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2008年06月30日

広島に戻る

勉強会の日程は今日が最終日。講演を2つ聴いた後、お昼にセミナーハウスを後にする。今日も山の上は雨が降ったりやんだりで寒かったが、新幹線の駅まで降りてきたときにはまた蒸し暑い気候が戻ってきて、着込んでいたセーターを脱がねばならなかった。

T大に立ち寄ってちょっと所用を済ませた後、夕方の飛行機で広島に戻る。明日は講義を2つこなし、木曜日に再び東京に移動しなければならない。今週はちょっと忙しくなりそうだ。

2008年06月29日

チェスとピアノを楽しむ

勉強会の2日目。朝から冷たい雨で、窓の外に広がっているはずの青い山々も真っ白い霧に包まれて全く見えない。何より困るのは寒いことだ。広島を出るとき、ほんの少し想像力を働かせてセーターを持ってきたのは実に的確な判断だった。同じく広島から出てきたHさんは半袖だったので、「よく寒くないですね」と声をかけたら、「フフ、寒いよ。」半袖しか持ってこなかったのだそうだ。やはり山の天気はひと味もふた味も違う。

午後に講演の休み時間があった。かつて詰将棋を創り始めたころにアドバイスをもらっていたK君がちょうど今回の勉強会に参加していたので、何となくチェスを指すことになる。まあ普通に指していれば何とかなるだろうと高をくくって適当に動かしていたら、いつの間にか駒損がひどくなってどうしようもなくなってしまった。こんなに簡単に負けてしまうとは情けない。どうもすっかり油断していた。感想戦につきあってもらい、いろいろ勉強になった。

もう一つ、会場にあるピアノを夕食後にちょっとさわっていたら、今回来ているフランス人のI先生がやってきた。I先生はピアノがうまいという話は聞いていたので、自然とピアノ談義をすることになる。互いに覚えている曲を弾き合い、終わるたびに「いい演奏ですねえ」と言い合うというサイクルを5回か6回繰り返した。I先生は最近はほとんど弾いていないとおっしゃりながら、ガルッピやらシューマンやらリストやら、次々と披露してくれた。よく覚えているなあと感心させられることしきり。こちらは最近弾いたスクリャービンなどで何とか対抗したが、技術的にはかなりの差がありそうだった。

そんなわけで、普段の趣味がコミュニケーションツールとして大いに役にたった一日であった。

2008年06月28日

セミナーハウス到着

午前中に実家を出て群馬にあるセミナーハウスを目指す。十分余裕を見て出たつもりだったが、家の前からバスに乗ったら、駅までの道路がまさかの大渋滞。あと1本遅かったら予定の新幹線に間に合わなくなるところだった。土曜日なのにあんなに混雑するとは、何か催し物でもあったのかもしれない。昔、大学1年生のころ、毎朝動かないバスの中で時間を気にしながら通学していたときのことを思い出した。

午後2時頃、目的地のセミナーハウスに到着。早速講演を二つ聴いた。ここは毎年夏に自分が世話人の一人を務めている勉強会が行われており、今年もお盆のころに実施することになっている。ここに来るのは今年はそのときだけになるだろうとこの間まで思っていたのだが、学生時代に指導教官だった先生から、ワークショップをするからちょっと来ませんかと誘われたら、行かないわけにはいかない。すでに来週、T大で行われる研究集会にも出張することになっているのでちょっと慌ただしいのだが、何とか乗り切ろう。

2008年06月27日

立ち飲みワインバー

午前中に卒研セミナーをすませ、午後に諸々の所用を片付けた後、車で広島空港へ。いつも関東方面へは新幹線で行っているが、時間がかかりそうだったので今回は飛行機にした。それに来週は、いったん月曜日に広島に戻ってからもう一度東京出張しなければいけないことになっており、気分を変えたかったこともある。

搭乗予定の飛行機は5分ほど出発が遅れたが、羽田に着いたときはほぼ定刻通りだった。数学関係の知り合い数人が中目黒の立ち飲みワインバーで飲んでいるから来ないかと言われていたので、軽く食べてからそちらに回る。中目黒駅から10分ほど歩き、反対方向に歩いているのではないかと不安になりかけたところでようやく店を見つけた。あまり飲むと明日に響きそうな気がしてだいぶ控えめにしておいたが、久しぶりに会う顔とワイングラス片手にゆっくり話せて、なかなか楽しいひとときだった。

明日からは群馬の山奥にあるセミナーハウスで行われる小さなワークショップに参加予定。

2008年06月26日

看寿賞発表

詰パラのページで今年の看寿賞が発表された。短編賞は武紀之氏、中編賞が該当なしで、長編賞は添川公司氏とのこと。コンスタントに傑作を発表し続けてきた添川氏の長編賞はもうほとんど指定席みたいなものだが、武さんはこれが初受賞である。私が詰パラに初入選を果たしたのが2003年の1月号。それ以降にデビューを果たした詰将棋作家で看寿賞を受賞するのは多分彼が初めてだと思うが、最近は縦横無尽に活躍されていて、私などはすっかり置いて行かれてしまった。何はともあれ、お祝いを申し上げたいと思う。

それにしても、中編賞が2年連続で該当なしだったのは気になる結果である。詳しい選考過程の発表を待ちたいが、実は中編が今は一番創るのが難しい領域なのかもしれない。

なお、週末から群馬の山奥で行われるワークショップに参加するため、明日は夕方から東京に移動する予定。友人の集まりに合流するつもりなので、このブログの更新はしたとしても遅くなる見込み。

2008年06月25日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.51


似たような構図のフィニッシュになる姉妹作で、Bの代わりにNが使われているものが10番にある。また本作のようなツークツワンクがテーマになっているものとして、Tarraschによる次の作品が知られている。



2008年06月24日

消えたレポート課題

火曜日なので朝一番に情報数学特論の講義をやって、午後からはH大に回って微積の講義。その微積の講義の方でちょっとしたミスをやらかしてしまった。毎回、時間の終わりに演習問題を配っているのだが、配布し終わってみんなぞろぞろ帰りだしたところで、学生が一人こちらにやってくる。彼はやむを得ない事情で先日の中間試験を受けられなかったため、代わりにレポートを書いてもらうことになっていた。そのレポート課題が書いてある紙を今日渡す手はずになっていたのだ。

ところが、この講義関係のものは全部入れている紙袋をいくら引っかき回しても、持ってきたつもりのプリントがない。忘れてきたか?いやいや、そんなはずはない。さっき自分の勤務先から出発するとき、いったん忘れそうになってわざわざ取りに戻ったのだ。そしてこの紙袋にはっきり入れたのは間違いない。どこかに落とすような可能性も考えられない。となると、車の中にでも忘れてきたのだろうか。とにかくないものはないので、彼にはすみませんがメールで別途送りますということにしてその場は終わった。

教室を出て駐車場に歩き出しながら考えているうちに、ふと気づいた。そうか、直前に配った演習問題だ。紙袋から紙束を取り出して前の人に渡し、1枚ずつ取って後ろに回してもらったのだが、その中の1枚に紛れ込んでしまったのに違いない。ということは、学生さんの中に1枚だけジョーカーを引いてしまった人がいることになる。まあ来週訂正すればいいことではあるが、こんな凡ミスをしているようではダメだなあと反省したのだった。

2008年06月22日

プロ棋士と詰将棋

午前中はぼうっとNHKで将棋の対局を見ていた。毎回の儀式として、まだ局面が佳境に入る前に聞き手の中倉女流初段がその日の対局者の特技や近況などを話題にする時間があるのだが、今日は対局者の一人が北浜七段だったので、きっと詰将棋の話が出るだろうなとふんでいた(北浜七段は創作・早解きの両方において詰将棋の名手である)。果たして、頃合いを見計らって中倉さんが「北浜七段といえば、詰将棋の名手として知られていますけれども……」と水を向けたのだが、解説の加藤九段は「そうですか……ああ、歩突きましたねえ」と全く話に乗ってこない。しばらくしたところでもう一度中倉さんが詰将棋の話題を出したら、今度は「私は詰将棋を創ったり解いたりすることはあるが、棋力には関係ないし興味もない」というような趣旨のことを加藤九段が言ったので、それでその話は完全に終わりになってしまった。年明けの番組で詰将棋早解き競争の企画に出演しておられたくらいだから、せめて解く側の人間としてのコメントがあるかと思っていたので、あんなふうにつまらないものの代表みたいな言い方をするのはやや意外だった。少なくとも、作品としての詰将棋というものには特に価値を感じておられないのは確かなようである。プロ棋士ならむしろその方が多数派なのかもしれないが、もし今日の解説者が谷川九段か浦野七段だったら、もうちょっと面白い話が聞けたのではないかと思う。

それにしても、解説役の棋士が誰かによって番組全体の雰囲気はずいぶん変わる。饒舌な人もいればずいぶんと寡黙な人もいるし、ひたすら真面目に解説し続ける人もいれば、すぐ雑談に脱線する人もいる。そのいろんなパターンに対応し、毎週うまく話を合わせていく聞き手の女流棋士の方は大変だよなあ……と改めて思った次第。

2008年06月21日

オープニングの習得

天気予報通り、雨の一日。ピアノを弾いたり、連載しているKubbelのスタディの下調べをしたりして過ごした。

最近チェスのオープニングのレパートリーを増やしたいと思っているのだが、どうにも勉強している時間がない。チェスを始めたころは、いくつもある定跡のどれにどういう特徴があるのかまるで分からないから、まあこれでも指してみるかと適当に選んだオープニングを並べるところからスタートするわけだ。そして、相手がこう指してきたらこのラインを採用して、もしこう指してきたらこのディフェンスに持ち込んで……とそこからどんどん枝が分かれていく。もっとも、それを実戦で試すとたいてい用意していなかったラインを指されるから、次回からはこうやってきたらこう応じることにしよう、とさらに枝が増えることになる。まだまだ穴だらけとはいえ、公式戦を初めて指した去年に比べれば、ある程度の蓄積はできてきたように思う。

しかしこうやって指していくにつれ、各定跡の特徴と同時に難しさもだんだんと分かってきた。すると、他のオープニングをやったらどうなのだろうという気になってくる。そもそも、今そのオープニングを採用しているのは単に右も左も分からぬころにたまたま並べ始めたところに端を発するわけで、自分にあまり向いていない戦法を選んでしまっているかもしれないのだ。そう思って近頃はあまりなじみのなかったディフェンスの本などもパラパラと眺めているのだが、すでに自分が指し慣れている定跡にある程度トランスポーズする可能性があるものならともかく、ゼロからいろんなラインを見ていくとなると、これはまたかなりの時間が必要になりそうである。

先日チェス喫茶で指した方が、感想戦で「普段はこれを指すんだけど、『裏芸』でときどきこちらもやる」というようなことをおっしゃっていた。結局は場数を踏むしかないのだろうけど、そんなふうにその日の気分で表芸と裏芸を使い分けられるレベルにいつか達したいものである。

2008年06月20日

異臭の原因

朝は小降りだった雨もお昼頃にはだいぶ激しくなり、その後一進一退を繰り返しつつも夜になるまでずっと降り続いた。昨日も朝から晩まで雨だったし、天気予報を見れば明日も全国的に傘のマーク。まさに梅雨真っ只中といった趣である。

夕方に勤務先を辞してから、降りしきる雨の中、商工センターのあたりにある車のディーラーのところに向かった。実は週が明けたころから、車を降りたときにゴムが焼けるような妙な臭いを感じていたのである。最初は気のせいか、あるいはたまたまその場所にあった何かが臭っているのだろうと思っていたが、その後もエンジンを切って外に出た瞬間に何だろうと思うことが何度か続いたので、どうやら臭いの元がこの車にあることはほぼ間違いなかった。ディーラーに説明して早速見てもらうと、マフラーの中にビニールの残骸のようなものがへばりついており、おそらくこれが異臭を発生させていたのだろうとのこと。もちろんその場で除去してくれた。帰宅して車から降りたときにはもう何も感じなかったから、やはりそれが原因だったのだろう。一件落着。

2008年06月19日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.50


「余詰」作品はこれまでにもあったが、50番目にしてついに「不詰」作品が出てしまった。コンピュータによる検討ができなかった以上、本作のように後世になって不完全との指摘を受ける作品がいくつか出てくるのは、やむを得ないことであろう。問題の逃れ手順を消すためにまず思いつくのは構図全体を一つ右に寄せる案だが、残念ながらこれはうまくいかない。2手目の変化で 2... Bg2 3. Kxb5 Bxd5 4. Kc5 となったとき、4... Ba8! とBを奥に引っ込める手が代わりに生じるからである。詰将棋でもそうだが、作品の根幹部分に瑕疵が見つかると、修正することは容易ではない。

2008年06月18日

「交響的融合」の再ブーム

学生時代、ピアノサークルの同期生だったK君が編曲した、ショパンのソナタ第3番のフィナーレと「巨人の星」を絡み合わせた「交響的融合」という曲について、このブログで紹介したことがある。書いたのは2年ほど前のことで、もう書いたことすら忘れかけていたが、不思議なことに昨日あたりからこのエントリにやたらとアクセスが来るようになった。ログを調べてみると、みんな検索ページで「ショパン×巨人の星」などという言葉を入れてこちらに流れてきているようなのである。さらに、楽譜を見せていただけないかというメールまで何通かいただいた。いったい、これはどういうことだろう?

すぐに疑問は氷解した。「交響的融合」を演奏された方がおり、その映像が一昨日の夜に某動画サイトに投稿されていたのである。アップされてから2日だが、すでに何万回も視聴されているようだ。何しろ曲が曲だし、またその方の演奏も見事なものだったので、かなりのインパクトがあったのだろう。それを見て興味を覚えた方が、検索してこのブログにたどり着いたということらしい。思わぬことでアクセスが増えるものである。

K君があれを演奏して周りでみんながゲラゲラ笑っていたのは、もう10年くらい前のことになる。あまりに面白かったので楽譜の清書まで買って出てしまったが、当初はごくごく近しい人に配ることしか想定していなかった。こんな形で広まっていくことになるとは、先のことは分からないものである。あのとき頑張って一音一音打ち込んだかいがあったというものだ。

2008年06月17日

十九世名人誕生

火曜日は今週から大学院生向けの講義も一つ担当することになっていた。朝一番なので、いきなり遅れたりしないよう、余裕を持っていつもよりだいぶ早めに家を出る。お昼を挟み、午後はH大に移動してもう一つ講義。終了後にいつものようにT君と夕飯。このところどちらかが疲れていたり体調を崩していたりということが多かったが、今日はどちらも比較的元気で話も弾んだ。

9時過ぎに帰宅すると、すぐ将棋名人戦の結果をチェックする。途中経過からも今日決まるのではないかという予感はあったが、果たして羽生19世名人が誕生していた。勝負は水物とはいえ、この人が永世名人の称号を持っていないという状態が続いていたのはやはり違和感があった。これでようやく、ひとまず収まるべきところに収まったという感じがする。世間的にも、これまでは時の名人位が誰であろうがお構いなく「将棋の羽生名人」と将棋界をよく知らない人がテレビなどでしばしば発言し、そのたびに将棋ファンは「いや、今の名人位は……」と心の中で訂正するということが続いていたのだが、もうそのねじれ現象もとりあえずは解消されることになるわけだ。

個人的には別の楽しみもある。このところ羽生新名人は極度に過密な対局日程が続き、海外のチェスの大会に出かけていくことができなくなっていた。名人位に就いたことで少なくとも順位戦の対局から解放されることになるので、1年の間に少し余裕のある期間もできるのではないか。去年のBruxelles Rapidのように強豪GMをバッサリ斬り捨てるような鮮やかな棋譜を、是非また並べてみたいのである。

2008年06月16日

セミナーと採点

今週もいつも通りセミナー。ある特異点の同時特異点解消の計算に関してちょっとした進展があった。毎回何らかの新しい発見はあるのだが、全体としてはなかなか先が見えてこない。それに今日は午後のある時間帯に猛烈に眠くなってきてしまい、今ひとつ集中できなかった。こんなことではいけないと反省。

先週実施した中間試験の答案を明日返却する予定なので、セミナー終了後に少し居残って作業をする。といっても採点自体はすでにほぼ終わっており、やったことは主に点数のファイル入力や答案のホチキス止めなど。そういえば、答案用紙の空いたところに何でも好きなことを書いてくださいと言っておいたら、マジックを見せてくれという要望がいくつもあった。どうやら、去年のことを先輩に聞いたらしい。やれやれ、そんな情報まで下の学年に受け継いでくれなくてもいいのだけれど。

2008年06月15日

猫を抱いて象と泳ぐ

お昼のパスタとコーヒーをすませてから夕方床屋に出かけるまで、昨日買ってきた「文學界」で連載が始まった小川洋子の「猫を抱いて象と泳ぐ」を読んでいた。リトル・アリョーヒンと呼ばれるようになる少年のチェスとの出会いが描かれている。短期集中連載とだけ書かれているが、先日Wさんにお聞きしたところでは3回の連載となるとのことだった。Wさんはアリョーヒンにまつわるいろいろな資料やエピソードを小川さんに提供されたようで、その一つ一つがなるほどこういう形で結実したかとうなずきながら読む。パリのモンパルナス墓地にあるアリョーヒンの墓の話もちょっと出てくるが、墓石に彫られたチェス盤が誤って90度回転した方向に置かれてしまっている(つまり右下が黒マスになってしまっている)のだそうで、主人公の少年ならずともチェスファンなら皆いたたまれない気持ちになるに違いない。もっともChessbaseの記事によれば、1999年にパリを襲ったハリケーンで墓石がいったん破壊されるまでは、チェス盤は正しい向きに置かれていたようである。もしこの先パリを訪れる機会があったら、これは是非この目で確認しておかなければならない(昔行ったときは、ポアンカレとサン・サーンスの墓を見つけただけで満足して帰ってきてしまったのだった)。

少し気が早いが、もしかしたらこの「猫を抱いて象と泳ぐ」もいずれ映画化の話が持ち上がるかもしれない。仮にそうなったとして、「マスター」役は誰がいいだろう?とにかくものすごく太っている必要があるのだが……。

2008年06月14日

カタツムリを折る

OrigamiPetitGris2.jpgOrigamiPetitGris1.jpg今日はカタツムリを折ってみた。モデルはフランスの折紙作家、Lionel Albertino氏によるものである。一般にフランスの折紙作家の作品は、リアリティを追求するというよりもその生物の持つ特徴を強調したカリカチュア的表現がなされていることが多いような気がする。Albertino作品にも概してそうした傾向があるが、その中でこのカタツムリは本物っぽさも兼ね備えていて、なかなかの名作と言えるのではないかと思う。工程はやさしくはないが全く無理がなく、慎重に折っていけば何とかなるレベルだ。カタツムリの殻は細く折りたたんだ紙を90度ずつ曲げて折りながら重ねていくのだが、紙の元に戻ろうとする力をうまく利用しており、自然に造形が完成してしまうように設計されているのには感心した。

紙は29cm四方のものを使っている。できあがりは頭の先からしっぽまで9cmくらい。今回は初めて、アルミホイルの両面に紙を裏打ちしたものを使ってみた。この前の日曜日に作っておいたもので、片側に極薄和紙の雲龍紙、もう片側に白いカラペ紙を貼ってある。さすがにこうするとそれなりの紙の厚さになるため、殻の渦巻きを折り込む過程ではかなりの分厚さになってしまったが、かえってそれが殻のボリューム感を出すにはちょうどよかったかもしれない。

(折紙モデル:"Petit Gris", Lionel Albertino "Insectes ORIGAMI Collection Tome 1" (Atelier du Grésivaudan) 所収)

2008年06月12日

握り詰の話

今、握り詰の課題が発表されている。握り詰とは、駒箱に手を入れて駒たちをえいっと適当につかみ、たまたま手の中に入ってきた駒たちを使って詰将棋を創作するというお遊びのことだ。ただでさえ創るのが難しいのに、使える駒が指定されてしまうのだから、これはもう相当の難易度である。しかし世の中にはすごい人がたくさんいるもので、どういう駒の組み合わせが与えられても、あっという間に作品をこしらえてしまう。それもただ詰将棋として成立しているというだけでなく、解く人を感心させるようなテーマがちゃんと入っているのだ。私には逆立ちしたってできそうもない芸当である。毎年この時期になると、どなたかが握った握り詰の課題が発表され、腕に覚えのある詰将棋作家が我こそはと投稿する。そして7月に行われる詰将棋全国大会においてエントリー作が発表され、参加者の投票でその年の優秀作が選ばれるというのが、毎年恒例の行事になっているのである。

さて、問題はその課題だ。今年は何と、玉・飛・桂・香3・歩6という組み合わせ。金銀はおろか角もないというのは、多分この催しでは初めてではないだろうか。これは相当難しい。いや、ただ創るだけなら何とかなるだろうが、面白いものを創るのが難しいのである。もちろん私はできるわけがないが、名に聞こえた猛者たちも今回は苦労しているのではないかと思う。もっとも、こういう難条件でも結局うまく操ってしまうのが一流の詰将棋作家なので、来月の投稿作発表を見るのが今から楽しみではある。

ふと思い立って、うちにある詰将棋データベースでこの駒たちをちょうど使用している作品が過去にどれだけ発表されているかを検索してみた。収録作品数111,766題の作品の中で、該当したのは……たった1作!「詰棋界」昭和30年6月号に掲載された、沢島将吉氏の27手詰の作品だけだった。角・金・銀がないということは、玉以外は成らない限り誰も斜めに動けないことになるわけで、やはりかなり特殊な世界になってしまうようである。もしできたという方がいらっしゃれば、是非詰パラ編集部に投稿されることをお勧めする。締切は今月20日。

2008年06月11日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.49


1917年という時期にしてはびっくりするほどおとなしい作品である。まあ軽い息抜きというところだろうか。たださすがに物足りなくなったのか、Kubbelは後年、本作をさらに逆算した作品を発表している。これは53番で登場する。

2008年06月10日

中間試験

今日はH大で受け持っている講義で中間試験をすると宣言してあった。問題の原案はとうの昔に作ってあったのだが、当日になってから、やっぱりこれでは難しすぎるだろうか、いやでもこうすると簡単すぎるかもしれないと逡巡し続け、午前中の間に何度も問題を差し替える。どのみち大した違いはないのだが、こういうのは細かいことまで気にし出すときりがない。それにあまり直前にいじっていると、最後の最後で出題ミスをしたりしかねないから気をつけないといけないのだ。

どうにか決めた原稿を印刷し、午後H大に移動。無事滞りなく中間試験を実施した。大学側に用意してもらった解答用紙には教員の名前を書く欄があるのだが、学生から「先生の字が書けない……」との声が出る。こうですと言って黒板に「齋」と書いたら「うわっ、難しい」。あわてて「いや、『斎』でもいいですよ」と書き足したが、「ただし、『斉』は違う字だからね」と念を押すのも忘れなかった。

終了後、いつものようにT君と夕飯。彼は今日はかなりお疲れのご様子だった。9時頃帰宅。採点は明日からにしよう。

2008年06月09日

四捨五入すると……

月曜日なので、共同研究をしている3人でセミナーをしていた。今日はある論文に出ている定理の解読がメイン。いろいろつついて大まかな流れはつかめたが、これを正標数の場合に拡張するためにはクリアしなければいけない問題があることも分かった。まだまだ先は長そうだ。

ところで、今日はまた一つ年をとってしまった。ついに、四捨五入すると上の大台に振り分けられるところまで来てしまったのである。全く、いつの間にこんなに齢を重ねてしまったのやら。鏡に映る顔を見れば、額は広くなり、皺は増え、肌の張りはなく、もはやすっかり中年のそれである。おりしも先月は体調不良の日が続き、胃カメラを飲んだり血液検査をしたり、自分の健康について初めて本気で心配したこともあった(結果的にはすべての検査値が異常なしだったけど)。名実ともにといったら変かもしれないが、もう若くはないのだということを実感する今日この頃である。

2008年06月08日

完全オフの日

しばらく予定のある土日が続いていたので、今日は完全オフの日と決め、買い物以外はずっと家に逼塞していた。といっても、何もしなかったわけではない。やらなければいけない案件がいろいろたまっていたのだ。

まず、チェスの棋譜や詰将棋の入力作業。自分の対局は一応チェスソフトに打ち込んだうえで悪手をチェックさせているのだが、先月のゴールデンオープンと今月1日のアンパサン例会の分はまだ未入力だった。記録用紙を見ながら手順を追っていくとまたゴールデンオープンでの大逆転負けの悪夢がよみがえってくるが、それでも1ヶ月も経ったからだいぶ傷も癒えてきた。こういうのはさっさと忘れるに限る。それにしても、こうも手が見えないものかと入力のたびにあきれてしまう。ごくごくやさしい「次の一手」問題のレベルができていない。また形勢判断も毎回むちゃくちゃだ。まだまだ初心者の域を抜け出すには時間がかかりそうである。詰将棋の方は、近代将棋誌と将棋世界誌に出る新作を入力して保存。毎月続けているのだが、近代将棋に載る作品を入力することが今後当分なくなるのは、改めて残念という他はない。

あとはピアノも少々。演奏会が先週終わり、さて次は何を弾こうと考える時期は、ある意味では一番楽しいかもしれない。今日のところは、このところやっているバッハ=リストを弾いていた。それから、折紙も次のプロジェクトがスタート。今日はとりあえず紙を作るところまでで、アルミホイルの片側に雲龍紙、もう片側にカラペを接着させた。また失敗する可能性も高いが、慎重に少しずつ折ろう。

趣味以外の作業としては、水回りの掃除もした。湿度の高い季節になり、シンクや風呂場は汚れがかなり目立つようになっていたが、ようやくましな状態になった。ただ台所の流しの下をのぞいたら、シンクの壁面についているオーバーフロー穴(水があふれ出るのを防止する穴)に接続されているホースがなぜか外れていて、汚い水がそのへんにたまっていたのには辟易。その穴から排水されるほどシンクに水をためることはまずしないとはいえ、そのまま気づかないでいたらひどい状況になるところだった。危ない危ない。

2008年06月07日

日浦山に登る

以前、勤務先の同僚であるI先生と飲んだときに、今度山登りにでも行きましょうという話になったことがあったが、だいぶ暖かくなってきたのでいよいよその計画を実践することになった。広島は県内どこも山だらけだが、一番高くても恐羅漢山の1,346メートルで、ほとんどは500メートル前後の低い山ばかりだ。ちょっと登ってみようと気軽に始めるにはうってつけの山が多い。今回はその中でも345.9メートルと低く、I先生のご自宅のすぐそばに登山口がある日浦山(ひのうらやま)に登ることにした。

HinouraPeak.jpg朝9時過ぎにI先生のお宅に到着。車を止めるとすぐ二人で出発した。標高を聞くと簡単に登れそうな気がするが、登山口も低いところにあるので実は思ったほど楽ではない。ときどきかなりの急坂があって、登山が久しぶりの身体には結構応えた。1時間ほどで山頂に到達。ここは高さが低いわりに展望がよいことで知られている。今日は全体的に霞みがかっていて若干視界が悪かったものの、それでも海田町の街並みや海田湾、その向こうにかかる広島大橋、さらにその先にある似島や江田島まで見渡すことができた。呉の方向の視界を遮るように聳えているのは絵下山(えげざん)。少し東側を見ると天狗防山と鉾取山があり、そこから新幹線が飛び出してくるのが見える。さらにその左には蓮華寺山に高城山だ。どれも400から700メートル程度の高さである。登る山には当分困ることはなさそうだ。

Hinoura.jpg

しばらく景色を楽しんだ後、来たルートとは違う道で下り始める。途中、地獄岩と呼ばれる断崖絶壁の場所に寄り道したあと、ひまわり観音と呼ばれる観音像がある寺の横に出る登山口まで一気に下りた。12時過ぎにはI先生のお宅に帰り着き、ありがたくお昼をご馳走になる。3時間で戻ってきてしまったが、I先生がつけていた万歩計はすでに1万歩に達していたそうで、疲れた身体にはご飯がいつも以上においしく感じられた。一息ついてから、2時頃I先生のお宅を辞して帰途に就く。

なかなかいい運動になった。また登ろう。

2008年06月06日

名人戦第五局

先ほどまで将棋名人戦第5局の動向をチェックしていたが、どうやら森内名人がカド番をしのいだ様子。さすがに2回続けて先手番を落とすようなことはなかった。やはりこの2人は、先手番をキープしつつどこかで数少ないチャンスを生かして後手番での勝利を狙うというパターンになるようだ。次の第6局がおそらくヤマだろう。先手番の羽生二冠がもし落としたら、最終局の振り駒の結果が大きな意味を持つことになる。ただその場合は、いったん追い詰められながら盛り返した森内名人が精神的には若干有利であるように思われる。相変わらず極度に過密な対局日程が続く羽生二冠としては、次で決めてしまいたいところだろう。

ところで所司七段のブログによれば、チャトランガを発祥として世界に伝播したボードゲームを比較すると、これだけ引き分けになる確率が低いのは将棋だけのようである。中国のシャンチーも韓国のチャンギも、4局に1局くらいは引き分けになるのだそうだ。やはりこの違いは、駒の再利用ができるためにいわゆる「駒枯れ」が起き得ないという将棋の特殊性に由来する部分が大きいのだろう。驚いたのはタイのマークルックで、何と7割がドローになるとのこと。今回の名人戦を争う2人はチェスでも日本で一、二を争う強豪だが、もしマークルックで対局したら、何局指しても引き分けにしかならないに違いない。

2008年06月05日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.48


底本では黒の2手目、PがPを取るラインと取らずに真っ直ぐ進めるラインが並列した形で書かれていたが、ここでは棋譜再生の都合上、後者をメインライン扱いとした。本作のアイデアをさらに発展させた形が56番でも見られる。

2008年06月04日

新しい書架

Bookshelf.jpg今の勤務先の居室は建物の最上階にある。この3月まではもっと下の階にいたのだが、諸事情により4月に引っ越したのだ。机やコンピュータなど必要最小限のものはそのときに何度も往復して持ち込んであったが、実はまだ本や書類のほとんどは前の部屋に置きっぱなしになっていた。というのも、新しい部屋に本棚が全くなかったからである。

元々、前の部屋にもまともな本棚があったわけではなく、キャビネットなどを利用してどうにか収納している状態だった。そこでこれを機会に、どうせならしっかりしたものを設置しようと大きめの書架を発注してあったのだが、それが今日ようやくやってきた。業者の人が3人がかりでやってきて、1時間ほどかけて壁一杯に張り付いた書架を据え付けて帰っていった。これで前の部屋に散らかったままになっているあれこれをまとめて持ってくることができる。今日は時間がなくてできなかったが、今週中には全部持ってこられるだろう。

2008年06月03日

曇り空の一日

火曜日なのでいつものように午後からH大に移動する。どんよりとした曇り空で、とうとう最後まで雨は落ちてこなかった。昨日はかなりまともに降っていたのだが、中国地方は公式にはまだ梅雨入りしていないことになっている。しかし一方で近畿から関東地方までは昨日から梅雨に入ったのだそうだ。中国地方だけ取り残されているなんてどう考えてもおかしいから、多分あとから期日が修正されるのではないかという気がする。毎年この時期になると思うことで以前も書いたのだが、何日から何日までが梅雨であると「宣言」するというのは、どうも妙な気がしてならない。定義がはっきりしていないものをきっちり定めても意味がないだろうにと思うのだが、そう考えてしまうのは数学的思考に毒されているからなのだろうか。

講義はやや遅れ気味だったので少し急いでやってしまった。明後日に補講という形で演習の時間を入れ、来週の火曜日に中間試験をする予定。終了後、T君と夕飯をすませ、9時過ぎに帰宅。

2008年06月01日

チェス喫茶デビュー

前日のピアノの宴から一夜明け、今日はチェスモードに入る。9時半過ぎの新快速で三ノ宮駅を発って大阪に向かった。コインロッカーに荷物を預けて少し身軽になった後、地下鉄で恵美須町駅に移動する。目指すチェス喫茶「アンパサン」には10時40分頃に着いた。近づくと「準備中」の札がかかっていたので、いったんそのへんを何となく一回りする。10分くらいしてもう一度行ってみたら、「貸切中」の札に変わっていた。普段は普通の喫茶店だが、休日はチェスの対局のために貸切となるのである。店主と挨拶を交わし、対局の手続きをしているとTさんが到着。少し遅れて、来るのは久しぶりというAさんもいらした。このあと、午後からの2局はUさんも加わった。

さて、3局指した結果は……。
  相手のレーティング
1. 1664         白番 34手 ドロー
2. 1958         白番 58手 勝ち
3. 1401         黒番 25手 負け
というわけで、レーティングに反比例したような勝敗になってしまった。1局目は一進一退ながらほぼ互角の形勢のまま進み、結局レペティションドローになる。こちらが大きく不利だったわけではないので千日手を打開して指し続ける手もあったが、うっかりミスをやらかして一発KOされるよりここは強豪相手に半ポイント稼いでおこうと判断した。結果的にはこれは正しかったと思う。というのも次の第2局が大変だったからだ。

2局目は相手の方のレーティングが300以上も上で、叩き潰されるのを覚悟して臨んだが、案の定たちまち不利な状況に陥った。ポーンダウンの苦しい戦いをひたすら耐える展開で、途中からは何とかドローに逃げられないかと模索し続けることになる。終盤はお互いにRとBが1つずつ残り、相手が端に作ったパスポーンをこちらが歯ぎしりしながら食い止めることになったが、幸いBが色違いだったためドローに持ち込みやすい雰囲気になっていた。ここで相手が決着をつけるべくKを係争中の現場に近づけてきたのだが、最後の最後で時間に追われてKをまずいところに動かしたため、こちらのBによる詰めろR取りが決まってしまった。まさかの逆転勝利である。これがあるからチェスはこわい。自分としては、ゴールデンオープンの2日目に絶対的駒得の状態からKを詰む方向に逃げて大逆転負けを喫したことがあったので、ようやくそのとき損した1ポイントを取り返せた気がする。とはいえ、こういうのはまあ事故みたいなもので、勝負には勝ってもチェスには完全に負けていた。レーティング1900超の相手に勝つなどという珍事は、おそらくこれが最初で最後ではないかと思う。

2局目に相当時間がかかったため、ほとんど休憩なしで3局目を指すことになったが、すでにさっきの歯ぎしりでこちらは消耗しきってしまっており、身体は完全に電池切れの状態だった。案の定、序盤で見落としをして今度は2ポーンダウンになってしまう。その後もう一回大きな読み抜けがあり、Rをただで取られそうになったところで投了。やはりどうもスタミナが足りない。1局でもハードな対局があるとすっかり疲れ切って集中力が続かないのだ。それに相手の方は埼玉からいらしていて、レーティングの数字よりもはるかに強いようだった(関東は強豪が非常に多いため、レーティングの相場が全く違うのである)。

というわけで1勝1敗1引き分けという結果に終わったが、何の準備もせずに行ったわりにはずいぶんうまくいった方だと思う。何より3月に果たせなかったチェス喫茶デビューがようやくできたし、チェスを通しての知り合いも増えた。昨日の演奏会とも合わせ、今回の神戸・大阪の旅の充実度はなかなかのものだったかなと、帰りの新幹線で駅弁を食べながら思ったのであった。