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ピアノソロのための協奏曲

シャルル=ヴァランタン・アルカン(Charles-Valentin Alkan, 1813~1888)という人を知っているだろうか。19世紀の作曲家兼ピアニストである。当時はピアノの申し子としてショパンやリストと並んで有名な存在であり、彼らもアルカンから少なからず影響を受けたと思われるが、今では知名度に天と地ほどの差が開き、知る人ぞ知る謎めいた作曲家になってしまった。そうなるに至ったのには、彼の作品が当時としてはかなり先鋭的で聴く人を選ぶようなものであったこと、彼が後半生に演奏活動をほとんどしなくなり、家に閉じこもって宗教書の研究に没頭していた(彼の死因は、自宅の本棚が倒れてきたことによる圧死であった)ことなど、いろいろな理由が考えられる。しかし少なくとも、彼の作品の音楽的価値が低いからでないのは確かだろう。アルカンのピアノ曲は、他の誰にも真似できないようなオリジナリティの高いものである。

独創的な作品群の中でも、「短調による12の練習曲」Op.39はとりわけ異彩を放っている。12曲セットの練習曲というスタイル自体はショパンやドビュッシーにも見られるありふれたものだが、アルカンのそれはまるで別物と言っていい。12曲のうち、4曲目から7曲目までは「ピアノソロのための交響曲」、8曲目から10曲目までは「ピアノソロのための協奏曲」という副題がそれぞれつけられている。どちらも凄まじい曲なのであるが、特に後者の奇抜さは突出している。「ピアノソロのための協奏曲」とは何だか矛盾しているようなタイトルだが、つまりこれはピアノとオーケストラのために書かれた曲をあたかもピアノソロのために編曲したような体裁になっていることを意味しているのだ。とにかく巨大な曲で、第1楽章に相当するOp.39-8だけで1342小節(ベートーヴェンのハンマークラヴィーア・ソナタより多い)、演奏には約30分を要する。技術的な難しさは筆舌に尽くしがたい。聴けばちょっとしたカルチャーショックを受けること請け合いである。

この曲の演奏はあまりに難しいので録音も少なく、これまではマルク=アンドレ・アムラン (Marc-André Hamelin) がMusic&Artsというマイナーレーベルから出した伝説的な録音が知られているだけだったが、このたび彼がHyperionレーベルから新録音を出した。15年前の旧録音と勝るとも劣らぬ名演である。クラシックの系譜においては異端的存在であり、聴く人が皆気に入るとは思わないが、ちょっと変わったピアノ曲を聴いてみたいという方には強くお勧めしたい。

なおこの「協奏曲」については、若手ピアニストの森下唯氏が修士論文において詳しく解説しており、彼のページで全文を読むことができる。

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コメント

いやはや、森下さんがここまでアルカンに人生を捧げているとは。
でも数年前からその片鱗はありましたね。
貴重な人材です。

全くです。昔一度聴きに行っておいてよかったです。
11月にリサイタルをするみたいですね。

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