2010年9月アーカイブ

ガイダンス

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明日から冬学期がスタートするので、今日はこれからの流れを説明するガイダンスが行われた。午後1時から1年生を大教室に集めて全体ガイダンス、その後クラスごとに小さい部屋に移動してクラスごとのガイダンス。計画的に単位を取りましょうとか、アルバイトはほどほどにしましょうとか、怪しげな勧誘には気をつけましょうとかあれこれ注意事項を述べた後、一人一人に前学期の成績表を配付する。さらにその後、2年生のガイダンスがあってまた同じようなことの繰り返し。自分はチューターをしているため、成績表の配付時にあまり単位が取れていない学生に履修指導をするという仕事があり、また来週から始まる数学演習の課題を配るという作業もしなければいけなかった。あれこれやって自室に戻ってきたらもうくたくた。毎年ガイダンスの日は疲れる。

その後も学生の履修に関していろいろ対応しなければいけないことがあり、すっかり帰るのが遅くなってしまった。今日は早めに寝よう。

王座戦第三局

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帰宅してから将棋王座戦第三局の中継を見ていた。ここまで羽生王座の2連勝、あとがなくなった藤井九段が一矢報いるかという1局だったが、結果はやっぱり羽生王座が勝って、タイトル防衛に成功した。これで王座のタイトルを19連覇したことになる。19連覇ということは、今年大学生になった人は生まれてこのかた羽生さん以外が王座と呼ばれているのを見たことがないということになるわけだ。タイトル1つ獲得するのも大変なことなのに、全く驚異的というほかはない。藤井九段は今日が40歳の誕生日だったが、白星で自らを祝うことはできなかった。羽生王座も一昨日40歳になったばかりで、相変わらずこの世代は将棋界の中心にいる。

ただ、終盤で羽生王座が比較的簡単な詰みを逃したのがちょっと気になった。それほど気がつきにくい詰み筋というわけでもなく、プロなら誰でもすぐ分かるような手順である。直後に気づき、もう一度チャンスが回ってきたときに詰ましに行ったので事なきを得たが、もっと形勢が接近していたら勝負の行方に影響を与えていたかもしれない。来月から始まる竜王戦で、こういう詰みの見逃しで星を落とすことがないかやや気がかりではある。

蚊の季節

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お昼頃、印刷室で明後日の後期ガイダンスのときに1年生に配付する資料を印刷していたら、目の前をすうっと蚊が通り過ぎた。こやつ、逃がさぬ......見失わないよう目で追い続けながら、手に持っていた紙をそっと置く。狙い澄ましてパン!と叩くくが、一瞬早く体をかわされる。しかしまだその場を浮遊していたので、続けざまに二度、三度と叩いていたら、ようやく仕留めることができた。どうやらまだ血は吸われていなかったようだ。

夕方の会議が長引いて、帰りがずいぶん遅くなった。疲れた身体で部屋に入ると、鞄をピアノの椅子の脇に置き、郵便受けに入っていたチラシを机に投げる。さて夕飯をどうしようと台所に入り、左手に持った鍋に水を入れていたときだった。またすうっと蚊が目の前を横切り、右腕に止まったのである。あわてて水を止めてそっと鍋を降ろし、狙いを定めてパン!と叩いたが、またタッチの差で逃げられてしまった。今度はどこへ行ったかもう分からない。やっぱりどうも反射神経が衰えてきているようである。それにしても、昼も夜も蚊を見かけるとは思わなかった。

蚊といえば夏という印象が強いが、本当は夏より秋に遭遇することの方が多いように思う。実際、連日の暑さにうんざりしていた今年の夏は、実は蚊が飛んでいるのを見たことはほとんどなかった。もちろん草むらにでも入り込めばたちまち総攻撃を受けただろうが、少なくとも勤務先や自宅で刺された記憶はない。ただ先週、名古屋に向かうために街中までバスに乗ったとき、車内で続けざまに二匹刺しに来たことはあった(このときは両方とも退治成功)。何でこんなに蚊がいるんだろうとあのときもちょっと驚いたが、今から思えば、あれは暑い夏の終わりを暗示していたのだろう。これからが蚊の季節である。

通常モード

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今月は出張が多くて大変だったが、ようやくそれも一段落して、今日からしばらくは普通に出勤する通常モードの日々が続く。特に今日はこれまでたまっていた仕事を処理するのに忙しかった。午前中は出張に関する手続き書類を書いた後、来月から始まる数学演習の担当者で集まって打ち合わせ。去年は毎週レポートを提出させたうえに小テストを実施していたが、ちょっと担当者の負担が大きくてしんどかったという意見が出て、今年は小テストはときどき抜き打ちでやるくらいにしておこうということになる。ただそれでも毎回のレポートの採点はかなり大変で、今からちょっと気が重い。

午後は大学院生のセミナーをして、その後はまた雑用をいくつか片づける。暗くなったころに帰宅。いつの間にか雨が降り出していた。このひんやりとした空気、ひどい蒸し暑さで汗が止まらなかったのがつい1週間前だったと思うと、何とも不思議な気がしてならない。

将棋番組二つ

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午前中は教育テレビの将棋を観戦。近藤六段対勝又六段の対局で、結果は後手の勝又六段の勝ちだったが、勝又六段が龍を切って詰ましにいったところで、解説の飯塚七段が言ったのが「さすが、こういう計算は正確ですね、勝又さんは。大学の数学科卒ですからね、こういう計算はお手のものですね」。将棋で計算といったら、お互いの玉にあと何手で詰めろがかかるかを比較するようなときに使うように思うが、この場合は詰んでいる玉を詰ましにいっただけだから、計算という言葉はあまりあたらないような気もする。それにそもそも、数学科卒だから計算が得意、というのも、本当はちょっとずれている。計算が得意、といったときに世の中の人がまず思い浮かべるのは、例えば買い物のときのお釣りがいくらになるかを頭の中で瞬時に考える、とかそういう類のことなのではないだろうか。もちろん数学科出身でそういうことに長けている人は多いと思うが、みんながみんなそうというわけではない(私がいい例)。数学の世界の中で「計算」と呼ばれている行為は、実際にはかなり質の違うものである。

今日は午後にもう一つ将棋番組があった。今月初めに行われたアマチュア名人戦の決勝戦である。アマ棋界のことは疎いのだが、今回は決勝に進んだ赤畠さんと井上さんがいずれも詰将棋作家ということでちょっと注目していた。井上さんはいつ看寿賞を取ってもおかしくない若手のホープだが、一方の赤畠さんも詰備会の席上で何度もお会いしている方である。何気なくお話ししていたが、こんな大舞台まで勝ち上がるようなすごい方だったのだ。結果は井上さんの勝ちだったが、それでも準優勝だから大したものである。これは次に詰備会の席上でお祝いを言わなければいけない。

そういえば、次の詰備会はいつなのだろう?ご存じの方はご教示願いたい。

涼しい一日

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今月中頃まで、ゆっくり寝ていたくても寝苦しさで目が覚めてしまう日がずっと続いていた。何度寝返りを打っても、汗でくっつく下着が気持ち悪くなるばかりで、眠りに落ちることができない。そんな状態で夜を過ごせば、日中に眠くて仕方がなくなるのも道理だった。だから今朝の涼しさの何と心地よかったことか。暑さで起こされない土日は本当に久しぶりだ。ごろごろしていられる幸せを満喫したくて、日が高くなるまで惰眠を貪ってしまった。ようやく起き出してきてからも、特に何をするわけでもなく、テレビを見たりして漫然と過ごす。今月は出張が多くて疲れたので、とにかくゆっくりしたかった。

夕方から街中に出かけた。向かったのは携帯電話のショップ。今持っている端末は一昨年の夏に買ったものである。2年以上使い続けたし、そろそろ自分も巷で流行るi某なるものに手を出してみようかというわけだ。私はへそ曲がりなので、ある商品が売れているとか流行しているとかいう評判を聞くと、それならそれは買うまい、と思うことが多い。だからi某みたいな話題の商品に手を出すのはいかにも流行に乗せられてしまったという感じでちょっと癪なのだが、今回は乗せられてみようという気分になったのだった。ただ今日は現物がショップには置いておらず、予約という形になる。その際、若い男性店員から、i某にすると料金やサービスが今までとどう変わるかということについて長々と説明を受けた。携帯電話の料金体系やサービスというのは何度聞いても混乱してよく分からなくなるが、今日の店員は比較的説明が上手だったように思う。40分くらいかかった説明が終わって店を出ると、すでに外は真っ暗になっていた。

学会出席、帰宅

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ホテルを出ると今日もN大へ。地下鉄を本山駅で乗り換えて一駅乗ればN大だが、本山駅のホームで電車を待ちながら周りを見回すと、ああ、この人とこの人は同業者だな、ということが手に取るように分かる。地味な格好をしている、デイパックを肩に引っかけている、眼鏡をかけている、といった特徴的なスタイルはあるのだが、必ずしもそれに合致しなくても、ああこの人は数学者だなと思ってしまうのはなぜなのだろうか。そして実際、その見当はたいてい正しい。今日も車内の少し離れたところで話している二人組を見てそれらしいと思っていたら、降りるときに彼らの会話が耳に入ってきた。「......上半平面モデルなら簡単なんですよ」。ほら、やっぱり。

午前中の講演を聴いた後、K大のF君と二人でお昼に行く。彼が知っているというMという店まで連れて行ってもらったが、近づいてみて目に飛び込んできたのは「定休日」の文字。仕方がないので、その近くにあるSという中華料理屋に入る。ところが注文してから店内を見渡していたら、「8年続けてきた当店も、9月25日をもって閉店させていただくことになりました」の貼り紙があるのに気づいた。25日といえば明日ではないか。もう数日遅れていたら、こちらの店も入れなかったことになる。8年営業した店の最後の味に奇しくも立ち会うことになったが、特に変わったところもない肉とニラ炒めだった。

書籍販売所で本を何冊か買った後、午後の講演を聴く。4時にK君の講演が終わったところで会場を後にし、その足で帰路に就いた。広島には暗くなってから到着。今月は出張続きだったが、ようやくこれで一段落。4泊5日が2回に2泊3日が1回で、3日に1回はホテルに泊まっていたことになる。さすがにちょっと疲れた。来月下旬から再来月にかけてまた出かけることになりそうだが、ともあれしばらくは落ち着いて過ごそう。

学会に行く

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7時半にアラームをセットしていたが、それより早く目が覚めてしまった。窓の外から雷鳴が聞こえてきたからである。ザーザーという雨音も激しい。今日はずっと天気が悪そうだ。

栄駅のホームで地下鉄を待っていたら、「斎藤さん」と声をかけられる。振り向くとTH大のH先生だった。二人で話しながらN大の会場に向かう。H先生は昨日の遅くに到着したが、アブストラクトを買いに行ったらすでに販売所が閉まっていて無駄足を食ったとのこと。半年前に全く同じパターンを自分も経験したのだった。また買いそびれてはたまらないので、会場に着くと二人でまず販売所へ。代数学分科会のアブストラクトを無事手にして分科会の部屋に入った。以後、お昼までずっと発表を聴講。

午後、書籍販売所で本を見て回っていたら、「斎藤さん」と声をかけられる。振り向くとK君だった。前に会ったのは、彼がH大の研究集会に来たときだっただろうか。そうだとすれば2年ぶりということになる。せっかくなので喫茶店に移動し、お互いの近況などを話し合った。彼は講演を間近に控えていてその準備をしたいということだったので、1時間ほど話してから別れた。

夕飯は一人ですませた。夜になって雨はやんだが、空気はすっかり入れ替わり、肌に当たる風は涼しいという段階を通り越して冷たく感じられる。なるほど、暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものだ。学会は明日まで参加し、夜に広島に戻る予定。

名古屋に移動

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N大で行われている学会に行くため、夕方に勤務先を出ていったん家に戻り、車を降りてバスで駅へ向かう。広島駅構内で軽く夕飯をすませてから新幹線に乗って名古屋に移動。車内は最初はがらがらで、同じ車両に数名しか乗っていなかったが、新大阪からはどっと乗り込んできてあらかた座席は埋まってしまった。名古屋に着いたのは9時40分頃。栄のホテルには10時過ぎにたどり着いた。

N大には明日と明後日行くつもり。



実際に創作されたのは1938年である。絶対手が多く、比較的やさしい作品といえるだろう。

ショパンの練習

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先週の日曜日は折紙を折っていたのに、もうそれが何週間も前のことのように感じられる。やっぱり出張中は時間の流れ方が違うようだ。折紙は次をどうするかまだ考慮中。大作を終わらせたので、次は軽いので行こうか、それとももう一度重量級に挑戦しようか。

夜に少しピアノの練習をした。2週間くらい前から急に思い立ってショパンのノクターンをやってみている。ショパンなんてみんなが知っている曲に手を出すと下手くそなことがもろに分かってしまい、ろくなことにならない。だから普段は避けるようにしているのだが、今年はショパン生誕200年という記念の年でもあるし、昔弾いた曲ならまだごまかしが利くのではないかという読みだ。今のところ、曲の後半部がまだ全くなっていない。今後もちょくちょく出張があるので、その合間を縫ってどれだけ練習できるか。何とか来月までにある程度のレベルにはしておきたい。

山形滞在もようやく最終日。今朝はまたいい天気になった。すたすた歩くと少し暑いくらいだ。今日の講演はお昼までの二つだったが、事前にバスの時刻表を調べてみて、最後まで出ていると時間的にあまり余裕がないことに気づく。何しろY大の近くを通るバスは1時間に1本しか来ないのだ。どうするか迷ったが、結局聴講は最初の講演だけにさせてもらい、二つ目の講演が始まるころに会場を失礼した。

山形駅まで出て少し早いお昼をすませた後、フライトまでの時間を利用して天童に立ち寄ってみることにした。天童といえば、いわずとしれた将棋駒の産地である。まだ行ったことがなかったので、一度は訪れておきたかった。幸い天童から山形空港までは割合近いから、ギリギリまでいられる。山形から天童へは奥羽本線に乗って20分ほど。これも1時間に1本あるかないかというスカスカの時刻表だったが、幸い12時半少し前に来るのがあった。乗り込んでみると、2両編成の車内は学生だらけ。地方ではよくあることだが、ほとんどスクールバスのような存在だ。

TendoTown2.jpgTendoTown1.jpg天童は確かに将棋の町だった。いたるところに王将駒や左馬が描かれている。歩道や電柱にも詰将棋が書いてある。詰将棋とくればもちろん解きたくなるわけだが、一人で歩道に突っ立って電柱をにらみ続けるという行為はあまり経験がなく、何だか気が引けてしまう。おまけに今日は日射しが強く、ちょっと日なたにたたずんでいると暑くて仕方がない。そこでしばらく図面をにらんで配置を覚え、歩きながら考えることにした。ところが解けないうちに次の電柱にすぐたどりついてしまう。あまり立ち止まっていると時間がなくなりそうだったので、結局途中からは解いていくのはやめにして気楽に眺めるだけにしてしまった。駅から東に延びる通りを真っ直ぐ歩き、歴史に残る一局、一昨年の竜王戦第7局の舞台となった「ほほえみの宿 滝の湯」まで来たところで踵を返して駅に戻る。駅に着いたところで飛行機の時間まではあと1時間半というくらいだったので、駅前の将棋資料館を少し見学し、お土産品などを買ってからタクシーに乗り込んだ。ごく短い滞在だったが、ようやく天童行きもこれで果たすことができた。

3時15分に山形空港を発つ飛行機で山形を去る。1時間程度で羽田に到着。ここでちょっと思わぬことがあった。早速広島行きの便が出る搭乗口に向かおうとしたところ、案内板で指定されているのはたった今自分が降りたところ。つまり、山形から羽田に飛んだまさにその機体が、次に広島行きの便に使われることになっていたのである。実は今回の帰りの飛行機を予約する際、座席をネットで指定しようとしたら、羽田行きと羽田発のどちらも「34K」という席が空いていたので、両方ともその座席を指定してあった。さしたる理由はなく、どちらも同じなら覚えやすいだろう、という程度のことである。だから同じ機体の同じ座席ということになり、それぞれで便を予約したにも関わらず、ついさっき座っていたところに再び座りに行くというちょっと珍しいことになったわけである。ただ、広島行きの方は山形発と違って隣の座席が空いており、比較的くつろいで座ることができた。

6時半過ぎに広島空港に着陸。車で山陽道を西に小一時間走り、8時少し前に帰宅。やれやれ、何とか無事に帰ってこられた。今回の山形行きは歩き回ることが多くてさすがに疲れたが、それなりに充実した滞在だったと思う。来週はまた名古屋行きがあるし、まずはゆっくり休もう。

研究集会三日目

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研究集会三日目。今日は雨はやんでいた。午前中の講演二つを拝聴した後、昨日も一緒だったI氏トリオとともに、昨日とは違うそば屋でお昼を食べる。大学から少し歩くが、結構有名なそばの名店だそうで、I先生は15年くらい前にも来たことがあると言っていた。この人たちと一緒に行動していると、食通だけが知るおいしい店に連れて行ってくれるからありがたい。広島を始め西日本はそばよりはうどんの文化圏で、もちろんうどんだっておいしいのだが、ときどきおいしいそばを食べたくなる。昨日と今日はたっぷりその欲求を満たすことができた。

Imoninabe.jpg午後はまず参加者が集まって玄関前で写真撮影があり、その後講演が三つ行われた。トポロジー寄りの講演は門外漢なので正直言ってよく分からなかったが、最後のTK大のI先生によるdiscrepancyに関する講演はなかなか面白かった。今日はその後に懇親会があったが、始まるまでに少し時間に余裕があったので、地元のF君の案内で、近くを流れる川のそばに置かれている巨大な鍋をみんなで見に行く。山形では毎年、名物である芋煮を味わうフェスティバルが行われるが、そのとき使用される直径6メートルの大鍋がそこに置かれているのである。これで芋煮を3万食つくるというから大変なものだ。例年すごい人出だそうだが、今年はあまりの猛暑で客足が伸びず、あまり売れなかったらしい。

6時半からは、街中のホテルで立食パーティー形式の懇親会が行われた。気楽にそのへんの人としゃべっていればいいと思っていたら、主催者から「参加された方は、一人一人自己紹介を英語でして下さい」とのお達しが出る。金屏風が置かれた中央のマイクの前に一人ずつ出ていって "My name is ..." とやるのである。名前と所属だけなら簡単だが、最初に壇上に立った先生が自分の名前の由来を長々と語ったので、あとの人も何か面白い話を入れようとあれこれ考えることになった。自分は結局、趣味についてちょっと述べてすませた。「ピアノ、チェス、詰将棋創作、カードマジック、超複雑系折紙......問題は数学を勉強する時間がないことです」。この手の話はオチをつけようとしても思った通りにはなかなかいかないが、今日は何とか無難に切り抜けることができた。

9時少し前に懇親会は終了。そのままホテルに戻ろうかと思ったが、何となくそのへんに残っていた人たちともう一軒行くことになり、駅近くの店に入る。W大のK先生、N大のKさん、FK大のIさん、Y大のF君、T大のG君、W大のI君に自分の7人で、11時頃まで滞留していた。

山形の夜も、今回は今日が最後。明日は3時過ぎの飛行機でここを発つ。

研究集会二日目

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研究集会二日目。今日はもちろん午前中から講演がある。朝起きて窓の外を眺めると、雨が降っていた。日が出ていないと、涼しいを通り越してもはや寒いという方が近い。長袖を持ってきておいてよかった。ホテルからY大の会場までは1.5キロくらいの道のりである。雨は幸いそれほど大したことがなく、20分くらいで到着した。午前中の講演は二つ。お昼はF君の案内で、大学を出てすぐのところにあるそば屋に連れて行ってもらう。おすすめのもり天というのを頼むと、かなり大きめのすり鉢のような皿に入ったそばと、ゲソの天ぷらが出てきた。F君いわく、山形人はイカゲソが好きなのか、メニューによく入っているのだそうだ。大学のすぐ横の店ということで当然ながらかなり量が多く、850円でお腹いっぱいになったが、おすすめというだけあっておいしかった。

午後は午前中とは別の部屋で講演が三つ行われた。終了後はI先生、Iさん、I君という三人のI氏と中華料理屋で夕飯。特にIさんと会ったのは久しぶりだった。本人曰く、最近は自分の話術の腕が落ちてきて面白い話ができないということだったが、何をおっしゃるやら、相変わらずの面白さで、ずいぶん笑わせてもらった。

9時過ぎにはホテルに戻った。小雨はとうとう最後まで降り止まず。この分だと明日もこんな天気かもしれない。

今日から研究集会だが、東京から出てくる人のことを考慮したのであろう、初日のプログラムは午後からになっていた。昨日ホテルに入るまでは、午前中はのんびり過ごして開始を待つつもりでいた。しかし考えてみると、せっかく自由に使える時間を無駄に過ごすのはもったいない。いろいろ調べてみて、仙山線で立石寺まで足を伸ばすことにした。1時間に1本しか電車が来ないので、午後の研究集会に間に合うためには、滞在できるのは2時間半ほど。その間に上まで登ってこようというわけだ。

Risshakuji2.jpgRisshakuji1.jpg9時過ぎに山寺駅に降り立った。眼前に広がる山の上の方に、目指すお堂が建っているのが見える。川を渡って右に折れ、しばらく進むと上へと続く石段が現れる。電車に乗っていたころは、ホテルで食べた朝食がどうも胃にもたれていて気分があまりよくなく、階段を登っていけるのか少々不安だった。しかし登りだしてみると、むしろ腹がこなれて落ち着いてきたようだ。気温は20度ちょっとというところだろうか。半袖でそのまま立っていれば涼しいが、登り始めれば暑くなってきて汗が出てくる。芭蕉がここに来たのは今の暦で7月13日とのことだから、季節は少しずれているものの、気温としては似たようなものだったかもしれない。

Risshakuji4.jpgRisshakuji3.jpgかなりゆっくり歩を進めたが、それでも30分くらいで一番上の奥の院までたどり着いた。平日の朝ということもあり、他の参拝客もそれほど多くなく、境内は静かだ。眼下に広がる景色は美しい。佳景寂寞として心すみ行くのみおぼゆ、の心境である。だが汗を拭きながら一休みしていると、おじさんおばさんの団体客がぞろぞろやってきた。案内役の男性がものすごく大きな声でなにやら説明している。これはたまらないと入れ替わるように奥の院を去ろうとしたのだが、すぐ脇の道を入ったところに、子供をおんぶした地蔵がいるのを見つけた。地蔵はあちこちにいるが、こんな姿のものはちょっと珍しい。しばらく眺めていると、後ろから団体客ご一行が追いついてきた。案内人の男が早速だみ声を張り上げる。
「そこ入ったとこ、おんぶしたお地蔵さんおりますよ。おんぶしたお地蔵さん。な。な。おるやろ?」
「あらまあ、えらいかわいいなあ」
「ちょっとあんた、そこでおんなじ格好してや」
「おんなじ格好って誰おぶんねん」
「私おぶってぇー」
一同「ぶわははは」
おじさんおばさんで構成される団体客の会話というのは、どうしてもいつもこういう流れなのであろうか。岩にしみ入るバカ笑いを背中で聞きながら急いでそこを立ち去った。そこから少し歩くと、五大堂と呼ばれる展望台があり、ここから山寺駅とその周辺の様子を一望の下に見渡すことができた。涼しい風も吹いてきてなかなか心地よい。朝、眠いのを我慢して出てきてよかった。
RisshakujiPanorama.jpg
麓まで降りてくるとまだ電車の時間まで少し余裕があったので、線路の反対側にある山寺芭蕉記念館まで足をのばす。ここは思っていたより小さなところで、すぐ見終わってしまった。ゆっくり駅まで戻り、10分ほど待って山形行きの電車に乗車。正午頃に無事山形駅に戻ってくる。ここで偶然、W大のK先生とうまい具合に遭遇したので、一緒にバスに乗ってY大学へ向かった。大学の生協でお昼をすませる。かくして急遽実行した立石寺行きは、なかなかうまくいった。

Imoni.jpg午後からはいよいよ研究集会。今日の講演は3つで、TR大のO先生、S大のT先生、それにY大のF君というラインナップ。終了後、K先生やF君にN大のKさんらも加わり、総勢6人で夕飯を食べに行く。F君の案内で行ったのが、「ここ一軒で山形が味わえる」と謳う駅前の店。一番のメインは山形名物だという芋煮で、山形県内の四つの地方それぞれで違う味付けになっており、その中から選ぶことができる。K先生の意見で庄内地方の味という味噌ベースのものを頼んだが、これは確かになかなかおいしかった。この店ですっかり話し込み、4時間以上も滞留してしまう。10時半過ぎにお開きとなった。

山形に到着

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勤務先を明るいうちに失礼すると、いったん家に帰り、荷物をまとめて出発。広島空港に着くとすぐ荷物を預け、レストランで少し早めの夕飯をすませる。仙台行きの飛行機はずいぶんと小さく、左右2つずつの座席が20列しかなかった。小さな離島にでも行くのでない限り、羽田からのフライトではあまり乗りそうもない機体だ。搭乗口から駐機場に降り、直接歩いて行って搭乗したのも久しぶりだった。離陸してからしばらくは気流が乱れていて少し揺れたが、その後は落ち着く。機内ではチェスの問題集をパラパラ眺めて過ごした。

仙台空港に8時頃到着し、預けた荷物を回収するとすぐ電車に乗り換えて仙台駅へ。山形行きのバスが出る停留所を見つけるまでに少し手間取ったが、9時前には仙台を発つことができた。10時過ぎに無事山形市内のホテルに到着。家を出てからホテルにたどり着くまで、5時間ちょっとの旅だった。

秋来ぬと

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最近は寝苦しさで目が覚め、居間に出てくるなりエアコンをつけると頭がはっきりするまでソファに倒れ込むというのが朝の決まった行動パターンだった。もう1ヶ月近くそんな日が続いていて、もうそうするのが当たり前という感覚だったのである。だから今日もそうしてソファにくったりと横になった後、肌に触れる空気が妙に冷たいのに気づいて驚いてしまった。外に出てみると、風景は何も変わっていないのに、あのうだるような暑さはどこかへ消え、気持ちのよい風があたる。風の音にぞおどろかれぬる、と秋の訪れを詠んだのは、藤原某だったか。もちろんこの後も暑さの揺り戻しはあるだろうが、着実に季節は移りつつある。

明日は午前中は通常通り出勤し、夕方から山形に出張する予定。広島からの直行便はないので、行きは仙台に入ってから電車とバスを乗り継いで山形に入る。帰りは三連休にかかるせいで仙台からの広島行きがすでに満席だったので、山形空港から羽田で乗り継いで帰ることにした。どうも山形はここ数日ひどく天気が悪いようなのがちょっと心配だが、時刻表通りに飛行機が飛ぶことを祈りたい。

OrigamiAncientDragon2.jpgOrigamiAncientDragon1.jpgこの夏、ずっと折り続けていた折紙がやっと完成した。あの折紙作家、神谷哲史氏の代表作ともいえる「エンシェントドラゴン」である。紙は東急ハンズで買いつけたファーストヴィンテージという製品の連量56kgを用いている。大きさは60cm×60cm。できあがりは翼の最高点の高さが11cm強、体長と翼の幅はともに25cmくらいになった。あちこちを糊付けしたり、翼に針金を入れたりという補強をする人も多いようだが、今は何もしていない。折っただけでもとりあえず安定しているようなので、このままにしておこうと思う。

OrigamiAncientDragon4.jpgOrigamiAncientDragon3.jpg本作はかつて神谷氏がテレビ出演した際に折り上げたことで有名になった作品で、今やスーパーコンプレックス折紙を折る人間にとっては試金石のような存在になっている。神谷作品には魅力的なものが多く、他にも折りたいものはたくさんあったのだが、何はともあれあのドラゴンに一度は挑戦してみようと前々から思っていた。6月にヴァイオリニストを折ったあと、そろそろあれにトライしようと照準を合わせたのである。

この夏の夏休みの宿題のつもりで7月からいよいよ折り始めたのだが、いやはや、覚悟はしていたもののやはり大変な難物だった。おそらく、これまで折った作品の中では最も工程が長いのではないかと思う。紙の大きさも、60cm四方というのはこれまでで最も大きい("Dancing Couple" を折ったときの40cm×40cmが以前の最大だった)。実は折図には大きさとして一辺70cmくらいの紙を用いることが推奨されていて、想定されているサイズからすればこれでも小さい方だったのである。実際、手足や頭部になるとかなり細かい折りを要求され、相当難儀した。途中で分からなくなってしまい、いったん広げて折り直したこともある。最後は頭部周辺がよれよれになってしまい、最後までたどり着けるかどうかかなり不安だった。紙がつぶれてしまって折図で指定されている細かい折りがもはやできず、こちらで適当に調整してしまったところもある。何とか完成したときは、達成感というよりも、これまでかけてきた時間が無駄にならなかったことへの安堵感の方がずっと強かった。2週間遅れで何とか自由研究を提出した小学生の気分である。もう少し丁寧に折っていたらもっと美しい仕上がりになっていただろうに、と残念な気もしないではないが、初めてならこれでよしとしなければいけないだろう。

神谷氏の他の作品にも、いずれまた挑戦してみたい。

(折紙モデル:「エンシェントドラゴン」、神谷哲史「神谷哲史作品集」(おりがみはうす)所収)

お昼を食べてアイスコーヒーで一服しているとチャイムが鳴る。今日は消防設備の点検をしに人が来ることになっていたのだった。天井のあちこちに点検用の器具を押し当て、ピロピロと警告音が出るのを確認すると、3分くらいで点検員は去っていった。その後は折紙やピアノで過ごす。4時を過ぎたころに外へ出て近くの床屋で髪を切ってきた。これで頭から出る汗の量を少し減らせる。

昨夜、Bent Larsenが75歳で死去したとのニュースがあった。ラーセンは20世紀に活躍したデンマークのチェスプレイヤーで、特に1960年代から70年代にかけては、世界チャンピオンへの挑戦者争いでいつも名前が出るような超強豪だった。しかし結局、彼は一度も挑戦権を得ることはできなかった。挑戦者になれそうでなれなかった人は他にもたくさんいるが、彼の名前はその中でもチェス界に浸透しているように思う。それはおそらく、Nimzo-Larsen Attackのように彼の名がついたオープニングがあるからというだけではなく、フィッシャーの引き立て役としてよく登場するからではないか。フィッシャーがラーセンのシシリアンドラゴンを端攻めからたたきつぶし、"My 60 memorable games" の中で "pry open the h-file, sac, sac ... mate!" と書いたゲームは有名である。恐ろしく強かったにも関わらず、それより強い人間がいたせいで斬られ役として記憶されてしまうというのは、全く皮肉というほかはない。フィッシャーとラーセンは公式戦で14回対戦し、フィッシャーの11勝2敗1ドローだった。

故人を偲ぶつもりで、ラーセンがフィッシャーに勝った2局を今夜は並べてみようと思う。

すっかり間が空いてしまったが、連載を中止していたKubbelのエンドゲームスタディの解説を再開しようと思う。以前棋譜再生スクリプトとして使用していたPalviewがうまく作動しなくなったため、代替スクリプトとして何を用いるかいろいろ検討していたのだが、結局これはと思えるようなものは見つからなかった。そこでとりあえず、Chessbaseが出力するファイルで表示してみることにする。キー操作に対応していないのはやや不満だが、一応変化手順も含め、それぞれの手をクリックすれば盤面が連動するようになっている。まだ試行錯誤している段階なので、今後また仕様を変えるかもしれない。いずれにしても、以前のようなペースで連載するにはまだ時間がかかりそうだ。




Rで追いかけながらd3のPを消去し、そこでスイッチバックするという流れは、さながら長編詰将棋の軽趣向を見るようで面白い。このスタディはEugene Cookによるアイディアを発展させたものらしいが、Cookのものはただの素材であり、Kubbelによって一つのスタディになったといっていいだろう。Cookの習作も掲げておく。



一日休暇

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今月は出張が多く、出張していない日も会議かセミナーが詰まっていてどうにも忙しい。しかし今日だけは会議もセミナーもなく、ぽっかりと予定が空いていた。9月までにとれることになっている夏季休暇をまだ消化しきっていなかったので、ふと思い立って今日は休みにしてしまった。この土日は大阪に出かけていたから、その振替休日ということにしておこう。

そんなわけで、今日はずっと家でだらだらとしていた。やっぱりこういう日がときどき来ないと息が切れてしまう。なかなか手がつかなかった折紙にも、やっとまとまった時間をかけることができた。四肢と尾っぽはほぼ完成し、残すは頭部のみ。登山で言えば九合目、あと一息だ。すっかり紙はよれよれで、あまり見映えはよくないかもしれないが、ここまで来たらとにかく終わりまでたどり着きたい。

しばらくサボっていたピアノも今日はだいぶ弾いた。11月の演奏会で何を弾くか、そろそろ真面目に考えないといけない。当初は7月に弾いたレヴィツキの曲でお茶を濁そうかと思っていたのだが、何だかそれも芸がないような気がしてきた。第一、あの曲をもう一度やったところで大してうまく弾けるとも思えない。考えているうち、何となくショパンのノクターンはどうだろうと思い始める。修士課程の1年生になったばかりのころに弾いた曲だ。もう13年も前の話である。楽譜を出してきてちょっと弾いてみたが、すっかり忘れてしまっているようだ。本番まで間に合うかどうか微妙だが、少し練習してみよう。

束の間の涼しさ

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台風のおかげで、今日はずいぶんと涼しくなった。もちろん客観的に見ればまだまだ蒸し暑い部類に入るのだが、あの殺人的な太陽光線がないうえ、なまあたたかいとはいえ風が吹いてくるのが実に心地よく、昨日までとは雲泥の差だ。風雨も心配するほどではなかった。台風を救世主のように感じるなんて普通はないことである。だがその救世主はもう遠ざかりつつある。おそらくまた明日以降しばらくは、燃える太陽の容赦ない逆襲が続くのだろう。

昨日書いた山形への旅の方法だが、もう一つ、飛行機を羽田で乗り継ぐという方法もあるのを忘れていた。案外これが単純でいいかもしれない。

今月の出張予定

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今日からはまたいつもの日々。それにしても、本当にこの暑さはどうにかならないものか。元々、どちらかといえば「夏」の名前に反して暑いより寒い方を好む人間である。例年にもまして秋が待ち遠しい。今日は勤務先でエアコンをかけていたら、いつの間にか冷やしすぎていたようで、午後からくしゃみとともに鼻水が出始め、夕方には止まらなくなってしまった。全く、水分を外に出すのは汗だけで十分である。幸い、台風が近づいているせいで、夜になって少しだけ暑さは和らいだようだ。

今月は学生がまだ休みのため、全国のあちこちで学会や研究集会が行われている。再来週に名古屋に出張することにしているが、迷っているのが来週の山形行き。毎週のように遠くに出かけるのは疲れるのだが、研究集会の内容は面白そうで、足を運ぶ価値はありそうな気がする。どうするかもう少し考えるが、もし行くとしたら問題は行き方だ。新幹線を乗り継いでいくのはさすがに大変そう。となれば飛行機だが、あいにく広島~山形の直行便はない。この間梅田でY大のF君に聞いたところでは、どうやら一日1往復の広島~仙台で仙台に飛んで、そこからバスで山形に行くというのが有力らしい。ただ帰りの日が連休中で、飛行機がすでにほぼ満席になってしまっている。新幹線で大阪まで出て、伊丹から山形に飛ぶという案もあり、こちらなら3往復しているから座席は取れそうだが、新幹線と飛行機を乗り継ぐのがやや面倒か。どれも一長一短だ。行くかどうかも含めて、早いところどうするか決めよう。

研究集会終了

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研究集会も今日で終わり。午前に1時間半の講演が一つ、お昼を挟んで午後に1時間の講演が二つで、すべての日程が終了した。KG大の集会に来たのはこれが2回目だったが、面白い講演も多くてなかなか有意義だったと思う。会場が梅田のど真ん中というのも、アクセスがよくて助かる。今後も都合がつくようなら参加しよう。

DrYellow.jpgオーガナイザーのKさんたちに挨拶すると、中津から地下鉄に乗って新大阪へ。実は今朝ホテルを出るときに、車両故障のため新大阪~岡山間で運転見合わせというニュースをネットで読んでいたので、ちゃんと動いているのか少し心配していたが、幸いダイヤはすっかり平常に戻っていた。その車両故障と関係があるのかどうか分からないが、向かいのホームに黄色い新幹線が止まっているのを発見。線路の点検などをするために編成された特別な新幹線である。実は一昨日、この黄色新幹線についての記事をネットで読んだばかりで、なかなか見られないという話だったのでちょっとびっくりする。見かけたら幸せになる、ということになっているらしい。せっかくなので写真を撮っておいた。

6時半頃に無事自宅にたどり着いた。さて、明日からはまた通常モードだ。

研究集会三日目

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今日の1つ目が自分の講演。朝起きたときにちょっと調子が悪い気がして心配だったのだが、会場に着くころにはそれほど気にならなくなっていた。ただ講演自体は今ひとつのでき。やはり準備不足で、直前に急いで挿入した箇所について質問されてうまく答えられなかったり、時間が足りなくなって最後の大事なところをまともに説明できなかったりと、反省点が多かった。もっとも、講演をして「今日はうまくいった」などと思ったことはまずないのだが、それにしてももうちょっと平常心でできないものかと思う。まあよい、とにかく終わった。

お昼はOF大のTs君、Y大のF君と3人で食べる。Ts君が、梅田の地下街に一昨日オープンしたばかりといううどん屋に連れて行ってくれた。本店はなんばにあり、昼はいつも行列ができているのだという。それほど待たずに入れたが、人気の店だけあってなかなかおいしかった。

午後の講演は二つ。終了後、旭屋書店の脇にある店で懇親会。集まったのは20名弱というところ。近くに座った世話人のKさんや、S大の学生さんと主に話していた。2時間ほどで懇親会は終了。2次会に行く人もいるようだったが、失礼させてもらって9時頃ホテルに戻った。明日は4時前くらいにすべての講演が終わるので、その足で広島に戻る予定。

研究集会二日目

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研究集会二日目。昨日と同じくホテルでゆっくり朝を過ごしてから会場に向かう。今日の講演は午前二つ、午後三つ。お昼はY大のF君と二人で食べたが、食後にスタバであれこれ話していたら午後の講演に遅れそうになってしまった。

6時少し前に講演は予定通り終了。明日の準備もあるので、今日もさっさと失礼した。阪急の高架下の商店街をぶらぶらと歩き、紀伊國屋書店へ。改装中で普段の半分のスペースで営業しているらしく、店内はごった返していた。もっとも、梅田のど真ん中ならスペースが倍になって混雑度は変わらないかもしれない。将棋世界誌の最新号が出ていたので購入。広島だと店頭に並ぶのは2日くらい遅れるのだが、さすがに大阪は違う。

そのへんで夕飯をすませ、コンビニで明日の朝食べるサンドイッチを選んでいたときのこと。年配の男が店に入ってくるなり、鼻と耳にピアスをした茶髪店員に向かって
「切ってあります?」
と言うのが聞こえた。はい、と茶髪ピアスが即答する。はて、何が切ってあるというのだろう、それにあの茶髪ピアスもなぜ何のことかすぐに分かったのだろう、ととっさに考えてしまった。もちろん1秒にも満たない間のことで、次の瞬間には切手のことだと気づいたのだが、一瞬でもとまどってしまうようでは、やはり自分の関西スキルはまだまだ低いなと実感した次第。

研究集会一日目

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今日から研究集会。会場は梅田の繁華街にそびえ立つ高層ビルの一室。他の分野ならともかく、数学の研究集会をこういうところでやるのは珍しい。1年半に初めて来たときは場所が分からなくて右往左往してしまったが、さすがに今回はもう迷わない。目と鼻の先にあるホテルに泊まっているので、かなりゆったりと朝を過ごすことができた。

午前中の講演を聴いた後、H大のI先生とお昼を食べに行く。I先生はこの夏は大変な忙しさだったようだ。今月も出張続きだそうで、研究のセミナーは当分できそうにない。午後も講演は2つ。最初がY大のF君で、次はI先生。予定時刻よりやや早めに終了した。今日は自分の講演の準備もあるので、真っ直ぐホテルに戻った。

大阪に移動

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夕方、いつもより少し早めに勤務先を失礼すると、スーパーに立ち寄って買い物。お茶に野菜ジュース、サイダーに飲むヨーグルトと飲料ばかり買い込んだ。自分は人より水分の摂取量は少ないと思うのだが、こう始終汗をかいていては適宜補給せざるを得ない。

自宅で早めの夕飯をすませてしまうと、明日からのKG大の研究集会に出席するため、7時頃に家を出て大阪に向かった。新幹線はがらがらで、新大阪で降りるときに車内を見渡したら、同じ車両に3人しか乗っていなかった。梅田にホテルを予約してあったが、大阪駅からそこまで歩いただけで汗びっしょり。たまらず、部屋に入るなりシャワーを浴びた。

研究集会は明日から日曜日まで続く。土曜日に自分も講演しなければいけないのだが、例によって全く準備ができていない。泥縄で今から何とか頑張ろう。

2015年5月

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