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ルネ・マグリットの絵を見て (2)

Magritte-LeTrioMagique.jpg昨日の話の続き。マグリット展を見に行ったとき、もう1枚興味を惹かれた絵があった。「魔法のトリオ」(原題:"Le Trio Magique" (1961))と題されており、舞台のようなところに3つのオブジェが立っている。左右はカーテンの形をしており、真ん中は女性のようなシルエットだ。いずれも表面に楽譜が貼られている。この楽譜で覆われたオブジェという趣向はマグリットの絵にしばしば登場するものであり、この展覧会でもこの作品に限らず何枚か出ていたように記憶している。

最初はぼんやり見ていたのだが、そのうちあることに気づいておやっと思った。向かって右側のカーテンに使われている楽譜が、ショパンのノクターンOp.9-2の終わりの部分だったからである。有名な曲だし弾いたこともあったから、間違いはなかった。となると、中央の人型と左のカーテンに使われている曲はそれぞれ何なのか?俄然興味がわいてきたが、その場では音符を追っかけてみてもよく分からない。ただ左のカーテンの曲もピアノ曲らしいこと、人型の曲は歌詞の一部が見えることから歌曲かオペラの一部であろうということ、そして3曲とも変ホ長調の曲であることは分かった。これらの事実からして、マグリットが決して適当に楽譜を貼り付けたのではなく、明確な意思を持ってこの3曲をそれぞれ選んだということはもう間違いなかった。かくして、残りの2曲の出自を明らかにするという課題が残されたのである。

それから2年後に私は今の勤務先に赴任することになったが、あるときにマグリット展で見たあの絵のことをふと思い出し、情報を得ようと図書館に向かった(小さい大学だが芸術学部があるため、アート関係の蔵書は豊富なのだ)。5巻からなるマグリットの総作品目録があったので、早速「魔法のトリオ」を探す。作品番号1630番として登録されたそれをやっと見つけると、添えられた解説にはこうあった:

The pasted paper element used in the bilboquet (music from the aria 'Ocean, thou mighty monster' from Weber's Oberon) is taken from the same score as that used in the sphere of cat. 1631, which was done in 1961. The music used for the curtains (which we have not identified) reappears in cat. 1640, a dated work of the same year. (後略)

1つ目の括弧書きによって、中央の人型に貼られた曲は歌劇「オベロン」の中で歌われるアリアであることがこれで明らかになった。しかし2つ目の括弧書きによれば、カーテンに使われている曲は識別できなかったという。向かって右が分からなかったというのが意外だったが、これで手がかりが切れてしまったわけだ。結局、向かって左は分からないままか……といったんは思った。

Field-Nocturne.jpgしかしそこでもう一度考え直した。マグリットが楽譜を意識して選択している以上、左のカーテンに使われた曲も選ばれた理由があるはずだ。だからそれは、ショパンのノクターンと対になるような曲でなければいけない。だがそれがショパンの曲でないのは明らかだった。ではショパン以外で、ショパンのノクターンと対になり得る存在は何だろう?そこまで来てやっと、気づいたのである。ノクターンという形式の創始者、ジョン・フィールドではないだろうか。早速フィールドのノクターンの楽譜をチェックしてみた。そして彼のノクターン第1番の譜面の1ページ目に、まさに左側のカーテンに貼られた部分があるのを発見したのである。やっと見つけた……。初めてあの絵を見てから2年あまり経って、ようやくすべての楽譜の出所が明らかになった瞬間だった。

多分昨日の絵と同じで、よく知っている人が見たら自明のことなのだろうと思う。そのまんまじゃないかとまた言われるかもしれない。ただ少なくとも当時の私にとっては、そんなに明らかなことではなかった。それがかえって、さして有名でない絵を記憶にとどめることに一役買ったのかもしれない。自己満足に過ぎないが、ものすごくささやかな謎を解き明かしたような気分になって、それからしばらくの間はずっと一人悦に入っていたのだった。

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コメント

ナッツーさん、凄いですよ♪♪♪
ジョン・フィールドの楽譜は逆さまだったんですね。
マグリットの「魔法のトリオ」は初めて見ました。

あとになってみると、もっと早く気づけたような気もするんですけどねえ。
でも自分一人で探偵をしている気分で、それはちょっと楽しかったですね。

これは執念の追跡ですね。
絵の解説を読んでも、作者が明らかにしていなければ、まず書いてないですからね。
こういう一文にもならない事の解明が楽しいんですよ。
お見事でした。

コメントありがとうございます。
マグリットの作品で楽譜が貼られている絵は何枚かあるみたいですが、
この分だと他のものもかなり明確な意図を持って選曲していると思うので、
それらについても調べてみると面白いかもしれませんね。

 この絵はたしかに見ました。手元の資料にもあります。
 ジョン・フィールドに思い至ったところがすごいですね。マグリットはノクターン創始者のわりに不遇な彼の顔を立てたのでしょうか。となるとオベロンとの関係が見えてきませんが(笑。

オベロンは……単にマグリットが好きだったのかなあ、と(笑)。
歌を先に決めてから、伴奏風に同じ調の曲でペアになりそうなものを
探してきたのかなあと推測しています。

自分で適当に音符を並べるよりは、既成の曲を引用する方が、楽譜らしさのリアリティが増すでしょうね。
残る謎は、三曲の選定理由と題名の関係かあ。調性も一致してるし、油断ならぬ画家なんだなあ。

そうですね。もし彼がオベロンの中のアリアにインスピレーションを得てこれを描いたのなら中央の人型に
その楽譜を貼ることは決まっていたでしょうが、果たしてそうだったのかどうかは分かりません。
また、その脇を固めるカーテンにフィールドとショパンのノクターンが選ばれた理由が
調性や曲名以外にもあるなら、それも是非知りたいところですね。

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