メイン

2010年03月27日

帰宅

連日ぐずついた天気が続いていたが、ようやく陽光の差す一日になった。何も予定がないのをいいことに惰眠を貪り、日が高くなってから起き出す。お昼をすませた後、BSでA級順位戦最終局の模様をまとめたドキュメンタリーをやっていたのでずっと見ていた。見終わって一服したところで出発。やはり年度末の土曜日、新幹線は混んでいた。

帰宅すると、チェス協会から来年度からの会員証が届いていた。出張前に年会費を振り込んでおいたのである。しかしカードに印字されているのは「斉藤」の文字。またかとうんざりする。数ヶ月前、詰将棋解答選手権の会場予約に関して利用申請をしたときも、いったんは「斉藤」で登録されてしまったのだった(これは後日訂正してもらった)。相変わらず、世の人の多くは「斎」と「斉」の区別がつかないようである。自分には「川」と「河」くらい違った字に見えているので、どうしてこう人が取り違えるのか不思議に思えてしまう。対応してくれるのかどうか分からないが、とりあえず再発行をお願いするメールは送っておいた。

2010年03月21日

チェス三昧

今日はまた朝から快晴。昨晩荒れ模様だったのが嘘のようだ。ただし風は強め。午前中は部屋の掃除をしつつ、NHK杯将棋トーナメントの決勝戦を見る。準決勝まであれだけ早指しだった糸谷五段が、羽生名人相手には妙に慎重になって持ち時間を使っていた。結果は羽生名人の勝ち。

午後はまず床屋に出かけ、さっぱりしたところで車を出して出発。まずは横川の近くにあるファミレスで、先月に引き続きHさんとチェスを指す。今回は持ち時間も30分+30秒とトーナメント並みの長さに設定し、かなり本格的に指してみることにした。早い段階で駒得したので、これは手なりで指していけば何とかなるだろうと安心していたら、突然一発逆転のメイトのラインがあることに気づいてぎょっとなる。何とか切り抜けて勝てたが、もしもっと短い持ち時間で指していたら、間違いなく引っかかって負けていただろう。これだからチェスはこわい。どうも自分にはビショップの展開が遅れたまま居玉で戦いを始めてしまう傾向があり、しばしばキャスリングできないまま危険な形に追い込まれてしまう。チェスにおいても、やはり「居玉は避けよ」である。終了後は、たっぷり感想戦を楽しんだ。

Hさんと5時半頃お別れした後、広島駅に移動。ここでピアノの会同期のY君と落ち合う。彼は出張で岡山に来ており、せっかくだからと広島まで足を延ばしてくれたのだ。駅構内のお好み焼き屋で夕飯をすませた後、車で自宅にご招待する。彼はチェスの強豪でもあり、すでに年明けに指して見事に負かされている。家に着いてから早速チェス盤を出してきて、お互いが最近指した対局を並べ合って検討。その後ベルリンディフェンスの一変化について、対局と検討を兼ねたような形で指してみる。かなり突っ込んだところまで研究することができ、非常に有意義であった。今晩は彼に泊まってもらい、明日広島駅で送り届けるつもり。さて、今夜はもう少し語ろう。

2010年03月17日

キャスリングとアンパッサン

FabelSteudel.pngこの間の問題について。問われているのは1手詰がいくつあるかであるが、要するにこの配置からキャスリングとアンパッサンについて考えればよいことになる。もし白がここでキャスリングできるなら、1.0-0-0#も解になるし、もし黒が直前で...e7-e5と指したなら、1.dxe6#とする手も解になるからだ。

まずキャスリングについて。これは白のPの様子から分かる。白のPは8個とも生き残っており、この配置になるためには黒の駒を14個取ることが必要になる。つまり生き残っているKとP以外の14個は、すべて白のPに取られたわけだ。そうなると、問題になるのは最初a7にいた黒のPだ。白の駒は1つも取られていないので、a列のPは列を変えることなく真っ直ぐ進んだはずだが、Pの配置から白による駒取りはa列では起きていないはずだから、それが白のPに取られるためには、一度他の駒に昇格しなければならない。だからa7のPはa1で何かに成ったことになる。これはすなわち、現在a1にいる白のRが動いたことがあることを意味する。したがって、白はキャスリングできない。

もう一つはアンパッサンである。これはつまり、黒がたった今指した手が何だったかを明らかにすればよい。まずd3やc5には白の駒が複数利いていることから、最終手はKを動かす手ではなかったことはすぐに分かる。だから黒はPを動かしたのだが、白は何も駒を取られていないのだから、Pはe7から来たか、e6から来たかのどちらかだ。ここで大事なことは、黒がPを動かす前に黒のKにはチェックがかかっていたということである。チェックをかけているのはh8のBだが、問題はどうやってBがKにチェックをかけるに至ったかということだ。こういうときによくあるパターンは「g7にいたPがh8の駒を取ってBに昇格した」というものだが、今はPが8個盤上にあるからそれはあり得ない。残された可能性は開き王手である。盤面をよく見れば、開き王手が行われたとすれば、それはf6にいた白のRがc6に移動したという可能性しかない。これが指されたとすれば、当然黒のPはe6ではなくe7にいたことになる。ゆえに、問題図の局面はアンパッサンが可能で、1.dxe6#も答えとなる。

以上より、1手詰は1.Rd1#と1.dxe6#の2つ、というのが答えであった。

2010年03月14日

中国選手権

チェスの中国選手権があり、朝早く家を出て車で開催地の三原に向かう。自宅からは約90km、高速道路も使って70分か80分くらいの道のりだ。もうこれに参加するのは4回目で、だいぶ慣れてきた。しかし今回はいつもと少し違うこともあった。まず驚いたのは、参加者として現れたのがTDのNさん以外にはTさんだけだったことである。去年は7人来た。一昨年も5人いた。今年は少ないことは予期していたのだが、まさか3人だけとは……。集まった人数が奇数の場合はNさんは運営に専念することになるので、要するに今日はTさんとのマッチということになってしまったのである。他の地区予選ではさすがにこんなことはないのではないだろうか。Tさん自身、中国地区外から来られているわけだし、このへんの現在のチェス人口の少なさを感じさせる状況ではあった。

一方で、将来のチェス人口の増加を予感させる出来事もあった。隣町に住む小学生6人が対局の様子を見学させてほしいとやってきたのである。引率しているのはだいぶご年配の方お二人で、ボランティアとしてその地域の公共施設で週末に集まってチェスをやってみるという活動を最近始められたとのこと。子供たちは5年生と4年生が3人ずつで、将棋を指しているうちにチェスもやってみたいと思うようになったらしい。見ているだけなのもつまらないだろうということで、今日は私とTさんが指している横でNさんが三面指しを行うということになったが、対局も観戦もみんなマナーが非常によく、見ていて大変好感が持てた。今はまだルールを覚えたばかりというくらいのようだが、子供はとにかく強くなるのが早い。いずれやられるのは時間の問題だろう。こちらの1局目を観戦したところで、みんなで整列して「ありがとうございました!」と一礼すると帰っていった。

さて対局の方だが、結局Tさんと3局指すことになった。私の現在のレーティングは1578である。
  相手のレーティング
1.  1632          白番 35手 勝ち
2.  1632          黒番 32手 負け
3.  1632          黒番 46手 勝ち
というわけで、2勝1敗で終わった。内容的にはどれも反省するところだらけだったが、順位をつけるなら1局目がまだ一番まともだっただろうか。それでも中盤の折衝でワンポーンダウンにしてしまったのだが、駒が少なくなってからの立ち回りでうまく指せて優位に立つことができた。2局目は中盤の大事なところで1手パスのような悪手を指してしまい、それからいいようにやられてあっけなく土俵を割ってしまって終わり。Tさんとは割合定跡の深い変化に入り込むことが多く、ここまでの2局も未知の局面になったのはかなり先の方だった。3局目はまた同じ変化に入るのもどうかと思い、途中からサイドラインに思い切って舵を切ってみる。前に調べたことがあったラインだったのでその記憶に頼ろうとしたのだが、案の定大事な手を間違えてしまい、どんどん形勢が悪くなった。こちらが不利な状態でずるずると終盤まで来たが、ここでTさんの方がうっかりブランダーを指してしまい、急転直下逆転して勝ってしまった。実はTさんに黒番で勝てたのはこれが初めてなのだが、何しろ数手前まで投了しようと考えていたくらいなので、まあこれは勝てたうちには入らないような気がする。ともあれ、三番勝負という異例の形になった中国選手権はかくして終わった。

終了後、Nさん、Tさんと3人で近くの店で少し食べながらしばし歓談。Tさんの新幹線の時間に合わせて散会した。

2010年03月13日

今年も一夜漬け

明日はチェスの公式戦がある。日中は所用があったので、夜になってから一夜漬け。もう毎年のことだ。試験勉強と同じで、こんなことでは覚えては忘れ、覚えては忘れの繰り返しで何にも進歩がない。そういえば以前、進級がかかる大事な単位が落ちていたので何とかならないかと学生がやってきたとき、何で試験勉強しておかなかったのと尋ねたら、「いや、前日の夜にちゃんとやろうと思ったんすけど、過去問とか学校に忘れて帰っちって、んでやべって思ったんで、当日の朝早く来て、一生懸命やったんすけどぉ」とかいうから、いやその「前日の夜にちゃんとやろうと思ったんす」っていう冒頭がそもそもおかしいだろ、とつっこみを入れたことがあった。しかし、これでは自分だって全然人のことは言えないではないか。やっぱり先を見越して前々から準備する。これが何に臨むにも大事なことだ。

明日は対局開始が10時半とのことで、会場まで時間がかかることを考えると、当日の朝にやるという学生のやり方を真似するのは難しい。まあ負けるのは仕方ないとして、一手ばったりの情けない手をなるべく指さないということを目標にしたいと思う。

2010年03月10日

How many solutions?

Sells.pngこの間紹介したレトロの問題について。黒のKが詰まされた場所を考えるので、白の駒が利いているマス目が正解の候補ということになる。しかし、ほとんどの場所は正解にはなり得ないことがすぐに分かる。2段目にいる白のPが利いているところにKがいるはずはないし、開き王手した形になっていない限り、2つの白の駒が利いている場所にKがいるはずもない。となると考えられるのは1段目に黒のKがいて、h8のRがメイトにしているという線だ。ところが、これも不可能なのである。BやNが開き王手した形になっていない以上、h8のRはどこかから移動してきてチェックをかけたことになるのだが、h7が塞がれているために縦方向に動けないのだ。唯一の可能性は、g7にいた白のPがh8にいた黒の駒を取ってRに成ったというものだが、盤面をよく数えてみると白のPは8個もあり、1つもなくなっていない。だからこれもあり得ないのである。

Sells-Solution.png一見、これで答えがないように思えるが、実はここまでの説明で一つ正しくない主張が含まれていたのに気づかれただろうか。「開き王手した形になっていない限り、2つの白の駒が利いている場所にKがいるはずもない」というのが誤りで、本当は一つだけそういうこと(すなわち、開き王手されたわけでもないのに、黒のKが白の2つの駒から取りをかけられるということ)が起きる可能性があるのである。それはアンパッサンだ。黒のKがd4にいて、これに白のQがf6からチェックをかける。黒はe7にいたPを2歩前進させて合駒する。これを白がd5のPでアンパッサンによって取る。この瞬間、d7からのRの利きも通って、ダブルチェックがかかることになるのである。これが、問題図を成立させるただ一つの可能性であった。駒が取られた位置と、取った駒がその後に存在する位置が違うというアンパッサン特有の性質を巧みに利用したトリックで、レトロの問題ではしばしば登場する。

FabelSteudel.pngではせっかくなので、"The Book of Extraordinary Chess Problems" からもう1問。K. FabelとT. Steudelによる1969年の作品である。この局面、黒のKはあと1手で詰む。問題は、「正解は何通りあるか?」である。例えば、1.Rd1#とRを回すのは正解の1つだ。さて、他にも1手で黒のKを仕留める手はあるだろうか?その手が指せるかどうかを、過去を推理することによって調べることになる。先ほどの問題もヒントになるだろう。

2010年03月05日

The Book of Extraordinary Chess Problems

Sells.png数日前にKさんから届いた "The Book of Extraordinary Chess Problems - 120 Unusual Puzzles" (Stephen Addison) という本をパラパラ見ている。1989年出版の本だが、"Extraordinary" や "Unusual" の言葉が示すように、この本に載っているチェス・プロブレムは、オーソドックスルールでないものしか載っていない。ヘルプメイトやセルフメイトのようにプロブレムの一分野として完全にメジャーになったものを始めとして、最終手を問う問題などレトロ系のプロブレムもかなり収録されている。だいぶ前にこのブログで紹介したCerianiのレトロ問題も出ていた。スマリヤンの「シャーロック・ホームズのチェスミステリー」からの引用も多い。フェアリー駒を用いるものは全く扱っておらず、あくまでルールをいじったものをあちこちから引っ張ってきたということのようだ。どのルールも入口の問題を紹介しているというくらいだが、こういう特殊なジャンルも覗いてみれば広い世界なのだと知るにはいいかもしれない。特にレトロ系の問題、さらには「Pを2個置いて不可能局面を創れ」といった作図問題もとりあげているのは貴重だと思う。

せっかくなので1問紹介。上に掲げた図はC.C.L.Sellsによる1968年の作品である。黒のKはたった今メイトにされたところである。さて、どこでメイトにされたのだろうか?もちろん実際に問われているのは、白の最終手は何だったかということだ。レトロ慣れしている人にとっては至極簡単だろう。

2010年02月28日

ファミレスでチェスを指す

日曜日なので午前中はまたテレビで将棋対局を見る。羽生名人対山崎七段という好カードだったが、最初から最後まで右下に津波警報を示す日本地図が表示されっぱなしで、盤面が隠されてしまっているのにはまいった。何しろ右辺に何の駒があるのかも、山崎七段の持駒も分からないのだ。仕方のないこととはいえ、これでは内容に集中することもできず、途中から解説の内藤九段の話を聞くだけになってしまった。タレントが「何これぇ、ちょーおいしい」とか言っている番組なら、背後の壁が隠されていてもほとんど何の影響もない(そもそも元々の映像の情報量自体がゼロに近い)が、将棋の盤面を写した映像というのは画面のどの部分であろうと情報の重要度に軽重がないわけで、その意味ではかなり特殊な番組といえるかもしれない。

お昼をすませた後、午後から横川の近くにあるファミレスへ。ここで先月に引き続き、Hさんとチェスを指す。途中まではがっぷり四つという感じで一つ間違えればたちまちやられてしまいそうだったが、たまたまこちらがやらかす前にHさん側にミスが出たため、何とか勝つことができた。それにしても、チェスを始めたばかりだというのにHさんの駒組みがきれいで棋理にかなっているのに感心してしまった。聞いてみたら、フィッシャーの本を買ってきて巻末の棋譜を並べてみているとのこと。道理で、と納得した。将棋でもそうだろうが、やはり名局の棋譜を並べるというのは何より勉強になると思う。それで指し方の感覚を身につけ、あとはひたすら実戦を経験するというのが確実な上達法だろう。そういう自分は実戦経験が極度に不足しているためにいつになっても弱いままだが、今日はその意味でこちらもいろいろと得るところがあったように思う。

Hさんと別れた後、昨日に引き続きまた広島将棋センターに立ち寄り、Tさんと再度打ち合わせ。会場の問題については何とか解決できそう。今週中には状況を確定させることができるだろう。

2010年02月21日

look one move deeper

今日は当初の予定では山登りに行くことにしていたのだが、出張中に体調が万全でないように感じられたので、大事をとって延期することにし、家でおとなしくしていた。

最近は空いた時間にチェスのタクティクス問題集を開いてみたりもしているのだが、まああきれるほどに手が見えない。相手の応手として真っ先に考えるべき手を読んでいないのである。将棋に例えるなら、2四歩と飛車先をつっかけておいて同歩と取られる手を考えていないようなものだ。もう少しまともに読めた場合でも、最後の一番肝心なところが見えていないことがほとんどである。

Emms-Tukmakov.png例えばこの問題。ここでの白の次の一手は何か。頭の中の思考を敢えて書き出してみよう。

えーと。うーんと。何かあるかな。えーと。BでN取ると?取って、R取って取って、そこで?P進めてもBで取られて、そこで何かあるか?うーん。分からない。うーん……じゃ最初に戻って、まずP突く。Bで取られて……何もないか。何かあるのか?何もないか。あ、Nでも取れんのか。Q当たるじゃん。じゃどうすんだ?やっぱり最初にN取るのかなあ。取られたら、まあR取るよなあ。で、何かいい手があるのか……やっぱりP突いてもBで取られるしなあ。うーん……そこでこのN跳ねるとか、e4に。何で跳ねるかっつうと、f6に行きたいわけだが……ああこれ受けにくいのか。Q動かしてもチェックはかかるし、その後でBが落ちるじゃん。そうか、これか。うん、これだな。最初から行くと、1.Bxb6 axb6 2.Rxa8 Rxa8 3.d7 Bxd7 4.Ne4だな。変化の余地はないかな……3.d7のとき取らずにQ逃げられたら?逃げられたら……うーん、何かあるかなあ……あ、そうか、2手目で先にP突けばいいのか。そうすりゃ両取りだからBで取らざるを得ない。これか。これだな。だからきっと答えは、1.Bxb6 axb6 2.d7 Bxd7 3.Rxa8 Rxa8 4.Ne4、こうでしょう。よし、答えを見よう。

答えのページを見ると
Emms-Tukmakov Copenhagen 1996
24.Bxb6 axb6 25.d7 Bxd7 26.Rxa8 Rxa8 27.Ne4 1-0

と書いてある。これだけ見ると合っていたような気がするのだが、見る人が見れば分かるように、全然そうではないのである。黒は抵抗するなら27...Qe7だが、そこで28.Nf6+ Kf8 29.Nxd7+のときに29...Qxd7と取る手がある。もし30.Rxd7とやったら30...Ra1#で白の負け。しかし30.Qh8+ Ke7とすれば、31.Rxd7+とチェックでQを取れる。ここでQをチェックで取れるから白の勝ちなのであり、最初の局面でここまで読んでNを取るのでなければ、当然ながら正解したとはいえない。Qが取れるから勝ちだな、と思考を打ち切ってしまっていてはいけないのだ。"Always look one move deeper than seems to be necessary" である。

2010年02月16日

実家に移動

午前中、ちょっとだけ勤務先に行って雑用をすませてから、午後の新幹線で東京へ。車内ではコンピュータを相手にチェスを指してみた。最近チェスに割く時間がやや減っているように思う。今に始まったことではないが、特に実戦経験が圧倒的に不足しているというのが問題だ。移動時間を利用して少しでもそれを補おうというつもりだったが、序盤早々にボロッとピースを取られたりして話にならない。おまけに揺れる新幹線の中で集中しようとしたら何だかくらくらしてきてしまったので、名古屋から先は何もせずにぼうっとしていた。一応来月はまた三原の大会に出ようと思っているのだが、今の状態では到底勝負になりそうもない。何とかしたいが、残り時間を考えると難しい。

新幹線を降りてから実家の最寄り駅にたどり着くまでも難儀だった。大きな荷物を抱えているときには、あの帰宅ラッシュの混雑は応える。普段の帰省時と違って平日の夜だったことも災いしたようだ。荷物をちょっと床におろして一息ついていたら、錦糸町で雪崩のように人が乗り込んできて引き離されそうになる。踏まれたうえに睨まれたのであわててひっつかんで何とか手元に引き寄せたものの、それからは両手にバケツを持って廊下に立たされた小学生のような格好で直立不動。暑くて全身汗だくになってしまったが、身動きが取れないから拭うこともできない。荷物を引きずりながら人の波をかき分け、やっとホームに降りたときには生き返った気分だった。かつてこちらに住んでいたころは混雑車両なんて当たり前のこととして気にもしていなかったのに、最近では年を追うごとに嫌気が増すようになった。やっぱりあれは正常な状況ではない。

研究集会には明日から参加の予定。

2010年02月09日

棋士のぼやき

昨年の夏から囲碁と将棋の専門チャンネルが見られるようになり、他に取り立てて見たい番組がないときにはよくチャンネルを合わせるようになった。私は囲碁はやらないのだが、それでも何となくつけておいて、「黒ここでコスミツケですね」「そうですね。これはノビますと……」「こちらをオサエて、キレばここをツグと」「あ、ここに一眼しかないですね」というやりとりを聞いているのは、それがよく分からなくてもそれなりに面白い。あまり気を取られたくはないが、しかし何となくテレビはつけておきたいということがしばしばあって、そういうときにも対局番組は騒がしくなくてうってつけである。

しばらく見ていて気づいたことだが、囲碁棋士は対局中やたらにぼやく。高名な棋士でぼやきが有名だという話は聞いたことがあったが、若い人でも「ひどいねもう、何をやってんのかねえ」とか「ああ、やっちゃったか」とか、結構頻繁に何か声が聞こえてくるのである。こんなにぼやいているものだとは知らなかった。もちろん最初から最後まで静かな人もいるが、将棋に比べてぼやきの頻度は相当高いのではないだろうか。将棋でも石田九段のぼやきは有名だが、逆に言えばそれくらいしか恒常的にぼやくような人はいないということだろう。もちろん局後の感想戦で自らの手を嘆くのは珍しくないが、対局中はだいたい静かにしているのではないかと思う。

私は普段一人でいるときは、結構独り言を口走ってしまっている。チェスを指しているときも、半ば無意識に頭の読みに合わせて「取れば、取って取って……」とか「d4突くと……」と声は出さずに唇だけときどき動かしているように思う。もし声を出したら、たとえそれがかすれるような無声音であっても文句が出る可能性はかなり高い。ましてや「ああ、何やってんだよ全く」などと大声でぼやいたらつまみ出されそうだ。チェスの世界では、音に関してはとにかく厳しいのである。囲碁棋士にぼやく人が多いのは単に慣習の違いなのか、それともゲームの特性と何か関係があるのか、それはよく分からない。

もう一つ番組を見ていて気づいたのは、囲碁番組に将棋のプロ棋士がゲストとしてよく出演するということである。この半年足らずで3人は登場しているのを見た。みんな本業の合間の楽しみに、一人のアマチュアとして囲碁を学びたいという立場で出てくる。しかしその逆、将棋番組の講座などに囲碁棋士は(少なくとも見ている限りでは)全く出てこない。これもゲームの特性と何か関係があるのか、それもよく分からない。

2010年02月01日

名前の読み方

オランダはWijk aan Zeeで開かれていたチェスの大会、Corus Chess Tournamentは、結局Carlsenの優勝で終わった。1990年生まれのカールセンは頭角を現し始めたころからすでに大型新人として期待されていたが、最近ではカスパロフをコーチに迎え、参加する大会では常に優勝候補にあげられるようなトッププレイヤーに成長した。今後もKramnikやAnandとの名勝負を見せてくれることだろう。

さてこの大会が行われているオランダの町Wijk aan Zee、カタカナで表すなら「ヴェイク・アーン・ゼー」とするのが一番近いようであるが、これをどう読めばいいかというのは英語圏の人にとってもそれほど明らかなことではないようで、ChessbaseChessvibesにも読み方をわざわざ解説している記事を見つけた。後者はかつての世界チャンピオンMax Euweや、老いた闘将Victor Korchnoiの綴りや発音についてもあれこれ書いてある。欧米人が彼らにとっての外国人名をどう発音しているかというのはあまり知る機会がないので、こういう記事はなかなかためになってよい。そういえば3年前のCorusの大会を観戦しているときも、Ian Nepomniachtchiという人をどう読めばいいか分からなくて困ったのだった。チェスプレイヤーはどういうわけか変わった名前の人が多い。

それで思い出したが、前からどう読んでいいか分からないチェスプレイヤーでJóhann HjartarsonというアイスランドのGMがいる。アイスランド語ではhやjはどういう扱いなのだろうか。カタカナならどう書くのが一番オリジナルに近いのか、ご存じの方がいらしたらご教示いただければ幸いである。

2010年01月23日

原稿のチェック作業、ジョギング、サーバエラー

今日は原稿をチェックする仕事を2つこなしていた。1つは楽譜の校正作業。今回頼まれている分は明日が締切だ。コーヒーを片手に、音符、強弱記号、スラー、指使い番号、ペダル記号などを一つずつチェックする。何しろ複雑な譜面だから、かなり集中していないと見落としてしまう。もう1つはプロパラの原稿のゲラチェックで、こちらも駒の配置や出題時の指定など、一つ一つ丁寧に確認する。誤植を出すと正解のない問題を解答者に解かせることになりかねないから、間違えるわけにはいかないのだ。

作業が一区切りついたところで、先週に引き続きジョギングに出かける。今年に入ってまだ2回目だが、それでも1年近いブランクを挟んで再開した前回に比べるとわずかながら持久力が上がっていたようで、5キロのタイムが2分近く早くなった。もっとも、先週のペースが遅すぎただけともいえる。今日は太陽は出ていたものの風が冷たく、自宅に戻るとすぐ風呂に入って冷えた身体を温めた。

夕方は買い物に出かける。夜に戻ってきて、そろそろブログの更新をしようと思ったら、管理画面が出る代わりに「500 Internal Server Error」の文字が表示された。サーバが何らかのエラーを起こしてストップしていたらしい。どうも今日の午前3時過ぎからずっと止まっていたようで、全く気づかなかった。これまでのトラブルはすべてルータやモデムが原因で、このサーバ自体が不具合を起こすことは全くなかったのだが、稼働させ始めてからもう4年、そろそろ老境を迎えつつあるのかもしれない。

2010年01月22日

Corus Chess 2010

今月は時間的にも精神的にもあまり余裕がもてなくて、チェスは3日9日に軽く人と指した他は駒にもほとんどさわっていない。春が近づくころにはまた時間をかけられるようになると思うが、今はしばしの冬眠中である。

ただそれでも、トッププレイヤーの集まる大会の勝敗くらいは一応チェックしている。1月は何といっても、オランダのWijk aan Zeeというところで開催されるCorus Chess Tournamentである。今月15日から月末まで行われる予定で、今日は第6ラウンドが進行中。ここまではAlexei Shirovが5連勝とすごい勝ちっぷりだ。将棋と違ってチェスには引き分けがあるから、実力が拮抗した最強レベルの対局者が集う大会ではどうしてもドローになりやすく、5局指して全部勝つというのは並大抵のことではない。シロフは元々好不調の波が激しいプレイヤーのような気がするが、一度上昇気流に乗ると無類の強さを発揮することがあり、見ていて飽きないプレイヤーである。後半はどこまでこのペースを維持できるか、今から楽しみだ。

たった今、Shirov対Short戦はドローが成立。さすがに6連勝はならなかった。

2010年01月09日

スタバでチェスを指す

お昼を食べた後、いそいそと出かけた。2時に本通商店街のスタバでHさんと待ち合わせていたのである。このブログを見たHさんから、一度会ってチェスを指しませんかと声をかけていただいたのだ。ブログをやっているとこういうこともあるから面白い。ネット対局でなく、実際に対面してチェスを指す機会はなかなか広島ではないので、話が決まったときから楽しみにしていた。

約束の時間通りにスタバに着き、いったん上の階を偵察して席が空いていることを確認してから降りてくると、携帯チェス盤をテーブルに置いている人を見つける。もちろんそれがHさんで、挨拶してから早速コーヒーを手に3階に移動した。市松模様のテーブルを確保し、しばらくはお互いが持ってきたチェス関係のアイテムを見せ合う。それからいよいよ対局をすることになったのだが……いやはや、今回もひどかった。勝負としては勝ったが、内容としては負けと言ってもいいくらいだったと思う。何でこんなに手が見えていないのだろう。Y君と指した正月3日の対局といい、ちょっとポカの頻度が異常なほどに多すぎる。感想戦でも一通り嘆いたが、こう指せばよかったというそのときの結論すら完全に間違っていたことが、帰宅後の棋譜解析で分かる始末だ。チェスを本格的に指すようになって3年か4年になるが、何だか最近は弱くなる一方のような気がする。これはもう一度、根本的に勉強し直さないといけないのかもしれない。先日に引き続き、反省し通しだった。

Hさんとは、今後も月1回くらいのペースで会って指しましょうということになった。今から楽しみだが、今日のような情けない内容では簡単に負かされてしまうのは時間の問題だ。もう少し努力しよう。

2010年01月06日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.115


最初に発表されたときは、白のKはf7に、黒のBはh6に置かれており、1. Kg6 Bg5という出だしだった。しかしその後、1. Nc3という手でも白の勝ちになることが分かった。2. Bb5+から3. Nc6までの詰みを見ており、黒はこれをうまく防げないのである。泣く泣くKubbelは正解手順を1手縮めて修正したのだった。



マイナーピースのみのエンドゲームスタディがずっと続いてきたが、ついにこの115番で終わり。次からはいよいよルークが登場する。ただ、それが紹介できるのは、できるとしても少し先になりそう。棋譜の紹介にはずっとPalviewを使ってきたが、先月PCを新しくしたところ、新マシン上でうまく動かなくなってしまったのである。Palviewは5年以上ヴァージョンアップが行われておらず、もう更新はされそうにないから、そろそろ見切りをつける頃合いだろう。チェス棋譜再現スクリプトはいくつか出ているが、ブログ上で連載するのにどれが便利か、少し調べてみようと思う。このエンドゲームスタディの連載をまだご覧の方がいるかどうか分からないが、再開までしばらく待たれたい。

2010年01月03日

チェスと新年会

お昼少し前に家を出ると、Y君の家に向かう。今日は去年の1月3日と全く同じスケジュール。まずY君の家で彼とチェスを指し、夕方から新宿での新年会に出席するという流れである。ところが、チェスは昨年と同じというわけにはいかなかった。白黒1局ずつ指してどちらも負け。1局目はほとんどいいところなく、2局目も一度攻勢になりながらブランダーを連発して逆転負け。聞けば彼は毎日ネットで対戦して腕を磨いているうえ、1局ごとに重要ポイントをノートにまとめているという。チェスにかけている時間と情熱が全く違う。対局前は10分くらい定跡を並べ直す程度でお茶を濁し、対局が終わればがっくりするだけでほとんどほったらかし、そんなことをしている人間がかなうはずがない。反省しきりの対局であった。

夕方、Y夫妻と新宿の待ち合わせ場所へ。我々を含めて6人が集まり、高層ビル最上階の店で小さな新年会。途中でもう一人来て7人になった。9時半頃に店を出て、喫茶店でさらにもう1時間ほど話してから散会した。

2009年12月21日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.114


2009年12月11日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.113


手順の過程で自らNを袋小路に追いやり、ご丁寧に出口を塞いですべての駒を石化させてしまう。創り物らしい魅力にあふれた作品である。

2009年12月03日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.112


2009年11月29日

チェス喫茶でチェスを指す

ホテルをチェックアウトすると神戸を発って大阪へ向かった。行き先はもちろんチェス喫茶である。1局目の対局開始には十分間に合うはずだったが、尼崎を過ぎたところで「線路内に人が立ち入った」ということで10分ほど遅れてしまい、ギリギリになってしまった。急ぎ足で向かう途中、漫才師の海原はるか師匠と思われる人とすれ違った。マスクはしていたが、あの髪型、間違いない。

無事対局には間に合ったが、さて結果は……。
 相手のレーティング
1. 1658         白番 26手 勝ち
2. 1510         黒番 51手 勝ち
3. 1551         白番 46手 負け
というわけで、2勝1敗。ただ、内容は相変わらず反省することだらけだった。1局目が一番中身はまともで、もちろんまずいミスもずいぶんしたが、やりとりとしてはまだまともだったと思う。2局目がひどかった。相手の方はあまり時間を使わずに思いついた手を指してくるので、ほどなくして1ポーンアップになり、それが2ポーン、3ポーンとどんどんPの数に差ができていく。これはもうよほどまずい手を指さない限り何とかなるだろうと高をくくっていたのだが、相手のチェックに広い方へ逃げたつもりの手が大悪手。いきなりメイトの危機にさらされてしまい、必死で防ごうとするもきわめて危険な形になってしまう。絶体絶命になったとき、何と2手メイト(将棋でいう3手詰)を相手が見逃し、これで再び逆転してやっと勝ちを拾ったのであった。縁台将棋もいいところで、まああれは負けと同じである。自分の無能さに慨嘆しつつ臨んだ3局目は、序盤で私が不用意な一手を指し、それを的確に咎められた。中盤でQ交換をした直後に技をかけられB損になり、以後も粘ってみたが冷静に対応されてなすすべがなかった。これはほぼ完敗だったといっていいだろう。

チェス喫茶を出たのは6時少し前。6時45分に新大阪駅を出る新幹線に乗って広島に帰った。これで「ハレ」の日はおしまい。明日からはしばらく「ケ」の毎日である。

2009年11月26日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.111


2009年11月17日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.110


この作品は当初、白のKがd6に、白のPはe4に置かれていた。したがって初手は1. e5だったのである。しかしKubbelは、KとPをそれぞれc5とe5に配置すれば上で述べたように1. e6? f6 2. Kd6 Ke8という紛れが生じることに気づき、すぐ改作したのだった。

2009年11月13日

マスクをしたチェスプレイヤー

昨日、学生と話していたら「この間、リアルに新型かかったんすよ」と言われた。「リアルに」という言葉の意味は、この夏に彼が体調を崩したとき、新型インフルエンザかもしれないと思って医者に行ったらただの風邪と診断された、という一件があったためだ。今度は本当にそうだった、というわけである。学生の間ではかかる人もだいぶ増えてきたようだが、教員がやられたという話は聞かない。自分もこのところあちこちに出張しているが、今のところ大丈夫なようだ。もっとも、ここ2年ほどは寒くなってから体調を崩すことが多いので、これからは気をつけなければいけない。

現在モスクワで、かつての世界チャンピオン、Mikhail Talの名前を冠したTal Memorialというチェスの大会が行われている。参加しているのは全員レーティングが2700以上のスーパーグランドマスターと言われる強豪だ。その第5ラウンドで、ちょっと面白い光景が見られた。対局者の一人、Vassily Ivanchukがマスクで登場したのである。そのときの様子を伝えるニュース映像を見ると、他のプレイヤーもその姿に笑いをこらえきれないようだ。どうも対戦相手のMagnus Carlsenが大会前に風邪をひいていたらしく、それを聞いてウィルスをうつされないか不安になったらしい。

日本人にとってはマスクをするというのは日常的にありふれた行為だが、海外では相当奇異な行動と思われる。ましてトップレベルのプレイヤーがチェスの対局中にマスクをしていたというのは、おそらく前例がないだろう。実は私は以前、蒲田でチェスの大会に出たときにマスクをしていたことがある。しかしイワンチュクのつけているバカみたいな大きさのマスクではなかった。対局相手がこんな大きいマスクで登場したら、日本人であってもちょっと笑ってしまうかもしれない。

2009年11月06日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.109


逆算で創作したのであろうということがよく分かる作品。ただ黒のNが跳ね回る序が、いかにも後からとってつけたような印象があるのは否めない。手順全体に有機的な統一感があれば、もう少しよい作品になったのではないかと思う。

2009年11月04日

エンジンマッチ

うちにあるチェスソフトを最近よく対戦させてみている。最新ヴァージョンが先月発売されたばかりのFと、コンピュータの中で最強と言われるRだ。チェスソフトにおいて思考部分はエンジンと呼ばれるが、2種類のエンジンを何度も対戦させるエンジンマッチや、チェスの大会よろしくたくさんのエンジンを競わせるエンジントーナメントを、FやRでは簡単に楽しめるようになっている。

15分+10秒という持ち時間で30局ほどやらせてみたところでは、Rの8勝3敗19ドローという結果になった。さすがに強いといわれるだけのことはあるが、これをもってRの方がFより強いとは一概には言えないと思う。持ち時間の設定の仕方で強弱は幾分変わるだろうし、オープニングブックの影響も大きい。オープニングブックとはその名の通り、膨大な定跡手順が入力されているファイルで、対局が始まると最初の20手あたりまではどちらもブックに載っている指し手をすたすたと指し進める。ブックの記述が切れたところでついにエンジンが本格的に始動するのだが、そのときたまたま選ばれた定跡手順によっては、すでにどちらかに形勢が傾いているということも起こり得る。強弱を論じるなら、いろいろな条件でもっとたくさん対局させる必要があるだろう。

対局させながら2人(?)の思考過程を眺めていると、最善手の評価が思ったより異なっていることが多くて面白い。片方がある手を第一候補手として読みを進めているとき、もう片方はその手を全く評価しないで読みから外しているということが、結構あるのである。どちらかが長考に沈んでいるときは、こちらも指し手を考えるとなかなか勉強になる。もっとも、手広い局面ではこちらの予想が当たることは滅多にないのが、当然とはいえ悲しい。

2009年10月31日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.108


白のPが一つ、また一つと進むたびにKの右側の壁が塗り固められていく様子はどことなくユーモラスである。難しくはないが、並べて楽しい作品。

2009年10月20日

ピアノを弾く棋士

音楽とチェスは表面上はまるで違ったジャンルでありながら、どこかでつながっているところがある、という話は以前にも書いた。どこがどう、と明確には言えないのだけれど、脳の中で近い部分を働かせているような感覚があるのである。一流の作曲家、演奏家でありながらチェスも強かったプロコフィエフやオイストラフ、そしてタイマノフなど、チェスにもピアノ(またはヴァイオリン)にも卓越した才能を発揮した人物はたくさんいる。では、ピアノと将棋をともにたしなむ人はどれくらいいるのだろう。もちろん、両方好きだがどちらもヘボ、ということなら、今これを書いている人間が該当者ということになる。そうではなくて、どちらのジャンルももっと高いレベルで嗜む人、ということだ。

帰宅してから囲碁・将棋チャンネルを見ていたら、現在活躍中の棋士をゲストに迎えていろいろ話を聞く番組で、現在順位戦4連勝中という金井四段が登場した。実際に話しているところを見るのはおそらく初めてだが、将棋棋士にはあまり見えない優男で、声も何だか声優のよう。おまけにまだ23歳だというのに全く緊張している様子がなく、何を聞かれても淀みなくすらすらと答える。若い棋士はどちらかというとしゃべりはまだ慣れていない人が多いように思っていたが、最近はそうでもないのかもしれない。

ただそれ以上に興味を惹かれたのは、彼がピアノを弾くということだった。12月に棋士が何人か参加するイベントで演奏を披露するのだという。音楽に造詣の深いプロ棋士というと、歌なら内藤九段が何しろ有名だが、楽器では佐藤九段のヴァイオリンがまず思い浮かぶ。しかし男性プロ棋士でピアノを弾くという人は初めて知った。人前で弾くくらいだから、結構な腕前なのだろう。ピアノと将棋を高いレベルで両方こなす実例を見つけられたようだ。

2009年10月15日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.107


2009年10月14日

女流王位戦の反則負け

ShimizuIshibashi.png今日は将棋は竜王戦の第1局と女流王位戦の第2局、そして囲碁でも名人戦の第5局と大きなタイトル戦が重なった一日だったが、女流王位戦でちょっと珍しいことが起きたようだ。石橋女流王位の優勢で迎えた終盤、石橋さんが自分の歩を飛び越えて2二角成と指してしまい、反則負けとなったのである。挑戦者の清水女流名人の方はすでに持ち時間を使い果たして1分将棋になっており、普通に指していればおそらく石橋女流王位が勝つと思われた局面だった。タイトル戦で勝負が反則という形で決着したことは過去にあるのだろうか。仮にあったとしても二歩か時間切れで、桂でもないのに駒を飛び越したということは多分初めてなのではないかと思う。石橋さんの心情は察するにあまりあるが、何とか引きずらないで次局に臨んでもらいたいものだ。

将棋ではこのように反則手を指したらその瞬間に負けということになっているが、私の理解が正しければ、チェスではその手は文字通り指せない手であるので、ルール上合法な手を指し直すことになっている。では実際に、レーティング2700以上のスーパーGMが集まるようなトップレベルの大会で今回のようなルール上指せない手が着手されたということはあるのだろうか。確かコルチノイがカルポフとのマッチを戦っているとき、「ルックに取りがかかっているときにキャスリングはできるのか」をわざわざ審判に確認したということはあったが、うっかり味方を飛び越えてしまったという話は聞いたことがない。

2009年10月06日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.106


盤面を斜めに貫くBの利きを巡って攻防が繰り広げられる。これをもう少しやさしくしたのが79番にある。

2009年10月03日

第七の封印

人からこんな記事が出ていると教えてもらった。一昨年亡くなったスウェーデンの映画監督、ベルイマンのコレクション339点が先月末にオークションにかけられ、映画「第七の封印」で使われたチェスセットに100万スウェーデンクローナ(約1300万円)の値がついたとのこと。記事によればコレクション全体では1800万クローナにもなったらしいが、そのうちの100万クローナがチェスセット一品の落札額なのだから大したものである。競売会社のページでコレクションの写真を見ることができるが、チェスセットの写真に添えられた説明によると、惜しいことに白のキングだけなくなってしまっているらしい。たくさんあるポーンならともかく、一番大きいキングだけなくなるというのも妙な話だ。どういう経緯で失われたのか分からないが、何とも残念というほかない。

実は、私はまだ「第七の封印」をちゃんと見たことがない。せっかくこういう記事を読んだのだから、この機会に鑑賞しようとDVDを探した。ところが国内ではとっくに廃盤になっているらしく、手に入るのは値がつり上がった中古品のみ。我慢して高いのを買うか、あるいは日本語字幕はあきらめて海外版を買うか。確か5年くらい前にベルイマン映画祭という催しがあって日本各地でベルイマンの映画が上映されていたことがあったと聞いたが、そういうことはこの先は当分ないだろう。それにしても、ポランスキーの「マクベス」を探したときにも思ったが、DVDはちょっと売れないとなるとすぐ廃盤になってしまう。DVDに限らず本でもそうで、売れないと判断されればすぐ絶版だ。よくない傾向である。

2009年10月01日

対局の反省

この間指した3局を並べ直してみた。本やチェスソフトのご託宣を見ながらチェックしてみる。毎度のことではあるが、いやはや、ひどい。当たり前の手が全く指せていない。形勢判断もむちゃくちゃで、「やや押され気味か」などと考えていた局面は実はすでに完全な敗勢になっており、相手がたまたま決め手を逃したためにどうにか首の皮一枚で踏みとどまっていただけだった。

Position20090927.png恥を忍んで、特にひどいと思ったところを一つ紹介。私がb4にNを跳ねたところである。そこで相手が指したのは...Ra8?? さて、ここで白がどう指せばいいかは、レーティングが4桁ある人なら一瞬で思い至るだろう。NでPを取れば、ほとんどそれで試合終了だ。私だってもしこれがタクティクスの問題としてどこかに出ていたとしたら、さすがに数秒もあればきっと気づくと思う。それは、問題として出ているということから「この局面には何か勝負を決定づける手がある」ということが分かるからだ。しかし悲しいかな、実戦ではこんなに簡単な手ですら指せないのだ!(実戦ではBf3??と指してその後どんどん不利になった)「P取りをかけて……ああ、やっぱり防がれたな」などと頭の中でつぶやいているだけで、そこで思考が停止しているのである。「今相手が指した受けは、本当に受けになっているのか?」と一瞬考えるだけなのに、それすらできていない。というより、そもそもNを跳ねる時点でこれを読んでいないということが、何とも情けないというほかない。

オープニングがどうだこうだという以前の力しかないということを、改めて認識させられたのだった。

2009年09月28日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.105


手が限られており、比較的やさしい作品ではないかと思う。

2009年09月27日

ドロドロの人生

江坂のホテルを出ると御堂筋線で南下。なんばのコインロッカーに荷物を預けるとぶらぶらとゆっくり歩きながらチェス喫茶へ向かった。今日も大阪は暑い。到着するとすでにTさんが来ていた。少し遅れてDさんもやってくる。11時から対局開始。自分の現レーティングは1553。
  相手のレーティング
1. 1664         黒番 35手 ドロー
2. 1539         白番 78手 ドロー
3. 1509         黒番 46手 ドロー
何局か指して勝ちも負けもしなかったというのは、今日が初めてかもしれない。内容的には相変わらず全然ダメで、特に2局目と3局目は中盤でまずい手を連発して敗色濃厚だった。もっとも、そういう負け同然の対局で半ポイント拾えたという意味では、収穫があったといえるかもしれない。今日は全部ドローでしたという話をマスターとしていたら、横で局後の検討をしていたUさんがボソッと「ドロドロの人生、ですか」と一言。うまいことをいうものだと思った。

Tさん、Uさんとなんばの地下街で軽く夕飯をすませてから別れた。7時45分の新幹線に乗って大阪を後にする。9時過ぎに広島駅に着いたが、この時間帯は駅からの接続が非常に悪く、自宅に帰り着くまで1時間近くもかかってしまった。これで大阪出張も終わり。明日からは忙しい日々が始まる。

2009年09月16日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.104


2009年09月08日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.103


B1個でメイトにするというのは、Kubbelが彼の創作歴において常に興味を持って追求し続けたテーマだった。他の作例としては24番102番、250番がある。このテーマを表現した初めての作品はTroitzkyによって創られた。しかし本作はそのトロイツキーの名高い第1号作品ではなく、フィンランドの作家Julius Gunstによる作品を発展させて創られたものである。参考までにトロイツキーとグンストの作品も掲げておく。







2009年09月05日

カフェ「みずなら」へ、そして帰広

昨日の夕方から、またこのブログにつながらなくなっていた。原因はおそらくいつもと同じで落雷である。というのも、昨日の夕方に届いた勤務先の事務方からのメールで、先ほどの落雷で研究室の電気錠が壊れたところは云々、などと書いてあったからである。に落雷でネットワークが切れたのも東京に出かけていたときだった。広島にいる間は何も起きないのに、泊まりがけで外出したときに限ってなぜこうも雷が落ちるのか、本当に不思議だ。家にいるときであればすぐ復旧させることができるが、離れた場所では手の施しようがない。こうならないようにと雷サージ対策をしておいたつもりだったのだが、どうもまるで効き目がないようだ。やはり自然の力にはかなわない。このへんが自宅サーバの限界なのかもしれない。

そんなわけで昨夜書きたくても書けなかった昨日の話をまとめておこう。研究集会は最終日で、予定通り4つの講演を聴いた。面白い話が多くていい刺激になったが、ずっと根を詰めて聴いていたからか、午後の講演を聴き終わったときにはだいぶ疲れてしまっていた。会場を後にすると、重い荷物を担いでとぼとぼと南に向かう。前日まで泊まっていたホテルがこの日だけは満室で、この日だけは街中の別のホテルに泊まることになっていた。

ホテルにチェックインし、ベッドに身を投げ出して一休みしてからまた出かける。今回の札幌出張では初日にいろいろな方とお会いできたが、実はこの日も詰将棋作家のMさんとお会いする予定になっていた。6時過ぎに札幌駅前で無事落ち合うと、早速近くのカフェみずならというところに連れて行ってもらう。将棋道場のように将棋盤がいくつも並べられている一方、食事もできるようになっている大変雰囲気のいいところだった。Mさんから私が来ることはすでに伝わっており、席主のTさんに温かく迎えていただく。ただ私に関する情報として、「5年前の看寿賞作家」はともかく、「チェスも強い」という完全に間違った情報が流れてしまっていたのにはまいった。大盤で看寿賞作品を並べて解説したところまではいいとして、その後「チェスは5級」とおっしゃる席主と一局指すことになったのである。さらに困ったことに、この日は何かチェスの国際的な大会で優勝された経験があるHさんという方までいた。数日前にはてるまさんと指したときと同じで、この日もすぐ化けの皮がはがれてしまい、中盤までではっきり劣勢になってしまう。これを強豪のHさんが横で見ているのだから恥ずかしいといったらない。相手のミスでどうにか盛り返したものの、駒を取り合ってPの昇格を争うところまで行く長期戦になってしまった。最後は何とかこちらのPがタッチダウンできたが、まあ全体を通してひどい内容でがっくり。

その後、今度はHさんとも指すことになる。すでにHさんにだいぶアルコールが入っていたうえ、直前の対局であまりに私の指し方がひどかったので油断されていたのだろう、ブランダーが出てこちらのマイナーピースアップになった。結果的に駒落ちのようなことになり、棋力の差を考えればこれでちょうどいい勝負になったといえるだろう(もしかしたらそう考えてゆるめていただいたのかもしれない)。実際、中央を破られて一気に攻め込まれ、もうダメかと一時は観念したが、結果的にはその攻めを何とか受け止める。そこでHさんが潔く投了されたので形としてはこちらが勝ったことになったが、当然内容に関してはこちらも反省すべき点だらけで、局後の検討でいろいろなラインを教えていただいた。11時頃にMさんと店を失礼したが、おかげで札幌滞在終盤も非常に充実した時間を過ごすことができた。

今日は滞在最終日で、研究集会に参加していた方からレンタカーでも借りて少し観光していきませんかとも言われていたのだが、さすがに疲れがたまってきている気がしたので何もせずにゆっくり過ごすことにした。かなり遅めにホテルを出て、街中をぶらぶら歩いたり喫茶店で一服したりしながら時間をつぶす。時計台の近くでラーメンを食べてから空港に移動した。帰りもフライトは至極順調。飛行機を降りると札幌では感じなかったむっとする熱気を浴び、広島に帰ってきたと実感したのだった。

今回の札幌出張は、公私にわたりなかなか充実していたと思う。本業でも勉強になったし、普段会えない人にお会いできたし、おいしいものをいろいろ食べられたし、チェスも教えてもらえたし、満足満足。

2009年08月31日

明日より出張

夕飯を終えるとプロパラの原稿を書き上げる。今回はいろいろ説明を必要とするところが多く、ずいぶん時間がかかってしまった。あとは最後の見直しをしてWさんにメールを送信すればタスク完了だ。

予定通り、明日から土曜日までは札幌に滞在する予定。幸い台風は海の上を走っているようなので、飛行機が飛ばないということはないだろう。研究集会が始まるのは2日からだが、明日は学生時代のピアノサークルの同期で今は札幌に住んでいる友人と夕飯をともにすることになっている。他にも札幌には詰将棋関係の知り合いがおり、できれば滞在中に何とか時間を作ってお会いしたいと思う。

2009年08月24日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.102


変化手順が多岐にわたり、完全に理解するのは容易でない。本作のようにB1つでメイトにする趣向は「Troitzkyのテーマ」と呼ばれる。Kubbelはこのテーマの作品をいくつか創っているが、「トロイツキーのテーマを扱った私の作品の中では、本作が最も内容豊かでかつ最も難しいと思う」と語っている。次の103番も参照のこと。

2009年08月22日

チェスを教わる

今日は予定通り、午前中から車で出かけてFJさんのお宅を訪ねた。新球場からさして遠くないところで、うちから20分くらいで到着。そのへんでいったん停車し、携帯電話で近くまで来ましたと連絡すると、すぐFJさんが迎えに出てきてくれた。5月にお会いして以来だ。

毎週土曜日はチェスの勉強の時間に充てているということで、居間にお邪魔するとテーブルに大きなボードが置かれ、駒がきれいに並べられていた。午前中は本やパソコンを見ながら、どうやって勉強をしているかについてあれこれ聞かせてもらう。見せてもらった本はいずれも書き込みが入っており、さすがに強い人は努力していると感心。自分のようにときどき思い出したように片手間でやっていては、いつになってもヘボチェスから抜け出せるわけがない。特に定跡事典は細かい変化に一つ一つマーカーが引かれ、年季が入っていた。

お昼をいただいてから、午後に白黒1局ずつ対戦する。時間の短い対局はとにかく自分には無理なのでブリッツだけは勘弁してもらい、10分切れ負けということにしてもらったが、それでももちろん負けた。FJさんの指すであろうラインを事前に予習していったので序盤から敗勢になるようなことはなかったが、やはり中盤以降は地力の違いが利いて差は開く一方。まあこれは仕方ない。終わった後にじっくり時間をかけて対局の内容を検討し、かなり勉強になった。その後はいろいろアドバイスをもらいながら、過去のお互いの対戦をパソコンで並べたり、本に出ているスタディなどを並べたりして過ごす。気がつくともう夕方になっていたので、そこで失礼した。

改めて実感したのは、強い人はやはりそれだけの努力をしているということだ。それも継続した努力である。付け焼き刃でオープニングを覚え、大会での対局が終わると気が抜けて他の趣味に流れ、忘れたころにまた復活して覚えたはずのオープニングを最初からやり直す、そんなことをしていてはいつまでも初心者のままなのも無理はない。正直なところ、あのレベルまでチェスに打ち込める自信は自分にはないが、自分なりのスタイルで今後も続けていこうと思う。

2009年08月20日

チェスの勉強会

5月に蒲田で行われたチェスの大会に出て、ひどい棋譜を作ってがっくりしてからはしばらく対局から遠ざかっていた。毎年こういう調子で、自分が無能であることをいやというほど実感すると、やっぱり自分が足を踏み入れるような世界ではなかったんだと慨嘆し、駒にあまりさわらなくなる。しかしこれまた悲しき凡人の性か、数ヶ月が経ってブランダーを指した記憶が少しぼやけてくると、またやってみれば何とかなるかもしれないと色気が出てくるのだった。もはやこのサイクルは年中行事となりつつある。

先日、非公式ながら久しぶりに対局を楽しみ、ますます復活気分になってきたので、同じ広島に住む強豪のFJさんと連絡をとった。3月5月の大会会場でお会いした際、FJさんからは広島で一緒に勉強会をしましょうと誘われていたのである。いつも土曜日をチェスの勉強の時間にしているから連絡してくださいと言われていたのだが、対局内容にがっくりしたのに加え、直後からやたらと忙しくなり、なかなかお誘いに応えることができないでいた。今も決して暇になったわけではないが、先月までに比べれば少し余裕がある。相談の結果、明後日にFJさんのところにお邪魔することになった。棋力が全く違うので普通に対局するのは手合い違いだが、勉強会ということであればいろいろ教えてもらえるだろう。

2009年08月17日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.101


創られたのは1938年で、Kubbelはこれを盤駒なしで創作したという。フィニッシュでは黒のBがNに生け捕りにされるが、ずっと後の205番にRをNで生け捕りにする作品がある。

2009年08月14日

久しぶりの対局

昨日は祖母の住まいだった家で草むしりをしたりして汗をかき、夜中に発って市川の実家に帰ってきた。

今日はお昼をすませた後、学生時代に所属していたピアノサークルの同期メンバーであるY君の家に向かった。彼の家には今年の正月にもお邪魔している。お互いの近況報告もしたが、訪問の目的の一つは前回と同じくチェスだ。年始に伺ったときにはなかった立派なチェスセットが用意されていて、それで白黒1局ずつ指す。こちらはここ3ヶ月くらい、チェス関係の活動といえばKubbelのエンドゲームを調べて記事を書くこと、最近のGMの対局を流して並べることくらいしかしておらず、対局は本当に久しぶりだった。1局目は簡単なタクティックを見逃し、互角くらいの形勢で時間が切れてしまって負け。2局目は中盤でポイントを稼がれ、やや苦しいくらいで進めてきたところでタクティックが決まって勝ち。まあこちらのブランクと彼の強さを考えればこんなものか。

夕方は彼の奥さんのIさんも合流し、近くのイタリアンレストランで一緒に夕飯。食事がすみ、食後のコーヒーとデザートを楽しんでいるときに、先ほどの彼との対局を携帯チェス盤でもう一度並べる。ここでいい手がないかなあと思ったんだけどねえ、などと言っていると奥さんが横から、「こういうのはどうですか?」指されてみると、なるほどその手で決まっているのである。ときどき夫婦で指しているという話ではあったが、強いのには恐れ入った。局後に検討するときは、強い第三者にも参加してもらうと勉強になるなあと実感。

9時半頃にお別れして帰路に就いた。

2009年08月09日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.100


Nで挟んでBの交換を強要するKubbelお得意の筋。似た形のフィニッシュは96番にもあった(ただし不完全作品)。

やっと100番まで来た。まだ先は長い。

2009年08月01日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.99


一見すると捕まりそうもないBを、黒のNに挟まれた狭いラインに誘導する。狙いは面白いが、手が広いだけに余詰の修正は簡単ではないと思われる。

2009年07月23日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.98


2009年07月16日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.97


Kubbelによれば、本作はPのないセッティングでマイナーピースの攻防を描こうと試みた彼の最初の作品だそうである。

2009年06月26日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.96


残念ながら本作も余詰作品。KでNを追ってBの退路を断つという筋書きは、この後の100番でも登場する。

2009年06月18日

Leonid Kubbel's Endgame Study No.95


ちょっとしたアイデアをまとめた小品である。

 1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  | All pages