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2009年04月30日

続・ついているとはツイていない

今日はいつも共同研究している3人でセミナー。合間の雑談は、やはり今大騒ぎになっている新型インフルエンザの話題になった。実はこの7月に、I先生と海外で行われる学会に参加しようかという話になっているのである。現在の状況から見て、日本を含め世界中にウィルスが蔓延するのは時間の問題だし、7月といったらその最盛期かもしれない。そんなときに空港に行くというのは、うつしてもらいに行くようなものである。新型インフルエンザではない、ただの風邪をひいたとしても、検査のために隔離されたりしてきっとかなり面倒なことになるだろう。もっとも、そのころにはいたるところウィルスであふれていて、どこにいようが同じという状態になっているかもしれない。

セミナーが終わり、明日の講義の準備をして暗くなったころに部屋を出る。車に乗り込み、さてと前を見てびっくりした。あろうことか、またフロントガラスに鳥の糞がついている!真上に鳥の巣でもあったっけと思わず頭上を見上げたが、星が見え始めた薄明の夜空があるばかりだ。一昨日も今日も、上空を飛んでいる鳥に落とされたことになる。ここまで続くと狙われているとしか思えない。最近、何か鳥に悪いことをしただろうか?この間、唐揚げを食べたことは認めるが、それで3つも4つも糞を落とされるのでは、うちの車は糞の見本市みたいなことになってしまう。もうこのへんで勘弁してほしいところだ。

2009年04月29日

爪は横にひび割れて

夕方にちょっと車で買い物に出たのだが、車を降りて鍵をポケットに突っ込んだとき、右手の中指がポケットの縁に引っかかった。あれっと思って見ると、中指の爪の先が真横にひび割れており、すでに半分取れかかった状態になっている。その後亀裂はさらに進み、帰宅したころには取れてしまった。割れた断面はガタガタになっている。ちょっと深いところで割れてしまったので、少し爪が伸びてきてから切って調整するしかないだろう。

私は睡眠不足が続いて生活リズムが乱れてくると、すぐ爪に症状が出てくる。だがそれはいつも決まってささくれだった。こんなふうに爪自体がひび割れるというのはあまり経験したことがなかったように思う。乾燥した空気とか食べたものとかいろいろ原因はあるのだろうが、まあ今の慢性的な睡眠不足の状態が、爪にいい影響を与えてはいないことは確かだ。ピアノを筆頭として自分の暇つぶしは手を使うことばかりだから、あまりこんなことにならないよう気をつけないといけない。特に演奏会前は要注意である。

そういえば、子供のころはささくれとは別によく爪に白い星が出たものだが、最近では全く出現しなくなった。あれは成長期に限って出るものなのだろうか?

2009年04月28日

ついているとはツイていない

午前中とお昼過ぎに4年生と面談をすませたあと、午後から非常勤講師のためにH大へ。車に乗り込もうとしたら、ドアミラーのそばに鳥の糞がついているのに気づいた。いつの間に落とされたのだろう。この間洗車したばかりなのになあと思いつつ乗り込むと、フロントガラスの脇にまた何か赤っぽいしみが数カ所ついている。鳥ではないようだが、これも何かの糞だろうか。やれやれと思いつつ車を出し、ふとバックミラーに目をやると、何とリアガラスにまでべっとりと鳥の糞が落ちているのが見えた。前、横、後ろと全部やられているではないか。思わず車の中で「何でこんなついてんだよ、ツイてねえなあ」と独りごちた。ついているとはツイていない。何やら哲学的な響きを感じるフレーズである。

今日はいつも一緒に夕飯に行くT君が夕方から用事があるとのことだったので、講義終了後はそのまま帰路につく。帰宅する前にガソリンスタンドに寄って洗車。ついていたものはすべてきれいに洗い流された。

2009年04月27日

前奏曲、フーガと変奏

ここ数日、ほんの10分かそこらなのだが、帰宅すると電子ピアノの蓋を開けてピアノを練習するということを続けている。やっと来月の演奏会に向けて準備を始めたのかというと、そうではない。本番が近づくと別の曲を弾きたくなるといういつものくせが、また頭をもたげただけである。今回は先日、たまたまフランクのCDをかけたために、衝動的に楽譜棚からバウアー編の「前奏曲、フーガと変奏」の楽譜を出してきてしまったのが発端だった。それからずっと譜面台に開いて置いてあるのである。

こういう淡々と静かに歌う曲は、平日の夜に少しだけ弾くのには向いているようだ。何しろがんがん和音を鳴らすようなところは少ないからさほど音量を絞らなくてもいいし、肩肘を張らなくてもそれらしく聞こえてくれる。何よりそれほど難しくないので、疲れて帰ってきた頭にも身体にも優しいのである。もっとも、最初の方をただ繰り返しているだけで一向に先へは進まない。おそらく、しばらくしたらまた別の曲が弾きたくなってきて、こちらは中途半端な譜読みのまま楽譜棚に戻ってしまうだろう。まあ、それでいいのだ。これくらいいい加減な方が、気楽にピアノを楽しめる。

2009年04月26日

シリコンバレーから将棋を観る

昨日のように雨が降ることはほとんどなかったが、今日も過ごしにくい天気だった。お昼にちょっと外に出かけていたのだが、強く吹き付ける北風の冷たいのにはびっくりしてしまった。青空も見えず、ずっとどんよりしたまま。夜になってさらに気温が下がってきていて、たまらずしまいかけていたヒーターをまた出してきた。暑くも寒くもない日は、1年のうちで本当に数えるほどしかない。

昨日発売になったばかりの梅田望夫著「シリコンバレーから将棋を観る」(中央公論新社)を買ってきた。梅田氏が昨年担当した観戦記を挟みながら、現在タイトルを持つ棋士について梅田氏の視点でまとめられている。やはり一番の注目は、最終章にある羽生名人と梅田氏の対談だ。これまでもテレビなどで羽生名人にインタビューする企画はあったが、たいていは将棋のことをよく知らない人がインタビュアーで、「棋士の方って何手くらい読むんですか」という質問に代表されるような、ピントがずれたことばかり聞いていることが多かったように思う。もちろんそういうインタビューであっても羽生名人は通り一遍の受け答えではなく、示唆に富んだ興味深い返答をするよう努力されていた。しかし本当に深い内容を引き出すためには、やはり聞き手が将棋が好きであり、将棋と将棋界に強く興味を持っているということが絶対ではないかと思う。さらに、名人の言ったことを咀嚼して文章化する力も必要だ。その意味では梅田氏は適任といえるだろう。今年も観戦記を担当されるようなので今から楽しみだ。

2009年04月25日

コンピュータ入院

床屋に出かけたときはまだ残っていた糠雨も、夕方にはほぼやんでいた。昨夜のうちにハードディスクの壊れたパソコンを段ボールに詰めておいたので、この機にさっさと修理センターに送ってしまう。多分戻ってきたときにはすべての記憶を失ってまっさらな状態になっていることだろう。ダメージは小さくないが、もう悔しがっても詮無きことだ。

それにしても、ここのところイレギュラーなできごとが続いて自由な時間がなかなかとれない。今月上旬の詰将棋解答選手権の前後はその準備や後片付けに追われたし、その後は先日の披露宴で新郎にあげるDVD作成に悪戦苦闘し、それが終わったと思ったら今度はハードディスクの故障だ。今は運動不足解消のために山登り・山歩きの優先順位を意識的に上げているのだが、そうするといよいよ他のことをしている暇がない。今度のゴールデンウィークにはまたチェスの大会に出ようと参加申し込みをしてしまったが、ここのところ定跡研究を全くしておらず、以前覚えていたはずのこともすっかり忘れてしまった。あと1週間ちょっとしかないから、このままほとんど何もできずに臨むことになりそうだ。折紙もしばらく折っていない。さらに来月下旬には演奏会に出ようと思っているのに、まだ暗譜できていない箇所がずいぶん残っている。あまり中途半端にあれこれ手を出すのも考えものだ……と思いつつ、すぐできもしないことに首を突っ込むこの節操のなさは、容易に直りそうもない。

2009年04月23日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.88


ステイルメイトを巡って虚々実々の攻防が繰り広げられる。なかなか面白い作品ではないかと思う。

2009年04月22日

疲れる一日

5月末までの毎週水曜日は3年生の機械実験を担当しなければならない。何人かいる副担当の一人で他の先生方のお手伝いに過ぎないが、全く専門外のことで5時間も面倒を見なければいけないのはやはり応える。歩いていると学生に質問されるのだが、自信を持って対応できることがほとんどない。先週ははんだづけはこれでいいですかと聞かれて「うーん……」とうなり、今日はオシロスコープの操作について問われて「えーと……」と考え込む。まあ今年経験することで、来年以降は少しは適応できるようになっているだろう。

ぐったりと疲れて帰宅すると、例の壊れたパソコンのパネルを開けてハードディスクを取り外し、他のマシンにつないで様子を見てみる。認識せず。これでほぼ死亡が確認されたと言っていいだろう。もう腹を決めるしかなさそうだ。

2009年04月21日

冷房始め

今日からはまたいつもの日々。火曜日なので午後からH大に回る。車に乗り込むとムワッとした熱気が襲ってきて、たまらずエアコンをつけると温度のつまみを一番冷たい方に回した。これが今シーズンの「冷房始め」。このつまみをまた動かすのはずいぶん先になるかもしれない。外は快晴で、山陽自動車道を走っていると左右に広がる山々はことのほか青かった。

講義をすませ、T君と合流して夕飯。共通の知り合いであるU君の披露宴の報告を一通りしておく。彼を家まで送り届けた後、山陽自動車道を西へ。来た道を逆に走っているだけなのに、昼と夜ではずいぶん雰囲気が違うものだ。

ハードディスクの修理問題は今日は先延ばし。

2009年04月20日

Media test failure, check cable

お昼を実家ですませてから広島に戻るため出発。今日は年休を取ってあるのでゆっくり帰ればよい。新幹線の車内では本でも読んでいるつもりだったが、今月末が締切の原稿にまだ全く手をつけていなかったのを思い出し、それを書くことに時間を費やした。今月4日の詰将棋解答選手権の広島会場での様子について記事を書いてくれという依頼が本部から来ているのである。結局それだけで車内での時間は終わってしまった。

7時半頃帰宅。気が進まなかったが、あの問題に取りかかる。実を言うと、心のどこかで状況が改善していないかという淡い期待があった。留守中に小人さんが出てきて直しておいてくれたんじゃないか……

PXE-E61: Media test failure, check cable

小人さんはマンションの6階には住んでいないようだった。本体のパネルを開け、埃を掃除機で吸い取ったりケーブルをいろいろいじってみたりハードディスクをたたいてみたり「今ならまだやり直せるんだぞ」とよく言って聞かせたりしてみたが、何にも変わらない。ディスクからOSを起動することはできるが、とにかくハードディスクを認識しないのだからどうしようもない。

メーカーのサポートページを見てみた。まだ買って1年も経っていないから無償修理期間内だが、くどいほどに「データについては責任を負えません」と強調している。まあどうしようもないケースがあるのは事実だからメーカーとしてはそう書くしかないだろう。披露宴の席上で、上記メッセージについてこういうことに詳しいY君に聞いたら「残念だけどハードウェアとしてやられた可能性が高いと思う」と言われたので、もうある程度覚悟はしていた。幸い、メールのデータと毎日書いてきた日記や出納帳のファイルなどは直前にコピーしてあった。失われる可能性が高いのは、直前まで作業をしていたDVDの関係のファイルと、ここ半年くらいに撮影したデジカメの画像ファイルだ。ただ今日は疲れたので、動くのは後回し。当面はサブマシンで食いつなごう。

2009年04月19日

披露宴でスピーチ

学生時代のピアノサークル同期であるU君の結婚式と披露宴に出席するため、お昼頃に家を出た。会場は台場にあるホテル。ゆりかもめを利用する機会は今まであまりなく、台場まで乗ったのは今回が初めてだったかもしれない。今日は何しろ天気がよく、窓から見える東京湾の景色はなかなか爽快なものだった。

披露宴ではスピーチをすることになっており、出番の少し前に話の内容をちょっと変更したのでうまくできるか不安もあったが、やってみたら言葉に詰まるようなこともなく、だいたい予定していたことは話せたと思う。ただ正直に書いてしまうと、宴席が始まった直後だったためか、各テーブルではそれぞれ隣の人たちと積もる話をするのに忙しく、スピーチをちゃんと聴いてくれている人はあまりいないようだった。今まで何度かスピーチをしたことはあったが、今日ほどざわざわした状況でやったことはなかったので、その意味ではちょっとやりにくかったのは確かだ。すぐ目の前のテーブルの人たちもみんな自分の話に夢中で、こちらに視線を向けることもしない。結局、知らない人のスピーチなんてその程度のものなのだ。普段の講義だったら、静かになるまでじっと黙ってみせたり、私語に忙しい学生に近づいて「ご質問ですか?」と尋ねたりするというのが常套手段なのだが、今日ばかりはそんなことをするわけにはいかない。ただ知らず知らずのうちに注意を引こうとしていたようで、あとで「途中から声が大きくなっていたね」と言われた。まあスピーチの途中で用意したDVDは新郎に渡したし、最低限の仕事はしたと思う。

6時頃に披露宴が終わると、銀座に移動して2次会。ビンゴゲームで3等が当たり、全国の加盟店舗で使える食事券をもらってしまった。ただ広島で使える店はあまりなさそうだ。

11時頃帰宅。さすがに疲れたが、これで一仕事終わったのでまずはホッと一息といったところ。ただ問題は広島のパソコンの状態だ。簡単に直ってくれればいいが、ハードディスクが完全にダメになった可能性もあるので気が重い。

2009年04月18日

思わぬコンピュータトラブル

東京への移動日。前日までに諸々の準備をすませ、さて出発しようというときになって思わぬトラブルが発生する。ちょっとパソコンの電源を入れたら、何と
PXE-E61: Media test failure, check cable
という文字が表示されて止まってしまった。何度やり直しても同じ。どうやらハードディスクを認識していないらしい。今までルータの調子が悪くてネットワークにつながらなくなるトラブルは何度もあったが、普段メインで使っているパソコンがこんな形で壊れるとは初めてだ。前日の夜までDVDを焼くのにフル稼働させていたとはいえ、まさか突然認識できなくなるとは……これはちょっとショッキングだった。単純な接触不良なのではないかと思うが、すぐにも出かけなければいけなかったのでやむを得ずそのままにしておく。月曜日に広島に戻ってから様子を見るしかないけれども、場合によっては修理に出さなければいけないことになるかもしれない。このブログを置いている自宅サーバはちゃんと動いているしノートPCもあるからしばらくはしのげるだろうが、全く面倒なことになってしまった。

品川で新幹線を降りる。ピアノサークル同期のM君の誘いで、新橋で行われた食事会に顔を出させてもらう。店を出てから喫茶店でさらにもう少しお話しし、11時頃散会。

2009年04月17日

ホワイトボード

一昨日の顔合わせセミナーを「寝飛ばした」学生との面談を午前中にすませたあと、午後から線形代数学の講義。2回目だが、まだまだ慣れない。一番困ったのは、ペンのインクがすぐ出なくなることだ。ホワイトボードはこれがあるからいやなのだ。書き始めは確かに真っ黒だったのに、5分もしないうちにかすれてきてしまうのだ。持って行ったペンがことごとくダメになってしまい、最後はこすりつけるように書いていた。やっぱり板書量が多い数学は、チョークと黒板が一番合っているように思う。粉が舞い上がって衣服が白くなったりするのは欠点だが、書けなくなるよりはずっとましだ。

帰宅後、ずっと作っていたDVDの焼き付けをする。実は数日前にもう完成したつもりになっていたのだが、いざメディアに書き出そうとしたところオーサリングソフトがエラーを起こし、作業が行き詰まってしまっていたのである。もうそのソフトの使い勝手の悪さにはそのときすでに相当ストレスがたまっていたので、そのエラーでついに堪忍袋の緒が切れてしまい、急遽他のソフトに乗り換えることにした。ここ数日はチャプター分割やメニュー作成などの作業をもう一度やり直していたわけである。幸い今度のソフトは非常に満足のいく仕様で、何とか今日までに作り上げることができた。

明日は東京に移動の予定。

2009年04月16日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.87


54番と比較されたい。

2009年04月15日

詰将棋課題コンクール

2月から3月にかけて、プロブレム・パラダイスのページで詰将棋課題コンクールの課題作募集が行われていた。その選考結果の発表が先日プロパラブログに出たのだが、驚いたことに何と自作が優秀作になっていた。これは正直言って全く予想していないことだった。

詰将棋課題コンクールはまだ始まったばかりの試みで、今回が2回目である。このところ時間もなくて詰将棋を創っておらず、元々なかった創作技術がさらに衰えてきた私にとっては、このコンクールはあくまで傍観するものであり、自分が投稿しようという気は当初は全くなかった。というより、創れそうもなくて投稿できないと感じていたのである。ところが3月に入ってから、ジャッジを務める高坂さんが「まだ作品が全く集まっていない」と嘆いておられることを知り、少し創る努力をしなければいけないのではないかと思うようになった。何しろ今回与えられた2つの課題のうちの1つは「複数解またはツイン」。この課題がチェスプロブレムのヘルプメイトに触発されたものであることは明らかだった。そして自分はプロパラ誌上においてそのヘルプメイトのコーナーのエディターをしているのである。ある意味では、詰将棋を創る人間の中で一番この課題に慣れ親しんでいるともいえるわけで、それで何にもしないというのは信義に悖るのではないか。いい作品は創れなくても、投稿数を増やすことには貢献できるだろう。ダメ元で考えるだけ考えてみようと思い立った。

TTT02.jpgとはいえ、最近は忙しくて詰将棋をゆっくり考えている時間などとてもとれそうにない。そこで先月の大阪出張の時間を利用することにした。行き帰りの新幹線の車内と滞在中のホテルで将棋ソフトを動かして考える。それで何か創れればそれでよし、ダメならあきらめようというつもりだった。その結果こしらえたのがこれだったのである。

本作はツインであり、配置を一部入れ替えることによって別の詰将棋になるようにできているが、見ての通りそれぞれはルールとして詰将棋になっているというだけで、何の価値もない。だから対照性がこれの存在価値のすべてであり、片方の解の
駒Aで王手→打歩詰→駒Bを捨てて打開→駒Aで詰め上がり
というストーリーのAとBがもう1つの解で入れ替わるという構造が主張になっている。ヘルプメイトで「ジラヒ」と呼ばれるポピュラーなテーマに打歩詰を絡めたものだ。ただ6手目の玉方の手が、解a)では攻方の駒を取る手なのに解b)では玉が逃げる手になっており、ここは対照性が乱れてしまっている。それに何より従来の価値基準から詰将棋として本作を見たとき、やはりこの手順はあまりにつまらなさすぎる。多分詰将棋を知っている人の9割9分は、「これのどこがいいの」と言うだろう。

2つの解でしっかり対照性が表現されていながら、それぞれも詰将棋として見てそれなりのものになっている……というのが理想だったが、やはりそれは自分には無理な注文だった。それでも送ってしまったのは、ひとえにそもそもの創作動機が投稿数を増やすことに貢献したいということにあったからである。だから優秀作に選んでもらえるとは全く思ってもみなかった。もちろん悪い気はしないけれど、人目につかないだろうと思ってこっそり出したものが公開されることになってしまい、ちょっと恐縮している。

2009年04月14日

非常勤講師に行く

午後から非常勤講師に行くためH大に移動。この時期に毎年やっていて、今年で4年目になる。だいぶ慣れてはきたが、今年は忙しくなることが予想されたので続けるべきかどうかずいぶん迷っていた。結局やることにしたのは、この週1回の遠征が生活の中でいいアクセントになるからだ。毎日同じ部屋にじっとしていることが多いから、高速道路を疾走するのがちょっとしたドライブのようで、悪くない気分転換になるのである。

1回目はいつもどう始めたものかよく分からなくてぎこちなくなってしまうが、まあどうにか無難に終えた。その後はT君と合流して夕飯。去年は彼も火曜日は忙しそうだったが、今年は比較的余裕があるとのことなので、これから7月までは毎週会ってゆっくり近況を語り合えるだろう。

2009年04月13日

たちまち

昼休みの時間に会議室に向かった。来月、1年生を対象とした1泊2日のオリエンテーションが行われることになっており、学生委員として引率の手伝いをしてくれる上級生と顔合わせをするということになっていたのである。それぞれが簡単に自己紹介をすませたあと、とりまとめ役であるI先生(いつも登山に行く人とは別の方)がおっしゃった一言に、おやっと思った。「それじゃ、たちまちメーリングリストでも作りましょうかね」。

この「たちまち」という言葉は広島弁なのだが、全国的にはどれくらい知られているのだろうか。私は広島に来るまで知らなかったし、来てからもあまり実際に使われているのを耳にする機会がなくて、実は最近まで分かっていなかった。これは普通に広く使われている「すぐに」というような意味の言葉ではなく、「とりあえず」ということである。発音も共通語の「たちまち」とは違い、一つ目の「ち」にアクセントを置く。「タニマチ」と言うつもりで発音する、といえば近いかもしれない。身近なところで実際に発言されているのを聞くことが少ないので、敏感に反応してしまったのだった。

5年もいるとだいぶ言葉の感覚が分かってきて、最近はその気になれば少し広島風の語調で話せるようになったつもりでいるのだが、地元の人間に言わせるときっとまだまだなのだろう。

2009年04月12日

DVDの作成作業

UematsuDVD.jpg昨日はずいぶん活動したので、今日は休息日と決めてずっと家でゆっくりしていた。いつもならそろそろ折紙でも折るところだが、このところ忙しくてまだ折紙用の紙を切り出す作業もできていない。それに来週までにしなければいけない作業を優先しなければいけなかった。ピアノサークルの同期だったU君の演奏映像を収録したDVDの作成である。次の日曜日に彼の披露宴があるのでそれまでには何とか完成させないといけないのだが、ずいぶん前からやっているのになかなか終わらない。原因はいくつかあって、まず総演奏時間が4時間と長いこと。これを演奏ごとにチャプターに区切ってチャプターメニューを構成していくのだが、映像を追っていって頭出しをするだけでも結構時間がかかる。原因の2つ目は、使っているDVDのオーサリングソフトがしょっちゅうハングアップすることだ。映像が長いせいもあるのだろうが、クリックしても反応がなくなって再起動をさせられるということを何度繰り返しただろうか。マシンは去年買ったばかりでそれほど非力ではないはずなのだが、作業を一つするたびにレスポンスが遅くなるのでストレスがたまって仕方がない。そして時間がかかる原因の3つ目は、自分の性癖としてこういうものを作り出すとすぐ凝りすぎてしまうことである。どうせ作るならとあれこれ面倒なことを始めてしまうのだ。今日も外箱のデザインをどうするかで午後をつぶしてしまった。まあこれくらいにしていい加減に終わらせないといけない。

2009年04月11日

古鷹山に登る

今日は瀬戸内海に浮かぶ江田島にある山、古鷹山に登ってきた。標高は394メートル。天候にも恵まれ、心地よく汗をかくことができた。

Furutaka2.jpgFurutaka1.jpg前回は船に乗り遅れそうになって猛ダッシュさせられる羽目になったので、今朝は十分時間に余裕を見て出かけた。空は雲一つない快晴。気温も暑くもなく寒くもなく、山登りにはもってこいの天気だ。宇品港でI先生と落ち合い、8時ちょうどに出るフェリーで江田島の切串港に渡る。しばらく舗装された道をゆるやかに登っていくと、1時間ほどで小さな広場に出た。その一角に「ソロプチミストの森」と書かれた看板が立っており、すぐ脇から登山道が始まっている。一帯はのどかで、そこかしこに葉桜が咲き乱れており、鳥のさえずる声があちこちから聞こえてきていた。

登り始めるとさすがに暑くなってくる。アップダウンが結構激しいうえ、日が高くなるにつれぐんぐん気温が上がってきたのだ。今日は広島でも最高気温が25度くらいまで行ったようで、さすがに急斜面の登り降りは少々応えた。さらに悩まされたのが、やたらに熊蜂が多いこと。ブンブン羽音をいわせながら始終周りを飛び回るのである。熊蜂の派手な飛行はリムスキー・コルサコフの曲だけで結構だ。汗を拭きつつ最後の鎖場を登り切って、10時半頃山頂に到達した。頂上からの眺めはなかなかのもので、360度のパノラマをしばらくはじっくりと楽しむ。緑に覆われた山のところどころは満開の桜で白くなっており、一方遠くの島々は霞んで空との境界線がぼやけている。まさに春本番を思わせる景色だった。

Furutaka3.jpg

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Furutaka7.jpgFurutaka6.jpgFurutaka5.jpg11時頃に下山開始。来た道とは別のルートで降り、島の南側に出る。今日のもう一つの目的は、ここ江田島にある海上自衛隊の第1術科学校・幹部候補生学校を見学すること。敷地内の建物案内が毎日数回行われており、せっかく来たから参加してみようというのである。結構人気があるようで、我々が参加した午後1時からの回は60人か70人くらいの客が集まっていた。かなりお年を召された方もいれば学齢期前の子供もいて、賑やかなことこのうえない。やがて現れた案内役のおじさんはかつて自衛隊の現役幹部だったそうで、あちこち見せて回りながら「いいですかーっ!!これが幹部候補生学校!!」と驚くような大声で解説してくれた。さすがに年季が入っている。何となくアントニオ猪木のしゃべり方に似ていて、今にも「元気ですかー!!」と怒鳴りそうな雰囲気だ。ときどき「あまり近くまで案内すんなって学校に言われてんの!!きれいな女の人がいると訓練になんないからって!!でも、今日は大丈夫そうだから行っちゃおう!!移動開始!!」などと細かく笑いをとろうとするのだった。学校の敷地内からはたった今登ってきたばかりの古鷹山がよく見えたが、案内役のおじさんによれば訓練生は身体の鍛練のためにときどき頂上まで走って登るのだそうだ。多分自分なら登山道の入口まででバテるだろう。

2時半に案内が終了する。I先生と小用(こよう)港まで歩き、3時半過ぎの高速ジェット船に乗って宇品港に戻る。さすがに二人とも疲れており、早々に帰路に就いた。帰宅後、携帯電話の歩数計を見ると2万2千歩あまり。今日はかなりいい運動になっただろう。

2009年04月09日

将棋、されるんですか?

昨日のことだが、そろそろ帰ろうと身支度を始めていたところへS先生が所用で訪ねてくる。用件がすんだあとにS先生が言われた。
「……それとは関係ないんですが、(扉の方を指さして)将棋、されるんですか?」
私の部屋のドアには小さなホワイトボードが取り付けられているのだが、実はそこに詰将棋が1題書いてあるのである。むろん、看寿賞をいただいた例の作品だ。こうしておけば将棋好きの学生が食いついてきて、ドアの前で考え込んでからノックして「失礼します。先生、これ17手詰でしょうか?」なんて言ってくれないか……ということをちょっと期待していたのである。しかし残念ながら、掲示してから1年は経っているのにまだそういう人は現れていない。建物の最上階で廊下の突き当たり近くという部屋のポジションの悪さのせいもあろうが、この大学には詰将棋を見たら反射的に解こうとしてしまうような奇特な学生は、どうやらあまりいないようである。

そんな状態だったので、S先生が反応してくれたことが妙にうれしくなって、調子に乗って少々マニアックな詰将棋話を熱く語ってしまった。聞けばときどきネット対局を楽しまれているとのことで、「盤駒は私の部屋にありますからいつでもどうぞ」とのこと。勤務先で少し深い将棋の話ができる相手をやっと見つけた。やはりドアの前の詰将棋は消さず、名刺代わりに当分出しておこう。

2009年04月08日

ガイダンス

今日の午後はガイダンスが2つあった。最初が2年生向けで、次が3年生向け。後者はより正確に言うと、「順当に進級している人が3年生になっている学年」ということである。ガイダンスといっても1年生とは違い、彼らには履修登録の仕方だとか一人暮らしで気をつけるべきことだとかを説明する必要はない。話の中心は、短く言えば「ちゃんと単位を取ってください」ということだ。去年に引き続き学生委員という立場にいるので、学年にかかわらず立ち会わなければいけないのだが、もう一人の学生委員である先生が説明の類を一手に引き受けてくれたので、自分はだいたい座っているだけですんだ。

2年生向けのガイダンスで、全体に向かって教務委員の先生が話されていたことがちょっと面白かった。前期終了後に各学科への配属が決まることを説明しているときである。
「……というわけで、ここでどの学科に行くかという選択は、皆さんの今後を決める大変重要なポイントになりますから、えー、よく考えて、配属先を選んでください。私自身ですね、学生のとき、皆さんと同じようにどの道に進もうと決断をして、その結果ですね……えー、犬がいるんですけども……家内と40年近く暮らしてきて、今は家内と犬と一緒に暮らしているわけです。えー、よろしいでしょうか?」
後ろの席で誰かが「いや、よろしいかって言われても、なあ」と言っているのが聞こえた。

2009年04月07日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.86


一次的な資料の裏付けがないが、Marcel Lamareによると、この配置はWiener Mode誌に載っているとのことである。それより前に別の雑誌に掲載されていたかどうかは分かっていない。Lamareは掲載誌の発行時期を「1910年頃」としている。遺された文書によれば本作が実際に創られたのは1907年であるが、彼はそのときオランダ人の作家による以下の作品を改作した可能性がある。



2009年04月06日

新年度本格スタート

今週から新年度もいよいよ本格スタート。正門の脇を通過しながら横を見やると、満開の桜の下で新入生らしき若い人がぞろぞろと階段を上がって構内に入っていくのが見えた。最初はこうやってみんな言われた時間にきっかりやってきて、指定された教室にしっかり現れる。しかしいい感じなのは鯉のぼりの時期ぐらいまでで、その後はどんどん調子が乱れてきてしまうというのが毎年のパターンだ。とこう書くとどこぞの球団のようでもあるが……。

午前中は新入生向けのガイダンス。まだきょろきょろしている新入生でごった返す食堂でお昼をすませると、午後はうちの講座に所属する4年生を集めてのガイダンス。明日は新入生を集めて大学のあちこちを見せて回る「キャンパスウォーキング」なる行事があるし、明後日は2年生向けのガイダンスの日で、今週はガイダンスウィークだ。そして木曜日からは授業が始まる。そろそろ今年から受け持つ線形代数学の準備もしておかないといけない。

2009年04月05日

祭りの後の一日

昨日ちょっと責任のある任務があって気が抜けない時間が続いたため、今日はその息抜きでゆっくりすることにする。天気もよかったし、本当はこういうときに散歩かジョギングでもした方がいいのかもしれないが、風邪が治ったばかりなのでしばらくは自重した方がいいだろう。午後はピアノの練習とパソコンでのDVD作成作業。今月中旬に学生時代のピアノサークル同期だったU君の披露宴があるので、彼の当時の演奏映像をまとめたDVDを作ろうとしているのである。まあ当日までには間に合うだろう。

夕方から街中に出かける。広島将棋センターに立ち寄り、昨日持って行き忘れた商品用の色紙や棋書を預けてくる。当初の予定では1位の方に色紙を、2位以下の方に棋書をさしあげる予定だったが、席主のTさんとその場で相談して一部入れ替えようということになった。棋書といってもほとんどは詰パラのバックナンバーなので、購読者に送っても仕方がないからである。これで賞品の件もほぼ片付いた。最後に答案用紙と参加者アンケートの束を実行委員会宛に送ったので、これで多分地域会場責任者としての仕事も一段落だ。まあとにかく無難に終わってよかった。

明日からは本業の方がちょっと忙しい。モードを切り替えないといけない。

2009年04月04日

詰将棋解答選手権

詰将棋解答選手権当日である。12時少し前に会場に着き、早速手続きをしていると広島将棋センターのTさんが来た。今日は受付などの仕事をお願いしている。会場となる部屋で机を移動したりしているとたくぼんさんも到着。写真撮影や採点のお手伝いをしていただくために、わざわざ四国から出てきてもらったのである。スタッフはこの3人。何とかうまくいってほしい。

受付開始は13時からということになっていたが、12時半前にはもうポツポツと参加者が到着し始める。こちらはパソコンを立ち上げてネットにつながることを確認したり、問題用紙と解答用紙がそろっているかどうかをチェックしたり。と、そこで失敗を犯したことに気づいた。しまった……上位入賞者への賞品としてプロ棋士の色紙と棋書が事前に本部から送られてきていたのに、それを持ってくるのを忘れてしまったのだ。昨日持って行くものを確認していたのに、なぜかそのときに完全に頭から抜け落ちていたのである。全く間が抜けているとしか言いようがない。風邪で少し熱があったのでいつも以上に呆けていたのかもしれない。仕方ないので、入賞者には後日郵送でもするしかないだろう。これが今日一番の失態だった。

参加者がほぼそろったところで説明を始める。初級戦の参加者は16名。小学生も多く、その保護者の方がかなりいらしていた。待機していただく部屋を押さえていなかったのだが、今日会場に使った施設はたまたま他の使用者がいなくて貸し切り状態だったため、空いていた向かいの部屋を使わせてもらうことができた。今年はうまくいったからいいが、来年以降もやるなら控室のことはちゃんと考えておいた方がよさそうだ。

初級戦は3手詰または5手詰の問題6問を45分で解く。競技開始後、6分で最初の退室者が出た。同点の場合は早く提出して部屋を出た人の方が上位になるため、やさしい問題が多い初級戦はこれくらいから出て行く人がいるだろうとは思っていた。さらに8分、9分、13分と続き、試験終了の45分まで残っていたのはお一人だけだった。さすがにサービス問題ばかりで、実力者には物足りなかったかもしれない。採点は答案を出されたそばからたくぼんさんと協力してやっていたので、試験終了と同時に採点もほぼ終わってしまった。上位3人の名前を賞状に書き込み、参加者を会場に戻すとすぐ表彰式を行う。一応賞状読み上げもやったのだが、考えてみると賞状授与の行事で、読み上げて渡す側の役を務めたのは今回が人生で初めてかもしれない。これもまた年をとったということか。

TsumeshogiSolving.jpg続いて一般戦である。参加者は14名で、今度は7手詰~17手詰の問題6問を90分で解く。初級戦と比べるとさすがに厄介な問題が多く、皆さん苦しまれていた。退室者は最初が36分、次が58分、65分。試験終了時間までいた方も半数の7名おられた。採点してまず思ったのは、やっぱりWさんは陥りやすいトラップを仕掛けるのがうまいなあということ。W氏作の第5問を完全正解したのは2人だけだったのだ。うっかりしがちなポイントが複数あるのである。またK氏作の第1問も思いの外ミスが目立った。同じK氏作である次の第2問が簡単だっただけに、油断してしまったのかもしれない。こういうのは作品を創る立場から見ても勉強になる。

採点の結果、一般戦の満点はただお一人だった。提出した順番は5番目だったが、よく見直しをされたのだろう。2位と3位の方は第5問でうっかりミスをされていたので、やはりここをクリアしたのが明暗を分けたといえる。初級戦と同様、3位までの方に賞状を手渡す。初級戦と一般戦の両方に参加された方が多かったにも関わらず、上位3人が全く違った顔ぶれになったのはよかったかもしれない。また、幸い受賞者のほとんどは広島将棋センターによく出入りされるとのことだったので、私が持ってくるのを忘れた色紙は後日将棋センターに預けるということになった。

5時頃にすべて仕事は終わり、手伝ってもらったたくぼんさんと軽い夕飯をご一緒してから家路に就く。まあ賞品を忘れるという失敗はあったが、他はだいたい予定通りにできたと思う。心配だった採点や写真入りのネット速報などはたくぼんさんの協力でほぼスムーズに行ったし、顔が広い将棋センターのTさんが受付などを一手に引き受けてくれたおかげで、会計や小さいお子さんへの対応なども問題なくできた。参加者からは「是非来年もやってください」「主人が会社から速報ブログを今チェックしているはずなんです(小学生の参加者のお母さん)」などという声もいただき、概ね好評だったのではないかと思う。次も私が音頭を取ることになるかどうかは分からないが、来年も開催されることを期待したい。

2009年04月03日

詰将棋解答選手権前日

詰将棋解答選手権の前日ということで、段取りや持って行くものの確認に追われる。夕方に勤務先を辞してから、一応会場の下見。平和大通りから2ブロックほど入ったところにある。それほど分かりにくいことはないだろう。そこから広島将棋センターへ移動し、Tさんらと最後の打ち合わせ。直前でキャンセルと追加の参加があったが、最終的に部屋がだいたい埋まるくらいの人数になりそう。会場を広いところにわざわざ変更したかいがあったというものだ。

帰宅後、参加者リストを更新して印刷。問題用紙も解答用紙も人数分印刷した。アンケートも用意してある。これで忘れ物はないだろう。残った懸案事項は、実は昨日からちょっと風邪気味であることだ。多分大丈夫だと思うが、今日は会場視察の前に医者のところに行って葛根湯をもらってきた。今夜はさっさと寝よう。

2009年04月02日

チェスと将棋の対局マナー

先日大阪でTさんといろいろ話した四方山話の一つに、チェスと将棋におけるマナーに対する考え方の違いということがあった。チェスと将棋は似ているようでずいぶん違う。ルールはもちろん、ゲームに対する考え方や価値観なども似て非なる点が多々あるが、対局マナーもその一つではないかと思う。平たく言うと、何が「失礼な行為」とされるかということだ。

チェスの対局では先に終わった対局者がちょっとでも感想戦を始めようものなら、ひそひそ声であっても隣の対局者に静かにするよう注意される。今までそういうシーンを何度となく見てきたが、実際対局中の雑音にはチェスはかなり神経質だ。私は将棋センターや将棋道場で指した経験はないが、将棋はその点は幾分おおらかなのではないかという気がしている。将棋センターなどで真剣に対局しているすぐ隣で「ここ銀張っとったらよかったんじゃ、それなら桂打てんじゃろ」と普通に感想戦をしている風景は、それほど珍しくないのではないだろうか。一方、将棋の対局で相手の考慮中に席を立って他の人の盤面を覗きに行くというのは、相手に対して少々礼を失した行為に思える。しかしチェスではこれはごく普通の行動であって、全く問題視されない。

私自身は、隣から感想戦の声が聞こえてくるのはそれほど気にならない(もちろんそれが周りに気を遣って十分小声で行われているとしたときの話)。一方、チェスを指し始めて間もない頃は、こちらが考えている間すぐ相手が席を立って他の対局を観戦しに行くのを見てどうもあまり面白くない気がしていた。しかしそれがこちらの世界では普通の行為なのだと分かった今では、ほとんど何とも思わなくなっている。ただ他の人に横から盤面を覗き込まれるのは、実はちょっと気になる。衆人環視の状態で大ポカを指すのではないか、などというつまらないが大いにあり得る心配を心のどこかでしてしまうからだ。まあそういう私も自分の対局が終わったら人の対局を見に行くことはときどきするのだけれど、少なくとも自分の対局中にはトイレなどを除いて席を立つことはあまりしないようにしている。というより、そんな余裕はないと言った方が正しいかもしれない。

2009年04月01日

新年度開始

昨日はまたサーバの移行作業をしていた。以前困っていた問題は何とか解決し、どうにか目処が立ちそうな感じになったので、新年度の始まりとともにサーバを切り替えようかと思っていたのである。しかし結局、ブログの表示問題がまた発生し、仕方なく旧環境に戻してしまった。スタイルファイルの読み込みがやっぱりおかしい。ブログの右側に表示されているカテゴリー一覧やアーカイブのあるカラムが本文の下に表示されてしまう。タイトルの表示も変だ。どうも仕様がMT3.21とMT4.25ではかなり変わってしまっていて、スムーズには移せないのではないか。本当はうまくやるやり方があるのかもしれないが、あまり時間を割いてばかりもいられない。今週末は詰将棋解答選手権があるし、翌週は新入生のためのガイダンスなど新学期のための作業が目白押しで、いろいろと準備しなければいけないのだ。それが一段落してからまたやってみることにしよう。ただ仕様をMT4.25に合わせるために、一時的にブログのデザインを面白くないものに変更せざるを得ないかもしれない。

まあそんなことをずっとしていたので、今年はエープリルフールにまつわる更新はなし。といっても、去年のようなネタの持ち合わせがなかったということも大きい。

さて、今日から新年度である。午前中は今年度から受け持つ講義について担当者同士で打ち合わせ。午後は所属研究室で使っているサーバの調子を見ていた。実はこちらも先月下旬から挙動がおかしくなっていて、昨日今日とメンテナンスさせられているのである。全くコンピュータというのはいちいち手がかかる代物だ。明日はまた別の担当科目についての打ち合わせがあり、明後日は入学式、翌週は各種ガイダンスと続く。しばらくは忙しそう。