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2010年03月28日

参加者獲得の現場

夕方から車で市街に出る。本を買ってから広島将棋センターへ。いよいよ今年の詰将棋解答選手権が今週の土曜日に迫ってきたので、席主のTさんと簡単に打ち合わせをする。当初は参加申し込みが少なく、このままではずいぶんさびしいことになると心配していたのだが、将棋センターの方で積極的に宣伝していただいたことから、いつの間にか去年並みの人数まで参加者が増えてきた。これならさまになりそうだ。さらに打ち合わせ中にもTさんは参加者増やしの手を緩めず、対局を終えてソファに座っていた中学生の子に声をかけた。
「(チラシを渡しながら)今度の土曜日に詰将棋解答選手権いうのあるけぇ、どう」
「詰将棋?お父さんが出てええ言いよったら出る」
「そうか。お父さんまだおるじゃろ。うん。(電話をかける)……ああどうも、将棋センターのTです。えーとですね、今度の3日にですね、詰将棋解答選手権いうのをやるんですが、ええ、初級戦と一般戦で詰将棋を試験みたいに解く、ええ。ほいで聞いたら、お父さんがええ言うたら出る言うてますけど、ええ。600円です。……ああ、いいですかね。はいはい、はい、じゃそういうことで、はいどうも。(受話器置く)お父さんええって。初級戦と一般戦両方出るんでいいな」
「うん」
「(こちらに向かって)じゃ、彼も参加ってことで」
というわけで、目の前で新たに一人参加者が増えてしまった。やっぱり将棋センターの協力は実に大きい。この分だと、今年は去年の参加者を上回ることもできそうだ。

2010年03月21日

チェス三昧

今日はまた朝から快晴。昨晩荒れ模様だったのが嘘のようだ。ただし風は強め。午前中は部屋の掃除をしつつ、NHK杯将棋トーナメントの決勝戦を見る。準決勝まであれだけ早指しだった糸谷五段が、羽生名人相手には妙に慎重になって持ち時間を使っていた。結果は羽生名人の勝ち。

午後はまず床屋に出かけ、さっぱりしたところで車を出して出発。まずは横川の近くにあるファミレスで、先月に引き続きHさんとチェスを指す。今回は持ち時間も30分+30秒とトーナメント並みの長さに設定し、かなり本格的に指してみることにした。早い段階で駒得したので、これは手なりで指していけば何とかなるだろうと安心していたら、突然一発逆転のメイトのラインがあることに気づいてぎょっとなる。何とか切り抜けて勝てたが、もしもっと短い持ち時間で指していたら、間違いなく引っかかって負けていただろう。これだからチェスはこわい。どうも自分にはビショップの展開が遅れたまま居玉で戦いを始めてしまう傾向があり、しばしばキャスリングできないまま危険な形に追い込まれてしまう。チェスにおいても、やはり「居玉は避けよ」である。終了後は、たっぷり感想戦を楽しんだ。

Hさんと5時半頃お別れした後、広島駅に移動。ここでピアノの会同期のY君と落ち合う。彼は出張で岡山に来ており、せっかくだからと広島まで足を延ばしてくれたのだ。駅構内のお好み焼き屋で夕飯をすませた後、車で自宅にご招待する。彼はチェスの強豪でもあり、すでに年明けに指して見事に負かされている。家に着いてから早速チェス盤を出してきて、お互いが最近指した対局を並べ合って検討。その後ベルリンディフェンスの一変化について、対局と検討を兼ねたような形で指してみる。かなり突っ込んだところまで研究することができ、非常に有意義であった。今晩は彼に泊まってもらい、明日広島駅で送り届けるつもり。さて、今夜はもう少し語ろう。

2010年03月16日

詰将棋解答選手権追加募集

4月3日に行われる詰将棋解答選手権の初級戦・一般戦部門について、参加者の募集が一昨日までにいったん締め切られた。本部から広島大会の分についてその報告が届いたのだが、何と初級戦、一般戦ともに3名ずつとのこと。これとは別に広島将棋センターに申し込みをされた方もいるが、こちらも初級戦、一般戦がともに3名のみ。つまり現時点で6名ずつしか参加者がいないのだ。もう少し集まると思っていたのでこれはちょっと残念な結果だった。去年は初級戦に16名、一般戦にも14名いたのである。今年は全国で実施会場がだいぶ増えたようだが、広島県内では会場はここだけなのだから、これだけ減る理由にはならないだろう。

ともあれ、本部追加募集を告知していただくようお願いしておいた。押さえた部屋にはまだまだ余裕があるので、広島近辺にお住まいの方で、詰将棋に多少なりとも興味のある方は、是非ご一報いただければと思う。

2010年03月08日

超早指しの棋士

昨日のNHK将棋トーナメントの対局を録画しておいたので今日ざっと見る。渡辺竜王対糸谷五段の対局だったが、相変わらず糸谷五段の指し手の早いこと。相手の指すのが待ちきれないという様子で、渡辺竜王が指して手が駒を離れた瞬間にもう手が伸びている。たまに1分の考慮時間を使うときでも、「糸谷五段、2回目の考慮時間に入りました。残り8分です」と記録係が言い終わった瞬間にもう指すのだから笑ってしまった。これで強いのだから始末に悪い。いくら指しても自分の手番が続くような感じで渡辺竜王もすっかりリズムが狂ったのだろうか、あっという間に大差がついてしまい、恐ろしく早く終局してしまった。自分もチェスの対局で、あまりに相手が早く指してくると持ち時間に差がついていくのが気になり、ただでさえ足りない集中力がますますなくなってしまうことがある。比べるのはおこがましいが、ここまで相手の時間の使い方が変わっていると、強い人でも多少は影響を受けてしまうものなのかもしれない。

こういう超早指しの棋士というと、これまででは櫛田六段とか田村六段あたりが思い浮かぶ。田村六段と糸谷五段はすでに順位戦で対局したことがあるようだが、いったいどんな感じだったのだろうか。一度NHK杯戦でぶつかってほしいものである。小学生名人戦顔負けの早さで進行しそうだ。

ところで、あとで調べて分かったのだが、対局があまりに早く終了してしまったために、丸田九段が昭和の名局を解説する穴埋め番組をやっていたらしい。番組情報を取得して自動的に毎週録画しておいてくれるのはいいのだが、こういうときはその便利さが裏目に出る。いつもと同じように12時まで録画しておいてくれればいいのに、デジタルになるとそういう気は利かしてくれないのである。

2010年03月03日

会場決定

帰宅後、広島将棋センターのTさんより、詰将棋解答選手権の会場として南区地域福祉センターを押さえることができたとの連絡を受ける。早速本部にも報告しておいたので、まもなく告知が出るだろう。全国の地域会場で広島だけが決まっておらず何だか申し訳ないような気がしていたのだが、これで当日の準備に安心して専念できる。場所は名前の通り南区で、電車で来るなら広島駅から路面電車で南区役所前まで乗ればよい。駐車場も比較的大きいようなので、車で来ることも可能だろう。広島近辺にお住まいで、多少なりとも詰将棋に興味のある方は、是非お越しいただきたい。

タイミングよく、当日入賞者に差し上げる賞品もU七段から届いた。色紙にT九段のDVD、それにWさんによるミニブックなど、個人的にもほしいものばかり。そういえば、去年はこの賞品を当日会場に持って行くのをうっかり忘れてしまうという失態を犯してしまったのだった。今年は気をつけよう。

2010年03月02日

将棋界の一番長い日

BSで11時過ぎから始まった将棋A級順位戦最終局の中継放送を見ている。現時点ではまだ5局とも終わっていないが、少し形勢に差のついた対局もあるようだ。個人的には今年は谷川九段に挑戦してほしい気がしていたが、今の状況を見る限りはちょっと難しそうだ……と書いていたら、たった今谷川九段が投了してしまった。残念。

順位戦は将棋界の中心となる対局で、A級順位戦最終局の日は「将棋界の一番長い日」などと呼ばれるが、今年の順位戦はA級からC級2組まで、どういうわけか最終局を待たずして昇級者も降級者もかなり決まってしまい、いまいち盛り上がるに欠ける展開になってしまったような気がする。A級も佐藤九段の降級が早々に決定してしまったのが意外だったが、これで名人挑戦者も事前に決まってしまっていたら、ますます「一番長い」のフレーズが空しく聞こえるところだった。

さて、もう少し観戦を楽しもう。

2010年02月28日

ファミレスでチェスを指す

日曜日なので午前中はまたテレビで将棋対局を見る。羽生名人対山崎七段という好カードだったが、最初から最後まで右下に津波警報を示す日本地図が表示されっぱなしで、盤面が隠されてしまっているのにはまいった。何しろ右辺に何の駒があるのかも、山崎七段の持駒も分からないのだ。仕方のないこととはいえ、これでは内容に集中することもできず、途中から解説の内藤九段の話を聞くだけになってしまった。タレントが「何これぇ、ちょーおいしい」とか言っている番組なら、背後の壁が隠されていてもほとんど何の影響もない(そもそも元々の映像の情報量自体がゼロに近い)が、将棋の盤面を写した映像というのは画面のどの部分であろうと情報の重要度に軽重がないわけで、その意味ではかなり特殊な番組といえるかもしれない。

お昼をすませた後、午後から横川の近くにあるファミレスへ。ここで先月に引き続き、Hさんとチェスを指す。途中まではがっぷり四つという感じで一つ間違えればたちまちやられてしまいそうだったが、たまたまこちらがやらかす前にHさん側にミスが出たため、何とか勝つことができた。それにしても、チェスを始めたばかりだというのにHさんの駒組みがきれいで棋理にかなっているのに感心してしまった。聞いてみたら、フィッシャーの本を買ってきて巻末の棋譜を並べてみているとのこと。道理で、と納得した。将棋でもそうだろうが、やはり名局の棋譜を並べるというのは何より勉強になると思う。それで指し方の感覚を身につけ、あとはひたすら実戦を経験するというのが確実な上達法だろう。そういう自分は実戦経験が極度に不足しているためにいつになっても弱いままだが、今日はその意味でこちらもいろいろと得るところがあったように思う。

Hさんと別れた後、昨日に引き続きまた広島将棋センターに立ち寄り、Tさんと再度打ち合わせ。会場の問題については何とか解決できそう。今週中には状況を確定させることができるだろう。

2010年02月27日

解答選手権の会場

夕方に広島市街へ。広島将棋センターへ赴き、席主のTさんと詰将棋解答選手権の件で打ち合わせをする。Tさんによれば、当初会場に予定していた施設から、使用する団体の団体規約を提出してほしいと言われたとのこと。怪しげな団体に施設を使われたら困るということなのだろうが、こちらは別にそんなもっともらしい規約があるような団体ではない。ただ詰将棋を解く催しに使わせてほしいというだけなのに、ちょっと面倒な話だ。こうなれば念のために押さえてある別の施設を使った方がよいのではないかという結論にいったんは落ち着いた。しかしそれからその第二候補の施設に移動して直接確認してみたところ、解答選手権の当日は隣の部屋で企業の研修が行われており、間仕切りしか遮るものがないから静かではないだろうという。そんな環境では落ち着いて詰将棋など解いていられない。ちょっと困ってしまったが、やはり最初に予定していたところで実施するしかないようだ。うーん、どうも会場の件ではいつも苦労させられる。

帰宅後、今日の午前3時過ぎからまたサーバの状態がおかしくなっていたことに気づく。きっとコメントが書き込めなくなっていたはずだ。何を契機にこの症状が発生するのかよく分からないが、こんな調子ではいつどうなってもおかしくない。とにかく新サーバへの更新を早く実施しないとまずい。今年度中には何とかしよう。

2010年02月24日

なるほどですね

今日は勤務を終えてから寄るところが二つあった。まずは街中に出て広島将棋センターへ。詰将棋解答選手権の主催者側からチラシが届いていたので、それを置いてもらうためである。席主のTさんとも今後のことについて少し打ち合わせをする。会場はすでに一つ押さえてあるところがあるのだが、来月初めから予約が可能となる別の施設が使えることになればそちらを利用するということになった。

それからすぐ駐車場に戻って車を出すと、今度はアルパークの近くにある車のディーラーに向かった。現在乗っている車が買ってから5年となり、二度目の車検に預けることになっていたのである。街中で少し渋滞したためにやや予定の時間より遅れて到着。いつも担当してもらっているSさんは今日は不在で、代わりの人に応対してもらう。預ける前に一応気になる箇所を説明しておいたのだが、
「エンジンをかけるときにですね、たまに燃費計のメーターの数字がおかしくなることがありまして……」
「はあ、なるほどですね」
「あと、ワイパーの滑りがちょっと悪くなっているようです」
「はあはあ、なるほどですね」
という調子で、相づちがほとんど「なるほどですね」だった。そこは「なるほど」だけでいいのではないかと思うのだが、「です」をつけないとお客様に失礼という思いがあるのだろうか。そういえば、大学に出入りしているコンピュータ機器関連業者の人も、ときどき「なるほどですね」と言っていた。響きを滑稽に感じて何となくおかしくなってしまう私は、もしかしたら少数派なのかもしれない。

なるほどですねさんに用意してもらった代車に乗って帰宅。ずいぶん古いシビックフェリオで、車高が自分の車よりかなり低いうえに、加速のたびに結構派手な音をあげるので落ち着かなかった。まあ明日までの辛抱だ。

2010年02月09日

棋士のぼやき

昨年の夏から囲碁と将棋の専門チャンネルが見られるようになり、他に取り立てて見たい番組がないときにはよくチャンネルを合わせるようになった。私は囲碁はやらないのだが、それでも何となくつけておいて、「黒ここでコスミツケですね」「そうですね。これはノビますと……」「こちらをオサエて、キレばここをツグと」「あ、ここに一眼しかないですね」というやりとりを聞いているのは、それがよく分からなくてもそれなりに面白い。あまり気を取られたくはないが、しかし何となくテレビはつけておきたいということがしばしばあって、そういうときにも対局番組は騒がしくなくてうってつけである。

しばらく見ていて気づいたことだが、囲碁棋士は対局中やたらにぼやく。高名な棋士でぼやきが有名だという話は聞いたことがあったが、若い人でも「ひどいねもう、何をやってんのかねえ」とか「ああ、やっちゃったか」とか、結構頻繁に何か声が聞こえてくるのである。こんなにぼやいているものだとは知らなかった。もちろん最初から最後まで静かな人もいるが、将棋に比べてぼやきの頻度は相当高いのではないだろうか。将棋でも石田九段のぼやきは有名だが、逆に言えばそれくらいしか恒常的にぼやくような人はいないということだろう。もちろん局後の感想戦で自らの手を嘆くのは珍しくないが、対局中はだいたい静かにしているのではないかと思う。

私は普段一人でいるときは、結構独り言を口走ってしまっている。チェスを指しているときも、半ば無意識に頭の読みに合わせて「取れば、取って取って……」とか「d4突くと……」と声は出さずに唇だけときどき動かしているように思う。もし声を出したら、たとえそれがかすれるような無声音であっても文句が出る可能性はかなり高い。ましてや「ああ、何やってんだよ全く」などと大声でぼやいたらつまみ出されそうだ。チェスの世界では、音に関してはとにかく厳しいのである。囲碁棋士にぼやく人が多いのは単に慣習の違いなのか、それともゲームの特性と何か関係があるのか、それはよく分からない。

もう一つ番組を見ていて気づいたのは、囲碁番組に将棋のプロ棋士がゲストとしてよく出演するということである。この半年足らずで3人は登場しているのを見た。みんな本業の合間の楽しみに、一人のアマチュアとして囲碁を学びたいという立場で出てくる。しかしその逆、将棋番組の講座などに囲碁棋士は(少なくとも見ている限りでは)全く出てこない。これもゲームの特性と何か関係があるのか、それもよく分からない。

2010年02月07日

詰四会に行く

今日は半年ぶりの詰四会の日。宇品港を10時半に出る船で松山に向かい、松山観光港からはバスで市街地へ。松山駅でお昼をすませ、ゆっくりぶらぶら歩きながら松山市民会館に向かう。もうすっかり通い慣れた道だ。

今日集まったのは5人。詰四会は毎年この時期と暑い盛りに行われているが、どちらかというと夏の方が人数が集まりやすいようだ。会合中は主に、「プロ野球の球団にちなんだ作品」という今回の作品展のお題に応えて投稿された作品を吟味する。内容もさることながら、「球団にちなむ」という妙な課題をどうクリアするかというところもポイントの一つだったのだが、何だかこじつけみたいなのが多く、「これじゃ大喜利大会みたいだ」とみんなで笑ってしまった。今日Tさんが持ってきた作品が昔のある有名な試合をうまく描写していて、個人的には一番気が利いていたと思う。

その後は次回の課題をどうするかという話になった。まず現在放送されている大河ドラマにちなんで、「初形に龍と馬がある作品」というのはどうかという案が出たが、創棋会で似たような課題が出されていると分かり、これはボツになる。いろいろ話すうちにおおよそ決まったのが、「桂馬が頑張る作品」というもの。桂馬が何回跳ねるといった具体的条件ではなく、「頑張る」という曖昧な言葉にしておくのがミソで、どう頑張っているかは作者の解釈に委ねようというわけだ。何だか詰四会は毎回大喜利みたいな課題になりがちだが、所詮は地方のこぢんまりとした集まり、これくらいの方が肩の力が抜けていて面白いだろう。

5時に会合を終え、5人で松山市駅近くの店に入って夕飯を食べながら歓談。毎度のように車で松山観光港まで送ってもらい、7時半発の船で広島に戻った。

2010年01月31日

今日ものんびり

昨日、最近は目が早く覚めると書いたばかりだが、今日は起きたらもう午前中の将棋番組が始まっていた。そういえば正午まで惰眠を貪ることも多かった高校生のころは、午前中が囲碁で午後が将棋ならいいのにとよく思ったものだ。今日の対戦は久保棋王対渡辺竜王というタイトルホルダー同士の対戦だったが、途中から一方的な内容になってしまい、ちょっと物足りなかった。

先週の日曜日と同じく、今日もずっと家でおとなしくしていた。このところ平日はどうもバタバタしていて落ち着かないので、休日はどうしてもぼうっとしていたくなってしまう。午後はピアノを練習したり、昨日切り出した紙で折紙を折ったりしてのんびり過ごした。夕方になってから買い物と床屋に出かける。床屋は行くとたいていすぐやってもらえるのだが、今日は先客が多くて少し待たされた。

さて、明日からまたいろいろ大変そうだが何とか頑張ろう。

2010年01月30日

折紙用紙作成、ジョギング、打ち合わせ

今週はいろいろあって疲れたので今日は心ゆくまでゆっくり寝ているつもりだったが、普段より少し遅い程度の時間に目が覚めてしまった。身体はまだ眠りを欲しているような気がするのに、なぜか意識ははっきりしていくのである。自治体が鳴らす正午のチャイムが窓の外から聞こえてもまだベッドに潜り込み、いつまで寝ているのと親に起こされたりしていたのは、いつごろまでだっただろうか。やはりあのころとは身体が変質してきているようだ。

目が覚めた、といってもはりきって活動するわけでもなく、だらだらとテレビを見たりしているうちにお昼になってしまう。パスタをゆでて食べ、コーヒーを一杯飲んでから、新たに折紙を折るために紙の作成に着手。アルミとカラペの接着が一部うまくいかなくて悪戦苦闘したが、どうにか紙を切り出した。明日から少しずつ折っていくつもり。それから着替えて近くの公園でジョギング。先々週先週、今日と自分にしては珍しく3週も続いた。やっぱり継続していると少し身体が順応するようで、先週に比べて5キロのタイムがまた数十秒早くなった。ただ、このへんがそろそろ限界だろう。

風呂に入ってさっぱりしてから車で街の中心部に出かける。東急ハンズで買い物をした後、広島将棋センターに立ち寄って席主のTさんと詰将棋解答選手権について打ち合わせ。会場をどうするか決めないといけないのだが、予定している区の施設が予約できるのは1ヶ月前からということで、それまでは会場未定ということで行くしかないということになった。民間の施設なら今から押さえることは可能だろうが、おそらく使用料金が割に合わない。まあ1ヶ月前の時点で、広島市中心部にある公共施設がすべて埋まっていることはないだろう。

2010年01月29日

詰パラ二月号

今日も疲れた身体で帰宅すると、詰パラの2月号が届いていた。最近は月初めより数日早く、前月の月末に届くことが多くなったような気がする。毎年2月号と8月号は黄緑色の表紙なのだが、何だか今月は緑がすっかり渋くなって枯れ草みたいな色になっていた。中身をパラパラと見ると、小学校と中学校のセクションでTさんの作品がともに2.91の高得点をとっているのが目をひく。あとはやはり多重連取りの趣向で手順を完全に限定させたKさんの439手詰か。詰将棋に対する飽くなき情熱がガンガン伝わってくる。

ここまですごい作品は無理としても、自分もたまには創作もしないと完全にこの世界から忘れ去られてしまう。そのうち考えてみようとはいつも思っているのだが、何しろこう忙しくては、時間的にも精神的にも余裕がなくていかんともしがたい。やっぱり何をするにも、クリエイティブなものを生み出すために大切なのは余裕である。特に詰将棋創作においては、たっぷりした時間とゆったりした心の落ち着きが、何より必要であるように思われる。

2010年01月01日

謹賀新年

謹賀新年。今年もよろしく。

新年一日目は昨年最終日と全く同じ過ごし方。つまり、終日家に逼塞していた。実家に住んでいたころなら午後は年賀状の返事書きに追われるところだが、賀状が広島に届くようになった今では急いで何かすることもない。ちょうど今日は将棋関係の特別番組が2つあったので、両方見て過ごした。夜7時20分からは「大逆転将棋2010」。この番組では毎年「詰-1 グランプリ」という企画があって、参加者が詰将棋100問の早解き競争をする。残念ながら今年は詰将棋作家代表のYさんは出場されていなかった。結果は宮田五段が去年に引き続き優勝。その他の企画もまあ面白かったが、悪手を指すところを全国にさらすという意味では、プロ棋士よりもむしろゲストに酷な番組といえるだろう。

元旦にはいつも今年の抱負や目標ということを考えるのだけれど、結局行き着くのは去年と同じようなことだ。健康に1年を過ごすこと、そのうえで本業であれ趣味であれ、後から振り返ったときに充実感を感じられるような、有意義な時間の過ごし方をしたいということ、これにつきると思う。少なくとも、YouTubeではしご視聴して気づいたら午前2時とか、ああいうのはもうダメだ……とこれは去年全く同じことを書いたのだった。我ながら相変わらず進歩がない。

2009年12月15日

締切は大晦日

もう12月も半分過ぎてしまった。来週になればクリスマス、そして年の瀬がやってくる。早いものである。

年末というのはどうしても忙しくなると相場が決まっているが、今年ももちろん例外ではない。とにかくいろんな締切が束になって襲いかかってくるのである。仕事の方でも一つ催促されている締切があって、これはどうしても早めに終わらせなければいけない。それからプロパラの次号の原稿締切が大晦日までとWさんから通知があった。まだ何もしていないが、いい加減に書けるところから書いていかなければいけない。そして頼まれている楽譜校正の仕事も、近々次の楽譜が送付されるとの連絡を昨日受けたところだ。

そんなものかと思っていたら、詰将棋の関係でも「四百人一局集」という企画があったのだった。詰将棋作家が1ページずつ、自分の代表作とともに簡単に自己紹介したものをまとめようというのである。正直に言うと、最初に原稿募集の告知が出たときにはほとんど気にしていなかった。希望者だけが書くということだったし、ある程度の数の作品を発表し続けているちゃんとした詰将棋作家が対象だろうから、思いついたように数作出して、しかも最近お休みしている自分のようなのは関係ない話だと思ったのである。ただこのところ他の作家の方の日記やブログを拝見していると、みんな原稿を用意されているらしい。うーん、やっぱりこれは書いた方がよいのだろうか。しかしもし書くならまた締切を1つ抱え込むことになる。この分では大晦日まで一息つけそうにない。

2009年12月06日

買い物など

夕方、市街地まで車で出かけるとヤマハに赴いた。以前に書いた電子ピアノのペダルの不調がいよいよひどくなってきて、弾いているとしょっちゅう音がふっと消えてしまうのである。さすがにこれでは練習に支障をきたすので、修理してもらうことにしたのである。今日は修理担当者が不在とのことで、後日あらためて日程を相談することになった。土日を使うしかないだろうが、今年中には直してしまいたいところだ。

それから買い物。本屋では将棋世界の最新号を購入。紳士服売場を通ろうとしたら、この間はとうとう見つからなかった39-78のワイシャツが何着か置いてある。これはいいと2着ほど買ったら、5,000円のお買い上げにつき500円を還元するセールを今日までやっていると言われ、商品券を1枚もらってしまった。ラッキー。その後、東急ハンズまで歩く。文具売場で来年の手帳と折紙用に雲竜紙を1枚買った後、取り寄せてもらっているカラペについて一応聞いてみたが、まだ時間がかかりそうとのことだった。

今日はもう一つ、広島将棋センターにも用事があった。今年の4月に行われた詰将棋解答選手権では広島の地域責任者をつとめたが、来年もやってもらえないかと主催者側から打診を受けており、広島将棋センターに協力をお願いしに来たのである。幸い席主のTさんには快諾していただき、会場などを今後相談していくことになった。じゃとりあえずそういうことで、と帰ろうとしたとき、Tさんが「そうじゃ、今日北九州からここに何人か来とったんですが、その中に詰将棋作家の方がおられましたよ。Hさんいう方」とおっしゃる。Hさんといえば自在に合駒を操る一流作家。2年半前に詰備会の席上で一度お会いし、その場で拙作に有益なアドバイスをしていただいたことがある。せっかく来広されていたのにすれ違いになってしまった。「1作置いていかれましたよ」とTさんが作品を見せてくれたので、コピーをもらって失礼し、近くの店で定食を待つ間に考える。店員の「お待たせしました」の声とともに詰んだ。軽作だが、うまくまとめるものだ。

いろいろ用事をすませ、9時過ぎに帰宅。

2009年11月03日

一年ぶりの詰備会

10時半過ぎに家を出て岡山に向かう。実は昨日まで全く忘れていたのだが、今日は岡山で詰備会が行われる日だった。都合が悪くて行けないというたくぼんさんのブログを見て気づいたのである。前回はちょうどゴールデンウィークのただ中で、蒲田にチェスを指しに行っていて参加できなかったから、ほぼ1年ぶりということになる(ただしそのときは詰陽会として行われていた)。

予定していたより早い新幹線に乗れたので、岡山駅でゆっくりお昼を食べてから会場に向かった。今日集まったのは9人。会合時間の前半は主に、Tさんが印刷して持ってきていたさざんか詰将棋大会の作品をみんなで解いていた。後半は、幹事のD君が連れてきた期待の新人、H君が持ってきた作品をみんなでつっつく。D君の後輩でまだ中学生だそうだ。D君も初めて来たときは確か中学生だったはずで、詰将棋界はちゃんと次々に新しい人材が育ってきているようである。

5時に一度散会した後、駅前の店で2次会。詰将棋界のいろいろなエピソードが聞けてなかなか面白かった。7時頃に店を出て駅でお別れする。こういうところに来るとそろそろ創作しないといけないなという気になるのだが、どうも最近は何かと忙しくて余裕がない。よく推敲せずに出しても後悔するだけだし、まあ気長に時間を見つけてやっていこう。

2009年10月20日

ピアノを弾く棋士

音楽とチェスは表面上はまるで違ったジャンルでありながら、どこかでつながっているところがある、という話は以前にも書いた。どこがどう、と明確には言えないのだけれど、脳の中で近い部分を働かせているような感覚があるのである。一流の作曲家、演奏家でありながらチェスも強かったプロコフィエフやオイストラフ、そしてタイマノフなど、チェスにもピアノ(またはヴァイオリン)にも卓越した才能を発揮した人物はたくさんいる。では、ピアノと将棋をともにたしなむ人はどれくらいいるのだろう。もちろん、両方好きだがどちらもヘボ、ということなら、今これを書いている人間が該当者ということになる。そうではなくて、どちらのジャンルももっと高いレベルで嗜む人、ということだ。

帰宅してから囲碁・将棋チャンネルを見ていたら、現在活躍中の棋士をゲストに迎えていろいろ話を聞く番組で、現在順位戦4連勝中という金井四段が登場した。実際に話しているところを見るのはおそらく初めてだが、将棋棋士にはあまり見えない優男で、声も何だか声優のよう。おまけにまだ23歳だというのに全く緊張している様子がなく、何を聞かれても淀みなくすらすらと答える。若い棋士はどちらかというとしゃべりはまだ慣れていない人が多いように思っていたが、最近はそうでもないのかもしれない。

ただそれ以上に興味を惹かれたのは、彼がピアノを弾くということだった。12月に棋士が何人か参加するイベントで演奏を披露するのだという。音楽に造詣の深いプロ棋士というと、歌なら内藤九段が何しろ有名だが、楽器では佐藤九段のヴァイオリンがまず思い浮かぶ。しかし男性プロ棋士でピアノを弾くという人は初めて知った。人前で弾くくらいだから、結構な腕前なのだろう。ピアノと将棋を高いレベルで両方こなす実例を見つけられたようだ。

2009年10月14日

女流王位戦の反則負け

ShimizuIshibashi.png今日は将棋は竜王戦の第1局と女流王位戦の第2局、そして囲碁でも名人戦の第5局と大きなタイトル戦が重なった一日だったが、女流王位戦でちょっと珍しいことが起きたようだ。石橋女流王位の優勢で迎えた終盤、石橋さんが自分の歩を飛び越えて2二角成と指してしまい、反則負けとなったのである。挑戦者の清水女流名人の方はすでに持ち時間を使い果たして1分将棋になっており、普通に指していればおそらく石橋女流王位が勝つと思われた局面だった。タイトル戦で勝負が反則という形で決着したことは過去にあるのだろうか。仮にあったとしても二歩か時間切れで、桂でもないのに駒を飛び越したということは多分初めてなのではないかと思う。石橋さんの心情は察するにあまりあるが、何とか引きずらないで次局に臨んでもらいたいものだ。

将棋ではこのように反則手を指したらその瞬間に負けということになっているが、私の理解が正しければ、チェスではその手は文字通り指せない手であるので、ルール上合法な手を指し直すことになっている。では実際に、レーティング2700以上のスーパーGMが集まるようなトップレベルの大会で今回のようなルール上指せない手が着手されたということはあるのだろうか。確かコルチノイがカルポフとのマッチを戦っているとき、「ルックに取りがかかっているときにキャスリングはできるのか」をわざわざ審判に確認したということはあったが、うっかり味方を飛び越えてしまったという話は聞いたことがない。

2009年10月13日

詰将棋解答選手権2009

帰宅すると郵便受けの中に封筒があった。開けてみると、「詰将棋解答選手権2009」が3冊。今年4月4日に全国11会場で行われた詰将棋解答選手権の出題作品や解答者の成績、当日のレポートなどをまとめて収録したものだ。広島会場の様子を報告した私のレポートも一応載っている。差出人は実行委員会のSさんで、会場の地域責任者だったからということで献本していただけるとのこと。何とも恐縮の限りだ。実は予約受付が開始された時点ですでに申し込んであり、もう2冊持っていたので、これで手持ちが5冊になってしまった。とりあえず今度街中に出たときに、手伝ってもらった広島将棋センターに1冊差し上げてこよう。

正式発表はまだのようだが、来年も同じような形式で行うことは内定したとのことである。上位入賞者に差し上げる賞品として格好のものを手に入れたことだし、また来年も広島で開催できるよう協力できればと思っている。

2009年10月11日

将棋番組を見る

日曜日だったので、寝ぼけ眼で教育テレビの将棋番組を見ていた。10時からの20分は先崎八段による将棋講座で、番組の終わりの方で詰将棋が一問出題され、続いて先々週に出題された問題の解答が発表される。先崎八段の作と思われる今週の出題作品はやさしいながらも詰将棋らしさをきちんと備えていてなかなかよいと思ったが、別の棋士の方が出題した先々週の問題の方は「うーん」と声をあげざるを得なかった。持駒の金をベタベタ並べ打ちしていくので最後にこれがきれいに消えるという趣向かと思ったら、そのまま残っておしまいなのである。捨駒もないわけではないが、単に持駒を打ち捨てるだけで、はっきり言って爽快感はない。特に詰め上がりが何かの文字の形になるというわけでもないようだし、厳しい言い方をすれば詰将棋として成立しているというだけのようだった。もう少し何とかできたのでは……と思ってしまったのは事実である。ただ将棋講座という番組の性質を考えれば、もしかしたらこういう作品の方がよいのかもしれない、と思い直した。実際の対局で読むことになる詰みはおそらくたいていこんな感じで、大駒を華麗に捨てまくったり相手方の不思議な合駒が登場したりなどということはまず起こらない。この番組を見ている視聴者の大部分は将棋が強くなりたいのであって、実戦にまず登場しそうにない妙手順など多分求めてはいないのだ。そういう意味では、これこそ需要に一番応えている作品なのかもしれない。

続いて将棋トーナメントの対局。今日は先崎八段と阿部八段の一戦で、先崎八段の振り飛車に阿部八段が右四間飛車というちょっと変わった趣向を見せたが、中盤の入口あたりで阿部八段の角を覗いた手がかなりまずかったようで、たちまち大差がついてしまった。番組終了まで30分以上も残して阿部八段が投了。どちらかのうっかりミスで早く終了してしまった対局ほど感想戦の時間がたっぷりあり、最後の最後までどちらが勝ちか分からないような熱戦に限って感想戦を放送する時間が全くないというのは、テレビ対局に昔から存在するジレンマである。

私自身は将棋を指すことは全くしない。しかしここ数年でときどきチェスを指すようになったことで、こういうプロ棋士による対局を観戦していても少し見方が変わったように思う。以前なら、例えば漫然と画面を見ていて「ああ、今日は矢倉か」とか「ふーん、また一手損角換わりね」などと思うだけだった。言ってみれば、サイコロを振って出た目を確認しているような感覚だったのだ。対局者がお互い、ああでもないこうでもないと事前に考えてきた作戦のぶつかり合いとしてその棋譜が生成されているのだという意識が希薄だったのである。もし相手がこれで来たらこの手で行こう、この定跡を指してきたらこのラインで行こう、とチェスであれこれ考えるようになった今では、指し手の背後にあるお互いの「企み」をわずかながら感じ取れるようになった気がしている。

2009年09月30日

王位戦の逆転防衛

天気予報の通り、一日中ぐずついた空模様だった。午後は2時間くらいの会議と、来週からティーチング・アシスタントをしてもらう学生との打ち合わせ、その他メール書きや書類作成などの雑用。帰宅すると雨の中を家のそばのスーパーへ。これくらいの時間に来ると、買おうと思っていたものがことごとく売り切れている。パンも売り切れ、牛乳も売り切れ、ミニトマトも売り切れ……効率よく売るために、あまり売れ残りが出ない程度にしか仕入れないのだろう。仕方ない、明日はもう少し離れたスーパーまで行ってみようと思う。

FukauraKimura2.pngFukauraKimura1.png将棋の第50期王位戦は昨日と今日で最終第七局が行われ、深浦王位が木村八段を破って逆転防衛を果たした。七番勝負において3連敗後の4連勝という劇的な流れは長い間将棋界では一度も出たことがなかったのに、昨年暮れのあの羽生名人対渡辺竜王戦に続き、1年足らずの間に2回も起こってしまったわけだ。棋譜を追ってみたが、途中で木村八段が角を2枚縦に並べて打ったところや、深浦王位が間接王手飛車をかけたところなどは、何やらチェスの局面を連想させて面白い。角がビショップに見えてくるのである。ダブルビショップをもってしても、残念ながら入玉した深浦のキングを追い詰めることはできなかった。今回ばかりは木村八段にタイトルを取らせてやりたかった気もするが、きっとまた近いうちにタイトル戦に出てくるだろう。

2009年09月20日

詰四会に行く

今日は半年に一度の詰四会の日。10時半の船で広島宇品港から松山観光港に渡る。空は快晴。瀬戸内海は今日も穏やかだ。

松山駅構内のレストランでお昼をすませ、1時少し前に会場の市民会館に到着すると、ちょうど世話人のたくぼんさんが入っていくところだった。他にはくるぼんさん、Sさん、Taさん、Toさん、そして詰四会初登場となるKさん。最近は精力的に全国の詰将棋会合を回っておられるようだ。Toさんもそうだが、遠いところから時間とお金をかけてこんなところまでやってくるそのヴァイタリティには改めて敬服してしまう。私もこの詰四会と岡山の詰備会だけは都合のつく限り足を運ぶようにしているが、それより遠い地での会合となるとなかなか行く元気は出ない。やっぱりこれくらい入れ込んでいるからこそ、素晴らしい作品も生まれるのだろう。実際、会合ではKさんの最近の長編作品を見せてもらったが、休眠期間前のすごい技術は相変わらず健在のようだった。

会合は「田舎の曲詰」(盤の端で初形や詰め上がりの駒配置が何かの文字になる)という課題に応募された作品をみんなで吟味し、詰パラ掲載作をだいたい決めた。その後はフェアリーチェス作品を解いたり、最近の将棋界について語り合ったりとゆっくりした時間を過ごす。4時半過ぎに記念の写真撮影をして会合は終了。Sさんが一足先に帰り、残った6人でいつもの店に入ってしばらく歓談。6時50分頃に散会した。たくぼんさんの車で松山観光港まで送ってもらい、7時半の船で広島に戻る。帰宅は9時半頃。

2009年09月15日

路上で将棋

昨日、今日は会議やセミナーの予定もなかったので、自室で比較的落ち着いて過ごすことができた。主に現在解読中の論文を読むことに時間を費やしていたのだが、どうもまだまだ分からないことだらけ。もう少し読み込まないといけないようだ。もっとも、明日はセミナーだし明後日とその次の日は来月から始まる講義・演習の担当者間で打ち合わせがある。悩ましい4年生のセミナーもあるのだった。そろそろ忙しくなってきそうだ。

詰将棋関係の方がネットで話題にしていたので知ったのだが、路上で将棋を指すなと言ったのに聞き入れられなかったことに腹を立て、果物ナイフで殺してしまうという事件があったのだそうだ。自宅の前に居座られて不愉快だったのだろうが、だからといってナイフで刺してしまうというのだから恐ろしい。まあおそらく自分は人の家の前で将棋を指すことはしないだろうと思うが、喫茶店でチェスを指すことはときどきやっているので、あまり人ごとではないような気もする。とにかく大事なことは、文句を言われたらとりあえず引き下がってやめることだろう。果物ナイフを持ち出されてはたまらない。

2009年09月10日

囲碁・将棋チャンネルの詰将棋

この間から囲碁・将棋チャンネルが見られるようになったので、ときどきチャンネルを合わせている。あまり番組表をチェックせずにザッピングするのだが、今日は帰宅後にふと見てみたらちょうど銀河戦の対局が始まるところだった。せっかくだからと夕飯を食べながらのんびり観戦していたら、これが200手を超える大勝負になってしまう。最後の方は秒読みに追われてどちらも疑問手をずいぶん指してしまっていたようだ。気楽に傍観している立場だとなぜこんな手が見えないんだろうと思うものだが、タイムトラブルでひどい手を指すという経験をすでに何度もした今では、ひたすら共感ばかり覚えてしまう。

今日の対局はずいぶん長丁場だったが、短手数で早く終わってしまったときには、穴埋め番組としてよく詰将棋が出てくる。5手詰や7手詰が画面に表示され、2分くらいしてから解答が発表されるのだが、よしっと画面をにらんで考え出すと、ほとんどの場合は5秒から10秒程度で答えが分かってしまう。何か引っかかっているのだろうかと疑心暗鬼になって読み直してみるが、どう考えてもその手順しか考えられない。2分待って解答を見ると、やっぱりその通りなのだった。どうもごくごくやさしい問題ばかりセレクトしているようだ。

詰パラに載っているような5手詰や7手詰というのは誘い手や罠が巧妙に仕組まれており、見た瞬間に正解がひらめくなどということは、私のような棋力ではほとんどない。急いで答えを出そうとすると、必ず間違うようにできているのである。もうそういう作品を見ることに慣れてしまい、短手数でも解くのに何分もかかってしまうのは当たり前という気になっていた。ひとにらみしてすっと解けるというのは久しぶりだったが、これはこれでよいものだ。もっともそのかわり、解けた瞬間の「なるほど、そうか!」というある種の爽快感をあまり感じられないことは否めない。

2009年09月05日

カフェ「みずなら」へ、そして帰広

昨日の夕方から、またこのブログにつながらなくなっていた。原因はおそらくいつもと同じで落雷である。というのも、昨日の夕方に届いた勤務先の事務方からのメールで、先ほどの落雷で研究室の電気錠が壊れたところは云々、などと書いてあったからである。に落雷でネットワークが切れたのも東京に出かけていたときだった。広島にいる間は何も起きないのに、泊まりがけで外出したときに限ってなぜこうも雷が落ちるのか、本当に不思議だ。家にいるときであればすぐ復旧させることができるが、離れた場所では手の施しようがない。こうならないようにと雷サージ対策をしておいたつもりだったのだが、どうもまるで効き目がないようだ。やはり自然の力にはかなわない。このへんが自宅サーバの限界なのかもしれない。

そんなわけで昨夜書きたくても書けなかった昨日の話をまとめておこう。研究集会は最終日で、予定通り4つの講演を聴いた。面白い話が多くていい刺激になったが、ずっと根を詰めて聴いていたからか、午後の講演を聴き終わったときにはだいぶ疲れてしまっていた。会場を後にすると、重い荷物を担いでとぼとぼと南に向かう。前日まで泊まっていたホテルがこの日だけは満室で、この日だけは街中の別のホテルに泊まることになっていた。

ホテルにチェックインし、ベッドに身を投げ出して一休みしてからまた出かける。今回の札幌出張では初日にいろいろな方とお会いできたが、実はこの日も詰将棋作家のMさんとお会いする予定になっていた。6時過ぎに札幌駅前で無事落ち合うと、早速近くのカフェみずならというところに連れて行ってもらう。将棋道場のように将棋盤がいくつも並べられている一方、食事もできるようになっている大変雰囲気のいいところだった。Mさんから私が来ることはすでに伝わっており、席主のTさんに温かく迎えていただく。ただ私に関する情報として、「5年前の看寿賞作家」はともかく、「チェスも強い」という完全に間違った情報が流れてしまっていたのにはまいった。大盤で看寿賞作品を並べて解説したところまではいいとして、その後「チェスは5級」とおっしゃる席主と一局指すことになったのである。さらに困ったことに、この日は何かチェスの国際的な大会で優勝された経験があるHさんという方までいた。数日前にはてるまさんと指したときと同じで、この日もすぐ化けの皮がはがれてしまい、中盤までではっきり劣勢になってしまう。これを強豪のHさんが横で見ているのだから恥ずかしいといったらない。相手のミスでどうにか盛り返したものの、駒を取り合ってPの昇格を争うところまで行く長期戦になってしまった。最後は何とかこちらのPがタッチダウンできたが、まあ全体を通してひどい内容でがっくり。

その後、今度はHさんとも指すことになる。すでにHさんにだいぶアルコールが入っていたうえ、直前の対局であまりに私の指し方がひどかったので油断されていたのだろう、ブランダーが出てこちらのマイナーピースアップになった。結果的に駒落ちのようなことになり、棋力の差を考えればこれでちょうどいい勝負になったといえるだろう(もしかしたらそう考えてゆるめていただいたのかもしれない)。実際、中央を破られて一気に攻め込まれ、もうダメかと一時は観念したが、結果的にはその攻めを何とか受け止める。そこでHさんが潔く投了されたので形としてはこちらが勝ったことになったが、当然内容に関してはこちらも反省すべき点だらけで、局後の検討でいろいろなラインを教えていただいた。11時頃にMさんと店を失礼したが、おかげで札幌滞在終盤も非常に充実した時間を過ごすことができた。

今日は滞在最終日で、研究集会に参加していた方からレンタカーでも借りて少し観光していきませんかとも言われていたのだが、さすがに疲れがたまってきている気がしたので何もせずにゆっくり過ごすことにした。かなり遅めにホテルを出て、街中をぶらぶら歩いたり喫茶店で一服したりしながら時間をつぶす。時計台の近くでラーメンを食べてから空港に移動した。帰りもフライトは至極順調。飛行機を降りると札幌では感じなかったむっとする熱気を浴び、広島に帰ってきたと実感したのだった。

今回の札幌出張は、公私にわたりなかなか充実していたと思う。本業でも勉強になったし、普段会えない人にお会いできたし、おいしいものをいろいろ食べられたし、チェスも教えてもらえたし、満足満足。

2009年08月30日

選挙に行く

寝苦しい夜を何とかやり過ごし、日が高くなるまでだらだらと過ごす。お昼までは将棋番組を見ていたが、最後の即詰み手順で堀半七の有名な詰将棋のような形が一瞬登場した。盤の端にいる玉をエレベータのように上下する2枚の飛車で捕まえる作品で、エレベータ詰などとも呼ばれている。もちろんあの詰将棋ほど巧緻ではないが、端玉と上下する二枚飛車というセットアップが実戦で出てきたというだけでも、詰将棋ファンとしては十分面白かった。

午後は締切が明日に迫ったプロパラの原稿書きとピアノの練習。夕方になってから投票と買い物に出かける。投票所はデフォルトではすぐ近くの小学校なのだが、どうも昨日そこで避難訓練があって投票所を設営できなかったらしく、今回はもう少し遠くの中学校まで歩くことになった。広島に来てからもう何度か選挙に行っているが、小学校の北側にある公民館のようなところでやったこともあるし、何か理由があって期日前投票を区役所の出張所でしたこともあった。毎回違うところで投票行動をしているような気がする。

予定では明後日に札幌へ発つことにしているのだが、気がかりなのは台風の動向。お昼頃に北海道の東側にいる公算が強い。飛行機がちゃんと飛ぶのか心配だ。

2009年08月11日

勝ち続ける力

羽生善治名人と翻訳家の柳瀬尚紀氏の対談をまとめた本「勝ち続ける力」(新潮社)を読んだ。5月の終わりに出たばかりで、昨年末の竜王戦や今年初めの王将戦の話題なども登場する。少し前に出た「シリコンバレーから将棋を観る」と合わせて読むと、羽生名人の将棋に対する姿勢や考え方がいろいろな角度から見えてきて興味深い。

この本の中で、羽生名人が以下のような発言をしている。

「ものすごく長い詰将棋、たとえば三百手とか四百手とか、一番長くて千手を超すというのがあるんですけれど、長いから難しいわけじゃないんです。むしろ、長篇詰将棋は、手数を伸ばすためのアイデアがわかればすぐ解けます。いま出ているので、一番長いのは千五百手ぐらいですが、これはつまり、と金を一枚消すのに百手かかるというパターンが続いているんです(笑)。で、と金が一枚ずつどんどんどんどん消えてゆき、それで手数を稼いで千手を超しているだけのことですから、と金を消してゆく手順さえわかってしまえば、あまり難しくないんです。……」(52ページ)

詰将棋好きの人なら、ここを読んであれっと思うのではないだろうか。少なくとも私はそうだった。ここで話題に上がっている「千五百手ぐらい」の詰将棋というのはもちろん橋本孝治氏作「ミクロコスモス」(1525手詰)のことだが、「ミクロコスモス」は「と金を一枚消すのに百手かかるというパターンが続いている」作品ではない。いわゆる「金知恵の輪」(一列に並んだ複数の金やと金をずらしながら王手をかけ続け、それを繰り返している間に少しずつ局面を変化させてゆく)で合駒の位置変換を行い、さらにそれに馬鋸を組み合わせる、という途方もないアイデアが基盤になっている。おそらく、羽生名人が言及している「と金が一枚ずつどんどんどんどん消え」る作品というのは、「ミクロコスモス」が世に出るまで最長手数作品だった山本昭一氏作「メタ新世界」ではないだろうか。手数は941手詰で、現時点でも長手数第4位の作品である。

まあこの対談において詰将棋は中心テーマではないし、話の流れで出た話題だからちょっと勘違いされたのではないかと思う(追記参照)。ここでは「手数が長い詰将棋はあるひとかたまりの手順の繰り返しになっていることが多い」ということを言いたいのであって、具体的な手法が何だったかということは大した問題ではない。それに、もし「ミクロコスモス」の長手数の機構をここでちゃんと説明しようとしていたら、会話の流れが悪くなってしまいそうだ。
「……いま出ているので、一番長いのは千五百手ぐらいですが、これはつまり、金知恵の輪で合駒の位置変換を行い、さらにそれに馬鋸を組み合わせているんです。馬が1つ動くのに340手必要で、それで手数を稼いで千手を超しているだけのことですから、あまり難しくないんですよ」
こう言われたとして「なるほど、そうですか」と即座に返せる人はまずいないだろう。

[2009/8/12 追記] コメントでご指摘をいただいたが、羽生名人は「ミクロコスモス」と「メタ新世界」の両方について語ったにも関わらず、編集の過程で一部が省略されてしまったという可能性もある。したがって、羽生名人が勘違いしたかどうかは必ずしも明らかではないということをつけ加えておきたい。

2009年08月07日

再試験&竜王戦観戦

今日は午前中の2時間を使ってまた試験をしていた。いわゆる再試験というやつで、要するに通常の定期試験であまり成績が芳しくなかった学生さんのために行う救済措置である。午後はその採点をしていた。実は3日前にH大で行った試験の採点をまだしていない。そのうえ、来週の月曜日にはもう一度H大に行って、3日前にやむを得ない事情で試験を受けられなかった人のために追試験をしなければいけないことになっている。もう8月上旬だというのに、どうもなかなか試験と採点の網から抜けられそうにない。

帰宅後、先ほどまで竜王戦の中継を見ていた。森内九段対羽生名人の一局で、結果は森内九段の勝ち。羽生名人が今年永世竜王になる可能性はこれでなくなった。今年は勝率も例年よりかなり悪いし、少し調子を落としているのかもしれない。先月行われた名人就位式でのインタビューによれば、今年度はチェスの大会に参加する予定も全くないとのこと。ちょっと残念だ。

2009年07月19日

詰将棋全国大会

今日は詰将棋全国大会である。今年の会場は名古屋。9時44分広島発の新幹線で行けば余裕を持って着けるから、9時ちょうどに家の前を出るバスに乗ることにし、7時半に目覚ましをセットした。しかし7時半に起きてきたものの、居間でぐったりしていたらいつの間にか8時40分。大慌てで冷蔵庫の中の果物だけ食べて家を飛び出した。1時間の時差があるシドニーにいた効果で少し朝型にシフトできるかと思ったが、効果は1週間と持たなかったようだ。

12時40分頃に地下鉄池下駅近くの会場に到着。入口で名札を受け取って会場に入ると、よく見知った顔があちこちにいるのが見えた。2002年に初めて参加し、看寿賞をいただいた2004年からは毎年来ているから、今年でもう7回目になる。来るたびに知り合いが増えてきて、初めて来たときのような、言葉のまるで通じない外国に突然放り込まれたような心細い感覚はもうすっかりなくなった。TaさんとToさんの間に座らせていただき、入口でもらったファイルの中に入っていた詰将棋を考えたりしていると大会が始まる。実行委員長や会長の挨拶に続き看寿賞授賞式。今年の受賞者は3人だが長編賞のSさんは例によって欠席で、NさんとYさんが賞状を受け取っていた。受賞作品の解説や全国大会10回参加者の表彰などが行われた後、休憩を挟んで第2部は例の詰将棋解答競争。案の定、一昨日やったあれくらいの訓練では肩慣らしにもならず、問題の後半では手が止まってしまう。ただ今回はいつにもましてややこしい問題が多くてお手上げの人もたくさんいたようで、私だけが低得点という事態は免れたようだった。正解なら1点、無解答なら0点、誤解答なら-1点という採点方法のため、少しでも自信がないときは答えを書かないのがキズを最小限にするポイントである。分からなくてもとにかく全部解答したために30点満点で-12点になってしまった猛者もいて、この人は上位入賞者とともに景品をもらっていた。その後はLPSAが売り込んでいるどうぶつしょうぎのトーナメント戦。希望者4人による準決勝と決勝が行われたが、先ほど-12点を取った方が結局優勝してしまうといういいオチがついた。最後に恒例の一人一言、写真撮影があって5時半頃ひとまず大会は終了。

ホテルの別の部屋に移動して6時から懇親会があり、3時間ほどの間にいろいろな方とお話しできた。こういうところに来て棋士や有名な作家の方とお話しするたびに、自分もそろそろ創らないといけないなという気になる。ただ詰将棋創作の問題点は、時間を使って延々と考えても何も収穫が得られないかもしれないということだ。自由な時間が1時間あったとして、その時間を例えばピアノの練習にあてれば、少なくとも練習した箇所は少し前より弾けるようになる。しかし1時間詰将棋を考えていても、できないときは何もできない。そして多くの場合は本当に何もできず、時間だけが失われてしまうのである。となると限られた時間を有効に使いたいという思いから、どうしても詰将棋創作の優先順位は低くなってしまうのだった。しかしいつまでもそんなことを言っていてはこの世界から完全に忘れ去られてしまうから、こうやって刺激を受けたのをいいきっかけにしてまた何とか創ってみたいものである。

懇親会が終わった後、近くの居酒屋に移動して2次会。ここでは何となくTaさんとチェスを指し始めたが、序盤から攻勢に出たものの中盤でミスをして逆転されてしまう。最後はどうにかごまかしてドローに持ち込んだが、相変わらず大事なところで手が全く見えていない。とはいえ、最近全くやっていなかったにしてはあれでもうまく行った方かもしれない。また少しずつ勘を取り戻そう。

11時半頃に店を出る。多くの人とまた1年後にお会いしましょうと挨拶して別れた。Sさんの車に乗せていただき、ホテルまで送ってもらう。かくして年に一度の詰将棋の祭典は終わった。

2009年07月17日

錆びついた頭

明後日に詰将棋全国大会が名古屋で行われることになっている。最近は余裕がなくて詰将棋を創ることも解くこともほとんどしていないが、こういう催しには参加することに意義があると思っていつも出かけることにしている。少しは顔を出さないと、詰将棋界から完全に忘れ去られてしまいかねない。

ただ、最近は行くたびにちょっと困ったことになる。というのも、何年か前から詰将棋解答競争が席上で行われることが多くなったからだ。3手詰か5手詰くらいの短手数作品がスクリーンに30秒だけ次々に映し出されるので、その場で素早く解いて解答用紙に正解を書いていくというものだが、これが本当にできない。3手や5手なんて簡単じゃないかと思われそうだが、一流の詰将棋作家が創った罠だらけの詰将棋というのは実にうまくできていて、限られた時間で読むのはそんなに容易なことではないのである。それでも全国大会に来るような人はだいたいはさっさと解いてしまうのだが、タイムプレッシャーがある状況に私はどうにも弱く、看寿賞受賞者とは思えない低得点に毎回終わっている。特にこのところ詰将棋を解くことをほとんどしていないだけに、今年は心配だ。

少しでも錆びついた頭をリフレッシュしようと、この間の将棋世界誌の付録についていた伊藤果七段の9手詰作品集を出してきて最初の方の数問を解いてみた。やはりダメだ。9手詰だと分かっているし配置も簡素だから、時間をかけさえすれば解くことはできる。ただ、あまりに時間がかかりすぎるのである。ある手順を考えてみてそれが詰まないと分かっても、その手順を何度も何度も頭の中で無意味に繰り返しているのだ。これではきっと今年も恥をかくことになりそうである。

2009年06月29日

詰パラ七月号

今日は朝から晩まで雨だった。家を出るときからもう本降りだったが、お昼から午後にかけてどんどん激しさを増し、帰るころにはしばらく経験したことがないような豪雨になってしまっていた。ワイパーを最高速で動かしても追いつかないような土砂降りである。梅雨といいながら今までろくに降らなかった分を取り返そうとでもいうつもりのようだが、できればもう少し散らしてほしいものだ。

帰宅してポストの中を覗くと、詰パラの七月号が届いていた。早速、今年の看寿賞の選考過程を読む。中編賞はかなりの激戦だったようで、候補に挙がっていた他の作品が受賞してもおかしくない状況であったようだが、最終的には妥当な結果になったのではないか。個人的な印象でも、候補作だったTさんの作品は難解性が前面に出すぎていて、正直なところ話題作ではあっても看寿賞というのとは少し違うかなという気がしていた。賞に足りないというより、方向が違うように思うのだ(もっとも、こういう解答者に挑戦するタイプの作品として平成5年に看寿賞を受賞した「夏の陣」のように、特別賞という可能性はあったかもしれない)。やはり作品の難解性というのはあくまで何らかの主張やアイディアを実現しようとするための副産物として生じるべきものであって、それ自身を中心テーマに据えた(と受け取られる)作品は、創作・解答の両方に将棋ソフトが援用できる今の時代においては、ますます評価が難しくなってきているのではないかと思う。他の受賞候補としてはWさんの2作があったが、これもWさんならもっとインパクトがある作品で受賞すべきだから、中村さんの受賞は順当な結論だろう。

他のページも一通りパラパラと眺めて、最後におしまいの編集者あとがきのページを何とはなしに読んでいたら、Sさんの書かれた一文にいきなり私の名前が目に飛び込んできてちょっとびっくりする。何かと思ったらSさんが解説をされている新人コンクールのことだった。数ヶ月に一度のペースで新人作家の作品をまとめて掲載するコーナーで、私もかつて載せていただいたことがある。曰く、「当室出身の看寿賞作家(平成15年度斎藤夏雄氏)も誕生し、有力作家も輩出し、解説者としては誠に嬉しい現象です」。そう言っていただくほど最近は活動していないのが何とも申し訳ない限りである。ただ、最初は「当室出身」の意味が分からなくて戸惑ってしまった。詰パラの初入選はその前の号だったし、看寿賞をいただいた作品が載った将棋世界誌が出たのも、新人コンクールに作品を載せていただいたのと同じ月だったからだ。まあつまりこれは、新人コンクールで入選したことがある、というくらいの意味なのだろう。

2009年06月27日

看寿賞受賞作発表

今年も看寿賞の季節になった。昨年1年間に発表されたすべての詰将棋作品の中で最も優れたものに授与される看寿賞の受賞作が決まったのである。今回は中編賞が中村雅哉氏作、長編賞が添川公司氏作と安武翔太氏作、短編賞と特別賞が該当なしとなった。最近はあまり作品の鑑賞をちゃんとしていないので受賞作を予想することもしていなかったけれど、今回選ばれた3作はいずれも発表当時にえらく感心させられた記憶はあった。今あらためて鑑賞してみてもその完成度の高さは素晴らしく、看寿賞の名に恥じない作品ばかりであると思う。短編賞が該当作なしというのはちょっと意外だったが、確かに17手以内で新味を出すというのはどんどん難しくなってきているのかもしれない。

そういえば、私が受賞した次の年も短編賞は該当なしだった。そのとき参加した詰将棋全国大会で一言コメントを求められ、「私、昨年に何かの間違いで短編賞をいただいてしまったんですが、今年は短編賞が該当作なしということで、何だかタイトルを防衛したような気分です」と言って会場全体で爆笑されたことを昨日のことのように思い出す。あれは尾張一宮での大会だった。今年の詰将棋全国大会は来月に名古屋で行われる。中京地区で大会が行われるのは4年に1回だから、つまり私が図らずも賞をいただいてからもう5年になるわけだ。いつの間にか遠い昔のことになってしまった。何で私のような駆け出しが受賞の栄に浴することができたのか、年月が経っても未だに不思議さは増すばかりである。

2009年06月24日

羽生名人防衛

昨日と今日は将棋名人戦の第7局が行われていたが、7時半頃に挑戦者の郷田九段が投了して羽生名人の防衛が決まった。最終局ということで、最後までどちらが勝つか分からない熱戦になるかとも思ったが、実際は一方的ともいっていいような内容になってしまい、今ひとつ盛り上がりに欠けたまま終わってしまったように思う。最終局の熱戦といえばやはり昨年末の竜王戦が思い出されるが、なかなかあんなふうにドラマティックな展開にはならないものだ。

今回の名人戦では郷田九段がやたらに長考することが話題になった。中盤の難所で時間を使うならともかく、序盤の駒組段階で何時間も考え込んだりするのである。もちろんだいぶ昔、持ち時間が今よりずっと長かったころは初手にいきなり大長考するなどということもあったらしいが、テレビ中継も入った現代の名人戦ではさすがにできないだろう。自分のヘボチェスに引き寄せて考えてみると、ああやって長考を繰り返して持ち時間に大差がついていくのは、精神的にかなりのプレッシャーになる。このあとの一番大事なところで時間が足りなくなってポカを指すのではないかという漠然とした不安感に襲われてしまうのだ。その結果、集中力を失い、まだそれほど残り時間が減っていなくてもブランダーを指してしまうのである。そういえば先日のゴールデンオープンで対局した相手で、初手と2手目だけで10分以上時間を使っておられた方がいた。よく不安にならないものだなと感心してしまう。私にはああいう時間の使い方はできそうにない。

羽生名人はこれで名人位を防衛したので、来年の名人挑戦者を決める順位戦の対局がなくなった。また今年は王位戦の挑戦者にもなっていないので、夏の対局予定が珍しく少ないのではないかと思う。そろそろ海外にチェスを指しに行って、またGMを倒してきてほしいものだ。

2009年06月03日

名人戦第五局

昨日と今日は将棋名人戦の第五局が行われていた。ここまで2勝2敗、勝った方が名人位に王手をかける重要な対局だったが、結果は挑戦者の郷田九段の勝ち。羽生名人は終始苦しい戦いを強いられ、力を出し切れないまま終わってしまった。まだ王手もかからないうちに投了してしまっており、戦意を喪失してしまったように見える。第四局でも星を落としており、さらにその後行われた竜王戦での深浦王位戦、王位戦での渡辺竜王戦にも敗れているから、これで4連敗。ちょっと調子が悪そうだ。

昨年度の将棋界は、全公式戦で初めて先手の勝率が5割を切ったということが大きな話題となった。今回の名人戦もその流れを引き継ぎ、第四局まで後手番ばかりが勝つという珍しい展開になっている。今日の第五局で初めて先手番が勝ったわけだ。去年の名人戦ではこれとは全く逆に先手番ばかりが勝ち、テニスのサービスブレークのように後手番で勝てるかどうかがポイントになるだろうと思われた。トップレベルの棋士同士のタイトル戦なら、基本的にはこれからもそういう構図が続くだろうとばかり思っていたので、今回の名人戦の経過にはちょっとびっくりしている。つい1年くらい前、私は将棋における先手と後手の勝率差にふれて、これからどんどん差が開いていって先手の勝率が6割くらいになったらどうするんだろうなどという心配をしていたのだ。先のことは分からないものである。今の勝率逆転現象は、将棋というゲームがまだまだ人間にはコントロールできない奥深さを持っていることの証左だろう。

2009年05月03日

スパーリング

お昼をすませるとすぐ家を出て錦糸町に向かった。私がこちらに来ていると知った詰将棋仲間のTさんから、せっかくだからチェスを指しましょうと誘ってもらっていたのである。昨年末に同じ誘いを受けながら私が熱を出したせいで流れてしまったという経緯があり、今回は是非実現したかった。Tさんが詰工房(東京の詰将棋愛好家の集まり)のメンバーに声をかけ、Fさん、Kさん、T(K)さんも来ることになっていた。わざわざ足を運んで観戦してもらうほど強くないのに、困ったものである。

1時過ぎにTさん、Fさんと駅前で落ち合い、近くのスタバへ。指し始めてまもなくKさんとT(K)さんも到着した。Tさんとは先後を交代して2局指したが、勝つには勝ったものの、まあひどい出来。1局目は黒番で、開始早々に間抜けなことをしてたちまち不利な状況に陥った。必死で持ちこたえようとするも駒損が拡大し、これはあきらめた方がいいかなと思い始めた瞬間、Tさんが大きなポカを指してしまって逆転。以後しばらくして白の投了となったが、まあTさんのブランダーがなければそのまま終わっていたわけで、事実上は負けといってもいいだろう。続いて2局目の白番、ピルツディフェンスのやたらに激しい変化に入り込む。Tさんはチェスを指し始めて間もないはずなのに、こんなシャープな手順を仕掛けてくるとは恐ろしい。実は序盤で黒に明らかな悪手があり、それを咎めれば早い段階で楽になれていたはずなのだが、そのことには彼らと別れた後に自分で手順を反芻するときまで気づかなかった。定跡を理解していれば当然指せるはずの手で、全く情けないというほかない。攻め込まれて防戦一方になるが、Q交換して一段落したところで残った2頭のNを敵陣に繰り出したところ、何とか攻めが決まってピースアップになる。しかしここでも簡単な決め手を見逃していたことを局後にKさんらから指摘され、天を仰いだのであった。しばらく実戦から遠ざかっていたとはいえ、あまりに手が見えていない。こんなことでは明日からの連戦が不安だが、まあいいスパーリングになったと思うことにしよう。

5時過ぎに皆さんと別れ、一人秋葉原に移動する。親と合流して電器店で買い物。ずっと使っていたデジカメがだいぶ古くなったので、この機会に新しいものを購入した。性能重視で選んだが、なかなかいい買い物ができたと思う。明日のゴールデンオープンに持っていこう。

2009年04月26日

シリコンバレーから将棋を観る

昨日のように雨が降ることはほとんどなかったが、今日も過ごしにくい天気だった。お昼にちょっと外に出かけていたのだが、強く吹き付ける北風の冷たいのにはびっくりしてしまった。青空も見えず、ずっとどんよりしたまま。夜になってさらに気温が下がってきていて、たまらずしまいかけていたヒーターをまた出してきた。暑くも寒くもない日は、1年のうちで本当に数えるほどしかない。

昨日発売になったばかりの梅田望夫著「シリコンバレーから将棋を観る」(中央公論新社)を買ってきた。梅田氏が昨年担当した観戦記を挟みながら、現在タイトルを持つ棋士について梅田氏の視点でまとめられている。やはり一番の注目は、最終章にある羽生名人と梅田氏の対談だ。これまでもテレビなどで羽生名人にインタビューする企画はあったが、たいていは将棋のことをよく知らない人がインタビュアーで、「棋士の方って何手くらい読むんですか」という質問に代表されるような、ピントがずれたことばかり聞いていることが多かったように思う。もちろんそういうインタビューであっても羽生名人は通り一遍の受け答えではなく、示唆に富んだ興味深い返答をするよう努力されていた。しかし本当に深い内容を引き出すためには、やはり聞き手が将棋が好きであり、将棋と将棋界に強く興味を持っているということが絶対ではないかと思う。さらに、名人の言ったことを咀嚼して文章化する力も必要だ。その意味では梅田氏は適任といえるだろう。今年も観戦記を担当されるようなので今から楽しみだ。

2009年04月15日

詰将棋課題コンクール

2月から3月にかけて、プロブレム・パラダイスのページで詰将棋課題コンクールの課題作募集が行われていた。その選考結果の発表が先日プロパラブログに出たのだが、驚いたことに何と自作が優秀作になっていた。これは正直言って全く予想していないことだった。

詰将棋課題コンクールはまだ始まったばかりの試みで、今回が2回目である。このところ時間もなくて詰将棋を創っておらず、元々なかった創作技術がさらに衰えてきた私にとっては、このコンクールはあくまで傍観するものであり、自分が投稿しようという気は当初は全くなかった。というより、創れそうもなくて投稿できないと感じていたのである。ところが3月に入ってから、ジャッジを務める高坂さんが「まだ作品が全く集まっていない」と嘆いておられることを知り、少し創る努力をしなければいけないのではないかと思うようになった。何しろ今回与えられた2つの課題のうちの1つは「複数解またはツイン」。この課題がチェスプロブレムのヘルプメイトに触発されたものであることは明らかだった。そして自分はプロパラ誌上においてそのヘルプメイトのコーナーのエディターをしているのである。ある意味では、詰将棋を創る人間の中で一番この課題に慣れ親しんでいるともいえるわけで、それで何にもしないというのは信義に悖るのではないか。いい作品は創れなくても、投稿数を増やすことには貢献できるだろう。ダメ元で考えるだけ考えてみようと思い立った。

TTT02.jpgとはいえ、最近は忙しくて詰将棋をゆっくり考えている時間などとてもとれそうにない。そこで先月の大阪出張の時間を利用することにした。行き帰りの新幹線の車内と滞在中のホテルで将棋ソフトを動かして考える。それで何か創れればそれでよし、ダメならあきらめようというつもりだった。その結果こしらえたのがこれだったのである。

本作はツインであり、配置を一部入れ替えることによって別の詰将棋になるようにできているが、見ての通りそれぞれはルールとして詰将棋になっているというだけで、何の価値もない。だから対照性がこれの存在価値のすべてであり、片方の解の
駒Aで王手→打歩詰→駒Bを捨てて打開→駒Aで詰め上がり
というストーリーのAとBがもう1つの解で入れ替わるという構造が主張になっている。ヘルプメイトで「ジラヒ」と呼ばれるポピュラーなテーマに打歩詰を絡めたものだ。ただ6手目の玉方の手が、解a)では攻方の駒を取る手なのに解b)では玉が逃げる手になっており、ここは対照性が乱れてしまっている。それに何より従来の価値基準から詰将棋として本作を見たとき、やはりこの手順はあまりにつまらなさすぎる。多分詰将棋を知っている人の9割9分は、「これのどこがいいの」と言うだろう。

2つの解でしっかり対照性が表現されていながら、それぞれも詰将棋として見てそれなりのものになっている……というのが理想だったが、やはりそれは自分には無理な注文だった。それでも送ってしまったのは、ひとえにそもそもの創作動機が投稿数を増やすことに貢献したいということにあったからである。だから優秀作に選んでもらえるとは全く思ってもみなかった。もちろん悪い気はしないけれど、人目につかないだろうと思ってこっそり出したものが公開されることになってしまい、ちょっと恐縮している。

2009年04月09日

将棋、されるんですか?

昨日のことだが、そろそろ帰ろうと身支度を始めていたところへS先生が所用で訪ねてくる。用件がすんだあとにS先生が言われた。
「……それとは関係ないんですが、(扉の方を指さして)将棋、されるんですか?」
私の部屋のドアには小さなホワイトボードが取り付けられているのだが、実はそこに詰将棋が1題書いてあるのである。むろん、看寿賞をいただいた例の作品だ。こうしておけば将棋好きの学生が食いついてきて、ドアの前で考え込んでからノックして「失礼します。先生、これ17手詰でしょうか?」なんて言ってくれないか……ということをちょっと期待していたのである。しかし残念ながら、掲示してから1年は経っているのにまだそういう人は現れていない。建物の最上階で廊下の突き当たり近くという部屋のポジションの悪さのせいもあろうが、この大学には詰将棋を見たら反射的に解こうとしてしまうような奇特な学生は、どうやらあまりいないようである。

そんな状態だったので、S先生が反応してくれたことが妙にうれしくなって、調子に乗って少々マニアックな詰将棋話を熱く語ってしまった。聞けばときどきネット対局を楽しまれているとのことで、「盤駒は私の部屋にありますからいつでもどうぞ」とのこと。勤務先で少し深い将棋の話ができる相手をやっと見つけた。やはりドアの前の詰将棋は消さず、名刺代わりに当分出しておこう。

2009年04月05日

祭りの後の一日

昨日ちょっと責任のある任務があって気が抜けない時間が続いたため、今日はその息抜きでゆっくりすることにする。天気もよかったし、本当はこういうときに散歩かジョギングでもした方がいいのかもしれないが、風邪が治ったばかりなのでしばらくは自重した方がいいだろう。午後はピアノの練習とパソコンでのDVD作成作業。今月中旬に学生時代のピアノサークル同期だったU君の披露宴があるので、彼の当時の演奏映像をまとめたDVDを作ろうとしているのである。まあ当日までには間に合うだろう。

夕方から街中に出かける。広島将棋センターに立ち寄り、昨日持って行き忘れた商品用の色紙や棋書を預けてくる。当初の予定では1位の方に色紙を、2位以下の方に棋書をさしあげる予定だったが、席主のTさんとその場で相談して一部入れ替えようということになった。棋書といってもほとんどは詰パラのバックナンバーなので、購読者に送っても仕方がないからである。これで賞品の件もほぼ片付いた。最後に答案用紙と参加者アンケートの束を実行委員会宛に送ったので、これで多分地域会場責任者としての仕事も一段落だ。まあとにかく無難に終わってよかった。

明日からは本業の方がちょっと忙しい。モードを切り替えないといけない。

2009年04月04日

詰将棋解答選手権

詰将棋解答選手権当日である。12時少し前に会場に着き、早速手続きをしていると広島将棋センターのTさんが来た。今日は受付などの仕事をお願いしている。会場となる部屋で机を移動したりしているとたくぼんさんも到着。写真撮影や採点のお手伝いをしていただくために、わざわざ四国から出てきてもらったのである。スタッフはこの3人。何とかうまくいってほしい。

2009年04月03日

詰将棋解答選手権前日

詰将棋解答選手権の前日ということで、段取りや持って行くものの確認に追われる。夕方に勤務先を辞してから、一応会場の下見。平和大通りから2ブロックほど入ったところにある。それほど分かりにくいことはないだろう。そこから広島将棋センターへ移動し、Tさんらと最後の打ち合わせ。直前でキャンセルと追加の参加があったが、最終的に部屋がだいたい埋まるくらいの人数になりそう。会場を広いところにわざわざ変更したかいがあったというものだ。

帰宅後、参加者リストを更新して印刷。問題用紙も解答用紙も人数分印刷した。アンケートも用意してある。これで忘れ物はないだろう。残った懸案事項は、実は昨日からちょっと風邪気味であることだ。多分大丈夫だと思うが、今日は会場視察の前に医者のところに行って葛根湯をもらってきた。今夜はさっさと寝よう。

2009年04月02日

チェスと将棋の対局マナー

先日大阪でTさんといろいろ話した四方山話の一つに、チェスと将棋におけるマナーに対する考え方の違いということがあった。チェスと将棋は似ているようでずいぶん違う。ルールはもちろん、ゲームに対する考え方や価値観なども似て非なる点が多々あるが、対局マナーもその一つではないかと思う。平たく言うと、何が「失礼な行為」とされるかということだ。

チェスの対局では先に終わった対局者がちょっとでも感想戦を始めようものなら、ひそひそ声であっても隣の対局者に静かにするよう注意される。今までそういうシーンを何度となく見てきたが、実際対局中の雑音にはチェスはかなり神経質だ。私は将棋センターや将棋道場で指した経験はないが、将棋はその点は幾分おおらかなのではないかという気がしている。将棋センターなどで真剣に対局しているすぐ隣で「ここ銀張っとったらよかったんじゃ、それなら桂打てんじゃろ」と普通に感想戦をしている風景は、それほど珍しくないのではないだろうか。一方、将棋の対局で相手の考慮中に席を立って他の人の盤面を覗きに行くというのは、相手に対して少々礼を失した行為に思える。しかしチェスではこれはごく普通の行動であって、全く問題視されない。

私自身は、隣から感想戦の声が聞こえてくるのはそれほど気にならない(もちろんそれが周りに気を遣って十分小声で行われているとしたときの話)。一方、チェスを指し始めて間もない頃は、こちらが考えている間すぐ相手が席を立って他の対局を観戦しに行くのを見てどうもあまり面白くない気がしていた。しかしそれがこちらの世界では普通の行為なのだと分かった今では、ほとんど何とも思わなくなっている。ただ他の人に横から盤面を覗き込まれるのは、実はちょっと気になる。衆人環視の状態で大ポカを指すのではないか、などというつまらないが大いにあり得る心配を心のどこかでしてしまうからだ。まあそういう私も自分の対局が終わったら人の対局を見に行くことはときどきするのだけれど、少なくとも自分の対局中にはトイレなどを除いて席を立つことはあまりしないようにしている。というより、そんな余裕はないと言った方が正しいかもしれない。

2009年03月08日

川縁の散策

夕方からバスで街中に出かけた。行き先は西区民文化センター。詰将棋解答選手権の会場がいきいきプラザ(広島市西地域交流センター)変更になったため、これまで押さえていた会議室をキャンセルしに行ったのである。払い込んでいたお金はその場で返してくれるのかと思っていたが、あとから口座に振り込まれますと言われた。これで会場の件も完全に解決したので、あとは本番を待つばかりだ。最初に引き受けたときはうまくできるか正直不安もあったけれど、広島将棋センターのご協力もいただくことができてどうにかなりそうな気がしてきた。試験監督の類は職業柄慣れているとはいえ、当日に粗相がないよう手順はよく確認しておこう。

AtomicDome.jpg文化センターを出ると、何とはなしに街の中心部の方にぶらぶら歩いてみた。寺町のあたりで左に折れ、太田川に沿ってゆっくり歩を進める。今日は天気もよく、川沿いを散歩するのは気分がよい。考えてみると、広島に来てからこうやって太田川の川縁をゆっくり歩いたことなんてほとんどなかったが、散歩道が整備されていてなかなかよいところだ。エンドゲームスタディを頭の中で動かしながら少しずつ南下すると、やがて原爆ドームが見えてきた。平和記念公園を抜けて本通商店街まで行き、ピアノスタジオで少しピアノを弾く。夕飯をすませた後、バスで帰路に就いた。

2009年03月04日

詰将棋解答選手権の会場変更

1ヶ月後にせまった詰将棋解答選手権だが、広島会場をこれまで予定していたところから変更することになった。広島将棋センターのTさんやKさんと協議し、せっかくやるのだからもう少し広い会場にしようということになったのである。Tさんたちが動いてくれて、新しい会場の予約を今日正式にとることができた。新しい会場は
いきいきプラザ(広島市西地域交流センター)3階第3研修室
(市内電車「福島町」電停より徒歩2分、JR西広島駅より徒歩15分)
である。主催者側にも会場変更の連絡をしたので、公式ページも近いうちに情報が更新されるだろうと思う。

広島近辺にお住まいの方で我こそはと思う方は是非参加していただきたい。プロ棋士の色紙や棋書など、賞品も用意してある。将棋大会には何度も出たことがあっても、詰将棋のための催しというのは初めてという人がまずほとんどではないだろうか。得難い経験をするチャンスである。何か質問があれば遠慮なく私の方まで。

2009年02月27日

ソルヴィング大会の記事

Chessbaseのサイトにチェスプロブレムのソルヴィング大会であるイギリス選手権の話題が出ていた。1980年から毎年開催されている大会だそうで、参加者は2手詰、3手詰、長手数詰、エンドゲームスタディ、ヘルプメイト、セルフメイトの6ラウンドでそれぞれ出題された問題を解いて得点を競う。今年優勝したのはリンク先の記事を寄稿しているJohn Nunn博士で、チェスプロブレムの第一人者であると同時にゲームとしてのチェスにおいても世界屈指の強豪として知られる天才である。日本でも先月に国際ソルヴィングコンテストが行われたほか、詰将棋でも3月末と4月始めに詰将棋解答選手権が行われることになっている。まだ歴史は浅いが、これからどんどん浸透していくのではないかと思う。

上記の記事を何気なく読んでいって、おしまいの方の写真であれっと声を上げそうになった。まるで予想していなかったものが写っていたからである。ソルヴィング選手権に参加していたLes Blackstock氏が、何と週刊将棋を広げて将棋の棋譜を並べているのだ。盤面がはっきりしないが、角交換をしたうえで向かい飛車になっているように見える。プロ棋士の棋譜だろうと思われるが、これは最近の対局なのだろうか?分かる人がいたら教えていただきたい。

2009年02月20日

携帯ストラップ

ShogiStrap.jpg携帯電話のストラップを、年明けから将棋の駒にしてみている。親が山形に行ったときに買ってきたと正月にくれたものだ。前につけていたのは魚をかたどったもので、それはそれで別に悪くはなかったが、やはり自分の趣味とか思い入れに関係があった方がよい。

本当はチェス駒のストラップも探していたのだが、ありそうで意外とないものである。海外のチェス用品販売サイトなどを巡っていると、盤駒や本はこれでもかとたくさんの種類が並んでいるのに、チェス関連グッズのコーナーにあるのは駒の絵があしらわれたキャップやコースターといったところで、あとは棋譜記録用紙や駒の収納箱のようなものばかり。日本ならストラップなんてとりあえずのお土産品として誰でも思いつきそうなものだ。携帯電話全体をうるさく光るガラス玉で装飾するようなのは論外としても、ストラップにさりげなく個性を出すというのはなかなか悪くないと思うのだが、まあそもそも携帯電話につける小物に凝るという発想自体が、向こうの文化にはあまりないのだろう。おそらく日本人のストラップ好きは、江戸時代のストラップ、根付に通じるものがあるに違いない。

2009年02月07日

詰将棋解答選手権

土曜日だが勤務先に赴き、お昼過ぎから夕方までかけて講座に所属する4年生7人の卒研発表の練習会。学生が他の先生に質問されて困っているのを見ていると、自分自身の講演で質問されているときとダブってきてしまってハラハラしてしまった。質問タイムではまず思ってもみないことを尋ねられるのがほとんどなので、咄嗟にどれだけ内容があって相手を納得させる答えができるかが問題になる。残念ながら自分の場合、あまりまともな答えを返せずに終わり、ああ言えばよかった、こう言えばよかったと後で反省するということがほとんどだ。立て板に水ですらすら答えている人を見るといつも感心してしまう。

発表会が終わってから車で市街地まで出て、街中にある広島将棋センターに行ってくる。これまで書いてこなかったが、実はこの4月4日に詰将棋解答選手権という催しが全国のいくつかの会場で一斉に行われる。センター試験よろしく、制限時間内に詰将棋の問題を解いて得点を競うのである。広島でも開催できないかということになったので、少し前から私が会場の確保に動いていたのだった。一応区民文化センターの小さな会議室を押さえてあるのだが、将棋センターのTさんからせっかくだからもう少し大きな会場を取りませんかと提案していただいたので、そのへんの相談をしにいったのである。

Tさんによると、現在押さえてあるところとは別の施設で会場にできそうな場所があるという。ただ使用日の1ヶ月前からしか予約を受け付けてくれないそうなので、とりあえず現在確保してある会場をキープしておいて、その新しい候補の部屋を押さえられたら場所を変更させてもらうということになった。もし変更できれば今予定している会議室よりは多くの人が参加できることになるはずだ。願わくば、その新しい会場もいっぱいになるくらい来てほしいものである。

2009年02月01日

詰四会に行く

詰四会に出席するため、朝10時半に宇品港を出る船で松山に向かった。ここ数日は冷たい雨が降り続いていたが、今日はぽかぽかとしていい天気だ。ただ風が強く、そのせいか瀬戸内海には珍しくちょっと揺れが大きかったようだ。船内では昨日届いた詰パラ2月号を見ていた。一通り目を通した後、ヨチヨチルーム・保育園・幼稚園と簡単なコーナーだけ解く。最近とみに感じるが、ここ数年での読む力の落ち込みようときたら本当にひどい。むろん、元より大したことがないのはよく分かっている。しかし今の手の見えなさは、恥ずかしくて昔詰将棋の賞をもらったなどという過去を封印したくなるほどだ。頭のリハビリが相当必要なようである。

今日の詰四会の参加人数は5人。前回が7名だったのでちょっと少なめだったが、いずれも見慣れた顔ぶれである。詰四会作品展の掲載作を選んだり、詰パラ2月号に出ている作品をいくつか解いてみたりしてのんびり過ごす。次の作品展の予定課題も決まった。そろそろ創って下さいとたくぼんさんにも言われてしまったし、何かできないか少し考えてみることにしよう。ただ何しろ脳がかなり錆びついているので、うまくいく保証はない。

5時に会合は終了。夕飯をすませたあと、最後はまたたくぼんさんの車で松山観光港に送っていただいた。9時半頃帰宅。

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