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2008年07月31日

会議は踊る

今日は朝一番から数学系教員による会議があり、さらに夕方6時から冬学期の数学演習担当者が集まって指導方針を話し合う会議があった。この後者が9時頃まで3時間ほど続いたため、お昼に少量の天ぷらそばしか食べていなかった私はすっかり消耗してしまった。1時間半という話だったのでまあ延びて2時間くらいだろうと高をくくっていたのだが、甘かったようだ。無駄な会議だとは思わないけれど、やっぱりできればもう少し短い方がいい。来年度はこの会議の進行役を私がやる可能性があるのだが、もしそうなったらきっと今年度よりは短くすませる方向で努力すると思う。

7月も今日で終わり。早いものだ。

2008年07月30日

ホルスト・シュタイン死去

朝方に母を送り届けてから出勤。今日は定期的にやっているセミナーの日だったが、このところ明け方に暑さで目が覚めてしまうことが多く、寝不足がひどくて全然集中できなかった。どうもいけない。昼下がりに凄まじい雷鳴とともに豪雨になったが、4時過ぎには何事もなかったかのように青空がのぞき始めた。

昨日のニュースになるが、指揮者のホルスト・シュタインが亡くなったとのこと。もうしばらく指揮している姿を見ていなかったが、ずっと体調を崩していたらしい。個人的には、この人の名前は指揮者の中ではかなりなじみ深いものだった。といっても、特にファンだったというわけではない。実は、私が生まれて初めて誰かに似ていると言われた、その「誰か」がホルスト・シュタインなのである。といっても、産まれて最初の1週間くらいのときの話だ。まだ髪がほとんどなかったうえにおでこが特徴的な形をしていたため、「何かホルスト・シュタインみたいだ」と親が思ったらしい。その話を聞いてからというもの、テレビで彼が指揮をしているのを見るたびに、自分の原型を再確認しているような気分になったものだった。学生時代はピアノサークルの場などでホロヴィッツに似ていると言われたこともあったけれど、これから年をとるにつれて原型に回帰していく可能性もありそうである。

2008年07月29日

期末試験

午後から車でH大へ。今日の期末試験で今学期のH大詣でも、これでひとまず終了だ。志和インターを下りたところで事故渋滞に巻き込まれてちょっと時間がかかったが、だいぶ余裕を持って出かけていたのが幸いして遅れずにすんだ。途中、現在の気温が表示されている電光掲示板の下を通るのだが、今日は何と38度。体温だったら何もできずに寝込むところである。全くこの分で行くと、あと20年もすれば毎年夏に一度は40度に達するのが当たり前になるかもしれない。

試験終了後、T君と合流して夕飯。彼を家の前まで送ってから広島駅に移動し、出張で来広した母を迎える。明日は出勤前に母の出張先まで車で送る予定。

2008年07月28日

カテゴリー別ページの分割

毎日暑い日が続くが、今日はお昼頃から何やら怪しい雲行きだと思ったら、ゴロゴロと鳴り始めた。雨も降ってきたものの、ザッと一通り降るとすぐに終わってしまった。今日は場所によっては大変な豪雨になったところもあるようだが、広島ではもう長いことまともに雨が降っていない。この分だと来月には水不足の話がまた出てくるかもしれない。

このブログにはカテゴリー別アーカイブのページがあるが、いつの間にやらエントリー数が増えすぎてページを開くのがずいぶん重くなってしまった。「日常・雑記」のカテゴリーなどは現時点で400エントリーを超えている。さすがにこれでは読み込みに時間がかかって見る人の負担になるということで、とりあえず50エントリーずつ分割する形に変更してみた。他にもいろいろ手を加えたいところはあるのだが、あまり時間がないのが悩みである。

2008年07月27日

携帯電話着信せず

昨日の反動で、今日は床屋とスーパーに出かけた他はずっと家に逼塞していた。節々の痛みは一夜明けてほとんどなくなったが、腕の赤みはやはりしばらく残りそうだ。それでも昨日の時点ではっきりしていた腕時計の跡は、若干ぼやけてきていた。

金曜日の午後から、携帯電話の調子がまたおかしくなってしまったようだ。携帯電話のアドレス宛にメールが届くと本文の冒頭部分が着信するはずなのだが、金曜日のお昼を最後にサーバから何も届かなくなってしまった。メール自体はサーバに来ているはずなので、やはりこの端末が原因らしい。にもこんなことは何度かあり、そのときは一日くらい待っていると突然着信を再開してくれたのだが、今回もう二日以上回復していないところを見ると、どうやら病膏肓に入ると見た方がよさそうである。ときどき調子が悪くなるのをだましだまし使ってきたが、そろそろ見切りをつけて機種変更しようかという気になってきている。

2008年07月26日

高城山・蓮華寺山に登る

先月に引き続き、今日も同僚のI先生と広島の山を登ることになっていた。早朝に起きて車で出かけ、I先生と合流すると登山口のある瀬野に向かった。本日のターゲットは、高城山(496.1メートル)と蓮華寺山(374.0メートル)。まず高城山に登り、尾根伝いを縦走して蓮華寺山も一緒に制覇する計画である。前回よりはやや長いコースだが、距離的にはちょうどいいくらいかと思っていた。

TakashiroPeak.jpgところが……もう暑いのなんの!今日の広島の最高気温は35度。少しでも気温が上がる前にと朝早くに出発したものの、まさに焼け石に水だった。考えてみれば、1年で一番暑くなるかもしれない日に何時間もかけて登山をしようなんて了見がバカだったのかもしれない。駅から登山口までの行程でもう汗が噴き出してきた時点でいやな予感がしたのだが、登りが始まるとすぐにその予感は現実のものとなった。容赦ない急坂と地獄のような熱気にたちまち激しく体力を奪われ、汗が滝のように流れ落ちる。激しく息を切らしながら高城山の頂に立ったのは登り始めて1時間くらいだったが、もう2人とも相当に消耗していた。登山というのは、つらくても頂上からの眺めがしんどさを幾分軽減してくれるものだが、高城山は西側に少し山々が見える程度。日浦山のように山の名を記した看板もない。朽ち果てた木片が落ちていたので、あれがそうだったのかもしれないが、登ってきてこれではますます疲れるのも道理である。

そこからの道のりも大変だった。途中で何度もつらくなって休憩を取るのだが、何回目かの休憩時にI先生が一瞬立ちくらみを起こしてこちらに倒れかかってきたときは、本気で助けを呼ばなければいけないんじゃないかと思ったほどだ。蓮華寺山の方が低いことが幸いして縦走ルートは途中から少し楽になったが、1時間半ほどでたどり着いた蓮華寺山の山頂も10メートル四方くらいの広場があるだけで、やはり期待したような眺望はなし。I先生が、ここから安芸中野駅方面に下山するとすごくおいしいお好み焼きがあるというので、もうそれだけを生きる糧として急斜面(手持ちのガイドブックに「落ちるような下り」と書かれていた)を下りる。お互い口数も少なくなり、ただ今はひたすらエアコンの効いたお好み焼き屋の店内で、冷えた水をゴクゴクと飲み干したい……という思い一つだけで、棒のようになった足を動かすのだった。

つらい下りを耐え続け、小一時間かけてついに山を下りきった。お昼過ぎに、I先生お勧めのお好み焼き屋にたどり着く。ああやっと……と思った次の瞬間、扉の貼り紙の文字が目に飛び込んできた。
「申し訳ありません 臨時休業いたします」
そういう最悪の幕切れを頭の隅で想像しながらも、さすがにそこまで見事にオチが付くことはあるまいと高をくくっていたのだが、世の中というのはこうもうまくできているものだろうか。付近には他に店はないので、やむなく我々は殺人的な日射しの下を安芸中野駅までとぼとぼと歩いたのだった。

そんなわけで、思っていたよりずっと大変な登山になってしまった。まあ無事に帰ってこられたからよしとしなければいけないが、顔や手の真っ赤な日焼けは当分残りそうである。次の登山はもう少し涼しいときにしよう。

2008年07月25日

暑い……

4年生の卒業研究セミナーを午前中に終えると、コンビニまで弁当を買いに車を出す。いつも食堂だからたまにはパターンを変えてという程度のつもりだったが、釜の中かと思うような車内の暑さには閉口した。私は名前とは反対に、どちらかといえば寒さより暑さの方が苦手だ。多分あと2ヶ月近くは、このムッとするような熱気と戦わなければいけないのだろう。涼しい秋風に吹かれるのが待ち遠しい。

明日は先月に引き続き、山登りに行こうということになっている。暑さが厳しくなる前になるべく行程を消化したいので、早朝に出かけるつもり。今夜は早めに寝よう。

2008年07月23日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.54


若いころの作品だけに、まだ底の浅さは否めないように思う。後で出てくる87番では、同じテーマ(Bで取られるのを防ぐためのアンダープロモーション)が少し違う形で登場する。

2008年07月22日

マジックと焼肉屋

朝から大学院の講義。今日が今学期最後だが、連休中はずっと出かけていて準備が終わっておらず、昨夜は大慌てで講義ノートの最後の部分を作っていた。これが終わってやっと一安心。

午後は猛暑の中をH大に移動。来週は期末試験なので、今日は演習という形にして適当に問題を解いてもらった。その解説をした後は、授業内容を学生に評価させる授業アンケート。これで本来なら終わるところだが、まだ少し時間が余っていたので、中間試験の解答用紙に多数要望のあったマジックを披露する。やったのはバカの一つ覚えでインヴィジブル・デックなのだが、結局のところこれが現象が分かりやすくてウケもいいように思う。ただし通常の演出は白々しくなるから、私見ではやめた方がよい。去年は学生さんがデックを用意していたので、それを利用して選ばれたカードを予言していたという形をとったが、今回は2組のデックを用い、赤裏のデックで学生が選んだカードによって青裏のデックに変化が起きるという演出にしてみる。何か突発的なアクシデントが起きないかという一抹の不安はあったが、特に問題もなく段取り通り進んで一応成功した。しかしこの分だとこの非常勤講師の仕事を続けている限り、期末試験前にこれをやることが定着してしまいそうである。

終了後、いつも通り理学部のT君のところへ。今週はH大で整数論の研究集会で講演するためK君が来ていたので、T君共々みんなで夕飯に行くことになった。せっかくだからいつもとちょっと違うところによく知らない焼肉屋にしたのだが、行ってみたらエアコンのない昔ながらのたたずまいのところで、もう店内のムッとするような暑さにはほとほとまいった。ただでさえ汗が噴き出す熱気なのに、網にホルモンを置くと油が落ちて、火鉢からびっくりするほど巨大な火柱が立つのである。さらにその火の勢いに気圧されて肉を火鉢から取り落としてしまい、そのときにはねた油で手にやけどまでこしらえてしまう始末。あまりの暑さに身体の方が耐えられなくなってしまい、結局早々に店を出てファストフード店に入り直した。ああいう焼肉屋はあれはあれで好きなのだが、行くならもうちょっと寒いときの方がよさそうだ。

2008年07月21日

太宰府、福岡タワー、もつ鍋

Dazaifu.jpg昨日の予定通り、博多駅近くのホテルでK七段とTさんと落ち合ってまず太宰府へ向かった。前に行ったのはおそらく2003年の1月で、5年ぶりということになる。曇り空なのが幸いして灼熱地獄の中を歩かずにはすんだが、それでも蒸し暑さはかなりのものだった。さすがに連休中ということで、参道は家族連れを中心に相当な人出だ。お参りをすませたあとに3人でおみくじを引いたところ、K七段が大吉、Tさんが中吉、そして私が小吉。奇しくも詰将棋の力の差を如実に反映した結果となったのは、さすが道真公である。

FukuokaTower2.jpgFukuokaTower1.jpg境内でお昼をすませたあと、午後の時間をどう使おうかと3人で相談する。最初は海の中道まで足を延ばそうという話になっていたのだが、電車の接続が悪くて時間がかかりそうだったので、結局目的地を福岡タワーに変更することになり、天神からバスに乗った(Tさんは前日も訪れたとのことだったが、残りの2人に合わせて同行してくれることになった)。着いてみるとタワーの一帯はちょうど何かの催し物の真っ最中で、特設ステージや露店が出て大変な混雑ぶりだったが、その人混みを抜けて地上123メートルの展望台に上がる。博多の街並みを上から眺めた後、喫茶店で一服。ここで持っていた山田康平氏の5手詰作品集「うるてぃめいと」をK七段にお渡しすると、素晴らしいスピードで次々解いていってくれた。さすがに詰将棋解答選手権で毎年上位に入賞される方は違うなと改めて感心。

Motsunabe2.jpgMotsunabe1.jpg福岡タワーから天神に戻るバスが大渋滞に巻き込まれてしまい、到着したときにはそろそろ夕飯のことを考えなければいけない時間になっていた。3人で協議の結果、中洲川端駅の近くにあるもつ鍋の店へ行ったのだが、これが大正解。歩き回ってやや疲れていたこともあり、冷えたビールと出汁の利いたもつ鍋のスープがことさらにおいしく感じられた。肉を追加注文し、最後にチャンポンでしめて3人ともお腹いっぱいである。

博多駅でお二人と別れ、帰途に就く。今回の博多行き、当初は日帰りも考えていたのだが、結果的には泊まることにして本当によかった。時間を気にせずゆっくり懇親会を楽しめたし、何よりK七段とお近づきになれたのが大きい。今月はまだしばらく忙しそうだが、落ち着いたら何とか詰将棋をこしらえて投稿しなければと思いを新たにしたのだった。

2008年07月20日

詰将棋全国大会

年に一度の詰将棋の祭典、詰将棋全国大会に出席。今年は博多なので、広島から行くのはかなり簡単だ。10時少し前に家を出て、10時半過ぎののぞみに乗って西へ向かった。今回の会場は、実は去年の秋にQ大のS先生の還暦祝いパーティーが行われたホテル。駅からのアクセスもよく、十分時間に余裕を持って到着した。見渡すと、あちらにもこちらにも見知った顔ばかり。全国大会には2002年に初めて参加し、1年おいて2004年から毎年参加しているから今年でもう6回目になるが、初めて行ったときはほとんど知っている人もおらず、場違いなところに来てしまったという不安感でいっぱいだった。あのとき雲の上の存在だったU七段やYさんなど、錚々たる人たちと「いやどうも、ご無沙汰しております」と挨拶を交わせるということの幸せを、今一度かみしめた。

午後2時からいよいよ大会が始まる。第1部のメインイベントはもちろん看寿賞授賞式で、今年はTさんが初の短編賞を受賞された。ついに私より遅く詰将棋創作を始めた人が看寿賞を取ったことになる。長編賞は毎度ながらのSさんで、これで単独トップとなる8回目の受賞とのことだった。休憩を挟み、第2部は恒例のアトラクション。ここ数年、詰将棋の早解き選手権が行われていたが、今年は詰将棋そのものを解くのではなく、詰将棋にまつわるクイズを解くという形式だった。早解きの企画では毎年まるで解けずに情けない思いをしていたけれど、今年は恥をかかずにすんだわけである。それどころか、会場で行われた懸賞詰将棋を解いてエントリーしたら、抽選で選ばれて「にわかせんぺい」をもらってしまうという幸運にも恵まれてしまった。

午後5時半からは懇親会。会場は去年の還暦集会の部屋と全く同じところだった。7時半頃に打ち上げた後、近くの飲み屋に移動して11時過ぎまで2次会。先ほどようやく中洲川端にあるホテルに戻ってきたところだ。

全国大会はこれでおしまいだが、さらにもう一つ楽しみが急にできた。先ほど2次会の席で、今年看寿賞作家となったTさん、そしてK七段というすごい顔ぶれで明日太宰府に行こうという願ってもない話がまとまったのである。前回の大会のときもその翌日に看寿賞作家の2人と神戸の街を歩いて楽しむことができたが、どうも私は全国大会の次の日は大物と観光できる運に恵まれているようだ。さて、早く寝て明日に備えよう。

2008年07月19日

靴、スプレーのり、バッハ

夕方から市街地に車で出かけた。本日のお出かけの目的は3つ。

まず、靴の交換。実は先週、新しい靴を一足買ったのだが、店頭で試し履きしたときはいいと思ったのに、帰宅してから履いて少し歩いてみたら、どうもつま先が靴の先に当たって気になる。買った店に電話したところ、持ってきてくれれば大きなサイズのものとお取り替えいたしますと言われていたのである。どうも私は、子供のときから靴を買うのが苦手だった。親に連れられて靴屋に行き、その場で候補の靴を履いてみるのだが、「どう?」と聞かれたときにいつも困ったものである。はっきりきついとかゆるいとか思えるほどサイズ違いなら、そう言えばいいだけのことだ。ところがたいていは、「フィットしているのかと問われれば、そうなのかなという思いもある」という政治家の答弁のような感想しか出てこないのだった。本当にフィットしているのかどうかは、いざその靴を履いて学校に行ったりしたときに初めて分かるのだ。今回も2つのサイズを試し履きしたもののどちらがいいか今ひとつよく分からず、以前靴がゆるかった経験を思い出して小さい方にしたら間違っていたというわけである。まあ今回のようにあとから交換に応じてくれるのは、私のような人間にとっては大変ありがたい。無事0.5cm大きい靴を手に入れることができた。

次の目的は、スプレーのりを買うことだった。今日の午後は、複雑系折紙を折るために紙の作成を行っていた。次に折ろうと考えている作品はいわゆるインサイド・アウト(紙の裏側を意識的に表に出して色の違いを表現する)ものなので、アルミホイルの両面にカラペを接着する必要があるのだが、まず片側に貼り付けたところでスプレーのりが空になってしまったのである。帰宅後、買ってきた新しいのりをさっと吹きかけて反対側にも無事カラペを接着した。実はこうやって紙を作るという作業をやるようになるまで、こんなふうにのりを吹きつけるスプレーがあるということすら知らなかったのだが、何とも便利なものである。

最後の目的は、ピアノスタジオに行くこと。このところ電子ピアノばかり弾いていたので、少し生のピアノの感触を思い出そうと久しぶりに木定楽器店に行って30分ばかりさわってきた。最近弾いているバッハ=リストのフーガをずっとやっていたが、まだ最後の2、3ページはうまく弾けない。この夏の間に何とかしたいところだ。

2008年07月18日

いい旅チャレンジ20,000km

午前中は4年生2人と卒研セミナー。普段の金曜日はお昼にこれが終わると少し時間ができるのだが、今日は毎週火曜日の朝にやっている大学院向けの講義の補講を夕方からしなければいけなかった。今年は大型連休のときに火曜日が2回も休みになってしまったため、そのしわ寄せがこの時期に来ているのだ。来週もう一回やればやっとこれも終了である。

20000.jpg帰宅すると、車の総走行距離がちょうど20,000kmになっていた。5,000kmになったのがちょうどこのブログを始めたころで一昨年3月頭、10,000kmに到達したのがその年の12月。だいたい年6,000km弱というペースで増え続けているが、車社会の広島では相当少ない方だろう。

20,000キロという数字でふと思い出したが、私が小学校低学年のころはまだファミコンも発売されておらず、近所の友達と遊ぶといったら近くの公園で野球もどきをするか、あるいはうちにあるボードゲームをするのが常であった。そのときよくやっていたのが、エポック社から出ていた「いい旅チャレンジ20,000km」というボードゲームである。確か目的地を決めてルーレットを回し、「時間」カードで夏休みや冬休みの期間が終了する前になるべくたくさんの路線を踏破した人が勝ち、というようなゲームだったと思う。ちょうどそのころ、今はなき国鉄が同名のキャンペーンを展開しており、それに合わせる形でこういうボードゲームが出ていたと記憶している。どうやって遊ぶのだったかもうほとんど忘れてしまったが、覚えているのは駅が黄色、緑色、赤色に塗り分けられており、緑色の駅に止まったら「特急カード」が引けるが、赤色の駅に止まったら「アクシデントカード」なるものを引かなければいけないということ。「2つ前の駅に忘れ物をする。2つ戻って1回休み」などと書いてあるわけだ。そのせいで子供心に赤い駅を強く意識するようになってしまった。今でもなぜか覚えているのは豊橋駅が赤駅だったということで、散々ここに止まらされてはアクシデントカードを引かされたようである。現実には、今に至るまで豊橋駅で降りたことは一度もない。

あれで遊んでいたのも30年近く前のことになってしまった。多分実家にももう残ってはいないだろう。

2008年07月17日

録音を送る

冷蔵庫に余っていたなすを処理すべく、豚肉と味噌炒めにして夕飯をすませた後、しばらく電子ピアノに向かっていた。もちろん音量は十分絞って、おそるおそるである。このところあまり時間がなくてほとんど練習できていないが、大きな音を出さなければ夜でも少しはできるのだから、指が忘れない程度には続けなければいけない。

そういえば先月末に群馬の山奥で行われたワークショップに行ったとき、参加されていたフランスのI先生と現地に置いてあったピアノを弾き合うということがあった。大数学者であるI先生とそんなことをするだけでも畏れ多いことだったが、実はそのときにあなたの演奏の録音を送ってほしいと言われていたのである。「いやいやいや、そんなもう、ええ、お送りするようなほどのもんじゃないですから、いやいやほんとに、へへへっ」と普通ならまず一回言うところなのだが、相手が相手だし日本語でないことも手伝って「分かりました」とバカに素直に快諾してしまったのだった。実際お送りするようなものではないのは事実なのだけれど、約束してしまったものは仕方がない。とりあえず、手持ちの録音から比較的ミスが少ないものを選び、mp3ファイルをサーバに置いてメールでお知らせした。

昨日そのお返事がI先生からあり、こちらが恥ずかしくなってしまうほどのお褒めの言葉をいただいてしまった。もちろんほとんどリップサービスであることは分かっているのだが、それでもやはり聴いた人によかったと言ってもらえるのはうれしいものである。

2008年07月16日

もうすぐ詰将棋全国大会

今度の日曜日には、博多で詰将棋全国大会という催しが行われる。将棋ならいざ知らず、詰将棋の大会と言われても、この趣味の世界の外にいる人からはあまりイメージが浮かばないかもしれない。基本的にはたいてい2部構成で、前半が看寿賞の授賞式、後半が詰将棋にまつわる何らかのアトラクションをすることになっている。開催地は中京→関東→関西→その他の地方都市、というサイクルで毎年変わる。今年は地方都市の回というわけだ。そういえば前回の地方都市ターンの開催地は札幌で、はからずも自分が看寿賞をいただいた年だった。もうあれから4年、月日の流れるのは早い。あのときは広島からの直行便が満席で羽田を経由せねばならず、行くのにえらく苦労したが、今回は新幹線に70分くらい乗っていればいいだけだからずいぶん楽である。

ただ、若干の気がかりは現在日本に近づきつつある台風だ。今日の時点の予想だと、19日頃に東シナ海に達するとされているらしい。まあ多分大丈夫だろうとは思うが、去年は台風のせいで新幹線が完全に止まってしまい、関東在住の方がほとんど誰も開催地の神戸にたどり着けなかったという不運な出来事があっただけに、一抹の不安は残る。台風シーズンだから十分起こり得ることとはいえ、全く悪いタイミングで訪れてくれるものだ。

2008年07月15日

森内対羽生

H大でいつものように講義をし、T君と夕飯をともにした後、9時頃に自宅に戻ってくる。今日はNHKで森内対羽生の今期名人戦を追った番組を10時から放送すると分かっていたので、これは是が非でも見なければいけないと思っていたのだ。先ほどそれが終わったのだが、期待に違わず充実した出来で、食い入るように見入ってしまった。テレビの番組をこんな風に1秒たりとも逃すまいと見るのは久しぶりかもしれない。森内九段にとっては、結果的に第3局のポカが有名になってしまった本シリーズについて取材を受けるのは、かなりつらかったのではなかったかと想像してしまう。勝者は周り中から祝福され、かたや敗者は誰も起きていないうちに始発の電車で対局地を後にするというこのあまりの差は、勝負の世界ではやむを得ないこととはいえ、何とも残酷なものだなと思わずにはいられなかった。この番組の趣旨に照らして言うなら、これもまたプロフェッショナルであるがゆえの姿なのであろう。

さて、録画したのでもう一度見てみるとしよう。

2008年07月14日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.53


49番を少し改良した作品である。

2008年07月13日

ズッキーニを求めて

数学の研究をしていると舌が肥えてくるのか、はたまた舌が肥えた人が数学者になるのか、とにかく数学の関係の知り合いにはグルメな方が非常に多い。どこそこの店の何とかは一度は食べないととか、何年産のワインはこの料理に合うとか、本当にみんないろんなことを知っていて、研究集会などに行くたびに感心させられてしまう。また、料理に関しても相当な腕を持っている方がたくさんいる。私は野菜を切って炒めるとかオーブンでグラタンをつくるとかせいぜいそんなことしかできないので、ぱぐなりさんHさんのブログを見ていると、料理ができるなどとは口が裂けても言えない。

上でリンクを張ったお二方のブログでは、たまたま両方ともズッキーニが登場していた。それを見ていて、そろそろ夏野菜のカレーでも食べようか、と思い立った。以前もここに載せたことがあったが、あれはさっぱりしていてこういう蒸し暑い日にはちょうどいい。早速、近くのスーパーに買いに出かけた。

ところが、ズッキーニが置いていない。あれれ、今が旬なのにと思いつつ、せっかくだからと少し歩いて遠くのスーパーにも行ってみた。ところが、やっぱりない。聞いてみたら、「すんませーん、売り切れちゃったんすよ、へへっ」とのこと。まあズッキーニはなしにしておくかといったん思ったものの、それが出てくるブログを読んだのがきっかけだったのに、入っていないというのはやっぱり悔しい。こうなったら意地でも見つけてやると車を出してまた別のスーパーに行った。ここもない。きゅうりばっかりこんな山積みにしやがって……と心の中でぶつぶつ言いながら店を後にする。あきらめかけていたところで、とうとう4軒目でやっと発見。広島はなぜこんなにもズッキーニが品薄なのだろうか。しかも1本198円である。ぱぐなりさんによるとドイツでは6本くらいで2ユーロだそうだから、えらい違いだ。

VegetableCurry.jpgともあれ、ほしい材料がようやくそろったので無事当初の予定を実行することができた。入れた具材は豚肉、ズッキーニ、なす、ほうれん草、トマト。買ってきた野菜は残して保存しても結局悪くするだけになってしまうことが多いので、いつもこういうのをつくるときはなるべく余さずに全部切って投入してしまう。しかしそのせいで具材だらけになってしまい、見た目はあまりきれいでないのだが、食べる分には別に問題ない。ズッキーニ以外はあまりぐつぐつやると消滅してしまうのであとから入れた方がよいというのは、前にやったときに学んだことだ。ときどき口に広がるトマトの甘みがなかなかよい。

2008年07月12日

馬を折る

DiazOrigamiHorse2.jpgDiazOrigamiHorse1.jpg今日は馬を折ってみた。馬の折紙はこれが初めてではなく、去年J. Aníbal Voyer氏の作品を折ったことがあるが、今回はウルグアイの折紙作家、Román Díaz氏によるものである。抒情あふれるロマンティックな造形に特徴があり、折ってみたいと思わせる魅力的な作品が多いが、工程が独特で折図を正確に解読するのはそれほど簡単ではない。実は今までも何作かトライして失敗しているのだが、今回はようやく最後までたどり着いた。紙はアルミホイルに極薄の白色カラペを接着したもので、大きさは32cm×32cm。

本作を折るにあたっては仕上げに一番気を遣った。Díaz作品らしい躍動感がこの作品の魅力であり、動いているさまをなるべく表現したい。特に悩んだのが足の折り方である。理想としては馬が疾走する一瞬を切り取ったと思わせる姿にしたいのだが、これがなかなか難しいのだ。4本の足のそれぞれについて、足の付け根と関節部分のどこをどれだけの角度で折り曲げるかでまるで印象が変わってきてしまう。さらに、できれば余計な支えなしに自立させたいという条件もある。折る箇所を変えつつ何度も試行錯誤したあげく、結局こんなポーズにしたが、果たしてこれで走っている瞬間と見えるかどうか。普段からものの姿を観察していないと、こういうときに苦労する。

Díaz氏のブログを見ると、折紙を心から楽しんでいるのがよく伝わってくる。いずれまた別の作品に挑戦してみたい。

(折紙モデル:"Caballo/Horse", Román Díaz "ORIGAMI para Intérpretes" (Atelier du Grésivaudan) 所収)

2008年07月11日

名前の検索

時間をもてあましているときにふと思い立って、検索サイトで自分や知人の名前を入れてみるという経験は、かなりの方が一度はやってみているのではないだろうか。ありふれた名前だったり同姓同名で有名人がいたりでたいてい期待した結果は得られないが、ときには遠い昔の友人の消息が分かったりするから面白い。実際私もそれで高校時代の知り合いが今何をしているかを知って、よく当時を懐かしく思い出したりしている。

自分自身の名前を入れてみるのも面白い。「斎藤」という名字だけではあまりにありふれていて自分にたどり着くことなど望むべくもないが、下の名前に若干希少価値があるため、フルネームで入れるとちゃんと自分のホームページが出てくる。検索結果を見ていっても詰将棋やピアノのページが続いていて、同姓同名の別人は引っかかってこないようだ。仕事では戸籍の「齋藤」を使っているが、こちらで検索してみてもやっぱり出てくるのは自分ばかりである。やはり「夏雄」が個人識別に相当利いているらしい。

そこでふと思ったのは、名字を「斉藤」にしたらどうかということだ。にも書いた通りこれは違う字なのだが、もしかしたら誤ってこちらで表記してしまっている人がどこかにいるかもしれない。早速やってみたところ、出てきた検索結果はちょっと意外だった。現時点で引っかかったのは2件だけ。おまけにその2件のリンク先を見てみると、片方は演劇の登場人物の名前、もう一つは面白創作ニュースに出てくる人物の名前で、要するにどちらも架空の人物だったのである。

2008年07月10日

三年目

毎日暑い日が続いている。雨ももうずいぶん長いこと降っていない。公式にはまだ広島は梅雨の時期ということになっているが、同じように真夏日が続く隣の山口県は数日前に梅雨明けしたと発表されたらしいから、実質的にはこのへんももう一番暑い時期が始まったのだろう。

さっき、志ん朝の「三年目」を聴いていた。病に伏した奥さんが、私が死んだらきっとあなたが後添えをもらうだろうと思うと気がかりでたまらないと訴える。そんなことは絶対しない、万一そんなことになったら、お前が幽霊で出てきてくれればいい、そうすれば相手が怖がって出て行ってしまうよと答える亭主。それを聞いて安心したのか奥さんはほどなくして亡くなってしまう。男は独り身でいるつもりだったが、親戚から強く後妻をもらえと言われるのに根負けして新しい奥さんを迎えた。まあ約束通り、あいつが今夜出てきてくれるだろうと、男は夜通し起きて前の奥さんの幽霊が出てくるのを待つが……という噺。幽霊が登場するといっても全然怖いところはなく、むしろ女性のいじらしさばかりが目立つ一席だ。地味な噺だが私は好きである。

この噺のまくらで、女性の恥じらいや遠慮というものについて志ん朝が語るところがある。もちろんそれがそのあとの本題にうまくつながってくるわけだが、その冒頭で出てくるのが、志ん朝が地方公演に行ったときのエピソード。寄席が終わったあとで聴きに来ていた奥様方と記念写真を撮ることになったのだが、「奥様、前へどうぞ」「いぃえぇ、とんでもない、奥様こそ」「滅相もない」と席を譲り続けるものだから、もういつになっても撮影ができずイライラしてしまう、という話である。そこを聴くたびに思うのは、これは何も女性に限らない、日本全国のあらゆる集合写真の撮影時に繰り返されているだろうなあということだ。つい先日のK先生の還暦祝賀集会のときも、みんな端っこの方にいるものだからなかなか撮影が始まらなかったし、5月の演奏会のときも、最前列の空席がなくなるまでにはずいぶん時間を要した。どこに写っていようが大した違いはないのだからさっさと誰か行けばいいのに、と見ているときは思うのだが、自分が当事者だと「いやいや、自分は後ろの方で」と一度は遠慮せずにはいられない。これはもう日本人の気質なのだろう。

次に集合写真に写るとしたら、詰将棋全国大会のときだろう。端っこの方にこっそり立っていられるだろうか。

2008年07月09日

カプースチンの隆盛

先日の東京出張の際、久しぶりに渋谷のタワーレコードまで足を伸ばしてきた。学生時代は足繁く通った場所である。確かアムランの弾くシュトラウス=ゴドフスキーが出ることになっていたはず、とSやGのコーナーをなめるように見て回ったのだが、それらしいものは発見できず。それもそのはず、あとで分かったが発売されるのは来月だったようだ。さらに、そういえばハフのモーツァルトアルバムも買おうと思っていたんだったとMのコーナーにも行ったが、これも置いていなかった。タイミングがちょっと悪かったようだ。

その代わりというわけではないだろうが、カプースチンのCDはやたらに充実しており、専用の試聴コーナーまで設置されていた。半分くらいはすでに持っているものだが、中には初めて見る録音もある。驚いたのは、ナクソスレーベルにまでカプースチンが登場していたこと。私が初めてカプースチンを聴いたのは、90年代の終わりだっただろうか。まだあのときは知る人ぞ知る隠れた存在だったが、それが今やあの全音から楽譜まで出版されているのだから、隔世の感がある。ピアノ好きの中ではもはやメジャーな作曲家といっていいだろう。

というわけで、タワレコで買ってきたカプースチンのCDを聴きながら今これを書いている。一時期はジャズ・エチュードをかなり一生懸命練習していたものだが、しばらく離れていたのですっかり忘れてしまった。時間ができればまた譜読みしてみたいものである。

2008年07月08日

暑い一日

いつもより早く起き、コンビニでサンドイッチを買う。いつの間にか10円ほど値上がりしていた。勤務先に到着し、部屋でサンドイッチを食べてからすぐ1限目の講義。終わって部屋に戻ると少し書類書きをし、お昼をすませたあと、午後からH大に回る。一日で気温が最も高くなるのは午後2時くらいと思われるが、炎天下に置かれていた車にそのころ乗り込もうとすると中がどういうことになっているか、経験のある方ならよくお分かりだろう。サウナそのものである。

夕方から微積の講義。エアコンがかかっているわりには暑いなあと思いつつしゃべっていたら、やがて学生さんの一人が「……先生」「何?」「暑いです」。実はエアコンはかかっていなかったのだ。当然学生の方で勝手につけていると思い込んでいた。別にいちいち許可を求めずにつけてくれていいのに。

終了後、Tさんといつものように夕飯を食べてから帰宅。2回続けて週末が研究集会だったこともあり、早起きするといつも以上に疲れる。今度の土日が待ち遠しい。

2008年07月07日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.52


何となく草創期の詰将棋を思わせる、おおらかな作品である。

2008年07月06日

出張日程終了&詰将棋の考え方

今日のお昼で研究集会の日程はすべて終了。K先生に挨拶し、学生時代によく行ったカレー屋で何人かと昼食をすませたあと、午後の新幹線で広島に帰ってきた。強烈な日射しの下、両手に重い荷物を抱えながら渋谷の雑踏の中を歩き回ってもうくたくたである。四方八方から不規則に歩いてくる人たちをよけつつ歩くのは、思っているよりずっと体力を消耗する。ましてこのひどい蒸し暑さの中ならなおさらだ。新幹線の中では、睡眠不足も手伝って乗るなり名古屋まで熟睡してしまった。まあとにもかくにも、これで先々週の金曜日から始まった慌ただしい日々も一段落である。今年は5月頃まで何度となく体調を崩したので今回もちょっと心配していたのだが、とりあえずここまで何事もなくてよかった。

昨日は講演が終わった後、K君と渋谷の街にいた。タワレコを久しぶりに物色してCDを数枚買い、手早く夕飯をすませた後、喫茶店で久しぶりに詰将棋でも解きましょうということになる。学生のころ、こうやってコーヒーを飲みながら詰パラをじっとにらみつつ考え込むというのが、彼との日課だった。もうあまり難しいのは無理だからと短手数のページだけにしたのだが、それでもやたらに時間がかかってしまい、いかに読む力が衰えたかをお互い再確認する結果になってしまった。

彼と問題を考えながらあらためて実感したが、自分の場合、手数がある程度以上の長さの作品は、よほど簡単なものを除き、図面を一度覚えたらあとは全く見ずに頭の中で動かした方がよいようである(配置が盤面全体に広がっているようなものは除く)。図面をにらんでいる限り、それぞれのマス目に印刷された駒たちはそこに居座ろうとし、こちらが動かそうとすると抵抗してくる。こちらの思考を出発点に引き戻そうとする見えない力は、強くはないが確実にこちらの読みのスピードを減退させているように思われる。いってみれば、歩くことはできるがいちいち足を取られる泥の沼みたいなものである。駒たちを自由に飛翔させるためには、やはり脳の中に将棋盤を置くのが一番いいようだ。

2008年07月04日

研究集会とスライドショー

研究集会二日目。といっても、今日は夜に行われるK先生の還暦祝賀会を滞りなく行うことが最優先事項で、正直言って講演は半ばうわの空だった。スライドショーをすることになっているのだが、十分に準備したと思っても、実際にやってみると思いもよらなかったトラブルが発生するものだ。祝賀会の会場はキャンパス内にある建物だったので、お昼にプロジェクタを持っていき、会場の部屋に入らせてもらって実際にスクリーンに映してみた。もう少し長い延長コードがあった方がいいが、とりあえず何とか写るようだ。今日の最後の講演者がK先生ご本人だったので、冒頭でその様子をまず撮影しておき、スライドショーのラストに表示されるようにしておく。これで準備完了。

6時半より祝賀会開宴。K先生ゆかりの先生方がスピーチを行った後、いよいよスライドショーの時間になった。結果的にはまあまあうまくいった方だと思う。元々面白い写真が結構あったし、やっぱり今の先生方の若いころの姿が次々出てくるから、自然と会場も盛り上がった。細かいところでは失敗もあったかもしれないが、まあ無難に終わってよかった。

祝賀会は9時頃終了。S大のK先生と渋谷の喫茶店で一服した後、帰途につく。今日は疲れた。

2008年07月03日

研究集会一日目

まだ空が明るくなりきっていないうちに起き出す。今日は午後からT大で研究集会があるため、午前中に東京に行かなければならない。横川駅で切符を買うのに手間取ったため、重い荷物を3つ抱えて予定していた新幹線にぎりぎり飛び乗ることになってしまった。広島を出るところでもうくたくたである。

何とかお昼頃に東京に到着。今回の研究集会はちょっと特別な意味があり、私の指導教官だったK先生の還暦を祝う集会なのである。メインイベントは明日の夜に行われる祝賀会。自分はそこでスライドの上映会を担当することになっている。大量にもらった古い写真のデータを、上映用に加工して整理する作業に昨日はずっと追われていたのだった。今日の研究集会としての日程が終了した後、祝賀会の準備担当者で8時過ぎまでミーティングをする。どうやら、当初私が思っていたのよりもいろいろ仕事をしなければいけないようだ。並の講演よりよほど緊張しそうである。

2008年07月01日

詰パラ七月号

やや疲れた足取りで帰宅すると、詰パラの7月号が届いていた。メインは当然ながら16ページにわたる看寿賞の選考過程の記事。もちろんその前には今月の新作もたくさん掲載されているし、ページを後ろに繰っていけば満点評価を得た作品や長手数将棋プルーフゲームの解説も出ている。全国大会に呼応するかのように、今月号からはいつも以上に詰将棋作家たちのエネルギーを感じた。

そういえば、このところ詰将棋を創っていない。全くほったらかしにしているわけではなく、たまに考えてみることはあるのだが、いつも形にならないか、できても素材以上のものにならず、全然人に見せられるレベルまで昇華しないのだ。今年は仕事が忙しくなってきたことに加え、幾度にわたる体調不良や他の趣味への傾倒もあり、なかなか時間がとれなくなってしまった。たまに時間ができても、何か創作を楽しむ余裕が足りないような気がする。何とかしたいとは思っているのだが、「創らないといけない」という思考はそれこそ心の余裕を失わせる元凶である。あまり焦らずに駒を並べ、何かがふっと降りてくるのを待ちたいと思う。