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2008年10月31日

マジックとテレビ

昨日のことだが、2006年にあったマジシャン逮捕のニュース報道の際にマジックの種明かしをしたテレビ局を相手取り、マジシャンたちが起こした裁判の判決が出たというニュースが出ていた。期待はしていなかったが、案の定、マジシャン側の敗訴である。原告は控訴するつもりということだったが、マジックというものによほど理解のある裁判官でなければ、判断が翻ることはなさそうな気がする。

マジックのタネというのは、それ自体はどうしようもなく姑息で、ずるがしこくて、汚いものである。世にも美しい魔法の粉を使っているようにしか思えなくても、本当に使っているマジックは一つもない。その醜いトリックを演出や話術、巧妙なミスディレクションで包み隠し、苦労に苦労を重ねて素晴らしいエンターテインメントに仕上げているのである。見ている人にいかに驚き、喜んでもらうかを考え、試行錯誤を重ねた結果としてマジックがある。それを鬼の首を取ったように不特定多数に解説してみせることで、どれほどの努力が水泡に帰してしまっているか。そういう意識はテレビ局にはまるでないのであろう。

個人的には、マジックというのはテレビとは本来相容れない芸能なのではないかと思っている。種明かしはもちろんだが、実演自体も一部の派手なものを除けばあまりテレビ向きではないのではないか。その場にいる人だけが自分の目の前で不思議な現象を目撃するというのが、マジックの最もふさわしい姿だと思う。古今亭志ん朝は生前、「芸はその場で消える。そこがいいんだ」と言っていたが、まさにその一言に尽きる。その場限りで泡のように消え、後には何も残らない。しかし見た人の記憶だけには残り続ける。それが一番いい。

2008年10月30日

チェスタイトルマッチ決着

セミナーを3時頃までやった後、来週の講演の準備をする。もう全然時間が足りないので、このまま準備不足の状態で本番を迎えることになりそう。何しろ明日は卒研セミナーに会議、それに数学演習で一日すべてつぶれるし、土曜からの連休は実は高知大学の研究集会に行ってみることにしたので、この期間もあまり何もできそうにない。火曜日はまたCG実験で午後の時間ずっと拘束される。そして翌日は朝から名古屋行きである。今年は高知行きを遠慮しておこうかとずいぶん迷っていたのだが、ここの研究集会は雰囲気が好きで毎年結構楽しみにしているので、やはり行きたい誘惑には勝てなかった。とにかく来週が終わるまでは大変な日が続くが、何とか乗り切ろう。

AnandとKramnikのチェスチャンピオン戦は結局アナンドのタイトル防衛で終わった。前半ですでに3ポイント差がついてしまい、最後の3局を残した時点でクラムニクが3連勝しない限りアナンドの勝ちという状態になった。ドローがあるチェスでは、これはきわめて厳しい状況である。クラムニクは1勝を返したものの、次はドローとなったため、最終戦を待たずして決着がついてしまった。正直言って、もう少しきわどいデッドヒートを展開してほしかったと思う。アナンドは最後の対局を除いて初手は1.d4ばかりだったが、個人的にはもう少し1.e4の対局を見てみたかった。

2008年10月29日

暗闇からの脱出

あまり他人様に公開するような話でもないのだが、今日発生した個人的な事件について。

お昼を食べた後、何だか腹の調子が悪いような気がしたのでトイレに行った。そこまではよくある話だ。用をすませてそろそろ個室から出ようとしていたとき、誰かが入ってきた音が聞こえた。その人が用を足してから手を洗う水道の音がした。そこまでもよくある話だ。ところが、その人は個室に誰かがいることに気づかなかったらしい。足早に出て行く瞬間に入口の電気のスイッチを消していってしまったのだ。
「パチン!」
出て行くのを見計らって立ち上がろうとしていた私が、突然視界が真っ暗になってどれほど驚いたか想像していただきたい。すぐに声をあげれば気づいてくれたかもしれないが、あまりに突然のことで咄嗟には声が出ず、次の瞬間にはもう足音は遠くなっていった。暗闇に一人、取り残されてしまったのである。

これは困ったことになった。窓のないトイレだったので、電気を消されると本当に暗い。ましてや個室の中である。手元もほとんど見えない。入口から入ってくるかすかな光を頼りにするしかなかった。そこでふと、まずいことが起きる可能性があるのに気づいた。今誰かが用を足しに入ってきたらどうしよう?電気をつけて入ってきたら、個室の扉が閉まっているのである。中の人は倒れているんじゃないかと思われるんじゃないだろうか。だからといってあわてて出て行ったら、暗闇の中でトイレに閉じこもって何をしていたのかということになる。変人扱いされる前に一刻も早くここから脱出しないと……暗闇の中、久しぶりにちょっとしたスリルを味わった。幸い、誰も現れることなく事なきを得たが、出る直前に足音が遠くで聞こえたときはかなり焦りを感じたものである。

節電は大事なことである。使わないときはこまめにスイッチを切る、これは大変いいことだ。ただ、切る前に誰もいないことだけは確認してほしいものである。

2008年10月28日

知らないんですか?

今日は午後からCG実験の担当。1時から3コマ分で、本来なら5時50分までのはずだが、その後も学生が部屋に残って作業を続けていたので先に帰るわけにも行かず、結局自室に戻ったのは7時だった。6時間はさすがに応える。今は学生さんがそれぞれ自分のプログラムを書いているが、呼び止められて「何かエラーが出るんです」とか「こういうのを描きたいんですけどどうしたらいいですか」といきなり言われても困ってしまうのである。今日など、「この関数って何に使うんですか?」と質問され、よく知らなかったので「うーん……ちょっと待ってね」とその場でネット検索しようとしたら「(先生なのに)知らないんですか?」とあきれたような口調で言われてしまった。当然たちどころに教えてくれるものと思っていたらしい。まあ向こうにしてみればそう思うのも当然なのだろうが、数学ならいざ知らず、プログラミング言語で咄嗟にすべてうまく対応するのはさすがに厳しい。

さて、明日は少しは自分の時間がとれるはずだ。全くできていない来週の講演の準備を少しでも進めておかないといけない。

2008年10月27日

遅い紅葉

先週の城崎滞在中に降ってきた仕事の関係の会議が午前中にあった。そして午後は夕方から学部全体のスタッフを講堂に集め、この半年の総括のような会議。今後もどんどん忙しくなるのは間違いないということはよく分かった。それにしても、二つの会議の合間はそれなりに自分の自由な時間があったはずなのに、結局今日片付けてしまおうと思っていたことがほとんど終わっていない。何をやるにももっと集中しなければいけないのに、だらだらやっているからこうなるのだ。これではいかん、明日はもう少しちゃんと……と一日の終わりに何度思ったことだろうか。ほとんど毎日、これの繰り返しである。

城崎では例年と比べるとやたらに暖かくて戸惑ったが、今日はどんよりとした曇り空も手伝ってずいぶん肌寒さを感じた。着ていくものをそろそろ次のレベルに切り替えた方が良さそうだ。今年はいつもにまして全国的に紅葉が遅く、広島の紅葉名所も今日の時点ではまだ色づき始めたくらいのところが多いようだが、さすがにこれからの数日でだいぶ進むだろう。ただ、これから訪れるであろう見頃の時期にもあまりゆっくり見に行く時間はなさそうなのが残念だ。

2008年10月26日

漢字変換の話

以前も書いたが、現在チェスプロブレムの専門誌 "Problem Paradise" のヘルプメイトコーナーを担当している。あちこちより投稿されてくる作品の中から選んで掲載する一方、2号前に出題した作品の正解発表と解説を、応募された解答に添えられた短評も織り交ぜながら書かなければいけない。次の締切は来月中旬なのだが、ここのところどうにも忙しく、今日まで全く手をつけていなかった。明日からまたしばらく他のことで忙しくなりそうなので、せめて今日だけでも作業を進めておくことにした。といってもやったことは、正解手順と解答短評のまとめ書き、それに応募解答のチェックだけ。解説と選題はまだ手つかずのままだ。最近掲載に値する作品の投稿が減ってきており、載せる作品を今後確保できるかも悩みの種である。

ところで、先日買ってきた新しいパソコンも少しずつ環境が整備され、だいぶ使いやすい状態になってきた。よく使うソフトのインストールや旧マシンからのデータの受け渡しなどはもちろんだが、例えばメールや日記を書いたり、あるいはこうやってブログの更新をしたりすることで、日本語IMEの変換効率も徐々によくなってくる。ここでは「つむ」を変換したら、「積む」でも「摘む」でもでもなく「詰む」が最初に出てこなければならない。それがこの小さな世界での掟なのである。毎日の作業を通して少しずつ、上位に来るべき語が上位に来るような、自分にとって理想の変換体系に収斂していくようにできているわけだ。

ところが今日のような作業をしていると、この収斂の過程がちょっと乱されてしまうことがある。解答応募の多くは今でも封書で届くので、そこに書かれた解答短評を解説文中に取り入れるためには、その人が書いた言葉を一字一句書いてある通りに打ち込む必要がある。これがちょっと厄介なのである。一見誰が書いても同じような文章であっても、やはりその人その人の言葉遣いというものが存在する。もちろんそれは尊重しなければならないから書いてある通りに写すのだが、しばしば自分自身の流儀と齟齬を来すのだ。

例えば、「~すること」とか「~するとき」などと書くとき、私自身は漢字を使ってはまず書かない。しかし人によっては「~する事」や「~する時」と書いてあるわけである。それを打ち込むときに「こと」や「とき」で変換することに、一瞬躊躇してしまうのだ。そんなどうでもいいことを、とあきれられると思うが、次に変換するときにそれが最初に出てくると思うと、何だかいい心持ちがしないのである。もしかしたら、漢字で書く路線に宗旨替えしたのかと機械に誤解されてしまうような気がしてしまうからかもしれない。そんなわけで、ときにはわざわざ「事件」だの「時間」だの打ってから後の一字を消したりしている。我ながら何とも神経質な話である。

2008年10月25日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.65


パーペチュアルチェックを主題とした長編作品である。解く方としてはとにかく繰り返しのループを見つけていけばいいだけなので、手数のわりには難しくないだろう。後戻りできず、逃げ道をどんどん変えながら次第に黒が追い込まれていく様子は、伊藤宗看「将棋無双」の第百番「大迷路」を連想させる。

2008年10月24日

ワームホール

朝食をすませると午前中の講演は聴かず、9時過ぎに城崎を発った。山陰本線、播但線、新幹線と乗り継ぎ、勤務先に到着するまで4時間半の長旅である。横川駅からバスを待っているのも時間が惜しかったのでタクシーに乗ってしまった。そこまで急いでいたのは午後から数学演習を担当することになっていたためだ。出発前に採点は終わらせておいたから着いてからしなければいけないことはほとんどなかったが、どこかで不測の事態が起きて間に合わないのではないかということは道中ずっと心配だった。幸いそういうこともなく、無事予定していた時間に到着。

演習の時間が始まり、前回の答案を返却してポイント解説をしているときは何だかちょっと不思議な気分だった。研究集会で過ごす時間と普段の大学でのそれとはずいぶん異質だ。会う人も話す相手も考えることも違うから、自分の中にあるモードを大きくシフトしなければいけない。しかしこれまではほとんどの場合、その大きく違う二つの世界の間には自宅での睡眠という黒くはっきりした境界線が常に引かれていた。そこで小さなリセットをすることにより、自分の中でほとんど自動的にモードを切り替えることができたわけである。ところが今日に限っては、あの世からこの世に何の境も継ぎ目もなく、連続的に世界はつながってしまっていた。それがあまりこれまでなかった経験で、妙に新鮮に感じられたのだ。子供の頃によく見ていたカール・セーガン博士の啓蒙番組「コスモス」で、「宇宙がまた別の宇宙と、ワームホールという時空にできた穴でつながっているかもしれない」とセーガン博士が言っていたのをふと思い出した。

数学演習が終わった後、たまっていた雑用を片付けて部屋を出たのは8時半頃。おりしも大学では明日から大学祭で、キャンパス内ではいたるところにテントが張られ、いつの間にかできあがっていたステージでバンドのリハーサルらしい大音響が辺り一帯に鳴り響いていた。9時頃にやっと自宅に帰り着く。やれやれ、今日は疲れた。

2008年10月22日

城崎中盤

城崎シンポジウムの日程も中盤。今日は午後は講演がなくて自由行動だったが、特に遠出することもなく論文読みなどで過ごす。夕方近くには来年の世話人を仰せつかった3人で喫茶店に行き、今後のことなどを少し相談していた。

ここに来ていると数学の話ばかりで娑婆のことを忘れかけてしまうが、そういえば、と思い出してチェスの世界チャンピオン戦の結果をチェックしたら、何とクラムニクが白番も黒番も負けていた。12局中6局を消化したところだが、前半でこれだけ差がつくとは意外だ。残り6局で3.0ポイントを追いつくのはさすがに難しいだろう。

2008年10月20日

城崎到着

午前中に勤務先で仕事をすませてから午後に出発。今回は車で行くことも考えていたが、移動中の時間を有効に使いたかったので結局電車で行くことにした。約4時間、幾度か乗り換えながら城崎に到着したときは、いつの間にかとっぷりと日が暮れてあたりは暗くなっていた。

夜になって宿泊先に今年のシンポジウムの世話人の方がいらして、先ほどまで話をしていた。城崎シンポジウムは毎年この時期に行われているが、世話人は3人体制で回り持ちになっている。その来年の世話人を引き受けてほしいというのである。すでに先月の学会のときに打診はされていたので覚悟はしていたが、どうやらやはり避けられないようだ。少し先のこととはいえまた仕事が一つ積み重なってしまったが、仕方あるまい。今年の運営の様子をよく観察しておこう。

2008年10月19日

暗譜でフーガ

日曜日だというのに午後から勤務先に出かけた。まず残っていた採点の仕事をどうにか終わらせ、その後は締切が近くなった書類を慌て気味に仕上げていた。明日から出張なので、今日中に仕上げてしまう必要があったのである。その他にもいくつか雑用をすませ、夕方に部屋を後にした。

その足で市街地に出る。買い物をした後、ピアノスタジオに足を向けた。行くつもりはなかったのだが、何となく少し息抜きしたくなったのだ。楽譜を持っていなかったので、指の記憶を頼りに弾く。ボウエンの前奏曲はまだほとんど覚えていないが、バッハ=リストのフーガは幸い9割方は指から出てきた。こんなふうにただ気晴らししたいときは、バッハが一番いいのかもしれない。常に両手があるスピードを持って運動させられるからいいストレス発散になるし、かといって弾き通してもそれほど腕が疲れない。スクリャービンのエチュードなどはガンガン鍵盤を叩くので、一回弾いたら数分は休まないともたないのである。このところどうも練習する時間がとれないが、何とか暇を見つけて忘れないようにしたい。

火曜日から始まる城崎シンポジウムに出席するため、明日は午後から移動の予定。戻るのは金曜日だが、ネット環境があまりよくないところなので滞在中はあまり更新できないかもしれない。できればするつもり。

2008年10月18日

二つの頂上決戦

現在、パリとボンでそれぞれ大きな対局が行われている。パリの方は第21期将棋竜王戦七番勝負の第1局、渡辺竜王対羽生名人の顔合わせ。今期はどちらが勝っても初代永世竜王の座に就くということで、注目度はいやがうえにも高まっている。日本時間の午後4時から対局が始まっているが、ネット中継を見ると今は序盤の微妙な駆け引きが繰り広げられているところのようだ。2日制なので、勝負が決まるのは日本時間で日曜日の夜中か月曜日の明け方くらいだろう。

もう一つはボンで行われているチェスの世界チャンピオンを決めるタイトルマッチ。インドのViswanathan AnandとロシアのVladimir Kramnikの一戦である。今月14日から始まっていてすでに3局が終わっており、現在アナンドの1勝2引き分け。昨日第3局が行われていたので、手持ちのエンジンで手を調べながらネット中継を観戦していた。Anandが2ポーンダウンなのにほぼ互角というエンジンのご託宣が続いていたが、やがて白のKramnikに疑問手が出てからはたちまち形勢が黒に傾き、ほどなくして決着がついてしまった。そして現在は第4局が日本時間午後10時から進行中。こちらもネット中継を見ることができる。

というわけで、奇しくも二つの頂上決戦がヨーロッパで同時に行われているのである。タブブラウザで二つの中継ページを両方開いてあるのだが、どちらも指し手が進むたびに音がするので局面が進行したことが分かるようになっている。「ピシッ」と聞こえれば竜王戦、「コツッ」という音ならチェスのタイトルマッチというわけだ。今日は2つの同時観戦で夜が更けそうである。

2008年10月17日

精神的多忙

金曜日なので卒研セミナーと数学演習の日。演習ではこれまでの反省を踏まえて待ち行列が長くならないようにいろいろと手を打ったので、先週までに比べるとスムーズに行ったかと思う。ただし、預かった答案の採点はこれからしなければいけない。来週は毎年恒例のシンポジウムに出席するためずっと出張しなければいけないので、本当は演習終了後に採点作業もやってしまいたかったが、部屋に戻ってきたらとてもそんな元気はなくて帰ってきてしまった。やむを得ない、この土日のどちらかにちょっと行って作業をしてこよう。

と書いていたところで、また新たな仕事が降ってきそうなメールが舞い込んできた。うーん、こうも忙しくなるとは……いや、本当に忙しい人から見たら私など忙しい部類には決して入らないに違いない。実際、こうやって夜はコーヒー片手にブログを更新したりしているのだ。ただ、あれもこれも片付かずに同時進行している状態というのは、いわば精神的な忙しさを感じてしまうのである。この分だと、11月半ばまではどうも落ち着けそうにない。

2008年10月16日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.64


ここまでいくつか登場した不完全作品は、いずれも参照している底本にその指摘があった。しかし本作は底本では完全作として扱われており、変化手順を確認していて微妙な点があることに初めて気づいた。4...Kf7としても白が勝ちになる手順があるので「完全に不完全」とはいえないのかもしれないが、少なくともエンドゲームスタディとしては不適合品だろう。なお、本作はDedrleのアンソロジーにKubbel作として引用されていたものだそうで、元々の出所は不明らしい。となると、Kubbelがそもそもこの形で作品を発表したのかどうかも疑問の余地があると言わざるを得ない。

2008年10月15日

小三治の番組

昨夜10時から、柳家小三治にスポットを当てた1時間番組が放送されていたのでずっと見ていた。私は落語はあまり詳しい方ではなく、何人かいるお気に入りの噺家の噺を少し楽しむという程度だ。お気に入りはまずは志ん生、次に志ん朝ということになるが、残念ながらこの親子は二人とももうこの世の人ではない。では今、生で聴ける人というくくりで考えるとすると、私が一番聴きたいと思うのは小三治である。そんなわけで、この番組は見ておかないわけにはいかなかった。

で、その感想。全体としては番組は大変面白かったのだが、ちょっといただけなかったのは小三治をスタジオに招いたときの司会者とのやりとりだ。いつもは椅子に向かい合って座って話すだけなのに、今回だけわざわざ畳を用意したところでいやな予感はしていた。案の定、男性司会者が言い出したのが「おそば食べるところ、リクエストしていいですか?」である。以前書いた通りの筋書きだ。小三治がやってみせると「すごーい、うまーい!」と女性アナウンサーが大喜びする。さらに男性司会者が言うには、「ご隠居とか熊さんとか八つぁんとか若旦那とか、こういう風に演じ分けるんだってところを見せてくれませんか?」これにはさすがに小三治も「それは無理ですね」と断っていた。当たり前である。

ああいうお願いをするということは、おそらく聞き手の二人は落語を江戸時代の物まね芸かそれに毛の生えたようなものとしか認識していないのではないかと思う。もちろん、番組として落語を全く知らない人にわかりやすく芸を見せる必要があったのかもしれない。だがそれは落語の啓蒙番組でやればいいことで、わざわざ天下の小三治を呼んできて要求することではないだろう。あれは例えばの話、世界的に著名なピアニストをゲストに呼んだとして「すみません、重音の高速トリル、やってもらっていいですか?」と求めるようなものではないか。それでピアニストが渋々やったら「すごーい、うまーい!」と拍手するところを想像してみてほしい。失礼以外の何物でもないだろう。

にも書いたことがあるが、落語の面白さは噺全体にぼうっと広がっているものであって、今どきのピン芸人が披露する一発芸とは全く異質のものであると思う(どちらがいい悪いということではなく、違うということである)。ときどきどっと笑いが起きても、それは単にその直前の一言や動作がおかしかったのではない。そこに至るまでの噺の中身はもちろん、噺家の外見や人となり、さらには当日のお客の顔ぶれやその場の空気など実に様々な要素が絡み合い、それらの相乗効果で蓄積されていたおかしみがその一言や動作に誘発されて飛び出してくるのである。だから特定の文句や所作を抜き出すのはナンセンスというしかない。そのへんをはき違えると、昨日の番組のような質問が出てきてしまうのではないかという気がする。

2008年10月14日

チェスのフリーソフトについて(2)

昨日の話の続き。コンピュータチェスには2つのプロトコルがあり、世の中にあまた存在するエンジンはたいていそのどちらかに属しているという話だったが、それらを実際に使うにはそれぞれのプロトコルに対応したGUIを使う必要がある。

まずWinboard系だが、これはその名の通りWinboardを使うというのが一番一般的な選択肢だろう。作者のページから最新版がダウンロードできるが、ここではScotti氏によるオリジナルのWinboardの改良版をCraftyエンジンと組み合わせて使うケースを紹介してみる。
1. Scotti氏のページ "Tinkering with Winboard..."から実行ファイルの詰まったzipファイルをダウンロードする。
2. 取ってきたファイルを展開し、適当な場所(例えば "C:\Program Files\Winboard")に入れておく。
3. CraftyのFTPサイトに行き、executablesフォルダの中にあるCraftyの実行ファイルをダウンロードする。
4. ダウンロードしたファイルを適当な場所(例えば "C:\Program Files\Crafty")に入れておく。このとき、Craftyの実行ファイルにヴァージョンを表す数字がついていたら、ないものにリネームしておく(例えばCrafty-20.14.exeからcrafty.exeに)。
5. デスクトップにWinboardのショートカットを作る。その際、Craftyを自動的に読み込むようにするため、パスは例えば次のようにしておく。
"C:\Program Files\Winboard\winboard_x.exe" -cp -fcp
"crafty winboard" /fd="C:\Program Files\Crafty"
6. ショートカットからWinboardを起動する。
Winboard.jpgうまくいけば、これでCraftyが読み込まれたWinboardが起動する。GUIにオリジナルでなく改良版を使ったのは、こちらはエンジンによる局面評価の窓が出てきて使いやすいためである。単に手順を入力するときは、[Mode]-[Edit Game]を選べばエンジンは動かない。一方[Mode]-[Analysis Mode]にすると、Craftyが局面ごとに手を読み始める。局面評価は"+0.48"などの数字で、+方向に振れれば振れるほど白が有利ということだ。例えば自分の指したゲームを入力したうえで解析モードにし、手を進めていったときに突然この数字が大きくぶれるところがあれば、そこはおそらくポカを指したのだろうと推測できる。瞬間的に数字が2.0以上動いたりしたら、それはかなり立派なポカといっていいだろう。

もう一つのプロトコル、UCIプロトコルについては、GUIはArenaが一番広く使われているようである。フリーソフトとは思えないほど非常に高機能で、複数のエンジンを読み込んでエンジン同士の総当たり戦をやらせることも簡単にできる。さらにUCIエンジンだけでなく、Winboard系にも対応しているので、UCIのエンジンとWinboardのエンジンを対戦させることも可能だ。難点はメニューが完全に英語化されておらず、一部にドイツ語が残っていて分かりにくいことだが、しばらくいじっていれば慣れるだろう。これについては、また時間のあるときに紹介してみようと思う。

2008年10月13日

チェスのフリーソフトについて(1)

1997年にIBMのコンピュータ「ディープブルー」が当時の世界チャンピオンだったカスパロフを破ったとき、そのニュースはついに人間がコンピュータに敗れたというセンセーショナルな見出しとともに世界中を駆け巡った。ディープブルーはカスパロフを倒すためにありとあらゆる技術がつぎ込まれたスパコンだったが、技術の進歩とは早いもので、あれからまだ11年しか経っていないというのに、今では市販されているチェスソフトを買ってくれば、世界のトッププレイヤーのレベルに匹敵する強さのプログラムを簡単に手に入れることができる。FritzRybkaShredderJuniorHiarcsあたりがよく知られている(私もFritzとRybkaは持っている)。今ではこうしたソフトを使って研究するのが、あるレベル以上のプレイヤーでは当たり前になっている。

だが必ずしもこうした商用ソフトを買わなくても、フリーソフトだけで実はかなり強力なチェス環境を自宅のパソコンに構築することができる。最近、将棋の世界でもボナンザというフリーソフトが渡辺竜王に善戦したというニュースが話題になったが、チェスにおいてももはやフリーソフトで世界のほとんど誰も勝てないようなものがたくさんあるのだ。私も含め、どのみちGMやIMになれるはずもない世の中の大多数の人間にとっては、自分のゲームを解析したりするのにはこれだけで十分ともいえる。そこで、将棋ならソフトも含めてよく知っているがチェスはそうでもないという人を念頭に、そうしたソフトに関してちょっと紹介してみよう。こういうことはチェスを趣味としている人には常識なのかもしれないし、また自分のような素人が書く話ではないかもしれないのだが、日本語で具体的に書かれているページはまだまだ少ないような気がするのである。

まずこれについて語るうえで欠かせない重要な事実その一は、コンピュータチェスの世界においては指し手を考える頭脳部分(エンジン)と、それを人間にわかるように表示する部分(GUI)が完全に独立して開発されているということである。駒やボードのデザインや各種のボタンの位置といったことは、指し手を探すというゲームの本質とは全く別の話であり、切り離して考えるのが当たり前になっているのだ。このことは、エンジンとは別にGUIについても各個人に選択権があることを意味する。どのエンジンとどのGUIを組み合わせて使うかは各人の自由なのである。

ただしエンジンとGUIがそれぞれ独立して開発されるためには、それらを結ぶ統一された規格が必要である。重要な事実その二は、現在広く浸透しているそうした規格が二つあるということだ。世界に存在するエンジンはたいていその二つのどちらかに属しており、エンジンをグラフィカルに動かしたければそのエンジンに対応するGUIを使う必要がある。

歴史的にまず広まったのは、Winboardプロトコルと呼ばれている規格である。元々UNIXの世界に存在していたGNU Chessというチェスプログラムがあり、これをグラフィカルに表示するためにXBoard/WinboardというGUIが作られた。これが非常に優れていたためにGUIのデファクト・スタンダードとして広く使われるようになり、GNU Chessの持っていたプロトコルもいつしかWinboardプロトコルと呼ばれるようになったのである。誤解しやすいが、Winboardプロトコルを持つエンジンに対応したGUIであれば、別にWinboardでなくてもよい。このWinboard系のエンジンとして代表的なのものにCraftyがある。

もう一つ、後発のプロトコルとしてUCI (Universal Chess Interface) プロトコルがある。こちらは21世紀になって広まってきたが、チェスエンジンの最も強力なものはほとんど皆UCIに対応している。UCIエンジンをまとめたサイトなどに行くと、世界中の人がよってたかってUCIエンジンを作っていることがわかる。将棋でも最近USI (Universal Shogi Interface) プロトコルが策定されたようなので、今後これに対応した将棋エンジンがどんどん登場してくるかもしれない。

長くなったので、具体的な導入法などについてはまた後日

2008年10月12日

静かなサイドブレーキ

教育テレビの将棋番組を見ながらさて今日はどうしようと思っていたとき、電話がかかってきた。出ると車のディーラーで、私の担当になっているSさんからである。斎藤さんが乗っとられる車にリコールの案件がありまして……とのこと。そういえばそのニュースを少し前に見て、対象となる販売時期からするとうちも該当していそうだなと思っていたのだった。今日はさしたる予定もなかったので、午後に行くことにした。

店に着いたのは3時半頃で、着くとすぐ車を渡して自分はショールーム内で待機。Sさんには「すみませんが、1時間ほど待っとってもらっていいですか」と言われていたので、デイパックの中に入っていたポーンエンディングの資料をじっくり読み始める。一気に読み切ってやろうというくらいのつもりでいたが、実際には30分くらいで「終わりました」と呼ばれたので、頭の中で駒を動かせたのは最初の数問のみだった。修理内容はサイドブレーキの部品交換で、引いたはずのサイドブレーキが突然解除されて動き出す可能性を解消したというものだが、新しくなったものを試しに引いてみるといつものカチカチという音が全くしない。あれは構造上必ず鳴るものだと思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。何にしろちゃんと利いてくれればそれでいいのだが、静かにスッと上がると本当にかかったのか一瞬心配になってしまう。まあ慣れの問題だろう。

その足で街の中心部まで出かけ、東急ハンズで大きめのスプレーのりを買ってくる。今まで小缶でばかり買っていたが、折紙用に紙を1枚作るだけでかなりの量を消費するため、すぐ空になってしまうのだ。これで当分は大丈夫だろう。

2008年10月11日

アンナ・マグダレーナ

昨日から今日にかけて新しいパソコンの環境を整備して、ようやく使える状態になってきた。ブラウザやメーラ、TeXなど重要度の高いものはだいたい入り、将棋ソフトやらチェスソフトやら、趣味関係のものも一通りインストールはすませた。こう書いているうちにもまだあれをやっていなかったとかこれもしておかないとと次々思い出してきているのだが、それは追々やっていくことにしよう。

インストールの類はとかく待たされることが多いので、今日は作業が始まったのを見計らってその場を離れて電子ピアノに向かっていた。最近はバッハ=リストのフーガとボウエンの前奏曲を交互に弾いていることが多い。つっかえつっかえしながらどうにか終わりまでたどり着いたら、そろそろできたかなとパソコンの前に戻る。するとたまに、何かの確認のダイアログが出ていて動きが止まっていることがあるのである。それもたいていはまだインストール作業が始まって間もないところなのだ。ダイアログの中身も「~してもいいですか?-[はい][いいえ]」というやつで、「『はい』に決まってんだろ、『はい』に」とぶつぶつ言いながらクリックすることになる。そして再び作業進捗バーが伸び始めるのを見ると、機械からもう1曲弾きに行く許しを得た気分になって、またピアノに戻るのだった。

ところで、バッハといえば昨日流れたニュースで、バッハの曲の一部は彼の2番目の妻が作曲したものであるという説をオーストラリアの研究者が唱えているという話が出ていた。もしかしたら眉唾ものなのかもしれないが、まあそういうことがあってもおかしくないとは思う。ただ、バッハ本人の作曲ではないと思われる曲の筆頭が、無伴奏チェロ組曲なのだそうだ。その研究者曰く、自分で弾いていたときにおかしいという確信を持ち、今ではあの曲がバッハの作品でない理由を18通り考えついたという。その18通りのうちいくつかでも記事で紹介してもらいたかったが、素人目には他のバッハの曲とそれほど違うような気はしない。まあ確かなのは、夫が書いたものであろうと妻が書いたものであろうと、後世の人間があの名曲を聴く楽しみを享受できることにかわりはないということだ。

2008年10月10日

大病院式演習

午後は2回目の数学演習。先週の反省を踏まえ、今日は大病院よろしく整理券を事前に作っていって学生に配ってみる。これで彼らを長時間並ばせずにはすんだのだが、立っていなくてもよくなったというだけで、長い間待たされることに違いはなかった。終わってから同じ演習を担当している別の先生と話をしたが、どうやら私は答案チェックを丁寧にやりすぎているようだ。前の分の採点もものすごく時間がかかって大変だったという話をしたら、「そんな赤ペン先生みたいなことしていたらいつになっても終わりませんよ」とのこと。確かにそれもそうだ。次回はもう少し簡潔に作業しよう。答案チェックも1人3分くらいにしておきたい。もっとも、長々と待たせて3分で終わりでは、ますます病院みたいではある。

終わってからは採点をする元気もなく、そのまま先週とおなじラーメン屋で夕飯をすませる。何だか金曜はこのパターンが定番となりそうな気がしてきた。

一昨日届いた新しいマシンはまだほとんど何の整備もしていない。ただネットワークにはもうつながっているので、できることから少しずつ始めている。例えば今日のこのブログ更新もそうである。

2008年10月08日

新マシン到着

今日は午後、いくつかの事務作業をすませたあとに数学演習で回収した答案の採点をしていた。毎週採点しては翌週に返却ということを繰り返すことになっており、その1回目が先週にあったのである。さっさとやれば何とか終わるだろうと考えていたが、おかしなことが書いてあるたびに1枚1枚何がおかしいのかのコメントを書いていたら、いつの間にかえらい時間が過ぎてしまっていた。いったんごちゃごちゃ書いてしまうと、同じような間違い答案が出てきたらまた同じ指摘をしなければいけない。どうも見通しが甘かったようだ。結局、まるで終わらないうちに外は真っ暗になってしまった。うーん、今月は喫緊の課題が山積していて相当忙しいのに、それに加えてこれが毎週来るとなると痛い。今から11月の中頃くらいまでは、思った以上に大変な時期が続きそうだ。時間を有効に使わないといけない。

買い物してから帰宅すると、郵便受けに不在通知票あり。しまった、30分前に帰っていれば……。実は現在使っているマシンがかなり古くなっていろいろ不具合が生じ始めていたので、そろそろ潮時かなと新しいパソコンを発注してあったのである。今週は帰りが遅くなりそうだから、週末までは受け取れそうにない。ツイてねえなあ、とぶつぶつ言っていたとき、宅配会社から電話がかかってきて、今近くにいるからもう帰宅されているなら届けましょうかとのこと。これは助かった。かくして、先ほど無事に新しいブツがやってきたのだった。ただ、まだ段ボール箱から出しただけなのだが、これを使える状況まで持っていくにはかなり時間がかかりそうである。とりあえず、切替器を買ってきた方がよさそうだ。

2008年10月07日

CG実験の季節

毎年担当している3年生のCG実験の時間が今日から始まった。例年は木曜日だったが、今年に限っては火曜日。去年の学部改組の関係上、この担当をするのはおそらく今年が最後になる。もう5年目だからすっかり慣れたが、かといって楽になったわけでもない。やっぱり午後3コマ分ぶっ通しというのは疲れてしまう。今期の学生さんはあまり先生には聞かずに友達同士で相談しながら進める人が多いみたいでこちらは少し手持ちぶさただったが、それでも終わって自室に戻ったら急に眠くなってしまい、20分くらい居眠りしてしまった。出張時を除く11月中頃までの毎週火曜日午後はこれが続くが、何とか頑張ろう。

2008年10月06日

代数学セミナー

今日はH大で代数学セミナーがあったので、午後から移動した。今回の講演者はT大の中国人留学生であるXさんで、学生時代に院生室でよく顔を合わせていた人だ。当時、彼の奥さんも同じ部屋を拠点とする学生で、あのころ「砂漠のロマン」などの微妙な日本語の意味を問われて四苦八苦した話は以前にも書いた。そういう縁のある人であるうえ、今日の講演内容も自分のやっていることに若干近い。さらに、普段は金曜日に行われる代数学セミナーが今回に限って月曜日に行われることになったのは、私を含めた数人が金曜日は都合が悪いと言ったことが影響しているのである。これはもう聴きに行くしかなかった。

1時間半の講演の終了後、6時からXさんを囲んで5人でささやかに歓迎会。Xさんは来年から上海の大学に就職されるとのこと。会う機会が少なくなりそうなのは残念だが、もし今後上海に行く機会があれば貴重な人脈になりそうだ。8時頃散会し、夜の山陽自動車道を西に走って帰宅。

2008年10月05日

トンボを折る

OrigamiDragonfly2.jpgOrigamiDragonfly1.jpg少しずつ折り進めていたトンボがようやく完成した。紙は29cm×29cmで、アルミホイルの両面に赤とグレーのカラペを貼り付けてある。体長は11cm強というところ。赤が若干渋いのは、レッドではなくワインと呼ばれる色の紙を使ったためだ。モデルの作者は川畑文昭氏。トンボの折紙自体はかなりの数が発表されているのではないかと思うが、身体の縞模様をちゃんと折り込んであるものはそれほど多くないだろう。仕上げのところでトンボらしい複眼をうまく表現しようとずいぶんいじったのだが、思ったほどうまくいかなかった。器用な人がやればもうちょっとトンボらしくできるのではないかと思う。

OrigamiDragonfly4.jpgOrigamiDragonfly3.jpg川畑氏の作品は極端に難しい折りはそれほどないし折図も丁寧なので、根気さえあれば何とかなると思う。ただ、長い長い工程の間にほんの少しずつのズレが蓄積されていき、最後に顔の部分など細かいところをまとめようとするときにたまった矛盾が吹き出してきて辻褄合わせに結構苦労することがあるから、楽に折れる部分もあまり調子に乗らずに慎重に折っていった方がよい。川畑作品は以前にペガサスを折ったことがあるが、そのときにも同じようなことを感じた。

(折紙モデル:「オニヤンマ」、川畑文昭「折紙図鑑・昆虫I」(おりがみはうす)所収)

2008年10月04日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.63


1933年、モスクワとレニングラードという2つの街の間で、創作チェスのマッチが行われた。部門は3つに分かれており、2つがプロブレム、あとの1つがスタディ創作のセクションである。スタディ部門にはボードが4つあり、それぞれ違うテーマが指定されていた。第1ボードの課題は、「2つの変化においてNowotnyが表現され、どちらもステイルメイトに達すること」というものであった。Nowotny(またはNovotny)とは、黒駒が複数利いている地点に白が駒を捨て、黒に取らせることで黒駒の利きを遮断するというテーマである。しかしモスクワチームのAbram Gurvichは指示されたテーマでは全く創作せず、一方のKubbelも条件を満たした作品を創れなかったので、このボードではどちらのチームにもポイントは入らなかった。Kubbelが提出した本作はc6で白駒を捨てており、違う黒駒で取った2つの変化がいずれもBの利きを遮断して、最後はステイルメイトに至っている。しかしNowotnyのテーマとは、BとRの片方が焦点の白駒を取るともう一方の駒の利きが止まるというように、2つの「遮断」が相互的な関係になければいけないのである。したがって本作は無効扱いされてしまったのだった。

本作はこういうやや不幸な出自を持っていたうえ、後年に余詰が見つかってしまって何とも後味の悪いことになってしまった。指定されたテーマがちょっと難しすぎたのではないかという気がする。

2008年10月03日

数学演習

午前中の卒研セミナーに続き、今日から数学演習の時間も始まった。前の学期に他の先生の手伝いをしたときは学生に座らせたまま教室をぐるぐる歩き回って答案を見ていたのだが、あのスタイルはやたらと疲れるので、今回は自分が座っていて学生が答案を持ってくる形に変更。しかし今度は、行列が長くなって学生を立ったまま長時間待たせることになってしまった。来週からは銀行や病院のように整理券でも発行しようかと真剣に検討中である。

今日は炊飯器をセットしていかなかったので、最近できた店に立ち寄って夕飯をすませた。京都ラーメンと銘打っているのだが、京都ってラーメンも有名なんだったっけ?ラーメン好きには常識なのだろうが、あまりラーメンのことはよく知らないのである。でもそれほどしつこくないスープで、胃腸の強い方ではない自分には合っているような気はした。今後もちょくちょく利用することになりそうだ。

2008年10月02日

ロングインタビュー

8時から羽生名人のインタビュー番組を放送していたのでずっと見ていた。9時半まで1時間半も続くロングインタビューである。今まで羽生さんがインタビューされるシーンは何度となく見てきたが、これだけ長いのは珍しいかもしれない。まあ内容についてはすでにこれまで何度も聞いた質問が少なくなかったように思うが、これは番組の趣旨からいっても仕方ないことだろう。むしろ羽生名人が、どんな紋切り型の質問であっても、またどんな漠然とした質問であっても、つまらない受け答えにならないようにあれこれ工夫しながら答えているのが印象に残った。

特にちょっと感心したのは、現代の将棋は昔と変わってきたということを説明するときに「5,6年くらい前に『高飛車』な戦法が流行った」と言っていたことである。何のことだろうと一瞬考えてしまったが、おそらく8五飛戦法のことだろう。五段目にいる飛車は「高飛車」と呼ばれることがあるようだが、少なくとも現代の将棋界では普段はあまり使われなくなっている言い方ではないかと思う(もしその言い方が将棋を指す人々の間でもっと人口に膾炙していたなら、8五飛戦法は高飛車戦法と呼ばれていたに違いない)。将棋の世界にどっぷり浸かっていればいるほど、8五飛戦法を「高飛車な戦法」と一般的な日本語に浸透した言葉に言い換える発想は、かえって浮かびにくいのではないだろうか。とっさにそれが出てきたのは、やはり将棋をよく知らない人も見ていることをちゃんと意識して準備してきていることの表れだろう。

チェスの世界では、数年前に元世界王者のカスパロフが "On my great predecessors" という大作を著した。カスパロフが彼以前の世界チャンピオンについて棋譜とともに語り尽くしているのだが、あれを将棋でできるのは一人しかいないと思う。今の調子では羽生名人が第一線を退くのは恐ろしく先のことになりそうだが、いつの日か将棋の「偉大な先人について」が読める日を期待してやまない。

2008年10月01日

後期開始

10月に入り、勤務先では今日からいよいよ後期が始まった。といっても、今日は自分の関係する講義や演習はないのでまだ気楽である。昨日までと違うのは、食堂が営業を再開したこと。8月からの2ヶ月間は、食堂の隣の小さな喫茶スペースでしかお昼は食べられなかったのだ。周りにお店も何もないところなので、車でどこかに出かけるのが億劫なときには、もうここで食べるしかないのである。食堂と違い、ここでは4つくらいのメニューから選ぶという非常に難しいタスクが課される(しかも、少なくともそのうち幕の内弁当とカレーライスはほぼ固定化している)。ちょっと迷っているとすぐ1機しかない食券自動販売機に列ができはじめるから、一瞬で判断しなければならない。以前の一時期はやたらとメニューのネーミングに凝っていたが、担当者が変わったのか最近はそれもない。たまにならともかく、これが毎日続くとさすがに変化がほしくなってくるのは当然の理であろう。そんなわけで、しばらく悩ましいお昼から解放されるのがちょっとうれしい。

本格的に忙しくなるのは、卒研セミナーと数学演習が来る明後日からになりそうだ。