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2007年11月29日

部屋の掃除

今日は会議もセミナーもなく、穏やかな一日だった。あったことといえば、Cのプログラムがうまく走らないから見てくれと学生に呼び出されたことくらい。人の書いたプログラムを追っていくのはあまり楽ではないが、どこを書き換えたら走ってどこをいじるとおかしくなるのかをひたすら聞いていたら、そのうち学生さんの方でおかしな箇所に気づいてくれて問題は解決した。やれやれ。

明日は学生時代のピアノサークルで同期だったO君が出張で広島に来るというので、牡蠣料理を食べたうえでうちに泊まってもらう段取りになっている。少しでも部屋をきれいにしておこうと、さっきまでずっとあちこちを掃除していた。ときどきこうやって来客があるときだけ、整理整頓のモチベーションが一気に上がる。まだお世辞にもきれいとは言えないが、まあ最低限の体裁は取り繕った。できればこのエントロピーが小さくなった状態を年末までは保っておきたいものだ。

2007年11月28日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.24


これまたえらく軽い作品である。Kubbelが実際にこれを創ったのは1918年だった。Bによる単騎詰(もちろんKを除けば単騎という意味)は彼の好んだテーマだったようで、この他にも作例がある。103番参照。

2007年11月26日

演奏会の録音を聴く

先月の演奏会では担当のNさんがすべての演奏を録音されていて、当日のうちにCD-Rに焼いて渡してくださっていた。弾いた直後はまだ自分のミスだらけの演奏の記憶が鮮明なので、聴き返して傷口に塩を塗り込むようなことはしていなかったのだが、もうあれから1ヶ月である。そろそろ冷静に聴き直せるかなと思い、CDをかけてみた。

うーん、これはひどい。こんなにひどい演奏をしていたのか……。無難にまとまったかなと思っていた箇所ですらずいぶんアラが目立つ。これでまあまあだったかななどと思っていたのだから、とんでもない話だ。多分一種の自己防衛本能で、現実の演奏よりだいぶ美化して記憶にインプットすることで、演奏後の平静を保っていたに違いない。しかし仮にも人様に聴かせるのだから、自分がどういう音を出しているのか、もう少し正しく認識しなければいけないだろう。比較的ましだったものとして、スクリャービンの練習曲Op.8-11を置いておく(MP3ファイル、4.08MB)。そう、これでましな方なのである。大事な音が聞こえなかったり濁ったりしているところがいくつかあるが、ライブ録音ということでご勘弁願いたい。

この春にチェスを指してきたとき、あの手はちょっとした決め手だったなと思っていたところが、帰宅後に決め手でも何でもないとことごとくコンピュータから通告されてがっかりしたことがあったが、あれと同じ気分である。自分が頭の中に思い描いていることと現実がもっと高い精度で一致していなければ、ピアノだろうがチェスだろうが上達は望めない。

2007年11月25日

帰宅

研究集会最終日。会場予約の関係で昨日までより開始が30分早かった。講演を2つ聴き、お昼にすべて終了である。今回も勉強になった。来年もできれば来たいものだ。

K大のN君、W大のA君、F君と4人でお昼をすませたあと、追手筋で開かれていた日曜市を見て歩く。勧められていた5個入り250円のいも天を買い、4人で分け合ってその場で食べた。揚げたてだとやっぱりおいしい。桂浜に行くというW大組とはそこで別れ、N君ともうしばらくそのへんをぶらぶらしたあと、3時頃に高知駅で彼を見送った。

16時40分高知発の高速バスで広島に帰る。さすがにちょっと疲れた。明日からはまたいつもの日々だ。

2007年11月24日

研究集会二日目&懇親会

研究集会二日目。今日も10時から講演が4つ。午前中はK大のHさん、TK大のTs君と二つ面白い講演が続いた。最近ちょっと研究内容がFano多様体から遠ざかっているが、こういう講演を聴くとまたやらなくてはという気になる。Ts君からは最近出版された論文の別刷りをいただいたので、こちらも数日前に届いたものをお渡しした。

お昼はTs君の他、世話人のFさん、Kさんら総勢6人で帯屋町商店街の定食屋へ。注文を取りに来た店員を見てFさんが「あっ!」と声を上げる。何とFさんの研究室に所属する4年生がアルバイトをしていたのだった。東京や大阪ではあまり起こりそうにないが、地方都市だとこうやって思わぬところで思わぬ人と顔を合わせるということが結構ある。自分も何年か前、バスセンターでバスを待っていたら学生に声をかけられたことを思い出した。考えてみると、最近土日はよく外食ですませているけれど、そのうちこうやって学生と鉢合わせしないか少々心配ではある。

午後の講演が終了した後、6時半から近くの店で懇親会。たまたまG大のI先生のお隣に座ることになり、いろいろお話を伺うことができた。それはよかったのだが、宴もたけなわとなったところで、何かマジックをやってみせろということになってしまう。そうなる可能性だけは考えてカードは用意していたが、こういう場で何を演じればいいか迷ってしまった。結局、披露宴講義の余興のときに使ったネタで行ってしまったが、これが最善の選択だったかどうかは分からない。もっとも、レパートリーが少ないからどうしても同じようなものをやることになってしまう。技術的なやり方を知っているものがいくつあっても、それが場の雰囲気にふさわしいか、自分のキャラクタに合っているか、見ている人たちがどういう人たちでどこから見ているかなど、いろいろな要素を考えていくとほとんどは排除されてしまうのだ。

それに、私が思うにマジックというものは、タネを見破られなければいいというものではない。例えば美女が空中を浮遊するステージマジックがあるが、あれを見た人はタネが例え分からなくて不思議に思えても、「きっとすぐには思いつかない巧妙な仕掛けがあるんだろう」と心のどこかで納得しようとする。合理的説明を見出せずとも、合理的説明の存在を確信することで、体験した非合理を解決しようとするわけだ。表面的には不思議に感じていても、無意識にそうやって納得しようとしていることも多い。この「何かうまくやっているんだろう」と思わせる心の余裕を与えてはいけないのである。適当に解決してしまおうとする心理を阻み、「うまくやるって言ったって、今のはやりようがないだろ」という思考に追い込む、そういうのが本当にいいマジックだと思う(これは詰将棋の創作にも通じるものがある)。しかしそう考えると、人前で演じられるものがほとんどなくなってしまい、結局同じようなネタをやることになってしまうのだった。

懇親会は9時半頃終了。研究集会は明日の昼で終わり、高速バスで広島に戻る予定。

2007年11月23日

土佐での一日

8時起床。ホテル2階にある喫茶で朝食をとる。研究集会の会場はホテルから5分だから、時間的余裕は十分だ。一般にホテルの朝食というとかなりの額を取られることが多く、ケチって近場の喫茶店やファストフードに行ってしまうこともしばしばなのだが、ここではそんなことをする必要はない。厚切りトーストにサラダ、ゆで卵、コーヒーがついてたったの100円なのである。宿泊している部屋も、若干狭いくらいで設備としては通常のビジネスホテルと全く変わらないのだが、料金は一泊4,000円。有線LANもついているからこうしてブログの更新もできるし、こちらとしては何の不満もない。高知のホテル相場は、他の都市と比べても相当安いように思われる。

研究集会は10時からで、午前と午後に2つずつ講演があった。夜はS大のK先生、D大のO先生と3人で土佐料理の店へ。熱燗をやりながら、かつおのたたきにどろめ、じゃこ天、めひかりの炭火焼き、ごりの唐揚げ、はらんぼの塩焼きなど。最後に鰹茶漬けでしめてすっかり満腹。どこに行ってもその土地ならではの食材や料理というものがあるが、地域によっては無理やり名物に仕立て上げたように感じてしまうことも少なくない。しかし、高知についてはそれはないなと、来るたびに思う。

2007年11月22日

高知に移動

3時過ぎに勤務先を失礼し、一度自宅に戻って支度を調えてから出発。広島のバスセンターで高速バスに乗り、はりまや橋で降りるまで4時間の旅である。ちょうど広島から東京までの新幹線がジャスト4時間なので、乗り物にこれくらい乗っているというのはもう何とも思わなくなってしまった。着いたのは9時過ぎで、いったんホテルに荷物を置いてから軽く夕飯を食べられそうなところを探す。商店街の店はほとんど店じまいしてしまっていて、開いているのは飲み屋みたいなところばかりだ。どうしようかなと思いつつ駅前の通りに出たら、全国チェーンのカレー屋があった。こういうところですませるのが一番だ。入ってから気がついたが、去年も到着してから同じようにぶらぶら歩き、ここで食べたのだった。行動がパターン化している。

明日は10時から研究集会に出席する予定。会場がホテルのすぐ近くなので、朝もゆっくりしていられそうだ。

2007年11月21日

ネットでの買い物

連日、寒い日が続いている。この一帯は日中こそ街の中心部並みに気温が上がるが、日が落ちるとかなり冷え込む。今日はいつものメンバーでセミナーをしていたが、I先生の話ではH大の周辺はさらに気温変動が大きいそうで、夜はいつも氷点下のようだ。

最近、以前にも増してネットで買い物することが多くなった。多くは本だが、衣類や電化製品の類を買うこともある。今日は帰宅後、注文してあった充電式のハンドクリーナーが届いた。これでちょっと埃が目立ってきた車の中をきれいにしようという魂胆である。それにしても、店頭で買うときは値段が思っていたよりほんの少し高いだけでもかなり躊躇してしまうのに、どうしてまあこうネットで何か買うときはそういう感覚が薄れてしまうのだろうか。だいたい、100円だろうが10,000円だろうが、同じワンクリックで購入できてしまうというのがよくない。誰か、額に応じてクリックの重さが変わるマウスを作ってくれないものか。

明日は夕方から高知に出張の予定。

2007年11月20日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.23


Kubbelの作品群の中でも最初期に位置する作品。さすがに変化の底も浅く、初々しさが感じられる。本作はJesper Jespersenの "320 Danske Skakopgaver" というアンソロジーに収録されている作品と似た構造を持っており、Kubbelが影響を受けた可能性もある。Jespersenの作品も手順のみ紹介しておく。




2007年11月19日

エスプレッソメーカー

今日もひどく寒かった。夕方から2時間ほど続いた会議を終えて外に出ると、強烈な冷気に襲われてたちまち手が氷のように冷たくなってしまった。昨日切った指の傷が寒さできんきんと痛む。末梢神経に十分血が行き渡らない体質なのか、どうも冬はすぐ手がかじかんでしまう。ピアノを弾くときの悩みのタネだ。

今日は家からエスプレッソメーカーを勤務先に持っていった。昼食後のちょっと眠くなる時間帯、濃いエスプレッソを飲んで少ししゃきっとしようというわけだ。昔からどろっとした苦いエスプレッソを少量くいっと飲むのが好きで、何とかあれを家でも再現しようとこのデロンギ社製のエスプレッソメーカーを買った。まだ広島に来る前のことである。買った当初はかなりいい感じのものができあがり、すっかり悦に入っていたのだが、何年かするうちにだんだんいまいちのできになってきた。今日もそうだったのだが、表面にほとんどクレマができないのである。やはりエスプレッソの命は、あのクレマではないかと思う。砂糖を少しくらい落としても、しばらくクレマに支えられて浮かんでしまっているくらい厚ければ理想的だ。それができないのは、水に含まれるカルシウムなどが少しずつメーカー内に蓄積していることが原因ではないかと思い、いつも念入りに洗うのだがどうも改善しない。多分、解体しない限り洗えないようなところにこびりついているのだろう。

もっとも、くいっと飲んだわりに眠気がそれほど抜けなかったのは、クレマがなかったこととはあまり関係がなさそうだ。

2007年11月18日

ツイていない日

昨日遠出したので今日は家でおとなしくしていたのだが、どういうわけかいちいちツイていなかった。午前中は教育テレビの将棋対局を見ながらRobert J. Langの昆虫作品を折っていたのだが、序盤早々のステップで分からなくなってしまい、挫折してしまった。実は数日前に別のLang作品を折っていてやはり失敗しているのである。やはり複雑系折紙ばかりやっていると疲れてくる。なぜ先週蟻を折れたのか不思議なくらいだ。これがツイていなかったことの一つ目。

今月末に広島出張の予定があるというピアノサークル時代の友人が遊びに来てくれるかもしれないので、午後は散らかりきった部屋を片付けていた。こちらも今度の連休は高知にずっと出張なので、自由に使える休日はもう今日しかない。とりあえず、本棚の前のあれこれを整理しにかかったが、ふと並んだ詰将棋作品集を手に取ってしまう。「独楽のかげ」に「孤愁の譜」、「月下美人」に「夢銀河」、「渓流」に「詰の花束」……と見ているときりがない。ここで時間を浪費してしまったあげく、片付けを再開しようとしたとき、本に巻かれていた帯で指先を切ってしまった。爪に近いところでこれが痛い。数日はピアノは弾けないだろう。片付けの意欲も何だか萎えてしまい、中途半端な形で明日以降に棚上げしてしまった。これがツイていなかったことその二。いろんな意味で今日はこれが一番痛かった。

今週も身体をなまらせてはいけないと思い、買い物をすませてから夕方にジョギングに出かける。ところが、出かけるのが遅くて日がほとんど落ちてしまっていたこともあり、外に出てみるとえらく寒い。走り出せば少し身体も温まるだろうと思っていたが、1キロくらい走っても風の冷たさが応えるばかりで、それどころか小さい水滴が顔にポツポツと当たり始めた。これはたまらないと2キロ走ったところで早々に引き揚げる。雨は結局まともには降り出さなかったが、不完全燃焼のまま冷たい身体で帰ることになってしまった。これが三つ目。

帰宅してすぐ風呂につかり、ようやく冷えた身体が温まった。出かける前に途中で投げ出した片付けの続きをほんの少しやってから、そろそろ夕飯の支度をと思って手を洗おうとしたところ、液体石鹸のポンプが中途半端に詰まっていたらしく、緑色の液体が差し出していた手のはるか上方へ美しい弧を描いて飛んでいき、着ていた服にべっとりとついてしまった。四つ目。

何をやってもうまくいかない日というのはあるもので、以前も嘆いたことがある。まあ今日は、明日の不運を前もって受け取っておいたと思うことにしよう。

2007年11月17日

温井ダムから見る紅葉

先週、紅葉を見物しようかと考えて結局行きそびれたので、今日こそはとその気になっていた。この1週間で紅葉は一気に進んだようで、マンションの周りにある木々もすっかり色づいた一方、帝釈峡のような寒いところではすでに散ってしまったようだ。ネットで紅葉の名所をいくつか調べた結果、比較的近くにある深山峡というところに行ってみることにする。県内に深山峡と呼ばれる場所は2カ所あるが、家から近い安芸太田町加計(かけ)にある方だ。それほどの人気スポットでもないから何とか車は止められるだろうと思い、ゆっくりお昼をすませてから1時に出発した。

Miyamakyo.jpg道中は快調。山中を走る高速道路の左右に見える山たちはどれも赤・黄・緑のまだら模様になっており、これはかなり期待できると安心していた。家を出てから40分ほどで目的地の深山峡に到着。紅葉真っ盛りのはずだというのに、駐車場は数台が止まっているだけでがら空きだった。いくら穴場スポットとはいえ、渓流沿いに整備された遊歩道を歩きながら滝と紅葉を楽しめるというのに、みんな見る目がないね……と思いつつ歩き出す。しかし、5分もしないうちになぜ駐車場ががら空きだったのかを知ることになった。落石があったとかで立入禁止になっていたのである。この先にある何とかの滝と何とかの滝を見て、何とかの岩のあたりまで歩いて……などとぼんやり考えていた計画は一瞬にしてつぶれてしまった。そういうことならどこかに告知を出しておいてもらいたいものだ。

車に戻り、しばしどうするか考える。このまま帰ってはつまらない。地図を見ると、この少し先に龍姫湖という湖と温井(ぬくい)ダムというダムがあるらしい。ダムのあたりは車を止められそうだったので、予定を変更してそこに行ってみることにした。温井ダムが紅葉の名所だという話は聞いていなかったのだが、結果的にはこれが大正解。ダムの周りはどちらの方向を見ても美しい山々が連なっており、青い湖面とのコントラストが美しかった。観光客もどういうわけかそれほど多くない。ダムの上を歩いていって向こう側に渡ったら誰もおらず、何も聞こえない静寂の中で景色を堪能することができた。去年、ストックホルム郊外の研究所に滞在中に近くを散歩したときも思ったが、美しい景色というのは静かなところで見るに限る。下の写真はどちらも、3枚の写真を1枚につなげたものである。

Nukui-panorama1.jpgNukui-panorama2.jpg

紅葉を十分堪能し、満足して3時半頃に温井ダムを後にする。帰りは高速道路に乗らず、山道をうねうねと南下してそのまま広島市街まで出たが、加計から湯来町に至る道も両側はのどかで美しい景色が広がっていて、ただ通り過ぎるのがもったいないほどであった。街中でいくつか買い物をし、夕飯をすませて8時半頃帰宅。

2007年11月16日

チェスプロブレムの本たち

最近入手したチェスプロブレム関係の本。

○ C. J. Feather, "Black to play"
ヘルプメイトの大御所であるFeather氏によるヘルプメイトの入門書。テーマや構造ごとに深く解説。もちろん作例もたくさん載っている。

○ T. Brand, C. Feather, H. Gruber, "György Páros: Ein Begründer des Modernen Hilfsmatts"
1950年代から60年代を中心に活躍したハンガリーのプロブレム作家Párosのヘルプメイト作品集。彼の作品約400局が収録されている。ハードカバーで大変立派な本。

この2冊は看寿賞作家のKさんがご厚意で送ってくださったものである。他にもヘルプメイトの関係でいくつか貴重な文献を提供していただいた。ヘルプメイトビギナーとしては大変心強い限りである。

○ M. McDowell, "A selection of chess problems by G. C. Alvey"
20世紀前半に次々作品を発表しながら39歳で亡くなったAlveyの作品集。こちらは薄い冊子で掲載数も37題である。オーソドックスの2手問題が半分くらいを占めるが、セルフメイトやフェアリー、レトロも何問か含まれている。同時期に活躍したフェアリーの大家、T. R. Dawsonにかなり刺激を受けていたらしい。

○ J. Jelínek, "The dynamic echo in the Bohemian selfmate"
メインとなる変化が複数あり、それらがいずれもモデルメイト(KとPを除く盤上の攻駒がすべて敵のKの詰みに参加しており、なおかつチェックや逃げ道塞ぎの利きがダブっていない「効率のよい」詰め上がり)になっているようなものをボヘミア風と呼ぶ。この本は、ボヘミア風のセルフメイトであってさらにその複数のメイト形がエコー(平行移動した状態)になっている作品だけを200問以上集めたもの。こうやって内容を簡単に説明するだけで、その強烈なマニアックぶりは伝わるであろう。

○ J. Pintér, "1000 Pawn endings"
その名の通り、盤上にKとPしかないエンドゲームスタディばかりを1000問集めた本。白黒のPが1個ずつという一番単純な状況の問題から36問もある。ここまで来るともはやコレクターの世界だが、自分にもそのきらいがあるのか、解けなくても眺めているだけで妙に楽しい。

というわけで、目を通したいものはいくらでもあるのだが、時間がない……。

2007年11月15日

トラックバックスパム対策

今日の話は、自宅サーバなどでブログを運営している人以外にはあまり関係のない話題。

ブログをしばらくやっていると、どうしても増えてくるのがコメントスパム・トラックバックスパムの類である。この春先にはコメントスパムがやたらに増加してきたため、KeyStrokesというプラグインを導入したところ、毎日何十本も届いていたコメントスパムがぴたりとやんだ。しばらくはこれで快適に管理していたのだが、今月に入ったあたりからまたスパマーが攻勢をかけてきた。今度はトラックバックスパムである。

Movable TypeではSpamLookUpというプラグインが標準でインストールされており、トラックバックが届くとこのプラグインはそれがスパムかどうか自動的に判定してくれる。そして問題ないと判断すればそのまま受けつける一方、明らかにスパムであると分かればブログには表示せず、「迷惑トラックバック」として振り分けてくれる。管理者は管理画面でときどきこの迷惑扱いされたトラックバックをチェックし、問題ないものだけ復活させてあとは削除すればよい。実際にはここに振り分けられたトラックバックは百パーセントスパムであり、全部削除してしまうことになる。一日に何百本も送られてくるのだが、このプラグインのおかげでそれらは迷惑トラックバックとして処理されるので、こちらは平和にブログを続けていけるわけだ。

ただ、SpamLookUpがスパムかどうか判別がつけられない、グレーゾーンのトラックバックがときたま飛んでくることがあり、このときプラグインはこのトラックバックをどちらに分類すればいいかと管理者にメールを投げてくる。実はこれが今月になってやたらに増えてきたのだ(もちろん内実は全部スパム)。メールは全部携帯電話に転送しているのだが、ひっきりなしに自分のブログからメールが来るのである。飛んでくる頻度には波があって、何日もおとなしかったかと思うと、数分おきにやってきたりもする。さすがに看過できないレベルになってきたので、今日対処した。といってもやったことは、Trackback Ping Link Lookupというプラグインを追加しただけ。自ブログへのリンクが無いトラックバックを迷惑トラックバックとして扱うというものだが、これだけでぱたりとやんでしまった。こんな簡単ならもっと早くやっておけばよかった。

それにしてもこのトラックバックというもの、正直なところあまり利用していない。他の人のブログに送ったのも一度か二度だし、このブログでもらったトラックバックもたった5つだ。コメントの総数は977に達しているのと対照的である。そもそもトラックバックとは、他の人のブログの内容について自分のブログ内でふれたということをその人に知らせるためのものであるが、自分の場合、相手の人も定期的にこちらのブログを巡回してくれていることが多く、わざわざトラックバックを送る必要性を感じないのである。

2007年11月14日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.22


2007年11月13日

日めくり詰将棋カレンダー

帰宅すると、LPSA(日本女子プロ将棋協会)から日めくり詰将棋カレンダーが届いていた。将棋界は去年から今年にかけてかなりいろいろなことがあったが、その一つが新しい女流棋士団体、LPSAの設立である。その新団体の企画として、一日一題の詰将棋が出ている日めくりカレンダーが作られたのだ。プロアマ問わず、全国から集まった詰将棋が366題。手数は長くても9手詰だし、詰パラに載っているようなマニア向け問題はあまり入っていないと思われるので、(多分)じっとにらめばだいたい解けるものがほとんどだろう。私は1桁ものはいいものを創れる気がしなかったので応募しなかったが、パラパラと見ていくと半分くらいは知った人の名前ばかりである。あの人もいる、おやこの人も応募していたかと見飽きることがない。カレンダーと一緒に中倉宏美女流初段の色紙も同封されていて、少し得をした気分である。今度NHK杯将棋トーナメントを見たら、画面に向かって一言お礼を言っておこう。

それにしても、何かこれを1枚1枚ずつちぎっていってしまうのはもったいないような……とはいえ、ちぎらなければカレンダーの意味がない。まあちぎったとしても捨てずに取っておいた方がよさそうだ。

2007年11月12日

折紙の世界

最近、身体は睡眠を要求しているのになぜか眠りが浅く、そのツケで昼間にぼうっとしてしまう日が多くて困っていたのだが、昨夜はジョギングのおかげでいい具合に疲れており、久しぶりにぐっすり眠れたようだ。それはよかったが、起きてみたらもものあたりが強烈な筋肉痛。特に痛いのが階段を下りるときで、お昼を食べに食堂に行くときは一苦労だった。あれくらい走っただけでこの体たらくである。もっとも、翌日に痛みが出るだけまだましかもしれない。

今月に入ってから急に折紙を折ったりしているが、折図を見ながら折っていく経験が人より多分若干多い(と自分では思っている)だけで、大した技術があるわけではない。それで難しいのに手を出すのだから、当然ながら苦戦の連続だ。何時間もかけて結局何だかよく分からない紙くずを製作することもある。そういえば高校生のころは、バイエルに毛が生えた程度しか習っていないのにショパンやリストを譜読みしようとばかりしていたが、まあやっていることはあのときから何も変わっていないわけだ。

折紙というと世の中のほとんどの人は、千羽鶴にやっこさん、紙風船くらいは幼稚園のときに折ったがそれ以上は覚えていないし興味もない、というところではないかと思う。詰将棋で、普通の人が3手詰や5手詰、あるいは新聞にときどき出ているやさしい手筋ものしか見たことがないのと似たようなものである。その例えで行くと、私が今折っているのは詰パラに出ている20手台くらいのちょっと難しい中編……というくらいだろうか。正しい筋を読み切れず、投げ出してしまうところまでぴったりだ。

詰将棋界に「将棋図巧」や「ミクロコスモス」があるように、折紙界もトップレベルは想像を絶する世界が広がっている。例えば、日本を代表する折紙作家、神谷哲史氏の作品たちを見てほしい。あまりの凄まじさに度肝を抜かれること請け合いである。「将棋図巧」は詰将棋をある程度知らないと素晴らしさを認識できないが、これは誰が見てもすごさが分かる。その意味では折紙界がうらやましい。

2007年11月11日

蟻を折る&ジョギング再開

OrigamiAnt.jpg今日はRobert J. Langという折紙作家の昆虫シリーズから蟻を折ってみた。この間の馬はスペインの折紙作家Aníbal Voyerの手によるもので、当初はVoyer氏の別の作品に挑戦していたのだが、途中どうしても分からないステップがあって中断してしまっていたのだ。仕方ないのでそちらは棚上げにして、今日は代わりにこれをやってみたのだが、いやはや、先日の馬に負けず劣らず難しかった。Lang氏の折図は非常に丁寧で分かりやすく、どう折ればいいかで迷うことは少ない。しかし沈め折りと呼ばれる折り方を多用するうえ、紙が分厚く重なって塊のようになるので、うまくコントロールするのは大変だ。蟻だけに大きくなりすぎるのもとどうかと思い、今回はあえて普通の15cm四方の紙を使ったが、そのせいで胴体や足のまとめはなおいっそう難しくなったように思う。Lang氏はその後、よりリアルさを増した蟻の改良版を発表しているようなので、余裕があればそのうちそれもやってみよう。

だいぶ気温も下がってきたので、今日から久しぶりにジョギングを再開した。春先には7キロ走っていたはずなのだが、今日は走り出したらすぐつらくなってきてしまい、やむなく4キロで断念。ちょっと走っていないとたちまちこれである。これからときどき走れば少しずつバテるまでの距離は増えていくだろうが、それが7キロくらいになったときにまた春を迎えるのだろう。

(折紙モデル:"Ant", Robert J. Lang "Origami Insects and Their Kin" (Dover Publications) 所収)

2007年11月10日

ガソリン価格

今日こそはちょっと早めに家を出て紅葉でも見に行こう……と昨夜までは思っていた。ところが、いざ広島県内の紅葉の状況をネットで調べてみると、相変わらず見頃を迎えているのは三段峡と帝釈峡くらい。あとはほとんどがまだ「色づき始め」らしい。三段峡はもう何度も行っているし、帝釈峡は一人でぶらっと行くには少し遠い。迷ったが、結局この土日もゆっくりしていることにした。それにしても今年の紅葉の何と遅いことか。この分だと平野ではおそらく12月にずれ込む地域も多いに違いない。

夕方に車を出して出かけた。まずガソリンスタンドに立ち寄って給油。いつも同じところで入れているのだが、今日の価格は1リットル145円だった。給油の記録は毎回欠かさずとっているが、この値はむろん今までで一番高い。ちなみに一番安かったのは初めて給油したときで、そのときは110円だった。年間走行距離が6,000キロかそこらなので数円の値上がりはまあ何ということもないが、あのときから35円上がったと考えるとさすがに痛いなという気がしてくる。30リットル入れると千円以上の差になるわけだ。もっとも、いつも一緒にセミナーをしているI先生は毎週500キロか600キロのペースで走ると言っていたから、それに比べればかなりましな方である。

そのあと市街地に出た。本屋で「ブルバキとグロタンディーク」(アミール・D・アクゼル/水谷淳訳/日経BP社)を購入。コーデュロイの長袖を1枚買ってから夕飯をすませ、ドトールでカフェラテを飲みつつしばらくチェスの問題集を眺めて過ごした。8時頃帰宅。

2007年11月09日

次回の演奏会に向けて

演奏会が終わって2週間が過ぎ、そろそろ次は何を譜読みしようかと考えている。やってみたい曲はいくらでもあるが、拙い演奏能力と少ない練習時間を考えれば、現実的な選択肢はそう多くはない。その中で自分が演奏するイメージが一番思い浮かぶのはと考えていくと、やっぱりスクリャービンかラフマニノフということになってきてしまう。底抜けに明るい曲も聴いているのはもちろん好きなのだが、自分が人前で弾くとなるとどうしても、もっと陰翳がついた、ロシア的憂愁にあふれた曲たちに行き着いてしまうのだ。

この間のスクリャービンはミスをしながらもまあそれなりにうまくいった方だったので、今はもう一回彼の曲を……という気分。まだまだ弾きたい曲はたくさんある。少なくとも、練習曲Op.42-5は外せないだろう。学生時代に一度出した曲ではあるが、あの第2主題は何度聴いても飽きない美しさである。お恥ずかしい話だが、家で一人で練習していても、ここを弾いているときは自分でメロディーに酔ってしまうのだ。これをトリにするとして、その前に前奏曲かマズルカあたりを持ってきて10分から15分程度の構成にするのがいいかなと今のところは考えている。こうやってあれこれ思いを巡らせているときが、ある意味では一番楽しい。

2007年11月08日

夜の冷え込み

去年も書いたが、この時期は毎週木曜日にCG実験の担当が回ってくる。OpenGLを使って簡単なグラフィックを描いてみようというもので、3年生は木曜日の午後を全部この実験に費やすことになる。学生はすでに夏学期の実験でオセロを指すプログラムを作成しており、今回オセロの盤面やコマの動きを描画するプログラムと統合することで、一つのオセロプログラムを完成させるというのが最終的な目標である。各自で作ったオセロのプログラムを対戦させるオセロ大会を来週行うのだが、今日はその予選をやって準々決勝の組み合わせを決めた。私は予選進行を監督する役も担当しているのでこの時期はいつも気が抜けないが、幸い大きなトラブルもなく準々決勝進出者が決定。これが終わるといつもホッとする。来週の大会当日は特に責任ある仕事は担当していないので、気楽に見ていられるのだ。

ただ、今日はそれが終わった後で6時から会議があった。来年度の数学教育に関する話が中心で、簡単には終わらないだろうと思っていたが、案の定3時間以上かかってしまった。さすがに夕飯も食べずに9時過ぎまで座っているといやになってくるが、まあこれくらいは教育機関に勤めていれば当たり前なのだろう。

それよりまいったのは、全部終わっていざ帰ろうと建物を出たときだ。寒い!やっぱり夜になるとかなり気温が下がる。ガタガタとふるえながら小走りに車に飛び乗った。私は末梢神経の血の巡りが悪いのか、寒くなると手がとにかく冷たくなってしまう。自室から車まで歩いてくる間にたちまち氷のようになってしまった手を生き返らせるために、今シーズン初めて車内で暖房をかけざるを得なかった。こんなに遅くなるならもっと厚着をしてくればよかった。全く、この時期は着ていくものが難しい。

9時半頃帰宅。フライパンで急ごしらえのチャーハンを炒めつつ、冷たくなった手をかざす。チャーハンで暖をとる人間はあまりいないに違いない。

2007年11月06日

二千円札の話

もう1ヶ月以上前のことになる。よく行く書店で本を買ったのだが、店員から「2,000円のお返しになります」と言って差し出されたのが、二千円札だった。手にするのは半年ぶりか、それ以上かもしれない。西暦2000年に合わせて発行されたのだからもう7年経っているわけだが、相変わらず全然流通していない。日本人の数のとらえ方は「1」と「5」が基調の算盤思考であり、「2」という数字は相容れないものがあるのであろう。

見かける機会が少ない二千円札は、こうやって忘れたころに突然眼前に現れる。それも何の前触れもなく、である。店員さんの口調はいつもと全く同じ、表情も全く同じなのだ。しかし手にしているのは千円札2枚ではなく、二千円札なのである。こういうときに、「おや、珍しい」という表情を一瞬でも浮かべてしまったら「負け」だという気になるのは、私だけだろうか。向こうはいつもと何も変わらないような顔をして、すごいレアアイテムを差し出しているのである。「二千円札でよろしいですか」とかそういう一言もない。れっきとした日本銀行券なんだから文句はないだろう、というわけだ。その静かな挑発には、こちらも応えるしかないであろう。かくして、一瞬感じた物珍しさはおくびにも出さず、さも当然という顔で受け取ったのだった。

しかしこうやって手に入ってみると、今度はこれをいつ使うべきか悩んでしまう。次はこちらが静かな挑発をする側になってしまうからだ。二千円札を出されたときに冷静な対応が難しいのは、おそらく客よりも店側であろう。とっさにいつもと違うものを見せられると、どうしたらいいか分からなくなってしまうものである。

学生のころ、友達から聞いた話がある。彼が喫茶店で470円のモーニングセットを食べ、その勘定のときに二千円札を出したら、店員が1,060円のお釣りを返そうとしたというのだ。もちろん彼は違いますと言って正しい額を受け取ったのだが、店を出てから「なぜ店員は1,060円を返してきたのか?」を考えてはたと思い当たったという。私はそのとき彼から推理を聞いて妙に感心してしまった。つまりその店員は、470円のモーニングセットの勘定で千円札を出されて530円を返す、という行為をもう何十回と行ってきている。そこへ突然二千円札を出されて、「えーと、千円の2倍だから、お釣りも2倍だ!」ととっさに思考してしまったというわけだ。ことほどさように、二千円札は人をあわてさせるものなのである。

私の財布には、まだ二千円札が入ったままである。

2007年11月05日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.21


この21番で使われているアイデアと、27番で出てくるもう一つの別のアイデアとを組み合わせる形で、Kubbelは1924年にすでに作品を創作している。しかし彼はそれを1935年になるまで発表しなかった。改良の余地がないか模索していたらしい。その作品は298番になるので、ここでいつか紹介できる日が来るとしても恐ろしく先のことになるだろう。

2007年11月04日

馬を折る

紅葉でも見に行こうかともちょっと思っていたのだが、結局家でゆっくりしていることにした。山間の三段峡や帝釈峡はすでに見頃を迎えているとはいえ、全体的にやはり今年の色づきは遅い。来週の土日に出かける気分になったら考えるとしよう。

OrigamiHorse.jpg今日は折り紙で馬を折ってみた。実はこれ、前にも一度挑戦したことがあるのだが、普通に売られている15cm四方の紙を使ったらものすごく小さくなってしまい、足や耳など細かい部分がもはや折れなくなってしまったのだ。それで昨日は東急ハンズに行って少し大きな紙を買ってきたのだった。今度は一辺が24cmであるから何とか折りきったが、それでもできあがりはこのサイズ、手乗り馬である。蹄や耳のあたりはやはり小さくなってしまい、折り方が下手くそなせいもあってかなり汚くなってしまった。予定ではもっと足がすらっと伸びて格好良くなるはずだったのだが、できてみるとちょっと短足胴長である。馬に見えるだろうか?まあ見えたとしても、少なくともあまり速くは走れそうにない。

まともに折るならさらに大きい、40cm四方くらいの紙の方がいいかもしれない。それに、これくらい難度の高い折り紙の場合は市販の紙を使うというのがそもそも間違いで、折るのに適した和紙を取り寄せる必要があるのだと思う。

OrigamiHorse3.jpgOrigamiHorse2.jpgまあこれは、玄関にでも飾っておくことにしよう。

[2007/11/5 追記] コメント欄で別角度からも見たいとリクエストしていただいたので、写真を追加。ただこうして見ると粗さが目立つ。特に右後ろ足は折り返す位置が悪くて、短足ぶりを強調してしまっているようだ。次回以降の反省点である。

(折紙モデル:"Horse", J. Aníbal Voyer, http://www.origami.com/ で折図入手可能)

2007年11月03日

肩こり

先週は城崎出張に続いて土曜に神戸で演奏会に出演、日曜は岡山で詰備会に出席と動き回っていたため、今日と明日は久しぶりの完全休日である。やはりときどきこれが挟まらないとどうも身体が持たない気がする。疲れがたまっていたのか、何だか今日は午後になってからやたらに肩がこって仕方がなかった。肩こりなんて、子供のころは父の肩をたたきつつも、いったいそれがどういうものなのかまるで実感が湧かなかったものである。そのまま実感の湧かぬままでいたかった。

夕方から買い物に出かける。デパートのそばを歩いていたら、どこからかクリスマスソングらしき曲が聞こえてきた。いや、これはクリスマスソングではなかったっけ、だっていくら何でも早すぎるし……と思いつつ東急ハンズの前まで来たら、正面にもみの木が派手な装飾とともに置かれていた。やっぱり商売の世界では、すでに12月25日に向けて走り出しているのだ。しかしいくら11月に大したイベントがないとはいえ、扇風機を片付けてまだ日も浅いこの時期にクリスマス仕様になるとは。せめて12月になるまで待つべきではないのだろうか。ただでさえ気候がおかしくなってきているというのに、ますます世の中は季節感を失う方向に動いていっているのだなあ……と、肩をもみつつ思ったのだった。

2007年11月02日

携帯電話の不調

昨夜、寝る前にちょっと携帯電話を確認したところ、「USIMカードが未挿入です」という文字が表示されていて、何も操作を受けつけなくなっていた。この症状は今に始まったことではなく、数ヶ月に一度くらいの頻度で発生する。対処ももう慣れたもので、いったん電源を切って蓋を開けて電池パックを取り出し、あらためて挿入して電源を入れれば、元通り……のはずだった。何度かやってみたが「未挿入です」の表示が消えない。接触の問題だと思うが、ちょっといじったくらいでは復活しないところまで何かがずれてしまったようだ。とりあえず一晩寝て今朝再トライしてみたが、状況は変わらず。これは修理か。

暗くなったころに勤務先を出て、一番近くの携帯電話ショップに向かった。おねえさんに症状を訴えると「ああこれ、よくあるんですよぉ。このカードが奥の方に引っ込んじゃうみたいでぇ、ええ」とのこと。「少々お待ちください」と言って携帯電話を店の奥の方に持っていくと何やらいじっていたが、数分で「一応受信するようになりました」と持ってきた。あっさり解決。どこをいじればいいのかも少し分かったので、次に同じ症状が発生しても、これまでよりはうまく対応できそうだ。買い換えてしまう手もあるが、この機種はまだ買って1年半、もう少しは持たせたい(と以前も書いたのだったが……)。

2007年11月01日

野球のルール

日本シリーズもワールドシリーズも終わり、しばらくは野球のない季節が始まる。スポーツ中継はそんなに熱心に見る方ではないのだが、テレビを何となくつけておきたいときというのがあって、そういうときにスポーツ中継は当たり障りがなくて一番都合がよいのである。これからの寒い時期は、深夜にやっているアメフトの放送を何となく見ることになるだろう。最初は正直言ってルールがよく分からなかったのだが、門前の小僧みたいなもので、何度も見ているうちにだいたいのことはつかめるようになってきた。アメリカで流行るスポーツというのは、細かいルールの山積みで形作られており、またプレイ自体も細かく裁断されているのが特徴のように思う。サッカーやラグビーとは対照的だ。野球だって我々は当たり前のように知っているけれども、全く知らない人にしてみればえらく複雑なスポーツである。

そういえば、学生時代に中国人の方からよく日本語の質問を受けていた話を少し前に書いた。日本語の微妙に曖昧なところを毎回ついてくるため、いつもスパッと答えられずに四苦八苦していたわけだが、こんなこともあった。
「サイトウさん、質問があります」
さあ今度はどんな手強い質問だろうと身構えた私が聞いたのは、ちょっと意外な注文だった。
「サイトウさん、野球のルールを教えてください」
彼女は大学院で専門の勉強をする傍ら、外国人のための日本語の授業に出ている。そこでは受講生がそれぞれ日本語でレポートを書いて発表するらしいのだが、あるとき韓国人の留学生が野球に関する発表をしたのだそうだ。しかし彼女は野球のルールが全く分からなかったために、内容についていけなかったのだという。確かに日本や韓国と比べると中国では野球はあまり行われていないから、特に興味がなければ知らないのも無理はないだろう。

それはともかく、今回ばかりは明快に答えられそうだという安堵感がそのときの私にはあった。だって、野球のルールである。「砂漠のロマン」とはわけが違うのだ。今求められているのは野球が「だいたい」どんなスポーツかをまとめるということであり、振り逃げとかボークに関する細かい取り決めを言う必要はない。サッカーなら、「11人同士で戦い、手を使わずに足や頭でボールを操り、ゴールと呼ばれる枠にボールを入れることで点数を競うスポーツ」というくらいだろう。これを野球でやればいいだけの話である。
「えーと、野球のルールね。これは9人対9人でやるスポーツで、えーと、攻めと守りに分かれるの。ああずっと同じじゃなくて、攻めと守りは交代するんだけどね、9回。それで、えー……そう、まずピッチャーという人がいます。守りのチームに。でこれは、ボールを投げる人。投げる人。で、攻める方のチームにはバッターという人がいて、あっ、バッターは9人が入れ替わり立ち替わりなるんだけど、さっきのピッチャーは同じ人が投げるんだけどね。まあ継投……まあそりゃいいや。で、えーと、バッターは、バットっていうこういう棒を持っていて、ピッチャーが投げたボールを打つわけ。カキーンと。で、バッターは打ったらすぐ走って、一塁……あっ、ベースっていうプレートみたいなのがあって、それが4カ所に配置されているんですよ。それでバッターは打ったらそれを一回りするわけ。で、一回りしたら点が入る。最初は一塁に行くんだけど、えーと、守っている方は、バッターが打ったボールを取って一塁に投げる。ね、投げる。……あっそうか、ボールがバウンドしたかしないかで違うんだけどね。バウンドしないで上にこう、ぽーんと上がったボールをいきなりキャッチすると、守りの人がね、それはもうそれでアウトなわけ。あっアウトっていうのは、3つ取られると攻めと守りが交代するんだけど。うん。ふぅ、えーとそれで、何だっけ。えーと」
「あっ、だいたい分かりました、どうもありがとうございました」

かくして、この日も無力感に襲われたのだった。