2010年7月アーカイブ

土曜日なので日が高くなるまでゆっくり寝ていた。先週も先々週も週末は出かけなければいけなかったから、のんびりしていられるのは久しぶりだ。昼飯をすませて一服した後、昨日の期末試験の採点にとりかかる。明日からまた出張だから今日のうちになるべく進めておきたいというつもりだったが、いざ始めてみたらこれが予想以上に時間のかかるものだった。行列式の計算ではかなりの人が間違った答えを出している。少しでも部分点を出すために、計算を追っていってどこでミスしているかを調べなければならないのだが、これが大変。どんどん面倒な方向に行列式を変形していく学生さんも少なくない。まあ全国の先生がみんなやっていることではあるのだが、判読も難しい計算の羅列をひたすら読んでいくのは、かなり消耗する作業である。結局、午後の時間をほとんど費やしたのに半分も終わらなかった。残された時間で何とか頑張るしかない。

夜はまたウォーキング。今週に入って三回目だ。前回まではほとんど人に出会うこともなかったが、今日は浴衣姿の家族連れと何度かすれ違った。どうも近くの小学校で夏祭りが行われていたようで、そばを通ったら屋台の呼び声やバンドの演奏などが賑やかに聞こえてきた。夏真っ盛りの土曜日、きっと全国各地で同じような光景が見られたことだろう。

1時から線形代数学の期末試験。今週三つ目の期末試験で、自分が関わる分はこれが最後である。特に大きな混乱もなく終了。部屋に戻って各問ごとに答案用紙をまとめた後、他の二人の先生と合流して受け渡しをする。思っていたよりずっとできが悪そうだということで、三人とも嘆くことしきりであった。その後は火曜日に行った試験の採点をし、どうにかだいたい終わらせる。これであとは今日の試験の分を採点すればいいだけだが、来週はずっと出張しなければならないので、実はあまり時間はない。明日なるべく進めておいた方がいいだろう。

帰宅後、またウォーキングに出かけようと思っていたのだが、今日は将棋の王座戦の挑戦者決定戦をやっていて、その中継を見ていたら行きそびれてしまった。結果は藤井九段が深浦王位に勝って久しぶりにタイトル戦への登場を決めた。今年の王座戦も面白くなりそうだ。

最近、勤務先に行っても座って作業しているだけのことが多く、少々運動不足になっていた。寒い時期なら土日に軽くジョギングしてくるところだが、この猛暑の中で走ったら倒れてしまいかねない。そのうえ、このところは週末になるたびに東京に出かけることが多く、運動などする余裕もなかった。そこで思い立って、今週から夜にウォーキングを始めてみた。小一時間ほどかけて、早足で家の周りを大きくぐるっと回ってくるのである。歩くだけなら大したことがなさそうだが、うちの周辺は坂道だらけなので、すたすたとスピードを落とさずに登っていくのは結構な運動になる。特に延々と登り続ける最後の10分がなかなかきつく、帰ってくると全身汗びっしょりだ。しかしそのまますぐシャワーを浴びてしまえば、さっぱりできてなかなかよい。

初めて行ったのが今週の月曜日で、当初は毎日か一日おきには実行するつもりだった。しかし想像以上に足にきてしまい、火曜日は筋肉痛が残っていたため自重。さらに昨日は小雨がぱらついていたのでまた延期し、今日は3日ぶりに歩いてきた。来月に多分人間ドックに行くことになると思うので、少なくともそのころまでは続けていきたいと思う。

事務方の説明会、4年生のセミナー、故障した端末の修理に関して業者との交渉と、今日もいろいろあった。合間合間に採点作業をするが、あまり進まず。明日は今日よりは自分の時間がとれると思う。

帰宅後、作成中の折紙をいじっていた。今月中頃までは順調に折り進めていたのだが、実はその後折図とどうも違っている部分があることが分かり、そこで作成がストップしてしまった。こうなると、どこで間違ったのかを探し当てるのは困難だ。しばらくはああでもないこうでもないといじくり回していたが、沈め折りをしたり戻したりということを繰り返していると、どんどん紙がダメージを受けていってしまう。そこで手遅れにならないうちにいったん全部広げてしまい、また最初から折り直すことにした。すでに折り目はついているから、初めて折ったときより時間は短縮できる。しかしそうはいっても面倒な工程が多く、元のステップにたどり着くまでにずいぶん時間がかかった。そして今日、もう一度懸案の箇所にトライしてみて、今度はようやく先に進むことができたのである。分かってみれば、実はわざわざ最初まで戻すほどのことはなく、ちょっと頭を使えばいいだけのことだった。こんな簡単な折りまとめに気づかないとは、まだまだ未熟というしかない。だいぶ時間をロスしてしまったが、気を取り直して先へ進もう。

朝早くから会議が二つ。お昼近くにやっとそれが終わった。午後は昨日行った期末試験の採点。かなりできが悪く、どうしたものか悩ましい。3時近くになってからH大に移動する。余裕を持って着けるはずだったが、広島東ICのあたりで急に車の流れが悪くなり、やがて止まってしまう。普段は混雑するはずのないところだ。いったい何が起きたのかと思ったら、道路工事のため左車線を封鎖していたのが原因だった。幸いその工事区間を過ぎた後はまた流れ出したので時間のロスは10分程度ですんだが、大事な期末試験に遅れたらどうしようと一時は気が気でなかった。

試験は大きなトラブルもなく、予定通りに実施する。そんなに難しくなく作ったつもりだったが、試験中に見て回った感じでは、どうも思っていたより苦しんでいた様子。試験後には「何か救済措置はないんですか」と早くも聞かれてしまった。終了後は、いつものようにT君と合流。夕飯をともにした後、彼を自宅に送り届けてから帰宅した。今年度の非常勤講師は、豪雨に遭ったり、講義ノートを忘れたり、渋滞に巻き込まれたりといろいろあって大変だったが、何とか終えて一安心。あとは採点だけだ。今週はさらにもう一つ期末試験が金曜日に控えているので、それまでになるべく終えておきたい。

更衣室での会話

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今週は期末試験週間。食堂に行ったら、いつもならまだがらがらのはずの時間にもう席がほとんど埋まっていた。昔に比べると学生は講義に出るようになったと言われる(もちろん出ているだけで聴いているわけではない)が、そうはいってもやはり全員しっかり出席しているわけではないようだ。午後に外書講読演習の期末試験があり、試験監督を引き受けてくれていた先生から終了後に答案用紙を受け取る。パラパラと見ていってちょっとまずいことになったと思った。ほとんどの人が八割方できる問題を出したつもりだったのい、どうもほとんどの人が八割方できない問題になってしまっていたようだ。これくらいならできるだろう、というある種のカンが数学であればある程度はたらくのだが、やはり慣れないとその加減が難しい。

昨日、披露宴がお開きになったあとのこと。男性陣は一斉に礼服を脱いで涼しい格好になろうとしたので、更衣室は混雑していた。奥に並んだ二つの個室スペースが使用中で、私も含めた残りの人は、手前のロッカーがある空間でさっさと着替えを始めていた。
「あなたがたは、数学の方?」
話しかけてきたのは、新婦側の関係者として出席されていた医学系の先生である。
「はい、そうです」
「いやあ、僕なんかね、数学苦手だったから、もう尊敬ね、いや畏敬の念をね、抱きますよ」
「いえいえ、全然そんな」
「あれもう、よく分からんのですけども、数学ってのは何をやっているんですか。明らかになっていないことがあるわけですか」
「えーと、いやもう、明らかになっていないことばっかりなんですよ。我々も分からないことだらけで......」
「それで、現実の世界が分かるっていうわけなんですか」
「いや、現実っていうか、ええと......」
そこへ右の更衣室のカーテンがさっと開いて、着替えが終わったK先生が登場した。
K「何というか、我々はまだ分かっていないことに対して、こうでないかなと予想を立ててですね......」
「いやあ何か、現実を分かることができるわけなんですかね」
K「いや現実というかですね、うーん、何をやっているかを説明すると、それで一年かかっちゃうような話で......」
そこへ左の更衣室のカーテンがさっと開いて、着替えが終わったS先生が登場した。
S「いやあのあのあの、Kさんに補足しますとね、補足しますとね、現実に応用があるかどうかということではなくてもね、何百年後に応用があったということが分かったり、あの、したりしますからね」
「アインシュタインのあれとかは、相対線理論ですか、あの、あれでノーベル賞取ってね......」
K「いやいや、アインシュタインがノーベル賞もらったのは光量子じゃないですか」
「アインシュタインは二度もらったんじゃないですか、相対性理論で」
K「いやいや、一度ですよ、一度。光をぶつけるやつで」
S「そうそう、相対性理論ではもらってないですよ。補足しますとね」
「いやあ、確か相対性理論で二回もらったって」
K「もらってないですもらってないです。二回もらったのはキュリーかな。アインシュタインは光量子の一回。うん、そうなんです」
話の細部は全く覚えていないのだが、とにかく最初は数学とはどういう学問なのかという話だったのが、いつの間にか最後はアインシュタインは相対性理論ではノーベル賞をもらっていないという話に変わっていた。途中からは三人の高名な先生方の会話を聞いているだけになってしまったが、K先生もS先生もどう言ったものかと苦慮しているようだった。違う世界で生きている方に、数学の研究とはどんなものかを説明するのがいかに困難かを、あらためて痛感する。正確さや厳密さを多少犠牲にして、だいたいどんなものかをおおざっぱに伝えるということが、数学はきわめて難しい。しかしこんなふうに、そういう説明を求められるということは往々にしてある。そのときに何をどう語るかは、普段から考えておいた方がいいように思う。

11時から始まる後輩の結婚式と披露宴に出席するため、9時半少し前に実家を出た。外は今日も凄まじい暑さ。最初から礼服を着ていったら、バス停に行くだけで汗だくになることは目に見えていた。かといって、完全にラフな格好で行ったら、着いてから着替えている時間があるかどうか。迷ったあげく、ネクタイと上着だけは現地で装着するという方針で行くことにした。会場は田町駅から徒歩15分くらいのところだが、今日はもちろんタクシー。10時半前に無事到着した。

式は予定通り11時から。終わって控え室でしばらく待機しているときに会場のスタッフに呼ばれ、ピアノを少し試し弾きさせてもらう。さわってみて高音部があまり音が出ないということが分かった。これは旋律をかなり響かせるよう意識しないと伴奏に埋没してしまうかもしれない。右手を響かせて、と自分に言い聞かせて控え室に戻った。

その後まもなく披露宴が始まる。まず冒頭で庭に出て乾杯をするという儀式があったのだが、これがちょっと大変だった。もちろん、暑いのである。ネクタイで首を絞めているときには、あのギラギラした太陽の下には長時間いない方がよい。乾杯の音頭を取るW先生の挨拶が、室内で行う形に急遽変更されて本当によかった。その後は順調にプログラムは進行し、新郎新婦がお色直しで再入場した後、いよいよ出番が回ってきた。

結論から言えば、がっくりするような悪いできではなかったが、できればもう少しましな演奏にしたかった、というのが正直なところ。曲の流れを切らさずに弾き通すという最低限の目標はクリアしたのでその点はよかったが、大事なところをずいぶんミスしてしまい、この曲の美しさが伝わらなかったように思う。何しろ弾き始めてから、自分があまりに緊張しているのにびっくりしてしまった。演奏会で弾くときより明らかにカチカチになっている。後半の大事なところにさしかかったときには、足が痙攣でもしているようにぶるぶる震えてしまっていた。あんなことは演奏会で弾いているときはまず起きない。こんなに緊張したのは、去年の秋にM先生の還暦祝賀パーティーで演奏したときくらいか。あのときもひどくかたくなってしまってあまりうまく弾けなかった。共通しているのは、すぐ近くから視線を浴びせられる状況でアップライトピアノを演奏したということで、これは自分にとっては相当厳しいシチュエーションのようだ。舞台のように段差によって自分と周囲が分け隔てられていると、例え観客がいても、うまくいけば一時的にその存在を消し去って自分一人の世界に没入することができる。しかし今日のような状況は、周りとあまりに連続的につながっているように感じられて、演奏だけに集中するのは難しい。さらに弾いていると視界の端にカメラマンが入ってきたりして、どうしてもそちらに気を取られてしまうのだ。何かが視界に入ってきた、と一瞬思うだけで、もう心は乱れているのである。もっとも、そんなことで雑念が入ってきているというのは、つまり己が未熟であるということなのだろう。できる人というのは、どういう状況であれ、すべての気を集中させることができる。一時的に周りを殺せるのだ。これはどうも、自分にはなかなかできそうもない。

演奏が終わって席に戻った後、それまで抑えていた熱が一気に吹き出したようで、ものすごい量の汗をかいてしまった。その汗がやっと引くころに披露宴もお開きとなり、新郎新婦に挨拶をして会場を後にする。出席していたN君と二人でタクシーに乗り、田町駅の喫茶店でしばらく歓談。夕方に品川駅で別れ、そのまま帰路に就いた。

広島に9時頃着き、横川駅からまたタクシーに乗る。家のあたりまで近づいたら、何やらすごい人出。車も路肩にびっしり止まっている。うちの近くのサッカー場でJリーグの試合でもあったのかなと最初は思ったが、それでも説明がつかないほどの尋常ではない混雑だ。いつもと違うところでタクシーを降ろしてもらい、両手に荷物を抱えながら人と車の間を抜けてどうにか自宅にたどり着く。あとで分かったが、どうやらEXILEのコンサートをサッカー場でやっていたらしい。全く、よくまああれだけ集まるものだ。巻き込まれたタクシーの運転手が少々気の毒になった。

実家に移動

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惰眠を貪り、起きたときには10時をとうに回っていた。午前中のうちに床屋に行く。さっぱりしたところでパスタをゆでてお昼。食後にアイスコーヒーを一杯。

落ち着いたところで荷物をまとめて家を出た。2時ちょうどのバスに乗って15分後に横川駅に着き、22分の電車に乗って広島駅に移動すれば、44分発の新幹線に相当な余裕を持って間に合う......というのが事前の計画だった。ところが、途中の停留所で高校生とおぼしき一団がわらわら乗り込んできた影響でバスがだいぶ遅れ、22分の電車には間に合わなかった。まだ時間は十分ある、とそのときまでは落ち着き払っていたが、時刻表を見て16分も待たなければいけないと分かって青ざめる。これでは広島駅での乗り換えに1分ちょっとしかない。どういうわけか、このところ電車に乗るといつもこういう目に遭う。どの電車に乗って何分かけて乗り換えて......とあらかじめ綿密に予定を立てておくのだが、必ずといっていいほど思わぬ事態が発生する。それで結局最後は、乗るか乗れないかは己の脚力で決まる、というような状況に追い込まれるのだ。暑い中をホームに突っ立っていなければならないのはいやだったから、今日も広島駅に着くなり大慌てで新幹線ホームへ走った。幸い、ギリギリ間に合ったのだが、乗って5分くらいは息が切れて座席で動くことができなかった。走りたくないから事前に予定を決めているのに、なぜか毎回全速力。よほど日頃の行いが悪いらしい。

その後は特に大きなトラブルはなし。車内はがらがらで、隣の座席にバッグを置いてゆっくりポーンのエンドゲームを考えることができた。実家の最寄り駅に着いたのは7時半過ぎ。駅構内にある文房具屋でのし袋を買い、8時過ぎに実家にたどり着いた。

ピアノの練習

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来週の期末試験週間の準備を進め、一段落したところでI先生の研究室にちょっとお邪魔する。こちらの研究室に電子ピアノが入っていることはこの春に訪れたときに知っていたので、少し弾かせてもらおうというわけだ。電子ピアノが置いてある隣の部屋を開けてもらい、明後日に向けて何度か通して練習する。この電子ピアノは自宅にあるものよりさらにタッチが軽く、本番で弾くアップライトピアノとは感触がかなり違うと思われるが、ここまで来たらそういう細かいことより、とにかく楽譜をド忘れして立ち往生しないことが第一だ。おめでたい場での余興だから、だいたいそれっぽく聞こえてくれればまあ十分だろう。

帰宅後、礼服を一通りチェックしてガーメントバッグに詰める。明日は先週に引き続き東京に移動の予定。

先日、ホームページに折紙のギャラリーページを追加したが、それに加えてチェスのページも作ってみた。数年前に比べるとチェスにかける時間が増えてきており、これも一つのコンテンツとして整備しておこうと思った次第。とはいえ、これまでの公式戦の成績とヘルプメイトの紹介をごくごく簡単に載せただけで、まだあまり内容はない。いずれ時間のあるときに少しずつ加筆していきたいと思う。お暇な方はどうぞ(ブログに直接来訪している場合は、いったんトップページに回っていただきたい)。

しかし公式戦の対局記録をあらためて眺めてみると、我ながらよく負けているものだと思う。59局指して22勝27敗10引き分けである。ただ、どういうわけか対局に行くとやたらに黒番をやらされることが多く、白番24局に対して黒番35局と11局も差がついている。今年のゴールデンオープンでも白番3局に黒番5局だった。成績を白黒別に見ると白番では12勝7敗5ドローと勝ち越しているから、もし白番と黒番が同じくらいだったなら、勝ち負けももう少し拮抗していたのでは、と思わなくもない。

東京へ行っていた間に広島も梅雨が明けていた。朝からギラギラと容赦ない光が照りつける。これからしばらくは、駐車場に止めた車に乗りこむたび、凄まじい熱気に耐えなければいけないことになりそうだ。

火曜日なので午後からH大に移動。先週は講義ノートを忘れて大変な目に遭ったので、出かけるときは何度も持ち物を確認する。何しろ今月に入ってから、忘れ物をしたり勘違いをしていたりといううっかりミスがやたらに多い。忘れ物をしていないのにしたと勘違いして慌てる、なんて合わせ技までやったりしていて、ここまで来ると本当にボケてきているのかと思いたくなってしまう。

今日は期末試験前の最後の講義の日で、演習の時間に充てた。まず時間の前半で問題をいくつか解いてもらい、残りの時間でその解説。そして最後の5分で、リクエストされていたマジックをする。こうやってマジックをしたことが先輩から後輩に情報として伝わり、翌年の中間試験の答案にリクエストがあってそれに応じる、というサイクルをもう何年も繰り返している。ただ今日は演習問題の解説に手間取ったために思っていたほど時間が余らず、マジックの方は少々あっさり演じてしまったので、インパクトが薄かったかもしれない。本当は去年とは少し違う演出を入れようかとも思っていたのだが、時間的に余裕がなさそうで見送ってしまった。もしかしたらこれでサイクルも途切れてしまうだろうか。

終了後、いつものようにT君と合流して夕飯。彼を自宅まで送り届けた後、帰路に就いた。

広島に帰る

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お昼をすませてから実家を出発し、3時過ぎに東京を出る新幹線に乗って広島に帰ってきた。最初は座席がちょうど埋まる程度の混み具合だったのだが、名古屋、京都と進むにつれ立ち客が増えていき、新大阪では通路がすっかりふさがってしまうほどの混雑ぶり。やはり三連休最終日だけのことはある。昨日受けた刺激が消えないうちにと思い、車内ではパソコン上で駒を動かして詰将棋の素材作りをしていたのだが、脈がありそうなものが全然出てこない。これはいけそう、というものがいくつかできて、初めてその中の一つがうまくいくかもしれない、というのが詰将棋創作だ。その手前の段階で止まっているようでは、先は長い。

この連休はいろいろあって疲れたが、それなりの充実感はあった。さて、明日からはいつもの日々。モードを切り替えよう。

研究集会二日目。今日も東京は暑い。午前中の2つの講演が終わるのは12時半のはずだったが、終わり次第大急ぎで行かなければいけないところがあって......という話をしていたら、主催者のK先生が「じゃ、15分早めようか」。参加者が少なかったこともあって、あっさり最後の講演が15分繰り上がることになった。詰将棋全国大会に行くんですとは言わなかったが、詰将棋が理由で研究集会の時間を変更してもらった人は多分初めてだろう。

そんなわけで十分余裕を持って会場に着けるはずだったが、予定外のことが起きた。八王子で横浜線の快速に乗り換えるのに3分の余裕があるはずだったのに、中央線の快速が2分少々遅れたため、ギリギリ間に合わなかったのである。次の横浜線が出るのは10分後。しかも今度は各駅停車だったから、町田に到着したのは結局予定より15分も遅れてしまった。炎天下の中、ハアハア言いながら早足で歩いて2時の大会開始時間に何とか間に合ったものの、全身汗だくである。始まる前からくたくたになってしまった。

全国大会は看寿賞授賞式や10回参加者表彰などのあと、いくつかアトラクションも行われた。興味深かったのは、やはり詰将棋の第一人者たちによる解答競争。プロ棋士からM五段とK七段、アマチュアからはWさんとTさんという顔ぶれで、まさに頂上決戦である。1手詰から15手詰までの8問を順番に早解きしていくのだが、終わりから2つ目に置かれていた13手詰が難問で、ここで4人とも足が止まる。結局M五段が一歩抜け出して逃げ切る形になった。なかなか面白い企画だった。

大会が5時過ぎに終わった後、駅近くのホテルにみんなで移動して立食パーティー形式の懇親会。1年に一回、この場でしか会わない人も多く、あちこち移動して話しているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。毎年、ここへ来て詰将棋界のビッグネームたちと言葉を交わすたびに、刺激を受ける。今はとにかく忙しく、創作の時間はなかなかとれそうにないが、何とか意欲は持ち続けていたい。

8時半過ぎに懇親会は終了。2次会は失礼して実家に向かった。

講演終了

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昨夜は遅くまで一夜漬けの準備をしていたため、今朝は起きるのがつらかった。9時過ぎにホテルを出発し、H大に向かう。今日のトップバッターだったので、会場に着いてすぐ10時から講演。今回は久しぶりに黒板講演をしてみたが、あまり黒板が大きくないこともあり、面倒な計算を書き連ねてはすぐ消し、また書き殴ってはすぐ消しの繰り返しになってしまった。あれでは聴いている人も退屈したのではないか。お世辞にもいい講演とはいえなかったと思うが、場が紛糾するようなこともなく無難に終わったのだからよしとしよう。

もう一つ講演があった後お昼休みに入り、近くの食堂でN大のKさんたちと昼飯。午後も講演は二つで、5時に今日の日程が終了した。主催したK先生と講演者を中心に9人で吉祥寺の居酒屋に移動して懇親会。いろいろと面白い話も聞けた。9時過ぎに散会してホテルに戻る。まずは一仕事終わってホッとした。明日はお昼過ぎに研究集会が終わり次第、町田に回って詰将棋全国大会に出る予定。

東京に移動

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このところ雨続きだったが、今日は久しぶりに青空が雲間から覗いていた。勤務先から直接東京に向かうため、車は出さずにバスで大学へ。バス停を降り、大学まで300メートルくらい坂道を登っただけで汗だくになった。今日は月曜日の授業を行うことになっているため、午後は1時から今週二度目の大学院の講義。前回レポート課題を間違って出していたことに気づいたため、その訂正をしてもう一度解いてもらうことにする。少し早めに終わらせて部屋に戻り、荷物をまとめるとそのままバスで駅に向かった。

新幹線の中ではまた泥縄で明日の講演の準備。こんなふうに直前に慌てて作業をするのは好きではないのだが、やむを得ない。昨年末と同じ吉祥寺のホテルに9時頃入る。当初話そうと思っていたネタがうまくまとまらず、結局以前の講演の焼き直しをせざるを得ないことになってしまった。気が引けるが仕方がない。

近年は将棋やチェスのメジャーな対局は決まってネット中継されるようになり、我々は自宅にいながらにして名局の生まれる瞬間に立ち会えるようになった。しかし大部分の人間にとっては、盤面を見ているだけでは、現在の形勢はどちらが有利なのか、今指された手の意味は何か、というようなことはなかなか分からない。そこで解説というものが必要になるわけだが、終盤に絶妙手が指されたとしても、その手の素晴らしさを瞬時に伝えるのはかなり難しい仕事である。「先手玉はと金入って、同銀同龍で精算して、銀打って桂跳ねて、以下こうこうという手順で詰みなんですが、今の角打ちでこの詰めろが消えた一方、後手玉に飛車を切って金を打つ詰めろが生じているんです。つまり詰めろ逃れの詰めろになっているんですよ」と、どうしても手の意味を細かく説明しなければならない。もちろんファンにとってはそれがたまらないわけだが、理解するためにはどうしてもある程度の棋力が必要だ。先日まで行われていたワールドカップのように、誰が見ても興奮するというわけにはいかない。

チェスの対局にサッカーのような実況がついたらさぞかしシュールだろうと思っていたら、まさにそんなシチュエーションを再現している動画を見つけた。保険会社のCMらしい。なかなか面白いのだが、「ゴォーーール!!!」と絶叫するのだったらクイーンを捨てる絶妙手か何かの瞬間にしてほしかった気もする。一見シシリアンディフェンスの一変化のようだが、よく見ると白の白マスビショップが2つあったりするので、どうやら盤面には全く気を配っていないようだ。まあコマーシャルだからこれで十分なのだろう。

ここへ来て、ふと3年前の羽生二冠対中川七段戦(段位は当時)を思い出した。あのときの加藤九段の「あれ?あれれ?おかしいですよ?あれ、もしかして頓死?うひょー!」という叫びは、ロスタイムに逆転ゴールが決まった興奮を最大限に伝える実況であったといっていい。

新しい傘

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今日も朝から土砂降り。ここ数年、梅雨といっても他の時節と比べてそれほど雨が多いようにも思われず、日本の季節というのは曖昧きわまりないなと感じていたのだが、今年に限ってはその認識は改めなければいけないようだ。まさに雨季である。

梅雨に備えて、というつもりでもなかったが、今月の初めに傘を買った。折りたたみ傘ではなく、しっかりした大きなものだ。もちろんそれまでにも持ってはいたが、近所のスーパーで売っていた安物のジャンプ傘で、強風などのせいですでに骨の一部が少し曲がってしまっていた。また同じような安物を買って間に合わせることもできたが、どうせ長く使うものなのだからと思い立ち、デパートに行ってまともな傘を買ってきたのである。前の傘と比べたら0が一つ余計につく値段ではあったが、「耐久骨」と謳っているだけあってちょっとやそっとの風では曲がりそうにないし、サイズも相当大きいから足下もほとんど濡れずにすむ。新品だから撥水性も抜群。やや重いのが玉に瑕だが、今日のような本降りの日にはこれくらい頼りがいのあるのが一番だ。

ただ、やや心配なのは、そのうちどこかに置き忘れてこないかということ。傘といえば忘れ物の代表的なアイテム。自分もかつて電車の中に忘れてきた経験がある。近頃は電車に乗ることも少ないし、こういう存在感のある傘なら大丈夫だろうと思うのだが、何しろこのところとにかくボケているから、やってしまわないとも限らない。気をつけよう。

朝から強い雨。お昼をすませてから今日の配付分の演習問題を印刷し、それから講義ノートに少し目を通す。ふと気がつくともうH大に出かけなければいけない時間。高速道路に乗る前にガソリンを給油しなければいけないことを考えると、あまり時間がない。急いで大学を出た。

土砂降りの雨の中を走り、何とか予定の時間に到着。そこで手提げを確認してあっと叫んでしまった。出発前に眺めていた講義ノートが入っていない。取り出して目を通した後、手提げに戻すのを忘れたのだ。金曜日は簡単な計算を間違えて冷や汗をかき、昨日は学生の指摘で誤ったレポート課題を配付していたことに気づかされ、そして今日はノートの忘れ物だ。間が抜けているのは生まれつきとはいえ、さすがにこうミスが続くとがっくりきてしまう。ちょっと疲れているのだろうか。講演やら期末試験やらが一段落すれば少し落ち着けると思うのだが、それまではかなり意識をしてうかつな失敗をしないよう気をつけないといけない。

準備していたネタが講義ノートなしではうまく話せそうになかったので、その部分はカットして今日は少し短く講義は終えた。その後はいつものようにT君と合流して夕飯。このところのダメさ加減を嘆く愚痴を彼に聞いてもらう。彼を自宅に送り届けてから雨の中を帰った。

午後から大学院の講義。相変わらず湿気がやたらにこもっていて、この時期特有のにおいが部屋全体に充満していた。講義自体は無難に終え、先週出しておいたレポートを回収して自室に戻る。ところが、それから部屋を訪ねてきた学生が、先ほどのレポートは本当にこの計算でいいのかと質問に来た。レポート課題にしてはやたらに煩雑な計算になったのでちょっと変だなと思ったとのこと。どれどれとチェックしようとした次の瞬間、あっと言ってのけぞってしまった。課題の文章が間違っているではないか。(-3,9)という点を指定したつもりなのに、(3,-9)と印刷されている。指摘されるまで全く気づかなかったが、これでは計算がきれいになるはずがない。そもそも(3,-9)では与えられた楕円曲線上にないからその時点でおかしいのだが、学生はみんな変だと思いつつも煩雑な計算を実行しているようだった。来週の月曜日は祝日で、その次はもう試験週間に入ってしまうが、幸い今週の金曜日はヴァーチャルマンデー(月曜日の講義を行う日)なので、そこで訂正するしかない。無意味な計算をさせてしまい、学生には悪いことをしてしまった。

それにしても、最近、こういう平凡なミスが多すぎる。講義直前にあわてて講義内容や演習問題などを作っていくからこういうことになる。今週末の講演の準備もしなければいけないのに、まだ全くできていない。自転車操業はなるべく避けたいのだが、今月から来月にかけては、当分余裕のない状態が続きそうだ。

朝方は土砂降りの雨。こんな天気では今日の選挙にはほとんど誰も行かないのではと心配したくなるような吹き降りだったが、お昼頃にはいつの間にかやんでいた。午後は折紙の続き。いよいよ難所にさしかかってきて、なかなか先へ進まない。今のところまだ崩壊はしていないが、ずいぶん時間をかけたつもりなのにまだ全工程の5分の1程度。最後まで到達できるか不安だが、先を急ごうとすると絶対失敗するので、ペースを守って折ろう。

4時過ぎに家を出て近くの小学校で投票をすませる。そのままその足で買い物。本屋にも立ち寄り、買いそびれていた将棋世界誌の最新号を購入する。いったん帰宅した後、ふと思い立って街中のピアノスタジオまで出かけた。このところ電子ピアノで練習をしているが、アコースティックなピアノでも少し弾いておいた方がいいと思ったのだ。いつもならグランドピアノの部屋を押さえるのだが、今日はアップライトにする。演奏を頼まれている再来週の披露宴の会場にあるピアノがアップライトらしいので、本番となるべく同じ状況を体験しておこうというつもり。弾いてみると、当然ながらやはりだいぶタッチが違う。このところ電子ピアノばかり弾いていたので、この感触を忘れていた。当日の会場のピアノがどんな状態かは分からないが、少なくとも電子ピアノより重いのは間違いないだろう。がんがん練習していたら、またあの左手小指の問題が再燃。一瞬伸びきった状態になり、直後に曲げることができなくなる。電子ピアノではこの状態にはならないので、やはり打鍵の際により大きな力がかかることが影響しているのだろう。こういう問題を確認できただけでも、わざわざ出てきて練習した意味はあった。

今ひとつの週末

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今日は何だかぼうっとしていて頭が働かなかった。講義では簡単な計算を間違えて立ち往生してしまい、学生に指摘される始末。みっともない。一般的に週明けの方がどちらかというと元気で、週の後半になるにしたがって疲れが増してくる傾向があるように思う。だから特に予定のない土曜日は、たまった疲れをリセットできる大事な日である。ただ、来週からは土日にいろいろ用事が入ってくる。落ち着ける日は少なくなりそうだ。

帰宅してから、電子ピアノで少し "The Enchanted Nymph" の練習をする。以前に比べればだいぶましにはなったが、まだ人に聞かせるようなレベルではない。簡単なはずのところでも、ミスをしないようにと強く意識をしすぎるとかえって指がおかしな方向に動いたり、一瞬音を忘れたりということがどうしても起きてしまう。意識はしないが気は配る、という心の状態を保ち続ける必要があるのだが、これが難しい。何しろ一発勝負だから、いくら練習時にうまく弾けていても、本番で崩壊したら終わりである。まああせらず、少しずつ。

有吉九段の番組

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午後3時頃にH大からI先生が来て、久しぶりに共同研究者3人のセミナーをする。最近はお互いが忙しく、1ヶ月に一度くらいしか集まれない。I先生はこの夏は完全に予定が詰まっているようで、次にできるのも当分先になりそうだ。

I先生が帰ってからたまっていた雑用を片づけていたら、帰りがすっかり遅くなってしまう。今日は有吉九段の引退に関する番組を7時半からやっていたのだが、帰宅したときにはすでに番組は終わっていた。昨日のうちに気がついて録画を予約しておいてよかった。有吉九段もコルチノイみたいにいつまでも闘志あふれるスタイルで指し続けてほしかったが、こればかりは仕方がない。羽生名人がゲストとして出演していたが、何だかいつの間に髪に白いものが混じり始めている。今年で40になるとのことで、あの小学生名人戦で優勝していたかわいい子が、と思うと感慨深い。しかしよく考えてみると、その小学生名人戦を見ていた自分は当時小学校3年生だったはずなのである。なるほど、年もとるわけだ。

耳鼻科に行く

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朝方、出勤する前に耳鼻科に立ち寄った。実は先月くらいから、どうも左耳の聞こえが若干悪いような気がしていたのである。はっきり聴力が落ちていると感じられる日もあればほとんど気にならない日もあったが、ここ数日は前者の日ばかり続いたので、もう診てもらう頃合いだと思ったわけだ。

こうやって聞こえが悪いと感じて耳の医者に行ったのは、これが初めてではない。もう17年か18年くらい前、やはり聞こえが悪いと感じて診てもらったことがある。そのときの医師は耳の中を覗くなり、「ああ、こりゃ聞こえにくくもなるよ」と言った。あまりきれいでない話で恐縮だが、耳垢にはかさかさの乾いたものとネバネバした粘性の高いものがあり、日本人の多くはかさかさ系らしいのだが、私は少数派の方なのである。そのため耳垢が残りやすく、何年もの蓄積で詰まってしまうことがあるのだ。だから、今回もそれが原因であることは察しがついていた。

小さな子を連れてきている母親がたくさん来ており、だいぶ待たされてから名前を呼ばれる。医師は左耳を覗くとすぐ何か突っ込みだしてぐいぐいやりだした。それとともに少し聞こえがよくなったように感じられた。18年前はものすごく詰まっていてきれいにするのにずいぶん時間がかかった記憶があるが、今日は左耳を数分いじっただけで処置は終了。それほどひどいことはなかったようだ。しかし念のため聴力検査をしますということで、狭い箱の中に入れられた。ヘッドホンから聞こえてくるかすかなピーピーという音が聞こえたらボタンを押す。外の音は全く聞こえないはずだったが、待合室の子供が泣き叫ぶ声はさすがに入り込んできていた。

終わるとすぐ診断結果を医師から聞く。診断表には周波数別に聴力を表したグラフが表示されていた。折れ線グラフは両脇がやや落ち込んだ台形の形をしており、特に高音域と思われる右側がやや急坂になっている。「問題ないですね。高い方がちょっと......失礼だけど、年齢のわりには、あの、ちょっとあれだけどね。まあ、また詰まったら来てください」という講評を受けて診察は終わった。以前、モスキート音と呼ばれる高い音を聴いてみたら、年上のI先生より自分の方が成績が悪かったことを思い出した。やはり高音部は苦手なようである。

午前中から会議。火曜日なので、午後からH大に回る。講義終了後、いつものようにT君と合流。彼は昨日は札幌に出張しており、今日の早朝の便で広島に帰ってきたという。それも羽田で乗り継ぎだったというから大変だ。お互い、この夏はどうにも忙しい時期が続きそう。もっとも、秋になれば落ち着けるかというとあまりそんな気はしない。

とりあえず、自分は来週末に東京出張がある。東小金井に行かなければならないが、用事が終わるのが18日のお昼過ぎ。問題はその日の午後に町田で詰将棋全国大会があることだ。何もなければ早い時間帯から顔を見せるつもりだったが、急に出張の話が降ってきてそんな余裕はなくなった。問題は東小金井から町田までどういうルートで行くか。八王子を経由して横浜線で向かうか、あるいは新宿側に回って小田急に乗っていくかなのだが、調べてみると、どちらから行ってもほとんど同じ時間がかかるようなのである。いずれにしろ、予定通りお昼過ぎに東小金井を出られたとしても、2時の大会開始に間に合うかは微妙な情勢だ。せめて看寿賞の授賞式あたりまでには駆けつけたい。

セミナーの邪魔

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月曜日は午後に大学院生向けの講義、その後に院生セミナーという日課だが、就職説明会のため金曜日に行っているセミナーに出られないという4年生のことを考え、今週は4年生と大学院生のセミナーの時間を交換することにした。予定の3時に4年生が来室。セミナーをしているのは、自分の研究室の隣の部屋だ。

始めてから1時間くらいしたころだっただろうか。隣の部屋で電話が鳴っているのが聞こえた。たいていの用事はメールですませてしまう昨今、電話ということは大事な用件かもしれない。「ごめん、ちょっと待ってて!」学生に一言断ると、大慌てで廊下に飛び出し、隣の自室に駆け込んだ。息せき切って受話器に飛びつく。鳴り始めてからすでに十数秒は経過していたが、何とか間に合った。
「はい、もしもし?」
「あっもしもし、齋藤先生でいらっしゃいますか?」
「はい」
「あっあのですね、○○の××と申しますけれども、いやあ、今日は笑っていただけると思いますよ。何と山手線内のマンションがですね......」
「あのねぇ、こっちは忙しいんですよ!」
全く、走ってきて損をした。何が「笑っていただける」だ。この手の電話で笑っていただいたお客がいったいどれだけいるのか、知りたいものである。

外に出ても蒸し暑さが応えるだけなので、今日は夕方に買い物をした他はずっと家に逼塞していた。ピアノの練習も少ししたが、空いた時間はほとんど折紙に費やす。まずやったのは、先月買ってきた紙の裁断。これまでは、主にアルミホイルにカラペを貼りつけるというやり方で折紙用の丈夫な紙を切り出していたが、アルミホイルやカラペの大きさにも限りがあるため、それほど大きい紙は作れない。そこで買ってきたのが四六判の紙である。788mm×1091mmだから、78cmの紙まで切り出せることになる。ただ定規の長さに限界があり、今回は60cm×60cmにしておいた。午後は早速それを使って折りの工程に入ったが、ずいぶん時間もかけたのに全体の10分の1程度しか進められなかった。先は長い。

今回の紙は、ファーストヴィンテージと呼ばれる銘柄を使っている。一口に紙といっても原料や質感など様々なものがあり、その種類数たるや膨大なものだ。さらに厚さもいくつかの種類から選べるようになっている。ファーストヴィンテージの場合、連量43kgから341kgまでと幅がある。この連量というのは、四六判の紙1000枚の重さを表しており、この数字が小さい方が薄いということになる。今回は43kg、56kg、69kgの3種類を購入したが、今日はそのうち56kgの紙から折紙用紙を作成した。どの厚さがいいかは悩ましいところで、あまり薄ければコシがなくてすぐ破れるだろうし、厚すぎれば折る過程でたちまち紙が束のようになって破綻してしまうだろう。こういうのは実際に折ってみて確認するしかない。

紙の厚さというのは、1枚ではほとんど目で見分けがつかないような微妙な差でも、折り重ねればたちまち圧倒的な違いとなって現れる。数学に接する機会が少ない人に指数関数の増加スピードを実感してもらうため、よく引き合いに出される次の話は有名だ:
厚さ0.1mmの紙がある。一度折ると0.2mmになり、もう一度折ると0.4mmになる。この調子で50回繰り返して折ったとき、紙の厚さはどれくらいになっているか?

今日はまた河内町にチェスを指しに出かけた。今回で三回目である。月に1回程度という約束になっている集まりだが、今月は主要メンバーの都合がつく日が他になく、前回から2週間後の今日が集合日だった。あいにく、外は土砂降りの雨。今年の梅雨はやる気十分だ。家でぐずぐずしていたら思いの外出かけるのが遅くなってしまい、河内町の福祉会館に到着したときにはすでに2時近くになっていた。

いつものように2階に上がってみると、今日は子供たちといつものメンバーに加えて知らない女性が二人いらしていた。学童保育の指導員をされているとのこと。そのうちの一人、Mさんと早速指すことになった。子供が指すのにつきあわされてルールだけ覚えたというところなのかな、と思いつつ始めたらこれがとんでもなかった。中盤までがっぷり四つである。しっかりこちらの狙いを読み、それを外した手を指してくるのには舌を巻いた。うまくフォークをかけて駒得をしてからは楽になったが、こちらが先にブランダーを出していたら、やられてしまっていたかもしれない。聞けば男兄弟ばかりいる家で育ったそうで、将棋やチェスなどは子供のときに一通り覚えたとのこと。やっぱり子供のときに経験したものは後々まで生きてくる。

その後はいつもの通り雑談タイムになる。学童保育に来る児童も年々少なくなっているそうで、今は6名しかいないのだそうだ。そもそも、小学校が6学年で80名ほどなのだそうで、町の保育園はやっていけなくなって数年前になくなったという。こういう話を聞くと、過疎化・少子化の問題を実感してしまう。
「この町もねえ、昔はもっと栄えとったんですがねえ、ええ。材木とかが主要産業で」
世話人のHiさんが言う。
「ああ、そうなんですか」
「まあでも、戦争が終わってからはダメですねえ」
やはり問題は深刻である。

5時過ぎに散会。帰るころには雨はほとんどあがっていた。来月は7日ということになったが、前日まで群馬の山奥で数学のサマースクールに参加しているはずなので、残念ながら次回は行けないだろう。

13-fold repetition

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もう半月ほど前のことだが、オランダで行われていたチェスのオランダ選手権大会で、ちょっと妙な対局があった。Bok対Van Wely戦である(リンク先はJavaが起動)。この一戦は37手まで指されてドローとなったのだが、棋譜を見てみると何と13手目から延々と同じことを繰り返しているのである。Be2, Qg6, Bd3, Qh5という動きを13回もただ反復しているだけだ。同一局面3回によるドローというのはよくあることだが、本局は前代未聞の同一局面13回のドローである。

Bok-Van_Wely.pngVan Welyはオランダを代表する強豪で、オランダ選手権もすでに6回制覇している。Bokもレーティングは2400を超えているから相当な強さだが、2653の相手にはさすがに分が悪い。ドローが取れれば御の字という状況で指し始めたところ、シシリアン・カンと呼ばれる定跡の一変化になった。ここでクイーンを追い回すと黒は行ったり来たりして当たりを交わすしかなく、白は強制的にドローに持ち込むことができる。白番が有利であるチェスでは、こんな序盤から白がドローを取りに行くというのは、普通ならあまり賢いことではない。しかし、まず勝てそうもない格上から確実に半ポイントを取れるとなれば話は別。そこでBokは計画を実行に移した。ところが、この打算的な対局姿勢にVan Welyがかんかんになってしまった。いい若いもんが姑息なことを考えやがって、せっかく格上と対戦できるんだから思いっきりぶつかってこんかい、というわけだ。BokはVan Welyにドローオファーしたのに二度も拒否され、結局13回繰り返したところで主催者側にドローをアピールして認められた。ルールとしては同一局面が三回出現したところでアピールしてもよかったはずだが、かんかんになっている相手を前にさすがにやりにくかったのだろう。かくしてこんな珍妙な棋譜が残ったのだった。

さて、Bokの行為は客観的に見て批判されるべきものだったといえるだろうか。Luke McShane(イギリスのチェスプレーヤー)は自らのコラムで、かつてカスパロフが多面指しをしていたときに同じような事件が起きたことを引き合いに出し、多面指しのようなお遊びの対局の場ならともかく、こうした選手権のような真剣勝負の場では、Bokにも酌むべきものはあったのではないかと述べている。McShaneも指摘しているように、この一件は「自分は何のためにチェスを指しているのか」という問いと深く関わっていると言えるだろう。

看寿賞の発表

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昨日のことだが、家に帰ると詰パラの7月号が届いていた。7月号といえば、メインとなるのはもちろん看寿賞の発表である。すでにウェブ上にも出ているが、今年は短編賞が谷口均氏の7手詰、中編賞が若島正氏の「ルービック・キューブ」39手詰、長編賞が近藤真一氏の439手詰に決定したとのこと。中編賞と長編賞は、発表されたときからこれは受賞候補の筆頭だなと感じていたので、まあ順当な結果と言ってもいいように思う。最近は毎月発表される作品をちゃんとフォローしていないこともあり、短編賞だけは予想がつかなかったのだが、受賞作を見てなるほどと納得。この構想を10枚という駒数で表現したことが買われたのだろう。飛、角(馬)、桂、香の利きが交錯する様子は何となくチェスを思わせる。チェスと将棋の違いを最も象徴的に体現しているのはやはり金駒である。

自分が看寿賞をいただいたのも、もう6年も前のことになってしまった。時が経てば経つほど、何であんなことが現実に起こったのか不思議な気がしてくる。今年の受賞者は以前にいずれも受賞経験のある方ばかりで、この世界では誰もが知っている大物ばかりだ。自分がかつてこの人たちと同じ賞をいただいたとは信じられない。もしかして、あれは夢だったのではないだろうか。そういう気分になって、棚に並んだ詰パラのバックナンバーから2004年7月号を手に取る。すると、やっぱりそこには自分の名前が書いてあるのだった。

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