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スヴィドリガイロフのコート

めっきり寒くなった。家のマンションの脇にある桜の木も、最後まで頑張っていた葉がついに力尽きたようだ。朝は0度近く落ちる日も増えてきて、昨日からはたまらずコートを着込んで出勤している。手先がすぐ冷えるので手袋も必需品だ。これから3ヶ月くらいはこの格好で出かけることになるだろう。

今着ているコートは膝丈くらいまである黒のロングコートで、外套という言葉が一番しっくり来るタイプである。これを買ったのは広島に来てからだが、実家にいるときは紺色の同じようなコートを愛用していた。父からのお下がりだったが、サイズがちょうどよかったため、高校生のころぐらいからずいぶん長い間着ていたように思う。私はどちらかといえば身長が低い方だが、下まで真っ直ぐ伸びたコートを羽織っていると、それだけでちょっとすらっとして背が高くなったような錯覚を味わうことができた。だから冬にそのコートを着るのは、私にとってささやかな楽しみだったのである。

高校生の冬のある日、私はいつものようにそのコートを着ていった。天体観測がそのころの第一の趣味だったので、放課後はいつも地学部の部室に行くのが日課だったが、あるとき、地学部にいた同学年の女の子の一言は今でもよく覚えている。曰く「斎藤君のそのコート、何か『罪と罰』に出てくるあの人イメージしちゃうんだけど。あの最後に死んじゃうあの人……あ、そう、スヴィドリガイロフ」。これは思ってもみなかった発言だった。似合っている、いないとか、かっこいい、悪いとかではなく、スヴィドリガイロフのイメージだ、という寸評をもらったのである。普通に考えれば、あの怪しげな人物を想起させるというのはあまり肯定的なコメントではない。ただ時間が経つにつれ、私はこの「スヴィドリガイロフみたい」という評価がすっかり気に入ってしまった。このコートを着ることで、謎めいた得体の知れない感じが出て、実態より奥の深い人間に見えているということではないか。ルーク・スカイウォーカーよりもダース・ベイダーに魅力を感じるのと似たようなものかもしれない。少なくとも、「ラスコーリニコフをイメージする」と言われるよりはずっといい。

そんなわけで、そのときからそのコートは私にとって「スヴィドリガイロフのコート」になり、ますます着るのが楽しみになったのだった。やがてそれはくたびれてしまって着られなくなってしまったが、今のコートも着込むたびに、ちょっと怪しい人物に変身するような気分になれるのである。

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コメント

う~む、奥が深い!そのコート姿のお写真でもいいから見てみたかったです。残念だ。。。

いや、そんなお見せするものでは……。
あ、でももしかしたら、ホームページ内の自己紹介のページに出ている1995年撮影の写真で
着ているのは、そのコートかもしれません。座っているし暗いのでよく分かりませんが……。

私が言うのも変ですが、95年撮影のその写真はあのコートだと思います。
思い出すお姿は、いつも冬で、なぜかいつもあのコートを着ているように感じます。
ぼんやり感じていた雰囲気をあまりにも的確に形容されているので、妙に納得してしまいました。

ああ、当時を知る人がいましたか……(笑)。やっぱりあの写真で着ているのはあのコートのようですね。
しかしYNさんが知っているということは、少なくとも中学のときにはもうあれを着ていたんですね。

先日ちょうど二十数年ぶりに『罪と罰』を読み終えたところで、こちらでもこんな更新をなさってたとは奇遇です。私は自分のことをマルメラードフのようだ思いましたが、スヴィドリガイロフなら文句無しの貫録ですよね。

そうなんです、私もそちらのブログで「罪と罰」の話が書かれているのを見てびっくりしました。
こんなこともあるのですね。

私ももう少し年をとると、マルメラードフの気分に共感できるようになるのかも……。

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