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愛のエチュード

今日は、DVDで映画「愛のエチュード」(2000年・英仏合作、原題:"The Luzhin Defence")を見ていた。

先日京都でHさんとお会いしたとき、この映画のサントラCDを貸していただいた。ナボコフの小説「ディフェンス」を映画化した作品である。原作の小説は若島正氏の訳で読んだことがあったが、映画はまだ未見だった。広島に戻ってすぐDVDを注文しておいたところ、それが今日届いたのである。

全体を通して大変映像がきれいだった。それは、抑えた感じの撮り方がいいこともあるだろうが、何より撮影地のコモ湖畔とそこに建つヴィスコンティの別荘の美しさによるところが大きい。やはりこういう場にチェスは似合う。主役となる2人、ジョン・タトゥーロとエミリー・ワトソンも、この作品のイメージに合っていたと思う(同じように精神的な問題を抱えている天才の話として「ビューティフル・マインド」を思い出すが、あのときのラッセル・クロウは直前に見た「グラディエーター」の印象が強すぎて、最初はちょっと違和感があったのだった)。物語の最後には原作にないエピソードがつけ加えられていたが、まあ確かに映画ならあの方がいい。原作のまま終わらせていたら、救いようがなくなってしまいそうだ。

肝心のチェスの場面はもちろん注目していた。なまじチェスを知っていると、こういうところでおかしな表現が出てきただけでかなり興ざめしてしまうのだが、さすがに作品全体に関わるテーマだけに、いい加減な描写はしていない。重要なシーンでの盤面も出てくるので一応並べてみたが、なるほどと納得できる局面だった。ただ、あるシーンで非常に重要な一手が指されたときにその対局者が対局時計のボタンを押さなかったので、「早く押さないと持ち時間が……」と余計なことが気になってしまった。

ここまではいいのだが、どうかと思ったのは日本語関係。まずこの「愛のエチュード」という邦題はどうだっただろう。「エチュード」という言葉は、オリジナルでは全く使われていない。もちろん言葉を替えることでより望ましいイメージが伝わるならいいと思うが、おまけ映像にあった予告編を見ると、わざわざ

“エチュード”とは---チェスで芸術的なエンドゲームのこと。
ルージンの一連の手筋は見事なエチュードでもあった。

と注釈が表示される。つまり、タイトルだけではやっぱりイメージは浮かばないということだと思う。もっとも、じゃあどんな邦題ならよかったのかと言われると、あまりいい知恵もないのだが。

タイトルはまだいい。問題は字幕だ。チェスのテクニカルな用語が出てくると、私ですらおかしいと感じてしまうような訳が出てくる。まあチェスは日本では全く浸透していないので、正確に訳そうとするとチェスの一般的なイメージとの両立が難しくなる面があるのはやむを得ないだろう。ただそうしたこととは別に、少し調べればすぐ分かるであろう誤訳もあるように思われた。どうもこういうことは気になってしまっていけない。そういえばこの字幕翻訳者、「ビューティフル・マインド」のときも、"Fields' prize" か "Fields' medal" が台詞に出てきたときに「フィールド賞」と訳していたのだった。フィールズ賞を知らないのは目をつぶるとしても、"Field's medal" なのか "Fields' medal" なのか、どうしてちょっと確認しないのだろうと当時も感心しなかった記憶がある。

と最後は違う映画の話に脱線してしまったが、ともあれよい映画を見させてもらった。これからサントラを聴こう。

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コメント

題名はトリュフォーの「恋のエチュード」を意識したんでしょうね。対戦相手のカパブランカぽさが好きです。あの最後の局面はSpeelmanが作ったんでしたっけ。

ああ、トリュフォーの映画を意識しているのですか……
まあそれらしいタイトルをつけるにはそうするしかなかったというところでしょうか。
最後のクレジットにChess ConsultantとしてSpeelmanの名前が出ていました。

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