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2008年03月31日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.39


少し記述が長くなったので、レイアウトを若干変えて表示させてある。1903年にロンドンでEmanuel Laskerによる多面指し対局の催しがあり、そこで指された対局からKubbelは本作の着想を得た。以下はその対局の37手目からの指し手である。Laskerの38.Kg4?が悪手で、白はその後数手で投了に追い込まれたのだった。



2008年03月30日

中国選手権

冷たい雨の降る中、チェスの中国選手権に出るために三原へと赴いた。思えば1年前のこの選手権が公式戦のデビューだった。1年の上達の跡を見せるとき……と言いたいところだが、九州選手権が終わってからはしばらく駒に触れていなかったし、いざ臨戦態勢を整えようとした矢先に例の胃腸炎でダウンしたため、もはやほとんどやる気を失ってしまっていた。昨日も結局何もせずに寝てしまったし、完全にあきらめムードで三原に到着したのだった。

集まったのは自分を入れて5人。会場設定のNさんが対局せずに運営専門に回ることになり、残りの4人で3ラウンド戦うことになった。結果は以下の通り:
  相手のレーティング
1.  UR            白番 26手 勝ち
2.  1692          黒番 29手 負け
3.  1606          黒番 30手 ドロー
1勝1敗1引き分け。九州のときと比べるとやはりパフォーマンスが悪いが、あまり気分が乗っていなかったことを考えれば、まあこんなものだろうか。

ただ、結果以上に内容がよくない。2局目は途中でみっともない勘違いをしてしまい、対戦相手のTさんが本気を出す前に終わらせてしまった。棋譜はお互いが力を出し切って初めて価値あるものになる。相手が実力を発揮する場を作れずに負けるというのは、ある意味失礼なことであった。続く3局目、今度は対戦相手のHさんの持ち時間がなくなりそうになり、残り数秒というところでドローを提案される。こちらは十分時間を余しており、指し続けても何とかなるように思われた。しかしこちらも疲れていたこと、この少し前の局面でのミスでいったん形勢を損ねていたこと、相手の時間切れに期待して指すのも気が進まないことなどを考え、ドローを受諾。ところが受諾した次の瞬間、相手に簡単な詰みがあることに気づいたのだった。初心者でも分かるような数手の追い詰めで、あれが見えない詰将棋作家は間違いなく私だけだろう。看寿賞が聞いてあきれる。かくして勝てたはずの勝負を引き分け、半ポイントを落としてしまったのだった。2局目にしても3局目にしても、気合いが入っていれば防げたミスのようにも思う。しかしそれを言い訳にしていてはダメだろう。やはりこれが今の実力である。

3ラウンドだったので、終わったのはまだ4時前だった。せっかくだからとTさん、URのIさんと駅前の喫茶店であれこれお話。疲れた頭が癒されてなかなか心地よい時間だった。5時半過ぎにTさんと三原駅のホームでお別れし、うちの比較的近くにお住まいであると分かったIさんと広島まで戻る。横川でIさんとも別れ、7時頃自宅に帰り着いた。

2008年03月29日

防災設備点検など

煙探知器やベランダの非常用はしごなど、防災設備の点検をする人が10時20分頃に来た。病み上がりでもとにかく昨日までに帰ってきたのは、一つにはこの点検を10時からすることになっていたからだ。以前は予定の時間を大幅に過ぎてからおじさんが一人でやってきて、検査終了後に携帯電話で誰かと喧嘩を始めたということがあったが、今回は若い二人組で、手早く事務的に検査を終えるとすぐひきあげていった。

明日はチェスの中国選手権というのが三原で行われることになっていて、一応参加申し込みをすませてある。体調もだいたい回復したから行こうとは思うのだが、どうも今回の胃腸炎ですっかり気勢をそがれてしまい、今ひとつ自分の中で盛り上がらなくなってしまった。本当だったら、帰省中からオープニングやタクティクスの本に目を通して頭をチェスに慣らしておくはずだったのだ。そのために本棚から何冊も本をバッグに放り入れていったというのに、とうとう帰ってくるまで一度も開けずじまい。もう今さら何をしてもという気分である。おまけに主催者から数日前にもらった情報によれば、参加者は何とたったの4人らしい。その4人にチェス仲間のHさんは入っていないということも昨日のエントリにいただいたコメントで分かり、もうモチベーションは下がる一方だ。しかし去年の8人でも少ないと思ったのに、さらにその半分しか集まらないとは、やっぱり中国地方はチェス不毛の地である。

結局今日も明日の準備は何もせず、帰省中に何もできなかったプロパラの原稿を書いていた。月末が締切だからもうギリギリだ。31日に最後の見直しをすることになるだろう。つくづく、今回の体調不良は痛かった。

夕方に近くのスーパーへ買い物に出かけたとき、マンション前の桜を見た。いくつかは開花しているものの、まだ数を数えられる程度だ。おそらく昨日か今日咲き出したところなのだろう。東京は昨日もう満開になっていたようだったが、うちのあたりはきっとこの次の土日が花見のピークではないかと思われる。

2008年03月28日

広島へ

4時過ぎの新幹線で東京を発ち、広島に戻ってきた。

今回は寝込むために帰ったようなことになってしまい、全く散々だった。お金をかけてわざわざ移動するからには、いろいろやろうとしていたことはあったのだ。大阪滞在中はチェス喫茶をちょっと偵察してくるつもりだったし、実家にいる間にはプロパラの原稿をさっさと書き上げてしまうつもりだった。駒場に出かけて図書館で調べ物をしたいとも思っていたし、余裕があれば知り合いに会う時間も作れるかもしれないとも思っていた。もう全部パーである。一時的に体調が少し悪くなるくらいのことはしばしばだが、一日中布団に潜り込んでいなければいけないようなレベルに、たった3ヶ月間で二度も陥るとは思わなかった。全く情けない限りだが、逆にそれまでは何年もこんなことにはならなかったわけで、何か変わったのだろうかといぶかしく思ってしまう。まあ普通に考えれば、もう若くないということなのだろう。

2008年03月27日

水銀式体温計

昨日、今日とずっと家でおとなしくしていた。熱がなかなか下がらなかったが、やっと元の調子に戻ってきたようだ。年末年始に寝込んだとき、これだけ本格的に体調を崩すのは数年に一度あるかないかのことだと思っていたのに、わずか3ヶ月後に再び同じような目に遭うとは想像だにしなかった。こんなことでは先が思いやられる。

一昨日、学会会場への道すがらに薬局で体温計を買ったのだが、会場に着いてから開けてみたら水銀式の体温計だった。だいたいの体温が測れれば何でもいいと思っていたので、薬屋のおじさんが奥から出してきた3種類をろくに吟味もせずに「あ、一番安いので」と即答したのである。もう水銀式は市場から消えたのではないかと思い込んでいたので、これはちょっと驚きだった。

もちろん水銀式でも構わない。構わないのだが、一つ困ったのは体温計を「振る」行為だった。ケースに入っていた体温計は高い目盛りで止まっていたので、最初に振る必要があったのだ。そのとき自分は、講演会場の最後部座席に座っていた。会場の一番後ろでブルンブルンと腕をふるったりしたらどうなるだろう。
「……講演ありがとうございました。それではただいまの講演につきまして、ご質問・コメントのある方は……あ、その一番後ろの方、どうぞ」
想像しただけでますます熱が出そうになった。その事態だけは避けねばならない。そこで、とりあえず目立たないように椅子の下で振ってみた。しかし椅子にぶつけないように控えめに振ることもあり、それくらいでは遠心力が足りなくて水銀はピクリともしないのである。そのときの講演者には申し訳なかったが、いったんそっと退室して外で振ったのであった。

それにしても、自分より一回りかそれより下くらいの世代になると、水銀式体温計なんて見たことがない人も多いのではないだろうか。もし全く知らない人がいきなりこれを渡されたら、この「振る」行為はそんなに簡単なことではないように思われる。思わぬところで昔の経験が役に立つものだ。

2008年03月25日

体調を崩して帰省

昨夜はブログの更新をすませてからも、どうも頭が痛くてかなわなかった。アルコールにはさほど強くないので、酔いが回ってくると頭痛がするのは自分にはよくあることだ。生ビール一杯でそうなるのはさすがにおかしいような気がしたが、ゆっくり寝れば回復するだろうとそのときは楽観的に考えていた。

ところが、いざベッドに潜り込んでみると全然深い眠りに落ちることができず、頭の痛みに耐えながら果てしなく寝返りを打つことになった。夜が明けるころには、これはちょっと厄介なことになったのかもしれないと気づき始めていた。どうも道頓堀界隈の毒気に当てられてしまったらしい。予定していたチェックアウトの時間を遅らせてしばらくごろごろしていたが、そう簡単によくなるはずもない。多少の無理は覚悟してホテルを出た。

そのまま帰ってしまうという選択肢もあったが、今日行ったら書籍部で買おうと思っていた本があったので、いったんは学会会場に向かった。最寄り駅に着くと駅前の薬局で体温計を買い、身体になるべく負担をかけないようにとぼとぼと歩く。やっと会場に到着し、目当てだった本を買ってしまうと、買ったばかりの体温計を腋に挟んだ。37.7度。やっぱりこりゃダメだと早々に帰ることに決めた。午後に代数学賞受賞講演が予定されており、できれば聴いていきたかったのだが、この体調では無理だ。

難波に戻り、コインロッカーに預けていた荷物を回収する。本当はまだ行ったことがないチェス喫茶「アンパサン」を偵察してこようとも当初考えていたのだが、この状態では厳しい。地下鉄、新幹線、総武線と乗り継いでどうにか実家にたどり着いた。前回に引き続き、またも実家で寝込むことになってしまったわけである。食欲不振や下痢など、症状としても前回と似ている。明日どれくらいよくなっているかは分からないが、とりあえずしばらくはひたすら安静にしているしかなさそうだ。やれやれ。

2008年03月24日

数学会年会二日目

数学会の二日目。今日は大ホールにて行われる春季賞と出版賞の授賞式と、2つの全体講演がメインイベントだ。春季賞の受賞者は今年は微分方程式の方だったが、次の出版賞受賞者にはマス北野こと北野武氏が含まれていると事前の報道で知っていた。もしかして本人が授賞式に現れていたらとちょっと期待していたのだが、さすがにマネージャーの方が代理で賞状を受け取っていた。代読された受賞コメントもいたって真面目なもの。まあそれはそうか。

もう一つ、全体講演の二つ目に代数幾何の大御所、K先生による標準環有限生成定理の解説が予定されており、これは聴いておきたかった。講演までに少し時間があったので、Q大のT君と少し話そうかと喫茶店らしき場所を探す。見渡すとキャンパスの片隅に、ログハウスのような建物が建っており、中にくつろいでいる人が数人見えた。これはおあつらえ向きの喫茶店だと思って二人で入ろうとしたところ、入口で外国人に "Hi! How are you?" と呼び止められる。一瞬、新手の宗教勧誘か何かかと思ったが、何とここはK大が英語で話す環境を提供するために作った施設とのこと。飲み物も売ってはいるが、基本的には中にいる外国人と英語でコミュニケーションをとるのが目的の場所らしい。言われてあたりを見回すと、確かに半分は外国人だった。ちょっと大事な話があったので我々だけで話したいと言ったらOKしてくれたが、まさかこんな施設があるとは思いもよらなかった。ただでさえ英語なんてそう簡単に出てこないのだから、不意打ちは勘弁してほしいものだ。

夕方に大ホールに戻り、K先生の講演を聴く。明快で非常に面白かったが、途中から危惧していた通り時間が足りなくなってしまい、肝心の証明など最後の部分はかなり駆け足になってしまっていた。じっくり1時間半の講演で聴きたかったところだ。

終了後、H大のI先生、TH大のO先生とH先生、D大のO先生、それにB大のM先生(この方とは初対面)というメンバーと道頓堀へ。かに道楽にくいだおれ人形が並ぶ大阪の一番の繁華街を歩き、串カツの店に入った。午後の外人喫茶で飲んだコーヒーが若干胃にもたれていたので、アルコールは控えめにビール一杯だけにしておく。一緒に行った方たちは皆さん大変丈夫な胃腸をお持ちで、9時過ぎに店を出たところで今度は立ち食いラーメンを食べようということに。そのときには自分も大丈夫そうな気がしてくっついていったが、食べてみたらやっぱり自分の胃には若干負担だったようで、しばらく苦しくて仕方がなかった。他の方とお別れして10時頃ホテルに帰り着き、しばらく横になって消化を待つ。ようやくこなれてきたのでこれを書いているところだ。

さて、シャワーを浴びてさっさと寝よう。明日は実家に帰省する予定。

2008年03月23日

数学会年会一日目

数学会年会に参加するため、朝9時過ぎの新幹線で東に向かう。新大阪に着くと、改札で高坂さんが出迎えてくれた。詰将棋作家であり、またプロパラのヘルプメイトコーナーの前担当者でもある。北国にお住まいだが、ちょうど昨日から大阪にいらしているということで、せっかくだからランチでも食べながら少しお話ししましょうということになっていたのだった。新大阪駅構内の喫茶店で2時間余り、詰将棋とプロブレムの話を中心に楽しく語り合う。どちらの分野においても大先輩であり、未だに教えてもらうことは多い。こうやって作家の方と話す機会があるたびに自分ももっと創らなければと思うのだが、時間的な制約もあって実際にはなかなか難しいのが現状だ。

高坂さんと大阪駅でお別れしてから、年会の行われているK大に向かう。最寄り駅で降りると、一緒に降り立った人々の8割は、同業者であることが一瞬にして判別できた。毎年思うことであるが、駅から学会へ向かう道というのは、どうしてこうも数学者とそれ以外の人とがはっきりと見分けられるのだろう。まるで色分けされているかのように、ああこの人数学者だな、と妙な確信が生まれる。そしてその確信は間違いなく、合っているのである。今回も会場までの道はよく知らなかったが、それらしい人たちにくっついていったら、やがてK大の門が見えてきたのだった。会場に着くと、講演を聴いたり年会費を払ったり書籍売場を物色したりと、毎度のメニューを一通りすませる。4時頃からはT大のK先生、S大のK先生とキャンパス内の喫茶店に入り、毎年夏に企画している勉強会について相談。今年の実施日程と大まかなテーマを決めた。

5時過ぎにK大を後にし、難波に移動。学生時代、詰将棋を創り始めたころに解いて批評してくれたK君と合流する。今朝広島を出るころに彼から携帯にメールがあり、せっかくだから夕飯でもということになっていたのだ。かくして昼に続いて夜も、久しぶりに会う人と話しつつ食べ、食べつつ話すことになったのだった。

9時半頃に彼と別れて心斎橋のホテルへ。さすがにちょっと疲れたが、なかなか充実した一日であった。

2008年03月22日

オルガンの超絶技巧

Cameron Carpenterというオルガニストをご存じだろうか。実は私も最近知ったばかりなのだが、彼のライブ映像を見て度肝を抜かれてしまった。オルガン曲というとバッハやフランクのそれが思い浮かぶが、何とここで弾いているのは、あのホロヴィッツ編曲の「星条旗よ永遠なれ」とカルメン変奏曲。普通にピアノで弾いても恐ろしく難しいこの曲を、手足を駆使して弾ききっている。特に凄まじいのが足を使った演奏。このタップダンスのごとき足の運びを見よ!また手も3段の鍵盤を自由に行き来するだけでなく、片手で違う段を同時に弾くという離れ業を演じている。

ホロヴィッツの「星条旗よ永遠なれ」やカルメン変奏曲は、超絶技巧系ピアノ曲の世界の入口に位置している。こういう系統の曲が好きなピアノマニアには、ホロヴィッツの豪快な演奏に強い衝撃を受けてこの世界に足を踏み入れたという人も多い。例えば「星条旗よ永遠なれ」の中間部では、低音部の伴奏、中音部の主旋律に加えて、高音域でピッコロの細かく跳ね回る装飾的メロディーが聞こえてくる。まるで手が3本あるかのようで、初めて聴くとかなりのインパクトを受ける箇所である。だが、まさかこのピッコロパートを足で弾くことが可能だったとは……。これを見た後だと、ホロヴィッツの演奏もそれほど難しくないのではないかと一瞬錯覚しそうになってしまう。体操競技で、かつては最高の難度だったはずの技が、今ではごくありふれた技に見えてしまうのと似たようなものかもしれない。

そういえば、この人は何だか器械体操でも始めそうな格好をしている。まあこれだけ縦横無尽に手足を動かすのだから、ある意味体操みたいなものかもしれない。少なくともタキシードやスーツを着ていては、このパフォーマンスは難しいだろう。

2008年03月21日

謝恩会

卒業する4年生と修士2年生の学生が主催する謝恩会があり、夕方から市街地のホテルに向かった。実は、広島に来てからこの手の催しに参加するのは初めて。今月卒業する4年生は自分の赴任と同時に入学してきた人たちであり、入学から卒業までを通して知っている最初の代ということになる。感謝されるようなことは何もしていないけれども、数学演習などを通して見知った顔も多いし、末席を汚してもバチは当たらないだろうというわけだ。

会は立食パーティー形式で7時から2時間ほど続いた。専攻長と学科長の挨拶で始まり、しばし歓談の後、余興としてビンゴゲーム。賞品にWiiだの500GBのハードディスクだの、なかなか魅力的なアイテムが用意されていたのだが、私が持っていたカードは15回数字が呼ばれてもどこも当たらず、周りにいた人に驚かれる始末。多分あの会場で、最後まで数字がヒットしない人が一番という「逆ビンゴ」をやっていたとしたら、今ごろ私の手にはWiiかハードディスクがあったことはほぼ間違いない。

最後に学生代表からの感謝の挨拶と教員全員への花束贈呈が行われ、拍手に送られながら退席した。10時頃帰宅。

2008年03月20日

プロパラの原稿

プロパラというチェスプロブレム専門誌のヘルプメイトコーナーの担当を今度からやらなければいけないことになったので、このところその原稿を書き始めている。締切が今月いっぱいなのだが、どうも思っていた以上に大変な作業であることが分かってきた。知らない方のために少し説明すると、チェスプロブレムには白と黒が協力して黒のKを詰ませることを目的とするヘルプメイトというジャンルがあり、世界のプロブレム作家からヘルプメイトの新作が送られてくる。その中から採用する作品を選んで掲載する一方、2号前に載せた作品の解答と解説を書き、さらにその作品を解いて送ってきた読者の解答が合っているかどうかをチェックするというのが担当者の仕事だ。このとき、多くの人は解いた感想を書いてきてくれているので、これも適当なものを選んで載せることになる。

作品を的確に解説するというのがやさしくない作業であることは最初から認識していたが、いざ始めてみると、それ以外にもいろいろ厄介な要素があると分かってきた。例えば、送られてきた解答は作品ごとに5点満点で採点するのだが、結構書き間違いが見つかるのである。些細なものなら不問に付すが、いろいろなレベルのミスがあるから困る。これが-1点とするとさっきのも-1点、しかしそうなるとその前のも減点しなければいけないがそれはおかしい……などと悩み出すと、全然先に進まないのだ。また短評も同じ解答者のものばかり載せないように気をつける必要があるが、掲載したくなるようなよい短評を書いてくれる人とそうでもない人がいて、バランスをとるのはなかなか難しい。そういう細かいあれこれが積み重なると、慣れていないせいもあってやたらと時間がかかってしまうのだった。詰パラやプロパラでそれぞれのコーナーを担当している人は、みんなこれを平気でこなしているのか……とあらためて感心した次第。

なお、来週の大阪行きは1泊2日にしたと一昨日書いたが、やはりちょっと慌ただしいということで考え直し、日曜日から出かけて2泊することにした。

2008年03月19日

幕末算法伝

Sampoden.jpg先ほどまで、「幕末算法伝」(小野寺公二著)を読んでいた。幕末の和算家が主人公というちょっと変わった小説である。あまり晴れ晴れとした結末ではなく、しかもそれが話の中途から何となく想像できるので、読み進めながらしんみりしてしまったが、本筋とは別にちょっと見ておきたいところがあった。実は先週書いた、折紙を使った証明問題が出てくる箇所があるのである。主人公が属する算法の流派、最上派の後輩が、最大派閥である関派の算師から算額試合を挑まれ、主人公に何かいい問題はありませんかと泣きついてくる。それに対して主人公が与えたのがかの問題であった。後輩はそれを相手に出題する前にまず自分で解いてきた。

 その日の授業が終わったあと、居残らせて答えを吟味した。比例を用いたもので、途中の運びも間違いはなかった。しかし、面倒で手間どりすぎる。もっと簡明な方法があるといって、金盛は自分の解いたものを見せた。
「いやあ、こういう解き方もあったんですか。解述の運びが軽快ですね。優雅といってもいい。これにくらべると私の解法は、どたばたして山出しのおさんどんですよ」
 日比野は机にかがみこんだまま、図の上を指でなぞっては解述を読み、動こうとしなかった。

後輩をかくも感心させた解述とは、次のようなものであった。

図ノ如ク仮線ヲ引ケバ ヨッテ生ズル二組ノ鉤股弦(注:直角三角形のこと)ハソレゾレ合同トナリ  ガソレゾレ等シク 且ツ(と) (ち)ガソレゾレ等シキ故 正方形ノ 円ヲハサム二辺ノ和ハ 鉤股弦ノ周囲 即チ斜辺ト半径ノ二倍ヲ加ヘタルモノニ等シ コレヨリ ノ二倍ハ半径ノ二倍ニ等シキヲ知ルベシ
即チ ハ半径ニ等シ

日本の幾何-何題解けますか?」によると、実在する和算家による解答はもう少し面倒なものであった。しかしこの問題がブルガリアの数学雑誌に掲載されたとき、ある高校生から和算家よりもうまい解答がよせられた。「幕末算法伝」に登場する解法は、この高校生の解答を小野寺氏が紹介したものだということである。後輩が最初に書いてきた「山出しのおさんどん」は、和算家による実在の解答を意図したものであろう。

この「幕末算法伝」、ヒロインとして登場する志ほという女性が非常に将棋が強いということになっており、主人公がまだ十代前半だったこの娘と指して負かされてしまうくだりが出てくる。ストーリーを脇で支える小道具に初等幾何やら折紙やら将棋やら、個人的に親しみのある題材が妙にたくさん登場する小説で、それもあってなかなか面白く読むことができた。

2008年03月18日

来週の予定

数学の教員が集まって朝からお昼過ぎまで会議。間近に迫った新年度スタートを前に、新入生の数学教育に関する諸々が主な議題だった。だんだん新年度の準備でしなければいけないことが増えてきた。これは確実に、今年度より忙しくなりそうだ。

来週は数学会が大阪のK大で行われる。どうしようか迷ったが、今回は期間中にちょっとだけ参加することにし、1泊2日で心斎橋のホテルを押さえた。出張であちこちの都市に行く機会があるが、実は大阪はなぜか訪れることが少なく、難波の周辺も今までに数えるほどしか行ったことがない。今回もちょっと慌ただしいが、付近の様子は一通り見て回っておこうと思う。その週の後半は数日休暇を取ったので、大阪から直接実家に帰省する予定。

2008年03月17日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.38


上にもあるように、Kubbelは本作の変化手順を調べるうちに黒が勝つ絶妙のラインを見つけ、これを4番の作品として別に発表した。遺された作品からこうして創作の軌跡をたどれるのは興味深い。また本作は、35番と同じフィニッシュを迎える。比較されたい。

2008年03月16日

将棋トーナメント決勝戦

床屋と買い物に出た他は、ずっと家でのんびり過ごしてしまった。午前中はNHK杯将棋トーナメントの決勝戦を見る。生放送にするとは、NHKも思い切ったことをするものだ。放送時間がやたらに長く押さえてあったのは、千日手指し直しになったりする可能性も考えてのことだろう。実際にはごく常識的な時間に鈴木八段が投了し、去年も優勝した佐藤二冠が連覇となった。

余った時間をどうするのだろうと思っていると、この1年の対局を振り返る映像をまとめて流し始めた。これは羽生二冠対中川七段戦も来るかなと思っていたら、果たして一番最後に登場。改めて見て思ったが、やはりあの対局があそこまで各方面で話題になったのは、加藤一二三九段の解説に依るところが大きいと思う。スポーツの漫画などでは、場の盛り上げと現在の状況説明を兼ねて実況中継をかぶせることがよくあるが、ちょうどその役割を加藤九段の「あれ?あれ?あれ?」や「ひゃあああ!」が果たしたといえそうだ。

午後は折紙やピアノなど。折紙は紙を裁断して折り始めたが、全工程の4分の1も終わらなかった。すでによく分からないところがあるので、途中で挫折するかもしれない。うまく最後まで行けたとしてもかなり時間がかかりそうだ。

2008年03月15日

家の掃除&対局の反省

昨日は勤務先の部屋を掃除したので、今日は自宅の掃除にあてた。こちらもいろんなものが無秩序に散らかっていて、かなりまずい状態になっていたのである。やり出すと、ずいぶん前に捨てるかどうか一瞬迷ったものがあちこちから出てくる。そのとき捨てなかったため、結局それからずっとその場に放っておかれていたのだ。迷うからこういうことになるのだと反省し、今日はなるべく捨てる方向で判断していった。この間届いた本棚が入っていた段ボールもそのままになっていたが、これもようやく解体。最後に掃除機をかけて、やっと少し見られるようになった。新年度は、もっと意識してこの状態をなるべく保つようにしたい。

一段落ついたところで、先日の九州選手権の棋譜を並べ直して反省会。ひどい、ひどすぎる……。2手に1回、3手に2回ブランダーが飛び出している。もし「次の一手」問題で出されたら瞬時に正しく指さなければいけないような局面で、ことごとく間違えているのである。こんな指し手で3位でしたもないもんだ。対局前は、常にタクティクスの問題集を解いているつもりで考えようなどと思っていたはずなのだが、いざ始まってみるとそれどころではない。特に始まってすぐは脳にエンジンがかかっておらず、駒たちを見ていても凍ったように固まっているばかりで、全然動いてくれないのだ。時間が経つにつれ、少しずつ脳内の駒たちが溶け始めてゆらゆらと動くようになるが、そのころにはたいていかなり不利な状態におかれてしまっているのだった。

去年ゴールデンオープンで惨敗したときにも感じたことだが、自分は頭がチェスモードになるのにどうも時間がかかりすぎるのである。チェスに限ったことではなく、何を考えるにもいくらか適応のための時間を必要とするのだ。羽生二冠などを見ていると、できる人というのはその場の状況に応じて、テレビのチャンネルを変えるように頭の使い方を素早く切り替えることができるようである。絶対的な棋力不足は別にして、きっとあれが自分に足りないものなのだろう。

2008年03月14日

部屋の整理

先月末には決まっていたことなのだが、4月から勤務先の居室を引っ越さなければいけないことになってしまった。別に所属が変わるわけではなく、今年度から始まった学部改編に伴う様々なバタバタのあおりを食ったに過ぎない。今度の部屋は最上階北側の一番奥、トイレのちょっと手前という、あまり気が進まない場所にあるのだが、決まったものは仕方がない。

実際に移るのは4月になってからということになっているが、今から少しでも態勢を整えておこうと今日の午後は部屋の片付けをしていた。とにかく机に積み上がった書類の山をどうにかしないといけない。上からどんどん見ていくと、論文だったりルーズリーフだったり会議の資料だったり保険のチラシだったり、ありとあらゆるものが出てくる。日付を見ると、2年も3年も前のものがあったりするから情けない。どうも私は昔から整理整頓が苦手で、すぐこういうカオスに満ちた世界を机上に構築してしまう。おそらく、手にした書類を「一時的に」そのへんに置くという行為がいけないのであろう。その行為が2回続けて行われたとき、最初の「一時的」はその瞬間に2年や3年という長さに変化してしまうのだ。引っ越した後の部屋ではもう少し気をつけるようにしよう。

それから、論文をどう整理するかも懸案事項だ。数年前、増え続ける論文のコピーをどうにかしようと考え、著者名のアルファベット順にしたうえでファイルボックスに立てて格納するようにした。これなら見たい論文が他の文献の下敷きになって取り出せないということもなく、なかなか便利だろうというわけだ。ところが今日取り出してみたら、ボックスの中で寄りかかっていた方向に倒れるように曲がってしまい、みんな一様に強い反りぐせがついてしまっていたのである。反対向きにぐいぐい曲げてみたりしたが、数年の時をかけて反ってしまった紙束が、そう簡単に真っ直ぐに戻るわけがない。とりあえず立てかけるのはやめて積み重ねてきたが、引っ越し先ではこれらの整理方法も再考した方がよさそうだ。

2008年03月13日

折紙と和算

スーパーコンプレックス系の折紙本を見ていると、何気ない作品の一つ一つが、実は細部に至るまで周到に気を配って設計されたものであることが分かる。"Origami Design Secrets" で折紙設計の背景として紹介されている幾何学などは、著者が物理学者であることも手伝って相当に高度なものだ。一般に折紙と幾何学の間には深い関係があり、紙を折ったり重ねたりすることで現れる図形や直線の幾何はorigamicsという名前までついている。

wasan.png紙を折って現れる幾何というと、ある問題を思い出す。これは元々は和算の問題で、明治26年に福島で掲額された算額がオリジナルである。問題は以下の通り:正方形の紙がある。左下の角が紙の右辺の上に来るように紙を折る。このとき、上部にはみ出した紙の左辺(図の太線部分)は、右上にできた三角形の内接円の半径に等しいことを証明せよ。

いたってシンプルだが、初めて見たときは、へえそうなのかと感心してしまった。「日本の幾何-何題解けますか?」(深川英俊、ダン・ペドー著)によれば、この問題はカナダやブルガリアの数学雑誌に課題として採用されたこともあるそうである。証明は、うまくやれば中学くらいまでの数学の知識でできる。お暇な方はどうぞ。

2008年03月12日

講堂のピアノ

去年、前の学長からヤマハのグランドピアノが大学に寄贈されるというできごとがあり、講堂で感謝の意味を込めて行われた小演奏会に行ったことがある。学生たちが奏でる「千の風になって」を聴きながら、もしこのピアノが使用されていないときに弾かせてもらえれば助かるなあとちょっと思ったのだが、現実には難しいだろうとほとんどあきらめていた。ところが昨日ふと事務方に聞いてみたら、ピアノが置かれている講堂大ホールを事前に予約したうえで、ホールの鍵とピアノの鍵をそれぞれ事務から受け取れば勝手に弾いていいという。今日はホールも使われておらず、こちらも長引く仕事はなかったので、夕方にちょっと行ってみることにした。今まではグランドピアノで練習するとなると必然的にピアノスタジオで利用料を払っていたわけで、もし大学で練習できる選択肢ができれば非常に心強い。

で、実行してみた感想としては、いざというときには使えそうだが、あまり頻繁に利用はしにくいなというのが正直なところ。ピアノ自体は別に問題ないのだが、事前の手続きがどうも気が引けてしまうのである。まず、あのでかいホールを自分一人で使用したいという届けを出すのに躊躇してしまう。しかも使用目的に「ピアノ練習」と書かなければいけない。それから担当者のところで鍵を借りるのだが、施設利用届を見ながら「えーと、ピアノを弾くんですか」と他の事務職員に聞こえるような声でいうので、これが気恥ずかしいのである。学生ならいざ知らず、小さい大学だから教員だと顔がすぐ割れてしまう。なるべく人に知られずにこっそり弾きたいのだが、やはりそういうわけにもいかないようだ。

練習自体はなかなか快適にできたが、来月から始まる新年度の忙しさを考えると、こうやって時間をつくれる日はほとんどなさそうだ。結局、土日のピアノスタジオ通いの方が主になりそうである。

2008年03月11日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.37


駒数が多いわりにはおとなしい問題ではないかと思う。詰将棋作家的視点からはf列に並んだPの壁あたりを少しすっきりできないかという気もするが、例えばf3のPを省くと4手目の紛れが紛れでなくなってしまう(4. g7 h2 5. g8=B!とBに成る手が可能になる)。構想を実現するためにはやむを得ない配置であろう。

2008年03月10日

私的慰労会

出勤する前に車のディーラーのところに立ち寄り、車検のすんだ車を受け取ってくる。メーターは17,280キロになっていた。3年でこの数字だから1年に6,000キロ走っていないことになる。広島のような車社会に住んでいる人間としては異常に少ない数字だ。家と勤務先が3キロしか離れていないのが一番の理由だが、こうガソリンの値段が高騰しているときにはありがたいことではある。

夕方から、同僚のI先生と市街地に飲みに行く。学部改編によって所属学科が別になってしまったが、昨年度までは一緒に一般情報処理を担当していた。今年度はお互い忙しくて疲れたので、私的に慰労会でもしましょうという話になっていたのだ。7時過ぎから3時間くらい、ビールを飲みながらあれこれお話。全くの偶然だが、同僚の先生がもう一人(こちらは私とCG実験演習を担当)が別の集まりで同じ店にいらしていて、ときおりこちらに来ては話の輪に加わっていた。

I先生は学生時代にサイクリング部に所属し、全国を自転車で旅しては山という山に登ったそうで、今はもうきつい山は無理だが、おとなしそうなところなら今度一緒に登りましょうかという話になる。考えてみると、自分も学生時代はピアノサークルのメンバーと登山に何度か行ったが、近頃はとんとご無沙汰だ。暖かくなったら久しぶりに行ってみてもいい。ちょうどいい運動になるだろう。

10時半頃帰宅。

2008年03月09日

九州選手権

チェスの九州選手権に参加するため、8時に広島を出る新幹線に乗って西へ向かった。九州選手権といっても自分のように九州以外から参加することもできる。広島~博多間は約70分で、会場の早良市民センターまでは博多から地下鉄1本だから、早起きさえいとわなければ結構来るのは簡単だ。

会場に入るなりすぐ、知らない方から「斎藤さんですか?」と聞かれる。「えっ、何で……(分かったんですか)?」と驚くと、「いや、何となく」とのお答え。よく聞いてみるとどうやらこのブログを見ていて下さっていたらしい。いろんな方が見に来てくれているんだなと改めて実感した。部屋の前の黒板に書かれた対戦表には、すでに14名の参加者の名前とレーティングが書かれている。私が事前に申告したレーティングは1467で、応仁の乱とはおあつらえ向きだなと内心思っていたのだが、黒板を見ると1600と関ヶ原に変わっていた。申告した数字と違うんですがと言ったら、最近JCAでレーティング全体のかさ上げが行われたので、それを踏まえての数字とのことだった(ただあとになって気づいたが、JCAに問い合わせて1467という回答を得たのは比較的最近のことなので、もしかしたら二重にかさ上げされてしまったのかもしれない)。

さて、10時から対局開始。4ラウンドを30分+30秒のフィッシャーモードで戦う。負けるのは仕方ないにしても、一手バッタリのようなブランダーだけはしないように指すことを目標に臨んだ。その結果は……
  相手のレーティング
1.  UR            黒番 50手 勝ち
2.  1848          白番 29手 ドロー
3.  1750          黒番 30手 負け
4.  1813          白番 36手 勝ち
ということで、2勝1敗1引き分けの2.5点。付け焼き刃で臨んだことを考えればできすぎの結果だった。上は3.5点が二人いるだけなので、同点多数(自分を含めて4人)ながら3位ということになる。相当ツイていたといえるだろう。

1局目は50手もかかっているが、これは相手の方が完全に詰むまで指し続けたからで、勝負としては半分くらいの手数のときには回復しがたい駒割の差ができていた。相手の方は公式戦が初めてだったようで、棋譜のとり方も分からないと困っているくらいだったから、投了のタイミングがつかめないのは仕方なかったと思う。2局目はまずい指し方で早々に2ポーンダウン。もうこりゃダメだと半ばあきらめていたのだが、怪しいトラップを発動させて千日手ドローに持ち込むことに成功した。どう考えても負けという状況からドローにするというのは、チェスならではの面白さだと思う。強豪相手にそれを実践できたことで、自分としてはここで0.5点を取れたのが一番の収穫だった。3局目は中盤の失着をとがめられてじりじりと形勢を広げられ、きっちり負かされたという感じ。ある意味では納得できる負け方だったといえる。4局目は2局目と同じ定跡(白番が2局ともアリョーヒンディフェンスとは……)で、結果的には2局目の局後の検討が生きる形となり、うまく攻め続けることができた。

4ラウンド終了後、最初に声をかけていただいたOさんが中将棋の名手であると分かり、お持ちの駒を並べてもらってしばらく教えていただいた。さらに私が詰将棋を創るという話になったので、何人か残っていた将棋好きの方たちに行き詰まり氏の3手詰、「新たなる殺意」を紹介。詰将棋の奥深さを手っ取り早く実感してもらうには、やはりこの作品が一番だ。チェスのことも含め、もうちょっといろいろお話ししていたかったが、新幹線の時間が迫っていたのでやむを得ず失礼する。

9時半頃帰宅。さすがに今日は疲れてしまったが、それだけのことはあった博多遠征であった。

2008年03月08日

車検&新しい本棚

土曜日なのでお昼までゆっくり寝ていたかったが、そうもいかない事情があった。午前中にディーラーのところに行って車検をする予定になっていたのだ。うちに車が来たのが3年前の3月20日で、今回が初めての車検ということになる。検査してもらうこと自体は結構なことだが、車検にかかる費用もバカにならないうえ、これに次の1年の保険料の支払いも加わって相当な出費だ。ガソリンといい駐車場といい、とかく車は維持費がかかる。

検査は今日中には終わらないので、代車を出してもらって家に戻る。うちの車と同じ車種なので運転している分には違和感はないが、車体は派手な濃紫色で普段のベージュとはえらい違いだ。自分でこの色の車を将来選ぶことはおそらくないだろうから、ある意味では貴重な経験である。

お昼をすませたあと、午後は本棚を組み立てていた。うちの居間には、趣味の関係の本を並べた本棚があるのだが、最近チェスや折紙の本が急に増えて入りきらなくなってしまっていた。今後もまだまだ増えるであろうことを考えると、ここいらで同じ本棚をもう一つ注文した方がよいと決断を下したのが先週のこと。その組み立てキットが数日前に届いていたのである。寸法などは事前に調べておいたので、予定していた場所にすっきり収まった。

早速、あたりに散らばっていた本を収めていく。この段は楽譜、その下は詰将棋関係、こちらの段は折紙で、その下はチェスとチェスプロブレム関連の本、その下にはマジックの本たち……と分野ごとに並べていく。しかしまあこうやってみると、いかに節操なくあれこれ手を出しているか一目瞭然だ。しかも、どれ一つとしてモノになっていない。これのことなら人には負けない、というジャンルが何か一つでもあればいいのだが、二兎どころか五兎も六兎も追っていては、一兎も得られないのは自明の理であろう。

2008年03月06日

エンドゲームスタディの収集

5000Endings.jpg最近、またエンドゲームスタディの本を買いあさってしまった。ハンガリーで出版されているシリーズなのだが、とにかく収録されている問題数がやたらに多いのである。ポーンエンディングが1000問、ルークエンディングが1000問、ビショップとナイトのマイナーピースエンディングが1000問、クイーンエンディングが1000問、さらにこのシリーズとは別の作者によって収集された問題が1000問。よく見るとほぼ同じ問題が入っていたりしてかなりいい加減な集め方なのだが、それでも全部で4900問はあるだろう。

それだけ集めたなら、片っ端から解いてさぞ終盤の力がついただろうと思われては困る。せいぜい、ごくごくやさしいものの大まかなラインが見えるかどうかというところで、それも十分に時間が与えられていないとお手上げだ。ほとんどはページをパラパラと繰り、増えたコレクションをただ眺めて悦に入っているばかりである。まあ詰将棋からこちらの世界に入ってきた人間だから、エンドゲームも終盤の練習問題というよりは、一つの作品として見てしまう癖がついてしまっているようだ。

とはいえ、実戦のチェスからあまりに遠ざかるのももったいない。今度の日曜日に博多で大会が行われるようなので、一念発起して参加してみることにした。もっとも、公式戦は去年春の中国選手権と5月のゴールデンオープンで指したきり。大して準備もしていないから、勝てるわけがないことはよく分かっている。ただ、日常的に気軽に指せる場が周りにない以上、こういう機会でも利用して強い人に教わるしかないだろう。

2008年03月05日

謎のアクセスの正体

このサイトのアクセスログを見ていると、最近128.241.20.***というIPアドレスからのアクセスが妙に多いことに気がついた。DNSを立てていないようでサーバ名も分からず、いったいどこからなんだろうと思っていたのだが、今日ようやく謎が解けた。あちこちのブログに出ている報告によれば、どうもT社のアンチウィルスソフトが原因らしい。このソフトがインストールされているマシンからウェブページを見に行こうとすると、そのたびにまずT社のサーバにその要求が伝えられる。そしてT社のサーバがそのページをチェックして有害でないことを確認した後に、ユーザのブラウザが初めてそのページを読みに行くという仕組みらしい。該当するIPアドレスは他にもあるようで、ログにあった150.70.84.***というアドレスも、調べてみると発信元はT社のサーバのようだ。

ウェブページを事前にチェックしてくれるというのは結構なことではあるが、アクセスを受ける側としては正直言って戸惑わざるを得ない。単純に考えて一回のアクセスでトラフィックにかかる負荷が2倍になるわけで、みんながみんなこのソフトを使ったとしたら、ネットワークがかなり影響を受けることになるのではないだろうか。そしてもう一つ、これが問題なのだが、何も対策を施していない場合、ホームページに一度訪れただけでカウンタの値が2つ上がってしまうのである。訪問者数を正確に知りたいと思っている管理者の場合、これはあまり愉快ではないだろう。

この間頻発したアクセスカウンタのリセットトラブルも、これが原因だったことはまず間違いない。つまり、T社のアンチウィルスソフトを入れているユーザが訪れたとき、それとほぼ同時にT社のサーバからもアクセスされるので、ファイルロック機能のない原始的なカウンタが誤作動を起こす確率が高くなっていたのだ。分かってみればなるほどと思うが、最近のセキュリティソフトは思わぬことをしてくるものである。ただ、この仕様は将来的には変更していただきたいと思う。

2008年03月04日

黄砂の季節

今日は朝早くから会議があり、眠い目をこすりつつ、いつもより早めに家を出た。車に乗ろうとすると、車体一面が黄土色の水玉模様に覆われている。昨日帰るときは暗くてあまり目立たなかったが、黄砂の攻撃をまともに受けてしまったようだ。今年は例年以上に飛び方がひどいという話だから、これから2ヶ月くらいは頻繁に洗車に行かなければならないだろう。近頃は黄砂だの花粉症だの道路工事だの、春の風物詩としてはいささか趣に欠けるものが多いように思う。春の訪れは、やっぱり道端に咲く小さい花か何かで知りたいものだ。

会議は2時間弱で終わった。普段は月曜日の夕方にやっている会議なのだが、どうも都合がつかなかったらしい。もう3月だというのに次年度のことでまだ決まっていないことがたくさんあって、だいぶ慌ただしい感じだった。まあ年度末というのもどこもこうなのだろう。特に昨今は、あらゆる職場が忙しくなる方向に動いていっているような気がする。

2008年03月03日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.36


2008年03月02日

エビを折る

Lobster2.jpgLobster1.jpg今日はエビを折ってみた。作者はスペインの折紙作家、Manuel Sirgo Álvarez。昨夜から折り始めて、今日の空いた時間をすべて費やしてやっと完成した。沈め折りを17回もさせられる苦難に満ちた行程で、途中で折図と微妙に違っているように見えたところもあったが、最終的には何とか完成形までこぎ着けた。しかし、できてみるとただグロテスクな物体を作っただけという気もする。折図では長い触覚は真っ直ぐ前に延びていたのだが、伊勢エビっぽくするために後方に折り曲げてみた。まあ触覚がどちらを向いていようと、あまりおいしそうには見えないことだけは確かだ。

私見では、ÁlvarezはRobert J. Langと双璧をなす正統派コンプレックス系作家と言っていいのではないかと思っている。とにかく細部まで緻密に設計されており、リアルな造形を目指すことに妥協がない。それだけに折りは困難を極めるが、一方でいわゆる「ぐらい折り」が少ないので、忠実に折図をたどることができさえすれば(それが難しいのだが……)、できあがりがまるで違ったものになったりすることは案外少ないのではないかと思う。

PaperMaking.jpg難しいことは分かっていたので、今回は初めて市販の折紙用紙ではなく、自分で紙を作るところから始めた。何を折るかにもよるが、一般に複雑系折紙は何重にも折り込むので、紙は十分薄い必要がある。そこでよく使われるのが、包装紙の一種で通称カラペと呼ばれる薄葉紙だ。しかしカラペだけでは腰が弱いので、さらにアルミホイルを裏打ちする方法がしばしばとられる。今回はこれに挑戦してみたのだ。

やってみると、カラペとホイルを均一にぴたっと貼り付けるのが非常に難しい。スプレーのりをアルミホイルに吹きつけてからそうっとカラペを置くのだが、よほど慎重にやらないとスジ状に空気が入ってしまうのだ。さらにそのステップを何とかクリアしても、次にこれを正確な正方形に切り抜くという作業が待っている。1ミリでもずれたら使えないので、かなり集中しなければならない。ちょっと細部にほつれができてしまったが、どうにか40cm四方の紙を切り出したのだった(この作業は昨晩のうちにやっておいた)。これは何度か経験を積まないとうまくならないだろう。

(折紙モデル:"Langosta común", Manuel Sirgo Álvarez "Papiroinsectos y Otros Origamis Exóticos"(Salvatella)、
[英訳版]"Lobster", Manuel Sirgo Álvarez "Origami Bugs and Beasts"(Dover Publications) 所収)

2008年03月01日

グランドピアノで練習

夕方から市街地まで車で出かけた。先週の土曜は突然の雪で巣ごもりを余儀なくされたが、今日は雲一つない青空である。それほど肌寒さも感じられない。今日から3月、春は近い。

ShawlDance.jpg今日は久しぶりにピアノスタジオに行って、グランドピアノをさわってきた。去年秋の演奏会が終わってからというもの、ずっと家の電子ピアノで遊んでいるばかりだったが、そろそろリハビリを開始しないと指が本当のピアノのタッチを忘れてしまう。最初にスクリャービンの前奏曲で指ならししてから、このところずっと弾いているプロコフィエフの「シンデレラ」から「ショールの踊り」、最後にスクリャービンのエチュードOp.42-5でしめた。次回の演奏会もオール・スクリャービンのつもりでいるので、本当はその予定曲を練習した方がよいのだけれど、今はプロコフィエフが自分の中でブームになっており、どうしても弾きたくなってしまう。左手の移動距離が大きくてなかなか当たらないのだが、それだけにうまくいったときはかなり気持ちがよいのである。もう少し集中的に練習してミスを減らしたいところだ。