桃栗三年柿八年

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このブログには政治の話はあまり書かないようにしているが、一昨日発足した野田内閣に関する記事を見ていて気づいたことがあった。野田首相が千葉県の公立高校出身で、当時は地味で目立たなかったという同級生の話が載っていたのだが、もしかしてと思って検索してみたところ、実は野田氏は私と同じ高校の卒業生だったのである。もちろんかなり年は離れているが、一応先輩後輩の関係ということになるわけだ。母校の卒業生で有名人というとジャーナリストか政治家がほとんどのようだが、首相ということになれば多分これまででは一番の有名度ということになるだろう。

私の母校はその前身となる学校が設立されたのが大正時代で、高校としてはそれなりに歴史がある。特に校歌をサトウハチローと山田耕筰という大御所に作ってもらっていて、今以上に無知だった当時の私も、2つ並んだビッグネームには感心したものだった。野田新首相のニュースで久しぶりに母校の名前を目にしたので、あのころ何度も歌った校歌をふと口ずさもうとしてみた。

ところが、これが思っていたより難しかった。

大空映して 寄せ来る波の
ひねもすたゆまぬ 努力の姿

この出だしからしばらくは口をついて歌詞が出てきたのだが、中間部で音符が少し細かくなる箇所にさしかかったところで、どうも歌詞が思い出せないのである。何とか脳の奥に眠っている記憶を呼び覚まそうとするのだが、

学びて培う 礼節智徳
胸には誠と 信義の若葉

という実際の歌詞はどうしても浮かばない。無理やり歌おうとすると、

桃栗三年柿八年
我らが地学部 早十五年

という言葉が代わりに出てきてしまう。天体観測が当時第一の趣味だった私は、授業が終わるとすぐ地学部の部室に入り浸り、「部歌」と称して友だちと校歌の替え歌を歌っていたのだった。卒業してから20年近くが経ったが、替え歌の方は覚えていて本来の歌詞を忘れてしまうとは、サトウハチロー先生に何とも申し訳ない限りである。

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このページは、natsuoが2011年9月 4日 23:59に書いたブログ記事です。

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