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2009年02月28日

モーフィー時計の午前零時

明日は一応中国選手権ということでチェスを指しに三原に行くことになっているのだが、今週は仕事が忙しくて準備らしい準備は何もできなかった。やっと今日は時間ができたので、学生時代のように一夜漬けで取り組もうと盤に向かう。しかしすぐに、今さら何かしたところでどうなるものでもないという諦めにも似た気分が先に立ち、ピアノに逃避したりしているうちに時間が過ぎていってしまった。学生時代のように、と書いたけれども、ピアノに逃避するところまで変わっていないというわけだ。

夕方から街中に出かける。本屋で数日前に出たばかりの「モーフィー時計の午前零時」を探すと、しっかり平積みされていた。若島さんがまとめたチェス小説のアンソロジー。何度かチェスを教えていただいたHさんも訳者の一人として加わっている。H氏担当の短編は草稿の段階で一度読ませてもらったが、他はもちろん初めてだ。エッシャーの「メタモルフォーゼII」を使った装丁も自分好みでよい。早く読みたいのだが、明日寝坊するわけにもいけないので、今日は自重しておくことにする。その代わりに編者の後書きをパラパラと眺めていたら、ちょっと目に留まったところで思わず笑ってしまった。古今の名プレイヤーが簡単な説明付きで紹介されているのだが、ナイジェル・ショートの項目に「つい最近の大会で、持っていた携帯電話が対局中に鳴り、規定で負けになるというチョンボをやらかした」と書いてあったからである。ついこの間のできごとがもうこんなところで活字になっているということと、たった3行の短い紹介文の半分があの一件に割かれているということが、何だか妙におかしかったのだった。

2009年02月27日

ソルヴィング大会の記事

Chessbaseのサイトにチェスプロブレムのソルヴィング大会であるイギリス選手権の話題が出ていた。1980年から毎年開催されている大会だそうで、参加者は2手詰、3手詰、長手数詰、エンドゲームスタディ、ヘルプメイト、セルフメイトの6ラウンドでそれぞれ出題された問題を解いて得点を競う。今年優勝したのはリンク先の記事を寄稿しているJohn Nunn博士で、チェスプロブレムの第一人者であると同時にゲームとしてのチェスにおいても世界屈指の強豪として知られる天才である。日本でも先月に国際ソルヴィングコンテストが行われたほか、詰将棋でも3月末と4月始めに詰将棋解答選手権が行われることになっている。まだ歴史は浅いが、これからどんどん浸透していくのではないかと思う。

上記の記事を何気なく読んでいって、おしまいの方の写真であれっと声を上げそうになった。まるで予想していなかったものが写っていたからである。ソルヴィング選手権に参加していたLes Blackstock氏が、何と週刊将棋を広げて将棋の棋譜を並べているのだ。盤面がはっきりしないが、角交換をしたうえで向かい飛車になっているように見える。プロ棋士の棋譜だろうと思われるが、これは最近の対局なのだろうか?分かる人がいたら教えていただきたい。

2009年02月25日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.81


2009年02月24日

丸三年

このブログを始めたのが2006年2月25日だったので、今日で丸三年が過ぎたということになる。エントリ数でいうと今書いているこれが996番目。愚にもつかぬことをよくもまあこれだけ書きためたものだが、特定の話題に偏らず、その場その場の思いつきですませていることが結果的に継続につながっているように思う。また1ヶ月に3回程度休むくらいのペースも私にはちょうどいいようだ。多分ブログを続けるのに一番必要なことは「同じペースで書く」ということだと思う。毎日更新でも1ヶ月1回更新でもその人なりのペースがあり、それをつかんで乱さないようにすれば、たとえ更新頻度が低くてもそのブログは続いていることになるのだ。スタートして最初の数ヶ月は1日に何回も更新するような勢いで何か書かれていたのに、ある日パタリと動かなくなったまま何年も放置されているブログや、毎日更新を自分に課してしまったためにひたすら「今日は特に書くことがない」というエントリばかりが続くブログによくネット上で出くわす。あれは自分のペースをつかみ損ねた結果ともいえるだろう……と偉そうなことを書いていると、何年か経って「こう書いている本人のブログが放置されているんだから世話ねえな」と言われたりする状況にならないとも限らないから、これくらいにしておこう。

エントリ数が1000を超えるのを契機として、適当な時期にサーバを新しいマシンに移行し、それに伴ってブログも少し改装しようかと考えている。ただまだ新サーバの整備がすんでおらず、リニューアルにはもう少し時間がかかりそう。もし今後1週間か2週間の期間でこのブログにアクセスできなかったり正しく表示されなかったりしたときは、サーバ移行に悪戦苦闘している最中だとご理解いただきたい。

2009年02月23日

携帯チェス盤

Kings.jpgここを見に来る人の中には家にチェスの盤駒がある方も多いと思うが、普段はどんなものを使われているのだろうか。先日、うちにあるチェスセットを数えてみたら、いつの間にか7組になっていた。ネットで手に入れたものが多いが、中にはストックホルムの土産物屋で衝動的に買ってしまったものもある(あとで東急ハンズに同じ商品が売られているのを見たときはがっかりした)。一番大きな駒はキングの高さが9.5cmくらいで、これは居間に置いて普段の棋譜並べ用に使っている。それからもう少し小さいサイズのプラスチック製の駒が2組。ストックホルム衝動買いのガラス製セットは作りがちゃちなうえに駒の判別が難しく、実用的にはほとんど使えない。あとの3つはいずれも携帯用である。実はこの携帯用チェスセットを結構重宝している。3つともそれぞれ特徴があり、一長一短だ。

PortableChess2.jpgPortableChess1.jpg1つ目は何年か前にネット通販で買ったもの。シックな黒い外箱は小物入れのようだが、持ってみるとかなり重い。中を開けると金属製のボードが入っており、さらに間仕切りを挟んでその下に駒が収められている。もちろんマグネットになっているので傾けても大丈夫。金属の冷たい感じがチェスのともすれば非常な論理性を体現しているようで、かっこよさでは一番だろう。ただ実用性という観点から見ると、取った駒を箱に戻すのがやや面倒なことと、全体的に重いことがマイナスポイントである。

PortableChess4.jpgPortableChess3.jpg2つ目は海外旅行のお土産として親戚からもらったものである。木製で円筒形をしており、くりぬかれた穴に入った引き出しに駒が収められている。おしゃれな作りで、デザイン性ではこれが一番秀でていると思う。ボードと入れ物が一体化しているので、使わない駒は引き出しの中に放り込むことができるのも便利だ。ただ難点は、駒があまりに小さく、指で持つのに相当神経を使わなければいけないこと。もちろんマグネットにはなっているのだが、ちょっとでも手先が狂うと横倒しになって隣の駒とくっついてしまうのだ。それを直そうと指を入れるとさらに隣の駒が倒れて3つがくっついてしまったりする。たまに落としてしまうこともあり、そうなるとどこにいったか血眼で探す羽目になってしまう。いつだったか新幹線の車内でポーンを落としたときは大変だった。

PortableChess6.jpgPortableChess5.jpg3つ目は最近買ったものだ。外見は財布かカード入れのようだが、両開きのフラップを開けると小さなチェス盤が出現する。駒は平たい磁石にマークを貼り付けた簡素なものだが、立体であることにこだわらなければ実はこれが一番扱いがいい。指一本ですっと動かせるし、取った駒を盤の下の部分に貼り付けておける仕様が非常に便利なのである。表側を見せなければ財布か何かをいじっているようにしか見えないので、喫茶店や新幹線の車内などであまり人目を気にしないですむのもいい。結局、今は主にこれを持ち歩いている。

[追記] もう1つ、もらい物で携帯チェス盤を持っていたことを記事を書くときにうっかり忘れていた。つまり携帯チェス盤は4つ、全体で8つ持っていることになる。ここまで来るとちょっとしたコレクションだ。いつになっても強くならないのに、こういうところばかり充実していくのはいかにもヘボプレイヤーらしい。

2009年02月22日

のんべんだらり

冷たい小雨が降り続くすっきりしない一日だった。天気がよければ先週に引き続いてジョギングでもしようかと思っていたが、こういう空模様では自重した方がいい。そんなわけで午後も家の中でのんべんだらりと過ごしていた。ピアノもチェスも折紙もやっていたけれど、何だかどれも歩みがのろくてなかなか前に進まない。ピアノに向かえばこの間譜読みしたはずの曲を指が忘れてしまっているし、チェスも少し前に並べたはずの定跡をよく覚えていない。来週に中国選手権があるのだが、こんな状態では今年もあまりよい結果にはならないだろう。まあ勝つことよりゲームを楽しむことが目的なのだから、ああでもないこうでもないと考える時間を相手と共有できればそれで十分だ。

夕飯は昨日買っておいた野菜と肉でカレーをつくる。まあまあおいしくできたかな。

2009年02月21日

定期点検

土曜日なのをいいことに惰眠を貪っていたら、窓の外から拡声器を通した大声が聞こえてきた。ああ選挙運動か、と最初は寝ぼけた頭で思っていたが、徐々に覚醒してくるにつれてそうではないことが分かってくる。カーテンを開けて外を見ると、果たして右翼の街宣車だった。しかも後から後から次々にやってくる。大日本何とか会だったり何とか塾だったり、名前はいろいろだ。うちの前の道は広島自動車道のICと街中を結んでいるのだが、みんな街の中心部を目指しているようだった。あたりが静かになるのに1時間近くかかったから、相当な数の街宣車が通り過ぎたことになる。そういえば日教組の集会を広島でやるとニュースで言っていたなと思い出した。今日の平和記念公園周辺はかなり騒がしいに違いない。

街中の混雑を予想して家でじっとしていようと昼までは思っていたが、午後に車のディーラーから電話があり、お時間があれば定期点検に来ませんかと言われたので行くことにする。約束の4時から15分ほど遅れて着くと、タイミング悪く担当の人が別の客の商談にかかりきりになってしまっており、結果的に相当待たされることになってしまった。あとで平謝りされたけど、こちらは待っている間にチェスのタクティクスの問題集をずいぶん考えることができたので、待ち時間はまるで苦にならなかった。チェスや詰将棋の本を持っているとこういうときは本当に助かる。

せっかく出てきたので、定期点検が終わるとその足で街中に回ってみる。やはりさっきまで交通規制をしていたらしく、バイパスの道路もいつになく激しく渋滞していた。車を止めると広島将棋センターに行き、詰将棋解答選手権の主催者から数日前に送られてきていたチラシをお渡ししてくる。席主のTさんともお話ししたが、会場変更の目処も何とかついたとのことで、今予定しているところよりはもう少し広い部屋にすることができそうだ。

2009年02月20日

携帯ストラップ

ShogiStrap.jpg携帯電話のストラップを、年明けから将棋の駒にしてみている。親が山形に行ったときに買ってきたと正月にくれたものだ。前につけていたのは魚をかたどったもので、それはそれで別に悪くはなかったが、やはり自分の趣味とか思い入れに関係があった方がよい。

本当はチェス駒のストラップも探していたのだが、ありそうで意外とないものである。海外のチェス用品販売サイトなどを巡っていると、盤駒や本はこれでもかとたくさんの種類が並んでいるのに、チェス関連グッズのコーナーにあるのは駒の絵があしらわれたキャップやコースターといったところで、あとは棋譜記録用紙や駒の収納箱のようなものばかり。日本ならストラップなんてとりあえずのお土産品として誰でも思いつきそうなものだ。携帯電話全体をうるさく光るガラス玉で装飾するようなのは論外としても、ストラップにさりげなく個性を出すというのはなかなか悪くないと思うのだが、まあそもそも携帯電話につける小物に凝るという発想自体が、向こうの文化にはあまりないのだろう。おそらく日本人のストラップ好きは、江戸時代のストラップ、根付に通じるものがあるに違いない。

2009年02月18日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.80


本作と次の81番は、同種の駒の強制的な交換 (compulsory exchange) がテーマになっている。このテーマ自体は彼の他の作品にも見られるが、それらにおいて交換されるのはすべてQであり、Bが使われているのは2作だけである。

2009年02月17日

雪の中を徒歩通勤

昨日は打ち上げのため車を勤務先に置いてきてしまったので、今朝は歩いていくことにする。外は明け方から雪が降っており、3日前の陽気が嘘のような寒さだった。大学までは30分程度の道のりだが、坂道を大きく下りて大きく登るため、距離のわりにはいい運動になる。今日も寒いはずなのに着いたときにはじわっと汗が出てきていて、部屋に入るなりジャケットやオーバーをいったん脱がなければいけないほどだった。歩数計を見ると約3,500歩。毎日歩いて通えば7,000歩稼げることになるが、いつも時間ギリギリに着いていることを考えるとそういうわけにも行かないだろう。

先月からいろいろな行事や締切が続いていてちょっと大変だったが、昨日まででやっと一段落した感あり。今日は比較的落ち着いて過ごせたような気がする。ずっとどこにも行けなかったので、来月中旬に大阪である小さな研究集会に行ってみようか考え中。もし行くことにしたら、またついでにチェス喫茶に寄ってもいいかもしれない。とりあえず、そのころに何かサボれない雑用が入らないかどうかを見極めてから決めよう。

2009年02月16日

講座見学会と打ち上げ

いててて……両ももが筋肉痛になってしまった。久しぶりにジョギングすると翌日はいつもこれだ。

午前中に講座見学会があった。学科の3年生が最後の1年をどの講座に所属するか決めるために、何人かのグループごとに各講座を回って説明を受けるのである。その下の学年からは学部改組によって講座制ではなくなるので、うちの講座に入る最後の世代ということになる。最初に1年間の流れを簡単に説明した後、教員は退室して4年生に自由に話してもらった。教員がいなくなるのは、その方が3年生が先輩に質問しやすいだろうという配慮である。後で聞いたら、「数学ができなくても大丈夫なんですか」という質問が多かったとのこと。「大丈夫」と答えたらしい。まあダメとは言えないか。

夕方からは教員と4年生で打ち上げ。紙屋町のそごうの前に集結し、本通商店街の裏手にあるちょっとおしゃれな店で互いの労をねぎらう。最初はややおとなしかった学生たちも酒が進むにつれて饒舌になり、デザートが出たころには教員の肩に手を回して写真を撮り合ったりして開放感に浸っていた。

一部は別の場所で飲み直そうと言っていたが、明日もあるので失礼させてもらった。帰宅は10時半頃。

2009年02月15日

久しぶりのジョギング

お昼を食べ終えると、昨日ハンズで買ってきたカラペをアルミと接着する作業を行っていた。店頭になくてわざわざ取り寄せてもらった色である。淡い若草色みたいなのを目指していたのだが、貼ってみると下地のアルミが透けて白っぽくなり、思っていた以上に淡くなってしまった。まあよい、次はこの紙で折ろう。

スーパーで買い物をすませた後、一念発起して久しぶりにジョギングに行く。ずっとサボっていたのだが、先日山登りに行ったときにバテ方のあまりのひどさにショックを受け、やはり少しは走らないといけないなと反省したのである。前回はいつだろうと調べたら、何と去年の2月17日。ちょうど1年前ではないか。これでは身体もなまろうというものである。もっとも暑い時期に身体を動かすのは厳しいので、今の時期だけでもなるべく頑張ることにしよう。

今日は自重してかなりゆっくり走り、4キロだけで切り上げた。それでも25分くらいかかったから、ほとんど歩いているのと同じだ。風呂を沸かしておいたので帰るとすぐ浸かって温まった。夕飯は肉じゃが。

2009年02月14日

足場解体

朝方、窓の外でガタガタいう音が聞こえてきた。せっかくの土曜日なのでベッドの中で丸くなって音をやり過ごしていたが、日が高くなってからもしやと思ってカーテンを開けると、ベランダの外に見えていた足場がすっかり消えてなくなっていた。11月中頃に組まれてからというものの、足場を伝って工事関係者がベランダに入ってきたりするので、カーテンをずっと閉め切ったまま過ごさなければならなかった。冬の間、3ヶ月も外の景色がまともに見られないというのはあまり愉快なことではない。これでようやく、晴れた日には陽光を部屋に入れる健康的な生活ができる。まだマンションの北側はペンキの塗装中で足場も残されたままだが、長かった修繕工事もやっと終わりが見えてきたようだ。

日中はピアノを弾いたりチェスを並べたりしながら、新しい自宅サーバを立ち上げる準備。すでにマシンも用意し、現在人気のUbuntuをインストールしてある。ただ、今使っているRedhat系のVine Linuxとは設定ファイルの置き場所などいろいろな点が異なっており、慣れるまではちょっと時間がかかりそう。同じLinuxとはいえ、ディストリビューションが変わるとやはり礼儀作法もかなり違ってくる。

ブログに使うソフトウェアはこれまでのMovable TypeからWordpressに乗り換えようというつもりでいたのだが、ここ数日はちょっと考えが揺らいでいる。MTの一番の欠点は再構築と呼ばれる作業にものすごく時間がかかることなのだが、最新のMT4.23はプログラムを改善した結果大幅に再構築時間が短縮されたという。ストレスがたまらないなら乗り換えずにすませた方がいいように思うが、いろいろなサイトを見て回ると、劇的にスピードアップされて使いやすくなったという人がいる一方、相変わらず遅いと文句を書いている人もおり、実際のところどうなのかよく分からない。どうするかもう少し考えよう。

2009年02月13日

卒研発表会

今日は朝から夕方までずっと卒研発表会。学生が一人ずつ、プロジェクタで資料を見せながらしゃべるのだが、7分発表に3分質疑応答で、与えられた時間は一人につき10分だけだ。それでも4年生全員がやるには時間がかかりすぎるので、二部屋に分かれて同時に行われている。うちの講座の学生の発表は一番最後で、何か失敗がないか内心ちょっと心配だったが、特に大きな問題もなく終了した。これで彼らに残されたタスクは、来週月曜日の講座見学会で見学に来る下級生からの質問に答えるという仕事だけである。

判定会議が終わった後で彼らの様子を見に学生部屋に行ったら、みんな一心不乱に携帯ゲーム機を両手で握りしめていた。まあ今はもうゲームでも何でもしてくれて結構である。

2009年02月12日

リハーサル

修論発表会や期末試験週間も終わり、あとは明日の卒研発表会と来週頭の講座見学会(3年生が所属する講座を決めるために見学に来る)くらいで今月の学生側の大きな行事はほぼ終了する。大学内にある食堂は今月に入ったあたりからだんだんとメニューの数が少なくなっていき、今日からは併設されている喫茶スペースだけの営業になってしまった。経費削減のつもりなのだろう、学生の数が少なくなり始めるとすぐ縮小営業モードに移行してしまうのだが、教員はいつだろうと来ているのだからもうちょっと頑張ってほしいものだ。これで3月までは毎日、2つくらいのメニューから選ぶ日が続くことになる。

夕方から明日の卒研発表のリハーサル。所属する学生と本番の部屋に行って、本番と同じように発表をしてもらった。この間の練習会のときにも思ったが、自分が担当していた学生が発表後の質問に苦しんだり的外れな答えを返したりしているのを見ていると、自分自身が講演のときに苦しんでいる姿と重なってきてしまって妙に居心地が悪くなってくる。そもそも、動揺したり狼狽したりしている人をじっと見つめるということが私はどうも苦手で、さっと目をそらしてしまうことがよくある。多分そのときも、意識下で自分に重ね合わせてしまっているのだろう。ただ先日テレビを見ていたとき、画面の中の人物が返答に困って動揺しているシーンから無意識に目をそらしてしまっていることに気づいた。ちょっとここまで行くと病的かもしれない。明日の発表会では発表時間のタイムキーパーをすることになっているが、学生の様子も最後までよく見るとしよう。

2009年02月11日

MiniDVテープ

MiniDVs.jpg学生時代のピアノサークルの同期だった人が今度結婚するというので、彼の映像をまとめてみようかとビデオテープを引っ張り出してきた。サークル内での私の定位置的役割の一つがビデオ撮影係だった。1年に何度かある演奏会、さらに仲間と行った国内旅行の数々で常に私はビデオカメラを構えていた。最初は軽い気持ちで始めたことだったが、ダビングした相手が喜んでいるのを見るうちにいつの間にか自分の使命のような気になってきてしまい、演奏会の時期になると演奏時間やアップのタイミングなど細かいことまで事前によく考えて撮影に臨んだものである。そうやって何年も撮り続けているうちに、たまったビデオテープの本数はかなりのものになった。1998年頃にビデオカメラを買い換えてメディアが8ミリテープからMiniDVテープに変わったが、単純に足せば70本か80本くらいになるだろう。

これらの映像資料をデータ化して半永久的に保存するというのがずっと前からの懸案事項なのだが、以前も書いたように8ミリテープの方は経年劣化が激しく、かなりのものはすでに再生が難しい状態になってしまっている。たった十数年で見られなくなるとは、撮影当時には思いもよらないことだった。今日はMiniDVテープを何本か再生してみたが、再生用に使ったビデオカメラの電源接触が多少悪いものの、こちらはまだ何とか見ることはできるようだ。

しかしパソコンに取り込むためには、1本につき1時間としてもここにある分だけで40時間近くかかってしまうことになる。最近の忙しさを考えるとそんな時間がとれるとはあまり思えないが、まあ合間合間に少しずつやっていくしかなかろう。技術がどんどん進歩していくのは結構なことだが、メディアがころころ変わっていってしまうのはどうにかならないものか。映像ファイルにしてしまえばもうこの先はどうとでもなるという気もするが、8ミリビデオカメラで撮影していたときも同じようなことを思っていたわけで、先のことは分からない。

2009年02月10日

フランス組曲

今月に入ってからはアンドレイ・ガヴリーロフの弾くフランス組曲のCDをずっとかけている。バッハの曲はもちろんどれも好きだが、フランス組曲はその中でもかなり上位に来る存在だ。特に4,5,6番の長調3曲は何度聴いても飽きない魅力を持っていると思う。自分でも弾いてみようと鍵盤に向かうことはある。ただ人前でバッハを弾くと技術のなさがもろに出てしまうので、あくまで一人でこっそり楽しむだけだ。本当はバッハをいつどこでも弾ける状態であることが理想なのだけれど、現実には少し練習をサボるとすぐ忘れてしまう。先日も、前によく弾いていたフランス組曲5番のアルマンドをちょっとやってみようとしたら指が全く動かなかった。また少しずつリハビリしなければいけないようだ。

ガヴリーロフというとプロコフィエフの「悪魔的暗示」とかバラキレフの「イスラメイ」のような超絶技巧曲の演奏がまず思い浮かぶが、実はこのフランス組曲もなかなかの名演であると思う。そういえば最近はあまり名前を聞かないような気がするが、活動はしているのだろうか。

2009年02月09日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.79


このあとで登場する106番を少しやさしく創り直したヴァージョンである。また、同じテーマでBの代わりにRを用いたものが221番にある。

2009年02月08日

交差多面体を折る

OrigamiFiveTetrahedra2.jpgOrigamiFiveTetrahedra1.jpg折紙とはつまり紙を折ることでできる造形であるが、狭義の意味では「正方形の紙1枚を切ることなく折るだけで表現する」ことを指しており、これは「不切正方形一枚折り」と呼ばれる。今まで折ってきたものもすべてそうだ。その意味でいうと、今日折ったものは厳密には折紙ではないことになる。複数の紙を使っており、さらにそれぞれの紙にはさみを入れているからである。しかしこのようにいくつも同じパーツを作成して一つの大きなオブジェをまとめる作品は「ユニット折紙」と呼ばれ、一つのジャンルを形成している。今回折ったものは正四面体が5つ絡み合ってできており、とがったそれぞれの頂点の凸包がちょうど正十二面体になるようにできている。これは1995年にThomas Hullによって発表された交差多面体で、"Five Intersecting Tetrahedra" (FIT) と名前をつけられた。ユニット折紙にしたのはFrancis Ow。紙は15cm四方の市販折紙用紙10枚で、それぞれ3枚の短冊に切り分けて30枚の長方形にしている。はさみを使うのはここまでで、あとはそれぞれを折って組み合わせるだけである。組む際に糊やセロテープの類は全く使っていない。各ユニットは隣の支柱に挟み込まれて折り曲げられるため、互いにつなぎ止める力が働いて容易には外れないのである。こうして手で持ってみると何やらエッシャーの絵のようだ。

OrigamiFiveTetrahedra3.jpgこれまで折ってきたものとは異なり、これは折るステップ自体は至極簡単だ。短冊を折って細くし、お互いとつなぐためにフラップとポケットを作るだけ。1ユニット折るのに5分もかからない。問題なのはこれらを組み合わせる工程である。1つ目の四面体に2つ目、3つ目と絡み合わせていくにつれ、どこにどうユニットを通せばいいかがどんどん難しくなる。もちろんいい加減に絡ませればいいわけではなく、ルールに従って組み合わせなければいけない。多分これで合っていると思うのだが、ユニットを組み合わせる過程で微妙な角度のずれが出てしまい、一部のユニットは圧迫されて若干ひしゃげてしまった。もう少し丁寧に折ればもっときれいにできただろうが、ちょっと各ユニット作成の過程が単調すぎるので、もう一度折るまでにはしばらく時間をおきたいところだ。

著名な折紙作家であり物理学者でもあるRobert J. LangはこのFITを一般化し、多々面体 (Polypolyhedra) なる概念を定義した。これは複数の同型な多面体からなっていて、各多面体の面は交差しているがそれぞれの稜線は交差していないという多重多面体構造を持っているものである。彼は群論を用いてこれを分類し、54個の位相的に異なる多々面体が存在することを証明した。そのすべてがユニット折紙で実現できるそうで、実際LangはFITとは別の新しい多々面体の作例を発表している。

(折紙モデル:"Five Intersecting Tetrahedra", Thomas Hull and Francis Ow, http://kahuna.merrimack.edu/~thull/fit.html で折図入手可能)

2009年02月07日

詰将棋解答選手権

土曜日だが勤務先に赴き、お昼過ぎから夕方までかけて講座に所属する4年生7人の卒研発表の練習会。学生が他の先生に質問されて困っているのを見ていると、自分自身の講演で質問されているときとダブってきてしまってハラハラしてしまった。質問タイムではまず思ってもみないことを尋ねられるのがほとんどなので、咄嗟にどれだけ内容があって相手を納得させる答えができるかが問題になる。残念ながら自分の場合、あまりまともな答えを返せずに終わり、ああ言えばよかった、こう言えばよかったと後で反省するということがほとんどだ。立て板に水ですらすら答えている人を見るといつも感心してしまう。

発表会が終わってから車で市街地まで出て、街中にある広島将棋センターに行ってくる。これまで書いてこなかったが、実はこの4月4日に詰将棋解答選手権という催しが全国のいくつかの会場で一斉に行われる。センター試験よろしく、制限時間内に詰将棋の問題を解いて得点を競うのである。広島でも開催できないかということになったので、少し前から私が会場の確保に動いていたのだった。一応区民文化センターの小さな会議室を押さえてあるのだが、将棋センターのTさんからせっかくだからもう少し大きな会場を取りませんかと提案していただいたので、そのへんの相談をしにいったのである。

Tさんによると、現在押さえてあるところとは別の施設で会場にできそうな場所があるという。ただ使用日の1ヶ月前からしか予約を受け付けてくれないそうなので、とりあえず現在確保してある会場をキープしておいて、その新しい候補の部屋を押さえられたら場所を変更させてもらうということになった。もし変更できれば今予定している会議室よりは多くの人が参加できることになるはずだ。願わくば、その新しい会場もいっぱいになるくらい来てほしいものである。

2009年02月06日

左利きの割合

昨日は朝から夕方まで修論の発表会、今日は期末試験、そのあとが4年生の卒業研究発表の練習会。この時期らしいイベントが目白押しだ。明日も卒研発表の練習で土曜出勤しなければいけないし、来週も試験を採点して成績データを入力したり、卒研発表の本番が来たりといろいろある。一段落つくのは再来週の週明けになりそうだ。毎年やっていることではあるのだが、今年は日程がタイトでいつも以上に忙しく感じる。

今日の期末試験の最中、机間巡視をしていて左手で答案を書いている学生を見つけた。ご存じの方も多いと思うが、私も左利きである。そのとき教室内には97名の学生が受験していたが、ふと左利きは何人いるのだろうと思い、ぐるぐる歩き回りながら数えていった。結果は5人。左利きの人の割合は国によってある程度違いはあるが、Wikipediaによれば一般的には8%から15%程度とのことである。してみると5/97というのは若干少なめだろうか。

そういえば、最近テレビで左利きの人がペンを走らせている光景を見たなとしばし考えて、思い出した。オバマ大統領である。レーガンもブッシュ(父)もクリントンも左利きだったようで、アメリカの大統領は左利きが妙に多い。

2009年02月04日

二つの残念なニュース

ニュースサイトを見ていて、残念なニュースを2つ見つけた。1つ目は、お茶の水のカザルスホールが来年3月をもって閉館するとの知らせ。まだ東京にいたころにカザルスホールには何度か足を運んだが、とりわけ印象深いのは何と言っても1997年12月11日と同14日行われたMarc-André Hamelinのリサイタルだ。にも書いたが、当時まだ一部のピアノマニアだけが知る謎のピアニストだったアムランを、その演奏に心酔していたメンバーが結集して招聘した。音楽事務所などを介さず、すべて自分たちで取り仕切ったのである。赤字でもいいから生で聴きたいと決行したプロジェクトだったが、半分以上売れれば御の字と思っていたチケットは2日間のリサイタルの両日とも完売。カザルスホールは満員になったのだった。私自身は仕事らしい仕事はしなかったが、それでもみんなと一緒に成田空港へアムランを迎えに行ったり、リサイタル当日にビデオ撮影を担当したりと得難い経験をすることができた。あのときの舞台となったホールがなくなってしまうのは何とも残念である。

残念なニュースの2つ目は、訃報だった。泡坂妻夫氏が亡くなったとのこと。この方はミステリ作家であると同時にマジシャンでもあり、作品のあちこちにマジシャンらしいトリックや遊びが隠されていた。高校生のころだったか、処女作の「11枚のとらんぷ」ですっかりハマってしまい、一時期はよく読んでいたものだ。「11枚のとらんぷ」は長編作品の中に短編集が挿入されるという作中作の構成で、しかもその短編集においてマジックのトリックが解き明かされるという面白いものだった。それ以外にも、登場人物や各章のタイトルがすべて回文という「喜劇悲奇劇」、本自体に仕掛けがしてある「しあわせの書」、以前エープリルフールのネタに使わせてもらった「魔術館の一夜」など、この人でなければ書けないような変わった本がたくさんあった。もう新作が読めないのは残念でならない。

2009年02月03日

豆まきと恵方巻

今日のメニューは午前に修論発表の練習会、午後はH大よりI先生が来ていつもの3人でセミナー。最近はそれぞれが忙しくて、セミナーの時間をつくるのも一苦労だ。来週はあまりにいろいろあって無理なので、次回は2週間後になるだろう。

帰宅前に自宅近くのスーパーに立ち寄る。今日は2月3日ということで、店内では「鬼は外、福は内、パラパラパラパラ豆の音」という童謡がエンドレスにかかっていた。それに負けず劣らず目立っていたのが恵方巻の看板だ。時間が遅くて残っているのは少なかったが、寿司らしきものがパック詰めされていくつか並べられていた。

年をとるにつれ、自分が子供の頃とは世の中が少しずつ変わっていくことを実感する機会が何かにつけ増えるが、その一つが節分の日である。私にとって2月3日は豆をまいて鬼を追い払うという風習がある日であり、それ以上の何物でもなかった。だからいつ頃からか、特定の方角を向いて何も言わずに寿司を丸かじりする日だと聞かされたときには、なぜそんなシュールなことをしなければいけないのかと思いばかり先に立ったものである。実際、その違和感は今も変わっていない。コンビニ業界が仕掛けた販売戦略、いずれ下火になるだろうと思っていたのだが、下火どころか節分の風習としてかなり認知されてきているように見える。

まあこの手の風習というのは客観的に見ればどれもシュールなもので、豆まきだって何でそんなことをするのかと言われれば困ってしまう。結局、「そうすることになっている」というだけのことだ。子供のときからテレビで見たり保育園の行事で豆まきをしたりして育ったからこそ、私はそれを自然なこととして受け入れているのである。だから同じように恵方巻発祥の地とされる関西の人が寿司を丸かじりするのは、何もおかしいとは思わない。きっとその人にとっては「そうするもんや」からだ。ただここ数年でその風習を知った人が、スーパーの看板に「今年の方角は東北東です!」などともう恵方巻を常識的行事としているかのような文句が書かれていることを違和感なく受け入れているのは、私にはちょっと不思議なことなのである。

2009年02月02日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.78


小品である。底本では2手目の黒の応手で分かれる2本のラインを併置してあるが、ここでは棋譜再生の都合上、片方をメインラインとして扱っている。姉妹作として71番も参照のこと。

2009年02月01日

詰四会に行く

詰四会に出席するため、朝10時半に宇品港を出る船で松山に向かった。ここ数日は冷たい雨が降り続いていたが、今日はぽかぽかとしていい天気だ。ただ風が強く、そのせいか瀬戸内海には珍しくちょっと揺れが大きかったようだ。船内では昨日届いた詰パラ2月号を見ていた。一通り目を通した後、ヨチヨチルーム・保育園・幼稚園と簡単なコーナーだけ解く。最近とみに感じるが、ここ数年での読む力の落ち込みようときたら本当にひどい。むろん、元より大したことがないのはよく分かっている。しかし今の手の見えなさは、恥ずかしくて昔詰将棋の賞をもらったなどという過去を封印したくなるほどだ。頭のリハビリが相当必要なようである。

今日の詰四会の参加人数は5人。前回が7名だったのでちょっと少なめだったが、いずれも見慣れた顔ぶれである。詰四会作品展の掲載作を選んだり、詰パラ2月号に出ている作品をいくつか解いてみたりしてのんびり過ごす。次の作品展の予定課題も決まった。そろそろ創って下さいとたくぼんさんにも言われてしまったし、何かできないか少し考えてみることにしよう。ただ何しろ脳がかなり錆びついているので、うまくいく保証はない。

5時に会合は終了。夕飯をすませたあと、最後はまたたくぼんさんの車で松山観光港に送っていただいた。9時半頃帰宅。