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2010年03月19日

29071km

午後にI先生が部屋を訪ねてきたので、明日行く予定にしている山登りについて少し相談する。天気予報では明日は午前中は晴れ、午後は曇り、夕方からは雨とのこと。遅くなればなるほど悪くなるようなので、なるべく早く行動を起こして登ってしまおうということになった。

その後、I先生の研究室に移動し、隣の部屋に置いてある電子ピアノを見せてもらった。I先生の研究室の学生さんで研究にピアノを必要とする研究テーマを選んだ方がおられるそうで、その関係で最近納入したものだという。せっかくなので少し時間をもらって練習させてもらった。次回の演奏会で出そうと思っている曲の譜読みがまだ全然終わっていないのだが、もしときどきここにお邪魔して進められればずいぶん助かる。だが新学期が始まれば、そんな時間はとてもとれそうにない。

6時半頃に大学を出る。この間の雨で車体がずいぶん汚れてしまっていたので、ガソリンスタンドで洗車してから帰った。そういえば、今の車がうちに来たのが5年前の3月20日。5年目の車検はすでに先月すませているが、納車日から数えればちょうど今日で丸5年経ったことになるわけだ。帰宅した時点での総走行距離は29071km。1年につき5800kmちょっと走っていることになる。車社会広島にあってこの数字はかなり少ない方と思われるが、何しろ家と勤務先の距離が近いので、普段の生活ではほとんど増えないのだ。まあ来月からはまたH大へ毎週行くことになるから、少しペースは上がるだろう。

2010年03月07日

ホロヴィッツを知らない音大生

先月に引き続き2台ピアノの練習をする。前回はIさんに来てもらったので、今回はこちらから神戸にお邪魔した。三宮の松尾楽器でラフマニノフの組曲を中心に弾いてみる。相変わらずの練習不足で、あまり先まで進めなかった。やっぱりこの曲は片手間にできるようなものではないので、何かやるにしてももう少しやさしいものにした方がいいかもしれない。

練習前にショールームで流されていたホロヴィッツの演奏映像をぼんやり眺めていたら、松尾楽器のおじさんが話しかけてきた。
「最近の若い人はねえ、ホロヴィッツを知らない人もいるんですよ」
「えっ、本当ですか?」
「そうなんですよ、音大生とかでもホロヴィッツ知らなかったりするんです。自分の弾いている曲にしか興味がないんですかねえ」
「へえ……もう歴史上の人物になっちゃっているんですかねえ」
「そうなんですかねえ。あそこの写真、あるでしょ?」
とそのおじさんが指さした先の壁には、演奏直後に喝采を浴びるホロヴィッツの写真が掲げてあった。
「あれ見て、『北朝鮮から帰ってきたジェンキンスさんですか』って言われて……似てますかねえ」
どう考えても似ていない。ジェンキンスさんがスタインウェイに手をかけてお辞儀しているわけがない。ホロヴィッツが死んでもう20年以上経ってしまったわけで、すでに遠い過去のピアニストという認識の人もだいぶ増えてきているのだろう。こんなところでも時間の経過を実感してしまったのだった。

2010年02月14日

2台ピアノの練習

去年の演奏会で知り合ったIさんが来広。話の流れで2台ピアノでもやってみようということになり、一度合わせてみることになっていた。せっかくだからかっこいいのをとラフマニノフの組曲2番を選んだところまでは威勢がよかったが、やっぱりちょっと無理だったかもしれない。ただでさえ難しいのに、このところの忙しさもあってほとんどまともに練習しておらず、ゆっくり弾いても1曲目の途中で止まってしまう。せっかく来てもらったのにIさんにはちょっと申し訳ないことをした。1曲目はひたすら和音を連打するのだが、指が広がるとまた左手の小指が突っ張ってしまって一瞬元に戻せなくなる。組曲をやるにしても、他の楽章を先にやった方がよいかもしれないということになった。いずれにしろ、これは人前でやることは当分なさそうだ。

ピアノスタジオを出た後、平和記念公園を少し散歩する。広島駅でお好み焼きを食べてからIさんとお別れした。

2010年01月25日

アール・ワイルド死去

ピアノマニアが参加しているメーリングリストに流れた今朝のメールを見てあっと思った。一昨日、Earl Wildが94歳で亡くなったとのこと。ホロヴィッツを始め、20世紀は巨匠と呼ばれるようなスーパー・ヴィルトゥオーゾが活躍するピアニストの黄金時代だったが、その最後の生き残りともいえる人だった。80歳を過ぎてなお難曲を軽々と弾きこなし、90歳のときに出たCDもまだまだいけるという感じだったのだが、ついに力尽きてしまった。これで名実ともに黄金時代は完全に終結したといってもいいかもしれない。

ワイルドの編曲したラフマニノフの歌曲群は私のお気に入りで、学生時代には "In the Silent Night" Op.4-3と "Floods of Spring" Op.14-11を演奏会で弾いたことがある。前者は3年前の加古川ピアノ同好会の演奏会でもまた弾かせてもらった。まるでラフマニノフ本人が編曲したかのような情感たっぷりの書法が素晴らしい。もっと広く世の中に知られてなければいけない名曲だと思う。

実は最近もワイルド編の "Vocalise" Op.34-14を譜読みしていた。次の演奏会でこれを出すかどうか、候補の一つというくらいだったのだが、ワイルドの死を聞いた今となっては、是非ともこの曲を仕上げなければという気分になっている。難しい曲だが、何とか5月までに間に合わせよう。

2010年01月23日

原稿のチェック作業、ジョギング、サーバエラー

今日は原稿をチェックする仕事を2つこなしていた。1つは楽譜の校正作業。今回頼まれている分は明日が締切だ。コーヒーを片手に、音符、強弱記号、スラー、指使い番号、ペダル記号などを一つずつチェックする。何しろ複雑な譜面だから、かなり集中していないと見落としてしまう。もう1つはプロパラの原稿のゲラチェックで、こちらも駒の配置や出題時の指定など、一つ一つ丁寧に確認する。誤植を出すと正解のない問題を解答者に解かせることになりかねないから、間違えるわけにはいかないのだ。

作業が一区切りついたところで、先週に引き続きジョギングに出かける。今年に入ってまだ2回目だが、それでも1年近いブランクを挟んで再開した前回に比べるとわずかながら持久力が上がっていたようで、5キロのタイムが2分近く早くなった。もっとも、先週のペースが遅すぎただけともいえる。今日は太陽は出ていたものの風が冷たく、自宅に戻るとすぐ風呂に入って冷えた身体を温めた。

夕方は買い物に出かける。夜に戻ってきて、そろそろブログの更新をしようと思ったら、管理画面が出る代わりに「500 Internal Server Error」の文字が表示された。サーバが何らかのエラーを起こしてストップしていたらしい。どうも今日の午前3時過ぎからずっと止まっていたようで、全く気づかなかった。これまでのトラブルはすべてルータやモデムが原因で、このサーバ自体が不具合を起こすことは全くなかったのだが、稼働させ始めてからもう4年、そろそろ老境を迎えつつあるのかもしれない。

2010年01月21日

アルゲリッチ&フレイレ

このところ忙しくて毎日に変化がないので、最近聴いているCDの話でも。今プレーヤーに入れっぱなしにしているのはアルゲリッチとフレイレの2台ピアノ曲集。先日、知り合いにこれを紹介したのがきっかけで久しぶりに聴いてみている。2台ピアノというスタイルは世間的にはどちらかといえばマイナーではないかと思われるが、隠れた名曲がたくさんある魅力的なジャンルである。2台ピアノの曲集のCDは何枚か持っているが、どれか1枚をあげろと言われれば、やっぱりこのアルゲリッチ&フレイレになるだろう。収録されているのはラフマニノフの組曲第2番Op.17とラヴェルの「ラ・ヴァルス」、それにルトスワフスキの「パガニーニの主題による変奏曲」。全部合わせても演奏時間は37分くらいしかなく、私の持っているクラシックCDの中では最も収録時間が短いものの一つだと思うが、中身はそれを補ってあまりある濃密さである。二人の気迫あふれる熱い演奏が素晴らしい。収録されている3曲については、いずれもこのCDの演奏がベストではないかと個人的には思っている。

アルゲリッチはある時期からソロ活動をほとんど行わなくなり、2台ピアノや室内楽を主に演奏するようになった。2台ピアノもいろいろなピアニストと組んで弾いているが、フレイレとはとりわけ相性がよいように思われる。去年の夏にもザルツブルク音楽祭でペアを組んで演奏したそうで、そのときのCDが最近出たことをこの記事を書きながらネットを巡っていて知った。これは是非買っておこう。

2010年01月03日

チェスと新年会

お昼少し前に家を出ると、Y君の家に向かう。今日は去年の1月3日と全く同じスケジュール。まずY君の家で彼とチェスを指し、夕方から新宿での新年会に出席するという流れである。ところが、チェスは昨年と同じというわけにはいかなかった。白黒1局ずつ指してどちらも負け。1局目はほとんどいいところなく、2局目も一度攻勢になりながらブランダーを連発して逆転負け。聞けば彼は毎日ネットで対戦して腕を磨いているうえ、1局ごとに重要ポイントをノートにまとめているという。チェスにかけている時間と情熱が全く違う。対局前は10分くらい定跡を並べ直す程度でお茶を濁し、対局が終わればがっくりするだけでほとんどほったらかし、そんなことをしている人間がかなうはずがない。反省しきりの対局であった。

夕方、Y夫妻と新宿の待ち合わせ場所へ。我々を含めて6人が集まり、高層ビル最上階の店で小さな新年会。途中でもう一人来て7人になった。9時半頃に店を出て、喫茶店でさらにもう1時間ほど話してから散会した。

2009年12月09日

ペダルの復調

日曜日にヤマハに行って電子ピアノのペダルの不調を修理してほしいとお願いしておいたら、翌日に修理担当者から電話がかかってきた。
「ペダルを踏んでいても音が消えてしまうことがあるということでしたが……」
「ええ、そうなんです」
「まず、鍵盤の裏側からペダルを制御するコードが出ていると思うんですが、それが抜けかけているということはありませんか?」
鍵盤の下をのぞき込み、PEDALと書かれた穴にささっているコードを確認する。さわってみたが、ガッチリ差し込まれているようだ。
「ちゃんとささっているみたいです」
「そうですか。ではペダルの下にあるアジャスタがゆるんで位置がおかしくなっているということは……」
「あ、それは確認しました。大丈夫でした」
「そうですか、そうなるとやはり故障が考えられますので、部品の交換という形になりますかねえ」
その部品の値段は決して安くはなかったが、今のままの状態で弾き続けるわけにはいかないのは明らかだった。その部品を取り寄せる必要があるとのことだったので、それが届いてから改めて修理の日取りを相談しようということになった。

ところが、そのとき以来、どうもペダルの調子がだいぶよくなったのである。百パーセントというわけではないが、前に頻発していた音消えがほとんどなくなってしまった。要するに原因はコードの微妙な接触の問題で、あの電話の最中にコードをさわったことで状況が改善したのではないだろうか。これくらいなら、練習するにはさして支障はない。せっかく取り寄せてもらったので修理の方には悪いが、次に電話がかかってきたときに、やっぱりキャンセルしたいと言おうかと思い始めている。

2009年12月06日

買い物など

夕方、市街地まで車で出かけるとヤマハに赴いた。以前に書いた電子ピアノのペダルの不調がいよいよひどくなってきて、弾いているとしょっちゅう音がふっと消えてしまうのである。さすがにこれでは練習に支障をきたすので、修理してもらうことにしたのである。今日は修理担当者が不在とのことで、後日あらためて日程を相談することになった。土日を使うしかないだろうが、今年中には直してしまいたいところだ。

それから買い物。本屋では将棋世界の最新号を購入。紳士服売場を通ろうとしたら、この間はとうとう見つからなかった39-78のワイシャツが何着か置いてある。これはいいと2着ほど買ったら、5,000円のお買い上げにつき500円を還元するセールを今日までやっていると言われ、商品券を1枚もらってしまった。ラッキー。その後、東急ハンズまで歩く。文具売場で来年の手帳と折紙用に雲竜紙を1枚買った後、取り寄せてもらっているカラペについて一応聞いてみたが、まだ時間がかかりそうとのことだった。

今日はもう一つ、広島将棋センターにも用事があった。今年の4月に行われた詰将棋解答選手権では広島の地域責任者をつとめたが、来年もやってもらえないかと主催者側から打診を受けており、広島将棋センターに協力をお願いしに来たのである。幸い席主のTさんには快諾していただき、会場などを今後相談していくことになった。じゃとりあえずそういうことで、と帰ろうとしたとき、Tさんが「そうじゃ、今日北九州からここに何人か来とったんですが、その中に詰将棋作家の方がおられましたよ。Hさんいう方」とおっしゃる。Hさんといえば自在に合駒を操る一流作家。2年半前に詰備会の席上で一度お会いし、その場で拙作に有益なアドバイスをしていただいたことがある。せっかく来広されていたのにすれ違いになってしまった。「1作置いていかれましたよ」とTさんが作品を見せてくれたので、コピーをもらって失礼し、近くの店で定食を待つ間に考える。店員の「お待たせしました」の声とともに詰んだ。軽作だが、うまくまとめるものだ。

いろいろ用事をすませ、9時過ぎに帰宅。

2009年11月30日

ワイセンベルクのペトルーシュカ

一昨日の演奏会では、各演奏者が演奏前にそれぞれ必ず何か一言述べるという趣向があったのだが、「ペトルーシュカからの3楽章」を弾いたTさんが「何を弾こうかいろいろ考えていたんですが、ネットでうっかりワイセンベルクがペトルーシュカを弾いている映像を見てしまったもので……」とおっしゃっていた。Tさんの言っていたのはおそらくこれだろう(パート2パート3もある)。脂ののりきったころのワイセンベルクが、凄まじい気迫でこの希代の難曲をねじ伏せている様子が楽しめる。かつて学生時代に所属していたピアノサークルの演奏会で、やはりこの曲に挑戦した先輩がいたのだが、弾き終わった後の打ち上げで「あれはもう機械になったつもりじゃなきゃ弾けないんじゃないですか?」と聞いたら、「いや、『なったつもり』じゃまだダメ。本当に機械にならないとあれは弾けない」という返事をもらったことを思い出した。しかしこの映像を見て弾こうと思い立ち、実際に演奏会に出すところまで持って行ってしまうTさんもすごいと思う。

まあもちろん自分はこういう曲を弾くことはできない。今回は珍しくラヴェルなんて弾いてみたが、次回はまた弾き慣れたロシア系(スクリャービンかラフマニノフ)に戻ろうかというのが今の考え。もっとも、そのときそのときで弾きたい曲が始終変わるので、年が変わるころにはまた全然違う曲を練習し始めているかもしれない。

2009年11月28日

六甲でラヴェルを弾く

今日は演奏会。9時44分に広島を出る新幹線で神戸に移動する。車内ではKubbelのエンドゲームスタディを調べていたが、すぐ眠くなってきてしまい、岡山から先はずっとウトウトしていた。このところ早起きしなければいけない日が続いており、睡眠不足の状態がなかなか解消されない。学生時代は実家から大学まで行くのに1時間半近くかかり、その行程の大部分はひたすら電車の中で居眠りしていた。今にして思うと、あれは足りない睡眠を補完する貴重な時間だったような気がする。電車の揺れというのは、とかく眠気を誘発するのである。

11時40分頃に会場到着。すぐリハーサルで少しだけ試し弾きをさせてもらう。お昼は出演者でたまたま居合わせたIさんと近所の寿司屋で。会場に戻ってまもなく演奏会が始まった。自分の出番は第2部の3番目だ。今回は幹事の指示で、演奏前に何か一言コメントせよということになっていたので、ラヴェルを人前で弾くのは初めてであること、今月上旬に偉い先生の還暦を祝う祝賀会の場で今回の曲を弾いたという話をする。演奏の方は相変わらずミスだらけだったが、それでも全体的には祝賀会のときよりはだいぶうまくいったと思う。ミスはどう頑張ったところで出るものだが、大事なことは止まってしまったり弾き直したりして音楽の流れを断たないことだ。今回はその最低限の条件はだいたいクリアできたので、事前の練習量を考えれば、まああれくらいでよしとしなければいけないだろう。自分の演奏が終わった後は気楽に他の方の演奏を楽しんだ。毎回思うことだが、みんなそれぞれ仕事を持って忙しいはずなのに、よくまあここまで仕上げてくるものだ。熱演を聴いているうち、自分は次は何を弾こう、とまたあれこれ思いを巡らせるのだった。

終了後、駅前の居酒屋に移動して打ち上げ。7時頃から3時間近く、ときどき座席を移動していろいろな方とお話しした。次回の演奏会はすでに幹事が決まっており、来年の5月にもうホールを予約済みとのこと。しばらく忙しい日々が続きそうだが、何とか出演できるよう今から選曲を考えていこう。また、さらにその次の回の演奏会について、幹事をやりませんかと打診されてしまった。出演してばかりでいつまでも仕事をしないわけにもいかないから、多分やることになるだろう。来年の今頃がそれほど忙しくないことを切に願う。

12時頃ホテルにたどり着いた。これで半年に一度のピアノ祭りは終わり。明日はモードをチェスにシフトする。

2009年11月27日

直前の悪あがき

今日も朝から会議で早めに出かけた。毎日いろいろな雑用が降ってくるのでなかなか落ち着く暇がない。あれが終われば一息つけるかな、と思っているとその上から新たな懸案事項が降り積もってくる。きっと本当に忙しい人に比べれば自分はまだ全然大したことはなくて、どこかで集中しててきぱきやれば片がつく程度に違いないのだ。しかしどうも要領が悪くていちいち仕事が遅いものだから、積み上がっている仕事の量がずっと変わらない。年末までおそらくこんな調子だろう。

夕方、仕事に一区切りついたところで車で市街地まで出かけ、ピアノスタジオで本番前最後の練習をしてくる。今さら何をしたところで大した意味はないことはよく分かっているが、1曲目の「HAYDNの名によるメヌエット」はかなり最近になって弾くことを決めたため、実はほとんど電子ピアノでしか練習していなかったのだ。付け焼き刃ではあるけれど、やはり少しはグランドピアノの感触を確認しておきたかった。1時間かけて何度か通して弾き、何とかごまかせるかなというめどがついたところで悪あがきは終了。すぐとって返して大学に戻り、まだやり残していたレポートのチェック作業をすませてから帰宅した。

明日は神戸で演奏会、明後日は大阪でチェスを指してくるつもり。どちらも惨めなことになりそうだが、せいぜい楽しんでこよう。

2009年11月25日

足りない時間

午前中は数学演習。午後は回収したレポートの採点といくつかの雑用。7時過ぎに折紙の本が届くことになっていたので、それに間に合わせる形で帰宅した。

夕飯の後にまた電子ピアノで少しだけ練習する。数日後には演奏会があるというのに、何だか全然緊張感がない。今さらじたばたしても、とすっかり諦観してしまっているのである。実際、今週はいつも以上に忙しくて全く時間に余裕がない。明日も早朝に出かけなければいけないし、日中は4年生の卒業研究の様子を見て、夕方からは長引きそうな会議が待っている。明後日も朝一番から会議があり、レポートなどの採点をやって午後は講義。ただ、その後に一瞬だけ時間がとれるかもしれないから、無理をしてピアノスタジオに駆け込んで最後の悪あがきをしようか。だが締切のある仕事も抱えているし、来月の発表の準備だってまだ全然していないのに、そんなことをやっていていいのか……と心は千々に乱れるばかり。やっぱり何をやるにしても、必要なのは時間、足りないのも時間である。

2009年11月19日

アップライトピアノでの演奏

夕飯の後にヘッドホンで少しだけピアノを練習した。実は先週人前で演奏してからどうもあまり気分が乗らなくなってしまい、ピアノに向かう時間がやや減ってしまっている。やっぱり同じ曲を何度も弾くというのはモチベーションを保つのが難しい。とはいえ、来週もう一度弾かなければいけない以上、ずっとサボってもいられない。「古風なメヌエット」1曲だけではさびしいので、前菜として「HAYDNの名によるメヌエット」も弾くことにした。緊張を和らげるために、プログラムはこうやっていつもスローな曲から始めることにしている(この間はそういうこともできなかった)。メヌエット2曲といういたっておとなしい組み合わせになってしまったが、たまにはこういうのもいいだろう。

言い訳になるが、今にして思うと先週の演奏が今ひとつだったのは、ピアノがアップライトだったことが結構大きかったような気がしている。当日会場に行くまではグランドピアノだろうと勝手に思い込んでいたので、事前に想像していたのとはだいぶ違う形で弾くことになった。そういうイメージとの乖離は、精神的にはあまりいい影響を与えないものだ。それにアップライトというのは演奏者と聴く人との距離があまりに近い。物理的な距離ということではなく、聴衆が自分のすぐ近くに存在しているという意識がどうしても生まれてしまい、ただでさえ足りない集中力がいっそう削がれることになってしまう。これまで演奏会以外では何度か友人の披露宴でピアノを弾く機会があったが、一番うまくいかなかったのは電子ピアノを用意されたときだった。自分の演奏などピアノを選べるレベルでないことはよく分かっているが、技術やタッチ云々ということよりメンタル面を考えると、正直言ってグランドピアノの方がいいなと思わざるを得ない。とはいっても、演奏を依頼されて「グランドピアノがなければ弾けない」などとはもちろん言うわけにはいかないのが難しいところではある。

まあ、所詮は言い訳である。

2009年11月10日

研究集会二日目~ピアノを弾く

研究集会二日目。今朝は寝不足に加えて何だか腹の調子が悪くて出かけるのが少し遅くなったが、電車は昨日のように乱れることもなく、結果的には昨日より早く会場に到着できた。

にも書いたように、今日はM先生の還暦を祝う祝賀会の席でピアノを弾かなければならないことになっていた。午前中の講演が終わり、お昼をすませると、キャンパス内にある祝賀会会場の下見に行く。ピアノの様子をできれば確認したかったのだが、会場は大学の合唱団サークルの同窓会らしきことが行われていた。中を覗くと、部屋の中央で20名くらいのかなりお年を召された方たちが会食しており、部屋の奥にアップライトピアノが1台置いてあるのが見えた。グランドピアノで弾くのだろうとばかり思っていたが、どうもそれらしいものは見あたらないから、どうやらあのアップライトを使うらしい。試し弾きができなかったので、やむなくそのまま研究集会会場に戻った。

午後の講演が終わると他の人より少し早めに祝賀会会場に移動。ここでようやくピアノを少しだけさわらせてもらうことができた。"LAZARE"というよく知らないブランドで、鍵盤のタッチは軽くて深い。正直言ってあまり弾きやすい感じはしなかったが、まあ所詮は余興、そもそも調律がどうの、タッチがどうのと文句をつけるレベルではない。ドを弾いてドの音が出てくれれば、それでよしとしなければならないだろう。

6時半から祝賀会開始。S先生の挨拶、Y先生の乾杯の後に歓談タイムがあり、7時15分くらいからM先生の生い立ちを紹介するスライドショー。予定ではこの後、M先生とゆかりのある先生方が5人出てきてスピーチし、7時45分からピアノという段取りだったのだが、スライドショーも5つのスピーチも予定時間を超え、さらに飛び入りでI先生も6人目のスピーチをしたため、予定時間を大幅に超過してしまった。8時半くらいにようやく名前を呼ばれて、ちょっと落ち着かない気分でピアノに向かった。

結果的には、演奏はあまりうまくいかなかった。ある程度ミスをするのは仕方ないとは思うが、もうちょっと何とかしたかったと思う。いつもの演奏会より緊張していたのは確かだった。舞台に一人で立つ演奏会と違い、周りを取り囲まれているというのは、精神的にはあまりよくない。特に鍵盤のすぐ脇に座られていると、視線をどうしても過剰に意識してしまう。加えて、時間が押していて自分の間で演奏するのは憚られる気がしたということもある。普段の演奏会ではまずスローテンポの曲をプログラムに入れて指を慣らすのだが、もちろんそういうこともできなかった。とまあいろいろ言い訳はあるが、結局実力通りの演奏しかできなかったといっていいかもしれない。

自分の次にJ大のT先生も演奏を披露した。当初はショパンのスケルツォを弾かれるということだったが、時間がないということで、スクリャービンの左手の前奏曲に変更されていた。まあ会場の雰囲気からいっても静かな曲を弾いた方がいいと判断されたのだろう。最後にM先生へ記念品と花束の贈呈があり、M先生の締めのスピーチがあって祝賀会は終わった。真っ直ぐ帰るのもつまらない気がして、Q大のT君、H大のK君と3人で渋谷のスタバに1時間ほど滞留してから帰路に就く。

正直言って演奏の出来はいまいちだったが、とにかくこれで先月のシンポジウム世話人に続き、今年後半の大きな懸案事項がまた一つ終わった。今月末の演奏会のいい予行演習ができたと思うことにしよう。明日は研究集会に出た後、その足で広島に戻る予定。

2009年11月07日

裏匹見峡へ、その後ピアノの練習

今日は紅葉見物に遠出をしてきた。行き先は島根県は匹見町にある裏匹見峡。匹見町は2ヶ月前にも訪れており、そのときは表匹見峡を探索したのだが、峡谷の景観は裏匹見峡の方がより雄大ということだったので、いつかまた行ってみようと思っていた。ちょうど同僚で登山仲間のI先生から、そろそろまたどこか行きませんかと言われていたし、これからの土日は予定だらけでもう紅葉が終わってしまいそうだったから、今日決行することにしたのである。

前回はT君を助手席に乗せていったが、今回はI先生の車にこちらが乗せてもらって出発。中国山地に囲まれた匹見町に行くには、中国自動車道の戸河内ICから国道191号を経由して行くルートと、吉和ICから国道488号を通っていくルートがある。前回は前者のルートで行ったのだが、今回は一度吉和ルートを通ってみようということになった。しかし、この選択はあまりよくなかったようだ。国道488号という道路は、「酷道488号」と書かれたりするほどのひどい道なのである。道幅は普通車1台がどうにか通れるほどしかなく、ほとんどの区間ではガードレールもなくて片側が断崖絶壁になっている。おまけに道の両側は落ち葉で埋まっていて、どこまで入っていいのか分からない。こういう状態だから向こうから車が1台やってきただけで、どう行き違うのかが大問題になる。これが激しくカーブとアップダウンを繰り返しながら延々と25kmも続くのである。朝が早くてほとんど対向車に出くわさずにすんだのは幸運だったが、この道はもう通らなくていいだろう。少々遠回りでも、匹見にはやはり国道191号ルートで行った方がよさそうだ。

UraHikimi3.jpgUraHikimi2.jpgUraHikimi1.jpg何とか9時過ぎには目的地の匹見峡レストパークに到着。ここから峡谷沿いに4キロほどの遊歩道が整備されており、ときどきかかっている橋を渡りながら川のそばを歩いていくことができる。せせらぎを聴きながらてくてく歩くのは心地よい。ただ遊歩道は先ほどの「酷道」に負けず劣らずなかなかワイルドで、ところどころ崖や路肩が崩落していて非常に危険だった。危ない箇所を何とかクリアしていき、「天狗の涼み岩」という標識が立っているところまで来たところで、「この先、橋梁腐食のため通行不能」という立て看板に出くわす。そこから見る峡谷の景色はなかなかのものだった。腐りかかっているという橋が遠くに見えたが、さすがにあそこを渡っていて崩落されてはたまらないということで、ここで引き返した。

UraHikimi6.jpgUraHikimi5.jpgUraHikimi4.jpg帰りは来た道をそのまま戻らず、急坂を登って国道に上がり、車道沿いに歩いていくことにする。ここから見える鈴ヶ岳の紅葉の様子はなかなか見事だった。多分今日を逃せば、もうこのあたりの紅葉は終わりだっただろう。日が高くなるについれて少しずつ人出が増えてきたようで、カメラを手にした人たちがあちこちにいた。お昼過ぎに駐車場まで戻ったが、車を止めたときにはまだ数台だった駐車場がいつの間にか満車になっていた。ここまでで歩数にして1万2,000歩ほど。いい運動になった。

たっぷり散策と紅葉を楽しんだ裏匹見峡を後にすると、その近くにある「ウッドペッカー木工組合」へ。木製品のパズルを製作しているところで、2ヶ月前にも来たのだが、またいくつかほしくなってあれこれ買ってしまった。店主のおじさんに聞いたら、最近は新しいパズルをあまり発売していないとのこと。「まあ作っても売れませんからね……」とさびしそうに言っていた。ここの商品はパズルとしても非常に面白いし、木工製品としてもレベルの高いものだと思うのだが、何とも残念な話である。

店を出ると帰り道(もちろん国道191号経由)の途中にある道の駅で少し遅い昼食をすませ、3時過ぎには自宅に帰ってきた。I先生とはここでお別れする。

Steinway.jpg今日はもう一つ用事が残っていた。街中のピアノスタジオを5時から1時間予約してあったのである。紅葉狩りとピアノ練習を同じ日にやるのもちょっと無理があるかと思ったが、明日はもう広島を発つ予定なので、もう今日しかなかったのだ。3日後には人前で弾くということで、安く借りられるいつもの楽器店ではなく、スタインウェイが弾けるピアノスタジオへ。1時間3,150円と少し高いが、やはり弾き心地はこちらの方が断然上だ。この間の小指の問題も、このピアノではほとんど生じないようである。あまり峡谷歩きの疲れも感じず、気持ちよく練習することができた。

その後、衣類や文房具などをあれこれ買い物し、夕飯をすませてから帰宅。今日はいろいろ盛りだくさんの一日だった。明日は実家に移動し、明後日から研究集会に出席する予定。

2009年11月01日

困った小指

午前中は教育テレビで将棋対局を観戦。個人的にも知り合いのK七段を応援していたが、残念ながら一歩届かなかった。お昼をすませ、食後のコーヒーをゆっくり楽しんだ後、車を出して誰もいない勤務先へ向かう。出張中、他の先生に頼んであった演習のレポートがメールボックスに入っていた。これだけでもすませておかないと週明けが大変なことになってしまう。夕方までかかってどうにか終わらせることができた。

6時頃、大学を出てその足で市街地へ。少し買い物をした後、ピアノスタジオで少し練習。楽譜は家を出たときに持ってきていた。

前から気づいていたことではあるけれど、どうも自分は左手の小指に弱点を抱えているようだ。オクターブ以上の広い音型を左手で弾くときに、小指はまっすぐ伸びきってしまい、指の横っ腹で弾いているような状態になる。手を大きく広げる以上そうならざるを得ないのだが、問題はフォルテで弾いたりして小指に強い力がかかると、伸びきった関節を一瞬曲げられなくなるのである。何かこう、引っかかったような状態になってしまうのだ。忙しい箇所でこれになると、直後の部分がうまく弾けなくなってしまう。普段電子ピアノで弾いているときはほとんど意識したことがなかったのだが、おそらくそれは鍵盤のタッチが弱くて指への圧力がさして強くないからだろう。しかしよく行くスタジオのピアノは鍵盤が若干重く、フォルテでオクターブを連打すると小指が瞬間的に硬直状態になってしまう。右手はいくら弾いてもこんなことにはならない。どうも困ったものだが、こういうことは訓練して直るものなのだろうか。それとも、指にそもそも機構的な問題があるのだろうか。いずれにせよ、今月10日の演奏までにはもう時間はあまりない。

2009年10月20日

ピアノを弾く棋士

音楽とチェスは表面上はまるで違ったジャンルでありながら、どこかでつながっているところがある、という話は以前にも書いた。どこがどう、と明確には言えないのだけれど、脳の中で近い部分を働かせているような感覚があるのである。一流の作曲家、演奏家でありながらチェスも強かったプロコフィエフやオイストラフ、そしてタイマノフなど、チェスにもピアノ(またはヴァイオリン)にも卓越した才能を発揮した人物はたくさんいる。では、ピアノと将棋をともにたしなむ人はどれくらいいるのだろう。もちろん、両方好きだがどちらもヘボ、ということなら、今これを書いている人間が該当者ということになる。そうではなくて、どちらのジャンルももっと高いレベルで嗜む人、ということだ。

帰宅してから囲碁・将棋チャンネルを見ていたら、現在活躍中の棋士をゲストに迎えていろいろ話を聞く番組で、現在順位戦4連勝中という金井四段が登場した。実際に話しているところを見るのはおそらく初めてだが、将棋棋士にはあまり見えない優男で、声も何だか声優のよう。おまけにまだ23歳だというのに全く緊張している様子がなく、何を聞かれても淀みなくすらすらと答える。若い棋士はどちらかというとしゃべりはまだ慣れていない人が多いように思っていたが、最近はそうでもないのかもしれない。

ただそれ以上に興味を惹かれたのは、彼がピアノを弾くということだった。12月に棋士が何人か参加するイベントで演奏を披露するのだという。音楽に造詣の深いプロ棋士というと、歌なら内藤九段が何しろ有名だが、楽器では佐藤九段のヴァイオリンがまず思い浮かぶ。しかし男性プロ棋士でピアノを弾くという人は初めて知った。人前で弾くくらいだから、結構な腕前なのだろう。ピアノと将棋を高いレベルで両方こなす実例を見つけられたようだ。

2009年10月18日

ペダルの故障?

ピアノの方は相変わらずラヴェルを練習しているのだが、ほぼ暗譜はしたものの、まだ今ひとつ感じがつかめないでいる。何となく、自分がまだ分かっていないのではないかという気がするのだ。特に、ペダルの使い方が変なのではないかという感覚がある。今までスクリャービンとかラフマニノフばかりやってきたが、非常にざっくりした言い方をしてしまうならば、ロシアものというのはペダルを踏みたいときに踏んでいれば、一応はそれらしく聞こえてくれる。だからペダルをどこで踏んでどこで踏み直すかというのは、ある程度無意識に、足が動くままにまかせていたのである。しかしフランスものは和声の設計が繊細で、特に「古風なメヌエット」のような古典的なスタイルを意識したような曲では、いい加減にペダルを踏んでいると全体の雰囲気が壊れてきてしまうようなのだ。もうしばらくは試行錯誤が続きそうである。

ただここへきて、そのペダルに関して別の問題が浮上してきた。電子ピアノのペダルがたまに正常に作動していないような気がするのである。今日も弾いていてときどきあれっと思ったのだが、ペダルを踏んでいるのに音が突然急に減衰して切れてしまうのである。最初は気のせいだと思っていた。どうもそうではないらしいと分かってきてからも、無意識のうちにペダルを踏み直してしまったのだろうとか、電子ピアノの同時発音数の上限を超えたからかなとか、いろいろ理由を考えていた。しかし、どうもそのどれでもないようである。それほど頻繁に起きるというわけでもなく、ときどき思い出したように発生するからなお始末が悪い。何か回路の接触のような問題なのかとも思うが、原因は不明だ。電子ピアノでこういう不具合があるという話はあまり聞いたことがないのだが、よくあることなのだろうか?ペダルに気を遣おうとしているときだけに困ったものだが、まあ発生頻度としては低いので、もう少し様子を見てみようと思う。

2009年10月05日

ラローチャの死去

先月25日にスペインのピアニスト、アリシア・デ・ラローチャが亡くなったということを、今日になって初めて知った。享年86。ニュースにはなっていたと思うのだが、出張やら新学期の準備などでバタバタしていた時期だったので、見落としてしまっていたようだ。10日も経ってからなぜ気づいたかというと、これがまさに虫の知らせというべきもので、何となくラローチャの演奏動画を検索したのである。行き当たった動画(といっても実際は静止画だが)で演奏を聴いていたら、"Descansa en Paz" とか "Rest in peace" とかみんなが書き込んでいる。それでこの人がもうこの世にいないことを知ったのだった。

アルベニスの「イベリア」はピアノ音楽史上に燦然と輝く傑作中の傑作だが、その「イベリア」の素晴らしさをラローチャの演奏によって知ったという人は多いだろう。私もその一人である。ラローチャの弾く「イベリア」の全曲演奏のCDは、それこそ何度聴いたか分からない。いくら聴いても飽きない、素晴らしい演奏である。この曲集についてはアムラン盤も持っているが、ことアムランびいきの自分であっても、こればかりはラローチャに軍配を上げざるを得ない。「イベリア」以外にもグラナドス、ファリャ、モンポウなどスペインの作曲家たちの曲は、やっぱりラローチャで聴くのがベストの選択ではないかと思っている。

ラローチャの演奏は、実は一度だけ生で聴いたことがある。あれはもういつのことだったかも定かでないが、ラローチャが来日したときにピアノサークル同期のTちゃんことH君が「あのラローチャが来るんだから聴きに行こう」と誘ってくれたのである。彼は私が返事をする前にもう8,000円のチケットを買ってきてしまっていた。当時まだラローチャの素晴らしさをよく知らなかった私は、考える暇もなく8,000円のチケットを買うことになって正直ちょっと複雑な心境だったが、今にして思えばあのとき聴いておいて本当によかったと思う。こういうことは、一度機会を逸したら、二度とチャンスは訪れないのだ。

「イベリア」の掉尾を飾る「エリターニャ」をいつか弾いてみたい、という話を3年前に書いたが、結局あれから特に進んでいない。しかしラローチャ追悼の意味も込めてまた少し練習してみたくなった。もっとも、当面は依頼された曲をやらなければいけないから、それが終わって一息ついたらちょっと考えてみよう。

2009年10月04日

演奏の依頼

夕方に市街地へ出かけたついでにピアノスタジオに寄り、少しグランドピアノを弾いてきた。電子ピアノで音を絞っているとどうも爪のカツカツいう音が耳障りで仕方ないが、グランドピアノではさほどでもないようだ。とはいえ、まだどうもうまく弾けないところがあちこちにある。練習、練習。

練習しているのには実は事情がある。来月にT大のM先生の還暦を祝う会が行われることになっているのだが、その席上でピアノを弾いてもらえないかと主催者から打診されてしまったのである。なまじピアノが趣味ですなどと言って回っていると、さらっと言えばさらっと弾いてくれると思われてしまってこんな話が入ってくるから始末が悪い。一応お引き受けしたものの、今から新しい曲をやるひまはとてもなさそうだから、現在メインに練習している「古風なメヌエット」を出すしかないだろう。まあ幸い、そういうシーンで弾いてもそれほど場違いではないのではないか。普段よく弾いているスクリャービンの怪しげな曲よりはだいぶましだ。

祝賀会ではもう一人、J大のT先生も演奏されると聞いた。T先生がピアノを弾かれるとは知らなかったのでちょっと驚いたのだが、主催者の方から、T先生はショパンのスケルツォを弾く予定だそうですと聞かされて二度びっくり。そんな華々しい曲を弾かれるとは思わなかった。何だかこちらのたどたどしいラヴェルとは好対照になりそうで、今から心配だ。

2009年09月12日

眼鏡の話

眼鏡をかけるようになってから4年くらいになる。それまではずっと裸眼でいたが、日常生活で不便を感じるようなことはあまりなかった。一番困ったのは、人の講演を聴くときに細かな文字が見えにくかったことで、どうしても小さくなる数学記号の添え字などにはいつも苦労していたものだ。自分の場合、近視よりも乱視のきらいがあるようで、細かい文字はぼやけるというよりにじんでしまうのである。講演を聴くたびに目を細めなければいけないくらいなら、一つくらい講演聴講用の眼鏡を持っていてもいいだろう、と思ったのだった。当初はかけたいときだけかけるという方針だったが、だんだんかけたり外したりするのが面倒になってきた。結局外に出るときはいつも眼鏡をかけるようになり、今に至っている。

そもそもの動機がそういうことだったから、家では眼鏡は常に外しっぱなしだ。出かけるときは財布やら車の鍵やらをポケットに入れ、最後に眼鏡をかけて家を出る。帰宅すると、財布や鍵を取り出すと、すぐに眼鏡も外して置く。寝ているとき以外は常に眼鏡をかけているような人なら、眼鏡がもうすっかり身体の一部のようになっているだろうと思われるが、自分のように裸眼の時間帯も半分くらい残っていると、まだまだ眼鏡と身体が一体化しきっていない。よくやってしまうのは、顔のどこかがかゆくて指を伸ばし、レンズをさわってしまう失敗である。多分そういうことは、常時眼鏡を装着している人はほとんどないに違いない。

なぜ眼鏡のことを書こうと思ったかというと、このところ外しっぱなしでよかったはずの眼鏡を家の中でときどきかけなければいけなくなったからである。ピアノを練習していて、弾きながら楽譜を目で追っていたら、指使いの数字がなかなか判別できないのだ。もちろんじっと目をこらしてそこに視線を集中させれば読めるのだが、音符を追いながら瞬間的に視野の端で読み取ろうとすると、これがどうも簡単でない。何だか数字が見えにくいなあとずっと思っていて、眼鏡をかければいいことにやっと気づいたのだった。

2009年09月09日

楽譜の間違い

「古風なメヌエット」の練習を相変わらず細々と続けているのだが、ここしばらくはすでに譜読みした部分をやり直している。いったん覚えた指使いを変更しようとしているのである。実は当初使っていたのは「ラヴェル名曲集」みたいな廉価版の楽譜で、これには指使いの指示が全くなく、自己流で適当にやっていた。しかし譜読みが進むにつれ、やはりもう少しちゃんとした楽譜を見た方がいいのではないかと考え直し、春秋社の楽譜を先日買ってきたのだ。こちらには指使いに関していろいろと指示や提案がなされている。書いてあることに全部したがう必要はないと思うが、なるほどこういう解決策があったかと感心する指の使い方がいくつかあり、そこはやり直すことにしたのである。こんなことなら、最初からこれを使っていればよかった。

MenuetAntique2.jpgMenuetAntique2.jpgただ、指使いなどよりもっと重大な問題を見つけてしまった。音がまるっきり違っている箇所があったのである。当初の安物楽譜でそこを弾いたときから何か変だなとは思っていたのだが、後から買ってきた楽譜と比べてみたら、左手の音たちがまとまってそっくりずれていた。これだけ大きく間違っているというのもちょっと珍しい。しかもこの部分は曲の中で2回登場し、その両方でおかしくなっているのだった。よく見ると、その前の連符についているナチュラル記号も実は全く必要のないものである(D音は最初からナチュラルだ)。さすがにちょっとこれは仕事が杜撰と言わざるを得ない。

私は元々、楽譜の選択についてはかなりいい加減な方だ。少々怪しげな楽譜であっても、まあ細かいミスはあるにせよ、音はだいたいちゃんと書かれているだろうから、自分くらいのレベルの人間にはそれで十分、というつもりでいた。しかし去年あたりから楽譜の校正の仕事をときどき手伝うようになり、出版社が違うとずいぶん違うのだなということを実感するようになった。今回のこの誤植を見つけたことで、ますます楽譜の選択には気を遣わなければいけないと思うようになった次第。

2009年09月06日

舘野泉を聴く

出張明けの休日だったが、お昼過ぎから出かけた。広島国際会議場のホールで行われた舘野泉の演奏会を聴くためである。この演奏会、あまり一般には広く告知されていなかったのだが、演奏会を企画した団体の方がマンションの掲示板にビラを貼っており、それでうまくチケットを入手することができたのである。

今日の広島は暑かった。国際会議場のフェニックスホールというところは、このブログを始めたばかりのころに来て以来だと思う。来ている客の9割は女性だった。舘野泉氏を生で見たのは多分これが初めてだ。プログラムはみな左手のための曲で、ブラームス編のシャコンヌやスクリャービンのOp.9などの定番曲の他、吉松隆編の「アヴェ・マリア」や、弟子の女性との3手連弾という変わった曲目もあった。舘野氏に献呈されたという「記憶樹」という曲だけが現代音楽のテイスト。他は聴きやすい曲が中心で耳に優しかった。総じて満足すべき内容だったが、配られたプログラムに誤植が目立ったのはややマイナスの印象。特に、2曲演奏された「アヴェ・マリア」の作曲者(シューベルトとカッチーニ)が逆転していたのはちょっとまずいと思う。もっともこういう演奏会では、演奏が聴けるなら名前や編曲者などそれほど重要ではないのかもしれない。

2009年08月29日

ピアノと爪

すぐに飽きるだろうと思っていたラヴェルの譜読みが思った以上に面白く、このところずっと続けている。「古風なメヌエット」をやっているのだが、少しずつ着実に前進してきており、この調子でもうしばらく続ければ曲としてまとめられるような気もしてきた。11月の演奏会にはプロコフィエフを出そうかと思っていたけど、これで行くという選択肢もあるかもしれない。もっとも、今までスクリャービンとラフマニノフが選曲の中心だっただけに、ラヴェルとなればプロコフィエフ以上の路線転換だ。まあまだ弾けたわけではないのだから、皮算用をするのはやめておこう。

ところで、ピアノを弾くときには爪を切っておくというのはピアノを弾く人にとっては当たり前のことだ。伸ばしたままにしておくとカツカツと耳障りな音が聞こえてしまうからである。しかし自分の場合、爪の生え方がちょっと人と違うのか、皮膚のあたりまでちゃんと切ろうとすると深爪になって指を傷めてしまう。今までそういうことが何度もあったので、爪を切るときは深爪にならないギリギリのところまで気をつけて切ることにしている。しかし、そうなるとどうしてもわずかに爪が指から出ている状態になり、弾き方によってはやはりあのカツンという音が鳴ってしまうのである。特に速いパッセージを比較的小さい音で弾くときは、ピアノの音が爪の音をかき消してくれないのでちょっと厄介だ。

もちろん指を立てて弾かなければそんな音は出ないはずなのだが、フレーズによってはどうしても爪が当たってしまう箇所がある。指のやりくりが忙しく、寝かせる余裕がないのだ。「古風なメヌエット」を練習していたら、やはりそういうところが出てきてしまった。その音を弾くときは、どうしても中指をほぼ垂直に立ててしまう。そうしないとそのフレーズがどうにもうまく弾けないのである。かくして、その部分を弾くときにはいつも「カツン!」という派手な音が混じる。特に電子ピアノで音を絞って練習していると、その爪の音だけがやけに小気味よく響いて始末に悪い。グランドピアノで弾くときには、もう少し目立たなくなっていてほしいものである。

2009年08月19日

「クープランの墓」の楽譜

毎日蒸し暑い日が続いている。寝苦しくてなかなか寝つけないからか、今朝はすっかり寝坊してしまって大慌てで出かけることになってしまった。朝食の時間がなかったので猿のようにバナナを食べるだけで家を出たが、結構腹持ちがよくて助かった。

昨日の話の続き。ラヴェルというとまず思い出すのは、昔は楽譜が高かったということだ。以前にも書いたことがあるが、Durand社が独占的に楽譜を扱っていたころは、1万円を超えるような楽譜もあったように記憶している。フランスで買えばずっと安いということは分かっていたが、まだ今のようにネットを通じて海外から個人輸入するようなことはできない時代だった。ほんの15年くらい前の話である。

1995年の春、家族旅行でパリを訪れたとき、私は友人から「クープランの墓」の楽譜を買ってきてくれと頼まれていた。もちろん日本でもヤマハやアカデミアで買うことはできたが、とにかく高かったのである。楽譜屋がどこにあるのかよく知らなかったが、たまたまサン・ミシェル広場からセーヌ川沿いに少し歩いたところに "MUSIQUE" と書かれた店を見つけた。どうも楽譜の古本屋のようなところで、壁一面に雑然と楽譜が並べられている。ラヴェルはどこだろうと眺めていたら、何か探しているのか、と後ろから声をかけられた。なぜかそのときの光景はよく覚えている。
"ヴ、ヴザヴェルトンボードゥクープラン?"
"de Ravel?"
"ウィ."
店主はすぐ後ろの棚からDurand社と一目で分かるクリーム色の楽譜を1冊取り出し、バサッとカウンターに置いたのだった。表紙か次のページの右上に「79F」と書いてあった。まだ通貨がフランだったころで、そのときの為替レートは1フラン20円くらい。円が異常に高かった時期で、つまり1,600円くらいで買うことができたのだった。日本では倍以上はしていたから、かなりお得な買い物だった。

今手元には国内の出版社が出した「クープランの墓」の楽譜がある。値段は1,100円。時代はすっかり変わった。Googleのストリートビューで見たら、あの楽譜屋は今もサン・ミシェル広場のそばでちゃんと営業しているようである。

2009年08月18日

ラヴェルを弾いてみる

このところ、急にラヴェルを弾いてみたいという気になっている。きっかけは先月買ったCDだ。家にいるときに何となくBGMとしてかけているうちに、何だかすっかりハマってしまったのである。

元々ラヴェルはかなり好きな作曲家だ。ドビュッシーとラヴェルは「印象派」という名前でひとくくりにされることが多いが、曲の性格やスタイルは両極端といっていいほど異なっている。ドビュッシーももちろん好きだが、どちらか選べと言われたらやっぱりラヴェルだろう。抒情性にあふれながら決して気品を失わないあの旋律は、彼ならではのものである。

考えてみると、これまでずっとラヴェルを聴いていても弾いてみようとしたことはほとんどなかった。スクリャービンやラフマニノフについては、聴くことと弾くこと(正確には、弾こうとすること)が常にリンクしていたのとは対照的だ。昔から、どうも自分にフランスものはうまく弾けそうにないという感覚があったように思う。学生のころに入れ込んでいたホロヴィッツが、あまりラヴェルを弾いていなかったことも影響しているかもしれない。しかし誰の曲であろうと結局うまく弾けないのだから、特に避ける理由もないはずだ。

というわけで、ここ数日は練習していたプロコフィエフをしばらくお休みしてラヴェルの曲を譜読みしているのだが、やはりロシアものとは書法が違うのでどうにもとまどっている。もちろん「スカルボ」とか「道化師の朝の歌」とか難しい曲は無理なので、比較的穏やかで自分が気に入っているものをやってみているのだが、それでも簡単ではない。今見ているのは「古風なメヌエット」とか、「クープランの墓」の中の「フォルラーヌ」や「メヌエット」など。もっとも、やってみたといっても最初の1ページをたどたどしく弾いたというだけだ。多分しばらくすると譜読みが進まないのに嫌気がさして遠ざかってしまうに違いないが、実はこうやって新しい曲を弾き始めるころが、ピアノは一番楽しいように思う。

2009年07月30日

CATcerto

今日はずっと期末試験の採点をしていた。先週実施したものだが、他の先生方との約束で明日までに終わらせないといけないのである。ひたすら行列式の計算をチェックし続けるというのは何とも疲れる作業だ。

もう2年以上前に、ピアノを弾く猫の映像があると紹介したことがある。もちろんこれだけでも十分インパクトがあったが、さらにこれにオーケストラの伴奏をつけてピアノ協奏曲にしてしまった人がいる。リトアニアのMindaugas Piečaitisという作曲家で、件の猫の映像をつなぎ合わせて4分くらいの立派な曲に仕立ててしまっているのだ。こうなってみるとなかなかの名曲に思えてくるから不思議である。猫好きの人には楽しめる映像ではないだろうか。

2009年07月18日

Michelangelo Carbonara

夕方に市街地に出たとき、ぶらっとタワレコに立ち寄った。広島店はクラシックの品揃えは悪いので掘り出し物はあまり期待できない。まあ何もないだろうなと思いつつ視線を横に滑らせていくうち、あるCDで目がとまった。ラヴェルのピアノ曲全集である。次の瞬間、私はそれを手に取るとレジに持って行ってしまった。衝動買いしたのにはわけがあって、第一にまずそれがすごく安かったから。1枚3,000円くらいものもあるというのに、2枚組でたったの890円だったのである。さすがBrilliantClassicsレーベル、毎度ながら良心的な価格だ。演奏者が多くの場合無名であるというだけで曲自体はちゃんと楽しめるのだから、とにかく曲を聴きたいというときには頼りになるレーベルである。衝動買いした第二の理由は演奏者の名前。Michelangelo Carbonaraという人が弾いている。ピアニストとしては初めて聞く名前だが、何しろミケランジェロ・カルボナーラである。ラヴェル、ミケランジェロ、カルボナーラと3つも好きなものを並べられては、もう買うしかないではないか。

帰宅後、早速そのCDをかけながらこれを書いている。超難曲とされるスカルボに10分01秒、トッカータに4分13秒かけているからかなり「安全運転」の部類に入るだろうが、聴いていて別に悪いとは思わない。なかなかクリーミー(?)でいい演奏である。

2009年06月30日

シュルホフの楽譜

火曜日なので午後からH大に回って講義をしてきたが、今日も昨日に続いて一日中激しい雨だった。天気予報では明日も終日大雨らしい。講義終了後は普段ならT君と夕飯に行くところだが、来週からの出張の準備がまだほとんどできていないうえ、T君も先週に続き会議が入ってしまったとのことだったので、今週も失礼させてもらうことにした。

Schulhoff.jpgもうもうと水しぶきの上がる高速道路をひた走り、まだ明るいうちに自宅に帰り着いた。マンションの建物に入ると、入口で青い大きな封筒を持った配達員がどこかの部屋にインタホンで呼び出しをかけているところだった。次の瞬間、その青い封筒が見慣れた楽譜出版社のものであることと、呼び出されている部屋の番号が自分のものであることにほぼ同時に気づいた。あと1分帰るのが遅かったら、郵便受けに入った不在通知を眺めて空しい気分に陥っていたことだろう。届いたのは、先月から今月上旬にかけて校正作業を手伝ったシュルホフの楽譜である。巻末に協力者として名前が出ている楽譜は、ゴドフスキーに次いで2冊目だ。収録されているのは「5つのジャズ・エチュード」、「ジャズ舞踊組曲」、そして「5つのピトレスク」。シュルホフは19世紀末に生まれ、1920年代には作曲家として大成功を収めたにもかかわらず、ナチスによる迫害を受けて1942年に収容所で亡くなった悲劇の人だ。歴史がもう少し違った形で進行していれば、彼は多分20世紀の偉大な作曲家としてかなり名を知られる存在になっていたに違いない。

シュルホフの曲を今まで譜読みしたことはないが、せっかくこうして楽譜も届いたことだし、時間ができればいずれやってみたいと思う。

2009年06月20日

交響的練習曲が弾けない夢

休みなのをいいことにまた惰眠を貪ってしまった。暑苦しさを紛らわせようと寝返りを打ちながら夢を見ていたのだが、その内容はかつて学生時代に何度も見たものだった。ピアノの演奏会に出ることになっているのにまるで練習しておらず、当日になってどうしようと困り果てるという筋書きだ。よほどそういう事態を心配しているらしい。ただ多くの場合、そんな夢を見るのはたいてい実際の演奏会が近づいてきているときだった。今は先日京都で弾いてきたばかりで、次の演奏会までにはまだだいぶ余裕がある。思うに、来月上旬に予定している海外出張を筆頭に秋の研究集会の世話人や勤務先での雑用など、うまくいくかかなり気にしている案件を現在いくつか抱えており、それが演奏会前の不安という形で具現化したのではないか。不思議なのは夢の中で自分が何を弾けずに困っていたかがはっきりしていたことで、曲目はシューマンの交響的練習曲だった。その最後の変奏の冒頭を弾いて、その先を覚えていないと嘆いていたから間違いない。交響的練習曲なんてここしばらく聴いても弾いてもいないのに、なぜ夢の中で突然出てきたのか。もしかしたらシューマンは、自分の意識下で厄介な曲として認識されているのかもしれない。

午後は主にピアノの練習や折紙で過ごす。折紙は恐ろしく手間のかかる工程があり、何時間もかけてそのワンステップしか進められなかった。まだ先は長い。

2009年06月17日

ウクレレのコンサートに行く

6時過ぎに自室を出ると講堂へ向かった。今日はここで、ハワイに住む日系2世のオータサンことハーブ・オータ氏によるウクレレのコンサートが行われることになっていたのである。元々オータサンは広島からハワイに移住した日本人の子孫で、ウクレレ界では押しも押されもせぬ大御所。今回の催しは、ハワイで広島原爆平和展示会を行う費用に充てるために行われるチャリティーコンサートということだった。ただでさえウクレレのコンサートに行く機会などあまりないのに、自分の勤務先でやってくれるというのだから、これは行かないわけにはいかない。ウクレレに少し詳しい知り合いからも、オータサンは誰もが知っている巨匠だから是非聴くべきと勧められていたので、今日はちょっと楽しみにしていた。

6時半開演で、まず学長の挨拶などがあった後オータサンが登場。3分くらいに縮めた「ラプソディー・イン・ブルー」から入り、以後は椅子に座ってマイクで曲目紹介や雑談を挟みながらいろんな曲を奏でるというスタイルだった。曲目は「別れの曲」やドビュッシーの「月の光」といったクラシックからボサノバ、「スティング」などの映画のテーマ曲、さらにはビートルズなど実に様々。合間のお話は英語風味が若干加わった日本語で、ウクレレの歴史や自らの体験談などを軽妙に語り、聴衆の笑いを誘っていた。最後の30分は客席からのリクエストを受け付けたが、知らない曲の名前が出ると「まだ生まれてなかったから……」と言ってとぼけてみせるのが何だか志ん生みたいでおかしかった。ウクレレの演奏をまともにじっくり聴いたのは初めてだが、演奏テクニックにもいろいろあるのだと分かって面白かった。特にオータサンが多用していたのが、右手で弦をはじきながら指の関節をウクレレに当ててコツコツと小気味よい音を立てる技術。あれでリズムにますます調子がついてくる。ピアノでも、弾きながら鍵盤の向こう側をたたいてみたら面白いんじゃないだろうかとふと思った。

8時過ぎに終演。部屋に戻ってレポートのチェックをすませたあと帰宅した。

2009年06月13日

それぞれの課題

久しぶりに何の予定もない土曜日。本当は山登りに行くはずが延期になったためだが、昨日はだいぶ疲れていたからちょうどよかったかもしれない。お昼にパスタをゆで、食後にコーヒーで一服する。休みの日の昼下がりに飲むコーヒーはどうしてこうもおいしいのだろう。

午後は折紙とピアノに半分ずつあてた。折紙の方はこの間作成しておいた紙で折り始める。しかし序盤から頻出する沈め折りに大苦戦。Open SinkにSpread Sink、それにとりわけ難しいUnsink(沈め折りと反対に沈んでいる部分を裏返して引き出す)まで登場し、たちまち紙を激しく傷めてしまった。ようやく難所を切り抜けたところで中断したが、まだ中間地点にも達していない。さすがにLang作品は難しい。破綻する可能性も大いにあるが、何とか行けるところまで行こう。それにしても、紙に負担をかけずに沈め折りをどうやってこなせばいいのか、未だによく分からない。

ピアノの方も課題がある。現在、プロコフィエフの曲を譜読みしてみているのだが、曲の中で延々とアルペジオを弾き続けながらメロディーをかぶせるところがある。旋律を構成する音はアルペジオの中に埋め込まれているので、その音をテヌートでくっきりと響かせたいのだが、これがどうにも難しい。AshkenazyにしてもChiuにしても、CDを聴いてみるとアルペジオの音の群れはもやもやと流体のように混ざり合って音の海を形作っており、メロディーは水の上を走るアメンボのように浮き出て聞こえてくる。まるで違う楽器で奏でているかのようだ。しかしそれをいくら真似しようとしても、どうしてもアメンボは水中に落ちて見えなくなってしまうのである。もうしばらく練習が必要なようだ。

2009年06月06日

次回の演奏会の曲目

先月末に演奏会が終わり、さて次は何を弾こうかと考えている。演奏会後の打ち上げではそろそろラフマニノフはどうですかと水を向けられてその気になり、「音の絵」からどれかやろうかなという気分になっていたのだが、帰宅してからパラパラと楽譜を眺めていて、どうもそれは簡単ではないということに気づいた。練習にほとんど時間が取れないことを考えると、一から譜読みをするのはちょっと難しい。となると学生のころに練習していた曲ということになるが、かつて挑戦したことがあるのはOp.33-2, 39-5, 39-9の3曲のみ。弾くならOp.39の2曲のどちらかかと思うが、始めの数小節を読んでみてまるで指が覚えていないと分かった。これを仕上げるまでには膨大な時間がいる。何しろラフマニノフは音符が多いのだ。弾きたい曲には違いないが、このところの忙しさを考えると、これを選択するのは得策ではないかもしれない。

そこで代案として思いついたのがプロコフィエフ。実はプロコフィエフは学生時代に一度も人前で披露したことがないのだが、「シンデレラ」の中の曲を去年の一時期にだいぶ練習していたので、その記憶がまだ指から消え去らないうちにやり直せば、次の演奏会までに何とか間に合うだろうという魂胆である。ただこれも思いつきなので、しばらくしたらまた考えを変えるかもしれない。

今日は夕方に街中まで買い物に出かけた。本屋で将棋世界の最新号を買った後、「シンデレラ」のCDかDVDでも買おうかと思い立ってタワレコまで歩いていくことにする。だが、今日はやめておくべきだった。うっかりしていたが、昨日から明日までの3日間、広島は「とうかさん」というお祭りをやっているのである。本通商店街は大変な混雑ぶりで、ときどき立ち止まらなければいけないほどだった。歩いている若い女性の2割くらいは浴衣姿である。ようやくタワレコにたどり着いたが、めぼしいものは見つからなかった。結局何も買わずに店を出る。まあ「シンデレラ」はネットで買うことにしよう。

2009年05月30日

京都でスクリャービンを弾く

午前中の新幹線で京都に移動する。京都は去年は結局行く機会がなく、かなり久しぶりだ。205番のバスを市役所前で降り、1ブロック西側の寺町通りをしばらく北進すると目指す旭堂楽器店があった。すでにリハーサルが始まっており、自分も少しだけ弾かせてもらう。なかなか弾きやすそうな感じ。少なくとも、ミスをピアノのせいにできないことは間違いない。試し弾きをすませて会場の外に出たとき、入口に設置されている椅子で開場を待つ詰将棋仲間のTさんとD君を発見。詰将棋の関係者に来ていただいたのは多分これが初めてだ。わざわざ足を運んでいただきながら、拙い演奏をお聴かせすることになってしまうのが心苦しい。とはいえ、やはりこうやって知っている人が来てくれるというのはうれしいものである。

自分の出番は第1部の最後で、1時半過ぎくらいだった。内容はもちろんお粗末なできだったが、まるで練習していなかったことを考えれば、よくあの程度のミスで切り抜けられたとホッとするくらいでもあった。もとよりうまくいくはずはないと覚悟していた手前、音楽の流れを切らさないことに集中していたことがよかったかもしれない。平たくいえば、いかにごまかすか、ということだ。曲としても、スクリャービンのふわふわした落ち着きのない旋律は、曖昧とした演奏をするには向いていたのだろう。

その後の演奏をすべて客席で聴き、4時半過ぎに無事すべてのプログラムが終了した。それから他の出演者とともに四条の近くまで歩き、押さえてあった店で打ち上げ。演奏会後の打ち上げはいつもディープなピアノ話に花が咲く。昨日、中間試験の監督やら会議やらに奔走していたことを考えると、まるで別の世界に来たような錯覚を覚えてしまう。そして今日の演奏はよかったですねとか次も期待していますなどと言われると、お世辞と分かっていてもいい気分になってしまい、次回は出演できるかどうか分からないなと昨日まで考えていたのも忘れて、次の曲目を何にするかあれこれ思いをめぐらせるのだった。

日付の変わるころホテルに戻る。半年に一度のピアノの日はこれにて終了。

2009年05月25日

演奏会プログラム

今月末に行われる演奏会のプログラムが決まったので掲載しておく。まあインフルエンザ騒ぎの最中にわざわざ京都まで出てきてくれる人はあまりいらっしゃらないとは思うが、当日お暇な方は是非。

2009年05月23日

ピアノの練習

夕方からピアノを弾きに出かけた。演奏会はこの月末。なのにほとんど練習できていない。もうほとんど棄権した方がいいくらいのレベルだが、前回は出演していないから今回も休むというのも気が引ける。かくしてまたもや泥縄モードである。

5時から浜松ピアノ社のピアノスタジオを予約してあった。演奏会直前の時期は、いつも一度はここで練習することにしている。何しろフルコンのスタインウェイが弾けるのだ。普段はいつも電子ピアノばかりなので、たまにはこういうところに来て矯正しないとタッチの感覚がどんどん狂ってきてしまう。それに現在練習しているスクリャービンの曲は、電子ピアノで弾くといつもある箇所で困ったことが起きる。その部分で右手を素早く移動させようとするとき、指がしばしば音色のボタンに触れてしまうのだ。突然ヴィブラフォンの音に変わってびっくりしたことがこれまで何度あったことか。本物のピアノなら少なくともヴィブラフォンに化けたりはしない。

1時間ほど頑張って練習してみたが、やはりかなりまずい状態だ。忙しくて全然練習できなかったから無理もないが、人様にお聴かせするようなところまでまるで行っていない。この分だとまた恥をかきに行くだけになりそうである。まあよい、ピアノで恥をかくことだけは慣れている。最近はチェスで恥をかくことも増えてきたが、早くこのピアノの境地に達したいものだ。

夕飯をすませたあと、喫茶店で頼まれている楽譜校訂の仕事を少し進める。8時半頃帰宅。

2009年05月18日

考える人

先週末、立ち寄った本屋で「考える人」という季刊誌が目にとまった。「ピアノの時間」という特集が組まれていたからである。立ち読みしてみるとピエール=ローラン・エマールのロングインタビューが出ている。これは「買い」だ。

だいぶ前にも書いたが、エマールといえば自分にとってはやはり「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」の名演の印象が強い。実際、彼はメシアンを始めとした現代音楽の正統的演奏者として世界的名声を得ていると思うが、近年はバッハやベートーヴェンの演奏でも有名なのだそうだ。この雑誌でも冒頭で「2003年に発表されたベートーヴェンのピアノ協奏曲全集でエマールの存在を初めて知ったという人は多いはず」という紹介をしていて、自分のような、エマールといえばメシアンと思っていた人間にとってはちょっと意外だった。そしてインタビューを読んでいておやっと思ったのは、彼が自分の生い立ちを語る中で数学についてふれていたことである:

「他にも興味を惹かれるものがありました。私にはどうやら数学の才能があったらしいのです。数学の先生は、私がピアノのコンクールに出て音楽家になろうとしていることを嘆いていました(笑)。」

ここにもまた、数学と音楽(ピアノ)をともに好きな人がいたわけである。この2つ、さらに加えるならチェス(あるいは将棋・囲碁)の親和性はやはり相当強いものがあるといっていいだろう。しかしエマールに数学の才能があったというのは、いわれてみればさもありなんという気になる。メシアンのあの楽譜を正確に読み解くためには、ある程度の数学的素養が要求されるであろうことは想像に難くない。

ところで、この季刊誌には吉田秀和の対談も収録されていた。1913年生まれとあるからもう95歳にはなっているはずだが、昔と少しも変わらぬ様子で元気に音楽を論じている。さらに高橋悠治のインタビューも収録されていて、それによるとピアニストだった彼の母もやはり95歳で、今も毎日1時間はピアノに向かっているのだそうだ。彼が子供のとき、お母様はどんな曲を弾いていらしたかというインタビュアーの質問に対する高橋の答えが、

「バッハ=ブゾーニの「シャコンヌ」、ショパンの「幻想曲」、セザール・フランクの「前奏曲、コラールとフーガ」。いまもセザール・フランクが一番好きらしい。」

思わず膝を打ちたくなるような素晴らしい選曲だ。こんないい曲を子供のときに聴かされて育つと、なるほどこういう大ピアニストになるわけかと納得してしまった。

2009年04月27日

前奏曲、フーガと変奏

ここ数日、ほんの10分かそこらなのだが、帰宅すると電子ピアノの蓋を開けてピアノを練習するということを続けている。やっと来月の演奏会に向けて準備を始めたのかというと、そうではない。本番が近づくと別の曲を弾きたくなるといういつものくせが、また頭をもたげただけである。今回は先日、たまたまフランクのCDをかけたために、衝動的に楽譜棚からバウアー編の「前奏曲、フーガと変奏」の楽譜を出してきてしまったのが発端だった。それからずっと譜面台に開いて置いてあるのである。

こういう淡々と静かに歌う曲は、平日の夜に少しだけ弾くのには向いているようだ。何しろがんがん和音を鳴らすようなところは少ないからさほど音量を絞らなくてもいいし、肩肘を張らなくてもそれらしく聞こえてくれる。何よりそれほど難しくないので、疲れて帰ってきた頭にも身体にも優しいのである。もっとも、最初の方をただ繰り返しているだけで一向に先へは進まない。おそらく、しばらくしたらまた別の曲が弾きたくなってきて、こちらは中途半端な譜読みのまま楽譜棚に戻ってしまうだろう。まあ、それでいいのだ。これくらいいい加減な方が、気楽にピアノを楽しめる。

2009年04月05日

祭りの後の一日

昨日ちょっと責任のある任務があって気が抜けない時間が続いたため、今日はその息抜きでゆっくりすることにする。天気もよかったし、本当はこういうときに散歩かジョギングでもした方がいいのかもしれないが、風邪が治ったばかりなのでしばらくは自重した方がいいだろう。午後はピアノの練習とパソコンでのDVD作成作業。今月中旬に学生時代のピアノサークル同期だったU君の披露宴があるので、彼の当時の演奏映像をまとめたDVDを作ろうとしているのである。まあ当日までには間に合うだろう。

夕方から街中に出かける。広島将棋センターに立ち寄り、昨日持って行き忘れた商品用の色紙や棋書を預けてくる。当初の予定では1位の方に色紙を、2位以下の方に棋書をさしあげる予定だったが、席主のTさんとその場で相談して一部入れ替えようということになった。棋書といってもほとんどは詰パラのバックナンバーなので、購読者に送っても仕方がないからである。これで賞品の件もほぼ片付いた。最後に答案用紙と参加者アンケートの束を実行委員会宛に送ったので、これで多分地域会場責任者としての仕事も一段落だ。まあとにかく無難に終わってよかった。

明日からは本業の方がちょっと忙しい。モードを切り替えないといけない。

2009年03月27日

学会、その後タワレコ

学会2日目の今日は春季賞の授賞式とそれに続く総合講演があった。今年の春季賞受賞者は、自分が学生のときの同期だったO氏。昔と変わらずアロハシャツのようなのを着たラフなスタイルで、受賞記念講演を行っていた。

学会の後、久しぶりに渋谷のタワレコを訪れる。広島にもタワレコはあるが、やはりこちらは規模が違う。最近はCDを買うときもネットで注文することが多くなってしまったが、本来であればCDであれ本であれ、やっぱりこうやって店頭でゆっくり見て回るのが一番望ましい。そうすることで思わぬ掘り出し物を見つける可能性があるからだ。今日はHusum音楽祭の2007年の録音、York Bowenのピアノ協奏曲集、それにStephen Houghのピアノリサイタルを購入。学生時代、CDを買いあさっていたころだったら発売と同時に買っていただろうCDばかりだ。広島に戻ってからゆっくり聴こう。

2009年03月07日

アルゼンチンのピアノ曲

最近 "Piano music of Argentina" というCDをよく聴いている。元々はヒナステラの「3つのアルゼンチン舞曲」Op.2が聴きたくて買ったCDだが、他の曲も実はなかなかよい。他、といってもヒナステラ以外はピアソラとグアスタビーノだけなのだけれど、アルゼンチンのリズムを楽しむならまずはこの3人で十分だろう。ピアソラはバンドネオンの曲が何と言っても有名だが、ピアノ曲もいくつか美しい作品を遺している。聴いているうちにだんだん楽譜を手に入れたくなってきて、どれを注文しようか楽譜販売サイトを見て回って考えているところである。チェスも折紙もそうだが、こうやってどんどん散財していくわけだ。

南米の作曲家というのはクラシック音楽の本流からはややずれたところにいるためか知名度があまり高くないが、聴いてみると実に魅力的な曲が多い。上の3人以外にも、例えばヴィラ=ロボスやニャターリなどは一度弾いてみたいと思う曲がいくつもある。そういえばニャターリの曲は以前アムランが演奏していたのに触発されて少し譜読みしたことがあったのだった。またちょっとやってみてもいいかもしれない。

2009年02月10日

フランス組曲

今月に入ってからはアンドレイ・ガヴリーロフの弾くフランス組曲のCDをずっとかけている。バッハの曲はもちろんどれも好きだが、フランス組曲はその中でもかなり上位に来る存在だ。特に4,5,6番の長調3曲は何度聴いても飽きない魅力を持っていると思う。自分でも弾いてみようと鍵盤に向かうことはある。ただ人前でバッハを弾くと技術のなさがもろに出てしまうので、あくまで一人でこっそり楽しむだけだ。本当はバッハをいつどこでも弾ける状態であることが理想なのだけれど、現実には少し練習をサボるとすぐ忘れてしまう。先日も、前によく弾いていたフランス組曲5番のアルマンドをちょっとやってみようとしたら指が全く動かなかった。また少しずつリハビリしなければいけないようだ。

ガヴリーロフというとプロコフィエフの「悪魔的暗示」とかバラキレフの「イスラメイ」のような超絶技巧曲の演奏がまず思い浮かぶが、実はこのフランス組曲もなかなかの名演であると思う。そういえば最近はあまり名前を聞かないような気がするが、活動はしているのだろうか。

2009年02月04日

二つの残念なニュース

ニュースサイトを見ていて、残念なニュースを2つ見つけた。1つ目は、お茶の水のカザルスホールが来年3月をもって閉館するとの知らせ。まだ東京にいたころにカザルスホールには何度か足を運んだが、とりわけ印象深いのは何と言っても1997年12月11日と同14日行われたMarc-André Hamelinのリサイタルだ。にも書いたが、当時まだ一部のピアノマニアだけが知る謎のピアニストだったアムランを、その演奏に心酔していたメンバーが結集して招聘した。音楽事務所などを介さず、すべて自分たちで取り仕切ったのである。赤字でもいいから生で聴きたいと決行したプロジェクトだったが、半分以上売れれば御の字と思っていたチケットは2日間のリサイタルの両日とも完売。カザルスホールは満員になったのだった。私自身は仕事らしい仕事はしなかったが、それでもみんなと一緒に成田空港へアムランを迎えに行ったり、リサイタル当日にビデオ撮影を担当したりと得難い経験をすることができた。あのときの舞台となったホールがなくなってしまうのは何とも残念である。

残念なニュースの2つ目は、訃報だった。泡坂妻夫氏が亡くなったとのこと。この方はミステリ作家であると同時にマジシャンでもあり、作品のあちこちにマジシャンらしいトリックや遊びが隠されていた。高校生のころだったか、処女作の「11枚のとらんぷ」ですっかりハマってしまい、一時期はよく読んでいたものだ。「11枚のとらんぷ」は長編作品の中に短編集が挿入されるという作中作の構成で、しかもその短編集においてマジックのトリックが解き明かされるという面白いものだった。それ以外にも、登場人物や各章のタイトルがすべて回文という「喜劇悲奇劇」、本自体に仕掛けがしてある「しあわせの書」、以前エープリルフールのネタに使わせてもらった「魔術館の一夜」など、この人でなければ書けないような変わった本がたくさんあった。もう新作が読めないのは残念でならない。

2009年01月25日

サーバ構築作業とピアノの練習

うちの自宅サーバも火を入れてからもうすぐ3年になる。これまでネットワークが切れてしまうトラブルは何度かあったが、それはいずれもルータやケーブルの問題で、サーバ自体はずっと快調だ。ただ元々は古いノートPCの使い回しであり、いつまでも元気なわけはないので、新しいサーバを導入する計画を少しずつ進めている。すでに注文してあった安売りのマシンが少し前に届いていたのだが、このところずっと公私にわたって忙しく、なかなか手をかける時間がなかったのだ。今日の午後を使い、ようやくパーティション切りとLinuxのインストールまで作業をする。Linuxは今や一大勢力となったUbuntuを初めて入れてみた。まだ整備しなければいけないことがたくさんあるが、今日はここまで。平日は時間がとれそうにないので、実際にサーバを移行するのはまだだいぶ先になりそうだ。

夕方は街中に出て久しぶりにグランドピアノを弾いてきた。30分だけだが、やはり電子ピアノと違う鍵盤の深みと微妙に強い抵抗力が指に心地よい。スクリャービンは詩曲Op.32-1の他に最近はワルツOp.38をやってみている。一般にはほとんど知られていないが、イゴール・ジューコフの演奏を聴いて以来ずっと私のお気に入りの曲である。まだ大学2年生のときにピアノサークルの演奏会で一度弾いたことがあるが、もう15年近く前のことだから譜面はほとんど忘れてしまっていた。あのときは演奏がちょっと雑になってしまったような気がするので、今回はもう少し丁寧に弾くことを心がけよう。

帰宅後、今日がお年玉年賀はがきの当選番号発表の日だったことを思い出す。当たったのは4等が2枚。1枚は自分で買って余ったはがきで、もう1枚はチェス協会から来たものだった。最後に3等に当たったのはいつだっただろうか?少なくとも、ワルツを弾いたときより前であることは間違いない。

2009年01月10日

電子ピアノの鍵盤音

寝起きが悪く、何だか頭が痛かったので、午後も家でピアノを弾いたりエンドゲームスタディを調べたりしてゆっくりしていた。ピアノは昨年後半はあまり練習できなかったので、今年はちゃんと時間をつくって弾いていきたいと思っている。今までいろいろな曲をやってみたが、結局自分が人前で弾いて一番ほめてもらえるのはやっぱりスクリャービンかラフマニノフのようである(もちろん、お世辞の部分を大幅に割り引いて受け取らなければいけないことは認識しているつもり)。一人で弾く分にはバッハもシューマンもゴドフスキーも楽しみたいが、演奏会に出す曲についてはやはり先の二人を軸に選んだ方がよさそうだ。今のところ、スクリャービンの詩曲Op.32-1は何とかなりそう。もう1曲くらいはやりたいが、どうするか楽譜を見ながら考えよう。

夜になってからも音量を絞って少しだけ弾いていたのだが、音を小さくすると相対的に鍵盤のカタカタいう音がよく聞こえるようになる。こういうのは経験してみないと分からないのだが、電子ピアノの鍵盤自体が出す鈍い音は思ったよりずっと大きい。ピアノサークル同期のU君はかつて、下宿先で夜中にヘッドホンをかけて電子ピアノを弾いていたら、隣の住人から激しい剣幕で苦情を言われたことがあったそうだ。その話を聞いたせいで、夜にちょっと練習するときもヘッドホンはあまり使わないことにしている。耳にピアノの音だけを聞かせてしまうと、自分が鍵盤のカタカタ音も発している事実を忘れてしまいそうになるからだ。幸い、今までに騒音で他の住人の方から文句を言われたことはまだない。

2009年01月03日

チェスのち新年会

今日は学生時代のピアノサークル同期の新年会の日。ここ数年、1月3日に行うことが恒例化しており、今年も新宿で6時からということになっていた。かつては毎日のように顔を合わせていたメンバーだが、さすがに最近では会うことも少ない。この年始めは、お互いがまだそれほどには変わっていないことを確認し合う貴重な機会である。

新年会に先立ち、同期メンバーの一人であるY君のお宅にお邪魔することになっていたので、お昼少し前に家を出た。実は彼は最近チェスを始めており、それなら一度指しましょうということになっていたのである。こちらとしては体調不良で昨年末にOTB(=Over the Board、つまりネットを介さない実際の盤駒での対局)の機会を失ったばかりだったから、なおのこと楽しみにしていた。彼のことだから相当手強いはずと思っていたが、案の定、1局目はぼやっとしているうちにやられてしまった。どうも事前のメールのやりとりで何気なくこちらの定番オープニングを聞き出し、密かに対策を練っていたらしい。そうか、そんなことだったら偽情報を送っておくんだったな……。2局目は前と打って変わって早々にQ交換してやや静かな展開。ポーンエンドゲームになったが、今度は幸いこちらのポーンの形がよく、うまく昇格を決めて勝つことができた。1局目はお互いミスが多く反省点だらけだったのに対し、2局目はどちらもほとんど大きなポカがなく、なかなかじっくりした勝負を楽しむことができた。勝つにしろ負けるにしろ、いつもこうでありたいものだ。

夕方に彼の家を出て待ち合わせ場所の新宿へ。今回の参加者は10人。高層ビルの最上階にある店で楽しいひとときを過ごした。いくつか持っていった折紙を見せたり、マジックをやる流れになって昔からやっている定番のネタを一つ披露したりと、こういうときには日頃の趣味がちょっと役に立つ。まあ結局のところ、こういう場で数分持つ話題を提供するために普段遊んでいるようなものだ。

喫茶店に場所を変えてさらにもうしばらく雑談した後、11時頃散会した。明日は広島に戻る予定。

2008年12月27日

楽譜到来&年末清掃

JavaSuite.jpg午前中はだらだらしていようとベッドに潜り込んでいたら、チャイムに呼び起こされてしまった。何かと思ったら、今月上旬まで校訂作業の手伝いをしていたジャワ組曲の楽譜が届いたのだった。できてみるとなかなか立派なものである。しかも校訂作業を指揮したNさんによる解説が素晴らしい。テクニック偏重や内容空疎といった、ゴドフスキーに対するこれまでの誤った論評がいかに的外れであるかがよく分かる。日本語で書かれたゴドフスキーに関する文献として、基本的なものの一つになるかもしれない。巻末の「協力」の欄には私の名前もあって、まずは満足である。ジャワ組曲は今まで弾いてみたことはなかったが、せっかくこんな楽譜もできたことだし、いずれどれか譜読みしてみよう。

午後は主に掃除の時間に充てた。といってもあまり大したことはしていない。机の上に積み重なったチラシや、通販で届いた商品を取り出した後にそのまま床に置かれている梱包用の紙袋など、いつの間にかあたりにいろんなものが散らかっている。それらをまとめて捨て、そのあとに申し訳程度に掃除機をかけた程度だ。洗面台やシンクなど、水回りもだいぶ汚れていたので一通り拭き取ってきれいにした。まあすぐ同じような状態になってしまうに違いないが、何もしないで新年を迎えるよりはいいだろう。

明日は実家に戻る予定。

2008年12月25日

大阪いいでっせ

今日も午後はぶっ通しで会議。この年末年始にやらなければいけない仕事が3つも4つもある。今日は会議で疲れて帰ってきてしまったが、仕事納めの明日にできることは片付けておきたい。しかしこうも忙しくなるとは、今年の初めには想像していなかった。来年が思いやられる。

昨日レクイエムのことを書いていて急に思い出した。モーツァルトのレクイエムを聴いていると、ちょっと面白く聞こえるところがある。5曲目のサンクトゥスは2分程度の短い曲だが、始まって1分ちょっと、トゥッティの合唱が終わってフガートが始まるところから、
   大阪 いいでっせ   大阪人でっせ
   大阪 いいでっせ   大阪人でっせ
と言っているように聞こえるのである。バスからテノール、テノールからアルト、アルトからソプラノと大阪を称える歌声が響き、最後は四部が声を合わせて「いいでっせー!」と大合唱して曲が終わる。どこでこの話を聞いたかもう忘れてしまったが、多分だいぶ前にテレビか何かで見たのだろう。いったんそう思って聴くと、もうそう歌っているようにしか思えなくなってくるから不思議だ。

実際には "Hosanna in excelsis" と歌っており、これはサンクトゥスならいつも出てくるフレーズである。だから別にモーツァルトに限らず聞こえてもよさそうなものだが、例えば昨日のフォーレのレクイエムを聴いていてもあまりそんな風には聞こえない。モーツァルトが一番なのである。やはりあの曲調の元気のよさが文句とマッチしているのであろう。

2008年12月24日

Requiem

去年のクリスマスの夜は、メシアンの「みどりごイエスに注ぐ20のまなざし」を聴いて過ごした。今年も何か宗教曲をかけようかなとCD棚を眺め、しばし迷ってからフォーレの「レクイエム」をかけることにする。数あるレクイエムの中でも、おそらくモーツァルトと並んで最も有名な曲だろう。キリスト誕生の夜に鎮魂曲というのは方向性が違うような気もするが、他の作曲家のレクイエムと比べると、フォーレのそれはひたすら穏やかで、ゆっくり静かな夜を過ごすにうってつけだ。

フォーレのレクイエムの曲はどれも実に美しいが、特にお気に入りを1曲あげるなら4曲目の "Pie Jesu" だろうか。3分あまりの小曲だが、この曲の清らかな美しさは筆舌に尽くしがたい。歌うのはソプラノのソロだけで、オルガンや弱音器付きの弦による伴奏も終始控えめである。それだけに、つつましやかな歌声が胸を打つのだ。今手元にあるCDはアンドレ・クリュイタンスによる1962年の録音で、"Pie Jesu" を歌っているのはソプラノ歌手のVictoria de los Ángelesである。アンヘレスの歌声ももちろん素晴らしいのだが、実家にはもう1枚、ミシェル・コルボが指揮をしている1972年録音のCDがあり、ここで "Pie Jesu" を歌っていたボーイ・ソプラノが本当によかった。高校生の頃だったか、一時期すっかり気に入ってしまって繰り返し聴いていたのを覚えている。あとで聞いた話だが、あれを歌っていたAlain Clementは録音の直後から声変わりが始まり、今でも歌手をしているものの声はバリトンなのだそうである。多分今はもう40代だろう。

2008年12月14日

演奏撮影失敗

日曜日のため、マンションの修繕工事も今日はお休み。窓から見える足場はちょっと無粋だが、気兼ねなくカーテンを開けられるし、うるさいドリルの音も聞こえてこない。せっかくの静寂な時間を有効利用しようと、ピアノ演奏を録ろうと思い立つ。以前、演奏を撮影してブログに載せたことがあったが、あれをまたちょっとやってみようというわけである。早速カメラをセットした。

ところが、弾き始めて早々のところですぐミスをする。何度かやっていればそのうちうまくいくだろうと思っていたが、いくら弾き直しても必ずどこかで指がもつれてしまう。いったんこうなってしまうと、焦りばかりが先に立ってたいていはうまくいかないものだ。たまに危険な箇所を無難にクリアしても、「ここまでのところOKだ、これで終わりまでいければ……」などという邪念をすぐ思い浮かべてしまうので、次の瞬間には必ず何でもないところで大きく間違えてすべてやり直しである。演奏中は何も考えない方がいいのだが、この「何も考えない」ということほど難しいことはない。弾きながら集中しろと自分に言い聞かせたりしている時点で、すでに集中力が拡散してしまっているのだ。しまいには特定の箇所ばかり意識しすぎて何でもない単音の部分でもミスしたりするようになり、とうとうあきらめてしまった。土日の午後は貴重な時間なので、成果が得られないのなら浪費したくはない。

しかし弾き直しが利くレコーディングでこの調子では、演奏会でまともに演奏できないのも当然である。やはり技術的にも精神的にも鍛錬が足りないようだ。曲もちょっと自分には長すぎたかもしれない。まあ時間があればそのうち再挑戦するとしよう。

2008年12月10日

「ジャワ組曲」出版

先週ちょっと書いたゴドフスキーの「ジャワ組曲」の楽譜だが、実はあのあとも大量に抽出された誤植を訂正した原稿があらためて届き、それをもう一度チェックするという仕事を週末にやっていた。ようやく昨日、校正作業がすべて終わってまもなく印刷されるという知らせが届いたので、もう大丈夫だろう。予定通り行けば今年中には店頭に並ぶはずとのことである。発行はプリズム社。多分、編集協力の欄に私の名前くらいは出ていると思う。

それにしても、普段譜読みをしていて譜面の誤りを見つけるたびに、ちょっとチェックすれば分かるのになぜこの程度の誤植も発見できないのか……などと思っていたわけだが、これからはそういう認識も変わりそうだ。音符、休符、スラー、タイ、スタッカート、強弱記号、ペダル記号……と楽譜には様々な要素があり、そのすべてに目を光らせて見ていくのは思ったよりずっと難しいことなのである。それもすっきりした曲ならいざ知らず、ゴドフスキーのように複数の旋律が同時進行するような曲は、複雑に絡み合ったメロディーラインを解きほぐすだけでも容易でない。まあ普段譜読みしているときからそれくらいじっくり譜面を吟味しながら練習するべきなのかもしれないが、その意味でも今回のことはなかなかいい経験になったように思う。

2008年11月30日

ゴドフスキーの「ジャワ組曲」

今日はずっと楽譜の校正の仕事をしていた。実は現在、国内の出版社からゴドフスキーの「ジャワ組曲」の楽譜を出版する計画が進んでいる。原稿はすでにほぼできあがっていて、あとはその最終チェックをすればいい段階だ。出版計画の中心にいるNさんから、チェック作業を手伝ってほしいと数日前に打診されていたのである。過去に出版されたCarl Fischer版と見比べて、違っている箇所をリストアップすればいいとのこと。当初の話では、すでに何回もチェックしてあるからもうほとんど誤植はないはずということだったので気楽に考えていた。ところが、始めてみるとエラーがかなり出てくる。臨時記号やテヌートの付け忘れ、デクレッシェンドのずれ、不必要なメロディーライン指示線などなど……何せ相手が天下のゴドフスキー様の楽譜だから、読み解いていくのも容易でない。思っていたよりずいぶん時間がかかってしまった。あとで分かったが、予想よりずっと誤植が多かった原因は、今回の原稿がCarl Fischer版の初版を元に作られていたことにあるようだ。実はCF版はその後改訂版が出されており、こちらはその改訂版を使ってチェック作業を行っていたので、やたらに差異が見つかったのである。こういうことはやってみて初めて分かるものだ。

それにしてもゴドフスキーの「ジャワ組曲」なんて、10年くらい前だったらディープなピアノマニアしか知らない「隠れた名曲」だったはずだ。当時は楽譜を手に入れるのも大変だった。それが国内の出版社から出ることになったとは、全く隔世の感がある。あのころには知る人ぞ知る存在だったカプースチンの楽譜も、今や全音から出ている時代だ。ピアノ曲の楽譜を巡る環境はすっかり変わったと実感せざるを得ない。

2008年11月22日

ルネ・マグリットの絵を見て (2)

Magritte-LeTrioMagique.jpg昨日の話の続き。マグリット展を見に行ったとき、もう1枚興味を惹かれた絵があった。「魔法のトリオ」(原題:"Le Trio Magique" (1961))と題されており、舞台のようなところに3つのオブジェが立っている。左右はカーテンの形をしており、真ん中は女性のようなシルエットだ。いずれも表面に楽譜が貼られている。この楽譜で覆われたオブジェという趣向はマグリットの絵にしばしば登場するものであり、この展覧会でもこの作品に限らず何枚か出ていたように記憶している。

最初はぼんやり見ていたのだが、そのうちあることに気づいておやっと思った。向かって右側のカーテンに使われている楽譜が、ショパンのノクターンOp.9-2の終わりの部分だったからである。有名な曲だし弾いたこともあったから、間違いはなかった。となると、中央の人型と左のカーテンに使われている曲はそれぞれ何なのか?俄然興味がわいてきたが、その場では音符を追っかけてみてもよく分からない。ただ左のカーテンの曲もピアノ曲らしいこと、人型の曲は歌詞の一部が見えることから歌曲かオペラの一部であろうということ、そして3曲とも変ホ長調の曲であることは分かった。これらの事実からして、マグリットが決して適当に楽譜を貼り付けたのではなく、明確な意思を持ってこの3曲をそれぞれ選んだということはもう間違いなかった。かくして、残りの2曲の出自を明らかにするという課題が残されたのである。

それから2年後に私は今の勤務先に赴任することになったが、あるときにマグリット展で見たあの絵のことをふと思い出し、情報を得ようと図書館に向かった(小さい大学だが芸術学部があるため、アート関係の蔵書は豊富なのだ)。5巻からなるマグリットの総作品目録があったので、早速「魔法のトリオ」を探す。作品番号1630番として登録されたそれをやっと見つけると、添えられた解説にはこうあった:

The pasted paper element used in the bilboquet (music from the aria 'Ocean, thou mighty monster' from Weber's Oberon) is taken from the same score as that used in the sphere of cat. 1631, which was done in 1961. The music used for the curtains (which we have not identified) reappears in cat. 1640, a dated work of the same year. (後略)

1つ目の括弧書きによって、中央の人型に貼られた曲は歌劇「オベロン」の中で歌われるアリアであることがこれで明らかになった。しかし2つ目の括弧書きによれば、カーテンに使われている曲は識別できなかったという。向かって右が分からなかったというのが意外だったが、これで手がかりが切れてしまったわけだ。結局、向かって左は分からないままか……といったんは思った。

Field-Nocturne.jpgしかしそこでもう一度考え直した。マグリットが楽譜を意識して選択している以上、左のカーテンに使われた曲も選ばれた理由があるはずだ。だからそれは、ショパンのノクターンと対になるような曲でなければいけない。だがそれがショパンの曲でないのは明らかだった。ではショパン以外で、ショパンのノクターンと対になり得る存在は何だろう?そこまで来てやっと、気づいたのである。ノクターンという形式の創始者、ジョン・フィールドではないだろうか。早速フィールドのノクターンの楽譜をチェックしてみた。そして彼のノクターン第1番の譜面の1ページ目に、まさに左側のカーテンに貼られた部分があるのを発見したのである。やっと見つけた……。初めてあの絵を見てから2年あまり経って、ようやくすべての楽譜の出所が明らかになった瞬間だった。

多分昨日の絵と同じで、よく知っている人が見たら自明のことなのだろうと思う。そのまんまじゃないかとまた言われるかもしれない。ただ少なくとも当時の私にとっては、そんなに明らかなことではなかった。それがかえって、さして有名でない絵を記憶にとどめることに一役買ったのかもしれない。自己満足に過ぎないが、ものすごくささやかな謎を解き明かしたような気分になって、それからしばらくの間はずっと一人悦に入っていたのだった。

2008年11月18日

オセロ大会とカプースチン

昨日の予報通り、今日は昼間からもう身を切るような寒さだった。もはやここでは秋は終わったようだ。

今日は所属している学科でオセロ大会という催しがあった。といっても、実際にみんなでオセロをして遊ぶわけではない。3年生がプログラミングの練習用にオセロのプログラムを作っており、これを対局させてチャンピオンを決めようというのである。すでに予選は先週までに終わっていて、今日は勝ち残った4人で準決勝と3位決定戦、そして決勝戦が行われた。この学科では毎年恒例のイベントになっており、この日は学生全員が講堂に集合し、正面の大型スクリーンに映し出されるゲームの様子を観戦するのである。今年も大きなトラブルもなく、無事終わった。

この手のボードゲームの観戦というのは、どう頑張ったところでサッカーのようなわけにはいかず、大いに盛り上がるようなことはほとんどない。今打たれた手がいいのか悪いのか、その瞬間には誰も分からないから、得てして対局中は妙に静かになってしまう。そこで、あまりしんとしていると間が持たないということで、ゲーム中はBGMをかけることになっている。あくまで静寂を防止するための音楽であり、聞こえるか聞こえないかという程度の音量で流すだけなのだが、毎年その役目を担当しているのが私である。4年前、赴任1年目に初めてその役を仰せつかったときから、かけるCDはカプースチンと決めている。自分のよく知っている曲の中で、こういう場にふさわしいのはこれ以外にないだろう。実際、巷にあふれているそこらへんの曲よりよほどかっこいいと思う。

実のところ、カプースチンを流すのにはもう一つ、密かな目的があった。学生さんの中にこれを聴いて興味を惹かれる人が出てこないかなと期待していたのである。しかし今年で5年目になるのに、まだ誰も「この曲何ですか?」と尋ねてくる人はおらず、最近ではもうすっかりあきらめていた。ところが今日、思いがけないことに一緒に大会を運営していた教員の方から「去年もかっこいいなと思っていたんですが、あれは誰の曲ですか?」と訊かれたのだ。もちろん喜々としてCDを紹介したことはいうまでもない。かくして5年の歳月をかけて、ささやかな布教活動は実を結んだのだった。

2008年11月15日

演奏会を聴く

加古川ピアノ同好会の演奏会を聴きに行くため、朝10時過ぎの新幹線で広島を発つ。車内は大型連休かと思うようなひどい混雑だった。特に岡山から新神戸までの自由席車両は中央の通路に隙間なく人が立っている状況である。土曜日の午前中というのは普段からこんなに混んでいるものなのだろうか。もしかしたら、紅葉シーズンの週末はいつもこうなのかもしれない。

新神戸駅でお昼をすませると三宮を経由して演奏会場のある阪急御影駅へ。演奏開始時間に5分ほど遅れてしまい、最初の演奏者だけは扉の外で聴くことになったが、2番目から最後までは全部聴き通した。これまでは自分も出演していたから自分の出番が終わるまではなかなか落ち着かなかったが、今日は気楽なものである。久しぶりに生の演奏をたっぷり楽しむことができた。それにしても、全くみんなよく練習している。それぞれに仕事があってそれぞれに忙しいはずなのに、どうやってあれほどの演奏ができるだけの練習時間を確保しているのか教えてほしいものだ。

終了後、一つ隣の駅で打ち上げ。2次会にまでつきあい、日付の変わるころに三宮のホテルにたどり着いた。やっぱりこういう集まりに出てみると、もっとピアノを弾こうという気になる。それはピアノに限った話ではなく、詰将棋の会合に出ればそろそろ作品を創らなくてはと思うし、数学だって研究集会に行くたびにもっと勉強しなくてはと思いを新たにすることになる。しかし結局、どれも思うばかりでなかなか前に進まないから困ったものである。

2008年10月19日

暗譜でフーガ

日曜日だというのに午後から勤務先に出かけた。まず残っていた採点の仕事をどうにか終わらせ、その後は締切が近くなった書類を慌て気味に仕上げていた。明日から出張なので、今日中に仕上げてしまう必要があったのである。その他にもいくつか雑用をすませ、夕方に部屋を後にした。

その足で市街地に出る。買い物をした後、ピアノスタジオに足を向けた。行くつもりはなかったのだが、何となく少し息抜きしたくなったのだ。楽譜を持っていなかったので、指の記憶を頼りに弾く。ボウエンの前奏曲はまだほとんど覚えていないが、バッハ=リストのフーガは幸い9割方は指から出てきた。こんなふうにただ気晴らししたいときは、バッハが一番いいのかもしれない。常に両手があるスピードを持って運動させられるからいいストレス発散になるし、かといって弾き通してもそれほど腕が疲れない。スクリャービンのエチュードなどはガンガン鍵盤を叩くので、一回弾いたら数分は休まないともたないのである。このところどうも練習する時間がとれないが、何とか暇を見つけて忘れないようにしたい。

火曜日から始まる城崎シンポジウムに出席するため、明日は午後から移動の予定。戻るのは金曜日だが、ネット環境があまりよくないところなので滞在中はあまり更新できないかもしれない。できればするつもり。

2008年10月11日

アンナ・マグダレーナ

昨日から今日にかけて新しいパソコンの環境を整備して、ようやく使える状態になってきた。ブラウザやメーラ、TeXなど重要度の高いものはだいたい入り、将棋ソフトやらチェスソフトやら、趣味関係のものも一通りインストールはすませた。こう書いているうちにもまだあれをやっていなかったとかこれもしておかないとと次々思い出してきているのだが、それは追々やっていくことにしよう。

インストールの類はとかく待たされることが多いので、今日は作業が始まったのを見計らってその場を離れて電子ピアノに向かっていた。最近はバッハ=リストのフーガとボウエンの前奏曲を交互に弾いていることが多い。つっかえつっかえしながらどうにか終わりまでたどり着いたら、そろそろできたかなとパソコンの前に戻る。するとたまに、何かの確認のダイアログが出ていて動きが止まっていることがあるのである。それもたいていはまだインストール作業が始まって間もないところなのだ。ダイアログの中身も「~してもいいですか?-[はい][いいえ]」というやつで、「『はい』に決まってんだろ、『はい』に」とぶつぶつ言いながらクリックすることになる。そして再び作業進捗バーが伸び始めるのを見ると、機械からもう1曲弾きに行く許しを得た気分になって、またピアノに戻るのだった。

ところで、バッハといえば昨日流れたニュースで、バッハの曲の一部は彼の2番目の妻が作曲したものであるという説をオーストラリアの研究者が唱えているという話が出ていた。もしかしたら眉唾ものなのかもしれないが、まあそういうことがあってもおかしくないとは思う。ただ、バッハ本人の作曲ではないと思われる曲の筆頭が、無伴奏チェロ組曲なのだそうだ。その研究者曰く、自分で弾いていたときにおかしいという確信を持ち、今ではあの曲がバッハの作品でない理由を18通り考えついたという。その18通りのうちいくつかでも記事で紹介してもらいたかったが、素人目には他のバッハの曲とそれほど違うような気はしない。まあ確かなのは、夫が書いたものであろうと妻が書いたものであろうと、後世の人間があの名曲を聴く楽しみを享受できることにかわりはないということだ。

2008年09月28日

York Bowen

BowenCD.jpg昨日帰宅して郵便受けにたまった郵便物を見ていたら、チラシの類に混じってYork Bowenの「24の前奏曲」のCDが届いていた。演奏はMarie-Catherine Girod。前々から入手しようと思いつつそのままになっていたCDだが、最近ピアノ関係のメーリングリストでボウエンの話題が出たのをきっかけにこの間注文しておいたのだ。

ボウエンの「24の前奏曲」Op.102については以前にもふれたことがある。他の作曲家が書いている同名の曲集に比べるとあまり世間に知られていない存在であるが、決してつまらないということはない。それどころか、聴いてみるとなぜこんないい曲が、と不思議になるほどに魅力的だと思う。スティーブン・ハフの弾くCDで知ってからおりにふれ聴いていたが、しっとりとした抒情性に満ちていて、しかしラフマニノフのように正面切って郷愁を訴えてくるわけでもなく、どこかぼやけているような曲調はボウエン独特のものであり、飽きることがない。ウェットには違いないのだけれども、言うなればそれは霧のウェットさなのだ。ハフは一部を抜粋して演奏していたが、ジローは全曲弾いてくれているので、当分は楽しめそうである。いずれ時間ができたら、どれか譜読みしてみようかとも思っている。

2008年09月14日

久しぶりのグランドピアノ

久しぶりに市街地に出かけ、本通商店街にあるピアノスタジオでグランドピアノを弾いてくる。どうもこのところすっかり練習を怠けてしまっていた。ピアノに限ったことではないが、こういうのは継続することが何より大事。ちょっと休むとたちまち前の蓄積は失われ、何歩か下がったところから再スタートしなければいけなくなる。こんなことをやっているからいつまでたってもうまくならないのだ。ちょっと前まではバッハ=リストのフーガをやっていたので、今日はそれを指に思い出させるべく努めた。思っていたよりは指が動いたが、後半の盛り上がり部分はまだまだ手に負えない。

次の演奏会は11月中旬にある。当初の予定としてはこのバッハ=リストで行こうかなと漠然と考えていたが、どうもこのままではちょっと間に合いそうにない。一番の問題は、この曲はフーガの前に前奏曲が置かれているのに、そちらにはまだほとんど手をつけていないということだ。弾いていて楽しいからとフーガばかりやっていた報いである。今から泥縄でやろうとしたところで、練習時間の少なさを考えると2ヶ月でいい状態に仕上げるのは難しいだろう。

そもそも、選曲にも問題があったかもしれない。これまで弾いていたラフマニノフやスクリャービンに比べると、バッハは複数の旋律の同時進行ということを強く意識せざるを得ない。ましてフーガのような曲ならなおさらだ。自分のようにミスが避けられない人間にとっては、何を弾いていても演奏中に記憶が一瞬飛んで片方の手が分からなくなったりする瞬間はどうしても訪れる。そんなときは曲の流れを切らさずになるべく早く指が記憶を取り戻すよう努力するのだが、こういう縦糸より横糸の方が太い曲だと、一度行き場を失った手を演奏に復帰させることが非常に困難なのである。自分で弾いて楽しむ分にはいいが、人前で弾くとなると、やはり技術のない人間はバッハを選ぶのはやめた方がよさそうである。

まあ出演が無理そうなら、今回は一人の聴衆として参加してこようかと思う。

2008年08月18日

「交響的変容」三部作を聴く

先週、出張先から実家に戻る途中、都内のCD店に立ち寄った。ターゲットは、5月に発売情報を入手していた、アムランによるヨハン・シュトラウス=ゴドフスキーの「交響的変容」三部作である。ネットでもっと早く購入することもできたのだが、こういうCDは何となく店頭で手にとって買いたいような気がしていたのだった。輸入盤新譜のコーナーに行くとお目当てのものはすぐに見つかった。他に何か面白いものはないかなとしばらく店内をぐるぐる回り、目についたシベリウスのピアノ作品集も合わせて買っておく。こういうことができるのも店頭購入のよさだ。今までこうやってよいCDと何度巡り会ったか分からない。

さて「交響的変容」の方はこちらに戻ってきてから早速聴いているが、期待を裏切らない演奏だ。一番よいと思ったのは、三部作の中では比較的地味な「ワルツ『酒・女・歌』の主題による交響的変容」。これまではチェルカスキーの録音を主に聴いていたのだが、彼の演奏は途中楽譜をカットしてしまっており、そこがずっと気に入らなかったのだ。ノーカットではトーマス・ラベによる演奏も持っているが、あれも今ひとつ迫力不足であと一押しが足りない気がしていた。ついに世に出たアムランの録音は、この曲の決定版の一つになるのではないかと思う。同じことは三部作の残り2曲についても言えるが、敢えてつけ加えるなら、アムランがあまりにさらっと弾きすぎてしまっているために、初めて聴く人にはこれらの曲の難しさがあまり伝わらないのではないかという危惧はある。もちろん普通なら曲の難しさが聴く人に伝わるかどうかなどということはそれほど重要なことではないのだが、これらの曲については、鍵盤上で何やらすごいことが起きていると聴衆が強烈に意識させられることも、一つの大事な要素であるように思われる。その意味では、やはりこういう曲はライブで直に楽しむのが一番なのだろう。

ともあれ、しばらくはこのCDをかける日が続きそうだ。

2008年08月06日

Benno Moiseiwitsch

ネットを巡っていたら、20世紀前半に活躍したピアニスト、Benno Moiseiwitschがワーグナー=リストの「タンホイザー序曲」を弾いている映像があるのを発見。実はこの映像はシフラのDVDを買ったときにおまけとして収録されていたのでよく知っているのだが、しばらく見ていなかったのでじっくり見入ってしまった。やっぱり何度見ても爽快である。曲が長いために前半後半に分けてアップロードされているのが残念だが、古き良き時代に「巨匠」と呼ばれたピアニストがどんな弾き方をしていたかを実感するために、これは一度は見ておかなければいけない映像だろう。特に、カメラが徐々に近づく後半部分の凄まじさは圧巻。最後の方など、ピアノを「弾く」というよりは「ぶっ叩く」といった方がしっくり来る。今の時代にこんな弾き方をしたら、ピアノの先生に怒られることは間違いない。恐ろしく高い位置から力任せに振り下ろすものだから、ときどきかなり派手に音を外しているが、そんなのだいたい合っていればいいだろうといわんばかりだ。実際、聴いている方にもそう思わせてしまう力がこの演奏にはあると思う。モイセイヴィチのような巨匠だからこれが許されるのだろうし、またこういう弾き方ができる人が巨匠と呼ばれるのだろう。これが撮影されたのは1954年で、モイセイヴィチはすでに65歳だったが、若いころの映像が残っていないのが実に惜しまれる。

2008年07月30日

ホルスト・シュタイン死去

朝方に母を送り届けてから出勤。今日は定期的にやっているセミナーの日だったが、このところ明け方に暑さで目が覚めてしまうことが多く、寝不足がひどくて全然集中できなかった。どうもいけない。昼下がりに凄まじい雷鳴とともに豪雨になったが、4時過ぎには何事もなかったかのように青空がのぞき始めた。

昨日のニュースになるが、指揮者のホルスト・シュタインが亡くなったとのこと。もうしばらく指揮している姿を見ていなかったが、ずっと体調を崩していたらしい。個人的には、この人の名前は指揮者の中ではかなりなじみ深いものだった。といっても、特にファンだったというわけではない。実は、私が生まれて初めて誰かに似ていると言われた、その「誰か」がホルスト・シュタインなのである。といっても、産まれて最初の1週間くらいのときの話だ。まだ髪がほとんどなかったうえにおでこが特徴的な形をしていたため、「何かホルスト・シュタインみたいだ」と親が思ったらしい。その話を聞いてからというもの、テレビで彼が指揮をしているのを見るたびに、自分の原型を再確認しているような気分になったものだった。学生時代はピアノサークルの場などでホロヴィッツに似ていると言われたこともあったけれど、これから年をとるにつれて原型に回帰していく可能性もありそうである。

2008年07月19日

靴、スプレーのり、バッハ

夕方から市街地に車で出かけた。本日のお出かけの目的は3つ。

まず、靴の交換。実は先週、新しい靴を一足買ったのだが、店頭で試し履きしたときはいいと思ったのに、帰宅してから履いて少し歩いてみたら、どうもつま先が靴の先に当たって気になる。買った店に電話したところ、持ってきてくれれば大きなサイズのものとお取り替えいたしますと言われていたのである。どうも私は、子供のときから靴を買うのが苦手だった。親に連れられて靴屋に行き、その場で候補の靴を履いてみるのだが、「どう?」と聞かれたときにいつも困ったものである。はっきりきついとかゆるいとか思えるほどサイズ違いなら、そう言えばいいだけのことだ。ところがたいていは、「フィットしているのかと問われれば、そうなのかなという思いもある」という政治家の答弁のような感想しか出てこないのだった。本当にフィットしているのかどうかは、いざその靴を履いて学校に行ったりしたときに初めて分かるのだ。今回も2つのサイズを試し履きしたもののどちらがいいか今ひとつよく分からず、以前靴がゆるかった経験を思い出して小さい方にしたら間違っていたというわけである。まあ今回のようにあとから交換に応じてくれるのは、私のような人間にとっては大変ありがたい。無事0.5cm大きい靴を手に入れることができた。

次の目的は、スプレーのりを買うことだった。今日の午後は、複雑系折紙を折るために紙の作成を行っていた。次に折ろうと考えている作品はいわゆるインサイド・アウト(紙の裏側を意識的に表に出して色の違いを表現する)ものなので、アルミホイルの両面にカラペを接着する必要があるのだが、まず片側に貼り付けたところでスプレーのりが空になってしまったのである。帰宅後、買ってきた新しいのりをさっと吹きかけて反対側にも無事カラペを接着した。実はこうやって紙を作るという作業をやるようになるまで、こんなふうにのりを吹きつけるスプレーがあるということすら知らなかったのだが、何とも便利なものである。

最後の目的は、ピアノスタジオに行くこと。このところ電子ピアノばかり弾いていたので、少し生のピアノの感触を思い出そうと久しぶりに木定楽器店に行って30分ばかりさわってきた。最近弾いているバッハ=リストのフーガをずっとやっていたが、まだ最後の2、3ページはうまく弾けない。この夏の間に何とかしたいところだ。

2008年07月17日

録音を送る

冷蔵庫に余っていたなすを処理すべく、豚肉と味噌炒めにして夕飯をすませた後、しばらく電子ピアノに向かっていた。もちろん音量は十分絞って、おそるおそるである。このところあまり時間がなくてほとんど練習できていないが、大きな音を出さなければ夜でも少しはできるのだから、指が忘れない程度には続けなければいけない。

そういえば先月末に群馬の山奥で行われたワークショップに行ったとき、参加されていたフランスのI先生と現地に置いてあったピアノを弾き合うということがあった。大数学者であるI先生とそんなことをするだけでも畏れ多いことだったが、実はそのときにあなたの演奏の録音を送ってほしいと言われていたのである。「いやいやいや、そんなもう、ええ、お送りするようなほどのもんじゃないですから、いやいやほんとに、へへへっ」と普通ならまず一回言うところなのだが、相手が相手だし日本語でないことも手伝って「分かりました」とバカに素直に快諾してしまったのだった。実際お送りするようなものではないのは事実なのだけれど、約束してしまったものは仕方がない。とりあえず、手持ちの録音から比較的ミスが少ないものを選び、mp3ファイルをサーバに置いてメールでお知らせした。

昨日そのお返事がI先生からあり、こちらが恥ずかしくなってしまうほどのお褒めの言葉をいただいてしまった。もちろんほとんどリップサービスであることは分かっているのだが、それでもやはり聴いた人によかったと言ってもらえるのはうれしいものである。

2008年07月09日

カプースチンの隆盛

先日の東京出張の際、久しぶりに渋谷のタワーレコードまで足を伸ばしてきた。学生時代は足繁く通った場所である。確かアムランの弾くシュトラウス=ゴドフスキーが出ることになっていたはず、とSやGのコーナーをなめるように見て回ったのだが、それらしいものは発見できず。それもそのはず、あとで分かったが発売されるのは来月だったようだ。さらに、そういえばハフのモーツァルトアルバムも買おうと思っていたんだったとMのコーナーにも行ったが、これも置いていなかった。タイミングがちょっと悪かったようだ。

その代わりというわけではないだろうが、カプースチンのCDはやたらに充実しており、専用の試聴コーナーまで設置されていた。半分くらいはすでに持っているものだが、中には初めて見る録音もある。驚いたのは、ナクソスレーベルにまでカプースチンが登場していたこと。私が初めてカプースチンを聴いたのは、90年代の終わりだっただろうか。まだあのときは知る人ぞ知る隠れた存在だったが、それが今やあの全音から楽譜まで出版されているのだから、隔世の感がある。ピアノ好きの中ではもはやメジャーな作曲家といっていいだろう。

というわけで、タワレコで買ってきたカプースチンのCDを聴きながら今これを書いている。一時期はジャズ・エチュードをかなり一生懸命練習していたものだが、しばらく離れていたのですっかり忘れてしまった。時間ができればまた譜読みしてみたいものである。

2008年06月29日

チェスとピアノを楽しむ

勉強会の2日目。朝から冷たい雨で、窓の外に広がっているはずの青い山々も真っ白い霧に包まれて全く見えない。何より困るのは寒いことだ。広島を出るとき、ほんの少し想像力を働かせてセーターを持ってきたのは実に的確な判断だった。同じく広島から出てきたHさんは半袖だったので、「よく寒くないですね」と声をかけたら、「フフ、寒いよ。」半袖しか持ってこなかったのだそうだ。やはり山の天気はひと味もふた味も違う。

午後に講演の休み時間があった。かつて詰将棋を創り始めたころにアドバイスをもらっていたK君がちょうど今回の勉強会に参加していたので、何となくチェスを指すことになる。まあ普通に指していれば何とかなるだろうと高をくくって適当に動かしていたら、いつの間にか駒損がひどくなってどうしようもなくなってしまった。こんなに簡単に負けてしまうとは情けない。どうもすっかり油断していた。感想戦につきあってもらい、いろいろ勉強になった。

もう一つ、会場にあるピアノを夕食後にちょっとさわっていたら、今回来ているフランス人のI先生がやってきた。I先生はピアノがうまいという話は聞いていたので、自然とピアノ談義をすることになる。互いに覚えている曲を弾き合い、終わるたびに「いい演奏ですねえ」と言い合うというサイクルを5回か6回繰り返した。I先生は最近はほとんど弾いていないとおっしゃりながら、ガルッピやらシューマンやらリストやら、次々と披露してくれた。よく覚えているなあと感心させられることしきり。こちらは最近弾いたスクリャービンなどで何とか対抗したが、技術的にはかなりの差がありそうだった。

そんなわけで、普段の趣味がコミュニケーションツールとして大いに役にたった一日であった。

2008年06月18日

「交響的融合」の再ブーム

学生時代、ピアノサークルの同期生だったK君が編曲した、ショパンのソナタ第3番のフィナーレと「巨人の星」を絡み合わせた「交響的融合」という曲について、このブログで紹介したことがある。書いたのは2年ほど前のことで、もう書いたことすら忘れかけていたが、不思議なことに昨日あたりからこのエントリにやたらとアクセスが来るようになった。ログを調べてみると、みんな検索ページで「ショパン×巨人の星」などという言葉を入れてこちらに流れてきているようなのである。さらに、楽譜を見せていただけないかというメールまで何通かいただいた。いったい、これはどういうことだろう?

すぐに疑問は氷解した。「交響的融合」を演奏された方がおり、その映像が一昨日の夜に某動画サイトに投稿されていたのである。アップされてから2日だが、すでに何万回も視聴されているようだ。何しろ曲が曲だし、またその方の演奏も見事なものだったので、かなりのインパクトがあったのだろう。それを見て興味を覚えた方が、検索してこのブログにたどり着いたということらしい。思わぬことでアクセスが増えるものである。

K君があれを演奏して周りでみんながゲラゲラ笑っていたのは、もう10年くらい前のことになる。あまりに面白かったので楽譜の清書まで買って出てしまったが、当初はごくごく近しい人に配ることしか想定していなかった。こんな形で広まっていくことになるとは、先のことは分からないものである。あのとき頑張って一音一音打ち込んだかいがあったというものだ。

2008年06月08日

完全オフの日

しばらく予定のある土日が続いていたので、今日は完全オフの日と決め、買い物以外はずっと家に逼塞していた。といっても、何もしなかったわけではない。やらなければいけない案件がいろいろたまっていたのだ。

まず、チェスの棋譜や詰将棋の入力作業。自分の対局は一応チェスソフトに打ち込んだうえで悪手をチェックさせているのだが、先月のゴールデンオープンと今月1日のアンパサン例会の分はまだ未入力だった。記録用紙を見ながら手順を追っていくとまたゴールデンオープンでの大逆転負けの悪夢がよみがえってくるが、それでも1ヶ月も経ったからだいぶ傷も癒えてきた。こういうのはさっさと忘れるに限る。それにしても、こうも手が見えないものかと入力のたびにあきれてしまう。ごくごくやさしい「次の一手」問題のレベルができていない。また形勢判断も毎回むちゃくちゃだ。まだまだ初心者の域を抜け出すには時間がかかりそうである。詰将棋の方は、近代将棋誌と将棋世界誌に出る新作を入力して保存。毎月続けているのだが、近代将棋に載る作品を入力することが今後当分なくなるのは、改めて残念という他はない。

あとはピアノも少々。演奏会が先週終わり、さて次は何を弾こうと考える時期は、ある意味では一番楽しいかもしれない。今日のところは、このところやっているバッハ=リストを弾いていた。それから、折紙も次のプロジェクトがスタート。今日はとりあえず紙を作るところまでで、アルミホイルの片側に雲龍紙、もう片側にカラペを接着させた。また失敗する可能性も高いが、慎重に少しずつ折ろう。

趣味以外の作業としては、水回りの掃除もした。湿度の高い季節になり、シンクや風呂場は汚れがかなり目立つようになっていたが、ようやくましな状態になった。ただ台所の流しの下をのぞいたら、シンクの壁面についているオーバーフロー穴(水があふれ出るのを防止する穴)に接続されているホースがなぜか外れていて、汚い水がそのへんにたまっていたのには辟易。その穴から排水されるほどシンクに水をためることはまずしないとはいえ、そのまま気づかないでいたらひどい状況になるところだった。危ない危ない。

2008年05月31日

神戸でスクリャービンを再び弾く

演奏会に出るため、朝広島を発って神戸に向かった。今回の会場は新神戸駅からすぐのところなので、遠方から参加するには大変都合がよい。お昼頃に到着し、本番前にほんの5分ほどだけ試し弾きさせてもらう。Blüthner社のピアノで多分さわるのは初めてだったが、かなりタッチは軽めに感じた。

自分の出番は午後4時40分頃。今回のホールは出演者専用の出入り口がなく、客も演奏者も同じ扉から出たり入ったりする形になっていた。前の部までは休憩時間に一人の観客として出入りしていたのに、演奏時だけホールに入って客席ではなく舞台上のピアノに歩いていくことになる。そのせいか、いつも以上に「突然」演奏を始めた気分だった。漫然と演奏会の進行を見守っていたら、なぜか次の瞬間、ピアノの前に座っていたという感じである。まあ、余計な緊張をしないという意味ではこの方がいいのかもしれない。ただ演奏については予想通りで、最後のOp.42-5は指が全然回らなかった。その前の3曲だけでもうまくやろうとしたのだが、3曲目のOp.42-4の聴かせどころで大きなミスをしてしまったのが残念。まあ今回は参加することに意義があると思って来たのだから、もうこれで十分だろう。

終了後、三宮方面に移動して打ち上げ。2次会まで参加し、11時半頃にホテルにたどり着いた。さて、これで半年に一度のピアノモードはひとまず終了。

2008年05月30日

演奏会前日

演奏会前日というのに、普段と何も変わらぬ一日を過ごす。日中はもちろん仕事に行っていて何ができるわけでもないが、終わったらすぐピアノスタジオに直行して最後の猛練習をするという選択肢もあったはずだった。しかし直前にどうあがいたところで、結局弾けないところは弾けないのだ。それに2週間ほど前に、練習室でガンガン弾いていたら急に熱っぽくなってその後数日調子を崩したことがあった。今月は体調不良に悩まされることが多かったため、何をやるにも慎重になっているのである。

それでも先ほど、電子ピアノの音を十分絞って一回控えめに弾いてみた。うーん、やっぱり弾けていない。まあよい、所詮は遊びだ。学生時代にサークルの演奏会に何度も出て、開き直りの技術だけはずいぶん上達したように思う。

2008年05月26日

映像のテスト

少し前から、このブログで映像を流すことが可能かどうか考えていた。もちろん動画投稿サイトへのリンクを埋め込むことはできるのだが、そうではなく、映像ファイルを自宅サーバに置いて、見る人がストレスなく視聴できるかということである。古いノートPCをサーバに流用しているのだが、こういうコンテンツがあるとどれくらい負荷がかかるのかよく分からないのだ。試しにファイルを置いてみるので、もし見られない、あるいは映像や音声に何らかの問題があるという方は、コメント欄などでその旨お知らせいただければと思う(Adobe Flash Playerがインストールされていないと多分見えない)。映像は、昨日自宅で撮っておいたスクリャービンの前奏曲Op.16-1。

2008年05月24日

泥縄の練習

演奏会が間近に迫っているというのにあまりに練習していないので、少しはちゃんとしたピアノにさわってこようと思い立ち、お昼頃浜松ピアノに電話してスタジオを1時間押さえた。普段よく行く木定楽器店のピアノがちゃんとしていないわけではないが、浜松ピアノはフルコンのスタインウェイを弾かせてもらえるのである。いつも演奏会前に一回は行くことにしている。

夕方、雨の中を出かける。予約した時間に浜松ピアノに行くと、偶然にも店内にはBGMとしてスクリャービンの前奏曲が流れていた。部屋に通されると早速練習開始。うーん、やはり全然ダメ。Op.42-5は指が全く回っていない。集中して練習すべきなのだろうが、弾き方がそもそも間違っているのだろう、この曲を一回通しで弾くと両手とも消耗しきってしまい、数分はまともに力が入らなくなってしまうのである。だからしばらくの間は他の静かな曲を練習して、筋肉が休まるのを待つしかないのだ。スクリャービンは若いころにリストの「ドン・ジョバンニの回想」を練習しすぎて右手を痛めてしまい、まともに動かせなくなってしまった。その影響で彼の曲は左手に負担のかかるものが多いということになっている。確かに左手の音域は非常に広くて演奏困難だが、私に言わせれば、痛めたわりには十分右手も酷使していると思う。あんな不自然な手の開き方を要求されるのでは、腱鞘炎にならない方がおかしい。

そんなわけでときどき手を休めつつも、何とか1時間練習を続けた。本番まではこういう泥縄の練習をなるべく繰り返す必要がありそうだ。

2008年05月23日

演奏会プログラム

今月末に行われる演奏会のプログラムが決まったので掲載しておく。当日お暇な方は是非。

2008年05月14日

アムランの新盤

ピアノマニアで作るメーリングリストからうれしいニュースが入ってきた。ついにMarc-André Hamelinが弾くJ. Strauss=GodowskyのCDがこの夏に発売されるらしい。アムランによる「芸術家の生涯」のライブ録音は昔聴いたことがあったが、彼の演奏による交響的変容三部作すべての録音が世に出るのは今回が初めてである。これは是が非でも買わなければいけない。

ゴドフスキーというと好き嫌いの分かれるショパンエチュードの編曲がまず思い浮かぶかもしれないが、文句なしに楽しめるのは何といってもこの「交響的変容」三部作であろう(実際には四部作だが、4番目の作品は左手一本のために書かれたもの)。ヨハン・シュトラウスII世の有名なワルツの旋律が縦横無尽に駆け回り、絡み合い、響き合って豪華絢爛な音の空間をつくり出す。元になっているのはワルツ「芸術家の生涯」、喜歌劇「こうもり」、ワルツ「酒・女・歌」の3曲。どれも演奏は超絶的に困難であり、特に1曲目の「『芸術家の生涯』の主題による交響的変容」の難しさは筆舌に尽くしがたい。あとの2曲は若かりしころに自分も挑戦したことがあるが、当然ながらまるで歯が立たなかった。こういう曲は中途半端な腕の人間が弾くべきではない。曲を知っている人には聴いていてもどかしいだけだし、知らない人にはただ難しくしただけの曲と誤解されかねないからだ。いくつもの旋律が絶妙に調和し「交響的に」流れる、その心地よさこそがゴドフスキーの真骨頂であり、聴く人がそれを堪能できるためには技術的な困難などものともしないヴィルトゥオジティが必要なのである。その意味で、アムランほどうってつけのピアニストはいないだろう。

もう10年以上前のことになってしまったが、当時まだ日本ではほとんど知られていなかったアムランを招聘したときのことを思い出す。動いたのはピアノサークルの先輩たちだったが、私も下っ端として招聘メンバーの一員に加えさせてもらっていた。十人くらいで成田空港に行って彼を出迎えた後、成田エクスプレスで新宿に移動し、どこかのレストランに入ったのだが、私は緊張もあってそこまでほとんど言葉を交わしていなかった。私は下っ端だし、他のメンバーに比べればピアノについては無知だし、まあ隅っこでおとなしくしていよう。そう思っていたら、招聘メンバー代表のKさんが
「ほれ、斎藤君、カンバセーションインフレンチ、せんの?」
といきなり水を向けてきたのである(アムランはカナダ人なのでフランス語も達者なのだ)。突然言われてどぎまぎしながらも、そのときこわばった顔でアムランにした質問が
「えーと、ゴ、ゴドフスキーの『変容』4部作を録音されるつもりはないんですか?」
だった。もちろんすらすらそんなことが言えるわけはなく、前日に仏作文してこしらえておいたたった1つの質問がそれだったのだ。そのときのアムランの答えの第一声が
"J'aimerais bien."
だったことはよく覚えている。それに続けて、今はいろいろ事情があってちょっとできそうにはないんだけど、というようなことを言っていたと思うが、彼も録音する気はあるんだなとそのときから密かに期待して待っていたのだった。あれから10年、やっと出るのかと思うと、何とも感慨深い。

2008年04月27日

三たびチェスを指しピアノを弾く

先週に引き続き、同じパターンでIさんと本屋で3時に落ち合い、隣の喫茶店でチェスを指す。Iさんにまた対局してくださいと請われたからだが、実は今度の土曜日から蒲田で行われるゴールデンオープンに参加申し込みをしてしまったため、少しは実戦感覚を思い出しておきたいというこちらの事情もあった。3局指したのだが、1局目は十数手で決定的な駒得をして投了に追い込み、2局目に至ってはf7への攻撃が通ってしまって10手でメイト。今日は調子がよさそうだとそのときは思った。しかし3局目、どうやっても悪くなさそうだなと何気なく指した手が、実は大悪手であると直後に気づく。幸い相手には気づかれなかったので事なきを得たが、もしとがめられていたらR1個を丸損するところだった。あんなことを公式戦でやったら、間違いなくRを取られてその場で試合終了である。ブランダーは、忘れたころにやってくる。

終了後、また本通商店街の端っこにある楽器店のピアノスタジオに行って1時間ほどピアノを練習してくる。このところすっかりハマってしまっているフーガは、少しずつだが譜読みが進んできた。意欲があるうちに最後までたどり着きたいものだ。

2008年04月20日

再びチェスを指しピアノを弾く

今日は中国選手権で会ったIさんからまたチェスの相手をしてくださいと言われていたので、2週間前と同じ行動パターンを取ることにした。すなわち、3時にIさんと本屋で待ち合わせして隣の喫茶店でチェスの対局。夕方に別れると楽器店のスタジオでピアノの練習をするという段取りである。前回は対局前にあれこれ偉そうに説明したが、もう今日はすぐ指しましょうということになる。こちらが黒を持って2局指したのだが、1局目は適当にやっていたら何だか相当いい勝負になってしまい、最後は負けるんじゃないかという恐怖を払いのけながら指す羽目になってしまった。ギリギリ勝つには勝ったけど、いくら何でも情けなさ過ぎる。どうも自分は頭がチェスモードに切り替わるのに時間がかかるので、大会に行ったときなども初戦はとりわけひどい手を指してしまう傾向がある。2局目は頭が慣れてきたか、比較的順当に差を広げて勝つことができた。エンジンのかかり方の遅さ、これは今後の課題だ。

終了後、Iさんと別れてから予定通り楽器店のピアノスタジオへ。バッハ=リストの「前奏曲とフーガ」とスクリャービン。ガンガンやっていたら汗が噴き出してきて、着てきたジャケットとセーターをしばらく脱いでいなければならなかった。1時間弾いてすっきりしたところで、そのへんで夕飯をすませて帰途に就いた。

2008年04月19日

折紙&ブゾーニとヒナステラ

昼食をすませ、コーヒーを一杯飲んで落ち着いたところで、またつい折紙を始めてしまった。それもコンプレックス系折紙の王道である昆虫系である。正確には蜘蛛なので昆虫ではないのだが、要するに足が2本多いわけで、その分余計に厄介だともいえる。序盤早々unsinkという特殊な折り方をさせられる箇所があり、これに大苦戦。その後もひたすら難解な工程が続き、紙がかなり傷んでしまった。ずいぶん時間をかけたのに、まだ全体の半分も行っていない。この調子では途中で破綻する可能性も高いが、折り急ぐとなおさら失敗しやすくなるので長期戦で行こう。

夕方から市街地に出かける。無印良品の店に行ったのだが、買い物をすませてから上階にあるCD店にふらっと入り、何かめぼしいものはないかと物色。クラシックはありきたりのものしか置いていないのであまり食指が動かないことが多いのだが、幸いナクソスのCDが片隅にまとまっていた。普段それほど見かけないような隠れた名曲を、良心的な値段で提供してくれることで知られるレーベルである。何枚か取り上げて迷ったのち、ブゾーニのヴァイオリン・ソナタ集とヒナステラのピアノ協奏曲集の2枚を購入。どちらも演奏者は聞いたこともない人たちだったが、こういうのはまず曲が聴けることが何より大事である。今はブゾーニを聴きながらこれを書いているが、やはりよい買い物だったようだ。

2008年04月16日

Lettberg plays Scriabin

スウェーデン人女流ピアニスト、Maria Lettbergの弾くスクリャービン全集が数日前に届いた。去年の秋に発売されたという情報を知ってから、ずっと気になっていたのである。早速このところ聴いてみているが、期待を裏切らない演奏でなかなかよい。これまでもソナタ全集ならHamelin、エチュードや前奏曲ならLaneなどのよい録音があったが、スクリャービンのすべてのピアノ作品を網羅的に収録したものがほしいとなると、Pontiの弾く全集に頼るしかなかった。ただどうもポンティの演奏は音質もあまりよくないし、何だか全曲録音しろと言われたので弾いたというような印象で、今ひとつスクリャービンらしさが感じられないのだ。だからあまり私は好きになれなかったのだが、演奏会用アレグロOp.18や悪魔的詩曲Op.36といったかなりマイナーな曲を聴くには、これくらいしか音源がなかったのである。しかし、これからはもうレットベリ盤がある。これは今後も聴いていくことになるだろう。

今回買ったこの全集、CD8枚組でさらにボーナスとしてレットベリのロングインタビューが収録されたDVDも入っているのだが、値段は20ユーロだった。演奏のよさを考えると、かなりお買い得ではないかと思う。その昔、初めてCDというものを買ったときは、確か1枚が3,500円くらいしたような気がする。つまり今回のスクリャービン全集より高かったわけだ。時代は変わった。

2008年04月06日

チェスを指しピアノを弾く

2時過ぎに家を出て街中に出た。今日は、先日の中国選手権で対戦したIさんと3時から会うことになっていたのである。対局指導してくれと熱心に請われ、自分は教えるほどうまくないと何度も言ったのだが、ついに押し切られてしまったのだ。

本屋で待ち合わせし、すぐ隣の喫茶店に入ると早速駒を並べる。定跡を教えてくれというので、最初にものすごく大雑把にいくつかのオープニングを並べる。白の初手はこれが一番多くて、次がこれ。黒がこう指すとシシリアン・ディフェンスって言って、これはもうものすごく変化があって大変なんです。白は普通はこっちのナイトを跳ねるんだけど、そこでまた黒はいろいろ手があって……このポーンを突くことが一番多くて、そうすると普通は次にここでこうやってポーンを交換して、ナイトを跳ねて、でこっちもナイトを跳ねる。ここでまた黒はいろいろ手があって、この端っこを突くと、ナイドルフ・ヴァリエーションっていってトッププロの間でよく出てくるんです。あとは、こっちを突くドラゴン・ヴァリエーションってのもある。あっ、こういうふうにビショップをここに出すのはフィアンケットっていって、結構使えます。あとね……

延々とやっているうちに、こんなことをしてもあまり意味がないような気がしてきた。ちょっとやそっと定跡を覚えたってその通りになるはずがないし、指し手の意味が分からないのに丸暗記しても仕方がない。やっぱりチェスは実際に指してなんぼである。とにかくやってみましょうということで、白黒それぞれ一局ずつ指してみる。終わると並べ直しながら、中央を制圧した方がいいんですよとか、ナイトとビショップは早めに出してキャスリングした方がいいんですとか、どこかで聞いてきたことをさも強いような顔をして偉そうに講釈してしまった。しかし今日のIさんの熱心さだと何だかあっという間に追いつかれそうで、こちらが講釈されるようになるのも時間の問題だろう。実際2局目は中盤まであまり形勢に差がつかず、ちょっと焦ってしまった。

またそのうち指しましょうと約束して6時過ぎにIさんと別れる。今日はせっかく街中に出てきたので、久しぶりにピアノスタジオでゆっくり練習しようという計画もあった。予約はしていなかったが、よく行く楽器店のピアノスタジオに行ってみると空いているとのことで、6時半から1時間、グランドピアノを鳴らすことができた。昨日書いた「前奏曲とフーガ」もちょっとだけやったが、まだ譜読みし始めたばかりなので、今日のところはスクリャービンが中心。まだまだちゃんと弾けていない。来月はもう少しピアノスタジオ通いを増やす必要がありそうだ。

8時半頃帰宅。

2008年04月05日

フーガの魅力

次の演奏会が来月末だからそろそろ真面目に練習しなければいけないのだが、まだ今ひとつ身が入らない状態でいる。まともに弾けていない箇所がまだたくさんあるのに、一通り譜読みがすんだのをいいことに、つい他の曲に手を出してしまうのだ。先月まではプロコフィエフの「シンデレラ」をずっとやっていたが、今月は「バッハ月間」になりそう。朝食のときによくバッハをかけているので聴く方はほぼ毎日なのだが、ときどき弾く方もたまらなくバッハが心地よくなる期間がめぐってくる。今一番気になっているのは、リスト編曲の前奏曲とフーガイ短調。オリジナルはオルガンである。この曲が入っているRian de WaalのCDを久しぶりに聴いていたら、耳について離れなくなってしまったのだ。今日の午後は楽譜を出してきてフーガの冒頭を弾いてみていた。やっぱりいい曲である。

この曲に限らず、フーガというのは実に魅力的な形式だなとつくづく思う。静寂を破って単音の旋律が聞こえてくる。バッハはこの旋律からして実にいいのだが、しばらくして低音域からその旋律が遅れて登場し、またしばらくするとさらに低音の領域で新たにメロディーが生まれる。しかもそれらはカノンのようにただずれて流れ続けるというわけではなく、お互いが有機的に絡み合うべく少しずつ姿を変えてゆくのである。干渉し合いながらも融合してしまうわけではなく、かといって分離してしまうわけでもない。つかず離れずの状態を保ちながら全体が大きくなっていき、いつの間にか巨大な音の塊ができていくのだ。それはまるで、微生物が自己増殖を繰り返して巨大化していく様のようである。もしかしたらフーガを弾く心地よさは、生物を創造する神になった気分から来ているのかもしれない。

2008年03月22日

オルガンの超絶技巧

Cameron Carpenterというオルガニストをご存じだろうか。実は私も最近知ったばかりなのだが、彼のライブ映像を見て度肝を抜かれてしまった。オルガン曲というとバッハやフランクのそれが思い浮かぶが、何とここで弾いているのは、あのホロヴィッツ編曲の「星条旗よ永遠なれ」とカルメン変奏曲。普通にピアノで弾いても恐ろしく難しいこの曲を、手足を駆使して弾ききっている。特に凄まじいのが足を使った演奏。このタップダンスのごとき足の運びを見よ!また手も3段の鍵盤を自由に行き来するだけでなく、片手で違う段を同時に弾くという離れ業を演じている。

ホロヴィッツの「星条旗よ永遠なれ」やカルメン変奏曲は、超絶技巧系ピアノ曲の世界の入口に位置している。こういう系統の曲が好きなピアノマニアには、ホロヴィッツの豪快な演奏に強い衝撃を受けてこの世界に足を踏み入れたという人も多い。例えば「星条旗よ永遠なれ」の中間部では、低音部の伴奏、中音部の主旋律に加えて、高音域でピッコロの細かく跳ね回る装飾的メロディーが聞こえてくる。まるで手が3本あるかのようで、初めて聴くとかなりのインパクトを受ける箇所である。だが、まさかこのピッコロパートを足で弾くことが可能だったとは……。これを見た後だと、ホロヴィッツの演奏もそれほど難しくないのではないかと一瞬錯覚しそうになってしまう。体操競技で、かつては最高の難度だったはずの技が、今ではごくありふれた技に見えてしまうのと似たようなものかもしれない。

そういえば、この人は何だか器械体操でも始めそうな格好をしている。まあこれだけ縦横無尽に手足を動かすのだから、ある意味体操みたいなものかもしれない。少なくともタキシードやスーツを着ていては、このパフォーマンスは難しいだろう。

2008年03月12日

講堂のピアノ

去年、前の学長からヤマハのグランドピアノが大学に寄贈されるというできごとがあり、講堂で感謝の意味を込めて行われた小演奏会に行ったことがある。学生たちが奏でる「千の風になって」を聴きながら、もしこのピアノが使用されていないときに弾かせてもらえれば助かるなあとちょっと思ったのだが、現実には難しいだろうとほとんどあきらめていた。ところが昨日ふと事務方に聞いてみたら、ピアノが置かれている講堂大ホールを事前に予約したうえで、ホールの鍵とピアノの鍵をそれぞれ事務から受け取れば勝手に弾いていいという。今日はホールも使われておらず、こちらも長引く仕事はなかったので、夕方にちょっと行ってみることにした。今まではグランドピアノで練習するとなると必然的にピアノスタジオで利用料を払っていたわけで、もし大学で練習できる選択肢ができれば非常に心強い。

で、実行してみた感想としては、いざというときには使えそうだが、あまり頻繁に利用はしにくいなというのが正直なところ。ピアノ自体は別に問題ないのだが、事前の手続きがどうも気が引けてしまうのである。まず、あのでかいホールを自分一人で使用したいという届けを出すのに躊躇してしまう。しかも使用目的に「ピアノ練習」と書かなければいけない。それから担当者のところで鍵を借りるのだが、施設利用届を見ながら「えーと、ピアノを弾くんですか」と他の事務職員に聞こえるような声でいうので、これが気恥ずかしいのである。学生ならいざ知らず、小さい大学だから教員だと顔がすぐ割れてしまう。なるべく人に知られずにこっそり弾きたいのだが、やはりそういうわけにもいかないようだ。

練習自体はなかなか快適にできたが、来月から始まる新年度の忙しさを考えると、こうやって時間をつくれる日はほとんどなさそうだ。結局、土日のピアノスタジオ通いの方が主になりそうである。

2008年03月01日

グランドピアノで練習

夕方から市街地まで車で出かけた。先週の土曜は突然の雪で巣ごもりを余儀なくされたが、今日は雲一つない青空である。それほど肌寒さも感じられない。今日から3月、春は近い。

ShawlDance.jpg今日は久しぶりにピアノスタジオに行って、グランドピアノをさわってきた。去年秋の演奏会が終わってからというもの、ずっと家の電子ピアノで遊んでいるばかりだったが、そろそろリハビリを開始しないと指が本当のピアノのタッチを忘れてしまう。最初にスクリャービンの前奏曲で指ならししてから、このところずっと弾いているプロコフィエフの「シンデレラ」から「ショールの踊り」、最後にスクリャービンのエチュードOp.42-5でしめた。次回の演奏会もオール・スクリャービンのつもりでいるので、本当はその予定曲を練習した方がよいのだけれど、今はプロコフィエフが自分の中でブームになっており、どうしても弾きたくなってしまう。左手の移動距離が大きくてなかなか当たらないのだが、それだけにうまくいったときはかなり気持ちがよいのである。もう少し集中的に練習してミスを減らしたいところだ。

2008年02月23日

プロコフィエフの「シンデレラ」

午前中は風が強くて、窓に吹きつける風の音で目が覚めてしまった。ここ数日は春の訪れを予感させるような穏やかな日が続いていたのだが、あいにくこの土日は荒れ模様の天気らしい。夕方から市街地に出かけようと思っていたのだが、午後から降り始めた雪がひどくなり、100メートル先もかすむほどに視界が悪くなったので、予定を変更して家にこもることにする。三寒四温、もう何回かはこういう冬への揺り戻しが来るに違いない。

そんなわけで今日は外に出なかったので、チェスとピアノの「譜読み」で時を過ごした。ピアノはここしばらくずっとスクリャービンだったのだが、今日やっていたのはプロコフィエフの「バレエ音楽『シンデレラ』より6つの小品Op.102」。「シンデレラ」に出てくるフレーズを作曲者自身がアレンジした小曲集である。今特に気に入っているのが第5曲の "Shawl Dance" だ。第1幕で、シンデレラの二人の姉がショールを引っ張り合いながら喧嘩をしており、母親が真ん中からそれを切ると、姉たちは半分ずつを持って踊り出す。さらにずっと後の舞踏会のシーンで二人がコミカルな踊りを披露するとき、「ショールの踊り」のヴァリエーションが流れるのだが、プロコフィエフのアレンジではこの変奏もセットされた形になっている。シンデレラや王子が踊るときのロマンティックで優美な曲調と対比させるように、二人の姉が踊るときの曲はひたすら滑稽であり、底抜けに明るい。普段はどちらかというとねっとりした幾分陰のある曲を練習していることが多いので、ときどきこういう屈託のない明るさを持った曲に惹かれてしまう。人前で披露できるところまではなかなか行きそうもないが、自分で楽しむ分にはこういうのもよいものだ。

プロコフィエフは好きな作曲家の一人だが、ピアノ曲以外では実は「ロミオとジュリエット」や「シンデレラ」のようなバレエ音楽がかなりお気に入りである。「6つの小品Op.102」のように本人がピアノソロへの編曲をかなり作ってくれているので、時間と技術が許せばもう少し譜読みしたい。

2008年02月19日

ハフのピアノアルバム

ここ数日は、スティーヴン・ハフ(Stephen Hough)というピアニストの弾いているピアノアルバムを聴いている。もうこれを買ったのは10年以上前のことになるが、今でもこうやって聴き続けて飽きることがない。2枚組(私が買ったときはまだ1枚ずつバラ売りされていた)でそれぞれ20曲ずつ、隠れた名曲ばかりが演奏されている。親しみやすくて華があり、アンコールピースにはぴったりの曲ばかりだ。

確か初めて聴いたのは、私がまだ大学の1年生か2年生のときだった。ピアノサークルの先輩たちから強く勧められて買ったのだが、MacDowellとかde SchlözerとかLevitzkiとか、曲目リストに並んでいるのは当時の私が全く聞いたこともない作曲家の名前ばかり。最初はかなり怪しげな印象があったように思う。だが数回聴くうちに、そうした訝しさはどこかに飛んでいってしまった。世の中には全く知られていなくとも、実はこんなにいい曲がたくさんあるのだということを認識させてくれた2枚だったといえるだろう。

学生時代の9年間にピアノサークル主催の演奏会には何度となく出演させてもらったが、一度だけアンコールを弾いたことがある。もちろんそれは私の演奏がよかったからではなく、単に当時のサークル内の年長者ということでその日のプログラムのおしまいに配置されていたため、形式上拍手が少し長くなっただけに過ぎない。まあ要するに、日本的年功序列社会の恩恵にあずかったというわけだ。そのときに弾かせてもらったのが、ハフのピアノアルバムに収録されていた "Now sleeps the crimson petal"。テニソンの詩をロジャー・クィルター(Roger Quilter)が歌曲にし、それをハフ自身がピアノソロのために編曲したもので、しっとりした抒情が実に美しい曲である。あのときあの曲を選んだのは正解だったと今でも思っている。

CDを聴いているうちに久しぶりにまたちょっと弾いてみたくなって、昔蒐集したレア楽譜の束をさっきひっくり返していたのだが、量が膨大でどこに行ったか分からなくなってしまった。ピアノマニアの中にあっては私のコレクションなど全く大したことがないが、それでも自分でも思い出せないようなわけの分からない楽譜が次から次に出てくる。一度時間をとって整理した方がよさそうだ。

2008年02月09日

春秋社の楽譜

Shunjusha.jpg去年から加古川ピアノ同好会という有志団体の演奏会に出させてもらっているが、今年は5月31日にまた神戸で行うことが確定したようだ。間に合うかどうか分からないけれど、一応また出演することを目指して、ピアノも細々と練習を続けている。曲は相変わらずスクリャービンで行くつもり。前回は練習曲オンリーだったが、今回は前奏曲やマズルカも入れたプログラムにしようかと思っている。

どんな曲を演奏するのであれ、まず問題になるのが「どの楽譜を使うか」ということだ。もちろんマイナーな作曲家であれば選択肢は一つしかないが、バッハやベートーヴェン、ショパンといった超大御所になると、楽譜を出している出版社は相当な数になる。曲が同じならどこの楽譜を使っても同じじゃないかと思えるが、実は校正や運指の指示などで微妙に違っているところがあるのである。中には印刷が曲がっていたり、誤植だらけだったりするものもあるから、注意しなくてはいけない。

ただスクリャービンに関しては、春秋社から出ている世界音楽全集という楽譜があるので安心である。一つ一つの曲の詳しい構造の解説、よく考えられた運指に加え、何と言っても徹底的な校訂がなされている。スクリャービンの楽譜は、初版であるベリャーエフ版とユルゲンソン版(後期作品)にソ連・国立音楽研究所版、ペータース版などが存在しているが、春秋社版では諸版の違いをいちいち調べたうえですべて校訂報告という形でリストアップしてあるので、信頼感が違うのだ。この世界音楽全集のシリーズはスクリャービン以外の作曲家についても優れたできばえであり、特に複雑怪奇な譜面のせいで誤植のオンパレードが当たり前だったアルベニスについては、春秋社版が事実上の決定版といっていいと思う。

ただ大変残念なことに、このシリーズのスクリャービン全集は全7巻のうち第5巻のマズルカ集と第7巻の小品集が未刊となっている。編集と校訂をされていた伊達純氏が亡くなってしまったためだ。最後に刊行されたのが第4巻の前奏曲集で、それからもう8年以上経っているから、多分このまま出ないのだろう。仕方なく、Doverの安いリプリント版でマズルカを譜読みするのだった。

2008年01月27日

芸を見せる

数日前に入手した複雑系折紙の本で非常に魅力的な作品が出ていたので、昨日から今日にかけてそれにトライしていたのだが、中間地点あたりまで来たところでどうしても折図と合わなくなってしまい、どこを間違えたのだろうといじくり回していたら紙が破れてしまった。何時間もかけたのに水泡に帰するとがっくり来てしまう。まあこういう経験も必要なのだろう。

2008年01月10日

忙しさとシューベルト

昨年末あたりからどうも忙しさを感じることが多くなってきた。もちろん、あくまでそれ以前と比べての話であって、世間一般の感覚からすれば忙しいうちにも入らないのだろうと思う。実際、束縛されている時間はまだ大したことはなく、言ってみれば精神的な忙しさだ。要するに、懸案事項がいくつも同時に降ってくるのである。一つ一つはどうということはなくても、束になってかかってこられるとどうも落ち着かなくていけない。こういうのは慣れた人だと懸案ごとに頭をさっと切り換えて着実に処理できるようだが、まだまだ修行が足りないようである。

今月は何となくシューベルト月間と決めて、ソナタを中心に聴き続けている。久しぶりに聴くと、余計なものの足されていないメロディーが直に伝わってくるようで、実に心地よい。シューベルトの曲は歌曲でなくても旋律はみんな歌のようであり、運転中や皿洗いの最中にもつい口ずさんでしまう。「癒し」という言葉はある時期からやたらに聞くようになったのであまり使いたくないが、忙しさを感じながら帰ってきたときには、この素朴な美しさにだいぶ癒される気がするのであった。

2008年01月03日

新年会

もう体調はだいぶよくなったので、今日は久しぶりに家の外に出た。娑婆の空気を吸うのは4日ぶりだ。これでやっと普段通りの生活に戻ったように思う。

今日出かけたのは、学生時代のピアノサークルのOBが集まる新年会に顔を出すため。去年も1月3日の開催で、確か一昨年もそうだった。場所はいつも新宿の高層ビルの上層階にあるお店である。今回の食中毒騒ぎで一時は断念せざるを得ないかとも思っていたが、幸い身体もほぼ復調したし、最近はなかなか集まる機会もないから、できれば参加しておきたかった。今年集まったのは男5、女4の9人。もう普段あまり会わないだけにどうしてもお互いの近況報告が話題の中心になるのだが、みんなそれぞれ忙しそうだった。自分も最近はかなり忙しくなってきたような気になっているが、比べてみるとはっきりいってまだまだ楽な方だなあと実感。

比較的早い時間に散会したので、11時前には帰宅できた。

2007年12月24日

まなざし

クリスマスの夜ということで、メシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」("Vingt Regards sur L'Enfant Jésus")をかけている。去年も復活祭にかこつけて聴いていたが、曲の内容を考えればやはりクリスマスイブに聴くのが一番ふさわしいだろう。演奏に約2時間を要する1945年作曲の大作である。第6曲の「御言葉によってすべては成されたり」("Par Lui tout a été fait")や第10曲の「喜びの聖霊のまなざし」("Regard de l'Esprit de joie")あたりは、何度聴いても飽きない。

にも書いたが、この曲に初めて接したのは大学のピアノサークルの卒業演奏会という場であった。当時まだ私は1年生、右も左も分からぬまま大学生活に入り、自分がいかにピアノについて無知であったかを思い知らされた1年間の締めくくりとして、4年生が出演するこの演奏会を迎えたのである。弾く側も4年間の集大成のつもりでいつも以上に準備をして臨むから、素晴らしい演奏が聴けるのは始まる前から分かっていたが、特に印象的だったのはやはりこの「まなざし」の全曲演奏であった。プログラムとは別に演奏者のNさんが詳しい解説冊子を書いて配布しており、演奏中はこれを見ながら初めてのメシアンの世界にどっぷりと浸ったのをよく覚えている。

あの解説冊子は世に出さないともったいないと思っていたら、ちゃんとNさんの作った「オリヴィエ・メシアンに注ぐまなざし」というページで読めるようになっていた。日本語で書かれたメシアンに関するサイトとしては、多分ここが一番充実しているだろう。

2007年12月15日

研究集会から演奏会へ

研究集会最終日。午前中の講演が終わった後、数人でハンバーガー屋に行った。学生のときにはよく来ていたが、ここも訪れるのは数年ぶりである。全国展開しているチェーン店だが、実は大学の近くにあるこの店が第一号店だったのだそうだ。たまたま昨日がその開店15周年の記念日だったとかで、エコバッグを景品にもらってしまった。

ハンバーガーを食べながら、講演を終えたばかりのN君がしてくれた話がおかしかった。彼が学生のころにここで食べていたら、外に黒塗りのベンツらしき車が止まり、明らかにヤクザと思われる出で立ちの方が数人入ってきたのだそうだ。子分と思われる人がボスにメニューを聞いたら、ボスがすごみのある顔で、
「ピリ辛のヤツ」
と注文したという。因縁をつけられては大変だから素知らぬ顔をしていたが、「ピリ辛」のバーガーを注文するヤクザというギャップが面白く、笑いをこらえるのに必死だったとのこと。確かに、こちらも想像しただけで吹き出してしまった。考えてみると、そのままハンバーガー店のCMに使えるシーンではないかという気がする。

午後にも講演が2つ残っていたが、連日の聴講でもう消化不良になっていたこともあり、失礼させてもらって錦糸町のすみだトリフォニーホールに移動。今日はここで、先日広島まで来てくれたO君が出る演奏会が行われていたのである。彼とピアノサークルの後輩が数名出ていたのを除けばほとんどは知らない出演者だったが、演奏はバリエーションに富んでいて楽しめた。

ただ一つ閉口したことがあった。私とほぼ同時に会場に入ったおばさんが、最前列に陣取って演奏が終わるたびに「ブラボー!」と声を上げるのである。すべてにブラボーと言うのかと思ったら、ときどきは「頑張って!」になったり「最高!」になったりする。どうやらのど自慢の鐘と同じで、あまり気に入らなかったら「頑張って」、よいと思ったら「ブラボー」、すごくよいと思ったら「最高」ということらしいのだ。とにかくブラボーを言いたがる人というのは珍しくないが、この方のやることはさらにもう一段階上だった。どうもあちこちの演奏会にいらっしゃる名物の方らしい。拍手より先にまずそのおばさんの声が会場に響き渡るので、演奏者もちょっとやりにくそうにしていた。

だいたいの演奏を聴いてから会場を後にし、待ち合わせしてあった親と合流して夕飯をすませた。本当ならそのままさっさと帰宅するはずだったのだが、電車の中に荷物を置き忘れるという失態を演じてしまい、回収したという千葉駅まで取りに行く羽目になる。失われなかっただけましだが、どうも最近ぼうっとしていていけない。ともあれ、今日はあちこち動き回ってかなり疲れた。

明日は広島に帰る予定。

2007年12月14日

CDをまとめ買い

研究集会終了後、渋谷の大型CD店に足を運んだ。学生のころはここに足繁く通ったものだが、広島に移った今となっては1年に1回行くかどうかという程度である。久しぶりだったのでじっくり見て回った。今日の戦利品は、スクリャービンのピアノ曲全集5枚組とヒナステラのピアノ協奏曲、それにHusum音楽祭の2005年および2006年のライブを収録したCD。Husum音楽祭というのは、ドイツのHusumという街で毎年レアなピアノ曲ばかりを弾くマニア垂涎の演奏会である。1989年収録のCDからずっと買いそろえていて、最近2年分がまだだったのだがこれでようやく追いついたことになる。スクリャービンの方は、本当は最近出たというMaria Lettbergというピアニストの録音を買いたかったのだが、残念ながら店頭になく、ずっと買いそびれていたPontiの全集を代わりに購入した。

それにしても、CDも初期のころに比べればずいぶん安くなったものだなと思う。今日買った5枚組のCDだって2,720円だし、シューマンのピアノ曲全集だったか、13枚組で3,000円くらいなんていうのもあった。私がCDというものを初めて買ったときは、国内版とはいえ、1枚が3,000円以上するものばかりだったように思う。まああと10年もすれば、CDも過去の遺物になっているのかもしれない。

2007年12月09日

スクリョービン?

昨日の予定通り、今日は車を出して街中に出た。普段の土日なら夕方はある程度混雑しているものなのだが、今日は気持ち悪いほどスイスイと目的地まで到着。駐車場も並ぶことなくすんなり入れてしまった。サンフレッチェのJ2降格で街全体が落ち込んでいるというわけでもあるまいが、何となく人通りもいつもほどではなかったように思う。

雑誌やらカレンダーやらを買ったあと、デパートの9階にある楽譜売場をちょっとだけ偵察に行った。まあ今は特にほしい楽譜もないので、何となく見るだけである。周りに誰もいないのをいいことに、「これもう買ったんだっけかなあ」とか「ドレミ(出版社)がラフマニノフ出す時代になったんだなあ」などと小声でぶつぶつ言いながら視線を移していったら、スクリャービンのところで「スクリョービン」と書いてあるのに気づいてひっくり返りそうになった。まあアリョーヒンみたいでこちらの方がロシア人っぽいと言えなくもない。しかし楽譜屋の店員に間違えられるようでは、スクリャービンもまだまだ知名度が低いんだなと再認識せざるを得なかった。個人的には、ピアノ曲の歴史においてはショパンやリストと並ぶ重要な作曲家だと思っているのだが、例えばショパンが間違って「チョピン」と書かれることはまずないだろう。

とそこまで考えたとき、ふと大昔のことを思い出した。確かあれは私が高校一年生のときではなかったかと思う。友達に貸すつもりだったか自分で聴くつもりだったか、その日私はアシュケナージの弾くショパンのCDを学校に持ってきていた。休み時間、私が手にしていたそのCDに "Chopin - Ballades & Scherzos" と書かれているのを見た隣の同級生が、感慨深げにこう言ったのである。
「へえ、斎藤君、チョー・ヨンピルなんか聴くんだぁ」
あれは本当にびっくりした。高一のころの記憶なんてだいぶ薄れてきているけれども、あの瞬間の彼の台詞だけはなぜか妙にはっきり覚えている。それだけ新鮮だったのだろう。

昔のことを思い出し、少しばかりにやにやしつつ楽譜店を後にしたのだった。

2007年12月06日

ベーゼンドルファー

先月の末だったが、オーストリアのピアノメーカー、ベーゼンドルファーをヤマハが買収する方向に話がまとまったというニュースが流れていた。スタインウェイやベヒシュタインと並び称される名門も、近年は経営が苦しかったらしく、売りに出されていたという。外資に買われたとなるとウィーンの人の反感を買いそうなのがちょっと心配ではあるが、ヤマハもさすがにベーゼンドルファーのブランドは大事にするだろう。

ピアノを弾く人にはよく知られているが、ベーゼンドルファーのグランドピアノは他にはない特徴がある。普通のピアノの鍵盤は88鍵で、Aの音が最低音だ。しかしベーゼンドルファーのフルコンにはさらにその下に4つ鍵盤があり、一番下の音はFなのである。演奏中、瞬間的に視線をやったときに誤解しないよう、つけ加わっている4つの鍵盤はすべて黒く塗りつぶされている。この鍵盤を弾くことを要求するような曲はまずないが、重低音をガーンと響き渡らせることに快感を覚えるピアノマニアにとって、このプラスされた4鍵はいたく魅力を感じるものなのである。そんなわけで、学生時代のピアノサークルでは、出演予定の演奏会の会場に置いてあるピアノがベーゼンだと聞かされると、スタインウェイと知らされたときとはまた別のワクワク感を感じている人が少なからずいたように思う。

Chaconne.jpgベーゼンの「禁断の黒鍵」を使いたくなる曲の筆頭は、おそらくバッハ=ブゾーニの「シャコンヌ」だろう。言わずと知れた名曲を壮麗な演奏効果を持った編曲で楽しめるので、ピアノサークルでは常に人気曲であった。この曲の一番最後、重低音を響かせながら音が一音ずつ落ちていくところで、最後の一塊だけは1オクターブ上で弾くように指示されている(赤枠内)。曲の流れからいって、ここはGの低音が存在しないためにやむを得ずブゾーニが上に上げたと想像できる。しかしベーゼンのフルコンならば、この箇所で妥協する必要はない。落ちるところまで落ちればよいのだ。かつてベーゼンドルファーのピアノで演奏会をしたとき、シャコンヌを弾いた友人が満足げに黒いG音を叩いていたのをよく覚えている。

買収後にベーゼンドルファーがどういうことになるかまだ分からないが、低音の黒鍵は残して置いてもらいたいものである。

2007年11月26日

演奏会の録音を聴く

先月の演奏会では担当のNさんがすべての演奏を録音されていて、当日のうちにCD-Rに焼いて渡してくださっていた。弾いた直後はまだ自分のミスだらけの演奏の記憶が鮮明なので、聴き返して傷口に塩を塗り込むようなことはしていなかったのだが、もうあれから1ヶ月である。そろそろ冷静に聴き直せるかなと思い、CDをかけてみた。

うーん、これはひどい。こんなにひどい演奏をしていたのか……。無難にまとまったかなと思っていた箇所ですらずいぶんアラが目立つ。これでまあまあだったかななどと思っていたのだから、とんでもない話だ。多分一種の自己防衛本能で、現実の演奏よりだいぶ美化して記憶にインプットすることで、演奏後の平静を保っていたに違いない。しかし仮にも人様に聴かせるのだから、自分がどういう音を出しているのか、もう少し正しく認識しなければいけないだろう。比較的ましだったものとして、スクリャービンの練習曲Op.8-11を置いておく(MP3ファイル、4.08MB)。そう、これでましな方なのである。大事な音が聞こえなかったり濁ったりしているところがいくつかあるが、ライブ録音ということでご勘弁願いたい。

この春にチェスを指してきたとき、あの手はちょっとした決め手だったなと思っていたところが、帰宅後に決め手でも何でもないとことごとくコンピュータから通告されてがっかりしたことがあったが、あれと同じ気分である。自分が頭の中に思い描いていることと現実がもっと高い精度で一致していなければ、ピアノだろうがチェスだろうが上達は望めない。

2007年11月09日

次回の演奏会に向けて

演奏会が終わって2週間が過ぎ、そろそろ次は何を譜読みしようかと考えている。やってみたい曲はいくらでもあるが、拙い演奏能力と少ない練習時間を考えれば、現実的な選択肢はそう多くはない。その中で自分が演奏するイメージが一番思い浮かぶのはと考えていくと、やっぱりスクリャービンかラフマニノフということになってきてしまう。底抜けに明るい曲も聴いているのはもちろん好きなのだが、自分が人前で弾くとなるとどうしても、もっと陰翳がついた、ロシア的憂愁にあふれた曲たちに行き着いてしまうのだ。

この間のスクリャービンはミスをしながらもまあそれなりにうまくいった方だったので、今はもう一回彼の曲を……という気分。まだまだ弾きたい曲はたくさんある。少なくとも、練習曲Op.42-5は外せないだろう。学生時代に一度出した曲ではあるが、あの第2主題は何度聴いても飽きない美しさである。お恥ずかしい話だが、家で一人で練習していても、ここを弾いているときは自分でメロディーに酔ってしまうのだ。これをトリにするとして、その前に前奏曲かマズルカあたりを持ってきて10分から15分程度の構成にするのがいいかなと今のところは考えている。こうやってあれこれ思いを巡らせているときが、ある意味では一番楽しい。

2007年10月27日

神戸でスクリャービンを弾く

今日は演奏会である。この日のために持ってきていたスーツを着込んで9時過ぎにホテルを出た。会場は阪急の六甲駅から5分ほど歩いたところ。10時頃に着いたが、まだ人が少なかったので少し試し弾きをさせてもらった。心配なところを一通りやってみたのだが、結局弾けないところは弾けないままである。まあこういうのは今さらじたばたしてもどうにもならないことは経験的によく知っているので、適当に切り上げて本番を待つことにした。

お昼を演奏会の参加メンバー数人と近くの店ですませ、1時から演奏会開始。ピアノサークルの先輩にもあたるNさんがトップバッターだったが、ヒナステラのアルゼンチン舞曲集が素晴らしく、いきなりブラボーの声が出る上々の滑り出しであった。ああいうノリのいい曲には自分にはとても弾けない。数分で客席を温めてしまうあの技術がうらやましい限りだ。

曲目はどんどん進み、第4部の冒頭が自分の出番。今回のホールは舞台と客席の高さに差がなく、距離も非常に近かったので、聴衆の視線をよりはっきり感じてしまい、いつも以上に緊張させられたように思う。暗譜で弾いているのだが、一瞬でも集中が途切れると指から記憶が消えかけ、どこを弾けばいいのか分からなくなる。流れを完全に切らしてしまうともう真っ白になってしまうので、指から蒸発していこうとする譜面を必死で引き留めてたぐり寄せるのである。2曲目のOp.8-4あたりはかなり危険だったが、まあ完全に止まってしまって弾き直すことはしないでどうにか押し通した。まあ直前の1週間がほとんど練習できない状態にあったことを考えれば、こんな程度ですんでよかったというところだろうか。

今回は、同じ数学者でありチェス仲間でもあるHさんが京都からわざわざ聴きに来てくださっていた。電車で1時間強もかかるところに行くというのはかなりエネルギーを要することであり、恐縮の限りである。私の演奏だけでは時間と電車賃がちょっともったいないと思うが、私の後に出た方ですごい演奏を披露した人もいたので、来ていただいたかいはあったのではないかと思う。

演奏会終了後、会場の中央に長いテーブルを出し、注文してあった宅配ピザや寿司で打ち上げ。会場側のご厚意で引き続きピアノを弾かせてもらえたのをいいことに、各自飲み食いしながらときどきステージ上のピアノでいろいろ披露して宴席から喝采を浴びていた。この同好会の演奏会に出演させてもらうのは5月に続いて2回目だが、だいぶ顔なじみも増えて楽に参加できるようになった。打ち上げ時に聞いた限りでは、私のイメージとスクリャービンは合っているようである。次回の演奏会は半年後だが、出るとしたらまたスクリャービンを弾くことになるかもしれない。

六甲駅の近くで2次会があり、11時半頃までつきあってようやく日付の変わるころにホテルに帰ってきた。これで演奏会のイベントは終わり。明日は岡山で途中下車して詰備会に参加しよう。

2007年10月26日

城崎から神戸へ

今日は想定外の事態が起きてちょっと大変だった。

2007年10月21日

演奏会プログラム

27日の演奏会のプログラムが発表された。場所は阪急六甲駅から徒歩5分の「里夢」というホール、開演は午後1時。私は第4部の最初で4時過ぎらしい。入場無料、途中からの出入りも自由なので、当日お暇な方は是非。

ScriabinOp2-1.jpg演奏予定のスクリャービンの練習曲について一応紹介しておく。曲はいずれも3分前後の小曲である。練習曲Op.2-1はスクリャービンがまだ14歳のときの曲。技術的にはまだおとなしいが、すでに郷愁あふれるロシア的な旋律は一級品である。スクリャービンのメロディーはとにかく上へ上へと上っていこうとするが、その萌芽をここに見ることができる。また、主旋律の途中で左手に現れる旋律が再現部では細かく砕かれて現れるが、これも後々までスクリャービンの作曲手法としてきわめて頻繁に登場するやり方である。

スクリャービンが23歳のときに出版された「12の練習曲Op.8」は、彼のピアノ曲の中でも重要な位置を占めている。まだショパンの影響が色濃く見られるが、ポリリズムやクロスフレーズ、極度に音域の広い左手など、すでにスクリャービンならではの書法も登場しており、彼独自の世界が構築されつつあることを実感できる曲集である。

ScriabinOp8-5.jpgScriabinOp8-4.jpgOp.8-4はポリリズムのための練習曲。左手3(または4)対右手5の組み合わせで進行する。中間部はこれが逆転して左手が五連符を奏でる。最後まで繊細で優雅な曲である。一方Op.8-5は和音とオクターブのための練習曲。冒頭の指示には "Brioso"(快活に、生気あふれて)とあるが、音域の跳躍が激しく、指示通りに演奏するのは簡単ではない。後半の再現部ではパッセージが3連音符に砕かれ、なおいっそう難しくなっている。Op.2-1の紹介でもふれたが、このようにフレーズを再現部で細分化するのはスクリャービンが好んだ手法の一つである。

ScriabinOp8-12.jpgScriabinOp8-11.jpgOp.8-11はロシア的情緒漂う一曲。曲調はOp.2-1と若干似ており、陰影深い和音の伴奏に乗ってもの悲しい旋律が流れる。変ロ短調という調といい下降する旋律といい、この曲はスクリャービンというよりラフマニノフのイメージを感じる。個人的には、この曲はスクリャービンが友人でありライバルでもあったラフマニノフのやり方で書いてみようと試みた結果なのではないかという気がしている。そして最後はOp.8-12。スクリャービンの練習曲中でもOp.42-5と並んで有名な曲である。ショパンの「革命」を意識していることは明らかだが、私は「革命」よりこちらの方が好きである。

以上、ごくごく簡単な曲目紹介であった。なお、明日から金曜までは城崎に出張の予定である。ネット事情があまりよくないところであるうえに滞在中は集団生活を強いられるので、ブログの更新は毎日はできないかもしれない。金曜日に城崎から直接神戸に回るつもりである。

2007年10月20日

黒猫のもたらしたもの

夕方にピアノスタジオを予約していたので、電子ピアノで少し指を慣らしてから車で出かけた。駐車場を出ようとしたとき、一匹の黒猫がすたすたと歩いていくのが目に入る。駐車場から道に入ると、黒猫は「轢くんじゃねえぞ」と言わんばかりにこちらをじろっと一瞥すると、左から右にトコトコと横断していった。黒猫に横切られるのは不吉という話はよく聞くが、一方でイギリスあたりでは黒猫の目の前の横断は吉兆だという話も聞いたことがある。はてさて、自分の場合はどちらだろうか……などと考えつつ、車を市街地へと走らせた。

2007年10月13日

かつかつ

今日は主にピアノを練習して過ごした。演奏会で弾く予定にしているのは、スクリャービンの練習曲Op.2-1, 8-4, 8-5, 8-11, 8-12。我ながら変わり映えのしない選曲で、実際Op.8-11以外は昔一度弾いたことのある曲ばかりである。本当はこれにOp.8-6も加えるつもりだったが、連続する6度があまりに難しく、今回は見送った。うまい人が弾けば実に優雅で美しい曲で、学生時分なら間違いなく追加しただろうが、あまり練習時間が取れそうにない今回は自重した方がよい。他の曲だってまだまだまともに弾けていないのだ。

夕方、市街地へ出てよく行くピアノスタジオに向かう。どうせ空いているだろうと思っていたが、受付で聞いてみるとアップライトの部屋のみで、それも7時からすでにレッスンの予約が入っているという。「今ちょうど6時半ですので、30分でかつかつということになってしまいますが……」とのことだったので、やむを得ずかつかつ案を受け入れることにした。部屋に案内されてから、「では7時ちょうどにはすぐ出ていただけるようにお願いします」と念を押される。まあ30分でもアコースティックなピアノをさわれるのだから、よしとせねばならないだろう。時間ギリギリまで、なかなか指が当たらないOp.8-5と暗譜が終わっていないOp.8-11を中心に弾いた。

スタジオを出てから何となく電器店に立ち寄り、地下のCD売場を物色。ソフロニツキーとネイガウスのCDを1枚ずつ買う。夕飯をすませ、ドトールでカフェラテを飲みながらしばらくチェスの問題集を眺めたあと、帰途に就いた。帰りの車内のBGMはイギリス組曲。

2007年10月11日

一夜漬け計画

今日も午後は3年生のCG実験があった。先週は終わったあとは何だかやたらに疲れたが、今日はそうでもない。毎年やっている講義でも初回というのは妙に疲れるのだが、2回目以降になると比較的楽になってくる。やはりいったん勝手を思い出すと身体も適応するのだろう。

帰宅後、夕飯をすませてから音を絞って少しピアノを練習する。今月27日に六甲で行われる演奏会にちょっと出させてもらうことになっているのだが、そのチラシ(PDFファイル)が昨日担当者から送られてきた(プログラムはまだ未定)。もうあと2週間ちょっとしかないからそろそろ真面目に弾かなければいけないのだが、平日はどうもなかなか時間が取れない。あと2週間といっても、直前の5日間は城崎に出張で全くピアノにさわれないので、実質的には1週間くらいしかないのである。そこで苦肉の策として、今日は神戸にあるピアノスタジオに電話をして演奏会前日の夕方を2時間ばかり押さえておいた。城崎から直接神戸に回り、文字通りの「一夜漬け」をしようという魂胆だが、これで弾こうとは我ながら何とも図々しい話である。

2007年09月19日

ピアノソロのための協奏曲

シャルル=ヴァランタン・アルカン(Charles-Valentin Alkan, 1813~1888)という人を知っているだろうか。19世紀の作曲家兼ピアニストである。当時はピアノの申し子としてショパンやリストと並んで有名な存在であり、彼らもアルカンから少なからず影響を受けたと思われるが、今では知名度に天と地ほどの差が開き、知る人ぞ知る謎めいた作曲家になってしまった。そうなるに至ったのには、彼の作品が当時としてはかなり先鋭的で聴く人を選ぶようなものであったこと、彼が後半生に演奏活動をほとんどしなくなり、家に閉じこもって宗教書の研究に没頭していた(彼の死因は、自宅の本棚が倒れてきたことによる圧死であった)ことなど、いろいろな理由が考えられる。しかし少なくとも、彼の作品の音楽的価値が低いからでないのは確かだろう。アルカンのピアノ曲は、他の誰にも真似できないようなオリジナリティの高いものである。

独創的な作品群の中でも、「短調による12の練習曲」Op.39はとりわけ異彩を放っている。12曲セットの練習曲というスタイル自体はショパンやドビュッシーにも見られるありふれたものだが、アルカンのそれはまるで別物と言っていい。12曲のうち、4曲目から7曲目までは「ピアノソロのための交響曲」、8曲目から10曲目までは「ピアノソロのための協奏曲」という副題がそれぞれつけられている。どちらも凄まじい曲なのであるが、特に後者の奇抜さは突出している。「ピアノソロのための協奏曲」とは何だか矛盾しているようなタイトルだが、つまりこれはピアノとオーケストラのために書かれた曲をあたかもピアノソロのために編曲したような体裁になっていることを意味しているのだ。とにかく巨大な曲で、第1楽章に相当するOp.39-8だけで1342小節(ベートーヴェンのハンマークラヴィーア・ソナタより多い)、演奏には約30分を要する。技術的な難しさは筆舌に尽くしがたい。聴けばちょっとしたカルチャーショックを受けること請け合いである。

この曲の演奏はあまりに難しいので録音も少なく、これまではマルク=アンドレ・アムラン (Marc-André Hamelin) がMusic&Artsというマイナーレーベルから出した伝説的な録音が知られているだけだったが、このたび彼がHyperionレーベルから新録音を出した。15年前の旧録音と勝るとも劣らぬ名演である。クラシックの系譜においては異端的存在であり、聴く人が皆気に入るとは思わないが、ちょっと変わったピアノ曲を聴いてみたいという方には強くお勧めしたい。

なおこの「協奏曲」については、若手ピアニストの森下唯氏が修士論文において詳しく解説しており、彼のページで全文を読むことができる。

2007年09月16日

演奏会終了

今日は演奏会。牛込柳町駅から炎天下の道を歩いて会場に向かう。懐かしい同期の顔ぶれとも久しぶりに再会した。外見は誰も大して変わっていないものの、いつの間にやら子供を連れてきている人が何人かいるのが、やはり時の流れを感じさせる。「何かすっかり大学の先生って感じだね」と数人から言われたのだが、それが「老けた」ということの婉曲的表現ではなく、単に眼鏡とスーツの相乗効果であったと信じたい。

自分の演奏については、相変わらずつまらないミスをあちこちでしてしまったが、5月に同じ曲を弾いたときに比べればまだましだったように思う。会場のスタインウェイが弾きやすかったこともあるが、一度人前で弾いたということから来る若干の余裕もプラスに働いたのかもしれない。「夢のあとで」の聴かせどころをちょっと失敗してしまったのは残念だったが、「静かな夜に」の方はまあこれくらいできればよしとしなければいけないだろう。他の人たちの演奏もみんなじっくり聴かせてもらったが、選曲も演奏のスタイルもみんな昔のままで、この「変わっていない」感じが何とも心地よかった。

6時頃にすべて終了した後、少し歩いたところにあるアジア風料理の店で打ち上げ。座席をときどき移動してはあちこちでつもる話に花が咲いた。また来年にでもやろうと話がまとまったところで、10時半頃に散会。

2007年09月15日

再び東京に移動

明日は演奏会なので、昼過ぎに広島を発って実家に移動。またうまい具合にN700系に乗れたので、ノートPCを取り出してKubbelのエンドゲームを調べたりして過ごした。車内は3連休の初日だからか、結構な混雑ぶり。いったん名古屋で落ち着いたと思ったら、新横浜でまたバラバラと乗ってきて立ち客だらけになってしまった。新横浜から東京へ行くのに新幹線を利用する人があれだけいるというのは、ちょっと不思議である。

ピアノの方は、もう大した演奏ができないのは仕方ない。学生のころ、サークル主催の演奏会に何度も出させてもらったが、結局身についたのは「うまく弾けなくたって首を取られるわけじゃなし」という開き直りの姿勢だけだったような気がする。技術的には、今も昔もやっぱりダメである。昨日は少し早めに大学を切り上げて街中のスタジオに練習しに行っていたけれども、何だかどうも指がうまく回らなかった。普段電子ピアノでばかり練習しているから、ゆったりしたところでさえ力のいれ加減が分からずおかしなことになってしまう。こんな調子では明日はどうなることやら。まあよい、うまく弾けなくたって別に首を取られるわけじゃないのだ。

2007年09月08日

プログラム

16日に行われる演奏会のプログラムがようやくほぼ固まった。以下の通りである。

卒業10周年記念・東大ピアノの会OB演奏会
2007年9月16日(日) TOMONOホール(地下鉄大江戸線牛込柳町駅徒歩5分)
13:15 開場/13:30 開演     入場無料

【第1部】 13:30頃~
1.ミシェル・カミロ/リメンブランス
スミス=ホロヴィッツ/アメリカ国歌大竹将也
2.カプースチン/前奏曲集より第1, 20番,即興曲植松洋史
3.モンポウ/前奏曲第1, 2, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10番不破友芝
4.ラフマニノフ/音の絵Op.39-5
ショパン/バラード第3番Op.47鈴木千帆
5.ベートーヴェン=リスト/交響曲第3番「英雄」Op.55より第1楽章近藤祐嗣
【第2部】 14:55頃~
1.ショパン/練習曲Op.25-1「エオリアンハープ」
スクリャービン/練習曲Op.42-5
ショパン/ピアノ・ソナタ第3番Op.58より第1楽章滋賀秀裕
2.ショパン/夜想曲第1番Op.9-1
ラヴェル/「クープランの墓」より「前奏曲」米林裕一郎
3.バッハ/トッカータBWV914
プロコフィエフ/トッカータOp.11井手直紀
4.ローゼンブラット/2つのロシアの主題によるコンチェルティーノ西本夏生
竹原敦子
5.ベートーヴェン=リスト/交響曲第3番「英雄」Op.55より第3, 4楽章 近藤祐嗣
6ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第4番Op.7より第1楽章吉村英二
【第3部】 16:30頃~
1.フォーレ=ワイルド/「夢のあとで」Op.7-1
ラフマニノフ=ワイルド/「静かな夜に」Op.4-3斎藤夏雄
2.上原ひろみ/グリーン・ティー・ファーム
ファジル・サイ/ブラック・アース,トルコ行進曲「ジャズ」大竹将也
3.シューマン/トッカータOp.7矢向謙太郎
4.モンポウ/三つの変奏
カプースチン/ピアノ・ソナタ第12番Op.102不破友芝
5.チャイコフスキー=プレトニョフ/組曲「くるみ割り人形」より
行進曲,インテルメッツォ,トレパック,アンダンテ・マエストーソ植松洋史

会場までの地図などはチラシ(PDFファイル、375KB)を参照のこと。写真の手のモデルは私である。1993年度入学生のOB演奏会であり、ちょうど卒業してから10年にあたるということで鍵盤の10度にかけたのだが、実際には違う学年からの参加がだいぶ増えた(出演する13人のうち5人は同期ではない)ため、少し意味づけがぼけてしまった。まあよい。入場は無料、いつ出入りするのも自由なので、当日お暇な方は是非。

今日はまたピアノスタジオに赴いてグランドピアノをさわってきたのだが、隣の練習室でジャズか何かの練習をしていたらしく、サックスやドラムが壁を通して響いてきて何だか集中できなかった。こちらもガンガン弾くような曲ならまだ何とかなるが、「夢のあとで」をあのドンドン音が響く中でやるのは簡単ではない。

[9/9 20:30 追記チラシをプログラムの内容が分かるものに差し替えた。

2007年09月07日

Nessun Dorma!

ルチアーノ・パヴァロッティが昨日亡くなったが、パヴァロッティといえばやはり真っ先に思い出されるのが、プッチーニのオペラ「トゥーランドット」の中で歌われるアリア「誰も寝てはならぬ」だろう。フィギュアスケートの荒川静香選手の演技でも使われて有名になった曲だ。

もう何ヶ月か前のことになるが、イギリスのタレント発掘番組 "Britain's Got Talents" でこの曲を歌い、一躍スターになったPaul Pottsという人がいる。あちこちで紹介されているのでご存じの方もいるだろう。その衝撃的なデビューの映像が見られる。南ウェールズで携帯電話のセールスの仕事をしているという彼がステージに出てきたとき、そのいまいちさえない容貌といい、安っぽいスーツといい、自信のなさそうな様子といい、どう見ても期待できそうにないなと審査員も冷ややかな顔をしている。「ポール、今日は何をするの?」「オペラを歌います」という返答に、おいおいオペラなんて勘弁してくれよという表情だ。しかしひとたび演奏が始まると、素晴らしい熱唱に会場の雰囲気は一変。審査員の顔がみるみる変わっていくのが痛快だ。大喝采の中、絶賛の講評を受けて彼は帰っていく。このあと、この番組で彼は優勝し、今ではCDデビューまでしている。この年末には女王陛下の前で歌うことが決まっているのだそうだ。

この映像は多くの人を感動させずにはおかないようである。もちろん、風采の上がらないこの男性が思いもよらない絶唱をやってのけたというそのギャップにも一因があるだろうが、基本的にはやはりこの曲自身の魅力に依るところが大きいのではないかという気がする。オペラにはいい曲がたくさんあるが、中でもこの「誰も寝てはならぬ」や「魔笛」の「パ・パ・パ…」などは、ちょっと聴いているだけでグッと来てしまう力を持っている。今回の映像でも、元々さして長くないアリアをさらに切り詰めて1分半程度にしているのに、会場の雰囲気は冷笑から熱狂へと完全に変わってしまった。歌の力とは誠に大したものである。

この男性に関する記事はnews.com.auに出ている。また、日本語での記事もあった。

2007年09月01日

夕方の買い物

勤め先で昨日し忘れたことがあるのに気づき、夕方に立ち寄った。用をすませたあと、その足で市街地まで出る。特に何か目的があるわけでもなく、ぶらぶらしてからどこかで夕飯を食べて帰ろうというつもりだった。

そごう新館8階のロフトで何を買うでもなく見て歩いていると、「新館9階にて、銀座山野楽器がこのたびオープンいたしました……」とのアナウンスが耳に入ってくる。おやおや、それは偵察に行かねばなるまい。早速1つ上に上がってみると、ひどくこぢんまりとはしていたが、確かに店舗ができていた。CDの品揃えはさすがに貧弱であまり利用できそうにないが、あまりレアでない楽譜を買う必要ができたときには使えそうだ。せっかくなのでミニョーネのワルツ集の楽譜を買っておいた。

楽譜棚には、Boosey&Hawkes社のラフマニノフやDurand社のラヴェルなどが並べられていた。いずれも日本語版で、値段も安いとはいえないものの、まあ常識的な価格である。自分が学生のころはまだこれらの作曲者の死後から60年が経過しておらず、版権を持っていた海外の出版社が独占出版していた。さらにそれが日本に入ってくる段階でどういう理由だかやたらに高くなり、とんでもない値段で売られていたものだ。特にDurandのラヴェルなどはひどかった。2台ピアノ版の「ボレロ」か「ラ・ヴァルス」は、確か1万円を超えていたのではなかったか。それが今や両方収録されたものが2,500円くらいで並んでいるのである。時の流れを感じてしまう。

楽譜を買ったあと、ぶらぶらと紀伊國屋書店に移動。数学書の棚に行ってみたら、「佐藤幹夫の数学」という本が置いてあった。奥付を見ると「2007年8月30日第1版第1刷発行」とある。まさに出たばかりだ。中身も非常に面白そうなので買うことにする。ご本人による佐藤超函数の解説などもあり、時間のあるときにじっくり読めればかなりためになりそうだ。

今日の買い物に満足しつつそごうを出ると、往来で何やら人だかりがしている。近づいてみると、割られたくす玉からぶら下がった垂れ幕に「前田智徳選手2000本安打おめでとう」の文字。なるほど、道理で今日はいたるところで背番号1のユニフォームを着た人を見かけるわけだ、と納得したのであった。

月曜からK大で始まるワークショップに参加するため、明日は実家に移動する予定。

2007年08月25日

演奏会に向けて

学生のころに所属していたピアノサークルの同期たちで、3年半ぶりにOB演奏会をやろうという話がいよいよ固まってきた。期日は来月の16日、場所は都営大江戸線牛込柳町駅から徒歩5分のところにあるTOMONOホールというところ。入場はもちろん無料、出入りも自由である。準備作業をほとんどやってくれているO君がチラシ(PDFファイル)を作ってくれた。私はともかく、他は本当にうまい人ばかりなので、当日お暇な方は是非。プログラムはまだ未定だが、決まり次第掲載したいと思う。

曲は5月と同じとはいえ、少しは練習しないとまた恥をかいてしまう。夕方に市街地まで出かけ、ピアノスタジオで弾いてきた。夕飯をそのへんで食べて、近くのスーパーで買い物をしてから帰宅。

2007年08月18日

ツイていない日

木曜日の夜は寝苦しさで寝つけなかったので、昨夜はその分を取り返すべくたっぷり寝ようと決めていた。ところが、今朝はいきなりチャイムでたたき起こされる。宅配便だというのだが、時計を見ると8時半だ。何でこんな時間にと思いつつ、大あわてで服を着た。
「あっどうも、ここにハンコお願いしまーす」
差し出された伝票を見ると、受取人欄に知らない人の名前が書いてある。
「これ、違いますけど」
「えっ、そうですか?前に住んでいた人かな」
「いや、前の人も違う名前です。……これ住所違うじゃないですか、II番って書いてありますよ」
「あれ、そうですか?いや、こっちはIII番って書いてあるんですよ」
そう言って配達員が見せた小包の送り先住所は、明らかに「II番」と書いてあった。そもそも、伝票はそのカーボンコピーなのだから、同じに決まっているのだ。なぜあれが「III番」に見えるんだ?おかげで安眠計画は失敗に終わってしまった。睡眠を妨げられるのはあまり愉快なことではない。ましてその見返りが何もないとなればなおさらだ。

これを皮切りに、今日はとにかくツイていなかった。そのまま起きていたらかえって昼近くになって眠くなり、ウトウトしていて昼食が変な時間にずれこんでしまったり、パスタをゆでようとしたら切れていたり、パソコンをいじればいつも安定しているソフトがどうしても異常終了してしまったり。何をやってもうまくいかない日というのはあるものだ。

床屋に行ったあと、日が落ちて気温が少し下がったのを見計らって市街地まで出かけた。明日の詰四会に持っていくもみじ饅頭を買ったあと、夕飯後にピアノスタジオで少し練習。学生時代のピアノサークルの同期数人で、来月中旬にOB演奏会をやろうという話が固まりつつある。以前は毎年のようにやっていたが、ここ数年はご無沙汰だった。詳細は決まり次第ここに載せるつもりだが、自分は練習している時間がないので、5月と同じ曲目でお茶を濁す予定。

帰りも妙な車に追い立てられたり、帰宅して氷菓を食べようとしたら溶けていたり。ツイていない日とはそうしたものだ。

2007年08月12日

真夏の演奏会

昨日更新できなかったのは、帰宅したのが深夜になったからである。灼熱地獄の中、上野の奏楽堂で行われた演奏会に行っていたのだ。プログラムを見てもらえば分かるが、午後1時半から午後8時までぶっ通しでピアノを弾くという、まさにピアノ好きが集まった催しである。かつてのピアノサークルの先輩や後輩が半分くらいで、終了後の打ち上げに誘われ、結局ついていくことになった。数年ぶりに話した人も多かったが、変わったなと思う人は一人もいなかった。外見や性格はおろか、選曲の嗜好や演奏の姿勢に至るまで、笑ってしまうほどに前のままの人たちばかり。何だか自分一人歳を重ねているのではないかという気分にさえなってしまった。学生のときとまるで変わらずに、ひたすらピアノを弾くことに情熱を傾けている人たちを目の当たりにして、弾くことの楽しさを改めて思い出したのであった。

今日は猛暑を避けて家にずっと逼塞。昨日の演奏会に刺激を受けて、夕方にしばし鍵盤に向かってみた。

2007年07月28日

フランクのヴァイオリン・ソナタ

蒸し暑い日が続く。日中は主にピアノを弾いて過ごし、夕方から買い物へ。妙に道が混んでいるなと思ったら、今日は宇品で花火大会があったのだった。

車中では今フランクのヴァイオリン・ソナタを繰り返しかけている。この世に存在するヴァイオリン・ソナタから1曲選べと言われたら、おそらく散々迷ったあげくやっぱり選べませんと白旗を揚げることになるような気がするが、少なくとも最後まで候補として残るのはこのフランクではないかと思う。有名な曲だが、やはりいいものはいい。特にあの第4楽章の美しさと清々しさはどうであろう。それまでの3つの楽章がどことなく沈鬱な雰囲気を漂わせているだけに、あの清新な旋律が流れ出す瞬間がなおいっそう印象的だ。「メロディー・メーカー」というと自分が最初に連想するのはチャイコフスキーあたりだが、フランクもときどき素晴らしい調べを提供してくれる。フランスの作曲家としては他にはない渋さも持っており、私が特に好きな作曲家の一人である。

Franck-Cortot.jpgフランクのヴァイオリン・ソナタは、のちにピアニストのアルフレッド・コルトーがピアノソロ用に編曲しており、その楽譜は今手元にある(表紙を見ると連弾用の編曲もあるようだが、持っているのはソロ用のみ)。コルトーはフランクが好きだったようなので、おそらくこのソナタもお気に入りで、自分一人でも楽しめるようにわざわざ編曲したのではないか。元々ピアノとヴァイオリンで演奏する曲をピアノだけで弾こうというのだから簡単なことではないが、ピアノパートの間隙を縫うようにしてヴァイオリンパートがうまくはめ込まれていて、さすがに大ピアニストが手がけただけのことはある仕上がりである。もっとも、本気になってこれを譜読みしてみよう、という気にはあまりならない。どんなに頑張って練習したところで、オリジナルの魅力には勝てそうもないからだ。それだったら、そのうち誰かヴァイオリンの弾ける人と共演できることを楽しみにしている方がいい。

フランクの編曲作品には、「前奏曲、フーガと変奏」や「3つのコラール」など、オルガンの名作をピアノで弾けるようにしたものもいくつかある。こちらはいつか是非やってみたいと思っている。

2007年07月16日

神戸を歩く&サロンコンサート

Kobe2.jpgKobe1.jpgお昼過ぎまでは身体が空いていたので、Kさん、Hさんと神戸の街をしばし回ることにする。Kさんは去年の看寿賞短編賞受賞者、Hさんは4年前の同賞受賞者ということで、一応前回までの短編賞トリオということになるわけだ(2年前は短編賞は該当者なしだった)。ホテルから港の方にぶらぶらと歩いていき、一周40分で神戸港周辺を巡るクルーズに乗船する。船内では「右手にご覧いただけますのは……」などとアナウンスが流れているのに、3人とも大して外を眺めずに詰将棋・プロブレム談義。この面子だとどこに行っても同じだろう。船を下りるともうお昼時だったので、元町の中華街へ。「どこに入るか、ここはやはり受賞回数の一番多いHさんが決めてください」「いやいや、やはり一番最近に受賞した人が旬でしょう。ここはKさんが」などと言い合いつつ、適当に店に入って昼食。それからまた徒歩で移動し、神戸駅近くの喫茶店でまたもう少しお話ししてから駅でお別れした。先日に引き続き、贅沢な三者会談であった。

Amadeus2.jpgAmadeus1.jpgお二人と別れたのと入れ違いで、駅で待ち合わせていたMさんと合流する。今回神戸に来たもう一つの目的は、Yさんのサロンコンサートの場所に連れて行ってもらうためだ。Mさんとは5月の演奏会のときに初めてお会いしたが、今回は神戸の地理に疎い私のために、音楽喫茶「アマデウス」への案内役を買って出てくれたのである。曲目は以下の通り:
グルダ:アリア
ベートーヴェン:幻想曲Op.77
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番(改訂版)Op.36
シューマン=ゴドフスキー:君は花のよう
シューマン=リスト:献呈
リスト=ホロヴィッツ:波を渡る聖パウロ
ショパン:ノクターン第8番Op.27-2
ローゼンブラット:パガニーニ変奏曲
Yさんとは6,7年前にアムランを囲む会でお会いしたとき以来だったが、ちっとも変わっていなかった。4年ほどパリで修行されてきたとのことで、鍛えられたテクニックはさすがの一言。内容としては最後のローゼンブラットが、演奏者がこの曲が好きであることがよく伝わってきて、一番充実していたように感じた。

観客には5月にお会いした加古川ピアノ同好会の面々が集まっていたので、Yさんを囲んで飲みましょうということになり、総勢10人で三宮のビアホールのようなところに移動する。7時半頃にお先に失礼させてもらうまでいろいろお話ししたが、これまたなかなか楽しい時間だった。昨日からのイベント続きで、少々バテ気味だったのを押して出たかいがあったというものだ。昨日は「大矢数」と問われて「馬鋸」と即答するようなマニアたちの輪の中におり、今日は指を3本突き出して "Three years old !" と叫べばホロヴィッツの物真似だと瞬時に分かるマニアたちとともにいる。自分が日を置かずしてその両方に溶け込んでいることが、何とも不思議でならない。

8時過ぎに新神戸を出る新幹線で広島へ帰る。岡山まで満席で立たされたり、広島駅で猛然とダッシュしながら在来線に乗り遅れてバスを30分待つ羽目になったり、さすがに今日はくたくただ。昨日、今日と、趣味の世界で勝手気ままに遊んだ2日間であった。

2007年07月09日

スコット・ジョプリンのラグタイム

何か新しい曲でも譜読みしてみようかと一昨日書いたが、ふとスコット・ジョプリンのラグタイムをやり出したら、これがなかなか面白くてハマってしまった。小難しい曲ばかり練習しているときには、こういうお気楽でリズミカルな曲がものすごく新鮮に聞こえるものだ。しかもそれほど難しくないから、少し繰り返していればそれっぽく聞こえるレベルにまではすぐ行ける。ラグのリズムが身体に染みつくように、しばらく続けてみよう。

ジョプリンのラグタイムは耳に心地よいので、いろいろなBGMとして使われることも多い。今日CDを聴いていたら、「パイナップル・ラグ」が使われているのを聴いたことがあるのに気づいた。一つはもちろん映画「スティング」、それから最近やっている軽自動車のCMでも流れているが、それ以外にずいぶん昔に遊んだゲームのBGMでも使われていた記憶があるのである。ところがこれがどうしても思い出せない。冒頭のオクターブのフレーズは脳にこびりついているのだが、それとセットだったはずの画像が出そうで出ないのだ。この「これ、どこで聴いたんだっけな……」という経験はしばしばするが、どうにも気になるものである。

2007年07月07日

よく眠りよく弾き

Myhands.jpg起きたらお昼をとうに回っている時間だった。今週は出張があったせいで疲れがいつもよりたまっていたようだが、それにしてもこういう時間に起きるのは人間の生活としてどうなのか。だいたい、同じことを少し前に書いたのに、何も変わっていない。雨のおかげで気温が少し下がり、暑苦しさがなかったのも睡眠時間延長に貢献したようだ。しかし、明日はもう少しまともな時間に起きよう。

午後は主にピアノを弾いて過ごした。フランス組曲でちょっと指ならししてからスクリャービンのエチュードを数曲、というここ最近のメニューを繰り返す。これはこれで飽きないが、そろそろ何か別の曲を譜読みしてみてもいいかもしれない。

2007年06月23日

リヒテルが弾くショパンの練習曲

この間、前奏曲というジャンルを最初に開拓したのはショパンではないようだと書いたが、練習曲の地位の確立については間違いなくショパンの功績が一番だろう。もちろん彼以前にもエチュードは存在したが、ショパンの登場によって練習曲というものの意味合いはまるっきり変わってしまった。初めてショパンが練習曲なるものを書いていると知ったとき、私はハノンやツェルニーのようなものを思い浮かべ、ショパンもそんな練習のための(芸術的にはあまり価値のない)曲を書いていたのかと思ったものである。また練習のための曲というからには、他のショパンの曲よりはだいぶやさしいのだろうなとも思った。だからそのどちらもが全く正反対であると分かったときは、かなりびっくりしたのをよく覚えている。

そのショパンのエチュードだが、今日ネットをふらふらしていたら、リヒテルがOp.10-4を弾いている映像を見つけた。この曲はショパンの練習曲の中でもかなり難しい方に入るが、いったいどうしたんだろうと思いたくなるようなすごいスピードで弾いている。音だけは昔聴いたことがあったが、映像もあるとは知らなかった。こういうものが簡単に見られるようになったのだから、えらい時代になったものである。

2007年06月20日

24の前奏曲

このところは相変わらずスクリャービンを弾いたり聴いたりしている。弾く方は練習曲を継続中で、実に遅々とした歩みではあるが、少しずつ譜読みが進んでいくのが楽しい。一方、CDは最近はずっと前奏曲集である。

前奏曲という名前を最初に聞いたのは、やはりショパンだったと思う。この曲名はもちろん何かの前に弾かれるのだと思ったから、前奏の曲ばかり24曲も集めた曲集というのは、当初はずいぶん妙な気がしたものだ。平均率クラヴィーア曲集のスタイルからフーガを取り除いた形だとやがて分かったが、こうした前奏曲の「独立」を最初に行った人は誰なのだろう。ショパンだろうとずっと思っていたのだが、フンメルが彼より早く24の前奏曲集を書いているようだ。するとフンメルか?いずれにしても、よい形式を発明してくれたものだと思う。というのも、24曲セットの前奏曲を書いている作曲家はかなりたくさんいるが、そのどれもが非常にいい曲なのである。ショパンは言うに及ばず、スクリャービンもラフマニノフもそうだし、カバレフスキーやショスタコーヴィチ(彼はフーガ付きの曲集もある)、そしてカプースチンも捨てがたい。あと、あまり知られていないところでかなり好きなのが、イギリスの作曲家、ヨーク・ボウエンによる24の前奏曲。スティーヴン・ハフが弾いているボウエンのピアノ曲集に一部が収録されている。このCDは私のお気に入りの1枚である。

2007年06月13日

小さな演奏会

大学の講堂で小さな演奏会をやるというので、夕方に自室を抜け出して行ってみた。冒頭の学長の挨拶での説明によれば、この大学にはそもそもピアノがなかったが、是非置いてほしいという学生からの熱いメールを受け取ってから何とかしようと思っていた。しかし、こんな小さな大学の予算でグランドピアノを買える金が急に捻出できるはずもない。思案していたところへ、退任した前学長から家のピアノを寄贈したいとこのたび申し出があり、今日のこの催しを開くことができたとのことだった。

その前学長への感謝状贈呈のあと、ピアノという楽器のルーツに関して国際学部の教授が30分ほど講演をされ、それに続いて演奏会ということになった。といっても、同学部の女子学生3人がピアノ、オーボエ、それにソプラノで今流行の「千の風になって」など数曲を披露するというもので、あっという間に終了。それでも、勤務先で人の演奏を聴けるということは思ってもみなかったので、なかなか新鮮でよかったと思う。今後もときどきこういう催しをやることになるのだろう。

こうしてせっかくピアノが入ったのだから、今後ちょっと時間ができたときに気軽に練習できたりすれば願ってもないことなのだが、おそらくそれは無理だろう。今回のようなイベントのときに使われるだけではないだろうか。こうなってみると、学生時代、あのピアノサークルの環境は恵まれていたのだなあとあらためて思ってしまう。会室(ピアノの会の部屋なのでそう呼ばれていた)に行けば、弦の折れまくった2台のグランドピアノがいつもガンガンと鳴り響いていたし、もう1つのキャンパスにも食堂の上の階にグランドピアノが無造作に1台置かれてあり、事務から鍵を借りれば誰でも自由に好きなだけ弾くことができたのだ。あれはあのディープなピアノサークルならではの環境だったのだなということを、今になって実感してしまうのだった。

2007年05月26日

舞い上がる音、地に落ちる音

先週の土日は演奏会やら寺巡りやらで動き回っていたが、今週は特に何もない。やっぱりこういう週末がときどき入ってくれないと疲れてしまう。

午後は電子ピアノに向かっていた。先週までは演奏会で弾く曲ばかり練習していたが、もう何を譜読みして遊んでもいいわけだ。次はどうしようか、とあれこれ考えるこの時期が実は一番楽しい。途中で止まっているシャコンヌやグラナドスの「藁人形」あたりを進める手もあったが、何となくまたスクリャービンに回帰してしまった。私が最も好きな作曲家の一人である。今日やっていたのは練習曲Op.8-5とOp.8-6。どちらもスクリャービン特有の弾きにくさに満ちていて、無理をしすぎると手を痛めかねないような曲だが、聴いている分には朗らかかつ流麗で実に美しい。

確かプロコフィエフの言葉ではなかったかと思うが、「スクリャービンは音たちが舞い上がっていき、ラフマニノフはすべての音符が地に落ちる」。このイメージは弾いてみるとなおいっそう納得できる。ラフマニノフの和音は重厚で、鉄柱を地中深くまで突き立てるように振り下ろされるのであるが、スクリャービンはいつもふわふわと空中を漂っている。いや、ふらふらと言った方がいいかもしれない。焦点の定まらない目で浮遊している感じだ。Op.8の練習曲集はまだ初期の作品なのでその傾向は控えめだが、それでも萌芽は見て取れるように思う。

スクリャービンに特徴的な点として、長調短調を問わず、#系の調の曲が非常に多いということがある。Op.8では調性が#系の曲は12曲中8曲に及ぶし、それ以外にもソナタ第2,3,4,5番、練習曲Op.2-1、Op.42-5、幻想曲Op.28、詩曲Op.32-1など、彼の初期から中期にかけての主要な曲はすべて#系である(後期に入ると機能和声の世界を離脱するので、もはや調性は存在しない)。ちなみにラフマニノフは、代表曲といえるピアノ協奏曲第2,3番、ソナタ第2番などはすべて♭系の調性である。こんなことも、上に述べた音たちが飛び出す方向についてのイメージと無関係ではないだろう。

2007年05月19日

演奏会終了

演奏会もその後の打ち上げもすべて終了し、今はホテルからこれを書いている。さすがにちょっと疲れた。

朝8時20分広島発の新幹線に乗り、京都に着いたのが10時過ぎ。そこで近鉄に乗り換え、11時半頃に大和八木に到着した。会場にはかつてのピアノサークルの知り合いもいたが、初めて会う人でも話してみると共通の知り合いがいることがわかり、そこから会話がつながっていく。ピアノオタクネットワークはこうやって張り巡らされていくわけだ。

さて肝心の演奏だが、まあこれは予想通りというところか。チェスの大会と同じで、心構えがあまりできていないのに、いつの間にかピアノの前に座っていたという感じ。練習では間違えたことのないような箇所でも突然手が動かなくなって空白部分をつくってしまったり、次はどこを弾くんだっけと思った瞬間に出てこなくなってしまったり。椅子の高さももう少し高くした方がよかった。昔の経験を思い出せば、いつも通りの演奏会本番だったというべきかもしれない。幸いお客さんも少なかったし、久しぶりに出たのだからまあこんなものだろう。

他の方はさすがに皆さんうまい人が多かった。Fさんの弾かれたホロヴィッツ編の結婚行進曲など、本物と何ら遜色ない弾きっぷりで見事の一言。一昔前は、ホロヴィッツ編とかシフラ編といえば真似したくてもできない雲の上の超絶難曲だったのだが、ピアノサークルの同期のU君を始めとして、90年代あたりから華麗に弾きこなす人がどんどん出てきた。かつては誰も看寿の後に続けなかった煙詰が、ある時期から雨後の竹の子のように創られ始めたようなものかもしれない。

終了後、近くのデパート上階にある店で打ち上げ。今日初めてお会いした人ともいろいろお話しできたし、久しぶりに会う方とはかつてのようにマニアックなピアノ談義を楽しむことができた。最後の方は相当酔っぱらっている人もいて何だか大変だったが、9時半頃にようやく終了。一部の人は2次会に行こうと次の店を探し始めていたが、少し疲れてきたのでそこで失礼させてもらう。しかしみんな飲み方が若いなあと年寄りじみた感心をしてしまった。

とにかくこれでひとまずイベントは終了。今日はよく寝られそうだ。

2007年05月18日

演奏会前日

また山陽道を小一時間走ってH大へ赴き、代数学セミナーに出席。着いたころは曇り空だったが、セミナー中にゴロゴロと鳴り始め、帰宅したころには豪雨になっていた。やれやれ。

もう本番が明日なので帰ってから少し弾いてみたが、結局うまく弾けないところはそのまま残ってしまった。こんな状態で演奏会に出ようというのだから、全く図々しい話だ。ムード音楽風の曲を選んだのはこうなることをある程度予期していたためで、練習不足でもこういう曲の方がまだごまかしが利くのである(バッハなどは練習不足がモロに出るからこわい)。しかしそれにも限界がある。今月初めのチェスと同じで、今ひとつテンションが高まっていない気がするのだ。ほどよい緊張感を今から持っていなければいけないと思うのだが、ピアノにばかり時間を割けない環境ではなかなか難しい。

まあ今からどうこう言っても始まらない。難曲に挑戦して崩壊を繰り返していた学生時代を思い出しながら、楽しんでこようと思う。

なお、明日は更新できるかどうかはホテルの環境次第。無理な場合は明後日の帰宅後ということで。

2007年05月15日

夜のモーツァルト

火曜日なので午後からH大へ。今日はI先生が修士の学生のセミナーをやっていたので、こちらの講義が始まるまでしばらく同席させてもらった。いつもは金曜日にやっているそうで、おそらく今日だけの参加になるだろう。最近出た代数曲面論の本をテキストにしていた。そのあとは講義、さらにT君と合流して夕飯といつも通りのコース。

帰り道、最近かけっぱなしだったグラズノフ作品集のCDを出して、モーツァルトのピアノ協奏曲を久しぶりに流してみた。にも書いたことがあるが、お気に入りは第20番、第23番、そして第27番である。今日は20番を聴いていたのだが、映画「アマデウス」のラストでも使われた美しい第2楽章や疾走する第3楽章が、夜道を走りながら聴くといつも以上に魅力的に聞こえて実に心地よかった。昼間に聴くよりも、はるかに深く曲に没入してしまうのだ。思うに、ヘッドライトでかろうじて照らされた暗い視界と、対向車も人通りも少なくなって静かになった環境が、自分一人でこの曲を満喫しているという気分にさせてくれるのだろう。ジャック・ルーシェのプレイ・バッハあたりもそうだが、シックで軽やかに走り抜けるような曲は夜に聴くに限る。

2007年05月14日

演奏会プログラム

今度の土曜日に行われる演奏会のプログラムが一応決定した。主催者から送られてきたものをそのままここに載せておくが、まだ若干変更や誤植の可能性があるので、気づいた時点で随時修正していくつもり(5/17 AM1:47 一部修正)。

2007年05月13日

グランドピアノで練習

この土日はちょっと真面目にピアノを練習した。さすがに演奏会前の最後の休日であるから、これ以上サボるわけにもいかない。まあどうあがいたところでミスだらけになるのは避けられないが、それでも曲に聞こえる程度にはしなければ、聴いている人に申し訳ないというものだ。

昨日はにホロヴィッツのピアノを弾かせてもらったスタジオに行って、スタインウェイを1時間弾かせてもらった。ここしばらくは、スタジオでの練習といってもアップライトでやっていたのだが、久しぶりにグランドにさわるとやはりだいぶ違うなと思わされる。タッチや音量ということもそうだが、昨日気づいたのは手がピアノにぶつかるということ。電子ピアノやアップライトで弾いていると気づかないが、音を弾いた手を鍵盤から離す瞬間、どうも私はときどき手を奥の方向に上げていることがあるようなのだ。グランドピアノだと当然そこは「壁」であり、指が衝突することになる。こういうことがあるから、少し高い料金を払ってでも、たまにはいいピアノで練習しないといけない。

ところで、演奏会は近鉄の大和八木駅という駅のそばなので、ゆっくり打ち上げに参加するためにも当日はその周辺のホテルに泊まろうと考えていた。ところがいざ検索を始めてみると、どこもかしこも満室ばかり。残っているのは1泊3万円からとか、バカも休み休み言えと言いたくなるような値段のところだけで、普通のビジネスホテルは本当に全然空いていないのである。どうもキトラ古墳の一般公開とやらをやっている影響らしいのだが、古墳の壁画を見るために奈良中のホテルが埋まるほどの人が来るのかと、あらためて驚いてしまった。とにかく、泊まる場所をもう少し探さないといけない。

2007年05月09日

ピアノと長い指

この間チェスを指したとき、感想戦をしていたら相手の方に「あの、もしかしてピアノを弾かれるんですか」といきなり聞かれたのでびっくりしてしまった。何で分かったのだろうと思ったら、「指しているときに指が長いなあと思ったもので」とのこと。指の長い人が必ずしも鍵盤楽器をやるとは限らないし、ピアノを弾いていると指が長くなるわけでもないだろうから、あまり因果関係はないような気もするのだが、とにかく見事に当てられてしまったのだった。

実はこういうことは初めてではない。高校生のころからぐらいだろうか、初対面の人などに「指が長いですね」とか「手がきれいですね」などとよく言われるようになった。「手タレになれる」なんていうのもあった。自分ではそれまではまるで意識したことがなかったので、言われるほどだろうかと不思議に思ったものである。多感な高校生のときは、男で手がきれいなんて、とむしろマイナスの特徴だと感じていたくらいだが、最近ではさすがに言われて悪い気はしない。とはいえ今でも、人とそんなに違うだろうかという気はする。

今でも覚えているのが、高校の化学の実験のときのことだ。いくつかの班に分かれて実験をするのだが、その日は多分金属イオンの色を確認するという作業をしていたのだと思う。私が液を入れて試験管を細かく振ると、中の液体の色がさっと青緑色に変わった。「あっほら、きれいだよ」と言ったとき、向かいで見ていた女子生徒が
「うわっ、何ちょっときれい……その手!」
いや見るのそこじゃねえだろ、と反射的に突っ込んだのは言うまでもない。

指が長いとピアノを弾くのに有利だろうと思われがちだ。私の手だとどうにか10度が届くくらいだが、確かに一オクターブもつらいような手だったらかなり大変だろうとは思う。しかし、一オクターブ程度が限界という手でピアニストになっている人はいくらでもいる。アシュケナージやラローチャは多分私より手が小さいが、彼らの弾くラフマニノフやアルベニスは、手の小ささなど微塵も感じさせない。結局、努力と才能の問題であろう。

2007年04月27日

巨匠の死去

今日はH大で代数学セミナーがあり、午後から出かけた。高速道路は中国山地の中を縫うように走っているが、今日は空もよく晴れていて、山の青と空の青が素晴らしいコントラストをなしていた。こういう、暑くも寒くもない日は貴重だ。じきにうだるような暑さに閉口する日々がやってくる。

セミナーは5時前に終了。本当はその後の新入生歓迎会にも出席する予定だったのだが、どうも今日は起きたときから頭痛がして本調子ではない気がしたので、大事を取ってセミナーだけで失礼させてもらうことにした。昨日はビールをコップ数杯飲んだだけで、翌日に残るような飲み方はしていないはずなのだが、飲み会自体が久しぶりで身体が忘れていたのかもしれない。

帰宅してからニュースをチェックしていたら、ロストロポーヴィチが亡くなったとのこと。確かに最近は動向を聞かないと思っていたが、これでソ連が生んだ巨匠の時代も終わりか。追悼の意味を込め、今はロストロポーヴィチが弾く無伴奏チェロ組曲をかけている。

2007年04月25日

世紀の音痴のライバル

少し前に、凄まじい音痴のおばさん、ジェンキンス夫人が歌うアリア集のCDをここで紹介した。私が登録しているメーリングリストに昨日流れたメールで知ったのだが、実はこういうCDはこれだけではないのだそうだ。2年くらい前に出たもので、その名も "The Muse Surmounted: Florence Foster Jenkins and Eleven of Her Rivals"。ジェンキンス夫人だけでも十分すぎるのに、あと11人もいるのかよ、と言いたくなる。

下手くそなどというありきたりの言葉では説明できないような歌唱を、全く恥ずかしがることもなく公衆の面前で歌いきってみせるというのは、やはり普通ではない。きっとこの人たちは、ただただ歌が好きで、歌いたいという自身の願望にひたすら忠実であろうとしただけなのだ。確かに歌はひどいが、根はきっとすごくいい人だったに違いない……と、遺された録音を聴いていると思いたくなる。その方が、まだ下手くそな歌を聴かされても救われるというものだ。ところが、紹介してくれた方のメールによると、そういう人物像は誤りで、現実はひどかったという。「ジェンキンスは虚栄心の怪物であり、利己的だったが、狂人ではない。安っぽい人間で、都合の悪いことは隠し、妄言を信じ、卑劣でみすぼらしく、俗っぽい女性でありながら、最大のディーヴァに匹敵するエゴだけは持ち合わせていた」。ひどい言われようだが、こういう人物像を補強するエピソードがいくつもライナーノーツに詳述されているらしい。

こんなのを聴くくらいなら、キリ・テ・カナワやキャスリーン・バトルで満ち足りた気分に浸るのがいいことは間違いないのだが、それはそれ、これはこれである。早速ネットで注文してしまうのだった。

2007年04月15日

ビデオテープの経年劣化

学生時代、所属していたピアノサークルの演奏会があったときは、私はいつも会場にビデオカメラを持ち込んで同期の友人の演奏を撮影していた。たまったビデオテープは50本を下らない。中には「Uの芸術」を始めとして、このまま日の目を見ないまま埋もれさせてしまうにはあまりに惜しい、鳥肌の立つような超名演も含まれている。早くDVD化を進めないといけないとは前から思っていて、実際にその作業を少しやっていたこともあるのだが、何しろ1本をキャプチャーするのにも相当な時間がかかるので、結局後回しにしてしまっていた。しかしこのままでは、メディアが完全に消滅して永久に見られなくなってしまう。今日は一念発起して、その作業に時間を使おうと考えた。

ところがいざ始めてみて、なぜ以前作業を中断してしまったかをだんだん思い出してきた。キャプチャーに時間がかかるということもあるが、それ以上にテープの劣化がひどいのだ。1秒に1回、2秒に3回という調子でノイズやコマ落ちが発生する。多少のノイズは目をつぶるとしても、コマが落ちて音がぶつぶつと飛ぶのは、演奏会の映像である以上致命的である。さらに再生し続けると、デッキから「キュイー」という断末魔の絶叫のような音が聞こえてきて、あわてて停止せざるを得なかった。クリーニングをしてみても効果なし。デッキにも問題があるのかもしれないが、中にはほぼ正常にかかるテープもあったから、やはりビデオテープが経年劣化してかなり傷んできているのだろう。おそらく長期間巻き取られた状態のままだったために、テープ同士が癒着してしまったのではないかと思われる。

それにしても、ほんの一昔前までこれが当たり前のメディアだったのに、気がついたときにはもう歴史の一部になりつつあるのだから恐ろしい。今普通に使っているものも、10年後には果たしてどうなっていることか。とにかく、困った状態にある大量のテープからどうやって映像を救出するか、何か考えないといけない。

2007年04月14日

ピアノと電子ピアノの違い

ゆっくり起きて、パスタをゆでて、食後にコーヒーを一杯。一番落ち着くので、土日はたいていこれだ。ここで睡眠サイクルや体調をリセットして次の週に臨むのだが、だんだん乱れてきて週の後半にはまた朝起きるのがつらくなっている。去年の大晦日に反省したはずなのに全然生かされていない。来週は生活にメリハリをつけることを少し強く意識しよう。

夕方に市街地へ出かける。少しアコースティックなピアノを弾いてこようというつもりだったのだが、あろうことか楽譜を持っていくのを忘れてしまった。ときどきこうやって間抜けな忘れ物をしてしまう。まあ今日については、楽譜を暗譜度合いを確認するいい機会になったのでよしとしよう。もちろんまだ弾けていないところだらけではあるが、それは覚えていないことによるものではなく、純粋に技術的な問題が原因のようだから、そこはひたすら繰り返し練習するしかない。

今日はグランドピアノの部屋が空いていなかったのでアップライトで我慢したが、やはり電子ピアノに指が慣れてしまっているので、久しぶりに弾くとどうも違いにとまどってしまう。特にペダルの使い方が難しい。電子ピアノでうまくいっていたはずの箇所が、やたらに音が濁ったり不自然に切れたりしてしまうのである。あとはピアニシモ。ごくごく小さい音を表現しようとするとき、電子ピアノでは音が鳴らないことがある。それが鳴るような強さに指を慣らしてしまうと、今度はアコースティックピアノを弾くときに音量に驚いてしまったりする。難しいものだが、感覚を忘れないためにも、やはりときどきはこうやってアナログなピアノを弾きに来た方がよさそうだ。

2007年04月05日

合奏について

車の中ではずっとショーソンのコンセールをかけていたが、最近はリストのオペラ・トランスクリプション集に変えた。「リゴレット・パラフレーズ」や「ファウスト・ワルツ」など、華麗な演奏効果を持った曲ばかりだ。学生のころ、ピアノサークルの同期にはこうした曲を完璧に弾く人たちがいて、自分が決して到達できないであろう高みにいる彼らをいつもうらやましく思ったものだ。以前紹介したU君が1年生のときに弾いたリゴレット・パラフレーズなどは、それまでああいう曲はピアニストしか弾けないのだとばかり思っていた新入生の私がショックを受けるのに十分な名演だった。

とはいえ、こういう曲を自分が弾けないのは単に技術的、能力的な障害がすべてであるが、ショーソンのコンセールなどはさらに合奏するメンバーがいないという問題がある。ヴァイオリンソナタやチェロソナタくらいなら、もしかしたら何かのきっかけで誰かと共に演奏することがあるかもしれないとまだ思える(現実にはこれも厳しいが)。しかし、ヴァイオリン弾きが3人にヴィオラとチェロ弾きがそれぞれ1人ずつ集まってきて6人で合奏するなどということになると、これはもう自分のこれからの将来でまず起こり得ないと言わざるを得ない。やはり自分がピアノの入った曲を聴いているときは、自分がそれを弾いていると妄想することによって曲に没入することが多いだけに、残念な気がする。

学生時代、連弾やピアノ2台での演奏を何度か経験したが、練習の過程も含めて、やはりあれはソロとは違う楽しさがあった。当分は無理な話だが、またいつか合奏を経験したいとはいつも思っている。

2007年03月30日

藁人形再び

実家のリフォームに備えて少しずつ片付け作業をしているが、それと並行してピアノも弾いている。エレクトリックでないピアノを弾ける時間は貴重だ。ここ数日は「静かな夜に」と「夢のあとに」の他に、4ヶ月ほど前の一時期にトライしていたグラナドスの "El pelele"(「藁人形」)という曲をまた弾いてみている。非常に難しい曲なので譜読みは遅々として進まないが、それでも前にやっていたところからは少し前進した。私の練習パターンはいつもこうだ。弾けたらいいだろうなという虫のいい願望だけで譜読みを始めるが、やがて難所にさしかかってなかなか先へ進まなくなる。すると他の曲が気になりだして途中で放棄してしまうが、しばらくしてまた興味が回帰してくると、前に譜読みしたところまでをもう一度練習し始める。今度は「思い出す」作業なので、以前より短時間で放棄した箇所まで到達し、その結果もう少し先まで譜読みをすることができる。何曲かでこのサイクルをぐるぐる繰り返しているうちに、うまくいけばどれかが終わりまで行って、全体を何とか通して弾けるようになるわけだ(もちろん人に聴かせることができるレベルまで行くには、そこからがまた大変である)。「静かな夜に」や「夢のあとに」もそんな風にしてここまで持ってきたが、「藁人形」はできたとしてもまだまだ時間がかかるだろう。

このアップライトピアノも買ってからずいぶん時間が経ったし、実家をリフォームしている期間中に「入院」させて弦を張り替えることも考えている。さらにハンマーも新調するか、響板にまで手を入れるか、リニューアルの度合いもいろいろあるようだ。この機会にやれることはやっておいた方がいいかもしれないが、もちろん大がかりになればなるほどお金もかかる。どうするかもう少し検討しよう。

2007年03月23日

ピアノの練習日

今日はもう勤務先には休暇願を出してしまい、家で過ごすことにしていた。当初の予定ではいろいろ掃除でもしようというつもりだったのだが、そのへんに散らかっている衣類やらスーパーのビニール袋やらをまとめたくらいでピアノに逃避してしまった。我ながら全く意志が弱い。まあいい、また今度。

今日はもうピアノの練習日と定め、かなり長いこと弾いていた。だいたい今年は演奏会にも出ることを考えているのだから、それだったらいい加減に練習しないとまずいのだ。下手くそは下手くそなりに、せめて一昨日のチェス並みに2勝2敗程度の演奏はできるようにしておきたいところである。電子ピアノばかりだと感覚がおかしくなるので、夕方に市街地まで出かけて、久しぶりにスタジオでグランドピアノを少しさわってきた。やはりフォルテを鳴らしたときの気持ちよさが違う。「夢のあとに」と「静かな夜に」は譜読みは一応終わり、暗譜も8割方できた。現在の状況が後退しないよう、少しずつでも練習は持続しよう。

2007年03月10日

夢のあとに

土曜日なのに珍しく早く目が覚めた。午後はピアノの練習など。まともに弾けるのが土日だけなので、いつになっても譜読みが進まない。「静かな夜に」はだいたい一通り目は通したが、シャコンヌは当分埒が明きそうにないので、もう少し気楽にできる曲としてフォーレ=ワイルドの「夢のあとに」を弾き始めた。これも昔一度やったはずなのだが、何だかすっかり忘れてしまっている。覚えているのは、曲の後半でかなりミスをしたということだけだ。とりあえずあのころのレベルに戻るためには、まだかなり時間がかかりそうである。

夕方から市街地に出ようと車を出したら、家の前の道路がいきなり大渋滞。今日がサンフレッチェ広島のホーム開幕戦だったことをすっかり忘れていた。サッカー場が目と鼻の先だから、試合があるときだけ異常に混雑するのだ。観戦するうえでは恵まれたところに住んでいるわけだから、一度見に行ってみようと思いつつ未だ果たせていない。少なくとも、今日のような悪天候の日は遠慮しておこう。

2007年03月06日

ショーソンのコンセール

先日ショスタコーヴィチのジャズワルツについてちょっと書いたら、いろいろコメントをいただいた。やはりこの作曲家はファンが多いのだなと実感。例のワルツについても、あちこちですでに使われていたのだと知った。しかしやっぱり一番ショッキングな情報は、細木某も愛聴しているという事実である。ズバリ言うと。

さて、車の中では別のCDを聴いているが、今かけているのはショーソンの「ピアノ、ヴァイオリンと弦楽四重奏のためのコンセール」Op.21。室内楽曲では私が特に好きな曲の一つである。元々は、学生時代に所属していたピアノサークルのOB会の会報だったか何かに載った文章で知った曲だ。書いたのは私のはるか上の代の先輩である。この先輩、原稿の中で自分の思い入れのある曲をいろいろ紹介してくれるのだが、すぐに話が脱線してプロレスの話題になったり、ここにはとても書けないような、あまり上品でない例えで曲を形容したりするものだから、読んでいておかしくて仕方がない。だいたいいつも一人称が「ワシ」なので、音楽評論を読んでいる気がしないのである。

中でも周りから最高傑作とされていたのが、ワープロ打ち10ページくらいの「音楽入門」(このタイトルからもう笑ってしまう)という一文だった。原稿を実家に置いてきてしまったので細部まで思い出せないが、この中で「コンセール」が、「たどり着いたものだけが味わえるこういう隠れた名曲の存在は、絶対人には教えたくない」というような文句とともに紹介されていたのである。これだけでもかなりそそられるのだが、さらに「この曲の第2楽章を聴いて、昔好きだった人に手紙を書きたくならないやつは人間じゃない」などと書かれては、これはもう聴くしかないではないか。この曲は今でもこうして愛聴しているが、第2楽章が流れるたびにいつもこの名評論を思い出してしまうのである。

2007年03月03日

ショスタコーヴィチ

今週は朝早く起きなければいけない日が多く、いつにもまして寝不足がひどかった。ここへ来たばかりのころと比べると、睡眠時間が着実に減ってきている。そろそろ生活サイクルを立て直さないとといつも頭では思っているが、習慣というものは容易には直らないものだ。日が高くなるころまでベッドでごろごろして、ようやく慢性的な睡眠不足の状態を抜け出した。

今借りている「愛のエチュード」のサントラCDをこのところ聴いている。どの曲も落ち着いていて騒がしくないので、何かしながらバックでかけているにはちょうどよい。メインの曲ともいえる "Love Theme" もいいのだが、一番耳に残ってしまうのは、映画の中でも効果的に使われていた、ショスタコーヴィチのジャズ組曲第2番の第2ワルツである。すっかりメロディーが頭にこびりついてしまい、最近は皿洗いをしているときにいつも口ずさんでいる。皿洗いのテーマ曲というと以前は「花のワルツ」だったのだが、ある時期からそれが「こうもり」になり、今はジャズ組曲のワルツに取って代わられようとしている。どうも私の頭の中では、台所という場所は3拍子の世界らしいのである。

ショスタコーヴィチというと、一番人口に膾炙しているのはおそらく交響曲ではないかと思うが、実はかなりいろんなジャンルの曲を書いている。私はそれほどは聴いたことはなくて、交響曲の他はピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲、24の前奏曲とフーガといったところだろうか。弦楽四重奏もかなりあるが、まだまともに聴いていない。室内楽は、どうしてもピアノが含まれている曲を優先してしまうせいだろう。

夕方に買い物に行ったときにCD店に立ち寄ったら、ちょうどジャズ組曲集が運よく置いてあったので早速買ってきた。私の好きな交響曲第9番もそうだが、ショスタコーヴィチはこんなふうに軽くて洒脱な感じの曲が一番よいように思う。

2007年02月28日

Rachmaninov's big hands

Rachmaninov3-2.jpgイギリスの女流ピアニスト、Joyce Hattoにまつわるスキャンダルはまだ続いているようだが、この事件を知ったメーリングリストで今日紹介されていた映像が面白かったので、転載させていただこう。ドイツを中心に活動する二人組、Aleksey IgudesmanとRichard Hyung-Ki Jooによる公演、Rachmaninov's big handsの様子である(映像を見るにはQuickTimeをインストールをする必要があるが、同じ映像がYouTubeにもアップされている)。ここで弾かれている曲はラフマニノフの有名な前奏曲Op.3-2。私も学生時代に弾いたことがあるが、盛り上がる箇所では楽譜が四段にまたがるほど音域が極度に広がる。ラフマニノフが巨大な手を持っていたことはよく知られている(13度まで届いたのだ!)が、さしもの彼でもこれほど重厚な和音は出せなかったことだろう。それにしても、メーリングリストでも紹介された方がおっしゃっていたが、手の小さなピアニストでも彼らの道具を使えば、ピアノ協奏曲第2番冒頭の和音をアルペジオなしで弾けそうだ。

公式サイトやYouTubeには他の映像もいくつかあって、それもかなり面白いのでお勧め。

2007年02月24日

ブログ開設一年

また寝不足気味の日が続いていたので、休みの日が来るとうれしい。一昨日のタイムプレッシャーの話ではないが、いつまで寝ていてもいいと言われて8時に起きるのと、絶対8時に起きなければいけない状況でその時間に起きるのとでは、気持ちの持ちようが天と地ほども違うのだ。とまあこんな例えを持ち出すと誤解されそうだが、今日は11時頃まで惰眠を貪っていた。

午後はピアノを弾いたり、このブログのメンテナンス作業をしたり。ピアノはまたシャコンヌの冒頭を中心に。最初のゆっくりした部分が終わり、左手のオクターブが疾走し始める箇所を繰り返し弾いていた。何度もやっているとたまにすっと通るときがあって、このときの爽快感は何物にも代え難い。結局のところ、ときおり訪れるこういう瞬間のためにピアノを弾いているようなものである。どだい難曲を完璧に弾くことなど自分には無理なのだから、一瞬でも弾けたイメージを味わうことを楽しむべきだろう。

アーカイブを見れば分かるように、このブログの最初のエントリを書いたのが2006年2月25日であるから、今日で丸一年が経ったことになる。今書いているこのエントリが329番目なので、だいたい1ヶ月に3日休むくらいのペースで来たわけだ。自宅サーバを立てたのを機会に試験的に始めてみたが、思っていたよりずっとたくさんの方に来ていただいたようで、ありがたいことである。"Ma vie quotidienne" という名前のブログはいくつかあるようなのだが、Googleで検索をかけるとここがトップに表示されるのには驚いてしまった。誰が見ているか分からないのだから、不用意なことを書かないように気をつけたいものだ。

2007年02月21日

Hatto Hoax

Joyce Hattoという名前を聞いて誰だか分かる人は、かなりのピアノ通と言えるだろう。1928年に生まれ、昨年77歳で亡くなったイギリスの女流ピアニストである。このHattoをめぐって、今ピアノファンの世界では大変なスキャンダルで大騒ぎになっている。

Hattoはガンに冒されたために1970年代には公の場で演奏することをやめ、以後は夫がオーナーであるレーベルからCDを出し続けた。近年になり、その録音がどれもあまりに素晴らしいということが世界中に広まり、Hattoこそ最も素晴らしく偉大なピアニストだと名のある評論家がこぞって絶賛するようになったのである(一昨年書かれたHatto評参照)。ラヴェルのピアノ曲全集やショパンのマズルカ、ブラームスのピアノ協奏曲というメジャーなレパートリーはもちろん、アルベニスの「イベリア」全曲やメシアン「20のまなざし」、それにショパン=ゴドフスキーのエチュードといったディープな作品まで見事に弾ききっていたのだから、一部のピアノ愛好家にとって、彼女はもはや生ける伝説になっていたのだった。

ところが今月になって、それら大量の録音のかなりのものが、他のピアニストによる録音のコピーもしくは適当にスピードなどを編集したものだということが明らかになったのである。これはピアノオタクを自認するような人にとっては、もう大変な衝撃だった。なぜなら、彼らはコピー元となった録音ももちろん聴いてよく知っていたからだ。しかしそのコピーであることに全く気づかず、「今までのどんな録音より素晴らしい」とべた褒めしていたのだから、メンツが丸つぶれになってしまったのである。私が入っているピアノマニアのメーリングリストでも、日本有数のコレクターと言える面々が皆ショックを隠せないようだった。ほぼ同じ演奏を聴きながら、片方だけに熱狂してしまったわけだから無理もない。「受けたショックは『あるある』の比じゃない」というコメントもあった。私自身は最近はもうレアな録音を追いかける元気はなくなってしまっていたので、Hattoについても存在以上のことは知らなかったけれど、もしCDを入手して聴いていれば、きっとだまされていたに違いないと思う。

演奏家が誰であるとか楽器のメーカーがどこであるとか、また評論家にどう評価されているのかといった付帯情報に影響されることなく、ただ聞こえてくる音のみによって判断し評価するのが、正しい音楽鑑賞のあり方であるというのが、おそらく愛好家の一般的な認識だろう。しかし結局のところ、人間はどうしても本質以外の情報に影響を受けてしまうのだということを、今回の事件は教えてくれているような気がする。誰かの録音をコピーするなどという稚拙なやり方は、普通なら一発でばれてしまう。しかし、公の場に姿を見せず、実在すら疑いたくなる女流ピアニストが、闘病生活を送りながらも次々と難曲を録音してリリースする……などと語られれば、これはもうその録音が希有な名演であってほしいではないか。その無意識の願望が、幾多の猛者を引っかける巧妙なミスディレクションとなったのではないかと思う。

なお今回の一件はWikipediaにまとめられている。現在も新しい情報が入るたびに更新されているようである。

2007年02月17日

音楽とチェス

朝から晩までずっと雨だった。午後はピアノを弾いたり、チェスのオープニングを並べてみたり。楽譜にしても棋譜にしても、前に弾いたり並べたりしたはずなのにまるで覚えていないのだからいやになってしまう。進歩がないね。

それにしても、ピアノにおける譜読みという行為と、チェスにおいて定跡や過去の名勝負を並べてみるという行為は、何か底辺の部分でつながっているような気がしてならない。弾けない箇所を何度も繰り返していると、さっき同じことをしていたなという感覚に、ふととらわれるのだ。そしてその感覚の正体を探ると、それは1時間前にオープニングのある部分を何度も並べていたことだと気づくのである。

考えてみれば、チェスプレーヤーには音楽に造詣の深い人が少なくない。タイマノフは「20世紀のピアニスト」シリーズに録音が収録されたほどのピアニストだし、元世界チャンピオンのスミスロフはバリトンの歌手になるかチェスをやるかで迷い、後者を選んだという経歴の持ち主である。もちろん、チェスが好きな人はみんな音楽好きだというわけでは全くないし、その逆でもない。ただある種の人たちは、脳の同じ部分でもって、チェスと音楽それぞれに接しているように思われるということだ。自分もその一人である……と言いたいところだが、そう主張するにはどちらの分野についてもあまりに無能すぎると言わざるを得ない。

2007年02月16日

Practice Makes Purr-fect

今日は予定通り午後からセミナー。この間Hさんと話した特異点に関する問題について、I先生も交えてもう一度議論する。今までずっと続けてきた研究もそろそろ一区切りつきそうなので、次にどういう方向に進むかについても少し意見を交わした。また来週の月曜と火曜に、京都で正標数の代数幾何の話題を中心としたミニ・ワークショップが開かれるようなので、ちょっと行ってきてみようと思う。

学生時代のピアノサークルのときの友人が、ピアノを弾く猫の映像があると紹介してくれた。うーん、これはかわいい。グランドピアノが2台並べてあるようだからピアノ教室のような場所だと思われるが、もしそこで飼われている猫が自然にこんな芸当を身につけたのだとしたら大したものである。「ピアノ」と「猫」でグーグルにかけると、この映像を紹介しているブログの記事が大量に引っかかる。みんな一言書かずにはいられなくなったのだろう。猫好きの方は是非ご覧あれ。

2007年02月10日

ホロヴィッツのピアノを弾く

今日は先日予約を取った、ホロヴィッツのピアノの試弾日である。結局事前にはほとんどまともに練習できなかったので、気楽に弾くだけ弾いて楽しむということにする。それでも一応指を慣らしておこうと思って、少し早めに街中に出てピアノスタジオを回ったのだが、今日はどこも満員だった。やむを得ずぶっつけ本番。

HorowitzPiano.jpg5時半きっかりに浜松ピアノ社に行くと、受付にいたおじさんがまず「ホロヴィッツのピアノを弾いた」証明書なるものをくれた。何ともマニア心をくすぐるやり方だ。そこに名前を書き込むと、すぐピアノのある部屋に案内される。まだ前の試弾の方がいて、我々が入ってきたのを見ると名残惜しそうにしながら帰り支度を始めた。部屋の真ん中にグランドピアノが置いてある。うーん、「ラスト・ロマンティック」にも写っていたあのピアノがこれか……と思うと、何とも感慨深いものがあった。「彼の注文で、タッチは軽く、また低音がよく鳴るように調律されてます」とおじさんが言う。そうだろうそうだろう。

前の客とおじさんが出ていって一人になると、早速さわってみた。なるほど、これは軽い。私みたいな下手くそは微妙なタッチの差なんてよく分からないことが多いのだが、この軽さはさすがに普通のピアノとはちょっと違う。そして低音。チャイコフスキーの協奏曲冒頭の和音をガーンと鳴らして、腹に響く轟音を味わった。

Certificate.jpgせっかくの記念だからと今日はレコーダーを用意していた。弾いていられる時間は30分しかないから、あまり余裕はない。録音を開始しておいて、とにかく今弾けそうなものを片っ端からやってみたが、日頃の練習不足もあって、全然指が回らない。やっぱり自分はホロヴィッツにはなれないのだなあと当たり前のことを再認識する。興味のある人にホロヴィッツのピアノの音を聴いてもらうために、録音した中では比較的ましなのを1曲だけ。
スクリャービン/練習曲Op.2-1
いつも同じ曲ばかり弾いているなと言われそうだが、新曲を譜読みする時間がないのでやむを得ない。本当は大きな音の出るOp.8-12も録音したのだが、これは人に聴かせるような演奏ではないので、ここに出すのはやめておこう。

ともあれ、あっという間に30分は終わってしまった。あのピアノに再びさわれる機会が来ることはおそらくないだろうが、証明書なるものももらったし、まあこれで十分満足である。

2007年02月03日

ブゾーニ編のシャコンヌ

久しぶりにゆっくり寝ていられる日だったので、昼近くまで惰眠を貪ってしまった。やはりこういう日があると助かる。先日の博多出張の際に買ってきた辛子明太子がまだ一腹余っていたので、きざみのりとともにパスタと和えてお昼にした。

午後は主にピアノを弾いていた。平日の間はほとんど練習できないから、こういうときにちゃんと譜読み中の曲を弾き直して記憶を取り戻さないといけないのだが、またぞろ悪い癖が出てすぐ新しい曲の楽譜を開いてしまう。最近ファジル・サイの弾くバッハを車内でかけているせいで、今日はブゾーニ編のシャコンヌを弾き出してしまった。もちろんまともに弾けるわけはないが、冒頭の2ページはゆっくりしているからどうにかなるし、ここだけでも十分陶酔した気分に浸れる。やっぱりいい曲はいい。

このブゾーニ編のシャコンヌは、私の所属していたピアノサークルでもかなりの人気曲で、各学年ごとに必ずと言っていいほど挑戦する人がいた。私自身一度やってみたかったけれど、こうみんなが弾いていては自分一人の下手くそ加減が浮き立つし、原曲が何しろ有名だからミスがいちいち目立ってしまう。結局やらないまま終わってしまった。今から長期計画で少しずつ譜読みしてみても楽しいだろうとは思うが、どうせまた数ヶ月もすれば他の曲に目移りしてしまうに違いない。

夕方から市街地に出かけた。いつものピアノスタジオに行ったら、今日はグランドピアノの部屋が埋まっていますと言われ、やむを得ずアップライトの部屋を借りる。メインはスクリャービンのエチュードとラフマニノフの「静かな夜に」。昼間のブゾーニ編も少し弾いた。

2007年01月21日

ピアノの練習日

お昼近くまでぐうたら寝てしまった。床屋に行ってから夕方に市街地へ。今日は広島で都道府県対抗男子駅伝があり、その名残で中心部の道路は混雑していると思われたので、車は出さずにバスで出かけた。着くとすぐ、先週も訪れたピアノスタジオに足を向ける。持っていった楽譜はスクリャービンの練習曲集と詩曲集、それにラフマニノフ=ワイルドの「静かな夜に」、さらにスーザ=ホロヴィッツの「星条旗よ永遠なれ」。「星条旗」はただ持っていっただけだが、残りの楽譜は一応少しずつ弾いてみた。スクリャービンのエチュードはOp.2-1とOp.42-4で、知っている人にはまたそれかと言われそうだ。本当なら昔頑張ったOp.42-5やOp.8-12あたりも再挑戦したいのだが、ああいう轟音系の曲を短期間で思い出すのは難しい。「静かな夜に」の方は、つっかえながらもようやく最後まで通せるようになってきた。

電子ピアノとグランドピアノ、タッチが違うというのはもちろんだが、それ以外にも実感するのが楽譜の位置である。弾きながらチラッと譜面に送る視線の方向が、グランドピアノではかなり高くなる。ささいなことのように思えるが、これが結構バカにならない。鍵盤をほとんど見ずに弾けるのなら問題ないだろうが、パソコンのキーボードと同じようにはいかないものだ。

2007年01月14日

グランドピアノと靴

昼食後のコーヒーをすすりながら、年賀状のお年玉くじをチェックしてみる。いつも切手シートが1枚か2枚当たる程度だったが、今年にいたっては全敗だった。が、買っておきながら結局使わずに余ってしまった賀状のうちの1枚が当たりであることがあとから分かり、どうにか1枚は確保。しかし、くじの等級が3種類しかないとは知らなかった。昔は5種類くらいあったような気がするけどなあ。少なくとも、一番下の等級の当たりが下2桁で、その一つ上がいきなり下4桁では、切手シート以外は「もしかしたら当たるかも」とこれっぽっちも思うことができないではないか。

夕方から市街地に出かけ、昨日行きそびれた楽器店に行ってみる。ピアノのレンタルルームは空いていますかと聞いたら、ほとんど全室空いていた。昨日は満室で今日は予約ゼロというのも極端な話だ。推測するに、土日はレッスンなどで仮押さえをしてあるものの、実際には生徒が休んだりして使われないですむことが多いと思われる。それはともかく、久しぶりのグランドピアノである。やっぱり電子ピアノとはまるで違うのでとまどってしまう。特にピアニッシモを出そうとして微弱なタッチを試みると、思っていたのと全く違う音量が鳴ってびっくりしたりする。一方で、フォルティッシモはずっと気持ちよく弾けた。

そのあと、デパートで靴を買ってみた。以前書いたことがあるが、私は体質からか極端に静電気がたまりやすく、冬から春にかけてはいつバチッとやられるかとビクビクしなければならない。ある種の靴を履いていれば被害はほとんど防げることにあるとき気づいたのだが、どの靴なら静電気を防げるのかは買ってみないと分からなかったのである。今日は少し詳しそうな店員がいたので話を聞いてみたが、靴底がポリウレタン製のものがよいらしい。ポリウレタンはたとえ履かないでいても経年劣化が進み、ある日突然ボロボロ崩れ出すという欠点があるが、導電性についてはある程度信頼してもよいとのこと。ただ素人には見た目では靴底の素材が分からないため、買うときにはちゃんと知識のある店員に確認するしかなさそうだ。

2007年01月11日

ホロヴィッツのピアノ

最近まで知らなかったが、ホロヴィッツが生前ずっと愛用していたスタインウェイが、去年9月から全国を回っている。元々は彼の結婚祝いにスタインウェイ社から贈られたもので、ホロヴィッツはことのほかこの一台を愛したという。そのピアノが、来月上旬に広島の浜松ピアノ社にやってくるという情報を入手。ものは試しと思って聞いてみたら、あっさり試弾の予約が取れてしまった。東京なら競争率が激しくてまず無理だっただろう。これも地方都市の役得である。もっとも、まともに弾ける人を差し置いて私が占拠してしまっていいのかという後ろめたさを感じないでもない。

ピアノ好き、それもどちらかと言えばマニアックな視点から偏愛する人間にとって、ホロヴィッツは一度は「ハマる」対象である。ラフマニノフやルービンシュタインなど、「巨匠」と呼ばれる人たちが大活躍していた20世紀前半のピアニスト黄金時代を、最も強烈に体現していた人だろう。かくいう私も、大学入学直後に何も分からずに飛び込んだピアノサークルでホロヴィッツがいかにすごいかを説き聞かされ、半信半疑で聴いた「ホロヴィッツ・アンコール」で衝撃を受けた一人である。当時の私は楽譜を勝手に改編して弾くなんてことは思いもよらなかったから、リスト=ホロヴィッツの「ラコッツィ行進曲」やスーザ=ホロヴィッツの「星条旗よ永遠なれ」の腹に響く爆音は、もうカルチャーショックと言ってもよかった。ラコッツィの後半なんて、広島の暴走族も顔負けだ。「ピアノでこんなことしてもいいのか」という驚きは新鮮だった。

こうしてホロヴィッツの魔力にとりつかれてしまうと、若気の至り、どうしても自分でも弾いてみたくなり、ついには全く技量がないのに無理やり大学祭の演奏会で挑戦するという誤りを犯してしまうのは、決して私だけではないと思う。年をとるにつれて初めて、自分はホロヴィッツにはなれないのだという当たり前の事実に気づくのである。

とはいえ、巨匠のピアノをさわらせていただくからには、何も弾けないのでは申し訳が立たない。少し練習しておかないと。

2007年01月03日

新年会

夕方より新宿にて、かつてのピアノサークルのメンバーで新年会。男女5人ずつ、ちょうど10人が集まった。お互いもう若いとは言えない年になってしまったけど、時間が経ってもこれだけ集まるのだから、うちの代はまとまりがよい。7時から始めて3時間余り、それぞれの近況報告やら昔の思い出話などに花が咲いた。やっぱり気のおけない友人の存在というのはいいものだ。数年ご無沙汰になっているOB演奏会を久しぶりにやろうという話も持ち上がる。今年の秋あたりの実施を念頭に検討しようということになった。もし本当に決まったら、真面目に練習しないとなあ。

11時半頃帰宅。明日はもう広島に戻る予定。

2007年01月02日

ピアノのち秋葉原

お昼をすませたあとの時間に少しピアノに向かってみた。小学校6年生の3学期に習い始めたころから弾き続けてきたアップライトピアノなのだが、最近では電子ピアノのタッチにすっかり慣れてしまっていて、いつの間にか鍵盤が重くなったように感じてしまう。「静かな夜に」を弾いてみようとしたものの、家から楽譜を持ってくるのを忘れてしまい、前半部分しか思い出せなかった。もう少し継続して練習しないとなあ。今年は久しぶりに演奏会に出て、恥をかいてみてもいいかもしれない。そうやって自分を追い込んだ方が練習するだろう。

3時頃から秋葉原に出かけた。駅そばの大型電気量販店は新春2日も大入り。去年の夏に行ったときと何も変わっていない。どのフロアのどの売り場も人、人、また人だ。こういうむせかえるような人混みの中にやってくると、今自分は東京にいるなということを何よりも実感してしまう。今日は、先月越後湯沢で同室の友人が使っていたモバイルカードを購入。数学の研究集会はしばしば辺境の地で開かれるから、これが役に立つこともあるだろう。

2006年12月27日

世紀の音痴

何を血迷ったか、たった今かけているCDは、Florence Foster Jenkinsが超絶的な歌声を披露する "The Glory(????) of the Human Voice" である。天下のRCAから出ているこのCD、知っている人は知っていると思うが、音痴の最高峰とも言うべき絶唱が聴けることで有名だ。上のアマゾンのページでサンプルが聴けるので、もし知らない方がおられたら是非トラック1の "Die Zauberflöte"(「魔笛」より「夜の女王のアリア」)を聴いてみてほしい。この音程とテンポの外し方は衝撃的の一言に尽きる。サンプルは最初の1分だけだが、このあとからさらに凄まじい歌声が展開されるのである。

Wikipediaなどに詳しい説明があるが、ジェンキンス女史は自分では素晴らしい歌い手であると信じて疑わなかったようだ。多分ヨーロッパだったら、こんな録音が残されることもなかったのではないだろうか。しかしそこはアメリカ、聴衆は客席でげらげら笑いながらも演奏を絶賛するものだから、ついにはカーネギーホールでリサイタルをするまでに至ったという。太平洋戦争のまっただ中、海の向こうではこんな娯楽で楽しんでいたわけだ。

しかし、ずっと聴いていたらさすがに頭が痛くなってきた。Christina Deutekomの歌う(本当の意味での)超絶的な「夜の女王のアリア」のCDに替えてちょっと落ち着こう。

2006年12月16日

ファジル・サイのバッハ

広島に戻った。

実家を出る前に、CDを何枚か持ち出してきた。学生時代に買いためたCDはそれなりの数になったが、実際にときどき聴くのはそのうちのほんの一部分である。そこで一昨年引っ越したときに、コレクションの中からよく聴くと思われるものだけを選んで持っていった。たいていはそれで用が足りるのだが、ときどきふと置いてきたCDを聴きたいと思うことがある。それをこういうときに少しずつ持っていくわけだ。

今回のミッションは、Alicia de Larrochaの弾くグラナドス曲集を持って帰ることだった。先日ちょっと楽譜を出してきた「エル・ペレレ」が入っているのだ。他にシューマンのピアノ曲集を何枚かと、Jorge Boletの弾くフランク。今回はこれくらいかなと思ったとき、Fazil Sayの弾くバッハのCDが目にとまる。あれっ、これまだこっちにあったのかと持ち出しリストに追加した。

帰宅後、グラナドスを早速かけながら、持ってきた残りのCDを棚に並べようとして気づいた。ファジル・サイのバッハがすでに置いてあるではないか。どうもこちらに来てから、昔買ったことを忘れてまた買ってしまっていたらしい。一度読んだはずの論文を忘れてまた図書館に行くなんてことはよくあるが、CDでもやっていたとは。全く記憶はあてにならない。

2006年11月24日

Hamelin's DVD

最近発売されたマルク・アンドレ・アムラン (Marc=André Hamelin) のDVD "It's all about the music" が届いた。ドキュメンタリー映像やリサイタルの様子、特典映像などが入っている。まだドキュメンタリーの部分だけしか見ていないが、期待に違わぬ内容。ファンが何を見たいのかを制作者側がよく分かっている。アムラン本人や関係者のインタビューに混じってアムランの演奏が挿入されるのだが、Rzewskiの "The People United Will Never Be Defeated!" に始まって、Medtnerの "Fairy Tale" Op.20-1、Chopin=Godowskyの第13番(私がC=Gの中で最も好きな曲)、アムラン自身の作曲による "After Pergolesi"、Kapustinの間奏曲、そしてAlkanの「交響曲」の第4楽章というように、かゆいところに手が届く構成になっているのだ。ケベックで行われたリサイタルの映像もあるので、これも見るのが楽しみである。

DVDと一緒に、スティーブン・ハフ (Stephen Hough) の弾くスペイン曲集のCDも到着。こちらも当分は楽しめそうだ。

2006年11月18日

藁人形

大人とは思えないほど寝てしまった。12時起床。このところいつもにまして就寝時間が遅くなっていたので、たまっていた寝不足の借りをようやく返した気分である。しかしどうも、寝ている間に荷物が届いていたらしい。熟睡していて全然気がつかなかった。夜になって郵便受けをチェックしたので、今日の配達は終わってしまっていた。まあいい、明日届けてもらおう。

午後はピアノを弾いたりしてだらだらと過ごす。先月あたりからラフマニノフ=ワイルドの "In the silent night" を練習しているのだが、休日に思い出したようにちょろちょろ弾くだけだから、いつになっても全然譜読みが進まない。おまけに、すぐ他の曲に浮気したくなってしまう。今日はグラナドスの "El pelele" っていい曲だったよなあと急に思い出し、楽譜を出してきて最初のページだけちょっとメロディーをなぞったりしていた。「エル・ペレレ」は「藁人形」の意。日本語で藁人形というと、どうも呪い殺すための道具という連想をしてしまいがちだが、これはゴヤによる同名の絵画を見た印象を元に書かれた曲で、女性たちが毛布の中央に置かれた等身大の人形を空中へ跳ね上げて遊ぶ様子を描写したものである。曲調はリズミカルでいたって明るく楽しい。私はどちらかというと、自分の性格を反映してか、暗くて陰湿で粘っこい曲が好みなのだが、ときどきこういうひたすら楽しい曲にも憧れを感じてしまう。アルベニスの「イベリア」もそうだが、スペインの作曲家の曲はいつも太陽がギラギラと輝いているようだ。こういう雰囲気は、ラフマニノフやスクリャービンには全く存在しないものである。

夕方、冷たい雨の中を市街地に車で出かけた。車中でグラズノフのピアノ曲集をかけていたら、「演奏会用大ワルツ」Op.41が流れて、ああそういえばこの曲もいいんだよなあと思い出してしまった。何だかまたつまみ食いの譜読みをして時間を浪費しそうな気がする。

2006年11月15日

ショパン=ゴドフスキー

今はアムランの弾くショパン=ゴドフスキーのCDを久しぶりに出してきて聴いている。学生のころは、弾けるはずのないゴドフスキーの難曲を平気で演奏会に出して毎回恥をかいたものだった。「酒・女・歌」だって「こうもり」だってやってしまったのだから、厚顔無恥もいいところである。あのころからは年をとって、弾けない曲は人前で弾かない分別はさすがについたつもりだが、そうはいってもゴドフスキーの曲には相変わらず引きつけられてしまう。これはまあ、ピアノマニアの宿命だろう。

ただでさえ難しいショパンの練習曲をさらに難しく編曲したこの作品は、真面目にピアノを愛する人から見れば、「技術偏重、内容空疎」の象徴的存在として忌み嫌われることが多い。正直なところ、そう言われても仕方のない面はあると思う。ショパンの練習曲はピアノを弾くものにとっての聖典だ。ピアノの心得が多少ともある人間なら、その素晴らしさが分からない人はまずいない。そんな曲をさらにいじくるなんて、それこそシェークスピアをちょこちょこっと書き直して共著扱いで発表するようなもの。全くもってけしからんというわけである。

そうは思いつつも、やっぱりこっそりこれらの曲を聴いてみたいという思いは、抑えることができないのである。あくまで「こっそり」だ。例えば誰かと話していて、その人がピアノ好きだと分かっても、ショパン=ゴドフスキーを認めているかどうかを確認しないうちは、正面切って愛聴しているとは言いにくい。眉をひそめられるかもしれないからである。だからこの間のように相手が同じ嗜好であると分かっているときは、何とも言えない安心感があるのだった。

ちなみに私が特に好きなのは、原曲Op.10-6を編曲した第13番。左手一本で弾かれるさざ波のような音たちが、例えようもなく美しい。

2006年11月08日

牡蠣を食いつつピアノ談義

ピアノサークルの3年先輩だったNさんが、学会に出るために来広するというので7時に待ち合わせ。もう一人、Mさんという方も一緒に来ていらして、初めてお目にかかった。お二人を牡蠣料理の店にご案内する。かき塩辛、かき時雨煮、かき酢、殻付かき、かき土手鍋、かき雑炊、フルーツ(柿)。大変満足していただけたようで、お連れしたかいがあったというものだ。

かつてのピアノサークルのメンバーは全国に散らばっているが、関西圏に住んでいる人たちは「加古川ピアノの会」という集まりでよく演奏会を開いている。Mさんは関西の音大を出られたが、ちょっとしたきっかけで加古川ピアノの会に出入りするようになり、今ではすっかり中心メンバーの一人となってしまったとのこと。せっかく正統的な道を歩んでいたのに、あんなピアノオタクの巣窟に足を踏み入れてしまって……という気もしないではない。とはいえ、私もまあ巣窟側の人間だから、こうやって仲間が増えるのはうれしいことである。

Nさんともずいぶん久しぶりで、昔話に花が咲いた。話を聞いていると、かつての仲間は相変わらずみんな元気にピアノを弾いているなあと感心してしまう。自分は、詰将棋だのチェスだの他の趣味がどんどん増えてきてしまったこともあり、何だか取り残されてしまった気がする。Nさんたちからは、来年に演奏会をやるから是非出てくれと言われてしまった。確かにそういうモチベーションを作った方が練習に身が入るかもしれないが、果たして今から人前に出せるほどの曲をものにできるかどうか。

2006年10月15日

静かな夜に

昨日は夕方から市街地まで出かけたのだが、ちょうどカープ戦が広島市民球場で行われていたのと、広島フードフェスティバルなる催しが行われていたこともあって、街中はかなり混雑していた。今日は今日で、うちから徒歩数分の位置にあるサッカー場でサンフレッチェ広島の試合をやっていたようだ。出かけるとまた渋滞に巻き込まれそうなので、近くのスーパーに行った以外はずっと家で逼塞していた。

海外出張の間ピアノが弾けなかったせいで、最近新しい曲でも譜読みしようという気になっている。とはいっても、ゼロから新しい曲をやるにはもう時間も気力もなさそうなので、とりあえず学生時代に一度は弾いたはずの曲から選ぶことにした。当時一番手を出していたのはラフマニノフとスクリャービンで、この2人は今でも私にとっては大事な存在である。昨日、今日と再挑戦してみているのが、Rachmaninov=Wildの "In the silent night"。ラフマニノフがまだ若いころの歌曲をワイルドがピアノソロに編曲したものだが、ムーディーでいかにも彼らしいメロディーにあふれながら適度な演奏効果もあり、弾いていて「ラフマニノフ」を実感できる曲だ。もう一度人前で弾けるところまで持っていきたいものだが、しばらくは忙しくなりそうなので、ちょっと時間がかかるだろう。

2006年10月07日

久しぶりのピアノ

こちらへ戻って初めての土日。やはり休みの日はいい。今月末と来月頭にまた講演しなければいけないので、あまり悠長に構えている場合でもないのだが、この3連休はちょっとダラダラさせてもらおう。

お昼を食べてから、久しぶりに電子ピアノにさわってみる。結局あちらでは全くさわる機会がなかったから1ヶ月以上ご無沙汰だったが、やはりこれだけ間隔が空いてしまうともうまるでダメだ。「とりあえずいつでも弾ける曲」のはずだったフランス組曲のアルマンドからしておかしくなっている。少しリハビリする必要がありそうだ。その後は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲の楽譜を出してきて、冒頭部分の分厚い和音を弾きながら例の旋律をハミングしたり。人がいたら恥ずかしくてとてもできないが、一人ならこれはなかなかいいストレス発散になる。

大学院時代の同期で、現在は東京で金融系の会社に勤めているS君が、明日泊まりに来ることになった。遅い夏休みを取ったので、中国地方をぶらっと回るとのこと。実は彼は一昨年にも同じ時期に遊びに来たのだが、そのときは台風の来襲とぴったり重なってしまい、ほとんど何もできなかったのだ。今回はずっと好天に恵まれそうである。宮島にでもお連れしよう。

2006年08月19日

夏眠不覚午

起きてみたら、何と正午どころか午後1時もとうに過ぎていた。いくら土曜日は惰眠を貪ることができるとはいっても、日が昇りきったときにまだ寝ているというのは、人間としてどうなのか。足の遅い台風も、さすがにしびれを切らして行ってしまったあとだった。昨日かなり夜更かししていたのが直接的な原因だが、今週はいろいろあったのでやはり疲れがたまっていたのかもしれない。

ちょっとした仕事を片付けて、夕方から街中に出かけ、ピアノスタジオでピアノを弾いてきた。すでにスタンプカードがいっぱいになっており、30分間をただで弾くことができた。これは満足。しかし最近は家で練習する時間が全くとれず、スタジオで譜読みに時間を割かざるを得なかったのは、ちょっともったいなかったように思う。

2006年08月16日

ミケランジェリ

今日は一日中会議だった。明日は一日中セミナーで、明後日はまた一日中会議の予定。

ミケランジェリが1981年にLuganoで行ったライブのDVDを帰省中にいただいたので、帰宅後に前半を見てみた。ベートーヴェンのソナタ第11番Op.22と第12番Op.26。ベートーヴェンのソナタは中学のころにグルダの全集を何度も何度も聴いて、一時期は32曲のどこであろうと脳裏で再生できるほどになっていたが、いつしか滅多に聴かなくなっていた。11番と12番などいったいいつ以来だろうか。しかし一度聴くとまた旋律がよみがえってきた。

彫りの深いミケランジェリの顔を見ていたら、ロシア人の大物代数幾何学者でそっくりの人がいるのを思い出した。去年の夏、シアトルの研究集会でその人の講演を聴いていたとき、一緒に参加していた人に「ミケランジェリに似てない?」と耳打ちされ、なるほど確かにと膝を打ったものである。もっともミケランジェリは、周りが今ひとつよく分からない冗談を自分で言って自分で笑うということは、あまりしそうにない。

2006年08月05日

メランコリー

土曜日なのでまたぶらっとピアノを弾きに出かけた。と言っても今日は30分だけで、しかも空いていたのはアップライトの部屋だけだったので、充実感はさほどではなかった。現在は、昔弾いたはずの曲をもう一度思い出そうというキャンペーンを脳内で開催している。先週始めたショパンの舟歌に続き、ここ数日はプーランクの「メランコリー」の楽譜も出してきて弾いてみている。ほんの3年半前に演奏会に出したはずなのだが、ここまできれいに忘れているとは。一度やった曲をゼロまで忘れてしまうのはあまりにもったいない話だ。

それにしても、「メランコリー」はやはりいい曲だ。舟歌もそうだが、どこか物憂げな曲調が今の私には波長が合うようだ。カプースチンの三度ばかり練習していた反動かもしれない。

終了後、明日持っていくもみじ饅頭を購入。これで準備万端。

2006年07月29日

Uの芸術

土曜日ということで、家の電子ピアノで少し指を慣らしてから、また街中へ出てグランドピアノをさわってきた。いつものようにフランス組曲のアルマンドでウォーミングアップしてから、カプースチン。それから今日は、ショパンの舟歌も久しぶりにやってみた。人前で初めて弾いたのは、大学のピアノサークルの新人演奏会だから、かれこれ13年前ということになる。だいぶ忘れてしまっていたが、何度か繰り返していたら、少しずつ指が記憶を取り戻してきた。やはりいい曲だ。

そういえば、ピアノサークルの同期だったU君が、デュオの演奏会を開くことになったようだ。普段はお役所に勤める純朴ではにかみ屋の好青年なのだが、髪を派手に赤く染めたりしていてちょっとびっくりである。同期なのに年の差を妙に感じてしまった。ともあれ、関東にお住まいの方は、行って損はないと思うので是非。

彼はサークルやその周辺においては、もはや生きた伝説となっていた。彼の演奏は、もはや「すごい」とか「素晴らしい」というありきたりの言葉では、到底表現できないようなものだった。サークルの演奏会において、U君はある時期から決まってプログラムの一番最後に配置され、聴く人は彼がどんな名演を聴かせてくれるか、そしてアンコールで何をやってくれるか、みんながわくわくしていたものである。そして彼は、常にその期待を裏切ることはなかったのだった。

彼の演奏を分かりやすく言えば、アクロバティックで人を驚愕させる超絶技巧ということになるのだろう。しかしこういうヴィルトゥオーゾの世界は、ともすれば技巧偏重・内容空疎というイメージを持たれ、最初から一段低く見られがちだ。実際、うちのピアノサークルは代々超絶的な難曲を偏愛する人間が多く、目にもとまらぬ名人芸を演奏会の度に披露していたが、その中には「見せびらかしたいだけ」と言われても仕方のないような演奏も少なくなかったのは確かである(さらには私のように、技術がないのに難曲を弾こうとする困った人も一定数いた)。しかしU君の演奏は、それよりはるか上のステージにあったと思う。彼の演奏を聴いた人は、みんなホロヴィッツやシフラを生で聴いたような気分になった。彼が私の同期であったというのは、何とも幸せなことだったと思う。

当時私はサークルの演奏会の模様をビデオ撮影で記録していたが、彼の演奏がサークルの中でだけしか知られないのはあまりにもったいないと思い、U君の演奏だけを取り出して「Uの芸術」というビデオを制作したことがある。伝え聞いた人があちこちからダビングしてほしいとメールを送ってきて、一時期はその発送作業が私の日課だった。テープが劣化しないうちにDVD化しようと思っているのだが、忙しくてまだ実現していない。しかし、これはいつかしなければいけない作業だと思っている。

2006年07月22日

原稿書きとピアノ

起きたらもうお昼になっていた。ちょっと疲れがたまっていたのかもしれない。パスタとアイスコーヒーで落ち着いたあと、ピアノスタジオに電話してみる。
「今日の夕方から夜なんですが、空いていますか?」
「少々お待ちください……すみません、今日はレッスンでちょっといっぱいになっていまして……」
仕方ない。今日はレポート記事を進めろということらしい。

ときどき他のことをして気分転換しながら原稿を書いていったのだが、存外筆が進まないものだ。どう書いても、あれがあった、次にこれがあったと事実を列挙する風になり、何だか遠足の感想を書いている小学生の気分になる。まあもとよりうまい文章が書けるわけでもなし、割り切ってしまうべきなのだろう。

夕方になり、買い物をしようと車を出して市街地まで出かけた。今日は花火大会が宇品であるせいか、道がやたらに混んでいる。本通を歩いているとき、ふと思い立って昼間に電話したピアノスタジオに立ち寄ってみた。今日は無理ということだったから、明日の午後が空いているかどうか聞いてみようと思ったのだ。頭の中での想定問答は、「今、ピアノ部屋空いていますか?」「すみません、もう今日は満杯で……」「そうですか、では明日は?」という流れでできあがっていた。まず「つかみ」として、知らないふりをして現在の空き状況を尋ねるというプランである。
「今、ピアノ部屋空いていますか?」
「少々お待ちください……はい、グランドピアノの部屋でしたら空いていますけど」
昼間の電話は何だったのか。結局当初の予定通り弾けたからよかったものの、これでは電話による事前の確認はあまり信用できないかもしれない。

2006年07月07日

イベリア

また最近聴いているCDの話でも。今かかっているのは、「イベリア」である。アルベニスの最高傑作にして、20世紀に作曲されたピアノ曲の中でも最上級の完成度を誇る名作と思っている。第1集から第4集まで、それぞれが3曲セットの計12曲からなるが、どれも甲乙つけがたい。最近出たアムランの演奏も悪くないが、この曲に関しては、やはりアリシア・デ・ラローチャの演奏が一番好きだ。1973年の旧録と1986年の新録、どちらも何十回聴いたことか。何度聴いても本当にいい曲である。

Jerez.jpg「イベリア」は曲の内容もさることながら、演奏技術の難しさという点でも一つの頂点を極めた作品である。難曲たるゆえんは、演奏を見ている人に「2匹の蜘蛛が格闘しているようだ」と言わしめるアルベニスの書法にある。両手が弾く音域が激しく重なり、とんでもなく弾きにくいのだ。いかに手が衝突しないかに常に注意を払っていなければならず、例えば左手の指が入ってくるスペースを確保するために、まさに絶妙のタイミングで右手の指を退避させたりしなければならない。右は第4巻第2曲「ヘレス」の一節だが、ここは上段も下段もト音記号であり、レガートで動く右手の和音の真ん中に、左手がスタッカートで加わることが要求されている。

こんな拷問に近い弾き方をさせておいて、聞こえてくるのは甘美で情熱あふれるスペイン音楽なのだから、不思議なものだ。掉尾を飾る第4巻第3曲「エリターニャ」には今まで何度も挑戦しているのだが、そのたびに挫折してしまっている。いつかは通して弾いてみたい曲である。

2006年07月03日

冷しゃぶと花のワルツ

昨日の夕飯に冷しゃぶをつくって食べたのに、今日のお昼に学食で、何も考えずにAセットの冷しゃぶを注文してしまった。レジで支払いを済ませ、座席に着こうというところまで来て気づいた。さらに、昨日つくったものは2日分だったので、今日の夜も冷しゃぶである。冷しゃぶ、冷しゃぶ、冷しゃぶ。じめじめした季節、さっぱりしたものが食べられるなら、別に同じメニューが3回続いてもどうということはない。

食後に、空になった皿を洗いながらふと気づいた。家にいるときは、誰もいないのをいいことによくメロディーを口ずさんでいる。最近かけているCDの曲だったり、テレビでしつこく流れていたCMのBGMだったりと、口をついて何が出てくるかはその日次第だ。しかし、皿洗いをしているときには、なぜか決まってチャイコフスキーの「花のワルツ」を口ずさんでいるのである。別に最近よく聴いているわけでもないのに、どういうわけか頭に浮かんできてしまうのだ。

深層心理を自己分析してみるに、小学校時代、掃除の時間に決まって「くるみ割り人形」がかかっていたことが影響しているような気がする。小序曲の軽やかな旋律が聞こえてくると、めんどくさいなあと思いながら机を前に移動させていたし、花のワルツが流れ出すと、「清掃は終わりです」という放送委員の抑揚のないアナウンスがそこにかぶさり、ああこれで帰れるとうれしくなりながら机を元の位置に戻したものだった。だから私にとっては、花のワルツは「片付け作業はもうすぐ終わり」というステージに自分がいることを示す、テーマ曲となっているのかもしれない。

2006年07月01日

ショパンと「巨人の星」

今日はまたピアノを弾きに出かけた。今年は次から次へとしなければいけないことが降ってきて、意識して時間を作らないと、ピアノに全く接しなくなってしまいかねない。上達はもう無理でも、忘れない程度には練習していきたい。

2006年06月24日

次に譜読みする曲

2週間ぶりに浜松ピアノに行ってピアノを弾いてきた。今日もまたカープの試合と重なったために駐車場が大渋滞だったが、余裕を持って出ていたため、予約した時間には遅れることなく到着。

ニャターリやシューマンなど何冊か楽譜を持っていったのだが、結局カプースチンばかり弾いて終わってしまった。やはり他の曲はまだ譜読みを始めたばかりという段階で、時間貸しスタジオでその続きをするのは少々もったいないと感じてしまうのだ。次に本格的に何をやるかというのがはっきり決まっていないということもある。シューマンというつもりはあったのだが、食指を動かされるのは大曲ばかりで、とても終わりまで行けそうもないのだった。

一時期頑張ってかなりのところまでいった、アルベニスの「イベリア」の「エリターニャ」に再挑戦してみるか。はたまた、オタク路線でゴドフスキーの編曲ものを始める手もある。しかし、これらはあまりに難しくて、人前でうまく弾ける可能性がほぼゼロに近いのが問題だ。もっともそれを言ったら、どの曲だろうと一度として自分がうまく弾けたためしはないのだから、何をやっても同じという気もする。いったん始めたら当分はその曲にかかりきりになるだけに、ここが思案のしどころだ。

2006年06月17日

シューマン没後150年

最近になって気づいたのだが、今年はモーツァルトの生誕250年であるだけでなく、シューマンの没後150年の年でもあるのだった。そんなにマイナーな作曲家ではないと思うのだが、モーツァルトがマスコミにもやたらにとりあげられるのに比して、シューマンは誰もほとんど話題にしていない。だからというわけでもないけれども、このところシューマンをよく聴いている。

ピアノを弾く人でショパンが嫌いという御仁には滅多にお目にかからないが、シューマンは結構好き嫌いがはっきり出るように思われる。学生時代に所属していたピアノサークルでも、シューマン嫌いは必ず何人かはいたものだ。気に入らないのは、おそらくその「アマチュアくささ」が原因だろう。ロマン派などと呼ばれていても、ショパンやリストは曲の構成や細部の書法、指使いに至るまですべてが計算され尽くしている。まさに職人芸、プロの仕事なのである。ところがシューマンは、素人がプロになった気で書いているような印象を受けてしまう。フロレスタンとオイゼビウスだのダヴィッド同盟だの、自分の勝手な空想の産物を曲名につけたりして憚らないし、曲の冒頭に「できるだけ速く」と指示しておきながら、あとになって「さらに速く」、「もっと速く」などと論理的に矛盾しているようなことを書いたりする(ピアノソナタ第2番第1楽章)。本人があまりピアノを弾けなかったからか、音の置き方も演奏者のことを考えておらず、やたらと弾きにくい(「夢のもつれ」という曲は、その弾きにくさから別名「指のもつれ」と呼ばれている)。ショパンやリストが、聴く人を感動させるためにこれ以上ないというほど冷静沈着に作曲しているのに対して、シューマンは自分で自分の曲に感動し、酔ってしまっているのである。

しかし、そんなアマチュアくささが逆に大きな魅力となっていることも確かだ。いったん彼の独りよがりな夢想に自分も乗ることができれば、むせかえるようなロマン派の世界を体感できる。没後150年の年でもあるし、短い曲でもちょっと譜読みしてみようか、と考え始めている。

2006年06月10日

スタインウェイ

何となく土曜日はピアノを弾く日となりつつある。本当は週1回で練習になるはずもないのだが、平日はどうしても帰りが遅くなってしまうのでやむを得ない。

今日はヤマハではなくて浜松ピアノというところに行くことにした。1時間3,150円でスタインウェイを弾かせてもらえる。いつぞやのように意思疎通がうまくいかないということもなく、夕方の1時間分を予約。しかし、十分余裕を見て出たつもりだったのに、駐車場で大渋滞に巻き込まれてしまった。一本道の地下通路で止まってしまうと、やっぱりやめたと抜け出すこともできない。あとで分かったのだが、今日はすぐ横の市民球場でカープ戦があるのだった。野球をやる日はちゃんとチェックしておかないといけない。

予約した時間に5分ほど遅刻して浜松ピアノに駆けつける。おじさんに受付で裏の非常階段を上がっていくように言われ、行ってみるとその先に、小さな舞台上に置かれたスタインウェイがあった。これはガンガン鳴らせるなと蓋を開けて楽譜を広げたところで、後ろから様子を見に来たおじさんに「あっ、ちょっと待って」と制止される。私は共鳴板を開けてから、奥に格納されていた譜面立てを立ち上げてしまったのだが、これは順序が逆で、まず譜面立てを十分手前に引き出してから共鳴板を上げないといけないのである。もちろんピアノを弾く人間なら常識以前のことであって、私もピアノサークル所属のころにその手順を覚えていたのだが、久しぶりですっかり忘れてしまっていたのだ(先日のヤマハのときは最初からセットアップされていて、自分でやる必要がなかった)。こんなことも知らんとほんとにピアノ弾きよるんじゃろか、と思われただろうか。

それはともかく、1時間下手くそなりに音を鳴らすことができた。カプースチンもどうにかこうにか譜読みを終わらせ、そろそろ並行して他の曲にも手を着けたい気がしてきたが、さて、何にしようか。

2006年06月08日

TeXで楽譜を書く

毎週木曜日は、1年生にUNIXの基礎を一通りやってもらう一般情報処理という演習がある。今日からは「TeXを使ってみよう」というテーマで、基本的な作業手順から、文字の大きさの変え方、簡単な表の書き方などを少しやってもらった。

数学を生業とする人ならもちろん、理系研究者ならほとんどの人がお世話になっているのがこのTeXという文書作成ツールである。「テックス」ではなく、「テフ」または「テック」と発音することになっている。一般に市販のワープロソフトは、数式を表現する能力については全くと言っていいほどダメである。ごくごく基本的な記号なら出せるようだが、それもフォントの配置などのデザインに非常に問題がある。しかしTeXは、どんなに複雑な数式や図式でも実に美しく出力してくれる。それどころか、パッケージと呼ばれる無数の追加キットを使えば、世界のどんな言語で書かれたどんな文書であろうと、ありとあらゆるものを書くことができるのだ。そしてそれらはすべてフリー、つまりただなのである。

私はコンピュータ周りにさほど強くはないが、このTeXについてははまってしまい、市販のワープロで到底出力できないような文書をいかに作成するかに力を注いでいた時期がある。中でも面白かったのがTeXで楽譜を書くという作業で、清書されていない作曲者の自筆譜とか、ピアニストの即興演奏を友人が耳で聞き取った手書き楽譜などを浄書して回っていた。例えばこれ(PDFファイル、214KB)は、当時作成した楽譜の1ページ。テキストファイルをいじるだけで、ここまでのものが書けるのである。市販の楽譜作成ソフトはいくつか出ているが、これが書けるレベルのものは数万円はすることを考えれば、TeXの素晴らしさは自ずと明らかだろう。

2006年06月04日

弾けない和音

蒸し暑かったせいか早朝に目が覚めてしまった。今日はもうずっとだらだらしていようと決め、ピアノを弾いたりプロパラの問題を解いたり、電子ピアノの置きあとにできたカーペットのへこみにアイロンのスチームをあてたりしていた(お湯でしめらせてからスチームをあてると、へこみが取れるのである)。

ここのところずっとカプースチンのエチュードを練習していたのだが、ようやく譜読みが終わりまでたどり着いた。数分の曲をさらうのに何ヶ月もかかっているのだからあきれてしまう。もちろんこれで終わりではなく、これから指が覚えるまでにはさらに時間がかかるだろう。

Kapustin.jpgそれにしても、ロシアものの曲というのはどうしてこうも音域の広い和音を要求するのだろうか。もちろんそれがロシア音楽らしい重厚さを生み出すのに役立っているのは確かだが、13度届いたというラフマニノフは言うに及ばず、手が小さかったというスクリャービンですら、2と5の指で増7度(Aと♯Gなど)を弾かせるようなことを平気で指示してくる。そしてカプースチンもその例外ではない。例えば、左の写真は曲の終わりから2ページ目で、曲調が盛り上がってきて気持ちよく弾けるところだが、私にはこの左手の和音が弾けない(変ニ長調なのでEとDの音も♭つきである)。しかしこの曲はかっちりとしたメカニックなリズム感が大事であるから、アルペジオでタランと弾くようなことは、あまりすべきでないと思われる。一番上の♭Dかその下の♭♭Bのどちらかの音を省けば同時に押さえられるが、それもどうも癪だ。世のカプースチン弾きはどうしているのだろうか?

2006年05月28日

純音楽茶房ムシカ

musica.jpg昨日はバケラッタ氏と別れたあと、ふと思い立って広島駅近くの「純音楽茶房ムシカ」に行ってみた。いわゆる名曲喫茶というやつである。前から存在は聞いていたのだが、はっきりした場所が分かっていなかったのだ。車で付近の狭い道をぐるぐると巡ったあげく、ある角にひっそり建っているのをようやく発見した。

無口だが音楽には一家言ありそうなマスターに指し示されて入った部屋には、小さな舞台に大きなスピーカーが置かれ、2,3人の男性がぼうっとモーツァルトに聴き入っていた。あまり大きな音を立ててはいけない雰囲気だ。大きさはだいぶ違うが、渋谷の名曲喫茶・ライオンに一度行ってみたときのことを思い出した。部屋がこぢんまりとしている分、どうも余計に緊張してしまう。

カフェオレをすすりながら聴き入っていると、マスターが近寄ってきて
「何かリクエストはあります?」
と言われる。新参者なので、次の曲の選択権を与えられたようだ。しかし他にもお客がいるし、ゴドフスキーをなどと言ってはいけない。ここは間違いのないバッハで行こう。
「えっ……えーと、それじゃバッハの無伴奏チェロはありますか」
「……誰がいいですか」
「えーと、誰があるんでしょう」
「……ロストロポーヴィチ、カザルス、ヨー・ヨー・マ……」
「えーと……いや、それはまあお任せします」
私はそこで、マスターが「そうですか、じゃあ○○にしますね」とすぐ言ってくれるだろうから、それに調子を合わせようと思っていた。ところが案に相違して、マスターは黙っている。しまった、と私は思った。「演奏者が誰でもいいなんて、そんな思い入れのないやつにこの店で聴く資格はない!」ということに違いない。これはまずい。とにかく誰か指定しないと。
「(狼狽した口調で)あっいや、じ、じゃ、カザカザルスを」
「(こちらのせりふにかぶせるように)ではフルニエはどうですか」
「あっフルニエいいですね、フルニエで」
というわけで、フルニエの演奏で無伴奏チェロの第1番を聴かせていただいた。結局マスターが黙っていたのは、誰にするか考えていただけだったようだ。しかし、独特の緊張感を感じるところなのは間違いない。またそのうちに行ってみよう。

2006年05月20日

ヤマハでばったり

夕方から市街地に出かけて、またヤマハに行ってみた。この間のことがあるから、今度はレンタル時間を聞かれたら指を一本突き出して「1時間」と言う、というのが事前の計画だったのだが、結果的にはその必要はなかった。「7時に閉店ですので、30分しかご利用になれませんが、よろしいですか?」家を出るのが遅すぎたせいで、もうそんな時間になってしまっていたのだった。

そういうわけで半時間がさがさと騒音を立てて、やれやれと部屋から出てきたところでびっくり。同じ学科のM先生とばったり出会ってしまった。ご家族といらしていたようだったが、こんなところで大学の人と会うとは思っていなかったのでぎょっとしてしまう。挨拶だけして、「いやあ、まずいところを見られて……」などと言いながらそそくさと失礼してしまった。考えてみれば、ピアノを弾いていたこと自体はそれほどまずいことでもないのだが、隠れてこっそりやっていたことがばれてしまったような気分だったのだ。

もっとも、今日弾いていた部屋はまともに防音されていなかったから、店内にかなり音が漏れていたはず。となると、あのへったくそなカプースチンもたっぷり聴かれていたことになる。やっぱりまずいところを見られたようだ。

2006年05月17日

スクリャービン

今かけているCDはアムランの弾くスクリャービンのソナタ全集だ。ピアノオタクの間ではアムランもスクリャービンもメジャー中のメジャーという存在になってしまっているが、世間一般から見れば、人口に膾炙しているとはまだまだ言えないだろう。

好きな曲をあげてくださいと言われるとたくさんありすぎて返答に迷うが、好きな作曲家はと聞かれれば、スクリャービンは5本の指に入ることは間違いない。学生時代に所属するサークルの演奏会には何度となく出たが、結局一番たくさん弾いた(ことになっている)のはスクリャービンとラフマニノフだったように思う。

スクリャービンの曲は、かっこよさと危険な香りを併せ持っている。麻薬のような陶酔感があり、それがまた、何が自分が背徳的な世界に足を踏み入れてしまったような感覚にさせてくれるのだ。彼の作風は大きく分けて初期・中期・後期と3つに分けられるが、自分が一番惹かれるのは初期の終わりから中期にかけて、彼が特異なスタイルを確立させ、独特の「あぶない」世界を作り出していったころである。幻想曲Op.28、ソナタ第4番Op.30、詩曲Op.32-1、練習曲Op.42-5、ソナタ第5番Op.53。最初は心地悪かったはずの増7度の響きが、今は何度聴いても背中がゾクゾクするほどに気持ちよい。一度麻薬を覚えるとなかなかやめられないものらしいが、ちょうどこんな感じに近いのかもしれない、と思ったりする。

2006年05月13日

グランドピアノ

いつも電子ピアノばかりなので、たまにはまともなピアノも弾いてみようと思い立ち、市街地にあるヤマハのピアノ部屋レンタルを1時間利用してみた。カプースチンの三度のエチュードを繰り返し、少し疲れたらニャターリのVaidosaで一服。完全に防音の部屋ではなかったので、店内にもとんでもない騒音がもれていたかもしれない。

ピアノもうまくなってくると、このメーカーのこのタイプでないとイメージ通りの音にならない、などということになりがちだが、私のような下手くそは、微妙なタッチの差がどうこう言えるレベルではない。基本的には、88鍵ちゃんと鳴ってくれるならそれで十分である。しかし、さすがに電子ピアノとグランドピアノになるとずいぶん違うなあと思わずにはいられない。何よりまず、音量が違う。普段は音を絞ってこっそり弾いているから、それにいつの間にか慣れてしまっていたようだ。これが本当のピアノの音量だったのだなあと再認識した。

ところで、私の声は通りが悪いようで、相手に聞き取ってもらえないことが多々ある。くぐもったしゃべり方をしているつもりはないのだが、話し出すと一度は「え?」と聞き返されてしまうことが少なくない。しかし、今日ヤマハに電話をかけたときはひどかった。
「あの、5時半からピアノ部屋を1時間お願いしたいんですけど」
「はい、かしこまりました。時間はどれくらいご利用になりますか?」
「いやあの、1時間で」
「2時間?」
「いち時間」
「……2時間で」
「イッ・チッ・じかん!!」
先方はやや騒がしいところにいたようではあったが、それにしてもそんなに「いち」が「に」に聞こえるものだろうか。あれだけゆっくり言っているのに、ここまで伝わらないとは思わなかった。あんなときは、犬になったつもりで「ワン!ワン!」と吠えるのが正解なのかもしれない。

2006年05月09日

ピアノのリサイタル

ありがたいことにまたピアノのリサイタルのチケットをいただいたので、非常勤講師の仕事を終わらせてから会場に駆けつけた。大学から会場の鯉城会館までは1時間近くかかるので、開演時間に間に合うかは心配だったが、幸いセーフ。

弾いたのは知り合いのそのまた知り合いのピアノの先生。曲目は前半がハイドンの小曲とシューマンの幻想曲で、後半はプーランクのノヴェレッテに、ドビュッシーの練習曲3曲、最後に「喜びの島」。シューマンはさすがに第2楽章のアクロバティックな難所はかなり苦労されていたが、それでもこの曲が聴けるというのは何とも気持ちがいいものだ。どうやらフランスものの方が得意な方のようで、後半のプログラムの方が落ち着いて弾いているように感じられた。ともあれ、先月に引き続き生のピアノが聴けて満足。

2006年05月07日

ピアノの練習

お昼までに雨はやんだのでジョギングをしてきたが、蒸し暑くてしんどかった。ジョギングの季節もそろそろ終わりか。

出かける前に少しカプースチンを弾いていたが、以前弾けたと思っていたところもやり直さなければいけなくなっていて、そこを練習しているとそれだけで時間が過ぎてしまった。土日にちょこちょこ弾いているだけでは、いつまで経っても同じレベルでストップしたままだ。少しでも形になってきたかなと思えるようになった時点で、市街地のピアノスタジオにでも出かけて、非電子のピアノで弾いてみたいと思っているのだが、なかなかそこまで達することができない。

ピアノに限らず、将棋だろうが語学だろうが何だろうが、継続してやっていなければたちまち能力が衰えてしまうのは自明の理である。おそらくこういうものを継続させるためには、「継続してしまう」状態になることが大事なのだろう。ダイエットの努力を何一つしなくても全く太らない人がいるのは、体質などを別にすれば、おそらく本人が無意識のうちに太らない生活をしてしまっているからだ。しかし現状では、毎日のようにピアノに向かうことはやはり難しい。

2006年04月28日

アムランのライブ映像

もう8年以上前のことになるが、当時まだ日本ではほとんど知られていなかったピアニスト、Marc-André Hamelin(マルク・アンドレ・アムラン)を有志で招聘しようというプロジェクトに参加させてもらったことがある。アムラン側との交渉や演奏会場の押さえ、チケットの販促など、様々な仕事はプロジェクトのメンバーだけでほぼすべて行われたが、そのかいあって1997年12月11、14日にカザルスホールで行われたリサイタルは大成功だった。もっとも私はほんの下っ端で、まともな仕事はほとんど何もしなかったのだけれども、それでもあれは得難い経験だったと思う。

2006年04月16日

最も難しいピアノ曲

ほったらかしでたまっていた諸々の家事をまとめて片付けた。夕方にまた公園でジョギング。先週満開だった桜はようやく散り始めたところで、まだほとんど残っていた。今年の桜は長持ちする。

2006年04月14日

メシアン

今度の日曜日が復活祭ということで、今はメシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし(Vingt Regards sur l'Enfant-Jésus)」のCDをかけている。ピアノはPierre-Laurent Aimard。Steven Osborneの演奏でも持っていてそちらも好きだが、どちらかといえばエマールの演奏を聴くことの方が多いように思う。

メシアンを知ったのは大学に入ってからだった。まだ1年生だった私は、所属するピアノサークルの4年生が弾く卒業演奏会を全部聴こうと心に決めていた。そう、それは「心に決める」という表現がぴったりくるくらいの、長い長い演奏会なのである。2日間にわたり、卒業の記念にとみんな気合いの入った大曲を披露するのだが、その中に「20のまなざし」の全曲演奏も入っていたのだった。当時は曲の巨大さと複雑さにとまどいつつもとにかく無我夢中で聴いたという感じだったが、こんな曲を生で聴けたのは得難い経験だったな、と今エマールの演奏を聴きながら改めて思う。ライブでピアノを聴くのはやはりいいものである。

2006年04月07日

モーツァルトのピアノ協奏曲

こうしてパソコンに向かっているときも車の中でも、いつも何か音楽をかけている。CDは始終出し入れするのも面倒だから、数日から1週間くらいに一度のペースで交換していることが多い。今聴いているのは、家ではグラナドスのスペイン舞曲集、車内ではモーツァルトのピアノ協奏曲だ。

2006年03月28日

エクローグ

昨日買ってきたFinziの「エクローグ」という曲がなかなかよい。静謐なピアノの響きがしっとりとしていて何とも美しいし、ときどき盛り上がる弦楽も決して落ち着きを失わない。それに、20世紀の曲でありながらわずかにバッハのテイストも感じられる。元々はピアノ協奏曲の緩徐楽章として書かれた曲らしいが、こんなふうにあまり知られていないのに実はなかなかよい曲を見つけてしまうと、ちょっと得をした気分になれる。

今日はほんの少しピアノもさわってみたが、あまりにうまく弾けないのに驚いた。普段電子ピアノで弾けた気になっていると、久しぶりにアナログなピアノに向かったときに違いにびっくりしてしまう。広島でも、たまにはピアノスタジオか何かを見つけて練習すべきなのかもしれない。

2006年03月27日

タワレコ

久しぶりに渋谷のタワレコに行ってみた。近頃はネットで何でも買い物ができるが、買いたいものが具体的に決まっていないとき、CD店や本屋をうろうろしながら掘り出し物を物色するということが残念ながら広島ではできない。もちろん店は存在するのだが、思わぬものが見つかるような規模ではないのである。こういうときには、東京に住む人をちょっとうらやましく思ってしまう。

今日はSukのピアノ作品集と、Finziの代表曲を集めた曲集の2枚を買ってみた。スークは最近楽譜を買ったので、そこに収録されている曲を聴いてみようというつもり。フィンジーは実はあまりよく知らなかったのだが、今年が没後50年ということで、何枚かがまとめて置かれたコーナーが作られていたのだ。これからゆっくり聴いてみよう。

2006年03月20日

朝のバッハ

このところ、朝はテレビを消して無伴奏ヴァイオリンソナタか無伴奏チェロ組曲のどちらかをかけていることが多くなった。どんなに好きな曲でも毎日聴いていると少し飽きてくるものだが、バッハはこうも聴き続けてやはり心地よいのである。

2006年03月15日

演奏会

知り合いからちょっとした演奏会のチケットを回していただいたので行ってみた。広島に来て丸2年だが、こちらで演奏会の類に行くのは初めてだ。ラフマニノフのパガニーニ狂詩曲とショパンのピアノ協奏曲が生で聴けて満足。ピアノを弾いたのは、この地域でピアノの先生をしている広島出身の人たちである。多少のミスタッチこそあれ、この難曲を弾きこなせるのは素晴らしいし、生で聴けるというのは何物にも代え難い。

ネガティブなコメントをするとすれば、すぐ前の客は舟をこぎ出し、すぐ後ろの客はうるさい咳を延々とやめなかったこと。居眠りは勝手にしてくれればいいが、咳はせめて1桁回数でおさめるよう調整してほしいものだ。それもラフマニノフの第18変奏が始まろうというときにゲホゲホやるのだから、たまったものではない。

もっとも、昔聴きに行ったある演奏会で、シューベルトのあえかなピアニッシモの余韻がゆっくりと立ち上ろうとするまさにその刹那、
「プッププップー」
とルパン三世のテーマがものすごく安っぽい電子音で響き渡ったということがあった。あれに比べればましか。

2006年03月12日

プロブレムときどきピアノ

チェスプロブレムを解きながら、ときどきピアノに向かう。そろそろプロパラの解答の提出期限が迫ってきたので、今まで解けた分をまとめて書き始めた。時間がないわりには、これだけやったのだからまあ十分だろう。

難しい三度のパッセージを何度も練習していると、何回かに一度すっとうまく弾けるときがある。これが実に気持ちのいいものなのだが、それで弾けたような錯覚に陥ってしまい、気がつくとまともに弾けていないのに演奏スピードが上がっている。いつも出る悪い癖だ。これで演奏会で何度崩壊を繰り返したことか。

2006年03月04日

カプースチンとスーク

土日は貴重なピアノの時間だ。電子ピアノではあるけれど、ヘッドホンを使っていても鍵盤をガサガサたたく音が結構うるさいから、あまり夜遅くに弾くのはためらわれるのである。

最近はずっと、カプースチンのエチュードOp.40-7を譜読みしている。後半の3度が連続する部分になると、1小節進むのも大変だ。今日はそれに加えて、スークの「愛の歌」Op.7-1の冒頭も少し弾いてみた。中盤はかなり難しそうだが、最初の1ページは手軽に陶酔感を味わえる。先月何度かさわっていたニャターリの小曲は、今日はお休み。

夕方、買い物に出かけた。無料駐車サービスの時間が余っていたので、喫茶店に入ってプロブレムを考える。セルフメイトが1問、有力な候補手が見つかったのだが、変化を確認しているうちに時間切れになってしまった。どうも今月は解図ペースが遅くていけない。

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