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2007年07月31日

期末試験

H大で期末試験。中間試験のときに続き、今回も登録者全員が受験していた。昔より学生さんが真面目になったのか、あるいはこいつの単位は楽勝と思われているのか。おそらくその両方だろう。ともあれ、冬学期は引き受けていないので、今日の試験を採点すれば今年度の非常勤講師の仕事はおしまいである。

一応教師役を引き受けている以上は、試験やレポートを元に各人の点数を出して、それに応じて成績をつけることになる。残念ながら単位をあきらめてもらわなければいけない人もいるだろう。ただ、数学を将来専門にやっていくわけではないのだから、自分なりに勉強してみたがよく分からなかったという人がいたとしても、それは無理のないことだと思う。教え方が悪いのもあろう。むしろ望みたいのは、数学という学問分野をそれなりにリスペクトするようになってほしいということだ。世の中には、数学は現実世界において何の役にも立たず、無味乾燥で無価値なものの代表みたいに思っている人がたくさんいる。思っているだけならまだいいが、それを公然と主張して憚らない方も少なくない。10年くらい前、国の教育に関するある会議で「私は2次方程式もろくにできないけれども、今日まで全然不自由しなかった(だから教える必要はない)」と発言した方がいらしたが、ああいう発言をすることは恥ずかしいと感じる感覚を持ってほしいと思うのだ。これは数学ができる、できないとは全く別の話である。私自身、数学を理解しているとは口が裂けても言えないけれども、数学の価値はそれなりに理解しているつもりでいる。少なくとも、「2次方程式」発言の人よりは。

2007年07月30日

正標数殺人事件

少し前に実家に帰省したとき、たまたまテレビで「獄門島」をやっていたので久しぶりに見たのだが、それがきっかけでこのところ何となく横溝正史を適当に拾い読みしている。何かというと死体の顔が叩き潰されていたり腐乱してハエが飛び交ったりしているのが、いかにも横溝ワールドらしい。年がら年中こんな陰惨な事件ばかり起きていることにされてしまっている岡山が、ちょっと気の毒である。

今日はいつもの研究メンバー3人でセミナーをしていた。セミナーといっても、思いつきで計算を始めたり、証明を議論していたはずが雑談に脱線したり、全くお気楽なものである。Hさんが前に出てホワイトボードで特異点の計算を書いていたのだが、使っていた赤いペンの調子が悪く、インクがドボッと出て鮮血がほとばしったような光景になってしまった。
「うわっ、何か……正標数殺人事件って感じだね」(非数学徒の方への注:「正標数」は数学用語)
「はは、全く。最近ときどき横溝正史読んでいるんですが、こんな感じのシーンばっかりで。あと、『え?その人だったら、20年前に亡くなっていますよ』『それじゃ、さっき峠ですれ違ったあの人は……』とかね、そういうの」
ホワイトボードで計算をしていたHさんがここで一言。
「『え?その定理だったら、20年前に証明されていますよ』『それじゃ、さっき我々が証明したあの定理は……』」
そんなことになったら、まさに正標数殺人事件だ。恐ろしいことである。

2007年07月29日

炎天下の投票&全国大会アルバム

セミがジージーと四方から合唱する中、投票所までの道のりをとぼとぼと歩く。いつもなら会場はすぐ近くの小学校なのだが、今回は夏祭りの準備か何かで使用できないそうで、だいぶ遠くの町内集会所に急遽投票所が変更されたのである。この炎天下を15分近く歩かされるのは、あまり楽ではない。今回の選挙は当初の予想から日程が1週間遅れたためにあちこちの花火大会が延期や中止になったそうだが、こちらも思わぬ形で不便を強いられた。

2週間前に行われた詰将棋全国大会の模様を写したアルバムがTETSUさんのサイトに掲載された。ざっと見ていくと、少なくとも(7)(9)(これは写っているうちには入らないかもしれない)、(12)(13)の4つに自分が写っているのを確認。特に(12)は、ビッグネームの写真2枚に同じような立ち位置でしっかり写り込んでいた。我ながら何ともうまく立ち回ったものである。

2007年07月28日

フランクのヴァイオリン・ソナタ

蒸し暑い日が続く。日中は主にピアノを弾いて過ごし、夕方から買い物へ。妙に道が混んでいるなと思ったら、今日は宇品で花火大会があったのだった。

車中では今フランクのヴァイオリン・ソナタを繰り返しかけている。この世に存在するヴァイオリン・ソナタから1曲選べと言われたら、おそらく散々迷ったあげくやっぱり選べませんと白旗を揚げることになるような気がするが、少なくとも最後まで候補として残るのはこのフランクではないかと思う。有名な曲だが、やはりいいものはいい。特にあの第4楽章の美しさと清々しさはどうであろう。それまでの3つの楽章がどことなく沈鬱な雰囲気を漂わせているだけに、あの清新な旋律が流れ出す瞬間がなおいっそう印象的だ。「メロディー・メーカー」というと自分が最初に連想するのはチャイコフスキーあたりだが、フランクもときどき素晴らしい調べを提供してくれる。フランスの作曲家としては他にはない渋さも持っており、私が特に好きな作曲家の一人である。

Franck-Cortot.jpgフランクのヴァイオリン・ソナタは、のちにピアニストのアルフレッド・コルトーがピアノソロ用に編曲しており、その楽譜は今手元にある(表紙を見ると連弾用の編曲もあるようだが、持っているのはソロ用のみ)。コルトーはフランクが好きだったようなので、おそらくこのソナタもお気に入りで、自分一人でも楽しめるようにわざわざ編曲したのではないか。元々ピアノとヴァイオリンで演奏する曲をピアノだけで弾こうというのだから簡単なことではないが、ピアノパートの間隙を縫うようにしてヴァイオリンパートがうまくはめ込まれていて、さすがに大ピアニストが手がけただけのことはある仕上がりである。もっとも、本気になってこれを譜読みしてみよう、という気にはあまりならない。どんなに頑張って練習したところで、オリジナルの魅力には勝てそうもないからだ。それだったら、そのうち誰かヴァイオリンの弾ける人と共演できることを楽しみにしている方がいい。

フランクの編曲作品には、「前奏曲、フーガと変奏」や「3つのコラール」など、オルガンの名作をピアノで弾けるようにしたものもいくつかある。こちらはいつか是非やってみたいと思っている。

2007年07月26日

健康診断と会議

勤め先で健康診断があった。私の年齢ではまだ検査項目が少なく、尿検査・血圧測定・身長体重測定・視力聴力検査・胸部X線・問診でおしまい。特に問題のある箇所はなかったようだ。最後の問診はものすごくお年を召している(ように見える)方が担当だった。私の問診票をじっとにらむとまず「ふん、ジョギング」と一言だけおっしゃった。「たまにする運動」の欄である。
「数値は……ああ、みんな問題ないね。で、ジョギングをたまにする、と」
「ええ、でも今は暑いのでやっていないんですけど」
「ウォーキング!ね、ウォーキング。ジョギングは走るんでしょ?走ったら暑いだろ?疲れるだろ?ウォーキングってのはね、歩くの。歩くんだよ。ウォーキングすりゃいいんだよ」
「はあ」
「……まあいいや、はいどうぞ」
というわけで問診は終了した。確かに歩くのはいいと思うが、この時期は普通に歩いているだけでも相当暑さが応えるだろう。

今日はその後、6時頃から会議があった。事前の話ではあまり議題もないような感じだったので、長くても20分というところだろうと高をくくっていたら、たっぷり2時間以上かかった。疲労困憊。2時間程度の会議で疲れるなんてと世の人から笑われそうだが、最初から2時間かかると思って臨むのと20分だと思い込んでいるのとでは、その後の疲労の度合いがまるで違うのである。

2007年07月25日

ささくれ再び

今週はH大で数論の研究集会が開かれているので、今日は午後から出かけて講演を聴いてきた。会場には久しぶりに会う人が何人かおり、講演の合間の時間はお互いの近況報告に忙しかった。知り合いは今や全国に散らばっているから、こういうシンポジウムや研究集会の類は、見知った顔と再会する貴重な機会でもある。

夜更かしに暑さで眠りが浅いのも手伝って、このところかなり睡眠不足。にも書いたことがあるが、自分の場合寝不足のツケは常にささくれとなって現れる。この土日あたりから、右親指の爪の右縁の部分がめくれてそり上がってきた。トゲのようなものが斜め45度に突き出した状態である。これが触れるだけでも痛い。月曜日は会議から戻ってきたら少し血がにじんでいた。今は少しよくなったが、これができるとピアノを弾くのにも支障が出るから困る。演奏会が近いときなどは特に注意したいものだ。

2007年07月24日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.9


手が限られているので比較的簡単な作品である。1910年以前の作品はまだ習作という印象が強い。Nのセルフピンによってステイルメイトに持ち込むもので、底本では7番の姉妹作という紹介のされ方をしている。

2007年07月23日

梅雨明け

朝、家を出た瞬間に、これは梅雨明けしたなと直感した。日射しが昨日までとまるで違う。まさに夏のそれである。いつからいつまでが梅雨かなんてはっきり決められるものではないとは思っているけれど、もし境界線を引くなら今日こそふさわしいなと確信した。そして実際、中国地方の梅雨が明けたと昼過ぎにお上から発表があったのだった。

今日はいつもの研究のメンバーで集まって朝から4時頃までセミナー。その後会議を2つすませた後、出張で実家から広島に来た母を駅に迎えに行く。今夜はうちに泊まってもらい、明日は仕事先まで送り届けてから大学に向かう予定。

2007年07月22日

「見ていると負ける」話

昨夜、サッカーのアジアカップ準々決勝の日本対オーストラリア戦がPK戦にもつれこんだとき、オシム監督は控室に引っ込んでテレビもラジオもつけずに終わるのを待っていたそうだ。「見ていると勝てないというジンクスがある」ということらしい。気持ちは非常に分かる気がする。

ときどきこのブログで、自分がスポーツの試合を観戦しているとことごとく応援している方が負ける、という話を書いている。イチローが凡打ばかり量産するからテレビを消したら、直後に打ちまくったとかそういう話題だ(例えば去年の6/11付の記事など)。そうしたら先週の詰将棋全国大会の場でお会いした方から「見ていると負けるって、そういうのを信じるんですね。数学者なのに……」というようなことを言われた。実は上の記事を書いたときにも、コメントに同じようなことを書かれた方がいて、とまどってしまったことがある。

言うまでもないことだが、シュレディンガーの猫でもあるまいし、自分が見ているかどうかとスポーツの結果とは何の関係もない。そんなことはわざわざ明示的に断る方が野暮というものだ。実際、ヒットばかり打つイチローも自分はよく観戦している。ただ打たなかったシーンを見てがっかりした心境を、面白く言ってみたいというだけのことである。「私は雨男でして、私がいるときは必ず雨が降るんです」と言う人に対して、「あなたは自分の居場所と天気が本当に関係あると思われているんですか」と聞く人は誰もいないだろう。そうではないことがあまりにも明らかだからこそ、「雨男」という主張が面白いのである。自分としてはそれと全く同じつもりでいたので、「見ていると負ける」話をまともに受け取られてしまうことがあるのに、ちょっと驚いてしまったのだった。

そういえば、オシム監督は数学者になろうかサッカーの道に進もうか迷い、後者を選択したという話である。もし記者会見で「監督はかつて数学を志した方なのに、自分が見ているとPKに負けるなんてジンクスを信じているんですね」と聞かれたら、何と答えるだろうか。

2007年07月21日

趣味の楽しみ

詰将棋全国大会の場でお会いした関西詰将棋界重鎮のお一人であるHiさんから、マジック関係のちょっとした資料が送られてきた。Hiさんは奇術に関しても造詣が深いということは以前から聞き及んでいたので、懇親会と打ち上げの席上でお話ししてみたところ、いろいろ教えていただいたうえに資料の送付を快く承諾してくださったのである。

実は先日の神戸行きでは、ある趣味を共有するもの同士で集まった場において、それとは別の趣味の話で盛り上がってしまうということが少なくなかった。Hiさんとのマジック話の他にも、U七段や詰将棋デパートのコーナーの前の担当者であるHamさんとは懇親会でピアノの話題になったし、翌日は看寿賞作家のHaさんがグールドを好んで聴いていると分かった。またサロンコンサート後の打ち上げの席では、今度は参加者に将棋好きの方がおられたり、ピアノ界で有名なマニアの方が実は中将棋にかなり詳しいという事実を聞いてびっくりしたりもした。そしてまたこんなふうに、自分が別に興味を持っていることが思わぬ場で話題になるということが、何だか妙に楽しかったのである。

趣味の楽しみというのは、それ自体の面白さに加えて、その同じ趣味を共有する人と会ってその話をすることにある。この面白さ、奥深さをお互いが分かり合えているということ、さらには相手が面白さを分かっているということがまた分かるという深いレベルでの共有感覚、これがえもいわれぬ心地よさを生み出すのではないかと思う。また、これほど面白くて奥が深いものがあるのに、世の中でそれに気づいているのは我々だけなのだ、というある種の勝手な優越感もきっとあるのだろう。

だから詰将棋好きの集合する場でピアノの話をし、ピアノ好きの集まる場で詰将棋の話をすることは、「この場でこの話題の面白さを理解し共有しているのは我々だけだ」という、二重の構造を持った優越感を無意識のうちに感じていたのかもしれない。

2007年07月20日

世界一怖い数学の試験

朝から雲が低くたれ込め、身体にまとわりつくような雨がしとしとと降り続いた一日だった。気圧が低いからか、こういう日はいつも以上に眠気を感じて仕方がない。目をこすりつつ、再来週に行う期末試験の問題を準備していた。

数学の試験といえば、だいぶ前に読んだ、物理学者ジョージ・ガモフの啓蒙書に出てくる面白いエピソードのことを思い出す。確かあれはガモフの知り合いの数学者の話ではなかったかと思うが、戦時中、街がドイツ軍の手に落ち、彼は脱出しようとしていたところを運悪く拘束されてしまった。スパイではないかと疑われた彼は、自分はただの数学者であると必死に説明した。すると尋問していた敵方の将校が言ったのである。
「何、数学者だと?よし、それじゃテイラー展開を第n項まで展開したときの剰余項を書いてみろ。書けたら数学者だと認めてやるが、できなかったら銃殺するぞ」
彼は震える手で剰余項を書き、その将校に渡した。将校がじっとその紙をにらむ。緊張が極限に達した次の瞬間、将校は言った。
「よし、合っとる!お前は確かに数学者だな。解放してやる」
かくして彼は一命を取り留めたのだった。おそらくその将校も本当の職業は数学者で、数学を生業とする人間なら必ず知っているはずのことを試験として課したのである。助かった数学者は「あれは世界一怖い数学の試験だった」と述懐したそうだ。

この話を読んでから、何はなくともテイラー展開の剰余項だけは忘れないでおこうと肝に銘じたのであった。

[2007.8.15追記] ガモフの本の内容についてより正確な記述が分かったので、改めて書き直した。敵方はドイツ軍ではなく、ロシア革命時の反革命派であった。

2007年07月19日

Möbius Chess

チェス・プロブレムというと、チェスを指して楽しむ人は昨日のようなエンドゲームスタディを思い浮かべるだろうが、世の中にはとにかく与えられた問題を解くことに楽しみを見出す、純プロブレム派もいる。この人たちにとっては普通のチェスのルールに固執する必要はないので、いきおい見たこともない駒や聞いたこともないルールが登場することになる。こうした特殊なプロブレムはフェアリーと呼ばれ、世界中のプロブレミストによってたくさんの作品が生まれている。

フェアリープロブレムの中にはシリンダーチェスと言って、ボードの左端と右端が接続されているような特殊なチェス盤で考える問題もあるが、ネットを巡っていたらメビウスチェスなるものを見つけた。メビウスの帯の上のボードに駒が置いてあり、2手で黒のKを詰める。ボード以外は通常のルールということもあり、解答自体はそれほど難しくないように思うが、棋譜を符号で表せないので、ページの作者も手順の説明に苦労しているようだ。これでフェアリー駒も使ったりしたらかなり頭が混乱しそうである。

2007年07月18日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.8


本作も作者の存命中は出版されなかったようである。5番と同じく、作者は余詰があることに気づいていたのかもしれない。しかしそのことを創作ノートに明記していなかったために、後世に他の作品と一緒に世に出てしまったのではないかという気がする。

2007年07月17日

ビスケットとマジック

連休中に遊んでいたツケで、今日はいろいろ仕事がたまっていた。午前中は、メールベースだがちょっと大事な仕事を片付ける。その後、今日の演習で使うプリントをあわただしく印刷してからH大へ出発。

教室に入っていくと、教卓の上にビスケットが1枚とトランプが1組置いてあった。それが「このビスケットをやるから何かマジックをやってみせろ」という意味であることはすぐに分かった。ビスケット1枚で余興をさせられる教師っていったい……。どうしようか迷ったけど、今日は試験を前にした最後の講義で、やることは問題演習と授業アンケート(授業内容を学生に評価させるもの)だけだったから、腹をくくって講義時間の最後に簡単なものをやらせてもらうことにした。基本的には去年の披露宴でのネタと同じだが、ちょうど学生さんが提供したデックがあったので、それを利用する演出でやってみる。この方がサクラの存在も疑われないし、妙な芝居をしなくてもいいから楽だ。まあどこまで不思議に思ってくれたか分からないが、ビスケット1枚分はあったのではないかと思いたい。

2007年07月16日

神戸を歩く&サロンコンサート

Kobe2.jpgKobe1.jpgお昼過ぎまでは身体が空いていたので、Kさん、Hさんと神戸の街をしばし回ることにする。Kさんは去年の看寿賞短編賞受賞者、Hさんは4年前の同賞受賞者ということで、一応前回までの短編賞トリオということになるわけだ(2年前は短編賞は該当者なしだった)。ホテルから港の方にぶらぶらと歩いていき、一周40分で神戸港周辺を巡るクルーズに乗船する。船内では「右手にご覧いただけますのは……」などとアナウンスが流れているのに、3人とも大して外を眺めずに詰将棋・プロブレム談義。この面子だとどこに行っても同じだろう。船を下りるともうお昼時だったので、元町の中華街へ。「どこに入るか、ここはやはり受賞回数の一番多いHさんが決めてください」「いやいや、やはり一番最近に受賞した人が旬でしょう。ここはKさんが」などと言い合いつつ、適当に店に入って昼食。それからまた徒歩で移動し、神戸駅近くの喫茶店でまたもう少しお話ししてから駅でお別れした。先日に引き続き、贅沢な三者会談であった。

Amadeus2.jpgAmadeus1.jpgお二人と別れたのと入れ違いで、駅で待ち合わせていたMさんと合流する。今回神戸に来たもう一つの目的は、Yさんのサロンコンサートの場所に連れて行ってもらうためだ。Mさんとは5月の演奏会のときに初めてお会いしたが、今回は神戸の地理に疎い私のために、音楽喫茶「アマデウス」への案内役を買って出てくれたのである。曲目は以下の通り:
グルダ:アリア
ベートーヴェン:幻想曲Op.77
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番(改訂版)Op.36
シューマン=ゴドフスキー:君は花のよう
シューマン=リスト:献呈
リスト=ホロヴィッツ:波を渡る聖パウロ
ショパン:ノクターン第8番Op.27-2
ローゼンブラット:パガニーニ変奏曲
Yさんとは6,7年前にアムランを囲む会でお会いしたとき以来だったが、ちっとも変わっていなかった。4年ほどパリで修行されてきたとのことで、鍛えられたテクニックはさすがの一言。内容としては最後のローゼンブラットが、演奏者がこの曲が好きであることがよく伝わってきて、一番充実していたように感じた。

観客には5月にお会いした加古川ピアノ同好会の面々が集まっていたので、Yさんを囲んで飲みましょうということになり、総勢10人で三宮のビアホールのようなところに移動する。7時半頃にお先に失礼させてもらうまでいろいろお話ししたが、これまたなかなか楽しい時間だった。昨日からのイベント続きで、少々バテ気味だったのを押して出たかいがあったというものだ。昨日は「大矢数」と問われて「馬鋸」と即答するようなマニアたちの輪の中におり、今日は指を3本突き出して "Three years old !" と叫べばホロヴィッツの物真似だと瞬時に分かるマニアたちとともにいる。自分が日を置かずしてその両方に溶け込んでいることが、何とも不思議でならない。

8時過ぎに新神戸を出る新幹線で広島へ帰る。岡山まで満席で立たされたり、広島駅で猛然とダッシュしながら在来線に乗り遅れてバスを30分待つ羽目になったり、さすがに今日はくたくただ。昨日、今日と、趣味の世界で勝手気ままに遊んだ2日間であった。

2007年07月15日

詰将棋全国大会

神戸で行われる、詰将棋全国大会の日である。台風は結局最後までまるで影響がなく、今朝は青空の下を出発した。もっとも東京~名古屋間では新幹線がストップし、関東から来た人は足止めを食らって散々な目に遭ったようで、危ないところだった。

全国大会は2002年に初めて参加し、1年おいて2004年から毎年出かけているから、今年で5回目になる。さすがに知った顔が増えて、話し相手に困ることもなくなった。会場にはこの間お会いしたWさんの姿もあり、プロパラのヘルプメイトコーナー担当のKさんも交えてしばし今後のことなどを相談。京都が生んだもう一人の詰将棋の名匠、Uさんにもお会いできるかと期待していたが、残念ながら来られていないようだった。

1時に開会し、諸々の挨拶などが終わった後、看寿賞の表彰式。今年の受賞者であるNさんは今大会のプロデューサーとしても奔走しており、裏に表にと大活躍であった。それから休憩を挟んで行われたのが、ミニ詰将棋解答選手権。制限時間内に次々と詰将棋を解いていく競技だが、こういうのは私はとにかくダメだ。去年と同じく恥ずかしい低得点であったが、まあそういう実力なのだからこれは仕方ない。自分のことより興味があったのは、得点上位者による決勝である。参加者は七十数名だったと思うが、WさんがいるならWさんが優勝かなと思っていたら、果たしてその通りになってしまった。会場にはT九段もK八段もU七段もいたのだが、プロ棋士がいてもWさんなら勝てるのではという気がしてしまうし、そしてまたその通りになってしまうのがWさんのすごいところである。もう一つ、連想ゲームという催しがあった後、恒例の一人一言のコーナーがあってすべて終了となった。

夕方からは懇親会である。正直なところ、全国大会に参加する意義はほとんどこの懇親会にあると言ってもいいのではないかと思う。去年は近代将棋誌にレポート記事を書くという仕事があって、常にそのことを気にしていなければいけなかったが、今年は何を気にすることもない。立食パーティー形式なのでいろいろな方にお会いできたけれど、やはり一番の収穫はT九段とサシでお話しできたことだろうか。5年前の将棋世界誌で、当時選者だったT九段に採用していただいたのが私の初めての入選であり、そのお礼をようやく言うことができた。すべてはあれから始まったのだ。また、U七段ともピアノ話を中心にゆっくりお話しすることができた。初めて全国大会に参加したときは、自分が何とも場違いなところにいる気がしてオドオドしていたものだ。あれからわずか5年で、プロ棋士の方たちとこうしてお話ししているということが、未だに不思議な気がしてならない。

懇親会終了後も居酒屋に移動して2次会があり、日付がもうすぐ変わるというころになってようやくお開き。先ほどホテルに戻ってきた。詰将棋の祭典はこれにて終了。

2007年07月14日

台風の影響

台風の近づいている今日は家でおとなしくしていた方がいいかと思っていたが、外を見ると小雨がぱらついている程度で、特に荒れた天気というわけでもない。天気図を見ると、どうやら台風は太平洋岸を沿って進みそうな気配で、これなら広島はそれほどひどいことにはならずにすみそうだ。

それならばと、電子でないピアノをさわりたくて夕方から市街地まで車で出かけた。街中は台風に恐れをなしてあまり人が出てきていないようで、いつも渋滞するようなところも道はがらがらである。ところが、ヤマハも木定楽器店も「すみません、台風が来る関係で今日はもう閉店させていただくことになっておりまして……」。何のために出てきたのか分からなくなってしまった。雨はもうほとんどやんでしまっていたし、風もむしろ頬に当たるのが心地よいというレベルである。閉店時間を1、2時間早めるほどでもないと思うのだが……。やむを得ず、本屋に立ち寄ってから夕飯をすませて帰宅。帰り道では雨は完全にやんでしまっており、雲の切れ間から星が見えたほどだった。今も窓の外は穏やかなものである。まあこの分なら、明日の神戸行きは何とかなるだろう。

2007年07月13日

マジックと先入観

今朝はえらく寝坊してしまった。どうも昨夜ベッドに潜るときに目覚まし時計をセットするのを忘れたらしい。外は激しい雨。明日は台風のせいでさらにひどくなりそうだ。15日は詰将棋全国大会があるので朝から神戸に行かなくてはならないのだが、果たして交通機関がまともに動いているのか、甚だ心配である。今のところ風雨が一番強いと予想されているのは太平洋岸のようだから、中国地方は少しましなのではないかと期待しているものの、今後の推移は予断を許さない。

夕飯を終えて一服していたころ、注文していたマジック関係のアイテムが届いた。昨年、披露宴で頼まれて久しぶりにマジックをやったのを契機に、ときどき思い出したように練習してみたりしている。しかしピアノやらチェスやら詰将棋やらに比べるとかける時間ははるかに少なく、文字通り「思い出したように」やるだけだから、いつになってもうまくならないし、ちっともレパートリーも増えない。その一方で、ネットショップをふらついていてちょっと気になる用具や解説書を見つけると、衝動的に注文してしまうのだ。いざ届いてみると、たいていは実際には使えそうにない代物であることが多いのだが、我ながら懲りないことである。

それにしても困るのは、マジックの話は具体的な内容が一切書けないことだ。ピアノのように、今日はこれを譜読みしたとかあれを聴いてみたとか、そんなことを書いたらその時点でそのマジックはお蔵入りにするしかなくなる。現象に関して少しでも事前に情報を出すことは、見る人に何らかの先入観を与えるからだ。それは自殺行為そのものである。ここが難しくて苦労するとか、人前でやったらこんな失敗をしたとか話題はいくらでもあるが、それは書けない。

本当は注文した何かが届いたなんて話自体、あまり書くべきではないことなのである。まあピアノと同じく、ほとんど一人で勝手にやって自己満足しているレベルだから、それほど神経質にならなくてもいいのかもしれないけれども、うっかり余計なことを書いて人前でやる機会を永遠に失う事態は避けたいものである。

2007年07月11日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.7


前問と比べるとずいぶんあっさりした作品。Nがセルフピンに動くのだろうというのも何となく想像がつく。ここでは斜めのライン上でピンされるが、2つあとの9番では横方向でのNのピンが登場し、ちょうど対をなしている。

2007年07月10日

ドアミラーの接触

非常勤講師の仕事も終盤。講義は今日までで、来週は演習に時間を使う予定である。あとは月末に期末試験をすればおしまいだ。先週は始まる前にサインしてなどと言われてとまどってしまったので、今週もいじられるかなと覚悟していたが、案に相違して何もなかった。何もないと、それはそれでつまらないような……。

講義のあと、いつものようにTさんと合流してファミレスで夕飯を食べたのだが、そこでちょっとした事件があった。あとから入ってきた車が私の車の右隣に駐車しようとしたとき、ドアミラーを接触させたのだ。そのときすでにこちらは食べ始めていたのだが、白いミニバンがやたらに接近して止まろうとしているのが窓越しに見えて、あれあれ、大丈夫だろうかと心配になっていた。実際に接触した瞬間は車体の陰になって見えなかったけれども、会計を済ませてから念のためと思ってチェックしたら、やはりドアミラーの上に白い塗料が着いていたのである。相手側のミラーの位置が高く、ちょうどこちらの上端と向こうの下端がぴったり同じくらいの高さだったため、一部が変色しているだけで、幸い車体としてはほとんどキズはついていないようだった。

ともあれ、一応相手の人とコンタクトをとっておかないといけないなと思って店内に引き返したのだが、ここでちょっと不安がよぎる。指定暴力団の何とか組の若頭とかが出てきて、「何じゃこら、因縁つけよる気か」とすごまれたらどうしよう。何しろここは広島だからなあ……。幸いそれは杞憂だった。実際の運転手は若い人で、かすったことには気づかなかったということだったが、素直に認めてくれたので助かった。とりあえず連絡先だけは聞いておいたが、何とH大の学生さんとのこと。まあとにかく、面倒にならないレベルでよかった。

2007年07月09日

スコット・ジョプリンのラグタイム

何か新しい曲でも譜読みしてみようかと一昨日書いたが、ふとスコット・ジョプリンのラグタイムをやり出したら、これがなかなか面白くてハマってしまった。小難しい曲ばかり練習しているときには、こういうお気楽でリズミカルな曲がものすごく新鮮に聞こえるものだ。しかもそれほど難しくないから、少し繰り返していればそれっぽく聞こえるレベルにまではすぐ行ける。ラグのリズムが身体に染みつくように、しばらく続けてみよう。

ジョプリンのラグタイムは耳に心地よいので、いろいろなBGMとして使われることも多い。今日CDを聴いていたら、「パイナップル・ラグ」が使われているのを聴いたことがあるのに気づいた。一つはもちろん映画「スティング」、それから最近やっている軽自動車のCMでも流れているが、それ以外にずいぶん昔に遊んだゲームのBGMでも使われていた記憶があるのである。ところがこれがどうしても思い出せない。冒頭のオクターブのフレーズは脳にこびりついているのだが、それとセットだったはずの画像が出そうで出ないのだ。この「これ、どこで聴いたんだっけな……」という経験はしばしばするが、どうにも気になるものである。

2007年07月08日

ツイン作品の解答発表

今日はそれほどひどい寝坊をすることもなく、午前中はNHK杯将棋トーナメントの対局を見ていた。行方八段対遠山四段。中盤で先手の行方八段にミスがあったようで、ポロッと桂を取られてしまった。この状況を解説の鈴木八段が評して「このまま行けば9割方後手の勝ちでしょう」。実際、プロの感覚から言えばそれくらい形勢に開きがあったのだろうと思う。しかしテレビ対局にしろタイトル戦にしろ、「これはこちらが勝勢ですね」と言われた方が負けることの何と多いことか。今日も最終的には逆転して先手が勝ってしまった。チェスでもそうだが、「勝ち将棋を勝つ」ことがいかに難しいかがよく分かる。

たくぼんさんのページで、「どこにも出せない普通詰将棋作品展」に出品していた自作の解答が発表された。解答してくれた方からは思ったよりずっと好意的な感想を多くいただき、少しホッとしている。もっとも、皆さん気を遣って手順の凡庸さには目をつぶってくださっているのだろう。実はツインのうちの片方は1枚不要駒があった。ヒントにならぬようにと投稿時には黙っていたのだが、しっかり指摘された方がいたのはさすがというほかない。普通の作品なら不要駒はもちろん御法度だが、2作で配置駒に2つ以上差異があってはもう「双子」というには無理があるので、ここは妥協させてもらった。まあこの作品にとっては、非常にいい形で世に出してもらったと言えるだろう。

2007年07月07日

よく眠りよく弾き

Myhands.jpg起きたらお昼をとうに回っている時間だった。今週は出張があったせいで疲れがいつもよりたまっていたようだが、それにしてもこういう時間に起きるのは人間の生活としてどうなのか。だいたい、同じことを少し前に書いたのに、何も変わっていない。雨のおかげで気温が少し下がり、暑苦しさがなかったのも睡眠時間延長に貢献したようだ。しかし、明日はもう少しまともな時間に起きよう。

午後は主にピアノを弾いて過ごした。フランス組曲でちょっと指ならししてからスクリャービンのエチュードを数曲、というここ最近のメニューを繰り返す。これはこれで飽きないが、そろそろ何か別の曲を譜読みしてみてもいいかもしれない。

2007年07月06日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.6


今回も長くなったので、盤面の表示位置を若干下に動かしてある(さらに全画面表示で見た方がストレスが少ないかもしれない。WindowsならF11キー)。底本に記された変化手順だけでは構造がよく分からなかったので、一通り調べてかなり書き足してみた。駒数が少ないとはいえ、スタートの局面から駒を動かさずにこのラストまで読み切れる人はかなり力のある人ではないかと思う。少なくとも私には無理だ。

2007年07月05日

帰宅

2泊3日の京都出張より帰還。今回はもちろん研究集会への参加がメインの目的ではあったのだが、Wさん・Hさんとの鼎談の実現という付録のお得感が相当なもので、公私ともに充実した出張であったように思う。

最後の講演が終わったのが4時少し前で、W大のK先生と急いでバス停へと向かった。銀閣寺道と京都駅を結ぶ17番のバスはどうにも時間がかかりそうということで、烏丸今出川から地下鉄で京都駅に直行する。京都から広島に行く便など1時間に何本もあるのでいつもならそんなにあわてることもないのだが、今回はH大の非常勤講師が終わってその足で出かけたために、車の止めてある東広島に戻らなければいけないという事情があった。福山駅でこだまに乗り換えるには、4時半過ぎに京都を出るのぞみにどうしても乗りたかったのである。地下鉄作戦は功を奏し、余裕を持って京都駅に到着。K先生とホームの下で別れた。

それにしても東広島駅は今回初めて利用したが、まあ周りに何もないところである。駅の駐車場に丸2日車を止めて駐車料金が1,250円だったといえば、都市にお住まいで車を運転される方ならその「田舎度」が分かっていただけるだろう。ちなみに広島市の中心部の市街地では、30分200円前後が駐車料金の相場である。

2007年07月04日

三者会談

研究集会に出席した後、夕立がやんだばかりでじめじめした空気の中を文学部の建物へと向かい、詰将棋とチェスプロブレムの大家であるWさんのお部屋にお邪魔する。メールなどを何度かやりとりしたことはあったが、実際にお会いするのは初めてだ。私が詰将棋を創るようになったのも、元はと言えばWさんの詰将棋作品集を読んでいたく感銘を受けたからである。私にとって雲の上の存在だった方とお話しする機会を得るとは、あの名作群を並べて感じ入っていたころには思いもよらぬことであった。

お部屋を出て出町柳方面に少し歩いたところにあるお店に入り、ビールを飲みながら早速詰将棋やらプロブレムのお話をいろいろうかがう。会う約束をしていたチェス仲間のHさんも少し遅れて合流し、11時過ぎまで4時間近く、3人であれやこれやと語り合ったが、実に満ち足りた時間であった。これだけでも京都に来たかいがあったというものである。私はアルコールは強い方ではないので、飲み会の類でまだまだ話していたいと思うことはあまりないのだけれど、今日は久しぶりに、閉店だからと追い出されるのを何とも残念に思ったものであった。

河原町三条でお二人と別れ、先ほどホテルに到着。さて、明日は研究集会最終日。講演を聴いた後、その足で広島に帰る予定。

2007年07月03日

京都に移動

H大に非常勤に行ったら、いきなり学生さんに「せんせい、これにサインしてください」と言われる。見るとホームページに載せている私の写真ではないか。要するにここがバレたのである。まあ実名をさらしているのだからいずれ見つかるに決まっているのだけれど、何かもう完全にからかわれているようだ。ああいうノリにたじろがずに反応できるほど、もう自分は若くないようである。とまあここに何を書いたところでそれをまた酒の肴にされそうだから、これくらいにしておこう。

終了後、すぐ車で東広島駅へ。福山でこだまからのぞみに乗り換える。家を出るときにポストをのぞいたらうまい具合にプロパラが届いていたので、車内ではぼんやりとそこに出ている問題を解いていた。河原町三条近くのホテルには9時半頃到着。

2007年07月02日

詰パラ7月号到着

一日中雨。暑さも一段落し、ここ最近では一番梅雨らしい日だった。

詰パラ7月号が到着。やはり今月号の目玉は看寿賞であろう。選考過程が20ページにわたり書かれていて、選考委員の意見がどういう議論を経てあの結論に収斂していったかがよく分かる。もちろんこの選考結果に異論がある人もいると思うが、万人が納得する結果を出すことなど元より不可能なこと。大事なことは、こうして決まるまでの経緯をしっかり情報公開してくれることである。一通り見て思ったのは、受賞するかしないかは本当に紙一重だなということ。藤沢英紀氏の中編作にしても田島秀男氏の長編難解作にしても、第2次投票であともう1票入っていたら受賞だったわけである。このあたり、どの作品に投票するかは委員の方もきっと迷われたことと思う。

そういえば、後ろの方のページには詰四会作品展の結果稿も出ていた。次の作品展には何か出せと言われているのだが、未だにろくなのができていない。困った。棄権させてもらうか、それとも妥協して酷評を受けるか……どちらも避けたいが、打開策は見つからぬままである。

明日より京都に出張予定。

2007年07月01日

昨日買った将棋本のことなど

今日もずいぶん遅くまで寝てしまった。NHK杯の対局は終盤の入口あたりらしいところから見たが、お互い詰みそうで詰まないという微妙な局面が続いてなかなかスリルがあった。解説は藤井九段。一見ボソボソと地味に話しているが、よく聞いていると実は結構面白いことを言っていることが多くて、私はあの語り口は好きである。先週に引き続き、今週も時間ギリギリに終わったために感想戦の放送はなし。やはり10分くらいは対局者同士や対局者と解説者のやりとりを見てみたい気がする。

そういえば、昨日は本屋で近代将棋最新号を買ってきたのだった。パラッと詰将棋コーナーのページを開くと、何だか妙に文字が大きい。あれっと思って他のページを見てみると、どこも文字が大きくなっている。微妙な差のはずなのだが、やはり毎号見ているだけに、ちょっとフォントの大きさが変わると気づいてしまうものだ。どうも今月号から誌面を刷新して文字を大きくしたということらしい。そういえば、今月号は先月までいつもついていた付録冊子もないなと思ったら、巻末の編集後記によれば「別冊付録を本誌に綴じ込みにし」たとのこと。でも、先月号も今月号も雑誌本体のページ総数は210ページで同じなのだから、単に付録をやめただけという気もするが……もっとも、将棋人口が増えない現状を考えれば、いろいろ事情があってやむを得ないのだろう。

昨日は近代将棋と一緒に「5手7手詰めパラダイス」も買ってきた。詰パラが関わっているからとりあえず、と中身をろくろく確認せずに買ってしまったのだが、帰宅して開くなり失敗したことに気づく。これは「5手詰めパラダイス」に入っている3手詰・5手詰と「7手詰めパラダイス」の5手詰・7手詰を合わせて再収録したものだった。ともに今は絶版となっているが、もちろんどちらも持っている。時間が経っているとはいえ、やはりひとしきり悩まされた行き詰まり氏、XYZ氏、呉一郎氏らの作品などは、容易には忘れないものである。解説の文章まで含めてよく覚えていた。

まあちょっと損をした気分ではあるが、ああいう短編の名作を集めたアンソロジーが絶版になっている状態はよくないと思っていたから、こうして再び手に入る形になったことはよしとすべきかもしれない。願わくば、「看寿賞作品集」あたりもこういう形で出してもらえないかという気がする。