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眼鏡の話

眼鏡をかけるようになってから4年くらいになる。それまではずっと裸眼でいたが、日常生活で不便を感じるようなことはあまりなかった。一番困ったのは、人の講演を聴くときに細かな文字が見えにくかったことで、どうしても小さくなる数学記号の添え字などにはいつも苦労していたものだ。自分の場合、近視よりも乱視のきらいがあるようで、細かい文字はぼやけるというよりにじんでしまうのである。講演を聴くたびに目を細めなければいけないくらいなら、一つくらい講演聴講用の眼鏡を持っていてもいいだろう、と思ったのだった。当初はかけたいときだけかけるという方針だったが、だんだんかけたり外したりするのが面倒になってきた。結局外に出るときはいつも眼鏡をかけるようになり、今に至っている。

そもそもの動機がそういうことだったから、家では眼鏡は常に外しっぱなしだ。出かけるときは財布やら車の鍵やらをポケットに入れ、最後に眼鏡をかけて家を出る。帰宅すると、財布や鍵を取り出すと、すぐに眼鏡も外して置く。寝ているとき以外は常に眼鏡をかけているような人なら、眼鏡がもうすっかり身体の一部のようになっているだろうと思われるが、自分のように裸眼の時間帯も半分くらい残っていると、まだまだ眼鏡と身体が一体化しきっていない。よくやってしまうのは、顔のどこかがかゆくて指を伸ばし、レンズをさわってしまう失敗である。多分そういうことは、常時眼鏡を装着している人はほとんどないに違いない。

なぜ眼鏡のことを書こうと思ったかというと、このところ外しっぱなしでよかったはずの眼鏡を家の中でときどきかけなければいけなくなったからである。ピアノを練習していて、弾きながら楽譜を目で追っていたら、指使いの数字がなかなか判別できないのだ。もちろんじっと目をこらしてそこに視線を集中させれば読めるのだが、音符を追いながら瞬間的に視野の端で読み取ろうとすると、これがどうも簡単でない。何だか数字が見えにくいなあとずっと思っていて、眼鏡をかければいいことにやっと気づいたのだった。

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コメント

私はド近眼で0.01~0.02あたりですから、寝てる時とシャワータイム以外はメガネをかけっぱなしです。メガネをかけていない時に道で誰かにばったり会って挨拶されると、声で相手が誰だか判断するというレベルです。
悲しいかな、気持ち良い季節に‘そよ風’がそよそよと吹いているのを裸眼で感じることができないんです。風が目に当たらないのに慣れてしまって、たまにメガネを外して風に目をあてた時は、下界に降りた気分になりますよ。

私は多分裸眼では視力は0.5前後だろうと思います。眼鏡をかけると1.0くらい。
このくらいの視力で何とか踏みとどまっているのは、子供のころに天文好きで星をよく見ていたことが
少し貢献しているのかもしれないと思っているのですが、どうなんでしょうね。

ピアノサークルの同期で何人か裸眼での視力が1.2以上の人を知っていますが、みんな男性でした。
あくまで個人的な経験ですが、これまで会ってきた人を考えると、
どちらかというと女性の方がド近眼率が高いような気がします。

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