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2007年12月29日

帰省&そそっかしい数学者

お昼ちょうどのバスでうちを発った。バスに乗ったら、いつも大学の食堂の麺コーナーでラーメンやうどんをサーブしてもらっているcafe vanillaさんがたまたま乗り合わせていらして、声をかけられる。大学以外の場所で遭遇したのは、去年の5月にスーパーでばったり会って以来だろうか。横川駅でこちらが降りるまでしばらくお話しした。

1時ちょうどの新幹線で広島駅を発った。車内で「数学的センス」(野崎昭弘/ちくま学芸文庫)を読んでいたら、数学者にそそっかしい人が多いことの典型例として、こんな話が出ていた。以下に引用する(登場する名前はもちろんすべて仮名とのこと):


 N先生の同僚であるヨシヒコ先生は、家を出るときに若奥様のカズコさんから1枚の紙を預かった。その紙には、帰りにスーパー・マーケットに寄って、これこれのものを買ってほしいという品物がきちんと書いてあった。
 ヨシヒコ先生は愛妻家であるから、帰りに忘れずにスーパーに寄って、カバンから紙を出し、買物をはじめた。ところがそのカバンをしめ忘れ、開いたままだったのである。幸い親切な女の人が注意してくれたので、「ありがとうございます」とお礼をいってカバンをきちんと閉め、必要な品物を買いそろえて、家に帰った。以下、ヨシヒコ先生と奥様のカズコさんとの会話。

カ「あなた、スーパーで買いものしてるとき、カバンが開いてたでしょ?」
ヨ「え? うん、よく知ってるな。」
カ「どこかの女の人に、注意されたでしょ?」
ヨ「何だ、見てたのか?」
カ「あれ、あたしよ。」
ヨ「!?……☆@$!!」

 買物の追加が必要になったので、カズコさんがスーパーに行ったら、口の開いたカバンを下げている旦那様に出会って、注意したらお礼をいわれてしまった、ということでした!


野崎昭弘「数学的センス」(ちくま学芸文庫)、pp.28-29

野崎先生はこの話を他の人にしたら、何人かには「そんなの、作り話でしょう」と言われたそうだ。確かに、自分の奥さんと気づかないというのは常識的には考えにくい話である。しかし野崎氏は「世の中は広い--並の常識では想像できない、鷹揚な人も実在するのだ」と、この話が実話であることを強調している。私も、数学者だったらまああり得ない話ではないなという気がする。もちろん、数学をやっている人がみんな変人だというわけではないが、普通の人とちょっと違った言動や行動をするのは、数学者にはしばしばあることだ。むしろ、お礼を言われた奥さんがその場で「ちょっと、私よ!」となぜ言わなかったのかという気はする。おそらくは、そそくさと立ち去ろうとしたのであきれて引き留める気にもなれなかった、というところだろうか。

ただ、このエピソードが書かれた章の最後にこんな補足がついていた。


[補足]
その後、N大学のN先生を通して、同僚の先生に買物の話の確認をしたところ、次のことがわかった。
(1) 「スーパー」は誤りで、「デパートの地下売場」が正しい。
(2) 「あれ、あたしよ。」のまえに、次のような対話があったそうです。
カ「どんな人だった?」
ヨ「きれいなひとだった。」
これでは奥様も怒れないでしょうね。

相手の女性の顔をよく見なかったのだろうと思っていたのだが、どうもそうでもないらしい。ここまで行くと、落語の「粗忽長屋」といい勝負である。

6時過ぎに実家に到着。

2007年12月28日

雨の宮島

昨日考えていた通り今日は親と宮島まで行ってきたのだが、あいにく天気が悪かった。船を降りてからずっと傘を差しっぱなしである。厳島神社のバックに聳える弥山に雲がたれ込めている様子はさながら水墨画のようで、それはそれでなかなか幻想的ではあったが、やはりオーバーやバッグがビショビショになってしまうのはあまり心地よいものではない。当初の予定ではあちこち歩き回るつもりでいたのだが、大聖院に行ったあたりで降りがいよいよ激しくなってきてしまい、やむを得ず撤退することにした。冷たい雨の中を歩き回ってちょっと疲れ気味。まあ今まであまり見ない宮島の風景に接することができたし、お昼においしい牡蠣を食べられたのでよしとしよう。

明日は実家に帰る予定。

2007年12月27日

会議だらけの仕事納め

朝10時から会議。喫茶でお昼をすませた後、1時からまた別の会議。議事進行をしていた先生は1時間半後にまたさらに次の会議が控えているとのことだったが、こちらの議題が豊富でその開始時間までに終わらなかったため、最後は他の先生に進行をバトンタッチして消えていった。さらに立ち去るときに、「教授の方は夕方から(また別の)会議をしますのでご参集ください」とおっしゃっていたから、午後だけで3つの会議をはしごされていたのだと思われる。私は下っ端なので、幸い午後は1つだけで終わった。もう決着していなければいけないのにまだ片付いていない問題が山積していて、それを今年中に少しでも何とかしようと思うものだから、どこも会議、会議、会議である。まあ今は日本全国、どこの大学も同じようなものだろう。

幸いもう会議の予定はなかったので休暇を取り、今日が仕事納めということにさせてもらった。親が来ているし、明日は宮島かどこかにでも行こうと思う。

2007年12月26日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.27


21番も参照のこと。下に掲げたRinckのスタディが本作の創作動機にあるようだ。これでは素材を作品に昇華しきれていないと感じたKubbelが、よりよいものを目指して出した答えが本作であった。現代の目で見てスタディ以前であったものが、クラシックなスタディへと一つレベルアップした様子がよく分かる。



2007年12月25日

徒労感

今日は勤務先でコンピュータをいじっていたのだが、やろうとしていたことがどうしてもできないまま時間ばかりを浪費してしまい、すっかり疲れてしまった。別にそれほどたいそうなことをしようとしたわけではなく、Windowsマシンのパーティションを動かして空きを作り、そこにRedhatを入れてデュアルブートにしようというだけのことである。そんなに時間がかかるとは思っておらず、実際QTPartedを使ってパーティションを切り分けるところまでは順調だったのだが、いざRedhatのディスクを入れてインストールを始めようとしたら、どうしても同じところで止まってしまう。ハードドライブの認識に失敗しました、というようなメッセージが表示され、次の瞬間、また最初に戻ってしまうのだ。思いつくことを片っ端からやってみたが、どうしても症状が改善しない。とうとう今日は時間切れになってしまい、明日以降に再びトライせざるを得ないことになってしまった。事情があってこの作業はそう簡単にあきらめるわけにいかないのだが、この分だと悪戦苦闘のまま年を越しそうで、どうも不安である。

長時間かけて結局何も成果が得られないというのは、数学でも詰将棋創作でもよくある話だ(最近は折紙がしばしばそれに加わる)。ただ、ああでもないこうでもないと考えた時間は、無駄なようでいて実は自分の中に蓄積され、だいぶ後になってから得られる成果の一助となっていることが少なくない。しかし今日のようなコンピュータが相手の作業は、とにかく時間ばかり無駄にした気がして(またこの手の作業はやたらに時間がかかるのだ!)、なかなか他では得難い徒労感を味わうことになるのである。あまり頭を使わずに出たとこ勝負であれこれ試してみる、その繰り返しがいっそう疲れを増幅させるのであろう。

実家から親が来ていて、今夜より数日間滞留の予定。

2007年12月24日

まなざし

クリスマスの夜ということで、メシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」("Vingt Regards sur L'Enfant Jésus")をかけている。去年も復活祭にかこつけて聴いていたが、曲の内容を考えればやはりクリスマスイブに聴くのが一番ふさわしいだろう。演奏に約2時間を要する1945年作曲の大作である。第6曲の「御言葉によってすべては成されたり」("Par Lui tout a été fait")や第10曲の「喜びの聖霊のまなざし」("Regard de l'Esprit de joie")あたりは、何度聴いても飽きない。

にも書いたが、この曲に初めて接したのは大学のピアノサークルの卒業演奏会という場であった。当時まだ私は1年生、右も左も分からぬまま大学生活に入り、自分がいかにピアノについて無知であったかを思い知らされた1年間の締めくくりとして、4年生が出演するこの演奏会を迎えたのである。弾く側も4年間の集大成のつもりでいつも以上に準備をして臨むから、素晴らしい演奏が聴けるのは始まる前から分かっていたが、特に印象的だったのはやはりこの「まなざし」の全曲演奏であった。プログラムとは別に演奏者のNさんが詳しい解説冊子を書いて配布しており、演奏中はこれを見ながら初めてのメシアンの世界にどっぷりと浸ったのをよく覚えている。

あの解説冊子は世に出さないともったいないと思っていたら、ちゃんとNさんの作った「オリヴィエ・メシアンに注ぐまなざし」というページで読めるようになっていた。日本語で書かれたメシアンに関するサイトとしては、多分ここが一番充実しているだろう。

2007年12月23日

ジョギング&エンドゲームの難しさ

今日は雨もやみ、気温も上がって寒さが和らいだので、スーパーでの買い物をすませてから久しぶりにジョギングをしてきた。スピードを控えめにして8キロ。本当は10キロ頑張りたかったが、さすがにバテた。しかしもっと頻繁に走らなければあまり意味がないような気もする。週2回くらいできれば一番いいのだろうが、もちろん平日にその暇はない。それに、時間があれば他にもしたいことはいろいろあるのだ。

他にもしたいこと、の一つはチェスのオープニングやエンディングを並べて鑑賞することである。Kubbel作品以外にもエンドゲームスタディをときどき並べるのだが、実際の対局の終盤に役立つことを念頭に置いた作品と、純粋にプロブレムとしての面白さを追求した作品とではずいぶん感じが違う。詰将棋をやっているうちにこちらの世界に流れてきた私としては、どちらかというと後者、つまり実戦では到底あり得ない手順が繰り広げられる作品の方に惹かれるのだが、一方で「実戦形」のエンドゲームにも興味はあり、Grigorievの恐ろしく奥の深いポーンエンドゲームを動かしてみては感心したりしている。

しかし、もし対局をしていて過去に鑑賞したことのあるエンドゲームと同じ局面が現れたとき、あれだなと気づいて対応するという芸当ができるだろうかと考えると、これはもう全く自信がない。駒数の非常に少ない局面であってもダメなのではないか。仮にその作品自体を覚えていたとしても、それを左右反転した形、あるいは白と黒が逆転した形が現れたときに、同じ局面だととっさには認識できないのではないかという気がする。考える時間に余裕があれば何とかなるかもしれないが、終盤はたいてい時間に追われているものだ。

Ljubojevic-Browne.pngGrigoriev.png例えばこの2つの局面。左側はGrigorievによる1928年発表のエンドゲーム、そして右側は、1972年にAmsterdamで行われたLjubojevic対Browne戦の39手目に現れた局面である(次は黒の手番)。Kの位置が微妙に違うが、この場合は大した違いではない。Grigorievのこの作品は比較的有名なので黒のBrowneが知らなかったことはないと思うのだが、彼は39...f5??と間違った手を指し、勝てるゲームをドローにしてしまった。グランドマスターですらこうなのである。エンドゲームは難しい。

2007年12月22日

宿題の消化

一日中雨が降り続いていた。日中は洗濯物を洗って干したり、ネット通販で増えてきていた段ボールを解体してまとめたり、スラックスにアイロンをかけたり。ピアノも少し弾いたし、Kubbelのエンドゲームスタディの下調べもちょっと進めた。毎月やっている、近代将棋誌と将棋世界誌に出た詰将棋のkifファイル化の作業も今月分をやっと片付けることができた。たまっていた宿題をやっと消化した気分である。

暗くなり始めたころに車で市街地に出かけたのだが、道路がひどく混雑していて、目的地に到着するまでにえらく時間がかかってしまった。クリスマス連休の初日ということに加え、街中の大きな交差点で事故が起きて車線規制をしていたせいのようだ。さらに帰りも別の場所で事故現場に遭遇。今日は夜・雨・人出と運転における危険要素がそろっていたからかもしれない。

2007年12月21日

小さな忘年会

今年はみんな忙しいこともあって勤務先で忘年会の類は全然行われていなかったのだが、内輪だけでもちょっとやりましょうということになって、今日は所属する講座の忘年会に出席してきた。といっても、いつもセミナーをしている部屋に教員と学生が10人くらいで集まり、買ってきた食べ物を食べるというだけのささやかなものである。ときどき顔を合わせている間柄といえ、ジェネレーションギャップはなかなか埋めがたい。学生は教員に遠慮してあまり話そうとしないし、教員は学生同士の会話についていけないから、最初の方は結構沈黙の時間帯があったりして、あまり忘年会という雰囲気ではなかった。中盤からようやくそれらしくなっていったように思う。自分はまだ学生の世代に近いので、教員の中では彼らの話がある程度分かっているつもりなのだが、実際のところはどうなのだろう?まあ少なくとも、これから年とともにどんどんついていけなくなるであろうことは想像に難くない。

9時過ぎに帰宅。外は冷たい雨が降っていた。先週は土日も出張だったので、久しぶりに明日はゆっくり寝ていられるのがうれしい。

2007年12月20日

千勝なるか?

今日は羽生二冠が久保八段と将棋順位戦を戦っている。順位戦はA級棋士であれば年に9回対局することになるが、おそらく今日の羽生対久保戦が行われている関西将棋会館には、いつもよりずっとたくさんの報道陣が詰めかけているのではないだろうか。何しろ、昨日までの羽生二冠の通算成績が999勝373敗であり、もし今日勝てばついに千勝を達成するのだ。1,300局以上戦って勝率が7割2分を超えているというのもすごい話である。確か、チェスの公式対局におけるフィッシャーの通算勝率がちょうど7割2分くらいではなかっただろうか(違うかも。ご存じの方、情報求む)。対局は今も続いているが、果たして今日のうちに大記録が達成されるかどうか、注目して待とう。

それにしても、久保八段はこの間のNHK杯戦でも羽生さん相手に斬られ役になっていた。さらにその前の王座戦でも羽生二冠に3タテを食らっており、不遜な言い方だがそろそろ勝たせてやりたいという気もしてくる。どちらを応援したらいいのかちょっと複雑である。

[追記]羽生二冠が勝ったようだ。大記録達成。

2007年12月19日

今年最後のセミナー

今日は、このところ共同研究をしている3人でセミナーをしていた。数学のセミナーというと、本当は誰かが自分の新しい研究結果を発表したり、あるいは関連論文の内容を紹介したりというのが普通なのだが、うちは特に誰かが発表の準備をするというわけでもなく、そのとき気になっている問題をああでもない、こうでもないと何となく議論しているうちに少しずつ理解が進んでいく感じである。何ともお気楽なセミナーだが、これくらいの方が長続きしてよいように思う。

今日も最初はセミナーというより、単に雑談しているといった方がいいような状態だった。だいぶ経ってから、「そういえば、ちょっと特異点の計算進めておかない?」「そうですね」ということでようやく話が動き出す。今やっているのは特異点の変形に関する計算で、いくつも変数を置いたうえで変数変換を繰り返していくと、実は最初に設定した変数のほとんどが0でなければいけないと分かるのだが、この計算の過程がかなり煩雑で間違えやすい。今日も、いったん結論が出た後でチェックしたら間違っていることに気づいたのだが、
「あれ、これ何で0なんでしたっけ?」
「えーと……あれ?あっ、0じゃないね。間違えているな……ってことは、これ(別の変数)も生きている(0でない)、これも生きている、これも生きている……」
「「僕らはみんな生きている」」(異口同音に)
とまあ軽口を叩いてばかりであった。

次のセミナーは年明けということになり、「それでは、よいお年を」と言ってお別れする。もうこの挨拶をする時期になってしまった。

2007年12月17日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.26


あとで出てくる34番を改作した作品である。KubbelはここでStammaによる古い作品の手筋(Bを捨てて敵のKを素抜きのラインに誘導する)を発展させ、2手目の応手で分かれた2つの変化において、それがランクと斜線上でそれぞれ現れる形に仕上げている。Stammaの作品も手順のみ掲げておく。




2007年12月16日

帰宅

広島に帰ってきた。これで出張としての遠出は今年は終わり。次に東京に行くのはおそらく年末年始の帰省だろう。

毎日の生活には、この時間にはこれをやり、それが終わったらこれをするという流れがだいたいできあがっている。それらは一つ一つは数分で終わるようなたわいもないことであり、別に一日休んだとしてもどうということはないものがほとんどだ。しかしこうして何日かぶりに家に戻ってくると、積み重なった諸々の「すべきこと」が実は結構な量になってしまっていることに気づく。あれをやっておかないととか、そういえばあれもまだやっていないんだった……と今もいろいろ思い浮かんでいるのだ。元通りの生活サイクルに戻ったと実感できるのは、おそらく明後日くらいになりそうである。

2007年12月15日

研究集会から演奏会へ

研究集会最終日。午前中の講演が終わった後、数人でハンバーガー屋に行った。学生のときにはよく来ていたが、ここも訪れるのは数年ぶりである。全国展開しているチェーン店だが、実は大学の近くにあるこの店が第一号店だったのだそうだ。たまたま昨日がその開店15周年の記念日だったとかで、エコバッグを景品にもらってしまった。

ハンバーガーを食べながら、講演を終えたばかりのN君がしてくれた話がおかしかった。彼が学生のころにここで食べていたら、外に黒塗りのベンツらしき車が止まり、明らかにヤクザと思われる出で立ちの方が数人入ってきたのだそうだ。子分と思われる人がボスにメニューを聞いたら、ボスがすごみのある顔で、
「ピリ辛のヤツ」
と注文したという。因縁をつけられては大変だから素知らぬ顔をしていたが、「ピリ辛」のバーガーを注文するヤクザというギャップが面白く、笑いをこらえるのに必死だったとのこと。確かに、こちらも想像しただけで吹き出してしまった。考えてみると、そのままハンバーガー店のCMに使えるシーンではないかという気がする。

午後にも講演が2つ残っていたが、連日の聴講でもう消化不良になっていたこともあり、失礼させてもらって錦糸町のすみだトリフォニーホールに移動。今日はここで、先日広島まで来てくれたO君が出る演奏会が行われていたのである。彼とピアノサークルの後輩が数名出ていたのを除けばほとんどは知らない出演者だったが、演奏はバリエーションに富んでいて楽しめた。

ただ一つ閉口したことがあった。私とほぼ同時に会場に入ったおばさんが、最前列に陣取って演奏が終わるたびに「ブラボー!」と声を上げるのである。すべてにブラボーと言うのかと思ったら、ときどきは「頑張って!」になったり「最高!」になったりする。どうやらのど自慢の鐘と同じで、あまり気に入らなかったら「頑張って」、よいと思ったら「ブラボー」、すごくよいと思ったら「最高」ということらしいのだ。とにかくブラボーを言いたがる人というのは珍しくないが、この方のやることはさらにもう一段階上だった。どうもあちこちの演奏会にいらっしゃる名物の方らしい。拍手より先にまずそのおばさんの声が会場に響き渡るので、演奏者もちょっとやりにくそうにしていた。

だいたいの演奏を聴いてから会場を後にし、待ち合わせしてあった親と合流して夕飯をすませた。本当ならそのままさっさと帰宅するはずだったのだが、電車の中に荷物を置き忘れるという失態を演じてしまい、回収したという千葉駅まで取りに行く羽目になる。失われなかっただけましだが、どうも最近ぼうっとしていていけない。ともあれ、今日はあちこち動き回ってかなり疲れた。

明日は広島に帰る予定。

2007年12月14日

CDをまとめ買い

研究集会終了後、渋谷の大型CD店に足を運んだ。学生のころはここに足繁く通ったものだが、広島に移った今となっては1年に1回行くかどうかという程度である。久しぶりだったのでじっくり見て回った。今日の戦利品は、スクリャービンのピアノ曲全集5枚組とヒナステラのピアノ協奏曲、それにHusum音楽祭の2005年および2006年のライブを収録したCD。Husum音楽祭というのは、ドイツのHusumという街で毎年レアなピアノ曲ばかりを弾くマニア垂涎の演奏会である。1989年収録のCDからずっと買いそろえていて、最近2年分がまだだったのだがこれでようやく追いついたことになる。スクリャービンの方は、本当は最近出たというMaria Lettbergというピアニストの録音を買いたかったのだが、残念ながら店頭になく、ずっと買いそびれていたPontiの全集を代わりに購入した。

それにしても、CDも初期のころに比べればずいぶん安くなったものだなと思う。今日買った5枚組のCDだって2,720円だし、シューマンのピアノ曲全集だったか、13枚組で3,000円くらいなんていうのもあった。私がCDというものを初めて買ったときは、国内版とはいえ、1枚が3,000円以上するものばかりだったように思う。まああと10年もすれば、CDも過去の遺物になっているのかもしれない。

2007年12月13日

講演中のトラブル

研究集会3日目。今日の5つの講演は全部黒板発表だった。会場は研究科内の大講義室と呼ばれる大きな部屋だが、ここは中央に非常に大きな黒板が縦に3枚、その左右に少し小さめの黒板がやはり縦にそれぞれ2枚ずつ、計7枚も設置されている。「替」というボタンを押すと、真ん中の3枚と左右の2枚はそれぞれサイクリックに電動で動くようになっている。また黒板の下部はポケット状の空間ができており、別のボタンを押せばこのスペースに黒板を格納することもできる。すぐ後ろ側の壁がスクリーンになっているので、プロジェクタ講演などの場合には全部下の方にしまっておけばよいわけだ。黒板の設備としては、日本でも有数の充実度だろう。

だが今日はちょっとしたトラブルが起こった。ある講演者が、講演中に発表用のメモを手元に置いてしゃべっていたのだが、「替」ボタンで上下の黒板を交換しようとしたとき、そのメモがスライドする黒板に引きずられて黒板下の格納スペースに落っこちてしまったのである。非常に大きな黒板が収納される空間なので、手を伸ばしても全然届かない。かといって、黒板数枚が入るだけの奥行きしかないので、人間が身体を差し入れることもできるかどうかという狭さである。誰かがどこかからトングみたいなものを見つけてきたが、それを使っても底までには距離が足りない。講演時間は刻々と過ぎていくし、とりあえず講演者の方にはメモなしで残りの発表をしてもらうしかないという雰囲気になったときだった。たまたまそのときの座長を務めていたQ大のS先生が、上着を脱いで眼鏡も取ると、やおら半身をその狭い隙間に入り込ませ、右手につかんだトングで底に落ちているメモを取ろうとし始めたのである。聴衆の側からは、黒板消しを置く出っ張りにS先生の左手と左足だけが引っかかって見えている状態だ。もし落ちたら大変なことになる。オーガナイザーのK先生があわてて駆け寄り、他の人たちも真顔で「危ない!」と叫んで引き留めようとしたのだが、次の瞬間、生還したS先生の右手のトングには落ちたメモが挟まっていたのだった。もちろんみんな拍手喝采である。

講演中のトラブルというと、今はプロジェクタ講演で突然画面が映らなくなるというようなものがほとんどだと思うが、今回は黒板発表ならではの珍事であった。

2007年12月12日

研究集会二日目

研究集会の2日目。講演は5つだったが、3つ目がプロジェクタ発表だった他はすべて黒板発表だった。さすがに数学ではまだまだこのスタイルが健在である。

終了後、後輩のN君、T君、Y君と4人で焼鳥屋に行く。渋谷駅から宮益坂をちょっと登ったところにある「鳥ぎん」。焼き鳥のあと、最後に食べる釜飯がなかなかいいので気に入っている。韓国の研究所で研究を続けているN君が、先日韓国語のスピーチコンテストで優勝して現地の新聞に出たというので見せてもらったが、ものすごく大きな写真が出ていて驚いた。才能のある人は何をやってもできるんだなと改めて感心。

店を出て、喫茶店でもう少し雑談をしてから10時頃に散会した。

2007年12月11日

日本のどこかに

翌朝が早いから昨夜は早く寝るつもりだった。ところが夜半になってから、今号のプロパラに出ている問題のうちの一問に誤植があるのではないかとの指摘のメールをいただく。急いで確認してみると、確かに違っているではないか。青くなって大あわてで各方面に訂正とお詫びのメールや書き込みをすることになった。最後の校正で図面自体のチェックはそれなりに念を入れてやったのだが、それとは別のところでミスをうっかり見落としてしまったようだ。冒頭からいきなりの失態で、作者や解答者の方々に何とも申し訳ないことをした。能力もないのにこういう仕事を引き受けた罰が当たったのかもしれないが、もう少し気をつけないといけない。

外の世界の人向けに説明しておくと、Problem Paradiseというチェスプロブレムの雑誌があり、私は今号からヘルプメイトセクションの担当者になっている。世界のあちこちから送られてくる作品から数題をプロパラに載せて解答を募り、少し後の号で解答発表とともに作品の簡単な解説をするのが仕事だ。もしこの掲載する問題に何らかの誤植があると、その作品に対する「正しい」解答がやたらに増えてしまったり、あるいは全く存在しなくなったりしてしまう。特に解答がなくなってしまうような誤植が一番罪が重い。解答者は存在しない答えを探し求めて延々と無駄な時間を浪費することになってしまうからだ。時間泥棒もいいところである。だからこういうミスは絶対やってはいけないのだ。今回やってしまったのがまさにこれだったのである。

やや睡眠不足だったが、今朝は予定通り朝早く出かけた。相変わらず誤植のことは気になっていたが、今は気にしていても仕方がないと言い聞かせて新幹線に乗り込む。ところが、乗った新幹線がJR西日本編成の500系で、これがいけなかった。というのも、JR西日本が走らせている新幹線のテーマソングは「いい日旅立ち」なのだが、電車が停車する直前と発車した直後、アナウンスの前に必ず流れるフレーズが
「あーあー、にほんのどこーかにー」
なのである。これを何回も聞かされて、そのたびに「今も日本のどこかに、誤植のことを知らずに『解けない』と悩んでいる人がいるんだろうな……」と良心の呵責にさいなまれるのだった。

品川には1時半前に到着し、研究集会にも余裕を持って間に合った。講演を3つ聴き、今日のところは真っ直ぐ帰途につく。明日以降は外食が続きそうで、帰りは少し遅くなる見込み。

誤植

以下の内容は、プロブレムパラダイスを購読している方へ緊急にお知らせするものです。それ以外の方は読み飛ばしていただければ幸いです。

プロブレムパラダイスをご購読の皆様
大変申し訳ありません。私が担当者になっているヘルプメイトコーナーですが、Issue 41のH338は2 solutionsではなく、set playです。2解のうち1解は、0.5手少ない手順を解答してください。私の原稿ミスによるものです。心からお詫びいたします。

2007年12月10日

バタバタ

今日はそんなに忙しくなるはずはなかったのだが、明日から出張で東京に行くために完成させておかなければいけない書類があり、それに思わぬ時間を食ってしまった。おまけに、さあもうこれでおしまいというときになって、プリンタが突然動かなくなる。印刷をしていく過程で少しずつ出るトナーのゴミを回収するボックスがプリンタ内部に装着されているのだが、エラーメッセージによるとそれが満タンになったので交換してくれというのである。備品を置いてある部屋に行ったら、またこんなときに限って買い置きがないのだった。仕方ないので、自分の印刷は別のプリンタに出力し、一方で新しい廃トナーボックスを手配するメールを出す。そこへ学生がやってきて印刷が今できないと困ると訴えるので、そちらのプリンタの設定の面倒も見ることに。他にも急にメールを送らないといけないことが出てきて、夕方になってからすっかりバタバタしてしまった。ふう、ちょっと疲れた。

どうにかこうにか用事をすませて、いつもより少し遅めの夕飯を帰宅途中にあるラーメン屋ですませる。明日は東京で午後から始まる研究集会に出るために、朝早く出発する予定だ。

2007年12月09日

スクリョービン?

昨日の予定通り、今日は車を出して街中に出た。普段の土日なら夕方はある程度混雑しているものなのだが、今日は気持ち悪いほどスイスイと目的地まで到着。駐車場も並ぶことなくすんなり入れてしまった。サンフレッチェのJ2降格で街全体が落ち込んでいるというわけでもあるまいが、何となく人通りもいつもほどではなかったように思う。

雑誌やらカレンダーやらを買ったあと、デパートの9階にある楽譜売場をちょっとだけ偵察に行った。まあ今は特にほしい楽譜もないので、何となく見るだけである。周りに誰もいないのをいいことに、「これもう買ったんだっけかなあ」とか「ドレミ(出版社)がラフマニノフ出す時代になったんだなあ」などと小声でぶつぶつ言いながら視線を移していったら、スクリャービンのところで「スクリョービン」と書いてあるのに気づいてひっくり返りそうになった。まあアリョーヒンみたいでこちらの方がロシア人っぽいと言えなくもない。しかし楽譜屋の店員に間違えられるようでは、スクリャービンもまだまだ知名度が低いんだなと再認識せざるを得なかった。個人的には、ピアノ曲の歴史においてはショパンやリストと並ぶ重要な作曲家だと思っているのだが、例えばショパンが間違って「チョピン」と書かれることはまずないだろう。

とそこまで考えたとき、ふと大昔のことを思い出した。確かあれは私が高校一年生のときではなかったかと思う。友達に貸すつもりだったか自分で聴くつもりだったか、その日私はアシュケナージの弾くショパンのCDを学校に持ってきていた。休み時間、私が手にしていたそのCDに "Chopin - Ballades & Scherzos" と書かれているのを見た隣の同級生が、感慨深げにこう言ったのである。
「へえ、斎藤君、チョー・ヨンピルなんか聴くんだぁ」
あれは本当にびっくりした。高一のころの記憶なんてだいぶ薄れてきているけれども、あの瞬間の彼の台詞だけはなぜか妙にはっきり覚えている。それだけ新鮮だったのだろう。

昔のことを思い出し、少しばかりにやにやしつつ楽譜店を後にしたのだった。

2007年12月08日

ペガサスを折る

今日は午後から買い物にでも出かけようかと思っていたのだが、うちのすぐそばにあるスタジアムで京都サンガとサンフレッチェ広島のJ1・J2入れ替え戦が行われることになっていたため、予定を変更して家に逼塞していることにする。試合の前後に一帯が大渋滞になるのは間違いないからだ。さて、それでは何をしよう。そういえば京都在住のHさんが昨日プロパラが届いたと書かれていたなと思い出し、もううちにも来ているはずと郵便ポストをのぞきに行く。しかし、案に相違して入っていたのはチラシだけだった。京都はいわばプロパラの「地元」とはいえ、配達のこの時間差。サッカーの方もスコアレスドローでJ2降格が決まってしまったようだし、何か今日は京都に負けてばっかりという気分である(もっとも、プロパラは夕方に届いたらしく、先ほどもう一度郵便受けをチェックしたら入っていた)。

OrigamiPegasus2.jpgOrigamiPegasus1.jpg結局、午後はまた複雑系折紙を折っていた。今回やってみたのは、川畑文昭氏作のペガサス。ペガサスという題材は折り出す必要のある角が8つ(足、翼、頭、尾)で折紙に向いているらしく、いろいろな折紙作家が発表しているが、一つとして簡単なものはない。これもつらかった。24cm四方の紙を使ったのだが、以前折ったよりさらに一段小さくなってしまった。写真では大きく見えるかもしれないが、頭の先から尾っぽまでの全長は7.5cmくらいである。最後の工程などもう息も絶え絶えという感じで、ここにたどり着くだけで精一杯だったので、造形的にはいろいろ問題がある。本当の作品は、もっとずっと格好良いのだ。まあいずれ、もう少し大きい紙で再挑戦することにしよう。

(折紙モデル:「ペガサス」、川畑文昭「空想おりがみ」(おりがみはうす)所収)

2007年12月07日

二番煎じ

久しぶりに志ん朝の落語を聴きながらこれを書いている。すっかり寒くなってきたので「二番煎じ」をかけてみた。この時期にはぴったりだ。寒さに耐えながら夜廻りをする町内の人たちが、こっそり番小屋で猪鍋をつつきながら熱燗を飲んでいると、そこへ見回りの侍がやってきて大騒ぎに……という一席である。

落語はそんなに詳しい方ではないが、志ん生と志ん朝の親子の録音だけはずいぶん聴いた。子供のころに志ん生を繰り返し聴いていたせいで、「火焔太鼓」などは通して頭の中で声が再生できるようになってしまったほどである。また学生時代には、落語に詳しい先輩数学者のTさんのお誘いで志ん朝を聴きに末廣亭へ何度か足を運んだ。あの直後に志ん朝は急逝してしまったので、今となっては生で聴けたことは貴重な経験だったと思う。

テレビを見ていると、毎年のように入れ替わり立ち替わり新しいお笑い芸人が登場してくるが、ほとんどは奇抜な格好で妙なポーズを取ったり決めぜりふを言ったりするものばかりだ。それはそれでその場は面白いし、悪いとは思わない。しかし、意味不明のポーズやせりふは単にその不条理性がおかしいだけであり、少し慣れてくればたちまち面白さは失われてしまう。だから数年後にはあきられてすっかり忘れ去られてしまうであろうことが、流行っているうちからあまりにもはっきり分かってしまうのである。やっている方も見ている方も、お互いがそのことを了解しつつ楽しんでいるように見える。それも芸の一つの形には違いないが、最近はそういう一発芸ばかり幅を利かせているような気がして、どうも違和感を覚えてしまう。

そこへ行くと落語は、時間が経っても面白さは変わりがない。爆笑することもないが、何度聴いてもつまらなくなることもないのである。例えば、今聴いている「二番煎じ」を初めて聴いてからもう何年にもなるが、「そういや何か猫背だなと思ったんだ」の「何か」でちょっと声が高くなるところとか、「明日はこれで寄せ鍋か何か」とすごく楽しそうに言うところとか、分かって聞いていてもクスリとしてしまう。そこに言う人の感情がこもっていて、その感情が瞬間的にぴたっと伝わってくるからであろう。単にその部分がネタとして面白いというより、番小屋でこっそり楽しむ人たちのその雰囲気が底辺に流れていて、それがおかしさを生み出しているように思う。噺全体にぼんやりとおかしみが広がっているわけだ。一発狙いの不条理系お笑いにはない魅力である。

2007年12月06日

ベーゼンドルファー

先月の末だったが、オーストリアのピアノメーカー、ベーゼンドルファーをヤマハが買収する方向に話がまとまったというニュースが流れていた。スタインウェイやベヒシュタインと並び称される名門も、近年は経営が苦しかったらしく、売りに出されていたという。外資に買われたとなるとウィーンの人の反感を買いそうなのがちょっと心配ではあるが、ヤマハもさすがにベーゼンドルファーのブランドは大事にするだろう。

ピアノを弾く人にはよく知られているが、ベーゼンドルファーのグランドピアノは他にはない特徴がある。普通のピアノの鍵盤は88鍵で、Aの音が最低音だ。しかしベーゼンドルファーのフルコンにはさらにその下に4つ鍵盤があり、一番下の音はFなのである。演奏中、瞬間的に視線をやったときに誤解しないよう、つけ加わっている4つの鍵盤はすべて黒く塗りつぶされている。この鍵盤を弾くことを要求するような曲はまずないが、重低音をガーンと響き渡らせることに快感を覚えるピアノマニアにとって、このプラスされた4鍵はいたく魅力を感じるものなのである。そんなわけで、学生時代のピアノサークルでは、出演予定の演奏会の会場に置いてあるピアノがベーゼンだと聞かされると、スタインウェイと知らされたときとはまた別のワクワク感を感じている人が少なからずいたように思う。

Chaconne.jpgベーゼンの「禁断の黒鍵」を使いたくなる曲の筆頭は、おそらくバッハ=ブゾーニの「シャコンヌ」だろう。言わずと知れた名曲を壮麗な演奏効果を持った編曲で楽しめるので、ピアノサークルでは常に人気曲であった。この曲の一番最後、重低音を響かせながら音が一音ずつ落ちていくところで、最後の一塊だけは1オクターブ上で弾くように指示されている(赤枠内)。曲の流れからいって、ここはGの低音が存在しないためにやむを得ずブゾーニが上に上げたと想像できる。しかしベーゼンのフルコンならば、この箇所で妥協する必要はない。落ちるところまで落ちればよいのだ。かつてベーゼンドルファーのピアノで演奏会をしたとき、シャコンヌを弾いた友人が満足げに黒いG音を叩いていたのをよく覚えている。

買収後にベーゼンドルファーがどういうことになるかまだ分からないが、低音の黒鍵は残して置いてもらいたいものである。

2007年12月05日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.25


2手目の変化をちゃんと考えようとするとやや面倒な問題である。こういう作品を見ると江戸時代の詰将棋をちょっと連想する。現代の詰将棋はどういう手順であれ、詰ますのに最も手数がかかるラインが正解手順とされるが、伊藤宗看・看寿の天才兄弟が活躍したころは、手数は短く詰んでも妙手が入っている方が本手順であった。ここでも作者の主張は冗長な変化ではなく、あくまでフィニッシュにおけるフォークのエコーである。

2007年12月04日

バグハウスとクレージーハウス

バグハウスというゲームをご存じだろうか。チェスの盤駒を2組使い、ペアを組んで2対2で対戦する変則チェスの一種である。

チェスと将棋の一番の違いは何かと問われれば、取った駒が再利用できるかどうかと答える人が多いだろう。となれば、ではチェスで駒の再利用ができるとしたらどうだろうと考えるのは自然なことだ。しかしチェスの場合、自軍と敵軍の駒を色によって識別しているため、取った駒をそのまま自分の駒として使うことができない。そこでペア同士でチェスを指し、片方の対局で取った駒を仲間に渡せば、持駒のあるチェスが楽しめるというわけだ。これがbughouse chessである。

早指しでバグハウスを指している様子が映像で見られるが、傍目には感心するのを通り越しておかしくなってしまう。バグハウスでは指し手とクロック叩きに別の手を使ってもいいことになっており、それがなおいっそう錯綜したイメージを与えるようだ。そういえばだいぶ前に、ロシアのグランドマスター、Kosteniukのブリッツ対戦の様子を見て千手観音を連想したことがあった。今度はさらに手の多い千手観音が4人である。もっとも、外見はKosteniukの方が観音様に近い。

なお、将棋のように1対1で持駒のあるチェスはcrazyhouseと呼ばれ、チェスプロブレムの世界にはしばしば登場する。駒を2組使って実際に指している映像も見つけたが、バグハウスほどは指されていないようである。もっとも、駒の準備に気を回さなくてよいネット対戦が普通になった今、これからは流行るかもしれない。

2007年12月03日

詰パラ12月号

今日も勤務先で思わぬ知らせが入って、午前中はちょっと大変だった。

書くのがやや遅くなってしまったが、詰パラ12月号は月の頭にちゃんと届いている。毎年、6月号と12月号はメインコーナーともいえる「詰将棋学校」がお休みで、その代わり6月は「詰将棋順位戦」、12月は「短編コンクール」という特別企画が行われるのが慣例となっている。まあどういう名前がついていようと、全国の詰将棋愛好家が創った作品が載っているという意味では何も違いはない。短編コンクールというのは手数が短くて駒数も少ない作品ばかりをずらっと並べて展示するもので、無名の新人から大ベテランまでが分け隔てなく一堂に会するのが魅力だ。今年は11手詰が課題で、62作も載っている。最近、前にも増して解く力が落ちてきていることを実感するが、年が明けるまでにいくつできるだろうか。そもそも時間がとれないのが悩みの種だが、今月も何回か新幹線に乗る機会があるはずなので、それに期待しよう。

それから、すでに詰将棋メモなどで報じられていたが、花沢正純氏が亡くなられたとのこと。チェスプロブレムやフェアリー詰将棋の世界で活躍され、あとに続く人たちに絶大な影響を与えた方である。本職は数学基礎論の先生ということだったので一度お会いしたいと思っていたのだが、果たせなかった。ご冥福をお祈りしたい。

2007年12月02日

チェスの駒を折る

一昨日から昨日にかけては友達の訪問にルータが壊れるトラブルが重なって大変だったが、今日はようやくゆっくりできた。外の天気もよかったので、午後は久しぶりにジョギング。前回は夕方になってから走ってひどく寒い思いをしたので、今日は日の高いうちに出かける。5キロを約30分、木々の紅葉を見ながらなかなか気持ちよく走れた。足の疲れ具合も前ほどではなかったように思う。

いったん家に戻り、風呂に入ってさっぱりしてから床屋へ。スーパーで野菜を買って帰り、ブロッコリーとベーコンのクリーム煮をつくる。ベーコン、じゃがいも、にんじんをバターで炒め、小麦粉を振り入れてからブイヨンスープでのばして煮込む。しばらくしてからブロッコリーを投入してさらに煮込み、最後に牛乳を注ぎ入れて塩こしょうで完成。まあこれくらい簡単でないと自分にはできない。煮込み方が足りなかったか、にんじんが若干固かったのが次回以降への反省点だ。

OrigamiChess.jpgジョギングに行く前、折紙でチェスの駒を折っていた。オーストラリアの折紙作家、Joseph Wu氏の作品で、先月折っていたものに比べればだいぶやさしい。いつもいつもスーパー・コンプレックス系の折紙では息切れしてしまうから、たまにはこういうのもいいだろう。ただ、できてみるといろいろ不満もある。まず、実際の駒の比率と比べるとRがかなり大きい。また、元々リアルさを深く追求した作品ではないとはいえ、KとQ、BとPもやや見分けがつきにくいように思う。

32個全部折るのは大変なので、それぞれ白と黒を1個ずつ折ったところで終わりにした。まあ全部折ったところで、実際の対局に使えるかどうかは微妙だ。少なくとも、ブリッツ(早指し)をやるのはやめておいた方がいいだろう。駒がつぶれてしまうのは間違いない。

(折紙モデル:"Birdbase Chess Set", Joseph Wu, http://www.origami.as/で折図入手可能)

2007年12月01日

牡蠣→ルータ故障→宮島→ルータ交換

昨日は学生時代のピアノサークルの同期であるO君が広島に出張に来るというので、勤務先を出て一度車を家に置いてからバスで市街地に向かった。待ち合わせたのは予約をしておいた牡蠣料理のの前。これまで来客があるたびに利用しているところである。最初は特に強い思い入れがあるわけでもなかったのだが、一度だけ予約が取れずに別の店に行ったらあまりおいしくなかったので、以来牡蠣をたくさん食べたいときはここと決めている。ビールで乾杯し、土手鍋をつつきながら近況などを語り合った。

彼には泊まってもらうことになっていた。うちに着いたのが10時少し前で、早速翌日にどこへ行こうかと相談を始めたとき、突如トラブルが発生したのであった。ついさっきまでGoogleマップを見ていたのに、なぜか急にネットワークが切れてしまったのである。この突然つながらなくなる症状は今まで何度も悩まされてきたが、これまでと違ったのは、異常が発生した箇所を簡単に特定できたことだった。ルータのエラーランプが点灯して、叩こうが電源を入れ直そうがリセットスイッチを押そうが全く動かないのだ。こんなふうに突然壊れたのにも驚いたが、それがまたよりによって久しぶりの来客時と重なろうとは……。ネットワークの神が意地悪をしているのではないかと本気で思いたくなった。そんなわけで、牡蠣を食べすぎた話も昨夜はここに書けなかったのだった。

Miyajima2007-2.jpgMiyajima2007-1.jpgルータの件はどうにかしなければいけなかったが、ホストとして彼のもてなしを第一に考えなければいけない。とりあえず問題を先送りし、今日はO君と宮島観光に出かけた。9時頃家を出て、30分ほどで宮島口の駐車場に到着。曇り空で少々寒かったものの、ちょうど潮が満ちてきて鳥居の足が水に浸りだしたころで、色づいた山々をバックに見るとやはり美しかった。紅葉シーズンもさすがに終わりに近づいているとはいえ、少し鮮やかさを失ったもみじの下に鹿がたたずんでいるところは、なかなかの絵になっていたように思う。彼の新幹線が2時半だったので、お昼頃には島を後にし、車で広島の中心部まで移動。せっかくだからと昼食にお好み焼きを食べてから、駅で彼と別れた。ちょっとあわただしかったが、まあ広島観光の基本ポイントはだいたい押さえていただろう。

で、ルータである。電器店にその足で向かい、適当なものを見繕ってすぐ帰途に就いた。買ってきた代替品を早速つないであれこれ設定してみると、さして苦労もせず復旧。実はまだちょっと問題も残っているのだが、それは明日以降に対応することにしよう。やれやれ。