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2008年12月14日

演奏撮影失敗

日曜日のため、マンションの修繕工事も今日はお休み。窓から見える足場はちょっと無粋だが、気兼ねなくカーテンを開けられるし、うるさいドリルの音も聞こえてこない。せっかくの静寂な時間を有効利用しようと、ピアノ演奏を録ろうと思い立つ。以前、演奏を撮影してブログに載せたことがあったが、あれをまたちょっとやってみようというわけである。早速カメラをセットした。

ところが、弾き始めて早々のところですぐミスをする。何度かやっていればそのうちうまくいくだろうと思っていたが、いくら弾き直しても必ずどこかで指がもつれてしまう。いったんこうなってしまうと、焦りばかりが先に立ってたいていはうまくいかないものだ。たまに危険な箇所を無難にクリアしても、「ここまでのところOKだ、これで終わりまでいければ……」などという邪念をすぐ思い浮かべてしまうので、次の瞬間には必ず何でもないところで大きく間違えてすべてやり直しである。演奏中は何も考えない方がいいのだが、この「何も考えない」ということほど難しいことはない。弾きながら集中しろと自分に言い聞かせたりしている時点で、すでに集中力が拡散してしまっているのだ。しまいには特定の箇所ばかり意識しすぎて何でもない単音の部分でもミスしたりするようになり、とうとうあきらめてしまった。土日の午後は貴重な時間なので、成果が得られないのなら浪費したくはない。

しかし弾き直しが利くレコーディングでこの調子では、演奏会でまともに演奏できないのも当然である。やはり技術的にも精神的にも鍛錬が足りないようだ。曲もちょっと自分には長すぎたかもしれない。まあ時間があればそのうち再挑戦するとしよう。

2008年12月10日

「ジャワ組曲」出版

先週ちょっと書いたゴドフスキーの「ジャワ組曲」の楽譜だが、実はあのあとも大量に抽出された誤植を訂正した原稿があらためて届き、それをもう一度チェックするという仕事を週末にやっていた。ようやく昨日、校正作業がすべて終わってまもなく印刷されるという知らせが届いたので、もう大丈夫だろう。予定通り行けば今年中には店頭に並ぶはずとのことである。発行はプリズム社。多分、編集協力の欄に私の名前くらいは出ていると思う。

それにしても、普段譜読みをしていて譜面の誤りを見つけるたびに、ちょっとチェックすれば分かるのになぜこの程度の誤植も発見できないのか……などと思っていたわけだが、これからはそういう認識も変わりそうだ。音符、休符、スラー、タイ、スタッカート、強弱記号、ペダル記号……と楽譜には様々な要素があり、そのすべてに目を光らせて見ていくのは思ったよりずっと難しいことなのである。それもすっきりした曲ならいざ知らず、ゴドフスキーのように複数の旋律が同時進行するような曲は、複雑に絡み合ったメロディーラインを解きほぐすだけでも容易でない。まあ普段譜読みしているときからそれくらいじっくり譜面を吟味しながら練習するべきなのかもしれないが、その意味でも今回のことはなかなかいい経験になったように思う。

2008年11月30日

ゴドフスキーの「ジャワ組曲」

今日はずっと楽譜の校正の仕事をしていた。実は現在、国内の出版社からゴドフスキーの「ジャワ組曲」の楽譜を出版する計画が進んでいる。原稿はすでにほぼできあがっていて、あとはその最終チェックをすればいい段階だ。出版計画の中心にいるNさんから、チェック作業を手伝ってほしいと数日前に打診されていたのである。過去に出版されたCarl Fischer版と見比べて、違っている箇所をリストアップすればいいとのこと。当初の話では、すでに何回もチェックしてあるからもうほとんど誤植はないはずということだったので気楽に考えていた。ところが、始めてみるとエラーがかなり出てくる。臨時記号やテヌートの付け忘れ、デクレッシェンドのずれ、不必要なメロディーライン指示線などなど……何せ相手が天下のゴドフスキー様の楽譜だから、読み解いていくのも容易でない。思っていたよりずいぶん時間がかかってしまった。あとで分かったが、予想よりずっと誤植が多かった原因は、今回の原稿がCarl Fischer版の初版を元に作られていたことにあるようだ。実はCF版はその後改訂版が出されており、こちらはその改訂版を使ってチェック作業を行っていたので、やたらに差異が見つかったのである。こういうことはやってみて初めて分かるものだ。

それにしてもゴドフスキーの「ジャワ組曲」なんて、10年くらい前だったらディープなピアノマニアしか知らない「隠れた名曲」だったはずだ。当時は楽譜を手に入れるのも大変だった。それが国内の出版社から出ることになったとは、全く隔世の感がある。あのころには知る人ぞ知る存在だったカプースチンの楽譜も、今や全音から出ている時代だ。ピアノ曲の楽譜を巡る環境はすっかり変わったと実感せざるを得ない。

2008年11月22日

ルネ・マグリットの絵を見て (2)

Magritte-LeTrioMagique.jpg昨日の話の続き。マグリット展を見に行ったとき、もう1枚興味を惹かれた絵があった。「魔法のトリオ」(原題:"Le Trio Magique" (1961))と題されており、舞台のようなところに3つのオブジェが立っている。左右はカーテンの形をしており、真ん中は女性のようなシルエットだ。いずれも表面に楽譜が貼られている。この楽譜で覆われたオブジェという趣向はマグリットの絵にしばしば登場するものであり、この展覧会でもこの作品に限らず何枚か出ていたように記憶している。

最初はぼんやり見ていたのだが、そのうちあることに気づいておやっと思った。向かって右側のカーテンに使われている楽譜が、ショパンのノクターンOp.9-2の終わりの部分だったからである。有名な曲だし弾いたこともあったから、間違いはなかった。となると、中央の人型と左のカーテンに使われている曲はそれぞれ何なのか?俄然興味がわいてきたが、その場では音符を追っかけてみてもよく分からない。ただ左のカーテンの曲もピアノ曲らしいこと、人型の曲は歌詞の一部が見えることから歌曲かオペラの一部であろうということ、そして3曲とも変ホ長調の曲であることは分かった。これらの事実からして、マグリットが決して適当に楽譜を貼り付けたのではなく、明確な意思を持ってこの3曲をそれぞれ選んだということはもう間違いなかった。かくして、残りの2曲の出自を明らかにするという課題が残されたのである。

それから2年後に私は今の勤務先に赴任することになったが、あるときにマグリット展で見たあの絵のことをふと思い出し、情報を得ようと図書館に向かった(小さい大学だが芸術学部があるため、アート関係の蔵書は豊富なのだ)。5巻からなるマグリットの総作品目録があったので、早速「魔法のトリオ」を探す。作品番号1630番として登録されたそれをやっと見つけると、添えられた解説にはこうあった:

The pasted paper element used in the bilboquet (music from the aria 'Ocean, thou mighty monster' from Weber's Oberon) is taken from the same score as that used in the sphere of cat. 1631, which was done in 1961. The music used for the curtains (which we have not identified) reappears in cat. 1640, a dated work of the same year. (後略)

1つ目の括弧書きによって、中央の人型に貼られた曲は歌劇「オベロン」の中で歌われるアリアであることがこれで明らかになった。しかし2つ目の括弧書きによれば、カーテンに使われている曲は識別できなかったという。向かって右が分からなかったというのが意外だったが、これで手がかりが切れてしまったわけだ。結局、向かって左は分からないままか……といったんは思った。

Field-Nocturne.jpgしかしそこでもう一度考え直した。マグリットが楽譜を意識して選択している以上、左のカーテンに使われた曲も選ばれた理由があるはずだ。だからそれは、ショパンのノクターンと対になるような曲でなければいけない。だがそれがショパンの曲でないのは明らかだった。ではショパン以外で、ショパンのノクターンと対になり得る存在は何だろう?そこまで来てやっと、気づいたのである。ノクターンという形式の創始者、ジョン・フィールドではないだろうか。早速フィールドのノクターンの楽譜をチェックしてみた。そして彼のノクターン第1番の譜面の1ページ目に、まさに左側のカーテンに貼られた部分があるのを発見したのである。やっと見つけた……。初めてあの絵を見てから2年あまり経って、ようやくすべての楽譜の出所が明らかになった瞬間だった。

多分昨日の絵と同じで、よく知っている人が見たら自明のことなのだろうと思う。そのまんまじゃないかとまた言われるかもしれない。ただ少なくとも当時の私にとっては、そんなに明らかなことではなかった。それがかえって、さして有名でない絵を記憶にとどめることに一役買ったのかもしれない。自己満足に過ぎないが、ものすごくささやかな謎を解き明かしたような気分になって、それからしばらくの間はずっと一人悦に入っていたのだった。

2008年11月18日

オセロ大会とカプースチン

昨日の予報通り、今日は昼間からもう身を切るような寒さだった。もはやここでは秋は終わったようだ。

今日は所属している学科でオセロ大会という催しがあった。といっても、実際にみんなでオセロをして遊ぶわけではない。3年生がプログラミングの練習用にオセロのプログラムを作っており、これを対局させてチャンピオンを決めようというのである。すでに予選は先週までに終わっていて、今日は勝ち残った4人で準決勝と3位決定戦、そして決勝戦が行われた。この学科では毎年恒例のイベントになっており、この日は学生全員が講堂に集合し、正面の大型スクリーンに映し出されるゲームの様子を観戦するのである。今年も大きなトラブルもなく、無事終わった。

この手のボードゲームの観戦というのは、どう頑張ったところでサッカーのようなわけにはいかず、大いに盛り上がるようなことはほとんどない。今打たれた手がいいのか悪いのか、その瞬間には誰も分からないから、得てして対局中は妙に静かになってしまう。そこで、あまりしんとしていると間が持たないということで、ゲーム中はBGMをかけることになっている。あくまで静寂を防止するための音楽であり、聞こえるか聞こえないかという程度の音量で流すだけなのだが、毎年その役目を担当しているのが私である。4年前、赴任1年目に初めてその役を仰せつかったときから、かけるCDはカプースチンと決めている。自分のよく知っている曲の中で、こういう場にふさわしいのはこれ以外にないだろう。実際、巷にあふれているそこらへんの曲よりよほどかっこいいと思う。

実のところ、カプースチンを流すのにはもう一つ、密かな目的があった。学生さんの中にこれを聴いて興味を惹かれる人が出てこないかなと期待していたのである。しかし今年で5年目になるのに、まだ誰も「この曲何ですか?」と尋ねてくる人はおらず、最近ではもうすっかりあきらめていた。ところが今日、思いがけないことに一緒に大会を運営していた教員の方から「去年もかっこいいなと思っていたんですが、あれは誰の曲ですか?」と訊かれたのだ。もちろん喜々としてCDを紹介したことはいうまでもない。かくして5年の歳月をかけて、ささやかな布教活動は実を結んだのだった。

2008年11月15日

演奏会を聴く

加古川ピアノ同好会の演奏会を聴きに行くため、朝10時過ぎの新幹線で広島を発つ。車内は大型連休かと思うようなひどい混雑だった。特に岡山から新神戸までの自由席車両は中央の通路に隙間なく人が立っている状況である。土曜日の午前中というのは普段からこんなに混んでいるものなのだろうか。もしかしたら、紅葉シーズンの週末はいつもこうなのかもしれない。

新神戸駅でお昼をすませると三宮を経由して演奏会場のある阪急御影駅へ。演奏開始時間に5分ほど遅れてしまい、最初の演奏者だけは扉の外で聴くことになったが、2番目から最後までは全部聴き通した。これまでは自分も出演していたから自分の出番が終わるまではなかなか落ち着かなかったが、今日は気楽なものである。久しぶりに生の演奏をたっぷり楽しむことができた。それにしても、全くみんなよく練習している。それぞれに仕事があってそれぞれに忙しいはずなのに、どうやってあれほどの演奏ができるだけの練習時間を確保しているのか教えてほしいものだ。

終了後、一つ隣の駅で打ち上げ。2次会にまでつきあい、日付の変わるころに三宮のホテルにたどり着いた。やっぱりこういう集まりに出てみると、もっとピアノを弾こうという気になる。それはピアノに限った話ではなく、詰将棋の会合に出ればそろそろ作品を創らなくてはと思うし、数学だって研究集会に行くたびにもっと勉強しなくてはと思いを新たにすることになる。しかし結局、どれも思うばかりでなかなか前に進まないから困ったものである。

2008年10月19日

暗譜でフーガ

日曜日だというのに午後から勤務先に出かけた。まず残っていた採点の仕事をどうにか終わらせ、その後は締切が近くなった書類を慌て気味に仕上げていた。明日から出張なので、今日中に仕上げてしまう必要があったのである。その他にもいくつか雑用をすませ、夕方に部屋を後にした。

その足で市街地に出る。買い物をした後、ピアノスタジオに足を向けた。行くつもりはなかったのだが、何となく少し息抜きしたくなったのだ。楽譜を持っていなかったので、指の記憶を頼りに弾く。ボウエンの前奏曲はまだほとんど覚えていないが、バッハ=リストのフーガは幸い9割方は指から出てきた。こんなふうにただ気晴らししたいときは、バッハが一番いいのかもしれない。常に両手があるスピードを持って運動させられるからいいストレス発散になるし、かといって弾き通してもそれほど腕が疲れない。スクリャービンのエチュードなどはガンガン鍵盤を叩くので、一回弾いたら数分は休まないともたないのである。このところどうも練習する時間がとれないが、何とか暇を見つけて忘れないようにしたい。

火曜日から始まる城崎シンポジウムに出席するため、明日は午後から移動の予定。戻るのは金曜日だが、ネット環境があまりよくないところなので滞在中はあまり更新できないかもしれない。できればするつもり。

2008年10月11日

アンナ・マグダレーナ

昨日から今日にかけて新しいパソコンの環境を整備して、ようやく使える状態になってきた。ブラウザやメーラ、TeXなど重要度の高いものはだいたい入り、将棋ソフトやらチェスソフトやら、趣味関係のものも一通りインストールはすませた。こう書いているうちにもまだあれをやっていなかったとかこれもしておかないとと次々思い出してきているのだが、それは追々やっていくことにしよう。

インストールの類はとかく待たされることが多いので、今日は作業が始まったのを見計らってその場を離れて電子ピアノに向かっていた。最近はバッハ=リストのフーガとボウエンの前奏曲を交互に弾いていることが多い。つっかえつっかえしながらどうにか終わりまでたどり着いたら、そろそろできたかなとパソコンの前に戻る。するとたまに、何かの確認のダイアログが出ていて動きが止まっていることがあるのである。それもたいていはまだインストール作業が始まって間もないところなのだ。ダイアログの中身も「~してもいいですか?-[はい][いいえ]」というやつで、「『はい』に決まってんだろ、『はい』に」とぶつぶつ言いながらクリックすることになる。そして再び作業進捗バーが伸び始めるのを見ると、機械からもう1曲弾きに行く許しを得た気分になって、またピアノに戻るのだった。

ところで、バッハといえば昨日流れたニュースで、バッハの曲の一部は彼の2番目の妻が作曲したものであるという説をオーストラリアの研究者が唱えているという話が出ていた。もしかしたら眉唾ものなのかもしれないが、まあそういうことがあってもおかしくないとは思う。ただ、バッハ本人の作曲ではないと思われる曲の筆頭が、無伴奏チェロ組曲なのだそうだ。その研究者曰く、自分で弾いていたときにおかしいという確信を持ち、今ではあの曲がバッハの作品でない理由を18通り考えついたという。その18通りのうちいくつかでも記事で紹介してもらいたかったが、素人目には他のバッハの曲とそれほど違うような気はしない。まあ確かなのは、夫が書いたものであろうと妻が書いたものであろうと、後世の人間があの名曲を聴く楽しみを享受できることにかわりはないということだ。

2008年09月28日

York Bowen

BowenCD.jpg昨日帰宅して郵便受けにたまった郵便物を見ていたら、チラシの類に混じってYork Bowenの「24の前奏曲」のCDが届いていた。演奏はMarie-Catherine Girod。前々から入手しようと思いつつそのままになっていたCDだが、最近ピアノ関係のメーリングリストでボウエンの話題が出たのをきっかけにこの間注文しておいたのだ。

ボウエンの「24の前奏曲」Op.102については以前にもふれたことがある。他の作曲家が書いている同名の曲集に比べるとあまり世間に知られていない存在であるが、決してつまらないということはない。それどころか、聴いてみるとなぜこんないい曲が、と不思議になるほどに魅力的だと思う。スティーブン・ハフの弾くCDで知ってからおりにふれ聴いていたが、しっとりとした抒情性に満ちていて、しかしラフマニノフのように正面切って郷愁を訴えてくるわけでもなく、どこかぼやけているような曲調はボウエン独特のものであり、飽きることがない。ウェットには違いないのだけれども、言うなればそれは霧のウェットさなのだ。ハフは一部を抜粋して演奏していたが、ジローは全曲弾いてくれているので、当分は楽しめそうである。いずれ時間ができたら、どれか譜読みしてみようかとも思っている。

2008年09月14日

久しぶりのグランドピアノ

久しぶりに市街地に出かけ、本通商店街にあるピアノスタジオでグランドピアノを弾いてくる。どうもこのところすっかり練習を怠けてしまっていた。ピアノに限ったことではないが、こういうのは継続することが何より大事。ちょっと休むとたちまち前の蓄積は失われ、何歩か下がったところから再スタートしなければいけなくなる。こんなことをやっているからいつまでたってもうまくならないのだ。ちょっと前まではバッハ=リストのフーガをやっていたので、今日はそれを指に思い出させるべく努めた。思っていたよりは指が動いたが、後半の盛り上がり部分はまだまだ手に負えない。

次の演奏会は11月中旬にある。当初の予定としてはこのバッハ=リストで行こうかなと漠然と考えていたが、どうもこのままではちょっと間に合いそうにない。一番の問題は、この曲はフーガの前に前奏曲が置かれているのに、そちらにはまだほとんど手をつけていないということだ。弾いていて楽しいからとフーガばかりやっていた報いである。今から泥縄でやろうとしたところで、練習時間の少なさを考えると2ヶ月でいい状態に仕上げるのは難しいだろう。

そもそも、選曲にも問題があったかもしれない。これまで弾いていたラフマニノフやスクリャービンに比べると、バッハは複数の旋律の同時進行ということを強く意識せざるを得ない。ましてフーガのような曲ならなおさらだ。自分のようにミスが避けられない人間にとっては、何を弾いていても演奏中に記憶が一瞬飛んで片方の手が分からなくなったりする瞬間はどうしても訪れる。そんなときは曲の流れを切らさずになるべく早く指が記憶を取り戻すよう努力するのだが、こういう縦糸より横糸の方が太い曲だと、一度行き場を失った手を演奏に復帰させることが非常に困難なのである。自分で弾いて楽しむ分にはいいが、人前で弾くとなると、やはり技術のない人間はバッハを選ぶのはやめた方がよさそうである。

まあ出演が無理そうなら、今回は一人の聴衆として参加してこようかと思う。

2008年08月18日

「交響的変容」三部作を聴く

先週、出張先から実家に戻る途中、都内のCD店に立ち寄った。ターゲットは、5月に発売情報を入手していた、アムランによるヨハン・シュトラウス=ゴドフスキーの「交響的変容」三部作である。ネットでもっと早く購入することもできたのだが、こういうCDは何となく店頭で手にとって買いたいような気がしていたのだった。輸入盤新譜のコーナーに行くとお目当てのものはすぐに見つかった。他に何か面白いものはないかなとしばらく店内をぐるぐる回り、目についたシベリウスのピアノ作品集も合わせて買っておく。こういうことができるのも店頭購入のよさだ。今までこうやってよいCDと何度巡り会ったか分からない。

さて「交響的変容」の方はこちらに戻ってきてから早速聴いているが、期待を裏切らない演奏だ。一番よいと思ったのは、三部作の中では比較的地味な「ワルツ『酒・女・歌』の主題による交響的変容」。これまではチェルカスキーの録音を主に聴いていたのだが、彼の演奏は途中楽譜をカットしてしまっており、そこがずっと気に入らなかったのだ。ノーカットではトーマス・ラベによる演奏も持っているが、あれも今ひとつ迫力不足であと一押しが足りない気がしていた。ついに世に出たアムランの録音は、この曲の決定版の一つになるのではないかと思う。同じことは三部作の残り2曲についても言えるが、敢えてつけ加えるなら、アムランがあまりにさらっと弾きすぎてしまっているために、初めて聴く人にはこれらの曲の難しさがあまり伝わらないのではないかという危惧はある。もちろん普通なら曲の難しさが聴く人に伝わるかどうかなどということはそれほど重要なことではないのだが、これらの曲については、鍵盤上で何やらすごいことが起きていると聴衆が強烈に意識させられることも、一つの大事な要素であるように思われる。その意味では、やはりこういう曲はライブで直に楽しむのが一番なのだろう。

ともあれ、しばらくはこのCDをかける日が続きそうだ。

2008年08月06日

Benno Moiseiwitsch

ネットを巡っていたら、20世紀前半に活躍したピアニスト、Benno Moiseiwitschがワーグナー=リストの「タンホイザー序曲」を弾いている映像があるのを発見。実はこの映像はシフラのDVDを買ったときにおまけとして収録されていたのでよく知っているのだが、しばらく見ていなかったのでじっくり見入ってしまった。やっぱり何度見ても爽快である。曲が長いために前半後半に分けてアップロードされているのが残念だが、古き良き時代に「巨匠」と呼ばれたピアニストがどんな弾き方をしていたかを実感するために、これは一度は見ておかなければいけない映像だろう。特に、カメラが徐々に近づく後半部分の凄まじさは圧巻。最後の方など、ピアノを「弾く」というよりは「ぶっ叩く」といった方がしっくり来る。今の時代にこんな弾き方をしたら、ピアノの先生に怒られることは間違いない。恐ろしく高い位置から力任せに振り下ろすものだから、ときどきかなり派手に音を外しているが、そんなのだいたい合っていればいいだろうといわんばかりだ。実際、聴いている方にもそう思わせてしまう力がこの演奏にはあると思う。モイセイヴィチのような巨匠だからこれが許されるのだろうし、またこういう弾き方ができる人が巨匠と呼ばれるのだろう。これが撮影されたのは1954年で、モイセイヴィチはすでに65歳だったが、若いころの映像が残っていないのが実に惜しまれる。

2008年07月30日

ホルスト・シュタイン死去

朝方に母を送り届けてから出勤。今日は定期的にやっているセミナーの日だったが、このところ明け方に暑さで目が覚めてしまうことが多く、寝不足がひどくて全然集中できなかった。どうもいけない。昼下がりに凄まじい雷鳴とともに豪雨になったが、4時過ぎには何事もなかったかのように青空がのぞき始めた。

昨日のニュースになるが、指揮者のホルスト・シュタインが亡くなったとのこと。もうしばらく指揮している姿を見ていなかったが、ずっと体調を崩していたらしい。個人的には、この人の名前は指揮者の中ではかなりなじみ深いものだった。といっても、特にファンだったというわけではない。実は、私が生まれて初めて誰かに似ていると言われた、その「誰か」がホルスト・シュタインなのである。といっても、産まれて最初の1週間くらいのときの話だ。まだ髪がほとんどなかったうえにおでこが特徴的な形をしていたため、「何かホルスト・シュタインみたいだ」と親が思ったらしい。その話を聞いてからというもの、テレビで彼が指揮をしているのを見るたびに、自分の原型を再確認しているような気分になったものだった。学生時代はピアノサークルの場などでホロヴィッツに似ていると言われたこともあったけれど、これから年をとるにつれて原型に回帰していく可能性もありそうである。

2008年07月19日

靴、スプレーのり、バッハ

夕方から市街地に車で出かけた。本日のお出かけの目的は3つ。

まず、靴の交換。実は先週、新しい靴を一足買ったのだが、店頭で試し履きしたときはいいと思ったのに、帰宅してから履いて少し歩いてみたら、どうもつま先が靴の先に当たって気になる。買った店に電話したところ、持ってきてくれれば大きなサイズのものとお取り替えいたしますと言われていたのである。どうも私は、子供のときから靴を買うのが苦手だった。親に連れられて靴屋に行き、その場で候補の靴を履いてみるのだが、「どう?」と聞かれたときにいつも困ったものである。はっきりきついとかゆるいとか思えるほどサイズ違いなら、そう言えばいいだけのことだ。ところがたいていは、「フィットしているのかと問われれば、そうなのかなという思いもある」という政治家の答弁のような感想しか出てこないのだった。本当にフィットしているのかどうかは、いざその靴を履いて学校に行ったりしたときに初めて分かるのだ。今回も2つのサイズを試し履きしたもののどちらがいいか今ひとつよく分からず、以前靴がゆるかった経験を思い出して小さい方にしたら間違っていたというわけである。まあ今回のようにあとから交換に応じてくれるのは、私のような人間にとっては大変ありがたい。無事0.5cm大きい靴を手に入れることができた。

次の目的は、スプレーのりを買うことだった。今日の午後は、複雑系折紙を折るために紙の作成を行っていた。次に折ろうと考えている作品はいわゆるインサイド・アウト(紙の裏側を意識的に表に出して色の違いを表現する)ものなので、アルミホイルの両面にカラペを接着する必要があるのだが、まず片側に貼り付けたところでスプレーのりが空になってしまったのである。帰宅後、買ってきた新しいのりをさっと吹きかけて反対側にも無事カラペを接着した。実はこうやって紙を作るという作業をやるようになるまで、こんなふうにのりを吹きつけるスプレーがあるということすら知らなかったのだが、何とも便利なものである。

最後の目的は、ピアノスタジオに行くこと。このところ電子ピアノばかり弾いていたので、少し生のピアノの感触を思い出そうと久しぶりに木定楽器店に行って30分ばかりさわってきた。最近弾いているバッハ=リストのフーガをずっとやっていたが、まだ最後の2、3ページはうまく弾けない。この夏の間に何とかしたいところだ。

2008年07月17日

録音を送る

冷蔵庫に余っていたなすを処理すべく、豚肉と味噌炒めにして夕飯をすませた後、しばらく電子ピアノに向かっていた。もちろん音量は十分絞って、おそるおそるである。このところあまり時間がなくてほとんど練習できていないが、大きな音を出さなければ夜でも少しはできるのだから、指が忘れない程度には続けなければいけない。

そういえば先月末に群馬の山奥で行われたワークショップに行ったとき、参加されていたフランスのI先生と現地に置いてあったピアノを弾き合うということがあった。大数学者であるI先生とそんなことをするだけでも畏れ多いことだったが、実はそのときにあなたの演奏の録音を送ってほしいと言われていたのである。「いやいやいや、そんなもう、ええ、お送りするようなほどのもんじゃないですから、いやいやほんとに、へへへっ」と普通ならまず一回言うところなのだが、相手が相手だし日本語でないことも手伝って「分かりました」とバカに素直に快諾してしまったのだった。実際お送りするようなものではないのは事実なのだけれど、約束してしまったものは仕方がない。とりあえず、手持ちの録音から比較的ミスが少ないものを選び、mp3ファイルをサーバに置いてメールでお知らせした。

昨日そのお返事がI先生からあり、こちらが恥ずかしくなってしまうほどのお褒めの言葉をいただいてしまった。もちろんほとんどリップサービスであることは分かっているのだが、それでもやはり聴いた人によかったと言ってもらえるのはうれしいものである。

2008年07月09日

カプースチンの隆盛

先日の東京出張の際、久しぶりに渋谷のタワーレコードまで足を伸ばしてきた。学生時代は足繁く通った場所である。確かアムランの弾くシュトラウス=ゴドフスキーが出ることになっていたはず、とSやGのコーナーをなめるように見て回ったのだが、それらしいものは発見できず。それもそのはず、あとで分かったが発売されるのは来月だったようだ。さらに、そういえばハフのモーツァルトアルバムも買おうと思っていたんだったとMのコーナーにも行ったが、これも置いていなかった。タイミングがちょっと悪かったようだ。

その代わりというわけではないだろうが、カプースチンのCDはやたらに充実しており、専用の試聴コーナーまで設置されていた。半分くらいはすでに持っているものだが、中には初めて見る録音もある。驚いたのは、ナクソスレーベルにまでカプースチンが登場していたこと。私が初めてカプースチンを聴いたのは、90年代の終わりだっただろうか。まだあのときは知る人ぞ知る隠れた存在だったが、それが今やあの全音から楽譜まで出版されているのだから、隔世の感がある。ピアノ好きの中ではもはやメジャーな作曲家といっていいだろう。

というわけで、タワレコで買ってきたカプースチンのCDを聴きながら今これを書いている。一時期はジャズ・エチュードをかなり一生懸命練習していたものだが、しばらく離れていたのですっかり忘れてしまった。時間ができればまた譜読みしてみたいものである。

2008年06月29日

チェスとピアノを楽しむ

勉強会の2日目。朝から冷たい雨で、窓の外に広がっているはずの青い山々も真っ白い霧に包まれて全く見えない。何より困るのは寒いことだ。広島を出るとき、ほんの少し想像力を働かせてセーターを持ってきたのは実に的確な判断だった。同じく広島から出てきたHさんは半袖だったので、「よく寒くないですね」と声をかけたら、「フフ、寒いよ。」半袖しか持ってこなかったのだそうだ。やはり山の天気はひと味もふた味も違う。

午後に講演の休み時間があった。かつて詰将棋を創り始めたころにアドバイスをもらっていたK君がちょうど今回の勉強会に参加していたので、何となくチェスを指すことになる。まあ普通に指していれば何とかなるだろうと高をくくって適当に動かしていたら、いつの間にか駒損がひどくなってどうしようもなくなってしまった。こんなに簡単に負けてしまうとは情けない。どうもすっかり油断していた。感想戦につきあってもらい、いろいろ勉強になった。

もう一つ、会場にあるピアノを夕食後にちょっとさわっていたら、今回来ているフランス人のI先生がやってきた。I先生はピアノがうまいという話は聞いていたので、自然とピアノ談義をすることになる。互いに覚えている曲を弾き合い、終わるたびに「いい演奏ですねえ」と言い合うというサイクルを5回か6回繰り返した。I先生は最近はほとんど弾いていないとおっしゃりながら、ガルッピやらシューマンやらリストやら、次々と披露してくれた。よく覚えているなあと感心させられることしきり。こちらは最近弾いたスクリャービンなどで何とか対抗したが、技術的にはかなりの差がありそうだった。

そんなわけで、普段の趣味がコミュニケーションツールとして大いに役にたった一日であった。

2008年06月18日

「交響的融合」の再ブーム

学生時代、ピアノサークルの同期生だったK君が編曲した、ショパンのソナタ第3番のフィナーレと「巨人の星」を絡み合わせた「交響的融合」という曲について、このブログで紹介したことがある。書いたのは2年ほど前のことで、もう書いたことすら忘れかけていたが、不思議なことに昨日あたりからこのエントリにやたらとアクセスが来るようになった。ログを調べてみると、みんな検索ページで「ショパン×巨人の星」などという言葉を入れてこちらに流れてきているようなのである。さらに、楽譜を見せていただけないかというメールまで何通かいただいた。いったい、これはどういうことだろう?

すぐに疑問は氷解した。「交響的融合」を演奏された方がおり、その映像が一昨日の夜に某動画サイトに投稿されていたのである。アップされてから2日だが、すでに何万回も視聴されているようだ。何しろ曲が曲だし、またその方の演奏も見事なものだったので、かなりのインパクトがあったのだろう。それを見て興味を覚えた方が、検索してこのブログにたどり着いたということらしい。思わぬことでアクセスが増えるものである。

K君があれを演奏して周りでみんながゲラゲラ笑っていたのは、もう10年くらい前のことになる。あまりに面白かったので楽譜の清書まで買って出てしまったが、当初はごくごく近しい人に配ることしか想定していなかった。こんな形で広まっていくことになるとは、先のことは分からないものである。あのとき頑張って一音一音打ち込んだかいがあったというものだ。

2008年06月08日

完全オフの日

しばらく予定のある土日が続いていたので、今日は完全オフの日と決め、買い物以外はずっと家に逼塞していた。といっても、何もしなかったわけではない。やらなければいけない案件がいろいろたまっていたのだ。

まず、チェスの棋譜や詰将棋の入力作業。自分の対局は一応チェスソフトに打ち込んだうえで悪手をチェックさせているのだが、先月のゴールデンオープンと今月1日のアンパサン例会の分はまだ未入力だった。記録用紙を見ながら手順を追っていくとまたゴールデンオープンでの大逆転負けの悪夢がよみがえってくるが、それでも1ヶ月も経ったからだいぶ傷も癒えてきた。こういうのはさっさと忘れるに限る。それにしても、こうも手が見えないものかと入力のたびにあきれてしまう。ごくごくやさしい「次の一手」問題のレベルができていない。また形勢判断も毎回むちゃくちゃだ。まだまだ初心者の域を抜け出すには時間がかかりそうである。詰将棋の方は、近代将棋誌と将棋世界誌に出る新作を入力して保存。毎月続けているのだが、近代将棋に載る作品を入力することが今後当分なくなるのは、改めて残念という他はない。

あとはピアノも少々。演奏会が先週終わり、さて次は何を弾こうと考える時期は、ある意味では一番楽しいかもしれない。今日のところは、このところやっているバッハ=リストを弾いていた。それから、折紙も次のプロジェクトがスタート。今日はとりあえず紙を作るところまでで、アルミホイルの片側に雲龍紙、もう片側にカラペを接着させた。また失敗する可能性も高いが、慎重に少しずつ折ろう。

趣味以外の作業としては、水回りの掃除もした。湿度の高い季節になり、シンクや風呂場は汚れがかなり目立つようになっていたが、ようやくましな状態になった。ただ台所の流しの下をのぞいたら、シンクの壁面についているオーバーフロー穴(水があふれ出るのを防止する穴)に接続されているホースがなぜか外れていて、汚い水がそのへんにたまっていたのには辟易。その穴から排水されるほどシンクに水をためることはまずしないとはいえ、そのまま気づかないでいたらひどい状況になるところだった。危ない危ない。

2008年05月31日

神戸でスクリャービンを再び弾く

演奏会に出るため、朝広島を発って神戸に向かった。今回の会場は新神戸駅からすぐのところなので、遠方から参加するには大変都合がよい。お昼頃に到着し、本番前にほんの5分ほどだけ試し弾きさせてもらう。Blüthner社のピアノで多分さわるのは初めてだったが、かなりタッチは軽めに感じた。

自分の出番は午後4時40分頃。今回のホールは出演者専用の出入り口がなく、客も演奏者も同じ扉から出たり入ったりする形になっていた。前の部までは休憩時間に一人の観客として出入りしていたのに、演奏時だけホールに入って客席ではなく舞台上のピアノに歩いていくことになる。そのせいか、いつも以上に「突然」演奏を始めた気分だった。漫然と演奏会の進行を見守っていたら、なぜか次の瞬間、ピアノの前に座っていたという感じである。まあ、余計な緊張をしないという意味ではこの方がいいのかもしれない。ただ演奏については予想通りで、最後のOp.42-5は指が全然回らなかった。その前の3曲だけでもうまくやろうとしたのだが、3曲目のOp.42-4の聴かせどころで大きなミスをしてしまったのが残念。まあ今回は参加することに意義があると思って来たのだから、もうこれで十分だろう。

終了後、三宮方面に移動して打ち上げ。2次会まで参加し、11時半頃にホテルにたどり着いた。さて、これで半年に一度のピアノモードはひとまず終了。

2008年05月30日

演奏会前日

演奏会前日というのに、普段と何も変わらぬ一日を過ごす。日中はもちろん仕事に行っていて何ができるわけでもないが、終わったらすぐピアノスタジオに直行して最後の猛練習をするという選択肢もあったはずだった。しかし直前にどうあがいたところで、結局弾けないところは弾けないのだ。それに2週間ほど前に、練習室でガンガン弾いていたら急に熱っぽくなってその後数日調子を崩したことがあった。今月は体調不良に悩まされることが多かったため、何をやるにも慎重になっているのである。

それでも先ほど、電子ピアノの音を十分絞って一回控えめに弾いてみた。うーん、やっぱり弾けていない。まあよい、所詮は遊びだ。学生時代にサークルの演奏会に何度も出て、開き直りの技術だけはずいぶん上達したように思う。

2008年05月26日

映像のテスト

少し前から、このブログで映像を流すことが可能かどうか考えていた。もちろん動画投稿サイトへのリンクを埋め込むことはできるのだが、そうではなく、映像ファイルを自宅サーバに置いて、見る人がストレスなく視聴できるかということである。古いノートPCをサーバに流用しているのだが、こういうコンテンツがあるとどれくらい負荷がかかるのかよく分からないのだ。試しにファイルを置いてみるので、もし見られない、あるいは映像や音声に何らかの問題があるという方は、コメント欄などでその旨お知らせいただければと思う(Adobe Flash Playerがインストールされていないと多分見えない)。映像は、昨日自宅で撮っておいたスクリャービンの前奏曲Op.16-1。

2008年05月24日

泥縄の練習

演奏会が間近に迫っているというのにあまりに練習していないので、少しはちゃんとしたピアノにさわってこようと思い立ち、お昼頃浜松ピアノに電話してスタジオを1時間押さえた。普段よく行く木定楽器店のピアノがちゃんとしていないわけではないが、浜松ピアノはフルコンのスタインウェイを弾かせてもらえるのである。いつも演奏会前に一回は行くことにしている。

夕方、雨の中を出かける。予約した時間に浜松ピアノに行くと、偶然にも店内にはBGMとしてスクリャービンの前奏曲が流れていた。部屋に通されると早速練習開始。うーん、やはり全然ダメ。Op.42-5は指が全く回っていない。集中して練習すべきなのだろうが、弾き方がそもそも間違っているのだろう、この曲を一回通しで弾くと両手とも消耗しきってしまい、数分はまともに力が入らなくなってしまうのである。だからしばらくの間は他の静かな曲を練習して、筋肉が休まるのを待つしかないのだ。スクリャービンは若いころにリストの「ドン・ジョバンニの回想」を練習しすぎて右手を痛めてしまい、まともに動かせなくなってしまった。その影響で彼の曲は左手に負担のかかるものが多いということになっている。確かに左手の音域は非常に広くて演奏困難だが、私に言わせれば、痛めたわりには十分右手も酷使していると思う。あんな不自然な手の開き方を要求されるのでは、腱鞘炎にならない方がおかしい。

そんなわけでときどき手を休めつつも、何とか1時間練習を続けた。本番まではこういう泥縄の練習をなるべく繰り返す必要がありそうだ。

2008年05月23日

演奏会プログラム

今月末に行われる演奏会のプログラムが決まったので掲載しておく。当日お暇な方は是非。

2008年05月14日

アムランの新盤

ピアノマニアで作るメーリングリストからうれしいニュースが入ってきた。ついにMarc-André Hamelinが弾くJ. Strauss=GodowskyのCDがこの夏に発売されるらしい。アムランによる「芸術家の生涯」のライブ録音は昔聴いたことがあったが、彼の演奏による交響的変容三部作すべての録音が世に出るのは今回が初めてである。これは是が非でも買わなければいけない。

ゴドフスキーというと好き嫌いの分かれるショパンエチュードの編曲がまず思い浮かぶかもしれないが、文句なしに楽しめるのは何といってもこの「交響的変容」三部作であろう(実際には四部作だが、4番目の作品は左手一本のために書かれたもの)。ヨハン・シュトラウスII世の有名なワルツの旋律が縦横無尽に駆け回り、絡み合い、響き合って豪華絢爛な音の空間をつくり出す。元になっているのはワルツ「芸術家の生涯」、喜歌劇「こうもり」、ワルツ「酒・女・歌」の3曲。どれも演奏は超絶的に困難であり、特に1曲目の「『芸術家の生涯』の主題による交響的変容」の難しさは筆舌に尽くしがたい。あとの2曲は若かりしころに自分も挑戦したことがあるが、当然ながらまるで歯が立たなかった。こういう曲は中途半端な腕の人間が弾くべきではない。曲を知っている人には聴いていてもどかしいだけだし、知らない人にはただ難しくしただけの曲と誤解されかねないからだ。いくつもの旋律が絶妙に調和し「交響的に」流れる、その心地よさこそがゴドフスキーの真骨頂であり、聴く人がそれを堪能できるためには技術的な困難などものともしないヴィルトゥオジティが必要なのである。その意味で、アムランほどうってつけのピアニストはいないだろう。

もう10年以上前のことになってしまったが、当時まだ日本ではほとんど知られていなかったアムランを招聘したときのことを思い出す。動いたのはピアノサークルの先輩たちだったが、私も下っ端として招聘メンバーの一員に加えさせてもらっていた。十人くらいで成田空港に行って彼を出迎えた後、成田エクスプレスで新宿に移動し、どこかのレストランに入ったのだが、私は緊張もあってそこまでほとんど言葉を交わしていなかった。私は下っ端だし、他のメンバーに比べればピアノについては無知だし、まあ隅っこでおとなしくしていよう。そう思っていたら、招聘メンバー代表のKさんが
「ほれ、斎藤君、カンバセーションインフレンチ、せんの?」
といきなり水を向けてきたのである(アムランはカナダ人なのでフランス語も達者なのだ)。突然言われてどぎまぎしながらも、そのときこわばった顔でアムランにした質問が
「えーと、ゴ、ゴドフスキーの『変容』4部作を録音されるつもりはないんですか?」
だった。もちろんすらすらそんなことが言えるわけはなく、前日に仏作文してこしらえておいたたった1つの質問がそれだったのだ。そのときのアムランの答えの第一声が
"J'aimerais bien."
だったことはよく覚えている。それに続けて、今はいろいろ事情があってちょっとできそうにはないんだけど、というようなことを言っていたと思うが、彼も録音する気はあるんだなとそのときから密かに期待して待っていたのだった。あれから10年、やっと出るのかと思うと、何とも感慨深い。

2008年04月27日

三たびチェスを指しピアノを弾く

先週に引き続き、同じパターンでIさんと本屋で3時に落ち合い、隣の喫茶店でチェスを指す。Iさんにまた対局してくださいと請われたからだが、実は今度の土曜日から蒲田で行われるゴールデンオープンに参加申し込みをしてしまったため、少しは実戦感覚を思い出しておきたいというこちらの事情もあった。3局指したのだが、1局目は十数手で決定的な駒得をして投了に追い込み、2局目に至ってはf7への攻撃が通ってしまって10手でメイト。今日は調子がよさそうだとそのときは思った。しかし3局目、どうやっても悪くなさそうだなと何気なく指した手が、実は大悪手であると直後に気づく。幸い相手には気づかれなかったので事なきを得たが、もしとがめられていたらR1個を丸損するところだった。あんなことを公式戦でやったら、間違いなくRを取られてその場で試合終了である。ブランダーは、忘れたころにやってくる。

終了後、また本通商店街の端っこにある楽器店のピアノスタジオに行って1時間ほどピアノを練習してくる。このところすっかりハマってしまっているフーガは、少しずつだが譜読みが進んできた。意欲があるうちに最後までたどり着きたいものだ。

2008年04月20日

再びチェスを指しピアノを弾く

今日は中国選手権で会ったIさんからまたチェスの相手をしてくださいと言われていたので、2週間前と同じ行動パターンを取ることにした。すなわち、3時にIさんと本屋で待ち合わせして隣の喫茶店でチェスの対局。夕方に別れると楽器店のスタジオでピアノの練習をするという段取りである。前回は対局前にあれこれ偉そうに説明したが、もう今日はすぐ指しましょうということになる。こちらが黒を持って2局指したのだが、1局目は適当にやっていたら何だか相当いい勝負になってしまい、最後は負けるんじゃないかという恐怖を払いのけながら指す羽目になってしまった。ギリギリ勝つには勝ったけど、いくら何でも情けなさ過ぎる。どうも自分は頭がチェスモードに切り替わるのに時間がかかるので、大会に行ったときなども初戦はとりわけひどい手を指してしまう傾向がある。2局目は頭が慣れてきたか、比較的順当に差を広げて勝つことができた。エンジンのかかり方の遅さ、これは今後の課題だ。

終了後、Iさんと別れてから予定通り楽器店のピアノスタジオへ。バッハ=リストの「前奏曲とフーガ」とスクリャービン。ガンガンやっていたら汗が噴き出してきて、着てきたジャケットとセーターをしばらく脱いでいなければならなかった。1時間弾いてすっきりしたところで、そのへんで夕飯をすませて帰途に就いた。

2008年04月19日

折紙&ブゾーニとヒナステラ

昼食をすませ、コーヒーを一杯飲んで落ち着いたところで、またつい折紙を始めてしまった。それもコンプレックス系折紙の王道である昆虫系である。正確には蜘蛛なので昆虫ではないのだが、要するに足が2本多いわけで、その分余計に厄介だともいえる。序盤早々unsinkという特殊な折り方をさせられる箇所があり、これに大苦戦。その後もひたすら難解な工程が続き、紙がかなり傷んでしまった。ずいぶん時間をかけたのに、まだ全体の半分も行っていない。この調子では途中で破綻する可能性も高いが、折り急ぐとなおさら失敗しやすくなるので長期戦で行こう。

夕方から市街地に出かける。無印良品の店に行ったのだが、買い物をすませてから上階にあるCD店にふらっと入り、何かめぼしいものはないかと物色。クラシックはありきたりのものしか置いていないのであまり食指が動かないことが多いのだが、幸いナクソスのCDが片隅にまとまっていた。普段それほど見かけないような隠れた名曲を、良心的な値段で提供してくれることで知られるレーベルである。何枚か取り上げて迷ったのち、ブゾーニのヴァイオリン・ソナタ集とヒナステラのピアノ協奏曲集の2枚を購入。どちらも演奏者は聞いたこともない人たちだったが、こういうのはまず曲が聴けることが何より大事である。今はブゾーニを聴きながらこれを書いているが、やはりよい買い物だったようだ。

2008年04月16日

Lettberg plays Scriabin

スウェーデン人女流ピアニスト、Maria Lettbergの弾くスクリャービン全集が数日前に届いた。去年の秋に発売されたという情報を知ってから、ずっと気になっていたのである。早速このところ聴いてみているが、期待を裏切らない演奏でなかなかよい。これまでもソナタ全集ならHamelin、エチュードや前奏曲ならLaneなどのよい録音があったが、スクリャービンのすべてのピアノ作品を網羅的に収録したものがほしいとなると、Pontiの弾く全集に頼るしかなかった。ただどうもポンティの演奏は音質もあまりよくないし、何だか全曲録音しろと言われたので弾いたというような印象で、今ひとつスクリャービンらしさが感じられないのだ。だからあまり私は好きになれなかったのだが、演奏会用アレグロOp.18や悪魔的詩曲Op.36といったかなりマイナーな曲を聴くには、これくらいしか音源がなかったのである。しかし、これからはもうレットベリ盤がある。これは今後も聴いていくことになるだろう。

今回買ったこの全集、CD8枚組でさらにボーナスとしてレットベリのロングインタビューが収録されたDVDも入っているのだが、値段は20ユーロだった。演奏のよさを考えると、かなりお買い得ではないかと思う。その昔、初めてCDというものを買ったときは、確か1枚が3,500円くらいしたような気がする。つまり今回のスクリャービン全集より高かったわけだ。時代は変わった。

2008年04月06日

チェスを指しピアノを弾く

2時過ぎに家を出て街中に出た。今日は、先日の中国選手権で対戦したIさんと3時から会うことになっていたのである。対局指導してくれと熱心に請われ、自分は教えるほどうまくないと何度も言ったのだが、ついに押し切られてしまったのだ。

本屋で待ち合わせし、すぐ隣の喫茶店に入ると早速駒を並べる。定跡を教えてくれというので、最初にものすごく大雑把にいくつかのオープニングを並べる。白の初手はこれが一番多くて、次がこれ。黒がこう指すとシシリアン・ディフェンスって言って、これはもうものすごく変化があって大変なんです。白は普通はこっちのナイトを跳ねるんだけど、そこでまた黒はいろいろ手があって……このポーンを突くことが一番多くて、そうすると普通は次にここでこうやってポーンを交換して、ナイトを跳ねて、でこっちもナイトを跳ねる。ここでまた黒はいろいろ手があって、この端っこを突くと、ナイドルフ・ヴァリエーションっていってトッププロの間でよく出てくるんです。あとは、こっちを突くドラゴン・ヴァリエーションってのもある。あっ、こういうふうにビショップをここに出すのはフィアンケットっていって、結構使えます。あとね……

延々とやっているうちに、こんなことをしてもあまり意味がないような気がしてきた。ちょっとやそっと定跡を覚えたってその通りになるはずがないし、指し手の意味が分からないのに丸暗記しても仕方がない。やっぱりチェスは実際に指してなんぼである。とにかくやってみましょうということで、白黒それぞれ一局ずつ指してみる。終わると並べ直しながら、中央を制圧した方がいいんですよとか、ナイトとビショップは早めに出してキャスリングした方がいいんですとか、どこかで聞いてきたことをさも強いような顔をして偉そうに講釈してしまった。しかし今日のIさんの熱心さだと何だかあっという間に追いつかれそうで、こちらが講釈されるようになるのも時間の問題だろう。実際2局目は中盤まであまり形勢に差がつかず、ちょっと焦ってしまった。

またそのうち指しましょうと約束して6時過ぎにIさんと別れる。今日はせっかく街中に出てきたので、久しぶりにピアノスタジオでゆっくり練習しようという計画もあった。予約はしていなかったが、よく行く楽器店のピアノスタジオに行ってみると空いているとのことで、6時半から1時間、グランドピアノを鳴らすことができた。昨日書いた「前奏曲とフーガ」もちょっとだけやったが、まだ譜読みし始めたばかりなので、今日のところはスクリャービンが中心。まだまだちゃんと弾けていない。来月はもう少しピアノスタジオ通いを増やす必要がありそうだ。

8時半頃帰宅。

2008年04月05日

フーガの魅力

次の演奏会が来月末だからそろそろ真面目に練習しなければいけないのだが、まだ今ひとつ身が入らない状態でいる。まともに弾けていない箇所がまだたくさんあるのに、一通り譜読みがすんだのをいいことに、つい他の曲に手を出してしまうのだ。先月まではプロコフィエフの「シンデレラ」をずっとやっていたが、今月は「バッハ月間」になりそう。朝食のときによくバッハをかけているので聴く方はほぼ毎日なのだが、ときどき弾く方もたまらなくバッハが心地よくなる期間がめぐってくる。今一番気になっているのは、リスト編曲の前奏曲とフーガイ短調。オリジナルはオルガンである。この曲が入っているRian de WaalのCDを久しぶりに聴いていたら、耳について離れなくなってしまったのだ。今日の午後は楽譜を出してきてフーガの冒頭を弾いてみていた。やっぱりいい曲である。

この曲に限らず、フーガというのは実に魅力的な形式だなとつくづく思う。静寂を破って単音の旋律が聞こえてくる。バッハはこの旋律からして実にいいのだが、しばらくして低音域からその旋律が遅れて登場し、またしばらくするとさらに低音の領域で新たにメロディーが生まれる。しかもそれらはカノンのようにただずれて流れ続けるというわけではなく、お互いが有機的に絡み合うべく少しずつ姿を変えてゆくのである。干渉し合いながらも融合してしまうわけではなく、かといって分離してしまうわけでもない。つかず離れずの状態を保ちながら全体が大きくなっていき、いつの間にか巨大な音の塊ができていくのだ。それはまるで、微生物が自己増殖を繰り返して巨大化していく様のようである。もしかしたらフーガを弾く心地よさは、生物を創造する神になった気分から来ているのかもしれない。

2008年03月22日

オルガンの超絶技巧

Cameron Carpenterというオルガニストをご存じだろうか。実は私も最近知ったばかりなのだが、彼のライブ映像を見て度肝を抜かれてしまった。オルガン曲というとバッハやフランクのそれが思い浮かぶが、何とここで弾いているのは、あのホロヴィッツ編曲の「星条旗よ永遠なれ」とカルメン変奏曲。普通にピアノで弾いても恐ろしく難しいこの曲を、手足を駆使して弾ききっている。特に凄まじいのが足を使った演奏。このタップダンスのごとき足の運びを見よ!また手も3段の鍵盤を自由に行き来するだけでなく、片手で違う段を同時に弾くという離れ業を演じている。

ホロヴィッツの「星条旗よ永遠なれ」やカルメン変奏曲は、超絶技巧系ピアノ曲の世界の入口に位置している。こういう系統の曲が好きなピアノマニアには、ホロヴィッツの豪快な演奏に強い衝撃を受けてこの世界に足を踏み入れたという人も多い。例えば「星条旗よ永遠なれ」の中間部では、低音部の伴奏、中音部の主旋律に加えて、高音域でピッコロの細かく跳ね回る装飾的メロディーが聞こえてくる。まるで手が3本あるかのようで、初めて聴くとかなりのインパクトを受ける箇所である。だが、まさかこのピッコロパートを足で弾くことが可能だったとは……。これを見た後だと、ホロヴィッツの演奏もそれほど難しくないのではないかと一瞬錯覚しそうになってしまう。体操競技で、かつては最高の難度だったはずの技が、今ではごくありふれた技に見えてしまうのと似たようなものかもしれない。

そういえば、この人は何だか器械体操でも始めそうな格好をしている。まあこれだけ縦横無尽に手足を動かすのだから、ある意味体操みたいなものかもしれない。少なくともタキシードやスーツを着ていては、このパフォーマンスは難しいだろう。

2008年03月12日

講堂のピアノ

去年、前の学長からヤマハのグランドピアノが大学に寄贈されるというできごとがあり、講堂で感謝の意味を込めて行われた小演奏会に行ったことがある。学生たちが奏でる「千の風になって」を聴きながら、もしこのピアノが使用されていないときに弾かせてもらえれば助かるなあとちょっと思ったのだが、現実には難しいだろうとほとんどあきらめていた。ところが昨日ふと事務方に聞いてみたら、ピアノが置かれている講堂大ホールを事前に予約したうえで、ホールの鍵とピアノの鍵をそれぞれ事務から受け取れば勝手に弾いていいという。今日はホールも使われておらず、こちらも長引く仕事はなかったので、夕方にちょっと行ってみることにした。今まではグランドピアノで練習するとなると必然的にピアノスタジオで利用料を払っていたわけで、もし大学で練習できる選択肢ができれば非常に心強い。

で、実行してみた感想としては、いざというときには使えそうだが、あまり頻繁に利用はしにくいなというのが正直なところ。ピアノ自体は別に問題ないのだが、事前の手続きがどうも気が引けてしまうのである。まず、あのでかいホールを自分一人で使用したいという届けを出すのに躊躇してしまう。しかも使用目的に「ピアノ練習」と書かなければいけない。それから担当者のところで鍵を借りるのだが、施設利用届を見ながら「えーと、ピアノを弾くんですか」と他の事務職員に聞こえるような声でいうので、これが気恥ずかしいのである。学生ならいざ知らず、小さい大学だから教員だと顔がすぐ割れてしまう。なるべく人に知られずにこっそり弾きたいのだが、やはりそういうわけにもいかないようだ。

練習自体はなかなか快適にできたが、来月から始まる新年度の忙しさを考えると、こうやって時間をつくれる日はほとんどなさそうだ。結局、土日のピアノスタジオ通いの方が主になりそうである。

2008年03月01日

グランドピアノで練習

夕方から市街地まで車で出かけた。先週の土曜は突然の雪で巣ごもりを余儀なくされたが、今日は雲一つない青空である。それほど肌寒さも感じられない。今日から3月、春は近い。

ShawlDance.jpg今日は久しぶりにピアノスタジオに行って、グランドピアノをさわってきた。去年秋の演奏会が終わってからというもの、ずっと家の電子ピアノで遊んでいるばかりだったが、そろそろリハビリを開始しないと指が本当のピアノのタッチを忘れてしまう。最初にスクリャービンの前奏曲で指ならししてから、このところずっと弾いているプロコフィエフの「シンデレラ」から「ショールの踊り」、最後にスクリャービンのエチュードOp.42-5でしめた。次回の演奏会もオール・スクリャービンのつもりでいるので、本当はその予定曲を練習した方がよいのだけれど、今はプロコフィエフが自分の中でブームになっており、どうしても弾きたくなってしまう。左手の移動距離が大きくてなかなか当たらないのだが、それだけにうまくいったときはかなり気持ちがよいのである。もう少し集中的に練習してミスを減らしたいところだ。

2008年02月23日

プロコフィエフの「シンデレラ」

午前中は風が強くて、窓に吹きつける風の音で目が覚めてしまった。ここ数日は春の訪れを予感させるような穏やかな日が続いていたのだが、あいにくこの土日は荒れ模様の天気らしい。夕方から市街地に出かけようと思っていたのだが、午後から降り始めた雪がひどくなり、100メートル先もかすむほどに視界が悪くなったので、予定を変更して家にこもることにする。三寒四温、もう何回かはこういう冬への揺り戻しが来るに違いない。

そんなわけで今日は外に出なかったので、チェスとピアノの「譜読み」で時を過ごした。ピアノはここしばらくずっとスクリャービンだったのだが、今日やっていたのはプロコフィエフの「バレエ音楽『シンデレラ』より6つの小品Op.102」。「シンデレラ」に出てくるフレーズを作曲者自身がアレンジした小曲集である。今特に気に入っているのが第5曲の "Shawl Dance" だ。第1幕で、シンデレラの二人の姉がショールを引っ張り合いながら喧嘩をしており、母親が真ん中からそれを切ると、姉たちは半分ずつを持って踊り出す。さらにずっと後の舞踏会のシーンで二人がコミカルな踊りを披露するとき、「ショールの踊り」のヴァリエーションが流れるのだが、プロコフィエフのアレンジではこの変奏もセットされた形になっている。シンデレラや王子が踊るときのロマンティックで優美な曲調と対比させるように、二人の姉が踊るときの曲はひたすら滑稽であり、底抜けに明るい。普段はどちらかというとねっとりした幾分陰のある曲を練習していることが多いので、ときどきこういう屈託のない明るさを持った曲に惹かれてしまう。人前で披露できるところまではなかなか行きそうもないが、自分で楽しむ分にはこういうのもよいものだ。

プロコフィエフは好きな作曲家の一人だが、ピアノ曲以外では実は「ロミオとジュリエット」や「シンデレラ」のようなバレエ音楽がかなりお気に入りである。「6つの小品Op.102」のように本人がピアノソロへの編曲をかなり作ってくれているので、時間と技術が許せばもう少し譜読みしたい。

2008年02月19日

ハフのピアノアルバム

ここ数日は、スティーヴン・ハフ(Stephen Hough)というピアニストの弾いているピアノアルバムを聴いている。もうこれを買ったのは10年以上前のことになるが、今でもこうやって聴き続けて飽きることがない。2枚組(私が買ったときはまだ1枚ずつバラ売りされていた)でそれぞれ20曲ずつ、隠れた名曲ばかりが演奏されている。親しみやすくて華があり、アンコールピースにはぴったりの曲ばかりだ。

確か初めて聴いたのは、私がまだ大学の1年生か2年生のときだった。ピアノサークルの先輩たちから強く勧められて買ったのだが、MacDowellとかde SchlözerとかLevitzkiとか、曲目リストに並んでいるのは当時の私が全く聞いたこともない作曲家の名前ばかり。最初はかなり怪しげな印象があったように思う。だが数回聴くうちに、そうした訝しさはどこかに飛んでいってしまった。世の中には全く知られていなくとも、実はこんなにいい曲がたくさんあるのだということを認識させてくれた2枚だったといえるだろう。

学生時代の9年間にピアノサークル主催の演奏会には何度となく出演させてもらったが、一度だけアンコールを弾いたことがある。もちろんそれは私の演奏がよかったからではなく、単に当時のサークル内の年長者ということでその日のプログラムのおしまいに配置されていたため、形式上拍手が少し長くなっただけに過ぎない。まあ要するに、日本的年功序列社会の恩恵にあずかったというわけだ。そのときに弾かせてもらったのが、ハフのピアノアルバムに収録されていた "Now sleeps the crimson petal"。テニソンの詩をロジャー・クィルター(Roger Quilter)が歌曲にし、それをハフ自身がピアノソロのために編曲したもので、しっとりした抒情が実に美しい曲である。あのときあの曲を選んだのは正解だったと今でも思っている。

CDを聴いているうちに久しぶりにまたちょっと弾いてみたくなって、昔蒐集したレア楽譜の束をさっきひっくり返していたのだが、量が膨大でどこに行ったか分からなくなってしまった。ピアノマニアの中にあっては私のコレクションなど全く大したことがないが、それでも自分でも思い出せないようなわけの分からない楽譜が次から次に出てくる。一度時間をとって整理した方がよさそうだ。

2008年02月09日

春秋社の楽譜

Shunjusha.jpg去年から加古川ピアノ同好会という有志団体の演奏会に出させてもらっているが、今年は5月31日にまた神戸で行うことが確定したようだ。間に合うかどうか分からないけれど、一応また出演することを目指して、ピアノも細々と練習を続けている。曲は相変わらずスクリャービンで行くつもり。前回は練習曲オンリーだったが、今回は前奏曲やマズルカも入れたプログラムにしようかと思っている。

どんな曲を演奏するのであれ、まず問題になるのが「どの楽譜を使うか」ということだ。もちろんマイナーな作曲家であれば選択肢は一つしかないが、バッハやベートーヴェン、ショパンといった超大御所になると、楽譜を出している出版社は相当な数になる。曲が同じならどこの楽譜を使っても同じじゃないかと思えるが、実は校正や運指の指示などで微妙に違っているところがあるのである。中には印刷が曲がっていたり、誤植だらけだったりするものもあるから、注意しなくてはいけない。

ただスクリャービンに関しては、春秋社から出ている世界音楽全集という楽譜があるので安心である。一つ一つの曲の詳しい構造の解説、よく考えられた運指に加え、何と言っても徹底的な校訂がなされている。スクリャービンの楽譜は、初版であるベリャーエフ版とユルゲンソン版(後期作品)にソ連・国立音楽研究所版、ペータース版などが存在しているが、春秋社版では諸版の違いをいちいち調べたうえですべて校訂報告という形でリストアップしてあるので、信頼感が違うのだ。この世界音楽全集のシリーズはスクリャービン以外の作曲家についても優れたできばえであり、特に複雑怪奇な譜面のせいで誤植のオンパレードが当たり前だったアルベニスについては、春秋社版が事実上の決定版といっていいと思う。

ただ大変残念なことに、このシリーズのスクリャービン全集は全7巻のうち第5巻のマズルカ集と第7巻の小品集が未刊となっている。編集と校訂をされていた伊達純氏が亡くなってしまったためだ。最後に刊行されたのが第4巻の前奏曲集で、それからもう8年以上経っているから、多分このまま出ないのだろう。仕方なく、Doverの安いリプリント版でマズルカを譜読みするのだった。

2008年01月27日

芸を見せる

数日前に入手した複雑系折紙の本で非常に魅力的な作品が出ていたので、昨日から今日にかけてそれにトライしていたのだが、中間地点あたりまで来たところでどうしても折図と合わなくなってしまい、どこを間違えたのだろうといじくり回していたら紙が破れてしまった。何時間もかけたのに水泡に帰するとがっくり来てしまう。まあこういう経験も必要なのだろう。

2008年01月10日

忙しさとシューベルト

昨年末あたりからどうも忙しさを感じることが多くなってきた。もちろん、あくまでそれ以前と比べての話であって、世間一般の感覚からすれば忙しいうちにも入らないのだろうと思う。実際、束縛されている時間はまだ大したことはなく、言ってみれば精神的な忙しさだ。要するに、懸案事項がいくつも同時に降ってくるのである。一つ一つはどうということはなくても、束になってかかってこられるとどうも落ち着かなくていけない。こういうのは慣れた人だと懸案ごとに頭をさっと切り換えて着実に処理できるようだが、まだまだ修行が足りないようである。

今月は何となくシューベルト月間と決めて、ソナタを中心に聴き続けている。久しぶりに聴くと、余計なものの足されていないメロディーが直に伝わってくるようで、実に心地よい。シューベルトの曲は歌曲でなくても旋律はみんな歌のようであり、運転中や皿洗いの最中にもつい口ずさんでしまう。「癒し」という言葉はある時期からやたらに聞くようになったのであまり使いたくないが、忙しさを感じながら帰ってきたときには、この素朴な美しさにだいぶ癒される気がするのであった。

2008年01月03日

新年会

もう体調はだいぶよくなったので、今日は久しぶりに家の外に出た。娑婆の空気を吸うのは4日ぶりだ。これでやっと普段通りの生活に戻ったように思う。

今日出かけたのは、学生時代のピアノサークルのOBが集まる新年会に顔を出すため。去年も1月3日の開催で、確か一昨年もそうだった。場所はいつも新宿の高層ビルの上層階にあるお店である。今回の食中毒騒ぎで一時は断念せざるを得ないかとも思っていたが、幸い身体もほぼ復調したし、最近はなかなか集まる機会もないから、できれば参加しておきたかった。今年集まったのは男5、女4の9人。もう普段あまり会わないだけにどうしてもお互いの近況報告が話題の中心になるのだが、みんなそれぞれ忙しそうだった。自分も最近はかなり忙しくなってきたような気になっているが、比べてみるとはっきりいってまだまだ楽な方だなあと実感。

比較的早い時間に散会したので、11時前には帰宅できた。

2007年12月24日

まなざし

クリスマスの夜ということで、メシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」("Vingt Regards sur L'Enfant Jésus")をかけている。去年も復活祭にかこつけて聴いていたが、曲の内容を考えればやはりクリスマスイブに聴くのが一番ふさわしいだろう。演奏に約2時間を要する1945年作曲の大作である。第6曲の「御言葉によってすべては成されたり」("Par Lui tout a été fait")や第10曲の「喜びの聖霊のまなざし」("Regard de l'Esprit de joie")あたりは、何度聴いても飽きない。

にも書いたが、この曲に初めて接したのは大学のピアノサークルの卒業演奏会という場であった。当時まだ私は1年生、右も左も分からぬまま大学生活に入り、自分がいかにピアノについて無知であったかを思い知らされた1年間の締めくくりとして、4年生が出演するこの演奏会を迎えたのである。弾く側も4年間の集大成のつもりでいつも以上に準備をして臨むから、素晴らしい演奏が聴けるのは始まる前から分かっていたが、特に印象的だったのはやはりこの「まなざし」の全曲演奏であった。プログラムとは別に演奏者のNさんが詳しい解説冊子を書いて配布しており、演奏中はこれを見ながら初めてのメシアンの世界にどっぷりと浸ったのをよく覚えている。

あの解説冊子は世に出さないともったいないと思っていたら、ちゃんとNさんの作った「オリヴィエ・メシアンに注ぐまなざし」というページで読めるようになっていた。日本語で書かれたメシアンに関するサイトとしては、多分ここが一番充実しているだろう。

2007年12月15日

研究集会から演奏会へ

研究集会最終日。午前中の講演が終わった後、数人でハンバーガー屋に行った。学生のときにはよく来ていたが、ここも訪れるのは数年ぶりである。全国展開しているチェーン店だが、実は大学の近くにあるこの店が第一号店だったのだそうだ。たまたま昨日がその開店15周年の記念日だったとかで、エコバッグを景品にもらってしまった。

ハンバーガーを食べながら、講演を終えたばかりのN君がしてくれた話がおかしかった。彼が学生のころにここで食べていたら、外に黒塗りのベンツらしき車が止まり、明らかにヤクザと思われる出で立ちの方が数人入ってきたのだそうだ。子分と思われる人がボスにメニューを聞いたら、ボスがすごみのある顔で、
「ピリ辛のヤツ」
と注文したという。因縁をつけられては大変だから素知らぬ顔をしていたが、「ピリ辛」のバーガーを注文するヤクザというギャップが面白く、笑いをこらえるのに必死だったとのこと。確かに、こちらも想像しただけで吹き出してしまった。考えてみると、そのままハンバーガー店のCMに使えるシーンではないかという気がする。

午後にも講演が2つ残っていたが、連日の聴講でもう消化不良になっていたこともあり、失礼させてもらって錦糸町のすみだトリフォニーホールに移動。今日はここで、先日広島まで来てくれたO君が出る演奏会が行われていたのである。彼とピアノサークルの後輩が数名出ていたのを除けばほとんどは知らない出演者だったが、演奏はバリエーションに富んでいて楽しめた。

ただ一つ閉口したことがあった。私とほぼ同時に会場に入ったおばさんが、最前列に陣取って演奏が終わるたびに「ブラボー!」と声を上げるのである。すべてにブラボーと言うのかと思ったら、ときどきは「頑張って!」になったり「最高!」になったりする。どうやらのど自慢の鐘と同じで、あまり気に入らなかったら「頑張って」、よいと思ったら「ブラボー」、すごくよいと思ったら「最高」ということらしいのだ。とにかくブラボーを言いたがる人というのは珍しくないが、この方のやることはさらにもう一段階上だった。どうもあちこちの演奏会にいらっしゃる名物の方らしい。拍手より先にまずそのおばさんの声が会場に響き渡るので、演奏者もちょっとやりにくそうにしていた。

だいたいの演奏を聴いてから会場を後にし、待ち合わせしてあった親と合流して夕飯をすませた。本当ならそのままさっさと帰宅するはずだったのだが、電車の中に荷物を置き忘れるという失態を演じてしまい、回収したという千葉駅まで取りに行く羽目になる。失われなかっただけましだが、どうも最近ぼうっとしていていけない。ともあれ、今日はあちこち動き回ってかなり疲れた。

明日は広島に帰る予定。

2007年12月14日

CDをまとめ買い

研究集会終了後、渋谷の大型CD店に足を運んだ。学生のころはここに足繁く通ったものだが、広島に移った今となっては1年に1回行くかどうかという程度である。久しぶりだったのでじっくり見て回った。今日の戦利品は、スクリャービンのピアノ曲全集5枚組とヒナステラのピアノ協奏曲、それにHusum音楽祭の2005年および2006年のライブを収録したCD。Husum音楽祭というのは、ドイツのHusumという街で毎年レアなピアノ曲ばかりを弾くマニア垂涎の演奏会である。1989年収録のCDからずっと買いそろえていて、最近2年分がまだだったのだがこれでようやく追いついたことになる。スクリャービンの方は、本当は最近出たというMaria Lettbergというピアニストの録音を買いたかったのだが、残念ながら店頭になく、ずっと買いそびれていたPontiの全集を代わりに購入した。

それにしても、CDも初期のころに比べればずいぶん安くなったものだなと思う。今日買った5枚組のCDだって2,720円だし、シューマンのピアノ曲全集だったか、13枚組で3,000円くらいなんていうのもあった。私がCDというものを初めて買ったときは、国内版とはいえ、1枚が3,000円以上するものばかりだったように思う。まああと10年もすれば、CDも過去の遺物になっているのかもしれない。

2007年12月09日

スクリョービン?

昨日の予定通り、今日は車を出して街中に出た。普段の土日なら夕方はある程度混雑しているものなのだが、今日は気持ち悪いほどスイスイと目的地まで到着。駐車場も並ぶことなくすんなり入れてしまった。サンフレッチェのJ2降格で街全体が落ち込んでいるというわけでもあるまいが、何となく人通りもいつもほどではなかったように思う。

雑誌やらカレンダーやらを買ったあと、デパートの9階にある楽譜売場をちょっとだけ偵察に行った。まあ今は特にほしい楽譜もないので、何となく見るだけである。周りに誰もいないのをいいことに、「これもう買ったんだっけかなあ」とか「ドレミ(出版社)がラフマニノフ出す時代になったんだなあ」などと小声でぶつぶつ言いながら視線を移していったら、スクリャービンのところで「スクリョービン」と書いてあるのに気づいてひっくり返りそうになった。まあアリョーヒンみたいでこちらの方がロシア人っぽいと言えなくもない。しかし楽譜屋の店員に間違えられるようでは、スクリャービンもまだまだ知名度が低いんだなと再認識せざるを得なかった。個人的には、ピアノ曲の歴史においてはショパンやリストと並ぶ重要な作曲家だと思っているのだが、例えばショパンが間違って「チョピン」と書かれることはまずないだろう。

とそこまで考えたとき、ふと大昔のことを思い出した。確かあれは私が高校一年生のときではなかったかと思う。友達に貸すつもりだったか自分で聴くつもりだったか、その日私はアシュケナージの弾くショパンのCDを学校に持ってきていた。休み時間、私が手にしていたそのCDに "Chopin - Ballades & Scherzos" と書かれているのを見た隣の同級生が、感慨深げにこう言ったのである。
「へえ、斎藤君、チョー・ヨンピルなんか聴くんだぁ」
あれは本当にびっくりした。高一のころの記憶なんてだいぶ薄れてきているけれども、あの瞬間の彼の台詞だけはなぜか妙にはっきり覚えている。それだけ新鮮だったのだろう。

昔のことを思い出し、少しばかりにやにやしつつ楽譜店を後にしたのだった。

2007年12月06日

ベーゼンドルファー

先月の末だったが、オーストリアのピアノメーカー、ベーゼンドルファーをヤマハが買収する方向に話がまとまったというニュースが流れていた。スタインウェイやベヒシュタインと並び称される名門も、近年は経営が苦しかったらしく、売りに出されていたという。外資に買われたとなるとウィーンの人の反感を買いそうなのがちょっと心配ではあるが、ヤマハもさすがにベーゼンドルファーのブランドは大事にするだろう。

ピアノを弾く人にはよく知られているが、ベーゼンドルファーのグランドピアノは他にはない特徴がある。普通のピアノの鍵盤は88鍵で、Aの音が最低音だ。しかしベーゼンドルファーのフルコンにはさらにその下に4つ鍵盤があり、一番下の音はFなのである。演奏中、瞬間的に視線をやったときに誤解しないよう、つけ加わっている4つの鍵盤はすべて黒く塗りつぶされている。この鍵盤を弾くことを要求するような曲はまずないが、重低音をガーンと響き渡らせることに快感を覚えるピアノマニアにとって、このプラスされた4鍵はいたく魅力を感じるものなのである。そんなわけで、学生時代のピアノサークルでは、出演予定の演奏会の会場に置いてあるピアノがベーゼンだと聞かされると、スタインウェイと知らされたときとはまた別のワクワク感を感じている人が少なからずいたように思う。

Chaconne.jpgベーゼンの「禁断の黒鍵」を使いたくなる曲の筆頭は、おそらくバッハ=ブゾーニの「シャコンヌ」だろう。言わずと知れた名曲を壮麗な演奏効果を持った編曲で楽しめるので、ピアノサークルでは常に人気曲であった。この曲の一番最後、重低音を響かせながら音が一音ずつ落ちていくところで、最後の一塊だけは1オクターブ上で弾くように指示されている(赤枠内)。曲の流れからいって、ここはGの低音が存在しないためにやむを得ずブゾーニが上に上げたと想像できる。しかしベーゼンのフルコンならば、この箇所で妥協する必要はない。落ちるところまで落ちればよいのだ。かつてベーゼンドルファーのピアノで演奏会をしたとき、シャコンヌを弾いた友人が満足げに黒いG音を叩いていたのをよく覚えている。

買収後にベーゼンドルファーがどういうことになるかまだ分からないが、低音の黒鍵は残して置いてもらいたいものである。

2007年11月26日

演奏会の録音を聴く

先月の演奏会では担当のNさんがすべての演奏を録音されていて、当日のうちにCD-Rに焼いて渡してくださっていた。弾いた直後はまだ自分のミスだらけの演奏の記憶が鮮明なので、聴き返して傷口に塩を塗り込むようなことはしていなかったのだが、もうあれから1ヶ月である。そろそろ冷静に聴き直せるかなと思い、CDをかけてみた。

うーん、これはひどい。こんなにひどい演奏をしていたのか……。無難にまとまったかなと思っていた箇所ですらずいぶんアラが目立つ。これでまあまあだったかななどと思っていたのだから、とんでもない話だ。多分一種の自己防衛本能で、現実の演奏よりだいぶ美化して記憶にインプットすることで、演奏後の平静を保っていたに違いない。しかし仮にも人様に聴かせるのだから、自分がどういう音を出しているのか、もう少し正しく認識しなければいけないだろう。比較的ましだったものとして、スクリャービンの練習曲Op.8-11を置いておく(MP3ファイル、4.08MB)。そう、これでましな方なのである。大事な音が聞こえなかったり濁ったりしているところがいくつかあるが、ライブ録音ということでご勘弁願いたい。

この春にチェスを指してきたとき、あの手はちょっとした決め手だったなと思っていたところが、帰宅後に決め手でも何でもないとことごとくコンピュータから通告されてがっかりしたことがあったが、あれと同じ気分である。自分が頭の中に思い描いていることと現実がもっと高い精度で一致していなければ、ピアノだろうがチェスだろうが上達は望めない。

2007年11月09日

次回の演奏会に向けて

演奏会が終わって2週間が過ぎ、そろそろ次は何を譜読みしようかと考えている。やってみたい曲はいくらでもあるが、拙い演奏能力と少ない練習時間を考えれば、現実的な選択肢はそう多くはない。その中で自分が演奏するイメージが一番思い浮かぶのはと考えていくと、やっぱりスクリャービンかラフマニノフということになってきてしまう。底抜けに明るい曲も聴いているのはもちろん好きなのだが、自分が人前で弾くとなるとどうしても、もっと陰翳がついた、ロシア的憂愁にあふれた曲たちに行き着いてしまうのだ。

この間のスクリャービンはミスをしながらもまあそれなりにうまくいった方だったので、今はもう一回彼の曲を……という気分。まだまだ弾きたい曲はたくさんある。少なくとも、練習曲Op.42-5は外せないだろう。学生時代に一度出した曲ではあるが、あの第2主題は何度聴いても飽きない美しさである。お恥ずかしい話だが、家で一人で練習していても、ここを弾いているときは自分でメロディーに酔ってしまうのだ。これをトリにするとして、その前に前奏曲かマズルカあたりを持ってきて10分から15分程度の構成にするのがいいかなと今のところは考えている。こうやってあれこれ思いを巡らせているときが、ある意味では一番楽しい。

2007年10月27日

神戸でスクリャービンを弾く

今日は演奏会である。この日のために持ってきていたスーツを着込んで9時過ぎにホテルを出た。会場は阪急の六甲駅から5分ほど歩いたところ。10時頃に着いたが、まだ人が少なかったので少し試し弾きをさせてもらった。心配なところを一通りやってみたのだが、結局弾けないところは弾けないままである。まあこういうのは今さらじたばたしてもどうにもならないことは経験的によく知っているので、適当に切り上げて本番を待つことにした。

お昼を演奏会の参加メンバー数人と近くの店ですませ、1時から演奏会開始。ピアノサークルの先輩にもあたるNさんがトップバッターだったが、ヒナステラのアルゼンチン舞曲集が素晴らしく、いきなりブラボーの声が出る上々の滑り出しであった。ああいうノリのいい曲には自分にはとても弾けない。数分で客席を温めてしまうあの技術がうらやましい限りだ。

曲目はどんどん進み、第4部の冒頭が自分の出番。今回のホールは舞台と客席の高さに差がなく、距離も非常に近かったので、聴衆の視線をよりはっきり感じてしまい、いつも以上に緊張させられたように思う。暗譜で弾いているのだが、一瞬でも集中が途切れると指から記憶が消えかけ、どこを弾けばいいのか分からなくなる。流れを完全に切らしてしまうともう真っ白になってしまうので、指から蒸発していこうとする譜面を必死で引き留めてたぐり寄せるのである。2曲目のOp.8-4あたりはかなり危険だったが、まあ完全に止まってしまって弾き直すことはしないでどうにか押し通した。まあ直前の1週間がほとんど練習できない状態にあったことを考えれば、こんな程度ですんでよかったというところだろうか。

今回は、同じ数学者でありチェス仲間でもあるHさんが京都からわざわざ聴きに来てくださっていた。電車で1時間強もかかるところに行くというのはかなりエネルギーを要することであり、恐縮の限りである。私の演奏だけでは時間と電車賃がちょっともったいないと思うが、私の後に出た方ですごい演奏を披露した人もいたので、来ていただいたかいはあったのではないかと思う。

演奏会終了後、会場の中央に長いテーブルを出し、注文してあった宅配ピザや寿司で打ち上げ。会場側のご厚意で引き続きピアノを弾かせてもらえたのをいいことに、各自飲み食いしながらときどきステージ上のピアノでいろいろ披露して宴席から喝采を浴びていた。この同好会の演奏会に出演させてもらうのは5月に続いて2回目だが、だいぶ顔なじみも増えて楽に参加できるようになった。打ち上げ時に聞いた限りでは、私のイメージとスクリャービンは合っているようである。次回の演奏会は半年後だが、出るとしたらまたスクリャービンを弾くことになるかもしれない。

六甲駅の近くで2次会があり、11時半頃までつきあってようやく日付の変わるころにホテルに帰ってきた。これで演奏会のイベントは終わり。明日は岡山で途中下車して詰備会に参加しよう。

2007年10月26日

城崎から神戸へ

今日は想定外の事態が起きてちょっと大変だった。

2007年10月21日

演奏会プログラム

27日の演奏会のプログラムが発表された。場所は阪急六甲駅から徒歩5分の「里夢」というホール、開演は午後1時。私は第4部の最初で4時過ぎらしい。入場無料、途中からの出入りも自由なので、当日お暇な方は是非。

ScriabinOp2-1.jpg演奏予定のスクリャービンの練習曲について一応紹介しておく。曲はいずれも3分前後の小曲である。練習曲Op.2-1はスクリャービンがまだ14歳のときの曲。技術的にはまだおとなしいが、すでに郷愁あふれるロシア的な旋律は一級品である。スクリャービンのメロディーはとにかく上へ上へと上っていこうとするが、その萌芽をここに見ることができる。また、主旋律の途中で左手に現れる旋律が再現部では細かく砕かれて現れるが、これも後々までスクリャービンの作曲手法としてきわめて頻繁に登場するやり方である。

スクリャービンが23歳のときに出版された「12の練習曲Op.8」は、彼のピアノ曲の中でも重要な位置を占めている。まだショパンの影響が色濃く見られるが、ポリリズムやクロスフレーズ、極度に音域の広い左手など、すでにスクリャービンならではの書法も登場しており、彼独自の世界が構築されつつあることを実感できる曲集である。

ScriabinOp8-5.jpgScriabinOp8-4.jpgOp.8-4はポリリズムのための練習曲。左手3(または4)対右手5の組み合わせで進行する。中間部はこれが逆転して左手が五連符を奏でる。最後まで繊細で優雅な曲である。一方Op.8-5は和音とオクターブのための練習曲。冒頭の指示には "Brioso"(快活に、生気あふれて)とあるが、音域の跳躍が激しく、指示通りに演奏するのは簡単ではない。後半の再現部ではパッセージが3連音符に砕かれ、なおいっそう難しくなっている。Op.2-1の紹介でもふれたが、このようにフレーズを再現部で細分化するのはスクリャービンが好んだ手法の一つである。

ScriabinOp8-12.jpgScriabinOp8-11.jpgOp.8-11はロシア的情緒漂う一曲。曲調はOp.2-1と若干似ており、陰影深い和音の伴奏に乗ってもの悲しい旋律が流れる。変ロ短調という調といい下降する旋律といい、この曲はスクリャービンというよりラフマニノフのイメージを感じる。個人的には、この曲はスクリャービンが友人でありライバルでもあったラフマニノフのやり方で書いてみようと試みた結果なのではないかという気がしている。そして最後はOp.8-12。スクリャービンの練習曲中でもOp.42-5と並んで有名な曲である。ショパンの「革命」を意識していることは明らかだが、私は「革命」よりこちらの方が好きである。

以上、ごくごく簡単な曲目紹介であった。なお、明日から金曜までは城崎に出張の予定である。ネット事情があまりよくないところであるうえに滞在中は集団生活を強いられるので、ブログの更新は毎日はできないかもしれない。金曜日に城崎から直接神戸に回るつもりである。

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