« 久しぶりの休日 | メイン | 考える人 »

定跡のレパートリー

終日、ピアノの練習をしたり、プロパラの原稿を書いたり、最近届いたチェスの定跡書をパラパラと眺めたりして過ごす。外はあまり天気がよくない。夕方に近くのスーパーで野菜や肉を買ってきてカレーをつくった。

ChessBooks.jpg今はちょっとやらなければいけないことが多くてチェスにはほとんど時間を割いていないが、落ち着いたら少し定跡のレパートリーを変えてみたいという気がしている。自分の現状を考えてみると、ゲームの序盤において「こう指されたらこうしよう」と決めていても、なぜそう指すと決めたのかと問われれば、実はその定跡書をたまたま最初に読んだからというような消極的な理由しかないのである。最初のうちはそうするしかなかったが、公式戦を2年ちょっとの間に40局くらいやってみて、この定跡は自分には向かないという感覚も少しずつ覚えるようになった。少しずつその感覚に合わせた修正をしていかなければいけないと思うのだ。

そもそも、今はまだ手持ちのカードが少なすぎて、実戦に全く対応できていない。そのことは前々から感じていたが、先日の大会で改めて痛感することになった。究極的な理想は羽生名人のようにどんな定跡でも指しこなせることだろうが、能力も時間もない凡人にはそれは到底かなわない。ただせめて主要なオープニングについては、この形ならばあれで行こうか、それともあれに誘導しようかと、相手やそのときの気分によって選択肢が複数あるくらいでないといけないと思う。まあどういう形になろうと、中盤に入れば力の差が出るから強い人にはやられるに決まっているのだが、その手前の段階で精神的に余裕を失う確率を少しでも下げたいということだ。ビギナーの空しい試行錯誤である。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://monsieur.ddo.jp/cgi-bin/mt_3/mt-tb.cgi/1079

コメント

写真の蔵書、壮観ですね。写真に見入ってしまいました。心なしか棚板が本の重みでたわんでいるような…。詰将棋、ピアノ、折紙、手品 etc についてもこんな感じで充実した蔵書をお持ちなんでしょうか!?趣味の本がこんなにあるなら、数学の本はどれだけあるのだろう、と勝手に心配してしまいます。

いくら本を持っていても、中身を吸収しなければねえ……。
チェスの場合、オープニングにタクティクス、エンディングとジャンルが細分化されていて、
それぞれで興味のある本を買っていくと全体ではかなり数が増えてきてしまいます。
だから他の趣味に関する本は少ないですよ。数学関係はさすがにもう少しありますけど……。

洋書ばかりですね。語学が堪能だと趣味の範囲がこのように広がるのですね・・・。
折り紙の更新、ささやかにお待ちしています。

語学は全然堪能じゃないです。チェスの本は洋書しかないので仕方ないんですよ。

折紙は時間がなくてなかなか進みませんが、もちろん忘れたわけではありません。
今は前に折った作品をもう一度折り直しているところです。来月は多分新作が折れると思います。

羨ましい ...
本のタイトルや冊数だけでなく、きちんと整理するスペースがあることも。

まあいくら持っていても、内容を実戦で生かすことができなければ宝の持ち腐れですから。
着実に力をつけているkawanakaさんがこちらとしてはむしろうらやましいです。

お久しぶりです。この定跡書の画像をアップで見てみましたが、すごい蔵書ですね…。羨ましい限りです。私の場合は、チェス新報を創刊号から(1969年?~2001年)揃えていたんで、本棚3つ分と場所を取ってしまい、それが泣き所。この蔵書で目についたのが、『最近(?)"My 60 Memorable Games"が新装版で出ているんだ』といったところ。アマゾンでつい先日気づかされました。良書が版を重ねていくのは、ファンにとって嬉しいことですよね…。

チェス新報を創刊号から30年分以上もそろえたとは素晴らしいですね。
私のにわか蔵書よりそれの方がよっぽど価値があるんじゃないでしょうか。

"My 60 Memorable Games" はいくつかの版が出ていましたが、
最近ではどれも入手しにくくなっており、高い金を出して古本を買おうかどうかずっと迷っていたんです。
去年この新装版が出版されて安価で買うことができましたが、
出版のきっかけはフィッシャーの死ですから、ちょっと複雑な気分ではありましたね。

コメントを投稿