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2009年06月30日

シュルホフの楽譜

火曜日なので午後からH大に回って講義をしてきたが、今日も昨日に続いて一日中激しい雨だった。天気予報では明日も終日大雨らしい。講義終了後は普段ならT君と夕飯に行くところだが、来週からの出張の準備がまだほとんどできていないうえ、T君も先週に続き会議が入ってしまったとのことだったので、今週も失礼させてもらうことにした。

Schulhoff.jpgもうもうと水しぶきの上がる高速道路をひた走り、まだ明るいうちに自宅に帰り着いた。マンションの建物に入ると、入口で青い大きな封筒を持った配達員がどこかの部屋にインタホンで呼び出しをかけているところだった。次の瞬間、その青い封筒が見慣れた楽譜出版社のものであることと、呼び出されている部屋の番号が自分のものであることにほぼ同時に気づいた。あと1分帰るのが遅かったら、郵便受けに入った不在通知を眺めて空しい気分に陥っていたことだろう。届いたのは、先月から今月上旬にかけて校正作業を手伝ったシュルホフの楽譜である。巻末に協力者として名前が出ている楽譜は、ゴドフスキーに次いで2冊目だ。収録されているのは「5つのジャズ・エチュード」、「ジャズ舞踊組曲」、そして「5つのピトレスク」。シュルホフは19世紀末に生まれ、1920年代には作曲家として大成功を収めたにもかかわらず、ナチスによる迫害を受けて1942年に収容所で亡くなった悲劇の人だ。歴史がもう少し違った形で進行していれば、彼は多分20世紀の偉大な作曲家としてかなり名を知られる存在になっていたに違いない。

シュルホフの曲を今まで譜読みしたことはないが、せっかくこうして楽譜も届いたことだし、時間ができればいずれやってみたいと思う。

2009年06月29日

詰パラ七月号

今日は朝から晩まで雨だった。家を出るときからもう本降りだったが、お昼から午後にかけてどんどん激しさを増し、帰るころにはしばらく経験したことがないような豪雨になってしまっていた。ワイパーを最高速で動かしても追いつかないような土砂降りである。梅雨といいながら今までろくに降らなかった分を取り返そうとでもいうつもりのようだが、できればもう少し散らしてほしいものだ。

帰宅してポストの中を覗くと、詰パラの七月号が届いていた。早速、今年の看寿賞の選考過程を読む。中編賞はかなりの激戦だったようで、候補に挙がっていた他の作品が受賞してもおかしくない状況であったようだが、最終的には妥当な結果になったのではないか。個人的な印象でも、候補作だったTさんの作品は難解性が前面に出すぎていて、正直なところ話題作ではあっても看寿賞というのとは少し違うかなという気がしていた。賞に足りないというより、方向が違うように思うのだ(もっとも、こういう解答者に挑戦するタイプの作品として平成5年に看寿賞を受賞した「夏の陣」のように、特別賞という可能性はあったかもしれない)。やはり作品の難解性というのはあくまで何らかの主張やアイディアを実現しようとするための副産物として生じるべきものであって、それ自身を中心テーマに据えた(と受け取られる)作品は、創作・解答の両方に将棋ソフトが援用できる今の時代においては、ますます評価が難しくなってきているのではないかと思う。他の受賞候補としてはWさんの2作があったが、これもWさんならもっとインパクトがある作品で受賞すべきだから、中村さんの受賞は順当な結論だろう。

他のページも一通りパラパラと眺めて、最後におしまいの編集者あとがきのページを何とはなしに読んでいたら、Sさんの書かれた一文にいきなり私の名前が目に飛び込んできてちょっとびっくりする。何かと思ったらSさんが解説をされている新人コンクールのことだった。数ヶ月に一度のペースで新人作家の作品をまとめて掲載するコーナーで、私もかつて載せていただいたことがある。曰く、「当室出身の看寿賞作家(平成15年度斎藤夏雄氏)も誕生し、有力作家も輩出し、解説者としては誠に嬉しい現象です」。そう言っていただくほど最近は活動していないのが何とも申し訳ない限りである。ただ、最初は「当室出身」の意味が分からなくて戸惑ってしまった。詰パラの初入選はその前の号だったし、看寿賞をいただいた作品が載った将棋世界誌が出たのも、新人コンクールに作品を載せていただいたのと同じ月だったからだ。まあつまりこれは、新人コンクールで入選したことがある、というくらいの意味なのだろう。

2009年06月28日

カエルを折る

OrigamiFrog2.jpgOrigamiFrog1.jpgカエルを折ってみた。今月上旬に紙を作ってから少しずつ折り進めてきて、何とか今月中に形にすることができた。モデルの作者は言わずとしれたRobert J. Langである。カエルといってもヒキガエルのようなでっぷりした感じはなく、だいぶ華奢なデザインだ。モデル名に "Tree Frog" とあるように、おそらく木に生息しているモリアオガエルのようなものをイメージしているのだろう。中わり折りを何度となく繰り返して極端に紙を細くしていき、指の一本一本まで表現するちょっと偏執狂的なリアリティへのこだわりは、さすがにLang作品である。

OrigamiFrog3.jpg今回も彼の作品特有の容赦ない指示が延々と続き、ずいぶん悪戦苦闘させられてしまった。特に最後の最後というところで足の折り方を間違え、やり直したためにだいぶ汚くなってしまったのは残念。序盤の終わり頃にある連続した沈め折りの箇所や、中盤にある紙を広げてまとめ直すステップでもだいぶ紙を傷めてしまったように思う。まだまだ修行が足りない。また今回は紙の大きさを27cm×27cmにしてやってみたが、足の指を1本ずつ折り出す作業が恐ろしく細かくなってしまい、最後はピンセットやペンの先で手術みたいなことをするはめになってしまった。本作については少なくとも1辺30cm以上の紙を使った方がよさそうだ。それから、アルミの片側にしかカラペを貼らなかったのも反省点。インサイドアウト(紙の裏側も造形に利用する作品)ではなかったので無精をしてしまったのだが、やはり裏側にも同じ色の紙を貼った方がよかったように思う。カラペは非常に薄いが、それでも1枚プラスされているだけでコシがだいぶ強くなるし、紙がめくれて足裏のアルミが覗くのも防ぐことができただろう。本作は紙にかかる負担が大きすぎ、あちこちに小さなキズを残してしまった。多分今からもう一度折り直せばもう少しきれいに折れるのではないかと思うが、さすがにその元気はない。

(折紙モデル:"Tree Frog", Robert J. Lang "Origami Design Secrets"(A K Peters Ltd.) 所収)

2009年06月27日

看寿賞受賞作発表

今年も看寿賞の季節になった。昨年1年間に発表されたすべての詰将棋作品の中で最も優れたものに授与される看寿賞の受賞作が決まったのである。今回は中編賞が中村雅哉氏作、長編賞が添川公司氏作と安武翔太氏作、短編賞と特別賞が該当なしとなった。最近はあまり作品の鑑賞をちゃんとしていないので受賞作を予想することもしていなかったけれど、今回選ばれた3作はいずれも発表当時にえらく感心させられた記憶はあった。今あらためて鑑賞してみてもその完成度の高さは素晴らしく、看寿賞の名に恥じない作品ばかりであると思う。短編賞が該当作なしというのはちょっと意外だったが、確かに17手以内で新味を出すというのはどんどん難しくなってきているのかもしれない。

そういえば、私が受賞した次の年も短編賞は該当なしだった。そのとき参加した詰将棋全国大会で一言コメントを求められ、「私、昨年に何かの間違いで短編賞をいただいてしまったんですが、今年は短編賞が該当作なしということで、何だかタイトルを防衛したような気分です」と言って会場全体で爆笑されたことを昨日のことのように思い出す。あれは尾張一宮での大会だった。今年の詰将棋全国大会は来月に名古屋で行われる。中京地区で大会が行われるのは4年に1回だから、つまり私が図らずも賞をいただいてからもう5年になるわけだ。いつの間にか遠い昔のことになってしまった。何で私のような駆け出しが受賞の栄に浴することができたのか、年月が経っても未だに不思議さは増すばかりである。

2009年06月26日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.96


残念ながら本作も余詰作品。KでNを追ってBの退路を断つという筋書きは、この後の100番でも登場する。

2009年06月25日

補講

今日は午後からまたH大に出かけた。一昨日行って講義してきたばかりなのだが、再来週に出張するためその週は休講にせざるを得ず、その分を補講しに行ってきたのである。来週にすることもできたが、できれば今月のうちにすませてしまいたかった。

補講終了後、ともに出張に行くことになっているI先生のところに立ち寄ってしばし打ち合わせ。共著論文の別刷りの持ち合わせがほとんどなくなってしまったので、I先生の手元に残っていた数部をいただいてきた。4時半過ぎに失礼し、高速道路を走って勤務先に戻ると明日の講義の準備。こちらも来週に補講を予定しているため、少し先の方まで用意しておかないといけない。ああ、どうにも忙しい。

2009年06月24日

羽生名人防衛

昨日と今日は将棋名人戦の第7局が行われていたが、7時半頃に挑戦者の郷田九段が投了して羽生名人の防衛が決まった。最終局ということで、最後までどちらが勝つか分からない熱戦になるかとも思ったが、実際は一方的ともいっていいような内容になってしまい、今ひとつ盛り上がりに欠けたまま終わってしまったように思う。最終局の熱戦といえばやはり昨年末の竜王戦が思い出されるが、なかなかあんなふうにドラマティックな展開にはならないものだ。

今回の名人戦では郷田九段がやたらに長考することが話題になった。中盤の難所で時間を使うならともかく、序盤の駒組段階で何時間も考え込んだりするのである。もちろんだいぶ昔、持ち時間が今よりずっと長かったころは初手にいきなり大長考するなどということもあったらしいが、テレビ中継も入った現代の名人戦ではさすがにできないだろう。自分のヘボチェスに引き寄せて考えてみると、ああやって長考を繰り返して持ち時間に大差がついていくのは、精神的にかなりのプレッシャーになる。このあとの一番大事なところで時間が足りなくなってポカを指すのではないかという漠然とした不安感に襲われてしまうのだ。その結果、集中力を失い、まだそれほど残り時間が減っていなくてもブランダーを指してしまうのである。そういえば先日のゴールデンオープンで対局した相手で、初手と2手目だけで10分以上時間を使っておられた方がいた。よく不安にならないものだなと感心してしまう。私にはああいう時間の使い方はできそうにない。

羽生名人はこれで名人位を防衛したので、来年の名人挑戦者を決める順位戦の対局がなくなった。また今年は王位戦の挑戦者にもなっていないので、夏の対局予定が珍しく少ないのではないかと思う。そろそろ海外にチェスを指しに行って、またGMを倒してきてほしいものだ。

2009年06月23日

またツイていた

朝、車を出そうとしてびっくり。フロントガラスに鳥の糞がついている。おかしい、ここまで続くと本当に何かあるのではと思いたくなってしまう。この3ヶ月で少なくとも4回目だ。夜は立体駐車場の中にあるので、ついたのは昨日の日中か。気づきにくいところだったので、もしかしたらもっと前からあったのかもしれない。去年まではそんなに何度も落とされるようなことはなかったと思うのだが、実はこれもちょっとした気候変動のサインなのかもしれない。

火曜日なので非常勤講師のため午後からH大に回る。いつもは講義が終わった後にT君と夕飯に行くのだが、今日は会議が長引きそうとのことだったので、会わずに直接帰った。

2009年06月21日

トリック映像

やっと梅雨らしい天気になってきた。昨日あたりを梅雨入りとすれば誰もが納得するだろう。さすがに蒸し暑さに耐えられなくなってきて、押し入れから扇風機を出してきた。ヒーターと扇風機が両方しまわれている期間は2ヶ月もない。

最近見つけた映像で面白かったもの。動画が撮れる携帯電話で周りの様子を撮影している男。鏡の前に立ち、ちょっと手をかざすと次の瞬間、あり得ないことが起きる。さて、いったいこれをどうやって撮影したのか?という一つのマジックである。

こういうのは、当然ながら編集や映像の加工を一切行っていないということが大前提だ。もちろんこの映像でも撮影されたそのままを見せているわけだが、手を加えていないということは見る人に信じてもらうしかない。一昔前ならそんなことをわざわざ断る必要はなかった。画像や映像を誰もが自由に扱えるというのは、こういう映像にとってはマイナスだろう。いってみれば、誰かに手伝ってもらうマジックを演じる際に「この人はサクラではありません」と強調するようなものだ。ぐるでないことが客観的に明らかでなく、ただ言葉で信じてもらうしかないというのは、それだけで不思議さが一段低いものになってしまう。

ここまで書いて、高校時代のことをふと思い出した。当時地学部に所属していた私は、毎月のように望遠鏡やカメラを持って他の仲間と一緒に外房線に乗り込み、2時間以上かけて空のきれいな房総半島の先の方まで出かけていっていた。夜通し観測を楽しみ、朝一番の電車を待つ間に無人駅のホームでよく撮っていたのが多重露出写真だった。友人を画面の左半分に立たせ、レンズの右半分を覆って撮影し、そこでフィルムが送られないようにあるスイッチを押して巻き上げレバーを空回りさせる(このときにカメラを寸分たりとも動かさないでいるのが大変だった)。そうしておいて今度は友人を画面右側に立たせ、左半分を遮蔽して撮る。1枚の写真を複数回に分けて撮ることで、同じ人物が何人も写っていたり、身体が途中で消えていたりする写真を撮ることができるのである。一時期はだいぶ凝っていて、天体写真もそこそこに怪しげなトリック写真をたくさん撮影し、現像すると部室に持っていってみんなでゲラゲラ笑ったものだった。隣の写真部に持っていったら面白がってくれて、廊下に貼り出されたこともあった。今あんな写真を撮っても誰も面白がってはくれないだろうし、そもそも自分が楽しくないに違いない。そんな画像をこしらえるのは誰だってできるからである。20年くらい前のことだが、いつの間にかずいぶん昔の話になってしまったものだ。

2009年06月20日

交響的練習曲が弾けない夢

休みなのをいいことにまた惰眠を貪ってしまった。暑苦しさを紛らわせようと寝返りを打ちながら夢を見ていたのだが、その内容はかつて学生時代に何度も見たものだった。ピアノの演奏会に出ることになっているのにまるで練習しておらず、当日になってどうしようと困り果てるという筋書きだ。よほどそういう事態を心配しているらしい。ただ多くの場合、そんな夢を見るのはたいてい実際の演奏会が近づいてきているときだった。今は先日京都で弾いてきたばかりで、次の演奏会までにはまだだいぶ余裕がある。思うに、来月上旬に予定している海外出張を筆頭に秋の研究集会の世話人や勤務先での雑用など、うまくいくかかなり気にしている案件を現在いくつか抱えており、それが演奏会前の不安という形で具現化したのではないか。不思議なのは夢の中で自分が何を弾けずに困っていたかがはっきりしていたことで、曲目はシューマンの交響的練習曲だった。その最後の変奏の冒頭を弾いて、その先を覚えていないと嘆いていたから間違いない。交響的練習曲なんてここしばらく聴いても弾いてもいないのに、なぜ夢の中で突然出てきたのか。もしかしたらシューマンは、自分の意識下で厄介な曲として認識されているのかもしれない。

午後は主にピアノの練習や折紙で過ごす。折紙は恐ろしく手間のかかる工程があり、何時間もかけてそのワンステップしか進められなかった。まだ先は長い。

2009年06月19日

余因子行列の定義

金曜日なので午後から線形代数学の講義。レポート課題を直前に大慌てで印刷したりして、今日も自転車操業だった。

以下は数学に日頃接している人向け。講義の準備をしていて初めて気づいたことである。私は余因子行列というのは、行列の各余因子を転置して並べたものだと思っていた。行列Aに対して余因子行列Ãをそのように定義すれば、Aの逆行列を

A-1=Ã/|A|

と簡明な形で表せるからである。実際、手元にあるほとんどのテキストは余因子行列をそのように定義している。ところが今年勤務先で使っているテキストを見たところ、余因子を転置せずにそのまま並べた行列を余因子行列と呼ぶとしているのである。つまり、この定義でいくなら
A-1=tÃ/|A|

となるわけだ。最初は記述がおかしいのではないかと思ったが、調べてみたらどうやら流儀が2つあり、こちらで定義することもあるらしい。数学に携わる人の間ではよく知られていることなのかもしれないが、私は今回初めて知った。まあ確かに、単に余因子行列といえば転置せずにそのまま並べたものであるとするのが自然なのかもしれない。もちろんどちらで定義しようと大した問題ではないが、世の中に出ている線形代数学の教科書の何割くらいがこちらの派閥なのか、ちょっと知りたい気もする。

2009年06月18日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.95


ちょっとしたアイデアをまとめた小品である。

2009年06月17日

ウクレレのコンサートに行く

6時過ぎに自室を出ると講堂へ向かった。今日はここで、ハワイに住む日系2世のオータサンことハーブ・オータ氏によるウクレレのコンサートが行われることになっていたのである。元々オータサンは広島からハワイに移住した日本人の子孫で、ウクレレ界では押しも押されもせぬ大御所。今回の催しは、ハワイで広島原爆平和展示会を行う費用に充てるために行われるチャリティーコンサートということだった。ただでさえウクレレのコンサートに行く機会などあまりないのに、自分の勤務先でやってくれるというのだから、これは行かないわけにはいかない。ウクレレに少し詳しい知り合いからも、オータサンは誰もが知っている巨匠だから是非聴くべきと勧められていたので、今日はちょっと楽しみにしていた。

6時半開演で、まず学長の挨拶などがあった後オータサンが登場。3分くらいに縮めた「ラプソディー・イン・ブルー」から入り、以後は椅子に座ってマイクで曲目紹介や雑談を挟みながらいろんな曲を奏でるというスタイルだった。曲目は「別れの曲」やドビュッシーの「月の光」といったクラシックからボサノバ、「スティング」などの映画のテーマ曲、さらにはビートルズなど実に様々。合間のお話は英語風味が若干加わった日本語で、ウクレレの歴史や自らの体験談などを軽妙に語り、聴衆の笑いを誘っていた。最後の30分は客席からのリクエストを受け付けたが、知らない曲の名前が出ると「まだ生まれてなかったから……」と言ってとぼけてみせるのが何だか志ん生みたいでおかしかった。ウクレレの演奏をまともにじっくり聴いたのは初めてだが、演奏テクニックにもいろいろあるのだと分かって面白かった。特にオータサンが多用していたのが、右手で弦をはじきながら指の関節をウクレレに当ててコツコツと小気味よい音を立てる技術。あれでリズムにますます調子がついてくる。ピアノでも、弾きながら鍵盤の向こう側をたたいてみたら面白いんじゃないだろうかとふと思った。

8時過ぎに終演。部屋に戻ってレポートのチェックをすませたあと帰宅した。

2009年06月16日

水筒持参

暑い一日だった。梅雨に入ってからというもの、先週の水曜日にかなり強い雨が降ったのを除けばずっと晴天が続いている。今日も雲一つない快晴。毎年思うことだが、気象庁による梅雨入り宣言なるものはナンセンスである気がして仕方がない。実際に雨が降っているわけではない以上、なぜ今が梅雨かと問われれば「そう発表されたから」というしかないのである。「『この雨続くね』とお上がいったから六月九日は梅雨入り記念日」では短歌にもならない。

今日からは水筒を持ち歩くことにした。一昨日スーパーに買い物に行ったとき、保冷効果の高さを謳った水筒が安売りされているのを見つけて衝動的に買ってしまったのである。今までは勤務先で喉が渇くたびに階下の売店で500mlペットボトルのお茶を買っていたのだが、考えてみれば何とも不経済な話だ。当分暑い日が続きそうだし、今後はしばらく飲料持参で行こうと思う。

寝起きが悪かったうえに腹の調子もよくなくて、今日はお昼過ぎまでは何だか体調がいまいちだった。H大へ移動したころからはいつの間にか調子も元に戻り、講義も問題なくこなす。昨日までに採点し終わった中間試験は学生に返却した。そういえば、答案用紙に講義の感想や意見などを自由に書いてもらったところ、やたらに多かったのが「手品がうまいと先輩から聞いたので見せてください」というもの。去年もそういう経緯でやらされることになったのだった。これでは毎年の恒例行事として定着してしまいそうだ。

2009年06月15日

得点分布

今日はいつも共同研究をしている3人で集まってセミナー。前々から続けているネタはあるのだが、なかなか遅々として進まない。自分もこのところ日頃の忙しさにかまけて、研究のための時間をあまりとれないでいる。おそらく世の中の同業者のほとんどはきっと私なんかよりさらにたくさんの仕事や雑用をこなしていると思うのだが、それでしっかり研究成果もあげているのである。もっと要領よく、時間を有効に使いたいものだ。

セミナー終了後、部屋に戻って残っていた採点をようやく片づける。今回は点数が高めに出てしまったのでずいぶん厳しくつけたが、それでも大部分の答案は平均点よりやや上あたりに集中することになってしまった。あまりできなかった一部の人だけが極端に点数を落とす形になっており、ちょっと気の毒ではある。裾野が大きく広がり、平均点のあたりでもなだらかに盛り上がっている丘のような得点分布が理想なのだが、今回は槍ヶ岳みたいなことになってしまった。そういえば先月行った線形代数学の試験の方も、ピークの位置はずいぶんと左寄りだがやっぱり槍ヶ岳スタイルだった。まだまだ未熟である。

2009年06月13日

それぞれの課題

久しぶりに何の予定もない土曜日。本当は山登りに行くはずが延期になったためだが、昨日はだいぶ疲れていたからちょうどよかったかもしれない。お昼にパスタをゆで、食後にコーヒーで一服する。休みの日の昼下がりに飲むコーヒーはどうしてこうもおいしいのだろう。

午後は折紙とピアノに半分ずつあてた。折紙の方はこの間作成しておいた紙で折り始める。しかし序盤から頻出する沈め折りに大苦戦。Open SinkにSpread Sink、それにとりわけ難しいUnsink(沈め折りと反対に沈んでいる部分を裏返して引き出す)まで登場し、たちまち紙を激しく傷めてしまった。ようやく難所を切り抜けたところで中断したが、まだ中間地点にも達していない。さすがにLang作品は難しい。破綻する可能性も大いにあるが、何とか行けるところまで行こう。それにしても、紙に負担をかけずに沈め折りをどうやってこなせばいいのか、未だによく分からない。

ピアノの方も課題がある。現在、プロコフィエフの曲を譜読みしてみているのだが、曲の中で延々とアルペジオを弾き続けながらメロディーをかぶせるところがある。旋律を構成する音はアルペジオの中に埋め込まれているので、その音をテヌートでくっきりと響かせたいのだが、これがどうにも難しい。AshkenazyにしてもChiuにしても、CDを聴いてみるとアルペジオの音の群れはもやもやと流体のように混ざり合って音の海を形作っており、メロディーは水の上を走るアメンボのように浮き出て聞こえてくる。まるで違う楽器で奏でているかのようだ。しかしそれをいくら真似しようとしても、どうしてもアメンボは水中に落ちて見えなくなってしまうのである。もうしばらく練習が必要なようだ。

2009年06月12日

くたくた

午後から線形代数学の講義。先日の中間試験の結果を知りたい人は講義終了後に私の部屋に来てくださいと言ったら、当然ながら大挙してぞろぞろとやってきた。その一人一人に答案を見せて、点数とともに間違ったところなどを指摘していたら相当な時間とエネルギーを使ってしまう。最後の学生が帰っていった後、もうくたくたでぐったりしてしまった。まだH大で担当している分の試験の採点が少し残っているのだが、疲れてやる気が起きず、そのまま帰ってしまう。もういい、また来週。

明日は同僚のI先生とまた山登りにでも行きましょうということになっていた。ところが、直前になってI先生から、「腰痛がひかないので延期させてほしい」とのこと。そういえば先月からちょっと痛むという話は聞いていたが、治るどころかひどくなってきたらしい。そんなわけで明日の予定はなくなってしまった。一人で行く気もあまりしないし、まあゆっくりしていようか。

2009年06月11日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.94


本作は当初、次の形で発表された。

数ヶ月後に解答が発表されたとき、2手目から2. Bxd5 Bxd5 3. Kb4という手順でもドローになることが併記されていた。この欠陥を解消するために、Kubbelは出だしをカットせざるを得なかったわけである。彼は1938年に出た作品集に改作版を収録した。

黒のBをNで挟んで交換を強要するというこのテーマは、このあとの175番でも登場する。まただいぶあとになって、Helmut SteniczkaはフィニッシュがKubbel作のそれと同じになる作品を発表している。これも紹介しておこう。




2009年06月10日

雨の一日

今日は朝から強い雨だった。停車していてもワイパーを連続して動かし続けていなければいけないほど。中国地方もすでに梅雨入りしたことになったようで、これからしばらくはジメジメした毎日になりそうだ。

昨日実施した中間試験の採点を今日から始めたが、ちょっと試験問題がまずかったようだ。点をある程度ちゃんと取ってもらおうと事前に十分ヒントを出し、また去年の問題とそれほど傾向を変えないようにしたのだが、明らかにサービスのしすぎで、みんなかなりできてしまっているのである。まあみんなできていないよりはいいのだろうが、これでは本当によくできる人が埋没してしまう。差をつけるという試験本来の趣旨からいえば失敗だろう。仕方ないから期末試験をその分難しくするしかないか。どうも未だにこういうことの調節が下手くそでいけない。

午後は4年生のセミナー。彼らも就職活動で忙しく、今はその合間を縫ってどうにか時間をつくっている状態だ。早く落ち着いてこちらに専念できるようになってほしいが、今の景気ではやはり簡単ではないのだろう。

セミナー終了後、少し採点の続きをしてから暗くなるころに帰宅。まだ雨は降り続いていた。

2009年06月09日

四周目の始まり

今日でまた一つ歳をとった。今年は年男なので、今日から4周目が始まることになる。いよいよこんなところまで来てしまったかという思いだ。ここ数年でずいぶん老けてきてしまった気がするが、これでまた12年経ったら、(生きていたとして)果たしてどんな相好になっているのだろうか。考えるだに恐ろしい。

火曜日なので今日はH大に行く日である。食堂でお昼を同僚のHさんとともにすませ、エレベーターの中で
「いやあ、何かいいことないっすかねえ」「ムフフ、ないねえ」
「36だよ!」「40だよ!」
「(同時に)ハハハハッ……(乾いた笑い)」
というどうしようもない会話をしてからそれぞれの部屋に戻った。2時半過ぎに出発。小一時間でH大に着くと、教務の窓口で休講と補講の手続きをする。来月上旬に出張する予定があるため、1回分は休まないといけないのである。その分の補講は今月中にやってしまうことにしておいた。その後は時間まで学生食堂で時間つぶし。普段はI先生の部屋にお邪魔して研究のことなど少しお話しするのだが、今週は出張されているのでやむを得ない。

講義の方は中間試験を実施することになっていたので、今日はただ教室をうろうろしていればよかった。終了後、いつものようにH大のT君と合流。彼は今日は用事があって午後出かけていたのだが、せっかく誕生日なのだからと外出先から戻ってきてくれたのである。楽しく夕飯を食べて、8時過ぎに彼を自宅前で降ろしてから帰路に就いた。

しばらく忙しい日が続きそうだが、37年目が無難な1年であることを祈りたい。

2009年06月08日

棋譜の入力

先月のゴールデンオープンの棋譜をデータベースに入力する作業をした。公式戦の棋譜はいつも棋譜ファイルにまとめて保存しているのだが、今回はあまりに内容がふがいなかったので棋譜を見直す気にもなれず、少しキズが癒えるまで放っておいたのである。もっともこういうことは初めてではなく、実は去年のゴールデンオープンも棋譜入力までにしばらく時間を要したのだった。とにかく蒲田で指すとろくなことにならないのはなぜだろうか。

そろそろ冷静になれるだろうと思って棋譜を一手ごとに入れていったのだが、そんなわけにもいかなかった。これはまあまあうまく指せたと思えるものが1局もない。負けるにしても、例えば3手先の敵の妙手を見落としていたとでもいうなら仕方ないと思えるのだが、直後の一手、それもごくごく当たり前の手が全く見えていないのだからいやになってしまう。特に第5ラウンドでの引き分け局は、これまで自分が指したチェスで最もひどいものだったといっていいだろう。あまりの情けなさに、指し手を追いながら思わずうめき声をあげてしまった。偉そうにエンドゲームスタディの連載なんかしているが、その内実がこれである。自分にはやっぱりチェスなんて無理ということではないだろうか。いや、そもそもボードゲームに向いていないのかもしれない。一手一手パソコン上で棋譜を再現していけばいくほど、悄然とした気分になるのだった。

チェスに限ったことではなく、集中力が必要な場面でいかにそれを保つかということは、常に自分の課題である。

2009年06月07日

折紙用紙を作成する

PaperMaking2.jpgPaperMaking1.jpg久しぶりに今日はゆっくりできる時間がとれたので、折紙用の紙を作成する作業をしていた。負担のかかる折り方をしても紙が簡単に破れないように、カラペにアルミホイルを裏打ちしてこしを強くし、これを適当な大きさの正方形に切り出すのである。新聞紙を敷き詰めてそのうえに十分な大きさの板を置き、その上からまた新聞紙を敷いてセロテープで固定する。そのうえにアルミホイルをしわができないように真っ直ぐ広げていく。そしてスプレーのりをまんべんなく吹きかけ、乾かないうちに手早くカラペを貼り付けるのである。このカラペの貼り付け作業で空気が入らないようにするのがなかなか難しい。今日はのりをむらなく付着させようとかなりしつこくスプレーを吹き付けたためシンナー臭が部屋に充満し、あわててあちこちの窓を開けることになってしまった。のりがある程度乾いたところで裁断作業に移ったが、カッターの切れが悪くなっていたのか、刃に引きずられてカラペの一部が破れてしまうトラブルが発生。一生懸命つくってきて最後にこういうことがあるとがっくりきてしまう。気を取り直して2枚目の切り出しに臨み、こちらはまあまあ無難にできた。

さて、ようやくこれで紙はできたが、これからがまた大変。今折ろうと思っているのはまたLangの作品でかなり難しそうなのである。一応今月中の完成を目指して少しずつ折り進めようと思う。

2009年06月06日

次回の演奏会の曲目

先月末に演奏会が終わり、さて次は何を弾こうかと考えている。演奏会後の打ち上げではそろそろラフマニノフはどうですかと水を向けられてその気になり、「音の絵」からどれかやろうかなという気分になっていたのだが、帰宅してからパラパラと楽譜を眺めていて、どうもそれは簡単ではないということに気づいた。練習にほとんど時間が取れないことを考えると、一から譜読みをするのはちょっと難しい。となると学生のころに練習していた曲ということになるが、かつて挑戦したことがあるのはOp.33-2, 39-5, 39-9の3曲のみ。弾くならOp.39の2曲のどちらかかと思うが、始めの数小節を読んでみてまるで指が覚えていないと分かった。これを仕上げるまでには膨大な時間がいる。何しろラフマニノフは音符が多いのだ。弾きたい曲には違いないが、このところの忙しさを考えると、これを選択するのは得策ではないかもしれない。

そこで代案として思いついたのがプロコフィエフ。実はプロコフィエフは学生時代に一度も人前で披露したことがないのだが、「シンデレラ」の中の曲を去年の一時期にだいぶ練習していたので、その記憶がまだ指から消え去らないうちにやり直せば、次の演奏会までに何とか間に合うだろうという魂胆である。ただこれも思いつきなので、しばらくしたらまた考えを変えるかもしれない。

今日は夕方に街中まで買い物に出かけた。本屋で将棋世界の最新号を買った後、「シンデレラ」のCDかDVDでも買おうかと思い立ってタワレコまで歩いていくことにする。だが、今日はやめておくべきだった。うっかりしていたが、昨日から明日までの3日間、広島は「とうかさん」というお祭りをやっているのである。本通商店街は大変な混雑ぶりで、ときどき立ち止まらなければいけないほどだった。歩いている若い女性の2割くらいは浴衣姿である。ようやくタワレコにたどり着いたが、めぼしいものは見つからなかった。結局何も買わずに店を出る。まあ「シンデレラ」はネットで買うことにしよう。

2009年06月05日

折り鶴のついた名札

今日の午後は、先週行った線形代数学の中間試験をずっと採点していた。1年生全員が受けた試験なのでさすがに枚数が多い。自分が試験を受ける側にいたころは、答案を採点するという行為は先生なら当たり前にする仕事であり、呼吸するかのように造作もなくできることだとばかり思っていた。採点作業が「大変である」とは考えてみたこともなかったのだ。しかし、意味が通っているのか通っていないのかもはっきりしない文章をひたすら何百枚も解読するという作業は、実のところかなりの負担である。それが、講義であれだけちゃんと説明したのに、と嘆きながらとなればなおさらだ。

NameCard2.jpgNameCard1.jpg5時を過ぎ、6時を過ぎても一向に終わらない採点に嫌気がさし、小休止のつもりで部屋を出て階下の事務に向かった。メールボックスをチェックすると、自分の名前が書かれた名札が入っている。広島市に勤める人間は、今後勤務中は原則としてこれをつけるようにということになったらしい。地元の新聞にも紹介されていたが、特徴的なのは名札とともに小さい折紙が1枚添えられていることで、これで各自折り鶴を折って名札に貼り付けることになっているのである。早速折ってみた。普段複雑系折紙に手を出している身としてはもうちょっと凝ってみたい気もしたが、折り鶴を貼る趣旨を考えればそれはやめた方がいいだろう。しかし、毎日使っているうちに折り鶴があちこちに当たって変なふうに折れ曲がってしまわないかが、ちょっと心配ではある。

[2009/6/6 2:00 追記] 今になって気づいたが、折り鶴をカードに貼ってからカードホルダーに入れなければいけないのではないだろうか。そうに決まっている。何も考えずにホルダーの上から鶴を貼り付けてしまったが、これではすぐ鶴がダメージを受けるのは当たり前ではないか。全く相変わらず間が抜けている。仕方ない、週明けに直そう。

2009年06月04日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.93


2009年06月03日

名人戦第五局

昨日と今日は将棋名人戦の第五局が行われていた。ここまで2勝2敗、勝った方が名人位に王手をかける重要な対局だったが、結果は挑戦者の郷田九段の勝ち。羽生名人は終始苦しい戦いを強いられ、力を出し切れないまま終わってしまった。まだ王手もかからないうちに投了してしまっており、戦意を喪失してしまったように見える。第四局でも星を落としており、さらにその後行われた竜王戦での深浦王位戦、王位戦での渡辺竜王戦にも敗れているから、これで4連敗。ちょっと調子が悪そうだ。

昨年度の将棋界は、全公式戦で初めて先手の勝率が5割を切ったということが大きな話題となった。今回の名人戦もその流れを引き継ぎ、第四局まで後手番ばかりが勝つという珍しい展開になっている。今日の第五局で初めて先手番が勝ったわけだ。去年の名人戦ではこれとは全く逆に先手番ばかりが勝ち、テニスのサービスブレークのように後手番で勝てるかどうかがポイントになるだろうと思われた。トップレベルの棋士同士のタイトル戦なら、基本的にはこれからもそういう構図が続くだろうとばかり思っていたので、今回の名人戦の経過にはちょっとびっくりしている。つい1年くらい前、私は将棋における先手と後手の勝率差にふれて、これからどんどん差が開いていって先手の勝率が6割くらいになったらどうするんだろうなどという心配をしていたのだ。先のことは分からないものである。今の勝率逆転現象は、将棋というゲームがまだまだ人間にはコントロールできない奥深さを持っていることの証左だろう。

2009年06月02日

パシッ!

火曜日なのでいつものように午後からH大に回る。山陽自動車道を3つ目のICで降りてSバイパスを快調に走っていたとき、突然何かが前から飛んでくるのが目に入った。あっと思った次の瞬間、「パシッ!」という乾いた音がしてフロントガラスに白い点ができたのである。さすがにぎょっとしたが、白いキズは幸い非常に小さく、かなり注意深く見なければ気がつかないほどのものだった。しかし、どこから飛んできたものなのかよく分からない。片側1車線の自動車専用道路なので、出所は前の車か対向車しか考えられないが、タイヤから砂利か小石が何かの弾みに飛び出てきたのか……もしいたずらでBB弾のようなものを打ったのだとしたらかなり悪質である。まあそんなことはないと思いたい。

実は何かが当たってフロントガラスにキズがつくというトラブルは、これが初めてではない。3年前にも勤務先のすぐそばを走っていたとき、「パン!」という破裂音とともにやはり何かがフロントガラスに衝突してキズができたことがある。そのときははっきり亀裂が周りに広がるようなひどいものだったのですぐガラス全体を交換しなければならず、思わぬ出費をする羽目になった。今回はそこまでの緊急性はなさそうだが、さほど走っているわけでもないのに3年あまりの間に2度も小片が飛んでくるとは不運というほかない。そういえば鳥の糞も他の車に比べてやたらに落とされる気がするし、うちの車のフロントガラスはものを引きつける力を持っているのかもしれない。

2009年06月01日

マーカ・テンドー氏死去

昨日帰宅後にネットを巡っていたら、マーカ・テンドー氏が5月26日に亡くなったというニュースを見つけてちょっとびっくりした。ガンで闘病中だったそうで、まだ49歳の若さだったとのこと。そういえば最近は名前を聞いていなかった。

マジシャンと聞いて世の中の人がまず思い浮かべる典型的なイメージが、ステージでクールな微笑を浮かべつつ、空中から次々とカードをつかみ取ってくるというものではないだろうか。マーカ・テンドーはそのイメージを一番見事に体現したマジシャンだったのではないかと思う。私がマジックに一番入れ込んでいた中学生の一時期、いわゆるカードマニピュレーションの第一人者としていつもマーカ・テンドーの名前が挙がっていた。当時私が持っていたテンヨー社のマジックグッズカタログに、彼がステージ上で両手を交差させ、すべての指と指の間にカードを挟んでポーズを決めている写真が載っていたことをよく覚えている。その1枚の写真だけで、とんでもない超絶技巧を駆使しているであろうことは、当時の私にも想像できた。

ちょっと探してみたら、生前のステージショーの映像を見つけた。カタログで見た写真のポーズも出てくる。やはりあのときの想像通りの超絶技巧だった。もうあれが生で見られないのは何とも残念というほかない。