« 2009年10月 | メイン | 2009年12月 »

2009年11月30日

ワイセンベルクのペトルーシュカ

一昨日の演奏会では、各演奏者が演奏前にそれぞれ必ず何か一言述べるという趣向があったのだが、「ペトルーシュカからの3楽章」を弾いたTさんが「何を弾こうかいろいろ考えていたんですが、ネットでうっかりワイセンベルクがペトルーシュカを弾いている映像を見てしまったもので……」とおっしゃっていた。Tさんの言っていたのはおそらくこれだろう(パート2パート3もある)。脂ののりきったころのワイセンベルクが、凄まじい気迫でこの希代の難曲をねじ伏せている様子が楽しめる。かつて学生時代に所属していたピアノサークルの演奏会で、やはりこの曲に挑戦した先輩がいたのだが、弾き終わった後の打ち上げで「あれはもう機械になったつもりじゃなきゃ弾けないんじゃないですか?」と聞いたら、「いや、『なったつもり』じゃまだダメ。本当に機械にならないとあれは弾けない」という返事をもらったことを思い出した。しかしこの映像を見て弾こうと思い立ち、実際に演奏会に出すところまで持って行ってしまうTさんもすごいと思う。

まあもちろん自分はこういう曲を弾くことはできない。今回は珍しくラヴェルなんて弾いてみたが、次回はまた弾き慣れたロシア系(スクリャービンかラフマニノフ)に戻ろうかというのが今の考え。もっとも、そのときそのときで弾きたい曲が始終変わるので、年が変わるころにはまた全然違う曲を練習し始めているかもしれない。

2009年11月29日

チェス喫茶でチェスを指す

ホテルをチェックアウトすると神戸を発って大阪へ向かった。行き先はもちろんチェス喫茶である。1局目の対局開始には十分間に合うはずだったが、尼崎を過ぎたところで「線路内に人が立ち入った」ということで10分ほど遅れてしまい、ギリギリになってしまった。急ぎ足で向かう途中、漫才師の海原はるか師匠と思われる人とすれ違った。マスクはしていたが、あの髪型、間違いない。

無事対局には間に合ったが、さて結果は……。
 相手のレーティング
1. 1658         白番 26手 勝ち
2. 1510         黒番 51手 勝ち
3. 1551         白番 46手 負け
というわけで、2勝1敗。ただ、内容は相変わらず反省することだらけだった。1局目が一番中身はまともで、もちろんまずいミスもずいぶんしたが、やりとりとしてはまだまともだったと思う。2局目がひどかった。相手の方はあまり時間を使わずに思いついた手を指してくるので、ほどなくして1ポーンアップになり、それが2ポーン、3ポーンとどんどんPの数に差ができていく。これはもうよほどまずい手を指さない限り何とかなるだろうと高をくくっていたのだが、相手のチェックに広い方へ逃げたつもりの手が大悪手。いきなりメイトの危機にさらされてしまい、必死で防ごうとするもきわめて危険な形になってしまう。絶体絶命になったとき、何と2手メイト(将棋でいう3手詰)を相手が見逃し、これで再び逆転してやっと勝ちを拾ったのであった。縁台将棋もいいところで、まああれは負けと同じである。自分の無能さに慨嘆しつつ臨んだ3局目は、序盤で私が不用意な一手を指し、それを的確に咎められた。中盤でQ交換をした直後に技をかけられB損になり、以後も粘ってみたが冷静に対応されてなすすべがなかった。これはほぼ完敗だったといっていいだろう。

チェス喫茶を出たのは6時少し前。6時45分に新大阪駅を出る新幹線に乗って広島に帰った。これで「ハレ」の日はおしまい。明日からはしばらく「ケ」の毎日である。

2009年11月28日

六甲でラヴェルを弾く

今日は演奏会。9時44分に広島を出る新幹線で神戸に移動する。車内ではKubbelのエンドゲームスタディを調べていたが、すぐ眠くなってきてしまい、岡山から先はずっとウトウトしていた。このところ早起きしなければいけない日が続いており、睡眠不足の状態がなかなか解消されない。学生時代は実家から大学まで行くのに1時間半近くかかり、その行程の大部分はひたすら電車の中で居眠りしていた。今にして思うと、あれは足りない睡眠を補完する貴重な時間だったような気がする。電車の揺れというのは、とかく眠気を誘発するのである。

11時40分頃に会場到着。すぐリハーサルで少しだけ試し弾きをさせてもらう。お昼は出演者でたまたま居合わせたIさんと近所の寿司屋で。会場に戻ってまもなく演奏会が始まった。自分の出番は第2部の3番目だ。今回は幹事の指示で、演奏前に何か一言コメントせよということになっていたので、ラヴェルを人前で弾くのは初めてであること、今月上旬に偉い先生の還暦を祝う祝賀会の場で今回の曲を弾いたという話をする。演奏の方は相変わらずミスだらけだったが、それでも全体的には祝賀会のときよりはだいぶうまくいったと思う。ミスはどう頑張ったところで出るものだが、大事なことは止まってしまったり弾き直したりして音楽の流れを断たないことだ。今回はその最低限の条件はだいたいクリアできたので、事前の練習量を考えれば、まああれくらいでよしとしなければいけないだろう。自分の演奏が終わった後は気楽に他の方の演奏を楽しんだ。毎回思うことだが、みんなそれぞれ仕事を持って忙しいはずなのに、よくまあここまで仕上げてくるものだ。熱演を聴いているうち、自分は次は何を弾こう、とまたあれこれ思いを巡らせるのだった。

終了後、駅前の居酒屋に移動して打ち上げ。7時頃から3時間近く、ときどき座席を移動していろいろな方とお話しした。次回の演奏会はすでに幹事が決まっており、来年の5月にもうホールを予約済みとのこと。しばらく忙しい日々が続きそうだが、何とか出演できるよう今から選曲を考えていこう。また、さらにその次の回の演奏会について、幹事をやりませんかと打診されてしまった。出演してばかりでいつまでも仕事をしないわけにもいかないから、多分やることになるだろう。来年の今頃がそれほど忙しくないことを切に願う。

12時頃ホテルにたどり着いた。これで半年に一度のピアノ祭りは終わり。明日はモードをチェスにシフトする。

2009年11月27日

直前の悪あがき

今日も朝から会議で早めに出かけた。毎日いろいろな雑用が降ってくるのでなかなか落ち着く暇がない。あれが終われば一息つけるかな、と思っているとその上から新たな懸案事項が降り積もってくる。きっと本当に忙しい人に比べれば自分はまだ全然大したことはなくて、どこかで集中しててきぱきやれば片がつく程度に違いないのだ。しかしどうも要領が悪くていちいち仕事が遅いものだから、積み上がっている仕事の量がずっと変わらない。年末までおそらくこんな調子だろう。

夕方、仕事に一区切りついたところで車で市街地まで出かけ、ピアノスタジオで本番前最後の練習をしてくる。今さら何をしたところで大した意味はないことはよく分かっているが、1曲目の「HAYDNの名によるメヌエット」はかなり最近になって弾くことを決めたため、実はほとんど電子ピアノでしか練習していなかったのだ。付け焼き刃ではあるけれど、やはり少しはグランドピアノの感触を確認しておきたかった。1時間かけて何度か通して弾き、何とかごまかせるかなというめどがついたところで悪あがきは終了。すぐとって返して大学に戻り、まだやり残していたレポートのチェック作業をすませてから帰宅した。

明日は神戸で演奏会、明後日は大阪でチェスを指してくるつもり。どちらも惨めなことになりそうだが、せいぜい楽しんでこよう。

2009年11月26日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.111


2009年11月25日

足りない時間

午前中は数学演習。午後は回収したレポートの採点といくつかの雑用。7時過ぎに折紙の本が届くことになっていたので、それに間に合わせる形で帰宅した。

夕飯の後にまた電子ピアノで少しだけ練習する。数日後には演奏会があるというのに、何だか全然緊張感がない。今さらじたばたしても、とすっかり諦観してしまっているのである。実際、今週はいつも以上に忙しくて全く時間に余裕がない。明日も早朝に出かけなければいけないし、日中は4年生の卒業研究の様子を見て、夕方からは長引きそうな会議が待っている。明後日も朝一番から会議があり、レポートなどの採点をやって午後は講義。ただ、その後に一瞬だけ時間がとれるかもしれないから、無理をしてピアノスタジオに駆け込んで最後の悪あがきをしようか。だが締切のある仕事も抱えているし、来月の発表の準備だってまだ全然していないのに、そんなことをやっていていいのか……と心は千々に乱れるばかり。やっぱり何をやるにしても、必要なのは時間、足りないのも時間である。

2009年11月24日

日常への回帰

遠出の翌日で少しゆっくりしていたかったが、そうも言っていられない。今日は朝から補講を入れてあったのである。先月末、城崎に出張していてお休みした分の埋め合わせだ。ゆっくり朝食をとっていると遅れそうだったので、机の上にあったみかんを持って出かけ、コンビニでサンドイッチを買って大学の自室で食べた。みかんの最後の1粒を口に放り込むとすぐに講義室へ。さすがに学生は普段よりはだいぶ少なかった。補講が終わると次は会議。幸いこれは1時間ちょっとで終わった。もう食堂は学生でごった返している時間だったので、弁当を買ってきて自室ですませる。食べ終わって一息ついたころ、H大からI先生が到着。今日の午後はセミナーをすることになっていた。Hさんも加わり、いつもの3人であれこれ議論する。夕方に散会。その後いくつか雑用をすませてから帰路に就く。昨日までとは打って変わり、典型的な日常の一日。帰るころは本降りの冷たい雨で、快晴だった高知での一日とは天気までもが対照をなしていた。

今回の出張で分かったことは、このブログは自分が思っている以上にいろいろな人から見られているということだ。携帯からチェックしている人も結構いるらしい。これはますます、滅多なことは書けなくなってきた。気をつけよう。

2009年11月23日

高知滞在最終日

研究集会最終日。今日は大学が停電になるということで、街中の公共施設が会場になっていた。ホテルをさっさとチェックアウトし、帯屋町商店街を歩いて喫茶店で朝食。チェスの問題集をにらんでいるところで声がして顔を上げると、S大のM先生。やはりホテルを抜け出してきて朝食に来たとのことだった。店を出たのは9時過ぎで、さらにぶらぶら西に進んで会場に到着。昨日から一転、雲一つない青空で外を歩くのが心地よい。

午前中の講演が終わり、研究集会の日程はすべて無事終了。帰りのバスまで時間があったので、世話人のFさんの車に乗せていただき、もう一人の世話人のKさんと3人で春野の鰻屋へ。去年も連れてきてもらったところだ。いつも混んでいるだけあってやはりおいしい。食べながらあれこれ雑談していて、店を出たときには2時近くなっていた。Kさんを空港まで送り届けた後、Fさんのご自宅にちょっとだけお邪魔させてもらった。2歳3ヶ月になるY君を抱かせてもらいながらその場で思いついた折紙を折る。昨日の懇親会会場でも会っているとはいえ、見ず知らずの他人に抱かれてもまるで動じず、不敵な笑みを浮かべながら落ち着き払ってこちらをじっと見ている。うーん、これは将来、かなりの大物になると見た。バスの時間が近づいてきたので、Fさんご一家にバスターミナルまで車で送ってもらう。広島行きのバスの前で皆さんにご挨拶をしてお別れした。

9時頃、自宅に帰り着いた。今年の高知出張も最初から最後まで楽しく過ごすことができた。来年も今から楽しみだ。さて、明日は補講でいつもより早く出かけなければならない。今夜はさっさと寝よう。

2009年11月22日

懇親会でまた余興

研究集会二日目。ホテルははりまや橋と高知駅の中間地点にあり、はりまや橋から路面電車に乗るか、高知駅からJRに乗るという2つの選択肢があったが、最初の講演の10分前にK大学の最寄り駅に着く電車があったので後者を採用する。外はどんよりとした曇り空で、この後冷たい雨が降ることを予感させた。午前の部が終わり、Tさんらとお昼を食べに行くところで果たして雨が降り始める。今日はずっと降り続きそうだ。

午後の部の講演が終わり、いったんホテルに戻って一息ついた後、懇親会の会場へ急ぐ。思っていたより時間がかかってちょっと慌てたが、6時半の開始時間にちょうど間に合った。今年の研究集会はTK大のF先生の還暦をお祝いするという意味を持っていたので、場所も毎年のような飲み屋ではなく、お座敷のようなかなり立派なところである。しばらく歓談した後、F先生にゆかりのある何人かの先生方からスピーチがあり、さらにしばらくしてから余興の時間になる。まず世話人のFさんの2歳になる息子さんのかわいいダンスがあり、G高専のKさんによる剣玉の妙技が披露された。そこでFさんに「何かやる?」と言われたので、持ってきてあったカードでおそるおそるマジックをやる。つい先日、別の先生の還暦記念パーティーで別の種類の余興をやったばかりで、すっかり数学界の還暦余興芸人である。マジックはこういう大人数向けのレパートリーはまだ安心してできるものがほとんどなく、結局また日頃よくやっている定番のものですませてしまった。こういうときに、あれにしようか、これにしようかと迷えるくらいにしておきたいものだ。席に戻ってからも何かやれと言われたので、近くにいた人を相手にクローズアップ系のマジックを1つ。やっぱりこうやって目の前で少人数相手に見せるタイプの方が、どちらかといえばやりやすい。それにしてもここ数年、H大の非常勤講師の最終回と高知の懇親会でやるというのが慣例化しつつある。H大の方は毎年客層が入れ替わっているからいいが、高知の方はネタがつきてきてしまった。今後の課題である。

最後にF先生からお言葉があり、それからみんなで記念写真を撮って9時半頃に懇親会は終了。まだ飲みに行く人もいたようだが、自分は失礼させてもらい、10時頃ホテルに戻った。

2009年11月21日

高知到着

寝不足だったが頑張って早朝に起き、7時半に出るバスで家を出発。8時ちょうどにバスセンターから高速バスに乗って高知へと向かった。高知での研究集会は2003年に初めて参加し、2005年からは毎年訪れている。3年前一昨年去年とこの高速バスでの移動にもすっかり慣れた。

去年から建て替えられてすっかり立派になった高知駅に到着したのは正午前。駅構内でお昼をすませ、少しゆっくりしてからK大学に移動して午後の講演を聴く。今年はいつもは見かけない方も結構いたように思う。特に師匠のK先生が来ていらしたのは予想外だった。終了後、路面電車ではりまや橋まで移動する。いったんホテルにチェックインして荷物を置いた後、ご家族でいらしているTさんに同行させてもらって夕飯。1歳半くらいになるお子さんの食欲が旺盛で、何を出されてもうれしそうに食べていた。持っていた紙を正方形に切ってその場ではばたく鶴を折ってあげたが、考えてみると普段折っている超複雑系の折紙とはまた別に、こうやってすぐ折れてしかも子供が興味を示す作品のレパートリーももっと持っていた方がいいかもしれない。

8時過ぎにはホテルに戻った。

2009年11月20日

不自由な一日

普段通りに出勤したら、何やらいつもと様子が違う。廊下に何やらいろいろ荷物が出してあって、床には養生のシートが敷かれている。自室を開けると、中はいつの間にか机が移動され、天井からぶら下がる形で張られたビニールシートに本棚やデスクが全部覆われていた。その光景を見てやっと思い出したが、今日から3日間は部屋の空調機器を取り替える工事を行うことになっていたのだった。天井に入った大型の機器を交換するかなり大がかりな作業になるため、原則として使用者は部屋に立ち入れないことになっていたのだ。少し前に通知が来ていたのに、今日からだということをすっかり忘れていた。

しかし部屋に入れなくては仕事ができないので、工事の人に無理を言ってビニールシートをくぐらせてもらい、メールのチェックなどを大急ぎで行ってから必要なものを持ち出す。とにかく今日一日はどこか別の場所で過ごすしかないので、うちの講座が持っている別の部屋を避難場所として使うことにした。ただ、いろいろ作業をしていると、どうしても部屋に戻らなければいけない用事が出てきてしまう。そのたびに5階の一時避難部屋から8階の自室に上がり、工事の合間を見て急いで用事をすませる、ということを何度となく繰り返す羽目になった。おかげで歩数計の数字は普段の倍以上だ。もちろん普段の金曜日通り講義もしたし、さらに来週の火曜日朝から補講をする予定を入れてしまったので、その準備もしなければならず、さすがにくたくたになってしまった。

忘れていた工事のせいで不自由な思いをしたが、まあとにかくだいたいやっておくべきことはやった。明日は朝8時の高速バスで高知に出張。向こうに着くのはお昼頃で、午前中の講演が聴けないのは残念だがやむを得ない。月曜日の夜にこちらに戻ってくることになっている。

2009年11月19日

アップライトピアノでの演奏

夕飯の後にヘッドホンで少しだけピアノを練習した。実は先週人前で演奏してからどうもあまり気分が乗らなくなってしまい、ピアノに向かう時間がやや減ってしまっている。やっぱり同じ曲を何度も弾くというのはモチベーションを保つのが難しい。とはいえ、来週もう一度弾かなければいけない以上、ずっとサボってもいられない。「古風なメヌエット」1曲だけではさびしいので、前菜として「HAYDNの名によるメヌエット」も弾くことにした。緊張を和らげるために、プログラムはこうやっていつもスローな曲から始めることにしている(この間はそういうこともできなかった)。メヌエット2曲といういたっておとなしい組み合わせになってしまったが、たまにはこういうのもいいだろう。

言い訳になるが、今にして思うと先週の演奏が今ひとつだったのは、ピアノがアップライトだったことが結構大きかったような気がしている。当日会場に行くまではグランドピアノだろうと勝手に思い込んでいたので、事前に想像していたのとはだいぶ違う形で弾くことになった。そういうイメージとの乖離は、精神的にはあまりいい影響を与えないものだ。それにアップライトというのは演奏者と聴く人との距離があまりに近い。物理的な距離ということではなく、聴衆が自分のすぐ近くに存在しているという意識がどうしても生まれてしまい、ただでさえ足りない集中力がいっそう削がれることになってしまう。これまで演奏会以外では何度か友人の披露宴でピアノを弾く機会があったが、一番うまくいかなかったのは電子ピアノを用意されたときだった。自分の演奏などピアノを選べるレベルでないことはよく分かっているが、技術やタッチ云々ということよりメンタル面を考えると、正直言ってグランドピアノの方がいいなと思わざるを得ない。とはいっても、演奏を依頼されて「グランドピアノがなければ弾けない」などとはもちろん言うわけにはいかないのが難しいところではある。

まあ、所詮は言い訳である。

2009年11月18日

先輩と会食

大学時代のピアノサークルで1年先輩だったKさんが、仕事で広島に来ているから会いませんかとメールをくれた。明日まで行われている会議に出席するため、広島駅そばのホテルにいるという。8時にお仕事が終わるとのことだったので、ちょうどそのころに到着するように勤務先を出た。ホテルのロビーで無事合流し、駅構内の店で牡蠣などを食べつつ1時間半ほど近況を語り合う。もう何年もお会いしていなかったが、見た目は昔と全く変わっていなかった。国内、海外を問わずあちこちに出張されているようだが、その一方でピアノや将棋(ボナンザと指して4割くらいの勝率だそうだからかなりの強豪)の活動も相変わらず積極的に続けているとのこと。近々ご結婚もされるとのことで、公私にわたり充実されているようだった。

9時半頃、ホテルでお別れして帰路に就いた。

2009年11月17日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.110


この作品は当初、白のKがd6に、白のPはe4に置かれていた。したがって初手は1. e5だったのである。しかしKubbelは、KとPをそれぞれc5とe5に配置すれば上で述べたように1. e6? f6 2. Kd6 Ke8という紛れが生じることに気づき、すぐ改作したのだった。

2009年11月16日

ホテルの予約

今度の連休は高知へ出張することになっている。初めて高知に行ったのは友達と旅行した12年前だが、最近はこの時期に行われる研究集会に参加するのが目的で毎年足を運んでいる。今朝になって、まだそのホテルを押さえていなかったことに気づいた。いつでもできると思っているうちに、いろいろなことがあってすっかり忘れてしまっていたのである。しかし高知には安くていいホテルがたくさんあると分かっていたから、全く心配していなかった。

だから予定の日程で検索して候補が1件しか出てこなかったときは、さすがに「えっ」と声をあげてしまった。駅前にもはりまや橋周辺にもビジネスホテルはずいぶんあるはずなのに、1つも引っかからない。ただ1つ表示されたのは、高級割烹料亭みたいなところだった。

広い和室に新鮮な土佐料理。ごゆっくりおくつろぎください……28,000円
バカも休み休み言えってんだよ、とぶつぶつ言いながら検索条件を変えていろいろ試してみる。どうやら22日の夜はそれなりに空きがあって選べるようなのだが、21日の夜がどこもかしこも満室のようだ。高級ホテルから安宿やユースホステルに至るまで、全部が全部埋まっているのである。京都・奈良ではあり得る話だが、3連休の初日とはいえ、高知でここまでホテルが見つからないという状況は全く想像していなかった。しかしこれは困ったことになった。もう往復の高速バスのチケットを昨日買ってしまったのだが、現地に行ったところで泊まるところがなかったらどうしようもない。いくら何でも28,000円出してごゆっくりおくつろぐという選択肢はないだろう。とはいえ、ホテルのせいで出張をあきらめるというのも情けない。どうしたものだろうか。

解決策が見つからないまま逡巡し、もしK大のFさんに一夜の宿をお借りできませんかと申し出るとしたらどれくらいの菓子折を持って行ったらいいか、などというところまで考え始めていたとき、ホテルの検索結果画面をふとリロードしてみたところ、突然新しい候補が出た。はりまや橋の南側にあるホテルだ。どうもたった今キャンセルが出たらしい。この期を逃さず予約を入れる。かくして今朝突然発生した心配事は、お昼前に無事解決した。その後ときどき検索を繰り返していたところ、数時間後にもっと場所がよくて安いホテルがまた突然出たので、先ほどのはキャンセルしてこちらに変更。ここは前に泊まったことがあるから場所もよく分かっている。ようやくこれで一安心である。

朝っぱらからいきなりとんだ汗をかかされてしまった。やっぱり宿泊先は早いうちに確保しておくにこしたことはない。

2009年11月15日

ワイシャツ、コーヒー豆、リーマン予想

日中は自宅でピアノを弾いたりチェスの棋譜を並べたりしてゆっくり過ごし、暗くなってから市街地に出かけた。デパートの紳士服売場を歩いているときにワイシャツでも買い足しておこうかなとふと思い立ち、陳列用のワゴンに整列しているワイシャツたちを見ていく。私のサイズは39-78。ところが、これだけたくさん並んでいるのに一つもない。39-76はある、38-80もある、40-78もある、でも39-78は嫌がらせでもしているかのように避けられているのである。本当は首回りは38でも入ると思うのだが、少し楽なものがほしかったのだ。周囲で暇そうにしている店員に「すみません、39-78を探しているんですが……」と聞いてみると、同じように一通り探してみてから、「ないですねえ。でもこちらでしたら……」と奥の陳列棚から出してきた。見ると3倍以上の値段である。モノはいいのだろうからちょっと迷ったが、これで買ったら何だか向こうの策略にはめられてしまったような気がして、結局やめてしまった。当然買えるだろうと思っていたものが買えないというのは、どうもあまり愉快でない。

その後、地下街のスタバに行く。勤務先の自室に置いてあるエスプレッソマシーン用の豆を挽いてもらうためだ。しばらく休止していたが、だいぶ寒くなってきたのでそろそろ再稼働させようというわけである。こちらではちょっとコーヒーに詳しいらしい店員が、その場で挽き方の細かさを変えたものを少量作ってサンプルとして持ってきてくれたり、待っている間にコーヒーを少量サービスしてくれたり、買ったものとは別の豆を挽いたものも少しつけてくれたりといい応対をしてくれたので、さっきのワイシャツ売場で感じたもやもやがだいぶおさまった。やっぱり買い物はこうありたいものだ。

夕飯をすませてから9時40分頃に帰宅し、何となくテレビをつけると「……数学者を惹きつけてやまないリーマン予想……」というナレーションが聞こえてきてびっくりする。どうやら9時からリーマン予想に関する番組をやっていたらしい。45分番組で最後の5分しか見られなかったが、どうもこれは時間を半分にした短縮版で、1時間半の完全版は今度の土日にやるようだ。2年前にもポアンカレ予想の番組をやっていたが、リーマン予想もテレビで紹介されるとは思いもよらなかった。結構こういう番組も需要があるのかもしれない。

2009年11月13日

マスクをしたチェスプレイヤー

昨日、学生と話していたら「この間、リアルに新型かかったんすよ」と言われた。「リアルに」という言葉の意味は、この夏に彼が体調を崩したとき、新型インフルエンザかもしれないと思って医者に行ったらただの風邪と診断された、という一件があったためだ。今度は本当にそうだった、というわけである。学生の間ではかかる人もだいぶ増えてきたようだが、教員がやられたという話は聞かない。自分もこのところあちこちに出張しているが、今のところ大丈夫なようだ。もっとも、ここ2年ほどは寒くなってから体調を崩すことが多いので、これからは気をつけなければいけない。

現在モスクワで、かつての世界チャンピオン、Mikhail Talの名前を冠したTal Memorialというチェスの大会が行われている。参加しているのは全員レーティングが2700以上のスーパーグランドマスターと言われる強豪だ。その第5ラウンドで、ちょっと面白い光景が見られた。対局者の一人、Vassily Ivanchukがマスクで登場したのである。そのときの様子を伝えるニュース映像を見ると、他のプレイヤーもその姿に笑いをこらえきれないようだ。どうも対戦相手のMagnus Carlsenが大会前に風邪をひいていたらしく、それを聞いてウィルスをうつされないか不安になったらしい。

日本人にとってはマスクをするというのは日常的にありふれた行為だが、海外では相当奇異な行動と思われる。ましてトップレベルのプレイヤーがチェスの対局中にマスクをしていたというのは、おそらく前例がないだろう。実は私は以前、蒲田でチェスの大会に出たときにマスクをしていたことがある。しかしイワンチュクのつけているバカみたいな大きさのマスクではなかった。対局相手がこんな大きいマスクで登場したら、日本人であってもちょっと笑ってしまうかもしれない。

2009年11月12日

木と湿気

先日、匹見町のパズル販売所に行ったとき、2ヶ月前にそこで買ったサイコロのパズルを持って行った。もちろん返品しようとしたわけではない。その前日の夜にそれをいじっていて、思わぬことが起きたからである。

DicePuzzle.jpgこれはサイコロの目の形に穴が開けられており、中の空間に玉が1個入っている。それぞれの穴は真っ直ぐ奥まで続いているので、六面のそれぞれから通された穴が内部で複雑に交差し、迷路のような状況を作り出している。サイコロを傾けると中の玉が移動するが、2から6の目の穴は直径が玉より小さいため、そこから玉をサイコロの外に出すことはできない。唯一、1の目だけは少し玉より大きく作られている。うまくサイコロを操って玉を1の目から外に出せ、というのがタスクである。サイコロというよく知られているものの形状をうまくパズルに応用しており、実によくできていると思う。

ところが裏匹見峡行きの前夜、久しぶりにこれを手にとって1の目から玉を出そうとしたところ、驚いたことに玉が1の目から落ちてこない。入口の部分で引っかかってしまっているのである。確かに買ってきた当初はここから玉はポロッと出てきていた。そんなバカなと何度もやってみるが、結果は同じ。玉はカツンと引っかかり、球体の一部を外に出したところで止まってしまうのだった。

匹見町の木工組合にこのサイコロパズルを持っていたのは、この前日に発生した思わぬ事態を店のおじさんに見てもらうためだった。以前は通っていたはずの穴に通らないんです、と現物を見せると、おじさんはさして驚く風でもなく、ああそれか、とでもいうような表情でサイコロを手に取った。「ちょっとお待ちください」というと奥の作業場に一瞬消え、すぐ戻ってきたときには、サイコロはまた元のように1の目から玉が出入りするようになっていた。少しヤスリで削ってくれたらしい。おじさんの説明では、木というものは湿気によってかなり膨張するものであり、1ミリくらいは簡単に大きくなってしまうのだそうだ。木製品のパズルというとビル・カトラーの作品に代表される組木パズルが思い浮かぶが、日本のような湿気が多い気候ではこの問題があるため、こうした組木ものは容易に作ることができないという。木がそんなに環境によって変化するとは知らなかったので、今回のこの一件はなかなか勉強になった。

これからは空気が乾燥する時期に入るが、加湿器をがんがんかけているとまた穴の直径が小さくなるかもしれない。定期的にチェックすることにしよう。

2009年11月11日

研究集会三日目~帰広

研究集会三日目。今日はもう最初の講演開始までに会場に到着するのはあきらめた。雨があまりにひどかったからである。研究集会に出た後にその足で広島に戻るつもりでいたので、荷物が昨日よりずっと多い。土砂降りの中、少しでも濡らすまいと小さな折りたたみ傘の下で胸のあたりまでバッグやガーメントケースを引き上げながらとぼとぼ歩くのは、恐ろしくエネルギーを消費する行為だった。最寄りのバス停にたどり着くまでにもうどっと疲れてしまい、これは品川かどこかのコインロッカーに預けて身軽になろうと決める。デイパック一つでT大に行き、最後に新幹線に乗るときに回収すればいい。

ところがそうは問屋が卸さなかった。品川駅のコインロッカーに行ってみたところ、「11月11日(水)~11月14日(土)の間、コインロッカーの使用を中止させていただきます」の張り紙に出くわす。米国大統領が明後日に来日するため、警備が強化されていたのだ。よりによって今日から使用中止とは、全くツイていない。やむなくバッグをときどき持ち替えつつ、山手線に乗り換えて渋谷に向かう。駒場の駅で降り、大量の学生とともにまた激しい雨の中を歩く羽目になった。ようやく講演会場に着いたときはもうくたくたである。晴れていれば少しくらい荷物が重くてもそれほど苦にしないのだが、片手で傘を常に保持していなければいけないという状態は、それだけで荷物がもう数キロ重くなったようなものだ。コインロッカーの件といい、一昨日の山手線の件といい、どうも今回の出張は運がない。

午前中の講演が終わった後、会場で会ったK大のFさんとお昼を食べる。Fさんはかつてうちの実家の近くに住まれていたことがあり、あのへんのローカルな話題で盛り上がった。来週末からのK大での研究集会にはもちろん参加するつもりで、今から楽しみだ。Fさん一家にも一度広島に遊びに来てもらいたいものである。昼食後、Fさんと別れていったんT大に戻り、学生のS君と少しだけセミナーをする。2時半頃に駒場を離れ、帰路に就いた。広島では雨はやんでいた。

いろいろあって疲れてしまったが、とにかくこれでこの出張も何とか終了。明日からまたいつもの日々が始まる。とりあえず、今日他の先生に担当を代わってもらった数学演習のレポート採点からだ。

2009年11月10日

研究集会二日目~ピアノを弾く

研究集会二日目。今朝は寝不足に加えて何だか腹の調子が悪くて出かけるのが少し遅くなったが、電車は昨日のように乱れることもなく、結果的には昨日より早く会場に到着できた。

にも書いたように、今日はM先生の還暦を祝う祝賀会の席でピアノを弾かなければならないことになっていた。午前中の講演が終わり、お昼をすませると、キャンパス内にある祝賀会会場の下見に行く。ピアノの様子をできれば確認したかったのだが、会場は大学の合唱団サークルの同窓会らしきことが行われていた。中を覗くと、部屋の中央で20名くらいのかなりお年を召された方たちが会食しており、部屋の奥にアップライトピアノが1台置いてあるのが見えた。グランドピアノで弾くのだろうとばかり思っていたが、どうもそれらしいものは見あたらないから、どうやらあのアップライトを使うらしい。試し弾きができなかったので、やむなくそのまま研究集会会場に戻った。

午後の講演が終わると他の人より少し早めに祝賀会会場に移動。ここでようやくピアノを少しだけさわらせてもらうことができた。"LAZARE"というよく知らないブランドで、鍵盤のタッチは軽くて深い。正直言ってあまり弾きやすい感じはしなかったが、まあ所詮は余興、そもそも調律がどうの、タッチがどうのと文句をつけるレベルではない。ドを弾いてドの音が出てくれれば、それでよしとしなければならないだろう。

6時半から祝賀会開始。S先生の挨拶、Y先生の乾杯の後に歓談タイムがあり、7時15分くらいからM先生の生い立ちを紹介するスライドショー。予定ではこの後、M先生とゆかりのある先生方が5人出てきてスピーチし、7時45分からピアノという段取りだったのだが、スライドショーも5つのスピーチも予定時間を超え、さらに飛び入りでI先生も6人目のスピーチをしたため、予定時間を大幅に超過してしまった。8時半くらいにようやく名前を呼ばれて、ちょっと落ち着かない気分でピアノに向かった。

結果的には、演奏はあまりうまくいかなかった。ある程度ミスをするのは仕方ないとは思うが、もうちょっと何とかしたかったと思う。いつもの演奏会より緊張していたのは確かだった。舞台に一人で立つ演奏会と違い、周りを取り囲まれているというのは、精神的にはあまりよくない。特に鍵盤のすぐ脇に座られていると、視線をどうしても過剰に意識してしまう。加えて、時間が押していて自分の間で演奏するのは憚られる気がしたということもある。普段の演奏会ではまずスローテンポの曲をプログラムに入れて指を慣らすのだが、もちろんそういうこともできなかった。とまあいろいろ言い訳はあるが、結局実力通りの演奏しかできなかったといっていいかもしれない。

自分の次にJ大のT先生も演奏を披露した。当初はショパンのスケルツォを弾かれるということだったが、時間がないということで、スクリャービンの左手の前奏曲に変更されていた。まあ会場の雰囲気からいっても静かな曲を弾いた方がいいと判断されたのだろう。最後にM先生へ記念品と花束の贈呈があり、M先生の締めのスピーチがあって祝賀会は終わった。真っ直ぐ帰るのもつまらない気がして、Q大のT君、H大のK君と3人で渋谷のスタバに1時間ほど滞留してから帰路に就く。

正直言って演奏の出来はいまいちだったが、とにかくこれで先月のシンポジウム世話人に続き、今年後半の大きな懸案事項がまた一つ終わった。今月末の演奏会のいい予行演習ができたと思うことにしよう。明日は研究集会に出た後、その足で広島に戻る予定。

2009年11月09日

研究集会一日目~朝の電車トラブル

今日から研究集会だが、今朝はいきなりとんだ汗をかかされた。十分余裕を持って最寄り駅から総武線に乗り、これはゆっくりできるなと思ったのも束の間、錦糸町駅を過ぎてから「山手線は内回り、外回りとも運転を見合わせております」とのアナウンス。もうちょっと早く言ってくれれば錦糸町で半蔵門線に乗り換えられたのだが、仕方ない。いろいろな選択肢を考え、とりあえず御茶ノ水駅で下車。ここから地下鉄に乗る手もあったが、ちょうど快速が来たので新宿まで行ってしまうことにした。まもなく山手線運転再開の案内が出たのだが、新宿駅山手線ホームは人で立錐の余地もない状態で、これはあきらめた方がいいと判断する。何しろぐずぐずしていたら講演開始に間に合わない。幸い、小田急線のホームへ走るとちょうど急行が出るところで、うまく乗り込むことができた。あとは下北沢で井の頭線に乗り換えればいいだけ。何とか研究集会の開始前に駒場に着けそうだ。

どうもここで安心したのがいけなかったらしい。下北沢駅で降りて井の頭線のホームに向かうと、ちょうど上り電車が発車しようとしているところだった。空いているところを見つけて急いで飛び乗り、やれやれと一息ついて顔を上げた視線の先にあったのは、「急行渋谷行」という電光掲示板の文字。しまった、と思った次の瞬間、ドアはゴロゴロという音とともに閉じられた。あろうことか、急行と各駅停車との種別を確認しないという凡ミスを犯してしまったのである。かつて東京にいたときは、こういうことは絶対しない自信があった。間違えて乗る人のことが信じられなかったくらいだ。やはり広島暮らしが長くなると、こんなところにも影響が出てくるらしい。渋谷まで行ってまた舞い戻るとなると、講演の開始には大きく遅れるだろう。山手線ストップというトラブルにもめげず、ここまで電車を乗り継いできたのに……がっくり来た。

ところが、神は我を見捨てていなかったのだ。井の頭線はいつも先頭車両は凄まじく混雑する。いったん閉まったドアだったが、人が挟まってどうしても閉じなかったところがあったらしい。プシューッという音がして、ドアが一瞬だけまた開いたのである。この機を逃さず外に飛び出した。ホームに降りるとすぐに後ろでドアが再度閉じられ、急行は渋谷へ走り去っていった。かくして次に来た各駅停車に乗り、無事最初の講演にギリギリ間に合ったのである。「フレンチ・コネクション」という映画で、ジーン・ハックマン扮する刑事の尾行を断ち切るために犯罪組織のボスが発車間際の電車に乗ったり降りたりを繰り返すシーンがあるが、あれをふと思い出した。

研究集会そのものはほぼ順調に進行した。終わった後、K君と久しぶりに渋谷で夕飯。その後、お互いの家に近い錦糸町まで移動し、スタバに2時間ほど滞留する。彼と喫茶店に行くとたいてい詰パラを見ながら詰将棋を考えることになるのだが、今回はうっかり詰パラを持ってくるのを忘れてしまったので、その代わりにデイパックに入っていた携帯チェス盤でチェスにつきあってもらう。対局後にかなり詳しく感想戦をしたので非常に勉強になった。やはり局後の感想戦は大事だと思う。普段の公式戦ではあまりこれに時間が割けないのが残念だ。

9時半過ぎに駅で別れた。さて、明日はピアノである。

2009年11月08日

実家に移動

朝、起きて台所に歩き出したら、何だかふくらはぎが痛い。昨日、足場の悪いところを歩き回っていたせいで筋肉痛になっているらしい。翌日に痛みが出たのならまだましな方か。

教育テレビで井上八段対羽生名人の将棋対局を観戦してからお昼をすませる。午後、広島県知事選挙の投票をしに近くの小学校へ。この間の衆議院選挙と違って投票している人はまばらだった。家に戻ると玄関先にまとめてあった荷物を持ってすぐ出発。東京に着いてからの電車の接続が悪くて6時間近くかかってしまったが、無事実家に到着した。新幹線の車内では、今頼まれている楽譜の校訂作業をしていた。

明日からは研究集会に出席する。

2009年11月07日

裏匹見峡へ、その後ピアノの練習

今日は紅葉見物に遠出をしてきた。行き先は島根県は匹見町にある裏匹見峡。匹見町は2ヶ月前にも訪れており、そのときは表匹見峡を探索したのだが、峡谷の景観は裏匹見峡の方がより雄大ということだったので、いつかまた行ってみようと思っていた。ちょうど同僚で登山仲間のI先生から、そろそろまたどこか行きませんかと言われていたし、これからの土日は予定だらけでもう紅葉が終わってしまいそうだったから、今日決行することにしたのである。

前回はT君を助手席に乗せていったが、今回はI先生の車にこちらが乗せてもらって出発。中国山地に囲まれた匹見町に行くには、中国自動車道の戸河内ICから国道191号を経由して行くルートと、吉和ICから国道488号を通っていくルートがある。前回は前者のルートで行ったのだが、今回は一度吉和ルートを通ってみようということになった。しかし、この選択はあまりよくなかったようだ。国道488号という道路は、「酷道488号」と書かれたりするほどのひどい道なのである。道幅は普通車1台がどうにか通れるほどしかなく、ほとんどの区間ではガードレールもなくて片側が断崖絶壁になっている。おまけに道の両側は落ち葉で埋まっていて、どこまで入っていいのか分からない。こういう状態だから向こうから車が1台やってきただけで、どう行き違うのかが大問題になる。これが激しくカーブとアップダウンを繰り返しながら延々と25kmも続くのである。朝が早くてほとんど対向車に出くわさずにすんだのは幸運だったが、この道はもう通らなくていいだろう。少々遠回りでも、匹見にはやはり国道191号ルートで行った方がよさそうだ。

UraHikimi3.jpgUraHikimi2.jpgUraHikimi1.jpg何とか9時過ぎには目的地の匹見峡レストパークに到着。ここから峡谷沿いに4キロほどの遊歩道が整備されており、ときどきかかっている橋を渡りながら川のそばを歩いていくことができる。せせらぎを聴きながらてくてく歩くのは心地よい。ただ遊歩道は先ほどの「酷道」に負けず劣らずなかなかワイルドで、ところどころ崖や路肩が崩落していて非常に危険だった。危ない箇所を何とかクリアしていき、「天狗の涼み岩」という標識が立っているところまで来たところで、「この先、橋梁腐食のため通行不能」という立て看板に出くわす。そこから見る峡谷の景色はなかなかのものだった。腐りかかっているという橋が遠くに見えたが、さすがにあそこを渡っていて崩落されてはたまらないということで、ここで引き返した。

UraHikimi6.jpgUraHikimi5.jpgUraHikimi4.jpg帰りは来た道をそのまま戻らず、急坂を登って国道に上がり、車道沿いに歩いていくことにする。ここから見える鈴ヶ岳の紅葉の様子はなかなか見事だった。多分今日を逃せば、もうこのあたりの紅葉は終わりだっただろう。日が高くなるについれて少しずつ人出が増えてきたようで、カメラを手にした人たちがあちこちにいた。お昼過ぎに駐車場まで戻ったが、車を止めたときにはまだ数台だった駐車場がいつの間にか満車になっていた。ここまでで歩数にして1万2,000歩ほど。いい運動になった。

たっぷり散策と紅葉を楽しんだ裏匹見峡を後にすると、その近くにある「ウッドペッカー木工組合」へ。木製品のパズルを製作しているところで、2ヶ月前にも来たのだが、またいくつかほしくなってあれこれ買ってしまった。店主のおじさんに聞いたら、最近は新しいパズルをあまり発売していないとのこと。「まあ作っても売れませんからね……」とさびしそうに言っていた。ここの商品はパズルとしても非常に面白いし、木工製品としてもレベルの高いものだと思うのだが、何とも残念な話である。

店を出ると帰り道(もちろん国道191号経由)の途中にある道の駅で少し遅い昼食をすませ、3時過ぎには自宅に帰ってきた。I先生とはここでお別れする。

Steinway.jpg今日はもう一つ用事が残っていた。街中のピアノスタジオを5時から1時間予約してあったのである。紅葉狩りとピアノ練習を同じ日にやるのもちょっと無理があるかと思ったが、明日はもう広島を発つ予定なので、もう今日しかなかったのだ。3日後には人前で弾くということで、安く借りられるいつもの楽器店ではなく、スタインウェイが弾けるピアノスタジオへ。1時間3,150円と少し高いが、やはり弾き心地はこちらの方が断然上だ。この間の小指の問題も、このピアノではほとんど生じないようである。あまり峡谷歩きの疲れも感じず、気持ちよく練習することができた。

その後、衣類や文房具などをあれこれ買い物し、夕飯をすませてから帰宅。今日はいろいろ盛りだくさんの一日だった。明日は実家に移動し、明後日から研究集会に出席する予定。

2009年11月06日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.109


逆算で創作したのであろうということがよく分かる作品。ただ黒のNが跳ね回る序が、いかにも後からとってつけたような印象があるのは否めない。手順全体に有機的な統一感があれば、もう少しよい作品になったのではないかと思う。

2009年11月05日

Halloween Math Class

朝一番に会議があり、眠い目をこすりつつ出かける。会議の後には卒業アルバムに載せるための写真撮影があり、同じ研究室に所属する学生と教員が庭に出て何枚か撮った。午後はその学生たちの卒業研究がどのへんまで進んだかを見て回る。まだまだ先は長そうだ。

最近見つけた面白い動画を紹介しよう。先月末のハロウィーンのときに、ビオラ大学というところで行われた数学の講義風景である。ここまで手の込んだことをして楽しませようという心意気がすごい(2:48で突然すごく大きな音がしてびっくりさせられるので、音量にはご注意を)。これは75分の授業の最後の5分間で、その前の70分は真面目に数学の講義をしていたそうだが、このネタを5分やるというだけでも相当な準備が必要だろう。私も講義の最後の時間にマジックをやったりすることがあって、もちろんそのときには失敗しないように事前にそれなりの用意はしておくのだが、これに比べたら何もしていないようなものである。数学の先生にもいろいろいるものだ。

2009年11月04日

エンジンマッチ

うちにあるチェスソフトを最近よく対戦させてみている。最新ヴァージョンが先月発売されたばかりのFと、コンピュータの中で最強と言われるRだ。チェスソフトにおいて思考部分はエンジンと呼ばれるが、2種類のエンジンを何度も対戦させるエンジンマッチや、チェスの大会よろしくたくさんのエンジンを競わせるエンジントーナメントを、FやRでは簡単に楽しめるようになっている。

15分+10秒という持ち時間で30局ほどやらせてみたところでは、Rの8勝3敗19ドローという結果になった。さすがに強いといわれるだけのことはあるが、これをもってRの方がFより強いとは一概には言えないと思う。持ち時間の設定の仕方で強弱は幾分変わるだろうし、オープニングブックの影響も大きい。オープニングブックとはその名の通り、膨大な定跡手順が入力されているファイルで、対局が始まると最初の20手あたりまではどちらもブックに載っている指し手をすたすたと指し進める。ブックの記述が切れたところでついにエンジンが本格的に始動するのだが、そのときたまたま選ばれた定跡手順によっては、すでにどちらかに形勢が傾いているということも起こり得る。強弱を論じるなら、いろいろな条件でもっとたくさん対局させる必要があるだろう。

対局させながら2人(?)の思考過程を眺めていると、最善手の評価が思ったより異なっていることが多くて面白い。片方がある手を第一候補手として読みを進めているとき、もう片方はその手を全く評価しないで読みから外しているということが、結構あるのである。どちらかが長考に沈んでいるときは、こちらも指し手を考えるとなかなか勉強になる。もっとも、手広い局面ではこちらの予想が当たることは滅多にないのが、当然とはいえ悲しい。

2009年11月03日

一年ぶりの詰備会

10時半過ぎに家を出て岡山に向かう。実は昨日まで全く忘れていたのだが、今日は岡山で詰備会が行われる日だった。都合が悪くて行けないというたくぼんさんのブログを見て気づいたのである。前回はちょうどゴールデンウィークのただ中で、蒲田にチェスを指しに行っていて参加できなかったから、ほぼ1年ぶりということになる(ただしそのときは詰陽会として行われていた)。

予定していたより早い新幹線に乗れたので、岡山駅でゆっくりお昼を食べてから会場に向かった。今日集まったのは9人。会合時間の前半は主に、Tさんが印刷して持ってきていたさざんか詰将棋大会の作品をみんなで解いていた。後半は、幹事のD君が連れてきた期待の新人、H君が持ってきた作品をみんなでつっつく。D君の後輩でまだ中学生だそうだ。D君も初めて来たときは確か中学生だったはずで、詰将棋界はちゃんと次々に新しい人材が育ってきているようである。

5時に一度散会した後、駅前の店で2次会。詰将棋界のいろいろなエピソードが聞けてなかなか面白かった。7時頃に店を出て駅でお別れする。こういうところに来るとそろそろ創作しないといけないなという気になるのだが、どうも最近は何かと忙しくて余裕がない。よく推敲せずに出しても後悔するだけだし、まあ気長に時間を見つけてやっていこう。

2009年11月02日

寒い!

大学にはいつも通りの時間に行く。今日はえらく寒い。出張から復帰した最初の日というのは何だか別の世界に来たようで、モードがなかなか切り替わらないのだけど、幸い今日は講義の予定もなく、部屋でたまった作業を片づけることに専念できた。

暗くなったころに大学を出る。寒い!身を切るような冷たさだ。明らかに10度は下回っている。車に乗り込むころにはぱらつく程度だった雨が、5分後に自宅前で車を降りるときにはかなりの本降りになっていた。もう冬はすぐそこまで来ているようだ。

2009年11月01日

困った小指

午前中は教育テレビで将棋対局を観戦。個人的にも知り合いのK七段を応援していたが、残念ながら一歩届かなかった。お昼をすませ、食後のコーヒーをゆっくり楽しんだ後、車を出して誰もいない勤務先へ向かう。出張中、他の先生に頼んであった演習のレポートがメールボックスに入っていた。これだけでもすませておかないと週明けが大変なことになってしまう。夕方までかかってどうにか終わらせることができた。

6時頃、大学を出てその足で市街地へ。少し買い物をした後、ピアノスタジオで少し練習。楽譜は家を出たときに持ってきていた。

前から気づいていたことではあるけれど、どうも自分は左手の小指に弱点を抱えているようだ。オクターブ以上の広い音型を左手で弾くときに、小指はまっすぐ伸びきってしまい、指の横っ腹で弾いているような状態になる。手を大きく広げる以上そうならざるを得ないのだが、問題はフォルテで弾いたりして小指に強い力がかかると、伸びきった関節を一瞬曲げられなくなるのである。何かこう、引っかかったような状態になってしまうのだ。忙しい箇所でこれになると、直後の部分がうまく弾けなくなってしまう。普段電子ピアノで弾いているときはほとんど意識したことがなかったのだが、おそらくそれは鍵盤のタッチが弱くて指への圧力がさして強くないからだろう。しかしよく行くスタジオのピアノは鍵盤が若干重く、フォルテでオクターブを連打すると小指が瞬間的に硬直状態になってしまう。右手はいくら弾いてもこんなことにはならない。どうも困ったものだが、こういうことは訓練して直るものなのだろうか。それとも、指にそもそも機構的な問題があるのだろうか。いずれにせよ、今月10日の演奏までにはもう時間はあまりない。