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2009年09月30日

王位戦の逆転防衛

天気予報の通り、一日中ぐずついた空模様だった。午後は2時間くらいの会議と、来週からティーチング・アシスタントをしてもらう学生との打ち合わせ、その他メール書きや書類作成などの雑用。帰宅すると雨の中を家のそばのスーパーへ。これくらいの時間に来ると、買おうと思っていたものがことごとく売り切れている。パンも売り切れ、牛乳も売り切れ、ミニトマトも売り切れ……効率よく売るために、あまり売れ残りが出ない程度にしか仕入れないのだろう。仕方ない、明日はもう少し離れたスーパーまで行ってみようと思う。

FukauraKimura2.pngFukauraKimura1.png将棋の第50期王位戦は昨日と今日で最終第七局が行われ、深浦王位が木村八段を破って逆転防衛を果たした。七番勝負において3連敗後の4連勝という劇的な流れは長い間将棋界では一度も出たことがなかったのに、昨年暮れのあの羽生名人対渡辺竜王戦に続き、1年足らずの間に2回も起こってしまったわけだ。棋譜を追ってみたが、途中で木村八段が角を2枚縦に並べて打ったところや、深浦王位が間接王手飛車をかけたところなどは、何やらチェスの局面を連想させて面白い。角がビショップに見えてくるのである。ダブルビショップをもってしても、残念ながら入玉した深浦のキングを追い詰めることはできなかった。今回ばかりは木村八段にタイトルを取らせてやりたかった気もするが、きっとまた近いうちにタイトル戦に出てくるだろう。

2009年09月29日

ガイダンス

今日は午後からガイダンスにずっと出ずっぱりだった。明後日から始まる冬学期を前に、単位を計画的に取ろうとか今からいろいろ勉強して就職に備えようとか、教員が入れ替わり立ち替わり前に出ては丁寧に説明するのである。それを各学年ごとに行うのだが、学生委員をしている関係で一応全部に立ち会わなければいけない。こういうことを自分が学生のときにやってもらった記憶はあまりないのだが、おそらく今はどこでもこれくらいのことはしているのだろう。

くたくたになって部屋に戻り、椅子の背を倒してぐったりしていると、急に窓の外が騒がしくなってきた。すでに真っ暗になっていたが、どうやら激しいにわか雨が降ってきたらしい。しばらく待っていたがやみそうにないので、やむなく雨の中を帰ることにする。傘は持っていたが、それでも車のところに歩いていくだけで足元はすっかり濡れてしまった。明日もどうやら天気は悪いらしい。

2009年09月28日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.105


手が限られており、比較的やさしい作品ではないかと思う。

2009年09月27日

ドロドロの人生

江坂のホテルを出ると御堂筋線で南下。なんばのコインロッカーに荷物を預けるとぶらぶらとゆっくり歩きながらチェス喫茶へ向かった。今日も大阪は暑い。到着するとすでにTさんが来ていた。少し遅れてDさんもやってくる。11時から対局開始。自分の現レーティングは1553。
  相手のレーティング
1. 1664         黒番 35手 ドロー
2. 1539         白番 78手 ドロー
3. 1509         黒番 46手 ドロー
何局か指して勝ちも負けもしなかったというのは、今日が初めてかもしれない。内容的には相変わらず全然ダメで、特に2局目と3局目は中盤でまずい手を連発して敗色濃厚だった。もっとも、そういう負け同然の対局で半ポイント拾えたという意味では、収穫があったといえるかもしれない。今日は全部ドローでしたという話をマスターとしていたら、横で局後の検討をしていたUさんがボソッと「ドロドロの人生、ですか」と一言。うまいことをいうものだと思った。

Tさん、Uさんとなんばの地下街で軽く夕飯をすませてから別れた。7時45分の新幹線に乗って大阪を後にする。9時過ぎに広島駅に着いたが、この時間帯は駅からの接続が非常に悪く、自宅に帰り着くまで1時間近くもかかってしまった。これで大阪出張も終わり。明日からは忙しい日々が始まる。

2009年09月26日

今日も学会出席

今日も朝から学会へ。昨日、今日と大阪は暑い。出張前日、夕方の肌寒さに驚いてジャケットを着てきたのに、結局ほとんど手で持ち歩くことになってしまった。専門に近い講演が多い日だったので、ずっと会場で聴く。お昼はT君らと高速道路を挟んでキャンパスの向かいにあるファミレスへ。中は数学者だらけで、そこかしこに見知った顔がいた。講演を終えたFさんもKさんたちと一緒にいらしたので、少しお話しする。11月の研究集会のプログラムもほぼ固まったとのことで、今から楽しみだ。

夜は来月のシンポジウムの世話人をする3人で夕飯。いろいろ打ち合わせをする予定だったが、だいたい決めるべきことは食べるまでの話し合いで決めてしまったので、中華料理をつついている間はほとんど雑談ばかりしていた。9時頃、梅田で散会。次に会うのはシンポジウム会場ということになるだろう。

明日はチェス喫茶に行ってみる予定。今から付け焼き刃で定跡の復習でもしておこう。

2009年09月25日

学会に行く

今日より学会に出席。自分の分野の講演が集まっているのは明日なので、今日は主に書籍売場でめぼしそうな本を買って回った。お昼を大学構内の食堂ですませ、午後は1時からの特別講演と、2時50分からの日本数学会賞秋季賞の授賞式に出る。今年の受賞者はシュレーディンガー方程式のY先生だった。夕方は、一緒に来月のシンポジウムの世話人をしているQ大のT君と合流し、喫茶店で少し打ち合わせ。3人目の世話人であるA君も明日来るので、またいろいろ相談することになるだろう。その後夕飯も二人で食べて9時半頃別れた。

プログラムを見ていたら、講演者への注意書きとしてこんなことが書いてあるのを発見した:「今回、プロジェクター使用の希望が多く、開催校のご協力で、使用を認めることといたしました。」多分他の分野の研究者が見たら絶句するに違いない。さすがに黒板での発表というのは非常に少なくなったが、書画カメラを使って手元の原稿を写すというのが、数学界の現在の主流のようである。

2009年09月24日

大阪に移動

昨夜、そろそろ寝ようと台所で一杯水を飲んだ後に寝室の方へと歩きかけたら、台所を出たところに置いてあるルータにパジャマが引っかかり、ルータが床に墜落してしまった。あわてて拾い上げると、アンテナの部分がぽっきり折れており、中のアンテナ線が折れたところでむき出しになっている。やれやれ、最近こんなことばかりだ。実はこの2日前にも、寝る前にちょっとある資料を印刷しようとしたら、ネットワークプリンタにいつの間にかつながらなくなっていた。幸いルータのアンテナの方は見栄えが悪いだけで、通信自体には影響がないようだ。先日の落雷といい、とかくネットワーク回りでは何かとトラブルが多くて困ってしまう。それもたいてい、自分が家を空けているときやこれから出かけようとしているときに起きるから始末が悪い。

今日は予定通り、夕方までいろいろ仕事を片づけていた。だいたい一区切り着いたところで、まだ日が落ちる前に失礼していったん帰宅。再び家を出る前に、大学の売店で昼間買っておいた瞬間接着剤で昨夜折れたルータのアンテナを修理する。きれいにつながり、見た目は全く分からなくなった。

広島駅で夕飯をすませ、7時前の新幹線で新大阪へ。江坂で電車を降り、改札口を出て外に出る階段を下りる。暗くて狭い階段、特有の臭い、動かない車列とやまないクラクション、階段の先で待ち構えるティッシュ配り、関西弁の混じった喧騒、何とも言えないこのごみごみした雰囲気に迎えられ、夕方まで自分がいたところとは確かに違う場所に来たなと実感したのだった。8時半頃ホテルに入り、一息ついてから今これを書いている。今夜はさっさと寝よう。

2009年09月23日

明日より出張

休みだったが、午後から勤務先に行っていろいろ作業をしていた。明日から大阪に行くのだが、その前にやっておかないといけない雑用をすませておきたかったのである。今日はメール書きとかサーバの整備とか、一人でもできる作業が中心。後は事務方がいないとどうしようもないので、明日来て片づける予定。広島~新大阪はせいぜい1時間半くらいだから、夕方までいても大丈夫だろう。江坂の近くにホテルをとってある。金曜日と土曜日は学会に出て、日曜日はチェス喫茶でサンドバッグにされてから帰るつもり。

6時半頃、窓の外を見たらもうすっかり暗くなっていた。外に出るとまたずいぶんとひんやりする。半袖を先週封印したばかりだが、これは大阪にはジャケットも着ていった方がよさそうだ。

2009年09月22日

ある半ブラの想い出

今日も楽譜の校正やピアノの練習、チェスの棋譜並べなどで一日を過ごす。夕飯は豚肉、ほうれん草、しめじを卵と炒めてみた。にんじんのきれはしも残っていたのでグラッセにする。元より料理は苦手だが、昼から家にいるときはせめて真似事くらいしないと本当に何もできなくなってしまう。

AlhambraPuzzle2.jpgAlhambraPuzzle1.jpg先日買ってきたパズルの中からまた1作、「ある半ブラの想い出」という作品を紹介しよう。箱の中に入っているのは、2x1の長方形のピースが8枚と、その8枚がちょうどぴったり収まる型枠である。8つのピースには矢印のような模様が描かれており、完全に同じピースは1つもない。つけられた説明によれば、この矢印はアルハンブラ宮殿のタイル模様を借用してデザインしたとのことである。与えられたタスクは、「縦4列、横4列、対角線2列の合計10列のどこにも、上下左右4方向の矢印が一つずつ揃うようにピースを詰めよ」というものだ。この作品に限らず、匹見町のパズル製品には解答は一切付属してこないので、答えが知りたかったら自分で考えるしかない。

やってみて思ったのは、パズルとしてよくできているなあということ。すごく簡単そうに思えて、すぐできるだろうと適当にいじってみるがなかなかうまくいかず、あれおかしいぞと本気になって考え始めると答えにたどり着く。やさしすぎず、難しすぎずというバランスが非常によいと思う。それに大道詰将棋のように、一見簡単そうと思わせるところもうまい。芦ヶ原氏考案のパズルは結構難しいものが多いが、これくらいだとかなり気軽に遊べる。解答を披露してしまってはつまらないので、上の写真では敢えて揃わないように詰めておいた。

2009年09月21日

牡蠣のシーズン

一昨日昨日と出歩いていたが、今日は家でゆっくり過ごしていた。木曜日から大阪に出張するつもりなので、連休中に片づけておかなければいけないことがたまっている。プロパラに提出しておいた原稿のゲラ刷りが届いていたので、今日は主にそのチェック作業をした。それから、また楽譜の校正の仕事が入っている。今度はゴドフスキーの大作だ。最初の担当曲の締切は来月だが、月末から来月いっぱいは忙しくなることが確実なので、この連休中に少しでも進めておきたい。

作業が一区切りついたところで、市街地に出かけた。特に何を買いたいというわけでもなかったが、デパートの中をうろついていたら台所用品で便利そうなものがあったのでまとめて購入。それから夕飯をすませようととんかつ屋に入ったところ、メニューに牡蠣フライが加わっていた。この間ここに来たときはまだなかったはずだ。注文を取りに来た店員に「もう牡蠣始まったんですか」と聞くと、「はい、昨日から」という返事。「牡蠣が出るのはRのつく月」というけれど、9月のうちにメニューに登場するというのはさすがにずいぶん早い気がする。でもせっかくなので、今シーズン最初の牡蠣フライを食べて帰ってきた。

2009年09月20日

詰四会に行く

今日は半年に一度の詰四会の日。10時半の船で広島宇品港から松山観光港に渡る。空は快晴。瀬戸内海は今日も穏やかだ。

松山駅構内のレストランでお昼をすませ、1時少し前に会場の市民会館に到着すると、ちょうど世話人のたくぼんさんが入っていくところだった。他にはくるぼんさん、Sさん、Taさん、Toさん、そして詰四会初登場となるKさん。最近は精力的に全国の詰将棋会合を回っておられるようだ。Toさんもそうだが、遠いところから時間とお金をかけてこんなところまでやってくるそのヴァイタリティには改めて敬服してしまう。私もこの詰四会と岡山の詰備会だけは都合のつく限り足を運ぶようにしているが、それより遠い地での会合となるとなかなか行く元気は出ない。やっぱりこれくらい入れ込んでいるからこそ、素晴らしい作品も生まれるのだろう。実際、会合ではKさんの最近の長編作品を見せてもらったが、休眠期間前のすごい技術は相変わらず健在のようだった。

会合は「田舎の曲詰」(盤の端で初形や詰め上がりの駒配置が何かの文字になる)という課題に応募された作品をみんなで吟味し、詰パラ掲載作をだいたい決めた。その後はフェアリーチェス作品を解いたり、最近の将棋界について語り合ったりとゆっくりした時間を過ごす。4時半過ぎに記念の写真撮影をして会合は終了。Sさんが一足先に帰り、残った6人でいつもの店に入ってしばらく歓談。6時50分頃に散会した。たくぼんさんの車で松山観光港まで送ってもらい、7時半の船で広島に戻る。帰宅は9時半頃。

2009年09月19日

匹見町でパズルを買う

今日は友人のT君と車で島根県の匹見町というところまで行ってきた。ここは林業が盛んなところで、木製のパズル用品で町おこしをしているところなのである。地方の旅館などに泊まると、部屋によく「Tパズル」が置かれていることがある。4個の小さな木片を組み合わせ、T字形などのシルエットを作れというやつである。一度は見た人も多いのではないかと思うが、あれも匹見の製品だ。匹見町では、パズルの世界的なコレクターとして知られた芦ヶ原伸之氏(5年前に他界)の監修による難しくて魅力的なパズルがたくさん生産されており、せっかく近くに住んでいるのだから一度は行ってみたいと思っていたのである。

Hikimi2.jpgHikimi1.jpgT君を横川駅でひろい、1時間半ほどかけて山間奥深くの匹見町へと分け入る。気温は20度をちょっと超えたくらいのところで、日射しがやわらかく気持ちがよかった。道の駅でお昼をすませた後、まず車を降りたのがウッドパークというところ。公民館と併設された形になっており、中に入ると芦ヶ原氏のコレクションと思われる世界中のパズルが並べられていた。写真でしか見たことのなかったビル・カトラーや亀井明夫(いずれも有名なパズル作家)の芸術的で恐ろしく難しそうな木製パズルを、ここで初めて実際に見ることができた。パズルとしては明らかに世界最高峰の作品が並んでいるのだが、世間からは全く注目されていないようで、我々以外の来館者はゼロ。連休初日にしてこれだから普段の状況は推して知るべしである。すぐ前の広場では地元の方と思われる数人がグラウンドゴルフに興じており、我々が30分ほどかけてじっくり精巧なパズルを鑑賞している間、開け放たれた窓からはずっと「ああっ、惜しい!」「おおっ、チップインじゃ!」という歓声が聞こえてきていた。

Hikimi4.jpgHikimi3.jpgウッドパークを後にすると、今度はすぐ近くの「ウッドペッカー木工組合」というところに移動。ここは木材を加工してパズルを実際に製作しており、できあがった製品を買うこともできる。部屋に並べられたパズルはみんな面白そうで、どれを買おうか迷いに迷ったが、結局、「サイコロ」、「手古鶴」、「ミニチェッカー」、「ある半ブラの想い出」の4つと、桜の木でできた箸一膳を購入。「サイコロ」は店頭に見本しかなかったために店主に売り物がないか尋ねたところ、「今ちょっと作り置きがなくてね……」と言いながら店の奥から一品出してきてくれた。「これ、ここにちょっとキズがあるんですよ」と指さされた角のへこみは、言われなければ分からないほどの小さなものだった。「これ、定価は4,900円なんだけど、これでもよければ2,000円でいいですよ」とおっしゃるので、もちろん買った。パズルとしては何の問題もない。今回の匹見町遠征の最大の目的はここで面白そうなパズルを入手することだったが、いい買い物ができて非常に満足だった。ただここでも最初から最後まで他の客の姿はなし。店の向かいには巨大迷路なる施設があるのだが、家族連れとおぼしき数名が一組回っている他は誰もいる様子がない。一帯は静かで、聞こえるものといえば店番のおばさんがかけているらしいラジオの音と遠くの蝉の声のみだ。すぐ横の「ひまわり食堂」はカーテンが引かれているし、その横に掲げられた匹見町案内図は雨風に打たれてボロボロになっている。やはりパズルで町おこしをするというのは簡単ではなかったようだ。

OmoteHikimi.jpg出かけたのが遅かったのとパズルをじっくり鑑賞していたのとで、ウッドペッカー木工組合を出たときにはもう3時くらいになっていた。暗くなると山道が危険なのでそろそろ帰路に就くことにする。この一帯は表匹見峡、裏匹見峡、奥匹見峡と渓谷だらけで、せっかくなので帰り道の途中にある表匹見峡に立ち寄ることにした。道端に車を止めて険しい岩の道を慎重に降り、「お楽の滝」という小さな滝の回りをしばらく散策。水がとにかくきれいで、心の落ち着くいい場所だった。ここでも30分ほどの滞留中に他の人は全く現れず。もったいない話だが、誰にも邪魔されないのでこちらとしては助かる。たっぷり自然の景色を楽しんでから、4時頃に表匹見峡を後にした。

Puzzles.jpg夕飯をすませてT君を横川駅まで送り届けると、帰宅して早速買ってきたパズルを並べてみる。一部を紹介しよう。「サイコロ」は六面のそれぞれにサイコロの目の形で穴が開いており、中の空間に玉が入っている。サイコロの穴は中でつながっており、サイコロの向きを変えると中で玉がころころと動く。この玉をサイコロから取り出せというのがパズルの目的。ただし直径が玉より大きい穴は1の目だけである。もう一つ、「手古鶴」は枡にいくつかの木片をぴったり詰め込めというものだ。いくつか種類があるが、自分が買ったものは7個のピースと1個のペグを詰めるタイプ。枡の底に穴が5カ所開いており、そのうちの1つにペグを立てる。そして飛び出したそのペグを避けるようにして残りの空間がぴったり埋まるように木片を詰め込むのである。ペグを立てるポイントそれぞれにつき、木片の埋め込み解はただ1通りしかないらしい。いやはや、なるほどこれは、てこずる。

2009年09月18日

忙しい週末

会議にセミナー、書類作りで一日忙殺された。今週は前半は妙に落ち着いていたのに、日を追うごとに忙しくなってきて、最後にとうとうピークが来た感じだ。資料を作ってメールに添付して、ああ終わったとパソコンを消したところで、今日が世話人をしているシンポジウムの参加申込締切日だったことを思い出し、階下のメールボックスをチェックすると、案の定どっさり。束になった封書を持って最上階の自室に戻り、もう一度パソコンをつけて出欠の登録作業をする。やれやれ終わったとパソコンを消して立ち上がったところで、もう1本急ぎのメールを書かなければいけなかったことを思い出し、また電源ボタンを押す。それが終わり、さてこれで終わったと思ったところで、来週の学会出張のための書類を書いていなかったことに気づき……という具合。多分私は要領が悪いのだと思う。てきぱきとこなせばきっとこんなことはもっと早く終わるのだろうが、細かい雑用がバラバラと降ってくると、ただ右往左往するばかりでなかなか先に進まないのだ。同時にいくつもの懸案事項を抱えているという状況が、どうも苦手なようである。

一通り片をつけて部屋を出たときは9時を回っていた。京都ラーメンの店に行って遅い夕飯をすませ、ガソリンスタンドで給油してから10時頃帰宅。ああ、疲れた。

2009年09月17日

秋の風情

来月から始まる数学演習の担当教員が集まって午後から打ち合わせの会議があった。今年は自分がとりまとめ役なので、どういう方針でやっていくかをまとめていかなければいけない。会議なんていうものはなるべく早く終わらせてしまいたいのだが、細かいことまで詰めていたら結局2コマ分かかってしまった。10月からの学期が始まる前に準備しておかなければいけないことがかなりあるのだが、来週は連休と出張でつぶれてしまうので、実はもうほとんど時間がない。明日と月末は相当あわただしいことになりそうだ。

会議が終わってからもいろいろ資料を作っていて、帰るころにはすっかり夜も更けていた。外に一歩出た途端、空気の冷たさに驚く。涼しいというよりもう肌寒い。すっかり秋の風情である。日中はまだ30度近くまで行くので半袖にしていたが、さすがに夜にここまで気温が下がるのでは、着ていくものも秋モードに移行しなければいけない。今年の半袖は今日で終わりにしよう。

2009年09月16日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.104


2009年09月15日

路上で将棋

昨日、今日は会議やセミナーの予定もなかったので、自室で比較的落ち着いて過ごすことができた。主に現在解読中の論文を読むことに時間を費やしていたのだが、どうもまだまだ分からないことだらけ。もう少し読み込まないといけないようだ。もっとも、明日はセミナーだし明後日とその次の日は来月から始まる講義・演習の担当者間で打ち合わせがある。悩ましい4年生のセミナーもあるのだった。そろそろ忙しくなってきそうだ。

詰将棋関係の方がネットで話題にしていたので知ったのだが、路上で将棋を指すなと言ったのに聞き入れられなかったことに腹を立て、果物ナイフで殺してしまうという事件があったのだそうだ。自宅の前に居座られて不愉快だったのだろうが、だからといってナイフで刺してしまうというのだから恐ろしい。まあおそらく自分は人の家の前で将棋を指すことはしないだろうと思うが、喫茶店でチェスを指すことはときどきやっているので、あまり人ごとではないような気もする。とにかく大事なことは、文句を言われたらとりあえず引き下がってやめることだろう。果物ナイフを持ち出されてはたまらない。

2009年09月13日

水回りの掃除

ぐずついた空模様が続いていた昨日までとは一転して、今日は青空の広がる一日だった。遠出することも考えたが、だらだらしているうちに日が高くなってしまったので、終日のんびり過ごすことにする。午後はピアノの練習、チェスの棋譜並べ、水回りの掃除。毎日使うシンクがだんだん汚れていっていることはもちろんよく分かっていたが、どうせやるなら来客がある直前が一番いいタイミングだなと先送りにしていたら、いつになっても来客など現れず、気がつけば相当ひどい状況になっていた。一念発起してゴシゴシと汚れを落とし、落ち着いた銀色の輝きを取り戻したシンクを見るたび、来客云々など関係なく普段からときどきこうすればいいだけのことではないか、と反省する。しかしまた時が経つと、その反省の気持ちはどこかに流れていってしまうのだった。実際、過去を振り返ってみると、全く同じようなことを3年前にも書いている。何も進歩していない証拠である。

夕方から床屋に出かけた。6週間か7週間に一度のペースで髪を切っている。この分だと次に行くのは、世話人をしている来月下旬のシンポジウムの直前か直後だろう。

2009年09月12日

眼鏡の話

眼鏡をかけるようになってから4年くらいになる。それまではずっと裸眼でいたが、日常生活で不便を感じるようなことはあまりなかった。一番困ったのは、人の講演を聴くときに細かな文字が見えにくかったことで、どうしても小さくなる数学記号の添え字などにはいつも苦労していたものだ。自分の場合、近視よりも乱視のきらいがあるようで、細かい文字はぼやけるというよりにじんでしまうのである。講演を聴くたびに目を細めなければいけないくらいなら、一つくらい講演聴講用の眼鏡を持っていてもいいだろう、と思ったのだった。当初はかけたいときだけかけるという方針だったが、だんだんかけたり外したりするのが面倒になってきた。結局外に出るときはいつも眼鏡をかけるようになり、今に至っている。

そもそもの動機がそういうことだったから、家では眼鏡は常に外しっぱなしだ。出かけるときは財布やら車の鍵やらをポケットに入れ、最後に眼鏡をかけて家を出る。帰宅すると、財布や鍵を取り出すと、すぐに眼鏡も外して置く。寝ているとき以外は常に眼鏡をかけているような人なら、眼鏡がもうすっかり身体の一部のようになっているだろうと思われるが、自分のように裸眼の時間帯も半分くらい残っていると、まだまだ眼鏡と身体が一体化しきっていない。よくやってしまうのは、顔のどこかがかゆくて指を伸ばし、レンズをさわってしまう失敗である。多分そういうことは、常時眼鏡を装着している人はほとんどないに違いない。

なぜ眼鏡のことを書こうと思ったかというと、このところ外しっぱなしでよかったはずの眼鏡を家の中でときどきかけなければいけなくなったからである。ピアノを練習していて、弾きながら楽譜を目で追っていたら、指使いの数字がなかなか判別できないのだ。もちろんじっと目をこらしてそこに視線を集中させれば読めるのだが、音符を追いながら瞬間的に視野の端で読み取ろうとすると、これがどうも簡単でない。何だか数字が見えにくいなあとずっと思っていて、眼鏡をかければいいことにやっと気づいたのだった。

2009年09月11日

福紙

Fukugami.jpgお昼を食べて自室に戻る途中、メールボックスをチェックすると本が届いていた。2週間ほど前にネットで注文しておいた論文集がようやく届いたのだ。早速部屋で段ボール箱を開けてパラパラとページを繰ってみる。なかなか面白そうな報告がたくさん出ているな、と思った次の瞬間、右から左に流れていたページがピタッと止まった。止めたのではなく、勝手に止まったのである。見るとページの右下部分が内側に織り込まれた状態で裁断されており、そこでページの厚さに少し乱れが生じていたのだった。折れ込んだページを開くと、現れたのはイカの頭のようなおなじみの形である。とはいえ、これを見たのは久しぶりかもしれない。

裁断ミスでこんなふうに飛び出した形になったページは、「福紙」とか「恵比須紙」などと呼ばれるようだ。後者は三角形の紙が恵比須様の頭巾を思わせるから来たという話もあるが、いずれにしろめでたいことになっているらしい。普通なら不良品をつかまされたと不愉快になるところだろうが、幸運扱いされるとあまり腹も立たないというのは不思議なものである。もっともこの本に関しては、それ以外にもちょっとした面白さがあった。これが折紙に関する最新の研究をまとめた論文集だったからである。折紙の論文集の紙が折れているとは、何ともうまくできているなと笑ってしまったのだった。

2009年09月10日

囲碁・将棋チャンネルの詰将棋

この間から囲碁・将棋チャンネルが見られるようになったので、ときどきチャンネルを合わせている。あまり番組表をチェックせずにザッピングするのだが、今日は帰宅後にふと見てみたらちょうど銀河戦の対局が始まるところだった。せっかくだからと夕飯を食べながらのんびり観戦していたら、これが200手を超える大勝負になってしまう。最後の方は秒読みに追われてどちらも疑問手をずいぶん指してしまっていたようだ。気楽に傍観している立場だとなぜこんな手が見えないんだろうと思うものだが、タイムトラブルでひどい手を指すという経験をすでに何度もした今では、ひたすら共感ばかり覚えてしまう。

今日の対局はずいぶん長丁場だったが、短手数で早く終わってしまったときには、穴埋め番組としてよく詰将棋が出てくる。5手詰や7手詰が画面に表示され、2分くらいしてから解答が発表されるのだが、よしっと画面をにらんで考え出すと、ほとんどの場合は5秒から10秒程度で答えが分かってしまう。何か引っかかっているのだろうかと疑心暗鬼になって読み直してみるが、どう考えてもその手順しか考えられない。2分待って解答を見ると、やっぱりその通りなのだった。どうもごくごくやさしい問題ばかりセレクトしているようだ。

詰パラに載っているような5手詰や7手詰というのは誘い手や罠が巧妙に仕組まれており、見た瞬間に正解がひらめくなどということは、私のような棋力ではほとんどない。急いで答えを出そうとすると、必ず間違うようにできているのである。もうそういう作品を見ることに慣れてしまい、短手数でも解くのに何分もかかってしまうのは当たり前という気になっていた。ひとにらみしてすっと解けるというのは久しぶりだったが、これはこれでよいものだ。もっともそのかわり、解けた瞬間の「なるほど、そうか!」というある種の爽快感をあまり感じられないことは否めない。

2009年09月09日

楽譜の間違い

「古風なメヌエット」の練習を相変わらず細々と続けているのだが、ここしばらくはすでに譜読みした部分をやり直している。いったん覚えた指使いを変更しようとしているのである。実は当初使っていたのは「ラヴェル名曲集」みたいな廉価版の楽譜で、これには指使いの指示が全くなく、自己流で適当にやっていた。しかし譜読みが進むにつれ、やはりもう少しちゃんとした楽譜を見た方がいいのではないかと考え直し、春秋社の楽譜を先日買ってきたのだ。こちらには指使いに関していろいろと指示や提案がなされている。書いてあることに全部したがう必要はないと思うが、なるほどこういう解決策があったかと感心する指の使い方がいくつかあり、そこはやり直すことにしたのである。こんなことなら、最初からこれを使っていればよかった。

MenuetAntique2.jpgMenuetAntique2.jpgただ、指使いなどよりもっと重大な問題を見つけてしまった。音がまるっきり違っている箇所があったのである。当初の安物楽譜でそこを弾いたときから何か変だなとは思っていたのだが、後から買ってきた楽譜と比べてみたら、左手の音たちがまとまってそっくりずれていた。これだけ大きく間違っているというのもちょっと珍しい。しかもこの部分は曲の中で2回登場し、その両方でおかしくなっているのだった。よく見ると、その前の連符についているナチュラル記号も実は全く必要のないものである(D音は最初からナチュラルだ)。さすがにちょっとこれは仕事が杜撰と言わざるを得ない。

私は元々、楽譜の選択についてはかなりいい加減な方だ。少々怪しげな楽譜であっても、まあ細かいミスはあるにせよ、音はだいたいちゃんと書かれているだろうから、自分くらいのレベルの人間にはそれで十分、というつもりでいた。しかし去年あたりから楽譜の校正の仕事をときどき手伝うようになり、出版社が違うとずいぶん違うのだなということを実感するようになった。今回のこの誤植を見つけたことで、ますます楽譜の選択には気を遣わなければいけないと思うようになった次第。

2009年09月08日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.103


B1個でメイトにするというのは、Kubbelが彼の創作歴において常に興味を持って追求し続けたテーマだった。他の作例としては24番102番、250番がある。このテーマを表現した初めての作品はTroitzkyによって創られた。しかし本作はそのトロイツキーの名高い第1号作品ではなく、フィンランドの作家Julius Gunstによる作品を発展させて創られたものである。参考までにトロイツキーとグンストの作品も掲げておく。







2009年09月07日

健康診断の結果

今日も広島は暑い。勤務先に行くと、出張中にたまってしまっていた仕事の処理に追われた。来月行われるシンポジウムの世話人をしているので、その対応が中心。メールでのやりとりが当たり前になった昨今でも、長い歴史を持つこのシンポジウムだけは、伝統的に封書で出欠の返事をもらうことになっているのである。1週間近く留守にしていたから、メールボックスには様々な色の封書が大量に入っていた。

封書の他にも入っていたものがあった。先月受診した健康診断の結果である。見てみると、やはり肝臓関係の数値があまりよくない。赴任したときからのことではあるが、改善させるのはやはり簡単ではないようだ。ただこのところ夜の睡眠が浅く、睡眠不足のはずなのに目が覚めてしまうことが多い。その反動で、昼間や夕方の一時期に猛烈に眠くなることがよくある。最近はちょっとその眠気がひどいことが増えてきて、どうにかしないといけないと感じていた。肝機能と関係があるかどうかは分からないが、とりあえず意識して早く寝ることを心がけたい。

2009年09月06日

舘野泉を聴く

出張明けの休日だったが、お昼過ぎから出かけた。広島国際会議場のホールで行われた舘野泉の演奏会を聴くためである。この演奏会、あまり一般には広く告知されていなかったのだが、演奏会を企画した団体の方がマンションの掲示板にビラを貼っており、それでうまくチケットを入手することができたのである。

今日の広島は暑かった。国際会議場のフェニックスホールというところは、このブログを始めたばかりのころに来て以来だと思う。来ている客の9割は女性だった。舘野泉氏を生で見たのは多分これが初めてだ。プログラムはみな左手のための曲で、ブラームス編のシャコンヌやスクリャービンのOp.9などの定番曲の他、吉松隆編の「アヴェ・マリア」や、弟子の女性との3手連弾という変わった曲目もあった。舘野氏に献呈されたという「記憶樹」という曲だけが現代音楽のテイスト。他は聴きやすい曲が中心で耳に優しかった。総じて満足すべき内容だったが、配られたプログラムに誤植が目立ったのはややマイナスの印象。特に、2曲演奏された「アヴェ・マリア」の作曲者(シューベルトとカッチーニ)が逆転していたのはちょっとまずいと思う。もっともこういう演奏会では、演奏が聴けるなら名前や編曲者などそれほど重要ではないのかもしれない。

2009年09月05日

カフェ「みずなら」へ、そして帰広

昨日の夕方から、またこのブログにつながらなくなっていた。原因はおそらくいつもと同じで落雷である。というのも、昨日の夕方に届いた勤務先の事務方からのメールで、先ほどの落雷で研究室の電気錠が壊れたところは云々、などと書いてあったからである。に落雷でネットワークが切れたのも東京に出かけていたときだった。広島にいる間は何も起きないのに、泊まりがけで外出したときに限ってなぜこうも雷が落ちるのか、本当に不思議だ。家にいるときであればすぐ復旧させることができるが、離れた場所では手の施しようがない。こうならないようにと雷サージ対策をしておいたつもりだったのだが、どうもまるで効き目がないようだ。やはり自然の力にはかなわない。このへんが自宅サーバの限界なのかもしれない。

そんなわけで昨夜書きたくても書けなかった昨日の話をまとめておこう。研究集会は最終日で、予定通り4つの講演を聴いた。面白い話が多くていい刺激になったが、ずっと根を詰めて聴いていたからか、午後の講演を聴き終わったときにはだいぶ疲れてしまっていた。会場を後にすると、重い荷物を担いでとぼとぼと南に向かう。前日まで泊まっていたホテルがこの日だけは満室で、この日だけは街中の別のホテルに泊まることになっていた。

ホテルにチェックインし、ベッドに身を投げ出して一休みしてからまた出かける。今回の札幌出張では初日にいろいろな方とお会いできたが、実はこの日も詰将棋作家のMさんとお会いする予定になっていた。6時過ぎに札幌駅前で無事落ち合うと、早速近くのカフェみずならというところに連れて行ってもらう。将棋道場のように将棋盤がいくつも並べられている一方、食事もできるようになっている大変雰囲気のいいところだった。Mさんから私が来ることはすでに伝わっており、席主のTさんに温かく迎えていただく。ただ私に関する情報として、「5年前の看寿賞作家」はともかく、「チェスも強い」という完全に間違った情報が流れてしまっていたのにはまいった。大盤で看寿賞作品を並べて解説したところまではいいとして、その後「チェスは5級」とおっしゃる席主と一局指すことになったのである。さらに困ったことに、この日は何かチェスの国際的な大会で優勝された経験があるHさんという方までいた。数日前にはてるまさんと指したときと同じで、この日もすぐ化けの皮がはがれてしまい、中盤までではっきり劣勢になってしまう。これを強豪のHさんが横で見ているのだから恥ずかしいといったらない。相手のミスでどうにか盛り返したものの、駒を取り合ってPの昇格を争うところまで行く長期戦になってしまった。最後は何とかこちらのPがタッチダウンできたが、まあ全体を通してひどい内容でがっくり。

その後、今度はHさんとも指すことになる。すでにHさんにだいぶアルコールが入っていたうえ、直前の対局であまりに私の指し方がひどかったので油断されていたのだろう、ブランダーが出てこちらのマイナーピースアップになった。結果的に駒落ちのようなことになり、棋力の差を考えればこれでちょうどいい勝負になったといえるだろう(もしかしたらそう考えてゆるめていただいたのかもしれない)。実際、中央を破られて一気に攻め込まれ、もうダメかと一時は観念したが、結果的にはその攻めを何とか受け止める。そこでHさんが潔く投了されたので形としてはこちらが勝ったことになったが、当然内容に関してはこちらも反省すべき点だらけで、局後の検討でいろいろなラインを教えていただいた。11時頃にMさんと店を失礼したが、おかげで札幌滞在終盤も非常に充実した時間を過ごすことができた。

今日は滞在最終日で、研究集会に参加していた方からレンタカーでも借りて少し観光していきませんかとも言われていたのだが、さすがに疲れがたまってきている気がしたので何もせずにゆっくり過ごすことにした。かなり遅めにホテルを出て、街中をぶらぶら歩いたり喫茶店で一服したりしながら時間をつぶす。時計台の近くでラーメンを食べてから空港に移動した。帰りもフライトは至極順調。飛行機を降りると札幌では感じなかったむっとする熱気を浴び、広島に帰ってきたと実感したのだった。

今回の札幌出張は、公私にわたりなかなか充実していたと思う。本業でも勉強になったし、普段会えない人にお会いできたし、おいしいものをいろいろ食べられたし、チェスも教えてもらえたし、満足満足。

2009年09月03日

寿司を堪能

研究集会2日目。今日はもちろんキャンパス内で迷うようなこともなく、余裕を持って会場に着いた。今朝も札幌は雲一つない快晴。斑に降り注ぐポプラからの木漏れ日が何とも心地よい。今日も講演は4つ。お昼は他の参加者数名と近くのラーメン屋ですませた。

夕方に講演がすべて終了した後、オーガナイザーのMさんが教えてくれたお勧めの寿司屋にみんなで行こうということになった。「北20条西4丁目」にあるというMさんの情報を元にぶらぶらと歩いていく。日が傾くとともにだいぶ気温が下がり、少し肌寒いくらいになってきていた。言われた区画に到着したが、何度ぐるぐる回ってみても寿司屋らしきものが見あたらない。どうも情報にエラーが含まれているらしいということになり、改めてその場でネットにつないで調べ直した結果、正解は「北18条西5丁目」と判明する。数字も丁目の数字も違っているのでは見つかるわけがない。幸い暗くなる前に、探していた店をようやく見つけることができた。さすが地元に住むMさんのお勧めだけあって、ここで食べた寿司は実においしかった。やっぱり北海道、海の幸の本場である。比較的リーズナブルな値段でお腹いっぱいになるまでおいしい寿司を堪能することができた。ジンギスカン、ラーメン、寿司と、今回の札幌滞在はなかなかいい調子である。

2009年09月02日

研究集会と懇親会

昨夜は就寝が遅くなり、今朝は起きるのが少々つらかった。ホテルで朝食をすませ、身支度をして出発。今日も札幌は雲一つない快晴。暑くもなく寒くもなく、空気もからっとしていて心地よい。やっぱりこの時期の北海道はよい。ただ、H大にしばらく来ていなかったので研究集会の会場となる理学部の建物がどのへんだったかを忘れてしまい、広いキャンパス内を右往左往することになってしまう。最後は警備員に道を尋ね、何とか研究集会の開始には間に合った。お昼休みを挟み、午前と午後で合わせて講演を4つ聴く。講演内容としては午前中の2つの方が自分の研究に近くて分かりやすかった。

今日の講演が終わるといったんホテルに戻り、急ぎのメールを1本打ってまた理学部の建物に戻る。ちょうど懇親会会場に移動しようとしているところで、うまく合流できた。向かった先は狸小路にあるジンギスカンの店。昨夜もジンギスカンだったので重なってしまったが、まあこちらに来なければ食べられないものだし、連日食べてもおいしいものはおいしい。席上では、同席したMさんやIsさん、Yさん相手に、学生がセミナー中に思わぬ間違いをしたや、中国人留学生に日本語の質問をされて四苦八苦したなど、このブログにこれまで書いてきたいろんなエピソードを、場の流れでずいぶん話してしまった。何だか妙にウケがよくて、最後には「日本の話芸を堪能した」などと落語家扱いされてしまったが、話し方がうまいわけではなく、エピソードそのものが面白かったからだと思う。このブログにそれを書いていることで記憶の引き出しにしっかり格納され、こんなときに整理された話として取り出してくることができるのだろう。これもブログの思わぬ効用である。

懇親会は思ったより早く終わり、10時過ぎにはホテルに戻った。

2009年09月01日

札幌到着

9時半頃、家を出て広島空港へ向かった。順調に山陽自動車道をひた走り、小一時間で近辺までやってくる。いつもはそのまま空港前の駐車場に止めるのだが、今日は少し手前で道をそれ、空港の西側に設置された進入灯の真下にある駐車場に行く。It先生から、ここに止めると空港前の駐車場より1泊の料金が300円安いと聞いていたのだ。無料のマイクロバスが空港まで連れて行ってくれるので、アクセスは問題ない。5日間駐車すると1,500円違うから、これは大きい。

空港内のレストランでブランチをすませ、修学旅行生でごった返すロビーで出発を待っていると「斎藤さん」と声をかけられる。振り向くとH大のIs先生だった。こんなところで会うとは思っていなかったのでちょっとびっくり。聞けばIs先生も同じ飛行機で札幌に行き、明日からの研究集会に出席されるとのことだった。ご家族もご一緒だったので少しお話しするだけにしておく。台風が来ていたので天気がどうかと心配していたが、飛行中は珍しいくらいの好天に恵まれ、窓からは日本地図そのままの地形をたくさん眺めることができた。あんな上空から天橋立やら下北半島の特徴的な形を確認できるというのは、滅多にないことだろう。

2時に新千歳空港に降り立ち、3時前には札幌駅に到着した。さすがに北海道、涼しくて風が心地よい。ホテルまで風を楽しみながらぶらぶらと歩く。一服してから再びホテルを出て、H大病院のあたりではてるまさんことAさんとお会いした。詰将棋やピアノなど共通の話題が多いはてるまさんとはこのブログを通じて以前から交流があったが、お会いするのは今回が初めて。せっかく札幌に来るなら少しお話ししましょうとお誘いを受けていたのである。5時頃から近くの喫茶店で1時間半近くあれこれお話ししたが、話題に事欠かず、大変楽しい時間を過ごすことができた。携帯チェス盤をお見せしたところ1局指しましょうと言われ、軽く応じていたらどんどん不利な状況に追い込まれる。はてるまさんが小さなミスをしたところで指しかけになったが、あれはそのままやっていたら多分負けていたのではないか。初めての方と指すといつも負けそうになるのだから、情けない限りである。

はてるまさんとお別れした後、7時からピアノサークル同期のM君夫妻と落ち合う。車で近くのジンギスカン料理の店に連れて行っていただき、さらにそれからお宅にお邪魔して、カードマジックを見せたりWiiのゲームをやらせてもらったりして11時頃まで長居してしまった。先ほどようやくホテルに戻ってきたところ。

今日はいろいろな人と会えて非常に充実した一日だった。札幌までわざわざ出てきたかいがあったというものである。明日から研究集会だが、夜に懇親会があるらしいので、また更新は遅くなる予定。