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「モーフィー時計の午前零時」読了

先週買ってきた「モーフィー時計の午前零時」を今日までに読み終えた。チェスの出てくる作品ばかり集めたアンソロジーだが、ミステリあり、SFあり、エッセイありときて最後にはレトロのプロブレムまで収録されており、面白くてたちまち読んでしまった。さすがに若島さんがまとめただけのことはある。「シャム猫」は最後に明かされる真相の意外性が気持ちよかったし、「みんなで抗議を!」や「ゴセッジ=ヴァーデビディアン往復書簡」では思わず声をあげて笑ってしまった。「TDF チェス世界チャンピオン戦」もかなり毒のある書き方がおかしかったが、同時にジュリアン・バーンズがこんなエッセイを書いてしまうほどチェス好きであると初めて知った。「ユニコーン・ヴァリエーション」では1900年に指されたHalprin対Pillsbury戦の棋譜が下地になっている(p.197にある黒の10手目がちょっとおかしいが、おそらく単なる誤植だろう)が、手持ちのデータベースで調べたところ、パーペチュアル・チェックに至る最後まで完全に同じ棋譜の対局が、ちょうど100年後の2000年に16歳以下の少年向け大会で指されているというちょっと不思議な事実が分かったりした。そしてアンソロジーの最後に置かれているレトロの問題は、プロブレムを多少なりともやったことのある人間にとってはさすがに簡単ではあったものの、あれもこれも読んできて心地よい満腹感を感じている脳に対して、これ以上ないデザートの役を果たしてくれていた。

全体を通して思うことは、このアンソロジーを読む前に、対局やプロブレム鑑賞を通してチェスと関わるようになっていてよかったということだ。もちろん序文で小川洋子さんが書かれているように、チェスのルールを知らなくてもここにまとめられたチェス小説は面白く読める。ただ、実際に対局やプロブレムを経験していることでさらに深く味わうことができる作品が少なくないと思うのだ。「去年の冬、マイアミで」で描写されている街のチェス大会の様子や格下の相手を打ち負かすときの安易な優越感、そして死に物狂いで頑張ったのに強豪に軽く負かされてしまうときに感じる絶望的な無力感などは、実際に公式戦に参加したことがある人なら大いに共感するものがあるのではないだろうか。また「マスター・ヤコブソン」で傑作プロブレムを完成させたと思った主人公が市電に揺られているときにふと不詰手順に気づいて愕然とするくだりなどは、詰将棋作家にも同じような経験をした人が結構いるのではないかと思う。

「モーフィー時計の午前零時」、チェスやチェスプロブレムに多少なりとも関わりのある人には特にお勧めである。

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コメント

面白いようですね。いずれ読みたいと思います。

今年に入ってから出費が多かったので現在 本購入を自粛中です^^;

本はつい買っちゃうんですよねえ(笑)。
私も今年度は出費が多かったかもしれません。

私のお気に入りは、(「マスター・ヤコブソン」以外では)「ゴセッジ=ヴァーデビディアン往復書簡」と「去年の冬、マイアミで」です。最近、サボっていましたが、また対局がしたくなりました。
それから、ダンセイニがプロブレム作家だったとは驚きでした。この問題は、レトロというだけで解く気がなくなる私にも簡単で、これくらいのレベルのレトロ問題集があれば楽しめるのになあ、と思ったことでした……

「ゴセッジ=ヴァーデビディアン往復書簡」はおかしいですねえ。
縁台将棋で「待った」をしたしないで言い争っているおじさんたちとダブって見えます。
「去年の冬、マイアミで」は自分の対局経験と重なりますね。
特に「ダメだ、力が違いすぎる……」と悟る挫折感はフラッシュバックします。

ダンセイニのレトロは難しすぎず、気楽に楽しめていいですね。
確かにこれくらいのレベルの作品集があればレトロのファンも増えそうです。

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