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詰パラ七月号

今日は朝から晩まで雨だった。家を出るときからもう本降りだったが、お昼から午後にかけてどんどん激しさを増し、帰るころにはしばらく経験したことがないような豪雨になってしまっていた。ワイパーを最高速で動かしても追いつかないような土砂降りである。梅雨といいながら今までろくに降らなかった分を取り返そうとでもいうつもりのようだが、できればもう少し散らしてほしいものだ。

帰宅してポストの中を覗くと、詰パラの七月号が届いていた。早速、今年の看寿賞の選考過程を読む。中編賞はかなりの激戦だったようで、候補に挙がっていた他の作品が受賞してもおかしくない状況であったようだが、最終的には妥当な結果になったのではないか。個人的な印象でも、候補作だったTさんの作品は難解性が前面に出すぎていて、正直なところ話題作ではあっても看寿賞というのとは少し違うかなという気がしていた。賞に足りないというより、方向が違うように思うのだ(もっとも、こういう解答者に挑戦するタイプの作品として平成5年に看寿賞を受賞した「夏の陣」のように、特別賞という可能性はあったかもしれない)。やはり作品の難解性というのはあくまで何らかの主張やアイディアを実現しようとするための副産物として生じるべきものであって、それ自身を中心テーマに据えた(と受け取られる)作品は、創作・解答の両方に将棋ソフトが援用できる今の時代においては、ますます評価が難しくなってきているのではないかと思う。他の受賞候補としてはWさんの2作があったが、これもWさんならもっとインパクトがある作品で受賞すべきだから、中村さんの受賞は順当な結論だろう。

他のページも一通りパラパラと眺めて、最後におしまいの編集者あとがきのページを何とはなしに読んでいたら、Sさんの書かれた一文にいきなり私の名前が目に飛び込んできてちょっとびっくりする。何かと思ったらSさんが解説をされている新人コンクールのことだった。数ヶ月に一度のペースで新人作家の作品をまとめて掲載するコーナーで、私もかつて載せていただいたことがある。曰く、「当室出身の看寿賞作家(平成15年度斎藤夏雄氏)も誕生し、有力作家も輩出し、解説者としては誠に嬉しい現象です」。そう言っていただくほど最近は活動していないのが何とも申し訳ない限りである。ただ、最初は「当室出身」の意味が分からなくて戸惑ってしまった。詰パラの初入選はその前の号だったし、看寿賞をいただいた作品が載った将棋世界誌が出たのも、新人コンクールに作品を載せていただいたのと同じ月だったからだ。まあつまりこれは、新人コンクールで入選したことがある、というくらいの意味なのだろう。

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