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2009年10月31日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.108


白のPが一つ、また一つと進むたびにKの右側の壁が塗り固められていく様子はどことなくユーモラスである。難しくはないが、並べて楽しい作品。

2009年10月30日

シンポジウム終了~帰宅

今日の午前中の2つの講演で、シンポジウムのすべての日程が終わった。特急が出るまで時間があったので、同じ電車に乗るT君やM君らとお昼を食べることにする。たまたま見つけた出石そばの店に入ったのだが、何だかこれがとてもおいしくて、みんなでたらふく食べてしまった。出石そばというのは城崎の近くの出石というところの名物になっているそばで、わんこそばのようにそばがたくさんの小皿に分けられて出てくる。私は元々冷たいそばが好きなのだが、しばらくそばを食べていなかったのと、シンポジウムが終わってホッとしていたのとで余計においしく感じられたように思う。

2時過ぎに出る特急で城崎を後にする。新幹線との接続が悪く、姫路でずいぶん待たされたが、6時半頃ようやく自宅にたどり着いた。この1週間ずっと棚上げにしていた仕事を片づけなければならないことを考えると今から憂鬱だが、面倒なことは明日以降に考えよう。とにかく今日のところは何も考えずにゆっくりしたい。

2009年10月29日

シンポジウム三日目

昨夜は懇親会があって遅くまで語らっていたため、このブログも更新をお休みした。一昨日の予想通り、S亭のロビーはごった返していて、そこでとりとめもない話をしていたらすっかり遅くなってしまったのだ。だいたいこのシンポジウムに来ると一日はこうなる。

昨日、今日とシンポジウムの進行はほぼ順調。もう明日の最終日を残すのみで、どうやら峠は越えたようだ。無事終われば今年の初めからの懸案事項がやっと一つ片付くが、それとは別にシンポジウム中に打診されたことがあり、また新たな出張が入りそうな気配。あれが終わればちょっと落ち着く、これが終われば少し気楽になる、と思っていても、その上から新たに次の事案が降ってくる。結局これがずっと続いていくのかもしれない。

2009年10月27日

シンポジウム一日目

シンポジウム1日目。講演は午前が2つ、午後が3つだったが、発表形式はプロジェクタを使う方が2人、ホワイトボードを使う昔ながらのスタイルの方が3人と分かれた。初日なのでいろいろなことがうまくいくかやや心配だったが、まずはまあまあ無難に終わって一安心。しかしまだ先は長い。

参加者はいくつかの宿に分かれて宿泊しているが、たいてい夜は会場に近いS亭という宿のロビーに集まり、ここでいろいろと話に花を咲かせるというのがこのシンポジウムの恒例行事となっている。昨日は少なかったが、今夜は先ほどまでかなり集まっていたようだ。明日はもっと増えるかもしれない。

2009年10月26日

会場到着

お昼前の新幹線で広島を発ち、姫路で下車。九州から来たT君らとそこで合流し、特急「はまかぜ」に乗って城崎へ向かった。現地に着いたのは3時過ぎ。数えてみれば、もうここに来るのは11回目だ。これまではどちらかといえば気楽な立場で参加することが多かったが、今回はシンポジウムの世話人なので気が抜けない。宿に荷物を置いた後、とりあえずT君と会場を視察し、プロジェクタなどのセッティングを確認する。特に大きな問題はなさそうだ。

今日は移動日なので、講演が始まるのは明日から。

2009年10月25日

シンポジウム出張前日

午前中はテレビの将棋対局を観戦しつつ、明日から始まるシンポジウムで会場に置くプログラムを作成。勝負がついたころ、原稿もだいたい書き上がった。また参加予定者から体調不良でキャンセルしたいとの申し出があったため、宿に電話で連絡しておく。もう部屋割りは動かせないから、ここから先のキャンセルはただ消していくしかない。

床屋に行ってさっぱりした後、夕方から車で市街地へ。広島将棋センターに立ち寄り、先日届いた詰将棋解答選手権の本を1冊お渡ししてくる。少し買い物をし、夕飯をすませてから再び車で大学に向かった。昨日に引き続き学園祭をやっているので、相変わらず騒がしい。寄り道したのは、朝のうちに作っておいたシンポジウムのプログラムを印刷するためだ。最初はA4の大きさで2枚の内容を1枚に縮小してみたが、どうもやたらと文字が小さくなってしまった。こんなのを配付したら「これじゃ見えないよ」とご不満を漏らす先生がいらっしゃるかもしれない。そこで方針を変更し、A3の紙にそのままの大きさで印刷することにした。これで見栄えはよくなったが、そのかわりちょっとかさばってしまったので、自室に戻ってせっせと二つ折りにする。外が静かになったころにこちらの作業も終わった。10時過ぎに帰宅。

さて、いよいよ明日から金曜日までは城崎シンポジウムである。滞在中も可能であればこのブログは更新する予定だが、何しろネット環境の悪いところだし、最近留守にするとすぐ落雷でネットワークが不通になるので、どうなるかは分からない。まあ無難に終わることを祈りたい。

2009年10月24日

進路説明会

自宅でお昼をすませ、コーヒーを一杯楽しんだ後、学生の保護者向けに行われる進路説明会の手伝いをするため土曜出勤。学園祭ということで、中央の広場からは賑やかな声が聞こえてくる。集合時間の少し前に到着し、自室に入って準備をしているとノック。入ってきたのは去年担当していた4年生だった。「おお、久しぶり!」「ご無沙汰してます」「そうか、今日は後輩の様子を見に来たわけね」「ええ、それでちょっとこちらに来たら電気が点いていたので……」などとしばらく話す。じゃあこれから仕事だからと言って彼と別れた後、持って行くものを確認する。そこで初めて、集合時間を自分が勘違いしていたことに気づいた。まだ余裕があると思っていたのに、もう5分ほど過ぎているではないか。あわてて会場に走った。幸い受付の仕事には間に合ったが、スーツ姿で全力疾走というのはあまりやりたくないものだ。何をするときもいつも時間には余裕を持って、と思っているのに、たいてい何か思わぬことが起きて、最後は間に合うか間に合わないかはこの走りで決まる、という状況に陥る羽目になる。どうも間が抜けていていけない。

仕事の方は幸い無難に終わった。まあ説明会と言っても実際の具体的な説明は上の方の先生がされるので、自分は受付に立って来場した保護者に「こちらが本日の資料です、あちらからお入りください」などと言っていただけである。説明会終了後、さらに希望する一部の保護者を対象に懇談会というのも行われ、5時過ぎにすべての予定が終わった。

これで今週の予定は一応終了。明日はゆっくりできる。月曜日からはいよいよシンポジウム出張だ。

2009年10月23日

学園祭前日

出張のための書類を出して、来週の演習問題を印刷して各教員に配付して、講義の準備をして、講義をして、レポートの採点をして、小テストの採点をして……などとやっていたらそれだけで一日が終わってしまった。来週は丸一週間出勤しないことになるので、普段やっていることがその前後に押しやられ、ものすごく忙しいことになる。出張前にできることはだいたいやったと思うが、戻ってきてからがまた大変そうで今からちょっと憂鬱だ。

キャンパス内では明日からの学園祭の準備が本格的に始まっており、至る所にテントが張られていた。食堂前にはステージが設営され、機材が次々と運び込まれている。暗くなってきたころからは、バンドがリハーサルを始めた。自分の居室にいるとほとんど聞こえないのだが、事務室に所用で行ったりすると窓からドンドンいう音とヴォーカルの叫びがいやでも耳に入ってくる。私はこういうジャンルは聞かないので全然分からないのだが、そんな私でもそのとき聞こえていたヴォーカルに改善の余地があることは理解できた。やっぱり、音程というのは大事である。

普段の年なら学園祭の間はあまり大学に近づかないことにしているのだけれど、明日は来場する保護者向けに行われる進路指導・就職説明会なるものに行かなければならない。それでも仕事は午後からなので、午前中はゆっくりしていられるだろう。

2009年10月22日

折紙の番組を見る

数日前にこのブログのコメント欄で教えていただいた折紙の番組「ORIGAMIマエストロ」を見たが、期待に違わぬ内容で非常に面白かった。知らせてもらわなかったら間違いなく見逃していたはずで、middle-mountainさんには感謝したいと思う。番組ではまずMichael G. LaFosse, Eric Joisel, Robert J. Langという折紙の名手たちが登場。LaFosseのペンギンやLangのカエルなど、これまで折ってきた作品も次々に出てきた。そして折紙中興の祖である故吉澤章氏にもふれ、抽象的図形を折る折紙の世界も紹介し、そこから話をつなげて折紙と数学の関わりについての話になる。最後にThomas HullEric Demaineといった折紙研究のトップを走る数学者まで登場したのにはちょっと驚いた。私がここ数年、折紙をやっていて目にしてきた名前がほとんど出てきた感じである(神谷哲史氏など現在活躍している日本人折紙作家は出てこなかったが、作品はいくつも映っていた)。製作したのはアメリカのテレビ局だが、折紙の世界がよくまとめられていて感心。日本だったら、適当に何にも知らないタレントを呼んできて「すごーい」と言わせたりしかねないところだ。こういうのをいい番組というのである。

番組中、ジョワゼル氏が「今の若手折紙作家は技術ばかりを追求していて、折紙の持つ芸術性が薄れてしまわないか危惧している」というような趣旨のことを述べていた。そういう本人の作品は超絶技巧を駆使していて1枚の紙からできているとは信じられないものばかりなのだが、つまりそういう恐ろしい技術もすべてはその作品の表現のための道具にすぎないことを自覚しつつ折るべきだ、ということなのだろう。何となく、ピアノやマジックの世界を思い出した。

2009年10月21日

多忙な週末

今朝起きたらずいぶんと寒いのにちょっとびっくりした。そろそろ衣類などを本格的に冬仕様に移行させる必要がありそうだ。

午前中に数学演習があり、そこで回収したレポートを午後の時間に採点していたのだが、だらだらとゆっくりやっていたうえにときどき他の仕事に逃げていたので、結局今日中に終わらなかった。毎週この調子で、どうも集中して一気に片づけてしまうということができない。まあまだ時間はあるからいいやと気楽に構えていたが、よく考えたらそんな悠長なことも言っていられないことに気づいた。明日は学生のセミナーと会議で午後はあらかたつぶれるし、金曜日は情報代数の講義があるからその準備もしなければならない。おまけに今週末は学園祭で、それに合わせて保護者のために行われる進路指導説明会に出席することになっている。そして来週はシンポジウムのためにずっと出張だ。つまりもうほとんど何かする時間がないのだった。明日はできればいつもより早めに出かけて、採点の続きやその他の雑用を少しでも片づけてしまおう。

2009年10月20日

ピアノを弾く棋士

音楽とチェスは表面上はまるで違ったジャンルでありながら、どこかでつながっているところがある、という話は以前にも書いた。どこがどう、と明確には言えないのだけれど、脳の中で近い部分を働かせているような感覚があるのである。一流の作曲家、演奏家でありながらチェスも強かったプロコフィエフやオイストラフ、そしてタイマノフなど、チェスにもピアノ(またはヴァイオリン)にも卓越した才能を発揮した人物はたくさんいる。では、ピアノと将棋をともにたしなむ人はどれくらいいるのだろう。もちろん、両方好きだがどちらもヘボ、ということなら、今これを書いている人間が該当者ということになる。そうではなくて、どちらのジャンルももっと高いレベルで嗜む人、ということだ。

帰宅してから囲碁・将棋チャンネルを見ていたら、現在活躍中の棋士をゲストに迎えていろいろ話を聞く番組で、現在順位戦4連勝中という金井四段が登場した。実際に話しているところを見るのはおそらく初めてだが、将棋棋士にはあまり見えない優男で、声も何だか声優のよう。おまけにまだ23歳だというのに全く緊張している様子がなく、何を聞かれても淀みなくすらすらと答える。若い棋士はどちらかというとしゃべりはまだ慣れていない人が多いように思っていたが、最近はそうでもないのかもしれない。

ただそれ以上に興味を惹かれたのは、彼がピアノを弾くということだった。12月に棋士が何人か参加するイベントで演奏を披露するのだという。音楽に造詣の深いプロ棋士というと、歌なら内藤九段が何しろ有名だが、楽器では佐藤九段のヴァイオリンがまず思い浮かぶ。しかし男性プロ棋士でピアノを弾くという人は初めて知った。人前で弾くくらいだから、結構な腕前なのだろう。ピアノと将棋を高いレベルで両方こなす実例を見つけられたようだ。

2009年10月18日

ペダルの故障?

ピアノの方は相変わらずラヴェルを練習しているのだが、ほぼ暗譜はしたものの、まだ今ひとつ感じがつかめないでいる。何となく、自分がまだ分かっていないのではないかという気がするのだ。特に、ペダルの使い方が変なのではないかという感覚がある。今までスクリャービンとかラフマニノフばかりやってきたが、非常にざっくりした言い方をしてしまうならば、ロシアものというのはペダルを踏みたいときに踏んでいれば、一応はそれらしく聞こえてくれる。だからペダルをどこで踏んでどこで踏み直すかというのは、ある程度無意識に、足が動くままにまかせていたのである。しかしフランスものは和声の設計が繊細で、特に「古風なメヌエット」のような古典的なスタイルを意識したような曲では、いい加減にペダルを踏んでいると全体の雰囲気が壊れてきてしまうようなのだ。もうしばらくは試行錯誤が続きそうである。

ただここへきて、そのペダルに関して別の問題が浮上してきた。電子ピアノのペダルがたまに正常に作動していないような気がするのである。今日も弾いていてときどきあれっと思ったのだが、ペダルを踏んでいるのに音が突然急に減衰して切れてしまうのである。最初は気のせいだと思っていた。どうもそうではないらしいと分かってきてからも、無意識のうちにペダルを踏み直してしまったのだろうとか、電子ピアノの同時発音数の上限を超えたからかなとか、いろいろ理由を考えていた。しかし、どうもそのどれでもないようである。それほど頻繁に起きるというわけでもなく、ときどき思い出したように発生するからなお始末が悪い。何か回路の接触のような問題なのかとも思うが、原因は不明だ。電子ピアノでこういう不具合があるという話はあまり聞いたことがないのだが、よくあることなのだろうか?ペダルに気を遣おうとしているときだけに困ったものだが、まあ発生頻度としては低いので、もう少し様子を見てみようと思う。

2009年10月17日

キャンセルの連絡

この間「もう修正なしといきたい」と書いたシンポジウムの世話人の仕事だが、やはりそうは問屋が卸さなかった。昨夜になって急にキャンセルの連絡があり、宿泊者の部屋割りを一部変更しなければいけないことになったのである。他の世話人の方と夜中に協議し、新しい案を作って今日のお昼に宿側に連絡した。ところがホッとしたのもつかの間、また別の人からキャンセルしたいとメールが来た。そして夕方にまた別の人からキャンセルのメール。これでまた一部を変更する必要が生じた。作業自体は別に苦痛ではないのだが、終わったと思ったことをまたやり直すということが何度も続くと、さすがにどこかでケリをつけたくなる。明日もう一度宿側と打ち合わせをすることになると思うが、この分だとこれで最後にはならないような気がする。

夜8時頃、注文してあったマジック関係の品物が届いた。今まで一通りいじって遊んでいたが、これを人前で安心して披露できるようになるためにはかなり時間がかかりそうだな……というのが正直な感想。ピアノであれマジックであれ、人様に芸をお見せするということは生半可なことではない。

2009年10月16日

カタログギフト

帰宅して少し遅い夕飯を食べているとチャイムが鳴った。宅配便だという。誰かからプレゼントが届くということはあり得ないので、何か届くということはつまり自分がネットで注文した品物が到着したということを意味する。しかし、注文しておいたチェスソフトの最新ヴァージョンはもう一昨日届いたし、昨日発注したマジック関係の商品が来るには早すぎる。はて、何だろう。

受け取って差出人を見ると「マイプレシャスサービスセンター」とある。受取人は確かに自分だ。何だか怪しいところから怪しいものが来たなと思った次の瞬間、これが何であるかを思い出した。そういえば1週間くらい前、この4月に出席した友人の結婚式のカタログギフトの締切が迫っていることに気づき、あわてて適当にはがきを書いて出したのだった。カタログ自体はもらったときからパラパラ眺めていたのだけれど、どうもああいうものは目移りしてしまってなかなか決まらないものだ。そして気がつくと締切ギリギリになっており、ページを開いて目についたものを注文してしまうことになる。こんなことは前にもあった。今回選ばれたのは、鼻毛カッターである。

2009年10月15日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.107


2009年10月14日

女流王位戦の反則負け

ShimizuIshibashi.png今日は将棋は竜王戦の第1局と女流王位戦の第2局、そして囲碁でも名人戦の第5局と大きなタイトル戦が重なった一日だったが、女流王位戦でちょっと珍しいことが起きたようだ。石橋女流王位の優勢で迎えた終盤、石橋さんが自分の歩を飛び越えて2二角成と指してしまい、反則負けとなったのである。挑戦者の清水女流名人の方はすでに持ち時間を使い果たして1分将棋になっており、普通に指していればおそらく石橋女流王位が勝つと思われた局面だった。タイトル戦で勝負が反則という形で決着したことは過去にあるのだろうか。仮にあったとしても二歩か時間切れで、桂でもないのに駒を飛び越したということは多分初めてなのではないかと思う。石橋さんの心情は察するにあまりあるが、何とか引きずらないで次局に臨んでもらいたいものだ。

将棋ではこのように反則手を指したらその瞬間に負けということになっているが、私の理解が正しければ、チェスではその手は文字通り指せない手であるので、ルール上合法な手を指し直すことになっている。では実際に、レーティング2700以上のスーパーGMが集まるようなトップレベルの大会で今回のようなルール上指せない手が着手されたということはあるのだろうか。確かコルチノイがカルポフとのマッチを戦っているとき、「ルックに取りがかかっているときにキャスリングはできるのか」をわざわざ審判に確認したということはあったが、うっかり味方を飛び越えてしまったという話は聞いたことがない。

2009年10月13日

詰将棋解答選手権2009

帰宅すると郵便受けの中に封筒があった。開けてみると、「詰将棋解答選手権2009」が3冊。今年4月4日に全国11会場で行われた詰将棋解答選手権の出題作品や解答者の成績、当日のレポートなどをまとめて収録したものだ。広島会場の様子を報告した私のレポートも一応載っている。差出人は実行委員会のSさんで、会場の地域責任者だったからということで献本していただけるとのこと。何とも恐縮の限りだ。実は予約受付が開始された時点ですでに申し込んであり、もう2冊持っていたので、これで手持ちが5冊になってしまった。とりあえず今度街中に出たときに、手伝ってもらった広島将棋センターに1冊差し上げてこよう。

正式発表はまだのようだが、来年も同じような形式で行うことは内定したとのことである。上位入賞者に差し上げる賞品として格好のものを手に入れたことだし、また来年も広島で開催できるよう協力できればと思っている。

2009年10月12日

穏やかな休日

連休だったが、結局いつもの休日と変わらない一日を過ごしてしまった。つまりピアノを弾いたり、チェスを並べたり、詰将棋を考えたり、である。以前ならこれに、折紙を折る、が加わっていたのだが、夏に折っていた作品がどうもうまくいかなかったもので、何となく気分が乗らなくなって今は休止中。もちろんいずれ再開はするつもりだが、しばらくは時間がなさそうだ。何しろ一つ完成させるのに膨大な時間が必要なのである。まあもう少し落ち着いたら。

夕方にスーパーで買い物をした後、ちょっとだけ休日出勤して、雑用を少し片づけておいた。明日はセミナーがあって時間がほとんどつぶれるためだ。

先ほど、部屋の真ん中に扇風機が置いてあることに気づいた。もう使わなくなって久しいのに、そこに存在していることがすっかり当たり前になってしまっていて、何とも思っていなかったのだ。もちろんすぐ押し入れに収納。何だかこれだけでだいぶ部屋が広くなったように思える。もっとも、もうしばらくすると同じくらいの空間を占領するヒーターを出してくることになる。結局、部屋が広い時期は1ヶ月くらいしかない。

2009年10月11日

将棋番組を見る

日曜日だったので、寝ぼけ眼で教育テレビの将棋番組を見ていた。10時からの20分は先崎八段による将棋講座で、番組の終わりの方で詰将棋が一問出題され、続いて先々週に出題された問題の解答が発表される。先崎八段の作と思われる今週の出題作品はやさしいながらも詰将棋らしさをきちんと備えていてなかなかよいと思ったが、別の棋士の方が出題した先々週の問題の方は「うーん」と声をあげざるを得なかった。持駒の金をベタベタ並べ打ちしていくので最後にこれがきれいに消えるという趣向かと思ったら、そのまま残っておしまいなのである。捨駒もないわけではないが、単に持駒を打ち捨てるだけで、はっきり言って爽快感はない。特に詰め上がりが何かの文字の形になるというわけでもないようだし、厳しい言い方をすれば詰将棋として成立しているというだけのようだった。もう少し何とかできたのでは……と思ってしまったのは事実である。ただ将棋講座という番組の性質を考えれば、もしかしたらこういう作品の方がよいのかもしれない、と思い直した。実際の対局で読むことになる詰みはおそらくたいていこんな感じで、大駒を華麗に捨てまくったり相手方の不思議な合駒が登場したりなどということはまず起こらない。この番組を見ている視聴者の大部分は将棋が強くなりたいのであって、実戦にまず登場しそうにない妙手順など多分求めてはいないのだ。そういう意味では、これこそ需要に一番応えている作品なのかもしれない。

続いて将棋トーナメントの対局。今日は先崎八段と阿部八段の一戦で、先崎八段の振り飛車に阿部八段が右四間飛車というちょっと変わった趣向を見せたが、中盤の入口あたりで阿部八段の角を覗いた手がかなりまずかったようで、たちまち大差がついてしまった。番組終了まで30分以上も残して阿部八段が投了。どちらかのうっかりミスで早く終了してしまった対局ほど感想戦の時間がたっぷりあり、最後の最後までどちらが勝ちか分からないような熱戦に限って感想戦を放送する時間が全くないというのは、テレビ対局に昔から存在するジレンマである。

私自身は将棋を指すことは全くしない。しかしここ数年でときどきチェスを指すようになったことで、こういうプロ棋士による対局を観戦していても少し見方が変わったように思う。以前なら、例えば漫然と画面を見ていて「ああ、今日は矢倉か」とか「ふーん、また一手損角換わりね」などと思うだけだった。言ってみれば、サイコロを振って出た目を確認しているような感覚だったのだ。対局者がお互い、ああでもないこうでもないと事前に考えてきた作戦のぶつかり合いとしてその棋譜が生成されているのだという意識が希薄だったのである。もし相手がこれで来たらこの手で行こう、この定跡を指してきたらこのラインで行こう、とチェスであれこれ考えるようになった今では、指し手の背後にあるお互いの「企み」をわずかながら感じ取れるようになった気がしている。

2009年10月10日

いろいろな締切

先月末あたりからずっと、世話人をしているシンポジウムの関連の作業をしていた。普通の研究集会と違い、このシンポジウムではいくつかの宿に分かれて相部屋で宿泊するという特殊な形態をとるため、世話人はその部屋割りを決めなければいけないことになっている。これが結構大変なのである。のべにして90名くらいいる参加者を、誰はいつ来ていつ帰るのか、誰と誰が研究分野が近いのかなどということを考えながら割り振るのだが、この間買ってきたパズルみたいなもので、あちらを立てればこちらが立たず、すべてを満足する解がなかなか見つからない。おまけにやっと答えが出たと思っても、それから新たな参加の申し込みがあったり宿側との交渉で部屋を変更することになったりするから、そのたびにパズルのやり直しである。他の世話人とも協議してようやく最終案をまとめ、今日の午後に宿の担当者に送った。願わくば、これでもう修正なしといきたいところだ。

ここ数日はそれ以外にもいろいろしていた。まず楽譜の校正作業。最初に送られてきていた曲の締切が昨日だったので、目を皿のようにして原稿のミスを探していた。無事締切に間に合わせることができたが、週明けにはすぐ2曲目が送られてくることになっている。それから「プロブレム・パラダイス」の原稿執筆。次号の締切は今月いっぱいだが、平日はほとんど作業できないこと、月末はシンポジウムがあることを考えると、今のうちになるべく進めておかないといけない。そしてピアノの練習もある。いつものようにほとんど知り合いしかいないような小さな演奏会ならまだ気楽だが、さすがに祝賀会の場で弾くとなるとあまり派手なミスは許されない。それが来月の10日だからあとちょうど1ヶ月だ。その他にもあれやこれや、締切があるいろいろなことがいくつも出てくる。少なくとも今月いっぱいは落ち着かない日々が続きそうだ。

2009年10月09日

「情報」の授業

午後の講義を終え、部屋で一息ついているとノック。「はいどうぞ」というと、修士課程の女子学生だった。来週中頃までは履修登録期間、つまりどの講義を受講するかのお試し期間であるが、彼女は先週は私の講義、今日は別の先生がやっている同じ名前の講義を受けてみたという。そしてその結果、来週からはやっぱり私の講義に出ることにしたので、ついてはもし今日何か配布物でもあったのならいただけないか、というのが用件だった。しかし大学院生がなぜこんな学部生向けの講義を受けるのかと思ったら、「教職科目なんです」という答え。数学の教員免許を取ろうとしているとのことだった。

「じゃあ、先生になろうと思っているの?」
「はい……もっとももう非常勤でちょっとやっているんですけど」
「え、そうなの?数学を?」
「いえ、情報です」
そうなのだった。今は高校で情報という授業があるのである。自分が高校生だったときには全く存在していなかったものだからまるでイメージが浮かばないが、彼女の話では週2コマで、某M社のワープロソフトWや表計算ソフトE、プレゼンソフトPなどの基本的な使い方を学ぶらしい。高校で一企業の販売するソフトの使い方を実習するようになるとは、すっかり時代も変わったなあと改めて実感した次第。正直言ってちょっと違和感を禁じ得ないが、それは私がもう古い世代に属し始めているからなのだろう。

2009年10月08日

台風の進路予想図

昨日は今学期最初の数学演習があり、回収したレポートを午後ずっと採点していたらすっかり疲れてしまった。どうも学期始めというのは何をやるのも神経を使う。台風が近づいていて風がだいぶ強くなってきていたが、採点以外にも片づけておきたい仕事をしていたらまた遅くなってしまった。このところ帰りが遅くなることが多く、スーパーに行っても買いたいものが売り切れてしまっていることが多いのが悩みの種だ。台風は広島を大きくそれたので直接の影響はほとんどなく、今朝起きたときはすでに日射しも戻ってきていた。

Typhoon18.jpgテレビで台風の進路予想図を見ているといつも不思議に思うことがある。今回のように太平洋上にいる台風がまさにこれから日本列島を襲おうとしているようなとき、予想円がいつも不自然に西側へずれているような気がするのである。つまり、台風がここまで進んできた軌跡をそのまま延ばしたとき、予報円の中心ではなく右端に達するような場所に円が描いてあるのだ。そんなふうに台風が左向きに進路を変えたりすることもあるのだろうかと思っているとまずそんなことはなく、結局台風はやっぱり予報の右端ギリギリを進むのである。今回も四国の南にある時点では「紀伊半島に上陸か」という話だったが、そこまでの軌跡線を自然に延ばすと陸地とぶつかるのは知多半島のあたりで、実際にもそのように進んだ。最初はきっといろいろな気象条件を考慮した結果ああいう予報になったのだろうと思っていたが、あまりにそういうことが何度も続くので、あの進路予想図は少しだけ西寄りのバイアスをかけてあるのではないかと最近は思っている。実際の進路より東側に外すよりは西側に外す方がその後の「風当たり」が弱いだろう、という意図が働いているような気がするのだ。気のせいだろうか。

2009年10月06日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.106


盤面を斜めに貫くBの利きを巡って攻防が繰り広げられる。これをもう少しやさしくしたのが79番にある。

2009年10月05日

ラローチャの死去

先月25日にスペインのピアニスト、アリシア・デ・ラローチャが亡くなったということを、今日になって初めて知った。享年86。ニュースにはなっていたと思うのだが、出張やら新学期の準備などでバタバタしていた時期だったので、見落としてしまっていたようだ。10日も経ってからなぜ気づいたかというと、これがまさに虫の知らせというべきもので、何となくラローチャの演奏動画を検索したのである。行き当たった動画(といっても実際は静止画だが)で演奏を聴いていたら、"Descansa en Paz" とか "Rest in peace" とかみんなが書き込んでいる。それでこの人がもうこの世にいないことを知ったのだった。

アルベニスの「イベリア」はピアノ音楽史上に燦然と輝く傑作中の傑作だが、その「イベリア」の素晴らしさをラローチャの演奏によって知ったという人は多いだろう。私もその一人である。ラローチャの弾く「イベリア」の全曲演奏のCDは、それこそ何度聴いたか分からない。いくら聴いても飽きない、素晴らしい演奏である。この曲集についてはアムラン盤も持っているが、ことアムランびいきの自分であっても、こればかりはラローチャに軍配を上げざるを得ない。「イベリア」以外にもグラナドス、ファリャ、モンポウなどスペインの作曲家たちの曲は、やっぱりラローチャで聴くのがベストの選択ではないかと思っている。

ラローチャの演奏は、実は一度だけ生で聴いたことがある。あれはもういつのことだったかも定かでないが、ラローチャが来日したときにピアノサークル同期のTちゃんことH君が「あのラローチャが来るんだから聴きに行こう」と誘ってくれたのである。彼は私が返事をする前にもう8,000円のチケットを買ってきてしまっていた。当時まだラローチャの素晴らしさをよく知らなかった私は、考える暇もなく8,000円のチケットを買うことになって正直ちょっと複雑な心境だったが、今にして思えばあのとき聴いておいて本当によかったと思う。こういうことは、一度機会を逸したら、二度とチャンスは訪れないのだ。

「イベリア」の掉尾を飾る「エリターニャ」をいつか弾いてみたい、という話を3年前に書いたが、結局あれから特に進んでいない。しかしラローチャ追悼の意味も込めてまた少し練習してみたくなった。もっとも、当面は依頼された曲をやらなければいけないから、それが終わって一息ついたらちょっと考えてみよう。

2009年10月04日

演奏の依頼

夕方に市街地へ出かけたついでにピアノスタジオに寄り、少しグランドピアノを弾いてきた。電子ピアノで音を絞っているとどうも爪のカツカツいう音が耳障りで仕方ないが、グランドピアノではさほどでもないようだ。とはいえ、まだどうもうまく弾けないところがあちこちにある。練習、練習。

練習しているのには実は事情がある。来月にT大のM先生の還暦を祝う会が行われることになっているのだが、その席上でピアノを弾いてもらえないかと主催者から打診されてしまったのである。なまじピアノが趣味ですなどと言って回っていると、さらっと言えばさらっと弾いてくれると思われてしまってこんな話が入ってくるから始末が悪い。一応お引き受けしたものの、今から新しい曲をやるひまはとてもなさそうだから、現在メインに練習している「古風なメヌエット」を出すしかないだろう。まあ幸い、そういうシーンで弾いてもそれほど場違いではないのではないか。普段よく弾いているスクリャービンの怪しげな曲よりはだいぶましだ。

祝賀会ではもう一人、J大のT先生も演奏されると聞いた。T先生がピアノを弾かれるとは知らなかったのでちょっと驚いたのだが、主催者の方から、T先生はショパンのスケルツォを弾く予定だそうですと聞かされて二度びっくり。そんな華々しい曲を弾かれるとは思わなかった。何だかこちらのたどたどしいラヴェルとは好対照になりそうで、今から心配だ。

2009年10月03日

第七の封印

人からこんな記事が出ていると教えてもらった。一昨年亡くなったスウェーデンの映画監督、ベルイマンのコレクション339点が先月末にオークションにかけられ、映画「第七の封印」で使われたチェスセットに100万スウェーデンクローナ(約1300万円)の値がついたとのこと。記事によればコレクション全体では1800万クローナにもなったらしいが、そのうちの100万クローナがチェスセット一品の落札額なのだから大したものである。競売会社のページでコレクションの写真を見ることができるが、チェスセットの写真に添えられた説明によると、惜しいことに白のキングだけなくなってしまっているらしい。たくさんあるポーンならともかく、一番大きいキングだけなくなるというのも妙な話だ。どういう経緯で失われたのか分からないが、何とも残念というほかない。

実は、私はまだ「第七の封印」をちゃんと見たことがない。せっかくこういう記事を読んだのだから、この機会に鑑賞しようとDVDを探した。ところが国内ではとっくに廃盤になっているらしく、手に入るのは値がつり上がった中古品のみ。我慢して高いのを買うか、あるいは日本語字幕はあきらめて海外版を買うか。確か5年くらい前にベルイマン映画祭という催しがあって日本各地でベルイマンの映画が上映されていたことがあったと聞いたが、そういうことはこの先は当分ないだろう。それにしても、ポランスキーの「マクベス」を探したときにも思ったが、DVDはちょっと売れないとなるとすぐ廃盤になってしまう。DVDに限らず本でもそうで、売れないと判断されればすぐ絶版だ。よくない傾向である。

2009年10月02日

何かご質問でしょうか?

昨日から冬学期が始まった。先月まで妙に静かだったキャンパスも急に賑やかになっている。今日は3ヶ月ぶりに講義もしてきた。第1回の講義というのはいつもなかなかペースがつかめなくて苦労する。学生が思ったより多くてびっくりしたが、今回は必修の講義ではないから、多分2回目以降はもう少し減るだろう。

縦長の教室で後ろの方まで学生が詰まっていると、遠いところでは必ず何人かがしゃべっている。あまり目くじらを立てるのも野暮なのかもしれないが、かといって野放しにしておくのも面白くない。以前も書いたように、こういうときは普通に注意するのではなく、「あ、何かご質問でしょうか?」とやることにしている。ご質問でないことはよく分かっているのだが、こう言った方が効果があるような気がするのである。ポイントは、口調はあくまで礼儀正しく、しかし声音はどこか冷たく、顔はほとんど無表情で、しかし視線はそらさずに。実は学生時代のときの先生の真似をしているだけなのだが、ここでは誰もオリジナルを知らないから物真似だとは気づかれない。声を張り上げないでいいから、余計なエネルギーを使わずにすむのが利点だ。

とはいえ、1時間半あれこれ言いながら書き続けるとやはり疲れる。まあ数回やれば慣れるだろう。

2009年10月01日

対局の反省

この間指した3局を並べ直してみた。本やチェスソフトのご託宣を見ながらチェックしてみる。毎度のことではあるが、いやはや、ひどい。当たり前の手が全く指せていない。形勢判断もむちゃくちゃで、「やや押され気味か」などと考えていた局面は実はすでに完全な敗勢になっており、相手がたまたま決め手を逃したためにどうにか首の皮一枚で踏みとどまっていただけだった。

Position20090927.png恥を忍んで、特にひどいと思ったところを一つ紹介。私がb4にNを跳ねたところである。そこで相手が指したのは...Ra8?? さて、ここで白がどう指せばいいかは、レーティングが4桁ある人なら一瞬で思い至るだろう。NでPを取れば、ほとんどそれで試合終了だ。私だってもしこれがタクティクスの問題としてどこかに出ていたとしたら、さすがに数秒もあればきっと気づくと思う。それは、問題として出ているということから「この局面には何か勝負を決定づける手がある」ということが分かるからだ。しかし悲しいかな、実戦ではこんなに簡単な手ですら指せないのだ!(実戦ではBf3??と指してその後どんどん不利になった)「P取りをかけて……ああ、やっぱり防がれたな」などと頭の中でつぶやいているだけで、そこで思考が停止しているのである。「今相手が指した受けは、本当に受けになっているのか?」と一瞬考えるだけなのに、それすらできていない。というより、そもそもNを跳ねる時点でこれを読んでいないということが、何とも情けないというほかない。

オープニングがどうだこうだという以前の力しかないということを、改めて認識させられたのだった。