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2009年08月31日

明日より出張

夕飯を終えるとプロパラの原稿を書き上げる。今回はいろいろ説明を必要とするところが多く、ずいぶん時間がかかってしまった。あとは最後の見直しをしてWさんにメールを送信すればタスク完了だ。

予定通り、明日から土曜日までは札幌に滞在する予定。幸い台風は海の上を走っているようなので、飛行機が飛ばないということはないだろう。研究集会が始まるのは2日からだが、明日は学生時代のピアノサークルの同期で今は札幌に住んでいる友人と夕飯をともにすることになっている。他にも札幌には詰将棋関係の知り合いがおり、できれば滞在中に何とか時間を作ってお会いしたいと思う。

2009年08月30日

選挙に行く

寝苦しい夜を何とかやり過ごし、日が高くなるまでだらだらと過ごす。お昼までは将棋番組を見ていたが、最後の即詰み手順で堀半七の有名な詰将棋のような形が一瞬登場した。盤の端にいる玉をエレベータのように上下する2枚の飛車で捕まえる作品で、エレベータ詰などとも呼ばれている。もちろんあの詰将棋ほど巧緻ではないが、端玉と上下する二枚飛車というセットアップが実戦で出てきたというだけでも、詰将棋ファンとしては十分面白かった。

午後は締切が明日に迫ったプロパラの原稿書きとピアノの練習。夕方になってから投票と買い物に出かける。投票所はデフォルトではすぐ近くの小学校なのだが、どうも昨日そこで避難訓練があって投票所を設営できなかったらしく、今回はもう少し遠くの中学校まで歩くことになった。広島に来てからもう何度か選挙に行っているが、小学校の北側にある公民館のようなところでやったこともあるし、何か理由があって期日前投票を区役所の出張所でしたこともあった。毎回違うところで投票行動をしているような気がする。

予定では明後日に札幌へ発つことにしているのだが、気がかりなのは台風の動向。お昼頃に北海道の東側にいる公算が強い。飛行機がちゃんと飛ぶのか心配だ。

2009年08月29日

ピアノと爪

すぐに飽きるだろうと思っていたラヴェルの譜読みが思った以上に面白く、このところずっと続けている。「古風なメヌエット」をやっているのだが、少しずつ着実に前進してきており、この調子でもうしばらく続ければ曲としてまとめられるような気もしてきた。11月の演奏会にはプロコフィエフを出そうかと思っていたけど、これで行くという選択肢もあるかもしれない。もっとも、今までスクリャービンとラフマニノフが選曲の中心だっただけに、ラヴェルとなればプロコフィエフ以上の路線転換だ。まあまだ弾けたわけではないのだから、皮算用をするのはやめておこう。

ところで、ピアノを弾くときには爪を切っておくというのはピアノを弾く人にとっては当たり前のことだ。伸ばしたままにしておくとカツカツと耳障りな音が聞こえてしまうからである。しかし自分の場合、爪の生え方がちょっと人と違うのか、皮膚のあたりまでちゃんと切ろうとすると深爪になって指を傷めてしまう。今までそういうことが何度もあったので、爪を切るときは深爪にならないギリギリのところまで気をつけて切ることにしている。しかし、そうなるとどうしてもわずかに爪が指から出ている状態になり、弾き方によってはやはりあのカツンという音が鳴ってしまうのである。特に速いパッセージを比較的小さい音で弾くときは、ピアノの音が爪の音をかき消してくれないのでちょっと厄介だ。

もちろん指を立てて弾かなければそんな音は出ないはずなのだが、フレーズによってはどうしても爪が当たってしまう箇所がある。指のやりくりが忙しく、寝かせる余裕がないのだ。「古風なメヌエット」を練習していたら、やはりそういうところが出てきてしまった。その音を弾くときは、どうしても中指をほぼ垂直に立ててしまう。そうしないとそのフレーズがどうにもうまく弾けないのである。かくして、その部分を弾くときにはいつも「カツン!」という派手な音が混じる。特に電子ピアノで音を絞って練習していると、その爪の音だけがやけに小気味よく響いて始末に悪い。グランドピアノで弾くときには、もう少し目立たなくなっていてほしいものである。

2009年08月28日

コンピュータの整備

このところずっと忙しかったが、今日の午後はやっと少し時間ができたので、コンピュータ環境の整備をしていた。ちょっと前に自分の居室に新しいパソコンが来たのだが、相手にしている時間がなくてほったらかしにしていたのである。普段当たり前に使っているアプリケーションが実は最初は全く入っていないのだということを、こういう作業のときには強く認識させられてしまう。あれとあれを入れて、これのアップデートをして、これの設定をして、さてやっとこれで使えるかなと日常的な作業を始めると、ほどなくしてまだあれもこれも何にも入っていないじゃないかと気づくことになるのである。そのうえときどき再起動が入るから、時間がかかって仕方がない。今日も午後をだいぶ費やしてしまったが、週明けからは新マシンに移行できるだろう。

ただ、実はもう1台、面倒を見なければいけない。自分が管理しているサーバも今年度から代替わりすることになっており、すでに新しいマシンが到着しているのだが、これも整備をサボっているのである。こちらは居室のパソコンと違い、いい加減にやると他の人に迷惑をかけかねない。月曜日に時間があればやることにしよう。

2009年08月27日

新型?

4年生のセミナーを午後に予定していたのだが、お昼頃になってそのうちの一人が部屋を訪ねてきた。ノックに続いて入ってきた学生はマスクをしている。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと朝から調子が悪くて、医者に行ってきたらインフルエンザって言われて……」
「えっ!新型って言われた?」
「いや、それはまだ分からないっていうことでしたけど」
そういうわけで今日のセミナーは休みたい、ということだった。まあそういう事情なら仕方ない。甘く見て自分や他の学生さんがウィルスをもらう事態は避けたいところだ。
「熱はあるの?」
「いや、熱はないんすけど、ちょっと頭痛が……ケホッ、ケホッ」
もうここしかないというタイミングで咳をするのである。とりあえずさっさと帰って休んでもらうことにした。まあ彼があれに感染していたとしても、2メートルくらい距離はとっていたから今日のところはもらわなかっただろう。しかしこの分では、遅かれ早かれ一度はかかるのではないかという気もする。そうなったら仕方ないが、できればそれがあまり大事なときでないことを望みたい。

2009年08月26日

札幌出張

今日もまた朝方の空気は涼やかだったが、お昼に弁当を買おうと外に出たときはさすがに暑かった。一日の中でかなり気温に変動があるようだ。

まだ暑いからというわけではないが、来週は火曜日から札幌に出張することにした。2日からH大で行われる研究集会に参加してこようと思う。北海道は何度か訪れているが、ここ数年はすっかりご無沙汰で、看寿賞の授賞式があった5年前が多分最後だ。出張でとなると2002年まで遡らなければならない。もう少し頻繁に行っているような気がしていた。

来月はもう一つ、下旬に大阪で行われる学会に行く予定。その後は、10月の城崎と11月の高知出張はほぼ確定している。ただ本務も忙しい時期に入るため、どうやりくりをつけるかが難しくなりそうだ。

2009年08月25日

ひょうすぅ!

車を降りた瞬間、あまりに涼しいのにちょっと驚いてしまった。家の駐車場はマンションの陰に隠れているが、勤務先では日を遮るものは何もなく、いつもエンジンを止めてドアを開けた瞬間、陽光とともに夏らしい熱気を浴びることになる。ところが今朝は、太陽は昨日と同じように照りつけているのに、空気は妙にひんやりしているのだった。エレベーターで上階に上がり、渡り廊下を歩いているときに見える山々も、今日は突然視力が向上したのかと思いたくなるくらいにくっきりとしていた。この涼しくて乾いた空気は明らかに秋のそれである。今年の夏はそろそろ終わるようだ。

今日はいつも共同研究をしている3人でセミナーをしていたのだが、合間の雑談でHさんがしてくれた昔話がちょっとおかしかった。まだ学生のころ、Hさんが青春18きっぷを使って東北を旅行していたときの話。最後の1枚を使おうと切符を駅員に差し出したところ、こう言われて突っ返された。
「ひょうすぅ!」
意味が分からず、もう一度渡そうとしても「ひょうすぅ、ひょうすぅ!」と駅員は連呼して改札を通してくれない。しばらく経ってから、実はHさんが渡していたのは切符ではなくて青春18きっぷのいわゆる「表紙」だったということが分かったという。今はどうなっているか分からないが、少なくともそのころは青春18きっぷを買うと、何枚かの切符とともに同じような形状の表紙を一緒に渡されていたため、Hさんはそれも切符だと勘違いしていたのである。

まだ数学科に進学する前の話ということだったが、もし今の専門分野を勉強し始めていたら、間違いなく「標数」という文字が頭に思い浮かんだに違いない。実際、話を聞いていたI先生と自分はそうだったので、オチを聞いてますますおかしくなってしまった。標数をめぐる面白いエピソードはだいぶ前にもHさんから聞いたことがあるが、なかなか得難い経験をしているものである。

2009年08月24日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.102


変化手順が多岐にわたり、完全に理解するのは容易でない。本作のようにB1つでメイトにする趣向は「Troitzkyのテーマ」と呼ばれる。Kubbelはこのテーマの作品をいくつか創っているが、「トロイツキーのテーマを扱った私の作品の中では、本作が最も内容豊かでかつ最も難しいと思う」と語っている。次の103番も参照のこと。

2009年08月23日

折紙は暗礁に

今日は一日中家にいた。午後は主にプロパラの原稿書きとピアノの練習。原稿の方はまた締切が迫ってきているのに、まだほとんど進んでいない。月末までに何とかしないといけないので、明日からは毎日、夜に少しずつ解説を書いていくしかないだろう。ピアノは「古風なメヌエット」。あるフレーズを意地になって何度も繰り返していたら、だんだん弾けるようになってきた。

日曜日の午後はたいてい折紙に充てるのだが、今日は今折りかけているものにほとんど手を着けないまま終わってしまった。原稿書きに時間を割く必要があったこと、ラヴェルの譜読みが面白くてなかなかやめられなかったことも大きいが、一番の理由は折りかけの作品が暗礁に乗り上げていることである。ちょっと前までは順調だったのだ。しかしあるステップまで来て、一部の形が折図の絵と微妙に違うことに気がついた。ごくたまに折図の方が間違っていることもあるので今回もそうだと信じて進めたが、ほんの小さな差異は消えないまま紙のあちこちに伝播し、だんだん折図通りに折るのが難しくなってきたのである。こうなると、やはりどこかで間違えたのではないかと疑心暗鬼にならざるを得ない。間違えたものを折り続けるのは時間の無駄だが、さりとて前に戻るのは複雑すぎてほとんど不可能だ。前にも後ろにも動けなくなってしまい、仕方なく棚上げにしているというのが現状である。折紙は相当な時間を費やしても、ときどきこれがあるから困る。もう少しいじってみるか、あきらめて別の紙で最初から折り直すか、あるいは気分を変えて全く別の作品を折るか、ちょっと悩むところである。

2009年08月22日

チェスを教わる

今日は予定通り、午前中から車で出かけてFJさんのお宅を訪ねた。新球場からさして遠くないところで、うちから20分くらいで到着。そのへんでいったん停車し、携帯電話で近くまで来ましたと連絡すると、すぐFJさんが迎えに出てきてくれた。5月にお会いして以来だ。

毎週土曜日はチェスの勉強の時間に充てているということで、居間にお邪魔するとテーブルに大きなボードが置かれ、駒がきれいに並べられていた。午前中は本やパソコンを見ながら、どうやって勉強をしているかについてあれこれ聞かせてもらう。見せてもらった本はいずれも書き込みが入っており、さすがに強い人は努力していると感心。自分のようにときどき思い出したように片手間でやっていては、いつになってもヘボチェスから抜け出せるわけがない。特に定跡事典は細かい変化に一つ一つマーカーが引かれ、年季が入っていた。

お昼をいただいてから、午後に白黒1局ずつ対戦する。時間の短い対局はとにかく自分には無理なのでブリッツだけは勘弁してもらい、10分切れ負けということにしてもらったが、それでももちろん負けた。FJさんの指すであろうラインを事前に予習していったので序盤から敗勢になるようなことはなかったが、やはり中盤以降は地力の違いが利いて差は開く一方。まあこれは仕方ない。終わった後にじっくり時間をかけて対局の内容を検討し、かなり勉強になった。その後はいろいろアドバイスをもらいながら、過去のお互いの対戦をパソコンで並べたり、本に出ているスタディなどを並べたりして過ごす。気がつくともう夕方になっていたので、そこで失礼した。

改めて実感したのは、強い人はやはりそれだけの努力をしているということだ。それも継続した努力である。付け焼き刃でオープニングを覚え、大会での対局が終わると気が抜けて他の趣味に流れ、忘れたころにまた復活して覚えたはずのオープニングを最初からやり直す、そんなことをしていてはいつまでも初心者のままなのも無理はない。正直なところ、あのレベルまでチェスに打ち込める自信は自分にはないが、自分なりのスタイルで今後も続けていこうと思う。

2009年08月20日

チェスの勉強会

5月に蒲田で行われたチェスの大会に出て、ひどい棋譜を作ってがっくりしてからはしばらく対局から遠ざかっていた。毎年こういう調子で、自分が無能であることをいやというほど実感すると、やっぱり自分が足を踏み入れるような世界ではなかったんだと慨嘆し、駒にあまりさわらなくなる。しかしこれまた悲しき凡人の性か、数ヶ月が経ってブランダーを指した記憶が少しぼやけてくると、またやってみれば何とかなるかもしれないと色気が出てくるのだった。もはやこのサイクルは年中行事となりつつある。

先日、非公式ながら久しぶりに対局を楽しみ、ますます復活気分になってきたので、同じ広島に住む強豪のFJさんと連絡をとった。3月5月の大会会場でお会いした際、FJさんからは広島で一緒に勉強会をしましょうと誘われていたのである。いつも土曜日をチェスの勉強の時間にしているから連絡してくださいと言われていたのだが、対局内容にがっくりしたのに加え、直後からやたらと忙しくなり、なかなかお誘いに応えることができないでいた。今も決して暇になったわけではないが、先月までに比べれば少し余裕がある。相談の結果、明後日にFJさんのところにお邪魔することになった。棋力が全く違うので普通に対局するのは手合い違いだが、勉強会ということであればいろいろ教えてもらえるだろう。

2009年08月19日

「クープランの墓」の楽譜

毎日蒸し暑い日が続いている。寝苦しくてなかなか寝つけないからか、今朝はすっかり寝坊してしまって大慌てで出かけることになってしまった。朝食の時間がなかったので猿のようにバナナを食べるだけで家を出たが、結構腹持ちがよくて助かった。

昨日の話の続き。ラヴェルというとまず思い出すのは、昔は楽譜が高かったということだ。以前にも書いたことがあるが、Durand社が独占的に楽譜を扱っていたころは、1万円を超えるような楽譜もあったように記憶している。フランスで買えばずっと安いということは分かっていたが、まだ今のようにネットを通じて海外から個人輸入するようなことはできない時代だった。ほんの15年くらい前の話である。

1995年の春、家族旅行でパリを訪れたとき、私は友人から「クープランの墓」の楽譜を買ってきてくれと頼まれていた。もちろん日本でもヤマハやアカデミアで買うことはできたが、とにかく高かったのである。楽譜屋がどこにあるのかよく知らなかったが、たまたまサン・ミシェル広場からセーヌ川沿いに少し歩いたところに "MUSIQUE" と書かれた店を見つけた。どうも楽譜の古本屋のようなところで、壁一面に雑然と楽譜が並べられている。ラヴェルはどこだろうと眺めていたら、何か探しているのか、と後ろから声をかけられた。なぜかそのときの光景はよく覚えている。
"ヴ、ヴザヴェルトンボードゥクープラン?"
"de Ravel?"
"ウィ."
店主はすぐ後ろの棚からDurand社と一目で分かるクリーム色の楽譜を1冊取り出し、バサッとカウンターに置いたのだった。表紙か次のページの右上に「79F」と書いてあった。まだ通貨がフランだったころで、そのときの為替レートは1フラン20円くらい。円が異常に高かった時期で、つまり1,600円くらいで買うことができたのだった。日本では倍以上はしていたから、かなりお得な買い物だった。

今手元には国内の出版社が出した「クープランの墓」の楽譜がある。値段は1,100円。時代はすっかり変わった。Googleのストリートビューで見たら、あの楽譜屋は今もサン・ミシェル広場のそばでちゃんと営業しているようである。

2009年08月18日

ラヴェルを弾いてみる

このところ、急にラヴェルを弾いてみたいという気になっている。きっかけは先月買ったCDだ。家にいるときに何となくBGMとしてかけているうちに、何だかすっかりハマってしまったのである。

元々ラヴェルはかなり好きな作曲家だ。ドビュッシーとラヴェルは「印象派」という名前でひとくくりにされることが多いが、曲の性格やスタイルは両極端といっていいほど異なっている。ドビュッシーももちろん好きだが、どちらか選べと言われたらやっぱりラヴェルだろう。抒情性にあふれながら決して気品を失わないあの旋律は、彼ならではのものである。

考えてみると、これまでずっとラヴェルを聴いていても弾いてみようとしたことはほとんどなかった。スクリャービンやラフマニノフについては、聴くことと弾くこと(正確には、弾こうとすること)が常にリンクしていたのとは対照的だ。昔から、どうも自分にフランスものはうまく弾けそうにないという感覚があったように思う。学生のころに入れ込んでいたホロヴィッツが、あまりラヴェルを弾いていなかったことも影響しているかもしれない。しかし誰の曲であろうと結局うまく弾けないのだから、特に避ける理由もないはずだ。

というわけで、ここ数日は練習していたプロコフィエフをしばらくお休みしてラヴェルの曲を譜読みしているのだが、やはりロシアものとは書法が違うのでどうにもとまどっている。もちろん「スカルボ」とか「道化師の朝の歌」とか難しい曲は無理なので、比較的穏やかで自分が気に入っているものをやってみているのだが、それでも簡単ではない。今見ているのは「古風なメヌエット」とか、「クープランの墓」の中の「フォルラーヌ」や「メヌエット」など。もっとも、やってみたといっても最初の1ページをたどたどしく弾いたというだけだ。多分しばらくすると譜読みが進まないのに嫌気がさして遠ざかってしまうに違いないが、実はこうやって新しい曲を弾き始めるころが、ピアノは一番楽しいように思う。

2009年08月17日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.101


創られたのは1938年で、Kubbelはこれを盤駒なしで創作したという。フィニッシュでは黒のBがNに生け捕りにされるが、ずっと後の205番にRをNで生け捕りにする作品がある。

2009年08月16日

読めないニュース

3時頃の新幹線で実家から広島に戻ってきた。お盆休み最後の日ということでさすがに自由席はやや混雑していたが、それでも立ち客はデッキにしかいなかったから、それほどひどいものではなかったように思う。おそらく上りはもっと込んでいたのだろう。

新幹線の各車両の前方、入口の真上には電光掲示板が設置されていて、そこにニュースが右から左へと流れていく。車内ではパソコンであれこれ作業をしていたのだが、ふと顔を上げるとそのニュースが流れているのが目に入る。しかしたいていの場合、すでにそのニュースの前半部分は流れて消えてしまった後で、「……って以来41年ぶり。」などと終わりの数文字が読めたりするだけだ。もちろんこの掲示板ニュースもそのへんのことは考えていて、同じニュースは必ず2回続けて流れるようになっている。だからもしそのニュースの後半しか読めなくても、そのまま待っていれば2分の1の確率で同じニュースを最初から読むことができるわけだ。

ところが自分の場合、顔を上げた瞬間に目に入ったニュースの切れっ端は、どういうわけかたいてい2回目なのである。だから今のニュースの全貌をつかもうと黙って見ていると、次に流れてくるニュースは決まって別の話なのだ。かくして、「何が41年ぶりなんだ?」という疑問は消えないまま、またパソコンに向かうことになる。そしてまたしばらく時間が過ぎ、ふと目を上げた瞬間に飛び込んでくるのは、またも「……って以来41年ぶり。」だったりする。そして、それもまたそのときの2回目のターンなのだった。

2009年08月14日

久しぶりの対局

昨日は祖母の住まいだった家で草むしりをしたりして汗をかき、夜中に発って市川の実家に帰ってきた。

今日はお昼をすませた後、学生時代に所属していたピアノサークルの同期メンバーであるY君の家に向かった。彼の家には今年の正月にもお邪魔している。お互いの近況報告もしたが、訪問の目的の一つは前回と同じくチェスだ。年始に伺ったときにはなかった立派なチェスセットが用意されていて、それで白黒1局ずつ指す。こちらはここ3ヶ月くらい、チェス関係の活動といえばKubbelのエンドゲームを調べて記事を書くこと、最近のGMの対局を流して並べることくらいしかしておらず、対局は本当に久しぶりだった。1局目は簡単なタクティックを見逃し、互角くらいの形勢で時間が切れてしまって負け。2局目は中盤でポイントを稼がれ、やや苦しいくらいで進めてきたところでタクティックが決まって勝ち。まあこちらのブランクと彼の強さを考えればこんなものか。

夕方は彼の奥さんのIさんも合流し、近くのイタリアンレストランで一緒に夕飯。食事がすみ、食後のコーヒーとデザートを楽しんでいるときに、先ほどの彼との対局を携帯チェス盤でもう一度並べる。ここでいい手がないかなあと思ったんだけどねえ、などと言っていると奥さんが横から、「こういうのはどうですか?」指されてみると、なるほどその手で決まっているのである。ときどき夫婦で指しているという話ではあったが、強いのには恐れ入った。局後に検討するときは、強い第三者にも参加してもらうと勉強になるなあと実感。

9時半頃にお別れして帰路に就いた。

2009年08月12日

二宮に移動

今日から夏期休暇に入った。お昼は冷蔵庫に残っていた卵を使ってチャーハン。2時頃家を出て、新幹線で東へ向かう。真っ直ぐ帰省するならそのまま東京まで乗っていればいいが、今回は亡くなった祖母が住んでいた二宮の家に立ち寄ることになっていた。名古屋で後続のひかりに乗り換え、小田原からは在来線に乗り継いで3駅、二宮に着いたのは7時頃。すでにあたりはとっぷりと暮れていた。駅前で待ち合わせていた親たちと合流する。実家には明日か明後日に移動する予定。

2009年08月11日

勝ち続ける力

羽生善治名人と翻訳家の柳瀬尚紀氏の対談をまとめた本「勝ち続ける力」(新潮社)を読んだ。5月の終わりに出たばかりで、昨年末の竜王戦や今年初めの王将戦の話題なども登場する。少し前に出た「シリコンバレーから将棋を観る」と合わせて読むと、羽生名人の将棋に対する姿勢や考え方がいろいろな角度から見えてきて興味深い。

この本の中で、羽生名人が以下のような発言をしている。

「ものすごく長い詰将棋、たとえば三百手とか四百手とか、一番長くて千手を超すというのがあるんですけれど、長いから難しいわけじゃないんです。むしろ、長篇詰将棋は、手数を伸ばすためのアイデアがわかればすぐ解けます。いま出ているので、一番長いのは千五百手ぐらいですが、これはつまり、と金を一枚消すのに百手かかるというパターンが続いているんです(笑)。で、と金が一枚ずつどんどんどんどん消えてゆき、それで手数を稼いで千手を超しているだけのことですから、と金を消してゆく手順さえわかってしまえば、あまり難しくないんです。……」(52ページ)

詰将棋好きの人なら、ここを読んであれっと思うのではないだろうか。少なくとも私はそうだった。ここで話題に上がっている「千五百手ぐらい」の詰将棋というのはもちろん橋本孝治氏作「ミクロコスモス」(1525手詰)のことだが、「ミクロコスモス」は「と金を一枚消すのに百手かかるというパターンが続いている」作品ではない。いわゆる「金知恵の輪」(一列に並んだ複数の金やと金をずらしながら王手をかけ続け、それを繰り返している間に少しずつ局面を変化させてゆく)で合駒の位置変換を行い、さらにそれに馬鋸を組み合わせる、という途方もないアイデアが基盤になっている。おそらく、羽生名人が言及している「と金が一枚ずつどんどんどんどん消え」る作品というのは、「ミクロコスモス」が世に出るまで最長手数作品だった山本昭一氏作「メタ新世界」ではないだろうか。手数は941手詰で、現時点でも長手数第4位の作品である。

まあこの対談において詰将棋は中心テーマではないし、話の流れで出た話題だからちょっと勘違いされたのではないかと思う(追記参照)。ここでは「手数が長い詰将棋はあるひとかたまりの手順の繰り返しになっていることが多い」ということを言いたいのであって、具体的な手法が何だったかということは大した問題ではない。それに、もし「ミクロコスモス」の長手数の機構をここでちゃんと説明しようとしていたら、会話の流れが悪くなってしまいそうだ。
「……いま出ているので、一番長いのは千五百手ぐらいですが、これはつまり、金知恵の輪で合駒の位置変換を行い、さらにそれに馬鋸を組み合わせているんです。馬が1つ動くのに340手必要で、それで手数を稼いで千手を超しているだけのことですから、あまり難しくないんですよ」
こう言われたとして「なるほど、そうですか」と即座に返せる人はまずいないだろう。

[2009/8/12 追記] コメントでご指摘をいただいたが、羽生名人は「ミクロコスモス」と「メタ新世界」の両方について語ったにも関わらず、編集の過程で一部が省略されてしまったという可能性もある。したがって、羽生名人が勘違いしたかどうかは必ずしも明らかではないということをつけ加えておきたい。

2009年08月10日

追試験

8月も第2週に入り、さすがに大学は閑散としていた。2時半頃までは、先週実施した期末試験の採点。ずっとサボっていたが、お盆に合わせて帰省するのでそろそろ片づけないといけない。

3時少し前に大学を出てH大へ。本当なら先週の期末試験でもう仕事は全部終わりのはずだったのだが、事情があって受験できなかった学生が数名おり、そのために追試験をすることになっていた。がらんとした教室にぽつんぽつんと学生が3名。これでやっと今学期の試験の類は全部終わった。明日中に採点をすませよう。

終了後、またT君と合流して夕飯。店に入るまでは曇り空だったが、食べている間に外は土砂降りになった。彼を家の前で降ろした後、大きな水たまりというよりは冠水という言葉がふさわしい状態になった道路をおそるおそる帰る。走っているうちに雨はやんでしまい、帰宅したときはまた曇り空に戻っていた。

2009年08月09日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.100


Nで挟んでBの交換を強要するKubbelお得意の筋。似た形のフィニッシュは96番にもあった(ただし不完全作品)。

やっと100番まで来た。まだ先は長い。

2009年08月08日

その人の名は?

年をとったな、と思わされることの一つに、人の名前がなかなか出てこない、ということがある。二十代のころまでは、顔も声も思い浮かぶのに名前がどうしても思い出せない、なんていうことはまずなかった。まだ実家にいたころは、親が誰かのことを話題にし、名前を出そうとして言いよどむと私が素早く言ってみせる、そんなことがときどきあったように思う。あのころは、名前と人物のリンクは自分の頭の中で確かにはっきりしていた。しかし、当時と比べるとすでに少しずつ変わってきているような気がする。「名前、何だっけ?」と立ち止まってしまうことがときどきあるのだ。

今日の午後は家で折紙を折ったりピアノを弾いたりして過ごし、大学に立ち寄って少しだけ採点の仕事をした後、夕方から市街地に出ていろいろ買い物をした。本屋では将棋世界誌を買い、雑貨店ではいくつか台所用品を買い、さらに電気店で電源タップを買った。そこでちょっと平和記念公園を何となく散歩してみる気になった。一昨日に式典があったばかりだからか、いつもに比べると人通りも多く、外国人の姿も目につく。ライトアップされた原爆ドームを右手に見やりながら橋を渡った。この公園は非常にうまく設計されていて、平和大通りと直交する軸に資料館・慰霊碑・原爆ドームが一直線に並ぶようにできている。これを設計したのがあの有名な……。

そこまで考えたところで困ってしまった。名前が出てこない。あの人だよ、えーと、あの代々木の体育館なんかも設計した人。顔は分かってんだけどな。えーと、えー……うーん、出てこない。公園を歩きながらずっと頭の中でぶつぶつ言いながら名前を思いだそうとするが、よく知っているはずなのになぜか出てこないのである。考えているうちに、「た」で始まる名前だったような気がしてきた。そこで「た」で始まる名前を思い浮かべようとするのだが、出てくるのは関係ない人名ばかりだ。えー、た何とかだよ、うん、た、た……田山花袋じゃなくて、えー、た、た、た、田丸昇っていやいやそれは棋士だ、うーん、た、た、た、たこ八郎、いやいや、た、た、た……。

思いだそうとすればするほどおかしな名前しか出てこなくなったので、いったん考えるのをやめた。何となくそのとき思い浮かんだのは、クイズ番組「アタック25」の最後に行われる人物当てクイズのことだった。その人にまつわる数十秒の映像を見せられた後、児玉清に「その人の名は?」と聞かれて即答しなければいけないのだが、もし今自分が解答者だったら、分かっているはずなのに答えられずに臍をかむことになるに違いない。

思いだしたのは帰りの車の中だった。丹下健三。どうしてさっきは出てこなかったのだろう。もう若くないなと改めて実感したのだった。

2009年08月07日

再試験&竜王戦観戦

今日は午前中の2時間を使ってまた試験をしていた。いわゆる再試験というやつで、要するに通常の定期試験であまり成績が芳しくなかった学生さんのために行う救済措置である。午後はその採点をしていた。実は3日前にH大で行った試験の採点をまだしていない。そのうえ、来週の月曜日にはもう一度H大に行って、3日前にやむを得ない事情で試験を受けられなかった人のために追試験をしなければいけないことになっている。もう8月上旬だというのに、どうもなかなか試験と採点の網から抜けられそうにない。

帰宅後、先ほどまで竜王戦の中継を見ていた。森内九段対羽生名人の一局で、結果は森内九段の勝ち。羽生名人が今年永世竜王になる可能性はこれでなくなった。今年は勝率も例年よりかなり悪いし、少し調子を落としているのかもしれない。先月行われた名人就位式でのインタビューによれば、今年度はチェスの大会に参加する予定も全くないとのこと。ちょっと残念だ。

2009年08月05日

地デジ

ようやく中国地方も梅雨明けしたことになったらしい。いよいよこれから夏本番か。もっとも、例年に比べれば暑さは控えめのように感じる。もちろん暑いには違いないのだが、いつもの夏はこんなものではすまなかったように思う。

朝方、家を出る前にケーブルテレビ局の技術者が二人やってきて、チューナーを地デジ対応のものに交換していった。ようやくうちのテレビからも右上から「アナログ」の文字が消えたわけだ。テレビ自体はまだ前のものだが、これを機に買い換えようかと画策中。まあお盆が過ぎたら本格的に検討することにしよう。

このマンションでは、地上波とBSを見ようと思ったらこのケーブルテレビ局と契約するのがほぼ唯一の選択肢だ。契約すると自動的に他のいろいろなチャンネルもついてくるが、ほとんどはあまり見そうもない番組しかやっていない。例外は「囲碁・将棋チャンネル」で、これは今後ときどき見ることになるだろう。

2009年08月04日

健康診断と期末試験

午前中は健康診断。昨夜から何も食べていなかったので、早くすませたくて大学に着くとすぐ受診に行ったが、同じことを考えていた人が多かったようで受付は順番待ちになっていた。尿検査、視力検査、血圧測定、採血、身長・体重測定、聴力検査、心電図、腹回り測定、問診、胸部X線でメニュー終了。昨夜の段階ではバリウムを飲むのかと勘違いしていたのだが、どうやら胃の検査をするのは40歳以上の教職員だけらしい。そんなことなら何も水を飲むことまで我慢する必要はなかった。

午後はH大に回って期末試験をする。中間試験がちょっとやさしすぎてあまり差がつかなかったので、今回は少し骨があるくらいのセットにしたつもりだったが、どうも学生はかなり難しいと思ったようだ。講義の感想などを自由に書いてもらったのだが、「難しかった。全力を尽くしたので単位をください」「頑張ったので部分点をください」「ここで単位が取れないと2セメがまずいことになります」などの悲痛な叫びが書いてあるものが多かった。その中で、ある学生さんの答案にあったのは、「10万人目は自分です」。先日のホームページの100,000番目を取ったのはどなただろうと思っていたら、こんなところにいた。

その後はいつものようにT君と夕飯。9時半頃帰宅。

2009年08月03日

夜のウォーキング

昨夜のことだが、9時を過ぎてからふと思い立って夜中のウォーキングに出かけた。蒸し暑いこの時期、日中にジョギングするのは難しいので、どうしても運動不足になりやすい。そこで比較的涼しい夜のうちに、近所を早足で歩き回ってきたらどうかと以前から思っていた。歩くならここから抜けてここまで行こうと地図上でウォーキングコースの計画まで立てていたのだが、そこまでしながらなかなか実行に移さなかったのは、単に怠惰以外の何物でもない。しかし明日の健康診断が重い腰を上げさせたのだった。大股にすたすたと歩き続け、50分くらいで一回りして帰ってきたが、最後がややきつい上り坂だったこともあって結構いい運動になった。天気がよくて時間に余裕があるときなら、これはいいかもしれない。

予定では今夜も行こうと思っていたのだが、いくつかためらう理由があって結局やめてしまった。1つ目は、曇り空で降られないかがやや心配なこと。2つ目は、健康診断のために今日の夜9時以降は水も含めて何も飲食するなということになっており、帰宅後に水分を補給できないのがいやなこと。そして3つ目は、ふくらはぎのあたりが少し筋肉痛になっていること。やれやれ、いくら早歩きとはいえ、歩いただけで筋肉痛とは。

2009年08月02日

次の折紙を折り始める

先週の週末は朝から大変な目に遭ったが、この土日はゆっくりできた。やっぱりこういう日がときどき入ってくれないと疲れてしまう。

Creases.jpgまた折紙を折り始めた。すでに紙は先月のうちに切り出しておいてあったのだが、時間がなくてずっとそのままになっていたのである。今度もまたRobert J. Langの作品に挑戦してみることにした。折図を見ると全部で119ステップある。しかし途中、「35. 左側も23.~33.と同じように折る」とか、「50. 残りのカド3つも47.~49.と同じように折る」などというステップがあるから、実際には150ステップくらいの分量だろうか。こういう超複雑折紙の常なのだが、最初はひたすら折り目ばかりつける作業が続き、なかなか折りたたむ工程が始まらない。今日も紙の折り目をつけているだけで時間のほとんどを消化してしまった。この後の折りを形作る基本となる線を決める作業であり、ここをいい加減にやると間違いなく後で破綻するので、細心の注意をもって折らなければいけない。

ようやく折り目付けの工程が終わって本格的に折りが始まると、早速Langらしい沈め折りの連打が来た。沈め折りは難しくて一つやるだけでも手間がかかるが、それが何十回と繰り返されるのである。今日はその苦しい折りに数回耐えたところでタイムアップ。工程としては全体の4分の1くらいまで来ただろうか。まだまだ時間がかかりそうだ。

2009年08月01日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.99


一見すると捕まりそうもないBを、黒のNに挟まれた狭いラインに誘導する。狙いは面白いが、手が広いだけに余詰の修正は簡単ではないと思われる。