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2009年07月31日

100,000

今日で7月もおしまいだ。今月は強行軍の出張が2つもあり、それ以外にも試験やら補講やら、さらには詰将棋全国大会というイベント出席まであり、慌ただしい日程を無事にこなせるか不安があったのだが、どうにか乗り切ってホッとしている。来月は来月でまたいろいろあるが、7月に比べれば少しは落ち着けるだろう。

このブログは自分のホームページの1コンテンツという形で開設したが、そのホームページに設置したカウンタが昨夜ついに100,000に到達した。数えだしたのが1997年の5月だから、もう12年も経っている。途中、何度かカウンタがリセットしてしまうトラブルもあったからもちろん正確な数字ではないが、いつの間にかこんなところまで来てしまったかという感慨を覚えずにはいられない。3年前にブログを始めてからカウンタの勢いがかなりよくなったのは確かで、50,000に達するのに8年かかったのに、もう半分は4年しかかからなかった。もっともログを見ると、このブログを見ている人の9割方はホームページを経由せずに直接訪れているようである。このブログ自体にアクセスカウンタを設置すれば数字の増え方は今よりずっと速くなるに違いないが、別に訪問者数を誇示したいわけでもないし、当分は今のままでいこうと思う。

2009年07月30日

CATcerto

今日はずっと期末試験の採点をしていた。先週実施したものだが、他の先生方との約束で明日までに終わらせないといけないのである。ひたすら行列式の計算をチェックし続けるというのは何とも疲れる作業だ。

もう2年以上前に、ピアノを弾く猫の映像があると紹介したことがある。もちろんこれだけでも十分インパクトがあったが、さらにこれにオーケストラの伴奏をつけてピアノ協奏曲にしてしまった人がいる。リトアニアのMindaugas Piečaitisという作曲家で、件の猫の映像をつなぎ合わせて4分くらいの立派な曲に仕立ててしまっているのだ。こうなってみるとなかなかの名曲に思えてくるから不思議である。猫好きの人には楽しめる映像ではないだろうか。

2009年07月29日

帰宅

4泊5日の出張から戻った。滞在中は特に変わったこともなく、朝食-講演-昼食-講演-夕食-歓談の繰り返し。去年のように遠出をすることもなく、講演の合間に近くの湿原をちょっと散歩したりしたくらいで終わった。ずっと咳と痰のからみが治らなかったので、おとなしくしているくらいでちょうどよかっただろう。

今日は午前中に最後の講演を聴いた後、12時半頃にセミナーハウスを後にした。バスが下界へ降りて行くにつれてじんわりと汗が噴き出し、蒸し暑さからこの数日間逃れていたのだということを実感する。来たときと同じように新幹線を乗り継ぎ、広島の自宅にたどり着いたのは夜の8時半。行きと比べて順調だったが、それでも8時間の旅である。ああ、疲れた。

2009年07月27日

一回り

サマースクールも今日で中日。午前中にメインスピーカーによる長めの講演があり、午後はサテライトの講演が複数あるので結構大変だ。去年は近場のラベンダーパークというところに行く余裕があったが、今回はずっとセミナーハウスに居着いて終わりそう。おまけに、こちらに来る前から兆候が出ていた咳と痰のからみが今日になってひどくなり、声がちょっとおかしくなってしまった。実は今日になって初めて会話した参加者の方もいるのだが、この声がデフォルトと思われそうなのが心配である。

昨夜のことだが、連続講演中のI君と風呂の中で一緒になり、いろいろと話しているうちにちょっとびっくりしてしまった。というのも、I君が85年生まれだと分かったからである。少し下の後輩だなというくらいのつもりでいたら、自分と一回り違っていたのだ。年をとったものだなと実感してしまう。

2009年07月25日

大雨の中の出発

昨日心配していた通りのことが起きてしまった。予定では9時過ぎに横川駅に着いて一駅隣の広島駅に在来線で移動すれば、十分余裕を持って新幹線に乗れるはずだった。ところが横川で電車をいくら待ってもなかなか来ない。都心のように数分おきにとはいかないが、この時間帯なら10分も待てば必ず来るのにと思っていたら、アナウンスが聞こえた。
「本日は大雨の影響によりましてダイヤが大幅に乱れまして、お客様には大変ご迷惑をおかけいたしております。次の広島方面の電車、ただいま岩国駅を出ましたので、あと40分程度で到着する予定です」
40分!? あわてて改札を出るとタクシーをつかまえる。ところがこれも渋滞でなかなか動かない。刻一刻と新幹線の時間が迫ってくる。同じことを考えた人が多いのだろう、駅前のロータリーからはタクシーの列が長々とのびていて当分は入れそうにない。何しろ今日の目的地は遠いうえに山奥の僻地なので、もし乗り遅れるとかなり面倒なことになってしまう。仕方なく少し手前でおろしてもらい、重い荷物を両手に雨の中を全速力で走るという一番やりたくないことをやらされる羽目になってしまった。手がふさがっていて傘も差せないし、タクシーをあわてて降りようとして激しく打ちつけた頭を押さえることもできない。息せき切ってホームに上がるとちょうど発車ベルが鳴っているところ。間一髪、間に合った。幸い、新幹線の方はほとんど遅れていなかったので以後の行程は順調だったが、冒頭からとんだ汗をかかされた。

東海道・山陽新幹線、上越新幹線、上越線と電車を乗り継ぐこと6時間半、そこからバスで深い山に分け入ること50分、そこから山道を登ること15分。家を出てから8時間半もかかってやっと目的地のセミナーハウスにたどり着いた。やっぱりここまで来るのは大変だ。出発時にトラブルがあったものの、どうにか無事に到着できてよかった。

明日からは講演が始まる。

2009年07月24日

再びの豪雨

勤務先では今日から試験期間。初日の今日は線形代数学の試験をした。試験中に見て回ったり、回収した答案用紙をざっと見た感じでは、あまりできていない感じ。採点してみなければ分からないが、何らかの救済措置が必要かもしれない。

だいぶ帰りが遅くなり、夕飯は近所のとんかつ屋に行ってすませたのだが、その行き帰りに凄まじい豪雨に遭った。道路がところどころ川のようになっており、車に激しく当たる雨音で車内でかけていた音楽はいくら音量を上げてもまるで聞こえない。数日前もきっとこんな感じだったのだろう。

実は明日から、群馬県の山奥に出張することになっている。毎年恒例となっている勉強会で、自分も世話人の一人なのだが、これだけ降るとまた新幹線が止まってしまわないかが心配だ。何せ人里離れたところなので、ちょっとでも遅れるとたどり着く交通手段がなくなってしまう。それにこの分だと、去年のように、留守中に雷が落ちてサーバにつながらなくなってしまう可能性もありそうだ。いい加減にそろそろ梅雨明けして落ち着いた天気になってほしいものである。

2009年07月23日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.98


2009年07月22日

日食を見る

10時半頃に建物の外に出てみると、すでに学生や教員があちこちで上を見上げていた。今日の広島は曇り空で、雲間から顔を覗かせている太陽はすでに半分くらい食われている。黒い下敷き程度の他にはまともな遮光グラスを持っていない人間にとっては、雲で光を弱められているくらいがちょうどよい。11時近くには8割方が欠けて三日月状になり、空もやや暗くなった。残念ながら広島では欠けるのはここまで。とはいえ、久しぶりに日食を見ることができた。

前に部分日食を自分の目で見たのはいつだったか。最近にもあったかもしれないが、よく覚えているのは22年前の日食だ。秋分の日ということで印象に残ったのか日付まできっちり記憶しているが、1987年9月23日に沖縄で金環日食があり、そのときに東京でも半分くらいは欠けたのである。当時私は中学生だった。太陽が欠けるという珍しい現象を見られたのはよかったが、やっぱりせっかくなら完全な金環や皆既の日食を生で見てみたい。しかしそれを見るために遠くまで出かけるのも大変だなと思った私は、今後日本で見られる日食についてそのとき調べてみたのである。だがそのほとんどは、日本といっても海上や遠く離れた南の島で見られるものばかり。やっぱりこういうものは居ながらにして見るなんて都合よくはいかないんだなといったんはがっかりした。しかしそのとき、ずいぶん先の金環日食で、一つだけ日食帯がぴったり東京を通過しているものがあるのを見つけたのである。これはいい、これなら自宅にいて金環日食が見られるぞ……と中学生の私は一人でわくわくした。しかしそれは20年以上も先のことだった。そのころ自分がどこで何をしているのか、当時の私には見当もつかなかった。

今回の日食でそのときのことを思い出したので、もう一度今後の日食について調べてみた。私が中学生のときに楽しみにした金環日食が起こるのは、2012年5月21日だった。あのとき、恐ろしく先のことだと思ったのに、いつの間にか3年後のことに迫っていたのである。金環より派手な皆既日食は2035年まで待たなければいけないようだが、多分3年後はまたちょっとしたお祭り騒ぎになるに違いない。

2009年07月21日

恒例のマジック

今日はH大に行く日。朝はまた激しい雨が降っていたが、午後にはだいぶ小降りになっていたので移動には支障なかった。今日で講義はおしまいで、あとは2週間後に期末試験をするだけだ。ただ、事情があって当日に試験を受けられないという学生が数名おり、迷ったものの別の日に別の問題で試験をするという措置をとることにした。だから今日を含めてH大にこの仕事の関係で赴くのはあと3回である。

今日は時間の最後にまた学生の前でマジックをやった。一昨年に成り行きで披露して以来、学生が後輩に「カードマジックをする教師」という情報を毎年伝えていくため、何だか最後の講義の時間にやってみせることが恒例行事になってしまった感がある。今年も中間試験のときに「先輩からマジックをすると聞いたがやってみせてくれ」という要望が多数書いてあったのだった。もっともこちらとしては、観客が毎回完全に入れ替わっていることがはっきりしているというのは都合がいい。同じマジックを二度見せる心配がないので、毎年同じインヴィジブル・デックをやればいいというのは気楽である。これは予備知識がなければ普通はタネなど分かるはずもないだろうし、それだけに不思議さの度合いはかなり大きくてインパクトがある。今日もどうなるかちょっと不安だったが結果的には非常にうまくいった。きっとこれでまた次の年に伝えられるのだろう。

その後はいつものようにT君と合流して夕飯。9時過ぎに帰宅。

2009年07月20日

豪雨の広島

今日は一日名古屋でゆっくりしていることもできたのだが、今後もちょくちょく来ることはあるだろうし、今回はさっさと帰ることにした。朝ホテルを出るとすぐ名古屋駅に向かい、9時半過ぎの新幹線に乗る。移動中はほとんど居眠りしていた。

お昼ちょうどくらいに広島に着いたが、留守にしている間に大変な豪雨が降っていたようで、山陽本線は広島駅から先の運転を見合わせてしまっていた。隣の横川駅まで移動できたのは、そこまで並行して走っている可部線の方が幸い動いていたからである。帰宅してからニュースを見たが、土砂崩れやら床上浸水やら、県内でいろいろ大変なことになっていたようだ。さっさと帰ってきてよかったかもしれない。

夕方、雨はほとんどやんだので家の前の床屋に出かける。実は早めに帰ってきたのは、今日のうちにここで髪を切ろうというつもりがあったからだった。しかし行ってみると "closed" の文字。しまった、今日は月曜日だった……。来週は出張しているから、次に来られるのは多分来月になるだろう。ちょっと長い髪がうっとうしくなりそうだ。仕方ないのでその足でスーパーに回って買い物をする。豚肉となすとピーマンを買ってきて味噌炒めにして食べた。

2009年07月19日

詰将棋全国大会

今日は詰将棋全国大会である。今年の会場は名古屋。9時44分広島発の新幹線で行けば余裕を持って着けるから、9時ちょうどに家の前を出るバスに乗ることにし、7時半に目覚ましをセットした。しかし7時半に起きてきたものの、居間でぐったりしていたらいつの間にか8時40分。大慌てで冷蔵庫の中の果物だけ食べて家を飛び出した。1時間の時差があるシドニーにいた効果で少し朝型にシフトできるかと思ったが、効果は1週間と持たなかったようだ。

12時40分頃に地下鉄池下駅近くの会場に到着。入口で名札を受け取って会場に入ると、よく見知った顔があちこちにいるのが見えた。2002年に初めて参加し、看寿賞をいただいた2004年からは毎年来ているから、今年でもう7回目になる。来るたびに知り合いが増えてきて、初めて来たときのような、言葉のまるで通じない外国に突然放り込まれたような心細い感覚はもうすっかりなくなった。TaさんとToさんの間に座らせていただき、入口でもらったファイルの中に入っていた詰将棋を考えたりしていると大会が始まる。実行委員長や会長の挨拶に続き看寿賞授賞式。今年の受賞者は3人だが長編賞のSさんは例によって欠席で、NさんとYさんが賞状を受け取っていた。受賞作品の解説や全国大会10回参加者の表彰などが行われた後、休憩を挟んで第2部は例の詰将棋解答競争。案の定、一昨日やったあれくらいの訓練では肩慣らしにもならず、問題の後半では手が止まってしまう。ただ今回はいつにもましてややこしい問題が多くてお手上げの人もたくさんいたようで、私だけが低得点という事態は免れたようだった。正解なら1点、無解答なら0点、誤解答なら-1点という採点方法のため、少しでも自信がないときは答えを書かないのがキズを最小限にするポイントである。分からなくてもとにかく全部解答したために30点満点で-12点になってしまった猛者もいて、この人は上位入賞者とともに景品をもらっていた。その後はLPSAが売り込んでいるどうぶつしょうぎのトーナメント戦。希望者4人による準決勝と決勝が行われたが、先ほど-12点を取った方が結局優勝してしまうといういいオチがついた。最後に恒例の一人一言、写真撮影があって5時半頃ひとまず大会は終了。

ホテルの別の部屋に移動して6時から懇親会があり、3時間ほどの間にいろいろな方とお話しできた。こういうところに来て棋士や有名な作家の方とお話しするたびに、自分もそろそろ創らないといけないなという気になる。ただ詰将棋創作の問題点は、時間を使って延々と考えても何も収穫が得られないかもしれないということだ。自由な時間が1時間あったとして、その時間を例えばピアノの練習にあてれば、少なくとも練習した箇所は少し前より弾けるようになる。しかし1時間詰将棋を考えていても、できないときは何もできない。そして多くの場合は本当に何もできず、時間だけが失われてしまうのである。となると限られた時間を有効に使いたいという思いから、どうしても詰将棋創作の優先順位は低くなってしまうのだった。しかしいつまでもそんなことを言っていてはこの世界から完全に忘れ去られてしまうから、こうやって刺激を受けたのをいいきっかけにしてまた何とか創ってみたいものである。

懇親会が終わった後、近くの居酒屋に移動して2次会。ここでは何となくTaさんとチェスを指し始めたが、序盤から攻勢に出たものの中盤でミスをして逆転されてしまう。最後はどうにかごまかしてドローに持ち込んだが、相変わらず大事なところで手が全く見えていない。とはいえ、最近全くやっていなかったにしてはあれでもうまく行った方かもしれない。また少しずつ勘を取り戻そう。

11時半頃に店を出る。多くの人とまた1年後にお会いしましょうと挨拶して別れた。Sさんの車に乗せていただき、ホテルまで送ってもらう。かくして年に一度の詰将棋の祭典は終わった。

2009年07月18日

Michelangelo Carbonara

夕方に市街地に出たとき、ぶらっとタワレコに立ち寄った。広島店はクラシックの品揃えは悪いので掘り出し物はあまり期待できない。まあ何もないだろうなと思いつつ視線を横に滑らせていくうち、あるCDで目がとまった。ラヴェルのピアノ曲全集である。次の瞬間、私はそれを手に取るとレジに持って行ってしまった。衝動買いしたのにはわけがあって、第一にまずそれがすごく安かったから。1枚3,000円くらいものもあるというのに、2枚組でたったの890円だったのである。さすがBrilliantClassicsレーベル、毎度ながら良心的な価格だ。演奏者が多くの場合無名であるというだけで曲自体はちゃんと楽しめるのだから、とにかく曲を聴きたいというときには頼りになるレーベルである。衝動買いした第二の理由は演奏者の名前。Michelangelo Carbonaraという人が弾いている。ピアニストとしては初めて聞く名前だが、何しろミケランジェロ・カルボナーラである。ラヴェル、ミケランジェロ、カルボナーラと3つも好きなものを並べられては、もう買うしかないではないか。

帰宅後、早速そのCDをかけながらこれを書いている。超難曲とされるスカルボに10分01秒、トッカータに4分13秒かけているからかなり「安全運転」の部類に入るだろうが、聴いていて別に悪いとは思わない。なかなかクリーミー(?)でいい演奏である。

2009年07月17日

錆びついた頭

明後日に詰将棋全国大会が名古屋で行われることになっている。最近は余裕がなくて詰将棋を創ることも解くこともほとんどしていないが、こういう催しには参加することに意義があると思っていつも出かけることにしている。少しは顔を出さないと、詰将棋界から完全に忘れ去られてしまいかねない。

ただ、最近は行くたびにちょっと困ったことになる。というのも、何年か前から詰将棋解答競争が席上で行われることが多くなったからだ。3手詰か5手詰くらいの短手数作品がスクリーンに30秒だけ次々に映し出されるので、その場で素早く解いて解答用紙に正解を書いていくというものだが、これが本当にできない。3手や5手なんて簡単じゃないかと思われそうだが、一流の詰将棋作家が創った罠だらけの詰将棋というのは実にうまくできていて、限られた時間で読むのはそんなに容易なことではないのである。それでも全国大会に来るような人はだいたいはさっさと解いてしまうのだが、タイムプレッシャーがある状況に私はどうにも弱く、看寿賞受賞者とは思えない低得点に毎回終わっている。特にこのところ詰将棋を解くことをほとんどしていないだけに、今年は心配だ。

少しでも錆びついた頭をリフレッシュしようと、この間の将棋世界誌の付録についていた伊藤果七段の9手詰作品集を出してきて最初の方の数問を解いてみた。やはりダメだ。9手詰だと分かっているし配置も簡素だから、時間をかけさえすれば解くことはできる。ただ、あまりに時間がかかりすぎるのである。ある手順を考えてみてそれが詰まないと分かっても、その手順を何度も何度も頭の中で無意味に繰り返しているのだ。これではきっと今年も恥をかくことになりそうである。

2009年07月16日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.97


Kubbelによれば、本作はPのないセッティングでマイナーピースの攻防を描こうと試みた彼の最初の作品だそうである。

2009年07月15日

新しいディスプレイ

今日も暑くなるかと思われたが、10時半頃に突然の驟雨があり、その後は気温が下がって過ごしやすくなった。全国のニュースを見ていると、今日は暑かったという話ばかりが出てくるが、少なくとも広島のあたりは今日は我が道を行っていたようだ。

MyBlog.jpg家で夕飯を食べているとチャイムが鳴る。2週間ほど前にディスプレイが故障してしまったので新しいディスプレイを買って送ってもらうことにしていたのだが、それが届いたのだ。早速つなぎ替えてみる。いやはや、画面が広い。今まではずっと1280x768だったのが、今日から1920x1200になったのである。昨日まで画面の左半分を埋め尽くしていたデスクトップのアイコンたちが、左上隅で申し訳なさそうに小さくなって固まっている。自分のブログを見ると、昨日まで狭い帯だった左右のカーキ色の余白部分がとんでもなく広くなってしまっていた。何とも贅沢なスペースの使い方である。しばらくはこの広さに感心する日が続きそうだが、おそらく10日もすれば、もうこの広さが当たり前に感じられるようになってしまうに違いない。慣れとは恐ろしいものである。

2009年07月14日

1ヶ月ぶりの歓談

今日からはまたいつもの日々である。それにしても1週間いない間にまたずいぶんと暑くなった。出張前までは家ではエアコンを入れないでずっと頑張っていたのだが、この熱気と湿気ではさすがに耐えられない。

午後からH大に回り、非常勤の仕事をする。終了後、T君と合流して久しぶりに夕飯。ここしばらく、彼が忙しかったりこちらが出張していたりで都合がつかず、1ヶ月も間が開いてしまった。お互いの近況報告など積もる話に花が咲き、すっかり話し込んでしまう。気の置けない相手に余計な気を遣わず話をすることは、毎日の生活で少しずつ蓄積されていくストレスやしんどさを軽減する最も有効な方法であるが、実のところそういうことができる相手というのはそれほどいないものだ。今日はそれができて、出張でたまった疲れがだいぶとれたように思う。

2009年07月13日

帰宅

朝の新幹線で広島に帰ってきた。本当は今日は休暇届を出してあったのでゆっくり午後に移動するつもりだったのだが、今日中に出勤して片づけなければいけない雑用ができてしまったのだ。まあ出張前にすませておけばよかったことで、うっかり忘れていた自分が悪いのである。その雑用をすませている間に夕立があったようで、終わって帰ろうと外に出たら凄まじい湿気で思わずむせそうになった。やはりこれが日本の気候だ。帰宅すると、1週間ぶりの我が家でも沈滞した空気がモワッとまとわりついてきて、思わずあちこちの窓を開けて回った。

さて、明日からは今回の出張のためにいろいろ棚上げにしていた仕事が押し寄せてくる。モードを切り替えよう。

2009年07月12日

シドニーより帰国

日本に帰ってきた。

一昨日は午前中に代数幾何学のセッションがあり、もちろん全部講演を聴いた。お昼を食べた後にメールをチェックしていたら、勤務先の事務から書類提出の催促。しまった、木曜日までに出さなければいけないものがあったのだった。あわてて学生が行き交うラウンジの片隅で作成に取りかかる。海外出張という非日常の中に突然ポロッと入り込んだ日常のせいで、この日の午後はほとんど終わってしまった。もうどこかに行く時間もなさそうだったので、チャイナタウンの入口にある安い中華料理屋で夕飯をすませる。こんなふうに独りで食事をすませなければいけないときは、どうしても入りやすい中華に行ってしまうことが多い。それにしてもこの街の無国籍感は相当なものだ。歩いている人はすべての人種が混ざっているし、聞こえてくる言葉も英語だったり中国語だったり韓国語だったり、そしてそのどれでもないよく分からない言語だったりと様々。車がひっきりなしに行き交い、いろいろな文字のネオンが明滅を繰り返す。やっぱり連想してしまうのは「ブレードランナー」のシーンで、絶え間ない喧騒の音の海から、今にも「2つで十分ですよ!」というあの台詞が今にも聞こえてきそうな気がするのだった。

Sydney19.jpgSydney18.jpg昨日は飛行機の出発が夜だったので、街をぶらぶらしながら時間を潰す。最初にたどり着いたのが、シドニー天文台。ここはかつて南半球の星空観測基地として重要な役割を担っていたが、一帯の都市化で観測が困難となり、現在は天文博物館として公開されている。周囲は芝生が広がり、入り江の穏やかな景色が一望の下に見渡せた。中の展示物を見るだけなら無料だが、7ドル払えば3Dシアターなるものが見られるという。せっかくなので「見たいです」と言ったら観賞用の眼鏡を渡され、すでに上映が始まっていた映写室に案内された。すでに家族連れが2組ほど鑑賞しており、その後ろに座らされる。やっていたのは30分くらいのアニメビデオで、太陽系の各天体が実際にはどれくらい離れているのかをドラマ仕立てで説明する内容だった。それが終わった後、係員の案内でかつて観測に使われていたドームに上がり、そこに設置されていた望遠鏡で太陽をのぞかせてもらう。もちろんまともに見たら目がつぶれるから、小さい穴を空けた遮蔽板で光を遮り、サングラスをはめた接眼レンズをつけていた。高校生のころ、地学部の活動としてこうやって太陽の黒点の位置を定期的に記録していたことを思い出した。太陽を望遠鏡で見たのはあの頃以来20年ぶりかもしれない。

Sydney21.jpgSydney20.jpg天文台を出たのは1時近くだった。午後も時間を潰さないといけない。サーキュラー・キーを通り抜けて東側の王立植物園に入り込んだ。ここは広大な敷地にオーストラリア内外の植物が集められており、散歩するにはうってつけだ。入場も無料。ぐるぐる歩き回りながら徐々に南下し、やがて州立美術館の前へ出る。ここもただなので、中に展示された絵画やアボリジニの創作物を一通り見て回った。これでようやく夕方となり、ホテルに預けていた荷物を受け取って中央駅から列車で空港へと移動。はっきり言ってこの日はちょっと時間をもてあまし気味になってしまった。こんなことならシドニーを離れてどこか郊外に行ってみた方がよかったのかもしれないが、あまり遠出して帰りの飛行機に間に合わなくなるのが心配だったのだ。

飛行機の中では、やっぱりほとんど眠れなかったが、何事もなく早朝に成田に到着。今日は実家で一泊し、明日広島に戻る予定。まあ反省すべきこともいろいろあったが、何はともあれ無事に帰ってこられてよかった。

2009年07月10日

タロンガ動物園に行く

Sydney13.jpgSydney12.jpg昨日は代数幾何学も可換環論もセッションが開かれていなかったのでComputational Algebraのセッションに出てみたが、なかなか面白そうな話が多くてよかった。ティーブレイクを挟み全部で講演は6つあったが、最後に登場したのは一昨日も出てきたE先生。やっぱり大御所の注目度は高いようで、部屋の椅子が足りなくなって地べたに座って聴講する人もいたくらいだった。終わると隣接したフードコートで昼食。火曜日はカレー、水曜日はハンバーガーと来てこの日はケバブロールなるものにしてみた。鶏肉と野菜にチリソースをかけ、ケバブの生地でくるんである。なかなかおいしかったのだが、途中で巻き付けてあった銀紙が取れてしまい、中のものが飛び出てきて食べるのが大変だった。

Sydney15.jpgSydney14.jpg昨日は天気がよかったので、暗くならないうちにI先生とO大のKさんとともにタロンガ動物園に行ってみることにした。急いでバスで市街地まで移動し、一昨日も来たサーキュラー・キーから出る船に乗って対岸に渡る。後ろを振り返るとシドニーの高層ビル群とオペラハウス、それにハーバーブリッジがきれいに見えた。15分ほどで対岸に到着。道なりに少し歩くとすぐタロンガ動物園の入口があった。

Sydney17.jpgSydney16.jpg園内は広く、限られた時間でとても全部回ることはできなかったので、どこでも見られるような動物のエリアは一切省略し、オーストラリア固有の生物が集められたセクションだけを目指すことにする。まず小さな施設の中に集められたカモノハシ、ウォンバットなどを見学。夜行性の生物だからか、中は真っ暗にされており、写真を撮ることは断念せざるを得なかった。そこを出るとすぐコアラのエリアがあったが、すでに近くまで寄って見られるサービスタイムは終了しており、盗撮でもするように遠くからカメラを持ち上げて撮るだけで終わる。ただ、それに隣接したエリアでカンガルーやエミューを放し飼いにしている一角があり、ここでは間近でオーストラリアらしい生き物たちをじっくり観察することができた。カンガルーというとピョンピョン跳ねるところを思い浮かべるが、ここにいるカンガルーたちはすでにご高齢なのか、前足を前方につくと後ろ足を左右同時にのっそりと持ち上げて引き寄せるという松葉杖そっくりの歩き方でゆっくり移動しているのだった。一方、子供のカンガルーは元気に跳ね回っており、やがて母親の袋に潜り込む瞬間も運良く目撃することができた。他に爬虫類のセクションなども少し見学した後、また船に乗ってサーキュラー・キーに戻る。帰りの船は他の観光客もどっと乗ってきて大混雑だった。船を下りたところで解散し、一人でぶらぶら歩いてホテルに戻った。

会議の日程は今日まで。シドニーを発つのは明日の夜だが、それまで多分ネットに接続できないと思うので、次の更新は12日以降の予定。

2009年07月09日

オペラハウスに行く

例によって昨日の話。

Sydney9.jpgこのへんでは珍しくない天気なのか、昨日もその前の日と同じように雨が降ったりやんだりだった。特に昨日はいわゆる狐の嫁入りで、太陽が出ているのにどこからか雨が落ちてくる天気雨なのである。おかげで朝はずいぶんときれいな虹が南西側に架かっていた。行きのバスの中で気づき、大学に着いてから写真を撮ったが、多分見えていたのは1時間くらいだっただろう。

昨日は代数幾何学のセッションがなかったので、主に可換環論のセッションで講演を聴いていた。当初予定されていたMさんとTさんの講演がキャンセルになったため、代わりにE先生とW先生という可換環論の大物2人がピンチヒッターで登場。代数幾何の人もだいたい聴きに来ていたから、部屋はほとんど満員だった。

この日の予定が終了したところでバスで市街地に戻り、また少しモールを探検してみることにした。一昨日来たときはすでに時間が遅くてほとんどの店がすでに営業を終了していたが、この日はまだ賑やかだった。偵察したのは主に土産物屋と本屋。シドニー市街で一番大きな本屋はD何とかという店(正確な名前は失念)と紀伊國屋書店という話を聞いていたので両方見て回ったが、どこにでも置いてあるような本ばかりであまり大したことはなかった。チェスのコーナーも見てみたが、D某は古い入門書がいくつかある程度。ただしなぜか "My 60 memorable games" の新装版だけは数冊入っていた。紀伊國屋書店の方はもう少しまともで、Karsten Müller & Frank Lamprechtの "Fundamental Chess Endings" のような定番の本とか、Gary Lane の "Sharpen Your Chess Tactics in 7 Days" のような新しい本も見つけることができた。とはいえ、十数冊が申し訳程度に置いてあるだけで、品揃えとしてはやはり貧弱だ。まあチェスの本の需要なんてこんなものなのだろう。きっと今はみんなネットで買うに違いない。

Sydney11.jpgSydney10.jpg昨日はシドニーのシンボルとなっているオペラハウスで行われるコンサートに行くことにしていた。曲目はブラームスのヴァイオリン協奏曲とリヒャルト・シュトラウスの家庭交響曲。オペラハウスなのだから本当はオペラを見たかったのだが、公演中の「アイーダ」のチケットはすでに完売していたのだった。まだ少し時間があったので、ジョージ通りをずっと北上し、Circular Quayと呼ばれる埠頭の周辺を少し散歩する。暗くなってきたころ、一緒にコンサートに行くI先生と合流し、付近の中華レストランで夕飯をすませてからオペラハウスに向かった。3階席まである広いホールで、さらにサントリーホールのように演奏者の横や後ろにも観客席が設けられている。ステージの左真横に陣取った。

コンサートは8時から。ブラームスの方のソリストはヴィクトリア・ムローヴァで、演奏自体はよかったと思うが、オーケストラもソロもちょっと音の響きが悪かったように思う。座った場所が悪かったのかもしれないし、ホール自体の構造のせいもあるだろう。ただ続いて休憩を挟んで演奏された家庭交響曲は編成も大きくなったためにそれなりの音量になっていた。金管楽器はちょっと苦労しているようにも思えたが、全体的にはいい演奏だったように思う。何より、生のオーケストラの演奏を久しぶりに聴けたのがよかった。

ホテルまで20分くらい、ぶらぶら歩きながら帰った。

2009年07月08日

極度乾燥(しなさい)

Sydney6.jpg昨日の午後はずっと全体講演を聴いていた。小さな部屋で分野ごとに分かれて行われる午前中のセッションとは違い、全体講演は北側にある大ホールで行われる。もっとも、専門分野が大きく離れている人の興味を引くことは難しいようで、埋まっているのは座席の3割ほどだった。3つあった講演の1つ目がK大のF先生、3つ目がT大のK先生である。全体講演は5日間で計12個組まれているが、日本人が講演するのはこの日の2人だけだ。ちょっと早口で甲高い声のF先生と、落ち着いて淡々としたK先生のしゃべり方が対照的だった。

昨日はずっと雨が降ったりやんだりで、講演が終わって外に出たときもにわか雨がぱらついていた。5時半過ぎに来た891番のバスにぞろぞろと乗り込み、10分ほどで市街地に戻る。すでに空は真っ暗だ。そのままホテルに直行しようかとも思ったが、I先生が少しモールをぶらぶらするつもりだというのでくっついていくことにした。一番の大通りであるジョージストリートを北上する。道行く人はアジア系が結構多い。いろいろな人種の人間が雑然と行き交う様は、「ブレードランナー」のシーンを連想させた。デパートや本屋などいくつか回ってみたが、ほとんどのところはすでに今日の営業を終えてしまっていた。6時で閉店してしまうところが多いようだ。

Sydney8.jpgSydney7.jpg帰ろうとしていたとき、ショーウィンドウで妙なものを見つけた。"Superdry" という文字のその上に「極度乾燥(しなさい)」と書いてある。どうもこの店で売っている衣類には全部このロゴが入っているようだ。つまりこういうブランドらしいのである。どうやら日本で売っているビールとは関係ないようだが、しかしまた何でSuperdryを日本語にしようと思ったのか。そしてそれ以上に分からないのが「(しなさい)」だ。「しなさい」がついていてもいなくても妙な日本語には違いないが、括弧書きで表示することでますます奇妙さがレベルアップしている。そもそも "Superdry" にそんな命令的ニュアンスが込められているようには思えないのだが、いったいどういう経緯でこのロゴに決まったのか知りたいものである。意味はどうあれ、括弧付きなんて中途半端なことをせず、書くなら書く、書かないなら書かない、どちらかにしなさい。

2009年07月07日

シドニー到着、講演終了

シドニーにやってきた。

Sydney1.jpg入国審査を抜けて荷物を受け取り、長蛇の列ができていた税関をようやくクリアして外に出たのが朝7時頃。日本時間では午前6時である。人でごった返す到着ロビーの片隅に見つけたソファに一緒に乗ってきたI先生と座り込み、しばらくぼうっとしていた。予想はしていたが、あの狭い狭いエコノミークラスの座席でもぞもぞし続け、ほとんど眠りに落ちることができなかったのである。時差がほとんどないのがオーストラリアのいいところだが、ほとんど寝ないまま朝になってしまったとなると、丸一日分時差を抱え込んでしまったようなものだ。こんな徹夜明けのような状態で果たして今日を乗り切れるだろうかとさすがに不安を感じていた。おまけに、これも分かってはいたことだが、ずいぶんと冷える。シドニーのこの日の朝の気温は6度である。南半球に来たのは今回が初めてだが、7月が冬というのはやはり奇妙な感じだ。太陽が北に出るのも何だか不思議である。とりあえず、トランクの中にあったセーターを急いで着込んだ。

Sydney3.jpgSydney2.jpg会議が始まるまでもう時間がなかったので、あまり空港を見渡す余裕もなく、すぐタクシーに乗って会場の大学へ向かう。受付で登録をすませたのが9時過ぎで、もうオープニングセレモニーは終わったころだった。午前中はいくつかの部屋に分かれてセッションが行われるので、代数幾何の部屋に行って眠い目をこすりつつ講演を3つ聴く。日本人も多く、会場には知った顔がたくさんいた。

昼食はI先生、O先生と会場の建物内にあったフードコートでとる。この日はラーメン状のものにした。ラーメンといってもビーフンをスープに入れたようなもので、しかしうどんくらいの麺も少しだけ混ざっているという妙なものだった。味は、まあこんなものか、という程度。

Sydney4.jpg午後の全体講演は全然違う分野だったので早めに失礼し、I先生とO先生、それに午前中に講演を終えて合流したT先生と4人で大学内の売店でバスのプリペイドカードを買いに行くことにした。"Travel 10" といって、これを買っておけば10回分乗ることができる。ところがなぜか店員に、学生でなければここでは買えないというようなことを言われて追い払われてしまう。どうしましょうかと4人でふらふら歩き回り、大学構内から外に出たところにあるガソリンスタンドで聞いてみたら置いてあるとのことで、無事入手することができた。大学と街の中心部を行き来するバスはプリペイドカード専用で直接運転手から買うことはできないため、ここで見つけられたのは幸運だった。

Sydney5.jpgバスで街中に移動してホテルにチェックインする。オーストラリアにはインド人がたくさん来ているという話は聞いていたが、確かにフロントにいる人は全員インド系だった。部屋自体は悪くないのだが、困ったのはインターネットである。有料であることは知っていたが、聞いてみたら1回つなぐたびに18ドルだというのである(1オーストラリアドルは現在80円くらい)。会場となる大学ではアカウントをもらって無線LANにいくらでもつなげるので、さすがに1,500円近く取られるのはちょっとアホらしい。特に必要がない限り、ネットにつなぐのは大学でということにした。夕飯をI先生と近くの店で軽く食べた後、10時過ぎにホテルで寝てしまう。ほとんど一睡もしないままに動き回っていたから、さすがに疲れていたようだ。

ここまでが昨日の話。昨夜ずいぶん早く寝たので今朝は7時前に起きた。ホテル内のビュッフェで朝食にするが、これがまた17.5ドルだという。毎日ここで食べているとぼったくられてしまうから少し考えた方がいいかもしれない。もっとも、朝食にしてもインターネット接続にしてもシドニーのホテルはどこもみんなこんな感じの料金設定のようである。一昔前は日本は何でも物が高いという話を聞いたものだが、最近では必ずしもそうではないように思う。

午前中に自分の講演があった。昨夜最後の一夜漬けをするつもりが何もしないで寝てしまったので、後半は何だか支離滅裂になってしまった。元々今回は講演内容を勘違いされて数理物理のセッションになぜか入れられてしまったので、はっきり言って内容はほとんど聴いている人に伝わらなかっただろう。講演直後は、いつもそうであるように、うまくいったという充実感も終わったという解放感もまるでなく、もう少し何とかならなかったのかという無力感でがっくり来てしまった。恥ずかしいブランダーを指していいところなく投了したチェスの対局直後の気分と似ている。まあいい、とにかく終わった。こちらに来てからは慌ただしさばかりが先に立ったが、明日からはもう少し落ち着けるだろう。

今日の午後は全体講演を最後まで聴いていくつもり。

2009年07月04日

実家に到着

昼食をすませ、コーヒーを一杯飲み、「囲碁・将棋ジャーナル」をおしまいまで見てから家を出る。ところによっては雷雨になるかも、という天気予報だったが、終始穏やかな空だった。広島始発の新幹線に乗って東京へ。車内では泥縄で講演の準備をしていた。この調子ではどうせまた恥をかくことになりそうだが、もうどうにでもなれだ。

暗くなってから実家に到着。飛行機は明日の夜なので、夕方までは家にいることになりそう。順調にいけば、明後日の朝にはシドニーに着いているはずだ。このブログも可能ならば更新するつもりだが、ネットワークにちゃんとつなげられるかどうかは分からない。何らかの事情でうまくいかなかった場合は、多分帰国予定の12日以降に更新することになる。また広島で落雷があったりすると、ネットワークが切れてこのページも急に見られなくなってしまうかもしれない。そのときは復旧は13日以降である。

それではしばし失礼。

2009年07月03日

講義を2コマ

今日は午後に講義を2コマやった。1コマは正規の時間、もう1コマは来週休講する分の補講だ。実は来週が試験前の最後の講義だったので、まだ7月に入って3日だというのに最後の講義をしてしまったことになる。期末試験までずいぶん時間が空いてしまうので、忘れずにちゃんと勉強してねと何度も言ったつもりだが、果たして伝わったかどうか。

講義を2つやるとそれだけでもう疲れてしまうが、そうも言っていられない。もうシドニー行きは明後日に迫っている。明日は午後に広島を発ち、実家で一泊する予定。

2009年07月02日

ディスプレイの故障

今週に入ってからだが、家で使っているディスプレイの調子が悪くなってきた。初めて異変に気づいたのは日曜日だったと思う。いつものように電源を入れたのに、ディスプレイに何も表示されない。あれっと思ってディスプレイの電源をいったん切って入れ直してみると、いつもの画面が数秒表示された後にパッと消えてしまう。これは困った。最初は本体からうまく信号が来ていないのかと思ったが、何も来ていないならば電源ランプがスタンバイの状態になるはずで、そうでないということはどうやら画面表示自体に問題があるようだ。何度か電源ボタンをいじっていると、何回目かに画面は真っ暗にならず、そのまま安定したようだった。

そのトラブルがその日限りであることを期待していたのだが、残念ながら次の日も、その次の日もディスプレイは消えてしまうのだった。メーカーのロゴが表示され、次いで正常なデスクトップ画面が数秒映ったかと思うと、次の瞬間真っ暗になってしまう。電源を入れ直し続けると表示される時間が少しずつ延びていき、ある閾値まで達すると安定するのである。こんな変な症状は初めてだ。今までパソコン本体がまずい状態になることは何度も経験したが、ディスプレイに異常が発生したことはなかったように思う。それも色調がおかしくなるというようなものではなく、映らないのだから始末に悪い。

日が経つにつれ正常状態になるまで時間がかかるようになり、今日はもう何度やってもどうしても画面が消えてしまうようになった。仕方ないのでこのブログも別のノートPCから書いている。ネットで調べてみたところ、全く同じような現象に遭遇している人がいた。その人によれば、たまたま持っていた同じ型のACアダプタに交換してみたら直ったとのこと。しかし今さらACアダプタだけ買ってくる気もしない。やむを得ないので、出張から戻ってきたら新しいディスプレイを早急に購入しよう。しかしこの忙しいときに、何でこんな壊れそうもないものまで壊れるのか。4月のハードディスクトラブルでも手痛い損害を被ったし、どうもこのところコンピュータ関係ではツイていない。

2009年07月01日

オーストラリア

今日も朝から雨。ずっと強く降っていたが、夕方にはようやく小降りになった。

早いもので今年ももう後半に入ってしまった。今月は5月に続いて忙しい月になりそうだ。出張が2つあり、その前後に押しやった講義やら期末試験やらを無理してこなさなければいけない。さしあたっては来週のオーストラリア出張が問題だ。まだ全然準備ができていないので、残された少ない時間でどうにかしないといけない。

一般に数学者という人種は近所のスーパーに出かけるのとさして変わらない気軽さで海外に出かけていく人がほとんどなのだが、自分のような小心者はまだまだ不安を感じてしまう。特に今は新型インフルエンザのことも気がかりだ。感染すること自体よりも、感染することで周りに騒がれることがいやなのである。まあこればかりは大丈夫であることを期待して行くしかないだろう。