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2007年10月20日

黒猫のもたらしたもの

夕方にピアノスタジオを予約していたので、電子ピアノで少し指を慣らしてから車で出かけた。駐車場を出ようとしたとき、一匹の黒猫がすたすたと歩いていくのが目に入る。駐車場から道に入ると、黒猫は「轢くんじゃねえぞ」と言わんばかりにこちらをじろっと一瞥すると、左から右にトコトコと横断していった。黒猫に横切られるのは不吉という話はよく聞くが、一方でイギリスあたりでは黒猫の目の前の横断は吉兆だという話も聞いたことがある。はてさて、自分の場合はどちらだろうか……などと考えつつ、車を市街地へと走らせた。

2007年10月13日

かつかつ

今日は主にピアノを練習して過ごした。演奏会で弾く予定にしているのは、スクリャービンの練習曲Op.2-1, 8-4, 8-5, 8-11, 8-12。我ながら変わり映えのしない選曲で、実際Op.8-11以外は昔一度弾いたことのある曲ばかりである。本当はこれにOp.8-6も加えるつもりだったが、連続する6度があまりに難しく、今回は見送った。うまい人が弾けば実に優雅で美しい曲で、学生時分なら間違いなく追加しただろうが、あまり練習時間が取れそうにない今回は自重した方がよい。他の曲だってまだまだまともに弾けていないのだ。

夕方、市街地へ出てよく行くピアノスタジオに向かう。どうせ空いているだろうと思っていたが、受付で聞いてみるとアップライトの部屋のみで、それも7時からすでにレッスンの予約が入っているという。「今ちょうど6時半ですので、30分でかつかつということになってしまいますが……」とのことだったので、やむを得ずかつかつ案を受け入れることにした。部屋に案内されてから、「では7時ちょうどにはすぐ出ていただけるようにお願いします」と念を押される。まあ30分でもアコースティックなピアノをさわれるのだから、よしとせねばならないだろう。時間ギリギリまで、なかなか指が当たらないOp.8-5と暗譜が終わっていないOp.8-11を中心に弾いた。

スタジオを出てから何となく電器店に立ち寄り、地下のCD売場を物色。ソフロニツキーとネイガウスのCDを1枚ずつ買う。夕飯をすませ、ドトールでカフェラテを飲みながらしばらくチェスの問題集を眺めたあと、帰途に就いた。帰りの車内のBGMはイギリス組曲。

2007年10月11日

一夜漬け計画

今日も午後は3年生のCG実験があった。先週は終わったあとは何だかやたらに疲れたが、今日はそうでもない。毎年やっている講義でも初回というのは妙に疲れるのだが、2回目以降になると比較的楽になってくる。やはりいったん勝手を思い出すと身体も適応するのだろう。

帰宅後、夕飯をすませてから音を絞って少しピアノを練習する。今月27日に六甲で行われる演奏会にちょっと出させてもらうことになっているのだが、そのチラシ(PDFファイル)が昨日担当者から送られてきた(プログラムはまだ未定)。もうあと2週間ちょっとしかないからそろそろ真面目に弾かなければいけないのだが、平日はどうもなかなか時間が取れない。あと2週間といっても、直前の5日間は城崎に出張で全くピアノにさわれないので、実質的には1週間くらいしかないのである。そこで苦肉の策として、今日は神戸にあるピアノスタジオに電話をして演奏会前日の夕方を2時間ばかり押さえておいた。城崎から直接神戸に回り、文字通りの「一夜漬け」をしようという魂胆だが、これで弾こうとは我ながら何とも図々しい話である。

2007年09月19日

ピアノソロのための協奏曲

シャルル=ヴァランタン・アルカン(Charles-Valentin Alkan, 1813~1888)という人を知っているだろうか。19世紀の作曲家兼ピアニストである。当時はピアノの申し子としてショパンやリストと並んで有名な存在であり、彼らもアルカンから少なからず影響を受けたと思われるが、今では知名度に天と地ほどの差が開き、知る人ぞ知る謎めいた作曲家になってしまった。そうなるに至ったのには、彼の作品が当時としてはかなり先鋭的で聴く人を選ぶようなものであったこと、彼が後半生に演奏活動をほとんどしなくなり、家に閉じこもって宗教書の研究に没頭していた(彼の死因は、自宅の本棚が倒れてきたことによる圧死であった)ことなど、いろいろな理由が考えられる。しかし少なくとも、彼の作品の音楽的価値が低いからでないのは確かだろう。アルカンのピアノ曲は、他の誰にも真似できないようなオリジナリティの高いものである。

独創的な作品群の中でも、「短調による12の練習曲」Op.39はとりわけ異彩を放っている。12曲セットの練習曲というスタイル自体はショパンやドビュッシーにも見られるありふれたものだが、アルカンのそれはまるで別物と言っていい。12曲のうち、4曲目から7曲目までは「ピアノソロのための交響曲」、8曲目から10曲目までは「ピアノソロのための協奏曲」という副題がそれぞれつけられている。どちらも凄まじい曲なのであるが、特に後者の奇抜さは突出している。「ピアノソロのための協奏曲」とは何だか矛盾しているようなタイトルだが、つまりこれはピアノとオーケストラのために書かれた曲をあたかもピアノソロのために編曲したような体裁になっていることを意味しているのだ。とにかく巨大な曲で、第1楽章に相当するOp.39-8だけで1342小節(ベートーヴェンのハンマークラヴィーア・ソナタより多い)、演奏には約30分を要する。技術的な難しさは筆舌に尽くしがたい。聴けばちょっとしたカルチャーショックを受けること請け合いである。

この曲の演奏はあまりに難しいので録音も少なく、これまではマルク=アンドレ・アムラン (Marc-André Hamelin) がMusic&Artsというマイナーレーベルから出した伝説的な録音が知られているだけだったが、このたび彼がHyperionレーベルから新録音を出した。15年前の旧録音と勝るとも劣らぬ名演である。クラシックの系譜においては異端的存在であり、聴く人が皆気に入るとは思わないが、ちょっと変わったピアノ曲を聴いてみたいという方には強くお勧めしたい。

なおこの「協奏曲」については、若手ピアニストの森下唯氏が修士論文において詳しく解説しており、彼のページで全文を読むことができる。

2007年09月16日

演奏会終了

今日は演奏会。牛込柳町駅から炎天下の道を歩いて会場に向かう。懐かしい同期の顔ぶれとも久しぶりに再会した。外見は誰も大して変わっていないものの、いつの間にやら子供を連れてきている人が何人かいるのが、やはり時の流れを感じさせる。「何かすっかり大学の先生って感じだね」と数人から言われたのだが、それが「老けた」ということの婉曲的表現ではなく、単に眼鏡とスーツの相乗効果であったと信じたい。

自分の演奏については、相変わらずつまらないミスをあちこちでしてしまったが、5月に同じ曲を弾いたときに比べればまだましだったように思う。会場のスタインウェイが弾きやすかったこともあるが、一度人前で弾いたということから来る若干の余裕もプラスに働いたのかもしれない。「夢のあとで」の聴かせどころをちょっと失敗してしまったのは残念だったが、「静かな夜に」の方はまあこれくらいできればよしとしなければいけないだろう。他の人たちの演奏もみんなじっくり聴かせてもらったが、選曲も演奏のスタイルもみんな昔のままで、この「変わっていない」感じが何とも心地よかった。

6時頃にすべて終了した後、少し歩いたところにあるアジア風料理の店で打ち上げ。座席をときどき移動してはあちこちでつもる話に花が咲いた。また来年にでもやろうと話がまとまったところで、10時半頃に散会。

2007年09月15日

再び東京に移動

明日は演奏会なので、昼過ぎに広島を発って実家に移動。またうまい具合にN700系に乗れたので、ノートPCを取り出してKubbelのエンドゲームを調べたりして過ごした。車内は3連休の初日だからか、結構な混雑ぶり。いったん名古屋で落ち着いたと思ったら、新横浜でまたバラバラと乗ってきて立ち客だらけになってしまった。新横浜から東京へ行くのに新幹線を利用する人があれだけいるというのは、ちょっと不思議である。

ピアノの方は、もう大した演奏ができないのは仕方ない。学生のころ、サークル主催の演奏会に何度も出させてもらったが、結局身についたのは「うまく弾けなくたって首を取られるわけじゃなし」という開き直りの姿勢だけだったような気がする。技術的には、今も昔もやっぱりダメである。昨日は少し早めに大学を切り上げて街中のスタジオに練習しに行っていたけれども、何だかどうも指がうまく回らなかった。普段電子ピアノでばかり練習しているから、ゆったりしたところでさえ力のいれ加減が分からずおかしなことになってしまう。こんな調子では明日はどうなることやら。まあよい、うまく弾けなくたって別に首を取られるわけじゃないのだ。

2007年09月08日

プログラム

16日に行われる演奏会のプログラムがようやくほぼ固まった。以下の通りである。

卒業10周年記念・東大ピアノの会OB演奏会
2007年9月16日(日) TOMONOホール(地下鉄大江戸線牛込柳町駅徒歩5分)
13:15 開場/13:30 開演     入場無料

【第1部】 13:30頃~
1.ミシェル・カミロ/リメンブランス
スミス=ホロヴィッツ/アメリカ国歌大竹将也
2.カプースチン/前奏曲集より第1, 20番,即興曲植松洋史
3.モンポウ/前奏曲第1, 2, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10番不破友芝
4.ラフマニノフ/音の絵Op.39-5
ショパン/バラード第3番Op.47鈴木千帆
5.ベートーヴェン=リスト/交響曲第3番「英雄」Op.55より第1楽章近藤祐嗣
【第2部】 14:55頃~
1.ショパン/練習曲Op.25-1「エオリアンハープ」
スクリャービン/練習曲Op.42-5
ショパン/ピアノ・ソナタ第3番Op.58より第1楽章滋賀秀裕
2.ショパン/夜想曲第1番Op.9-1
ラヴェル/「クープランの墓」より「前奏曲」米林裕一郎
3.バッハ/トッカータBWV914
プロコフィエフ/トッカータOp.11井手直紀
4.ローゼンブラット/2つのロシアの主題によるコンチェルティーノ西本夏生
竹原敦子
5.ベートーヴェン=リスト/交響曲第3番「英雄」Op.55より第3, 4楽章 近藤祐嗣
6ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第4番Op.7より第1楽章吉村英二
【第3部】 16:30頃~
1.フォーレ=ワイルド/「夢のあとで」Op.7-1
ラフマニノフ=ワイルド/「静かな夜に」Op.4-3斎藤夏雄
2.上原ひろみ/グリーン・ティー・ファーム
ファジル・サイ/ブラック・アース,トルコ行進曲「ジャズ」大竹将也
3.シューマン/トッカータOp.7矢向謙太郎
4.モンポウ/三つの変奏
カプースチン/ピアノ・ソナタ第12番Op.102不破友芝
5.チャイコフスキー=プレトニョフ/組曲「くるみ割り人形」より
行進曲,インテルメッツォ,トレパック,アンダンテ・マエストーソ植松洋史

会場までの地図などはチラシ(PDFファイル、375KB)を参照のこと。写真の手のモデルは私である。1993年度入学生のOB演奏会であり、ちょうど卒業してから10年にあたるということで鍵盤の10度にかけたのだが、実際には違う学年からの参加がだいぶ増えた(出演する13人のうち5人は同期ではない)ため、少し意味づけがぼけてしまった。まあよい。入場は無料、いつ出入りするのも自由なので、当日お暇な方は是非。

今日はまたピアノスタジオに赴いてグランドピアノをさわってきたのだが、隣の練習室でジャズか何かの練習をしていたらしく、サックスやドラムが壁を通して響いてきて何だか集中できなかった。こちらもガンガン弾くような曲ならまだ何とかなるが、「夢のあとで」をあのドンドン音が響く中でやるのは簡単ではない。

[9/9 20:30 追記チラシをプログラムの内容が分かるものに差し替えた。

2007年09月07日

Nessun Dorma!

ルチアーノ・パヴァロッティが昨日亡くなったが、パヴァロッティといえばやはり真っ先に思い出されるのが、プッチーニのオペラ「トゥーランドット」の中で歌われるアリア「誰も寝てはならぬ」だろう。フィギュアスケートの荒川静香選手の演技でも使われて有名になった曲だ。

もう何ヶ月か前のことになるが、イギリスのタレント発掘番組 "Britain's Got Talents" でこの曲を歌い、一躍スターになったPaul Pottsという人がいる。あちこちで紹介されているのでご存じの方もいるだろう。その衝撃的なデビューの映像が見られる。南ウェールズで携帯電話のセールスの仕事をしているという彼がステージに出てきたとき、そのいまいちさえない容貌といい、安っぽいスーツといい、自信のなさそうな様子といい、どう見ても期待できそうにないなと審査員も冷ややかな顔をしている。「ポール、今日は何をするの?」「オペラを歌います」という返答に、おいおいオペラなんて勘弁してくれよという表情だ。しかしひとたび演奏が始まると、素晴らしい熱唱に会場の雰囲気は一変。審査員の顔がみるみる変わっていくのが痛快だ。大喝采の中、絶賛の講評を受けて彼は帰っていく。このあと、この番組で彼は優勝し、今ではCDデビューまでしている。この年末には女王陛下の前で歌うことが決まっているのだそうだ。

この映像は多くの人を感動させずにはおかないようである。もちろん、風采の上がらないこの男性が思いもよらない絶唱をやってのけたというそのギャップにも一因があるだろうが、基本的にはやはりこの曲自身の魅力に依るところが大きいのではないかという気がする。オペラにはいい曲がたくさんあるが、中でもこの「誰も寝てはならぬ」や「魔笛」の「パ・パ・パ…」などは、ちょっと聴いているだけでグッと来てしまう力を持っている。今回の映像でも、元々さして長くないアリアをさらに切り詰めて1分半程度にしているのに、会場の雰囲気は冷笑から熱狂へと完全に変わってしまった。歌の力とは誠に大したものである。

この男性に関する記事はnews.com.auに出ている。また、日本語での記事もあった。

2007年09月01日

夕方の買い物

勤め先で昨日し忘れたことがあるのに気づき、夕方に立ち寄った。用をすませたあと、その足で市街地まで出る。特に何か目的があるわけでもなく、ぶらぶらしてからどこかで夕飯を食べて帰ろうというつもりだった。

そごう新館8階のロフトで何を買うでもなく見て歩いていると、「新館9階にて、銀座山野楽器がこのたびオープンいたしました……」とのアナウンスが耳に入ってくる。おやおや、それは偵察に行かねばなるまい。早速1つ上に上がってみると、ひどくこぢんまりとはしていたが、確かに店舗ができていた。CDの品揃えはさすがに貧弱であまり利用できそうにないが、あまりレアでない楽譜を買う必要ができたときには使えそうだ。せっかくなのでミニョーネのワルツ集の楽譜を買っておいた。

楽譜棚には、Boosey&Hawkes社のラフマニノフやDurand社のラヴェルなどが並べられていた。いずれも日本語版で、値段も安いとはいえないものの、まあ常識的な価格である。自分が学生のころはまだこれらの作曲者の死後から60年が経過しておらず、版権を持っていた海外の出版社が独占出版していた。さらにそれが日本に入ってくる段階でどういう理由だかやたらに高くなり、とんでもない値段で売られていたものだ。特にDurandのラヴェルなどはひどかった。2台ピアノ版の「ボレロ」か「ラ・ヴァルス」は、確か1万円を超えていたのではなかったか。それが今や両方収録されたものが2,500円くらいで並んでいるのである。時の流れを感じてしまう。

楽譜を買ったあと、ぶらぶらと紀伊國屋書店に移動。数学書の棚に行ってみたら、「佐藤幹夫の数学」という本が置いてあった。奥付を見ると「2007年8月30日第1版第1刷発行」とある。まさに出たばかりだ。中身も非常に面白そうなので買うことにする。ご本人による佐藤超函数の解説などもあり、時間のあるときにじっくり読めればかなりためになりそうだ。

今日の買い物に満足しつつそごうを出ると、往来で何やら人だかりがしている。近づいてみると、割られたくす玉からぶら下がった垂れ幕に「前田智徳選手2000本安打おめでとう」の文字。なるほど、道理で今日はいたるところで背番号1のユニフォームを着た人を見かけるわけだ、と納得したのであった。

月曜からK大で始まるワークショップに参加するため、明日は実家に移動する予定。

2007年08月25日

演奏会に向けて

学生のころに所属していたピアノサークルの同期たちで、3年半ぶりにOB演奏会をやろうという話がいよいよ固まってきた。期日は来月の16日、場所は都営大江戸線牛込柳町駅から徒歩5分のところにあるTOMONOホールというところ。入場はもちろん無料、出入りも自由である。準備作業をほとんどやってくれているO君がチラシ(PDFファイル)を作ってくれた。私はともかく、他は本当にうまい人ばかりなので、当日お暇な方は是非。プログラムはまだ未定だが、決まり次第掲載したいと思う。

曲は5月と同じとはいえ、少しは練習しないとまた恥をかいてしまう。夕方に市街地まで出かけ、ピアノスタジオで弾いてきた。夕飯をそのへんで食べて、近くのスーパーで買い物をしてから帰宅。

2007年08月18日

ツイていない日

木曜日の夜は寝苦しさで寝つけなかったので、昨夜はその分を取り返すべくたっぷり寝ようと決めていた。ところが、今朝はいきなりチャイムでたたき起こされる。宅配便だというのだが、時計を見ると8時半だ。何でこんな時間にと思いつつ、大あわてで服を着た。
「あっどうも、ここにハンコお願いしまーす」
差し出された伝票を見ると、受取人欄に知らない人の名前が書いてある。
「これ、違いますけど」
「えっ、そうですか?前に住んでいた人かな」
「いや、前の人も違う名前です。……これ住所違うじゃないですか、II番って書いてありますよ」
「あれ、そうですか?いや、こっちはIII番って書いてあるんですよ」
そう言って配達員が見せた小包の送り先住所は、明らかに「II番」と書いてあった。そもそも、伝票はそのカーボンコピーなのだから、同じに決まっているのだ。なぜあれが「III番」に見えるんだ?おかげで安眠計画は失敗に終わってしまった。睡眠を妨げられるのはあまり愉快なことではない。ましてその見返りが何もないとなればなおさらだ。

これを皮切りに、今日はとにかくツイていなかった。そのまま起きていたらかえって昼近くになって眠くなり、ウトウトしていて昼食が変な時間にずれこんでしまったり、パスタをゆでようとしたら切れていたり、パソコンをいじればいつも安定しているソフトがどうしても異常終了してしまったり。何をやってもうまくいかない日というのはあるものだ。

床屋に行ったあと、日が落ちて気温が少し下がったのを見計らって市街地まで出かけた。明日の詰四会に持っていくもみじ饅頭を買ったあと、夕飯後にピアノスタジオで少し練習。学生時代のピアノサークルの同期数人で、来月中旬にOB演奏会をやろうという話が固まりつつある。以前は毎年のようにやっていたが、ここ数年はご無沙汰だった。詳細は決まり次第ここに載せるつもりだが、自分は練習している時間がないので、5月と同じ曲目でお茶を濁す予定。

帰りも妙な車に追い立てられたり、帰宅して氷菓を食べようとしたら溶けていたり。ツイていない日とはそうしたものだ。

2007年08月12日

真夏の演奏会

昨日更新できなかったのは、帰宅したのが深夜になったからである。灼熱地獄の中、上野の奏楽堂で行われた演奏会に行っていたのだ。プログラムを見てもらえば分かるが、午後1時半から午後8時までぶっ通しでピアノを弾くという、まさにピアノ好きが集まった催しである。かつてのピアノサークルの先輩や後輩が半分くらいで、終了後の打ち上げに誘われ、結局ついていくことになった。数年ぶりに話した人も多かったが、変わったなと思う人は一人もいなかった。外見や性格はおろか、選曲の嗜好や演奏の姿勢に至るまで、笑ってしまうほどに前のままの人たちばかり。何だか自分一人歳を重ねているのではないかという気分にさえなってしまった。学生のときとまるで変わらずに、ひたすらピアノを弾くことに情熱を傾けている人たちを目の当たりにして、弾くことの楽しさを改めて思い出したのであった。

今日は猛暑を避けて家にずっと逼塞。昨日の演奏会に刺激を受けて、夕方にしばし鍵盤に向かってみた。

2007年07月28日

フランクのヴァイオリン・ソナタ

蒸し暑い日が続く。日中は主にピアノを弾いて過ごし、夕方から買い物へ。妙に道が混んでいるなと思ったら、今日は宇品で花火大会があったのだった。

車中では今フランクのヴァイオリン・ソナタを繰り返しかけている。この世に存在するヴァイオリン・ソナタから1曲選べと言われたら、おそらく散々迷ったあげくやっぱり選べませんと白旗を揚げることになるような気がするが、少なくとも最後まで候補として残るのはこのフランクではないかと思う。有名な曲だが、やはりいいものはいい。特にあの第4楽章の美しさと清々しさはどうであろう。それまでの3つの楽章がどことなく沈鬱な雰囲気を漂わせているだけに、あの清新な旋律が流れ出す瞬間がなおいっそう印象的だ。「メロディー・メーカー」というと自分が最初に連想するのはチャイコフスキーあたりだが、フランクもときどき素晴らしい調べを提供してくれる。フランスの作曲家としては他にはない渋さも持っており、私が特に好きな作曲家の一人である。

Franck-Cortot.jpgフランクのヴァイオリン・ソナタは、のちにピアニストのアルフレッド・コルトーがピアノソロ用に編曲しており、その楽譜は今手元にある(表紙を見ると連弾用の編曲もあるようだが、持っているのはソロ用のみ)。コルトーはフランクが好きだったようなので、おそらくこのソナタもお気に入りで、自分一人でも楽しめるようにわざわざ編曲したのではないか。元々ピアノとヴァイオリンで演奏する曲をピアノだけで弾こうというのだから簡単なことではないが、ピアノパートの間隙を縫うようにしてヴァイオリンパートがうまくはめ込まれていて、さすがに大ピアニストが手がけただけのことはある仕上がりである。もっとも、本気になってこれを譜読みしてみよう、という気にはあまりならない。どんなに頑張って練習したところで、オリジナルの魅力には勝てそうもないからだ。それだったら、そのうち誰かヴァイオリンの弾ける人と共演できることを楽しみにしている方がいい。

フランクの編曲作品には、「前奏曲、フーガと変奏」や「3つのコラール」など、オルガンの名作をピアノで弾けるようにしたものもいくつかある。こちらはいつか是非やってみたいと思っている。

2007年07月16日

神戸を歩く&サロンコンサート

Kobe2.jpgKobe1.jpgお昼過ぎまでは身体が空いていたので、Kさん、Hさんと神戸の街をしばし回ることにする。Kさんは去年の看寿賞短編賞受賞者、Hさんは4年前の同賞受賞者ということで、一応前回までの短編賞トリオということになるわけだ(2年前は短編賞は該当者なしだった)。ホテルから港の方にぶらぶらと歩いていき、一周40分で神戸港周辺を巡るクルーズに乗船する。船内では「右手にご覧いただけますのは……」などとアナウンスが流れているのに、3人とも大して外を眺めずに詰将棋・プロブレム談義。この面子だとどこに行っても同じだろう。船を下りるともうお昼時だったので、元町の中華街へ。「どこに入るか、ここはやはり受賞回数の一番多いHさんが決めてください」「いやいや、やはり一番最近に受賞した人が旬でしょう。ここはKさんが」などと言い合いつつ、適当に店に入って昼食。それからまた徒歩で移動し、神戸駅近くの喫茶店でまたもう少しお話ししてから駅でお別れした。先日に引き続き、贅沢な三者会談であった。

Amadeus2.jpgAmadeus1.jpgお二人と別れたのと入れ違いで、駅で待ち合わせていたMさんと合流する。今回神戸に来たもう一つの目的は、Yさんのサロンコンサートの場所に連れて行ってもらうためだ。Mさんとは5月の演奏会のときに初めてお会いしたが、今回は神戸の地理に疎い私のために、音楽喫茶「アマデウス」への案内役を買って出てくれたのである。曲目は以下の通り:
グルダ:アリア
ベートーヴェン:幻想曲Op.77
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番(改訂版)Op.36
シューマン=ゴドフスキー:君は花のよう
シューマン=リスト:献呈
リスト=ホロヴィッツ:波を渡る聖パウロ
ショパン:ノクターン第8番Op.27-2
ローゼンブラット:パガニーニ変奏曲
Yさんとは6,7年前にアムランを囲む会でお会いしたとき以来だったが、ちっとも変わっていなかった。4年ほどパリで修行されてきたとのことで、鍛えられたテクニックはさすがの一言。内容としては最後のローゼンブラットが、演奏者がこの曲が好きであることがよく伝わってきて、一番充実していたように感じた。

観客には5月にお会いした加古川ピアノ同好会の面々が集まっていたので、Yさんを囲んで飲みましょうということになり、総勢10人で三宮のビアホールのようなところに移動する。7時半頃にお先に失礼させてもらうまでいろいろお話ししたが、これまたなかなか楽しい時間だった。昨日からのイベント続きで、少々バテ気味だったのを押して出たかいがあったというものだ。昨日は「大矢数」と問われて「馬鋸」と即答するようなマニアたちの輪の中におり、今日は指を3本突き出して "Three years old !" と叫べばホロヴィッツの物真似だと瞬時に分かるマニアたちとともにいる。自分が日を置かずしてその両方に溶け込んでいることが、何とも不思議でならない。

8時過ぎに新神戸を出る新幹線で広島へ帰る。岡山まで満席で立たされたり、広島駅で猛然とダッシュしながら在来線に乗り遅れてバスを30分待つ羽目になったり、さすがに今日はくたくただ。昨日、今日と、趣味の世界で勝手気ままに遊んだ2日間であった。

2007年07月09日

スコット・ジョプリンのラグタイム

何か新しい曲でも譜読みしてみようかと一昨日書いたが、ふとスコット・ジョプリンのラグタイムをやり出したら、これがなかなか面白くてハマってしまった。小難しい曲ばかり練習しているときには、こういうお気楽でリズミカルな曲がものすごく新鮮に聞こえるものだ。しかもそれほど難しくないから、少し繰り返していればそれっぽく聞こえるレベルにまではすぐ行ける。ラグのリズムが身体に染みつくように、しばらく続けてみよう。

ジョプリンのラグタイムは耳に心地よいので、いろいろなBGMとして使われることも多い。今日CDを聴いていたら、「パイナップル・ラグ」が使われているのを聴いたことがあるのに気づいた。一つはもちろん映画「スティング」、それから最近やっている軽自動車のCMでも流れているが、それ以外にずいぶん昔に遊んだゲームのBGMでも使われていた記憶があるのである。ところがこれがどうしても思い出せない。冒頭のオクターブのフレーズは脳にこびりついているのだが、それとセットだったはずの画像が出そうで出ないのだ。この「これ、どこで聴いたんだっけな……」という経験はしばしばするが、どうにも気になるものである。

2007年07月07日

よく眠りよく弾き

Myhands.jpg起きたらお昼をとうに回っている時間だった。今週は出張があったせいで疲れがいつもよりたまっていたようだが、それにしてもこういう時間に起きるのは人間の生活としてどうなのか。だいたい、同じことを少し前に書いたのに、何も変わっていない。雨のおかげで気温が少し下がり、暑苦しさがなかったのも睡眠時間延長に貢献したようだ。しかし、明日はもう少しまともな時間に起きよう。

午後は主にピアノを弾いて過ごした。フランス組曲でちょっと指ならししてからスクリャービンのエチュードを数曲、というここ最近のメニューを繰り返す。これはこれで飽きないが、そろそろ何か別の曲を譜読みしてみてもいいかもしれない。

2007年06月23日

リヒテルが弾くショパンの練習曲

この間、前奏曲というジャンルを最初に開拓したのはショパンではないようだと書いたが、練習曲の地位の確立については間違いなくショパンの功績が一番だろう。もちろん彼以前にもエチュードは存在したが、ショパンの登場によって練習曲というものの意味合いはまるっきり変わってしまった。初めてショパンが練習曲なるものを書いていると知ったとき、私はハノンやツェルニーのようなものを思い浮かべ、ショパンもそんな練習のための(芸術的にはあまり価値のない)曲を書いていたのかと思ったものである。また練習のための曲というからには、他のショパンの曲よりはだいぶやさしいのだろうなとも思った。だからそのどちらもが全く正反対であると分かったときは、かなりびっくりしたのをよく覚えている。

そのショパンのエチュードだが、今日ネットをふらふらしていたら、リヒテルがOp.10-4を弾いている映像を見つけた。この曲はショパンの練習曲の中でもかなり難しい方に入るが、いったいどうしたんだろうと思いたくなるようなすごいスピードで弾いている。音だけは昔聴いたことがあったが、映像もあるとは知らなかった。こういうものが簡単に見られるようになったのだから、えらい時代になったものである。

2007年06月20日

24の前奏曲

このところは相変わらずスクリャービンを弾いたり聴いたりしている。弾く方は練習曲を継続中で、実に遅々とした歩みではあるが、少しずつ譜読みが進んでいくのが楽しい。一方、CDは最近はずっと前奏曲集である。

前奏曲という名前を最初に聞いたのは、やはりショパンだったと思う。この曲名はもちろん何かの前に弾かれるのだと思ったから、前奏の曲ばかり24曲も集めた曲集というのは、当初はずいぶん妙な気がしたものだ。平均率クラヴィーア曲集のスタイルからフーガを取り除いた形だとやがて分かったが、こうした前奏曲の「独立」を最初に行った人は誰なのだろう。ショパンだろうとずっと思っていたのだが、フンメルが彼より早く24の前奏曲集を書いているようだ。するとフンメルか?いずれにしても、よい形式を発明してくれたものだと思う。というのも、24曲セットの前奏曲を書いている作曲家はかなりたくさんいるが、そのどれもが非常にいい曲なのである。ショパンは言うに及ばず、スクリャービンもラフマニノフもそうだし、カバレフスキーやショスタコーヴィチ(彼はフーガ付きの曲集もある)、そしてカプースチンも捨てがたい。あと、あまり知られていないところでかなり好きなのが、イギリスの作曲家、ヨーク・ボウエンによる24の前奏曲。スティーヴン・ハフが弾いているボウエンのピアノ曲集に一部が収録されている。このCDは私のお気に入りの1枚である。

2007年06月13日

小さな演奏会

大学の講堂で小さな演奏会をやるというので、夕方に自室を抜け出して行ってみた。冒頭の学長の挨拶での説明によれば、この大学にはそもそもピアノがなかったが、是非置いてほしいという学生からの熱いメールを受け取ってから何とかしようと思っていた。しかし、こんな小さな大学の予算でグランドピアノを買える金が急に捻出できるはずもない。思案していたところへ、退任した前学長から家のピアノを寄贈したいとこのたび申し出があり、今日のこの催しを開くことができたとのことだった。

その前学長への感謝状贈呈のあと、ピアノという楽器のルーツに関して国際学部の教授が30分ほど講演をされ、それに続いて演奏会ということになった。といっても、同学部の女子学生3人がピアノ、オーボエ、それにソプラノで今流行の「千の風になって」など数曲を披露するというもので、あっという間に終了。それでも、勤務先で人の演奏を聴けるということは思ってもみなかったので、なかなか新鮮でよかったと思う。今後もときどきこういう催しをやることになるのだろう。

こうしてせっかくピアノが入ったのだから、今後ちょっと時間ができたときに気軽に練習できたりすれば願ってもないことなのだが、おそらくそれは無理だろう。今回のようなイベントのときに使われるだけではないだろうか。こうなってみると、学生時代、あのピアノサークルの環境は恵まれていたのだなあとあらためて思ってしまう。会室(ピアノの会の部屋なのでそう呼ばれていた)に行けば、弦の折れまくった2台のグランドピアノがいつもガンガンと鳴り響いていたし、もう1つのキャンパスにも食堂の上の階にグランドピアノが無造作に1台置かれてあり、事務から鍵を借りれば誰でも自由に好きなだけ弾くことができたのだ。あれはあのディープなピアノサークルならではの環境だったのだなということを、今になって実感してしまうのだった。

2007年05月26日

舞い上がる音、地に落ちる音

先週の土日は演奏会やら寺巡りやらで動き回っていたが、今週は特に何もない。やっぱりこういう週末がときどき入ってくれないと疲れてしまう。

午後は電子ピアノに向かっていた。先週までは演奏会で弾く曲ばかり練習していたが、もう何を譜読みして遊んでもいいわけだ。次はどうしようか、とあれこれ考えるこの時期が実は一番楽しい。途中で止まっているシャコンヌやグラナドスの「藁人形」あたりを進める手もあったが、何となくまたスクリャービンに回帰してしまった。私が最も好きな作曲家の一人である。今日やっていたのは練習曲Op.8-5とOp.8-6。どちらもスクリャービン特有の弾きにくさに満ちていて、無理をしすぎると手を痛めかねないような曲だが、聴いている分には朗らかかつ流麗で実に美しい。

確かプロコフィエフの言葉ではなかったかと思うが、「スクリャービンは音たちが舞い上がっていき、ラフマニノフはすべての音符が地に落ちる」。このイメージは弾いてみるとなおいっそう納得できる。ラフマニノフの和音は重厚で、鉄柱を地中深くまで突き立てるように振り下ろされるのであるが、スクリャービンはいつもふわふわと空中を漂っている。いや、ふらふらと言った方がいいかもしれない。焦点の定まらない目で浮遊している感じだ。Op.8の練習曲集はまだ初期の作品なのでその傾向は控えめだが、それでも萌芽は見て取れるように思う。

スクリャービンに特徴的な点として、長調短調を問わず、#系の調の曲が非常に多いということがある。Op.8では調性が#系の曲は12曲中8曲に及ぶし、それ以外にもソナタ第2,3,4,5番、練習曲Op.2-1、Op.42-5、幻想曲Op.28、詩曲Op.32-1など、彼の初期から中期にかけての主要な曲はすべて#系である(後期に入ると機能和声の世界を離脱するので、もはや調性は存在しない)。ちなみにラフマニノフは、代表曲といえるピアノ協奏曲第2,3番、ソナタ第2番などはすべて♭系の調性である。こんなことも、上に述べた音たちが飛び出す方向についてのイメージと無関係ではないだろう。

2007年05月19日

演奏会終了

演奏会もその後の打ち上げもすべて終了し、今はホテルからこれを書いている。さすがにちょっと疲れた。

朝8時20分広島発の新幹線に乗り、京都に着いたのが10時過ぎ。そこで近鉄に乗り換え、11時半頃に大和八木に到着した。会場にはかつてのピアノサークルの知り合いもいたが、初めて会う人でも話してみると共通の知り合いがいることがわかり、そこから会話がつながっていく。ピアノオタクネットワークはこうやって張り巡らされていくわけだ。

さて肝心の演奏だが、まあこれは予想通りというところか。チェスの大会と同じで、心構えがあまりできていないのに、いつの間にかピアノの前に座っていたという感じ。練習では間違えたことのないような箇所でも突然手が動かなくなって空白部分をつくってしまったり、次はどこを弾くんだっけと思った瞬間に出てこなくなってしまったり。椅子の高さももう少し高くした方がよかった。昔の経験を思い出せば、いつも通りの演奏会本番だったというべきかもしれない。幸いお客さんも少なかったし、久しぶりに出たのだからまあこんなものだろう。

他の方はさすがに皆さんうまい人が多かった。Fさんの弾かれたホロヴィッツ編の結婚行進曲など、本物と何ら遜色ない弾きっぷりで見事の一言。一昔前は、ホロヴィッツ編とかシフラ編といえば真似したくてもできない雲の上の超絶難曲だったのだが、ピアノサークルの同期のU君を始めとして、90年代あたりから華麗に弾きこなす人がどんどん出てきた。かつては誰も看寿の後に続けなかった煙詰が、ある時期から雨後の竹の子のように創られ始めたようなものかもしれない。

終了後、近くのデパート上階にある店で打ち上げ。今日初めてお会いした人ともいろいろお話しできたし、久しぶりに会う方とはかつてのようにマニアックなピアノ談義を楽しむことができた。最後の方は相当酔っぱらっている人もいて何だか大変だったが、9時半頃にようやく終了。一部の人は2次会に行こうと次の店を探し始めていたが、少し疲れてきたのでそこで失礼させてもらう。しかしみんな飲み方が若いなあと年寄りじみた感心をしてしまった。

とにかくこれでひとまずイベントは終了。今日はよく寝られそうだ。

2007年05月18日

演奏会前日

また山陽道を小一時間走ってH大へ赴き、代数学セミナーに出席。着いたころは曇り空だったが、セミナー中にゴロゴロと鳴り始め、帰宅したころには豪雨になっていた。やれやれ。

もう本番が明日なので帰ってから少し弾いてみたが、結局うまく弾けないところはそのまま残ってしまった。こんな状態で演奏会に出ようというのだから、全く図々しい話だ。ムード音楽風の曲を選んだのはこうなることをある程度予期していたためで、練習不足でもこういう曲の方がまだごまかしが利くのである(バッハなどは練習不足がモロに出るからこわい)。しかしそれにも限界がある。今月初めのチェスと同じで、今ひとつテンションが高まっていない気がするのだ。ほどよい緊張感を今から持っていなければいけないと思うのだが、ピアノにばかり時間を割けない環境ではなかなか難しい。

まあ今からどうこう言っても始まらない。難曲に挑戦して崩壊を繰り返していた学生時代を思い出しながら、楽しんでこようと思う。

なお、明日は更新できるかどうかはホテルの環境次第。無理な場合は明後日の帰宅後ということで。

2007年05月15日

夜のモーツァルト

火曜日なので午後からH大へ。今日はI先生が修士の学生のセミナーをやっていたので、こちらの講義が始まるまでしばらく同席させてもらった。いつもは金曜日にやっているそうで、おそらく今日だけの参加になるだろう。最近出た代数曲面論の本をテキストにしていた。そのあとは講義、さらにT君と合流して夕飯といつも通りのコース。

帰り道、最近かけっぱなしだったグラズノフ作品集のCDを出して、モーツァルトのピアノ協奏曲を久しぶりに流してみた。にも書いたことがあるが、お気に入りは第20番、第23番、そして第27番である。今日は20番を聴いていたのだが、映画「アマデウス」のラストでも使われた美しい第2楽章や疾走する第3楽章が、夜道を走りながら聴くといつも以上に魅力的に聞こえて実に心地よかった。昼間に聴くよりも、はるかに深く曲に没入してしまうのだ。思うに、ヘッドライトでかろうじて照らされた暗い視界と、対向車も人通りも少なくなって静かになった環境が、自分一人でこの曲を満喫しているという気分にさせてくれるのだろう。ジャック・ルーシェのプレイ・バッハあたりもそうだが、シックで軽やかに走り抜けるような曲は夜に聴くに限る。

2007年05月14日

演奏会プログラム

今度の土曜日に行われる演奏会のプログラムが一応決定した。主催者から送られてきたものをそのままここに載せておくが、まだ若干変更や誤植の可能性があるので、気づいた時点で随時修正していくつもり(5/17 AM1:47 一部修正)。

2007年05月13日

グランドピアノで練習

この土日はちょっと真面目にピアノを練習した。さすがに演奏会前の最後の休日であるから、これ以上サボるわけにもいかない。まあどうあがいたところでミスだらけになるのは避けられないが、それでも曲に聞こえる程度にはしなければ、聴いている人に申し訳ないというものだ。

昨日はにホロヴィッツのピアノを弾かせてもらったスタジオに行って、スタインウェイを1時間弾かせてもらった。ここしばらくは、スタジオでの練習といってもアップライトでやっていたのだが、久しぶりにグランドにさわるとやはりだいぶ違うなと思わされる。タッチや音量ということもそうだが、昨日気づいたのは手がピアノにぶつかるということ。電子ピアノやアップライトで弾いていると気づかないが、音を弾いた手を鍵盤から離す瞬間、どうも私はときどき手を奥の方向に上げていることがあるようなのだ。グランドピアノだと当然そこは「壁」であり、指が衝突することになる。こういうことがあるから、少し高い料金を払ってでも、たまにはいいピアノで練習しないといけない。

ところで、演奏会は近鉄の大和八木駅という駅のそばなので、ゆっくり打ち上げに参加するためにも当日はその周辺のホテルに泊まろうと考えていた。ところがいざ検索を始めてみると、どこもかしこも満室ばかり。残っているのは1泊3万円からとか、バカも休み休み言えと言いたくなるような値段のところだけで、普通のビジネスホテルは本当に全然空いていないのである。どうもキトラ古墳の一般公開とやらをやっている影響らしいのだが、古墳の壁画を見るために奈良中のホテルが埋まるほどの人が来るのかと、あらためて驚いてしまった。とにかく、泊まる場所をもう少し探さないといけない。

2007年05月09日

ピアノと長い指

この間チェスを指したとき、感想戦をしていたら相手の方に「あの、もしかしてピアノを弾かれるんですか」といきなり聞かれたのでびっくりしてしまった。何で分かったのだろうと思ったら、「指しているときに指が長いなあと思ったもので」とのこと。指の長い人が必ずしも鍵盤楽器をやるとは限らないし、ピアノを弾いていると指が長くなるわけでもないだろうから、あまり因果関係はないような気もするのだが、とにかく見事に当てられてしまったのだった。

実はこういうことは初めてではない。高校生のころからぐらいだろうか、初対面の人などに「指が長いですね」とか「手がきれいですね」などとよく言われるようになった。「手タレになれる」なんていうのもあった。自分ではそれまではまるで意識したことがなかったので、言われるほどだろうかと不思議に思ったものである。多感な高校生のときは、男で手がきれいなんて、とむしろマイナスの特徴だと感じていたくらいだが、最近ではさすがに言われて悪い気はしない。とはいえ今でも、人とそんなに違うだろうかという気はする。

今でも覚えているのが、高校の化学の実験のときのことだ。いくつかの班に分かれて実験をするのだが、その日は多分金属イオンの色を確認するという作業をしていたのだと思う。私が液を入れて試験管を細かく振ると、中の液体の色がさっと青緑色に変わった。「あっほら、きれいだよ」と言ったとき、向かいで見ていた女子生徒が
「うわっ、何ちょっときれい……その手!」
いや見るのそこじゃねえだろ、と反射的に突っ込んだのは言うまでもない。

指が長いとピアノを弾くのに有利だろうと思われがちだ。私の手だとどうにか10度が届くくらいだが、確かに一オクターブもつらいような手だったらかなり大変だろうとは思う。しかし、一オクターブ程度が限界という手でピアニストになっている人はいくらでもいる。アシュケナージやラローチャは多分私より手が小さいが、彼らの弾くラフマニノフやアルベニスは、手の小ささなど微塵も感じさせない。結局、努力と才能の問題であろう。

2007年04月27日

巨匠の死去

今日はH大で代数学セミナーがあり、午後から出かけた。高速道路は中国山地の中を縫うように走っているが、今日は空もよく晴れていて、山の青と空の青が素晴らしいコントラストをなしていた。こういう、暑くも寒くもない日は貴重だ。じきにうだるような暑さに閉口する日々がやってくる。

セミナーは5時前に終了。本当はその後の新入生歓迎会にも出席する予定だったのだが、どうも今日は起きたときから頭痛がして本調子ではない気がしたので、大事を取ってセミナーだけで失礼させてもらうことにした。昨日はビールをコップ数杯飲んだだけで、翌日に残るような飲み方はしていないはずなのだが、飲み会自体が久しぶりで身体が忘れていたのかもしれない。

帰宅してからニュースをチェックしていたら、ロストロポーヴィチが亡くなったとのこと。確かに最近は動向を聞かないと思っていたが、これでソ連が生んだ巨匠の時代も終わりか。追悼の意味を込め、今はロストロポーヴィチが弾く無伴奏チェロ組曲をかけている。

2007年04月25日

世紀の音痴のライバル

少し前に、凄まじい音痴のおばさん、ジェンキンス夫人が歌うアリア集のCDをここで紹介した。私が登録しているメーリングリストに昨日流れたメールで知ったのだが、実はこういうCDはこれだけではないのだそうだ。2年くらい前に出たもので、その名も "The Muse Surmounted: Florence Foster Jenkins and Eleven of Her Rivals"。ジェンキンス夫人だけでも十分すぎるのに、あと11人もいるのかよ、と言いたくなる。

下手くそなどというありきたりの言葉では説明できないような歌唱を、全く恥ずかしがることもなく公衆の面前で歌いきってみせるというのは、やはり普通ではない。きっとこの人たちは、ただただ歌が好きで、歌いたいという自身の願望にひたすら忠実であろうとしただけなのだ。確かに歌はひどいが、根はきっとすごくいい人だったに違いない……と、遺された録音を聴いていると思いたくなる。その方が、まだ下手くそな歌を聴かされても救われるというものだ。ところが、紹介してくれた方のメールによると、そういう人物像は誤りで、現実はひどかったという。「ジェンキンスは虚栄心の怪物であり、利己的だったが、狂人ではない。安っぽい人間で、都合の悪いことは隠し、妄言を信じ、卑劣でみすぼらしく、俗っぽい女性でありながら、最大のディーヴァに匹敵するエゴだけは持ち合わせていた」。ひどい言われようだが、こういう人物像を補強するエピソードがいくつもライナーノーツに詳述されているらしい。

こんなのを聴くくらいなら、キリ・テ・カナワやキャスリーン・バトルで満ち足りた気分に浸るのがいいことは間違いないのだが、それはそれ、これはこれである。早速ネットで注文してしまうのだった。

2007年04月15日

ビデオテープの経年劣化

学生時代、所属していたピアノサークルの演奏会があったときは、私はいつも会場にビデオカメラを持ち込んで同期の友人の演奏を撮影していた。たまったビデオテープは50本を下らない。中には「Uの芸術」を始めとして、このまま日の目を見ないまま埋もれさせてしまうにはあまりに惜しい、鳥肌の立つような超名演も含まれている。早くDVD化を進めないといけないとは前から思っていて、実際にその作業を少しやっていたこともあるのだが、何しろ1本をキャプチャーするのにも相当な時間がかかるので、結局後回しにしてしまっていた。しかしこのままでは、メディアが完全に消滅して永久に見られなくなってしまう。今日は一念発起して、その作業に時間を使おうと考えた。

ところがいざ始めてみて、なぜ以前作業を中断してしまったかをだんだん思い出してきた。キャプチャーに時間がかかるということもあるが、それ以上にテープの劣化がひどいのだ。1秒に1回、2秒に3回という調子でノイズやコマ落ちが発生する。多少のノイズは目をつぶるとしても、コマが落ちて音がぶつぶつと飛ぶのは、演奏会の映像である以上致命的である。さらに再生し続けると、デッキから「キュイー」という断末魔の絶叫のような音が聞こえてきて、あわてて停止せざるを得なかった。クリーニングをしてみても効果なし。デッキにも問題があるのかもしれないが、中にはほぼ正常にかかるテープもあったから、やはりビデオテープが経年劣化してかなり傷んできているのだろう。おそらく長期間巻き取られた状態のままだったために、テープ同士が癒着してしまったのではないかと思われる。

それにしても、ほんの一昔前までこれが当たり前のメディアだったのに、気がついたときにはもう歴史の一部になりつつあるのだから恐ろしい。今普通に使っているものも、10年後には果たしてどうなっていることか。とにかく、困った状態にある大量のテープからどうやって映像を救出するか、何か考えないといけない。

2007年04月14日

ピアノと電子ピアノの違い

ゆっくり起きて、パスタをゆでて、食後にコーヒーを一杯。一番落ち着くので、土日はたいていこれだ。ここで睡眠サイクルや体調をリセットして次の週に臨むのだが、だんだん乱れてきて週の後半にはまた朝起きるのがつらくなっている。去年の大晦日に反省したはずなのに全然生かされていない。来週は生活にメリハリをつけることを少し強く意識しよう。

夕方に市街地へ出かける。少しアコースティックなピアノを弾いてこようというつもりだったのだが、あろうことか楽譜を持っていくのを忘れてしまった。ときどきこうやって間抜けな忘れ物をしてしまう。まあ今日については、楽譜を暗譜度合いを確認するいい機会になったのでよしとしよう。もちろんまだ弾けていないところだらけではあるが、それは覚えていないことによるものではなく、純粋に技術的な問題が原因のようだから、そこはひたすら繰り返し練習するしかない。

今日はグランドピアノの部屋が空いていなかったのでアップライトで我慢したが、やはり電子ピアノに指が慣れてしまっているので、久しぶりに弾くとどうも違いにとまどってしまう。特にペダルの使い方が難しい。電子ピアノでうまくいっていたはずの箇所が、やたらに音が濁ったり不自然に切れたりしてしまうのである。あとはピアニシモ。ごくごく小さい音を表現しようとするとき、電子ピアノでは音が鳴らないことがある。それが鳴るような強さに指を慣らしてしまうと、今度はアコースティックピアノを弾くときに音量に驚いてしまったりする。難しいものだが、感覚を忘れないためにも、やはりときどきはこうやってアナログなピアノを弾きに来た方がよさそうだ。

2007年04月05日

合奏について

車の中ではずっとショーソンのコンセールをかけていたが、最近はリストのオペラ・トランスクリプション集に変えた。「リゴレット・パラフレーズ」や「ファウスト・ワルツ」など、華麗な演奏効果を持った曲ばかりだ。学生のころ、ピアノサークルの同期にはこうした曲を完璧に弾く人たちがいて、自分が決して到達できないであろう高みにいる彼らをいつもうらやましく思ったものだ。以前紹介したU君が1年生のときに弾いたリゴレット・パラフレーズなどは、それまでああいう曲はピアニストしか弾けないのだとばかり思っていた新入生の私がショックを受けるのに十分な名演だった。

とはいえ、こういう曲を自分が弾けないのは単に技術的、能力的な障害がすべてであるが、ショーソンのコンセールなどはさらに合奏するメンバーがいないという問題がある。ヴァイオリンソナタやチェロソナタくらいなら、もしかしたら何かのきっかけで誰かと共に演奏することがあるかもしれないとまだ思える(現実にはこれも厳しいが)。しかし、ヴァイオリン弾きが3人にヴィオラとチェロ弾きがそれぞれ1人ずつ集まってきて6人で合奏するなどということになると、これはもう自分のこれからの将来でまず起こり得ないと言わざるを得ない。やはり自分がピアノの入った曲を聴いているときは、自分がそれを弾いていると妄想することによって曲に没入することが多いだけに、残念な気がする。

学生時代、連弾やピアノ2台での演奏を何度か経験したが、練習の過程も含めて、やはりあれはソロとは違う楽しさがあった。当分は無理な話だが、またいつか合奏を経験したいとはいつも思っている。

2007年03月30日

藁人形再び

実家のリフォームに備えて少しずつ片付け作業をしているが、それと並行してピアノも弾いている。エレクトリックでないピアノを弾ける時間は貴重だ。ここ数日は「静かな夜に」と「夢のあとに」の他に、4ヶ月ほど前の一時期にトライしていたグラナドスの "El pelele"(「藁人形」)という曲をまた弾いてみている。非常に難しい曲なので譜読みは遅々として進まないが、それでも前にやっていたところからは少し前進した。私の練習パターンはいつもこうだ。弾けたらいいだろうなという虫のいい願望だけで譜読みを始めるが、やがて難所にさしかかってなかなか先へ進まなくなる。すると他の曲が気になりだして途中で放棄してしまうが、しばらくしてまた興味が回帰してくると、前に譜読みしたところまでをもう一度練習し始める。今度は「思い出す」作業なので、以前より短時間で放棄した箇所まで到達し、その結果もう少し先まで譜読みをすることができる。何曲かでこのサイクルをぐるぐる繰り返しているうちに、うまくいけばどれかが終わりまで行って、全体を何とか通して弾けるようになるわけだ(もちろん人に聴かせることができるレベルまで行くには、そこからがまた大変である)。「静かな夜に」や「夢のあとに」もそんな風にしてここまで持ってきたが、「藁人形」はできたとしてもまだまだ時間がかかるだろう。

このアップライトピアノも買ってからずいぶん時間が経ったし、実家をリフォームしている期間中に「入院」させて弦を張り替えることも考えている。さらにハンマーも新調するか、響板にまで手を入れるか、リニューアルの度合いもいろいろあるようだ。この機会にやれることはやっておいた方がいいかもしれないが、もちろん大がかりになればなるほどお金もかかる。どうするかもう少し検討しよう。

2007年03月23日

ピアノの練習日

今日はもう勤務先には休暇願を出してしまい、家で過ごすことにしていた。当初の予定ではいろいろ掃除でもしようというつもりだったのだが、そのへんに散らかっている衣類やらスーパーのビニール袋やらをまとめたくらいでピアノに逃避してしまった。我ながら全く意志が弱い。まあいい、また今度。

今日はもうピアノの練習日と定め、かなり長いこと弾いていた。だいたい今年は演奏会にも出ることを考えているのだから、それだったらいい加減に練習しないとまずいのだ。下手くそは下手くそなりに、せめて一昨日のチェス並みに2勝2敗程度の演奏はできるようにしておきたいところである。電子ピアノばかりだと感覚がおかしくなるので、夕方に市街地まで出かけて、久しぶりにスタジオでグランドピアノを少しさわってきた。やはりフォルテを鳴らしたときの気持ちよさが違う。「夢のあとに」と「静かな夜に」は譜読みは一応終わり、暗譜も8割方できた。現在の状況が後退しないよう、少しずつでも練習は持続しよう。

2007年03月10日

夢のあとに

土曜日なのに珍しく早く目が覚めた。午後はピアノの練習など。まともに弾けるのが土日だけなので、いつになっても譜読みが進まない。「静かな夜に」はだいたい一通り目は通したが、シャコンヌは当分埒が明きそうにないので、もう少し気楽にできる曲としてフォーレ=ワイルドの「夢のあとに」を弾き始めた。これも昔一度やったはずなのだが、何だかすっかり忘れてしまっている。覚えているのは、曲の後半でかなりミスをしたということだけだ。とりあえずあのころのレベルに戻るためには、まだかなり時間がかかりそうである。

夕方から市街地に出ようと車を出したら、家の前の道路がいきなり大渋滞。今日がサンフレッチェ広島のホーム開幕戦だったことをすっかり忘れていた。サッカー場が目と鼻の先だから、試合があるときだけ異常に混雑するのだ。観戦するうえでは恵まれたところに住んでいるわけだから、一度見に行ってみようと思いつつ未だ果たせていない。少なくとも、今日のような悪天候の日は遠慮しておこう。

2007年03月06日

ショーソンのコンセール

先日ショスタコーヴィチのジャズワルツについてちょっと書いたら、いろいろコメントをいただいた。やはりこの作曲家はファンが多いのだなと実感。例のワルツについても、あちこちですでに使われていたのだと知った。しかしやっぱり一番ショッキングな情報は、細木某も愛聴しているという事実である。ズバリ言うと。

さて、車の中では別のCDを聴いているが、今かけているのはショーソンの「ピアノ、ヴァイオリンと弦楽四重奏のためのコンセール」Op.21。室内楽曲では私が特に好きな曲の一つである。元々は、学生時代に所属していたピアノサークルのOB会の会報だったか何かに載った文章で知った曲だ。書いたのは私のはるか上の代の先輩である。この先輩、原稿の中で自分の思い入れのある曲をいろいろ紹介してくれるのだが、すぐに話が脱線してプロレスの話題になったり、ここにはとても書けないような、あまり上品でない例えで曲を形容したりするものだから、読んでいておかしくて仕方がない。だいたいいつも一人称が「ワシ」なので、音楽評論を読んでいる気がしないのである。

中でも周りから最高傑作とされていたのが、ワープロ打ち10ページくらいの「音楽入門」(このタイトルからもう笑ってしまう)という一文だった。原稿を実家に置いてきてしまったので細部まで思い出せないが、この中で「コンセール」が、「たどり着いたものだけが味わえるこういう隠れた名曲の存在は、絶対人には教えたくない」というような文句とともに紹介されていたのである。これだけでもかなりそそられるのだが、さらに「この曲の第2楽章を聴いて、昔好きだった人に手紙を書きたくならないやつは人間じゃない」などと書かれては、これはもう聴くしかないではないか。この曲は今でもこうして愛聴しているが、第2楽章が流れるたびにいつもこの名評論を思い出してしまうのである。

2007年03月03日

ショスタコーヴィチ

今週は朝早く起きなければいけない日が多く、いつにもまして寝不足がひどかった。ここへ来たばかりのころと比べると、睡眠時間が着実に減ってきている。そろそろ生活サイクルを立て直さないとといつも頭では思っているが、習慣というものは容易には直らないものだ。日が高くなるころまでベッドでごろごろして、ようやく慢性的な睡眠不足の状態を抜け出した。

今借りている「愛のエチュード」のサントラCDをこのところ聴いている。どの曲も落ち着いていて騒がしくないので、何かしながらバックでかけているにはちょうどよい。メインの曲ともいえる "Love Theme" もいいのだが、一番耳に残ってしまうのは、映画の中でも効果的に使われていた、ショスタコーヴィチのジャズ組曲第2番の第2ワルツである。すっかりメロディーが頭にこびりついてしまい、最近は皿洗いをしているときにいつも口ずさんでいる。皿洗いのテーマ曲というと以前は「花のワルツ」だったのだが、ある時期からそれが「こうもり」になり、今はジャズ組曲のワルツに取って代わられようとしている。どうも私の頭の中では、台所という場所は3拍子の世界らしいのである。

ショスタコーヴィチというと、一番人口に膾炙しているのはおそらく交響曲ではないかと思うが、実はかなりいろんなジャンルの曲を書いている。私はそれほどは聴いたことはなくて、交響曲の他はピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲、24の前奏曲とフーガといったところだろうか。弦楽四重奏もかなりあるが、まだまともに聴いていない。室内楽は、どうしてもピアノが含まれている曲を優先してしまうせいだろう。

夕方に買い物に行ったときにCD店に立ち寄ったら、ちょうどジャズ組曲集が運よく置いてあったので早速買ってきた。私の好きな交響曲第9番もそうだが、ショスタコーヴィチはこんなふうに軽くて洒脱な感じの曲が一番よいように思う。

2007年02月28日

Rachmaninov's big hands

Rachmaninov3-2.jpgイギリスの女流ピアニスト、Joyce Hattoにまつわるスキャンダルはまだ続いているようだが、この事件を知ったメーリングリストで今日紹介されていた映像が面白かったので、転載させていただこう。ドイツを中心に活動する二人組、Aleksey IgudesmanとRichard Hyung-Ki Jooによる公演、Rachmaninov's big handsの様子である(映像を見るにはQuickTimeをインストールをする必要があるが、同じ映像がYouTubeにもアップされている)。ここで弾かれている曲はラフマニノフの有名な前奏曲Op.3-2。私も学生時代に弾いたことがあるが、盛り上がる箇所では楽譜が四段にまたがるほど音域が極度に広がる。ラフマニノフが巨大な手を持っていたことはよく知られている(13度まで届いたのだ!)が、さしもの彼でもこれほど重厚な和音は出せなかったことだろう。それにしても、メーリングリストでも紹介された方がおっしゃっていたが、手の小さなピアニストでも彼らの道具を使えば、ピアノ協奏曲第2番冒頭の和音をアルペジオなしで弾けそうだ。

公式サイトやYouTubeには他の映像もいくつかあって、それもかなり面白いのでお勧め。

2007年02月24日

ブログ開設一年

また寝不足気味の日が続いていたので、休みの日が来るとうれしい。一昨日のタイムプレッシャーの話ではないが、いつまで寝ていてもいいと言われて8時に起きるのと、絶対8時に起きなければいけない状況でその時間に起きるのとでは、気持ちの持ちようが天と地ほども違うのだ。とまあこんな例えを持ち出すと誤解されそうだが、今日は11時頃まで惰眠を貪っていた。

午後はピアノを弾いたり、このブログのメンテナンス作業をしたり。ピアノはまたシャコンヌの冒頭を中心に。最初のゆっくりした部分が終わり、左手のオクターブが疾走し始める箇所を繰り返し弾いていた。何度もやっているとたまにすっと通るときがあって、このときの爽快感は何物にも代え難い。結局のところ、ときおり訪れるこういう瞬間のためにピアノを弾いているようなものである。どだい難曲を完璧に弾くことなど自分には無理なのだから、一瞬でも弾けたイメージを味わうことを楽しむべきだろう。

アーカイブを見れば分かるように、このブログの最初のエントリを書いたのが2006年2月25日であるから、今日で丸一年が経ったことになる。今書いているこのエントリが329番目なので、だいたい1ヶ月に3日休むくらいのペースで来たわけだ。自宅サーバを立てたのを機会に試験的に始めてみたが、思っていたよりずっとたくさんの方に来ていただいたようで、ありがたいことである。"Ma vie quotidienne" という名前のブログはいくつかあるようなのだが、Googleで検索をかけるとここがトップに表示されるのには驚いてしまった。誰が見ているか分からないのだから、不用意なことを書かないように気をつけたいものだ。

2007年02月21日

Hatto Hoax

Joyce Hattoという名前を聞いて誰だか分かる人は、かなりのピアノ通と言えるだろう。1928年に生まれ、昨年77歳で亡くなったイギリスの女流ピアニストである。このHattoをめぐって、今ピアノファンの世界では大変なスキャンダルで大騒ぎになっている。

Hattoはガンに冒されたために1970年代には公の場で演奏することをやめ、以後は夫がオーナーであるレーベルからCDを出し続けた。近年になり、その録音がどれもあまりに素晴らしいということが世界中に広まり、Hattoこそ最も素晴らしく偉大なピアニストだと名のある評論家がこぞって絶賛するようになったのである(一昨年書かれたHatto評参照)。ラヴェルのピアノ曲全集やショパンのマズルカ、ブラームスのピアノ協奏曲というメジャーなレパートリーはもちろん、アルベニスの「イベリア」全曲やメシアン「20のまなざし」、それにショパン=ゴドフスキーのエチュードといったディープな作品まで見事に弾ききっていたのだから、一部のピアノ愛好家にとって、彼女はもはや生ける伝説になっていたのだった。

ところが今月になって、それら大量の録音のかなりのものが、他のピアニストによる録音のコピーもしくは適当にスピードなどを編集したものだということが明らかになったのである。これはピアノオタクを自認するような人にとっては、もう大変な衝撃だった。なぜなら、彼らはコピー元となった録音ももちろん聴いてよく知っていたからだ。しかしそのコピーであることに全く気づかず、「今までのどんな録音より素晴らしい」とべた褒めしていたのだから、メンツが丸つぶれになってしまったのである。私が入っているピアノマニアのメーリングリストでも、日本有数のコレクターと言える面々が皆ショックを隠せないようだった。ほぼ同じ演奏を聴きながら、片方だけに熱狂してしまったわけだから無理もない。「受けたショックは『あるある』の比じゃない」というコメントもあった。私自身は最近はもうレアな録音を追いかける元気はなくなってしまっていたので、Hattoについても存在以上のことは知らなかったけれど、もしCDを入手して聴いていれば、きっとだまされていたに違いないと思う。

演奏家が誰であるとか楽器のメーカーがどこであるとか、また評論家にどう評価されているのかといった付帯情報に影響されることなく、ただ聞こえてくる音のみによって判断し評価するのが、正しい音楽鑑賞のあり方であるというのが、おそらく愛好家の一般的な認識だろう。しかし結局のところ、人間はどうしても本質以外の情報に影響を受けてしまうのだということを、今回の事件は教えてくれているような気がする。誰かの録音をコピーするなどという稚拙なやり方は、普通なら一発でばれてしまう。しかし、公の場に姿を見せず、実在すら疑いたくなる女流ピアニストが、闘病生活を送りながらも次々と難曲を録音してリリースする……などと語られれば、これはもうその録音が希有な名演であってほしいではないか。その無意識の願望が、幾多の猛者を引っかける巧妙なミスディレクションとなったのではないかと思う。

なお今回の一件はWikipediaにまとめられている。現在も新しい情報が入るたびに更新されているようである。

2007年02月17日

音楽とチェス

朝から晩までずっと雨だった。午後はピアノを弾いたり、チェスのオープニングを並べてみたり。楽譜にしても棋譜にしても、前に弾いたり並べたりしたはずなのにまるで覚えていないのだからいやになってしまう。進歩がないね。

それにしても、ピアノにおける譜読みという行為と、チェスにおいて定跡や過去の名勝負を並べてみるという行為は、何か底辺の部分でつながっているような気がしてならない。弾けない箇所を何度も繰り返していると、さっき同じことをしていたなという感覚に、ふととらわれるのだ。そしてその感覚の正体を探ると、それは1時間前にオープニングのある部分を何度も並べていたことだと気づくのである。

考えてみれば、チェスプレーヤーには音楽に造詣の深い人が少なくない。タイマノフは「20世紀のピアニスト」シリーズに録音が収録されたほどのピアニストだし、元世界チャンピオンのスミスロフはバリトンの歌手になるかチェスをやるかで迷い、後者を選んだという経歴の持ち主である。もちろん、チェスが好きな人はみんな音楽好きだというわけでは全くないし、その逆でもない。ただある種の人たちは、脳の同じ部分でもって、チェスと音楽それぞれに接しているように思われるということだ。自分もその一人である……と言いたいところだが、そう主張するにはどちらの分野についてもあまりに無能すぎると言わざるを得ない。

2007年02月16日

Practice Makes Purr-fect

今日は予定通り午後からセミナー。この間Hさんと話した特異点に関する問題について、I先生も交えてもう一度議論する。今までずっと続けてきた研究もそろそろ一区切りつきそうなので、次にどういう方向に進むかについても少し意見を交わした。また来週の月曜と火曜に、京都で正標数の代数幾何の話題を中心としたミニ・ワークショップが開かれるようなので、ちょっと行ってきてみようと思う。

学生時代のピアノサークルのときの友人が、ピアノを弾く猫の映像があると紹介してくれた。うーん、これはかわいい。グランドピアノが2台並べてあるようだからピアノ教室のような場所だと思われるが、もしそこで飼われている猫が自然にこんな芸当を身につけたのだとしたら大したものである。「ピアノ」と「猫」でグーグルにかけると、この映像を紹介しているブログの記事が大量に引っかかる。みんな一言書かずにはいられなくなったのだろう。猫好きの方は是非ご覧あれ。

2007年02月10日

ホロヴィッツのピアノを弾く

今日は先日予約を取った、ホロヴィッツのピアノの試弾日である。結局事前にはほとんどまともに練習できなかったので、気楽に弾くだけ弾いて楽しむということにする。それでも一応指を慣らしておこうと思って、少し早めに街中に出てピアノスタジオを回ったのだが、今日はどこも満員だった。やむを得ずぶっつけ本番。

HorowitzPiano.jpg5時半きっかりに浜松ピアノ社に行くと、受付にいたおじさんがまず「ホロヴィッツのピアノを弾いた」証明書なるものをくれた。何ともマニア心をくすぐるやり方だ。そこに名前を書き込むと、すぐピアノのある部屋に案内される。まだ前の試弾の方がいて、我々が入ってきたのを見ると名残惜しそうにしながら帰り支度を始めた。部屋の真ん中にグランドピアノが置いてある。うーん、「ラスト・ロマンティック」にも写っていたあのピアノがこれか……と思うと、何とも感慨深いものがあった。「彼の注文で、タッチは軽く、また低音がよく鳴るように調律されてます」とおじさんが言う。そうだろうそうだろう。

前の客とおじさんが出ていって一人になると、早速さわってみた。なるほど、これは軽い。私みたいな下手くそは微妙なタッチの差なんてよく分からないことが多いのだが、この軽さはさすがに普通のピアノとはちょっと違う。そして低音。チャイコフスキーの協奏曲冒頭の和音をガーンと鳴らして、腹に響く轟音を味わった。

Certificate.jpgせっかくの記念だからと今日はレコーダーを用意していた。弾いていられる時間は30分しかないから、あまり余裕はない。録音を開始しておいて、とにかく今弾けそうなものを片っ端からやってみたが、日頃の練習不足もあって、全然指が回らない。やっぱり自分はホロヴィッツにはなれないのだなあと当たり前のことを再認識する。興味のある人にホロヴィッツのピアノの音を聴いてもらうために、録音した中では比較的ましなのを1曲だけ。
スクリャービン/練習曲Op.2-1
いつも同じ曲ばかり弾いているなと言われそうだが、新曲を譜読みする時間がないのでやむを得ない。本当は大きな音の出るOp.8-12も録音したのだが、これは人に聴かせるような演奏ではないので、ここに出すのはやめておこう。

ともあれ、あっという間に30分は終わってしまった。あのピアノに再びさわれる機会が来ることはおそらくないだろうが、証明書なるものももらったし、まあこれで十分満足である。

2007年02月03日

ブゾーニ編のシャコンヌ

久しぶりにゆっくり寝ていられる日だったので、昼近くまで惰眠を貪ってしまった。やはりこういう日があると助かる。先日の博多出張の際に買ってきた辛子明太子がまだ一腹余っていたので、きざみのりとともにパスタと和えてお昼にした。

午後は主にピアノを弾いていた。平日の間はほとんど練習できないから、こういうときにちゃんと譜読み中の曲を弾き直して記憶を取り戻さないといけないのだが、またぞろ悪い癖が出てすぐ新しい曲の楽譜を開いてしまう。最近ファジル・サイの弾くバッハを車内でかけているせいで、今日はブゾーニ編のシャコンヌを弾き出してしまった。もちろんまともに弾けるわけはないが、冒頭の2ページはゆっくりしているからどうにかなるし、ここだけでも十分陶酔した気分に浸れる。やっぱりいい曲はいい。

このブゾーニ編のシャコンヌは、私の所属していたピアノサークルでもかなりの人気曲で、各学年ごとに必ずと言っていいほど挑戦する人がいた。私自身一度やってみたかったけれど、こうみんなが弾いていては自分一人の下手くそ加減が浮き立つし、原曲が何しろ有名だからミスがいちいち目立ってしまう。結局やらないまま終わってしまった。今から長期計画で少しずつ譜読みしてみても楽しいだろうとは思うが、どうせまた数ヶ月もすれば他の曲に目移りしてしまうに違いない。

夕方から市街地に出かけた。いつものピアノスタジオに行ったら、今日はグランドピアノの部屋が埋まっていますと言われ、やむを得ずアップライトの部屋を借りる。メインはスクリャービンのエチュードとラフマニノフの「静かな夜に」。昼間のブゾーニ編も少し弾いた。

2007年01月21日

ピアノの練習日

お昼近くまでぐうたら寝てしまった。床屋に行ってから夕方に市街地へ。今日は広島で都道府県対抗男子駅伝があり、その名残で中心部の道路は混雑していると思われたので、車は出さずにバスで出かけた。着くとすぐ、先週も訪れたピアノスタジオに足を向ける。持っていった楽譜はスクリャービンの練習曲集と詩曲集、それにラフマニノフ=ワイルドの「静かな夜に」、さらにスーザ=ホロヴィッツの「星条旗よ永遠なれ」。「星条旗」はただ持っていっただけだが、残りの楽譜は一応少しずつ弾いてみた。スクリャービンのエチュードはOp.2-1とOp.42-4で、知っている人にはまたそれかと言われそうだ。本当なら昔頑張ったOp.42-5やOp.8-12あたりも再挑戦したいのだが、ああいう轟音系の曲を短期間で思い出すのは難しい。「静かな夜に」の方は、つっかえながらもようやく最後まで通せるようになってきた。

電子ピアノとグランドピアノ、タッチが違うというのはもちろんだが、それ以外にも実感するのが楽譜の位置である。弾きながらチラッと譜面に送る視線の方向が、グランドピアノではかなり高くなる。ささいなことのように思えるが、これが結構バカにならない。鍵盤をほとんど見ずに弾けるのなら問題ないだろうが、パソコンのキーボードと同じようにはいかないものだ。

2007年01月14日

グランドピアノと靴

昼食後のコーヒーをすすりながら、年賀状のお年玉くじをチェックしてみる。いつも切手シートが1枚か2枚当たる程度だったが、今年にいたっては全敗だった。が、買っておきながら結局使わずに余ってしまった賀状のうちの1枚が当たりであることがあとから分かり、どうにか1枚は確保。しかし、くじの等級が3種類しかないとは知らなかった。昔は5種類くらいあったような気がするけどなあ。少なくとも、一番下の等級の当たりが下2桁で、その一つ上がいきなり下4桁では、切手シート以外は「もしかしたら当たるかも」とこれっぽっちも思うことができないではないか。

夕方から市街地に出かけ、昨日行きそびれた楽器店に行ってみる。ピアノのレンタルルームは空いていますかと聞いたら、ほとんど全室空いていた。昨日は満室で今日は予約ゼロというのも極端な話だ。推測するに、土日はレッスンなどで仮押さえをしてあるものの、実際には生徒が休んだりして使われないですむことが多いと思われる。それはともかく、久しぶりのグランドピアノである。やっぱり電子ピアノとはまるで違うのでとまどってしまう。特にピアニッシモを出そうとして微弱なタッチを試みると、思っていたのと全く違う音量が鳴ってびっくりしたりする。一方で、フォルティッシモはずっと気持ちよく弾けた。

そのあと、デパートで靴を買ってみた。以前書いたことがあるが、私は体質からか極端に静電気がたまりやすく、冬から春にかけてはいつバチッとやられるかとビクビクしなければならない。ある種の靴を履いていれば被害はほとんど防げることにあるとき気づいたのだが、どの靴なら静電気を防げるのかは買ってみないと分からなかったのである。今日は少し詳しそうな店員がいたので話を聞いてみたが、靴底がポリウレタン製のものがよいらしい。ポリウレタンはたとえ履かないでいても経年劣化が進み、ある日突然ボロボロ崩れ出すという欠点があるが、導電性についてはある程度信頼してもよいとのこと。ただ素人には見た目では靴底の素材が分からないため、買うときにはちゃんと知識のある店員に確認するしかなさそうだ。

2007年01月11日

ホロヴィッツのピアノ

最近まで知らなかったが、ホロヴィッツが生前ずっと愛用していたスタインウェイが、去年9月から全国を回っている。元々は彼の結婚祝いにスタインウェイ社から贈られたもので、ホロヴィッツはことのほかこの一台を愛したという。そのピアノが、来月上旬に広島の浜松ピアノ社にやってくるという情報を入手。ものは試しと思って聞いてみたら、あっさり試弾の予約が取れてしまった。東京なら競争率が激しくてまず無理だっただろう。これも地方都市の役得である。もっとも、まともに弾ける人を差し置いて私が占拠してしまっていいのかという後ろめたさを感じないでもない。

ピアノ好き、それもどちらかと言えばマニアックな視点から偏愛する人間にとって、ホロヴィッツは一度は「ハマる」対象である。ラフマニノフやルービンシュタインなど、「巨匠」と呼ばれる人たちが大活躍していた20世紀前半のピアニスト黄金時代を、最も強烈に体現していた人だろう。かくいう私も、大学入学直後に何も分からずに飛び込んだピアノサークルでホロヴィッツがいかにすごいかを説き聞かされ、半信半疑で聴いた「ホロヴィッツ・アンコール」で衝撃を受けた一人である。当時の私は楽譜を勝手に改編して弾くなんてことは思いもよらなかったから、リスト=ホロヴィッツの「ラコッツィ行進曲」やスーザ=ホロヴィッツの「星条旗よ永遠なれ」の腹に響く爆音は、もうカルチャーショックと言ってもよかった。ラコッツィの後半なんて、広島の暴走族も顔負けだ。「ピアノでこんなことしてもいいのか」という驚きは新鮮だった。

こうしてホロヴィッツの魔力にとりつかれてしまうと、若気の至り、どうしても自分でも弾いてみたくなり、ついには全く技量がないのに無理やり大学祭の演奏会で挑戦するという誤りを犯してしまうのは、決して私だけではないと思う。年をとるにつれて初めて、自分はホロヴィッツにはなれないのだという当たり前の事実に気づくのである。

とはいえ、巨匠のピアノをさわらせていただくからには、何も弾けないのでは申し訳が立たない。少し練習しておかないと。

2007年01月03日

新年会

夕方より新宿にて、かつてのピアノサークルのメンバーで新年会。男女5人ずつ、ちょうど10人が集まった。お互いもう若いとは言えない年になってしまったけど、時間が経ってもこれだけ集まるのだから、うちの代はまとまりがよい。7時から始めて3時間余り、それぞれの近況報告やら昔の思い出話などに花が咲いた。やっぱり気のおけない友人の存在というのはいいものだ。数年ご無沙汰になっているOB演奏会を久しぶりにやろうという話も持ち上がる。今年の秋あたりの実施を念頭に検討しようということになった。もし本当に決まったら、真面目に練習しないとなあ。

11時半頃帰宅。明日はもう広島に戻る予定。

2007年01月02日

ピアノのち秋葉原

お昼をすませたあとの時間に少しピアノに向かってみた。小学校6年生の3学期に習い始めたころから弾き続けてきたアップライトピアノなのだが、最近では電子ピアノのタッチにすっかり慣れてしまっていて、いつの間にか鍵盤が重くなったように感じてしまう。「静かな夜に」を弾いてみようとしたものの、家から楽譜を持ってくるのを忘れてしまい、前半部分しか思い出せなかった。もう少し継続して練習しないとなあ。今年は久しぶりに演奏会に出て、恥をかいてみてもいいかもしれない。そうやって自分を追い込んだ方が練習するだろう。

3時頃から秋葉原に出かけた。駅そばの大型電気量販店は新春2日も大入り。去年の夏に行ったときと何も変わっていない。どのフロアのどの売り場も人、人、また人だ。こういうむせかえるような人混みの中にやってくると、今自分は東京にいるなということを何よりも実感してしまう。今日は、先月越後湯沢で同室の友人が使っていたモバイルカードを購入。数学の研究集会はしばしば辺境の地で開かれるから、これが役に立つこともあるだろう。

2006年12月27日

世紀の音痴

何を血迷ったか、たった今かけているCDは、Florence Foster Jenkinsが超絶的な歌声を披露する "The Glory(????) of the Human Voice" である。天下のRCAから出ているこのCD、知っている人は知っていると思うが、音痴の最高峰とも言うべき絶唱が聴けることで有名だ。上のアマゾンのページでサンプルが聴けるので、もし知らない方がおられたら是非トラック1の "Die Zauberflöte"(「魔笛」より「夜の女王のアリア」)を聴いてみてほしい。この音程とテンポの外し方は衝撃的の一言に尽きる。サンプルは最初の1分だけだが、このあとからさらに凄まじい歌声が展開されるのである。

Wikipediaなどに詳しい説明があるが、ジェンキンス女史は自分では素晴らしい歌い手であると信じて疑わなかったようだ。多分ヨーロッパだったら、こんな録音が残されることもなかったのではないだろうか。しかしそこはアメリカ、聴衆は客席でげらげら笑いながらも演奏を絶賛するものだから、ついにはカーネギーホールでリサイタルをするまでに至ったという。太平洋戦争のまっただ中、海の向こうではこんな娯楽で楽しんでいたわけだ。

しかし、ずっと聴いていたらさすがに頭が痛くなってきた。Christina Deutekomの歌う(本当の意味での)超絶的な「夜の女王のアリア」のCDに替えてちょっと落ち着こう。

2006年12月16日

ファジル・サイのバッハ

広島に戻った。

実家を出る前に、CDを何枚か持ち出してきた。学生時代に買いためたCDはそれなりの数になったが、実際にときどき聴くのはそのうちのほんの一部分である。そこで一昨年引っ越したときに、コレクションの中からよく聴くと思われるものだけを選んで持っていった。たいていはそれで用が足りるのだが、ときどきふと置いてきたCDを聴きたいと思うことがある。それをこういうときに少しずつ持っていくわけだ。

今回のミッションは、Alicia de Larrochaの弾くグラナドス曲集を持って帰ることだった。先日ちょっと楽譜を出してきた「エル・ペレレ」が入っているのだ。他にシューマンのピアノ曲集を何枚かと、Jorge Boletの弾くフランク。今回はこれくらいかなと思ったとき、Fazil Sayの弾くバッハのCDが目にとまる。あれっ、これまだこっちにあったのかと持ち出しリストに追加した。

帰宅後、グラナドスを早速かけながら、持ってきた残りのCDを棚に並べようとして気づいた。ファジル・サイのバッハがすでに置いてあるではないか。どうもこちらに来てから、昔買ったことを忘れてまた買ってしまっていたらしい。一度読んだはずの論文を忘れてまた図書館に行くなんてことはよくあるが、CDでもやっていたとは。全く記憶はあてにならない。

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