えめにビールや日本酒を少しずついただいたが、一緒に出席した先生の中には、もう最後の方では明らかにろれつが回らなくなっている人もいたなあ。まあ学生と飲むときはいつもそんな風なのだけれど。

これで卒論関係の行事も一通り終わり。明日は午後からセミナーをする予定。モードを切り替えないと。

2007年02月14日

卒論発表

今日は卒論発表の日だった。4年生が一人10分程度、自分の研究について発表して教員からの質問を受けるのである。発表内容がどうであれ、学生さんが真面目に取り組んだという姿勢をちゃんと見せれば審査に落ちるようなことはまずないのだけれど、そうはいっても何かのトラブルが発生しないとも限らないから、こちらも気を抜けない。私の所属する講座の順番は朝一番で、私は同僚のHさんと二人で座長をすることになっていたから、絶対に遅れるわけにはいかなかった。ところがこんな日に限って、朝から豪雨である。この降り方も今ひとつ切れ味の悪い寒さも、どうも真冬のそれではない。揺り戻しはあろうが、季節が変わり始めていることは確かに感じられた。

大学に着いたら着いたで、発表予定時間の直前になって学生さんが最新のファイル発表用のノートPCにコピーしていなかったとあわてだしたり、発表会場に行ったら行ったでプロジェクタにPCの画面がなかなか出なかったり、発表が始まったら始まったでスペースバーを押しても次の画面に切り替わらずに学生が顔面蒼白になったり。もういちいちハラハラしてしかたがなかった。講座の学生全員が無事に発表を終えたときは心底ホッとした。

その後は他の講座の学生の発表をずっと拝聴する。夕方に全部終わって直後に判定会議をやって、自分の部屋に戻ってきたときはもうくたくただった。気がついたらしばらく椅子に座ったまま眠ってしまっていたようだ。生活スタイルが基本的に夜更かし型の人間が早起きして一日中活動していると、一段落してやれやれというときに襲ってくる強烈な睡魔から逃れるのは難しい。東京で学生をしていたころは、家からの1時間半の通学中にいつも電車の中で居眠りしていた。あの時間は、今にして思えばそれなりに意味があったような気がする。

2007年02月12日

会話型将棋プルーフゲーム募集

数日前に紹介させてもらった高坂さんの新作将棋プルーフゲーム、メールやコメントなどで何人かの方から解けたという報告をいただいたが、やはり作者が思っていたより難しかったようである。こういうのは、創った当人にしてみればこれしかないという手順だから、簡単に解けるように思えてしまうものだ。まだ考えている方がいらっしゃるかもしれないので、解答は今しばらく伏せておくことにしよう。

ところで今回のスタイルは、まだまだ発展する余地がありそうに思える。そこで、もしここを読んで下さっている方の中で同じような問題ができたら、こちらに連絡していただけないだろうか。このブログを発表の場としたいと思う。基本的な型は以下の通り。


「昨日将棋センター行ったら、隣の奴らがおかしな将棋指しててさ」
「へえ、どんな将棋だったの?」
「いや、自分の対局に集中していたもんであんまり覚えていないんだけどね。はっきりしているのは……」
(以下会話)
さて、どんな対局だったのだろうか?
詰将棋と違って、余詰があってもそれをうまく消すようなやりとりを構成すればいいので、案外創りがいがあるのではないかと思う。逆に言えば、いかにうまく余詰を消しながら紛れは消さないような、そして不自然でない会話を作れるかがポイントになる。ごくごく簡単な小品でもいいし、不完全なので意見を求むという形でもいいので、もし何かできたら是非。

しかし、隣でこんな将棋ばかり指されている将棋センターに是非一度行ってみたいものである。

2007年02月11日

入試に出た高速道路論

洗濯をしたり、簡単に風呂を掃除したり、アイロンでスラックスに折り目をつけたりと、妙に家事ばかりしていた一日だった。夕方からはジョギング。快晴でぽかぽかした陽気だったのだが、風が強かったうえに日が落ちた直後から急激に気温が下がり、公園から帰る道は身体が冷えてまいった。掃除後に風呂を沸かしていったのは正解だった。

勝手に将棋トピックス記事で知ったのだが、梅田望夫氏の著書「ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる」において羽生三冠のいわゆる「高速道路論」を紹介したくだりが、今年の同志社大学の国語の入試問題として出題されたのだそうだ。確かに結構有名になったから、さもありなんと思う。それはいいのだが、設問の選択肢の中に「打つ」という表現があったらしい。原文にはそういう表現はないのにもかかわらず、である。多分、出題者に違和感を感じる人が誰もいなかったのだろう。ついこの間、数十年後には完全に正しい動詞として定着しているかもと書いたばかりなのだが、入試に出るようではそういう時期が来るのはもっと早いのかもしれない。

2007年02月10日

ホロヴィッツのピアノを弾く

今日は先日予約を取った、ホロヴィッツのピアノの試弾日である。結局事前にはほとんどまともに練習できなかったので、気楽に弾くだけ弾いて楽しむということにする。それでも一応指を慣らしておこうと思って、少し早めに街中に出てピアノスタジオを回ったのだが、今日はどこも満員だった。やむを得ずぶっつけ本番。

HorowitzPiano.jpg5時半きっかりに浜松ピアノ社に行くと、受付にいたおじさんがまず「ホロヴィッツのピアノを弾いた」証明書なるものをくれた。何ともマニア心をくすぐるやり方だ。そこに名前を書き込むと、すぐピアノのある部屋に案内される。まだ前の試弾の方がいて、我々が入ってきたのを見ると名残惜しそうにしながら帰り支度を始めた。部屋の真ん中にグランドピアノが置いてある。うーん、「ラスト・ロマンティック」にも写っていたあのピアノがこれか……と思うと、何とも感慨深いものがあった。「彼の注文で、タッチは軽く、また低音がよく鳴るように調律されてます」とおじさんが言う。そうだろうそうだろう。

前の客とおじさんが出ていって一人になると、早速さわってみた。なるほど、これは軽い。私みたいな下手くそは微妙なタッチの差なんてよく分からないことが多いのだが、この軽さはさすがに普通のピアノとはちょっと違う。そして低音。チャイコフスキーの協奏曲冒頭の和音をガーンと鳴らして、腹に響く轟音を味わった。

Certificate.jpgせっかくの記念だからと今日はレコーダーを用意していた。弾いていられる時間は30分しかないから、あまり余裕はない。録音を開始しておいて、とにかく今弾けそうなものを片っ端からやってみたが、日頃の練習不足もあって、全然指が回らない。やっぱり自分はホロヴィッツにはなれないのだなあと当たり前のことを再認識する。興味のある人にホロヴィッツのピアノの音を聴いてもらうために、録音した中では比較的ましなのを1曲だけ。
スクリャービン/練習曲Op.2-1
いつも同じ曲ばかり弾いているなと言われそうだが、新曲を譜読みする時間がないのでやむを得ない。本当は大きな音の出るOp.8-12も録音したのだが、これは人に聴かせるような演奏ではないので、ここに出すのはやめておこう。

ともあれ、あっという間に30分は終わってしまった。あのピアノに再びさわれる機会が来ることはおそらくないだろうが、証明書なるものももらったし、まあこれで十分満足である。

2007年02月09日

危うく遅刻

朝から会議の予定があったのだが、昨夜寝るときに、あろうことか目覚まし時計をセットし忘れたらしい。ふと時計を見たらとんでもない時間になっていた。前もこういうことをやった気がするが、いつになっても治らないものだ。文字通り、家を飛び出した。よく間に合ったと我ながら不思議である。

午後は朝の反動もあって何だかぼうっと過ごしてしまう。まあいい、今日はもうこういう日だと割り切ることにした。夕方に少し時間があったので、同僚のHさんと研究のことに関して議論をする。正標数の特異点は、もう分かったと思い込んでいたようなことでも、よく調べてみるとまだまだ不思議な現象が出てくる。そういう正標数特有のパソロジーを観察するのは面白いのだが、マニアックになりすぎている気がしなくもない。

2007年02月08日

謎のパエリア定食

今日は朝から夕方まで、修士論文の発表会。直後に判定会議をやって、さらに6時から今度はうちの講座に所属する4年生の卒論発表練習会。彼らの本番は来週である。一日中プレゼンを見ていて、それだけで疲れてしまった。

もう夕飯を家で食べるのは無理と分かっていたので、会議と練習会の合間に大学の喫茶で食べることにする。うちの大学は規模が大きくないので食堂もどちらかといえばこぢんまりしている方だと思うが、夕方はそこも閉まってしまい、併設されている30席程度の喫茶スペースだけの営業になる。メニューはその日によって変わるが、せいぜい3,4種類だ。現在の担当者の趣味なのか、メニューの名前が一風変わっていることが多いのだが、今日はこうだった:
「謎のパエリア定食 400円 食券は『シェフの気まぐれ定食』をお求めください」
「謎」の意味が分からないが、パエリアはいいなと思ってそれにした。

食べ始めてすぐ「謎」は解けた。あれはどう考えても昼に出していたピラフの残りだ。それに殻つきのアサリを数個投入したからパエリアでございってそりゃないだろう。サフランの黄色もついていないのではちょっとパエリアという気はしない。さすがに少し気が引けた様子が、「謎」という一語に集約されていたのだった。

でもサラダやスープなどもついて400円なわけだから、まあ文句は言えないか。

2007年02月07日

高坂氏の新作将棋プルーフゲーム

昨日予告した高坂氏の問題はこちら。

「昨日将棋センター行ったら、隣の奴らがおかしな将棋指しててさ」
「へえ、どんな将棋だったの?」
「いや、自分の対局に集中していたもんであんまり覚えていないんだけどね。はっきりしているのは、たった10手で先手が詰まされたってことさ」
「それだけじゃ、どんな将棋だったのか分からないな。他に覚えていることはないのかい?」
「そうだな。先手が投了した局面で、後手の持駒は角歩だったよ」
「後は?」
「思い出した!後で対局者から聞いたんだけど、その将棋には不成が4回も出てきたんだって。恐らく、詰将棋作家どうしの対局だったんだろうね」
さて、どんな対局だったのだろうか?

白状すると、実は昨日の段階では、私はまだ答えが分かっていなかった。10手で不成4回は何とかできたが、持駒の条件を満たしていなかったのだ。しかし今日の昼間にぼうっと考えていたら、ついに正解にたどり着いた。この正解手順、さすがに高坂さんである。うまいというしかない。こういうのは手順が平凡だと、「解けたっぽいけど、本当にこれでいいんだろうか?」と思ってしまうことがあるが、この作品はそういうことはない。これこそ作意だなと解けた瞬間に確信できるのである。普通の詰将棋でもそうだが、よい作品とはそうしたものだ。

将棋のルールを知っていれば誰でも考えられるのだから、これを読んだ方も是非挑戦してほしい。おそらく余詰はないものと思うが、例えば条件を「詰め上がりでの後手の持駒には角があった」に弱めると別解が生じるようだ。メインが解けたら、そちらの手順を考えてみるのも一興だろう。

2007年02月06日

将棋の国のアリス

来週にせまった4年生の卒論発表の練習につきあっていたため、帰りが少し遅くなった。今週はこんな日が続きそうだ。

少し前に「将棋の指し始めの局面から二歩かつ打歩詰の状態を作る」というお遊びを考えたことがあったが、これを見た看寿賞作家の高坂研さんが、13年前に将棋世界誌に連載された若島正氏による「将棋の国のアリス」という読み物をわざわざコピーして送ってくれた。いやはや、こんなものがはるか前に出ていたとは。全く知らなかった。

川べりで定跡書を読む姉の横で退屈しきっていたアリスのそばを、対局時計の秒読みに追われるウサギが大あわてで走っていく。そのあとを追って飛び込んだ先にあったのは、ハンプティ・ダンプティやチェシャ猫が見たこともない将棋のパズルを出す不思議な世界だった……という内容。将棋のレトロ解析という当時ほとんど未開拓だったであろう分野を、「不思議の国のアリス」の物語のテイストで展開するのだから、面白くないわけがない。子供のころ何度も愛読した福音館書店の「鏡の国のアリス」を思い出しながら(私は「不思議」より断然「鏡」が好きだった)、一気に読んでしまった。「11手で先手が打歩詰で負けた」棋譜を問題として出題したら、読者から届いたのは別解の山で、若島さんが用意した作意は1通も来なかったなんてこともあったようで、やっぱり将棋でこういう問題を作るのは本当に難しいのだなと改めて思いをいたした次第。

さてその連載記事とは別に、高坂さんは新たにオリジナルの問題も送ってきてくれた。やはり実戦初形からある条件での詰め上がりまでの手順を求めるものだが、私のようないい加減に考えた余詰だらけの問題とはわけが違う。ご本人から許可もいただいたので、これは明日紹介させていただこう。

2007年02月05日

「指す」と「打つ」

昨日のアニメの話だが、その後ストーリーを調べたら、主人公は非常にチェスが強いという設定になっているらしいことが分かった。それを象徴的に示すシーンとして、負けそうになっている人物と交代してたちまち逆転勝ちをしてしまうというエピソードが第1話にあったらしい。その交代のときの盤面が「チェスの代打ち」なるページに出ているのを見つけた。黒が下に書いてあるからおそらく黒番で代役を買って出たということなのだろうと思うが、そうだとするとどう考えてもすでに黒の勝勢である。Pたちが完全に固まってしまっているので、次にKg6からRh8とするメイトの狙いを白は防ぎようがない。逆転というよりは、そのとき白を指していた人間の局面評価があまりにお粗末だったということか。

ただそれより気になったのは、「代打ち」という言い方だ。将棋やチェスを「打つ」という言い方は、私などはどうも強く違和感を感じてしまうのだが、あちこちで見聞きする限り、特にくだけた会話などで「指す」と言っている人はかなり少数派になっているように思う。「指す」はすでに盤上にあるものを動かす行為、「打つ」は手元にあるものを盤上に置く行為であるから、囲碁のようなゲームでなければ「打つ」はおかしいことになる。まあ百歩譲って、将棋では持駒を「打つ」という手もあるわけだから、それに引っ張られる部分はあるかもしれない。でもチェスを「打つ」はないだろう。

しかし、将棋・チェス人口が今後もあまり増えそうにない状況を考えると、数十年後には「打つ」が完全に正しい動詞として定着しているような気もする。

2007年02月04日

アニメに登場したチェス

昨日の深夜、就寝前に夜食としてインスタント食品を食べるという非常に不健康なことをしていた。こういうときはテレビをつけて、頭を使わない深夜番組を何となく流しながら食べるというのがよくあるパターンだ。衛星放送でよくアメフトの中継をやっていて、それを見ていることが多い。おかげで、昔に比べるとアメフトのチームやゲームの駆け引きに少し詳しくなった。

それはともかく、昨日はテレビをつけたら何やらアニメ番組をやっていた。シリーズものの途中の回だし、こういうのはそもそもの設定からしてかなり荒唐無稽であるのが常だから、どういう話なのかまるで分からない。絵柄としてもちょっと苦手な気はしたが、まあいいやとぼうっと見ていた。どうやら主人公の妹が誘拐され、その犯人と主人公が直接対決するというシーンらしい。殴り合いでもするんだろうかと思っていたら、悪役らしき人物が
「君の一番得意な、これで勝負だ!」
とか何とかいう台詞とともに机の上の布を取り去ると、そこにはチェスボードらしきものが!おっ、と思わず声を上げてしまった。

これはオープニング(定跡)が何かくらいチェックしないとと俄然興味を持って見始めたのだが、残念なことに盤面は全然写されない。悪役の人の説明によると、ボードの横に置いてある天秤に自分が取った駒をお互い乗せていき、天秤の犯人側への傾きがある程度大きくなると、誘拐された妹のそばで爆弾が爆発する仕掛けなのだそうだ。そういうわけで、主人公の駒を取っては天秤に置いていき、「どうした?もう1個乗せたら爆発しちまうぜ、ははは」というような台詞とともに笑う悪役と、主人公の焦る顔ばかりが出てくる。チェス本来のルールとはちょっとずれている気もするが、まああまり駒損しては勝てないのも確かだから、こういう設定でもいいのかと思うことにした。

結局その後の展開はあまりよく理解できず、気がついたら妹は救出されて事件は解決したようだった。まあそうでなければ話にならない。しかしあのルールだと、BやSに対してRの価値がだいぶ低くなりそうだな……などと考えながら床に就いたのだった。

今日になってから、ふと気になってうちにあるチェス駒の重さを量ってみたところ、BとSがともに20グラムだったのに対してRは15グラムしかなかった。やはり、である。あの場合は、普通とは違った指し方が求められるような気がする。

2007年02月03日

ブゾーニ編のシャコンヌ

久しぶりにゆっくり寝ていられる日だったので、昼近くまで惰眠を貪ってしまった。やはりこういう日があると助かる。先日の博多出張の際に買ってきた辛子明太子がまだ一腹余っていたので、きざみのりとともにパスタと和えてお昼にした。

午後は主にピアノを弾いていた。平日の間はほとんど練習できないから、こういうときにちゃんと譜読み中の曲を弾き直して記憶を取り戻さないといけないのだが、またぞろ悪い癖が出てすぐ新しい曲の楽譜を開いてしまう。最近ファジル・サイの弾くバッハを車内でかけているせいで、今日はブゾーニ編のシャコンヌを弾き出してしまった。もちろんまともに弾けるわけはないが、冒頭の2ページはゆっくりしているからどうにかなるし、ここだけでも十分陶酔した気分に浸れる。やっぱりいい曲はいい。

このブゾーニ編のシャコンヌは、私の所属していたピアノサークルでもかなりの人気曲で、各学年ごとに必ずと言っていいほど挑戦する人がいた。私自身一度やってみたかったけれど、こうみんなが弾いていては自分一人の下手くそ加減が浮き立つし、原曲が何しろ有名だからミスがいちいち目立ってしまう。結局やらないまま終わってしまった。今から長期計画で少しずつ譜読みしてみても楽しいだろうとは思うが、どうせまた数ヶ月もすれば他の曲に目移りしてしまうに違いない。

夕方から市街地に出かけた。いつものピアノスタジオに行ったら、今日はグランドピアノの部屋が埋まっていますと言われ、やむを得ずアップライトの部屋を借りる。メインはスクリャービンのエチュードとラフマニノフの「静かな夜に」。昼間のブゾーニ編も少し弾いた。

2007年02月02日

スパムメール

朝方と昼過ぎに雪がちらつく寒い一日。それでも夕方にはいつの間にか雲がほとんど消えてしまい、帰るころには西の空に金星が輝いていた。この一帯の変化に富んだ天気は、やはり山のそれを思わせる。

いくつか持っているメールアドレスをメインのアドレスにまとめて転送している関係もあって、スパムメールが毎日大量に届く。日によってかなり変動はあるが、平均すれば一日百通くらいだろうか。しかしプロバイダのサービスで、9割方は最初から別のフォルダに振り分けられるようになっているから、実際のところは多くて10通前後である。しかし今朝起きてみたら、就寝中の6時間くらいの間に24通も届いてしまっていた。プロバイダのフィルタがメンテナンスでもしていたのだろうか。日中もいつもより多かったように思う。

このブログに送られてくるコメントスパム、トラックバックスパムも実は相当な量が来ている。ほとんどは自動的に迷惑コメント、迷惑トラックバックと判断して掲載されないようになっているが、たまに漏れて載ってしまうことがあるので、そのときは手動で削除せねばならない。しつこい場合は送信元のIPアドレスをアクセス禁止リストに加えることもある。今はまだこれくらいの対応で何とかなっているが、増えてきたら対策を講じる必要があるかもしれない。全く迷惑な話である。

2007年02月01日

詰パラ2月号

今日は4年生の卒論提出の締切日だった。自分が学生のときに所属していた学科では卒業論文というものはなく、論文と名のつく文書を提出したのは修士論文が最初だったが、締切日当日は締切時間5分前に印刷したものを大あわてで窓口に持っていくなんて光景も珍しくなかったように思う(そしてまたそういうときに限ってプリンタが紙詰まりを起こしたりするのである)。しかし、うちの講座の学生さんたちは皆さん余裕を持って提出したようだ。ただ2週間後に発表会があるので、それが終わるまではまだまだ気が抜けない。今日のところは、お菓子などをみんなで食べて軽めの慰労会。

帰宅すると詰パラ2月号が届いていた。1月号は結局ほとんど眺めているだけで終わってしまったので、せめて少しはと思い、とりあえず表紙作・ヨチヨチルーム・保育園・幼稚園とやってみた。ヤン詰も比較的解きやすそうなので、あとで考えてみよう。表紙作は暗算で解くにはちょうどいい感じで、まとまりもいいし着地も決まるし、表紙にはぴったりだと思う。こういう作品をさらっと創れたらさぞ気持ちがいいことだろう。