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2007年03月31日

二宮に移動

実家のリフォームに備えて大型のラックやオーディオ機器などを祖母が住んでいた二宮の家に退避させることになり、あれこれ車に積み込んで出かけた。首都高速はいつも通り渋滞していたが、一瞬見えた千鳥ヶ淵の桜はさすがに見事だった。

暗くなってから到着し、積み込んだ荷物を暗闇の中ふうふう言いながら運び込む。雨がまだ降り出していなくて助かった。明日は午後にここを発ち、小田原から新幹線に乗って広島に戻る予定。帰ればいよいよ新学期である。

2007年03月30日

藁人形再び

実家のリフォームに備えて少しずつ片付け作業をしているが、それと並行してピアノも弾いている。エレクトリックでないピアノを弾ける時間は貴重だ。ここ数日は「静かな夜に」と「夢のあとに」の他に、4ヶ月ほど前の一時期にトライしていたグラナドスの "El pelele"(「藁人形」)という曲をまた弾いてみている。非常に難しい曲なので譜読みは遅々として進まないが、それでも前にやっていたところからは少し前進した。私の練習パターンはいつもこうだ。弾けたらいいだろうなという虫のいい願望だけで譜読みを始めるが、やがて難所にさしかかってなかなか先へ進まなくなる。すると他の曲が気になりだして途中で放棄してしまうが、しばらくしてまた興味が回帰してくると、前に譜読みしたところまでをもう一度練習し始める。今度は「思い出す」作業なので、以前より短時間で放棄した箇所まで到達し、その結果もう少し先まで譜読みをすることができる。何曲かでこのサイクルをぐるぐる繰り返しているうちに、うまくいけばどれかが終わりまで行って、全体を何とか通して弾けるようになるわけだ(もちろん人に聴かせることができるレベルまで行くには、そこからがまた大変である)。「静かな夜に」や「夢のあとに」もそんな風にしてここまで持ってきたが、「藁人形」はできたとしてもまだまだ時間がかかるだろう。

このアップライトピアノも買ってからずいぶん時間が経ったし、実家をリフォームしている期間中に「入院」させて弦を張り替えることも考えている。さらにハンマーも新調するか、響板にまで手を入れるか、リニューアルの度合いもいろいろあるようだ。この機会にやれることはやっておいた方がいいかもしれないが、もちろん大がかりになればなるほどお金もかかる。どうするかもう少し検討しよう。

2007年03月28日

数学会二日目

数学会年会の2日目。昨日は早起きしたせいでちょっと眠かったので、今日は幾分遅めに家を出た。代数学分科会の会場に行ったらH大のH君を発見したので昼飯に誘う。彼は来月からはまた東京に戻ってくるとのことだった。以前創った詰将棋はすでに数作投稿してあるそうで、そろそろ雑誌デビューも近いのではないかと思われる。

午後は数学会春季賞の表彰と受賞者の講演がある。始まる直前に統計数学分科会の部屋に行ってHさんを発見し、昨日渡しそびれたCDを無事お返しした。表彰式の会場はすでに座席がほとんど埋まっていて、かろうじて空いていたかなり前の座席に陣取る。今年の春季賞受賞者はK大のNさんで、非線形分散波動の漸近解析に関する業績が受賞理由。分野が全く違うので講演内容はやっぱりよく分からなかったが、書画カメラで大型スクリーンに映し出されたスライドの手書きの文字が恐ろしくきれいなのにはちょっと驚いてしまった。どちらかというと数学者は私も含めて悪筆の人の方が多いような気がするのだが、あんな風に字が書けるなら、TeXを使うより数学に臨場感が出ていい。

受賞講演終了後はどうしようか決めていなかったが、Hさんは夜の懇親会に出席されるそうで、それまでは時間があるとのことだったので、自然とチェスを指そうということになる。そういう流れになるかもしれないと思って、チェスの盤駒とチェスクロックは一応持ってきてあった。適当な場所を探し、大学会館入口脇の休息スペースのような場所で始めたのだが、たまたますぐ近くに将棋の超強豪でもあるN大のSさんが座っていらして、Sさんの視線を背後に感じながら対局することになった。チェスも相当な腕に違いないから、後ろからあきれられていたかもしれない。

その対局、最初は白番であっさりポカを出してしまい、簡単に負けてしまった。ドラゴン・ヴァリエーションは一触即発なので、一手間違えるとすぐ勝負がついてしまう。しかし逆に言えば、十分対策を立てておけばそれなりに対応は可能なのではないかという感触も持ち始めている。もう少し研究を進めておこう。まだ時間があったので先後を入れ替えてもう一局。今度は中盤までやや有利に進められたが、私が下手なくせにやたらに考えるものだから思いの外時間が経ってしまい、懇親会の開始時刻を10分ほど過ぎたところでHさんが投了する形で無理やり終了。形式的には勝ったことになるが、実際には差を詰められてきていたのであのまま指していたらドローくらいだったのではないか。いや、こちらの負けだって十分可能性があったと思う。とにかく、相手が急いでいるのに平然と長考して申し訳ないことをしてしまったと反省。我ながら気が利かない。

数学会の出席は今日までの予定。

2007年03月27日

数学会年会

今日は日本数学会の年会が埼玉大学で行われるため、早起きして出かけた。15分ほど歩いて国府台駅から上野行きの京成線に乗る。学生時代は何度も何度も繰り返したルーティンだ。

日暮里で京浜東北線に乗り換え、30分ほど揺られて北浦和駅に到着した。さて、ここからバスに乗って埼玉大学まで行くわけだが、ここで毎年おなじみの経験をすることになる。学会に行くと決まってそうなのだが、最寄り駅に到着したところであたりを見渡すと、必ず一人か二人、この人同業者だなと思う人が歩いているのである。別に学者然としているわけでもないし、数学者のステレオタイプなイメージそのままに、ぶつぶつ言いながら何やら紙に計算をしているというわけでもない。しかしなぜか分かるのである。確信めいたものを感じるのだ。一度そういう人を見つけたら、あとは地図を確認したりする必要はなく、その人の後ろからついていけばよい。しばらくすればほぼ間違いなく、「日本数学会年会」という看板が掲げられた門にその人がすうっと入っていくのを見ることになる。今日も駅前でそれらしい人を発見したので何となくマークしていると、やはり埼玉大学行きのバスにすたすたと乗り込んでいった。嗅覚はまだ健在のようだ。

今日は代数幾何の講演が多かったので、午前・午後を通じてだいたい代数学分科会の部屋に滞留していた。ただ、午後2時半からはちょっと抜け出して別の分科会に移動し、チェスの先達であるHさんの講演を聴いてくる。もちろん専門が違うから聴いてすぐ分かるわけはないのだが、証明の細部にこだわったりせずに全体のストーリーを話してくれたので、門外漢なりに楽しめた。そもそも数学の講演などというものは、一部の天才を除けば聴いたその場ですらすら理解できるようなことは滅多にない。ましてや専門外となればなおさらだ。証明一辺倒にならず、あんな風にその問題を考えた経緯や理由、背景に流れる思想など、論文の行間を補うような話をするのが、特に数学会のような大人数が集まる場では正しい講演のスタイルだと思う。

いったん代数学分科会に戻って最後の講演を聴いてからもう一度先ほどの部屋に行ってみたが、どこかで行き違いになったようでお会いできなかった。お借りしているCDを返しそびれてしまったが、また機会はあるだろう。

2007年03月25日

帰省

実家に移動。新幹線は地震の影響で遅れるかと思ったが、それはなかった代わりに大変な混雑だった。広島からは何度となく乗っているが、ホームで行列の先頭に並んでいたのに座れなかったというのは多分初めてだ。幸い隣の福山駅でうまく押さえることができたが、名古屋あたりまでは立っている人が消えなかった。当初の予定では、うまくいけば窓際の席を確保して右側の富士山を見てみようかとも思っていたのだが、そんな座席をえり好みできる状況ではなかったのである。それでも一応確認だけはしておこうと思い、掛川を過ぎてしばらくしてからちょっと席を立ってデッキで目をこらしていたが、発見できないまま静岡が来てしまった。あまり天気がよくなかったからやはり無理だったか。まあいい、また今度(最近この台詞ばかり書いているような気がする)。

実家では家をあちこちリフォームすることを計画しているようで、帰宅してからいろいろ話を聞く。まだどうするか決まっていない部分もあるようだが、いずれにしても押し入れに堆く積まれた、子供時代のあれこれをどうにかしなければいけない。今回の滞在は、学会に出かける日以外はその関係の作業に追われることになりそうだ。

2007年03月24日

デパ地下の怒れる男

今日は朝から晩まで一日中雨だった。しかし空気にはあまり冷たさを感じない。もうほぼ季節が入れ替わったようだ。

昨日ピアノを弾きに市街地へ出かけたとき、デパートの地下の洋菓子売場で、中年男性が激しく店員を怒鳴りつけているのに出くわした。耳をそばだててみると、どうやら何かの行き違いで包装を頼んだ店員がどこかに行ってしまい、やたらに待たされていることに怒っているらしい。
「いつまで待たせんだよ、さっきの人どこ行ったの?時間ねえんだよ、バカ野郎!店長を出せ、ふざけるな!」
女性店員がそれに対して必死に謝りながら、店長風の男性と大あわてで菓子を包装して紙袋に入れている。何か面倒な包装を要求されたのか、結構時間がかかっている。ようやくできた商品を「申し訳ありませんでした……」とすでに歩き始めていた男性に差し出すと、男性は乱暴にそれをひっつかんでエスカレーターの方に歩いて去っていった。

デパートを抜けてピアノスタジオに向かって道を歩き出してからも、そのシーンが妙に頭から離れなかった。自分もどちらかといえば、待たされることに対してイライラしてしまう方である。いや、待つことが必要なら、そのこと自体は別に構わない。正確には、待たされなくてもいいことなのに待たされた、ということに我慢できなくなってしまうということだ。さっきの男性は、店側が包装をしているんだろうと思ってずっと待っていたら実はその間何も行われていなかったわけで、何の益にもならない無駄な時間を浪費させられたという気分だったのだろう。だからその怒りは非常によく分かるのである。もし自分が同じ状況に置かれたら、あそこまで極端でなくても、やっぱり文句を並べてしまうのではないか。

しかしまたそこで思うのである。その光景を横で見ていた第三者としては、「あれだけ店員が真摯に謝っているんだからいいじゃないか、ちょっと待たされたくらいで偉そうに」という気にしかならないのだ。実際、店の人が謝りながら少しでも早く包装を完成させようと必死になっているのは、傍目に見てもはっきり伝わった。マニュアルめいた言い方ではなく、ちゃんと謝っていたのである。その態度を見ていると、怒っている方に与しようという気には到底なれなかった。

もし自分が似たようなシチュエーションにおいて当事者となったとき、相手が衷心からの謝罪の意を示しているのに文句を言い続けたとしたら、それが相当腹の立つことであっても、横にいる第三者から見ればこんな風に思われてしまうのだ。もって他山の石とすべしだな……などと考えながら、ピアノスタジオに到着したのだった。

なお、明日は実家に戻る予定。

2007年03月23日

ピアノの練習日

今日はもう勤務先には休暇願を出してしまい、家で過ごすことにしていた。当初の予定ではいろいろ掃除でもしようというつもりだったのだが、そのへんに散らかっている衣類やらスーパーのビニール袋やらをまとめたくらいでピアノに逃避してしまった。我ながら全く意志が弱い。まあいい、また今度。

今日はもうピアノの練習日と定め、かなり長いこと弾いていた。だいたい今年は演奏会にも出ることを考えているのだから、それだったらいい加減に練習しないとまずいのだ。下手くそは下手くそなりに、せめて一昨日のチェス並みに2勝2敗程度の演奏はできるようにしておきたいところである。電子ピアノばかりだと感覚がおかしくなるので、夕方に市街地まで出かけて、久しぶりにスタジオでグランドピアノを少しさわってきた。やはりフォルテを鳴らしたときの気持ちよさが違う。「夢のあとに」と「静かな夜に」は譜読みは一応終わり、暗譜も8割方できた。現在の状況が後退しないよう、少しずつでも練習は持続しよう。

2007年03月22日

片付け作業

今日は先延ばしにしていた勤務先の自室の整理をやっていた。机の上、引き出しの中、戸棚の中に、海のものとも山のものともつかぬよく分からない書類があふれている。それを一つ一つ見ていっては、これはゴミ、これもゴミ、これは引き出し……とやっていく。結構多いのがどこかの業者が置いていったチラシとか生命保険の広告とかで、そんなものはその場ですぐ捨てればいいのに、何となくそのままにしていたせいでいつの間にかすごい量になってしまっていたのだ。ずいぶん捨てたような気がするが、まだ手を着けていない山が残っている。もういい、また今度。

それから、同僚の先生と協力して、10年以上前に買ったコンピュータやらモデムやらを廃棄する手続きをした。具体的には、購入時に事務方が作ったシールが機器に貼られているのでそれをはがし、「備品廃棄願」にそれを貼る。そしてそのシールに書かれている個体番号や機器名、さらに廃棄理由を書く。一つ二つならどうということはないが、これも量が多いので結構大変だ。でもまあこちらについては、切りのいいところまで何とか終わった。

さて、明日は自宅の掃除でもしよう。

2007年03月21日

中国地区選手権

5月に行われるチェスの全日本選手権の中国地区予選が三原で今日行われ、新幹線に乗って行ってきた。集まったのは……8人。たったの8人!?と思われるかもしれないが、去年だったか、4人しかいない年もあったらしい。しかもルール上は別に中国地区に住んでいなければいけないわけではなく、今回の8人も半分くらいは大阪や九州など遠方から参加された方なのだ。これが中国地方のチェスの現実である。またその一方で、遠いところから馳せ参じる人たちの情熱にも感心してしまう。

さて、それで結果は以下の通り。対局は4局。
1. 対N氏(1800)  白番 41手 負け
2. 対K氏(1571)  黒番 32手 勝ち
3. 対Mo氏(1817) 黒番 41手 負け
4. 対Ma氏(1735) 黒番 26手 勝ち
というわけで、2勝2敗の2.0ポイントだった(対戦相手のカッコ内の数字はその方のレーティング)。全敗するだろうと思っていたので、2勝もしたのはできすぎである。持ち時間が30分プラス1手30秒と比較的余裕があったのは助かった。二段の段位を持つN氏からは「1700くらいでしょう」と言われたが、多分それは高く見積もりすぎだろう。タクティカルな読みは詰将棋で培ったものが幾分援用できているかもしれないが、やはりポジショナルな考え方、あるいはエンドゲームでの指し方がまだ全然なっていない。勝った2局はまだ比較的駒が盤上に残っている状態で受けなしに追い込む形だったのに対し、負けた2局はいずれもKとPだけの局面で敵ポーンの昇格が止められなくなってリザインしたもので、手数にもそれが如実に表れている。でもまあ、当初の目標は「一手ばったり」の大ブランダー(1手詰を見逃すとか、ただで駒を取られるのに気づかないなど)をしないということだったので、それについてはおおよそうまくいったかなと思う。じわじわと差を広げられて負けるのは実力が足りないからで、これはもう事実なのだから仕方がないことだ。むしろそういう負け方を経験できたことは、今回の収穫と言える。

終了後、参加者の一部と夕飯を一緒に食べる。全部終わって帰ろうとしたら、Moさんから「青春18きっぷでこれから広島まで行くので一緒にどうですか」と誘われたので、新幹線の特急券をキャンセルして鈍行で帰ることになった。大阪から来ている方だが、今夜は広島に泊まって明日さらに西進するつもりなのだそうだ。乗車中、チェスを始めたいきさつなどいろいろ話していただいたが、やはりチェスにかける情熱を感じた。生半可な努力では強くなれないのだなと実感。

さて、少しは頭にボードを描けるようになっただろうか?プロパラでも解いて試してみよう。

2007年03月20日

訃報

年度が新しくなる前に少し勤務先の自室をきれいにしておこうと思ったが、結局あまりできなかった。チェスの勉強も、何だか今さらやっても付け焼き刃でしかない気がして、今ひとつ身が入らず。オープニングの基本的なラインをいくつか確認したくらいだ。

何気なく詰将棋メモを見に行ったら、北海道在住の詰将棋作家、田利廣さん逝去の報が出ていて驚いてしまった。長い期間にわたって良質の作品を生み出し続けてこられた方だが、まだ亡くなられるようなお歳ではなかったはずだ。3年前の夏、看寿賞をいただいた札幌での全国大会のとき、懇親会の場で声をかけていただいたのを思い出す。一昨年の尾張一宮での大会にもいらしていたようだが、そのときは私が懇親会に出ずに帰ってしまったこともあってお話しできなかったので、結局あの札幌での会話が最初で最後になってしまったことになる。また創作論などをいろいろお聞きする機会もあろうと思っていたが、残念。

ご冥福をお祈りしたい。

2007年03月19日

チェスの大会

少し前の話になってしまったが、先々週に行われていたCapelle la Grandeのチェス大会では、日本人選手の中でIさんが9ポイント中5.5ポイントを獲得し、レーティング2100-2200の部門で見事優勝したらしい。チェスのためにロシアに留学したというから気合いの入れ方が違うが、その成果がきっちり出たわけだ。彼は数学科の後輩であり、かつピアノサークルの後輩でもある。大学ではちょうどすれ違いになってしまったので直接お会いしたことはないのだが、こうして活躍してくれるとちょっとうれしい。

それに触発されて、というわけではないけれども、チェスの全日本選手権大会が今度の5月にあり、その中国地方の予選がどうも明後日にあるらしいので、どんなものかちょっと行ってみようかと思っている。もちろん全部負けるに決まっているが、こういうのはとにかく実際に指す経験をしてみないことにはどうにもならない。エンドゲームを暗算で解こうとしてもボードがぼやけてなかなか思考が進まない一方で、(かなり)簡単な詰将棋なら頭の中で駒を動かして解けるというこの差は、やはり子供のころに父と毎晩将棋を指していた時期があったことが大きいと思うのだ。つまり、頭の中に描くボードとピースたちのピントがもう少し合う程度までは頭を慣らしたい。そうすれば詰将棋のように、エンドゲームの図面を覚えてジョギング中に考えることもできる。本当はこういう公式な対局ではなくて、もっと気軽なOTB (=over the board) の場があればそちらの方がいいのだが、何せ周辺にはチェスを指すコミュニティが見つからないのでやむを得ない。

それにしても、ネットなどでタクティクスの問題が出ているのを見るとちょっと考えてみたりするのだが、正解が分かることがほとんどない。しばらく考えてどうもうまくいかないのであきらめて解答をチェックし、何でこんな当たり前の手順が見えないんだよと嘆く、その繰り返しだ。たまに分かるときでもかなり時間がかかっており、タイムプレッシャーのある実戦で発見するのはまず無理だろう。

2007年03月18日

検討から生まれた名作

午前中はNHK杯将棋トーナメントの決勝戦を見ていた。佐藤棋聖と森内名人という豪華な顔合わせだったが、さすがに役者が違う。お互いに思いもよらない妙手を次から次に繰り出して、息つく暇もない。一番最後には逆王手の筋まで出てきた。やはり最高レベル同士が指すと圧倒的に面白くなるなあとあらためて感心。将棋界はこのところずいぶんもめているようだが、何とかうまくまとまってほしいものである。

かずひでさんが発表された会話型将棋PGだが、その後何人かで検討が加えられた結果、余詰が少し見つかったようだ。ただ、余詰が出ても会話をうまく手直しするだけで容易に修正できるのがこれのいいところである。それより、余詰順の中にさらにすごい手順が見つかったようで、そちらを作意にした作品が同サイト第2問として掲載されている。これはまさに名作だ。高坂さんの作品と並び、このタイプのPGのスタンダードとして残るように思う。

こんなふうに、余詰を探していたらもっといい手順が見つかって作意を変更するということは詰将棋創作でもたまにあることだと思うが、作意の予定変更が比較的容易な会話型将棋PGの創作過程では、これが作品の質を高めることにかなり役立ちそうである。特に複数人数での検討が有効なようだ。

2007年03月17日

プロパラ届く

昨夜はいい心持ちで帰宅したらプロパラが届いていた。1月下旬には発送するという話だったのに2月になっても届かず、3月も半ばにさしかかって、さすがにどうしたのだろうと思っていたところだった。まあ1月から3月にかけては、大学関係者はやたらと忙しくなるのはどこも同じである。むしろそういう状況にあってもこうやって編集作業をこなしている若島さんには、あらためて頭が下がってしまう。

早速パラパラと眺めてみる。今号の問題はこれから少しずつ解いていくとして、前々回の解答・解説の方を見ると、解いた人の感想として結構私のコメントが出ている。そういえば前々回はちょうどスウェーデンに出張中のときで、あちらでは時間に余裕があったためにいつもよりやや多めに解くことができたのだった。解けた(と思った)ら解答と一緒に必ず感想をつけるようにはしているのだが、どうやらその感想が全部載せられてしまっているようなのだ。どうも自分が書いたものが出ているというのは、何となくきまりが悪くなってしまう。でもまあそれぞれの担当者が載せてくれたということは、私の感想は各問題に対するコメントとしてそれほど見当違いではなかったのだろう、と思うことにしたい。

また今号には特別記事として、チェスプロブレム界のスーパースターともいえるMichel Caillaud氏のフェアリーレトロ作品の解説が9ページにわたって掲載されている。すごく面白そうだが、読んで理解するのにはかなり時間がかかりそうだ。

2007年03月16日

牡蠣の土手鍋

W大学のK先生がH大学のF君と共同研究をするため、一昨日あたりから来広されていた。牡蠣のおいしい店をご存じだと聞いたがどこだか教えてくれませんかという趣旨のメールをいただいたので、せっかくだからと3人で牡蠣鍋をつつこうという話になる。そんなわけで、今日は夕方にいったん帰宅して車を置き、バスで市街地に出かけた。お連れしたのは、以前ピアノサークル時代の先輩が来たときにも利用した店だ。今シーズンは暖冬とノロウィルス騒ぎのせいでスーパーの売り場から牡蠣が消えるのが早く、まだやっているかが心配だったが、今月いっぱいは食べられる様子。牡蠣の塩辛に始まって牡蠣雑炊とフルーツに終わる牡蠣コースをいただきながら、いろいろお話しした。やっぱり陽気なK先生と話すのは楽しい。今後も研究集会やセミナーなどで是非広島に来ていただきたいものだ。

話に花が咲いたせいで、私にしては結構アルコールを飲んでしまった。明日は土曜日だし、ゆっくり寝ていよう。

2007年03月15日

将棋プルーフゲーム新作登場

今日もやたらに寒い一日だった。雑用の合間を縫ってセミナー。これが今年度最後になるだろう。

例の会話型将棋プルーフゲームだが、かずひでさんのサイト、「あじゃ盤」で新作が発表された。実は私は、もう少しで解けそうでまだ解けていないのだが、傑作の予感がする。すでに解けた方からは絶賛されているようだ。何度も書いたように、将棋はチェスと比べて手の可能性がかなり広くなるため、単なる手順前後や成不成の非限定などは大目に見ないと、なかなかプルーフゲームを創るのは難しい。逆に言えば、もしこれくらいの条件だけで作意を完全に限定できていたとしたら、それだけでもう第一級ということになるのではないだろうか。腕に覚えのある方は、是非見に行ってほしいと思う。

2007年03月14日

ストレス診断

勤務先のメールボックスに「職業性ストレス簡易診断(ストレスチェック)」なる紙が入っていた。事務方が入れたらしい。57項目の質問に対し、「そうだ」「まあそうだ」「あまりそうでない」「全然そうでない」から選んでマークしろ……という、お決まりのスタイルだ。前に告知があったときは希望者だけやれという話だろうと思っていたのだが、どうやら全員提出しなければいけないらしい。

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最近1ヶ月の間に、次のような状態になったことがありますか。
イライラする --- ほとんどならなかった ときどきなった しばしばなった よくなった
不安だ --- ほとんどならなかった ときどきなった しばしばなった よくなった
悲しい --- ほとんどならなかった ときどきなった しばしばなった よくなった
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どうも私は昔から、この手のアンケートの類が苦手である。深く考えずに軽い気持ちでやればよいというのだが、むしろ深く考えようがないから困るのだ。書いてある質問があまりに漠然としていて、その質問の言葉をどう受け取るかでまるっきり答えも変わってきてしまう。そのどう受け取るかということも含めて調査しているのだろうが、それに加えて選択肢の言葉の解釈についての個人的な差異があるわけだし、さらに質問内容からどういう診断をするつもりなのかも透けて見えてきてしまうから、それを意識した回答をしてしまうこともある。不確定要素が多すぎて、いったいこれで何が分かるんだろうという気分にどうしてもなってきてしまうのだ。

まあ少なくとも今日の回答で、「あなたは深刻なストレスを感じています」という診断結果が返ってくることはまずないだろう。

2007年03月12日

夏時間

定期的に巡回しているサイトの中には、日付が変わる瞬間に内容が更新されるようなページがいくつかある。それが海外、特にアメリカのサイトの場合は、日本時間の午後にページが書き換わるわけだ。そういうことを覚えてしまうと、ちょうどその時間が来たときに、自然とそのサイトをチェックしに行くようになる。

あるサイトはいつも日本時間で午後2時に更新されている。今日はうっかりそのサイトを1時半頃に開いてしまった。あっ、まだ変わっていないんだったと思ったのも束の間、見るとページ内容がもう更新されている。どういうことだ?としばし首をひねってから、少し調べてみて分かった。夏時間、いわゆるサマータイムである。

サマータイムは例年、ヨーロッパでは3月の最終日曜から、アメリカでは4月の第1日曜から始まることになっていた。だからまだその時期には早すぎるはずなのだが、実はアメリカでは包括エネルギー法なる法律が今年から施行され、サマータイムは3月の第2日曜から始められることに変更されたらしいのである。これは全然知らなかった。こんな暖房が欠かせないような時期にサマータイムもないもんだという気もするが、アメリカでは夏時間のことは "daylight-saving time" と言うようだから、あまり違和感はないのかもしれない。

サマータイムというと、昔観光でヨーロッパを旅行中、列車に乗り遅れたことを思い出す。もう12年前の話だ。十分余裕を持って駅に着いたはずなのに、その列車ならすでに発車しましたよと言われたのである。そんなバカなと思ってあたりを見渡すと、確かに駅正面の大時計も壁の小さな時計も、全部1時間進んでいるのだ。狐に化かされたような気分だった。何より不思議だったのは、前日に「明日から夏時間だから時計を進めないといけない」という類の文句や注意を全く聞かなかったことである。生活にとけ込んでいると、社会全体が時計を進めることにこんなに適応するものなのかと、何とも新鮮に感じたものだ。日本だったら、駅の構内放送で「ええ、本日より、サマータイムが導入されておりますのでご注意ください」というアナウンスがひっきりなしに流れるであろうことは、想像に難くない。

2007年03月11日

詰将棋の入力作業

今日も寒かった。天気はよかったので夕方にジョギング。

近代将棋誌と将棋世界誌に掲載される投稿詰将棋を毎月kifファイルとして保存しているが、遅ればせながら今月分をようやく今日入力した。自作が載ったころに何となく始めたが、今もスクラップブックに切り貼りするような感覚で続けている。入力のたびに、毎月毎月こうやって作品が発表されて、もう掘り出されていない傑作なんてもう残っていないんじゃないのか、という気になってしまう。しかもそれらは選者によって選ばれている以上、単に詰将棋の体をなしているというだけでなく、作品として優れているものなのだ。しかしそれでもなお、こんなすごい作品があったのかとときどき驚かされることになるのである。

近代将棋誌の方は、前々回に掲載された作品のうち2つに余詰があったとのこと。コンピュータで作品の完全性を検討できるようになってから余詰はすっかり減ったが、作品によってはコンピュータが余詰はおろか本手順を解くことすらままならないということはときどきある。でもまあ、解く側にとっては余詰は気づかなければ何でもないし、気づけばそれはそれで悪くない気分になれるから、それほど大したことはない。厄介なのは誤植などによる不詰で、これは解答者に無駄な時間を使わせることになってしまう。しかしこれも、ホームページに告知を出してもらえれば、1ヶ月間悩み続ける人はだいぶ減るだろう。時代は変わった。

2007年03月10日

夢のあとに

土曜日なのに珍しく早く目が覚めた。午後はピアノの練習など。まともに弾けるのが土日だけなので、いつになっても譜読みが進まない。「静かな夜に」はだいたい一通り目は通したが、シャコンヌは当分埒が明きそうにないので、もう少し気楽にできる曲としてフォーレ=ワイルドの「夢のあとに」を弾き始めた。これも昔一度やったはずなのだが、何だかすっかり忘れてしまっている。覚えているのは、曲の後半でかなりミスをしたということだけだ。とりあえずあのころのレベルに戻るためには、まだかなり時間がかかりそうである。

夕方から市街地に出ようと車を出したら、家の前の道路がいきなり大渋滞。今日がサンフレッチェ広島のホーム開幕戦だったことをすっかり忘れていた。サッカー場が目と鼻の先だから、試合があるときだけ異常に混雑するのだ。観戦するうえでは恵まれたところに住んでいるわけだから、一度見に行ってみようと思いつつ未だ果たせていない。少なくとも、今日のような悪天候の日は遠慮しておこう。

2007年03月09日

無粋な風物詩

今日は今週2回目のセミナーだった。夕方に終わったら買い物でもして帰宅、というつもりでいたのだが、午後になって次々と仕事が降ってきてそれどころではなくなってしまった。やはりこれが年度末である。特に今年は学部の改編を控えているため、いつもなら生じないような仕事もどんどん出てくる。結局今日はずいぶん帰りが遅くなってしまった。来週もちょっといろいろありそうだ。

以前、顎関節症らしき痛みが出た時期があったが、ここ数日、また同じような症状が出ている。左耳やその周辺がたまにズキッと痛くなる。1年に一回、だいたい寒い今頃の時期にやってきて、数週間続くと消えてしまう。もう毎年のことですっかり慣れてしまったが、これが出るようになったら春も近いなんていうのは、春の訪れを知らせる風物詩としては無粋すぎる。

2007年03月08日

Linares et Cappelle la Grande

将棋の王将戦はついに3勝3敗で最終決戦にもつれ込むことになったようだが、チェスの世界でも大きな大会が二つ進行中である。うち一つは、現在のチェス界でも最高レベルにいるプレイヤー8人による総当たりのリーグ戦。前半の7ラウンドがメキシコのモレリア (Morelia) で行われ、今は後半の7ラウンドがスペインはリナレス (Linares) で行われている。Chessbaseには写真や映像もたくさん出ているので、ゲームの内容があまり分からなくてもそれなりに楽しめる。こういうトップGMの対局でも常に周りは見物客だらけでフラッシュが絶えないというのが、最初はちょっと新鮮だった。将棋のタイトル戦ではこういうシーンはまずあり得ないだろう。

もう一つは、フランス北部の町、カペル・ラ・グランド (Cappelle la Grande) で行われているチェス大会である。世界中から強豪が600人以上も集結して、1週間チェス漬けの日々を送る。日本からも4名の方が参戦中だ。もう23回目ということで、LinaresやWijk Aan Zeeなどのように、チェス界でCappelle la Grandeといえばもうおなじみの場所なのだろう。ただ町のホームページを見ていたら、住民は8610人しかいないのだそうだ。グランドと言っているわりにはちょっと規模が小さい気もする。片田舎の小集落が町おこしに将棋大会を開催しているようなものなのかもしれないが、それにしてはこれだけの選手を集めて立派な大会を運営しているのだから大したものだ。

なお、Cappelle la Grandeの大会はFrance 3ローカルニュースで報じられていた。"Dimanche 04 Mars" をクリックして出てくる映像の15:37あたりから2分間。日本人参加選手も映っていないかと期待したが、確認できなかった。なお映像が見られるのはあと数日だけだと思われるのでご注意を。

2007年03月07日

富士山の目撃情報

数日前にはセーターもいらないと感じるほどのぽかぽかとした陽気だったのに、一昨日あたりからはまたオーバーが欠かせない寒さに戻ってしまった。もっとも、今の時期はこれくらいの方がよい。寒い寒い、早く暖かくならないものかとこぼしながら暖房に手をかざすのが、今頃の正しい姿であるように思う。

だいぶ前に、新幹線の車中から見える富士山は、東京~名古屋間を走っているときにある瞬間だけ反対側の窓に現れる、という話を書いた。私は未だに見ることができないでいるが、乗車した人から確かに目撃したという情報が昨日届いた。やはり静岡と掛川の間で、下り方向に進んでいるとすると静岡駅を通過した直後、安倍川を渡ったところあたりだという。地図上でも確かにそのへんが一番それっぽいとは思っていたのだが、私の移動する日は天気が悪いことが多くて、どうしても確認できなかったのだった。これで視界さえよければ見えることははっきりしたので、また次の上京の際にも注意してみよう。もちろん、熟睡していなければ、の話である。

別にどちらの窓から富士山が見えようとどうでもいいことかもしれないが、東京~名古屋の長い行程の中である一カ所だけ、というのが妙に魅力を感じるのである。何となく、「点と線」のトリックのような、ミステリめいた感じを受けるせいかもしれない。

2007年03月06日

ショーソンのコンセール

先日ショスタコーヴィチのジャズワルツについてちょっと書いたら、いろいろコメントをいただいた。やはりこの作曲家はファンが多いのだなと実感。例のワルツについても、あちこちですでに使われていたのだと知った。しかしやっぱり一番ショッキングな情報は、細木某も愛聴しているという事実である。ズバリ言うと。

さて、車の中では別のCDを聴いているが、今かけているのはショーソンの「ピアノ、ヴァイオリンと弦楽四重奏のためのコンセール」Op.21。室内楽曲では私が特に好きな曲の一つである。元々は、学生時代に所属していたピアノサークルのOB会の会報だったか何かに載った文章で知った曲だ。書いたのは私のはるか上の代の先輩である。この先輩、原稿の中で自分の思い入れのある曲をいろいろ紹介してくれるのだが、すぐに話が脱線してプロレスの話題になったり、ここにはとても書けないような、あまり上品でない例えで曲を形容したりするものだから、読んでいておかしくて仕方がない。だいたいいつも一人称が「ワシ」なので、音楽評論を読んでいる気がしないのである。

中でも周りから最高傑作とされていたのが、ワープロ打ち10ページくらいの「音楽入門」(このタイトルからもう笑ってしまう)という一文だった。原稿を実家に置いてきてしまったので細部まで思い出せないが、この中で「コンセール」が、「たどり着いたものだけが味わえるこういう隠れた名曲の存在は、絶対人には教えたくない」というような文句とともに紹介されていたのである。これだけでもかなりそそられるのだが、さらに「この曲の第2楽章を聴いて、昔好きだった人に手紙を書きたくならないやつは人間じゃない」などと書かれては、これはもう聴くしかないではないか。この曲は今でもこうして愛聴しているが、第2楽章が流れるたびにいつもこの名評論を思い出してしまうのである。

2007年03月05日

ボードの塗り分け問題

一松信著「数のエッセイ」(ちくま学芸文庫)を読んでいたら、「将棋盤の塗り分け問題」という話題が出ていた。与えられた課題はこうである:n×nのボードがある。n=8ならチェスボードだし、n=9なら将棋盤、n=12なら中将棋盤だ。このボード上を動く駒に対し、盤の各マス目をm色で塗り分けて、その駒をボードのどこに置いても、置かれた場所と同じ色のマス目に1手で行けないようにしたい。このときのmの最小数を、nと駒の動き方によって決定せよ……というものだ。これを簡単なケースから未解決の問題に至るまで解説してくれている。

一番簡単なのは桂馬やナイトの場合で、これはチェスボードのように市松模様に塗ればよい(ただしnが1か2のときは一色で事足りる)。銀や歩ならば、横の行を同じ色に塗っておけば、やはり2色で目的は達成される。著者は中将棋や象棋(シャンチー)の駒までちゃんと考察していて、仲人や銅将、猛豹、象棋の士なども同じ理由で2色あれば十分である。ポーンは最初に2つ進めることを考慮するとm=3が必要十分ということになる。

このへんまでは比較的簡単だが、だんだん難しくなってくる。玉や金、中将棋の酔象、盲虎は4色必要である。麒麟は4色、鳳凰は3色、獅子は居食いをしないと仮定して9色が必要十分となる。飛あるいはルーク、角あるいはビショップは、ボードの大きさがn×nならどうしてもn色必要であり、逆にn色あれば必ず塗り分けられる。例えば飛車なら、各行ごとにn色の並びを1つずつずらして塗っていけばよい。

paintedboard.png他にもいろいろな駒について考察がされているのだが、最後の問題として著者が提示しているのがクイーン(あるいは奔王)のケースである。実はこの駒については、任意のnについての解答はまだ得られていないのだという。ただnが1,2,3,4のときはmはそれぞれ1,4,5,5であり、nが6と互いに素なときはm=n色が答えであることは一般的な証明がある。またnが6の倍数、もしくは6で割って4余る数のときは、m=n+1が答えのようだ。残ったnのうちn=8、つまりチェスボードの場合は、m=9が答えであること、すなわち8色で塗り分けることは不可能であることが詳しく証明されている。ここに掲げたのは9色を使って実際に塗り分けた例である。

この本ではそれ以外のn、例えば将棋盤のn=9のときには、この問題はまだ未解決であるとされている(追記参照)。この文章が書かれたのはもう30年以上前なので、今ならちょっとその気になればすぐコンピュータで調べることは可能だろう。ただ任意のnについて証明が得られているのかは分からない。もしご存じの方がいたら、ご教示いただければ幸いである。

[3/6追記]よく読んでみると、n=9で未解決であるとは書いていない。n=8のときに8色の不可能性を示したやり方を使えば、n=9のときも多分できるのだと思われる(証明できると明記はされていないが)。つまり個々のnについては力業で無理やり調べることは、ある程度まではできる。ただ一般のnについての証明はまだ知られていない、ということのようである。

2007年03月04日

一筆書き&オタフクカップ

お昼にパスタをすすりつつ、チャンネルをザッピングしながらテレビを見ていたら、女性タレントが焦りながら何やら図形を書こうとしている映像に出くわした。どうやら芸能人が入れ替わり立ち替わり出てきては、提示された線画の図形を指定された秒数内に一筆書きするという企画らしい。そのタレントは書き出しては途中で行き詰まってしまい、また最初からあわてて書き直すというサイクルを繰り返したあげく時間切れになってしまっていたのだが、奇数本の線が出た交差点から書き出さなければ一筆で書けるわけがないから、見ている方としてはあまり緊張感を感じられない。書き出した瞬間にダメだと分かってしまうからだ。もっとも、たとえそういう理屈を知っていたとしても、企画をぶちこわさないよう「えっ何、次どこ、どこ、こっち?ああ、何これ、ムズいよー」と大あわてしてみせるのが、正しい芸能人の作法というものだろう。

それはともかく、この一筆書きのモデルはボードゲームに対する考え方にも通じるものがあるように思われる。例えばチェスを指しているとき、「こうやる、こうくる、そこでこう指す……」と手を読んでいく、いわゆるタクティクスを見つける力は、それはそれで大事だ。実際その能力の差が勝敗を決することも珍しくない。しかし多くの場合、それだけでは読む必要のない手もいちいち調べざるを得ず、どうしても限界が来てしまう。そうではなく、「このポーンの構造で自分が勝てるとしたら、キングをf7に持っていくしかないはず」というようなポジショナルな面からの分析で、無駄な一筆書きをやらなくてすむようになる。将棋でも、単に手を読むだけでは可能性が爆発的に増えてしまうが、蓄積された経験から指すべき手の候補を瞬時に絞っているからこそ、その後の手の読みが生きるのだろうと思う。羽生三冠が著書で「情報は『いかに捨てるか』だ」と言っているのも、そのへんのことだろう。

夕方からジョギングに出かけた。公園に近づくとちょうど何かの大会が終わったところらしく、大量の小学生がわらわらと出てくる。掲示されていた行事表を見たら、「オタフクカップ小学生駅伝大会」だそうだ。「オタフクカップ」って、広島の人間なら瞬時にオタフクソース提供の大会だと分かるだろうけど、人によってはかなり奇異に感じる名前なのではないだろうか。ともあれ、上位入賞者にはオタフクソースが商品としてもらえるらしい。親御さんも大喜びの大会である。

2007年03月03日

ショスタコーヴィチ

今週は朝早く起きなければいけない日が多く、いつにもまして寝不足がひどかった。ここへ来たばかりのころと比べると、睡眠時間が着実に減ってきている。そろそろ生活サイクルを立て直さないとといつも頭では思っているが、習慣というものは容易には直らないものだ。日が高くなるころまでベッドでごろごろして、ようやく慢性的な睡眠不足の状態を抜け出した。

今借りている「愛のエチュード」のサントラCDをこのところ聴いている。どの曲も落ち着いていて騒がしくないので、何かしながらバックでかけているにはちょうどよい。メインの曲ともいえる "Love Theme" もいいのだが、一番耳に残ってしまうのは、映画の中でも効果的に使われていた、ショスタコーヴィチのジャズ組曲第2番の第2ワルツである。すっかりメロディーが頭にこびりついてしまい、最近は皿洗いをしているときにいつも口ずさんでいる。皿洗いのテーマ曲というと以前は「花のワルツ」だったのだが、ある時期からそれが「こうもり」になり、今はジャズ組曲のワルツに取って代わられようとしている。どうも私の頭の中では、台所という場所は3拍子の世界らしいのである。

ショスタコーヴィチというと、一番人口に膾炙しているのはおそらく交響曲ではないかと思うが、実はかなりいろんなジャンルの曲を書いている。私はそれほどは聴いたことはなくて、交響曲の他はピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲、24の前奏曲とフーガといったところだろうか。弦楽四重奏もかなりあるが、まだまともに聴いていない。室内楽は、どうしてもピアノが含まれている曲を優先してしまうせいだろう。

夕方に買い物に行ったときにCD店に立ち寄ったら、ちょうどジャズ組曲集が運よく置いてあったので早速買ってきた。私の好きな交響曲第9番もそうだが、ショスタコーヴィチはこんなふうに軽くて洒脱な感じの曲が一番よいように思う。

2007年03月02日

高坂氏の新作問題の解答

先月にこのブログで紹介させていただいた高坂氏の新作将棋PG、もう興味のある人はあらかた解いてしまっただろうから、解答を書いてもよいころだろう。問題は、
○先手が10手で詰まされた。
○不成が4回あった。
○詰め上がりでの後手の持駒は角と歩であった。
という条件を満たす手順を求めよ、というものであった。正解は以下の通り。
7六歩、3二飛、3三角生、同飛、6八玉、3七飛生、7八玉、3三飛生、8八玉、3八飛生まで。
見事な両王手の幕切れである。私が思うにこの問題のよさは、条件だけからは両王手の収束などということを微塵も感じさせないことにある。誰しもがしばらくは角を7七や8八に飛び込ませてみて、どうしても不成の回数が足りないと悩むのではないだろうか。そうして迷路をさまよったあげく、切れ味鋭い手順がひらめく。そのときの爽快感はなかなかのものである。分かってみればいたってシンプルな手順なのに、考えているときはこれがどうにも出てこない。うまい人が創るとこうなるわけだ。

さて、その後こういう会話型PGの作品を募ると書いたところ、こういうのはどうですかと何人かの方から投稿をいただいた。ありがたいことである。ある程度集まったところでまとめて紹介しようと思っていたのだが、実は結構余詰が出てしまったのだ。やはり将棋で完全に手順を限定するのは非常に難しい。私が創ってうまくいかないのなら単に力がないだけのことだが、実力者がよってたかって創っても完全作があまり出てこないということになると、これは将棋というゲームのルールとの相性の問題もあると思う。あまり本質的でない手順前後などは問題ないことにするとか、手順ではなく最終形の駒の配置を問うとか、将棋によりフィットしたスタイルがきっと存在して、今はそれを模索する時期なのではないかという気がしている。

2007年03月01日

ドッジボール

小学校低学年のころ、昼休みや体育の時間によくドッジボールをやっていた。運動神経のいい子たちにとっては、敵のボールをガシッとキャッチしてみせるのが大事な見せ場であったが、私はといえばいつも逃げ回ってばかりであった。もっとも、最後まで逃げおおせてみせると思っていたわけでもない。まあいくら逃げたところでどうせ早晩当てられるから、さっさと外野に回って周りの迷惑にならないようにしよう……というくらいのつもりである。ところが、味方が一人また一人と当てられて陣地から出て行ってしまい、気がついてみると自分一人になっているということがよくあった。目立たないでいるつもりが、何で「最後の一人」なんてキーパーソンをやることになってしまうんだ、と子供心に嘆いたものだ。

勤務先の大学は来月から学部が大幅に改編される。今日は新専攻のメンバーが初めて集まって会議があった。最初なのでこれの担当は誰にするとか、何々委員は誰かと誰かで、という話が中心。何か面倒な仕事をやらされることになるかもなと覚悟はしていた。ところが、話を聞いている前で次々と決まっていき、気がつくと何々委員になっていないのは私くらい、という状況になっていたのである。そのときにふと、小学校時代のドッジボールのことを思い出してしまったのだった。

まあ仕事があまり増えなかったのはよかったのかもしれないが、問題はこのあとである。今日は現時点で決められることを決めたというだけで、次に何か担当者を決めるという議題が出てくれば、それはもう真っ先に私の名前が挙がることは確実ではないか。会議進行の先生も「ま、まだまだ役割分担しなきゃいけない話は出てくるはずですから……」とこちらに視線を送りつつおっしゃっていた。最後の一人になった私目がけて、敵チーム全員がボールを投げてくるあの恐い時間のことが思い出された。当たるのは仕方ないとして、願わくばあまり痛くないボールであってほしい。

学部改編に合わせ、一部スタッフの研究室の引っ越しや、古くなって廃棄処分にするOA機器の整理などをする必要が生じ、午後はずっと肉体労働。3月になり、だんだん新年度を迎える準備が本格的になってきた。