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2010年03月29日

失せ物出る

久しぶりに勤務先へ。到着してすぐ、ちょっとよいことがあった。先日東京に出張する際、探し物をしていたせいで出発が遅れてしまったが、そのとき探していたものが出てきたのである。出張から戻った日にあらためて家の中を探し回ったときにも見つからず、これは困ったことになったと思っていたのだが、何のことはない、勤務先になぜか持ってきていたのだ。道理でどこにもないわけである。仕事とは全く関係ないものなのに、どうも部屋の掃除をしているとき他の書類とクリアファイルにまとめて鞄に突っ込み、それを勤務先で取り出してしまっていたらしい。出張中ずっと気になっていたので、この件が解決したのにはホッとした。

それにしても今日は寒い一日だった。天気はよいのに、風の冷たさは3月末とはちょっと思えない。三分咲きから五分咲きというところの桜も心なしか勢いを削がれているように見えた。

なお、これから数日のうちに自宅サーバを移行させる予定。このブログも合わせて新調するつもりでいるが、各種設定の細かい点が詰め切れていないので、作業中は表示がおかしくなったりコメント投稿ができなくなったりすることもあると思われる。落ち着くまでしばらく待たれたい。

2010年03月27日

帰宅

連日ぐずついた天気が続いていたが、ようやく陽光の差す一日になった。何も予定がないのをいいことに惰眠を貪り、日が高くなってから起き出す。お昼をすませた後、BSでA級順位戦最終局の模様をまとめたドキュメンタリーをやっていたのでずっと見ていた。見終わって一服したところで出発。やはり年度末の土曜日、新幹線は混んでいた。

帰宅すると、チェス協会から来年度からの会員証が届いていた。出張前に年会費を振り込んでおいたのである。しかしカードに印字されているのは「斉藤」の文字。またかとうんざりする。数ヶ月前、詰将棋解答選手権の会場予約に関して利用申請をしたときも、いったんは「斉藤」で登録されてしまったのだった(これは後日訂正してもらった)。相変わらず、世の人の多くは「斎」と「斉」の区別がつかないようである。自分には「川」と「河」くらい違った字に見えているので、どうしてこう人が取り違えるのか不思議に思えてしまう。対応してくれるのかどうか分からないが、とりあえず再発行をお願いするメールは送っておいた。

2010年03月26日

数学会年会三日目

今日も数学会年会へ。曇り空だったが、3日目にしてやっと傘を差さずに出かけることができた。昨日に続き今日も武蔵小杉経由で日吉に向かう。今日は午後の講演だけ聴くつもりだったので、着いたときにはもうお昼近くなっていた。矢上キャンパスまでてくてくと歩き、ようやく会場に到着したところで同期だったT大のK君とA大のN君と出会った。昼飯を食べに行くところだというので同行させてもらうことにしたが、この周辺は食堂以外に店らしい店がないとのことで、また日吉駅周辺へUターン。もちろん食べた後はまた会場に行ったから、今日は駅とキャンパスの間を2往復もしてしまった。

午後は代数学賞の授賞式と受賞講演に出る。2つの講演が終わると今日はすぐ帰路に就いた。外に出るとまた少し小雨がぱらついている。どうもこのところ天気が悪くていけない。歩くこと自体は苦でないが、雨が降っているとやはりこのキャンパスから駅までの道のりは少々長く感じる。歩きながら、ふとハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」を思い出した。作中においてキーとなるのが、「9マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」という台詞である。9マイルどころか、1マイルでも十分遠いよ、と思わずにはいられなかった。

広島には明日戻る予定。

2010年03月25日

数学会年会二日目

数学会年会の二日目。今日も冷たい雨だ。今回東京に出てくるまで知らなかったが、2週間ほど前に横須賀線の武蔵小杉駅が開業したらしい。せっかくなので、今日はそこで東横線に乗り換えて日吉に行くというルートを試してみた。正直なところ、乗り換えにあれだけの距離を歩かせて同じ駅名というのはちょっと無理があるような気がする。とはいえ、実家から乗り換えも1回ですむし、これまでより楽に日吉に行けるようになったことは確かだ。明日もこのルートで行ってみよう。

学会の方は、昨日買いそびれたアブストラクトも無事入手し、午後からは春季賞授賞式と総合講演に出席する。終了後、Fさんとご一家と落ち合って五反田のレストランで夕飯。いろいろお話しできて楽しかったが、途中で泣き出してしまったお子さんは、お父さんとお母さんを取られたような気がして面白くなかったのかもしれない。10時少し前にお別れして帰路に就いた。

2010年03月24日

数学会年会一日目

朝方に家を出て数学会年会の開かれているK大に行くつもりだったが、捜し物をしていたため予定より出発がだいぶ遅れる。広島駅に着くとちょうど数分後に新幹線が入ってくるところだったので、駅弁は車内で買うことにして急いで乗り込んだ。ところが中は大変な混雑。座ることはできたものの、通路には人が立ち並んでいて、これではワゴン車がやってきそうもない。腹が減ってきたので、意を決して1号車から人をかき分け歩いていった。すぐワゴン車に出くわすだろうとの思惑は外れ、グリーン車の9号車まで歩く羽目になる。ちょうど俳優の草刈正雄とおぼしき人物がコーヒーを買っているところだった。他人の空似かもしれないが、グリーン車だから本人だったのかもしれない。弁当を買うとまた長い道のりを歩いて戻った。

新横浜で新幹線を降り、電車を乗り継いで日吉にようやく到着。会場が矢上キャンパスで駅から少し遠く、冷たい雨の中、重い荷物を持って坂を上り下りするのはちょっと応えた。すでに一般講演もあらかた終わってしまっていたので、今日はアブストラクトだけでも購入しておこうと販売所に行ったら、扉に「本日終了」の貼り紙。銀行じゃあるまいし、こんなにさっさと店じまいしなくてもよさそうなものだ。捜し物といい新幹線のことといい、どうも今日はいろいろツイていない。何だか疲れるために行ったような形になってしまった。

夜はQ大のT君と落ち合い、横浜で夕飯。9時少し前に別れた。

2010年03月23日

謝恩会

まだ早いうちにいったん勤務先を引き揚げ、車を家に置いてからバスで街中に出る。今日は平和大通りに面したホテルで、所属する講座を卒業する4年生による謝恩会が開かれるのである。あいにくの雨の中、バスセンターから急ぎ足で会場に向かった。

謝恩会には一昨年去年と出ているが、今年は一昨年と同じ会場だった。最初に教員一同が並んで拍手を受け、学科長らが挨拶と乾杯の音頭をした後、しばらくは立食パーティーの時間。腹が落ち着いたところで余興の時間になる。毎年、その学年で元気のいい学生が司会をしてビンゴやクイズをし、上位入賞者に賞品が出るという企画をやるのだが、今年は講座対抗戦で2択クイズを何問も出題し、全問正解者の人数が多い順に賞金を出す、とのこと。ところが、出す問題が「うちの大学の食堂の名前は何でしょう?A. ピアロット B. カカロット」などという自明なものばかりで、何問やってもみんな正解してしまって差がつかない。企画した学生は面白いと思ってやったのだろうが、ちょっと空回りしている感は否めなかった。謝恩会に限らず、例えば結婚式の2次会などに出たときにも思うのだが、無理やり場を盛り上げようとして何か企画するくらいなら、最初から最後まで各自ご歓談ください、としてくれた方がよっぽど楽しめると思う。場を盛り上げる、というのは話術の要求される難しい仕事で、「イエーイ」と言っていればいいわけではないのだ。もっとも、そんなことを思ってしまうのも年をとった証拠だろうか。

終了後、うちの講座に所属していた学生と喫茶店に行ってもう少し話す。10時過ぎに散会。

2010年03月22日

連休終了

昨夜はかなり遅い時間までY君とチェス談義をしていたため、今朝は少々起きるのがつらかった。トースト、ベーコンエッグ、イチゴとヨーグルトの朝食をすませ、また少しチェスの話をする。オープニングにしてもエンディングにしても、並べ出すとすぐ時間が経ってしまう。気がつくと彼の新幹線の時間が近づいてきたので、車で広島駅まで送った。今日は岡山に泊まり、明日東京に戻るとのことだった。

この三連休は山登りにチェスと好き勝手に遊んでしまったが、最終日の今日はおとなしくしていることにし、広島駅から戻ると午後はずっと家にこもっていた。やっていたのは主に楽譜の校正作業とサーバの準備作業。楽譜校正はいよいよ最終段階に入った。自分の担当する楽譜は今回分が最後のはずである。一通り目は通したので大丈夫だろう。

明日は大学では卒業式がある。K大で行われる春の学会に行くため、明後日は東京に移動するつもり。

2010年03月20日

七国見山に登る

早朝から車で出かける。昨日の打ち合わせ通りI先生と合流すると瀬戸内海に浮かぶ島、上蒲刈島にある七国見山に向かった。これまで登った山と比べると少し遠く、国道31号線で呉まで出て、さらにそこから国道185号を通って広市街も抜けて行かなくてはいけない。だいぶ早起きしたつもりだったが、それでも登山口のあるウォーキングセンターにたどり着いたときには9時を回っていた。幸い天気は雲一つない快晴である。

登りだして最初の数十分はかなりきつい登りが続き、たちまち息が切れてしまったが、ところどころで振り向けば、眼下に広がる美しい瀬戸内海を見渡すことができた。特に、中間点あたりにある西楽寺を過ぎたあたりにある展望ポイントは、「ルート随一の展望」とガイドにあった通り素晴らしい眺望で、しばしその場でたたずんで景色を楽しんだ。波打ち際の海は見事なエメラルドブルーで、そこから遠くや視線をやると少しずつ青はくすみを増し、はるか彼方では境界線も見あたらないまま空と同化してしまっている。本当なら四国の石鎚山まではっきり見渡せるらしいのだが、そこはやはり春霞の季節である。聞こえるのは遠くでさえずる鳥の声だけだ。ふいに先月帰省したときのことを思い出した。満員電車で荷物と引き離されそうになり、額の汗をぬぐうこともできずにただつり革をにらんで耐え続けていた時間である。眼前に広がるこの景色との対比はどうであろう。こうして青い空気を心ゆくまで吸い込んでいると、あれは何か別の世界で起きていたことのような気がしてくる。

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七国見山は標高457メートルで、10時半頃に山頂に到着した。残念ながら山頂は樹木が生い茂っており、それほど眺望はよくない。どうもこの山の名称は、七つの国が見えるという意味ではなく、七つの国から見えるということらしい。一休みしてから西側のルートを降り、南側の斜面を伝うように延びた道をてくてく歩いてウォーキングセンターまで戻ってきた。

そこから車で近くの県民の浜と呼ばれるところまで移動し、少し遅い昼食をすませる。ここには温泉の施設もあるので、ゆっくり入って汗を流した。さっぱりしたところで帰路に就く。天気予報の通り、帰り道の途中でだんだんと雲が増し、5時半頃自宅にたどり着いたときにはポツポツと降り出したのだった。

夜になって雨が雷雨となり、そのせいでまたルータが壊れてネットワークが不通となる。先ほどようやく復旧。

2010年03月19日

29071km

午後にI先生が部屋を訪ねてきたので、明日行く予定にしている山登りについて少し相談する。天気予報では明日は午前中は晴れ、午後は曇り、夕方からは雨とのこと。遅くなればなるほど悪くなるようなので、なるべく早く行動を起こして登ってしまおうということになった。

その後、I先生の研究室に移動し、隣の部屋に置いてある電子ピアノを見せてもらった。I先生の研究室の学生さんで研究にピアノを必要とする研究テーマを選んだ方がおられるそうで、その関係で最近納入したものだという。せっかくなので少し時間をもらって練習させてもらった。次回の演奏会で出そうと思っている曲の譜読みがまだ全然終わっていないのだが、もしときどきここにお邪魔して進められればずいぶん助かる。だが新学期が始まれば、そんな時間はとてもとれそうにない。

6時半頃に大学を出る。この間の雨で車体がずいぶん汚れてしまっていたので、ガソリンスタンドで洗車してから帰った。そういえば、今の車がうちに来たのが5年前の3月20日。5年目の車検はすでに先月すませているが、納車日から数えればちょうど今日で丸5年経ったことになるわけだ。帰宅した時点での総走行距離は29071km。1年につき5800kmちょっと走っていることになる。車社会広島にあってこの数字はかなり少ない方と思われるが、何しろ家と勤務先の距離が近いので、普段の生活ではほとんど増えないのだ。まあ来月からはまたH大へ毎週行くことになるから、少しペースは上がるだろう。

2010年03月15日

姫路城に行く

HimejiCastle.jpg本来ならもちろん今日は仕事に行く日だが、年度末の雑務も一息ついたので一日だけ休暇を取り、関西に旅行に来ている親の姫路城巡りに少しつきあうことにした。姫路は乗換駅として降りたことは何度もあるのだが、おそらく城をちゃんと見学したことは今までなかったように思う。近々改修工事に入るらしいから、この機会に見ておこうと思った次第。あいにく今日は天気が不安定で、ときどきぱらつく雨に加えて風が強いのにはちょっと閉口したが、さすがに姫路城は聞きしに勝る威容だった。城内も広く、一通り見て回るのにずいぶん時間を要した。

城の中もよかったのだが、興味を引かれたのは敷地内にあった「お菊井」という井戸である。番町皿屋敷といえば定番の怪談話として有名だが、これとは別に播州皿屋敷と呼ばれる話もあり、ここにある井戸がその舞台になったとのこと(あとから分かったが、こうした皿屋敷伝説は実は全国各地に存在しているらしい)。この「お菊井」の横に事の次第を説明した看板が出ていたのだが、これがなかなか難しいのである。

 永正年間(1500年頃)、城主小寺則職の執権青山鉄山が主家横領を企てているのを、忠臣衣笠元信の妾(いいなずけ)で、青山家に住み込んでいたお菊が探知し、元信に知らせて城主の難を救いました。
 しかし、鉄山は浦上村宗等の加勢によって則職を追放し、一時主家を横領しました。
 村宗等を招いた饗宴の際、お菊を恋慕していた町坪弾四郎は、家宝の十枚揃いの皿の一枚を隠し、お菊を責め殺し井戸に投げ込みました。
 その後、毎夜この井戸から皿を数えるお菊の声が聞こえたということです。やがて、元信らが、鉄山一味を滅ぼし、お菊は「於菊大明神」として、十二所神社の境内に祀られました。

さっと斜め読みしたときは、結局何がどうなったのかよく分からなかった。ゆっくり読み返してようやく状況が把握できたが、要するに分かりにくい原因は、前半で次々に固有名詞が登場するのに、お菊を殺した張本人である町坪弾四郎とかいう人物がそのどれでもないことだろう。突然脈絡なく登場するような気がするので、前半の話とのつながりが見えないのだ。恋慕していたのになぜ皿を隠して責め殺すのかも何だかよく分からない。やはり播州皿屋敷のストーリーを語るためには、看板はもう少し大きい方がいいようである。

4時頃に姫路から岡山に移動。そこに泊まる親とは岡山駅で別れて帰路に就いた。

2010年03月12日

お別れ会

何だか天気の悪い日がずっと続いていたが、昨日今日と青空が広がり、ようやく落ち着いてきたようだ。気温も雪の降った3日前に比べれば暖かくなってきた。今度こそ季節が変わるだろうか。

今日は夕方に勤務先を出ると一度家に帰って車を置き、バスで市街地に出た。行き先は銀山町にある飲み屋で、4月から別の大学に転出される先生のお別れ会に出るためである。自分も含めて11名が集まり、7時から2時間ほど飲みながら語る。途中、お金を出し合って買った記念品が転出される先生に贈呈された。終わりの方は酒も手伝ってか、出られるその先生が今後この大学が目指すべきところや、研究者としてどういう気構えを持つべきかということについて熱い調子で語り、さながら独演会になっていた。

9時半頃に店の前で散会。10時過ぎに帰宅。

2010年03月09日

スーパーで見た光景

朝起きて窓の外を見ると、一面の銀世界。道理でベッドから出るときにえらく寒かったわけだ。そろそろコートを着るのも終わりかと思った先月下旬の暖かさが嘘のようである。降雪量も今シーズン一番かと思うような降り方で、車で勤務先まで出かけたものの、駐車場がすでに雪で覆われており、いったん轍から外れるとタイヤがすぐ空回りしてしまうのにはまいった。帰宅が遅くなって道が凍結したら危険だと思い、今日は明るいうちに撤退することにする。幸い雪は午後に入ってやんでいたため、路面は朝よりだいぶ落ち着いてきていた。

帰ってから家の前のスーパーに立ち寄って買い物をする。レジに並ぼうとしていたところ、絶叫が聞こえてきた。5歳くらいの子が力の限り泣き叫んでいるのである。それだけならよくある光景なのだが、目を引いたのはそれをなだめようとする母親らしき女性も完全に落ち着きを失っていることだった。もはや半狂乱と形容した方がいいほどの感情の高ぶりを見せながら、「何よ、もう!何なのよ!しょうがないでしょ!ああ、もう!」というような台詞を口走りつつ、泣き叫ぶ子供を引きずり回したり頬を叩いたりしている。あれで子供が静かになるわけがないことは私でも分かる。店内を少しずつ移動しながらその泣きわめき合いをずっとやっていたのだが、小さな子供を叱るシーンとしてはとにかく母親の感情的な様子が尋常でないので、他の客の注目の的になっていた。日頃たまりにたまった子育てのストレスが、ついにスーパーで噴き出した……ということなのだろうか。まあ何をやるにせよ、感情的になっても問題は解決しないものだ。常にクールでありたい、とはいつも思っていることなのだが、現実にはなかなか難しい。

2010年03月06日

新サーバ準備作業

昨夜、サーバが「カリッ、カリッ」というような不健康な異音をまた発していたのでいやな予感がしていたのだが、案の定、午前3時頃からまたおかしくなっていたようで、起きてからチェックしてみたらこのブログが見られなくなっていた。先週もやはり土曜日の午前3時に発作を起こしており、どうもこの時間帯が鬼門のようだ。長期で家を空けているときにこうなってはかなわないので、今日の午後は新しいマシンにサーバを立てる作業を開始する。だいぶ前にも一度やったことなのだが、そのときは途中で新年度が始まって忙しくなってしまい、作業半ばにして放置してしまうことになったのだった。すでにLinuxのOSもだいぶヴァージョンが上がってきているので、もう一度始めからやり直すことにする。ディストリビューションは最初CentOSを入れてみたが、ネットワークの設定からどうもうまくいかず、嫌気がさしてUbuntuに変更。こちらはだいたいうまくいった。各サービスの設定など基本的な作業はいくつかすませたが、ブログの設置などはまだこれから。何とか早いうちにめどをつけたい。

夕方から市街地に出かける。広島将棋センターに立ち寄り、Tさんと詰将棋解答選手権に関して少しばかり打ち合わせ。

2010年03月04日

部屋の掃除

先月中旬までの忙しい時期と比べると、最近はやや落ち着いている。今日も時間があったので、少し勤務先の自室の掃除をしていた。机の上はいたるところに様々の書類が積み重なり、冬の中国山地のジオラマみたいなことになっている。この調子だとさらに降り積もりそうなので、ここらで少し整理しておいた方がよい。来月になればそんな時間はなくなるに決まっている。出入りの業者が置いていったチラシとかずいぶん前の演習問題のプリントとか、明らかに捨ててよいものを分別するだけでもかなり山は低くなり、覆い隠されていた机の表面もだいぶ見えるようになってきた。まだ作業は道半ばだが、今月中には平野にできるだろう。

いっぱいになったゴミ箱を持ってゴミ捨て場へ。ゴミ捨て場は渡り廊下を渡った隣の建物にある。バサバサと紙の塊をはじき落とし、すっかり軽くなったゴミ箱を振り回しながら渡り廊下を戻る。歩きながら右に目をやると、サッカー場とその背後にある低い山が、垂れ込めてきた雲に一部隠されつつあるところだった。それを見ながらどういうわけか、中学生や高校生のころのシーンを断片的に思い出して妙な気分になった。確かにあのころ、自分はあのコミュニティの一員として毎日を過ごしていたはずなのに、そのとき周りにいたたくさんの人は夢のようにどこかへ消えてしまい、いつの間にか自分だけ一人残ってこんな渡り廊下の真ん中でゴミ箱を振り回しながら歩いているのである。当時と今この瞬間が自分を通じて連続的につながっているということが、何だか不思議に思えてきてしまうのだった。はて、何で自分は空のゴミ箱を手にこんなところを歩いているんだろう?渡り廊下を渡っている間、ぼんやりそんなことを考えるのが何となく楽しかった。

部屋に戻ってから、数学者の小平邦彦氏が書いていたことを思い出した。あれは「怠け数学者の記」だっただろうか、奥さんとスーパーに買い物に行って、たまたま売場で一人になったとき、はて俺はこんなところでいったい何をしているのだろうとふと妙な気分になった……というようなことが書いてあったような気がする(今は本が手元にないので若干違っているかもしれない)。大数学者と比べるのはおこがましいのだが、もしかしたら少しそのときの気分と似ているのかもしれない。

2010年03月01日

完全なる証明

少し前に出た「完全なる証明」(マーシャ・ガッセン著・青木薫訳)を読んだ。ポアンカレ予想を証明したペレルマンはフィールズ賞も100万ドルもすべて辞退して外との接触を断ち、そのことでなおいっそう世間の耳目を集めるようになった。彼とポアンカレ予想について数学者以外の人間のために書かれた本が数多く出版されたが、本書もその一つである。ペレルマン本人には一切接触できないので、著者は彼の周辺にいた多くの人たちに根気よくインタビューを行い、それをジグソーパズルのように組み上げることで本書を書き上げている。取材量の豊富さや、著者自身がソ連の数学専門学校で学んでいたという経歴の持ち主であることは、本書を他のペレルマン本と一線を画すものにしているといっていい。

一般的な感覚からいえば、その分野における最高の賞や100万ドルをもらえるという栄誉を拒否するというのは、かなり奇異で理解しがたいということになるだろう。彼に対する数年前のマスコミの関心の高さは、数学に対する世間の普段の無関心さを考えれば、異常とすらいえるものだった。しかしペレルマンのこれまでの軌跡を生い立ちから追ったこの本を読めば、彼のそうした行動もそれほど不自然なことではないという気になってくる。実際のところ、ペレルマンほど極端ではないにせよ、地位だろうがお金だろうが、およそ数学以外のほとんどすべてのことは煩わしいだけの雑事であるという感覚を内に持っている数学者は、それほど珍しくないのではないか。フィールズ賞と100万ドルを断る数学者はそうはいないだろうけれども、まあ中にはそういう人がいてもおかしくはないなと当初から思っていた。本書を読んだ今では、彼の隠遁がさらに自然なこととして感じられる。

本書の特筆すべき点は、ペレルマンが青年期を過ごしたソ連の教育システムの内実を克明に描写しているところだ。例え優秀な成績であっても、ユダヤ人であればよほどの事情がない限りエリート教育を受けられる枠から外されてしまう。それどころかユダヤ人でなくても、ユダヤ人っぽい名前であればそれだけで優先枠から排除されたりするのだ。研究者も、当局がちょっとでも気に入らないと思ったら、全くよく分からない理由で突然激しい攻撃を受けて左遷させられてしまう。冷戦時代の共産圏がどういう世界だったか話には聞いていても、やはり実際にそれを経験している人間が直接語ると、迫力が違う。イデオロギーの影響を最も受けにくいと思われる数学ですらこうなのだから、他の分野など推して知るべしだ。恐い世界である。

2010年02月26日

来月の学会

朝は濃霧に覆われ、やがて本降りの雨。空気は生暖かくて湿っぽい。もうこれは明らかに冬の気候ではない。来週から3月である。

来月にK大で行われる春の学会のプログラムがやっと発表されたのでチェックしたら、代数幾何関連の講演は初日に集められている様子。これは困った。前日の夜に広島で卒業生による謝恩会に出なければいけないのである。出欠の返事を先週までによこせと求められ、少々心配しながらも出席することにしたら、案の定かち合ってしまった。謝恩会の翌日、早朝に家を出たとしてもK大に着くのはお昼近くで、午前中の講演には間に合わないだろう。まあ仕方ない。もう少し早くプログラムを決めてほしかった。

2010年02月25日

五年目へ

夕方、勤務先を出ると代車をブーブーいわせながらディーラーの元へ向かい、無事車検の終わった車を受け取る。だいぶくたびれていたバッテリーを交換してもらったせいだろう、エンジンのかかりが格段によくなっていた。

このブログを始めたのが2006年の2月25日だったから、昨日のエントリで丸4年続けてきたということになった。4年間でエントリ数は1328で、1年あたり332日分書いてきた計算だ。元々は自宅サーバを立ち上げて学生時代に作ったホームページを移動させた際、新しいコンテンツでも作ろうとふと思い立って始めたものだが、今ではこれがすっかりメインのページになってしまっている。特に宣伝することもせず、知っている人しか知らない隠れた存在にするつもりだったのに、気がついてみれば結構いろんな方にチェックされているようで、演奏会やチェス大会などの場で知らない方から「見ています」と言われて驚くこともしばしばだ。

今日から5年目に入るわけだが、今後もできるうちは今のペースで続けていくつもり。とりあえず、前々からの懸案であるサーバ新調というタスクを未だに実行できていないので、どこかで時間を作って何とかしたい。書く内容の方は相変わらず散漫になりそうだが、今後ともどうかよしなに。

2010年02月24日

なるほどですね

今日は勤務を終えてから寄るところが二つあった。まずは街中に出て広島将棋センターへ。詰将棋解答選手権の主催者側からチラシが届いていたので、それを置いてもらうためである。席主のTさんとも今後のことについて少し打ち合わせをする。会場はすでに一つ押さえてあるところがあるのだが、来月初めから予約が可能となる別の施設が使えることになればそちらを利用するということになった。

それからすぐ駐車場に戻って車を出すと、今度はアルパークの近くにある車のディーラーに向かった。現在乗っている車が買ってから5年となり、二度目の車検に預けることになっていたのである。街中で少し渋滞したためにやや予定の時間より遅れて到着。いつも担当してもらっているSさんは今日は不在で、代わりの人に応対してもらう。預ける前に一応気になる箇所を説明しておいたのだが、
「エンジンをかけるときにですね、たまに燃費計のメーターの数字がおかしくなることがありまして……」
「はあ、なるほどですね」
「あと、ワイパーの滑りがちょっと悪くなっているようです」
「はあはあ、なるほどですね」
という調子で、相づちがほとんど「なるほどですね」だった。そこは「なるほど」だけでいいのではないかと思うのだが、「です」をつけないとお客様に失礼という思いがあるのだろうか。そういえば、大学に出入りしているコンピュータ機器関連業者の人も、ときどき「なるほどですね」と言っていた。響きを滑稽に感じて何となくおかしくなってしまう私は、もしかしたら少数派なのかもしれない。

なるほどですねさんに用意してもらった代車に乗って帰宅。ずいぶん古いシビックフェリオで、車高が自分の車よりかなり低いうえに、加速のたびに結構派手な音をあげるので落ち着かなかった。まあ明日までの辛抱だ。

2010年02月23日

血液検査

帰りに近くの医院へ立ち寄った。先週の出張中から体調があまりよくないような気がしていて、昨日診てもらっていたのである。そのときに血を抜いてもらっていたので、その検査結果を聞きに行ったのだった。

医師が言うには、「別にどこも悪くないですねえ」。肝機能が落ちてきているように感じていたのだが、数値は前に調べたときよりもむしろ少しよくなっているくらいだという。今月上旬くらいまではずっと忙しく、そこでたまった疲れがなかなかとれないような気がしていたので、これはきっと気になる数値が出ているに違いないと思っていただけに、少々意外だった。まあどこも悪くないというのならそれでよい。結果を聞くまでは、何かあちこち痛む気がする、何となく食欲も落ちているようだ、どうもぼうっとしている……とあれこれマイナス要素ばかり思い浮かんでいたのだが、医院を出た後ではどれもみんな気のせいのように思えてくるから不思議なものだ。とはいえ、しばらくはあまり無理をしないようにしよう。

2010年02月20日

広島に戻る

午後の新幹線で広島に戻る。このところ東京は寒い日が続いていたが、今日は陽光も暖かく、ぽかぽかとした陽気。マフラーにコートという来たときの格好で家を出たのだが、バス停でバスを待つうちにマフラーを取ってバッグに収めることになった。先日の教訓を生かし、東京駅へ向かう電車ではかなり端っこの車両の空いているあたりを選んで乗ることにする。今までは混雑しているかどうかは二の次で、降車駅の階段がどこにあるかを考えて乗車位置を決めることが多かった。そうやって少しでも時間を節約するのが賢いと思っていたのだが、すし詰め耐性が大きく落ちた今では、優先順位を変えた方がよい。

7時半頃、自宅にたどり着いた。

2010年02月19日

そらのめぐりのめあて

研究集会最終日。午前2つ、午後2つの講演を聴き、すべての日程が終わった。広島には明日戻る予定。

電車の中で、中学受験向けの某大手進学塾が出している広告が目にとまった。中学の入試で実際に出題された理科の問題で、宮沢賢治の「星めぐりの歌」が引用されており、これを読んで設問に答えるというものである。

大ぐまのあしを きたに
五つのばした ところ
小ぐまのひたいの うへは
そらのめぐりの めあて
という部分について、「『そらのめぐりのめあて』にあたる星の名前を答えなさい」とか、「これは星の見つけかたを示しています。大ぐま座のおもな星のならびを示し、この方法を図で示しなさい」などと問うている。

何気なく読んでいるうちに、描写されている星座が正確なものでないことに気づいてあれっと思った。おおぐま座の一部である北斗七星は熊の尾の部分で柄杓は身体の上側を向いているし、こぐま座の小さな柄杓の形も、北極星があるのは頭ではなく尾の先である。実際の星座の並びと違うけれどいいのかしら、と思ったのも束の間、問題文の最初にわざわざ「星の色や星座の中の位置は、実際のものとは少しちがっています」と注釈があるのを見て納得した。賢治はもちろん実際の星座とは違うことを知っていたが、より詩的で印象に残る表現を追求した結果、ああいう形にしたのだろう。歌詞を今までよく吟味したことがなくて、今日まで気づかなかった。

そういえば、最近はあまりじっくりと星空を眺めたことがない。せいぜい、帰宅が遅くなったときにふと夜空を見上げていくつか星座を確認する程度である。寒さに震えながらも、望遠鏡を担いで野に出ていた遠い昔が懐かしい。

2010年02月18日

変わらないラーメン屋

昨日に引き続き、今日も研究集会に出席。お昼はキャンパスの裏手にあるラーメン屋にぶらっと行ってみた。かつてはここの隣にシェ・リュイというレストランがあり、豪快なおばちゃんが無愛想な店員を雇って切り盛りしていた。ここでお昼を食べながら友だちと詰パラの問題を解くというのが大学院生時代の日課だったのだが、その店も4年前に閉店してしまった。一方でこの隣のラーメン屋は、店内の様子もメニューも店主らしき男も、あのころから何一つ変わらず営業を続けている。結局こういう店の方が長くやっていけるようだ。

午後の講演が終了した後、K大のFさんと二人で夕飯。9時過ぎには帰宅した。

2010年02月17日

タワレコへ寄り道

T大で行われている研究集会に行く。朝出るのが少し遅れたので、着いたときにはもう最初の講演が始まっていた。午前2つ、午後2つの講演を聴き、終了後はI先生やHさんと道玄坂の台湾料理の店で夕飯。今日の東京はえらく寒かった。

二人と別れてからタワレコに足を向けてみる。運良く今日はダブルポイントデーだった。目をつけていたアルゲリッチ&フレイレの新録のCDを見つけたので、買いそびれていたHusum音楽祭の2008年盤と合わせて購入。真っ直ぐ帰らずに寄り道したかいがあった。

2010年02月16日

実家に移動

午前中、ちょっとだけ勤務先に行って雑用をすませてから、午後の新幹線で東京へ。車内ではコンピュータを相手にチェスを指してみた。最近チェスに割く時間がやや減っているように思う。今に始まったことではないが、特に実戦経験が圧倒的に不足しているというのが問題だ。移動時間を利用して少しでもそれを補おうというつもりだったが、序盤早々にボロッとピースを取られたりして話にならない。おまけに揺れる新幹線の中で集中しようとしたら何だかくらくらしてきてしまったので、名古屋から先は何もせずにぼうっとしていた。一応来月はまた三原の大会に出ようと思っているのだが、今の状態では到底勝負になりそうもない。何とかしたいが、残り時間を考えると難しい。

新幹線を降りてから実家の最寄り駅にたどり着くまでも難儀だった。大きな荷物を抱えているときには、あの帰宅ラッシュの混雑は応える。普段の帰省時と違って平日の夜だったことも災いしたようだ。荷物をちょっと床におろして一息ついていたら、錦糸町で雪崩のように人が乗り込んできて引き離されそうになる。踏まれたうえに睨まれたのであわててひっつかんで何とか手元に引き寄せたものの、それからは両手にバケツを持って廊下に立たされた小学生のような格好で直立不動。暑くて全身汗だくになってしまったが、身動きが取れないから拭うこともできない。荷物を引きずりながら人の波をかき分け、やっとホームに降りたときには生き返った気分だった。かつてこちらに住んでいたころは混雑車両なんて当たり前のこととして気にもしていなかったのに、最近では年を追うごとに嫌気が増すようになった。やっぱりあれは正常な状況ではない。

研究集会には明日から参加の予定。

2010年02月15日

サーバ移行

先週までの忙しさが一段落。今日は今期の成績を確定させる締切日だったが、採点や集計は先週のうちにあらかた終わらせてあったので、あとは確認しながら値を入れていくだけだった。今学期は何かと大変だったが、これでとりあえず一区切りついたことになる。それをいいことに、というわけではないが、明日からは東京に出張する予定。

このブログもかなり図体が大きくなってきていて、記事の更新やコメントの書き込みにもかなり時間がかかるようになってしまった。最近気づいたが、カテゴリー別のページで「日常・雑記」のカテゴリーだけはうまく表示できなくなってしまっている。再構築してもうまくいかないので、もしかしたら記事の数が多すぎて制御できないのかもしれない。以前はなかったサーバエラーも最近はときどき発生するようになっており、さすがにサーバを移行させることを真面目に考えないといけないようだ。すでに去年の春に作業は試みたのだが、そのときはぐずぐずしているうちに新年度が始まってしまい、たちまち時間がとれなくなってしまったのだった。今年は3月が終わるまでには何とかしたいと思う。とりあえず明日からは家を空けるので、帰ってきたら準備を始めよう。

2010年02月12日

卒研発表会と打ち上げ

今日は朝から夕方まで、4年生の卒研発表会。うちの講座の学生たちも全員何とか発表を終えた。実のところ、これを無事乗り越えてもらうためにずいぶん時間を使った(昨日の休日出勤も直前練習につきあったのである)し、本番中も思わぬことが起きないかと内心はらはらしていたので、特に大きな問題もなく終了したときはかなりホッとした。7時から街中のバイキング形式のレストランに教員と学生が集まって打ち上げ。本番の緊張感も、過ぎてみれば笑い話のタネである。2時間ほど歓談してから散会した。

ここしばらくはずっと4年生の卒研の面倒を見ることを中心に回っていたので、今日でやっと一段落した感じ。正直なところ、ずいぶん疲れてしまった。明日はゆっくり休みたい。

2010年02月11日

キーがない!

祝日だったが、休日出勤する用があり、夕方から出かける。今日もどんよりとして景気の悪い空模様だ。

立体駐車場を操作し、さて乗り込もうと車に近づいたところで、キーがポケットに入っていないことに気づく。やれやれ、置いてきたか……舌打ちをしながら一度家に戻った。ところが、いつもの場所に置いていない。「あれ?おっかしいな……」とぶつぶつ言いながら考えられる場所を探す。よくあるオチは前日に履いていたズボンのポケットに入っているというもので、どうせまたそのパターンだろうと高をくくっていた。だからポケットをまさぐってみて何も入っていないことを確認したときにはさすがにちょっとうろたえてしまった。昨日運転して帰ってきた以上、どこかにあるのは確かなのだが……もしかしたら昨夜車から降りてバサバサと折りたたみ傘を広げたとき、誤って手から滑り落ちたのだろうか?あんなところで落としたら、立体駐車場の脇の隙間から下に落ちて、容易に取れないことになる。これは面倒なことになったかもしれない。もう一度立体駐車場のそばまで行ってあたりを観察してみたが、何もそれらしいものは落ちていなかった。学生との約束の時間が迫っていたので、弱りつつも予備のキーで出かけた。

用をすませて戻ってくると暗い中もう一度付近を探してみたが、やはり何も見つからず。管理人にも尋ねたが、何も届いていないという返事で、意気消沈しながら帰宅した。もう一度と思い家の中を探してみるが、何しろ昨日の今日だから、そんな妙なところにあるはずがない。やっぱり立体駐車場の底だろうか……とあきらめかけた矢先、持ち歩いていた鞄の脇についている口の開いたポケットをまさぐったら、よく知っている感触のものが指に当たる。こんなところに入っていた。多分傘を開いたりしているときに入り込んだのだろう。やれやれ、とんだ汗をかかされたが、見つかってよかった。

2010年02月10日

湿った一日

しばらくほったらかしにしていたが、朝方に郵便局へ立ち寄り、当たっていた年賀はがきを切手シートに交換してもらう。余分に買って余っていた未使用の年賀はがきも、1枚5円の手数料を払って切手に替えてもらった。ついでに、購読しているチェスプロブレムの雑誌、StrateGemsの購読料も振り込んでおく。正直言って最近はあまりちゃんと目を通せていないが、やめてしまうのはもったいない。

それにしてもやたらに湿度の高い一日だった。普段は家のベランダから勤務先の建物が見えるのだが、今日は霧に覆われて一面真っ白である。一歩外に出れば空気がじっとりとまとわりついてくるし、窓という窓はもちろん、雨の降り込まないような通路やエレベータの扉まで、ありとあらゆるところが結露していた。家の中に置いてある湿度計も70%を指していて、この時期としては滅多に見ない数字である。このところはいつも加湿器をかけて寝ていたが、今日はその必要はなさそうだ。春は近い。

2010年02月08日

モトカー

今日も朝早くから夜遅くまで会議やら追試の試験監督やら、いろいろ盛りだくさんのメニュー。でも一昨日の反省を胸に昨夜は早めに寝たので、珍しく今朝の寝起きはよかった。いつもこうしていればいいだけなのだが、これが難しい。一度夜更かしが身につくと、修正するのは容易ではない。

エレベータで乗り合わせた2人の学生が就職活動について話を始めたので、背中で聞いていた。
「ヤマハって、バイクとかだけじゃなくて、何かいろいろやってるらしいぜ。何かモトカーつくったりもしてんだって」
「モトカー?」
「うん、モトカー培養したりしてんだって」
「……えっ……モトカー……?えーとそれは……」
「あっ、だから、も!も、とか。藻とか」
「ああ、藻、とかね!藻とかね!」
私も聞いていて、モトカーというのはいったいどんな乗り物だっただろうとしばし考えていた。おそらく「もとか」という音の響きに加え、話の中心にあったのがヤマハだったということが、絶妙なミスディレクションになっていたのだろう。

2010年02月06日

小雪の中のジョギング

昨日は一昨日以上に仕事が入って帰りが遅くなってしまった。この時期は年度末を控えていろいろな雑用が一気にまとまって押し寄せてくる。ちょっとしんどいが、来週までの辛抱だ。

今日は身体を休めるべく家でゆっくり。3時過ぎからまた近所の公園へジョギングに出かけた。このへんにはよくある天気なのだが、青空は出ているのに、なぜかちらちらと小雪が舞っている。山陰で降っている雪が、風に乗ってこちらまで運ばれてきているのだろう。幸いそれほど大したことはなく、走っているうちにやがてほとんど見えなくなってしまった。タイムは5キロを28分ちょうどくらいで、久しぶりに走った先月に比べれば2分以上は早くなった。

夕飯は鍋にする。昨日はお昼にうどんを食べてからずっと何も食べずに仕事をしていたのだが、やっぱりああいうのはよくない。今日は多めに食べて最後は雑炊でしめた。食生活も睡眠サイクルもこのところ乱れがちで、いい加減に修正していかないといけないと思う。特にどうしても夜更かししてしまうこの習慣を少し直したい。実際、たまにジョギングするより毎日ちゃんと早寝早起きする方が、よっぽど健康な生活に有効なのは確かだ。

ともあれ明日は松山にお出かけだから、今夜は早めに寝よう。

2010年02月04日

くたくた

今日は朝から晩までずっと修論発表会。さらに終わってから4年生の卒研発表の練習会。最後に寒い寒い印刷室で明日の期末試験の問題を印刷し、やっと本日のメニューが終わった。ほとんど座っていただけなのに、くたくただ。

帰る前にガソリンスタンドに立ち寄って給油していく。そういえば12月くらいから、エンジンをかける際に車のメーターについている燃費計が勝手にリセットされてしまうという症状がときどき発生している。どうも寒さが厳しいときに起きるようだ。もうすぐ車検なので、ちょっと見てもらおう。

2010年02月03日

エンドレス「まめまき」

夕方から卒研発表の練習会に2時間ほどつきあい、8時頃帰路に就く。帰宅前にちょっと買い物をしておこうとスーパーに立ち寄った。気温は1度あるかないかで、ポケットに鍵を突っ込もうと手袋をとるだけで手が氷のように冷たくなってしまう。

スーパーに一歩入ると「おにはそとぉ ふくはうちぃ」というメロディーが聞こえてきた。そうか、節分だったなと思いつつ店内を歩き回る。しかしほどなくしてだんだんつらくなってきた。店内に流れている「まめまき」は一つのスピーカーから流れているわけではなく、何カ所かに置かれたラジカセから聞こえてくるようで、それがまたみんなテープが延びきったような調子っ外れの音なのである。少しずつタイミングをずらしながら、「おにはそとぉ」「ぱらっぱらっ」「こっそりにげていく」などのフレーズが絶え間なくあちこちから重なって聞こえてくるのだ。曲が1分くらいしか続かないので、何度も何度もエンドレスに同じフレーズを聞かされることになる。野菜売場に行っても、惣菜コーナーに逃げても、冷凍食品売場に避難しても、音のおかしな序奏とともに流れる「おにはそとぉ」から逃れられないのである。正直な話、あれはちょっとした悪夢だ。不思議なのは、何時間もそれを聞かされているはずの店員がみんな平然としていることである。順応すれば何とも思わなくなるものなのだろうか。私にはあまり耐えられる自信はない。

帰宅してからも「ぱらっぱらっぱらっぱらっまめのおとぉ」がなかなか頭から抜けなかった。プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」を流し続けて、ようやく落ち着いてきたところである。

2010年02月02日

再度のサーバエラー

食堂から戻り、午後に予定している仕事の準備をしているとノック。ここ数日はレポートを返却してくださいとか追試を受けさせてくださいという学生の来室が多く、おおかたまたその類だろうと思ったら、入ってきたのは同僚のI先生だった。いつも付近の低山の山登りに行っているが、今月もどこか行きませんかとのお誘いである。お互い上旬は試験やら卒研発表会やらで忙しいので、下旬の日曜日を候補とすることになった。ひろしま百山から一つずつ選んで登っているのだが、これまで行ったのはまだ6つ。あと94も残っている。とりあえず次は上蒲刈島の七国見山か宮島の弥山、少し頑張るなら芸備線沿線の白木山あたりでどうかということになった。暑くなると大変な思いをすることになるので、気温の低い今の時期に登っておきたいところだ。

今日はいろいろな仕事の谷間で、比較的早く帰ることができた。夕飯を用意しながら何となくこのブログのアクセス状況をちょっと確認したところ、午前1時半頃から全く訪問者の足跡がない。もしやと思って調べたら、また10日前と同じ状況が起こっていた。Internal Server ErrorでCGIスクリプトが停止していたのだ。ブログ自体は表示されていたかもしれないが、少なくとも日中はずっとコメントは書き込めなかった可能性が高い。再起動をかけたらすぐ復帰したが、やはりこのサーバも徐々に具合が悪くなってきていることは確かなようである。サーバを新しいマシンに移行しようと去年の今頃頑張っていたのに、結局放り出してしまったツケだろう。本格的におかしくなる前に、もう一度新サーバを構築する作業を始めた方がよさそうだ。

2010年01月31日

今日ものんびり

昨日、最近は目が早く覚めると書いたばかりだが、今日は起きたらもう午前中の将棋番組が始まっていた。そういえば正午まで惰眠を貪ることも多かった高校生のころは、午前中が囲碁で午後が将棋ならいいのにとよく思ったものだ。今日の対戦は久保棋王対渡辺竜王というタイトルホルダー同士の対戦だったが、途中から一方的な内容になってしまい、ちょっと物足りなかった。

先週の日曜日と同じく、今日もずっと家でおとなしくしていた。このところ平日はどうもバタバタしていて落ち着かないので、休日はどうしてもぼうっとしていたくなってしまう。午後はピアノを練習したり、昨日切り出した紙で折紙を折ったりしてのんびり過ごした。夕方になってから買い物と床屋に出かける。床屋は行くとたいていすぐやってもらえるのだが、今日は先客が多くて少し待たされた。

さて、明日からまたいろいろ大変そうだが何とか頑張ろう。

2010年01月30日

折紙用紙作成、ジョギング、打ち合わせ

今週はいろいろあって疲れたので今日は心ゆくまでゆっくり寝ているつもりだったが、普段より少し遅い程度の時間に目が覚めてしまった。身体はまだ眠りを欲しているような気がするのに、なぜか意識ははっきりしていくのである。自治体が鳴らす正午のチャイムが窓の外から聞こえてもまだベッドに潜り込み、いつまで寝ているのと親に起こされたりしていたのは、いつごろまでだっただろうか。やはりあのころとは身体が変質してきているようだ。

目が覚めた、といってもはりきって活動するわけでもなく、だらだらとテレビを見たりしているうちにお昼になってしまう。パスタをゆでて食べ、コーヒーを一杯飲んでから、新たに折紙を折るために紙の作成に着手。アルミとカラペの接着が一部うまくいかなくて悪戦苦闘したが、どうにか紙を切り出した。明日から少しずつ折っていくつもり。それから着替えて近くの公園でジョギング。先々週先週、今日と自分にしては珍しく3週も続いた。やっぱり継続していると少し身体が順応するようで、先週に比べて5キロのタイムがまた数十秒早くなった。ただ、このへんがそろそろ限界だろう。

風呂に入ってさっぱりしてから車で街の中心部に出かける。東急ハンズで買い物をした後、広島将棋センターに立ち寄って席主のTさんと詰将棋解答選手権について打ち合わせ。会場をどうするか決めないといけないのだが、予定している区の施設が予約できるのは1ヶ月前からということで、それまでは会場未定ということで行くしかないということになった。民間の施設なら今から押さえることは可能だろうが、おそらく使用料金が割に合わない。まあ1ヶ月前の時点で、広島市中心部にある公共施設がすべて埋まっていることはないだろう。

2010年01月28日

卒研提出

今日も午前中から4年生の部屋で卒業研究の最後のチェックをしていた。もう今日の4時が締切だから余計なことは言わず、単純な誤植の指摘にとどめようと思っていたものの、目を通し始めるとどうしても文章がいちいち気になってしまい、ああしたらどう、こうしたらどうといろいろ言いたくなってしまう。おまけにいざ印刷しようとしたら、プリンタが紙詰まりを起こしてしまった。こういう切迫しているときに、絶対コンピュータやプリンタというものは壊れるものなのである。前にもこんなことを書いたなと思って探したら、去年の4年生の卒業研究につきあっているときだった。やはりこれがコンピュータの性なのだろう。悪魔の辞典なら「故障してはいけないときに故障するもの」と定義されているかもしれない。ともあれ、他にもいろいろあって大変だったが、どうにか締切前にはみんな何とか提出をすませた。

これから先は2週間後の発表会に向けてプレゼンの資料を作ってもらうことになる。夕方の会議の後にそれについて学生に一通り説明。やっと今日の仕事が終わったと思ったのも束の間、急な話が降ってくる。諸般の事情から、4月から新たに1コマ担当してほしいとのこと。寝耳に水だったがやむを得ない。うーん、何だか新年度もあまり落ち着ける時間はなさそうだ。

2010年01月27日

今日も忙しい一日

今日も何だか忙しかった。午前中はまず数学演習の試験。これまで毎週やってきた演習問題のうち、ある期間にやった問題の中からいくつかを選んでそのまま出題します、とちゃんと言っておいたのに、回収してみると何だかちっともできていない様子。白紙もずいぶんある。だいたい試験をこれから配ろうとしているときに、「ああ俺絶対無理ですよ、試験問題事前に教えてくれなきゃ」と言ったりする学生がいるのだからいやになってしまう。この問題の中から出題します、ではなく、この問題を出題します、でないと事前に教えたことにならないらしい。

午後は3年生を対象に、学科内の各研究室がそれぞれの研究分野を紹介する説明会。これを踏まえて4年次にどこの研究室に所属するかを決めてもらうのである。今はどの先生も多忙を極めており、みんな直前まで説明会用のプレゼンファイルを作っていた。1月下旬から2月中旬くらいまでは本当に大変だ。

夕方からはずっと夜遅くまで4年生の卒業研究につきあう。何しろ明日が提出締切なので、事実上今日までにできあがっていないといけないのだが、今頃になっても大慌てで結果や考察を書いている。それをそばから見てチェックしていくのだが、内容もさることながら漢字の間違いなどもやたらに多い。まあ急いで書いているせいもあるのだろう……と思いたいが、文献を引用している箇所で「N. コブリッツ箸」と書いてあったときには思わず笑ってしまった。コブリッツ氏がお箸を使えるかどうかは知らないが、とにかく今日のうちに気づいてよかったというしかない。もうとにかくさっさと明日提出してしまって、こちらも楽にさせてほしいものだ。

2010年01月24日

年賀はがき

今日は近くのスーパーへ買い物に行った他はずっと家でおとなしくしていた。明日からはどうせまた忙しいことになるし、市の中心部に出ても今日は駅伝をやっていて普段より混雑しているに違いない。ジョギングは昨日すませたから、もう何もせずにゆっくりしていようと決めた。そういえば、先週はジョギングの翌日は足全体にかなりの筋肉痛があったが、今日は今のところほとんど何も感じない。やはり続けることには意味があるようだ。夕飯はベーコンとブロッコリーのクリーム煮をつくってみたが、ずっと前に買った冷凍のブロッコリーを使ったら何だかちょっと傷んできており、それもあってか味はもう一つだった。

夜のニュースを見ていたら、年賀はがきの当選発表が今日だったことを知る。あまり期待はしないでいたものの、一応チェック。うーん、今年も1枚だけ。それもその1枚は、出しそびれた余ったやつで、つまり自分で買ったものである。昔、当選が5等まであった時代に4等が当たったことはあったと思うが、4等までになった今の形で3等が来たことは多分一度もない。最近は一時期に比べて受け取る賀状の枚数も減ってきており、この分ではおそらく今後3等が当たることはもうないように思う。

2010年01月23日

原稿のチェック作業、ジョギング、サーバエラー

今日は原稿をチェックする仕事を2つこなしていた。1つは楽譜の校正作業。今回頼まれている分は明日が締切だ。コーヒーを片手に、音符、強弱記号、スラー、指使い番号、ペダル記号などを一つずつチェックする。何しろ複雑な譜面だから、かなり集中していないと見落としてしまう。もう1つはプロパラの原稿のゲラチェックで、こちらも駒の配置や出題時の指定など、一つ一つ丁寧に確認する。誤植を出すと正解のない問題を解答者に解かせることになりかねないから、間違えるわけにはいかないのだ。

作業が一区切りついたところで、先週に引き続きジョギングに出かける。今年に入ってまだ2回目だが、それでも1年近いブランクを挟んで再開した前回に比べるとわずかながら持久力が上がっていたようで、5キロのタイムが2分近く早くなった。もっとも、先週のペースが遅すぎただけともいえる。今日は太陽は出ていたものの風が冷たく、自宅に戻るとすぐ風呂に入って冷えた身体を温めた。

夕方は買い物に出かける。夜に戻ってきて、そろそろブログの更新をしようと思ったら、管理画面が出る代わりに「500 Internal Server Error」の文字が表示された。サーバが何らかのエラーを起こしてストップしていたらしい。どうも今日の午前3時過ぎからずっと止まっていたようで、全く気づかなかった。これまでのトラブルはすべてルータやモデムが原因で、このサーバ自体が不具合を起こすことは全くなかったのだが、稼働させ始めてからもう4年、そろそろ老境を迎えつつあるのかもしれない。

2010年01月20日

自動車工場見学

午前中の数学演習を終えると部屋に戻って買っておいた弁当を急いで食べ、それから正門前に向かった。もうマイクロバスが来ている。今日は先週の講演会に続く企画で、就職活動を控えた3年生や修士課程1年生を引率して大手自動車メーカーM社へ工場見学に行くことになっていた。参加した学生は20名弱。向洋駅近くのM本社には30分ちょっとで到着した。

受付でしばらく待機した後、社内バスに乗り換えてM社の広大な敷地を移動。工場に隣接して建てられているMミュージアムという施設で、M社の過去の車種や組み立て工場の様子などを見学することができた。やはり実際に車が流れ作業でどんどんできていくのを見るのは面白い。興味深かったのは、車種も色もバラバラの車が同じ生産ラインで組み立てられていたことである。同じ車を機械的に組み立てているイメージでいたので、この多車種混流ラインというのはちょっと新鮮だった。こういうところに見学の目的で来たのは小学生時代の社会科見学以来かもしれないが、やっぱりこの年になってからの方がはるかに楽しめる。なかなかこんなところに来る機会はないので、仕事とはいえ悪くない経験だった。

見学を終え、大学に戻ってきたのは4時半頃。それからはまた諸々の書類作成や4年生の卒業研究指導など。昨日よりさらに帰るのが遅くなった。明日は朝から会議でいつもより早く出勤しなければいけない。ああ、忙しい。

2010年01月19日

モスキート音

昨日、今日と夜遅くまで勤務先に残る日が続いている。主に4年生の卒業研究につきあうためだが、他にもこの時期特有の仕事が目白押しでなかなか一息つけない。今月はずっとこんな調子だろう。

今日は日中はセミナーをしていたのだが、その合間の雑談中にI先生から聞いた話。半年くらい前、真夜中に公園にたむろして騒ぐ若者を散らすため、東京都が特殊な音を出す仕掛けを問題の場所に設置したことがニュースになった。あるレベルから高い音は若い人にしか聞こえないことを利用し、高周波の不快な音を発して集まる若者を追い払うというものである。この「モスキート音」が聴けるサイトを教えてもらったのだ。早速その場で聴いてみたが、私が何とか分かるのは12,000Hzぐらいまで。14,000Hzになるともう全然聞こえない。I先生は私より年上なのに14,000Hzはちゃんと聞こえるそうだ。16,000Hz以上はセミナーに参加していた3人は誰も聞こえなかったが、I先生が家で子供に聴かせたら、18,000Hzでも聞こえると言ったそうである。

セミナー終了後に4年生が集まる学生部屋に行き、ちょっと音を聞いてもらった。16,000Hzを鳴らしたら、何人かが「うわっ!」と声をあげる。22歳くらいの彼らには、やっぱり聞こえるのである。最近、外見や記憶力などでいちいち年をとったことを実感してしまうことが増えたが、身体能力もしっかり枯れてきているのだということを実感してしまったのだった。

2010年01月16日

また久しぶりのジョギング

今日は久しぶりにジョギングに出かけた。多分去年の2月に行ったきりだったと思う。そのときすでに「前回はいつだろうと調べたら、何と去年の2月」などと書いている。つまり1年に1回しか走っていないのだから、これでは何もやっていないのと同じだ。このところ、土日はいつもどこかに出かけなければいけなかったり、そうでなくてもピアノの練習かチェスの勉強か折紙の作成か、あるいはそれとはまた別にやりたいことがあったりして、どうしてもジョギングの優先順位は低くなってしまっていた。暑いうちは中断するにしても、今の時期にやらないのはやはりよくない。

こうやって長いブランクがあるときはたいていすぐバテてしまうものだが、今日はペースを速めないよう気をつけていたのがよかったか、何とか5キロは走ることができた。30分はかかっているから、ほとんど歩いているようなスピードである。3キロ過ぎあたりが一番きつく、脇腹が痛くなってきてよっぽどやめようと思ったが、そこを切り抜けたら少し楽になった。この間鈴が峰に登ったのがいいウォーミングアップになっていたのだろうか。いやそれより、勤務先で自室から講義に向かった後、よく忘れ物を取りに大慌てで走って戻っているのが利いているのかもしれない。何しろ自分の部屋が建物の最上階にあるから、階段を走って上がるだけでちょっとした運動になるのである。

帰宅するとすぐ沸かしてあった風呂に入ってさっぱりする。今日は天気も穏やかだった。気温も家を出るときは少し寒く、走った後は少し汗をかく程度でちょうどいいジョギング日和。今年はこういう日を見つけてもう少し走るようにしたい。

2010年01月14日

多忙な一日

今日は午後から自動車メーカーM社の方をお招きし、受講を希望する学生を対象にした講演会を行った。学生委員としての仕事の一環である。なかなか普段聴けない話を拝聴できてよかった。来週はさらに受講学生を引率して工場見学に行くことになっている。こういうことがなければ工場を見る機会などないだろうから、仕事とはいえこれもちょっと楽しみではある。

講演会が終わった後、佳境に入った4年生の卒研の様子を見に行く。本当にこれで間に合うのか、相変わらず心配な状況。たっぷり時間を使わされてから部屋に戻り、メールベースの仕事を片づけ、来年度納入する端末に関する書類を少し書き、明日の講義の準備を始め……そのあたりで疲れて居眠りしてしまった。気がつくともうすっかり遅い時間。寒いしお腹は減ったし、やむを得ず撤退することにする。まだ書かなければいけないメールがあったがもう明日に回した。明日の講義の準備も終わっていなかったが、これも明日直前にやることにする。こんなふうにギリギリで仕事を回す自転車操業は好きではないのだが、こう次から次へと降ってこられては否応なくそうならざるを得ない。明日も疲れそうだ。

2010年01月13日

雪の一日

開かない目をこすりつつさっとカーテンを引くと、予想通り一面の銀世界が広がっていた。今日は北海道から鹿児島まで、日本全国雪らしい。タイヤをスタッドレスにしていないことだし、こんな日は運動不足解消に歩こうかとも考えたが、午前中に行う数学演習の準備時間がなくなりそうなのでやはり車を出すことにした。幸い、降りはそれほどでもなくて道路を走る分には問題はなかった。

午前中の数学演習、午後のセミナーを終え、また採点作業などをしばらくしてから8時頃部屋を出る。駐車場に行くと、ベージュのはずの車がフロントガラスまで一緒に白く塗装されたようになっていた。帰宅時に車がこういう状態になっていたのは多分今年に入って3度目だが、これまでと違い、今日はフロントガラスの雪を払うとパラパラと簡単に落ちてきた。この間はこんなふうにはいかず、一度とけかけた雪が再び凍ってガチガチになってしまい、窓にこびりついて容易に取れなかったのだ。今日はずっと0度に届かなかったことを、図らずもフロントガラスの雪で実感した次第。

2010年01月12日

Gorilla Observation Test

「ミスディレクション」という言葉について、しばしば次のような説明がなされる:「ミスディレクションとは、観客に見られては困る場所、つまり秘密の動作を行っている場所から観客の視線をそらすためのテクニックで、例えばマジシャンが右手を前に突き出すことによって観客をその手に注目させ、そのスキに秘密の動作をこっそりと左手で行ったりするような行為のことである」。これを真に受けた人がマジックを見て、「手品師が右手に注目させようとするから、だまされまいと思ってずっと左手ばかり凝視していたけど、結局何もしていなかった」と言ったりする。それはある意味では当然のことだ。ミスディレクションとは、実際には上の説明のようなものではないからである。そらすのは観客の視線ではなく、あくまで観客の心なのだ。視線がそれることは心がそらされたことの結果に過ぎず、いくらちゃんと見ようとしても心をそらされていたら、何も見ていないのと同じなのである。

イギリスで現在活躍しているマジシャンの一人にDerren Brownという人がいる。「メンタリスト」の肩書きを名乗る彼は、人間の思い込みや先入観、心理状態を手玉に取ったトリックを駆使して、マジックに限らない様々な芸を披露している。そのDerren Brownがショーの中で行った面白い出し物の映像を見つけた。彼はこれから注意力のテストをするといい、ポケットから取り出したバナナをステージの隅に置いて、これからショーの間にゴリラの着ぐるみを着た男がどこかのタイミングでバナナをこっそり取ると宣言する。ショーがしばらく進んだところで、DBが注意をステージの端に向けると、いつの間にかバナナは消えている。ゴリラを見逃した人のためにもう一度チャンスをあげましょうといって彼はバナナをまた台の上に置くのだが……。実際のショーはずっと長いが、動画ではこのゴリラテストに関する部分だけが抽出されている。この動画はミスディレクションの何たるかをよく表しているように思う。

同じマジックは二度繰り返して演じてはいけないとされているが、その理由もこの動画は端的に示しているといえる。この動画をもう一度見直せば、実際にステージで何が起こっていたかはすぐに分かる。もう2回目にはミスディレクションは存在し得ないからだ。しかし初めて見たときに事態を正しく認識できる人はほとんどいないだろう。そういえば以前、私がマジックの真似事をすると知った人から「じゃあそのうちブログにマジックをしているところの動画をアップしてほしい」と言われたことがあるが、それができないのも同じ理由によるものだ。その場で一度しかやらないからこそ、マジックはマジックたり得るのである。

2010年01月11日

肉じゃがと比治山チーズ

3連休の最後だが、一昨日昨日と出かけたので今日はゆっくりしていることにする。それにあまり遊んでいるわけにもいかない事情があった。年末に回収したまま未だに採点をサボっているレポートの束があったのである。水曜日に返却しなければいけないが、明日一日では採点の時間がとれないかもしれない。そんなわけで、午後は少しだけ休日出勤して作業を進めてきた。

Nikujaga.jpg帰宅すると、出かける前に買っておいた野菜と豚肉を使って肉じゃがをつくる。最近は帰りが遅くなってスーパーで惣菜を買ってくるだけという日が多く、少しは料理めいたこともしようと思い立ったのである。もっとも、肉じゃがといっても豚肉の他はじゃがいも、にんじん、タマネギ(この3つ、今日はなぜかすべて1個28円だった)だけといういたってシンプルなものである。何の工夫もないようなつまらないものでも、「シンプル」という言葉は妙にポジティブに聞こえるからこういうときは都合がよいものだ。でも少し我慢して長めに煮込んだから、じゃがいももにんじんもだいぶくったりしていてまあまあよかったと思う。

HijiyamaCheese.jpg食後のデザートに「比治山チーズ」という洋菓子を1個。実は昨日、下山してからショッピングモール内の店で買っておいたものである。1個120円で、直径5cmくらいのチーズタルトなのだが、これがえらくおいしいのである。日頃はわざわざこういうお菓子の類を買うことはしないのだが、これは存在を前から知っていた。もう4年くらい前になるが、そのとき数学演習の担当をしていた女子学生が、「自分が今バイトをしている店のお菓子ですけどよかったらどうぞ」とこのお菓子を持ってきてくれたのである。私は舌が鈍感だからか、お菓子の類に強い印象を受けることは正直言ってあまりないのだが、これは食べてみたらはっきりおいしいと思ったので、店の名前と商品名だけは覚えていた。ちょうど昨日その店の前を通りかかったので、久しぶりに食べようと思ったわけだ。日持ちしないのが残念な点だが、何せチーズの生菓子だから仕方がない。

2010年01月10日

鈴が峰に登る

6時半にのそのそと起き出す。東京に比べると日の入りも日の出も遅い広島は、今の時期のこの時間ではまだ真っ暗だ。7時を回るころからようやく空が藍色に変わり、7時40分頃に家を出るときにはいつの間にかすっかり明るくなっていた。

Suzugamine.jpg早起きしたのは、また同僚のI先生と山登りに行くためである。今回の行き先は鈴が峰。「峰」などとついているとさぞ険しい山のように聞こえるが、実はその正反対で、街中にある丘の変種くらいの小山である。I先生は腰を痛めてあまりきつい山は無理だというし、こちらも運動不足で息切れするに決まっているからということで、今回はこれくらい穏やかな目標になった。今回の鈴が峰も含め、今まで登った山はだいたい「広島県百名山」にカウントされているのだが、楽な山ばかり先にクリアしているので、この調子だとだんだん後からきついことになりそうだ。

新井口の駅で8時20分頃にI先生と落ち合う。住宅地の中を抜け、中学校の脇にいきなり登山道の入口があった。多分このへんの子供は、ちょっと散歩するくらいのつもりでしょっちゅうこの山に登っているのだろう。実際、登りだしてから小一時間でもう山頂に到達してしまった。高さは東峰が312メートル、西峰が320メートルで、特に東峰からの眺望が素晴らしいことで知られる。今日はあいにくの曇り空だったが、それでも広島から廿日市へと連なる街並みと、雲間から漏れる陽光で一部がきらきらと光る穏やかな瀬戸内海の様子を一望の下に見渡すことができた。光っている海面の右後ろの島が似島、その後ろに江田島、さらにその奥にかすかに倉橋島が見える。似島の安芸小富士、江田島の古鷹山、倉橋島の倉橋火山、いずれも去年の冬から春にかけて登った山だ。見えている島々の中でこの後外せないのは、やはり西側に見えている宮島だろう。宮島自体は何度となく訪れているが、厳島神社の背後に聳える弥山には未だ登っていない。春か秋か、季節のいいときに一度行きましょうとI先生と話した。

SuzugaminePanorama.jpg

お昼前には下まで降りてきてしまった。新井口駅前のショッピングモールでお昼をすませる。1時前には帰宅した。

2010年01月08日

通常運転

今日から講義も再開され、完全に通常運転の状態に戻った。とはいえ、金曜日は来週で講義期間は終了だから、もうあと1回だ。1月末から2月中旬は期末試験やら卒研発表やらが怒濤のように押し寄せてくる。無事に乗り切れるのか、今から少々心配だ。

それにしても、このところどうも寒くっていけない。自分の居室にいるときは暖房があるからまだいいのだが、印刷室に行って学生に配る資料を一人で印刷したりしていると、たちまち手が氷のように冷えてきてしまう。きっと血行が悪いのだろう、私は手先、足先がすぐ冷えてしまうのだ。先日、会議室で会議をしていたときも、暖房の暖気はすべて上昇していってしまい、足が冷たくて仕方がなかった。今は自室に戻ってくるたび、たき火にあたるかのようにヒーターに手をかざす毎日である。

2010年01月05日

仕事始め

今日からはまたいつもの日々が始まる。本当はまだ休暇を入れてあったのだけれど、これ以上休んでも仕事が後でまとまってやってくるだけのことだ。だいぶ遅くに出勤し、できることを少し片づけておく。肩慣らしは今日までで、明日からは本当に忙しくなる。今月中にやらなければいけないことを頭の中で思い浮かべていくと、それだけで目が回りそうだ。早く全部終わらせて一息つきたい。

天気の方はやはり雪だった。昼過ぎまでは路面が濡れることもない程度だったのだが、日が傾くにつれてだんだんと雪らしくなってきた。今、窓の外を見てみたが、しんしんと降り続いている。まだ大して積もってはいないが、さすがに夜の底は白くなりつつあるようだ。明日はだいぶ景色が変わっているだろう。

2010年01月04日

帰宅

お昼過ぎに実家を出て、広島に帰ってくる。新幹線はさすがに混雑していたが、名古屋・京都・新大阪と駅に到着するごとに人が減っていき、山陽新幹線に入ってからは空席が目立つようになった。車内では主にプロパラの原稿書き。本当は大晦日までに書き上げていなければいけなかったのだが、原稿作成に必要な解答束を帰省する際に持ってくるのを忘れてしまい、やむを得ず締切を少し延ばしてもらっていたのだった。もちろん、家に帰り着くまでは解答束がない状態には変わりないので、車内では書けるところを書いていたにすぎない。今日は何しろ子供がやたらにたくさんいて、車内のあちこちから歓声や絶叫が始終聞こえてきてちょっと騒々しかった。

6時半過ぎに自宅にたどり着く。それにしても広島は寒い。東京とはえらい違いだ。冷たい雨が降っているが、この分では多分明日には雪に変わるだろう。