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2008年08月31日

セミを折る

OrigamiCicada2.jpgOrigamiCicada1.jpgずいぶん時間がかかってしまったが、セミをようやく折り上げた。先月の馬ができてからすぐ取りかかったはずだから、1ヶ月半もかかったことになる。8月中に何とかできあがってよかった。

紙は27cm×27cmで、アルミの両面にカラペを貼っている。できあがりの体長はちょうど10cmくらいで、実際のセミと比べるとやや大きいか。実物大により近づけるためにはあと数cm小さい紙を使うべきだっただろうが、作業の細かさを考えるとあまり小さい紙は危険である。モデルの作者はいわずとしれたRobert J. Lang。コンプレックス系折紙の第一人者であり、昆虫ものは十八番である。今回は失敗しないよう注意して折り進めていたので、中盤あたりまではかなりきれいに折れていたのだが、そこから難所が連続して一気に紙を傷めてしまった。特に難しいのは羽の部分を折り返すステップで、あそこは市販の折紙用紙だったらよほどうまくやらないと破れてしまうような気がする。Lang作品で昆虫を折ったのはだいぶ前の蟻以来だが、あのころに比べると少しは折りの技術も進歩しただろうか。

OrigamiCicada4.jpgOrigamiCicada3.jpgこの作品には "Periodical Cicada" というタイトルがつけられており、デザインするにあたってイメージしているのは日本のセミではなく、アメリカで17年に一度大発生するセミである。別に13年に一度大発生する種もいるが、いずれも周期が素数なのは天敵生物の発生とかち合う確率が一番低いからだとか。セミの折紙は多くの作品が存在し、Lang氏自身のものにもいくつか違うヴァージョンがあるが、私見では本作の造形が一番自然でよくできているのではないかと思う。

ちょっと古典伝承折紙のセミと並べてみた。こちらは丁寧に折っても5分とかからない。長い時を経て、折紙はこれだけ変わってしまったわけだ。しかしどちらが優れているということではない。どちらも正方形の紙を折ってできるセミの一つの表現であり、それぞれのよさがあると思う。

(折紙モデル:「17年ゼミ」 "Periodical Cicada", Robert J. Lang 「折紙図鑑・昆虫II」 "Origami Insects II"(おりがみはうす)所収)

2008年08月30日

囲碁・将棋ジャーナルを見る

東の方ではこのところ激しい豪雨が続いて大変なようだが、広島は雲のコースから外れているようで、ずっと穏やかな天気が続いている。雨もないわけではないが、あちらの浸水のテレビ映像などと比べると降ったうちにも入らない程度だ。今日も朝方は晴れていて、午後から雲が出てきたものの、結局ときどき思い出したような糠雨が降っただけだった。

お昼を食べながら衛星放送の「囲碁・将棋ジャーナル」を見ていたら、解説者として木村一基八段が登場したのでおやっと思う。実は昨日は竜王戦の挑戦者決定戦第1局がネット中継されていて、昨夜はずっと対局を観戦していたのである。朝10時に対局開始で、決着がついたのが夜の11時41分。夜になってからは凄まじい雷鳴が轟く中で指していたようだ。さらに日付をまたいで感想戦をじっくりやったはずなのに、その翌日のテレビ放送にちゃんと出てきて饒舌に解説をするのだから、木村八段も大したものである。最近よく感じるが、どの世界でもトップレベルで活躍できる人というのは、単にその世界における能力が優れているだけでなく、少々のことで疲れずに目の前の仕事をこなし続けていくタフさを持っていると思う。プロ棋士も然り、数学者も然り。ヴァイタリティは何をやるにも大事なのだ。

番組の最後で、来週から始まる王座戦も頑張って下さいと激励された木村八段が、「あの人、ちょっと強すぎるんで……」と困ったような顔で言ったのには思わず笑ってしまった。正直なコメントだ。確かにあの人はちょっと強すぎる。

2008年08月29日

ヘルプメイトセクションの原稿

去年からプロブレム・パラダイスのヘルプメイトセクションの担当者を引き受けているので、現在次号に載せる原稿を書き進めている。いつも締切間際にあわてて書くことになってしまってどうもいけない。具体的な作業は二つで、まずあちこちから送られてくる投稿作から毎号数題を選んで掲載する。それと同時に、2号前に載せた作品の解答と簡単な解説を、解いた人の感想や短評と絡めながらまとめる。この解説を書く作業が結構大変で、どうしても時間がかかってしまう。

前任者から担当を引き継いだとき、あまり作品を見る目がない自分としては、選題についてはかなり甘い方針で行こうと思っていた。作品の出来に少々疑問を感じても、投稿者はみんなこの世界の常連ばかり、こんなヘルプメイト初心者にリジェクトする資格はない。投稿してくれるだけでありがたいのだから、それを門前払いすることはないだろう……というつもりだった。実際今もそういう気持ちはあるのだが、何でもかんでも掲載すればいいというものでもないということがだんだん分かってきた。当たり前のことだが、解説のときに困るのである。この作品はここがいい、というよさをはっきり認識できていなくては、褒めたくても褒めようがない。結局、自分の首を絞めることになってしまうのだ。

今号の選題もまた悩むことになりそうである。

2008年08月28日

88歳

午前中に4年生のセミナーがあった。これまでずっと楕円曲線暗号に関する日本語の本を読んでいたのだが、少しは英語の文献も見た方がいいということで、お盆の休みの間にちょっと読んできて下さいと洋書を渡してあったのだ。本格的に研究の道に進むわけではないので、雰囲気だけでも味わってもらおうということである。

学生さんは二人で、一人目の発表が無難に終わり、もう一人に交代する。読み出してすぐ
"This method, developed by D. Shanks [88], requires approximately N steps..."
という文章が出てきた。パラパラと巻末の参考文献へページを繰ると、88番のShanksの論文は1970年代前半。ずいぶん前のことなんだなあと思いつつ聞いていたら、次の瞬間、椅子から落ちそうになった。
「えーと、この方法は、だいたいN回のステップを必要として、88歳のディー・シャンクスという人によって発展しました」
88歳って……年齢だと思うとはさすがに予想外だった。まあ文献番号が3桁でなくてよかった。あとで調べてみたが、シャンクスは1996年に79歳でこの世を去っているようである。

88歳と聞いてふと思い出したことがある。私がまだ小学生だった1985年、ハレー彗星が地球に接近するということで世の中はちょっとした天文ブームになっていた。そうやって世間が騒ぎ出すずっと前から天文少年をやっていた私にとっても、76年に一度というハレー彗星接近は一大イベントであり、買ってもらって間もなかった望遠鏡を担いで近くの公園や農道まで出向き、ぼんやりとした白い光芒を何とか見ようと悪戦苦闘したものである。ただ、残念ながらそのときはハレー彗星接近の歴史の中でも特に観測条件が悪かった。尾が一番長くて明るくなるときに、ちょうど彗星が太陽の向こう側に隠れてしまうような位置関係にあったのだ。次にハレー彗星がやってくる2061年はもう少しいい条件で見られるはずだという天文雑誌の記事を見た私は、すぐにそのときの自分の年齢を計算した。それが88歳だったのである。そんな年まで自分が生きているわけがないし、万一生きていたとしてもきっとまともに彗星なんか見られる状態ではないに違いない、と12歳の私はがっかりしてしまったのだった。もう23年も前のことである。

2008年08月26日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.58


本作は1908年4月にLa Stratégieにおいて引用されていたものである。元々はRigaer Tageblattに掲載されたようだが、いつだったのかはっきりしない。Pが一歩進むか二歩進むかによってどちらがツークツワンクに陥るかが決まるというのはエンドゲームスタディの頻出テーマだが、本作ではそれが非常にシンプルな形で取り上げられている。

2008年08月25日

いてっ!

ついさっきのこと。カーペットの部屋を裸足で歩いていて、椅子に腰を下ろそうとした瞬間、右足の親指の真裏に強い痛みを感じた。
「いてっ!」
明らかに針状のものが刺さった痛みである。ホチキスの針か変形したクリップか、何か落ちているものを踏んづけたのだ。椅子に座って足の裏を見ていると、果たして親指の裏側の真ん中部分から血が少し出てきていた。それほど大したことはないが、常に地面と接触する場所だけに、しばらくは軽い痛みが残りそうだ。日頃掃除をさぼっている報いだな……と思いつつ、事件現場をあらためてよく眺めてみる。ところが、何も落ちていない。そんなはずはないと思って手のひらを辺り一面に当ててみるが、ただカーペットのごわごわした感触を感じるだけだ。それらしいものが全くないのである。これはどうしたことだろう?ちょっとしたミステリーだ。

少し考えていたら、ようやく原因が分かった。おそらく足の裏の皮膚が荒れていて、トゲ状にはがれてきていたのだろう。それは普段はどちらかの方向に倒れるが、先ほどの一瞬に限って垂直に立った状態で押し込まれたのに違いない。普通は折れてしまうところだが、足の裏の皮膚はすごく分厚いからその針状のトゲも頑丈で、そのまま真っ直ぐ足の中にめり込んでしまったのだ。真犯人は身内だったというわけである。

私は睡眠不足の生活が続くとすぐ手の爪にその影響が現れる。指のあちこちにささくれができるのである。今はそれほど大したものはできていないから安心していたのだが、実は密かに足の裏に発生していたのかもしれない。ともあれ、絆創膏でも貼っておこう。

2008年08月24日

第5回詰四会

10時半に宇品港を出る船に乗って四国へと渡り、詰四会に顔を出してくる。初めて参加したときは船旅自体がえらく新鮮に感じられたものだったが、5回目ともなるともうすっかり慣れたものである。ただし、これまでとは違っていることもあった。乗船料金が値上げされていたのである。それも今月から変わったとのことで、何ともタイミングが悪い。さらに時刻表も若干改定されており、夜の便が往復とも1便ずつ間引きされていた。昨今の原油高騰で、おそらくギリギリのやりくりをしているのであろう。

詰四会は現在、1月か2月の一番寒い時期と8月の一番暑い時期の年2回行われている。前回は大雪で高速道路が寸断されてしまったため、関東・関西方面からの参加者が足止めされて少々淋しい会合になってしまったが、今日はそんなこともなく、7名が集まった。今回の詰将棋のお題は、「四国にちなんだ作品」。すでに作品展に採用できそうな作品が3作あったが、たまたまそれらが愛媛・徳島・高知とそれぞれ関係のあるタイトルがつけられていた。となると、できれば香川にちなんだ作品をこしらえて四国四県をそろえたくなる。その場で何かできないか各々で考え始めた。
「やたら手数がかかる長い作品にして、『うどん』と命名」
「初形か詰め上がりで金が平らに並ぶようにして、『金ぴら』と命名」
「無防備玉に攻方の駒12枚の初形。玉を大石先生に見立てて『二十四の瞳』と命名」
といろいろ案は出るのだが、言うのは簡単でもこれをまともな作品に仕立てるのが難しい。やがてKさんが手持ちのストックから、昔握り詰めの課題作として創ったという斜めの連取り趣向の作品を提示する。みんなでそれを解き合っているうちに、「この斜めに並んだ駒を金比羅様の階段ってことにすりゃいい」という、ややこじつけと言えなくもない見立てでいったん話がまとまりかけたのだが、よく検討したら収束に変長手順があることが分かって計画は頓挫してしまった。やはり課題作を創るのは簡単ではない。

5時に会合は終了。すぐ帰る3人とは別れ、残った4人で近くの店に入って夕飯。最後はたくぼんさんの車で松山観光港に送っていただいた。帰宅は9時半頃。

そういえば、参加者の一人のUさんが今日、最近折りあげたという折紙作品を持ってきて見せてくれた。いわゆるカワサキローズで知られる川崎敏和氏のシャコ貝だったが、丁寧に折られていて実に見事なできばえ。このブログを見ていてちょっと複雑系折紙をやってみようと思われたとのことで、これはうれしかった。こちらも早く今折っている作品を完成させよう。

2008年08月23日

スターバックスマッチ

お昼を食べるとすぐバスで出かける。チェス仲間のHさんが広島に来ており、またちょっとチェスでも指しましょうということになっていたのだ。マッチ会場はいつもの通りスターバックス。確か一昨年の今ごろに指したのが最初で、以来学会などで顔を合わせるたびに対局している。

2時に落ち合い、まず5分切れ負けの早指しを1局やって頭をチェスに慣らしてから30分+30秒で2局指す。1局目は白番で、ペトロフ・ディフェンスの一変化になった。中盤にQを交換したあとでうまくこちらの2個のビショップが生きる展開になり、ピースアップ。そのまま何とか逃げ切った。局後の検討では、Q交換後の黒の手が失着だったようで、そのミスがなければまだまだ微妙だったようだ。続いて2局目は黒番、今度はキングズ・インディアンからバヨネット・アタックの難しい変化に入り込む。もつれ合った駒たちの利きが少しずつ整理されていき、ほぼ互角のまま終盤に突入しそうだった矢先にうっかりブランダーを指してしまい、大きく損をする駒交換をしてしまった。以下はしばらく指し続けたものの、いったんできてしまった差を取り戻すことは難しく、投了。帰宅後に調べてみたが、ポカを指すまではお互いそれほどひどいミスはしておらず、結構まともな棋譜を作っていたようだ。微妙なエンドゲームを楽しめたかもしれなかったのに、もったいないことをした。終了後の感想戦では、序盤から中盤に入るあたりをいろいろ検討。定跡の何気ない一手一手にも深い意味があるという当たり前のことを再確認する。いい勉強になった。

というわけで、今回は1勝1敗。お好み焼きの夕飯をすませたあと、Hさんの新幹線の時間までまだ余裕があったので、駅構内の喫茶店で少し時間をつぶす。何となくトランプと数学の話になり、リフル・シャッフルにまつわる面白い数学的話題をいろいろ教えていただいた。ちょうどトランプがデイパックのポケットに入っていたので、話の流れで何となく怪しげなマジックを一つ披露。そこで新幹線の発車時間が来てお開きとなった。久しぶりにチェスをじっくり堪能することができ、楽しいひとときであった。

ところで、今日の対局中のBGMはすぐ隣のテーブルに座っていた若い女性のおしゃべりだった。かなり大きな声で休みなくしゃべり続けるから、いやでも耳に入ってくる。
「花火行ったころはよかったんじゃけど、つきあってんの長いけぇマンネリな関係はもういやじゃっつってぇ」
「でも彼氏からつきあいたい言うたんじゃろ?」
「うん、じゃけぇ私もはっきりさせたくてぇ、どうすればええんじゃろかってぇ……」
やがて長いその会話が終わって二人が出ていくと、代わりに別の女性客が座って話し始めた。
「もうあの二人つきあい始めたいうもんじゃけぇ、私それは早いっつったんよ。早いじゃろ?じゃろ?」
一瞬、さっきの二人が帰ってきたのかと思ってしまった。昼下がりのスタバでは、みんなこんな話ばっかりしているようである。

2008年08月22日

雨の金曜日

昨日にまして今日は涼しいように感じた。おまけに、夕方からはかなり激しい雨。ついこの間までは、車に乗り込むたびに灼熱地獄のような状態を耐えなければいけなかったのだが、今日は車内に乗り込んだ瞬間、むしろひんやりした空気を感じたほどだ。着実に秋は近づいてきているようである。

たった今、オリンピック放送を見ていたら、400メートルリレーで日本が何と3位に入った。予選で有力チームが軒並み失格していたとはいえ、トラック種目でメダルを取るとは滅多にないことだろう。大したものである。自分が見ていると負けるというジンクスも、今回ばかりは破られた。

2008年08月21日

七合目

ここ数日、めっきり涼しくなった。曇り空のことが多く、晴れていてもお盆前のような容赦のない日射しを感じることはあまりない。さすがにまだ何度か揺り戻しがあるだろうが、少し気温が下がるだけでだいぶ過ごしやすくなるものだ。

UnfinishedOrigami3.jpgこちらに戻ってきてからまた折紙を再開したのだが、難所が連続してやってくるのでなかなか前に進めない。今月上旬に五合目あたりまで持ってきたので、このペースで行けばそろそろゴールが見えてくるかと思っていたが、甘かったようだ。特に突き出た2枚のフラップを裏返して裏面の白を外側に出す作業が厳しく、かなり紙を傷めてしまった。ずいぶん頑張ったのに、まだ全体の七合目くらいまでしか来ていない。あまり悠長に折っているとセミの季節が完全に終わってしまいそうだが、さりとて先を急ぐと破綻するのは目に見えている。何とか今月中にそれらしい姿にしたいところである。

2008年08月20日

「猫を抱いて象と泳ぐ」読了

小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」をこのほどようやく読み終わった。最後の回となる三回目の連載が載った「文學界」の九月号はだいぶ前に出ていたのだが、なかなか買いに行く機会がなかったのだ。

内容についてはあまりここに具体的なことは書かないでおくが、本筋とは関係ない部分で気がついたことを一つだけ。今回の連載で一カ所だけ、「次の一手を打った」という記述があった。この表現には私はひどく敏感なので、ここしか気づかなかったということは、三回の連載の中でチェスの指し手を「打った」と書かれているのはおそらくここだけなのだろうと思う。にも書いたことがあるが、チェスや将棋のような、基本的に盤上にある駒を動かすゲームに対して「打つ」という動詞を使うことに、私はどうしても強い違和感を覚える。志ん生師匠による秀逸な例えを借りると、「浴衣着て湯に入ってる」ような居心地の悪さを感じてしまうのである。細かいことなのであるが、やはりここはできれば「指した」と書いてほしかった。

「打つ」が幅を利かせているのは、将棋ではときどき本当に駒を打つ場合があることも大きいのだろう。「ここで羽生名人は銀を打った」というフレーズを聞いたとき、多少なりとも将棋を指す人ならば、それは羽生名人が持駒の銀を盤上に置くという手を指したという意味であると分かる。しかし多くの人は、それが一手を指すことに対する一般的な動詞であると誤解して受け取ってしまっているわけだ。そもそも「打つ」という言葉には、離れていたものをぶつける、当てるというニュアンスが込められている。盤から離れたところにある持駒を盤にパチンと打ちつけるから「打つ」というのである。一方、盤上の駒を動かすときには、すでにその上に置いてある駒の位置をずらしているに過ぎない。しかしここでまたややこしいことに、その場合でもたいてい、棋士は駒をふわっと持ち上げて盤から離し、パチンと音を立てて置く(加藤一二三九段にいたっては、将棋盤が割れそうな勢いで打ちつける)。だからなおさら「打つ」と言いたくなるのであろう。

そこへ行くと、チェスの場合は持駒がないうえに、手を指すときもほとんど滑らせるような動きである。ちょっと持ち上げたくなるのはナイトくらいで、それも再び盤上に着地するときはたいていそっと置かれる。つまり、駒が大きく盤から離れてから派手に打ちつけられるというような状況は、ほとんど存在しないのである。それだけにいっそう、「打つ」は不自然に思えるのだ。

と、ちょっと脱線してしまったが、ともあれ日本語で書かれた小説として、チェスがここまで中心的な役割を果たす作品はきわめて珍しいだろうと思う。面白く読ませてもらった。

2008年08月19日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.57


小品である。Kubbel本人が、このフィニッシュはRinckの作品の収束と類似していることを指摘している。




2008年08月18日

「交響的変容」三部作を聴く

先週、出張先から実家に戻る途中、都内のCD店に立ち寄った。ターゲットは、5月に発売情報を入手していた、アムランによるヨハン・シュトラウス=ゴドフスキーの「交響的変容」三部作である。ネットでもっと早く購入することもできたのだが、こういうCDは何となく店頭で手にとって買いたいような気がしていたのだった。輸入盤新譜のコーナーに行くとお目当てのものはすぐに見つかった。他に何か面白いものはないかなとしばらく店内をぐるぐる回り、目についたシベリウスのピアノ作品集も合わせて買っておく。こういうことができるのも店頭購入のよさだ。今までこうやってよいCDと何度巡り会ったか分からない。

さて「交響的変容」の方はこちらに戻ってきてから早速聴いているが、期待を裏切らない演奏だ。一番よいと思ったのは、三部作の中では比較的地味な「ワルツ『酒・女・歌』の主題による交響的変容」。これまではチェルカスキーの録音を主に聴いていたのだが、彼の演奏は途中楽譜をカットしてしまっており、そこがずっと気に入らなかったのだ。ノーカットではトーマス・ラベによる演奏も持っているが、あれも今ひとつ迫力不足であと一押しが足りない気がしていた。ついに世に出たアムランの録音は、この曲の決定版の一つになるのではないかと思う。同じことは三部作の残り2曲についても言えるが、敢えてつけ加えるなら、アムランがあまりにさらっと弾きすぎてしまっているために、初めて聴く人にはこれらの曲の難しさがあまり伝わらないのではないかという危惧はある。もちろん普通なら曲の難しさが聴く人に伝わるかどうかなどということはそれほど重要なことではないのだが、これらの曲については、鍵盤上で何やらすごいことが起きていると聴衆が強烈に意識させられることも、一つの大事な要素であるように思われる。その意味では、やはりこういう曲はライブで直に楽しむのが一番なのだろう。

ともあれ、しばらくはこのCDをかける日が続きそうだ。

2008年08月17日

帰宅&サーバ復旧

14日に出張先の群馬県からブログの更新をしようとしたところ、全くアクセスできなくなっていた。しばらく待ってもう一度トライしてみてもダメで、これは何らかの原因でサーバとの接続が切れたらしいと分かる。さらに、勤務先で自分が管理者を務めているサーバに入ろうとしたところ、こちらからも応答がない。ちょうどその日の朝、広島の送信所に雷が落ちて一部のテレビ放送が映らなくなったというニュースがあったので、サーバが応答しない原因が落雷であることは容易に想像できた。おそらく一時的に停電したか、あるいは電流が不安定になって機器に悪い影響を与えたのだろう。その場にいれば対処もできようが、上州の山奥深くにいては手の施しようがない。潔くあきらめて、17日に帰ったときに何とかすることにした。今年に入ってからはトラブルもなく落ち着いていたのだが、人が家を空けたときに限って切れるのだから始末が悪い。

セミナーの方は15日までに無事すべての日程を消化することができた。一応世話人の一人ということになっているので、段取り通りうまく行くかどうかはいつも気を遣う。細かい点では今年もいろいろ反省点があったが、全体としては概ね無難に終わってよかった。

16日は夕方にちょっと出かけた他は一日中だらだらと過ごし、今日はお昼をすませるとすぐ実家を発って広島に帰ってきた。予想していた通り、新幹線の車内は大変な混雑ぶり。かなり余裕をもって出発したのは正解だった。曇天で視界が悪く、この間のように富士山は見えずじまいだったものの、ほどなく雲の下から出て、浜松のあたりではもうすっかりきれいな青空になっていた。

7時頃帰宅すると、早速ネットワークの調子を見る。サーバ自体は何ともなっておらず、どうやらルータかモデムに原因があるようだった。ランプなどに異常はないのになぜかつながらない状態で、この症状は前にも経験がある。こういうときはしばらく電源を切って熱を下げ、雷に攻撃された嫌な「記憶」を忘れさせてやるのがよい。しばらくモデムの電源を引っこ抜いて時間をおき、頃合いを見計らって入れ直したらすぐ復旧した。ログを調べると14日の午前2時頃に切れたらしいので、4日近く止まってしまっていたことになる。まあお盆休みで、このページを訪れる人も少なかったであろうと思いたい。

2008年08月13日

登山とラベンダーパーク

LavenderPark2.jpgLavenderPark1.jpg今日は講演のプログラムが午前中までで、午後は自由行動になっていた。幸い天気はよさそうだったので、相談の結果Ka先生、Ko先生と3人で近くの山に登ることになる。登り始めはブナの木立を抜けるなだらかな道で気持ちがよかったが、やがて雲が厚くなって遠雷が聞こえるとともに、道の両側を生い茂る草も高くなり、周りを蜂やらアブやらが飛び交いだした。やがてKa先生がアブに刺されてしまい、もう登頂しなくてもいいやという空気になったところで、開けたところに出た。地図によると、冬場にはスキー場のゲレンデになるところらしい。登山道から外れてそこを真っ直ぐ降りていくと、やがて去年も来たラベンダーパークの敷地にたどり着く。園内はラベンダーの他、いろいろ花が咲いていてなかなかきれいだった。心配していた雷雨にも降られず、4時過ぎくらいにセミナーハウスに帰ってくる。ちょっと途中きついところがあったが、結果的にはいい運動になった。

2008年08月11日

セミナーハウス到着

今日から群馬県の山奥に来ている。毎年、この時期になるとここで数学の勉強会をするのが慣例になっている。今回は一昨年昨年に続いて3回目になるが、今年は別のワークショップに参加するため先月も来たばかり。最寄り駅からバスで40~50分、さらにそこから10分ほど山の中を歩くというアクセスの悪い場所にあり、1年の間に何度も来るようなところではないのだけれど、まあ今年は特別である。

セミナーハウスには3時頃到着し、すぐH先生の講演を聴く。着いたころは暑かったが、日が傾いてくるにつれて急にエアコンが効いてきたかのように涼しくなってきたのは、さすがに標高1,200メートルである。やはり広島にいるときよりは過ごしやすそうだ。

2008年08月10日

オリンピック中継

子供のころはオリンピックという催しが人生に幾度もない一大イベントのように感じられたものだったが、年をとるにつれてすっかり感激は色あせてしまい、最近では正直なところまた始まったのかという気分である。それでもテレビをつけて中継をやっているとつい見てしまうわけだが、いつぞやのイチローのように、自分が観戦していると日本選手や日本チームはたいていうまくいかない。「日本、また失点してしまった!」「日本、このセットを落としました!」「あっと、有効です、有効を取られました」……やっぱり見ていない方がいいかと思ってチャンネルを変えたら、年明けの「大逆転将棋2008」が再放送されていた。ちょうど「詰-1グランプリ」をやっているところ。詰将棋作家のやなさんが勝つことが分かっているだけに、こちらの方が見ていて安心だ。

夕方から秋葉原に出る。やはり2ヶ月前の通り魔事件を思い出してしまうが、街の人出は以前と変わりがないように見えた。8時半頃帰宅。

2008年08月09日

実家に移動

お昼を家ですませ、1時過ぎに家を出る。来週に群馬県の山奥で行われるセミナーに参加するため、実家への帰省もかねて今日から市川に移動である。広島には17日に戻ってくる予定。

MtFuji1.jpg今日も暑い。汗だくになりながらホームで新幹線を待つ。予想されたことだが、車内は大声でわめく子供が何人もいてひどく騒がしかった。いつも思うが、すぐ横で寝ている保護者はうるさいとは感じないのだろうか。なるべく気にしないよう努め、ノートPCを出してKubbelのエンドゲームスタディを並べていた。

窓の外は東京に近づくにつれてだんだん雲行きが怪しくなってくる。豊橋のあたりを通過していたときには一瞬雨まで降ってきたが、その後は持ち直して薄曇りの空模様が続いた。富士山はこの時期には珍しく全景がよく見えていたので、先日買ったばかりの携帯電話で写真を撮ってみる。時速数百キロで動いていると、シャッターを押してから実際に撮影が実行されるまでのわずかなタイムラグの間に建物が被さったりしてくるので、まともな写真を撮るのはなかなか難しい。ようやく1枚だけ、何とか写ってくれた。

2008年08月08日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.56


本作も55番同様、棋譜再生の都合でメインラインを一通りに選んでいるが、実際には1...Bc2と1...Bd1は等価な変化として置かれている。さらに本作ではそれぞれの変化において2手目に白がNを捨て、そこで黒がNを取るか、Bを動かすかでさらに2つずつの変化に分かれるという二重構造を持っている。このように、いくつかある変化の対比を楽しむという考え方はチェスプロブレムの世界においてはポピュラーなものであり、ヘルプメイト(白と黒が協力して黒のKを詰ませる)などではほとんどの作品がこうした構造を持つに至っている。

2008年08月06日

Benno Moiseiwitsch

ネットを巡っていたら、20世紀前半に活躍したピアニスト、Benno Moiseiwitschがワーグナー=リストの「タンホイザー序曲」を弾いている映像があるのを発見。実はこの映像はシフラのDVDを買ったときにおまけとして収録されていたのでよく知っているのだが、しばらく見ていなかったのでじっくり見入ってしまった。やっぱり何度見ても爽快である。曲が長いために前半後半に分けてアップロードされているのが残念だが、古き良き時代に「巨匠」と呼ばれたピアニストがどんな弾き方をしていたかを実感するために、これは一度は見ておかなければいけない映像だろう。特に、カメラが徐々に近づく後半部分の凄まじさは圧巻。最後の方など、ピアノを「弾く」というよりは「ぶっ叩く」といった方がしっくり来る。今の時代にこんな弾き方をしたら、ピアノの先生に怒られることは間違いない。恐ろしく高い位置から力任せに振り下ろすものだから、ときどきかなり派手に音を外しているが、そんなのだいたい合っていればいいだろうといわんばかりだ。実際、聴いている方にもそう思わせてしまう力がこの演奏にはあると思う。モイセイヴィチのような巨匠だからこれが許されるのだろうし、またこういう弾き方ができる人が巨匠と呼ばれるのだろう。これが撮影されたのは1954年で、モイセイヴィチはすでに65歳だったが、若いころの映像が残っていないのが実に惜しまれる。

2008年08月05日

短編難解作ベストテン

para5.png月初めに届いた詰パラの8月号を何気なく見ていたら、急に私の名前が目に入ってきたのでおやっと思った。詰将棋はこのところ投稿していないから、作品が出ているわけではない。数年前の看寿賞作家でもあるTさんが読者サロンのページで、今世紀に入ってから詰パラに掲載された短編(17手以下)で、誤答者・無解答者の比率が高かったものをリストアップし、短編難解作ベストテンとして発表されている。その8位に、誤無解率43.7%ということで私の昔の作品が入っていたのである。右図がその作品だが、15手詰でも考えるところは最初の4手だけで、5手目からは絶対手の連続という代物だ。誤無解者38名の内訳が誤答者27名に無解答者11名ということからも、作品自体の難易度は低いことが分かる。とても「難解作」と呼べるようなものではなく、こんなベストテンに入れていただくのは申し訳ないような気もする。

こういう解答応募形式の場においては、正解できなかった人は「誤無解者」として一律に扱われることが珍しくない。しかし一部の詰将棋作家にとっては、解答できなかった人が間違えたのか無解答だったのかは、周りが思っているよりずっと重大な関心事である。どちらが多いとうれしいのかはその作家による。誰にも解けないような難解作を創ることを目指している人にとっては白旗解答の量の多さが勲章になるし、実力者を引っかけてやろうと密かに企む人ならば大量の間違った解答が一番の「収穫」ということになる。

もっともほとんどの詰将棋作家は、創作時にそのようなことは意識していない。ただ自分の創りたいように作品を創ったら、「結果的に」難しくなったり引っかかりやすくなったりしただけだ、という。おそらくそれは事実だろう(上記の自作も、解答者を引っかけようとはこれっぽっちも思っていなかった)。しかしそれでも期せずして誤無解者の山をつくってしまったとき、誤答者と無解答者のどちらが多い方がうれしいと感じるかというところに、その作家の色が出てくるように思う。私見では、どちらかといえば無解答より誤答の率が高いことに満足感を覚える方が、詰将棋作家の中では多数派ではないかという気がする。私もそうだ。だから上の作品で大量に転倒者が出たのを知ったときは、驚きながらも悪い気はしなかったのだった。

それにしても今年に入ってから、詰パラを見ると自分の名前が出ていることが多い。2月号と5月号の「名局ライブラリー」のコーナーでも作品を紹介していただいたし、先月号でも思わぬところに名前が登場していた。新作は全く出ていないのに皮肉なことである。

2008年08月04日

健康診断

一番暑いこの時期は、勤め先でいつも健康診断がある。35歳になった今年度は市内の健診所で人間ドックを少し安い料金で受けられることになっており、来年の2月にすでにその予約はしてあるので、今年の健康診断はパスしてもよかったのだが、一応受診しておくことにした。尿検査・血圧測定・採血・身長体重測定・視力聴力検査・心電図・胸部X線・問診というメニューで、去年と比べると採血と心電図が加わっている。年齢が上がるにつれて検査項目が増えていくようで、40歳になるとこれにさらに胃部X線検査が入るのだそうだ。

去年の健康診断のときは、問診で老齢の医師に「ウォーキングすりゃいいの!ウォーキング!」と力説されたのだった。今年また言われたら山登り始めましたと答えよう、と思いつつ部屋に入ったが、待っていたのは自分と同年齢くらいと思われる比較的若い人だった。まああの人はずいぶんご高齢の様子だったから、もしかしたらもう引退したのかもしれない。若い人の問診は実にあっさりしていて、「特に変わったことはないですか?ああそうですか。じゃちょっと目見せてくださいね……はいOK。じゃ舌出してみてください……はい、いいです。シャツまくって胸出してください……はい結構です、お疲れ様でした」と30秒くらいで終わってしまった。やはり年齢に応じてそれぞれのスタイルがあるようである。

2008年08月03日

途中経過

UnfinishedOrigami2.jpgUnfinishedOrigami1.jpg暑くて出かける気にもならないので、ピアノやらチェスやら折紙やらで時を過ごす。折紙はちょっと難しい作品を折り始めたが、ここまでのところは順調。しかし中盤の難所にさしかかってきたので、雑に折らないよう注意しないといけない。登山に例えるなら、左の写真は麓の歩きやすい砂利道が終わり、いよいよ険しい登山道に入ろうというあたりで、右は急峻をよじ登りつつあるというところか。当初外側に見えていた紙の裏の白い部分は、紙をいったん広げて反対側に折り直したために今は見えなくなっている。ここは最後に羽の部分を折り出す過程で再び表に出てくるはずだ。一方、中央の塊はあまり変化がないように見えるが、実は沈め折りを繰り返して角の部分を内側に折り込む作業をしている。これがなかなか手間がかかるのである。まだ楽な方だが、これから先はいよいよきつくなりそうだ。

今日までに折った分で五合目くらいには来たが、平日にはあまり折り進める時間がないことを考えると、完成するのはお盆の帰省の後になるだろう。

2008年08月02日

携帯電話の機種変更

携帯電話をやっと機種変更した。前の機種を買ったのが一昨年の4月だから、2年と4ヶ月ほど持たせたことになる。最近は挙動がときどきおかしくなってきていたから、この週末に変えてしまおうと思っていた。せっかくだからとずいぶんあれこれ機能がついているものにしてしまったが、自分の場合メール確認端末としての使い方がほとんどだから、ちょっと無駄な投資だったかもしれない。まあこういうのは、いざとなればあんなこともこんなこともできるのだ、と自己満足に浸ることにお金を払っているようなものである。

先ほどからいじってみているのだが、同じメーカーの製品にしたにもかかわらずまだ慣れない。一番とまどうのが、今回からついたワンセグテレビのボタン。ちょうど前の機種のSTOP/OFFボタンの位置に置かれているので、何かの操作を中止しようとするたびにテレビが映ってしまうのだ。

2008年08月01日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.55


棋譜再生の都合上、黒の1手目は1... Bh4をメインラインにしてあるが、実際には1...Bh4と1...Bg3は等価な変化として扱われており、その対比を愛でる作品である。Kubbelによれば本作は1908年12月21日付けのリガ紙に掲載されたものとのことだが、これはおそらくロシア旧暦の日付であり、現在の暦に従えば1909年1月3日付けということになる。

[2008/8/3追記] コメント欄で質問をいただいたので、1... Be1 2. Nd4+ Kc4 3. h7 Bc3 4. h8=Q Bxd4の変化で具体的に白がそれ以降どう指すか、一例をまとめてみた。