« 2008年10月 | メイン | 2008年12月 »

2008年11月30日

ゴドフスキーの「ジャワ組曲」

今日はずっと楽譜の校正の仕事をしていた。実は現在、国内の出版社からゴドフスキーの「ジャワ組曲」の楽譜を出版する計画が進んでいる。原稿はすでにほぼできあがっていて、あとはその最終チェックをすればいい段階だ。出版計画の中心にいるNさんから、チェック作業を手伝ってほしいと数日前に打診されていたのである。過去に出版されたCarl Fischer版と見比べて、違っている箇所をリストアップすればいいとのこと。当初の話では、すでに何回もチェックしてあるからもうほとんど誤植はないはずということだったので気楽に考えていた。ところが、始めてみるとエラーがかなり出てくる。臨時記号やテヌートの付け忘れ、デクレッシェンドのずれ、不必要なメロディーライン指示線などなど……何せ相手が天下のゴドフスキー様の楽譜だから、読み解いていくのも容易でない。思っていたよりずいぶん時間がかかってしまった。あとで分かったが、予想よりずっと誤植が多かった原因は、今回の原稿がCarl Fischer版の初版を元に作られていたことにあるようだ。実はCF版はその後改訂版が出されており、こちらはその改訂版を使ってチェック作業を行っていたので、やたらに差異が見つかったのである。こういうことはやってみて初めて分かるものだ。

それにしてもゴドフスキーの「ジャワ組曲」なんて、10年くらい前だったらディープなピアノマニアしか知らない「隠れた名曲」だったはずだ。当時は楽譜を手に入れるのも大変だった。それが国内の出版社から出ることになったとは、全く隔世の感がある。あのころには知る人ぞ知る存在だったカプースチンの楽譜も、今や全音から出ている時代だ。ピアノ曲の楽譜を巡る環境はすっかり変わったと実感せざるを得ない。

2008年11月29日

金星と木星

一昨日ピークを迎えていた鼻水はほぼ収まったが、ズルズルやっていたせいで耳の状態が少しおかしくなってしまった。つばを飲み込んでもゴクッという音がしないのである。夜になって左耳は復活したが、完全回復にはもう一日かかりそうだ。痰も少しからむので、今日はずっと家でおとなしくしていることにする。発注してあったマジックのDVDが午後に届いたのでそれを見たりしていた。使えそうなネタもあるが、それなりに練習が必要そうだ。

夕方、買い物をしに近くのスーパーまで出かける。外に出ると、西の空に明るい星が2つ。異常なほど明るいのが宵の明星こと金星で、その少し上に木星が輝いている。かつて天体観測に熱中していた頃は、金星がいつ東方最大離角を迎えるかとか、木星が逆行する期間はいつからいつまでとか、そういう観測に役立つデータを逐一そらんじていたものだ。そういう情報を追いかけなくなってしまって久しいが、それでも昔取った杵柄、今でも夜空を眺めれば星座はすぐに分かるし、惑星も明るさや色からだいたい識別することができる。あのころのように望遠鏡をのぞき込んだり写真を撮ったりで夜を明かすことはもうないかもしれないけれども、そのときの経験は今でも自分にとっては貴重な財産となっている。

明日あたりから西の空に細い月が現れ始めるようだ。晴れてさえいれば、おそらく明後日は月と金星と木星が相当近い位置に並ぶ美しい光景が見られるだろう。

2008年11月28日

加法定理の覚え方

高校数学で誰もが習うものの一つに、三角関数の加法定理というのがある。
sin (x+y) = sin x cos y + cos x sin y, cos (x+y) = cos x cos y - sin x sin y
というやつである。これの覚え方としては、「咲いたコスモス、 コスモス咲いた」と「コスモスコスモス、咲いた咲いた」というフレーズが昔からの定番だ。かつて唱えたことがある人も多いのではないだろうか。

今日の数学演習の時間で、積分計算の際に加法定理を使って被積分関数を変形する必要のある問題が出た。学生さんたちは隣同士で相談しながら解答を考えているのだが、聞き耳を立てていると……。
「あれだろ、加法定理。『咲いたコスモス、コスモス咲いた』ってやつ」
「何、そうやって覚えんの?うちは『幸子小林、小林幸子』だな」
「小林幸子?sinで幸子って、『ち』なんて音ねえじゃん」
「『さ』がありゃ分かるだろ」
「へえ何、小林幸子なんて覚え方があるの」
小林幸子は初耳だったので、思わず会話に加わってしまった。すると、さらに他の人が違うフレーズを出す。
「私のところでは『死んだ校長 校長死んだ』ってのがありました」
「不謹慎な……」
「俺んとこは違います」
「どういうの?」
「cosの方が『ココス行ったら獅子がいた』で、sinの方が『四股を踏んだら腰が痛い』です」
もう何が何だか分からない。しかし、こういうことに関する彼らの創造性は全く素晴らしいものがある。まあ四股でも幸子でも、どう覚えてくれても結構だ。時間内に問題を解いてくれればそれでいい。

2008年11月27日

竜王戦と打歩詰

3日前の扁桃腺の腫れはその日だけですぐに引いたのでもう大丈夫と思っていたら、今日になって急に鼻水が止まらなくなってしまった。私は1年に1回か2回はこの状態になる。汚い話で恐縮だが、普通に顔を前に向けているだけでどんどん出てきてしまうのでもうたまったものではない。周りに人がいないとティッシュを鼻に詰めたりしているのだが、勤務先でそんな間抜けな格好をしているわけにもいかず、日中はちょっとつらかった。

HabuWatanabe.png鼻を押さえつつ7時半頃まで将棋竜王戦第4局の中継を見ていたのだが、今日の勝負はすごかった。ここまでの3局はいずれも羽生名人が勝っており、もしかしたら今日が永世七冠誕生の日となるかもしれないというので、世間の注目度も一段と高まっていたようだ。第3局までももちろん熱戦ではあったのだが、今日の一局がここまでで一番の名局であったと言っていいのではないかと思う。両者とも持ち時間の最後の1分まで使っての死闘だった。幾度も微妙な局面を迎えつつも、ついには羽生名人の勝ちかと思われたそのとき、絶体絶命に思われた渡辺玉が何と打歩詰で不詰。最後の最後で逆転し、136手で渡辺竜王が勝って防衛に望みをつないだ。

プロの対局の最終盤で打歩詰が問題になることはたまにあるが、やはりこういう大一番でそれが勝敗を分けると、先人は実に素晴らしいルールを設けてくれたものだなあと改めて思う。相手玉が詰むのか詰まないのか、自玉が詰むのか詰まないのか。一手違いの終盤においては、当然ながらそれが勝負の分水嶺である。しかし、結果は天国と地獄ほどに違うにも関わらず、詰むか詰まざるかの違いは実に微妙だ。幅のない尾根の上に置かれているボールのようなもので、わずかなバランスのずれでどちら側に勝利が転がり落ちるかが決まってしまう。打歩詰とは、尾根の上のボールを詰まない方向にほんの少し押し戻すそよ風みたいなものだ。それはほとんど感じることもできないような微風なのに、勝負に決定的な影響を与えることがあるのである。

詰将棋の世界も、打歩詰というルールがなかったら今とは比べものにならないほど底の浅いものになっていたはずだ。詰むのか詰まないのかという大きな違いがいかにギリギリの差異から生じるのか、打歩詰というルールはそれを示す象徴的な存在といえるだろう。

2008年11月26日

チェス・オリンピアード

マスコミは一切報じていないので日本では一部のチェスファンだけしか知らないが、今月中旬から今日まで、ドイツ・ドレスデンで第38回チェス・オリンピアードという大きな催しが行われていた。1920年代に始まり、2年に一度開催されている歴史ある大会で、世界中から各国の強豪が集まり、国の威信を賭けて戦うのである。今年の大会はネットでの中継も充実しており、毎日行われる何百局という対局の模様をライブで観戦することができた。日本チームも格上のチームを次々に負かしてかなりの好成績を収めたようだ。日本人のIMやGMが誕生するのはもはや時間の問題だろうが、強豪に一歩も引けを取らない今回の対戦ぶりを見ていると、それもかなり近い将来に実現するのではないかという気がする。少し前までは、日本人初のIMはきっと羽生名人だろうと思っていたけれど、最近の忙しさを見るとチェスに時間を割けるようになるのはおそらくちょっと先になりそうだ。

いずれにしても、一般的なマスコミがこういう大会のことを小さい扱いでも紹介するようになるためには、誰かすごく強い人が出てくる必要があるだろう。すでに今回の大会でも、佐野選手がレーティングが400も上のGMに勝ったり、小島選手が前の英国チャンピオンを破ったりするなど相当すごい戦果をあげているのだが、なかなかそのすごさはチェスの外の世界にいる人には分かってもらえない。北京オリンピックのときに太田選手が銀メダルを取ってフェンシングが脚光を浴びたが、何かあれくらいインパクトのある快挙が達成されれば、ずいぶん今の状況も変わるのではないだろうか。ライブ中継を見ていて、そういうことが起きる気運は少しずつ高まってきていると改めて感じた。

2008年11月25日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.69


アイデアは67番と同じである。3手目の黒の手の分岐は実際は等価な変化だが、ここでは棋譜再生の都合上、片方をメインラインとしてある。なお本作が発表されたときは、Kubbel、Herbstman、Somov-Nasimovichの3人で1st honourable mentionを分け合った。

2008年11月24日

雨の日のシチュー

朝から冷たい雨。起きてみると何だか扁桃腺が腫れているようだ。さては昨日、尾道遠征の際にどこかでもらってきたか?まあ他には何も症状がないようなので、大したことはないだろう。

こういう日にはあったまるものをということで、今日はシチューをつくった。最近は帰りが遅くなることが多く、平日は料理らしい料理はほとんどできない。いや、どのみち料理らしい料理などできないのだけれども、休日なら少なくとも野菜を切って肉と炒めてから煮込む、ということをするくらいの時間はある。ただ、中途半端に具材を残しておいても悪くしてしまうからと全部切って投入するので、結局いつも具の海の隙間をシチューのスープが埋めているような状況になってしまう。まあ食べる分にはこれで問題ない。明後日くらいまではもつだろう。

2008年11月23日

詰陽会に行く

尾道で行われた詰将棋の会合「詰陽会」に行ってきた。いつもは岡山で半年に一回「詰備会」という集まりがあってそれに出かけているのだが、今回は幹事の都合によりお休み。そこでかつて尾道に住んでおられたことがあるTさんが一肌脱ぎ、臨時的に尾道での会合が行われることになったのである。岡山まではいつも新幹線を使っていたが、今回は広島から近いこともあって車で向かった。約100キロの道のりである。尾道の街はもうすでに何度か訪れたことがあり、街中に入ってからも迷うようなことはなかった。駐車場を探してしばらくぐるぐる回った後、結局駅前の市営駐車場に止めた。

今回の会場は尾道商業会議所記念館というところ。明治時代の会議所を復元したというところで、いつもとはずいぶん違う場所での会合となった。集まったのは7人だが、九州からIさんもいらしていた。詰将棋の検討というよりは雑談が中心でゆったりとした時間を過ごし、5時に終了。近くの店で2次会をし、7時頃にはお別れして帰路に就いた。

Cats_in_Onomichi2.jpgCats_in_Onomichi1.jpg会合の最中、お茶を買いに外に出た。会場の記念館の隣は小さな広場になっており、そこに面して有名人の足形のレリーフがいくつか並んで設置されている。そのうちの一つのそばで、猫が2匹じゃれ合っていた。小春日和の日差しを浴びて何とも気持ちがよさそうだ。ふと後ろの足形の主は誰かなと目をやったら、何と「江戸家小猫」。たくさんあるレリーフの中でこれを選ぶとは……。類は友を呼ぶ。

2008年11月22日

ルネ・マグリットの絵を見て (2)

Magritte-LeTrioMagique.jpg昨日の話の続き。マグリット展を見に行ったとき、もう1枚興味を惹かれた絵があった。「魔法のトリオ」(原題:"Le Trio Magique" (1961))と題されており、舞台のようなところに3つのオブジェが立っている。左右はカーテンの形をしており、真ん中は女性のようなシルエットだ。いずれも表面に楽譜が貼られている。この楽譜で覆われたオブジェという趣向はマグリットの絵にしばしば登場するものであり、この展覧会でもこの作品に限らず何枚か出ていたように記憶している。

最初はぼんやり見ていたのだが、そのうちあることに気づいておやっと思った。向かって右側のカーテンに使われている楽譜が、ショパンのノクターンOp.9-2の終わりの部分だったからである。有名な曲だし弾いたこともあったから、間違いはなかった。となると、中央の人型と左のカーテンに使われている曲はそれぞれ何なのか?俄然興味がわいてきたが、その場では音符を追っかけてみてもよく分からない。ただ左のカーテンの曲もピアノ曲らしいこと、人型の曲は歌詞の一部が見えることから歌曲かオペラの一部であろうということ、そして3曲とも変ホ長調の曲であることは分かった。これらの事実からして、マグリットが決して適当に楽譜を貼り付けたのではなく、明確な意思を持ってこの3曲をそれぞれ選んだということはもう間違いなかった。かくして、残りの2曲の出自を明らかにするという課題が残されたのである。

それから2年後に私は今の勤務先に赴任することになったが、あるときにマグリット展で見たあの絵のことをふと思い出し、情報を得ようと図書館に向かった(小さい大学だが芸術学部があるため、アート関係の蔵書は豊富なのだ)。5巻からなるマグリットの総作品目録があったので、早速「魔法のトリオ」を探す。作品番号1630番として登録されたそれをやっと見つけると、添えられた解説にはこうあった:

The pasted paper element used in the bilboquet (music from the aria 'Ocean, thou mighty monster' from Weber's Oberon) is taken from the same score as that used in the sphere of cat. 1631, which was done in 1961. The music used for the curtains (which we have not identified) reappears in cat. 1640, a dated work of the same year. (後略)

1つ目の括弧書きによって、中央の人型に貼られた曲は歌劇「オベロン」の中で歌われるアリアであることがこれで明らかになった。しかし2つ目の括弧書きによれば、カーテンに使われている曲は識別できなかったという。向かって右が分からなかったというのが意外だったが、これで手がかりが切れてしまったわけだ。結局、向かって左は分からないままか……といったんは思った。

Field-Nocturne.jpgしかしそこでもう一度考え直した。マグリットが楽譜を意識して選択している以上、左のカーテンに使われた曲も選ばれた理由があるはずだ。だからそれは、ショパンのノクターンと対になるような曲でなければいけない。だがそれがショパンの曲でないのは明らかだった。ではショパン以外で、ショパンのノクターンと対になり得る存在は何だろう?そこまで来てやっと、気づいたのである。ノクターンという形式の創始者、ジョン・フィールドではないだろうか。早速フィールドのノクターンの楽譜をチェックしてみた。そして彼のノクターン第1番の譜面の1ページ目に、まさに左側のカーテンに貼られた部分があるのを発見したのである。やっと見つけた……。初めてあの絵を見てから2年あまり経って、ようやくすべての楽譜の出所が明らかになった瞬間だった。

多分昨日の絵と同じで、よく知っている人が見たら自明のことなのだろうと思う。そのまんまじゃないかとまた言われるかもしれない。ただ少なくとも当時の私にとっては、そんなに明らかなことではなかった。それがかえって、さして有名でない絵を記憶にとどめることに一役買ったのかもしれない。自己満足に過ぎないが、ものすごくささやかな謎を解き明かしたような気分になって、それからしばらくの間はずっと一人悦に入っていたのだった。

2008年11月21日

ルネ・マグリットの絵を見て (1)

GoogleMagritte.pngGoogleに行ったら、タイトルロゴがいつもと変わっていた。何かの記念日などにGoogleがよくやるお遊びの一つだ。今回のデザインの由来は、いわずとしれたルネ・マグリットである。今年はマグリットの生誕110周年であり、11月21日は彼の誕生日なのだそうだ。

まだ東京で学生をしていたときに、渋谷のBunkamuraで行われたマグリット展を見に行ったことがある。もう6年くらい前の話だ。会場はかなり混雑していて彼の絵の人気の高さをうかがわせたが、その中でも特に「光の帝国」や「大家族」などの有名な作品は注目度も高いようだった。もちろんそれらも面白かったのだが、個人的には他の人たちがあまり気に留めていなかったある2枚の絵に強く惹きつけられた。その絵に描かれているものに、ちょっと見ただけでは分からないような意味が隠れていることに気づいたからである。少なくとも、その場でそのことに気づいたのは自分だけのように思われた。それがこっそりマグリットと会話を交わしたような気がして、何とも心地よかったのである。

Magritte-LeMat.jpgその1枚目は、「チェックメイト」(原題:"Le Mat" (1936))という作品だった。白のキングらしい人物の胸に、黒のビショップと思われる人物がナイフを突き立てており、そこから鮮血が流れ出ている。なるほど、敵将を仕留めた瞬間だから、チェックメイトというわけか。そこまでは誰でもそう思う。実際、展覧会に来ている人たちはその程度のことを思うくらいで素通りしていくようだった。だが、チェス好きとしてはもちろんそれで終わらせるわけにはいかない。白のキングの横にある白い塔、これは明らかにルークを思わせる。しかし他は何だろう?特にルークの前にある、この渦を巻いたような妙な物体は……そう思った次の瞬間、すべてを悟ったのである。そうか、まさに「チェックメイト」ではないか!ルークの前にある渦巻きオブジェは、黒のナイトを極度に抽象化したものだ。そして画面の手前に転がっている2個の球、これも黒のポーンの抽象的表現に違いない。そしてそれらの駒を頭の中のボードに並べたとき、紛れもなくそれはメイトの局面だったのである。ぞろぞろと足を止めずに通り過ぎていく人の列の中で、私はほんの少しにやりと頬がゆるむのを抑えきれなかった。

今になってこう振り返ってみると、そんなことは気づかない方がおかしい、と思われるかもしれない。確かに手前の妙なオブジェたちが何かと考える気にさえなれば、チェス盤の上にある以上、それらはナイトでありポーンであると判断するのが自然だろう。しかし、これを見たのはマグリット展の会場だったのである。ほとんどすべての絵に、こんな感じの球体やそれに近いものが浮いていたり転がったりしているのだ。だからこの絵が実際のメイトの盤面を表していると気づくのは、それほど簡単なことではなかったのである。

なお、この絵はマグリットが通っていたブリュッセルのチェスクラブ Cercle d'Echecs de Bruxelles に寄贈されたものである。後年になって、マグリットの友人のシュールレアリスト、ポール・ヌジェ (Paul Nougé) の著作 "Notes sur les échecs" の表紙にも使われた。

マグリット展で気になったもう1枚の絵については明日。

2008年11月20日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.68


比較的やさしい作品である。

2008年11月19日

初雪とエスプレッソ

今朝も厳しい寒さ。たまらず真冬用のオーバーを出して着込む。外に一歩出てみてちらちら雪が舞っているのに気づいた。なるほど、道理で寒いわけだ。今シーズンの初雪だが、例年に比べても早いように思う。明日からまた少し暖かさが戻るようだから降り続くことはないだろうが、来月以降はまた悩まされそうだ。

EspressoMachine.jpgすっかり冷えてきたので、しばらくほったらかしにしてあったエスプレッソマシーンをセットし、久しぶりに一杯淹れてみた。本場のエスプレッソというものを味わったのは、10年以上前に観光でイタリアを訪れたとき、バールで飲んだのが最初である。それまでコーヒーの類にほとんど区別がついていなかった自分にとって、それはなかなか新鮮な体験だった。それ以来、あのデミタスカップに少量どろっと入った特有の苦みが忘れられず、何とかあれを再現しようとデロンギ社製のエスプレッソマシーンまで買ってしまったのだった。ただ、買った当初はかなりいいものができたのに、ここ数年はどうもうまくクレマがつくれない。去年も試行錯誤していたが、結局十分に満足いく一杯は得られなかった。もうマシン自体がダメなのかもしれないが、今年も粉の量やタンピングの力加減などをいろいろ変えて試してみよう。

それにしても、去年もエスプレッソマシーンをセットアップしたのが11月19日だったらしい。今これを書いていて初めて気づいた。どうやらこの日は私にとってセルフエスプレッソ解禁日のようだ。

2008年11月18日

オセロ大会とカプースチン

昨日の予報通り、今日は昼間からもう身を切るような寒さだった。もはやここでは秋は終わったようだ。

今日は所属している学科でオセロ大会という催しがあった。といっても、実際にみんなでオセロをして遊ぶわけではない。3年生がプログラミングの練習用にオセロのプログラムを作っており、これを対局させてチャンピオンを決めようというのである。すでに予選は先週までに終わっていて、今日は勝ち残った4人で準決勝と3位決定戦、そして決勝戦が行われた。この学科では毎年恒例のイベントになっており、この日は学生全員が講堂に集合し、正面の大型スクリーンに映し出されるゲームの様子を観戦するのである。今年も大きなトラブルもなく、無事終わった。

この手のボードゲームの観戦というのは、どう頑張ったところでサッカーのようなわけにはいかず、大いに盛り上がるようなことはほとんどない。今打たれた手がいいのか悪いのか、その瞬間には誰も分からないから、得てして対局中は妙に静かになってしまう。そこで、あまりしんとしていると間が持たないということで、ゲーム中はBGMをかけることになっている。あくまで静寂を防止するための音楽であり、聞こえるか聞こえないかという程度の音量で流すだけなのだが、毎年その役目を担当しているのが私である。4年前、赴任1年目に初めてその役を仰せつかったときから、かけるCDはカプースチンと決めている。自分のよく知っている曲の中で、こういう場にふさわしいのはこれ以外にないだろう。実際、巷にあふれているそこらへんの曲よりよほどかっこいいと思う。

実のところ、カプースチンを流すのにはもう一つ、密かな目的があった。学生さんの中にこれを聴いて興味を惹かれる人が出てこないかなと期待していたのである。しかし今年で5年目になるのに、まだ誰も「この曲何ですか?」と尋ねてくる人はおらず、最近ではもうすっかりあきらめていた。ところが今日、思いがけないことに一緒に大会を運営していた教員の方から「去年もかっこいいなと思っていたんですが、あれは誰の曲ですか?」と訊かれたのだ。もちろん喜々としてCDを紹介したことはいうまでもない。かくして5年の歳月をかけて、ささやかな布教活動は実を結んだのだった。

2008年11月17日

修繕工事始まる

今住んでいるマンションは建ってから年月が過ぎ、大規模な修繕工事が行われることになっていたが、それが今月から本格的に始まっている。最初の頃はポツポツとレッドコーンが置かれたり、遠くで散発的に金属がふれあう音が聞こえてくる程度だったが、いつの間にか建物全体に足場が下の方からまとわりつき始め、ドリルか何かで穴を開けているような大きな音が聞こえるようになってきた。そしてついに今日、勤務先から帰宅したら、ベランダの外は足場の金属棒が張り巡らされ、さらにその外側はすっぽりとシートに覆われてしまっていた。薄いので外の景色が見えないことはないが、窓からの眺めがずいぶん無粋になったことは否めない。これから3月頃までずっとこの状態らしい。眺めは仕方ないにしても、騒音がちょっと心配ではある。まあこの冬だけだから我慢しよう。

ずいぶん寒くなってきた。夕飯のときに天気予報を見ていたら、明日の東京の最低・最高気温がそれぞれ13度と17度なのに対し、広島は8度と12度とのこと。ここは少し高いところなのでさらにもう数度下がるだろう。さっき押し入れから毛布を出してきた。これでベッドはもう真冬モードに移行完了である。

2008年11月16日

チェス喫茶でチェスを指す

昨日は一日ピアノに浸ったが、一夜明けて今日はチェス漬けの日である。10時近くまで三宮に滞留していたために、大阪のチェス喫茶「アンパサン」に到着したのは午前中の対局が始まる11時ぎりぎりになってしまった。

3局指した結果は以下の通り:
  相手のレーティング
1. 1551         黒番 24手 勝ち
2. 1861         黒番 34手 負け
3. 1962         黒番 57手 負け
というわけで1勝2敗である。開始時点の自分のレーティングが1552だったから、まあ結果としては順当というところだろうか。しかし3局とも黒番になるとは思わなかった。1局目は相手のミスにも助けられてうまくメイトに持ち込むことができたが、問題は2局目。相手は5ヶ月前にここを訪れたときに対戦した方だ(前回の対戦で私が白だったため、今回は私が黒番になった)。この強豪相手にびっくりするほど序中盤がうまくいき、30手指したところでは優勢どころか勝勢といってもいい状態になっていたのである。しかしうっかり指した31手目が大悪手。相手がいわゆる「最後のお願い」でメイトスレットをかけていたのを見落としたのだ。また「一手ばったり」をやってしまった。何とももったいないことをしたが、6月の初対戦時には全く反対にこちらの敗色濃厚な局面で相手が詰む方向にKを逃げて大逆転勝ちしたので、これでおあいこというところか。この負けのあとに当たったのが、さらにレーティングの高い方。さすがにこれは格が違うという感じで、だんだんとつけられた差を少しずつそのまま決定的な差まで持って行かれた。これが強い人の勝ち方だ。レーティングが400以上も違うのだから、まあこれは仕方ないだろう。

全体的にまだまだ詰めが甘いのは反省すべきだが、強い人と指せて今回もいい勉強になったと思う。初めて踏み込むラインも多かった。定跡書でいろいろ調べても時間が経つとすぐに忘れてしまうが、やはり一度実戦で指した手順はなかなか忘れないものだ。こうやって経験を積み重ねていくうちに、少しずつ未知の局面にも適応していけるようになるのだろう。

9時20分頃、自宅に帰り着く。趣味に遊ぶ土日が終わり、また明日からいつもの日々が始まる。

2008年11月15日

演奏会を聴く

加古川ピアノ同好会の演奏会を聴きに行くため、朝10時過ぎの新幹線で広島を発つ。車内は大型連休かと思うようなひどい混雑だった。特に岡山から新神戸までの自由席車両は中央の通路に隙間なく人が立っている状況である。土曜日の午前中というのは普段からこんなに混んでいるものなのだろうか。もしかしたら、紅葉シーズンの週末はいつもこうなのかもしれない。

新神戸駅でお昼をすませると三宮を経由して演奏会場のある阪急御影駅へ。演奏開始時間に5分ほど遅れてしまい、最初の演奏者だけは扉の外で聴くことになったが、2番目から最後までは全部聴き通した。これまでは自分も出演していたから自分の出番が終わるまではなかなか落ち着かなかったが、今日は気楽なものである。久しぶりに生の演奏をたっぷり楽しむことができた。それにしても、全くみんなよく練習している。それぞれに仕事があってそれぞれに忙しいはずなのに、どうやってあれほどの演奏ができるだけの練習時間を確保しているのか教えてほしいものだ。

終了後、一つ隣の駅で打ち上げ。2次会にまでつきあい、日付の変わるころに三宮のホテルにたどり着いた。やっぱりこういう集まりに出てみると、もっとピアノを弾こうという気になる。それはピアノに限った話ではなく、詰将棋の会合に出ればそろそろ作品を創らなくてはと思うし、数学だって研究集会に行くたびにもっと勉強しなくてはと思いを新たにすることになる。しかし結局、どれも思うばかりでなかなか前に進まないから困ったものである。

2008年11月14日

竜王戦第3局&プロパラ原稿送信

数学演習の仕事を終えて自室に戻り、竜王戦の結果をチェックすると、もう対局は終わっていた。それも5時前に勝負がついてしまったらしい。結果は後手の羽生名人の勝ちで、これで3連勝。タイトルホルダーの渡辺竜王はカド番に追い込まれてしまった。将棋界では、七番勝負のタイトル戦で3連敗後の4連勝というのがこれまで一度も起きていないというのは有名な話だ(囲碁界では何度かある)。さすがに防衛は厳しくなったと言わざるを得ないが、先のことは何があるか分からない。次の第4局は熊本で11月26・27日に行われるとのことで、今から楽しみだ。

帰宅後、プロパラの原稿を仕上げて編集長のWさんに送信する。締切は明日だが、明日は神戸にピアノを聴きに行く予定なので、実質的には今日がデッドラインだったのである。先週まで出張続きでほとんど作業することができず、今回もまた大慌てで書き上げることになってしまった。去年担当を引き受けてからというもの、締切前は常にやたらと忙しいか体調を崩しているかのどちらかで、必ず自転車操業みたいなことになってしまうのが悩みのタネだ。これでは読んで面白い文章など書けるはずもなかろう。

2008年11月13日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.67


BとNだけが残る盤面はちょっと新鮮である。なおこのあと登場する69番では、同じアイデアが2つに分岐した変化手順のそれぞれで表現される。

2008年11月12日

エレベーターの話

食堂でお昼を食べ、自室に戻ろうとしてエレベーターが来るのを待った。現在の私の部屋は、建物の最上階の8階にある。キャンパスが山の斜面にある関係で最下層が2階という変な構造なのだが、それでも7階分上がらなければいけないので、階段だけで上がるのはちょっとつらい高さだ。他にも何人か待っていたが、そのうちの一人は学生だった。やがて扉が開くとぞろぞろとみんなが乗り込み、それぞれ降りる階のボタンを押したのだが、その学生が押したのは3階だった。つまり一つ上である。その後、他の人たちも5階や6階で降り、自分も8階の自室に戻った。そこでしばらく採点作業などをしているうちに喉が渇いてきたので、いったん下に降りて売店でお茶を買った。そして2階からまたエレベーターに乗ろうとしたところ、そのときも学生が一人待っていた。ところが驚くことに、その学生もまた3階で降りたのである。

若いんだから1階分くらい階段で行かんかい、と年寄りじみた主張をするつもりはない。もちろんそう言いたい気持ちは少なからずある。ただ、楽に上に行けるのならその方がいいと思うこと自体は理解はできる。だから百歩譲って、上階に行こうとしていたときにちょうどエレベーターがやってきたというなら、乗ろうとするのはまだ分かるのだ。理解しがたいのは、1つ上に行くためにエレベーターを「待っている」ということである。

私自身は、1つ上に行くためにエレベーターに乗ることはまずしない。初めて訪れた場所で階段の位置が分からないというようなときなら別だが、普段の生活では絶対に乗らないと言ってもいいかもしれない。それは自身の健康のためとか電気節約のためとかいうこともあるが、何よりもまず「待っていられない」からである。私にとってはじっと扉の前で1分も立ち尽くしていることは、1つ上の階まで階段で上がるのに要する程度のエネルギーとはまるで釣り合わない負担なのだ。それを天秤にかけようと思うのは3階分くらいからである。これがデパートのようなところだと、エレベーターが来るまでやたら待たされるうえにエスカレーターというものもあるから、エレベーターを選択する階差はさらに大きくなってしまう。結果的にエレベーターより時間がかかってもいい、エスカレーターをすたすた上り続けている方が私にとってははるかに気楽なのだ。そういう感覚は、きっと今日エレベーターを待っていた学生さんにはあまりないのだろう。

2008年11月11日

面倒な採点

先週出張していたせいで、数学演習の採点の仕事がたまっている。先週までに終わらせるはずだった分はどうにか昨日までに片付けたが、今週の分を今日やり始めて、思いの外面倒なのでまいってしまった。1年生の解析では定番ともいえる「合成関数の微分」の回で、z が x と y の関数で、その x と y がそれぞれ r と θ の関数になっているときに、z を r や θ で偏微分せよ、というお決まりのやつである。2階微分になると式がやたら長くなってくるうえに、人によって書き方や字体がまちまちなので、間違いがないか追っていくのは結構骨が折れるのだ。明日もかなり時間を取られそうである。

今週土曜日に神戸で加古川ピアノ同好会の演奏会がある。練習の時間が足りなさそうだったので出演を見送ったが、予想通りここ1ヶ月ほどはずっとバタバタしていて、やはりエントリーしなかったのは正解だった。ただ当日に予定があるわけではないので、今回は一観客として聴きに行くことにしようと思う。その日は神戸に一泊し、翌日は半年前のように、大阪まで足を伸ばしてチェス喫茶に顔を出してみようか。また強い人に教えてもらおう。

2008年11月09日

コヨーテを折る

OrigamiCoyote2.jpgOrigamiCoyote1.jpg昨日折り始めたコヨーテは案外スムーズに進み、2日で完成にこぎ着けた。顎のあたりの折り方が若干難しかったが、超複雑系折紙の世界においては、まあ素直な方だろう。作者はウルグアイの折紙作家、Román Díaz氏。紙の大きさは25cm×25cmで、アルミの両面に同じ色のカラペを接着してある。上顎と前足の一部は実は紙の裏側が露出してしまう設計になっているため、裏にも同じ色の紙を貼っておかないとおかしなことになってしまうのである。

OrigamiCoyote4.jpgOrigamiCoyote3.jpg以前折ったでも感じたが、この人の作品は単に対象の造形を再現するというだけではなく、特徴的な一瞬を写真のように切り取ってきたロマンティックなものが多い。本作にしても、ただ四つん這いのコヨーテにするのではなく、月夜に荒野の岩山で遠吠えしている瞬間を折紙にするというそのセンスが素晴らしいと思う。なお、Díaz氏本人のコメントによると、この作品はメキシコの画家、Rufino Tamayoの絵にインスパイアされたものということである。彼が見た絵がどんなものだったのか少し探してみたところ、それらしい絵にたどり着いた。おそらくこれに間違いないだろう。

(折紙モデル:"Coyote", Román Díaz "ORIGAMI para Intérpretes" (Atelier du Grésivaudan) 所収)

2008年11月08日

スーパーでの光景

今日はもう一日ぐうたらする日と決めていた。「今日は研究に没頭する日」とか「今日は締切間近の書類を一気に書き上げる日」とかいう予定はまずその通りに実行された試しがないのだが、ぐうたら計画だけはいつも完璧に遂行される。昼食後にコーヒーで一服し、午後はピアノを弾いたり折紙を折ったりしてゆっくり時間を過ごした。折紙は次の作品を折り始めたが、案外早く進んだので明日には完成する見通し。ピアノは最後から2ページ目がまだちょっと甘いが、あのあたりが形になったら録音に挑戦してみてもいいかもしれない。夕方は、近くのスーパーに買い物に出かける。このところ外出続きで冷蔵庫の中身を敢えてスカスカにしておいたので、今日はそれを埋めるべくまとめ買いをした。

買い物の最中に見た光景。スナック菓子のコーナーに親子連れがいた。どれを買おうか吟味しているようである。小学校2年生か3年生くらいの男の子が「これ、おいしいかなあ」と言いながらあるスナック菓子を手にとった。買うのかなと思って見ていると、しばらく手にした菓子を眺めていた男の子は「中国産だ、やめとこ」と言って棚に戻してしまった。うーん、あんな小さな子にまで嫌われてしまうとは……子供が原産地を確認するなんて、一昔前はほとんどあり得ないことではなかったかと思う。ある意味では今年を象徴する光景だった。

2008年11月07日

帰宅

午前2つ、午後2つの講演が終わり、研究集会の日程がすべて終了。夕方の新幹線に乗って広島に帰ってきた。いつもは車内でコンピュータをいじったりチェスプロブレムや詰将棋を考えたりすることが多いが、今日はほとんどの時間をぼうっとしたまま過ごしてしまった。

9時頃帰宅。城崎・高知・名古屋と出歩きが続いて少々疲れた。とにかく明日は気のすむまで寝ていられる。それがうれしい。

2008年11月06日

研究集会二日目

研究集会2日目。もう自分の講演は終わっているのでだいぶ気が楽ではある。午前2つ、午後3つの講演があった。終了後に大学構内のレストランで懇親会。立食パーティー形式だったが、きしめんやら天むすやら手羽先の唐揚げやらが出てきたのは、さすが名古屋というところか。終わった後、ホテルのある栄まで移動したが、まだ時間が早かったので一緒にいた4人でまた店に入り、もう少し話していた。

昨日のことだが、ホテルからメールを送信しようとしたところ、なぜか「メールサーバへの接続に失敗しました」と表示された。最初はサーバが混雑しているのかなとも思ったが、何度やってみても反応は同じである。受信は問題ないのに送信はできない状態だ。

いじっているうちに、そうかあれか、と気づいた。以前にもやはりホテルで同じことを経験したのだが、ホテルが契約しているプロバイダが迷惑メール対策としてSMTPサーバへアクセスするポート番号である25番をブロックしていることがあり、そうなると普通の設定ではメール送信ができないのである。こういうときは、メーラの設定でポート番号をサブミッションポートの587番に変えればよい。SMTP認証用のIDとパスワードを省略している場合にはそれも入力しておく。これでメールも送信できるようになる。しばらくこういう事態に遭遇していなかったので対処方法を忘れていた。もし外出先で、ネットワークには確かにつながっているのになぜかメールの送信だけできないことがあったら、まずこれが原因だと思って間違いないだろう。

2008年11月05日

名古屋到着

研究集会に出るため広島を朝に発ち、お昼に名古屋に着く。時間的には十分余裕があったので、駅の地下にある喫茶店で軽い昼飯をゆっくりすませた。会場のN大学のキャンパス内に直接出られる地下鉄の駅が数年前にできたため、時間的には大してかからないだろうと高をくくっていたのである。ところが地下鉄の本数が思いの外少なくて待たされてしまい、着いたのはプログラムの開始直前。おまけにあわてていて反対の方向に歩き出してしまい、結局最初の講演に3分ほど遅刻してしまった。重い荷物を持って走り回り、ゼイゼイと息を切らしてD先生の講演を聴く羽目になる。全く、用意周到であるような顔をしていて、いつもどこか間が抜けている。

自分の講演は3つ目だった。まあ相変わらずのグダグダ講演で、寅さんのはがきの文句「思い起こせば恥ずかしきことの数々、今はただ反省の日々を過ごしております」そのままの心境。まあもうよい、とにかくこれで一仕事終わった。明日からは一聴衆に徹しよう。

2008年11月04日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.66


ステイルメイトにするために、5つもあったPを白はすべて捨ててしまう。最初の2手は原形のままP2個を消すいわば邪魔駒消去で、このへんもKubbelの作品と詰将棋の親和性を感じさせる。

2008年11月03日

鰻屋と桂浜

研究集会最終日。昨夜は思いがけず土佐の危険な余興を体験することになったが、幸い誰もつぶれている人はおらず出席していたようだった。午前中の講演二つをもって無事今年も終了。

Ryoma.jpg帰りの高速バスが出るのが夕方で、それまでどうしようかと思案していたら、ホストのFさんが昼食に誘ってくれた。これはラッキー。Y大学のIさんも加わり、Fさんの車に乗せていただいて春野にある鰻屋まで連れて行ってもらう。このへんでは有名な店なのだそうで、評判に違わずおいしかった。まだ時間があったので、そこからさらに桂浜にも連れて行っていただく。5年前にもここを訪れたことはあるが、今回は龍馬像の横に櫓が設置されていて、初めて龍馬の真横に立つことができた。櫓は毎年、龍馬の誕生日であり命日でもある11月15日を中心とするこの時期にだけ作られているらしい。曇り空だったが暑くも寒くもなく、海を渡ってくる柔らかな風が心地よかった。

Fさんには車で高知駅まで送ってもらい、高速バスの見送りまでしていただいた。直前まで行こうか行くまいか迷っていたが、終わってみるとやっぱり来てよかったという気分になる。これだから高知には毎年来てしまうのである。来年も都合がうまくつくことを祈ろう。

2008年11月02日

「べく杯」と「菊の花」

研究集会二日目。今日も高知はいい天気だ。会場のK大学は、様変わりした高知駅から電車で朝倉駅まで移動すればすぐそこである。昨日と今日はちょうど学園祭の最中で、キャンパスに入るとがやがやいう声とともに鉄板で何かを焼いているようなにおいが流れてきた。普通なら学園祭ともなれば音楽形サークルのライブで大音響が聞こえてくるところだが、ライブ会場が遠いのか演奏がおとなしいのか、研究集会の部屋はずっと静かだった。

今日のプログラムが終了した後、追手筋の通りの近くにある店で懇親会があった。宴もたけなわとなったところで、またマジックを何かやってみろという話になる。去年はもしかしてそういうこともあるかもしれないという心づもりがあったが、今回は何も考えていなかった。しかしたまたま持ってきたデイパックの中にカードは入っていたので、昔からやっている定番のやつを一つだけ披露。中学生くらいのころから何度となく演じ続けてきているからこういう咄嗟のときにも何とか対応できたが、もう少しこういう定常的なレパートリーを増やしておきたいところだ。

ちょうどマジックを見せ終わったころ、仲居さんが土佐のお座敷遊びを教えるからと言って入ってきた。最初に持ち出したのが「べく杯」。小さなコマを盆の上で回し、倒れたときにコマの芯が指す人が酒を飲まなければいけない。しかも渡される杯は不安定な形だったり底に穴が空いていたりで、途中で置かずに飲み干さなければならないというものである。酒豪ならともかく、大して強くない私がこんなものを渡されたらたまったものではない。飲まされた人がまた次にコマを回すということを5回くらい繰り返したが、コマの芯がいつこちらをぴたっと向くかと気が気でなかった。

それがやっと終わったと思ったら、今度は仲居さんが「菊の花」をやろうと言い出した。今度は全員分のお猪口を盆に集め、全部伏せた形で置く。盆を回しながら一人が一つずつ杯をひっくり返していく。うち一つだけには開けると菊の花が入っており、それを開けてしまった人はそれまで開けられた杯分の酒を飲まなければいけないというもの。まあこれもとんでもない。だいたい25人も出席しているのである。つくづく高知というところは恐いところだ。

9時過ぎに散会し、そのままホテルに戻ってきた。もちろん今これを書いているということは、べく杯にも菊の花にも幸い当たらずにすんだということである。

2008年11月01日

高知到着

8時発の高速バスで広島を離れて高知へ。ちょうど4時間の旅でお昼きっかりに高知に着いた。着いてまずびっくりしたのが高知駅の変わり様だ。平屋で昭和の趣を感じる去年までの駅舎は完全に姿を消し、立派な高架に現代的なデザインの巨大な建物に変貌してしまっていたのである。駅前はまだ大規模な工事が行われていて、まだまだ大きく様変わりすることが予想できた。きっと来年来るころにはまた一段と立派になっているに違いない。

午後から研究集会に参加。終了後、はりまや橋まで路面電車で戻った後、何人かで地元の店に行く。高知料理はやっぱりおいしい。去年も思ったが、全国各地に郷土料理はあれど、これはここでしか食べられないなと高知ほど思わせてくれるところはそうはない。舌が相当鈍い私ですらそんな気になるのである。かつおのたたきはもちろん、どろめ、のれそれ、じゃこ天……今日食べたもので特においしいなあと思ったのは青さのりの天ぷらだ。口の中に香ばしさが広がって、噛んでいる間ずっと満ち足りた気分になれる。やっぱり高知はいい。