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2007年10月31日

詰パラ到着

帰宅すると詰パラ11月号が届いていた。最近は前月のうちに来ることが結構多い。前号に引き続き、今月号も自作が載っている。1年に2作も掲載してもらうことなど4年ぶりだ。採用してもらったのは大学のコーナーである。知らない方のために説明しておくと、この雑誌では手数別に学校の名前がついたコーナーがあり、「大学」は31手~49手の作品が載るところなのである。今まで私が載せてもらったものの最長は29手だったから、一応手数としてはこれまでで一番長いものということになる。

趣味で詰将棋を創ることがありますと言ったときによく聞かれる質問の1つが、「何手くらいのものを作るんですか?」というものである。一般的な感覚としては、長手数であればあるほどすごいということになるのだろうが、詰将棋ファンならよくお分かりの通り、実際には全くそんなことはない。3手詰には3手詰の、33手詰には33手詰の、333手詰には333手詰の難しさがある。要は限られた手数の中でどれだけその長さにふさわしいテーマを表現できるか、ということであろう。

そういう目で見ると、今回の作品はお世辞にもよい出来とは言えない。それらしい王手をただダラダラとかけ続けていけばいつの間にか詰むという代物であり、手数に見合うだけのものがまるでないのである。おまけに、今月号の大学は看寿賞作家特集とやらで超大物作家と一緒に並べられてしまったので、なおさら肩身が狭い。比べられては低評価は必至であろう。まあ本作は今年春の詰備会の席上で大学担当のHiさんに請われて渡したものであり、自分から喜び勇んで投稿したものではないということだけは言い訳しておきたいと思う。

ところで、今回の作品で入選回数が10回になった。実は先月号に入選したときに「入選8回」とあったので、今月号の数字は誤植ではないかと最初は思ったのだが、今までの詰パラ入選作を数えてみると確かに今回が10回目のようである。つまり、10月号の「8回」の方が誤植だったわけだ。それに今ごろ気づくとは、我ながら鈍くなったものである。

2007年10月30日

授業評価アンケート

先週の出張中にH大から封書が届いていた。何かと思って開けてみると、夏学期にやっていた非常勤講師の授業評価アンケートの結果である。期末試験前の最後の時間に、マジックをやらされながら学生に書いてもらったものがようやく戻ってきたのだ。そういえば、去年もこの時期に結果が返ってきたのだった。

点数を見ると、残念ながら今年も去年と大差ない。ほとんどは組織全体の平均と同じか、あるいは0.1点か0.2点低い項目ばかりである。特に
「あなたは授業により知的な刺激を受け、さらに関連する分野を学んでみたいと思いましたか」
という項目の点数が平均よりはっきり低い。これも去年と同じ傾向だ。一方、
「授業の予習・復習をよくしましたか」
「テキストやプリントなどの補助教材は授業内容を理解するのに役立ちましたか」
「ノートやメモは取りやすかったですか」
の3つは平均より高く、特に「ノートの取りやすさ」はやたらに高くなっていた。普通に板書していっただけなのだが、何がよかったのだろうか。まあ字が小さくならないように気をつけていたから、それがプラスに作用したのかもしれない。

アンケートは質問に対し点数で評価する部分とは別に、学生に自由に感想を記述してもらう欄がある。成績とは関係ないし個人の特定にはつながらないから、まあここに書いても問題ないだろう。
○すごく分かりやすかったけれど、教科書は、別のものを指定して下さい。
○プリントが非常に有用だった。
○もう少し板書の量を減らしてほしかった。
○演習時間をふやしてほしいです。
○演習量が少なかったのでテストが大変になった。
○最後打ちとけて良かったです。"1回きくだけじゃなかなか理解できないと思うから、手を動かしてくださいね" という言葉が印象的でした。これからもその言葉に励まされながらがんばります。
○進度が早すぎると思った。
○数学は難しいです。
○先生のキャラが好きです。
○丁ねいに黒板に板書してくれたし、授業のあとは毎回復習プリントを配ってくれ、答えもインターネットにのせてくれたりしてとても良かったと思います。
○特になし。
○内容がとても多かったと思います。自習用のプリントがとても役に立ちました。
○板書が見やすかった。
○問題をもう少し増やした方が、授業を理解するために役立つと思います。
○夏雄最高!!

何か変なのも混ざっている気がするが、概ねよかった点と改善点を指摘してくれていて参考になる。去年いくつかあった「板書が汚い」「字が小さい」という感想がないのは、進歩かもしれない。来年は毎回配る演習問題の量をもう少し増やした方がよさそうだ。

それにしても、点数評価の方はマークシートだから機械が勝手にやってくれるが、自由記述の方は事務がそれを一字一句書き起こしてくるわけである。「夏雄最高!!」とタイプしながら事務の方がくすくす笑っているのが目に浮かぶようで、妙に居心地が悪くて仕方がない。

2007年10月29日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.20


手が限られているので比較的やさしい小品である。底本ではQ(R)に成る変化とBに成る変化が並列して書かれていたが、ここでは棋譜再生の仕様もあり、Bに成る方をメインライン扱いにしている。最終図のステイルメイトの構図が90度回転した姉妹作が166番に登場する。

2007年10月28日

詰備会出席&広島帰還

ホテルを出て新開地駅構内にある喫茶店で朝食をすませる。すごく狭い店内を、これぞ関西というようなおばちゃん店員が「えっらい忙しいわ、こらかなわん」とぶつぶつ言いながらあわただしく動いていたり、朝だというのに二人連れのおやじが大声で語り合いながら「おいええか、ほろよいセットもう2つ!」などと怒鳴っているようなところで、サンドイッチと一緒に関西らしい雰囲気も味わった気分になった。

新開地から山陽電車の特急に乗り、雲一つない空を眺めながら姫路へ移動した。そこから新幹線に30分ほど乗って岡山に到着。また駅の中の喫茶店でお昼を食べたあと、コインロッカーに荷物を預けて詰備会の会場へ向かう。いつもと違うところだったが、場所はすぐに分かった。今日の参加者は13名ほどだったが、今年看寿賞も取ったNさんが自作の詰将棋や将棋プルーフゲームをたくさん披露し、他のメンバーをウンウン考え込ませていた。かくいう自分も出題される問題を考えてみていたのだが、全くといっていいほど解けないので参ってしまった。詰将棋の世界は詰将棋を創る人と解く人がいて成り立つ。Nさんなどはそのどちらの才能も卓越しているわけだが、どうも私は解く側のグループに入るには根本的に能力が足りないようである。やはりこういう会合に来るときには、せめて出題者になれるように少しは準備しておきたいものだ。

5時に会は終了。岡山駅まで歩き、そこで他の方たちと別れる。詰将棋全国大会翌日にピアノを聴いたときも感じたが、昨日と今日であまりにも違うコミュニティに自分が溶け込んでいるのが何とも不思議だった。明日は看寿賞作家が来るんだとか、昨日のベートーヴェンがすごかったんだとか、そういう話はしたくてもできないのがちょっと残念ではある。

7時少し前に自宅に到着し、月曜日からの長旅もようやく終わった。数学のシンポジウム、ピアノの演奏会、詰将棋の会合の3つをはしごするというのは、あまりできない経験だろう。城崎を出るときにお土産を受け取り忘れるという失敗はあったが、そのほかは大過なく終わってよかった。

2007年10月27日

神戸でスクリャービンを弾く

今日は演奏会である。この日のために持ってきていたスーツを着込んで9時過ぎにホテルを出た。会場は阪急の六甲駅から5分ほど歩いたところ。10時頃に着いたが、まだ人が少なかったので少し試し弾きをさせてもらった。心配なところを一通りやってみたのだが、結局弾けないところは弾けないままである。まあこういうのは今さらじたばたしてもどうにもならないことは経験的によく知っているので、適当に切り上げて本番を待つことにした。

お昼を演奏会の参加メンバー数人と近くの店ですませ、1時から演奏会開始。ピアノサークルの先輩にもあたるNさんがトップバッターだったが、ヒナステラのアルゼンチン舞曲集が素晴らしく、いきなりブラボーの声が出る上々の滑り出しであった。ああいうノリのいい曲には自分にはとても弾けない。数分で客席を温めてしまうあの技術がうらやましい限りだ。

曲目はどんどん進み、第4部の冒頭が自分の出番。今回のホールは舞台と客席の高さに差がなく、距離も非常に近かったので、聴衆の視線をよりはっきり感じてしまい、いつも以上に緊張させられたように思う。暗譜で弾いているのだが、一瞬でも集中が途切れると指から記憶が消えかけ、どこを弾けばいいのか分からなくなる。流れを完全に切らしてしまうともう真っ白になってしまうので、指から蒸発していこうとする譜面を必死で引き留めてたぐり寄せるのである。2曲目のOp.8-4あたりはかなり危険だったが、まあ完全に止まってしまって弾き直すことはしないでどうにか押し通した。まあ直前の1週間がほとんど練習できない状態にあったことを考えれば、こんな程度ですんでよかったというところだろうか。

今回は、同じ数学者でありチェス仲間でもあるHさんが京都からわざわざ聴きに来てくださっていた。電車で1時間強もかかるところに行くというのはかなりエネルギーを要することであり、恐縮の限りである。私の演奏だけでは時間と電車賃がちょっともったいないと思うが、私の後に出た方ですごい演奏を披露した人もいたので、来ていただいたかいはあったのではないかと思う。

演奏会終了後、会場の中央に長いテーブルを出し、注文してあった宅配ピザや寿司で打ち上げ。会場側のご厚意で引き続きピアノを弾かせてもらえたのをいいことに、各自飲み食いしながらときどきステージ上のピアノでいろいろ披露して宴席から喝采を浴びていた。この同好会の演奏会に出演させてもらうのは5月に続いて2回目だが、だいぶ顔なじみも増えて楽に参加できるようになった。打ち上げ時に聞いた限りでは、私のイメージとスクリャービンは合っているようである。次回の演奏会は半年後だが、出るとしたらまたスクリャービンを弾くことになるかもしれない。

六甲駅の近くで2次会があり、11時半頃までつきあってようやく日付の変わるころにホテルに帰ってきた。これで演奏会のイベントは終わり。明日は岡山で途中下車して詰備会に参加しよう。

2007年10月26日

城崎から神戸へ

今日は想定外の事態が起きてちょっと大変だった。

そもそものことの原因は、朝方に降った激しい雨である。昨日までずっといい天気が続いていたのだが、滞在の最終日になってついに降り出したと思ったら土砂降りになってしまった。宿からシンポジウム会場まで、傘を差していたのに膝から下がずぶ濡れである。雷も鳴り出し、F先生による午前中2つ目の講演中には、開始早々突然停電するハプニングも発生。幸いすぐ復旧したが、一時はどうなることかと思った。

しかし、それだけでは終わらなかった。お昼までにシンポジウムのプログラムがすべて終了し、参加者みんなで駅に向かったところ、駅構内の電光掲示板に「運休」「30分遅れ」などの文字が出ていたのである。今朝方の雨のせいでダイヤが大幅に乱れているというのだ。これには参った。今日は城崎から直接神戸に移動し、ピアノの練習不足を少しでも改善するべく一夜漬け計画を立ててあった。それを遂行すべく、何分の電車に乗って何分の接続で乗り換えればこの時間には三宮に着ける、という移動プランを綿密に練ってあったのである。それが全部パーになってしまうではないか。予定では1時間くらい油を売ってから各駅停車でのんびり行けば十分のはずだったが、単線だから遅れがすぐ拡大するし、途中の和田山駅で乗り換えるつもりだった播但線もダイヤが乱れていたら、夕方までに神戸に着けないかもしれない。ここは少しでも早くここを発つべきだと判断し、とっさに特急券を買って発車しようとしていた特急に飛び乗ったのである。

結果的には、和田山に着いてみれば播但線は平常通り運行しており、そこまでの特急券分は余計な出費になってしまった。それよりもっと痛かったのは、城崎にある駅前の菓子店で名物の「柚最中」を受け取るのを忘れてきてしまったことである。この店の柚最中は数学者の間で人気があり、私も城崎に来るたびにお土産に買っていっている。滞在最終日はゆっくり買っている余裕がないため、前の日までに注文と支払いをすませておいて最終日に現物を受け取るというのが、毎年の恒例行事なのだ(わざわざそんなことをするのは、もちろんなるべく新鮮な状態の最中を受け取るため)。特急の車内であっと気づいたが、もう遅かった。結局、店にはあとから電話して広島に送ってもらうことにしたが、明後日の詰備会で参加者にふるまうために買ったというのに、それができなくなってしまったのは返す返すも残念という他はない。

さて、予定より早い特急に飛び乗ったりしたせいで、三宮には予定よりずっと早く着いてしまった。コインロッカーに荷物を置くと、ピアノスタジオの位置を確認しておこうと歩き出す。ところが、ここでもすんなりとことは運ばなかった。だいたいこのあたりと地図でおおよその見当はつけていたので、あとはそのへんを歩けば見つかるだろうと高をくくっていたのだが、いくら歩いてもそれらしい看板が見あたらないのである。電話番号すら書き留めていなかったので、仕方なく喫茶店で一服しつつネットで再確認することになった(柚最中の店の電話番号もこのときに合わせて確認。モバイルカード様々)。

電話で場所を聞いた後ようやく発見したピアノスタジオは、外には全く看板の類がなく、骨董品屋の2階にある写真館がピアノスタジオの受付も兼ねているという不思議なところだった。これでは分かるわけがない。肝心のピアノ練習は5時から2時間ほど、まあどうにか行うことができた。一夜漬けで試験の点数がよかったためしはないが、何もしないよりはずっとましだろう。

というわけで何だかドタバタしてしまったが、どうにか新開地のホテルに入ってこれを書いている。明日は演奏会の後に打ち上げがあるから、このホテルに戻ってくるのも遅くなると思われる。

2007年10月24日

城崎にて(三日目)

今日のシンポジウムは、通常の講演があったあとにポスター発表をした人たちが一人一人壇上に上がり、自己紹介と簡単な内容説明をする時間があった。ポスター発表というと、多分工学系など他の理系分野ではありふれた発表方法だと思われるが、数学ではまだ非常に珍しく、伝統ある城崎シンポジウムでもこうした試みは今回が初めてである。学生さんを中心に10人くらいの方がポスターで発表されていて、私はどれもよく書けていると思ったのだが、TH大を数年前に退官されたトーリック多様体の大御所であるO先生が特に発言したいと希望し、「字が小さくて読みにくいしカラーもほとんど使われていなくてひどく地味。これからは数学の世界にいる人ももっとプレゼンテーションのことを考えないといけない」というような趣旨の感想を述べられていた。立場上、おそらくO先生は他の分野の発表もかなりご覧になっているので、そういう意見を持たれたのではないかと思う。以前、数学の世界にいる人は内容に執着するあまり、それをどう表現するかということについて無頓着であると見られがちではないかと書いたことがあるが、やはりこれからの時代、内容さえ充実していればいいのだという考えでは時代遅れになってしまうのかもしれない。

明日は特に事件がなければ更新はお休みの予定。

2007年10月23日

城崎にて(二日目)

昨日書いた画像の件は、結局このノートPCの接続方法に原因があったらしい。PHSのネットを利用したモバイルカードでつないでいるのだが、速度が遅いためにアクセラレータと称して画像を粗く読み込む仕様になっていたようだ。少々遅いのは我慢することにしてアクセラレータを外したら、画像は元に戻った。

昨夜はNHKでポアンカレ予想の番組をやっていたが、今月初めにBS-hiで放送していた2時間番組のダイジェスト版だったようで、放送時間は半分程度になっていた。おそらく、ポアンカレ予想の内容の紹介の部分がかなり省かれたのだろう。

2007年10月22日

城崎に到着

姫路から播但線に乗って城崎にやってきた。毎年この時期に、代数幾何学のシンポジウムがここで行われる。確か博士課程1年のときから参加しているから、今年で9回目になるだろうか。去年は講演をすることになっていたので心の余裕があまりなかったが、今年は人の講演を聴いている立場だからだいぶ気楽だ。

ところで、普段は自宅にあるデスクトップPCを主に使っていて、昨日のエントリもそこから更新したのだが、今外出用のノートPCでIE系ブラウザを使って見てみると、楽譜の画像がえらく粗く見える。Firefoxで見るときれいなのだが、IEではモザイク処理でもかけられたようだ。もちろん、自宅のデスクトップではどちらで見てもきれいに表示されていた。以前も感じたが、同じページでも環境やブラウザによって見え方がまるで違うということを、いつもよく認識していなければいけない。画像は帰宅してから修正することもできるが、そのころにはもう演奏会も終わっているから、まあこのままでもいいか。

2007年10月21日

演奏会プログラム

27日の演奏会のプログラムが発表された。場所は阪急六甲駅から徒歩5分の「里夢」というホール、開演は午後1時。私は第4部の最初で4時過ぎらしい。入場無料、途中からの出入りも自由なので、当日お暇な方は是非。

ScriabinOp2-1.jpg演奏予定のスクリャービンの練習曲について一応紹介しておく。曲はいずれも3分前後の小曲である。練習曲Op.2-1はスクリャービンがまだ14歳のときの曲。技術的にはまだおとなしいが、すでに郷愁あふれるロシア的な旋律は一級品である。スクリャービンのメロディーはとにかく上へ上へと上っていこうとするが、その萌芽をここに見ることができる。また、主旋律の途中で左手に現れる旋律が再現部では細かく砕かれて現れるが、これも後々までスクリャービンの作曲手法としてきわめて頻繁に登場するやり方である。

スクリャービンが23歳のときに出版された「12の練習曲Op.8」は、彼のピアノ曲の中でも重要な位置を占めている。まだショパンの影響が色濃く見られるが、ポリリズムやクロスフレーズ、極度に音域の広い左手など、すでにスクリャービンならではの書法も登場しており、彼独自の世界が構築されつつあることを実感できる曲集である。

ScriabinOp8-5.jpgScriabinOp8-4.jpgOp.8-4はポリリズムのための練習曲。左手3(または4)対右手5の組み合わせで進行する。中間部はこれが逆転して左手が五連符を奏でる。最後まで繊細で優雅な曲である。一方Op.8-5は和音とオクターブのための練習曲。冒頭の指示には "Brioso"(快活に、生気あふれて)とあるが、音域の跳躍が激しく、指示通りに演奏するのは簡単ではない。後半の再現部ではパッセージが3連音符に砕かれ、なおいっそう難しくなっている。Op.2-1の紹介でもふれたが、このようにフレーズを再現部で細分化するのはスクリャービンが好んだ手法の一つである。

ScriabinOp8-12.jpgScriabinOp8-11.jpgOp.8-11はロシア的情緒漂う一曲。曲調はOp.2-1と若干似ており、陰影深い和音の伴奏に乗ってもの悲しい旋律が流れる。変ロ短調という調といい下降する旋律といい、この曲はスクリャービンというよりラフマニノフのイメージを感じる。個人的には、この曲はスクリャービンが友人でありライバルでもあったラフマニノフのやり方で書いてみようと試みた結果なのではないかという気がしている。そして最後はOp.8-12。スクリャービンの練習曲中でもOp.42-5と並んで有名な曲である。ショパンの「革命」を意識していることは明らかだが、私は「革命」よりこちらの方が好きである。

以上、ごくごく簡単な曲目紹介であった。なお、明日から金曜までは城崎に出張の予定である。ネット事情があまりよくないところであるうえに滞在中は集団生活を強いられるので、ブログの更新は毎日はできないかもしれない。金曜日に城崎から直接神戸に回るつもりである。

2007年10月20日

黒猫のもたらしたもの

夕方にピアノスタジオを予約していたので、電子ピアノで少し指を慣らしてから車で出かけた。駐車場を出ようとしたとき、一匹の黒猫がすたすたと歩いていくのが目に入る。駐車場から道に入ると、黒猫は「轢くんじゃねえぞ」と言わんばかりにこちらをじろっと一瞥すると、左から右にトコトコと横断していった。黒猫に横切られるのは不吉という話はよく聞くが、一方でイギリスあたりでは黒猫の目の前の横断は吉兆だという話も聞いたことがある。はてさて、自分の場合はどちらだろうか……などと考えつつ、車を市街地へと走らせた。

ピアノスタジオは普段よく行っている店ではなくて、少々高いが広い場所でスタインウェイを弾けるところを押さえてあった。少しでも本番に近い環境で練習しておいた方がよい。ちょっと今日のピアノはやや調律不足のような気もしたが、音はよく鳴っていたので時間いっぱいまで弾き続けた。完成度はまだまだ8割程度といったところ。本番は緊張などで出来は3割減と考えた方がよいから、この分だと当日にはまだまだ不安が残る。来週はずっと出張していて練習できないので、前日の一夜漬け練習に期待しよう。

スタジオを出てからデパートで靴を一足買う。以前書いたように私は体質的に静電気が非常にたまりやすく、それから逃れるためには靴底がポリウレタン製の靴にするしかない。店員にそのことを説明したところ、それでしたらこちらがと紹介されたのが、前に買った靴と同じメーカーだった。陳列されている靴の靴底はほとんどが合成ゴム製で、ポリウレタンを使っているところは少数派らしい。幸い無難なデザインのものがあったから、選ぶのに悩むこともなくそれに決まってしまった。

夕飯はデパート内のとんかつ屋。今シーズンの牡蠣フライが始まっていたので早速注文する。久しぶりに食べるとなおいっそうおいしく感じるものだ。満足してレジで勘定を済ませようとしたとき、店員がお釣りで五百円玉を渡してきた。お釣りは三百いくらのはず、五百円玉とは変だなと思ったが、よく見るとそれは五百円玉ではなく、メダルなのだった。
「お客様の注文された牡蠣盛り合わせ定食、こちら今月のキャンペーンメニューになっておりまして、注文されたお客様にはこちらのメダルを差し上げております」
「はあ」
「インフォメーションの横に今ガシャポンの機械が設置されておりますので、こちらをですね、入れていただきますと、お食事券などが当たることになっております」
店を出てから言われたところに行ってみると、確かにガシャポンが置いてあった。横の看板にこうある:
「キャンペーン実施中 各店舗で受け取ったメダルを入れると豪華賞品が当たります
1等 グルメチケット5,000円分 2等 グルメチケット500円分 特別賞 映画鑑賞チケット」
黒猫よ、これか!やはりあれは吉兆だったのだ。何気なく食べた牡蠣フライがキャンペーン対象で、メダルを渡されたのである。これはもう流れとして、グルメチケットが当たるしかないではないか。期待に胸をふくらませつつ、ガシャポンのレバーを回した。

出てきた容器に入っていたのは、アメハマ・コーラキャンデー「味さわやかにソーダ入」1個だった。

スターバックスにてカフェラテで一服してから帰宅。

2007年10月19日

睡眠不足の頭で書類書き

今朝は少し寝坊してしまった。週末になるとどうしても疲れがたまってくる。睡眠不足の状態だと、お昼を食べてから30分か1時間くらいしたところで強烈な眠気に襲われるのだが、最近は家で夕飯をすませたあともそういう時間帯が訪れるようになった。パソコンを前に椅子に座っていると、急に眠気でどうしようもなくなるのである。仕方ないので座ったまま後ろの壁に頭をもたれてしばらく居眠りする。10分か20分そうしていて、気づいてみるともはや眠気はない。多分夜に十分寝ていればこんなことにはならないのだろうが、身体に染みついた夜更かしの癖は容易には抜けないものである。

午後はずっと書類書きをしていた。締切は一応今度の金曜なのだが、来週はずっと出張しているので事実上は今日が締切なのである。夕方までかかって何とかしたが、えらく消耗してしまった。ああ、明日は昼まで寝ていられるのがうれしい。

2007年10月18日

折り紙と「ブレードランナー」

BoxCrane.jpg子供のころ、折り紙が好きでよく一人で折っていた。小学校3年か4年のころだったか、担任の先生が「斎藤君は折り紙が得意だからみんなで教わろう」と場をつくってくれて、前に出て折り方を偉そうに説明してみせたなんてこともあった。大した芸もないのに人前で披露する厚顔無恥なところは、すでにそのころにして健在だったわけである。そのときは背中が箱になっているちょっと変な鶴を折ったのだが、なぜそれを選んだのかはよく覚えていない。しかしそれで折り紙友だちができるわけでもなく、いつも暇なときに一人黙々と折っていたように思う。今でもときどき思い出すように折ることがあるが、技術的には相変わらず未熟である。

折り紙というと、「ブレードランナー」という映画を思い出す。フィリップ・K・ディックのSF小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を映画化したもので、今でもカルト的な人気を誇る作品である。この中に出てくるガフという男が、無言でそのへんにある小さな紙を使って何かを折るシーンが3回出てくる。折り紙の類が登場する映画は、今思いつく限り「ブレードランナー」だけだ。しかもガフが作るものはそれぞれのシーンにおける主人公の心情を反映しており、特に最後に出てくる折り紙は物語全体に関わる重要な意味を持っている。

「ブレードランナー」は諸々の事情の結果、リサーチ試写版、初期劇場公開版、完全版、最終版(ディレクターズ・カット)といくつもヴァージョンがあり、それぞれで少しずつ映像が差し替えられている。どの版ではどこが違うか、またなぜ違うのかがブレードランナー好きのマニア心をくすぐるようだが、今年、最初の公開から25年目にして何と「ファイナル・カット」という5つ目のヴァージョンが出るのだそうだ。オープニング映像を見るとギュスターブ・ドレと思われる絵が使われたりしていて、これまでのヴァージョンとはかなり違っているように見える。さすがに今回で最後だろうが、どこがどう変わったか、また見てみたい気がしてしまうのだった。

2007年10月17日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.19


2007年10月16日

一昨日の将棋の反響

一昨日の将棋対局には相当の反響があったようだ。少しネットを回っていると、ブログなどでこの一戦について書いている人がものすごくたくさんいることが分かる。そのほとんどが、羽生二冠の大逆転に驚嘆しているものばかりだ。最後まであきらめないことの大切さを思い出したとか、久しぶりに将棋を指してみようと思ったなどと書いている人も少なくない。動画サイトにアップされた対局映像の再生回数もうなぎのぼりである。将棋というと斜陽の雰囲気になって久しいが、対局が面白ければまだまだこれだけ人を惹きつけるんだなということを再認識させられた。

映像を見直してみると、今回の対局は将棋をよく知らない人でも盛り上がる要素が完璧にそろっていたと言わざるを得ない。何よりも、役者がそろっていた。知名度抜群の羽生二冠はもちろんだが、気の毒にも斬られ役になってしまった中川七段も立派な指し回しではなかったかと思う。羽生二冠が逆転勝ちするにしても、もしそれが中川七段の大ポカやうっかりによるものだったら、こんな話題になることはなかっただろう。中川七段の指し手は素人目に見ても最善に思えたし、いちいち加藤九段の解説通りであったことからも分かるように、プロからしても自然なものだった。加えてその野武士然とした容貌に激しい駒音で、初めて映像を見た人でもかなりの強敵であることが非常に分かりやすく伝わったように思う。だからこそ、逆転勝ちした羽生二冠がますます映えるのだ。

そして解説が加藤九段だったのがまたぴったりだった。後手の勝ちは間違いないとずっと断言してきて、最後の最後に「あれ?あれれ?えーっ、頓死!?ひゃー!」と声を裏返らせまくって驚いたものだから、大逆転がより印象的で劇的なものになった。また、加藤九段を知らない人には「解説の人のものすごい狼狽ぶりがおかしい」と別の意味でも人気が出たようだ。

加藤九段が逆転に気づいた瞬間を見てみると、「あれ?」と言い出したのとほぼ同時に中川七段が「しまった!」という表情を浮かべるのである。ここらへんはドラマかアニメかと思うくらいうまくできている。対局の内容、両対局者の表情、裏声になって興奮する解説者、すべてが面白くなる方向に作用した結果、これだけの反響を巻き起こしたのではないかという気がする。

2007年10月15日

五円玉と矢

どうやって作ったのだろうと見る人を不思議に思わせる作り物が世の中にはたくさんある。よくあるのは、口の狭い壜の中に、到底入れることができないような大きさの船の模型とか見事な装飾が施された鞠がしっかり収まっているものだ。また、ゲイリー・フォシェによる木の矢が突き刺さったコーラ瓶も有名だ。これらの不思議な作り物はよく不可能物体と呼ばれている。前から一度この不可能物体を作ってみようと思っていて、この土日にちょっと挑戦してみた。やってみたのは「五円玉と矢」と呼ばれるもの。上の「矢とコーラ瓶」のミニチュア・ヴァージョンである。小さいから何とかなるだろうという安直な考えだ。

しかし、こんなものでもやり出してみると結構大変。というのも、とにかく私は木材を切って加工するという作業がダメなのだ。子供のころ、図工や技術の時間に木を切って何か作るという課題はいつも苦労していた。鋸をひいてもすぐ引っかかってしまい、無理やり引っ張っていたら引っこ抜けてけがをしそうになったり、調子よく切れたと思ったら、今度はいつの間にか線を大きく外れていたり。要するに向いていないのであろう。今回も東急ハンズで糸鋸と木材を買ってきたのだが、そもそもたくさんある木材のどれを買えばいいかが分からない。まあ何とかなるだろうとスギか何かの小片を買ってきて家でギコギコやってみるも、鉛筆で書いた線の内側を切ってしまったり、思ってもみないところが突然欠け落ちてしまったりして、悪戦苦闘の連続である。中学時代の技術の時間を久しぶりに思い出した。それでもどうにかこうにか矢の形(のようなもの)を切り出すことができた。自分としてはもうこれでも上出来な方である。

Coin_and_Arrow.jpgここまで来てしまえばあとは簡単。一時的に4次元空間に移動させてうまく矢を通してくれば、「五円玉と矢」の完成である。お決まりの注意書きであるが、矢の両端は五円玉の穴の直径より十分大きくなっている。また矢は完全に一本の木からできており、切り離してから接着したりはしていない(だいたいそんな技術もない)。五円玉ももちろん本物である。

たまにこういうものを作って遊んでみるのも面白いけれど、やるんだったらもう少し木工技術がある人がやった方がいいなというのが正直な感想である。

2007年10月14日

大逆転

Habu-Nakagawa.pngいやあ、今日のNHK杯将棋トーナメントはすごかった。羽生二冠対中川七段の一戦だったが、作ったようなドラマティックな展開にちょっとドキドキしてしまった。最近はこの番組も半分寝ぼけ眼でダラダラ見ており、今日も前半はそんな感じだったのだが、一気に目が覚めた。終わったあとに棋譜を並べ直したことなど久しぶりである。

図は中川七段が飛車を成り込んだところだが、ひふみんこと解説の加藤一二三九段はこのだいぶ前から「羽生さんはもう負けですね」と断言していて、このへんではもう「矢倉にしなかったのがまずかったのでは」などと敗因分析まで始めていた。素人目に見てもさすがに厳しい局面である。
▲9八角 △8八龍 ▲5四銀 △3三玉 ▲2六飛 △9九龍 ▲3八玉 △2六歩
中川七段の手はすべて「こう指しておけば大丈夫」という加藤九段の解説の通りで、何も問題はないように思われたのだが……。
▲2二銀 △同 金 (ここで加藤九段が「あれ?あれれ?」と狼狽し出す)
▲4三銀成 (「あれれ?おかしいですよ??歩が3歩あるからトン死なのかな?えーっ!!」)
△2三玉 (「うひょーっ!!」)
▲2四歩 △同 玉 ▲3六桂 △2三玉 ▲2四歩まで163手で先手の勝ち
以下、2三で清算して歩と金を打って詰みである。番組終了5分前からの大逆転。持駒をぴったり使い切って詰みというのが、詰将棋ファンから見てもたまらないではないか。

羽生二冠は確かに恐ろしく強いが、では相手に何もさせずに大差で圧勝するかというと、たいていはそうはならずに放送時間いっぱいまでもつれ込むような一手違いの熱戦になることが多い。そして今回のように、ギリギリの妙手順で勝ちきる。もちろん、ときにはあと一歩及ばずに敗れることもある。しかし勝つにせよ負けるにせよ、とにかく見ていて面白いのである。そこに羽生将棋の魅力があるのであろう。

2007年10月13日

かつかつ

今日は主にピアノを練習して過ごした。演奏会で弾く予定にしているのは、スクリャービンの練習曲Op.2-1, 8-4, 8-5, 8-11, 8-12。我ながら変わり映えのしない選曲で、実際Op.8-11以外は昔一度弾いたことのある曲ばかりである。本当はこれにOp.8-6も加えるつもりだったが、連続する6度があまりに難しく、今回は見送った。うまい人が弾けば実に優雅で美しい曲で、学生時分なら間違いなく追加しただろうが、あまり練習時間が取れそうにない今回は自重した方がよい。他の曲だってまだまだまともに弾けていないのだ。

夕方、市街地へ出てよく行くピアノスタジオに向かう。どうせ空いているだろうと思っていたが、受付で聞いてみるとアップライトの部屋のみで、それも7時からすでにレッスンの予約が入っているという。「今ちょうど6時半ですので、30分でかつかつということになってしまいますが……」とのことだったので、やむを得ずかつかつ案を受け入れることにした。部屋に案内されてから、「では7時ちょうどにはすぐ出ていただけるようにお願いします」と念を押される。まあ30分でもアコースティックなピアノをさわれるのだから、よしとせねばならないだろう。時間ギリギリまで、なかなか指が当たらないOp.8-5と暗譜が終わっていないOp.8-11を中心に弾いた。

スタジオを出てから何となく電器店に立ち寄り、地下のCD売場を物色。ソフロニツキーとネイガウスのCDを1枚ずつ買う。夕飯をすませ、ドトールでカフェラテを飲みながらしばらくチェスの問題集を眺めたあと、帰途に就いた。帰りの車内のBGMはイギリス組曲。

2007年10月12日

文字化け修正

少し前のことになるが、今連載しているKubbelのエンドゲームスタディの記事を見た方から、MacのSafariで見ると文字化けしてしまうという知らせをいただいた。どうにかしようと思いつつ時間が経ってしまっていたのだが、どうにか今日まとめて作業をした。あれは盤面の駒を動かすためにJavaScriptを使っている関係でブログの記事に載せるのにはどうも相性が悪く、そのために別のページで用意したものをIFRAME(中抜きの窓)で見せるというちょっと変なことをしている。その別に作ったページの文字コードをちゃんと指定していなかったためにブログ自体のページと文字コードが食い違ってしまい、その結果文字化けが発生してしまったようだった。Safariオンリーでネットを巡っている人には3ヶ月間もずっと文字化けした記事を見せていたわけで、何とも申し訳ないことである。

そういえば、文字化けとまではいかなくても、人のブログを見ていてもときどきおかしな表示に出会うことがある。おそらくあれは普段別のブラウザを使われていて、それだけで表示を確認されているのだろう。自分が見ているものを他の人も見ていると思ってしまいがちだが、実際には環境やブラウザが違うと見えるものはかなり違ってしまう。何とも困った話である。私もIEとFirefoxくらいではチェックをしていたが、これからはMacのSafariでもどう見えているかときどき確認した方がよさそうだ。

2007年10月11日

一夜漬け計画

今日も午後は3年生のCG実験があった。先週は終わったあとは何だかやたらに疲れたが、今日はそうでもない。毎年やっている講義でも初回というのは妙に疲れるのだが、2回目以降になると比較的楽になってくる。やはりいったん勝手を思い出すと身体も適応するのだろう。

帰宅後、夕飯をすませてから音を絞って少しピアノを練習する。今月27日に六甲で行われる演奏会にちょっと出させてもらうことになっているのだが、そのチラシ(PDFファイル)が昨日担当者から送られてきた(プログラムはまだ未定)。もうあと2週間ちょっとしかないからそろそろ真面目に弾かなければいけないのだが、平日はどうもなかなか時間が取れない。あと2週間といっても、直前の5日間は城崎に出張で全くピアノにさわれないので、実質的には1週間くらいしかないのである。そこで苦肉の策として、今日は神戸にあるピアノスタジオに電話をして演奏会前日の夕方を2時間ばかり押さえておいた。城崎から直接神戸に回り、文字通りの「一夜漬け」をしようという魂胆だが、これで弾こうとは我ながら何とも図々しい話である。

2007年10月10日

マーフィーの法則

今日の4時頃から9時頃まで、またネットワークが切れていた。幸い、今回は6時間足らずで復活できたが、さすがにこう何度も続くといやになってくる。

今回はと違い、実はネットワークが切れるかもという心配は少しはあった。というのも数日前に接続業者が新しいモデムを送ってきて、10月10日に切り替え工事をするからそれに合わせてモデムを取り替えろと言ってきていたのである。それで少し接続が速くなるらしい。まあつなぎ直すだけだから多分大丈夫だろう……と思いつつ一抹の不安を覚えていたのだが、帰宅後に早速やってみると、案の定、つながらない。またかよちきしょう、ざっけんなよとぶつぶつ悪態をつきながらサポートセンターに電話をかけてみるも、「ただいま大変回線が混み合っております。しばらくそのままでお待ちください」。ったく、サポセンってのはいつもこれだ。しばらく待っていたが全然つながらない。こうなったらとことん待ってやると思い、受話器がちょうど耳のあたりに来るようにしてソファに寄りかかる。「お待ちください」のメッセージと音楽がエンドレスに繰り返されていく。うーん、早く出ろ……うーん……。

突然呼び出し音が左耳から聞こえてきて、ハッと我に返った。いつの間にかウトウトしてしまったらしい。サポセンの待機音楽を子守歌にした人間も珍しいだろう。さて、居眠りするほど待たされたのだから、現状をこれでもかと訴えてやらねばなるまい。
「お待たせいたしました」
「ああ、あのね、今日そちらの送ってきたモデムをね、つなぎ替えたんですよ。ね?そしたらさあ、もう全然……あれ」
言いながら手元のPCを操作していたのだが、なぜか開通している。
「はい?」
「あ、えーと……何か今見たらつながっていました」
「ああそうですか」
「さ、さっきは切れていたんです。何をやってもダメだったんですが、あの」(急に声が弱々しくなる)
「そうですか」
「えーと、何かすみません」
「いえいえ」
というわけで、何しに電話したのか分からないことになってしまった。一昔前に「マーフィーの法則」というのが流行ったが、その中に「壊れているものは、壊れていることを他の人に見せようとするときに限ってちゃんと動く」というようなのがあったように思う。どうもまたそれが発動したようだ。

まあとにかく、今夜のうちに解決してよかった。

2007年10月09日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.18


ほどよく読ませ、ステイルメイトの罠もからませながら最後はアンダープロモーションで決める。なかなかの作品と思う。

2007年10月08日

マクベス

昨日書いた携帯電話の不具合は今朝になったら直っていて、たまっていたメールが大量に届いていた。電話といっても通話することはほとんどなく、事実上携帯メール端末だから、メールが届かないというのが一番困る。買い換えてからまだ1年半くらいだから、もう少しは持たせたい。

最近、Roman Polanskiの "The Tragedy of Macbeth" (1971) をよく見返している。シェイクスピアに材をとった映画はいくらでもあるが、比較的原作を忠実に映像化した作品として私が真っ先に思い浮かべるのが、このポランスキーのマクベスだ。私はどうも四大悲劇の中ではマクベスに一番惹かれてしまう。他と比べると短く、一気呵成に話が進むスピード感のせいもあろうが、やはりこのポランスキーの映画で具体的なイメージが一番はっきり浮かぶからではないかという気がする。実際、"Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow..." は、私の頭の中ではいつもこの映画のマクベス役のJon Finchの声で再生されてしまうのである。

ポランスキーというと気色悪いオカルトテイストという印象が強い。実際このマクベスもかなり生々しい描写が多いのだが、そのおどろおどろしさに暗黒の中世という雰囲気が出ていて、かえってリアリティを高めるのに貢献しているように思う(そういえば、違う監督だが「薔薇の名前」を見たときも同じようなことを感じた。あれに出てくる修道僧たちの異形ぶりは、ポランスキーマクベスの魔女たちといい勝負である)。台詞はすべてオリジナルから取られているが、原作の最後にあるマルカムの演説はカットされており、その代わり台詞のないある場面がラストシーンとして挿入されている。こういう原作との相違に注目して見るのも面白い。

それにしても、このポランスキーのマクベスのDVDが国内版で発売されていないというのは、何とも理解しがたい事実だ。格別すごい賞を取ったというわけではないけれど、少なくともDVD売場に大量に陳列されているどうしようもないC級映画たちよりは、ずっとDVD化する価値があると思えてならない。仕方ないので海外から取り寄せたDVDを見ているのだが、こういうものが手軽に手に入るのも、インターネットのありがたさである。

2007年10月07日

床屋に行く日曜日

今日も家でのんびり。夕方に床屋と買い物に出かけた他は、ずっと家でピアノを弾いたり詰将棋のデータを入力したりしていた。2時半頃だったか、ピアノサークルの同期だったS君が電話してきた。いろいろ話すうち、年明けにでも奥さんと一緒に広島に遊びに来てもらうという話になる。これは来年早々の楽しみができた。とりあえず牡蠣料理の店は押さえておこう。

髪はいつもマンションのすぐ近くにある店で切ってもらっている。受付でまず名簿に名前を書かされるのだが、今日は名簿にチラシか何かが重ねて置かれていて、それで直前まで記入された名前を隠した状態で「どうぞ」と言われた。何でわざわざこんな書きにくいことをと一瞬思ったが、きっと誰かに文句を言われたのであろうことはすぐに分かった。個人情報保護というやつで、来店していることはプライベートなことなのだから、他人の目に触れさせるべきではないというわけだ。なるほど言われてみればそうかなとも思うが、ときどきこの個人情報云々は行き過ぎていると感じることがある。例えば夏学期に非常勤講師をしているH大では、学籍番号から所属学科などを推定できないように同じ学年内でシャッフルしてしまい、完全にランダムに番号をつけている。五十音順ですらない。おかげで試験中に机間巡視して一人一人本人確認する際、持っている名簿と照らし合わせるのが大変だった。

明日も特に予定はないのでゆっくりするつもり。ただ、今日のお昼頃から携帯電話の調子が悪く、サーバに来ているはずのメールを受信しなくなっているようだ。先日の謎のネットワーク障害といい、どうもこのところネット関係ではトラブルが多い。明日も調子が悪いようだったら店に持っていくしかないだろう。

2007年10月06日

将棋世界11月号

いつもの土曜日と同じく、夕方にぶらりと買い物をしに市街地へ。連休初日だからか、普段と比べるとかなり混雑していた。市民球場でカープの今季本拠最終戦をやっていたせいもあるのだろう。

将棋世界11月号を買ってきた。巻頭に王座戦に挑む久保八段のロングインタビューが載っている。今回はメンタルな面を意識して戦う、だから心理的に崩れた今までのタイトル戦とは違うという趣旨のことが書かれているのだが、すでに王座戦の結果(羽生王座の3連勝で王座防衛)が出てしまっている今読むと何だか空しい。雑誌はどうしてもタイムラグがあるから仕方ないが、このタイミングでこのインタビューを世間一般に読まれるのは、久保八段には気の毒という気がしてしまう。

詰将棋サロンでは、珍しく双玉問題が入選していた。それも優秀作である。選題の言葉では「あくまで特殊分野」であり、「普通作より入選ラインは高め」とのことだから、かなりの高評価であると言えるだろう。私は双玉問題を創ったことはないが、それは決して双玉を否定したり、異端扱いしているからではない。面白いものが創れればいいとは思っているのだが、単に創れないだけである。個人的には、特殊分野と見なさず、全く同じ土俵の上で扱えばいいのではないかと思っている。ゲームとしての将棋にはもちろんお互いの玉がいるわけで、片方しかいないという状況の方がむしろ変なのだ。片方にしか玉がいないのが普通なのは、単に詰将棋においてそれが普通であるとされてきたからに過ぎない。飛車を使う作品と使わない作品があるように、攻方玉も使う作品と使わない作品があるというだけのこと。要は、面白いかどうかであろう。

2007年10月05日

Maze Master

昨日は毎年この時期に回ってくるCG実験の担当があり、学生の様子を見て回りつつ質問に答えていたら、終わるころには足が痛くなってしまった。ゆっくり歩いては立ち止まりというのを何時間も繰り返すのは、同じ時間歩き続けているよりずっと疲れる。昨夜の足のむくみは美術館にずっと滞留していた日のそれにそっくりだった。今日は幾分ましだったので助かったが、この土日はゆっくり寝て疲れを取ろう。

最近ネットを巡っていてちょっと感心した映像。落とし穴に落ちないようにボールを迷路の中で進めるこのおもちゃはどこにでもあるが、これを驚くようなものを使ってやってみせている。あまりにすごいので、もしかしたら何らかのトリックを使っているのかもしれないが、そうだとしてもこの映像が面白いことには変わりないだろう。やっていることのくだらなさと壮麗なワーグナーのBGMのギャップがおかしく、ラストシーンは何度見ても笑ってしまう。トリックを使っていないと仮定すれば、ここまで来るには相当な訓練を要したはずだ。その情熱を何か他のことに使っていれば……と思わないでもない。

しかしここでふと考える。例えば詰将棋を創るなどということも、縁のない人から見たらこれと大して変わらないのではないか。どんなにいい作品を創ってもそのすごさが外の世界の人に伝わらないという意味では、むしろこの映像より始末が悪いかもしれない。

2007年10月04日

ポアンカレ予想の番組

3日ほど前だが、テレビで「数学者はキノコ狩りの夢を見る」という2時間弱のドキュメンタリー番組が放送されていた。数学だけを題材に、ここまで長い時間の番組が制作されるのはあまりないことだろう。放送当日はネットワーク切断のトラブルがあったりしてその対応に追われていたが、一応録画をしておいたので今日までにゆっくり見ることができた。内容は、ポアンカレ予想の歴史とそれを解決したPerelmanの物語。数学においてトポロジーという分野は現実社会に存在する事物で例え話がしやすく、数学の外の世界にいる人間に比較的紹介しやすい領域と言えるだろう。しかし、そうはいってもポアンカレ予想やサーストンの幾何化予想とは何かを説明するのは簡単ではないが、この番組はかなり頑張っていたのではないかと思う。フィールズ賞も100万ドルも受け取らずに隠遁したペレリマンについても、変わり者扱いする興味本位の紹介ではなく、彼が証明にすべてをかけ、その代償として社交性を喪失してしまうほどの仕事をしたのだということがよく伝わってきてなかなかよかった。

ペレリマンほど極端でないにしても、一般に数学者はかなり変わり者だと思われがちだ。実際変わった人もいるのは確かだが、周りからそう思われるのは、数学者が物事の本質に注目しようとするあまり、その周辺にある付帯的な事柄をあまりにそぎ落としすぎるからなのかもしれない(付帯的といっても、あくまで数学者がそう考えるものということである)。例えば数日前に書いた数学の講演についても、未だに古くさい(と外からは思われている)スタイルが多いのは、内容さえ伝わるのなら、それをどう表現するかということなど瑣末なことだ、という意識もあるのではないかと思う。聴いている方も数学者だから、それで全く問題はないわけだ。しかし、それでは外の世界からは理解されない。結果、変わっているということになるのである。

2007年10月03日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.17


本作の「二兎を追う」テクニックは、Richard Rétiによる次の有名な作品を彷彿とさせる。Rétiの作品が最小駒数でスマートに内容を表現しているのに対し、メイトでフィニッシュするところがKubbelらしいといえよう。




2007年10月02日

久しぶりの入選

今日はもう1つ更新。家に帰ると詰パラの10月号が届いていた。今月は久しぶりに入選している。前に載せてもらったのは宗看生誕300年記念曲詰の連作企画に加わったときの「ン」のあぶり出しだが、これは文字通り載っただけで、入選ということでは2005年1月号以来ということになる。ずいぶんと時間が空いてしまったものだ。満を持して自信作を投稿というなら時間がかかるのも結構なことだが、今回のは8月の詰四会席上で苦し紛れに出したあれである。もうちょっとましなものを創らなければとは思っているのだが、なかなか難しい。近々「大学」コーナーにも出してもらえることになっているが、こちらもきっと評判は悪いだろう。

ところで細かいことだが、詰パラ入選時には名前と一緒に住んでいる自治体の名前が掲載される。ルールとしては、そこが市ならその市の名前、町村なら県の名前が出ることになっていると思われるのだが、私のところは「広島県 斎藤夏雄」になっていた。上のルールからはちょっとずれていることになるが、まあ間違っているわけではない。大事なのは名前や図面が間違っていないことで、載せていただく側としてはもうそれで十分である。

ネットワーク障害再び

全くまいった。昨日の夕方5時頃までは、何の問題もなくこのページも表示されていたのだ。それが、帰宅前にちょっと勤務先からアクセスしようとしたら、全くつながらない。数分程度切れることはよくあるので気にしていなかったのだが、帰宅してもまだ何も状態が変わっていないことに気づき、あれおかしいぞと思い始めた。電源を入れ直したり、ケーブルをいじってみたりしてもダメ。結局、昨夜はどうやっても症状が改善せず、途方に暮れてしまった。別にネット巡りが一日くらいできなくてもどうということはないが、外から自宅サーバにつながらなくなってしまうのは痛い。

何も設定をいじっていないのに突然切れたのだから、何かが物理的に壊れた可能性が高い。実は同じようなことが去年の7月末にもあり、そのときは電話線を交換したら直ったので、どうせまたそんなところだろうと高をくくっていた。そこで今日の昼休みに勤務先をちょっと抜け出し、近くの電器店でコードを購入。一時帰宅してすぐに交換してみた。ところが、つながらない。これで解決するだろうという甘い考えはもろくも打ち砕かれてしまった。こりゃルータを買い換えるか何かしないとダメか……長くなりそうだ……。

そして数時間後、どうしたものかと頭を悩ませつつ、つながらない現実を再確認しようと外からアクセスしてみると……Ma vie quotidienneという文字が出てきたのだった。狐につままれた気分とはこのことだ。なぜ突然切れたのかも不明ならば、なぜ突然復旧したのかも不明。納得できる理由が見つからないというのは、どうも気持ちが悪い。もしかしたら接続業者側のトラブルだったのだろうか。ともあれ何とか復帰は果たしたが、こんなふうに何の前触れもなく切断するのでは、またいつどうなるか分かったものではない。対策を考えておこう。