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2008年09月30日

王座戦第3局

今日は王座戦五番勝負の第3局が行われていたので、帰宅後にまたネット中継を見ていた。途中、逆転したかに思える局面もあったのだが、結局最後は羽生王座の勝ち。やっぱり棋士にも相性というのがあるようで、木村八段の棋風は羽生名人にはちょっと分が悪いようだ。強豪棋士には違いないので、近い将来またタイトル戦の舞台に登場してくるだろう。

しかし、羽生王座はこれで王座戦17連覇ということになる。初めて王座のタイトルを獲得したのが1992年というから、自分はまだ大学にも入っていなかった。そういえば、女流の倉敷藤花戦の挑戦者に昨日決まった里見女流二段が1992年生まれとのこと。17年という年月の長さにあらためて思いをいたしてしまう。ふと自分の年齢を考えて、もし来年も羽生王座が防衛したら、自分の人生の後半は常に羽生王座だったことになるな、と妙なことを考えてしまった。

2008年09月29日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.62


黒駒の干渉というプロブレムにおける頻出テーマを表現した作品である。5...Bxe5とあとからNが飛び込むd6の地点を通過させるのがプロブレム作家にとって大事な一手。これによってこの地点で利きの干渉が起きていることが明確に伝わる。本作はKubbelが1910年に創った作品の改作だが、元の作品は1938年に彼の250 Selected Studiesの注釈という形で初めて出版された。以下に手順のみを掲げておく。



2008年09月28日

York Bowen

BowenCD.jpg昨日帰宅して郵便受けにたまった郵便物を見ていたら、チラシの類に混じってYork Bowenの「24の前奏曲」のCDが届いていた。演奏はMarie-Catherine Girod。前々から入手しようと思いつつそのままになっていたCDだが、最近ピアノ関係のメーリングリストでボウエンの話題が出たのをきっかけにこの間注文しておいたのだ。

ボウエンの「24の前奏曲」Op.102については以前にもふれたことがある。他の作曲家が書いている同名の曲集に比べるとあまり世間に知られていない存在であるが、決してつまらないということはない。それどころか、聴いてみるとなぜこんないい曲が、と不思議になるほどに魅力的だと思う。スティーブン・ハフの弾くCDで知ってからおりにふれ聴いていたが、しっとりとした抒情性に満ちていて、しかしラフマニノフのように正面切って郷愁を訴えてくるわけでもなく、どこかぼやけているような曲調はボウエン独特のものであり、飽きることがない。ウェットには違いないのだけれども、言うなればそれは霧のウェットさなのだ。ハフは一部を抜粋して演奏していたが、ジローは全曲弾いてくれているので、当分は楽しめそうである。いずれ時間ができたら、どれか譜読みしてみようかとも思っている。

2008年09月27日

亀趺の話

午後の新幹線で広島に戻ってきた。車内は新大阪から岡山あたりが一番混雑していたが、全体的には空いていたような気がする。広島駅から自宅へはまずお隣の横川駅に在来線で移動してからバスに乗るのだが、バス停で待っているときに吹いてきた風の涼しさにはびっくりしてしまった。4日前にこちらを発ったときは半袖だったのだ。バッグに長袖も入れておいてよかった。彼岸を過ぎてからの季節の進みは着実である。

車内では、昨日神保町で買った「亀の碑と正統」(平勢隆郎著・白帝社)を読んでいた。今月上旬に萩を訪れた際、萩毛利家の菩提寺で亀に支えられている妙な形をした墓前碑をたくさん見かけてから、あれはいったいどういうものなのだろうと少し気になっていたのである。中国に由来する亀趺(きふ)という風習であるということは分かったが、なぜ亀なのか、また亀のわりに獣のような顔をしているのはなぜなのか。亀趺についての専門書はこれくらいしかないようで、東京に出たときに買っておこうと思っていたのだった。この本によれば、亀をかたどった石碑が最初に登場したのは後漢時代で、いったん姿を消したものの南北朝時代に再び登場し、唐のころに定着した。亀であることは、いわゆる四神(青龍・朱雀・白虎・玄武)の玄武と関係があるようだ。中国で作られた亀趺はいずれも亀らしい顔をしており、獣首は見られない。一方、中国の風習が伝わった朝鮮半島では、新羅時代の後期から固有の様式に変化し、頭部が獣の首に変わっていった。秀吉の朝鮮出兵時から江戸時代に、こうした風習が日本に伝わってきたということらしい。日本各地に亀趺はいくつか残されているようで、今後またどこかを旅行するときには探してみることにしよう。

2008年09月25日

学会二日目

今日は午前中から聴きたい講演が多かったので、早めに家を出る。日中は晴れていればまだ蒸し暑さを感じることもあるが、朝晩はすっかり涼しくなった。暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものである。学会会場は昨日に比べると見知った顔が多かった。あの人は久しぶりだなとか、そういえばあの人にも挨拶しておかないととか思っていても、実際はそのうちの一部としか話せないで終わってしまう。なかなか会う機会がないのにもったいない話だ。お昼は会場近くのお店でN大のFさん、K大のYさんと。午後は昼飯をともにしたFさんの講演を聴く。面白かったし、双有理幾何学の最先端がいかにディープな世界であるかということを再認識した。

涼しくなったという話で思い出したが、昨日チェスを指していたときにも、途中からやたらと寒気を感じて二の腕をさすりながら指していたのだった。もっともこれは、彼岸を過ぎたからというよりはエアコンのせいか。ただ、実は以前も喫茶店で指していたら急に寒くなってきて困ったことがあったのだ。考え続けて脳に血液が集中するからではないか、とHさんには指摘されたが、なるほど、言われてみれば確かにその可能性はある。しかし、ということは普段研究室にいてあまり寒くなった記憶がないのは問題があるかもしれない。

学会の日程は明後日までだが、自分が行くのは明日までの予定。

2008年09月24日

目隠しチェス

学会の一日目。今日は自分の専門からややずれていることもあり、少し遅めに出かける。TK大は5年前に非常勤をしていたところだが、駅を降りてみたら風景が一変していてちょっと驚いてしまった。何だか妙にこぎれいな街になっている。ほんの数年でこうも変わるものか。東京はさすがに移り変わりが激しい。

講演をいくつか聴いたり書籍売場を物色したりした後、チェスを教えてもらっているHさんと会場で合流する。ホテルが渋谷ということだったのでその足で移動し、Bunkamura近くの喫茶店に入った。前回からちょうど1ヶ月ぶりの対局である。今日も2局指したが、残念ながら結果は連敗。1局目は黒番で、一時ははっきり優勢だったのだが、そこで簡単な決め手を逃してしまい、もがいているうちにいつの間にか逆転してしまっていた。これは十分勝てる流れだっただけにもったいなかった。序盤で互角かやや有利になっても、だいたい中盤の終わり、もう少し先にエンドゲームが待っているという状況で一気に形勢を損ねるということがよくあるような気がする。おそらくそのへんで持ち時間が少なくなってくることもあるのだろう。とにかく自分はタイムプレッシャーには弱いのである。2局目は白番。互角かやや不利というくらいのまま駒交換が進み、最後はポーンエンディングになる。お互いに怪しげなKの動きを繰り返してオポジションを取り合ったが、そのどこかで間違えたようで、最後に突破されてしまった。ただ、帰宅してからチェスソフトで調べてみたら、やはり黒がやや有利だったようだ。これも時間が切迫していたので、まあ負けは仕方ないところだろう。

喫茶店を出ると近くの居酒屋で夕飯をすませ、それからまた別の喫茶店に入ってもう少し話す。そこで目隠しチェスをやったらどれくらいできるかという話になり、コーヒーを飲みながら「e4」「c5」としばし頭に盤を描いて対局してみた。20手近く指したところで時間が遅くなったので終わりにしたが、ビールを飲んだ頭同士でもお互い途中で盤面が消失することはなかったので、感想としては思ったより何とかなるなという印象。もっとも、自分のよく知らない定跡に踏み込んだらもっと早く分からなくなってしまっていたかもしれない。

11時頃お別れして帰途についた。

2008年09月23日

白が下、黒が上

午後に家を発って広島駅へ。当初予定していた便より1本早い新幹線で帰ってきた。早めに駅に着いたら、臨時便が入ってきたのである。こういうときは自由席だと都合がいい。車内では主にチェスの本を読んで過ごした。

StartPosition.png一口にチェスの本といってもオープニングやタクティクスやエンディングなどいろんなジャンルのものがあるが、何であれ盤面図がいくつも出ていることに変わりはない。それを見ていて思うのは、ほとんどすべての本は白を下に書いてあるということである。もちろん、それは別に不思議なことではない。ただ、黒番のレパートリーとして書かれているオープニングの解説書や、"Black to move" の問題集などでは、ときどき上下逆に書いてほしいのにと思うことがある。同じ盤面でも、どちら側から眺めるかでずいぶん風景は違って見えると思うのだ。本をひっくり返せば黒は下になるが、そうすると黒駒も逆さになってしまうので、今度は別の問題が発生することになる。

将棋の場合ももちろん先手を下に書くのが普通だ。ただ、例えば実際の対局を題材に取った「次の一手」問題で後手の指す手を出題するようなときは、「(便宜上先後逆)」という括弧書きを添えて上下を逆にするのが一般的だと思う。チェスの本にこういう処置がほとんど見られないのは、つまりそうしてほしいという読者がほとんどいないということなのだろうか。突き詰めれば文化の違いということになるのかもしれないが、一度将棋で育ってしまった身としては、やはり黒番のレパートリーを勉強するときは実戦で自分が目にする光景に少しでも近づけるべく、黒側を下に持ってきた図で見たい。そう思って手順をチェスソフトに入力して鑑賞するときは、"Flip Board" のボタンをよく押している。

2008年09月22日

会議二つ

昨夜は前日と違って静寂そのものだったのに、なぜか寝つけなかった。気温は一時期に比べれば過ごしやすくなったが、湿度が高いせいでじんわりとした寝苦しさを感じているようだ。いったんこの状態になってしまうと、眠りに落ちるのは容易ではない。結局空が白むまで眠れなかった。

今日は休日の谷間ということで、何もなければ休暇を取ってしまいたかったが、会議が二つ入っていた。午前中に一つ、夕方に一つ。後者は月に一度の定例会議だが、今日はいつもより若干長引いて2時間半ほどかかる。あの分だと、何だか来月以降も長くなりそうだ。

なお水曜日からTK大で始まる学会に行くため、明日は関東に移動の予定。

2008年09月21日

雷サージ対策

日曜日は惰眠を貪ることができる貴重な日なのだが、今日は思わぬ邪魔が入った。明け方に凄まじい雷雨になったのである。せっかくの時間を無駄にすまいと脳が覚醒しきらないように努めて横になっていたが、あんなに大きい音でバリバリだのドカーンだのやられてはたまらない。雨音も激しく、窓の外は大変なことになっているのが想像できた。そのまま枕に抱きついて耐えていると、やがて轟音は遠ざかっていき、雨音も聞こえなくなっていった。

雷に起こされた時間帯の分を取り戻すつもりでずっとベッドの中でぐだぐだしていたら、お昼近くになってしまっていた。やれやれと思いつつのそのそと起き出し、パスタをゆでるべくお湯を熱し始めたとき、もしかしてと思ってネットワークの状態を調べてみる。つい先月、帰省中に落雷があってサーバにつながらなくなったことを思い出したのだ。チェックしてみると、果たして外界との接続が途絶えていた。症状も以前と同じで、サーバもルータも特に異常な部分はないようなのに、なぜかつながらなくなっている。ならば対処も同じで、ルータとモデムの電源を一度切り、しばらく置いてから再度つけると、すぐに復旧した。雷によって一時的に過電流が流れる「雷サージ」が起き、それが原因でルータかモデムが体調を崩したのに違いない。今回は切れていた時間は4時間程度だったし、いつもこの時間はアクセスも少ないから、実害はほとんどなかったといっていいだろう。しかし、落雷のたびにこうもちょくちょく切れるようでは困ってしまう。考えてみると、サーバやルータの電源はこれまで無造作にそのままコンセントに差しているだけで、何の対策もしていなかった。雷の季節は終わりつつあるが、今後のことも考えて雷サージを軽減する電源タップを買ってくることにした。

夕方から街中に車で出たが、いつも混まないような場所から大渋滞。どうしたんだろうと思っていたら、向こうから赤い服を着た無数の人たちがぞろぞろやってくるのが見えた。しまった、今日は市民球場でカープの試合だったか……最近結構調子がいいから、客も相当入っていたに違いない。運悪くデーゲームの日で、ちょうど試合が終わったばかりという時間帯にぶつかってしまったようだった。心なしかみんな元気がなさそうに見えるが、今日は負けたのかな?

何とか駐車場に入り、電源タップなど買い物をする。夕飯をすませ、喫茶店でカフェオレ片手に少しチェスの本を読んでから帰途に就いた。帰宅後、早速買ってきた電源タップを取り付ける。これで少しはネットワークが切れる確率も減るだろう。試合結果も確認。残念、カープはやっぱり負けていた。

2008年09月20日

折紙の運搬

お昼を食べ終えて一服しているころ、各部屋の天井に設置されている煙探知器の検査をする人が来た。半年前は二人連れだったのだが、今日は一人。来ることは事前に分かっていたので部屋は片付けておいた。この間親が来てからまだあまり日が経っておらず、それほどエントロピーが増大していなかったのは幸運だった。

RecentOrigamiWorks.jpg玄関の下駄箱の上には、ここ1年くらいで折った折紙が無造作に並べてある。いつの間にか数が増えてきたが、やはり最近のものの方ができがよいように思う。現在折っているものも何とかそれなりの形にまとまりそうな気がする。まだ道半ばだが、来月の早いうちには折り上がるだろう。

しかしこうやって家に置いている分にはいいのだが、最近思案しているのはこれを外に持っていく場合にどうやって運搬するのがいいのかということだ。今はまだあまりそういう機会もないが、誰かに見せるために持ち出したいということだって今後あってもおかしくない。足先などごく一部分が数ミリずれるくらいなら修正も利きそうだが、作品によってはかなり微妙なバランスを保ってどうにか自立しているようなものもあるので、全体が圧力を受けるような環境に置くのはできれば避けたいところである。

ふと思い出したが、子供のころ、私は二宮康明氏のよく飛ぶ紙飛行機という本を買ってきては一生懸命紙飛行機を作っていた。この本のページは厚紙でできており、紙飛行機のパーツが描かれている。それを寸分の狂いもなくぴったり線の通りに切り抜き、空気が入らないようにセメダインで貼り付けていくのである。非常に集中力を要する作業だったが、うまく作れたら1分や2分滞空するという説明書きを見て一時期はかなり夢中になっていた。そのときもデリケートな機体をどうやって広場まで持っていくかが問題だったが、二宮氏の説明に従い、蓋のない大きな段ボール箱の上部に針金を渡し、そこに取り付けた洗濯ばさみに機体の頭の部分をぶら下げることで、変形させることなく運搬することができたのだった。

しかし紙飛行機と違って折紙は作品自体の大きさもばらばらだし、紙飛行機の機首のように分厚くて洗濯ばさみの圧力に耐えられるような箇所がいつもあるとは限らない。何より、そんな段ボール箱のようなものをいつも持って行けるはずもないから、全く非現実的な話だ。というわけで、何か手軽に持ち運びできる手段がないものか、未だ思案中である。

2008年09月19日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.61


手順解説が長くなったので、レイアウトを少し変更している。マイナーピースのエンドゲームは一般的な理論でカバーしきれない部分が多く、駒数が少なくてもしばしばこのように難しくなることがあるようだ。本作ではフィニッシュにおいて、黒がNを危険地帯から脱出させようとするとどうしても白のKの可動箇所を潰してしまうという機構を用いているが、このアイデアは後に241番でも別の形で用いられた。

2008年09月18日

世界女子チャンピオン戦

最近よく将棋対局のネット中継を見ているが、気をつけているのは将棋だけではない。昨日の王座戦と時を同じくして、実はチェスの世界女子チャンピオン戦というのも行われていた。先月末からロシア南部で始まっており、世界から集まった五十数名の強豪女性による戦いを勝ち残ったロシアのAlexandra Kosteniukと中国のYifan Hou(何とまだ14歳!)が、最終決戦を行っていたのである。すでにコステニウクの1勝2引き分けで、この日の対局でドロー以上なら彼女の優勝が決まるという一番だった。王座戦を見ながらもときどき横目でこちらの棋譜もチェックしていたのだが、終始有利に進めていたコステニウクが無理に勝ちに行かずにしっかりドローにし、2008年の女子世界チャンピオンとなった。この人のことはだいぶ前、まだこのブログを始めたばかりのときに千手観音のように早指しをする美人棋士として紹介したことがある。確か今はもう1児の母のはずだが、腕は衰えるどころかますます強くなっているようで、ついに女子世界一の座についてしまった。今回の大会はロシアとグルジアの国境近くで行われたため、例の武力衝突の影響で強豪が何人か出場をキャンセルするというできごとはあったが、それを差し引いても大したものである。

それにしても、今は将棋であろうがチェスであろうが、世界のどこで行われていてもネット中継さえしていてくれれば対局を生で楽しむことができる。将棋は王位戦と王座戦が進行中だし、それが終われば竜王戦だ。一方のチェスも、今はヨーロッパ選手権が進行中だし、来月からはいよいよAnandとKramnikのタイトルマッチが始まる。全部まともに観戦していると時間を相当奪われてしまうので適度にセーブしようとは思うが、スポーツ中継と同じようにこういうものが楽しめるのだから、全くいい時代になったものである。

2008年09月17日

王座戦第2局

先日に続き、また将棋のタイトル戦のネット中継を観戦していた。今度は王座戦の第2局だが、対局者は5日前と同じで木村八段と羽生名人。このところタイトル戦のような大きな対局で同じ顔合わせが続くことが多いが、片方がいつも羽生名人だから無理もない。先ほど対局が終了。後手の羽生名人が勝ったものの、内容としてはかなりきわどかったようで、途中、逆転していたのではないかと思われる瞬間もあった。そこで決め手とされた角打ちを逃した木村八段は、終局後にそれを指摘されて相当なショックを受けていたようで、写真を見ていると気の毒になってしまう。無理もない。羽生名人の勝ち方というのは、相手に何もさせないという横綱相撲ではなく、かなりミスをして危ない局面にしてしまってからギリギリで切り抜けるということが結構多い。見ている方は面白いが、これだけ危ない橋を渡っていながら結局最後はなぜか勝つというのはやっぱり不思議である。

対局場のライブ画像中継を見ていたら、羽生名人の横で観戦する詰将棋作家のWさんが写っていた。今回の観戦記を担当されているのだそうで、これは掲載されたら是非読んでみたい。個人的には、問題の角打ちのあたり、横で見ていたWさんは気づいたのかどうかもちょっと気になるところである。

2008年09月15日

雨の月曜日

朝から雨。今日も家でゆっくり過ごす。買ったばかりのチェスの本を眺めてオープニングの復習をしたり、昨日の続きでピアノを練習したり、この間から始めた折紙の次の作品を折り進めたり。雨は午後から強くなってきた。こんな日にわざわざ外に出かけることもない。

それでも買い物がてら、そろそろ床屋に行こうと思い立った。うちの前にある建物は1階が床屋、2階がスーパーという大変結構な構造になっている。すたすたと1階の通路を歩いていくと、シャッターが下りているのが目に入ってきた。あれ、今日はお休みか……。今日は月曜日なので普通なら確かに床屋は定休日だが、月曜が祝日の場合は翌日の火曜日に定休日が移動するのだとばかり思っていた。少なくとも、自分が昔行っていた床屋はそうだったような気がする。ここはあまりそういう融通は利かせてくれないようだ。仕方なく2階で買い物をすませ、雨の中を家に戻った。床屋は次の土日に行こう。

2008年09月14日

久しぶりのグランドピアノ

久しぶりに市街地に出かけ、本通商店街にあるピアノスタジオでグランドピアノを弾いてくる。どうもこのところすっかり練習を怠けてしまっていた。ピアノに限ったことではないが、こういうのは継続することが何より大事。ちょっと休むとたちまち前の蓄積は失われ、何歩か下がったところから再スタートしなければいけなくなる。こんなことをやっているからいつまでたってもうまくならないのだ。ちょっと前まではバッハ=リストのフーガをやっていたので、今日はそれを指に思い出させるべく努めた。思っていたよりは指が動いたが、後半の盛り上がり部分はまだまだ手に負えない。

次の演奏会は11月中旬にある。当初の予定としてはこのバッハ=リストで行こうかなと漠然と考えていたが、どうもこのままではちょっと間に合いそうにない。一番の問題は、この曲はフーガの前に前奏曲が置かれているのに、そちらにはまだほとんど手をつけていないということだ。弾いていて楽しいからとフーガばかりやっていた報いである。今から泥縄でやろうとしたところで、練習時間の少なさを考えると2ヶ月でいい状態に仕上げるのは難しいだろう。

そもそも、選曲にも問題があったかもしれない。これまで弾いていたラフマニノフやスクリャービンに比べると、バッハは複数の旋律の同時進行ということを強く意識せざるを得ない。ましてフーガのような曲ならなおさらだ。自分のようにミスが避けられない人間にとっては、何を弾いていても演奏中に記憶が一瞬飛んで片方の手が分からなくなったりする瞬間はどうしても訪れる。そんなときは曲の流れを切らさずになるべく早く指が記憶を取り戻すよう努力するのだが、こういう縦糸より横糸の方が太い曲だと、一度行き場を失った手を演奏に復帰させることが非常に困難なのである。自分で弾いて楽しむ分にはいいが、人前で弾くとなると、やはり技術のない人間はバッハを選ぶのはやめた方がよさそうである。

まあ出演が無理そうなら、今回は一人の聴衆として参加してこようかと思う。

2008年09月13日

大規模修繕工事説明会

連休だが、どこにも出かける予定はなし。週初めに遠出したし、9月に入ってからやや乱れていた睡眠サイクルがようやく戻りつつあるので、この休みで最終調整して完全に定常状態にしてしまいたい。午後は折紙やらピアノやらでゆったり過ごした。

夕方から、大規模修繕工事説明会なるものがあったので近くの集会所に出かけてくる。現在住んでいるマンションは建てられてから十数年が経過し、あちこちが老朽化してきたので修繕工事を行うことになったのだ。この一帯のマンションはいずれも同じ時期に建てられたものなので、ここ1,2年で一斉に工事が始まっている。今日聞いた説明によると、外壁などのひび割れや露出鉄筋などを補修し、よく洗浄したうえで塗装するほか、シーリングの打ち替えや屋上部分の防水工事などもするそうで、全体では半年間かかるらしい。自分の住んでいる棟は11月から足場の設置が始まるとのことで、ついてはそれまでにベランダにある私有物は片付けてほしいということだった。自分の場合は何にも置いていないから気楽だ。ただ、冬の間はずっと窓の外がメッシュで覆われてしまうことになるようで、雪の日も無粋な光景しか見られないのがちょっと残念ではある。

2008年09月12日

竜王戦挑戦者決定

Kimura-Habu2.pngKimura-Habu1.pngたった今まで、竜王戦の挑戦者決定戦第3局を観戦していた。ここまで1勝1敗、今日で挑戦者が決まるという一番。最後の最後というところで中継サーバが落ちてしまったが、どうやら先ほど木村八段が投了して羽生名人の挑戦が決まった様子。サーバがあれほど重くなるとは、やはりそれだけ注目度が高かったのだろう。穴熊に潜り合ってから長い間千日手含みのにらみ合いが続いたが、小競り合いを繰り返すうちに羽生玉の穴熊はかなり形を崩されてしまっていた。対する木村玉の穴熊はこれ以上ないという堅陣である。それがどうして、右の投了図のようなことになってしまうのか。いつの間にかこうなってしまうのだから不思議である。

2008年09月11日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.60


2008年09月10日

明日より通常通り

実家に戻る親を広島駅まで送った後、午後から勤務先へ向かう。本当は今日は丸一日休みにするつもりだったが、早く打ち合わせをしなければいけないことがあり、それができるのが今日しかなかったのだ。休暇中に行われていた会議の内容を聞いたりしていたこともあって3時間くらいかかってしまったが、夕方にようやく終わった。

明日からはまた通常通りの日々が始まる。

2008年09月09日

萩を回る

Hagi2.jpgHagi1.jpg今日は萩市内を回る一日。まず毛利家の菩提寺である東光寺へ行く。重要文化財の伽藍も見事なのだが、一番よかったのはその奥にある萩毛利家の廟所。正面奥に配置された萩藩の歴代藩主たちとその奥方の墓に付き従うように、家来たちが寄進した石灯籠が何百基もずらっと並んでいるのはなかなか壮観な光景であった。それから市内の中心部まで車を移動し、木戸孝允の旧宅や高杉晋作誕生の家などを一通り見て回る。お昼をすませた後は萩城趾へ。お堀には大きな鯉と亀が大量に泳いでいた。鯉はともかく、亀があれほど集まってきているのを見る機会はあまりない。そういえば、朝に回った東光寺にあった廟所にも亀をかたどった石碑が建ち並んでいたし、三代藩主吉就の奥方は亀姫という名前だった。萩毛利氏にとって亀は大事な存在なのかもしれない(追記参照)。

Hagi3.jpg4時頃、萩を後にして帰途に就く。帰りは中国自動車道を使ったのだが、100キロ以上走ったにも関わらず、追い抜いたり追い抜かされたりした車はほんの数台だった。確か一昨年もそうだったが、相変わらずがらがらである。

夕飯を家の近くですませ、7時半頃帰宅。いろいろあってさすがに疲れたが、無事に帰ってこられてよかった。

[追記] 廟所にあった台座に亀をかたどった石碑だが、これは「亀趺」(きふ)と呼ばれるもので、江戸時代初期に中国から伝来した風習であるらしい。東光寺が黄檗宗の寺であることも関係があるのだろう。というわけで、萩毛利家にとって亀が特別な存在であるということではないようだ。

2008年09月08日

秋芳洞・秋吉台から萩へ

10時少し前に車で出発する。秋芳洞・秋吉台までは2時間ほどの旅だ。一昨年行ったときは中国自動車道を使ったが、今回は山陽自動車道で行くことにする。うちからはどちらのICも近く、どちらで行ってもかかる時間はあまり変わらない。天気は快晴だ。

Akiyoshidai2.jpgAkiyoshidai1.jpgお昼頃目的地に着くと、まず瓦そばで昼食。前にも食べたこのへんの名物料理で、瓦にのせて下から火で熱した茶そばを食べる。変わった食べ方だが悪くない。腹ごしらえができたところで秋芳洞に潜る。洞窟に一歩入るとひんやりした空気が流れ込んできた。半袖ではちょっと寒い。中は夏でも冬でも17度くらいなのだそうだ。奇妙な形をした岩だらけなので写真も何枚か撮ってみたが、何せ真っ暗なのでなかなか難しかった。洞窟を抜けて外に出ると初秋の日射しが戻ってくる。坂道を登った先に展望台があり、そこからカルスト台地が一望できた。

ShoinShrine2.jpgShoinShrine1.jpg秋吉台を一通り見たところで、再び車に乗って萩へ回る。車で山陰側に行くのは実はこれが初めてだ。ホテルに着く前、すぐ近くにある松陰神社に立ち寄る。同じ名前の神社が東京にもあるが、本家はこちらといっていいだろう。境内には松下村塾の学舎や松陰幽囚の旧宅などもある。神社では松陰先生御教訓入りのおみくじが引けるのだが、私がいただいた教訓は
 一朝の苦を顧みて遂に千歳の図(はかりごと)を空しうする勿れ
とのことであった。

帰り際、駐車場に猫がいた。近寄っても一向に動ずる気配がなく、我関せずと言わんばかりに毛繕いをしている。さすがに松陰先生の教えを受けた猫は違う。

2008年09月07日

できもの

実家からやってくる両親を広島駅に迎えるため、夕方から車で出かけた。明日から休暇をとっており、1泊2日で秋吉台と萩に行ってくる予定になっている。秋吉台は一昨年訪れたが、萩は初めてだ。天気も心配なさそうである。

親にも指摘されてしまったが、この年になってニキビのようなできものができてしまった。しかも左の頬と右の頬に一つずつあり、左側にあるやつはうっかりひっかいてしまったためにかなり目立つ状態になってしまっている。そういえば数日前まで、お尻にもできものができていたのだった。それほど偏った食生活はしていないつもりだが、睡眠のリズムは最近乱れがちなので、それと関係があるのかもしれない。気をつけよう。

2008年09月06日

七人の侍

今、衛星放送で「七人の侍」を見ている。今年は黒澤明没後10年にあたるそうで、それもちょうど今日、9月6日が命日とのこと。そういう特別な日なので代表作を放映しているわけだ。上映時間は実に3時間半近くに及ぶ大作である。うちには一昨年、思わぬところで手に入れたDVDもあるからいつでも見られるのだが、テレビでやっているとなるとつい見入ってしまう。

「七人の侍」を初めて見たのは小学生のときだ。当時まだ目新しかったビデオデッキで親が録画したものを繰り返し再生していた。名画といわれていたからというわけではなく、最初は単に後半の合戦シーンが格好いいと思ってそこばかり見ていたのだが、だんだん前の方にもテープを巻き戻すようになった。あまりに何度も見ていたからもうほとんどすべてのシーンがしっかり脳内にインプットされてしまっていて、今こうして見返していても次にどういう場面がどんな映像と音声でやってくるか、自ずとわき上がってくる。古い映画のため何を言っているのかどうしても聞き取れない台詞も結構あるのだが、そういうところは今回聴いてもやっぱりよく分からないままで、しかしそのよく分からない音の塊の調子はしっかりと覚えているのだった。

黒澤明の時代劇映画は結構見たが、やっぱりベストはこれだろう。自分の好みでは、それに続くのは「用心棒」か「蜘蛛巣城」、それから「隠し砦の三悪人」というところか。「影武者」も悪くないが、「乱」は見返したいとはあまり思わない。やはり50年代から60年代のころが一番よい。

しかし映画が始まってもう2時間以上たつのに、まだ野武士が襲来してこない。見ていると長いとは思わないが、長い映画だ。

2008年09月04日

のかな

ニュースを見ていたら、自民党総裁選で名乗りを上げた議員が「……しっかりした政策論議をするということで、自分が声を上げていく意味があるのかな、と思っています」と語っていた。次いで出てきた他党の議員もインタビューに答えて、「……見応えのある総裁選になるのかな、と」。どちらも語尾は「のかな」である。政治家に限らず、最近は自分の意見や意思を伝えるときにこう言う人が増えたように思う。この間、勤務先でコンピュータを納入する会社の社員と打ち合わせをしていたときは、「こちらの機種の方がお安くできるのかな、と思っておりまして」と何度も言われてしまった。安くするのはそっちなのに、「お安くできるのかな」と来るのである。まあ「チャーハンの方でよろしかったでしょうか?」に比べれば違和感はさほどでもないので、別に使ったらおかしいとまでは思わない。ただ自分が子供のときには、あまり聞かなかった言い方のような気がする。

「~のかな」と言っているとき、実際は単に「~と思う」という意味であることがほとんどである。先の例では要するに「声を上げていく意味があると思う」ということであり、「お安くできると思う」ということだ。しかしそこはそれ、ぼかしが必須の日本語においてはそんな直接的な意見表明はためらわれる。だからピンぼけする方向に文末が変化していく。最初のぼかしは「~だろう」くらいか。しかしこれではまだぼかし方が足りないので、次の段階として「~かな」になる。これは自分の意思というより、何となく頭に浮かんだという雰囲気を強く醸し出していて、ぼかし具合としては相当なものである。一昔前はこのへんが主流だったように思うのだ。

「~かな」から「~のかな」へと「の」を足すのは、おそらくそれによってぼかし方のレベルをさらに一段階引き上げようという思いがあるのであろう。どちらも自分一人の心の中で勝手に、何となく思ったということを表しているが、「の」を加えることによって、さらにその考えが自分自身から出たということすらぼんやりさせ、あたかも話し手とは別にそうした意見があったかのような印象を強めているように思われる。自分は空中に漂っていたそれをたまたまつかんだだけです、というわけだ。もはや違っているのかいないのかもぼけているようなこの微妙なニュアンスの差異。これだから日本語は難しい。

ただ、個人的にはやっぱりこれはちょっと行きすぎのように思うのだ。自分から何らかの意思を発信するのであれば、ぼかすのはせいぜい「声を上げていく意味があるかな、と思っている」とか「お安くできるかな、と思っております」までで止めておいてほしい。「~のかな」は、もはやその意見が手を離した風船みたいに漂流していて、よりどころのないような不安感を漠然と感じてしまうのである。まあ政治家は言葉をぼかすのが仕事だからやむを得ない面もあるが、世間一般の人があれを真似することはないのではないだろうか。

もっとも、こんなことを書いている自分も知らず知らずのうちにそう言ってしまっていることもあるのかな、と思う。

2008年09月03日

竜王戦挑戦者決定戦

今日は何だか午後からちょっと頭が痛くなってきたので、早めに仕事を切り上げて帰ってきた。夕飯のころまで痛かったが、今はもう大丈夫。

たった今まで、将棋竜王戦の挑戦者決定戦第2局を観戦していた。ネットで無料中継してくれているのである。三番勝負ですでに羽生名人が先勝しており、今日もし勝てば渡辺竜王への挑戦が決まるという一局。途中、もう決着がついたかに思われた局面もあったのだが、最後は先手玉がどうしても詰まず、先手の木村八段の勝ちになった。90手目で桂馬を打っていたら後手の勝ちが決まっていたように見えるが、羽生名人はどういう筋を心配していたのだろうか。あるいは単なる見落としか?感想戦の内容がそのうち出るだろう。

[追記] 中継ブログによると二人とも上記の後手の勝ち筋には気づいていなかったようだ。こういう最終盤の決め手は将棋ソフトならすぐ示される手順だが、人間だとトップレベルでも見落としがある。だから面白い。

2008年09月02日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.59


底本では、2手目の黒の手は2... Bd3と2... Be4をラインA、2...Bg6と2...Bh7をラインBとし、等価な変化として並べられている。ここでは棋譜再生の都合上、ラインAをメインライン扱いしている。

2008年09月01日

トイレの故障

だいぶ涼しくなってきたと思っていたのに、昨夜は何だか妙に蒸し暑くて寝つけなかった。7月のころのようなギラギラした日射しや淀んでいるような暑苦しさの季節は終わったようだが、身体にまとわりつくような湿気が消えるにはもう少し待たなければいけないらしい。

昨日のことなのだが、昼下がりの午後、家のトイレで用をすませて水を流したところ、突然ビーッという大きな音がタンクから鳴り始めた。ブザーのようでもあり、空気が漏れるような音でもあり、とにかくびっくりするくらい大きな音なのである。突然のことに動揺しながらもタンクの蓋を開けてみると、持続音は水がちょろちょろ流れ込んできている口のあたりから聞こえてきているようだったが、少々さわってみても一向にやむ気配がない。このままずっと鳴り続けたらどうすればいいのだろう、それどころかどこかから水が噴出して止まらなくなったら……悪い方向に想像がどんどんふくらんでいたとき、ようやく大きな音がピタッとやんだ。だいたい1分間くらいだっただろうか。

とりあえずブザー音地獄からは解放されたが、トイレの機構のどこかがおかしくなっているのは明らかだった。水自体は何とか流れるとはいえ、これからトイレに入るたびにお知らせブザーを鳴らされてはたまったものではない。とりあえずネットで適当に検索し、まともそうな水道修理業者に電話して来てもらった。30分くらいでやってきた人は、ひととおりいじって音が出るのを確認すると、これはタンクに水を供給する管が詰まりかけてどうしようもなくなっているから、部品を交換するしかないと言う。ちょっと値が張るのでどうしようかと迷ったが、ブザートイレで今後の人生を生き抜く自信はなかったのでお願いすることにした。念のため、男が車に積んできた部品を取りに帰っている間にネットで調べたが、定価は彼が言った通りの値段のようだったから、これはやむを得ない出費であろう。背に腹は代えられない。

修理作業は10分くらいで終わり、無事また問題なく水が流れるようになった。修理人が帰った後で改めて水を流してみると、水の音が今までと違ってやけに元気だ。トイレの水にこんなことを言うのは変だが、何だか勢いがあって小気味よいのである。つまり、逆にこれまではギリギリの状況で流し続けていたということだろう。思わぬ出費だったが、この機会に直せてよかった。

あとになって思い出したが、半年くらい前だったか、夜中に突然ビーッという音が聞こえてきて起こされたことがあった。隣か上の住人が洗濯機か何かを稼働させたと思い込み、こんな真夜中に非常識だなあとあきれていたのだが、今にして思えば、あれは間違いなくこれだったのだ。マンションが建てられてから時間が経ち、ちょうどトイレの部品が故障する時期を迎えているのだろう。うちのトイレの症状発生が夜でなくて日曜の午後だったのは、何とも幸運だったというほかない。