2010年5月アーカイブ

詰パラ六月号

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疲れて帰宅すると、詰パラの6月号が届いていた。他の方のブログを見て回ってみると、土曜日にもう到着していたところも多かったようだ。最近は届くのが早い。夕飯を食べながらパラパラとページを繰ってみる。今月は詰将棋順位戦の出題月か......いかにも難しそうなものばかり並んでいる。このところ前にも増して先を読む力が落ちてきているので、こういう力の入った作品はとても暗算ではできそうにない。まあ当面はやさしいコーナーのとっつきやすそうなのをやってみることにしよう。その他、読み物で気になったのは全詰連のページ。4月に倒れたという会長のKさんは快方に向かわれているとのことで一安心だが、やはり「四百人一局集」の編集はストップしてしまっているようだ。KさんがM社ではなくJ社のワープロソフトを使っていたために、誰も代わって作業できる人がいないことが作業停滞の一因らしい。両方使った経験がある人間としてはM社製の方が優れているとは到底思えないのだが、やはり圧倒的なシェアの差はいかんともしがたいようである。

一通り詰パラに目を通したところで電話が鳴る。一昨日に訪れた東急ハンズからで、問い合わせた紙を取り寄せるのは可能とのこと。ただし2週間くらいはかかるだろうと言われた。現在折っている作品が完成するのにはまだ時間がかかりそうだから、2週間はちょうどいい待ち時間だろう。

免許証の更新

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2時半頃に家を出て免許センターへ。7月上旬までに運転免許証の更新をしなければいけないことになっていたので、今日のような特に予定のない日曜日にすませてしまおうというわけだ。うちから県の免許センターは非常に近く、車でせいぜい10分くらいで着いてしまう。空は雲一つない快晴で、陽光がまぶしかった。

「はがき持っとってこられた方はこちら並んどってください」という指示に従い、1番の窓口に並ぶ。まずお金を支払い、渡された書類に必要事項を記入し、それを8番の窓口に持って行く。住所変更などは何もないはずだから問題ないと思っていたが、本籍地の住所表記が最近変わったとかで、その部分だけ訂正された。それから視力検査。広島に来てから眼鏡をかけるようになり、今では眼鏡なしで外出することはほとんどなくなったが、免許証に「眼鏡着用」とは書かれない方がいいと思ったので、検査は裸眼で受けておく。次いで写真撮影があり、その後は講習。普通車運転免許を取得してから5年ちょっとになるが、前回の更新時にはまだ水色の免許証だったので、今回からやっと晴れて金色の優良運転者になれるわけだ。「皆さん優良じゃけぇ講習は30分です。まずこの資料の説明しまして、それからビデオ見とっとってください。最後に道路交通法の改正を説明します」という説明通りに進み、あっさり講習は終わった。11番の窓口で新しい免許証を受け取る。これまでと変わったのは、ICチップが埋め込まれるようになったことと、プライバシー保護とかで本籍地欄が空欄になったことくらいか。次の更新は、何も特別なことが起きなければ5年後ということになる。

車がいつの間にか薄汚れてきていたので、帰りにガソリンスタンドによって洗車。さらに勤務先に少しだけ立ち寄って明日の外書購読演習の準備を少しだけしておく。スーパーで野菜や肉などを買って帰宅。夕飯はごま油で豚肉と卵とトマトを炒めてみた。これからはトマトのおいしい季節である。

紙を求めて

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久しぶりの休日。今週はずっと疲れている気がしていたので、週末が来るのが待ち遠しかった。やはりときどきは完全オフの日が入らないとしんどくなってしまう。

昼飯をすませ、コーヒーを一杯楽しんだ後は、折紙を折ったり、ピアノを弾いたり。折紙は新しい作品を今週から少しずつ折り進めてきていて、今日までで全工程の半分くらいまで来た。来月の上旬までに完成できればいいが、これからいよいよ難所にさしかかるので簡単ではないかもしれない。ピアノの方は、ちょっと思い立って、カメラを持ち出してきて以前やったような演奏の撮影を試みる。指が記憶を失う前に「ヴォカリーズ」を撮っておこうというつもりだった。しかしすぐに断念。やはり録画しているとなると緊張感からつまらないミスを連発するうえ、またペダルが故障して音が切れる症状が頻発したためである。どうも調子のいいときと悪いときがあるようだ。まあヴォカリーズは、忘れないようにときどきは弾くように心がけよう。

夕方、街中に出かけたときに東急ハンズに立ち寄った。現在折っている作品が完成した後、次に折るものとしてそろそろあの天才折紙作家、神谷哲史氏の大作に挑戦してみようかと考えている。しかしあれを折るには、非常に大きく、しかも薄くて丈夫な紙を手に入れなければならない。これまでアルミホイルにカラペを貼りつけるやり方で折紙用紙を何枚も作ってきたが、今のやり方では頑張ってもせいぜい40cm四方の紙までしか切り出せない。神谷氏のあの作品は、一辺70cm程度の紙が推奨されているのである。そこでそれに向いているような紙がないか、様子を見に行ったのだった。しかし残念ながら使えそうなものは全くなし。事前に調べていった商品名を告げて手に入るか聞いてみたが、取り寄せられるかどうか問屋に確認しないと分からないということだった。後日連絡してもらうことになったが、あの口調だとあまり期待はできないかもしれない。まあまだ先の話だし、ダメならダメで別の手を考えよう。

1時から線形代数学の講義。来週は中間試験なので、冒頭に少しだけ去年の問題の解説をする。過去の問題をよく勉強しておいてくださいというと、毎年必ず「解答は配ってくれないんですか」と聞かれる。そんなものは用意していませんというと、「解答がないと勉強できない」と言われたりすることもある。先生が過去の定期試験の問題の解答を配ってくれると思うというのは自分の感覚とだいぶずれているのだが、今の学生にとってはごく自然なことらしい。

火曜日にH大で行っている講義は黒板だが、今日の講義の部屋はホワイトボードだ。うちの大学では黒板の部屋は数えるほどで、大部分はホワイトボードになっている。昨今はプロジェクタしか使わないという講義も多いが、数学はやはりその場でどんどん書いていくというのが絶対のスタイルである。ホワイトボードは黒板のようにチョークの粉が飛び散らないからいいような気もするが、書き殴っているとどうも微細なインクの粒子がそれなりにまき散らされているようで、講義を終えて戻ってくるといつも喉の調子がおかしく感じる。H大で講義をするときは、いつも開始5分前に教室に行ってクリーナーで黒板消しをきれいにしておくようにしているので、実はそれほどチョークの粉の飛散はないのである。またホワイトボードは、書いているとすぐペンが薄くかすれてくるのも困りものだ。最初の10分は気持ち悪いくらいべっとりインクが出ていたペンが、その30分後には急に元気がなくなってきたりするのである。チョークでは、だんだん短くなってくるという欠点はあるものの、少なくとも薄くなることはない。

そんなわけで、黒板とホワイトボード、それぞれに長所短所はあるものの、少なくとも数学との相性という視点においては、やはり前者の方がいいのではないかと感じている。

昨日のことだが、帰宅すると家にプロブレム・パラダイスの51号が届いていた。年4回の発行なのだが、50号が来たのは確か12月の頭。もう半年近く前のことである。発行が滞っていたのは編集長のWさんがあまりに多忙だったからで、本業のお仕事に加えて例の詰将棋解答選手権の運営でとても手が回らなかったらしい。もっともこちらも春先は公私にわたって忙しかったので、プロパラの編集の仕事がお休みになっていたのは助かった。これからは発行ペースも元に戻るだろうから、また締切間近にあわてて原稿を書くことになりそうだ。

51号の解答締切は6月末である。プロパラを購読しておられる方、是非ヘルプメイトの解答をよろしく。

数日前のことだが、マーティン・ガードナーが亡くなったというニュースを聞いた。95歳だったというから大往生である。多数の著書や雑誌の連載コラムなどを通して、数学はもちろん、物理や化学などの科学全般、パズル、ゲーム、マジック、疑似科学批判など、広範な分野から常に面白くて分かりやすい話題を提供し続けた。私も子供のころに彼の本を何冊か買ってもらったし、そうでなくても何か読んでいるとガードナーが引用されているということがよくあったように思う。今の私の趣味も、ガードナーの著作にある程度影響を受けているのかもしれない。そのころ買ったガードナー関係の本はあらかた実家に置いてきてしまい、今手元にあるのは最近出た「ガードナー傑作選集」だけだが、これだけでも初等整数論に始まって平面上のタイル張り問題、魔方陣、チェス、数学教育論など実に様々な話題が登場している。こういう話を数学者が書くとどうしても小難しくなってしまうものだが、そこを平易に、しかも面白く書けるのがこの人のすごいところであろう。

ガードナーについては、生前に制作された「The Nature of Things」という番組があって、これがなかなか面白い。ガードナーが扱った多様な話題が次々に出てくるのだが、有名な数学者であるJ. H. Conwayや、一昔前にマックス名人と名乗ってテレビでメンタルマジックを披露していたMax Mavenなど、登場する人物もそれぞれの世界における著名人ばかりである。お暇があれば是非。

早めの帰宅

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午前中は会議。少し面倒な議題があり、普段よりやや派手な議論になる。お昼過ぎに終了した。

火曜日なので、非常勤講師の仕事をするために午後からH大に移動する。いつもなら講義の前にI先生のお部屋に少しお邪魔し、講義の後にはT君のところに行って二人で夕飯を食べに出るのだが、今日はどちらもなし。I先生はここのところ非常にご多忙で、今日も部屋にはいらっしゃらないということを聞いていたし、T君はT君で現在海外出張中なのである。会う人もいないので、講義を終えるとすぐH大を後にして帰路に就いた。いつもの火曜日なら9時にはなるところだが、今日は7時頃帰宅。

演奏と対局

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午前中は線形代数学の質問にやってきた学生に対応。お昼を食べると大急ぎで直後の外書購読演習の準備をする。どうにか終わらせて部屋に戻ると大学院生のセミナー。何だか忙しい一日だった。

チェスや将棋のようなボードゲームと音楽の親和性については以前にも書いたことがあるが、一昨日にピアノを弾き、昨日はチェスを指してみて、あらためてそのことを実感した。演奏しているときは、余計なことを考えずにひたすら集中して弾き続けなければならない。この余計なことを考えない、というのが実に難しい。一昨日は腕時計を外すつもりだったのに外していないということに気づいてしまい、その瞬間に指が乱れた。いったん間違えるとそのことに動揺し、そこからまた余計な思考が広がっていく。1分後に現れる今と同じ箇所を今度はミスしないで行けるだろうかとか、結局腕時計は外さないまま行くしかないのかとか、演奏中に頭の中でノイズが波紋のように広がっていってしまうのである。一度さざ波がたった水面はなかなか落ち着かず、そうこうするうちにまた別のところで小石が投げ入れられ、そこから波紋が広がってくる。曲の終わりが近くなってくると、今度は早く終わりに到達して楽になりたい、という邪念が生じ、急にテンポが速くなったり細かい音が雑になったりする。

チェスを指していると、この演奏時の感覚と非常に近いものを感じるのである。序盤の定跡部分を過ぎて未知の領域に入ってきたとき、よく考えて指したつもりなのに、読み抜けて一気にまずい形勢に陥ることはよくある。そのときに、「しまった、あのときこう指しておけば......」と終わってしまったことへの後悔に頭を使うのは、そこからの勝負には全く無意味だ。しかしどうしてもすぐには頭を切り換えられず、動揺がさらに悪手を誘発してどんどん不利になっていく。一度乱れた思考を落ち着かせるのは容易ではない。有利な局面になっても、今度は早く勝負を決めて楽になりたいという思いから、不用意な一手を指してしまう。これもピアノ演奏時とそっくりだ。

1曲を弾くことと1局を指すことは、私の中では大変近い行為なのである。こう考えてくると、この二つの対象を表す言葉がともに「きょく」であることも、何だか偶然ではないような気がしてくるのだった。

今日はどうしようか、ホテルで朝食をとっているときにもまだ迷っていた。せっかく大阪まで出てきているのでまたチェス喫茶に行こうと思っていたが、昨日は朝から動き回ってすっかり疲れてしまい、今朝も何だかまだ疲れが抜けきっていないような気がしたのだ。それに今月はチェスは連休中にたっぷり指したし、その後はピアノ中心の生活で、この間小学生とチェスを指した他は全く駒にさわっていない。こんな状態で行ったところで簡単に切って捨てられるだけなのではないか......。いろいろ考えたあげく、今日は1局だけ指して帰ることにする。これならそう負担もないだろう。

雨が降っていたからか、行ってみると1局目が始まる時点では誰も現れず、店主のTさんと指すことになった。

  相手のレーティング
1. 1435         白番 24手 勝ち

公式戦ではあまり指したことのない定跡ですぐ分からなくなったが、こちらが決定的なブランダーを指す前に相手がうっかりをやってしまい、まだそれほど駒数が減っていない状況で決着がついた。まあこれだけ準備をしていない状態で勝てれば十分である。そのままお昼をそこでいただき、食後のコーヒーを飲みながらTさんと話していると、蒲田の大会で大活躍だったDさんが到着。そのときのことをいろいろお話しした後、私が指した対局の1つをその場で並べてDさんに見てもらったが、指し手を動かすと瞬間的に「それはダメですね」「それはブランダー」とDさんからダメだしが出る。あまりに早いので本当にダメなのかなと思って一通り検討してみると、確かにダメなのである。なるほど、こう早見えならあの活躍も納得だ。

Dさんと指すことも考えたが、結局は予定通りそこで失礼する。しかし数百メートル歩いたところで、あっと立ち止まった。さっき昼食を喫茶ですませてきたのに、お金を払っていないではないか。無銭飲食である。次回来るときに払ってもいいが、何ヶ月も借りたままにしておくのは気が引ける。踵を返し、雨の中を急いで戻ると、まだ店にはTさんとDさんしかいなかった。Tさんにお金を払い、改めて挨拶して立ち去る。ところが、今度はまたしばらく行ったところで後ろから「斎藤さん!」と呼び止められた。振り返ると、Dさんが走ってくる。お金を払いに戻ったとき、忘れ物をして出てきてしまったのだ。昨日、演奏会の幹事の引き継ぎをした際、今回の幹事をしていたM君から渡された資料一式を置き忘れてきてしまったのである。こんな大事な物を忘れてきたら大変なことになるところだった。持ってきてくれたDさんにひたすらお礼を言う。つくづく、人に助けられて生きている。

大阪ではまだそれほどひどくなかった雨は、広島ではすでに土砂降りになっていた。

今日は演奏会。朝の新幹線で広島を発ち、大阪へ向かった。会場は千里中央。O大に行くときに乗り換えのため何度か降りたが、この駅が目的地だったことは多分初めてだ。それにしても、今日も暑い。

1時から演奏が始まる。自分の出番は第3部の冒頭だ。最初の2部は客席で聴いていたが、みんなよく練習していて感心させられる演奏ばかり。だんだん自分はまともに弾けるのだろうかという不安が頭をもたげてくる。大して緊張していないつもりでいたが、第3部が始まっていざ前に出て行ってピアノの前に座ったら、やっぱり緊張しているのだった。人前で弾くときはいつもこうだ。自分が緊張していることに、弾き始めるその瞬間まで気づかないのである。今日の場合、いすに座ったら腕時計を外してピアノの脇に置くつもりでいたのに、それを忘れて弾き始めてしまった。「あ、外すの忘れた」と思った次の瞬間、簡単なところを間違えてしまう。こういう邪念が入るともうダメである。中盤から少し立て直したように思えたが、後半のヤマ場でやっぱりかなりミスをしてしまった。もちろんミスをするのは仕方がないが、もう少し何とかなったのではないかというのが正直なところだ。五分五分の成績くらいまで行ければという期待で行ったこの間のチェスの大会で、3勝5敗に終わったことを思い出した。まさに今日の演奏も、4勝4敗くらいを期待して3勝5敗に終わったという感じ。全くダメというわけではないが、期待していたところまではいけない。結局、自分は3勝5敗が相場の人間なのかもしれない。

残りの部の演奏もすべて聴き、6時に演奏会は無事終了。新大阪にみんなで移動して7時過ぎから打ち上げをする。ちょうど隣にNさんがいたので、発売されたばかりのゴドフスキーの練習曲集の楽譜についてひとしきり校正の苦労話。また次回は自分が幹事なので、向かいのMさんからは準備段階などでの注意事項などについて聞いた。幹事については滞りなくできるか少々心配だが、まあ何とかなるだろう。

2次会には参加せず、江坂のホテルへ。これで半年に一度のピアノのお祭りは終わり。さて、今日はゆっくり休もう。

蒸し暑い一日

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一昨日あたりからやたらに空気が湿ってじめじめとした天気が続いていたが、今日はそれに加えて太陽が照りつけ、やたらに蒸し暑い一日になった。線形代数学の講義と4年生のセミナーを終え、自室に戻ってくるとたまらず少しだけ冷房をかける。部屋を冷やしたのは今シーズンでは初めてである。5月も下旬、風が心地よい季節はそろそろ終わりのようだ。

帰宅してから少しだけピアノの練習。ちょっと不安な箇所があるのだが、まあもうここまで来たらじたばたしても仕方がない。曲の流れをなるべく止めず、ラフマニノフらしい抒情を出せるように努めよう。

今度の土曜日に出演する演奏会のプログラムが固まったのでここに掲載しておく。場所は大阪、千里中央駅のすぐそばである。関西圏にお住まいで、当日お暇な方は是非。

加古川ピアノ同好会第26回演奏会
2010年5月22日(土) 千里ヤマハホール(ヤマハミュージックサロン千里、千里ライフサイエンスセンタービル内)
12:30 開場 / 13:00 開演 / 18:00 終演予定 (入場無料)

第1部 13:00~
1. 奥村真依子ファジル・サイパガニーニ・ジャズ(縮小編)
2. 岩崎奈央子ベートーヴェンピアノソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情」より第1楽章
3. 向井希実子ドビュッシーベルガマスク組曲より「メヌエット」
バッハフランス組曲第5番BWV816
4. 水澤望ショパンエチュードOp.10-10
マズルカOp.7-3
5. 加川みどりモーツァルトピアノソナタK.570
第2部 14:15~
6. 宮尾幹成松永貴志A Child Is Born (after Thad Jones)
上原ひろみShow City, Show Girl!
7. 佐藤祥子シューベルトピアノソナタ第13番D.664より第2, 3楽章
8. 高橋幸枝 (sop.)武満徹島へ
宮尾幹成 (pf.)恋のかくれんぼ
ワルツ
めぐり逢い
9. 古宮雅子モーツァルトピアノソナタK.281
10. 小笹真砂子ハチャトリアンピアノソナタ第2, 3楽章(1976年改訂版)
第3部 15:40~
11. 斎藤夏雄ラフマニノフ=ワイルドヴォカリーズOp.34-14
12. 笹子真里 (sop.)R.シュトラウス夜Op.10-3
加川みどり (pf.)舟歌Op.17-6
お前の黒髪をぼくの頭上にOp.19-2
あした!Op.27-4
13. 坂田恭子フォーレ舟歌第1番Op.26、第2番Op.41
14. 木坂正史リャードフ3つの小品Op.11より 第1曲「前奏曲」
リャプノフ12の超絶技巧練習曲Op.11より 第10曲「レズギンカ」
第4部 16:45~
15. 坂井祐美子 (vn.)    ブラームス=ヨアヒムハンガリー舞曲第2, 11, 19, 6番
宮尾幹成 (pf.)
16. 高沖秀明フローラン・シュミット壊れた鎖Op.87
17. 水尾晃子バラキレフショパンの2つの前奏曲の主題による即興曲
18. 西村英士カプースチンピアノ・ソナタ第6番Op.62
19. 加藤英雄ストラヴィンスキー「ペトルーシュカからの三楽章」より「ロシアの踊り」
ショパン=ゴドフスキー    小犬のワルツ
バラキレフイスラメイ

午前中、線形代数学を担当している教員で集まって中間試験の打ち合わせをする。出題範囲の確認など一通りすべきことをした後、話は今の学生のことに。学生に質問しても理解してもらえなかったり、学生の答案が日本語として意味をなしていなかったりということは、どの先生も経験されている。この間このブログに書いたことを思い出して、結局数学の力というより国語の力が問題なのでは、というようなことを言ったら、S先生が「そういや、学生に質問したら『僕、国語が分かんないすから』って向こうから言われちゃったことあるよ」。そう宣言されてしまってはどうしようもない。もっとも、国語が分からないと認識しているだけましなのかもしれない。またS先生に指摘されるまでよく認識していなかったが、高校の次期学習指導要領では行列に関する単元は削除されるのだそうだ。今でさえ1年生は行列計算に苦労しているのに、全く知らないで入学してくるとなると果たして今の内容をちゃんと教えられるのか、ちょっと心配である。

火曜日なので午後はH大へ。こちらは微積だが、もうすぐ中間試験ですと告知したからか、今日は講義後にずいぶん質問を受けた。終了後、いつものようにT君と夕飯。先週、彼と入学時のクラスメイトを片っ端から思い出す試みをしたので、今日はその続きとして、数学進学時の同級生を思い出してみる。ところが、これがまた全然出てこない。入学時より幾分現在に近い時期のことなのに、顔ぶれの半分はおろか3分の1もやっとというくらいだ。記憶をたどってみても、目立っていた人のことばかり思い浮かぶのである。まあ考えてみれば、進学したのは15年前のこと。ついこの間というつもりでいたのに、いつの間にかずいぶん昔のことになってしまった。

Godowsky.jpg忘れていたが、昨日はもう一つ書いておくべきことがあった。午前中、将棋番組を見ているときにチャイムが鳴り、何やら配達物が届いたのだ。開けてみると、この間まで多大な時間をつぎ込んで校正にあたったゴドフスキーの楽譜が、ついに完成して送られてきたのである。ショパンのエチュードによる練習曲集、全53曲を上下2巻に収録した大作だ。あのアムランによる序言と解説までついており、この曲集の楽譜としてはこれ以上は考えられない決定版といっても過言ではないと思う。私の名前も編集協力者として奥付に小さく出ている。この記念碑的な楽譜の出版に、わずかとはいえ関われたことは喜ばしい限りである。

この曲集は長い間、不当な評価にさらされてきた。技術を誇示するためにオリジナルを改悪した、卑しむべき曲集という誤ったレッテルが貼られ、楽壇においてはずっと異端扱いされ続けてきたのである。おそらくそれは、ショパンのエチュードというピアノ曲の聖典に手をつけたことに対する嫌悪感と無縁ではないだろう。むろん、ショパンのエチュードはピアノ曲史上に燦然と輝く金字塔である。しかしだからといって、ゴドフスキーのこの曲集を無条件に非難するのはあまりに短絡的であろう。今回出版された楽譜の解説にもあるが、この作品でゴドフスキーが目指したのは単にショパンのエチュードを改良したり発展させたりすることではなく、ピアノの演奏技法や表現の可能性を広げることにあった。ポリフォニーやポリリズムなどの書法を徹底的に追求した本曲集によって、ピアノ曲はまた新しい表現方法を獲得したのである。

4年近く前にも書いたのだが、このゴドフスキーによる練習曲集からお勧めを一つあげるなら、左手独奏のために書かれた第13番だ。元になったショパンのエチュードはOp.10-6である。もの悲しいメロディーを支える、流れるような伴奏がひたすら美しい。単なる技術誇示曲集だと誤解している人にそうでないことを納得してもらうためには、この1曲だけでも十分ではないかと思っている。

日曜日なので、午前中はNHKの将棋番組を見る。解説がダニーこと糸谷哲郎五段だった。先週の解説は片上六段だったし、4月4日に放送された初回は山崎七段で、広島出身の若手が次々解説として登場してくる。それにしても、糸谷五段がもう解説で登場するとは思わなかった。さすがにまだ舌の回りが悪くて、あまり言葉が出てこない様子。番組の冒頭で対局する棋士が抱負を語るのだが、今日の対局者だった若手の大石四段が初々しい感じで質問に答えているのを見て、糸谷五段が「ちょっと緊張していましたね」と言ったのには笑ってしまった。多分日本中で見ていた人のほとんどが、「人のこと言えないだろ」とつっこみを入れたに違いない。

午後は、和室に積み上げてあった段ボールの解体作業から始める。先週届いたシアターラックが入っていた箱で、処理するのが面倒でしばらく放置してあったのだ。それ以外にも、ここ数ヶ月のうちにいくつかのネットショップで買い物をした際の梱包用に使われていた段ボールがだいぶたまってきていたので、この機会にビニール紐で縛って束にまとめる。こうしてみると、何だか結構な勢いで買い物をしてしまっている。クリック数回でことがすんでしまうネットでの買い物は、自制していないとどんどん買ってしまうから危険である。

その後は折紙の紙作りとピアノの練習。紙作りは久しぶりだったこともあってちょっと手間取ってしまい、おまけに曲尺の先を紙にぶつけて小さなキズをつけてしまうという初歩的なミスを犯してしまった。2枚切り出したので、キズのないもう1枚でまず折ることにしよう。ピアノの方は「ヴォカリーズ」の後半部分をひたすら練習。電子ピアノだけだとやはり不安なので、夕方から街中へ出かけ、ピアノスタジオのグランドピアノでさらに1時間弾きこんできた。連休明けくらいの状態に比べれば、だいぶましなところまで来たように思う。本番までにもう少し練習して、ラフマニノフ特有のねちっこい抒情を醸し出せるようにしたい。

少し早めにお昼をすませると、車で河内町(こうちちょう)に向かった。今日は河内にある公共施設で、小学生が集まっているというチェスの会合にお邪魔させてもらうのである。広島側から広島空港に行くときに降りるのが河内ICで、そこからさらに一般道をしばらく走り、家から1時間弱で到着した。この町には初めて来たが、山間のこぢんまりとした町で、まさにのどかという言葉がぴったりのところである。

すでに駐車場には、ファミレスで何度かチェスを指しているHさんの車が止まっていた。少し遅れて、三原からNさんも到着。私を含めたこの3人が今日のゲストである。迎えてくれたのは元気な小学生5人と、引率のHiさん、Kさん。元々はHiさんが8年ほど前に立ち上げた囲碁のクラブが始まりだそうで、数年前には将棋もやりだし、今年からはついにチェスにも進出したとのこと。毎週土曜日にこの河内町の福祉会館に集まっており、Hiさんはさらにそれとは別に小学校や学童保育にも出向いてチェスの集まりを開いているということで、その熱心さには頭が下がった。小学生は三原に見学に来たときは神妙にしていたが、今日は元気いっぱい。対局しながらもあれこれ話したり、じゃれ合ったりしている。チェスの方はまだ利きをうっかりしたり、あるいは明らかに駒が取られそうだと分かっているのに、逃げずに他の手を指してしまったりするので、まだ勝負の形にはなかなかならない。しかし逆に言えば、駒損をしないように少し注意すればたちまち強くなるのではないかと思った。何しろ子供は強くなるのが早い。やられるのも時間の問題だろう。

1時間半くらいやって子供さんがだんだん飽きてきたところで、チェス会はひとまず終了。そこから先はお茶を飲みながらの歓談となったのだが、つくづく感じ入ったのは子供たちがみんな純朴だということだ。わあわあ言いながらふざけあっているのだが、Hiさんに「チェスの先生方に歌を歌ってあげなさい」と言われたら、はにかみながらも一人ずつ大声で歌い始めた。それも「箱根八里」とか「海」とか「村の鍛冶屋」といった文部省唱歌である。都会のませた子供でこういう歌を歌える子がいったいどれだけいるだろうか。いやそれ以前に、地域の一住民が企画するこうした集まりに毎週参加する子もそんなにいないのではないかと思う。こういうのどかな町で育てば、子供たちもこんなふうに素直に育つのだなあと感心してしまった。

やがて子供たちは帰り、三原のNさんと引率のKさんも先に帰られる。残ったHさん、Hiさんと茶を飲みながらしばらく雑談。5時過ぎにおいとました。子供たちとチェスを通じて交流するのはなかなか楽しかったので、来月にもまた行ってみようと思う。

講義とセミナー

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金曜日なので午後から線形代数学の講義。もう6回目で、内容も佳境に入ってきた。終わって自室に戻ると、少しだけ休憩してから今度は4年生のセミナー。今年は群論に関する本を選んでみたのだが、あまり予備知識を必要とせずに読めるので、この選択は正しかったかもしれない。学生さんの間で理解度の差が大きいのが課題だが、学生同士で理解している側が教えようとあれこれ言ってくれるので、結果的にセミナーが活性化するというプラスの面も出ているように思う。

明日は、当初は勤務先の行事に出かけなければいけないことになっていたのだが、うまく行かずにすむことになったので、東広島の方で行われているチェスの集まりに顔を出してみるつもり。3月の中国選手権に見学に来ていた小学生の一団が、定期的に集まってチェスを指しているらしいのである。今から楽しみだ。

今日は比較的早く帰れたので、夕飯をすませた後ピアノの練習をする。もちろんヘッドホンで音を殺しての練習で、苦手な箇所を何度か弾きこんで指に流れを覚えさせた。連休前に比べればだいぶましになったが、まだ追い込みが必要そうだ。数日前に幹事の方から仮決めのプログラムが送られてきたが、自分の出番は4部構成のうち第3部ということになっていた。おそらくこのまま特に大きな変更はないだろう。最終確定したらここにも掲載しようと思う。

ただここへ来て、電子ピアノの調子がまた少し悪くなってきた。以前、ペダルを踏んでいるのに音が途切れてしまうという現象が発生していたことがあったが、またそれがときどき起こるようになってきたのである。そのときはペダルから来ているコードをいろいろいじっているうちに何とか直ってくれたのだが、今回はなかなか調子がよくならない。多分微妙な接触の問題だと思うので、もう少し試行錯誤してみようと思う。

先月から行われていた、AnandとTopalovのチェスのタイトルマッチは、昨日最終戦が行われ、アナンドが劇的な勝利を収めて見事タイトルを防衛した。12番勝負の11局目まで終わった時点でともに2勝2敗7ドローの5.5ポイント、最終局に勝った方がチャンピオンとなるドラマのような展開だったが、最終局のアナンドは黒番でいささか不利な状況だった。それに加えて、開催されているのはトパロフの地元であるブルガリアだし、10局目、11局目はドローになったとはいえ、どちらかといえばトパロフが押し気味の内容だったのである。アナンドがこのタイトルマッチに勝てるとしたら、最終局はドローで何とか切り抜けて、その後のタイブレークの勝負に持ち込むというシナリオが一番可能性がありそうだと思われていただろう。それだけに、最終局を黒番で勝ったというのは何ともドラマティックな幕切れだった。

国内外の反応を見ていると、周りで見ていた人のほとんどすべては、今回の結果を歓迎している。つまり誰も彼もがアナンドが勝ってよかったと喜んでおり、トパロフの敗戦にがっかりしたとコメントしている人はまず見かけない。つまりそれほど、トパロフのヒール役のイメージは染みついてしまっていたのだろう。やはり、5年前の対Kramnik戦でのトイレ騒動(クラムニクが何度もトイレに行くのは不正行為をしているからだとトパロフが言いがかりをつけた事件)で見る人に与えたイメージが悪すぎた。今回、アナンドは初戦をいきなり落として観客をはらはらさせたが、すぐに追いついて逆転。その後追いつかれるもドローで耐えて最終局に黒番で勝つという、勧善懲悪のドラマそのものの筋書きを演じてくれた。賞賛のコメントが増えるのも自然なことであろう。

次のチャンピオンタイトルマッチがいつになるのか分からないが、トパロフは多分もう出てこないのではないかと思う。

火曜日なので、午後からH大に移動。山陽自動車道から見る中国山地の山々もすっかり青くなった。昨日の雨でいっそうみずみずしさを増したようだ。まさに新緑の季節である。

非常勤講師の講義を終えた後、いつものようにT君と合流して夕飯。彼とは大学入学時にクラスが同じで、以来17年以上のつきあいになる。T大では2年生の秋にそれぞれが進学する学科に振り分けられるが、二人とも数学科に進み、さらにそこから数学の大学院に入って勤め先もともに広島と、どういうわけか同じような道を歩んできた。ここまで軌跡が重なる人は他にはいない。

30000.jpg彼と昔話をするうちに、入学時のクラスにいたクラスメイトを片っ端から思い出してみようということになった。当時、二人が在籍したクラスは54人からなり、うち女性は4人だった。その4人の女性の名前はさすがに思い出せたが、残りの男子学生を二人で思い出そうとすると、これが案外出てこない。同じクラスとはいっても話さない人とはまるで交流がなかったから、時間が経つうちにすっかり記憶が風化してしまったようである。結局名前が出てきたのは23人か24人で、全体の半分も思い出せなかった。その後、当時講義を受けた教官の記憶もたどってみたが、これも結構忘れてしまっていた。きっと今講義を受けている学生も、私の名前などたちまち忘れてしまうに違いない。

夕飯をすませ、彼を自宅に送り届けたところで車のメーターを見ると29999の表示。そこからはしばらく車の通りが少ない川沿いの道を走るので、そろそろと動きながらメーターを見ていたら、数百メートル進んだところで30000に変わった。せっかくなのでいったん車を止めて写真を撮っておく。20,000kmに到達したのが一昨年の夏で、1年と10ヶ月弱で1万キロ走ったということになる。5年以上乗っている車の走行距離としては少ない方だと思うが、まあここまで事故もなく来ることができた。地球一周が確か約40,000kmだから、次はそこを目指そう。

外書購読演習

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連休も完全に終わり、今週からはいよいよ「日常」が本格的に始まった。

月曜日は3年生を相手に外書購読演習という時間を受け持っている。今年度から担当することになった科目で、本来受け持つはずだった先生が昨年度末に転出されたために、急にやることになってしまったのである(6月中旬からは他の先生にバトンタッチの予定)。4年生や大学院生になれば論文などを読む機会も増えるから、今のうちから少し専門的な英語を読むことに慣れておいてもらおうという趣旨の演習なのだが、何しろ外国語系科目を教えた経験がないものだから、どうも勝手が分からなくて難しい。読む題材に何を選ぶかもずいぶん悩み、結局暗号理論に使われる数学をやさしく解説した本の一部を使うことにした。純粋な数学を扱うより、まだ学生の興味をひくのではないかと考えたのだ。基本的には指名した学生に数行分を訳してもらい、それについてコメントをしては先に進むということにしているのだが、学生によってはかなり珍妙な「訳」を平然とのたまうので、それだけでこちらが混乱させられてしまう。

今日は、単純にアルファベットをシャッフルしただけの暗号は頻度を解析することによって簡単に解読できることを、実際にある暗号文の解読過程を追うことで説明している部分を読んでいた。最も頻度が高い文字はeであると推測できる、次に頻度の高い文字はt,a,o,n,rのいずれかであろう......などという推論が続き、やっとその文章の全貌が明らかになるところまで来た。

It is now a simple matter to fill in the few remaining letters and put in the appropriate word breaks, capitalization, and punctuation to recover the plaintext:
The writer claimed by a momentary expression, a twitch of a muscle or a glance of an eye, to fathom a man's inmost thoughts. His conclusions were as infallible as so many propositions of Euclid. So startling would his results appear to the uninitiated that until they learned the processes by which he had arrived at them they might well consider him as a necromancer.

暗号化されていたこの文章は、「緋色の研究」でホームズが書いた文献をそうとは知らずにワトスンが読むくだりである。さすがにここはちょっと難しいかもしれないから、まあ少し変な訳になっても仕方がないかなと思いつつ学生を指名した。
「いくつかの残った文字を埋めるために、そして適当な言葉の空白と大文字を入れて、平文を回復するための句読法は、今単純な事柄です」
実際の発言はちょっと違ったかもしれないが、とにかくかなり支離滅裂だったことは確かである。もちろん、その時点で「緋色の研究」の方はあきらめた。これでは何色の研究もできそうにない。

訳した文章の意味が問題なんだからね、意味が分からない日本語にしたって訳したことにならないんだからね、と何度も言うのだけれど、どうもこちらのいう「意味」という言葉の意味が伝わっていないのではないか、と思うときがある。英語というより日本語の問題である。これは数学でも同様で、答案をチェックして「君はこの式をどういう意味で書いたの?」と問うても、その質問の意味をなかなか分かってもらえない。結局のところ、高校までの教育で一番大事な科目は国語なのではないか、という気がしている。

詰備会に参加

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半年に一度行われている詰将棋の会合、詰備会に出席するため、お昼頃の新幹線で岡山に向かった。場所は岡山市民会館。天気もよかったので、路面電車は使わずに駅からぶらぶらと歩いて行く。今日は総勢12名と地方会合としては比較的人数が集まっていた。地元の中学生の子が2人参加しており、ネットを通じてTさんからこの会を紹介されたので来てみたとのこと。話を聞いてみると、将棋は好きだが詰将棋のマニアというわけではなさそうだった。こういうとき、詰将棋の奥深さを手っ取り早く体験してもらうためにいつも私が持ち出すのが、行き詰まり氏作の3手詰「新たなる殺意」である。強い人ほど紛れ筋に陥りやすく、しかもそれが心理的に正解であると思ってしまうように創られており、マジックの真似事をする人間として見ても本当に感心させられる作品だ。何か仕掛けがあるとは見えない簡潔な配置やいかにもそれらしい紛れ筋の手順など、すべてが正解手を見えなくさせる実に巧妙なミスディレクションになっているのである。今日の中学生2人もやはり最初は引っかかってしまっていたようだった。多くの詰将棋マニアが通ってきた道である。

中学生の2人は途中で帰り、残ったメンバーで詰将棋を解き合う。5時に会合が終了すると、駅前に移動して2次会。いつも利用していた店がいつの間にかつぶれてしまっており、そのへんをしばらく探して別の居酒屋に入った。2時間ほど詰将棋話で盛り上がる。7時半頃に散会した。

久しぶりに何の予定もない休日。やはり日が高くなるまでゆっくり寝ていられるのはよい。アラビアータのパスタを食べていると、注文してあったシアターラックが到着。昨年末に新しいテレビを買ったのだが、これまではそれを居間のカーペットに直接置いていたため、やや見下ろすような形になっていた。このラックの上に置くことで、椅子に腰掛けたときの視線とほぼ同じ高さに画面が来ることになる。さらにラックにスピーカーが内蔵されているため、迫力のある音が出るようになった。もっとも、日頃つけていることが多い囲碁将棋チャンネルでは、サブウーファーが活躍するシーンはあまりなさそうではある。

今月は今日以外にゆっくりできる休日があまりなさそうなので、テレビの接続がすんだところで床屋に行って髪を切っておいた。いつも思うのだが、後ろ側の生え際を処理した後、2枚の折りたたまれた鏡を広げて「これでよろしいでしょうか?」と聞くあの儀式において、「いや、ここもうちょっと刈り上げて」と指示する人はどれくらいいるのだろうか?自分などは、極端におかしな形に刈ったのでもない限り、ある程度短くさえしてくれればどうなっていてもいいと思っているので、最初から「はい、いいです」と答えることに決まっている。しかし鏡を開く前からそう言っては失礼だから、広げられた鏡を一応は仔細に眺めるふりを必ず挿入することにしている。もちろん、実際にはほとんど何も見ていない。

それから街中へ出かけ、スタインウェイが弾けるピアノスタジオで1時間ピアノの練習。ここは少々値が張るものの、やはりピアノの弾きやすさは他のスタジオよりははるかに上なので、演奏会前に一度は練習しに来ることにしている。演奏会は今月の22日で、本当ならその直前に弾きたかったのだが、前の週は勤務先の行事にかり出されることになってしまったのだ。まだ譜読みが完全でない箇所が残っているのだが、借りた1時間をいっぱいに使って何度も弾きこんだので、少しは流れがよくなったように思う。とはいえ、本番で弾くにはまだまだ不十分。残された時間は少ないが、何とか間に合わせよう。

ハレからケへ

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丸一日休暇をとってあったので、お昼を実家ですませてからゆっくり家を出た。2時過ぎの新幹線で東京を出る。車内は八割方埋まっていたものの、自分の隣はとうとう広島まで誰も座らず、快適に過ごすことができた。連休を旅行か何かに使うなら、普通は5日を最終日にするか、あるいは今日と明日を休んで9日まで羽を伸ばすかのどちらかで、こんな中途半端な日に移動する人はあまりいないのだろう。

車窓から見る空は、天気がどうやって悪くなっていくかをスクロールで解説されているようだった。東京を出るときに広がっていた広い青空は名古屋あたりから雲に覆われ始め、大阪を過ぎるころには灰色の世界になっていた。雲は岡山では厚さを増し、広島に到着したときは本降りというより土砂降りと形容した方がよいような雨が降っていたのだった。連休中はそれより前のぐずついた天気から一転、ずっと好天に恵まれていたので、この悪天候への回帰は「ハレ」から「ケ」へとまた戻るのだということを象徴的に表しているように思えた。

帰宅後、こちらを離れる前に間違って買ってしまった蛍光灯を持って、もう一度近くのホームセンターへ。事情を説明したら、ラピッドスタート型のものとあっさり交換してくれた。横なぐりの雨の中を戻ると、早速台所の天井にセットする。今度はピカッとついた。連休をまたいでしまったが、これでこの件も解決。さて、明日からは完全にケの日々である。

ゴールデンオープンも最終日。

  相手のレーティング
1. 1281         白番 25手 勝ち
2. 1651         黒番 60手 負け

今日は1勝1敗、トータルでは3勝5敗の3.0ポイントという結果に終わった。一昨年昨年も3.5ポイントだったのでそれより悪かったわけだが、初日が全敗だったことを考えれば、もうこれで十分といわねばならないだろう。スタートダッシュに失敗すると、まともな成績を得るのは難しい。

今日の1局目は、シシリアンドラゴンのユーゴスラブアタックという有名な戦型のある一変化になった。スピード勝負の定跡で、白がキング側から、黒はクイーン側からそれぞれ急戦棒銀よろしく敵陣に殺到する。シャープなラインなので一つ間違えると取り返しがつかなくなるが、今日はこちらが先に敵陣を食い破ることができ、比較的あっさり勝負を決めることができた。どういうわけか、毎年最終日の1局目はいい感じに勝てることが多い。3日目で場の雰囲気に慣れてきていること、朝の対局でまだ疲れていないことなど、いろいろ好条件が重なっているからかもしれない。これで3.0ポイントとなり、どうにか格好はついた。

いよいよ最終局、ポイントの上積みを期待するも、対戦表を見に行ってがっくり。チェスオリンピアードの女子代表にも選ばれたIさんを相手に黒番。そんな実力者にかなうわけがないではないか。今大会の8局のうち、これで黒番は5局目である。最終戦だけは白番と黒番の調整をしないで組み合わせを決めるということなのでたまたまそうなったわけだが、こういうときに本当に黒ばかり当たる。今日の2局で公式戦は58局になったが、内訳は白が23局、黒が35局と差は開く一方だ。ともあれ、玉砕を覚悟で臨んだ。まあこの相手なら負けてもともとだから、その意味では気楽ではある。

さてその対局、思っていたよりはずっとまともな内容になった。局後の検討によれば、中盤の入口ですでにこちらがまずい手を指しており、それを的確にとがめられていたらあっという間に試合終了になっていただろう。しかし向こうも決め手はところどころ逃していたようで、やがてQを交換して局面が少しすっきりしたところではほぼ互角の形勢になっていた。ここでちょっとうまい手があって相手のPを1個落とすことに成功し、初めてこちらが有利な形勢になる。さらにPがもう1つ、取れそうな状態になっていた。どう見ても白がそのPを助けることはできない。よし、これも落として2Pアップになれば......。持ち時間がかなり少なくなってきていたので、その2つ目のPを数秒の考慮の後に取ってしまった。次の瞬間、簡単な技をかけられ、Bと引き替えにこちらのRとPを取られてしまう。チャンスはかくして消えてしまった。あとは何とか紛れを求めて必死で粘るも、最後は持ち時間がなくなって負け。相手も持ち時間は1分あるかないかで、約3時間の熱戦だった。結局は順当な結果に落ち着いたわけだが、当初の予想よりはずっと善戦できたので、まあこれで負けなら仕方がないと思う。初日の2局目にしろ本局にしろ、強豪相手にいいところまで行っても、肝心なところでどうしてもうっかりした手を指す。「惜しかった」ともいえるが、そういう局面で間違えないかどうかが、強い人との差なのだろう。

今年のゴールデンオープンも何とか終わった。休暇が取れたので、広島には明日ゆっくり戻る予定。2週間後に演奏会があるから、これからしばらくはピアノ優先の生活だ。

ゴールデンオープン二日目。昨日の結果を受け、せめて半ポイントだけでも、という悲壮な決意を胸に臨んだ。

  相手のレーティング
1. 1139         白番 35手 勝ち
2. 1513         黒番 54手 勝ち
3. 1465         黒番 37手 負け

2勝1敗ということで、何とか両目を開けることができた。1局目は向こうのミスに乗じて少しずつ差を広げていくことができて勝ち。優勢だと思っているとすぐ大逆転されるので、この対局でもいつ手痛いしっぺ返しを受けるかと内心ひやひやしながら指していたから、相手が投了したときには心底ホッとした。全敗の可能性が消え、少し落ち着いた気分で午後の2局目に臨む。これまでの対局とは逆に、中盤まではこちらが少し悪いくらいだったと思うのだが、いろいろ折衝しているうちにこちらがa列とb列に連結パスポーン、相手がc列とd列に連結パスポーンを持ち、それをそれぞれBと2Rで支えながら受けるという展開になる。ここで何とかうまく立ち回って敵のパスポーンをつぶすことに成功し、こちらもPの片方を失ったものの、もう1つが決定的に生きる形になって勝つことができた。ここまでではこの対局が一番よいできだったかもしれない。これで2勝目となり、かなり気分的にも楽になった。3局目、あわよくば3連勝をと期待したが、前局とは対照的にこちらはあまりいいところがなかった。中盤に入りかけのところで不用意な手を指したため、たちまち技をかけられてしまったのだ。以後はひたすら粘ったが、受けた傷を修復するのは難しく、残念ながら負け。うまく指せばドローにできるチャンスはあったかもしれなかったが、少ない残り時間ではよく分からなかった。まあ昨日のことを考えれば、2勝できただけでも十分だ。明日はこれに少しでもポイントを上積みできるべく頑張ろう。

終了後、他のプレイヤー数人と蒲田駅近くで夕飯。9時半頃散会した。

さて、今日からゴールデンオープンだが......。

  相手のレーティング
1. 1377         黒番 43手 負け
2. 1911         白番 33手 負け
3. 1462         黒番 47手 負け

ああ......。全部負けてしまった。

1局目は中盤でこちらがピースアップになったのに、狭いところに押し込められて圧力をかけられ、もがいているうちに取り戻されてしまった。完全に駒割がイーブンになり、少々がっくり来たところで手拍子に悪手を指してしまう。そのせいで逆に向こうにパスポーンを作られてしまい、以下、それを延ばされて負け。2局目は強敵が相手だったが、実はこの対局が一番自分としてはうまく指せた。攻めが決まり、本当にもう一手正しい手を指せば、相手を受けなしに追い込むことができたのだ。しかしそこでまた悪手を指してしまい、受けきられてしまった。すでに駒を捨てて決めに出ていたので、いったん局面が落ち着いてしまえばもうこちらに勝ち目はない。格上に勝てる滅多にない機会だったのに、何とももったいないことをした。そして3局目、非常にクローズドな局面になり、じりじりと駒を組み替える難しい戦いになる。一度隙を見つけてうまく入り込んだのに、またまたそこで指すべき大事な手を指せず、たちまち不利な局面になった。あきらめきれずに粘ってみたが、最後は心身ともに疲れ果てて投了。他の対局はすべて終わっていた。

3局とも、ある段階では有利になっているのだが、必ずそこから逆転されてしまう。棋力もないが、気力も中終盤になると切れてくるようで、どうしても何か見落としをするのである。ゴールデンオープンの3日間コースに参加するのは3回目だが、一昨年は初日が2勝1敗、かなり調子が悪かった去年の初日でも2敗1ドローで、全部負けたというのは初めてだ。昨日「全敗したところで命を取られるわけでもない」と書いたが、さすがにゼロポイントというのは避けたい。明日からの5局で半ポイントだけでもいいからあげられたらと思うのだが、今年は強い人ばかりエントリーしているようだし、今日のような優勢な対局でも勝ちきれないのでは、正直言って全く自信はない。

blunder.png恥を忍んで今日の2局目を紹介。クイーンサイドから攻め込み、最後の一押しというところまで来たところである。ここで27.cxd7とBを取れば、黒はどうあがいてもメイトされるかQを捨てるかせざるを得ない。この一手で投了してもおかしくない状況である。ところが、根を詰めて必死に考え続けてやっとここまで来たのに、「とりあえず一本チェックを入れておいて......」などという邪念がふと浮かび、それを実行してしまった。
27.Rf8+?? Bc8!
取れるはずだったBに逃げられ、大逆転である。どういうわけかRで合駒されることばかり考えていた。「次の一手」として出題されたらさすがに正解できるだろうが、悲しいかな、実戦ではこんなのも見えないのである。敵陣に殺到していい具合に追い詰めながら、大悪手を指して一発大逆転という対局はこれまでにも何度かあった。まあこのへんが自分の限界なのだろう。

秋葉原へ

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明日から対局なので前日くらいは時間をかけて準備しようかとも思ったが、試験前日にヤマを張ってもほとんど意味がないことは、過去の自分の経験がすでに証明している。全敗したところで命を取られるわけでもないのだから、明日は明日のこととして楽しめばよい。そんな気分になってきて、結局今日は大した勉強はほとんど何もしなかった。まあ過去の自分の対局の棋譜を一通り見返したくらい。同じラインに入ったとき、また前と同じ手を指して不利になるのでは進歩がないから、せめて「今度こうなったらここではこう指そう」ということだけ決めておく。どうせその先でまた間違えるに決まっているが、棋力のない人間はこういうことを積み重ねていくしかない。

夕方から親と秋葉原へ。連休中ということで東京は普段よりは若干人が少ないように感じられた。秋葉原は実家から1時間もかからずに行けるので子供のころから何度となく足を運んでいるが、駅も店も行き交う人も、ありとあらゆるものがあのころからずいぶんと変わってしまった。秋葉原というと、すれ違うのがやっとというような狭い路地の両脇に、海のものとも山のものともつかぬ怪しげなパーツを売っていた小さい店たちが並んでいる様子がまず思い浮かんだものだ。しかし今ではそういう光景はかなり少なくなったように思う。なじみがあった老舗の量販店も、きっとかなり経営が厳しいのだろう、いつの間にか店舗が少なくなっていた。よく知っている店たちが消えていくのは少々さびしいが、これも時代の流れだから仕方がない。おそらく次にここを訪れるときには、きっとまた何かが変わっていることだろう。

切れた蛍光灯

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3日から蒲田でチェスを指すことにしているので、今日はお昼を家ですませてから実家に移動。5連休の初日ということで新幹線は混雑しているかもしれないと思っていたが、それほど大したことはなかった。一番混んでいたのは新大阪から名古屋くらいまでだっただろうか。名古屋から先は隣に誰も座らず、比較的快適に過ごすことができた。車内ではノートPCをつけてチェスの棋譜を動かしていたが、すぐ眠くなってきてうとうとしてしまう。こんなことでまともな対局ができるとは到底思えない。

家をもうすぐ出ようというとき、台所の蛍光灯が突然切れてしまった。チカチカと明滅を繰り返している。さらにトイレットペーパーも切れるという重大案件も発生。これは家を出る前に解決しておいた方がいいと思い立ち、食後のコーヒーを飲んだ後、近くのホームセンターに出かけて蛍光灯とトイレットペーパーを買ってくる。後者の方はもちろん解決したが、蛍光灯の方は取り付けてみたものの一向に点灯する気配がない。そこで調べてみて初めて分かったが、蛍光灯にもスターター型、ラピッドスタート型、インバータ型などいろいろタイプがあって、間違ったタイプを取り付けても点かないことがあるようなのである。ラピッドスタート型を買ってこなければいけなかったのに、スターター型を買ってきてしまったらしい。もう時間がなかったので仕方なくそのままにして家を出てきた。今日買ったものは無駄になってしまうが、やむを得ない、帰宅してから改めて買い直そう。

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